テレンティウス作『ポルミオ』




デミポン 大旦那、クレメースの兄弟、アンティポンの父

クレメース 大旦那、デミポンの兄弟、パエドリアスの父、途中でパニウムの父とわかる

アンティポン 坊ちゃん、デミポンの息子、パニウムと結婚している

パエドリアス 若旦那、クレメースの息子、ギター弾きの少女に惚れている

ポルミオ 食客、太鼓持ち

ヘギオン デミポンの顧問

クラティヌス デミポンの顧問

クリトン  デミポンの顧問

ドリオン  遣り手、置屋の主人

ナウシストラータ クレメースの妻、パエドリアスの母

パニウム  アンティポンの妻、あとでクレメースの娘だとわかる

ソフローナ パニウムの乳母

ダヴォス 誰かの召使

ゲタ  デミポンの召使


あらすじ

 場所はアテナイ。舞台上の道にはデミポンの家、クレメースの家、置屋のドリオンの家がある。

 デミポンクレメースは兄弟で海外に出かけている。デミポンは金儲けにキリキアへ、クレメースはレムノス島にある別宅の妻と娘(島で隠れて育てた)に会いに出かけていた。

 彼らの年頃の息子たちは召使のゲタの監視のもとアテナイに残された。

 そのうち、クレメースの息子パエドリアスは置屋のドリオンのところで働くギター弾きのパンフィリアに惚れて身請けしようと思っていたが実行する金がなかった。

 デミポンの息子のアンティポンも、母親の死を悲しんで一人で葬式をしているある少女に一目惚れする。少女と一緒に暮らす乳母のソフローナは、アンティポンが正式に結婚しない限り少女に近づくことを拒否する。

 そこで食客のポルミオが一計を案じる。アテナイの法律では、両親に死に別れたアテナイ市民の少女を、一番近い親類が自分の妻とするか、あるいは持参金を持たせて人に嫁がせる義務があった。

 そこでポルミオはこのパニウムという少女に近親者が存在すると主張して、証人を召喚してアンティポンを法廷に呼び出すが、アンティポンは何も反論しない。判決によってアンティポンは自分の愛する少女と結婚することに決まる。

 結婚は実行されるが、臆病なアンティポンは、帰ってきた父親に叱られることを心配する。(父親は貧しくて持参金のない女性との結婚に反対するからである)

 デミポンとクレメースが帰国する。怒り心頭のデミポンは息子の結婚を無効にしようとする。その時、大胆で頭の切れる食客のポルミオが、ゲタの助けのもと、息子たちの問題を引き受ける。

 ポルミオは、もし三〇ミナ(=三千ドラクマ)貰えるなら自分がパニウムを妻にすると二人の父親に約束する。その金でポルミオはパンフィリアを置屋の男から身請けしてパエドリアスを喜ばせる。

 そうこうするうちにクレメースがデミポンの家で乳母とパニウムに再会する。彼女はアテナイの妻ナウシストラータには内緒でレムノス島で育てられていた。クレメースは今度の旅行で会うつもりだったが、母親と一緒にアテナイに来ていたので会えなかったのだ。

 この結果、アンティポンは父親の賛成を得て愛する娘と結婚できる。二人の父親は金を取り戻そうとするが、ポルミオに断られたので、デミポンはポルミオを法廷に呼び出そうとする。そこで、頭のいい食客はレムノス島の妻の事と隠し子の事を、クレメースの妻に全部話してしまうと、戸惑ったクレメースはぶるぶる震えだす。

 次に、クレメースはギター弾きの少女が身請けされたことを知り、息子を叱ろうとするが、隠し子のあった父親に息子を叱る権利はないと妻に厳しくたしなめられる。

 妻のナウシストラータはポルミオに感謝して、ポルミオに望みどおりのことを何でもしてやると約束する。ポルミオは本職は食客なので彼女に食事に招待して欲しいと言う。(ラテン・ウィキより)


スルピキウス・アポリナリウスのあらすじ

クレメースの兄弟のデミポンは海外に出て不在だった。
アテナイには息子のアンティポンが残っていた。

クレメースは密かにレムノス島に妻と娘を養っていた。
アテナイには別の妻と、ギター弾きの女に
惚れている息子(パエドリアスス)がいた。

レムノス島の妻がアテナイに来て、死んだ。

残された娘(クレメースは不在だった)は一人で
葬儀を行う。その時彼女を見たアンティポンが彼女に
惚れて、食客の助けを得て妻にする。

父親とクレメースが帰国して怒る。そして三〇ミナを
食客に与えて、その妻を引き取らせようとする。

この金はギター弾きの女が身請けされるために使われる。
自分の妻が叔父さん(クレメース)の娘と分かったアンティポンは新妻と別れずに済む。

プロローグ(略)


舞台はアテナイの街路で三軒の家が並んでいる。デミポンとクレメースと娼館のドリオの家である。客から見て舞台右手が広場とポルミオの家である。左手が港に通じる。

第一幕第一場 ダヴォス(ある家の召使ダヴォスが友人ゲタの大旦那の息子が結婚したことを明らかにする場面)

(ダヴォスが右手から財布を持って登場)
35
ダヴォス(独白)同じ故郷の出身のゲタ君が昨日俺に会いに来ました。ずっと以前のちょっとした支払いの時に彼から借りていた金が少し残っていたのです。そのお金を返して欲しいと言ってきたのです。それで、ここにかき集めて持ってきたのです。なんと彼の大旦那(デミポン)のお坊ちゃん(アンティポン)が結婚をされたというのです。
40
新妻(パニウム)にプレゼントをするためにこのお金が必要なんだそうです。世の中は何て不公平に出来ているんでしょう。いつも貧乏な人間が金持ちのお金を増やしてやることになっているのです。可哀想に、彼は好きなものを我慢して自分の給料からちょっとずつ貯めていたお金が
45
その奥さんのためにいっぺんに持って行かれてしまうのです。それも、どれほど苦労して貯めたかなんて知りもしない奥さんのためなのです。そのうちまた、その奥さんが子供を産むときにまた持って行かれることでしょう。そのうちまた、子供の誕生日が来たといっては取られ、何か習い事を始めたときにも取られるのです。ほんとうは子供は贈り物の口実で
50
実際は母親が全部持って行くんのですけどもね。ところで、ゲタが出て来たようです。




第一幕第二場 ゲタ、ダヴォス(ゲタの家の坊ちゃんが食客ポルミオの力を借りて親に無断で無一文の女と結婚した経緯が明らかにされる場面)

(ゲタがデミポンの家から出てくる)


ゲタ 赤毛の男の人が来たら・・ 

ダヴォス もう来てるから、頼まなくてもいいよ。

ゲタ ああ、こっちから迎えに行くつもりだったんだよ、ダヴォス。 

ダヴォス ほら、受け取れ。正味の現金だよ。借りていた金額とぴったり同じだ。

ゲタ ありがとう。覚えていてくれてうれしいよ。
55
ダヴォス 今のご時勢だと特にそうだな。ほんとに、貸した金を返してもらえただけで大いに感謝しないといけないようなご時勢だものなあ。ところで、お前、何を浮かない顔をしているんだ?

ゲタ 俺かい? お前は知らないだろうが、俺はのっぴきならないことになっているんだ。

ダヴォス どういうことなんだよ。

ゲタ 教えてやるが、口外は無用だぜ。

ダヴォス やめろよ、馬鹿だな。僕は借金をちゃんと返す男だと分かっただろ? この僕を信用出来ないのかい。そもそもお前を裏切って何の得になるというんだい。
60
ゲタ それなら、耳の穴ほじくってよく聞いてくれ。

ダヴォス よし、しっかり聞かせてもらうよ。

ゲタ ダヴォス、うちの大旦那さまのお兄さんを知ってるかい、クレメースさんだけど? 

ダヴォス もちろん知っているとも。

ゲタ じゃあ、そこのパエドリアスの若旦那のことは?
65
ダヴォス お前と同じくらいに僕もよく知っているよ。

ゲタ この二人の大旦那さまが同時に旅に出たんだ。クレメースさんはレムノス島へ、うちの大旦那さまは小アジアの馴染みのお客さんの所へね。そこのお客さんがうちの大旦那さまに一儲けさせてやるから来ないかと手紙をよこしたのさ。

ダヴォス あの人はすごい金持ちであり余る大金を持ってるぞ。

ゲタ 愚痴はよせ。あの人は生まれつきお金持ちなのさ。
70
ダヴォス おれも金持ちに生まれときゃよかった。

ゲタ 二人の大旦那さまは俺を坊ちゃんたちのお目付け役にして出かけていったんだよ。

ダヴォス おい、ゲタ、大変な仕事を引き受けたもんだな。

ゲタ やってみて俺もわかったよ。今から思うと、旦那方が出ていった日が俺の運命の尽きる日だったんだな。初めのうちは俺も坊ちゃん達のすることに反対してたんだが、早い話、
75
大旦那に忠誠を尽くしていると、こっちの体がもたなくなってきたんだよ。

ダヴォス 無駄な抵抗をするのは愚かなことだと言うからねえ。

ゲタ 俺はもう坊ちゃん達の言いなりになって、何でも望みどおりにすることにしたんだよ。

ダヴォス お前は世渡りが上手だからね。
80
ゲタ うちの坊ちゃんも最初はおとなしくしてくれていたんだよ。ところが、そこのパエドリアスの若旦那がじきにギター弾きの女の子のところに会いに行って、ぞっこんになっちまった。その娘は汚らしい置屋で働いている子で、若旦那は身請けしたくなったが元手がない。大旦那方もその辺は気をつけていらっしゃるんな。
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若旦那も娘をじっと眺めたり、稽古場への送り迎えについて行くだけ。うちの坊ちゃんと俺は暇にまかせて若旦那の手助けをしていたのさ。娘が通っている稽古場のすぐ外に床屋があって、そこで娘が家に帰る時間まで
90
待つんだ。ある時そうやって床屋に座っていると、どこかの若い衆が涙ぐみながら入ってきたんだ。俺たちは驚いて、何があったのか聞いた。その若い衆が言うには「今まで、貧しさがこんなに惨めで辛いことだとは思わなかったよ。
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さっきここの隣の家で可哀想な一人の少女が母親に死なれて泣いているのを見てきたんだ。遺体は戸口の反対側にあって、葬式を手伝うのは婆さん一人。友達も知人も近所の人も誰もいないんだ。ほんとうに可哀想だったよ。
100
少女はとても綺麗な子なんだがなあ」と。早い話、俺たち三人はもらい泣きをしたのさ。やがてうちの坊ちゃんが「見に行こうよ」と言うと若旦那が「そうだ。 行こう。よかったら僕達を連れていってくれ」とその若い衆に言って、俺たちは出かけて行って少女を見たんだ。まあ、綺麗な子だった。もっと言うなら、
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何の化粧もしなくても綺麗なんだ。髪は乱れ、裸足で、顔もすっぴん、只々涙にくれて、喪服も粗末なもの。だから、もし彼女が本当の美人じゃなかったら、とても見られたものじゃなかったはずなんだ。ギター弾きの女の子に惚れていた若旦那の方は、
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「可愛い子だね」と言うだけだったが、うちの坊ちゃんは・・・ 

ダヴォス 分かるよ。一目惚れだったんだね。

ゲタ それどころじゃないんだ。どうなったと思う。次の日、坊ちゃんは少女と一緒にいる婆さんの所へ直行さ。そして彼女に会わせてくれと頼み込んだ。婆さんは取り持ちはしないと言うんだ。坊ちゃんのやり方は立派な態度ではないと。少女は歴としたアテナイ市民だし、
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家柄もちゃんとした娘さんだ。嫁にする気があるなら、正式に申し込めばいいが、そうでなければお断りと。坊ちゃんはどうしたらいいか分からない。彼女を嫁にはしたいが父親に無断で結婚するわけにもいかないからね。

ダヴォス 旅から帰ってきた父親は許さないだろうか?
120
ゲタ 持参金もない見ず知らずの娘との結婚を許すだろうか。無理な話だね。

ダヴォス それでどうするんだよ。

ゲタ どうするかって? ポルミオという太鼓持ちがいるんだ。そいつは恐いもの知らずで、糞食らえって言いたい様な奴なんだが、

ダヴォス そいつがどうしたんだ。

ゲタ ポルミオは今から言うような作戦を授けてくれたんだ。
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「法律では、孤児になった娘は近親者に嫁ぐことになっているんですよ。つまり、この法律は近親者に彼女と結婚することを命じているんです。私があなたを少女の近親者だと言ってあなたに対して訴訟を起こしましょう。私は少女の父親の友人だということにします。私たちは裁判所に行くんですよ。彼女の父親と
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母親、そして彼女とあなたの血のつながりも全部でっち上げるんです。そうするのが私にとっても好都合なんです。あなたはそれに反論しなければ、必ず私の勝ちになります。お父様が帰って来られたら私に対して裁判を起こすでしょうが、もう後の祭りです。彼女は私たちのものになってるんですから」と。

ダヴォス ふざけた野郎がいるもんだね。
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ゲタ 坊ちゃんはその作戦に飛びついて、実行に移した。裁判所に行って負けて、彼女を自分のものにしたのさ。

ダヴォス それで? 

ゲタ それでおしまいだよ。

ダヴォス おい、ゲタ、それでお前はどうなるんだよ。

ゲタ 知らないよ。一つ確かなのは、運命の神様がもたらすものにはじっと耐えるしかないということだ。

ダヴォス 立派だ! それでこそ男だね。

ゲタ 俺の希望はすべて俺自身の手の中にあるのだ。
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ダヴォス すばらしい!

ゲタ まあ、仲裁人のところへ行って「今日のところはこの男を許してやって下さい。二度とこんな事はさせません。これが最後のお願いです」と頼んでもらうことはするけどね。でもこれだって「ではこれで失礼。あとはこの男を煮て食うなり焼いて食うなりご自由に」と言われるのと同じだからね。

ダヴォス それでギター弾きの娘にご執心の先生(=パエドリアス)の方はどう
145
なんだい? 

ゲタ あのまんま、さっぱりだよ。

ダヴォス 彼女に貢ぐにしても、あまり手元にお持ちでないからねえ。

ゲタ それどころか空約束以外はなんにもプレゼントするものがないと来てる。

ダヴォス 親父さんのクレメースさんはまだご帰宅ではないのかい。

ゲタ まだだね。

ダヴォス じゃあ、おまえの大旦那(=デミポン)はいつお帰りになるんだい。

ゲタ よく知らないんだ。ただ、手紙が来てるって話はある。
150
もう税関のところに着いてるらしいから、それを貰いに行くよ。

ダヴォス ゲタ、ほかにもう用はないかい。

ゲタ ない。お前も元気でな。(ダヴォス、右手へ退場)(ゲタ、デミポンの家の戸を叩く)おい、誰もいないのか。(出てきた召使に財布を渡す)これをドルキイム(=ゲタの妻)に渡してくれ(左手の港へ退場。舞台無人)。





第一幕第二場 アンティポン、パエドリアス(女を思うようにできないパエドリアスがアンティポンの結婚をうらやむ場面)

(アンティポンとパエドリアス、クレメースの家から登場)

アンティポン パエドリアスよ、厄介な事になってしまったなあ。父さんはいつだって僕のことを一番に考えてくれていたのに,その父さんが帰国したときのことを考えるたびに、僕は父さんのことが恐ろしくてたまらないんだ。
155
あんな向こう見ずなことなんかしなけりゃ,今頃は父さんが帰るのを楽しみにして待っていたはずなんだよ。

パエドリアス どうしたんだよ。

アンティポン わかるだろ。君はあんな大それたことをやった僕の共犯者じゃないか。ほんとうに、ポルミオのやつも、あんなことを言い出さなきゃよかっ たのに。僕の背中を押して僕の願いを実現してくれたのはよかったんだが、それがこの不幸せの始まりだったとはなあ。もちろん、彼女が僕のものになっていなかったら二三日は辛かったろうけれど、
160
こんなに毎日が不安で不安で堪らないということはなかったはずなんだ。

パエドリアス わかるよ。

アンティポン 父さんがいつ帰ってきてこの結婚を終わらせるのかと思うと落ち着かないんだ。

パエドリアス 君以外の人間は愛する人が手に入らないことを嘆いているというのに、君は手に入りすぎたと言って嘆いているんだねえ。

アンティポンよ、君の悩みは贅沢な悩みなんだよ。だって、君の今の生活はまさに人が羨やんで追い求めるものなんだからね。
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ああ、ほんとうに、僕は自分の恋を好きなだけ味わうことが許されるなら、死んだって構わないくらいだ。それに、考えても見ろよ、女に不自由しているこの僕と、女を自由にできる君とのこの落差はどうだい。その上、君は自由な生まれの女と只で堂々と結婚までして、何一つ悪い噂もない女を望みどおりに自分の側に置いているだぜ。
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いま君は幸せ者なんだよ、たった一つのことがありさえすればね。それは君が自分の今の身の上をありのままに受け入れる心がけさ。君も僕みたいに置屋の主人とやりあわなきゃいけない立場になってみればわかるよ。でも、誰でもみんな自分の置かれた境遇に満足できないものなんだねえ。

アンティポン でも、僕には君のほうが幸せに見えるんだよ、パエドリアス。君はまだこれから自分の欲しいものを選ぶことができるんだからね。
175
今のあの子を愛し続けるか、それともやめるか出来るんだよ。ところが僕は残念なことに今の恋を続けるかやめるかをもう選べないという立場に追い込まれているんだ。ところで、あれは何だい。ゲタがこっちへ走って来るじゃないか。そうだよ。ああ、恐いなあ、どんな知らせを持ってきたんだろうかあ。



第一幕第四場 ゲタ、アンティポン、パエドリアス(アンティポンの父親の帰国の知らせを受けてアンティポンとゲタが対応策を考える場面)

(ゲタが舞台左手、港の方角からせわしなく独り言を言いながら登場)

ゲタ(独白)ああ、急いで何かうまい策を編み出さないと、俺はおしまいだぞ!
180
いま何の用意もしていないのに、突然大きな災難が降り掛かってくる。この災難をどうやって避けたらいいんだ、どうやって切り抜けたらいいんだ。分からない。でもこれをうまくやり過ごさないと、俺か坊ちゃんのどちらかが一巻の終わりだ。俺たちのやった大それた仕業はもう隠せないんだからな。

アンティポン(傍白)あの男、何であんなに慌ててやって来たんだろう?

ゲタ(独白)もうこの問題には時間がない。大旦那さまがお帰りなのだ。

アンティポン 何を困っているんだろう?
185
ゲタ(独白)あの事が大旦那さまの耳に入ったときの大旦那さまのお怒りを俺はどうやって鎮めたらいいんだろうか? ぺらぺら喋れば、火をつけてしまうし、黙っていれば、逆に怪しまれるし、言い訳するのは無駄だ。ああ、もうどうしようもない。俺の心配の種は自分のことだけじゃなくて、アンティポン坊ちゃんのことが心配 だ。坊ちゃんの身の上が気の毒だし気にかかる。とても放ってはおけない。ああ、坊ちゃんさえいなけりゃ、俺は自分の身の上のことだけを気にして、大旦那さまが切れたらやり返せばいいんだ。
190
そして、何かその辺にあるものをちょろまかして、さっさとこの家からずらかるだけなんだが。

アンティポン(傍白)やつはここからこっそり逃げ出す気でいるのか。

ゲタ(独白)ところで、うちの坊ちゃんはどこにいるんだ。どこを探したらいいんだ。

パエドリアス お前のことを言ってるぜ。

アンティポン あいつは何かとても悪い知らせ持ってきたかんじゃないか、心配だなあ。

パエドリアス おい、おまえ大丈夫か? 

ゲタ(独白)家の方に行ってみよう。坊ちゃんはたいてい家に居るから。
195
パエドリアス あいつを呼び戻そう。

アンティポン おい、止まれ、そこで待つんだ。

ゲタ え? なんだ偉そうに、誰だよ。

アンティポン ゲタ! 

ゲタ 坊ちゃんですかい。いまお迎えに行こうと思っていたところなんですよ。

アンティポン ねえ、ねえ、どんな知らせを持ってきたか教えてくれよ。できたら手短かにね。

ゲタ わかりました。

アンティポン 話してくれ。

ゲタ さっき港で・・ 

アンティポン 親父かい? 

ゲタ そうです。

アンティポン 困った。

パエドリアス まったくだ。

アンティポン どうしよう。

パエドリアス(ゲタに)どういうことだ。

ゲタ(パエドリアスに)うちの坊ちゃんのお父様、つまりあなたの叔父さんをお見かけしたんですよ。
200
アンティポン ああ、いまこのピンチに僕はどんな手立てが見つけられるというんだ。ああ、妻よ、もし運悪く僕が君から引き離されるようなことになったら、もう僕は生きていけないよ。

ゲタ もし坊ちゃんがそんな風に考えていらっしゃるのでしたら、なおさらのこと、しっかりしないといけませんよ。運命は強い者の味方ですからね。

アンティポン ああ、僕はもう気が気でないんだよ。

ゲタ しかし、今こそ坊ちゃんは落ち着きを取り戻さないといけません。
205
なぜって、坊ちゃんがびくびくしていることに大旦那さまがお気づきになったら、こいつは自分の罪を認めているとお考えになりますよ。

パエドリアス そのとおりだよ。

アンティポン 僕の臆病ぐせは治らないよ。

ゲタ これからもっと大変なことになるというのに、そんなことでどうするんですか?

アンティポン いまだって大変なのにそんなこともっと無理だよ。

ゲタ(絶望した振りをしてパエドリアスに)これはだめですね。若旦那、あっしはもうお手上げですよ。骨折り損はいやですから、もう行きますわ。

パエドリアス(ゲタに)僕もそうしよう。

アンティポン ねえ~、 恐がっていない振りならできるけど、それでもいいのかい。
210
ゲタ ご冗談を!

アンティポン 顔を見てくれよ。ほら、これでどうだい? 

ゲタ だめです!

アンティポン これではどうだい。

ゲタ もうちょっとです。

アンティポン これでは? 

ゲタ オッケーです。その調子です。それから、何か言われたら言い返して、丁々発止とやり合うんです。さもなきゃ、坊ちゃんは怒り狂ったお父様に罵倒されまくるだけになりますよ。

アンティポン わかってる。

ゲタ そして、嫌だったのに無理やり結婚させられたと言うんですよ。

パエドリアス 法律と裁判の結果だと。

ゲタ わかりましたか。
215
ところで、あの老人は誰でしょう、通りの向こうに見えてきたのは。おっおっ、大旦那さまですよ!

アンティポン 僕はもうここにはいられない。

ゲタ え!どうするんです。どこへ行くんですか、坊ちゃん? 待ってくださいよ。

アンティポン 僕は自分の馬鹿さ加減も自分の犯した過ちも知っているんだもの。妻のことも僕のこの命も、君たち二人におまかせするよ(アンティポン、右へ走り去る)。

パエドリアス ゲタ! これからどうするんだ?

ゲタ 若旦那はこれからお説教を聞かされます。
220
あっしはこれから吊るされてぶたれます。あっしの思い過ごしでなければですがね。でも、若旦那、私たちが坊ちゃんに対していまお願いしたことを、私たちが自分でやるしかないですねえ。

パエドリアス 「やるしかない」と言うけど、僕は何をしたらいいんだい。言ってくれよ。

ゲタ 覚えてますか、若旦那が以前に仰ったことを(=後出)?
225
この企てを始めるときに、この悪事を正当化するためにお二人が仰ったことをね。あれはよく出来ているし分かりやすくて反論の余地の無いものですよ。

パエドリアス 覚えてる。

ゲタ それだ。今こそ、それを仰る時ですよ。もっとうまい言い方に変えられたらもっといいですけど。

パエドリアス まあ、頑張ってみるよ。

ゲタ じゃあ、初めのうちは若旦那が前へ出て下さい。あっしは後ろに控えてます。
230
助太刀がいるときに出ていきますから。




第二幕第一場 デミポン、パエドリアス、ゲタ(旅から帰ってきたデミポンが息子の結婚のことを怒っているのに対してパエドリアスとゲタが弁明する場面)

(デミポンが左手、港の方から旅装束で登場)

デミポン(独白)倅(せがれ)めがわしに無断で嫁をもらったというのは本当なのか? わしの権威を、いや権威はいいとして、わしの反対を恐れもしないとは、まったく遠慮なしなのか。大胆不敵とはこのことだな。そうだ、ゲタだ。あいつをお目付け役にしたらこのざまだ。

ゲタ(傍白)ほら、おいでなすった。

デミポン(独白)あいつらはどんな言い訳を考えていることやら。
235
こりゃ見物(みもの)だわい。

ゲタ(傍白)それは大丈夫。ご心配なく。

デミポン(独白)こんな事言うんだろうかな。「無理やりの結婚で嫌々したこと。法律のせいだ」と。それなら認めるしかないかな。

ゲタ(傍白)それはありがたい。

デミポン(独白)しかし、法廷で黙っていてわざと負けたのなら、「法律のせい」と言えるのかね。

パエドリアス(ゲタに)これは手強いぞ。

ゲタ あっしが何とかします。お任せを。

デミポン(独白)わしは一体どうしたらよかろうか。まったく予想外の信じられない出来事が起こってしまった。
240
わ しは腹が立って物を考えることすらできない。だからこそ、全てが順調なときに、不幸な事態をどう切り抜けるか、あらかじめよく考えておくべきなのだ。いつどんな災難や事故が振りかかるかしれない。島流しに会うかもしれないのだ。だから、例えば、旅先から帰ってみたら、息子が道楽にのめり込んでいたり、妻が亡くなっていたり、娘が病床に臥していたりすることはよくあることだ。
245
また、そう考えるようにすれば、何が起こっても驚くことはなくなる。そこまでくると、予期に反した出来事は全て儲けものと思えるようになるのだ。

ゲタ(パエドリアスに)ああ、若旦那、あっしの方が大旦那さまより頭がいいなんて信じられませんぜ。大旦那さまがお帰りになった時の不都合な事態をあっしは全部検討済みなんですから。粉挽き部屋送りになるか、鞭打ちにあうか、足かせをはめられるか、
250
田舎仕事をさせられるかなんです。でも、このうちの何が起こってもあっしが驚くことはありません。予期に反した出来事は全て儲けものと思えますからすね。でも、さあ、早く大旦那さまに近づいて、まずは行儀よく話しかけてみてください。

デミポン 甥のパエドリアスがわしを迎えに来るようだ。

パエドリアス 叔父さん、こんにちわ。

デミポン こんにちわ。ところで倅のアンティポンはどこにいる?
255
パエドリアス 無事にお帰りで・・・

デミポン まあな。それよりわしの質問に答えてくれ。

パエドリアス お坊ちゃんは元気でここにいますよ。ところで万事順調ですか?

