人生の無常を楽しんだ吉田兼好




 
 吉田兼好(1283年頃~1352年頃)の『徒然草』(1330年)は作品名だけ見ると何やら悠長な、世捨て人の繰り言を集めたように思うが、実はそんなものではない。
 
 これは、単に「心に浮かんだ」ことを書き留めたものではなく、人生の中の様々な謎に対して自分なりの答えを見つけたと思ったときにそれを文章にしたもので、いわば兼好にとっての「発見の手帳」のようなものである。
 
 もちろん『徒然草』の魅力は、何より文章が抜群にうまいことである。たとえば、第19段には、何度読み返しても飽きないリズムがある。これは美文であって、四季の「あわれ」を様々な言葉で表現していき、最後にまた「あわれ」という言葉で締めくくっている。兼好の語彙と表現力の豊かさをこれほど如実に見せている文章はない。
 
 しかし、ここでも初めに
 

 「秋ほど素敵な季節はない」という人は多い。確かにそうかもしれないが、春の景色を見るときの感動はそれ以上だとわたしは思う。

 
 と、秋を最高とする世の中の一般的な意見に対して、自分なりの発見を伝えようとしている。
 
 このように、兼好は『徒然草』の中でいつも自分なりの答えを示す。
 
 そして、物事に対する一般的な物の見方、よくありがちな見方に対して、それとは逆の見方、それとはまったく違った見方をつねに提示して、物事には常に複数の見方があることを提示してやまない。
 
 たとえば、第215段では最明寺入道(北条時頼)の質素さを示すエピソードを紹介したかと思うと、次の第216段ではその同じ時頼が家臣の家を訪ねて、アワビに海老におはぎにとまるで祭りのような豪華な接待を受け、毎年六十反分の着物の贈り物まで要求していたことを描いて、その贅沢ぶりを伝えている(何と、これを質素だとする解釈がある!)。

 だから、この時代の人間としても、日本人としても珍しいことだが、兼好は「確かに~であるが、しかし~」という言い方、英語でいうindeed-butの構文を多用している。
 
 兼好は『エセー』を書いたフランスのモンテーニュに似ているという人がいる。両者の類似点は、第142段の法律に対する批判にも見ることが出来る。人が守れないような法律を作っておきながら、それを破ったといって罪人にするのが政治の仕事かという批判である。
 
 また、常に死を眼前に意識してこそ人生は楽しめるという意見はモンテーニュそのものだ。
 
 兼好は僧侶であるから、仏教的な無常観に支配されている。しかし、彼はその無常を楽しんだ。兼好の『徒然草』にはどこにも悲壮感がない。彼は人生をエンジョイしているのだ。先に挙げた第19段も季節の無常を讃えたものだった。
 
 いっぽう、第107段の女についての兼好の観察もずばり正鵠を射ている。
 

 「女というものは、こちらから尋ねるともったいぶって何も言わないくせに、聞かれもしないうちから、とんでもないことをぺらぺらとしゃべり出したりする。女なんて底が知れているのだ。そんな女に男がよく思われようとして緊張するなんて馬鹿げたことだ」

 
 これに対しては、「その通り」と膝を叩いた男性方は多いのではないか。
 
 わたしが一番好きなのは偉人の痴呆を描いた第195段だ。人生の無常をこれほど端的に描いた文章はない。しかし、兼好はそれを哀れむのではなく、淡々と描いている。
 
 その他に兼好の結婚否定論(第190段)や敗北主義宣言(第130段)なども面白い。
 
 最後から二つめの第242段は、兼好の人生についての考えの総まとめとでも言うべきものである。そこで兼好は、「人間の欲望で最も強いのは名誉欲、その次が性欲で、その次が食欲だ」と喝破している。有名になりたいという名誉欲は子供にさえ一番強い。日本の高校野球などはその典型だ。
 
 『徒然草』には薄田泣菫の『茶話』の中に見られるような偉人の失敗話もたくさんある。例えば背中合わせに置かれた狛犬に感涙した高僧の愚を描いた第236段は笑わせる。
 
 また、一番最後の話は、兼好が子供の頃、父親を質問責めにする利発な少年で、それを父親が他人に自慢するというほほえましい話で、読者はきっと兼好に親しみを覚えるだろう。
  
 そのほかに面白いのは、平家物語の作者が信濃前司行長であると書いていたり(第226段)、白拍子(しらびょうし)の起源として、義経の恋人である静御前とその母親の磯の禅師に言及していること(第225段)などがある。
 