デミポン そう願いたいところだが。

パエドリアス どうしたんですか。

デミポン わかるだろ、パエドリアス君。お前たちはわしが留守の間に立派な結婚式をしたそうじゃないか。

パエドリアス おや、あのことでお坊ちゃんをお怒りなのですか。

ゲタ(傍白)うまくやってるぞ。
260
デミポン わしが自分の息子に腹を立ててはいかんのか? わしは是非とも本人に直接会いたんだ。そして、これまでのやさしいパパが息子のことでとても怒っていることを伝えてやりたいんだ。

パエドリアス でも、叔父さん、お坊ちゃんは叔父さんが怒るようなことは何もしていませんよ。

デミポン ああそうか、お前たちはみんなぐるなんだな。話が付いているんだ
265
みんなで口裏合わせをしているんだな。

パエドリアス そんなことはありませんよ。

デミポン こっちが不始末をしでかしたら、あっちが尻拭いに回る。あっちがしくじったらこっちが助け舟を出す。まるで互助会だ。

ゲタ(傍白)大旦那さまは何もご存知ないようても、坊ちゃん達の事はちゃんと知っていらっしゃる。

デミポン そうでもなきゃ、パエドリアス君、君があの子のためにこんなに頑張れるはずがない。
270
パエドリアス 叔父さん、もし坊ちゃんが本当に悪事を犯して、僕は けっして坊ちゃんに助け舟を出して罰を免れさせるようなことはしませんよ。そのために坊ちゃんが人から白い目で見られてひどい目に逢うとしてもですね。しかしですよ、誰かが悪意から僕達の仲間を罠にかけて、裁判で負かせてしまった場合には
275
それは僕達のせいなのでしょうか、それとも、金持ちを妬んで金持ちから金を取り上げたり、貧乏人を哀れんで金を恵んでやる裁判官のせいなのでしょうか。

ゲタ(傍白)事情を知らなければ、この人の言っていることを俺でも信じてしまうね。

デミポン でもねえ、あの子みたいに一言も反論しなければ、
280
自分の正しさをどんな裁判官にもわかってはもらえないぞ。

パエドリアス 坊ちゃんは市民としての義務を果たしたんですよ。ただ、坊ちゃんは法廷に立つと、自分の考えをうまく喋れなかったんです。彼は恥ずかしがり家ですから、怖気(おじけ)づいでぼうっとしてしまったんですよ。
285
ゲタ(傍白)彼はよくやっている。でも、そろそろ俺からも大旦那さまに話しかけないと。大旦那さま、お帰りなさいませ。つつがないご帰国をお喜び申し上げます。

デミポン はい、ただいま帰りました、立派なお目付け役をご苦労さん。本当にお前は我が家の支えだよ。旅に出るときにお前に息子を頼んだねえ。

ゲタ 大旦那さまの私たちに対するお怒りの言葉を私も今までずっと聞いておりましたが、
290
大旦那さまのお怒りは実は筋違いなのです。私に対するお怒りは特に筋違いなのです。大旦那さまはこの件で私がどうすればよかったおっしゃるのですか。 法律によれば、召使は主人の弁護は許されないのです。証言する権利さえありゃしません。

デミポン それは仕方がない。何も知らない若者が怖気づいたことも許してやるし、
' 295
お前が召使なのも仕方がない。だがな、たとえ少女が近親者であったとしても、その子と結婚する必要はないはずだ。法律が命じているのは、持参金を持たせて、別の夫を見つけてやることだ。それなのに、うちの倅は何を考えて一文無しの女を嫁にすることにしたんだ。

ゲタ 何も考えなんてありませんよ。お金がなかったんです。

デミポン 金なら誰かに
300
出してもらったらよかったろう。

ゲタ 誰からですか。言うは易しですよ。

デミポン ほかに手がなかったら最後の手段として借金をすればいいじゃないか。

ゲタ それはいい考えです。もし本当に大旦那さまがご存命中に坊ちゃんにお金を貸してくれる人がいるとすればですが。

デミポン いや、だめだ、だめだ。このままではすまさんぞ。こんなことはありえない。そんな女と倅との結婚をたった一日でもわしが許せると思うか。
305
もう甘いことは言ってはおれん。息子を罠にかけた相手の男をわしに会わせて欲しい。どこに住んでいるか教えてくれ。

ゲタ ポルミオさんのことですか。

デミポン 女の味方をした男だ。

ゲタ すぐにここへ来てもらいましょう。

デミポン それで息子のアンティポンはどこにいるんだ。

ゲタ 坊ちゃんはお出かけです。

デミポン パエドリアス君、息子を探し出して連れてきてくれ。

パエドリアス 分かりました。
310
(ゲタに)ただし僕はあそこへ直行だけどね(ドリオンの置屋に向かう)。

ゲタ(傍白)きっと自分の彼女(パンフィリア)のところに行くんだな。

デミポン わしは家に帰って竈(かまど)の神様に挨拶してくるよ。それから広場に行って、友達何人かに会ってこの件で力になってくれるように頼んでこよう。ポルミオ君が来たときに、こちらも手ぶらではいかんからな。


第二幕第二場 ポルミオ、ゲタ(ポルミオが作戦を考える場面)

(ゲタがポルミオを連れて右手、広場の方角から登場)

315
ポルミオ すると、親父さんに会うのが恐くて逃げ出したというのかね。

ゲタ そうなんです。

ポルミオ 新妻を一人残してかね。

ゲタ そうなんです。 

ポルミオ 大旦那さまはお怒りで?

ゲタ それはもう。

ポルミオ(自分に向かって) よし、これは俺の出番だな。自分が始めたことは自分で決着を付けるしかない。さあ始めよう。

ゲタ 頼みますぜ。

ポルミオ(作戦を考えながら、独白)もし相手がこう来たら・・・

ゲタ あんたが頼りですから。

ポルミオ では、
320
もしこう返してきたら・・・

ゲタ あんたが始めたことなんでから・・

ポルミオ これで行こう。

ゲタ 力を貸してくださいよ。

ポルミオ さあ大旦那さまをここへ。俺のやるべき事はすべてこの腹の中に固まっている。

ゲタ どうするんです。

ポルミオ 大旦那さまの怒りを全部俺の方に向けて、坊ちゃんの疑いを晴らして、新妻が出ていかずに済んだらいいんだろ。

ゲタ あんたは英雄だ、真の友だ。しかし、ポルミオさん、あんたを見ていていつも心配なのは、
325
そんな強引なことばかりやっていると、しまいには監獄送りになるんじゃないかということですよ。

ポルミオ いや、そんなことにはならないさ。蛇の道は蛇、餅は餅屋だよ。俺がこれまでどれだけ多くの人間をぐうの音も出ないほどにやっつけてきたと思ってるんだよ。よそ者もここの人間もおかまいなしだ。百戦錬磨ってやつだよ、ねえ。それで俺が人に怪我をさせたと言って訴えられたのを聞いたことがあるかい。
330
ゲタ どうしてあんたは無事なんですか。

ポルミオ 猟師が網を張るのは決して人を襲うような鷲や鷹などの猛禽類じゃなくて、無害の鳥に決まっているんだ。そういう鳥ならたっぷり儲かるが、危ない鳥に手を出すのは骨折り損だからね。それと同じことだよ。それに、手元にいろいろ持ってる者はあちらこちらから狙われるが、おれが無一文なのはみんなが知っている。でも、借金の形(かた)に働かせるために俺を連れて行こうとする人もいるだろうって?
335
みんなは俺みたいな大飯食らいを家で飼おうとはしなし、ひどい目にあったお返しに御馳走するような馬鹿はいないものさ。

ゲタ うちの坊ちゃんなら、あなたにどれほどお礼をしても足りないでしょうね。

ポルミオ そんなことはない。どれほどお礼をしても足りない人がいるとすれば、それは俺じゃなくてパトロンと言われる人たちだな。俺たちは風呂帰りにパトロンのところへ手ぶらで行って
340
のんきに食べるだけだ。その間、パトロンさんは金を使うわ、気を使うわ。俺たちの注文どおりの支度がされる間、パトロンさんは青息吐息。なのに、こっちはえびす顔をして上座に座って主人より先に飲む。そこへ悩ましい食事が運ばれてくる。

ゲタ それはどういう意味ですか。

ポルミオ 最初に何を食べるか悩むという意味だよ。その料理のうまさと、金がかかっていることを考えると、
345
これを出してくれる人のことを「生き神さま」と思わずにはいられないよ。

ゲタ さあ、大旦那さまがいらした。立ち居振舞いには気をつけて下さいよ。最初のガツンと一撃が来ますよ。それに耐えたら、あとは充分戦えますから。(二人、脇に寄る)


第二幕第三場 デミポン、ヘギオン、クラティヌス、クリトン、ポルミオ、ゲタ(デミポンとポルミオの対決)

(デミポンが右側、広場の方角から顧問のヘギオン、クラティヌス、クリトンを連れて登場)


デミポン(顧問たちに)まったく、どこの世界に、こんな、人を馬鹿にした話がありますか。まったく、出鱈目にも程がありますよ。
350
助けてくださいよ、お願いします。

ゲタ(ポルミオに傍白)大旦那はひどくお怒りですよ。

ポルミオ(ゲタに傍白)さあいくぞ。あの人をもっと怒らせてやる。(大声で)なんだって! デミポンはあのパニウムを自分の親類ではないと言っているのか? 彼女は親類ではないとデミポンはいうんだな。

ゲタ そうだ。

ポルミオ 彼女の父親が誰だか知らないとでも言うのか。

ゲタ そうだ。
355
デミポン(顧問たちに)我々の相手はあの男だと思います。ついて来て下さい。

ポルミオ スティルポンさんが誰だか知らないと言うのか。

ゲタ そうだ。

ポルミオ 彼女が一文無しの孤児になったために、その父親を知らないと言い、彼女ことも知らないと言う。まさに強欲がなせるわざだな。

ゲタ(怒りを装って)もし大旦那さまの悪口なんか言ったら、おれは黙ってはいないからな。
360
デミポン(顧問たちに)まったく、ふてい奴だ。わざわざわしの悪口を言いに来たのか。

ポルミオ あの若者が彼女の父親のことを知らないと言っても、べつに俺の腹は立たない。スティルポンさんはあの若者よりずいぶん年が離れているし、貧しいので、自分で働いて生計を立てていて、ほとんど田舎にこもって暮らしていた人だからね。俺の親父の
365
小作をしていたので、親類のデミポンから馬鹿にされると俺によくこぼしていたものだ。あの人は俺が知ってるなかでは一番いい人だったのに。

ゲタ お前もそのじいさんを見習ったらどうだ。

ポルミオ うるさい。もし俺がスティルポンさんのことを何とも思ってなけりゃ、
370
あの人があんなにケチなやり方で追いだそうとしているあの娘のために、 お前の家に対してこんなやっかいな訴訟事を引き受けたりなんかしなかったんだぞ。

ゲタ まだ大旦那さまの悪口を言うつもりか、このゲス野郎め!

ポルミオ あの人にはこれがお似合いなんだよ。

ゲタ まだ言うのか、豚野郎!

デミポン ゲタ!

ゲタ(デミポンに気付かない振りで) このたかり屋! このゆすり屋! この三百代言!

デミポン ゲタよ!
375
ポルミオ(ゲタに傍白)おい、返事をしろ。

ゲタ 誰ですか。おや。

デミポン お前は黙っていろ。

ゲタ 大旦那さまの陰口を言うのを、こいつがやめようとしないんですよ。あんな悪口は大旦那さまにではなくて、こいつが自分に向かって言えばいいんですよ。

デミポン(ゲタに)お前はもういいから。(ポルミオに)お若い方、いいですか? はじめにわしからあんたに頼みたいことがあるんだ。よかったら答えてくれないか、
380
あんたがむかし友達だったと言っているその人は誰なんだい。説明してくれ。その人はわしとどういう血のつながりがあると言っているだ。

ポルミオ あなたは知らないふりをしてさぐりを入れてるんですね。

デミポン わしの知ってる人なのか? 

ポルミオ そうですとも。

デミポン わしは知らないよ。知ってるって言うなら、思い出させてくれ。

ポルミオ ええっ? あなたはご自分の従兄弟のことをご存知ないというんですか? 

デミポン めんどくさい奴だな。 
385
名前を言ってくれ。

ポルミオ 名前? もちろんですよ。

デミポン どうして黙ってるんだ。

ポルミオ(傍白)しまった。名前をど忘れしたよ。

デミポン なんだって? 

ポルミオ(ゲタに小声で)ゲタ、さっき言った名前覚えていたら、教えてくれ。(デミポンに)ははっ! 言うもんですか。あなたは知らないふりして、私を試そうとしているんですね。

デミポン わしがあんたを試すだって? 

ゲタ(ポルミオに小声で)スティルポンです。

ポルミオ まあいいでしょう。
390
スティルポンさんですよ。

デミポン 誰だって? 

ポルミオ あなたもご存知のスティルポンさんですよ。

デミポン わしはそんな人は知らんし、そんな名前の人はわしの親戚の中にはいないぞ。

ポルミオ 本当ですかあ? この人達の見ている前でそんなこと言って恥ずかしくないのですか。でも、もし彼が十タラントの財産を残していたら・・・

デミポン 馬鹿なことを言うな。

ポルミオ ・・すぐにあなたは
395
自分の家系をお爺さんのそのまたお爺さんの代まで諳(そら)んじてしてみせるんでしょうねえ。

デミポン そりゃそうだ。わしだって初めから、あの娘がわしとどういう縁続きなのか言ってるところだ。それをあんたの方でやってくれ。なあ、どういう縁続きなんだい。

ゲタ(デミポンに)やった、大旦那さまが一本取りましたね。(ポルミオに小声で)ほら、気を付けて!

ポルミオ それについてはもうはっきりと裁判官に
400
ちゃーんと説明済みですよ。もしこれが嘘なら、どうしておたくの坊ちゃんは嘘だと言わなかったんですか。

デミポン わしに向かって倅のことを言うのか? あいつの馬鹿さ加減についてはわしも言葉もないな。

ポルミオ それなら、賢いあなたが役人たちに掛けあって、この件で判決をし直すように頼んだらいいでしょう。
405
なにせあなたはこの町では一番のお偉方なので、同じ問題に二回目の判決を出してもらえるでしょうよ。

デミポン こっちは被害者なんだが、裁判であんたの言い分を聞かされるより、あの娘を親戚だということにして、法律の命じる持参金を出す方がましだな。
410
五ミナあるから、これを受け取って、あの娘を家から連れて行ってくれ。

ポルミオ ははは、簡単な人ですね。

デミポン 何だって? まっとうな要求じゃないか。それとも、わしは国民の権利を行使してはいかんのか。

ポルミオ ねえ、法律が命じているのは、そんな風に、女を遊女みたいにもてあそんでから、金を払って捨てろっていうことですかね。
415
それとも、アテナイ市民の女性が貧しさのために辱めを受けないで済むように、近親者と結婚させて一人の夫と共に人生を送れるようにすることを命じているんですか。これをあなたは妨害しようとしているんだが。

デミポン 近親者というのはその通りだが、わしらがどうして近親者なんだ。どういう理由だ。

ポルミオ もう沢山です。「覆水盆に返らず」と言うでしょう。

デミポン もう手遅れだというのか。いいや、わしはやめんぞ。
420
これをやり遂げるまでは。

ポルミオ 徒労ですよ。

デミポン うるさい。

ポルミオ 要するに、デミポンさん、あなたは我々の相手ではないんですよ。判決を受けたのはあなたの息子さんで、あなたじゃないんですから。なぜなら、あなたはもう結婚できる年じゃないからですよ。

デミポン いや、わしがいま言っていることは息子が言っていることだと思ってくれ。
425
それに息子が逆らうなら、新妻と一緒に家から締め出すまでだ。

ゲタ(ポルミオに)大旦那さまは怒ってるんだよ!

ポルミオ(デミポンに)あなたが家を出た方が早いですよ。

デミポン そんなに何もかもお前はわしに逆らうつもりなのか。この穀潰(ごくつぶ)しめ!

ポルミオ(ゲタに)この人は懸命に本心を隠しているが、俺を恐れているんだ。

ゲタ(ポルミオに)初戦はあんたの勝ちですな。

ポルミオ(デミポンに)我慢するところは我慢したらどうですか。
430
ご自分に相応しい振る舞いをして、我々と仲良くした方がよろしいんじゃないんですか。

デミポン わしがおまえと仲良くできるものか。お前の声を聞くのもお前の顔を見るのも二度と御免だね。

ポルミオ でも彼女と仲良くすれば、あなたの老後の慰め手になってくれますよ。ご自分の年をよく考えてください。
435
デミポン お前が慰めてもらえ。お前にやるんだ。

ポルミオ そんなに怒らないでくださいよ。

デミポン いいか、もうこれ以上話すことはない。お前があの女をさっさと連れていかないのなら、わしが追い出してやる。ポルミオくん、以上だ。

ポルミオ あなたがもしあの自由人の女性に対して相応しくない行動に及んだりすれば、これは重罪で訴えますぞ。デミポンさん、以上です。
440
(ゲタに)おい、もし私に何か用があれば、私は家に居るよ。

ゲタ わかりました。(ポルミオ、右、自宅方向へ去る)


第二幕第五場 デミポン、ゲタ、ヘギオン、クラティヌス、クリトン(デミポンが顧問たちに意見を聞く場面)


デミポン(独白)息子はどこまでわしを困らせるつもりなんだ。あいつめ、この結婚騒動にわしまでも巻き添えにするとはな。そのくせ、あいつはわしに顔一つ見せないのだ。これでは、あいつがこの件で何を言いたいのか、どう考えているのか全く分からないじゃないか。
445
(ゲタに)行って見てきてくれ、あの子がもう家に帰っているかどうかを。

ゲタ わかりました。(ゲタ、デミポンの家の中へ入る)

デミポン(顧問たちに)あなた達はもう問題のありかがお分りでしょう。私は一体どうしたらいいでしょうか。教えてください、ヘギオンさん。

ヘギオン 私ですか。よろしければ、クラティヌスさんはいかかでしょう。

デミポン クラティヌスさん、お願いします。

クラティヌス 私ですか?

デミポン そうです。

クラティヌス 私は大旦那さまが有利になるようにすることをお勧めします。
450
これが私の考えです。大旦那さまが不在のときに息子さんのなさったことは無効にするのがよいかと思いますし、それは実現できるでしょう。以上です。

デミポン では、ヘギオンさん、お願いします。

ヘギオン クラティヌスさんは立派にお話されたと思います。しかしながら、十人十色、人によって考えは異なります。
455
私の考えでは法律行為は無効にはできないので、何もしないのが賢明かと思われます。

デミポン クリトンさん、お願いします。

クリトン 私はもっと慎重に検討されるべきだと考えます。事は重大ですから。

クラティヌス(デミポンに)もうよろしいですか。

デミポン あなたたちはよくやってくれました。(傍白)でも前よりもわからなくなったよ(顧問たち退場)。

ゲタ 坊ちゃんはまだお帰りではない
460
と言っています。

デミポン わしは兄貴が帰るのを待つことにしよう。この問題については兄貴の考えに従うことにするよ。港に行って兄貴がいつ帰ってくるか聞いてこよう。

ゲタ あっしはここであったことをお知らせするために、坊ちゃんを探しに行ってきます。おや、ちょうどいい時に坊ちゃんが帰って来られた。




第三幕第一場 アンティポン、ゲタ(アンティポンが事態の経過をゲタから聞く場面)

465
アンティポン(右手から登場、独白)アンティポンよ、本当に、お前は意気地なしの男さ、どこをとっても悪いのはお前だ。お前の命とも言うべき人を他人の手にゆだねて、お前は自分一人だけここ から逃げ出してしまったんだから。本当に、お前は誰かほかの人がお前のために誰よりも熱心に動いてくれるとでも思ったのか。ほかのことは何を置いても、お前の家にいるあの子がお前のことを信じたのに、捨てられて酷い目に会うことがないように、守ってやらなければいけないんだ。
470
何しろ哀れなあの子の将来の暮らしも、あの子の未来の希望も、みんなお前一人の肩にかかっているんだから。

ゲタ 坊ちゃん、実をいうと、坊ちゃんが逃げ出してしまってから今まで、ずっとみんなで坊ちゃんの陰口を言い合っていたんですよ。

アンティポン ゲタ、僕はお前のことを探していたんだ。

ゲタ(それに答えずに)でも、だからといってあっしは坊ちゃんを見捨てたりはしていませんからね。

アンティポン ねえ、教えておくれ。どういうことになっているんだい。僕の運命はどうなるんだ。父さんは何もつかんでいないよね? 

ゲタ まだ何も御存知ありません。

アンティポン ちょっとは見込みがあるのかい。

ゲタ 分かりません。

アンティポン あ~あ。
475
ゲタ パエドリアスの若旦那も坊ちゃんのために奮闘なさいました。

アンティポン あいつらしいな。

ゲタ それからポルミオさんもこの事件でいつものように才能を発揮してくれましたよ。

アンティポン 彼はどうしたんだ? 

ゲタ 大変お怒りようの大旦那さまを論破してしまいました。

アンティポン やっぱりポルミオさんだ。

ゲタ あっしも出来るだけのことはさせていただきました。

アンティポン ゲタよ、僕はみんなに感謝しているんだよ。

ゲタ 今のところあっしが言ったように、万事は順調に行ってますよ。
480
お父様は伯父さんが帰国されるまでお待ちになるとのことです。

アンティポン 何のためだい? 

ゲタ おっしゃるには、伯父さんのご意見を聞いて、この問題をどうするかを決めたいとのことです。

アンティポン 心配だなあ。伯父さんが無事に帰国した姿をこの目で見るのが恐いよ、ゲタ! だって、僕の生き死にが伯父さんの一言に掛かってるんだもの。

ゲタ(置屋ドリオンの家の扉が開く)あっ、若旦那がいらした。

アンティポン あいつは一体どこにいるんだよ。

ゲタ ほら、ご自分の馴染みの道場から出て来られましたよ。



第三幕第二場 パエドリアス、ドリオン、アンティポン、ゲタ(パエドリアスの好きな遊女が軍人に身請けされて横取りされてしまいそうになっている状況が明らかになる場面)

485
パエドリアス ドリオンさ~ん、頼むから聞いてくださいよ~。

ドリオン いいえ、だめです。

パエドリアス ちょっとの間だけですから~ 

ドリオン いい加減に、ほっといてくれませんか。

パエドリアス 僕の話を聞いて下さいよ。

ドリオン おんなじ話を何回も何回も聞かされるのはうんざりなんですよ。

パエドリアス 今度の話を聞いたらきっとあなたも喜んでくれると思いますよ。

ドリオン じゃあ、言ってご覧なさい、聞いてあげますから。

パエドリアス 三日だけ待ってほしんです。お願いしますよ。あれっ、どこへ行くんですか。
490
ドリオン もっと別の話をするのかと思ったじゃないですか。

アンティポン(ゲタに)おや、置屋の大将、何かトラブルを抱えているようだな。

ゲタ(アンティポンに)そうらしいですな。

パエドリアスス 僕を信用してくれないんですか。

ドリオン お分かりじゃなですか。

パエドリアス 誓ってもだめなんですか。

ドリオン 馬鹿なことを。

パエドリアス 「情けは人の為ならず」って言うじゃないですか。

ドリオン 空手形をもらってもねえ。

パエドリアス あとでよかったと言うことにきっとなりますよ。本当なんだから。

ドリオン 夢みたいな話ですな。
495
パエドリアス 試してみてくださいよ。長くはかからないんですから。

ドリオン 堂々巡りですな。

パエドリアス あなたは僕の友達じゃないですか、いや身内同然、いや親みたいなもんですよ。

ドリオン 好きなように言っていなさい。

パエドリアス あんたはそんなに情け知らずの頑固な人なんですかあ? いくらお願いしても、お情けにおすがりしても、あなたのかたくなな心を溶かすことはできないんですか。

ドリオン パエドリアスさん、あんたって人は、分別なしの恥さらしな人ですね。
500
適当な言葉で私を丸め込んで、うちの女の子を只で家に持って帰ろうとするなんて。

アンティポン(ゲタに)思いやりのあること言うなあ。

パエドリアス(独白)図星を言われるとはなあ。まいったなあ。

ゲタ(アンティポンに)両者とも一歩も引きませんね。

パエドリアス(独白)よりによってアンティポンがあのことに悩んでいる時に、僕の身の上にこんな悩みが降り掛かるとはなあ。

アンティポン おい、どうしたんだい、パエドリアス。

パエドリアス ああ、果報者のアンティポン。 

アンティポン 俺がかい? 

パエドリアス 君には愛する女性が家にいるじゃないか。
505
それにこんな不幸な目に会った経験がないんだろう?

アンティポン 家にいるって? まさか。僕はいわゆる、のっぴきならない立場にあるんだよ。つまり、「進むも地獄、退くも地獄」の状態になっているんだ。

ドリオン パエドリアスさんと私の関係もまさにそれですな。

アンティポン おいおい、置屋の大将らしくないね。(パエドリアスに)一体あいつに何をされたんだい? 

パエドリアス あいつかい? あいつは人でなしだよ。
510
僕のパンフィリアを人に売ってしまったんだよ。

アンティポン なんだって? 売った? 

ゲタ えっ? 売ったですって?

パエドリアス 売ってしまったんだよ。

ドリオン 自分の金で買った女を売ることの何がそんなに悪いことでしょう?

パエドリアス 僕はこの人に契約を変更してほしい、友達が約束してくれたお金が僕の手に渡るまで三日間待ってほしいと言っているんだ。それなのに、この人は聞いてくれないんだ。(ドリオンに)三日たってもお金の工面が出来なかったら、もう待ってくれなくてもいいと言ってるじゃないですか。
515
ドリオン もう耳にたこができましたよ。

アンティポン たった三日じゃないか。ドリオンさん、この男の願いを聞いてやれってくれよ。あんたがしてやった親切を、この男は倍にして返してくれるよ。

ドリオン またいい加減なことを。

アンティポン あんたはパンフィリアをこの町に住めなくしてしまうつもりなのかい? あんたは二人の恋を引き裂くようなことが出来るのかい?

ドリオン そんなことは私だって出来ませんよ。

パエドリアス 畜生! お前にそんな真似をされてたまるか!
520
ドリオン 私はねえ、いつも手ぶらで来ては口約束をするばかりで、めそめそしてるあんたのことを、自分のやり方をまげて、何ヶ月も我慢してきたんですよ。ところが、それと正反対にいまやっと、泣き言を言わずに金を払ってくれる人が現れたんです。だから、あんたは自分の負けを認めるんですな。

アンティポン(パエドリアスに)僕の記憶違いでなきゃ、確か君がこの人に金を支払う日はあらかじめ決められていたよねえ。

パエドリアス そうだ。ドリオン。そのとおりだよ。
525
アンティポン その期日は過ぎたのかい。

ドリオン いいえ、ところが、こっちの期日のほうが先に来たんですよ。

アンティポン そんな出鱈目なことを言って恥ずかしくないのかい。

ドリオン 恥ずべきことなんかないです。利益優先ですよ。

ゲタ 糞ったれめ。

パエドリアス ドリオンさん、あんたはどうしても、そうするというのですか。

ドリオン 私はそういう人間です。それでもよければ、お役に立ちますよ。

アンティポン 要するにこの男はあんたに騙されたんだね。

ドリオン まさか、アンティポンさん、騙されたのは私の方ですよ。というのは私がこんな人間であることをこの人は百も承知ですが、私はこの人がこんな人だとは思いもしませんでした。
530
わたしはこの人に対してずっと同じ態度でやって来ましたが、この人には本当に裏切られましたよ。いずれにせよ、私は次のようにやらせてもらいます。明日の朝、ある軍人さんが金を持ってくると約束してくれましたから、パエドリアスさん、あなたがそれより先にお金を持ってきたら、支払いの早い人を優先するという私のやり方を適用させて頂きますよ。では、ごきげんよう。


第三幕第三場 パエドリアス、アンティポン、ゲタ(パエドリアスを救うための方法をゲタが思いつく場面)


パエドリアス どうしよう。困ったなあ、そんなお金を急にどこで見つけて来たらいいんだよ。
535
ただでさえ僕にはお金が無いのに~。ドリオンさんがあと三日待ってくれたら、まだ見込みはあったのになあ。

アンティポン ゲタよ、こいつがこんなに困っているのをほっとくのかい。彼が今までずっと僕のことを熱心に助けてくれたのはお前の言うとおりだよ。だから、彼が困っている今こそ、なんとかして彼に恩返しをしようじゃないか。

ゲタ それがいいことはあっしも分かっていますよ。

アンティポン じゃあ、お前が何とかしろよ。お前しかこいつを助けられないよ。
540
ゲタ どうしろと言うんですか。

アンティポン お前が金を見つけてくるんだよ。

ゲタ そうしたいのは山々なんですが、どこで手に入るか、坊ちゃんが教えて下さいよ。

アンティポン 僕の親父は帰ってもうきているらしいよ。

ゲタ 知ってますよ。でも、どうするんです。

アンティポン 「一を聞いて十を知る」だろ。

ゲタ まさか。

アンティポン そのまさかだ。

ゲタ まったくもってすばらしいご忠告です。でも、もう、勘弁して下さいよ。あっしは坊ちゃんの結婚の件を無事に切り抜けただけでも、もう御の字なんですから。その上にまだこの人のために敢えて火の中に飛び込めというんですか。
545
アンティポン(パエドリアスに)こいつの言う事ももっともだな。

パエドリアス 何だって? 僕は君たちの仲間じゃなかったのかい、ゲタ。

ゲタ そりゃそうですよ。でも大旦那さまは我々全員に対してもうすでに充分お怒りですよ。これ以上大旦那さまを刺激したりすれば、もうお慈悲にすがる余地さえなくなってしまいますよ。

パエドリアス あの娘は別の男が僕の目の前で知らない所に連れて行ってしまうしかないのか。ああ、アンティポンよ、僕がここにいる今のうちに、この顔をよく見ておいてくれよ、
' 550
今のうちに僕と話をしておいてくれよ。

アンティポン どうしてだよ。いったい何をするつもりなんだ。教えてくれ。

パエドリアス 彼女がどこに連れて行かれようと、僕はそのあとをついていくことにしたんだ。さもなきゃ僕は生きていても仕方がないんだ。

ゲタ 若旦那の願いが何とか叶うことを祈りますよ。だから、早まったことはしないで下さいよ。

アンティポン(ゲタに)こいつを助けてやれることは何かないか考えてやってくれ。

ゲタ 「何か」って何ですか。

アンティポン 頼むよ、ゲタ。パエドリアスに変なことされて僕達があとで後悔するようなことにはなりたくないんだ。
555
ゲタ どうしましょうかねえ。(しばらく考えて)若旦那は大丈夫です。あっしの身の上が危なくなりはしますが。

アンティポン 心配するな。僕たちは一蓮托生だよ。

ゲタ いくらお金が必要なんです。言って下さい。

パエドリアス たった三〇ミナだよ。

ゲタ 三〇ですか。若旦那、それは高い。

パエドリアス いいや、三〇なら安い。

ゲタ 大丈夫です。金は何とかしてさしあげますよ。

パエドリアス(ゲタに抱きついて)お前、いい奴だなあ。

ゲタ やめて下さいよ。

パエドリアス 金はいま要るんだよ。

ゲタ いま差し上げますから。
560
でも、この件でもポルミオさんに助けてもらう必要があります。

パエドリアス あの人は人助けのために生まれてきたような人だからなあ。あの人ならどんな難問でも安心して任せられるよ。友人を裏切らない真の友はあの人だけだ。

ゲタ じゃあ、早くポルミオさんの所へ行きましょう。

アンティポン 僕が君たちのお役に立てることは何かないのかい。

ゲタ 何も。坊ちゃんは、家に帰って奥さんを慰めてあげて下さい。可哀想に、中で彼女は死ぬほど不安に
565
怯えていますよ。早く! 

アンティポン ガッテン承知の助(デミポンの家に入る)。

パエドリアス(ゲタに)それでどうするんだい。

ゲタ 道々教えますよ。とにかく来てください。(二人は右手のポルミオの家に行く。舞台は空になる)



第四幕第一場 デミポン、クレメース(クレメースの隠し子である娘がすでにアテナイに来ていて、クレメースはその娘をアンティポンと結婚させるつもりであることがデミポンに明かされる場面)

(デミポンとクレメースが左、港方向から登場。クレメースは旅装束である)

デミポン ねえ、兄さん、お嬢さんは連れて帰ってきたんですか。そのためにレムノス島に行ってたんでしょう? 

クレメース だめだったんだ。

デミポン どうしてですか。

クレメース わしがアテナイから来るのを娘の母親が待ちきれなくなったらしいんだ。
570
年頃まで成長した娘をわしに会わせたいと思って、家族を連れて行き違いに出発したというんだよ。

デミポン ねえ、兄さん、それが分かったあとも、どうしてこんなに長いこと向こうにいたんですか。

クレメース 畜生、わしは病気になって帰れなかったんだ。

デミポン 何の病気ですか? どんな具合だったんですか。

クレメース わかるだろ。
575
年を取れば何やかやと病気になるものさ。でも、娘たちが無事に着いたことは彼らを運んだ船の乗組員から聞いて知っている。

デミポン 私がいない間に私の息子に何があったかも聞いていますか、兄さん?

クレメース 聞いたよ。そのせいでわしの計画は狂ってしまったんだ。だってあの娘を誰か赤の他人に嫁がせたようとしたら、
580
あの娘の生まれについて詳しく話さなきゃならない。お前にならこの秘密を打ち明けても大丈夫だ。ところが、よその人間が娘と結婚して家族になった場合には、わしとうまく行っている間は黙っていてくれても、わしと仲違いした時には、知る必要のないことを知っていることになってしまうのだ。
585
わしはこの秘密がひょんなことから妻に知れることを恐れているのだ。もしそんなことになったらわしはこの家から出ていかなければならなくなる。なぜなら、この家でわしの物といえばこの体一つだからなあ。

デミポン それはわかりますよ。そのことは私も心配です。ですから、兄 さんと約束したこと(=アンティポンと結婚させること)が実行できるように、
590
私もあらゆる手立てを尽くすつもりです。


第四幕第二場 ゲタ、デミポン、クレメース(ゲタがポルミオに協力を求めたことを明らかにする場面)

(ゲタ、右手、ポルミオの家の方向から登場)

ゲタ(独白)俺はポルミオさんほど抜け目のない人は見たことがないよ。あの人のところへ行って大金が入り用になったこと、それを手に入れる算段についても説明したら、彼はこちらが半分も言わないうちに、全部飲み込んでくれたよ。
595
彼は喜び勇んで、俺の考えを褒めてから、大旦那は今どこにいるんだと聞いてきた。それから、彼は自分がアンティポン坊ちゃんだけでなく、若旦那にも同じように親切にするチャンスを与えてくれたことを大いに感謝していた。俺は大旦那さまを連れていくから広場で待つようにと言っておいたんだ。
600
ところで、あそこに大旦那さまがいらした。その向こうにいるのは誰だろう? おや、若旦那の親父さんが帰ってきているじゃないか。でも、俺はどうして驚いているんだ。馬鹿だな。これから騙さないといけない相手が二人に増えのが心配なのか。二股をかけられると思えば、それも好都合じゃないか。まずは先に標的にした方から金を引き出すことにしよう。それで金が出てきたらよし。
605
だめなら、あっちの旦那に当たるまでだ。


第四幕第三場 アンティポン、ゲタ、クレメース、デミポン(パニウムをポルミオの妻にして追い出すためにポルミオに金をやることをゲタが旦那たちに承知させる場面)


アンティポン(家から出て、独白)ゲタの帰りが待ち遠しいなあ。おや、伯父貴(おじき)が親父と一緒にいるのが見える。どうしよう。あの人の帰国で親父の気持ちがどうなるかとても心配だな。

ゲタ(傍白)二人の方に行こう。クレメースさん!

クレメース ゲタ、調子はどうだい。
610
ゲタ ご無事のご帰りをお喜び申し上げます。

クレメース ありがとう。

ゲタ どんな具合ですか。いつものように「帰ってみると驚くようなことばかり」ですか?

クレメース 盛り沢山だねえ。

ゲタ そうですか。アンティポン坊ちゃんのことはもうお聞きですか。

クレメース 全部聞いたよ。

ゲタ(デミポンに)大旦那さまがお話しになったのですか。(クレメースに)まったくけしからんことですね、クレメースさん、こうやって親に内緒でこそこそするとはねえ。

クレメース その事をいま弟と相談していたところだ。
615
ゲタ あっしもお粗末ながら自分の頭でよく考えてこの問題に対する解決策を見つけました。

クレメース どうすればいいんだ、ゲタ?

デミポン どんな解決策だ? 

ゲタ 大旦那さまとお別れしてから、すぐにポルミオさんに会ったんです。

クレメース ポルミオさんって誰だい。

デミポン そいつがあの女を・・・ 

クレメース わかった。

ゲタ あの人の考えを試してみるのがいいと思ったんです。
620
二人きりになってから、ポルミオさんにこう言いました。「この問題は事を荒立てずに円満に内々(うちうち)で解決したほうがいいぞ。大旦那さまは立派な人だし訴訟はしたくないと仰っている。なぜなら、ほかの友人たちは全員が声を揃えて
625
そんな女は家から追い出してしまえと言っているんだ」と。

アンティポン(傍白)こいつは何を始めたんだ。一体どうするつもりなんだ。

ゲタ「彼女を追い出したりしたら法で罰っせられるとあんたは言うのかい。そんなことはもう覚悟のうえだ。あの人と訴訟を始めたりしたら、本当にあんたは大変な目に合うぞ。あの人は弁が立つんだぞ。
630
仮にあんたが勝ったとしても、大旦那さまはびくともしないんだ。どうせ金で解決するだけの話なんだから」と、あっしが言いますとポルミオさんはちょっとひるんだと思いましたので、「俺たちは二人だけだ。なあ、一体あんたはいくら欲しんだい。あんたが俺たちに迷惑をかけるのをやめて、
635
彼女が家から出て行って、大旦那さまがもう訴訟に関わらなくてもよくなるためには」と言いました。

アンティポン(傍白)こいつ、気でも狂ったのか? 

ゲタ 「というのはな。俺はよく知ってるんだが、あんたが無茶な条件を持ち出さないかぎり、
大旦那さまはいい方(かた)だから、あんたはもう余計なことを言わなくても話はついてしまうんだよ」と。

デミポン お前にそこまで言っていいと誰が言ったんだ?
640
クレメース だけど、まさに我々としてはそれで願ったり叶ったりじゃないか。

アンティポン(傍白)ああ、僕はもうおしまいだよ! 

デミポン 続きを言いなさい。

ゲタ 最初はあの人も無茶なことを言ってましたよ。

クレメース その男はいくら出せと言うんだ。

ゲタ いくらかって? とんでもない額です。言いたい放題ですよ。

クレメース いくらなんだ。

ゲタ 「一タラント(=六〇ミナ)も貰ったらなあ」と。

デミポン 絶対だめだ。なんという恥知らずな奴なんだ。
645
ゲタ あっしはやつに言ってやりましたよ。「おい、大旦那さまはこれ から一人娘を嫁にやるとでも思っているのかい。そんな持参金みたいな大金をあの娘に出してやるなんて、せっかく金のかかる娘がこの家にいなかったのに、大損じゃないか」とね。そういう出鱈目なことをいう男ですが、それはそれとして、あの男が言いたかったことを手短にあっしが言いいますとね、
650
「俺は本当は親しい人(=スティルポン)の娘さんだから、当然自分の妻にするつもりだった。というのは、貧しい女性が金持ちの家に嫁いでも召使にされるようなものだから、彼女にとって不幸なことだと思ったからだ。だが、本音を言うなら、俺には借金があって、
   655
それを返すために、少しでも役立ってくれるような女性が必要だ。だから、俺がいま婚約している女性から受け取るはずの金をデミポンさんが出してくれるというなら、俺はおたくのあの娘さんを自分の嫁にすることに異存はない」と。

アンティポン(傍白)ゲタは何か魂胆があってこんなことをやっているのか、
660
それとも何もわからずに闇雲にやっているのか、いったいどうなんだ。

デミポン ひょっとして、ポルミオくんは借金まみれじゃないんだろうなあ。

ゲタ 彼が言うには「十ミナで土地が担保に入っている」とか。

デミポン わかったよ。女を連れていけ。それぐらいの金なら出してやる。

ゲタ 「同じく十ミナで家が担保に入っている」とか。

デミポン おいおい、多いじゃないか。

クレメース そう言うなよ。その十ミナはわしが出してやる。
665
ゲタ 「妻には下女を雇ってやらないといけないし、それから家財道具も少しは買わないといけないし、結婚式の費用も要る。これらも締めて十ミナになる」と。

デミポン わしを相手に好きなだけ訴状を書けばいいさ。わしは一文も出さんぞ。わしはあんな薄汚い奴に馬鹿にされてたまるか。
670
クレメース おい、わしが出してやるよ。落ち着くんだ。お前の倅はわしが言っている娘と結婚させてくれ。

アンティポン(傍白)ああ、ゲタよ、お前の手練手管のせいで僕はもうおしまいだよ。

クレメース(デミポンへ)あの女を追い出すのはわしのためなんだ。わしが損をしても仕方がないんだ。

ゲタ それからまたこうも言いましたよ」。「あの女を俺にくれるかどうか、できるだけ早く
675
教えてほしい。今の婚約相手を断らないといけないから、中途半端では困るんだ。今の婚約相手は持参金の用意は出来たと言って来ているんだ」

クレメース(デミポンに)ポルミオくんに金を渡してその相手とはすぐに破談にしてもらってこい。それからここの女と結婚させるんだ。

デミポン 畜生め!このままではすまさんぞ。

クレメース ちょうど金はここに持ってきている。
680
家内の土地がレムノス島にあって利益が上がっているんだ。それを使うよ。家内にはお前の入り用で使ったと言っておくから。(デミポンとクレメース、クレメースの家に入る)


第四幕第四場 アンティポン、ゲタ(ポルミオは本当はパニウムとは結婚しないことが明らかにされる場面)

アンティポン(舞台に残って) ゲタ! 

ゲタ はい。

アンティポン 何をしてくれたんだ!

ゲタ 旦那方から金を巻き上げたんですよ。

アンティポン それで満足かい。

ゲタ さあどうでしょう。あっしは坊ちゃんの指図通りにやっただけですから。

アンティポン おい、この野郎、聞かれたことに答えないか。
685
ゲタ 坊ちゃんはいったい何を言いたいんですか。

アンティポン 僕が何を言いたいかって? お前のせいで僕はもう首をくくるしかなくなってしまったということだよ。お前みたいな奴はどこへでも行って、くたばってしまえばいいんだ。(観客に向かって)みなさんも、何か願い事があったら、この男に頼むといいですよ。もし本当にちゃんとやって欲しかったらですよ。
690
(ゲタに)おいお前、僕の痛いところをついたり、僕の妻のことを出したりするなんて、最悪だよ。親父は彼女を追い出せると思ってしまったじゃないか。この先どうなると思ってるんだ。ポルミオが持参金を受け取ったら、僕の妻はあいつと結婚させられてしまうじゃないか。そうなったらどうす るんだよ。

ゲタ 彼は結婚なんかしませんよ。

アンティポン わかってるよ。そうさ。
695
それでやつは金を返せと言われたときに、僕のために、進んで牢屋に入ってくれるんだろうな。

ゲタ 坊ちゃん、何でも悪い方に考えたらだめですよ。坊ちゃんは悪い面ばかりおっしゃっていい面は何も見ていないんですよ。今度はあっしの話を聞いて下さい。ポルミオさんは持参金を受け取ったら、
700
もちろん、坊ちゃんの奥さんはあの人と結婚させられます。それはそうです。でもね、結婚の準備をしたり、お客さまを招待したり、神社にお参りしたりして時間稼ぎができますよ。その間にパエドリアスの友達が約束の金を持って来てくれます。そして、そこからポルミオさんはお金を返しにきますよ。

アンティポン どんな理由をつけて、どう言って返すというんだよ。

ゲタ 分かるでしょ。
705
「その後、数々の不気味なことが私の身の上に降りかかりましてねえ」とか言うのですよ。例えば、よその黒い犬が家の中に入ってきたとか、へびが屋根から中庭に降ってきたとか、雌鳥が鳴いたとか、占い師がやめろと言ったとか、手相見が結婚をやめろと言ったとか、冬至が来る前に
710
新しいことを始めるなと言われたとか。そんなことで充分断る理由になりますよ。それで何とかなりますよ。

アンティポン そうなったらいいけどな。

ゲタ そうなります。仕上げを御覧じろです。おや、お父様が出てこられました。坊ちゃんは、「お金が出来たよ」とパエドリアスさんに言って来て下さい。(アンティポン、右手に退場)



第四幕第五場 デミポン、クレメース、ゲタ(パニウムをポルミオと結婚させることをクレメースの妻から説明させることが明らかになる場面)

(クレメースの家からデミポンとクレメースが出てくる。クレメースが金を持っている)

デミポン 心配はいりません。大丈夫、騙されないように用心しますよ。立会人なしでこの金をやってしまうことは決してありません。
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金を渡す相手とその理由をはっきりさせて来ますよ。

ゲタ(傍白)用心しても無駄なのに。

クレメース それはそうしたらいい。それより急いでくれ、相手の気持ちが変わらないうちにね。もう一人の女がしつこく迫ってきたら、わしらの方は断られるかもしれんぞ。

ゲタ(傍白)その通り。

デミポン じゃあ、男の所へ連れていってくれ。

ゲタ 行きましょう。

クレメース それが済んだら、私の妻のところへ行って、女に会うように言ってくれ。うちから出ていってもらう前にね。
720
それで妻の口から彼女に「あなたはポルミオと結婚することになったが、気を悪くしないように」と言ってほしいんだ。彼女にはもっと縁が深い男(=パニウムはポルミオの友人スティルポの娘ということになっている)と結婚するのが相応しいということ、私たちは充分な義務を果たしたということ。つまり、ポルミオが望むだけの持参金を出したということを伝えて欲しいんだ。

デミポン なんでそんなことをさせるんだい。

クレメース デミポン、ここが大事なところなんだ。義務を果たしても世間の評判がよくなかったらだめなんだよ。
725
彼女の意志で出て行ってもらいたいんだ。追い出されたとは言われたくないんだよ。

デミポン それだったらわしでも出来るよ。

クレメース やはり女同士のほうがいいんだ。

デミポン 頼んでみるよ(ゲタとともに右手に退場)。

クレメース ところでうちの女たちはどこに行ったんだろう。 




第五幕第一場 ソフローナ(パニウムの乳母)、クレメース(レムノス島出の娘がすでにアンティポンと結婚していることにクレメースが気付く場面)


ソフローナ(デミポンの家から出てきて独白) まあ、どうしましょう。誰が私の味方になってくれるかしら。この事を誰に話せば、助けてくれるかしら。
730
私がお勧めしたことでお嬢さまがひどい目に会うんじゃないかと心配です。お婿さんのお父様が今度の事でひどくご立腹だと聞いています。

クレメース(傍白)わしの弟のところから外へ出てきて、ひどくうろたえた様子をしているこの婆さんは誰だろう。

ソフローナ(独白)この結婚が確かなものではないとは知っていたけど、貧しさにせかされて話を進めてしまったのは、何とか生活が楽になるようにと考えてのことでした。
735
クレメース(傍白)わしの記憶とわしの目に狂いがなければ、きっとあれはわしの娘の乳母だ。

ソフローナ(独白)そのうえ、お嬢さまのお父上である・・・ 

クレメース(傍白)どうしたものか。

ソフローナ あの方は行くえしれず。

クレメース こちらから近寄っていこうか、それとも、乳母が何を言っているのかもっとよく分かるまで待っていようか。

ソフローナ でも、お父上の居所がわかりさえすれば、心配はなくなるんだけど。

クレメース やっぱり乳母だ。話しかけてみよう。

ソフローナ そこでしゃべっておられるのはどなたですか。

クレメース ソフローナよ。

ソフローナ 私の名前を呼んだのはどなた?
740
クレメース わしの方を見ろ。

ソフローナ おや、ひょっとして、あなたはスティルポンさんですか。

クレメース ちがうよ。

ソフローナ ちがうですって?

クレメース この扉からちょっとあっちへ離れてくれ、ソフローナ。それから、今後はその名前でわしのことを呼ぶのはやめてほしいんだ。

ソフローナ どうしてですか。旦那さまはいつもこの名前を名乗っておられたではないですか。

クレメース しーッ 

ソフローナ どうしてこの扉をお避けになるのですか。

クレメース この中に恐い奥さんがいるからだよ。 実はあの名前は
745
いつわりの名前だったんだ。お前たちがうっかり本当の名前を漏らしてしまって、そこからわしの妻に気付かれるようなことがないようにしていたんだ。

ソフローナ ああ、そのために私たちは旦那さまをいつまでもこちらで見つることが出来なかったのですね。

クレメース で、お前がいま出てきたこの家とお前はどういう関係なのか教えてくれ。娘たちはどこにいるんだ。

ソフローナ ああ、どう言えばいいのかしら。

クレメース どうしたんだ。みんな元気なのか? 

ソフローナ お嬢さまはご無事です。
750
お母さまはご心労から、お可哀想に、お亡くなりになられましたわ。

クレメース 可哀想なことをした。

ソフローナ 私は貧しくて身寄りのない年寄りですが、私が力を尽くして、お嬢さんをこの町の若者のもとに嫁いで頂きました。お相手はこの家のご主人です。

クレメース アンティポン君のことを言っているのか?

ソフローナ はい、その通りです。

クレメース なんだって、アンティポン君には妻が二人いるのか。

ソフローナ まあなんてことを。お嬢さまだけですよ。
755
クレメース 親戚だというもう一人の娘はどうした。

ソフローナ それがお嬢さまですよ。

クレメース 何を言っているんだ。

ソフローナ お嬢さまに惚れたアンティポンさんが持参金なしで彼女と結婚できるように、みんなで仕組んだんですよ。

クレメース いやはや、どうなってるんだ。思いも寄らないことがこうも次々に起こるとはなあ。家に帰ってみると娘が私の望みどおりの相手と望みどおりの結婚をしているのに出くわしたんだからなあ。
760
我々兄弟二人が苦心して実現しようとしたことを、わしらの知らぬ間に、この婆さんが一人で頑張って成し遂げていたとはな。

ソフローナ それより急いでいま何とかしないといけない事があるんです。若旦那さまのお父様がお帰りになって、若旦那さまのことをとてもお怒りだというのです。

クレメース もう心配はない。だがあの子が私の娘であることに誰にも気付かれないようにしてくれたまえよ。
765
ソフローナ それは私は大丈夫です。

クレメース 付いて来なさい。なかで残りの話をするから。(クレメースとソフローナ、デミポンの家に入る)



第五幕第二場 デミポン、ゲタ(ポルミオにお金が渡ったことが明らかにされる場面)

(広場の方、右手からデミポンとゲタ、登場)

デミポン 悪い奴らがはびこるのはわしらのせいだな。善人だの人格者だのと言われようと頑張るからいけないのさ。まったく「盗人に追い銭」という諺(ことわざ)そのままじゃないか。あいつらにこっぴどい仕打ちを受けたのに、それに懲りずに金までやって、
770
次の悪事をたくらむために援助してやったようなものさ。

ゲタ そのとおりですね。

デミポン 正義をゆがめる者に褒美をやったようなものだ。

ゲタ そのとおりですね。

デミポン わしらのこの問題の処理の仕方は完全に間違いだった。

ゲタ こっちの計画通りに進んでポルミオさんがあの女と結婚してくればいいんですが。

デミポン それがまだ不確かなのか?

ゲタ わかりませんが、相手が相手だけに、気が変わるかもしれません。
775
デミポン 気が変わるだって? 