 このように『徒然草』には面白い話がつきないが、特に後の方に面白い話が多いようだ。だから、わたしは『徒然草』を後ろから読むことをすすめる。

 もちろん『徒然草』を読むのに原文で読むのに越したことはない。今の岩波文庫の『徒然草』は注釈が充実しているので、辞書なしでほとんど読めるようになっている。こんなものがわたしの高校時代にあったら『徒然草』を全部読んでこいという夏休みの宿題も怠けずにすんだろう。
 
 現代語訳は講談社文庫『徒然草』(絶版)の川瀬一馬のものが最も優れている。角川文庫の今泉忠義の訳もよい。両方とも、原文をなぞったようなもどかしい文章ではなく、意味をそのままズバリと表現した小気味よい文章で訳されている。
 
 一方、本屋の学参コーナーにある橋本武の訳(日栄社)は学校の先生の訳らしく、原文から読みとれる要素を訳の中に全部詰め込んでいて長くなっている。しかし、正確でしかも文章がいいので単独で読むことが出来る(ただし、143頁の8行目で「たゞ物をのみ見んとするなるべし」を、206頁の7行目で「次に、万事の用を叶ふべからず」を、訳し落としている)。ちなみに、この人は有名な桃尻語訳の橋本治と間違いやすいが全然別人である。

 岩波文庫と旺文社の全訳古典撰集『徒然草』は共に安良岡康作の注釈が詳しくて参考になる。岩波の新古典文学大系39「方丈記徒然草」は正徹本という最古の写本を底本にした珍しいもので、久保田淳の注釈も優れている。
 
 わたしも好きなのを選んで、なるべく普通の日本語になるように翻訳してみた。題して新訳 もの狂おしくない 『徒然草』 。上に挙げたものはすべて含めてある。上記の本を大いに参考したことは言うまでもない。

 吉田兼好は鎌倉時代末期の人だが、『徒然草』は意識的に平安時代風に書いていると言われている。とすれば、彼の文章をいまの日本語の感覚で読んでも正しくは理解できないはずだ。たとえば、序文の「あやしうこそものぐるほしけれ」をそのまま「妙にもの狂おしい気持ちになる」という意味だと考えることは大いに疑問である。例えば『更級日記』や『源氏物語』には「ものぐるほし」を自己の過去の行為の愚かさを反省する意味で使っているからである。実際、岩波文庫「徒然草」の注も三省堂「例解古語辞典」も「ばかばかしい」を採用している。

 この訳はそういうことを意識して、単語の意味を片っ端から辞書で引き直して作ったものである。そのため、既存の訳とは大きく異なる点があることをご承知願いたい。その上で、「もの狂おしくない徒然草」をお楽しみあれ。

第二百十七段の訳では、「欲を成じて楽しびとせんよりは、如かじ、財なからんには」の意味がくみ取りにくい。その直前では、「欲を満たす為に金を貯めるのに、貯めた金で欲を満たさないのはおかしい」と言っているのに、「欲を満たして楽しみとするよりは、金がない方がいい」では筋が通らないからである。

そこで今泉の現代語訳は、「欲望を満足させて楽しみとするよりも、寧ろ金欲のない方がいい」と、あとの方を「欲」に読み替えている。また、橋本武も困り切って「財貨を得たいという欲望を満たして銭をため込み、それを用いることなくして心の安楽を得ようとするよりは、はじめから財貨をもたないで、清貧に甘んじている方がよほど気が利いているだろう」と、苦辛の訳をしている。

ここは正徹本の読みである「欲を成じて楽しびとせんよりは、如かじ、欲なからんには」(講談社文庫も同じ。「欲望を遂げて楽しみとするよりは、欲がないのに越したことはない」(同現代語訳))の方がすっきりしている訳しやすい。

しかしながら、これでは次の文章の「癰(ヨウ)・疽(ソ)を病む者、水に洗ひて楽しびとせんよりは、病まざらんには如かじ」の、でき物を楽しむ状況と対照関係にならない。今は出来た財産について言っているのであり、原因である欲の話をしている訳ではないからである。それに、何より「欲」は最後の「大欲は無欲に似たり」にとっておきたい。

そこで、わたしは「財を成じて楽しびとせんよりは、如かじ、財なからんには」と両方を「財」にして読んでみた。これなら「金持ちは金を貯めることを楽しみとする」という前半の論旨とも一致するし、金持ち批判で全体の趣旨が一貫する。橋本武がここにあるはずだと考えた意味も、この読みに合致する。

これがもともと兼好の書いたテキストである可能性がないわけではない。両方「財」だったものが、筆写の過程で、最初の「財」を「欲」に読み間違えた人がいて、そのテキストを見た正徹が、意味が通じるように両方「欲」に変えて写したと考えられないことはないからだ。


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