ゲタ 分かりません。でも、万が一のことがありますから。

デミポン 兄貴の言いつけどおりに、彼の奥さんにうちに来てもらって、あの女と話をつけてもらうことにするよ。

ゲタ、お前は先に行って、兄貴の奥さんが行くことを彼女に伝えてきてくれ(デミポン、クレメースの家に入る)。

ゲタ(独白)若旦那に渡す金は出来た。訴訟の話はおさまった。しばらくはパニウム奥様がこの家から出ていく心配はなくなった。さて、これからどうなるか?
780
どうするべきか? まだ泥沼から抜け出たわけではない。難関は必ずやってくる。不幸は先送りされただけだ。下手をするともっとひどい事になりかねないぞ。とりあえずは中へ入ってパニウム奥様にとっくり言い聞かせておかないとな。ポルミオさんが何を言っても何も心配はないって。



第五幕第三場 デミポン、ナウシストラータ、クレメース(パニウムが自分の娘だったことをクレメースがデミポンに伝える場面)


デミポン
 さあ、嫂(ねえ)さん、あの子がわしらの言うとおりにするように言ってきてくださいよ。
785
これはどうせ避けられない事なんだから、自分から進んで出ていくように言ってきてください。

ナウシストラータ わかりましたわ。

デミポン さっきはお金を出して頂いて本当に助かりました。この件でもまた一肌脱いで欲しいんですよ。

ナウシストラータ よろこんでやらせていただきますわ。うちの主人がもっとしっかりしていたら、もっとちゃんとしたことが出来るんですけどね。

デミポン どういうことですか。

ナウシストラータ あの人は私の父親の遺産をちゃんと守ってくれないんです。父はあの土地から毎年二タラントの収益をあげて
790
いましたのよ。同じ男なのにどうしてこんなに違いがあるのかしら。

デミポン 二タラントですって?

ナウシストラータ それももっと物価が低かった頃の二タラントですわ。

デミポン すごいですね。 

ナウシストラータ あなた、どう思います? 

デミポン 確かに・・・ 

ナウシストラータ わたしが男に生まれていたらよかったんですわ。わたしなら指図しますよ・・・

デミポン ・・・その通りです。

ナウシストラータ どうすればいいかを・・・ 

デミポン 嫂(ねえ)さん、それはそのあたりにして、今から力を残して置いて下さい、若い娘の剣幕に負けてはいかないから。
795
ナウシストラータ 言われたようにしてきますわ。おや、うちの主人がお宅から出てきますよ。

クレメース(デミポンの家から出てきて) おい、デミポン、あいつにもう金を払ったのか。

デミポン ええ、さっさと話をつけてきましたよ。

クレメース あの金は払わなくてもよかったんだ。(傍白)おや、家内がいるじゃないか。あやうく余計なことまで言うところだった。

デミポン どうして払わなくていいんですか、兄さん。

クレメース もうよくなったんだよ。

デミポン 兄さんの方はどうなんですか。あの子とちょっとは話をしたんですか、お宅の奥さんが話しをしに来るということを。

クレメース その件は一件落着したんだよ。

デミポン で、あの子はどう言ってるんですか? 

クレメース 彼女を追い出すわけにはいかなくなったんだ。

デミポン どうして追い出せないんですか?
800
クレメース 二人は相思相愛だからさ。

デミポン それがどうしたというんですか? 

クレメース そこが肝心なんだよ。それにあの女はうちの親類だと分かったんだよ。

デミポン どういうことですか? 頭がどうかしてしまったんですか? 

クレメース あれは事実だったんだ。これは出鱈目で言ってるんじゃない。思い出したんだ。

デミポン 兄さんは正気ですか?

ナウシストラータ まあなんてことを。親類の女の子なら邪険にしてはいけませんわ。

デミポン 親類じゃないですよ。

クレメース いや、親類なんだ。父親が別の名前を名乗っていたんだよ。お前は知らないだけなんだ。

デミポン あの子は自分の父親を知らなかったんですか?
805
クレメース 知っていたよ。

デミポン なんで別の名前だったんですか? 

クレメース(小声で)ここはわしに調子を合わせてくれないか。わかるだろ。

デミポン(クレメースに傍白)分からないことばかり言うからですよ。

クレメース(デミポンに傍白)お前にはもううんざりだよ。 

ナウシストラータ いったい何の話をしているのかしら。

デミポン 私もさっぱりわからない。

クレメース(デミポンに)教えてやろうか。これは確かなことなんだが、わしとお前ほどあの娘と血のつながりの濃い人間はいないんだよ。

デミポン いやはや、みんなで彼女に会って、いっしょにこの事実が本当かどうか確かめてきまましょう(デミポンの家に向かいかける)。

クレメース(デミポンを止めて)それはだめだ。
810
デミポン どうしたんですか? 

クレメース お前はそんなにわしの言うことを信用出来ないのか。

デミポン そんな話を信用しろと言っても無理ですよ? このことに ついてはもう聞かないで欲しいのですか? いいですよ、そうしましょう。じゃあ、僕たちの友人の娘のことは? あの子はどうするんです。(=クレメースがアンティポンと結婚させるつもりでいたクレメースの娘のことを言っている。パニウムと同一人物であることをまだ知らない)

クレメース 大丈夫だ。

デミポン あの子のことはあきらめるのですか。

クレメース いいじゃないか。

デミポン すると今いる女は出ていかなくていいのですね? 

クレメース いいんだ。

デミポン じゃあ、嫂さん、あなたはもう用済みですよ。

ナウシストラータ どうやら最初の計画は取りやめにして、あの子にはこのままいてもらう方が
815
みんなにとってはいいみたいね。前に見た時あの子はなかなか育ちがよさそうだったし(ナウシストラータ、家に入る)。

デミポン ねえ、どうなってるんです? 

クレメース 戸はちゃんと閉まっているのか?

デミポン 大丈夫です。

クレメース ああ、よかった。助かったよ、わしの娘はもうお前の息子と結婚していることがわかったんだ。

デミポン ええ! どうしてそんなことになったんですか。

クレメース それをここで話すのは危険だ。

デミポン じゃあ、中に入ってください。

クレメース おい、この事は息子たちにも気付かれたくないんだ。



第五幕第四場 アンティポン(家へ帰れないと嘆く場面)

820
アンティポン(右手の広場から登場、独白)自分のことはどうなろうとも、従兄弟(=パエドリアス)の望みが実現したのはよかった。やっぱりあいつみたいに、ちょっと面倒なことになっても簡単に解決出来るような望みを抱くようにするのが賢明だな。あいつは金ができたら、すぐに悩みから解放された。ところが僕はこのトラブルから抜け出すうまい手立てが全く見つからないでいる。
825
この悩みは隠していると不安だが、人にしゃべると親父に顔向けが出来なくなる。彼女と別れずに済むことが分かるまでは家には帰らないぞ。ところで、どこに行けばゲタに会えるんだろう、いつ親父と会ったらいいか聞いてみたいんだが。



第五幕第五場 ポルミオ、アンティポン(ポルミオが二三日姿をくらます計画を明らかにする場面)


ポルミオ(右側、広場から登場、独白) 受け取った金を私は置屋の主人に渡して彼女の身請けをしてきた。
830
これで彼女はパエドリアス君のものだ。彼女は晴れて自由の身なのだから。私がこれからやるべき事はただ一つ。旦那方から姿をくらまして一杯やることだ。2,3日休ませてもらうとしよう。

アンティポン(独白)おや、ポルミオさんがいる。(ポルミオに)それでどうなりましたか? 

ポルミオ 何のことですか? 

アンティポン パエドリアスはこれからどうするつもりなんですか。どうやって彼は自分の恋を成就するつもりなんでしょう?
835
ポルミオ 彼はあなたの役を今度は自分が演じるつもりなんですよ。

アンティポン どういうことですか。

ポルミオ 父親から逃げだすことです。そしてあなたが今度は彼の役割を演じることを望んでいます。つまり彼の弁護をすることです。彼は私の家に一杯やりに来ます。私は旦那方には、ゲタが先程言った新妻のための下女(=六六五行)を

雇うためにスニウムの市場に行くと言ってきます。私の姿が見えないと、旦那方が自分たちの金を使ってしまうのではと心配してはいけないので。
840
ところで、あんたの家の戸が開きますよ。

アンティポン 誰が出てくるんだろう。

ポルミオ ゲタですよ。



第五幕第六場 ゲタ、アンティポン、ポルミオ


ゲタ(独白)おお、いまや全てが急にうまく行きだしたぞ。うちのアンティポン坊ちゃんに突然天の助けが訪れた。

アンティポン(ポルミオに) こいつは一体何を言っているんだろう。

ゲタ(独白)もう俺たちにも坊ちゃんのお友達にも心配なことは何もなくなったぞ。さあ、この出来事を坊ちゃんに知らせるために、マントを肩にかけて、
845
坊ちゃんを捜しに駆け出そう。

アンティポン(ポルミオに)こいつの言っていることがあんたには分かりませんか? 

ポルミオ
 あなたはどうです? 

アンティポン 全然。

ポルミオ 私も同じですよ。

ゲタ(独白)置屋の主人の所へ行こう。みんなは今あそこにいるはずだ。

アンティポン おーい、ゲタ。

ゲタ(振り返らずに)ああ、またか。俺がどこかへ駆け出そうとするといつも呼び止められるんだよ。

アンティポン ゲタ!

ゲタ まだやってるよ。いくらしつこくしても俺は負けないからな。

アンティポン 止まれよ。
850
ゲタ くたばれ。

アンティポン 止まらないとひどい目に会わすぞ、この野郎!

ゲタ これは身内の人に違いない。ひどい目に会わすだなんて。俺が探してる人じゃないのか?(振り返って)ご当人だ。はやくこっちへ来て下さい。

アンティポン なんだよ。

ゲタ よっ、三国一の果報者! あなたは掛け値なしに運がいい人ですね、アンティポン坊ちゃん。
855
アンティポン そうだといいんだけど。どうして僕がお前の言うことを信用できるというんだい。

ゲタ  これから坊ちゃんを幸せで有頂天にしてさしあげたら信用して頂けるんですか? 

アンティポン お前にはうんざりだよ。

ポルミオ 思わせぶりはもういいから、はやく用件を言えよ。

ゲタ ああ、あなたもご一緒でしたか、ポルミオさん。

ポルミオ そうだ。えらく気を持たせるじゃないか。

ゲタ 聞いて下さい。ほらっ、うちのものが広場であなたにお金をさしあげたあとで、みんなはまっすぐ家に
860
帰りました。その間に、あっしは大旦那さまの御命令で坊ちゃんの奥様の所へ行ったんです(=七七七行)。

アンティポン 何のために。

ゲタ それは省略しましょう。問題はそのことじゃないんです、坊ちゃん。あっしが奥の部屋に入ろうとすると、ミダという小間使いが駆け寄ってきて、後ろからマントを掴んで引き戻すのです。振り返って何で引き止めるのか聞いたところ、その子が言うには、「奥様の部屋へは近づけませんよ。
865
乳母のソフローナさんが大旦那さまのお兄さまのクレメースさんをここにお連れしたので、クレメースさんがご一緒に中におられます」と言うんだ。これを聞いてあっしは、扉のところまで爪先立ちでそっと近づい行って、戸の傍(そば)に立って、息を潜めて、耳を押し当てました。そうして注意を集中して、中の話に聞き耳を立てたんです。

ポルミオ うまいぞ、ゲタ! 

ゲタ そこですごい
870
事を聞いたんですよ。もうちょっとでバンザイって言うところでした。

アンティポン どんな事だよ。

ゲタ 一体どんな事だと思いますか? 

アンティポン わからないよ。

ゲタ いやもう驚きますよ。坊ちゃんの伯父さんが坊ちゃんの奥様のお父様だと分かったんですよ。

アンティポン ええっ、何を言ってるんだ? 

ゲタ 伯父さんはむかし奥様の母親にあたる人とレムノス島でこっそり暮らしていたんです。

ポルミオ まさか! 彼女はどうして自分の父親を知らなかったんだい? 

ゲタ それは何か
875
わけがあったんでしょう、ポルミオさん。でも、扉の外にいて中でこそこそ話していることを全部正確に聞き取れると思いますか?

アンティポン(傍白)その話ならぼくも噂(うわさ)で聞いたことがある。

ゲタ もちろんもっと信用できる事がありますよ。そのうちクレメースさんは外に出て行かれて、すぐに坊ちゃんのお父様といっしょにまた中に入ってこられたんです。
880
そのときお二人は彼女を坊ちゃんの奥様のままにしておこうと仰ったんです。最後にあっしが呼ばれまして、坊ちゃんを連れてくるように言われたんです。

アンティポン へえ、じゃあ、連れってってくれよ。何をぐずぐずしてるんだい? 

ゲタ いきましょう。

アンティポン じゃあ、ポルミオさん、ごきげんよう。

ポルミオ ごきげんよう、アンティポンさん。本当によかったですね。おめでとう。



第五幕第七場 ポルミオ(ポルミオが作戦を変更する場面)


ポルミオ(独白)あの人達にこんな思いがけない幸運が舞い込むとはなあ!
885
これは旦那方を騙して、パエドリアス君の金の心配を取り除いてやる絶好のチャンスだ(=結婚できなくなったという作戦を変更して、本当に結婚する気がある振りをする)。彼はもう仲間に金の工面を頼まなくてもよくなるぞ。旦那方は彼の手に渡ったあの金を仕方なく彼にやってしまうしかないんだから。二人にそうさせるための方法を今のこの状況から見つけたぞ。
890
いまからは新しい顔と新しい振舞い方が必要だ。だが、今は近くの通りに身を潜めて、旦那方が家から出てきたら、こちらも出て行くことにしよう。スニウムに商売に出かける振りをするつもりだったが、あれはやめだ(右手へ退場)。



第五幕第八場 デミポン、クレメース、ポルミオ(デミポンたちがポルミオに返金を要求する場面)

(デミポンとクレメースがデミポンの家から登場)

デミポン 兄さん、当然のこととは言え、本当によかったですねえ。
895
この問題がめでたく一件落着しましたからねあ。いまは何とか急いでポルミオ君に会わないといけない。わしらの三〇ミナを彼が使ってしまう前に彼から取り返さないと。

ポルミオ(広場から来たかのように登場。二人に気遣いふりをして) デミポンさんが家にいるか見てみよう・・・。

デミポン わしらはあんたの所へ行くところだったんだ、ポルミオ君。
900
ポルミオ またあの件についてですか? 

デミポン もちろんそうだ。

ポルミオ そんなことだと思いましたよ。それでどんな用件で僕を探していたんですか。

デミポン しらばっくれるじゃないか。

ポルミオ 私が約束どおりにしないとでも思ったんですか? 私はどれだけ貧しくても、信用だけは大切にしてきた男ですよ。
905
クレメース(デミポンに)この人はわしが言った通りのジェントルマンだろ。

デミポン まったくそうですね。

ポルミオ だから、デミポンさん、当方の準備が完了したことをお知らせしに、お二人の所に向かったところです。いつでもそちらのよろしい時に、花嫁をお引き渡し下さい。当然のことながら、私はほかの事は全部後回しにしてきましたよ。あなた達がこの結婚を真剣に願っておられることがわかりましたから。
910
デミポン ところが、ここにいる兄貴に説得されて,私は彼女をあんたにやるのはやめたんだよ。「そんなことしたらどんな評判が立つと思っているのか」と言われたんだ。「彼女を堂々とに嫁に出せる時にそうせずに、いまになって彼女を追いだすのは人聞きが悪い」とね。これはあなたがまさに以前に私に向かって言ったのと同じことだよ。
915
ポルミオ もったいぶった言い方で私をからかうのはもう沢山です。

デミポン どういう意味だ?

ポルミオ おわかりでしょう。私には元の女性との結婚話はもうなくなっているんですよ。だって、いちど蔑(ないがし)ろにした女性のもとに私はどの面下げて戻れますか。

クレメース(デミポンだけに) 「でもうちのアンティポンが彼女を追い出すのは嫌だと言っている」と言うんだ。

デミポン でもうちの息子が
920
新妻を追い出すのは嫌だと言っているんですよ。それより頼むから、広場に行ってあの金を私の口座に返す手続きしてくれないか、ポルミオくん。

ポルミオ それは私が借金取りに払ってしまったお金のことですか。

デミポン それじゃあ、どう方(かた)をつけるんだ? 

ポルミオ あなたが約束した
925
女性を私にくれるつもりがおありなら、その女性を私が頂きます。そうではなくて、その女性にあなたの家に留まってほしいとあなたがお望みなら、持参金を私が頂きます、デミポンさん。私はあなたのために大損するわけには行きません。私は同じだけ持参金をもってくるという別の女性との婚約をあなたのために破談にしたんですからね。
' 930
デミポン ホラを吹くのもいいかげんにしろ。この悪党め。お前がどんな人間か、何をやっている人間かはもうわかってるんだぞ。

ポルミオ こちらの我慢にも限度がありますよ。

デミポン 彼女をあんたに引き渡したら、あんたは本当にあの子と結婚する気があるのか?

ポルミオ 試してみてくださいよ。

デミポン うちの息子と彼女をあんたの家に住まわせるためにかい? お前の狙いはそんなとこなんだろう?
935
ポルミオ いったい何を言い出すんですか。

デミポン とにかくわしの金を出せ。

ポルミオ だめです。とにかく彼女を出してくださいよ。

デミポン(ポルミオの肩に手をかけて) よし、裁判で方を付けよう。

ポルミオ(手を振り払って) 本当に、あなた達がそういう非友好的な態度を取り続けるなら・・・

デミポン どうするっていうんだ。

ポルミオ 聞きたいですか? 私はねえ、貧乏な女性だけを助けるように思われてるかもしれませんが、
940
金持ちの奥さんもお助けしてるんですよ。

クレメース それがわしらと何の関係がある? 

ポルミオ ないですよ。ただ、ある奥さんがいまして、このあたりで昔から私の知っている人ですが、その旦那さんには・・

クレメース ふん!

デミポン 何だ?

ポルミオ ・・レムノス島に別の奥さんがいまして・・ 

クレメース くそ。

ポルミオ ・・その女性との間に娘が生まれまして、それでその子をこっそり育てたんです。

クレメース やられた。

ポルミオ 私はこの話をその奥さんに今から話そうと思うんです。

クレメース 頼むから
945
やめてくれ。

ポルミオ え! その旦那さんとはあなたのことでしたか? 

デミポン(クレメースに)こいつは出任せを言ってるんですよ。

クレメース(ポルミオに)お前はもう帰っていいぞ。

ポルミオ ご冗談を。

クレメース 何が欲しいんだ? お前に渡した金はそのまま持っていればいいぞ。

ポルミオ かしこまりました。(態度を変えて)まったく、あんたらは面倒な人たちだ、一体何のために人をこんな風に小突き回すんだ。
950
「するな」と言い「しろ」と言い、それがまた「するな」と言う。「受け取れ」と言い、「返せ」と言い、言ったことは言わなかったことにして、取り決めたことは取り消すんだ。まったくガキのすることじゃないか(二人から離れる)。

クレメース あいつはこの話をどこから聞きつけて来たんだろ? 

デミポン 分かりませんな。わたしは誰にも言っていません。これは確かです。

クレメース 絶対おかしいよ。

ポルミオ(傍白)動揺しているようだな。

デミポン ねえ、兄さん、
955
あの男はあんな大金をわしらからせしめて、その上私たちを人前で笑いものにしたんですよ。こんな目に会って黙っていられますか? 兄さんは気をしっかり持ってくださいよ。ご覧のように、あなたの浮気はもう表沙汰になったんです。もうこの事実をあなたは奥さんに隠すことはできないんですよ。
960
兄さん、この事実を奥さんが人から聞くより、私たちの口から聞くほうが、まだ奥さんが許してくれる可能性が高いですよ。そうすればあの卑劣漢に対して私たちのやり方で仕返しが出来ますよ。

ポルミオ(戻ってきて、傍白) おやおや、うっかりしていると足元をすくわれるところだった。やつらは死物狂いでかかってくるつもりらしい。
965
クレメース しかし、家内は許してくれるかね。

デミポン 大丈夫ですよ。お二人の仲はわたしにまかせて下さい、兄さん。あなたがあの子を産ませた女はもう亡くなっているという事を利用するんです。

ポルミオ(戻ってきて) それが私に対するあなた達のやり方ですか。それではあまりに卑怯ですね。デミポンさん、あなたが私を怒らせたのはこの人にとっては実に気の毒なことでしたね。
970
(クレメースに)あなたはなんという人だ。あなたは海外で好き放題をして、こちらの素敵な奥さんをひどいやり方で裏切っておいて、今度はその奥さんに頼み込んでご自分の悪事を水に流してもらおうとする積りですか? この事は私から奥さんにちゃんと話します。そうすれば、奥さんは怒り狂って、
975
あなたがどんなに泣きついても、決して許そうとはしないでしょうよ。

デミポン 馬鹿なことを言うもんじゃない。世の中にこんな面の皮の厚い奴がいるとは信じられん。こんなごろつきを国が無人島送りにしていないのが不思議なくらいだ。

クレメース(デミポンに)わしにはもうこの男を
980
どうしたらいいのかわからんよ。

デミポン 私に任せてください。(ポルミオに)裁判所に行こう。

ポルミオ 裁判所に? じゃあ、ここで裁判を受けましょうよ。(クレメースの家に向かう)。

クレメース(デミポンに)こいつを追いかけて引き止めてくれ。わしは召使を呼ぶから(デミポンの家に向かう)。

デミポン(ポルミオを止めようとして、クレメースに)一人じゃ無理だ。手を貸してください。

ポルミオ あなたを暴行罪で訴えますよ。

デミポン いいぞ、訴えろ。

ポルミオ クレメースさん、あなたもですよ。
985
クレメース(召使に)こいつを取り押さえろ。

ポルミオ これがあなた達のやり方ですか。いいでしょう。それなら口を使うまでです。奥さん、奥さん、出てきて下さい。

クレメース 口を抑えろ。この野郎! なんて力が強いんだ。

ポルミオ 奥さん、聞こえますか。

デミポン 貴様黙らんか。

ポルミオ 黙れですって? 

デミポン(召使に)言うことを聴かないなら、腹に一発お見舞いしろ。

ポルミオ なんなら目の玉を繰り抜いてもかまいませんよ。このお返しはお二人に後でたっぷりさせてもらいますから。



第五幕第九場 ナウシストラータ、クレメース、デミポン、ポルミオ

990
ナウシストラータ 誰ですか、私を呼ぶのは。(クレメースに)まあ、この騒ぎは何ですの、あなた? 

ポルミオ(クレメースに)おや、急に口がきけなくなったんですか? 

ナウシストラータ この人は誰ですか? 答えてはくださらないの? 

ポルミオ この人がどうしてあなたに答えられるでしょうか? いま自分がどこにいるかも皆目わからなくなっているというのに。

クレメース こ、こいつの言うことを信じてはならんぞ。

ポルミオ 奥さん、ご主人に触ってご覧なさい。きっと全身ガタガタ震えておられますよ。
995
クレメース(ナウシストラータに)大したことじゃないんだ。

ナウシストラータ(クレメースに)どうしたんです。この人は何を言っているんですか。

ポルミオ(ナウシストラータに)いま分かります。よく聞いて下さい。

クレメース(ナウシストラータに)こいつの言うことを信じるのか?

ナウシストラータ ねえ、私がこの人の何を信じるのですか。まだ何も言ってないのに。

ポルミオ(ナウシストラータに)お可哀想に、この人は恐怖で頭がどうかしているんです。

ナウシストラータ(クレメースに)きっと何かあるんですね、あなたがそんなに恐がるなんて。

クレメース わしが恐がっているだって? 

ポルミオ ごもっとも。あなたが何も恐がってなくて、
1000
私が言おうとしていることも大したことではないというのなら、ご自分でおっしゃって下さい。

デミポン(ポルミオに)馬鹿野郎、兄貴がお前の代わりに話したりするもんか。

ポルミオ(デミポンに)あなたは口出ししないで下さい、あなたはもうお兄さんのために精一杯なさいました。

ナウシストラータ(クレメースに)あなた、私にはおっしゃってくださらないの? 

クレメース でもなあ。

ナウシストラータ 何が「でもなあ」ですの?

クレメース これはお前に言う必要のないことなんだよ。

ポルミオ(クレメースに)あなたは言う必要はなくても、奥さんは知る必要がありますよ。レムノス島で・・ 

デミポン(ポルミオに)こら、何を言うんだ? 

クレメース(ポルミオに)黙らないか。

ポルミオ あなたに内緒で・・

クレメース 畜生!
1005
ポルミオ 結婚していたんです。

ナウシストラータ(クレメースに)あなた! どういうことなの!?

ポルミオ これは事実です。

ナウシストラータ そんな馬鹿なことが。

ポルミオ おまけにあなたが何も知らない間に娘さんまで作っていたんです。

クレメース
(デミポンに) どうすればいいんだ。

ナウシストラータ まあひどいことを、何て情けないことをしてくれたの!

ポルミオ(クレメースに) 「どうすれば」って、もう手遅れですよ。

ナウシストラータ こんな馬鹿なことがありますか、
1010
妻の元に帰ってきたときだけ年寄りになるなんて。デミポンさん、もうこの人とは口を聞きたくないから、あ なたにお話ししますわ。何度も旅に出て長い間帰って来なかったのはこういうことだったのですね。あれはレムノス島に行っていたのね。土地の値打ちが下がって私の稼ぎが減ってしまったのはこういうことだったのですね。

デミポン 奥さん、この件でこの人が悪いことは私も否定しませんよ。
1015
でも、許してあげてくれませんか。

ポルミオ(傍白)なんと空虚に響く言葉だろうか。

デミポン だって、こんなことになったのは、あなたが嫌いだったからでも、あなたを蔑ろにしていたからでもないんですよ。15年前に酒の上の過ちからある女性との間にあの娘が生まれたんです。そのあとは二度とないし、その女性ももう亡くなりましたから、この問題でもう奥さんがお怒りになる事は無いんですよ。
1020
だからお願いです、いつものあなたらしく、この問題を冷静に受け止めてください。

ナウシストラータ どうして私が冷静に受け止められますか。私はこうした事はもう終わりにしたいんです。でも、そんな望みがどこにあるでしょう。この人が年をとれば道楽をやめると期待できるでしょうか。年をとると大人しくなると言いますが、あの人はその当時すでに年をとっていたんですよ。それとも、私の容姿が年とともによくなることが期待できるとでもいうのですか、デミポンさん?
1025
こんなことはもう二度とないと信じれるような何かを、あなたは今ここで見せることが出来るのですか?

ポルミオ(大声で)クレメースさんの葬式に参列したい人たちよ! 葬式は今から始まるぞ。これが私のやり方だ。さあ、誰でもポルミオに挑戦してみるがいい! そいつには今こいつが味わったのと同じ不幸を味わせてやるぞ!(声を和らげて)さあもうこの人を勘弁してやるとするか。私はもう充分敵(かたき)をとったから。
1030
奥さんは死ぬまでこの人をとっちめる材料を手に入れましたしね。

ナウシストラータ でもきっと、こうなったも私の自業自得なのですわ。デミポンさん、私がこの人にどれだけ尽くしてきたか、今から数え上げましょうか。

デミポン お嫂さんが尽くしてこられた事はぜんぶ私が知っています。

ナウシストラータ あなたは私の自業自得だと思っているのでしょう? 

デミポン そんなことはありません。でも、今更この人を責めたところで何もなかった事には出来ませんから、
1035
許してやってください。彼も罪を認めて謝っています。あなたの情けにすがっているのです。これ以上何を求めるのですか?

ポルミオ(傍白)彼女がこの人を許す前に、自分とパエドリアス君の利益を確保しておこう。あのう、奥さん、慌ててお答えにならずに、私の言うことを聞いて下さい。

ナウシストラータ なんでしょう。

ポルミオ 私はこの人をペテンにかけて三〇ミナを奪いとって、それをお宅の坊ちゃんに差し上げたんですよ。坊ちゃんはその金を置屋の主人に支払ってご自分の恋人を身請けしました。
1040
クレメース えっ、あんたは何を言ってるんだ。

ナウシストラータ(クレメースに)これをあなたはけしからんと言うのですか? あなたには二人も妻がいたくせに、若い盛りのあの子の恋人は一人しかいないのですよ。この恥知らず。どんな顔をしてあなたはあの子を叱れるのですか? 答えて下さい。

デミポン(ナウシストラータに)彼はもうあなたの言いなりですよ。

ナウシストラータ(クレメースに)いいえ。私の気持ちを今あなたに聞いてもらいます。私は息子に会うまでは、あなたを許さないし、
1045
何の約束もしません。何を言われても返事もしませんわ。すべてを許すかどうかは息子の判断次第です。私はあの子の言うとおりにします。

ポルミオ 奥さん、あなたは賢明な女性です。

ナウシストラータ(クレメースに)あなたはこれで御満足でしょう? 

クレメース それどころか、わしは助かったよ。これなら申し分ない。まったく予想外だよ。

ナウシストラータ(ポルミオに)あなた、あなたの名前はなんというのですか。

ポルミオ 私ですか。ポルミオといいます。あなたのご家族の友人、とくにパエドリアス坊ちゃんの親友です。
1050
ナウシストラータ ポルミオさん、これが済んだら私が言うことなす事出来るだけあなたの望みどおりにさせていただきますわ。

ポルミオ それはご親切に。

ナウシストラータ 至極当然のことですわ。

ポルミオ では奥さん、手始めに今日は私が喜ぶようなこと、同時にあなたのご主人が見れば辛くなるようなことをして下さいませんか。

ナウシストラータ よろこんで。

ポルミオ 私を夕食に招待して下さい。

ナウシストラータ きっとご招待しますわ。

デミポン(ナウシストラータに)では、私たちは中へ入りましょう。

ナウシストラータ わかりました。でも私たちの運命を決めるパエドリアスはどこですか。

ポルミオ すぐにここに来られるようにわたしが手配しましょう。

全員 では、みなさんごきげんよう、拍手を!

(デミポンとナウシストラータとクレメースはクレメースの家に入り、デミポンは広場に向かう)


PHORMIO

DIDASCALIA

INCIPIT TERENTI PHORMIO
ACTA LVDIS ROMANIS
L.POSTVMIO ALBINO L.CORNELIO MERVLA AEDILIBVS
CVRVLIBVS
EGERE L.AMBIVIVS TVRPIO L.ATILIVS PRAENESTINVS
MODOS FECIT FLACCVS CLAVDI
TIBIS IMPARIBVS TOTA
GRAECA APOLLODORV EPIDICAZOMENOS
FACTA IIII C.FANNIO M.VALERIO COS.

Argumentum

Athenis sumus. In scaena est platea(街路) cum domibus Demiphonis, Chremetis et lenonis Dorionis. Duo fratres, Chremes et Demipho, peregre profecti sunt : Demipho in Ciliciam ad divitias augendas, Chremes ut alteram uxorem et filiam (quam Lemni[2] occulte nutriebat) viseret. Filios adulescentes in custodia servi Getae reliquerunt. Mox Phaedria, filius Chremetis, citharistriam Pamphilam, quae lenoni Dorioni servit, adamavit(惚れる) ac redimere(身請けする) cupit nec pecuniam unde fieret habet.

あらすじ

場所はアテナイ。舞台上の道にはデミポンの家、クレメースの家、置屋のドリオンの家がある。兄弟のクレメースとデミポンは海外に出かけている。デミポンは金儲けにキリキアへ、クレメースは別宅の妻と娘(レムノス島で隠れて育てた)に会いに出かけていた。年頃の息子たちは召使のゲタの監視のもとでアテナイに残された。そのうち、クレメースの息子のパエドリアスは、置屋のドリオンのもとで働くギター弾きのパンフィリアに惚れて身請けしようと思うがそれを実行する金がなかった。

Antipho quoque, filius Demiphonis, amat puellam quam vidit matrem plorantem(泣く) atque exsequias(葬儀) solam curantem. Cum nutrice Sophrona habitat quae Antiphonem ad puellam adire nisi legitimis nuptiis vetat. Tum Phormio parasitus sycophantiam excogitat : lex est Athenis quae proximum cognatum cogit virginem civem Atheniensem parentibus mortuis sive uxorem ducere sive dote donare et alii collocare. Itaque Phormio adsimulat tamquam esset propinquus(近親) Phanii virginis et, testibus adhibitis(証人を召喚して), Antiphonem nihil contra dicentem in ius vocat, ut ex sententia iudicum(判決) virginem amatam ducere coactus esse videretur. Quod fit, sed timidus Antipho nunc reditum et iram parentis metuit (nam ille nurum(嫁) pauperem et indotatam aspernaturus(拒否) est).

デミポンの息子のアンティポンもまた、母親の死を悲しんで一人で葬式をするある少女に一目惚れする。彼女と一緒に暮らす乳母のソフローナは、アンティポンが正式に結婚しない限り少女に近づくことを拒否する。そこで食客のポルミオが一計を案じる。アテナイの法は、両親に死に別れたアテナイ市民の少女について、一番近い親類に自分の妻とするか、あるいは持参金を持たせて人に嫁がせる義務を負わせている。そこでポルミオはこのパニウムという少女に近親者が存在すると主張して、証人を召喚してアンティポンを法廷に呼び出すが、アンティポンは何も反論しない。判決によってアンティポンは自分の愛する少女と結婚することに決まる。結婚は実行されるが、臆病なアンティポンは、帰ってきた父親に叱られることを心配する。(父親は貧しくて持参金のない女性との結婚に反対するからである)

Demipho et Chremes reduces sunt : Demipho iratissimus nuptias filii rescindere(無効にする) vult. Tum Phormio, parasitus audacissimus et callidissimus, adiuvante Geta, rem adulescentulorum suscipit(引き受ける). Cum duobus senibus paciscitur(取り決める) sese Phanium ipsum ducturum, si triginta minae sibi darentur. Qua pecunia Pamphilam a lenone redimit laetante maxime Phaedria. Mox Chremes apud Demiphonem nutricem et Phanium adgnoscit : est filia clam uxore Atheniensi Nausistrata Lemni educata, quam proxima peregrinatione quaesiverat, nec invenerat quia Athenas cum matre venerat.

デミポンとクレメースが帰国する。怒り心頭のデミポンは息子の結婚を無効にしようとする。その時、大胆で頭の切れる食客のポルミオが、ゲタの助けのもとで、息子たちの問題を引き受ける。ポルミオは、もし三〇ミナ貰えるなら自分がパニウムを妻にすると二人の父親に約束する。その金でポルミオはパンフィリアを置屋の男から身請けしてパエドリアスを喜ばせる。やがてクレメースはデミポンの家で乳母とパニウムに再会する。彼女はアテナイの妻ナウ シストラータには内緒でレムノス島で育てられていた。クレメースは今度の旅行で会うつもりだったが、母親と一緒にアテナイに来ていたので会えなかった。

 Ita patre volente Antiphoni uxorem amatam habere licet. Tum duo senes pecuniam recuperare conantur et Demipho Phormionem reddere recusantem in ius rapere vult. At parasitus ingeniosus omnem rem de uxore Lemniaca et de filia occulta uxori trementis ac stupentis Chremetis narrat. Itaque cum Chremes, de citharistria redempta certior factus, filio suscensere(叱る) cupit, ab uxore acerbe monetur, patrem talia facientem filio nihil exprobrare posse. Tum Phormioni Nausistrata gratias agit et pollicetur omnia sese facturam quae ei placerent : Phormio , quippe qui verus parasitus erat, eam poposcit(求める) ut ad cenam invitaretur.

この結果、アンティポンは父親の賛成を得て愛する娘と結婚できる。そして二人の父親は金を取り戻そうとしたが、ポルミオに断られたので、デミポンはポルミオを法廷に呼びだそうとする。しかし、頭のいい食客はレムノス島の妻のことと隠し子のことを、クレメースの妻に全部話してしまうので、戸惑ったクレメースはぶるぶる震えだす。そして、クレメースはギター弾きの少女が身請けされたことを知ると、息子を叱ろうとするが、あんなことをした父親には息子を叱る権利はないと妻に厳しくたしなめられる。妻のナウシストラータはポルミオに感謝して、ポルミオに望みどおりのことを何でもしてやると約束する。ポルミオは本職は食客なので彼女に食事に招待して欲しいと言う。


P.TERENTI AFRI
C.SULPICI AOLLINARIS PERIOCHA

スルピキウス・アポリナリウスのあらすじ

Chremetis frater aberat peregre Demipho
クレメースの兄弟のデミポンは海外に出て不在だった。
relicto Athenis Antiphone filio.
アテナイには息子のアンティポンが残っていた。
Chremes clam habebat Lemni uxorem et filiam,
クレメースは密かにレムノス島に妻と娘を養っていた。
Athenis aliam coniugem et amantem unice
アテナイには別の妻と、ギター弾きの女に
fidicinam gnatum.mater e Lemno advenit
惚れている息子(パエドリアス)がいた。レムノス島の妻がアテナイに来て、
Athenas;moritur;virgo sola (aberat Chremes)
死んだ。残された娘(クレメースは不在だった)は一人で
funus procurat.ibi eam visam Antipho
葬儀を行う。その時彼女を見たアンティポンが彼女に
cum amaret,opera parasiti uxorem accipit.
惚れて、食客の助けを得て妻にする。
pater et Chremes reversi fremere.dein minas
父親とクレメースが帰国して怒る。そして三〇ミナを
triginta dant parasito,ut illam coniugem
食客に与えて、その妻を引き取らせようとする。
haberet ipse.argento hoc emitur fidicina.
この金はギター弾きの女が身請けされるために使われる。
uxorem retinet Antipho a patruo agnitam.
自分の妻が叔父さんの娘と分かったアンティポンは新妻と別れずに済む。

PERSONAE

DAVOS servos 
GETA servos 
ANTIPHO adulescens 
PHAEDRIA adulescens
DEMIPHO senex 
PHORMIO parasitus
HEGIO advocatus 
CRATINUS advocatus 
CRITO advocatus 
DORIO leno 
CHREMES senex
SOPHRONA nutrix 
NAUSISTRATA matrona

ダヴォス 誰かの召使
ゲタ デミポンの召使
デミポン 大旦那、旦那、クレメースの兄弟、アンティポンの父
クレメース 大旦那、旦那、デミポンの兄弟、パエドリアの父、
途中でパニウムの父とわかる
アンティポン 坊ちゃん、デミポンの息子、パニウムと結婚している
パエドリアス 若旦那、クレメースの息子、リュート弾きに惚れている
ポルミオ 食客、太鼓持ち
ヘギオン デミポンの顧問
クラティヌス デミポンの顧問
クリトン デミポンの顧問
ドリオン 遣り手、置屋の主人、遊女の管理人、周旋屋、女衒
ナウシストラータ クレメースの妻、パエドリアの母
ソフローナ パニウムの乳母
パニウム  アンティポンの妻、あとでクレメースの娘だとわかる

舞台はアテナイの街路で三軒の家が並んでいる。デミポンとクレメースと娼館のドリオの家である。客から見て舞台右手が広場とポルミオの家である。左手が港に通じる。

PROLOGVS

Postquam poeta vetus poetam non potest
retrahere a studio et transdere hominem in otium,
maledictis deterrere ne scribat parat;
qui ita dictitat, quas ante hic fecit fabulas
tenui esse oratione et scriptura levi: 5
quia nusquam insanum scripsit adulescentulum
cervam videre fugere et sectari canes
et eam plorare, orare ut subveniat sibi.
quod si intellegeret, quom stetit olim nova,
actoris opera mage stetisse quam sua, 10
minus multo audacter quam nunc laedit laederet
[et mage placerent quas fecisset fabulas]. 11a
nunc si quis est qui hoc dicat aut sic cogitet:
"vetus si poeta non lacessisset prior,
nullum invenire prologum po[tui]sset novos
quem diceret, nisi haberet cui male diceret," 15
is sibi responsum hoc habeat, in medio omnibus
palmam esse positam qui artem tractent musicam.
ille ad famem hunc a studio studuit reicere:
hic respondere voluit, non lacessere.
benedictis si certasset, audisset bene: 20
quod ab illo adlatumst, sibi esse rellatum putet.
de illo iam finem faciam dicundi mihi,
peccandi quom ipse de se finem non facit.
nunc quid velim animum attendite: adporto novam
Epidicazomenon quam vocant comoediam 25
Graeci, Latini Phormionem nominant
quia primas partis qui aget is erit Phormio
parasitus, per quem res geretur maxume
voluntas vostra si ad poetam accesserit.
date operam, adeste aequo animo per silentium, 30
ne simili utamur fortuna atque usi sumus
quom per tumultum noster grex motus locost:
quem actoris virtus nobis restituit locum
bonitasque vostra adiutans atque aequanimitas.

プロローグ(略)

ACTVS I



I.I Davos
第一幕第一場 ダヴォス(ある家の召使ダヴォスが友人ゲタの家で大旦那の息子が結婚したことを明らかにする場面)

(ダヴォスが右手から財布を持って登場)

Amicus summus meus et popularis Geta 35
ダヴォス(独白)故郷が同じ仲間のゲタが昨日俺に会いに
heri ad me venit. erat ei de ratiuncula
来た。ずっと前のちょっとした支払いのときに
iampridem apud me relicuom pauxillulum
奴から借りた金が少し残っていた。
nummorum: id ut conficerem. confeci: adfero.
その金を返してくれというんだ。それで、かき集めて持ってきたというわけ。
nam erilem filium eius duxisse audio
なんと、やつの旦那(デミポン)の息子(アンティポン)が結婚したというんだ。
uxorem: ei credo munus hoc conraditur. 40
新妻(パニウム)にあげるプレゼントのためにこの金が必要なんだと。
quam inique comparatumst, ii qui minus habent
世の中は何て不公平に出来ているんだろうねえ。いつも貧乏な方が
ut semper aliquid addant ditioribus!
金持ちの金を増やしてやることになっているんだ。
quod ille unciatim vix de demenso suo
可哀想に、奴が好きなものを我慢して
suom defrudans genium compersit(<comperco) miser,
自分の給料からちょっとずつ貯めていた金が
id illa univorsum abripiet, haud existumans 45
その女のためにいっぺんに持って行かれてしまうんだ。
quanto labore partum. porro autem Geta
どれだけ苦労して貯めたかなんて知りもしない女のためにね。そのうちまた
ferietur alio munere ubi era pepererit;
その女が子供を産むときにもまた持って行かれることになる。
porro autem alio ubi erit puero natalis dies;
そのうちまた子供の誕生日が来たといっては取られ、
ubi initiabunt. omne hoc mater auferet:
何か習い事を始めたときにも取られる。子供は贈り物の口実で
puer causa erit mittundi. sed videon Getam? 50
実際は母親が全部持って行くんだけどね。ところで、ゲタが出て来たようだ。


I.II Geta Davos

第一幕第二場 ゲタ、ダヴォス(ゲタの家の坊ちゃんが食客ポルミオの力を借りて親に無断で無一文の女と結婚した経緯が明らかにされる場面)

(ゲタがデミポンの家から出てくる)

GE. Si quis me quaeret rufus-- DA. praestost: desine. GE. oh
ゲタ 赤毛の人が来たら・・ ダヴォス もう来てるから、頼まなくてもいいよ。ゲタ ああ、
at ego obviam conabar tibi, Dave. DA. accipe, em.
こっちから迎えに行くつもりだったんだよ、ダヴォス。 ダヴォス ほら、受け取れ。
lectumst; conveniet numerus quantum debui.
正味の現金だよ。借りていた金額ちょうどだ。
GE. amo te et non neglexisse habeo gratiam.
ゲタ ありがとう。覚えていてくれてうれしいよ。
DA. praesertim ut nunc sunt mores. adeo res redit: 55
ダヴォス 今のご時勢だと特にそうだろ。ほんとに
si quis quid reddit, magna habendast gratia.
貸した金を返してもらったら大いに感謝しないといけないようになってるんだ。
sed quid tu's tristis? GE. egone? nescis quo in metu et
ところで、お前、何を浮かない顔をしてるんだ。ゲタ 俺かい? お前は知らないだろうが、
quanto in periclo simus! DA. quid istuc est? GE. scies,
俺はのっぴきならないことになってるんだ。ダヴォス どういうことなんだ。ゲタ 教えてやるよ、
modo ut tacere possis. DA. abi sis(=si vis), insciens:
口外は無用だぜ。ダヴォス やめろよ、馬鹿。
quoius tu fidem in pecunia perspexeris, 60
俺は借金をちゃんと返す男だと分かっただろう。
verere verba ei credere, ubi quid mihi lucrist
その俺を信用出来ないのかい。そもそもお前を裏切って何の得に
te fallere? GE. ergo ausculta. DA. hanc operam tibi dico.
なるというんだ。 ゲタ それなら、耳の穴ほじくってよく聞いてくれ。ダヴォス よし、じっくり聞かせてもらうよ。
GE. senis nostri, Dave, fratrem maiorem Chremem
ゲタ ダヴォスよ、うちの大旦那のお兄さんを知ってるかい、クレメースさんだけど? 
nostin? DA. quidni? GE. quid? eius gnatum Phaedriam?
ダヴォス もちろん知ってる。ゲタ じゃあ、そこのパエドリアス坊ちゃんのことは?
DA. tam quam te. GE. evenit senibus ambobus simul 65
ダヴォス お前と同じく俺も知ってるよ。ゲタ その二人の大旦那が同時に旅に出たんだ。
iter illi in Lemnum ut esset, nostro in Ciliciam
クレメースさんはレムノス島へ、うちの大旦那は小アジアの
ad hospitem antiquom. is senem per epistulas
馴染みのお客さんの所へね。そこのお客さんがうちの大旦那さまに
pellexit modo non montis auri pollicens.
一山儲けさせてやるから来ないかと手紙をよこしたのさ。
DA. quoi tanta erat res et supererat? GE. desinas:
ダヴォス あの人はすごい金持ちで余るほど金を持ってるぞ。ゲタ 愚痴はよせ。
sic est ingenium. DA. oh regem me esse oportuit! 70
あの人は生まれつきの金持ちなのさ。ダヴォス おれも金持ちに生まれときゃよかった。
GE. abeuntes ambo hic tum senes me filiis
ゲタ 二人の大旦那は俺を坊ちゃんたちの
relinquont quasi magistrum. DA. o Geta, provinciam
お目付け役にして出かけていったんだよ。ダヴォス おい、ゲタ、大変な
cepisti duram. GE. mi usu venit, hoc scio.
仕事を引き受けたもんだな。ゲタ やってみて俺もわかったよ。
memini relinqui(<relinquo pass inf) me deo irato meo.
今から思うと、旦那方が出てった日が俺の運が尽きる日だったんだな。
coepi advorsari primo: quid verbis opust? 75
初めのうちは坊ちゃん達のすることに反対してたんだが、早い話、
seni fidelis dum sum scapulas perdidi.
大旦那に忠誠を尽くしていると、こっちの体がもたなくなってきたんだよ。
DA. venere in mentem mi istaec: "namque inscitiast
ダヴォス 無駄な抵抗をするのは愚かなことだと言うからね。
advorsus stimulum calces." GE. coepi eis omnia
ゲタ 俺はもう坊ちゃん達の言いなりになって、何でも望みどおりに
facere, obsequi quae vellent. DA. scisti uti foro.
することにしたよ。ダヴォス 君は世渡り上手だね。
GE. noster mali nil quicquam primo; hic Phaedria 80
ゲタ うちの坊ちゃんも最初はおとなしくしてたんだよ。ところが、そこのパエドリアスくんが
continuo quandam nactus est puellulam
すぐにギター弾きの女の子に会いに行って、
citharistriam, hanc ardere coepit perdite.
その子にぞっこんになってしまった。
ea serviebat lenoni impurissimo,
その娘は汚らしい置屋で働いている子だが、
neque quod daretur quicquam; id curarant patres.
身請けしたくても金がない。旦那方もそこは気をつけているんだな。
restabat aliud nil nisi oculos pascere, 85
若旦那もあとをつけ回して見つめたり
sectari, in ludum ducere et redducere.
稽古場への送り迎えをしたりするしかない。
nos otiosi operam dabamus Phaedriae.
うちの坊ちゃんと俺は暇にまかせて若旦那に付いていった。
in quo haec discebat ludo, exadvorsum ilico
少女が稽古をしている稽古場のすぐ外には
tonstrina erat quaedam: hic solebamus fere
床屋があって、そこで少女が家に帰る時まで
plerumque eam opperiri dum inde iret domum. 90
待つことがよくあった。
interea dum sedemus illi, intervenit
ある時そうやって床屋で座ってると、どこかの若旦那が
adulescens quidam lacrumans. nos mirarier:
涙ぐみながら入ってきた。我々は驚いて、
rogamus quid sit. "numquam aeque" inquit "ac modo
何があったのか聞いた。その若旦那が言うには「今まで、
paupertas mihi onus visumst et miserum et grave.
貧しさがこんなに惨めで辛いことだとは思わなかったよ。
modo quandam vidi virginem hic viciniae 95
さっきこの隣の家で一人の少女が可哀想に
miseram suam matrem lamentari mortuam.
母親が死んで泣いているのを見てきたんだ。
ea sita erat exadvorsum neque illi benivolus
遺体は戸口の反対側にあって、葬儀を手伝うのは婆さん一人だけで、
neque notus neque vicinus extra unam aniculam
友人も知り合いも隣人も
quisquam aderat qui adiutaret funus: miseritumst.
誰も来ていなかった。ほんとに可哀想だった。
virgo ipsa facie egregia." quid verbis opust? 100
少女はとても美人なんだがなあ」と。早い話、
commorat omnis nos. ibi continuo Antipho
我々は三人とももらい泣きしたのさ。すぐにうちの坊ちゃんが
"voltisne eamus visere?" alius "censeo:
「見に行こうよ」と言うともう一人が「そうだね。
eamus: duc nos sodes." imus,venimus,
行こう。よかったら僕達を連れていってくれ」とその若旦那に言って、俺たちは出かけて行って
videmus. virgo pulchra, et quo mage diceres,
少女を見たんだ。まあ、綺麗な子だった。もっと言うなら、
nil aderat adiumenti ad pulchritudinem: 105
何の飾りもなくても綺麗な子なんだ。
capillus passus, nudus pes, ipsa horrida,
髪は乱れ、裸足で、顔もすっぴん、
lacrumae, vestitus turpis: ut, ni vis boni
只々涙にくれて、喪服も粗末だった。だから、もし
in ipsa inesset forma, haec formam exstinguerent.
彼女が本当の美人じゃなかったら、とても見られたものじゃなかったはずだ。
ill' qui illam amabat fidicinam tantummodo
ギター弾きの少女に惚れていた若旦那の方は、
"satis" inquit "scitast"; noster vero-- DA. iam scio: 110
「可愛い子だね」と言うだけだったが、うちの坊ちゃんは・・・ ダヴォス 分かるよ。
amare coepit. GE. scin quam? quo evadat vide.
一目惚れしたんだね。ゲタ それどころじゃないんだ。どうなったと思う。
postridie ad anum recta pergit: obsecrat
次の日、坊ちゃんは少女と一緒の婆さんの所へ直行さ。そして彼女に会わせて
ut sibi eius faciat copiam. illa enim se negat
くれと頼み込んだ。婆さんは取り持ちはしないと言うんだ。
neque eum aequom facere ait: illam civem esse Atticam,
坊ちゃんのやり方は立派な態度ではないと。少女は歴としたアテナイ市民だし、
bonam bonis prognatam: si uxorem velit, 115
家柄もちゃんとした娘さんだと。嫁にする気があるなら、
lege id licere facere: sin aliter, negat.
正式に申し込めばいいが、そうでなければお断りと。
noster quid ageret nescire: et illam ducere
坊ちゃんはどうしたらいいか分からない。彼女を嫁にはしたいが
cupiebat et metuebat absentem patrem.
父親に無断でするわけにもいかないからね。
DA. non, si redisset, ei pater veniam daret?
ダヴォス 旅から帰ってきた父親は許さないだろうか?
GE. ille indotatam virginem atque ignobilem 120
ゲタ 持参金もないし見ず知らずの娘との結婚を許す
daret illi? numquam faceret. DA. quid fit denique?
だろうかね。無理な話だね。ダヴォス それでどうするんだよ。
GE. quid fiat? est parasitus quidam Phormio,
ゲタ どうするかって? ポルミオという太鼓持ちがいるんだ。そいつは
homo confidens: qui illum di omnes perduint!
恐いもの知らずで、糞食らえって言いたい様な奴なんだが、
DA. quid is fecit? GE. hoc consilium quod dicam dedit:
ダヴォス そいつがどうしたんだ。ゲタ 今から言うような作戦を考えたんだ。
"lex est ut orbae, qui sint genere proxumi, 125
「法律では、孤児の女性は、近親者に嫁ぐことになっています。
eis nubant, et illos ducere eadem haec lex iubet.
つまり、この法律は近親者に彼女と結婚することを命じているんです。
ego te cognatum dicam et tibi scribam dicam(<dica).
私があなたを少女の近親者だと言ってあなたに対する訴訟を起こしましょう。
paternum amicum me adsimulabo virginis.
私自身は少女の父親の友人だということにします。
ad iudices veniemus. qui fuerit pater,
私たちは裁判所に行くんですよ。彼女の父親と
quae mater, qui cognata tibi sit, omnia haec 130
母親、そして彼女とあなたの血のつながりも全部
confingam, quod erit mihi bonum atque commodum.
でっち上げるんです。そうするのが私にとっても好都合なんです。
quom tu horum nil refelles vincam scilicet.
あなたはそれらに反論しなければ、必ず私の勝ちになります。
pater aderit: mihi paratae lites: quid(refert) mea?
お父様が帰って来られたら私に裁判を起こすでしょう。でももう後の祭りです。
illa quidem nostra erit." DA. iocularem audaciam!
彼女は私たちのものになってるんですから」と。ダヴォス ふざけた野郎がいるもんだね。
GE. persuasit homini: factumst: ventumst: vincimur: 135
ゲタ 坊ちゃんはその作戦に飛びついて、実行に移したのさ。裁判所に行って負けて、
duxit. DA. quid narras? GE. hoc quod audis. DA. o Geta,
彼女を自分のものにした。ダヴォス それで? ゲタ それでおしまいだよ。ダヴォス おい、ゲタ、それで
quid te futurumst? GE. nescio hercle; unum hoc scio,
お前はどうなるんだよ。ゲタ 知らないよ。一つ確かなのは、
quod fors feret,feremus aequo animo. DA. placet:
運命の神がもたらすものにはじっと耐えるしかないということだ。ダヴォス 立派だ。
em istuc virist officium. GE. in me omnis spes mihist.
それでこそ男だね。ゲタ 俺の希望はすべて俺自身の中にあるのだ。
DA. laudo. GE. ad precatorem adeam credo qui mihi 140
ダヴォス すばらしい。ゲタ まあ仲介人のところへ行って
sic oret: "nunc amitte quaeso hunc; ceterum
「今日のところはこの男を許してやって下さい。
posthac si quicquam, nil precor." tantummodo
二度とこんな事はさせません。これが最後のお願いです」と
non addit: "ubi ego hinc abiero, vel occidito."
頼んでもらう積りはあるけどね。でもこれだって「ではこれで失礼。あとはこの男を煮て食うなり焼いて食うなりご自由に」と言われるのと同じだからね。
DA. quid paedagogus ille qui citharistriam,
ダヴォス それでギター弾きの少女にご執心の先生(=パエドリアス)の方はどう
quid rei gerit? GE. sic, tenuiter. DA. non multum habet 145
なさってるんだ? ゲタ あのまんま、さっぱりだ。ダヴォス 彼女に
quod det fortasse? GE. immo nil nisi spem meram.
貢ぐにしても、あまり手元にお持ちでないからねえ。 ゲタ それどころか空約束以外はなんにもやるものがないと来てる。
DA. pater eius rediit an non? GE. nondum. DA. quid? senem
ダヴォス 親父さんのクレメースさんはまだご帰宅ではないのかい。ゲタ まだだね。ダヴォス じゃあ、
quoad exspectatis vostrum? GE. non certum scio,
おまえの大旦那はいつお帰りになるんだい。ゲタ よく知らねえんだ。
sed epistulam ab eo adlatam esse audivi modo
ただ、手紙が来てるって話はある。
et ad portitores esse delatam: hanc petam. 150
もう税関のところに着いてるらしい。それを貰いに行くんだよ。
DA. numquid, Geta, aliud me vis? GE. ut bene sit tibi.
ダヴォス ゲタ、ほかにはもう用はないかい。ゲタ ない、お前も元気でな。(ダヴォス、右手に退場)(ゲタ、デミポンの家の戸を叩く)
puer, heus. nemon hoc prodit? cape, da hoc Dorcio.
おい、誰もいないのか。(出てきた召使に財布を渡す)これをドルキイム(=ゲタの妻)に渡してくれ(左手の港へ退場。舞台無人)。



I.III Antipho Phaedria

第一幕第二場 アンティポン、パエドリアス(女に不自由するパエドリアスが結婚したアンティポンをうらやむ場面)

(アンティポンとパエドリアス、クレメースの家から登場)

ANT. Adeon rem redisse ut qui mi consultum optume velit esse,
アンティポン パエドリアスよ、厄介な事になってしまったなあ。父さんはいつだって僕のことを一番に
Phaedria, patrem ut extimescam ubi in mentem eius adventi(<adventus G) venit!
考えてくれていたのに,その父さんの帰国のことを考えると,そのたびに僕は父さんのことが恐くてたまらないんだ。
quod ni fuissem incogitans, ita eum exspectarem ut par fuit. 155
あんな向こう見ずなことしていなけりゃ,今頃は父さんが帰るのを楽しみにして待っていたはずなんだよ。
PHA. quid istuc ? ANT. rogitas, qui tam audacis facinoris mihi conscius sis?
パエドリアス どうしたんだい。アンティポン わかるだろ。君はあんな大それたことをやったさいの僕と共犯じゃないか。
quod utinam ne Phormioni id suadere in mentem incidisset
ほんとに、ポルミオのやつも、あんなことを言い出さなきゃ良かったのに。
neu me cupidum eo impulisset, quod mihi principiumst mali!
僕の背中を押して望みを実現してくれたんだが、それがこの不幸の始まりだったとはなあ。
non potitus essem: fuisset tum illos mi aegre aliquot dies,
仮に彼女が手に入ってなくても、この二三日は辛かったろうけど、
at non cotidiana cura haec angeret animum, PHA. audio. 160
こんなに毎日が不安で不安で堪らないということはなかったはずなんだ。パエドリアス わかるよ。
ANT. dum exspecto quam mox veniat qui adimat hanc mi consuetudinem.
アンティポン 親父がいつ帰ってきてこの結婚を終わらせるのかと思うとね。
PHA. aliis quia defit quod amant aegrest; tibi quia superest dolet:
パエドリアス ほかの人たちは愛する者が手に入らないことを嘆いているのに、君は手に入りすぎたと言って嘆いているんだからねえ。
amore abundas, Antipho.
アンティポンよ、君の恋は贅沢者の悩みなんだよ。
nam tua quidem hercle certo vita haec expetenda optandaque est.
だって、君の今の生活はまさに人が羨やんで人が追い求めるものなんだからね。
ita me di bene ament ut mihi liceat tam diu quod amo frui, 165
ああ、ほんとうに、ぼくも自分の恋を好きなだけ味わうことが許されるなら、
iam depecisci morte(死と取引する) cupio: tu conicito cetera,
死んだって構わないくらいだよ。それに、考えても見ろよ、女に不自由している僕と、
quid ego ex hac inopia nunc capiam et quid tu ex ista copia,
女が自由になる君との落差はどうだい。
ut ne addam(without adding) quod sine sumptu ingenuam ac liberalem nactus es,
君が自由な生まれの女とタダで堂々と結婚して、
quod habes, ita ut voluisti, uxorem sine mala fama palam:
何の傷もない女を望みどおりに妻にしてしまったことは別にしても、
beatus, ni unum desit, animus qui modeste istaec ferat. 170
君は幸せ者なんだよ、たった一つのことがありさえすればね。それは君が自分の身の上をありのままに受け入れる根性だよ。
quod si tibi res sit cum eo lenone quo mihist,tum sentias.
それは僕が相手にしている置屋の主人と交渉する立場に君が立てばわかるよ。
ita plerique ingenio sumus omnes: nostri nosmet paenitet.
でも誰でもみんな自分の置かれた境遇に不満なものなんだね。
ANT. at tu mihi contra nunc videre fortunatus, Phaedria,
アンティポン 僕には君のほうが幸せに思えるんだよ、パエドリアス、
quoi de integro est potestas etiam consulendi quid velis:
君はまだ新たに自分が欲しい物を選ぶことができるんだからね。
retinere,amare,amittere; ego in eum incidi infelix locum 175
今の子を愛し続けるのかやめるのかできるだろ。僕は不幸にも
ut neque mihi sit amittendi nec retinendi copia.
もう続けるかやめるかの選択肢がないという立場に追い込まれている。
sed quid hoc est? videon ego Getam currentem huc advenire?
ところで、あれは何だろう。ゲタがこっちに走って来てるんじゃないのかい。
is est ipsus. ei, timeo miser quam hic mihi nunc nuntiet rem.
そうだよ。ああ、恐いよお、どんな知らせを持ってきたんだろうかなあ。


I.IV Geta Antipho Phaedria

第一幕第四場 ゲタ、アンティポン、パエドリアス(アンティポンの父親の帰国の知らせを受けてアンティポンとゲタが対応策を考える場面)

GE. Nullus es, Geta, nisi iam aliquod tibi consilium celere reperis,
ゲタ(独白)ああ、もし何かうまい方法を急いで見つけ出さない限り、俺はおしまいだ、
ita nunc imparatum subito tanta te impendent mala; 180
何の準備もしていないうちに、突然いま大きな災難が迫っている。
quae neque uti devitem scio neque quo modo me inde extraham,
これをどうやって避けたらいいか、どうやって切り抜けたらいいか分からない。
quae si non astu providentur me aut erum pessum dabunt; 181a
でもこれをうまく防がないと、俺か坊ちゃんのどっちかが破滅だ。
nam non potest celari nostra diutius iam audacia.
だって俺たちのやった大それた所業はもう隠せないんだからな。
ANT. quid illic commotus venit?
アンティポン(傍白)あの男、何であんなに慌ててやって来たんだろう?
GE. tum temporis mihi punctum ad hanc rem est: erus adest. ANT. quid illuc malist?
ゲタ もうこの問題には時間がない。大旦那さまがお帰りなのだ。アンティポン 何を困っているんだ?
GE. quod quom audierit, quod eius remedium inveniam iracundiae? 185
ゲタ(独白)あの事が大旦那さまの耳に入ったら、俺は大旦那さまのお怒りをどうして宥めたらいいだろうか?
loquarne? incendam. taceam? instigem. purgem me? laterem lavem.
こっちから話せば、火をつけてしまうし、黙ってれば、逆に怪しまれるし、言い訳するのは徒労だし。
heu me miserum! quom mihi paveo, tum Antipho me excruciat animi:
もうどうしようもない。俺の心配は自分のことだけじゃない、アンティポン坊ちゃんが悩みの種なんだ。
eius me miseret, ei nunc timeo, is nunc me retinet: nam absque eo esset,
坊ちゃんのことが気の毒だし心配だ。とても放っておけない。坊ちゃんさえいなけりゃ、
recte ego mihi vidissem et senis essem ultus iracundiam:
自分のことだけに注意を払って、大旦那が切れたらやり返してやるところだ。
aliquid convasassem atque hinc me conicerem protinam in pedes. 190
なんかその辺にあるものをちょろまかして、さっさとこの家からずらかってやるんだが。
ANT. quam hic fugam aut furtum parat?
アンティポン(傍白)やつはこそこそと逃げ出す気でいるのかな。
GE. sed ubi Antiphonem reperiam, aut qua quaerere insistam via?
ゲタ ところで、うちの坊ちゃんはどこにいるんだ。どこを探したらいいんだろう。
PHA. te nominat. ANT. nescioquod magnum hoc nuntio exspecto malum. PHA. ah
パエドリアス お前のことを言ってるぜ。アンティポン あいつは何かとても悪い知らせ持ってきたかんじゃないかと心配なんだ。パエドリアス ええ? 
sanus es? GE. domum ire pergam: ibi plurimumst.
おまえ大丈夫か? ゲタ 家の方に行ってみよう。坊ちゃんはたいてい家に居るからな。
PHA. revocemus hominem. ANT. sta ilico. GE. hem 195
パエドリアス あいつを呼び戻そう。アンティポン 止まってくれ、そこで待っくれ。ゲタ え? 
satis pro imperio, quisquis es. ANT. Geta. GE. ipsest quem volui obviam.
なんだ偉そうに、誰だよ。アンティポン ゲタ! ゲタ 坊ちゃんですか。いま迎えに行こうと思ってたんですよ。
ANT. cedo quid portas, obsecro? atque id, si potes, verbo expedi.
アンティポン ねえ、ねえ、どんな知らせを持ってきたか教えてくれよ。できたら手短にね。
GE. faciam. ANT. eloquere. GE. modo apud portum-- ANT. meumne? GE. intellexti. ANT. occidi. PHA. hem--
ゲタ わかりました。アンティポン 言ってくれ。ゲタ さっき港で・・ アンティポン 親父かい? ゲタ そうです。アンティポン 困った。パエドリアス まったくだ。
ANT. quid agam? PHA. quid ais? GE. huius patrem vidisse me et patruom tuom.
アンティポン どうしよう。パエドリアス(ゲタに)どういうことだ。ゲタ(パエドリアスに)うちの坊ちゃんの親父さん、つまりあんたの叔父さんを見かけたんです。
ANT. nam quod ego huic nunc subito exitio remedium inveniam miser? 200
アンティポン だって、僕はこのピンチにいま急にどんな手立てが見つけられるというんだよ。
quod si eo meae fortunae redeunt, Phanium, abs te ut distrahar,
もし運悪く、パニウムよ、君から僕が引き離されるようなことになったら、
nullast mihi vita expetenda. GE. ergo istaec quom ita sunt, Antipho,
僕はもう生きていけないよ。ゲタ 坊ちゃんがもしそんな風に考えていらっしゃるでしたら、
tanto mage te advigilare aequomst: fortis fortuna adiuvat.
なおさら坊ちゃんはしっかりしないといけませんよ。運命は強い者の味方ですから。
ANT. non sum apud me. GE. atqui opus est nunc quom maxume ut sis, Antipho;
アンティポン 僕はもう気が気でないんだよ。ゲタ しかし、今こそ坊ちゃんは落ち着きを持たないといけません。
nam si senserit te timidum pater esse, arbitrabitur 205
なぜって坊ちゃんがびくびくしていることに大旦那さまがお気づきになったら、こいつは
commeruisse culpam. PHA. hoc verumst. ANT. non possum inmutarier.
何か悪いことをしたんだなとお気づきになりますよ。パエドリアス そのとおりだ。アンティポン 僕が臆病なのは治らないよ。
GE. quid faceres si aliud quid gravius tibi nunc faciundum foret?
ゲタ この程度でびくびくするなんて、もっと大変なことをしなければならなくなったらどうするんですか?
ANT. quom hoc non possum, illud minus possem. GE. hoc nil est, Phaedria: ilicet.
アンティポン これだって無理なのにそんなこともっと無理だよ。ゲタ(絶望した振りをしてパエドリアスに)こりゃだめですね。若旦那、あっしはもうお手上げです。
quid hic conterimus operam frustra? quin abeo? PHA. et quidem ego? ANT. obsecro,
骨折り損のくたびれ儲けはいやですよ。もう行きますよ。パエドリアス(ゲタに)僕もそうするよ。アンティポン ねえ~、
quid si adsimulo? satinest? GE. garris. ANT. voltum contemplamini: em 210
恐がっていない振りならできるけど、それでもいいのかい。ゲタ ご冗談を。アンティポン 顔を見てくれよ。ほら、
satine sic est? GE. non. ANT. quid si sic? GE. propemodum. ANT. quid sic? GE. sat est:
これでどうだい? ゲタ だめですよ。アンティポン これではどうだい。ゲタ もうちょっとです。アンティポン これでは? ゲタ オッケー。
em istuc serva: et verbum verbo, par pari ut respondeas,
ほら、その調子ですよ。それで、言われたら言い返して丁々発止とやり合うんですよ。
ne te iratus suis saevidicis dictis protelet. ANT. scio.
さもなきゃ、坊ちゃんは怒り狂ったお父様の罵詈雑言の嵐になぎ倒されますよ。アンティポン わかってるよ。
GE. vi coactum te esse invitum. PHA. lege, iudicio. GE. tenes?
ゲタ そして、無理やり嫌々だったと言うんですよ。パエドリアス 法律と裁判の結果だと。ゲタ わかりましたか。
sed hic quis est senex quem video in ultima platea? ipsus est. 215
ところで、あの旦那はどなたかな。向こうに見えてきたけど。おっ、大旦那さまだ。
ANT. non possum adesse. GE. ah quid agis? quo abis Antipho?
アンティポン 僕はもうここにはいられない。ゲタ え、どうするんです。どこへ行くんですか、坊ちゃん?
mane inquam. ANT. egomet me novi et peccatum meum:
待ってくださいよ。アンティポン 僕は自分のことも自分の犯した過ちのことも知ってるんだもの。
vobis commendo Phanium et vitam meam.--
パニウムのことも僕の命も君たちにまかせるよ(アンティポン、右へ走り去る)。
PHA. Geta, quid nunc fiet? GE. tu iam litis audies;
パエドリアス ゲタ! これから何が起こるんだ。ゲタ これから若旦那はお説教を聞かされます。
ego plectar pendens nisi quid me fefellerit. 220
あっしはつるされてぶたれます。あっしの思い過ごしでなければですね。
sed quod modo hic nos Antiphonem monuimus,
でも、私たちが坊ちゃんに対してやるようにと言ったことを
id nosmet ipsos facere oportet, Phaedria.
若旦那、私たちが自分たちでやるしかないですね。
PHA. aufer mi "oportet": quin tu quid faciam impera.
パエドリアス 「やるしかない」と言うけど僕は何をしたらいいんだ。言ってくれよ。
GE. meministin olim ut fuerit vostra oratio
ゲタ 覚えてますか、若旦那が以前に仰ったことを。
in re incipiunda ad defendendam noxiam, 225
この企てを始めるときにこの行動を正当化するためにお二人が仰ったことをね。
iustam illam causam,facilem,vincibilem,optumam?
あの主張は正当なものだし明白で反論の余地が無いものですよ。
PHA. memini. GE. em nunc ipsast opus ea aut, si quid potest,
パエドリアス 覚えてる。ゲタ それだ。今こそそれを使う時ですよ。できたら
meliore et callidiore. PHA. fiet sedulo.
もっと巧妙なものに改善すべきだけど。パエドリアス 頑張ってみるよ。
GE. nunc prior adito tu, ego in insidiis hic ero
ゲタ 最初は若旦那が前に出て下さい。あっしは後ろに控えてます。
succenturiatus, si quid deficias. PHA. age. 230
助けがいるときに出ていきますから。


ACTVS II



II.I Demipho Phaedria Geta

第二幕第一場 デミポン、パエドリアス、ゲタ(旅から帰ってきたデミポンが息子の結婚のことを怒っているのに対してパエドリアスとゲタが弁明する場面)

(デミポンが左手、港の方から旅装束で登場)

DEM. Itane tandem uxorem duxit Antipho iniussu meo?
デミポン(独白)倅めがわしに無断で嫁をもらったというのは本当なのか?、
nec meum imperium--ac mitto imperium--, non simultatem meam
わしの権威を、いや権威はいいとして、わしの反対を恐れもしないとは、
revereri saltem! non pudere! o facinus audax, o Geta
まったく遠慮なしなのか。大胆不敵とはこのことだな。そうだ、ゲタだ。
monitor! GE. vix tandem. DEM. quid mihi dicent aut quam causam reperient?
あいつをお目付け役にしたらこのざまだ。ゲタ(傍白)ほら、おいでなすった。デミポン(独白)あいつらはどんな言い訳を考えていることやら。
demiror. GE. atqui reperiam: aliud cura(<curo). DEM. an hoc dicet mihi: 235
こりゃ見物(みもの)だわい。ゲタ(傍白)それは大丈夫。ご心配なく。デミポン(独白)こんな事言うんだろうかな。
"invitus feci. lex coegit"? audio, fateor. GE. places.
「無理やり嫌々だった。法律の結果だ」と。それなら認めるしかない。ゲタ(傍白)それはありがたい。
DEM. verum scientem, tacitum causam tradere advorsariis,
デミポン(独白)しかし、わざとだったり、相手に反論もせずに裁判に負けたのなら、
etiamne id lex coegit? PHA. illud durum. GE. ego expediam: sine!
「法律の結果」と言えるのかね。パエドリアス(ゲタに)これは手強いぞ。ゲタ あっしが何とかします。お任せを。
DEM. incertumst quid agam, quia praeter spem atque incredibile hoc mi optigit(<obtingo):
デミポン(独白)どうしたらいいか分からん。まったく予想外で信じられない事だからな。
ita sum irritatus animum ut nequeam ad cogitandum instituere. 240
腹が立って物をちゃんと考えることすらできない有様だ。
quam ob rem omnis, quom secundae res sunt maxume, tum maxume
だからこそ、万事うまくいっているときに、逆境に陥ったときにどうこらえるかを
meditari secum oportet quo pacto advorsam aerumnam(苦難) ferant,
よく考えておかないといけないんだな。
pericla,damna,exsilia: peregre rediens semper cogitet
事件、災害、島流しなどに備えて。例えば、いつも旅先から帰るときには、
aut fili peccatum aut uxoris mortem aut morbum filiae
息子が道楽にのめり込んでいたり妻が死んでいたり娘が病気になっているのはありふれたこと、
communia esse haec, fieri posse, ut ne quid animo sit novom; 245
起こりうることだと考えるようにすれば、何が起こっても驚くことではなくなるのだ。
quidquid praeter spem eveniat, omne id deputare esse in lucro.
そうすると予想に反した出来事は得になることばかりと見込めるのだ。
GE. o Phaedria, incredibile quantum erum ante eo(=anteeo) sapientia:
ゲタ(パエドリアスに)若旦那、あっしの方が大旦那さまより頭がいいなんて思わないでしょう。
meditata mihi sunt omnia mea incommoda erus si redierit:
大旦那さまがお帰りになった場合のあらゆる不都合な事態は私によって検討済みなんです。
molendum esse in pistrino, vapulandum, habendae compedes,
粉挽き部屋送りになったり、鞭打ちにあったり、足かせをはめられたり、
opus ruri faciundum. horum nil quicquam accidet animo novom. 250
田舎仕事をさせられたりするでしょう。でも、これらのうちの何が起こっても驚くことではないのだ。
quidquid praeter spem eveniet, omne id deputabo esse in lucro.
あっしの場合も、予想に反した出来事は得になることばかりと見込めますね。
sed quid cessas hominem adire et blande in principio adloqui?
でも、さあ早く大旦那さまに近づいてまずは行儀よく話しかけてみてくださいよ。
DEM. Phaedriam mei fratris video filium mi ire obviam.
デミポン 甥のパエドリアスがわしを迎えに来るようだ。
PHA. mi patrue, salve. DEM. salve. sed ubist Antipho?
パエドリアス 伯父さん、こんにちわ。デミポン こんにちわ。ところでアンティポンはどこにいる?
PHA. salvom venire-- DEM. credo. hoc responde mihi. 255
パエドリアス 無事にお帰りで・・デミポン まあな。それより俺の質問に答えてくれ。
PHA. valet, hic est. sed satin omnia ex sententia?
パエドリアス 坊ちゃんは元気でここにいますよ。ところで万事順調ですか?
DEM. vellem quidem. PHA. quid istuc est? DEM. rogitas, Phaedria?
デミポン そう願いたいところだが。パエドリアス どうしたんですか。デミポン わかるだろ、パエドリアス君。 
bonas me absente hic confecistis nuptias.
お前たちはわしが留守の間に立派な結婚式をしたそうじゃないか。
PHA. eho an id suscenses nunc illi? GE. artificem probum!
パエドリアス おや、あのことで坊ちゃんにお怒りなのですか。ゲタ(傍白)うまくやってるぞ。
DEM. egon illi non suscenseam? ipsum gestio 260
デミポン わしが倅(せがれ)に怒ってはいかんのか? わしは是非とも本人と直接
dari mi in conspectum, nunc sua culpa ut sciat
会いたんだ。そしてあいつのせいでかつての
lenem patrem illum factum me esse acerrimum.
やさしい父親がとても怒っていることを知らせてやりたいんだ。
PHA. atqui nil fecit, patrue, quod suscenseas.
パエドリアス でも、おじさん、おじさんが怒るようなことは何もしていませんよ。
DEM. ecce autem similia omnia! omnes congruont:
デミポン おや、どれもおんなじだ。みんなぐるなんだな。
unum quom noris omnis noris. PHA. haud itast. 265
一人に会えば全員に会うのと同じだな。パエドリアス そんなことはありません。
DEM. hic in noxast, ille ad defendundam causam adest;
デミポン こいつが悪事を犯したら、あいつがいいわけに回る。
quom illest, hic praestost: tradunt operas mutuas.
あいつが悪事を犯したらこいつが出てくるという具合だ。互助組織なのさ。
GE. probe horum facta imprudens depinxit senex.
ゲタ(傍白)大旦那は何もご存知なくても坊ちゃん達のやってる事はちゃんと知ってらっしゃる。
DEM. nam ni haec ita essent, cum illo haud stares, Phaedria.
デミポン そうでなきゃ、パエドリアス君よ、君があの子のために頑張れるはずがない。
PHA. si est, patrue, culpam ut Antipho in se admiserit, 270
パエドリアス 伯父さん、もし坊ちゃんが悪いことをしていて
ex qua re minus rei foret aut famae temperans,
そのために大損したり評判を下げたりしているのなら、
non causam dico quin quod meritus sit ferat.
僕は坊ちゃんの弁護をして罰を免れさせるようなことはしませんよ。
sed si quis forte malitia fretus sua
でも、誰かが悪意から
insidias nostrae fecit adulescentiae
僕達の仲間に罠にかけて、裁判で負かせてしまった場合には
ac vicit, nostran culpa east an iudicum, 275
それは僕達のせいなのでしょうか、それとも
qui saepe propter invidiam adimunt diviti
金持ちを妬んで金持ちから金を取り上げたり、
aut propter misericordiam addunt pauperi?
貧乏人を哀れんで金を恵んでやる裁判官のせいなのでしょうか。
GE. ni nossem causam, crederem vera hunc loqui.
ゲタ 事情を知らなければ、この人の言っていることを俺でも信じてしまうね。
DEM. an quisquam iudex est qui possit noscere
デミポン でもねえ、あの子みたいに一言も反論しなければ、
tua iusta, ubi tute verbum non respondeas, 280
自分の正しさをどんな裁判官にもわかっては
ita ut ille fecit? PHA. functus adulescentulist
もらえないぞ。パエドリアス 坊ちゃんは市民としての義務を
officium liberalis: postquam ad iudices
果たしたんですよ。ただ、坊ちゃんは法廷に立つと、
ventumst, non potuit cogitata proloqui;
自分の考えをうまく喋れなかったんです。
ita eum tum timidum ibi obstupefecit pudor.
彼は恐がりですから、恥ずかさでぼうっとしてしまったんですよ。
GE. laudo hunc, sed cesso adire quam primum senem? 285
ゲタ(傍白)この人はよくやっている。でも、そろそろ俺が大旦那さまに話しかけないとな。
ere, salve: salvom te advenisse gaudeo. DEM. oh
大旦那さま、お帰りなさいませ。つつがないご帰国をお喜び申し上げます。デミポン ああ、
bone custos, salve, columen vero familiae,
ただいま帰りました。立派なお目付け役くん。本当にお前は我が家の支えだよ。
quoi commendavi filium hinc abiens meum.
旅にでるときに息子を頼んだなあ。
GE. iamdudum te omnis nos accusare audio
ゲタ 大旦那さまの私たちに対するお怒りのお言葉を今までずっと聞いておりましたが、
inmerito et me omnium horunc(=horum) inmeritissimo. 290
大旦那さまのお怒りは筋違いです。私についてはとくに筋違いなお怒りだと思います。
nam quid me in hac re facere voluisti tibi?
大旦那さまはこの件で私がどうすればよかったおっしゃるのですか?
servom hominem causam orare leges non sinunt
法律によれば、召使にはご主人様の弁護は許されないのです。
neque testimoni dictiost. DEM. mitto omnia;
証言する権利さえ有りません。デミポン それは仕方がない。
do istuc "imprudens timuit adulescens"; sino
何も知らない若者が怖気づいたことも許してやろう。
"tu servo's"; verum si cognata est maxume, 295
お前は召使なのも仕方がない。だがな、どんなに少女が近親者であったとしても、
non fuit necessum habere; sed id quod lex iubet,
その女と結婚する必要はない。法が命ずることは、
dotem daretis, quaereret alium virum.
持参金をやって、別の夫を探させることだ。
qua ratione inopem potius ducebat domum?
それなのに、うちのせがれは何を考えて一文無しの女を嫁にすることにしたんだ。
GE. non ratio, verum argentum deerat. DEM. sumeret
ゲタ 別に考えなんかありませんよ。金がなかったんです。デミポン 金は誰かから
alicunde. GE. alicunde? nil est dictu facilius. 300
調達してきたらよかったろう。ゲタ 誰かからですか。言うは易しですよ。
DEM. postremo si nullo alio pacto, fenore.
デミポン ほかに手がなかったら最後の手段として借金をすればいい。
GE. hui! dixti pulchre! siquidem quisquam crederet
ゲタ それはいい考えです。もし本当に大旦那さまがご存命中に
te vivo. DEM. non, non sic futurumst: non potest.
貸してくれる人がいればいいんですが。デミポン いや、だめだ。だめだ。このままではすまさんぞ。こんなことはありえない。
egon illam cum illo ut patiar nuptam unum diem?
そんな女と息子との結婚をたった一日でもわしが許せると思うか。
nil suave meritumst. hominem conmonstrarier 305
もう甘いことは言ってはおれん。お前の言うその男を
mihi istum volo aut ubi habitet demonstrarier.
わしに会わせて欲しい。どこに住んでいるか教えてくれ。
GE. nemp' Phormionem? DEM. istum patronum mulieris.
ゲタ ポルミオのことですか。デミポン 女の味方をした男だ。
GE. iam faxo hic aderit. DEM. Antipho ubi nunc est? GE. foris.
ゲタ すぐにここへ来させます。デミポン アンティポンはどこだ。ゲタ お出かけです。
DEM. abi, Phaedria, eum require atque huc adduce. PHA. eo:
デミポン パエドリアス君、息子を探してきて連れてきてくれ。パエドリアス 分かりました。
recta via quidem illuc. GE. nempe ad Pamphilam. 310
(ゲタに)あそこへ直行だ(ドリオンの置屋に向かう)。ゲタ(傍白)きっと自分の女(パンフィラ)のところに行くんだな。
DEM. ego deos penatis hinc salutatum domum
デミポン わしは家に入って竈(かまど)の神様に挨拶してくるよ。
devortar(=devertor); inde ibo ad forum atque aliquos mihi
それから広場に行って、だれかこの件で力になってくれる友達に
amicos advocabo ad hanc rem qui adsient,
会ってこよう。
ut ne imparatus sim si veniat Phormio
ポルミオ君が来たときにこちらも手ぶらではいかんから。


II.II Phormio Geta

第二幕第二場 ポルミオ、ゲタ(ポルミオが作戦を考える場面)

(ゲタがポルミオを連れて右手、広場の方角から登場)

PHO. Itane patris ais conspectum veritum hinc abiisse? GE. admodum. 315
ポルミオ すると、親父さんに会うのが恐くて逃げ出したというのかね。ゲタ そうなんです。
PHO. Phanium relictam solam? GE. sic. PHO. et iratum senem?
ポルミオ 新妻を一人残してかね。ゲタ そうなんです。 ポルミオ 大旦那さまはお怒りで?
GE. oppido. PHO. ad te summa solum, Phormio, rerum redit.
ゲタ それはもう。ポルミオ(自分に向かって) よし、これは俺の出番だな。 
tute hoc intristi(<intero), tibi omnest exedendum: accingere.
俺が自分が始めたことに俺が自分で決着を付けるしかない。さあ始めよう。
GE. obsecro te--. PHO. si rogabit-- GE. in te spes est. PHO. eccere
ゲタ 頼みますぜ。ポルミオ(作戦を考えながら、独白)もし相手がこう来たら・・ゲタ あんたが頼りです。ポルミオ では、
quid si reddet--? GE. tu impulisti. PHO. sic opinor. GE. subveni. 320
もしこう返してきたら・・ゲタ あんたが始めたことだから。ポルミオ これで行こう。ゲタ 手を貸してくださいよ。
PHO. cedo senem: iam instructa sunt mi in corde consilia omnia.
ポルミオ さあ大旦那さまをここへ。俺のやるべき事はすべてこの腹で固まっている。
GE. quid ages? PHO. quid vis nisi uti maneat Phanium atque ex crimine hoc
ゲタ どうするんです。ポルミオ 大旦那さまの怒りを全部俺の方に向けて、
Antiphonem eripiam atque in me omnem iram derivem senis?
坊ちゃんの疑いを晴らして、新妻が出ていかずにすんだらいいんだろ。
GE. o vir fortis atque amicus. verum hoc saepe, Phormio,
ゲタ あんたは英雄だ、真の友だ。しかし、ポルミオさん、あんたを見てていつも心配なのは、
vereor, ne istaec fortitudo in nervom erumpat denique. PHO. ah 325
そんな強引なことばかりやっているとしまいには監獄送りになるんじゃないかということですよ。ポルミオ いや、
non ita est: factumst periclum, iam pedum visast via.
そんなことにはならないさ。蛇の道は蛇、餅は餅屋だよ。
quot me censes homines iam deverberasse usque ad necem,
俺がこれまでにどれだけの人間をぐうの音も出ないほどにやっつけてきたと思ってるんだよ。
hospites, tum civis? quo mage novi, tanto saepius.
よそ者もここの人間もおかまいなしだ。百戦錬磨ってやつだよ。
cedo dum, enumquam iniuriarum audisti mihi scriptam dicam?
ねえ、俺が人に怪我をさせたと言って訴えられたのを聞いたことがあるかい。
GE. qui istuc? PHO. quia non rete accipitri tennitur(<tendo) neque miluo, 330
ゲタ どうしてあんたは無事なんですか。ポルミオ 猟師が網を張るのは決して人に怪我させる
qui male faciunt nobis: illis qui nil faciunt tennitur,
鷲や鷹などの猛禽類じゃなくて、無害の鳥に網を張るだろ。
quia enim in illis fructus est, in illis opera luditur.
こっちの鳥ならたっぷり儲かるが、あっちの鳥は骨折り損だからね。それと同じだよ。
aliis aliundest periclum unde aliquid abradi potest:
それに、むしりとられる物を持ってる者はあちこちから狙われるが、
mihi sciunt nil esse. dices "ducent damnatum domum":
おれが無一文なのはみんな知ってる。でも借金の形(かた)に働かせようと連れて行かれることもあるだろうって?
alere nolunt hominem edacem et sapiunt mea sententia, 335
みんなは俺みたいな大飯食らいを家で養おうとはしなし、
pro maleficio si beneficium summum nolunt reddere.
ひどい目にあったお返しに御馳走するほど馬鹿じゃないさ。
GE. non potest satis pro merito ab illo tibi referri gratia.
ゲタ うちの坊ちゃんもあなたにはどれほどお礼をしても足りないでしょうね。
PHO. immo enim nemo satis pro merito gratiam regi refert.
ポルミオ そんなことはない。どれほどお礼をしても足りない人がいるとすれば、それは俺じゃなくてパトロンと言われる人たちだな。
ten asymbolum(=ここまでギリシア語) venire unctum atque lautum e balineis,
おれたちは風呂帰りに手ぶらで行って
otiosum ab animo, quom ille et cura et sumptu absumitur! 340
のんきに食べるだけだ。その間、パトロンさんは金を使い気を使う。
dum tibi fit quod placeat, ille ringitur: tu rideas,
俺たちの望みどおりの支度がされる間、パトロンさんは青息吐息なのに、こっちはえびす顔で
prior bibas, prior decumbas; cena dubia apponitur.
上座を座って先に飲む。そこへ悩ましい食事が運ばれてくる。
GE. quid istuc verbist? PHO. ubi tu dubites quid sumas potissimum.
ゲタ それはどういう意味ですか。ポルミオ 最初に何を食べるか悩むという意味だよ。
haec quom rationem ineas quam sint suavia et quam cara sint,
この料理のうまさと高価なことを考えると、
ea qui praebet, non tu hunc habeas plane praesentem deum? 345
これを出してくれる人を生き神さまと思わずにいられないよ。
GE. senex adest: vide quid agas: prima coitiost acerrima.
ゲタ 大旦那さまがいらした。振舞いには気をつけて下さい。最初の一撃がガツンと来ますよ。
si eam sustinueris, postilla iam ut lubet ludas licet.
それに耐えたら、あとは存分に戦えますよ。(二人、脇に寄る)


II.III Demipho Hegio Cratinvs Crito Phormio Geta

第二幕第三場 デミポン、ヘギオン、クラティヌス、クリトン、ポルミオ、ゲタ(デミポンとポルミオの対決)

(デミポンが右側、広場の方角から顧問のヘギオン、クラティヌス、クリトンを連れて登場)

DEM. Enumquam quoiquam contumeliosius
デミポン(顧問たちに)私がこんどされたような
audistis factam iniuriam quam haec est mihi?
こんなひどくて出鱈目なことをされた人を知っていますか。
adeste,quaeso. GE. iratus est. PHO. quin tu hoc age: 350
助けてくださいよ、お願いします。ゲタ(ポルミオに傍白)お怒りですよ。ポルミオ(ゲタに傍白)さあいくぞ。
iam ego hunc agitabo. pro deum inmortalium,
僕はあの人を怒らせるぞ。(大声で)なんだって!
negat Phanium esse hanc sibi cognatam Demipho?
デミポンさんはあのパニウムは自分の親類ではないというのか?
hanc Demipho negat esse cognatam? GE. negat.
彼女は親類ではないとデミポンさんはいうんだな。ゲタ そうなんです。
PHO. neque eius patrem se scire qui fuerit? GE. negat.
ポルミオ 彼女の父親が誰だか知らないとい言うのか。ゲタ そうなんです。
DEM. ipsum esse opinor de quo agebam: sequimini. 355
デミポン(顧問たちに)我々の相手はあの男だと思います。ついて来て下さい。
PHO. nec Stilponem ipsum scire qui fuerit? GE. negat.
ポルミオ スティルポンさんが誰だか知らないと言うのか。ゲタ そうなんです。
PHO. quia egens relictast misera, ignoratur parens,
ポルミオ 彼女が一文無しの孤児になったために、その父親を知らないと言い、
neglegitur ipsa: vide avaritia quid facit.
彼女本人も知らないと言う。まさに強欲がなせるわざだな。
GE. si erum insimulabis malitiae,male audies.
ゲタ(怒りを装って)もし大旦那さまの悪口なんか言ったら、おれは黙ってはいないからな。
DEM. o audaciam! etiam me ultro accusatum advenit? 360
デミポン(顧問たちに)ふてい奴だ。このわしの悪口を言いに来たのか。
PHO. nam iam adulescenti nil est quod suscenseam,
ポルミオ あの若造が彼女の父親のことを知らないと言っても
si illum minus norat; quippe homo iam grandior,
別に俺の腹は立たない。スティルポンさんはあの若造よりずいぶん年が離れているし、
pauper, quoi opera vita erat, ruri fere
貧乏なので自分で働いて暮らしていて、ほとんど田舎に
se continebat; ibi agrum de nostro patre
こもっていた人だからね。そこで俺の親父の
colendum habebat. saepe interea mihi senex 365
小作をしていたけれど、そのころ親類のデミポンから
narrabat se hunc neglegere cognatum suom:
馬鹿にされると俺によく言っていたものだ。
at quem virum! quem ego viderim in vita optumum.
あの人は私が会ったなかで一番立派な人だったのに。
GE. videas te atque illum ut narras! PHO. in'(=isne) malam crucem ?
ゲタ お前もそのじいさんを見習ったらどうだ。ポルミオ うせろ。
nam ni ita eum existumassem, numquam tam gravis
だって、もし俺がスティルポンさんを尊敬していなかったら、
ob hanc inimicitias caperem in vostram familiam, 370
お前の家とのこれほどひどい争い事を引き受けなかったよ。
quam is aspernatur nunc tam inliberaliter.
この人がこんなにケチなやり方で拒否しているあの娘のために、
GE. pergin ero absenti male loqui, impurissime?
ゲタ まだ大旦那さまの陰口を言うつもりか、このゲス野郎め。
PHO. dignum autem hoc illost. GE. ain tandem, carcer? DEM. Geta.
ポルミオ あの人にはこれがお似合いなんだよ。ゲタ まだ言うのか、豚箱野郎。デミポン ゲタ!
GE. bonorum extortor, legum contortor! DEM. Geta.
ゲタ(デミポンに気付かない振りで) このたかり屋。このゆすり屋。この三百代言。デミポン ゲタよ。
PHO. responde. GE. quis homost? ehem. DEM. tace. GE. absenti tibi 375
ポルミオ(ゲタに傍白)返事をしろ。ゲタ 誰ですか。おや。デミポン 黙ってろ。ゲタ 大旦那さまの陰口を言うのを、こいつが
te indignas seque dignas contumelias
やめようとしないんですよ。あんな悪口は大旦那さまにではなくてこいつが自分に向かって
numquam cessavit dicere hodie. DEM. desine.
言ってりゃいいんですよ。デミポン(ゲタに)もういいから。
adulescens, primum abs te hoc bona venia peto,
(ポルミオに)お若い方、御免なさいよ、はじめにあんたに頼みたいことがあるんだ。
si tibi placere potis est, mi ut respondeas:
よかったら答えてくれないか、
quem amicum tuom ais fuisse istum, explana mihi, 380
あんたが友達だったと言っているその人は誰なんだい。説明してくれ。
et qui cognatum me sibi esse diceret.
その人はわしとどういう血のつながりがあると言ってるだい。
PHO. proinde expiscare quasi non nosses. DEM. nossem? PHO. ita.
ポルミオ 知らないふりをしてさぐりを入れてるんですね。デミポン わしの知ってる人なのか? ポルミオ そうです。
DEM. ego me nego: tu qui ais redige in memoriam.
デミポン わしは知らないよ。知ってるって言うなら、思い出させてくれ。
PHO. eho tu, sobrinum tuom non noras? DEM. enicas.
ポルミオ ええっ、あなたはご自分の従兄弟のこともご存知ないんですか? デミポン めんどくさい奴だな。 
dic nomen. PHO. nomen? maxume. DEM. quid nunc taces? 385
名前を言ってくれ。ポルミオ 名前? もちろんですよ。デミポン どうして黙ってるんだ。
PHO. perii hercle, nomen perdidi. DEM. quid ais? PHO. Geta,
ポルミオ(傍白)しまった。名前を忘れちまったよ。デミポン なんだって? ポルミオ(ゲタに小声で)ゲタ
si meministi id quod olim dictumst, subice. hem!
さっき言った名前覚えていたら、教えてくれ。(デミポンに)ははっ! 
non dico: quasi non nosses, temptatum advenis.
言うもんですか。あんたは知らないふりして、私を試そうとしているんですね。
DEM. ego autem tempto? GE. Stilpo. PHO. atque adeo quid mea?
デミポン わしがあんたを試すだって? ゲタ(ポルミオに小声で)スティルポンです。ポルミオ まあいいでしょう。
Stilpost. DEM. quem dixti? PHO. Stilponem inquam noveras. 390
スティルポンさんです。デミポン 誰だって? ポルミオ あなたもご存知のスティルポンさんです。
DEM. neque ego illum noram nec mihi cognatus fuit
デミポン わしはそんな人は知らんし、そんな名前の人は
quisquam istoc nomine. PHO. itane? non te horum pudet?
わしの親戚にはいない。ポルミオ 本当ですか? そんなことで恥ずかしくないのですか。この人達の見ている前で。
at si talentum rem reliquisset decem--
でも、もし彼が10タラントの財産を残していたら・・・
DEM. di tibi malefaciant! PHO. --primus esses memoriter
デミポン 馬鹿なことを言うな。ポルミオ ・・すぐにあなたは
progeniem vostram usque ab avo atque atavo proferens. 395
自分の家系をお爺さんのそのまたお爺さんまで暗唱してみせるでしょうねえ。
DEM. ita ut dicis. ego tum quom advenissem qui mihi
デミポン そりゃそうだ。わしだって初めからあの娘が
cognata ea esset dicerem: itidem tu face.
わしとどういう縁続きなのか言ってるだろうな。だから、それをあんたが言ってくれよ。
cedo qui est cognata? GE. eu noster, recte. heus tu, cave.
教えてくれ、どういう縁続きなんだい。ゲタ(デミポンに)やった、大旦那さまが一本取りましたね。(ポルミオに小声で)ほら、気を付けて!
PHO. dilucide expedivi quibus me oportuit
ポルミオ それについてはもう明確に裁判官たちに
iudicibus: tum id si falsum fuerat, filius 400
ちゃんと説明済みです。もしそれが嘘なら、どうしておたくの坊ちゃんは
quor non refellit? DEM. filium narras mihi?
嘘だと言わなかったんですか。デミポン わしに倅のことを言うのか?
quoius de stultitia dici ut dignumst non potest.
あいつの馬鹿さ加減についてはわしも言葉がないほどだよ。
PHO. at tu qui sapiens es magistratus(Ac.pl) adi(<adeo imp.)
ポルミオ なら、賢いあんたが役人たちに掛けあって
iudicium de eadem causa iterum ut reddant tibi,
この件で判決を出し直すように頼んだらいいでしょう。
quandoquidem solus regnas et soli licet 405
なにせあなたこの町で一番のお偉方なので、同じ問題に対して
hic de eadem causa bis iudicium adipiscier.
二度目の判決を出してもらえるでしょう。
DEM. etsi mihi facta iniuriast, verum tamen
デミポン こっちは損してるんだが、
potius quam litis secter(<sector subj.pres.) aut quam te audiam,
裁判をやってあんたの言い分を聞かされるより、
itidem ut cognata si sit(=ut si as if), id quod lex iubet
あの娘を親戚だということにして、法律の命じる持参金を出す方がましだよ。
dotis dare, abduce hanc, minas quinque accipe. 410
5ミナあるから受け取って、あの娘を家から連れていってくれ。
PHO. hahahae, homo suavis. DEM. quid est? num iniquom postulo?
ポルミオ ははは、簡単な人ですね。デミポン 何だって? まっとうな要求じゃないか。
an ne hoc quidem ego adipiscar quod ius publicumst?
それとも、わしは国民の権利を行使してはいかんのか。
PHO. itan tandem, quaeso, itidem ut meretricem ubi abusus sis,
ポルミオ ねえ、法律が命じているのは、そんな風に、女を遊女みたいにもてあそんで
mercedem dare lex iubet ei atque amittere?
から、料金を払って捨てろっていうことですかね。
an, ut ne quid turpe civis in se admitteret 415
それとも、アテナイ市民の女性が貧しさのために辱めを受けないで済むように、
propter egestatem, proxumo iussast dari,
近親者と結婚させて一人の夫と共に人生を送れるようにする
ut cum uno aetatem degeret? quod tu vetas.
ことを命じているんですか。これをあなたは拒否しているんですよ。
DEM. ita, proxumo quidem; at nos unde? aut quam ob rem? PHO. ohe
デミポン 近親者にというのはその通りだが、わしたちがどうして近親者なんだ。どういう理由だ。ポルミオ もう沢山です。
"actum" aiunt "ne agas". DEM. non agam? immo haud desinam
「覆水盆に返らず」と言うでしょう。デミポン もう手遅れだというのか。いいや、わしはやめんぞ。
donec perfecero hoc. PHO. ineptis. DEM. sine modo. 420
これをやり遂げるまでは、ポルミオ 徒労ですよ。デミポン うるさい。
PHO. postremo tecum nil rei nobis, Demipho, est:
ポルミオ 要するに、デミポンさん、あなたは我々とは関係ないんですよ。
tuos est damnatus gnatus, non tu; nam tua
判決を受けたのはあんたの息子さんで、あなたじゃないんです。なぜなら
praeterierat iam ducendi aetas. DEM. omnia haec
あなたはもう結婚できる年じゃないんですよ。デミポン いや、わしがいま言っている
illum putato quae ego nunc dico dicere;
ことは息子が言っていると思ってくれ。
aut quidem cum uxore hac ipsum prohibebo domo. 425
息子が逆らうなら、新妻と一緒に家から締め出すまでだ。
GE. iratus est. PHO. tu te idem melius feceris.
ゲタ(ポルミオに)大旦那さまは怒ってますよ。ポルミオ(デミポンに)あなたが家を出たほうが早いですよ。
DEM. itan es paratus facere me advorsum omnia,
デミポン おまえは何でもわしに逆らうつもりなのか。
infelix? PHO. metuit hic nos, tam etsi sedulo
この穀潰(ごくつぶ)しめ。ポルミオ(ゲタに)この人は俺たちを恐れている。懸命に
dissimulat. GE. bene habent tibi principia. PHO. quin quod est
隠しているが。ゲタ(ポルミオに)初戦はあんたの勝ちですな。ポルミオ(デミポンに)我慢するところは我慢したらどうですか。
ferundum fers? tuis dignum factis feceris, 430
ご自分に相応しい振る舞いをして、
ut amici inter nos simus? DEM. egon tuam expetam
我々と仲良くしたらどうですか。デミポン わしがおまえと仲良くできるものか。
amicitiam? aut te visum aut auditum velim?
お前の声を聞くのもお前の顔を見るのも二度と御免だね。
PHO. si concordabis cum illa, habebis quae tuam
ポルミオ でも彼女と仲良くすれば、あなたの老後を慰めてくれますよ。
senectutem oblectet: respice aetatem tuam.
自分の年をよく考えてください。
DEM. te oblectet, tibi habe. PHO. minue vero iram. DEM. hoc age: 435
デミポン お前が慰めてもらえ。お前にやるよ。ポルミオ そんなに怒らないでくださいよ。デミポン いいか。
satis iam verborumst: nisi tu properas mulierem
もうこれ以上話すことはない。お前があの女をさっさと連れていかないのなら、
abducere, ego illam eiciam. dixi, Phormio.
俺が追い出してやる。ポルミオくん、以上だ。
PHO. si tu illam attigeris secus quam dignumst liberam,
ポルミオ あなたがもしあの自由人の女性に対して相応しくない行動に
dicam tibi impingam grandem. dixi, Demipho.
及んだりすれば、重罪で訴えます。デミポンさん、以上です。
si quid opus fuerit, heus, domo me. GE. intellego. 440
(ゲタに)おい、もし私に何か用があれば、私は家に居るよ。ゲタ わかりました。(ポルミオ、右、自宅方向へ去る)



II.IV Demipho Geta Hegio Cratinvs Crito

第二幕第五場 デミポン、ゲタ、ヘギオン、クラティヌス、クリトン(デミポンが顧問たちに意見を聞く場面)

DEM. Quanta me cura et sollicitudine adficit
デミポン(独白)息子はどれほどわしを悩ませてくれるのか。
gnatus, qui me et se hisce impedivit nuptiis!
あいつめ、この結婚騒動に自分だけでなくわしも巻き込んでくれたとはな。
neque mi in conspectum prodit, ut saltem sciam
そのくせ、あいつはわしに顔も見せない。だから、あいつが
quid de hac re dicat quidve sit sententiae.
この件で何を言いたいのか、どういう考えなのか分からない。
abi, vise redieritne iam an nondum domum. 445
(ゲタに)行って見てこい、もう家に帰っているかどうかを。
GE. eo. DEM. videtis quo in loco res haec siet:
ゲタ 分かりました。(ゲタ、デミポンの家の中へ入る)デミポン(顧問たちに)問題のありかが分かったでしょう。
quid ago? dic, Hegio. HEG. ego? Cratinum censeo,
どうしましょう。教えてください。ヘギオンさん。ヘギオン 私ですか。よろしければ、
si tibi videtur. DEM. dic, Cratine. CRA. mene vis?
クラティヌスさんはいかかでしょう。デミポン クラティヌスさん、お願いします。クラティヌス 私ですか?
DEM. te. CRA. ego quae in rem tuam sint ea velim facias. mihi
デミポン そうです。クラティヌス 私は大旦那さまの有利になることをなさるようお勧めします。
sic hoc videtur: quod te absente hic filius 450
これが私の考えです。大旦那さまが不在のときに息子さんがなさったことは
egit, restitui in integrum aequomst et bonum,
無効にするのがよいかと思いますし、
et id impetrabis. dixi. DEM. dic nunc, Hegio.
それは実現できるでしょう。以上です。デミポン では、ヘギオンさん、お願いします。
HEG. ego sedulo hunc dixisse credo. verum itast:
ヘギオン クラティヌスさんは立派にお話されたと思いますが、しかしながら、
quot homines tot sententiae: suos cuique mos.
十人十色、人によって考えは異なります。
mihi non videtur quod sit factum legibus 455
私の考えでは法律行為は無効にはできないので、
rescindi posse; et turpe inceptust. DEM. dic, Crito.
何もしないのが賢明かと思われます。デミポン クリトンさん、お願いします。
CRI. ego amplius deliberandum censeo:
クリトン 私はもっと慎重に検討されるべきだと考えます。
res magnast. CRA. numquid nos vis? DEM. fecistis probe:
事は重大ですから。クラティヌス(デミポンに)もうよろしいですか。デミポン 君たちはよくやってくれました。
incertior sum multo quam dudum. GE. negant
(傍白)でも前よりもわからなくなったよ(顧問たち退場)。ゲタ 坊ちゃんはまだお帰りではない
redisse. DEM. frater est exspectandus mihi: 460
と言っています。デミポン 兄が帰るのを待つことにしよう。
is quod mihi dederit de hac re consilium, id sequar.
この問題については兄の考えに従うことにするよ。
percontatum ibo ad portum, quoad se recipiat.
港に行っていつ帰ってくるか聞いてこよう。
GE. at ego Antiphonem quaeram, ut quae acta hic sint sciat.
ゲタ あっしは坊ちゃんを探してきます。ここであったことをお知らせするために、
sed eccum ipsum video in tempore huc se recipere.
おや、ちょうどいい時に坊ちゃんが帰って来られた。


ACTVS III



III.I Antipho Geta

第三幕第一場 アンティポン、ゲタ(アンティポンが事態の経過をゲタから聞く場面)

ANT. Enimvero, Antipho, multimodis cum istoc animo es vituperandus: 465
アンティポン(右手から登場、独白)本当に、僕は意気地なしで、どの点をとっても悪いのは僕だなあ。
itane te hinc abisse et vitam tuam tutandam aliis dedisse!
自分の命は自分で守らないといけないのに、僕はここから逃げ出してしまって、自分の命を人に委ねてしまったんだからなあ。
alios tuam rem credidisti mage quam tete animum advorsuros?
自分の面倒を他人が自分よりも熱心に見てくれるとでも思ったのか。
nam, utut erant alia, illi(f.D.) certe quae nunc tibi domist consuleres,
だって、ほかのことはともかく、自分の家にいる彼女が僕との約束を裏切られて、
ne quid propter tuam fidem decepta poteretur mali.
酷い目に会うことがないように、しっかりと考えてやらなければいけない。
quoius nunc miserae spes opesque sunt in te uno omnes sitae. 470
なにしろ哀れな彼女の未来の希望も生活も全部僕一人の肩にかかっているんだから。
GE. et quidem, ere, nos iamdudum hic te absentem incusamus qui abieris.
ゲタ 坊ちゃん、本当をいうと、坊ちゃんが逃げてしまわれてから今まで、みんなで坊ちゃんの悪口をいい合っていたんですよ。
ANT. te ipsum quaerebam. GE. sed ea causa nihilo mage defecimus.
アンティポン ゲタ、お前のことを探していたんだよ。ゲタ(それに答えずに)でも、だからといって坊ちゃんを見捨てたりはしていませんから。
ANT. loquere obsecro, quonam in loco sunt res et fortunae meae?
アンティポン ねえ、教えてくれ。どういうことになっているんだ。僕の運命はどうなるんだ。
num quid patri subolet? GE. nil etiam. ANT. ecquid spei porrost? GE. nescio. ANT. ah.
父さんは何もつかんでいないよね? ゲタ まだ何も御存知ありません。アンティポン ちょっとは見込みがあるのかい。ゲタ 分かりません。アンティポン あ~あ。
GE. nisi Phaedria haud cessavit pro te eniti(<enitor). ANT. nil fecit novi. 475
ゲタ パエドリアスの若旦那も坊ちゃんのために奮闘なさいました。アンティポン あいつらしいな。
GE. tum Phormio itidem in hac re ut in aliis strenuom hominem praebuit.
ゲタ それからポルミオさんもこの事件でいつものように才能を発揮してましたよ。
ANT. quid is fecit? GE. confutavit verbis admodum iratum senem.
アンティポン 彼は何をしたんだい? ゲタ 大変なお怒りようの大旦那さまを論破してしまいました。
ANT. eu Phormio! GE. ego quod potui porro. ANT. mi Geta, omnis vos amo.
アンティポン やっぱりポルミオさんだな。ゲタ あっしも出来るだけのことはさせていただきました。アンティポン 僕のゲタよ、僕はみんなに感謝しているよ。
GE. sic habent principia sese ut dico: adhuc tranquilla res est,
ゲタ 今のところあっしが言ったように、順調に言ってます。
mansurusque patruom pater est dum huc adveniat. ANT. quid eum? GE. ut aibat,480
お父様は伯父さんが帰国されるまでお待ちになるとのことです。アンティポン 何のために? ゲタ おっしゃるには、
de eius consilio sese velle facere quod ad hanc rem attinet.
伯父さんの意見を聞いて、この問題をどうするかを決めたいとのことです。
ANT. quantum metus est mihi videre huc salvom nunc patruom, Geta!
アンティポン 心配だなあ。伯父さんが無事に帰国した姿をこの目で見るのが恐いよ~、ゲタ~!
nam per eius unam, ut audio, aut vivam aut moriar sententiam.
だってえ、僕の生き死にが伯父さんの一言に掛かってるんだもの。
GE. Phaedria tibi adest. ANT. ubinam? GE. eccum ab sua palaestra exit foras.
ゲタ(置屋ドリオンの家の扉がひらく)あ、若旦那がいらした。アンティポン いったいどこにいるんだよ。ゲタ ほら、ご自分のいつもの道場から出て来られましたよ。



III.II Phaedria Dorio Antipho Geta

第三幕第二場 パエドリアス、ドリオン、アンティポン、ゲタ(パエドリアスの好きな遊女が軍人に横取りで身請けされてしまいそうになっている状況が明らかになる場面)

PHA. Dorio, 485
パエドリアス ドリオンさ~ん、
audi obsecro-- DOR. non audio. PHA. parumper-- DOR. quin omitte me.
頼むから聞いてくださいよ~。ドリオン いいえ、だめです。パエドリアス ちょっとの間ですから~ ドリオン いい加減、ほっといてくれませんか。
PHA. audi quod dicam. DOR. at enim taedet iam audire eadem miliens.
パエドリアス 僕の話を聞いて下さい。ドリオン おんなじ事を何回も聞かされるのはもううんざりなんですよ。
PHA. at nunc dicam quod lubenter audias. DOR. loquere, audio.
パエドリアス 今度の話はあなたも聞けば嬉しくなるような話ですよ。ドリオン じゃあ、言ってご覧なさい、聞いていますから。
PHA. non queo te exorare ut maneas triduom hoc? quo nunc abis?
パエドリアス 三日だけ待ってください。お願いしますよ。あれっ、どこへ行くんです。
DOR. mirabar si tu mihi quicquam adferres novi. 490
ドリオン 違う話をするのかと思ったじゃないですか。
ANT. ei! metuo lenonem ne quid suo suat capiti. GE. idem ego vereor.
アンティポン(ゲタに)おや、置屋の大将、なんかトラブルを抱えているようだな。ゲタ(アンティポンに)そうらしいですな。
PHA. nondum mihi credis? DOR. hariolare. PHA. sin fidem do? DOR. fabulae!
パエドリアス 僕を信用してくれないんですか。ドリオン お分かりじゃなですか。パエドリアス 誓ってもだめなんですか。ドリオン 馬鹿なことを。
PHA. feneratum istuc beneficium pulchre tibi dices. DOR. logi!
パエドリアス 情けは人の為ならずって言うじゃないですか。ドリオン 空手形をもらってもねえ。
PHA. crede mi, gaudebis facto: verum hercle hoc est. DOR. somnium!
パエドリアス あとできっとよかったと言うことになりますよ。本当なんだから。ドリオン 夢みたいな話ですな。
PHA. experire: non est longum. DOR. cantilenam eandem canis. 495
パエドリアス 試してみてくださいよ。長くはかからないんですから。ドリオン 堂々巡りですな。
PHA. tu mihi cognatus, tu parens, tu amicus, tu-- DOR. garri modo.
パエドリアス あなたは僕の友達じゃないですか、いや身内同然、いや親みたいなもんですよ。ドリオン 好きなように言ってなさい。
PHA. adeon ingenio esse duro te atque inexorabili
パエドリアス あんたはそんなに情け知らずで頑固な人なんですかあ。
ut neque misericordia neque precibus molliri queas!
いくらお願いしても、情けにおすがりしても、頑なな心を溶かすことはできないんですね。
DOR. adeon te esse incogitantem atque impudentem, Phaedria,
ドリオン パエドリアスさん、あんたって人は無分別で恥さらしな人ですね。
me ut phaleratis ducas dictis et meam ductes gratiis! 500
適当な言葉で私を丸め込んでうちの女の子を只で家に持って帰ろうとするとは。
ANT. miseritumst. PHA. ei, veris vincor! GE. quam uterquest similis sui!
アンティポン(ゲタに)思いやりのあること言うなあ。パエドリアス(独白)図星を言われるとは、まいったなあ。ゲタ(アンティポンに)両者とも一歩も引きませんね(相手に似せようとしない、相手に合わさない)。
PHA. neque Antipho alia quom occupatus esset sollicitudine,
パエドリアス(独白)よりによってアンティポンがあんなことに悩んでいる時に
tum hoc esse mihi obiectum malum! ANT. ah quid istuc est autem, Phaedria?
僕にこんな悩みが降り掛かるとはなあ。アンティポン おい、どうしたんだい、パエドリアス。
PHA. o fortunatissime Antipho. ANT. egone? PHA. quoi quod amas domist.
パエドリアス ああ、果報者のアンティポン君 アンティポン 俺がかい? パエドリアス 君は愛する女性が家にいるじゃないか。
neque umquam cum huius modi usus venit ut conflictares malo. 505
それに君にはこんな不幸と格闘した経験がないんだろう。
ANT. mihin domist? immo, id quod aiunt, auribus teneo lupum;
アンティポン 家にいるって? まさか。僕はいわゆる、のっぴきならない立場にあるんだよ。
nam neque quo pacto a me amittam neque uti retineam scio.
つまり、進むも地獄、退くも地獄の状態になっているんだよ。
DOR. ipsum istuc mihi in hoc est. ANT. heia ne parum leno sies.
ドリオン パエドリアスさんと私の関係もまさにそれですな。アンティポン おいおい、置屋の大将らしくないね。
numquid hic confecit? PHA. hicin? quod homo inhumanissimus,
(パエドリアスに)一体あいつに何をされたんだい? パエドリアス あいつかい? あいつは人でなしだよ。
Pamphilam meam vendidit. ANT. quid? vendidit? GE. ain? vendidit? 510
僕のパンフィリアを人に売ってしまったんだよ。アンティポン なんだって? 売った? ゲタ えっ? 売ったですって?
PHA. vendidit. DOR. quam indignum facinus, ancillam aere emptam suo!
パエドリアス 売った。ドリオン 自分の金で買った女を売ることの何がそんなに悪いことなんでしょう。
PHA. nequeo exorare ut me maneat et cum illo ut mutet fidem
パエドリアス 売買契約を変更してほしい、友達が約束してくれた金が手に入るから、
triduom hoc, dum id quod est promissum ab amicis argentum aufero.
それまで三日待ってほしいという僕の願いを、聞いてくれないんだ。
si non tum dedero, unam praeterea horam ne oppertus sies.
(ドリオンに)三日たっても金が工面出来なかったら、もう一時(いっとき)も待ってくれなくていいって言ってるのに。
DOR. obtunde. ANT. haud longumst id quod orat: Dorio, exoret sine. 515
ドリオン 耳にたこができますね。アンティポン たった三日じゃないか。ドリオン君、彼の願いを聞いてやれよ。
idem hoc tibi, quod boni promeritus fueris, conduplicaverit.
お前がやった親切を、彼は二倍にして返してくれるんだよ。
DOR. verba istaec sunt. ANT. Pamphilamne hac urbe privari sines?
ドリオン またいい加減なことを。アンティポン パンフィリアがこの町に住めなくしてしまうつもりなのかい? 
tum praeterea horunc amorem distrahi poterin pati?
それにあんたは二人の恋を引き裂くようなことが出来るのかい?
DOR. neque ego neque tu. PHA. di tibi omnes id quod es dignus duint!
ドリオン そんなことは私だって出来ませんよ。パエドリアス 畜生、お前にそんな真似をされてたまるか!
DOR. ego te compluris advorsum ingenium meum mensis tuli 520
ドリオン 私はねえ、いつも手ぶらで来て口約束ばかりでめそめそしてるあんたのことを
pollicitantem et nil ferentem, flentem; nunc contra omnia haec
自分のやり方をまげて何ヶ月も我慢してきたんですよ。ところが、それとは正反対にいまやっと
repperi qui det neque lacrumet: da locum melioribus.
泣き言を言わずに金を出す人を見つけたんですよ。だからあんたは自分の負けを認めるんですな。
ANT. certe hercle, ego si satis commemini, tibi quidem est olim dies,
アンティポン(パエドリアスに)僕の記憶違いでなきゃ、確か君がこの人に金を支払う日は
quam ad dares huic, praestituta. PHA. factum. DOR. num ego istuc nego?
あらかじめ決まっていたよね。パエドリアス そうだった。ドリオン それはそうです。
ANT. iam ea praeteriit? DOR. non, verum haec ei antecessit. ANT. non pudet 525
アンティポン その期日は過ぎたのかい。ドリオン いいえ、ところが、こっちの期日のほうが先に来たんですよ。アンティポン そんな出鱈目言って
vanitatis? DOR. minime, dum ob rem. GE. sterculinum! PHA. Dorio,
はずかしくないのか。ドリオン 恥ずべきことなんかないです。利益優先ですよ。ゲタ 糞ったれ。パエドリアス ドリオンさん、 
itane tandem facere oportet? DOR. sic sum: si placeo, utere.
あんたはどうしてもそうするのですか。ドリオン わたしはそういう人間です。それでもよければ、お役に立ちますよ。
ANT. sicin hunc decipis? DOR. immo enimvero, Antipho, hic me decipit:
アンティポン 要するにこいつはあんたに騙されたんだね。ドリオン まさか、アンティポンさん、騙されたのは私の方ですよ。
nam hic me huius modi scibat esse, ego hunc esse aliter credidi:
というのは私がこんな人間であることはこの人も知るとおりですが、私はこの人がこんな人だとは思いもよりませんでした。
iste me fefellit, ego isti nihilo sum aliter ac fui. 530
わたしはこの人に対して一貫した態度で来ましたが、この人には本当に裏切られました。
sed utut haec sunt, tamen hoc faciam: cras mane argentum mihi
いずれにせよ、私は次のようにやらせてもらいます。明日の朝、ある軍人さんが
miles dare se dixit: si mi prior tu attuleris, Phaedria,
金を持ってくると約束してくれました。だから、パエドリアスさん、あなたがそれより先にお金を持ってきたら、
mea lege utar, ut potior sit qui prior ad dandumst. vale.
支払いの早い人が優先されるという私のやり方を適用させて頂きます。ではごきげんよう。


III.III Phaedria Antipho Geta

第三幕第三場 パエドリアス、アンティポン、ゲタ(パエドリアスを救うための方法をゲタが思いつく場面)

PHA. Quid faciam? unde ego nunc tam subito huic argentum inveniam miser,
パエドリアス どうしよう。困ったなあ、そんなお金を急にどこで見つけたらいいんだよ。
quoi minus nihilost? quod, hic si pote fuisset exorarier 535
ただでさえ僕にはお金が無いのに。あと三日待ってもらえていたら、
triduom hoc, promissum fuerat. ANT. itane hunc patiemur, Geta,
まだ見込みはあったのになあ。 アンティポン ゲタよ、こいつが困っているのに
fieri miserum, qui me dudum ut dixti adiuerit comiter?
ほっとくのかい。お前が言うとおり、彼は今までずっと僕を熱心に助けてくれたんだから、
quin, quom opust, beneficium rursum ei experiemur reddere?
彼が困っている今こそ、なんとかして彼に恩返しをしようじゃないか。
GE. scio equidem hoc esse aequom. ANT. age ergo, solus servare hunc potes.
ゲタ 確かにそれがいいことだとはわかっています。アンティポン じゃあ、お前がやれよ。お前しかこいつを助けられないよ。
GE. quid faciam? ANT. invenias argentum. GE. cupio; sed id unde edoce. 540
ゲタ どうしたらいいんですか。アンティポン お前が金を見つけてこいよ。ゲタ そうしたいのはやまやまなんですが、どこで手に入るか教えて下さいよ。
ANT. pater adest hic. GE. scio; sed quid tum? ANT. ah dictum sapienti sat est.
アンティポン 僕の親父は帰ってきているよ。ゲタ 知ってます。でもどうするんです。アンティポン 「一を聞いて十を知る」だよ。
GE. itane? ANT. ita. GE. sane hercle pulchre suades: etiam tu hinc abis?
ゲタ まさか。アンティポン そのまさかだ。ゲタ まったくもってすばらしいご忠告で。もう、勘弁して下さいよ。
non triumpho, ex nuptiis tuis si nil nanciscor mali,
あっしは坊ちゃんの結婚の件を無事に切り抜けただけでも、大勝利なんですよ。
ni etiamnunc me huius causa quaerere in malo iubeas crucem?
その上にまだこの人のために敢えて火中に飛び込めというんですか。
ANT. verum hic dicit. PHA. quid? ego vobis, Geta, alienus sum? GE. haud puto.545
アンティポン(パエドリアスに)こいつの言う事ももっともだ。パエドリアス 何だって? 僕は君たちの仲間じゃなかったのかい、ゲタ。ゲタ そりゃそうですよ。
sed parumne est quod omnibus nunc nobis suscenset senex,
でも大旦那さまは我々全員に対してすでに充分お怒りですよ。これ以上大旦那さまを
ni instigemus etiam ut nullus locus relinquatur preci?
刺激すれば、もうお慈悲にすがる余地さえなくなってしまいますよ。
PHA. alius ab oculis meis illam in ignotum abducet locum? hem
パエドリアス あの娘を別の男が僕の目の前から知らない所に連れていってしまうのかい。ああ、
tum igitur, dum licet dumque adsum, loquimini mecum, Antipho,
アンティポンよ、僕がここにいる今のうちに僕の顔をよく見ておいてくれ、
contemplamini me. ANT. quam ob rem? aut quidnam facturu's? cedo. 550
今のうちに僕と話をしておいてくれ。アンティポン どうしてだい。いったい何をするつもりなんだ。教えてくれ。
PHA. quoquo hinc asportabitur terrarum, certumst persequi
パエドリアス 彼女がどこに連れて行かれようと、僕はその跡をついていくことにしたんだ。
aut perire. GE. di bene vortant quod agas! pedetemptim tamen.
さもなきゃ生きていても仕方がない。ゲタ それがうまくいくといいですがねえ。でも早まったことはしない方がいいですよ。
ANT. vide si quid opis potes adferre huic. GE. "si quid"? quid? ANT. quaere obsecro,
アンティポン こいつを何か助けてやれることはないか考えてやってくれ。ゲタ 「何か」って何ですか。アンティポン 頼むよ、ゲタ。
ne quid plus minusve(quam aequom) faxit quod nos post pigeat, Geta.
パエドリアスに変なことされて僕達があとで後悔するようなことにはなりたくないんだ。
GE. quaero.salvos est,ut opinor; verum enim metuo malum. 555
ゲタ どうしましょうか。(しばらく考えて)若旦那は大丈夫です。あっしの身の上が危なくなりますが。
ANT. noli metuere: una tecum bona mala tolerabimus.
アンティポン 心配するな。僕たちは一蓮托生だよ。
GE. quantum opus est tibi argenti, loquere. PHA. solae triginta minae.
ゲタ いくらお金が必要なんですか。言って下さい。パエドリアス たった30ミナだよ。
GE. triginta? hui! percarast, Phaedria. PHA. istaec vero vilis est.
ゲタ 30ですか。若旦那、それは高い。パエドリアス いいや、30なら安い。
GE. age age, inventas(minas) reddam. PHA. o lepidum! GE. aufer te hinc. PHA. iam opust. GE. iam feres:
ゲタ 大丈夫です。金は何とかしてさしあげますよ。パエドリアス(ゲタに抱きついて)お前、いい奴だなあ。ゲタ やめて下さいよ。パエドリアス 金はいま要るんだよ。ゲタ いま差し上げますから。
sed opus est mihi Phormionem ad hanc rem adiutorem dari. 560
でもこの件ではポルミオさんに助けてもらう必要があります。
PHA. praestost. audacissime oneris quidvis impone et feret.
パエドリアス あの人は人助けのために生まれてきたような人だからな。あの人ならどんな難問でも安心して任せられるよ。
solus est homo amico amicus. GE. eamus ergo ad eum ocius.
あの人だけだ。友人を裏切らない真の友は。ゲタ じゃあ、早くポルミオさんの所へ行きましょう。
ANT. numquid est quod opera mea vobis opus sit? GE. nil. verum abi domum
アンティポン 僕は君たちのお役に立てることは何かないのかい。ゲタ 何も。坊ちゃんは
et illam miseram, quam ego nunc intus scio esse exanimatam metu,
家に帰って奥さんを慰めてあげて下さい。可哀想に、中で彼女は死ぬほどの不安に
consolare. cessas? ANT. nil est aeque quod faciam lubens. 565
怯えていますよ。早く! アンティポン ガッテン承知の助(デミポンの家に入る)。
PHA. qua via istuc facies? GE. dicam in itinere: modo te hinc amove.
パエドリアス(ゲタに)それでどうやるんだ。ゲタ 道々教えますよ。とにかく来てください。(二人は右手のポルミオの家に行く。舞台は空になる)


ACTVS IV



IV.I Demipho Chremes

第四幕第一場 デミポン、クレメース(クレメースの隠し子である娘がすでにアテナイに来ていて、クレメースはその娘をアンティポンと結婚させるつもりであることがデミポンに明かされる場面)

(デミポンとクレメースが左、港方向から登場。クレメースは旅装束である)

DEM. Quid? qua profectus causa hinc es Lemnum, Chreme,
デミポン ねえ、兄さん、娘は連れて帰ってきたんですか。そのためにレムノス島に
adduxtin tecum filiam? CHR. non. DEM. quid ita non?
行ってたんでしょう? クレメース だめだったんだ。デミポン どうしてですか。
CHR. postquam videt me eius mater esse hic diutius,
クレメース 娘の母親はわしがアテナイから来るのを待ちきれなくなったのと、
simul autem non manebat aetas virginis 570
年頃になった娘をわしに見せたいと思ったので、
meam neglegentiam: ipsam cum omni familia
家族を引き連れてわしのもとに向かって
ad me profectam esse aibant. DEM. quid illi(adv) tam diu
出発したというんだよ。デミポン ねえ、兄さん、それが分かったのに、どうして
quaeso igitur commorabare, ubi id audiveras?
こんなに長いこと向こうにいたんですか。
CHR. pol me detinuit morbus. DEM. unde? aut qui? CHR. rogas?
クレメース なんとわしは病気になって帰れなかったんだ。デミポン 何の病気ですか? どんな具合だったんですか。クレメース わかるだろ。
senectus ipsast morbus. sed venisse eas 575
年を取れば何やかやと病気になるものさ。でも、娘たちが無事に着いたことは
salvas audivi ex nauta qui illas vexerat.
彼らを運んだ船の乗組員から聞いて知っている。
DEM. quid gnato optigerit me absente audistin, Chreme?
デミポン 私がいない間に息子に何があったかも聞いていますか、兄さん。
CHR. quod quidem me factum consili incertum facit.
クレメース 聞いたよ。そのせいでわしの計画は狂ってしまったんだ。
nam hanc condicionem si quoi tulero extrario,
だってあの娘を(アンティポン以外の)赤の他人の誰かに嫁がせたようとしたら、
quo pacto aut unde mihi sit dicundum ordinest. 580
あの娘の出自についてくわしく言わなきゃならない。
te mihi fidelem esse aeque atque egomet sum mihi
お前ならこの件で当てになる人間だということはよく知っている。
scibam. ille, si me alienus adfinem volet,
だが、他人が娘と結婚して家族になった場合には
tacebit dum intercedet familiaritas.
家族の付き合いがある間は黙っていてくれるだろうが、
sin spreverit me, plus quam opus est scito sciet.
わしと仲違いした時には、知る必要のないことを知っていることになる。
vereorque ne uxor aliqua hoc resciscat mea. 585
わしはその事がひょんなことから妻に知れるのが恐いんだ。
quod si fit, ut me excutiam atque egrediar domo
もしそんなことになったらわしは家から出ていかなければ
id restat; nam ego meorum solus sum meus.
ならなくなる。なぜなら、わしの持ち物といってわし自身だけだからな。
DEM. scio ita esse, et istaec mihi res sollicitudinist,
デミポン それはわかりますよ。そのことは私にも心配です。
neque defetiscar usque adeo experirier
ですから、私もあらゆる手立てを尽くすつもりです。
donec tibi id quod pollicitus sum effecero. 590
兄さんに約束したこと(アンティポンと結婚させること)を実行できるように、


IV.II Geta Demipho Chremes

第四幕第二場 ゲタ、デミポン、クレメース(ゲタがポルミオに協力を求めたことを明らかにする場面)

(ゲタ、右手、ポルミオの家の方向から登場)

GE. Ego hominem callidiorem vidi neminem
ゲタ(独白)おれはポルミオさんほど抜け目のない人は
quam Phormionem. venio ad hominem ut dicerem
見たことがない。あの男のところへ行って
argentum opus esse, et id quo pacto fieret.
金がいることを言って、手に入れる方法についても説明した。
vixdum dimidium dixeram, intellexerat:
彼はこちらが半分も言わないうちに、全部を理解した。
gaudebat, me laudabat, quaerebat senem, 595
彼は喜んでくれて、俺を褒めてくれて、大旦那はいまどこにいるか聞いた。
dis gratias agebat tempus sibi dari
そして、彼は自分がアンティポンに対するのと同じぐらいに
ubi Phaedriae esse ostenderet nihilo minus
パエドリアスに対しても親切であることを示す機会
amicum sese quam Antiphoni. hominem ad forum
機会を与えてくれたことを大いに感謝していた。俺は彼に広場で待つように
iussi opperiri: eo me esse adducturum senem.
と言った。そこへ大旦那さまを連れていくからと。
sed eccum ipsum. quis est ulterior? attat Phaedriae 600
ところであそこに大旦那さまがいらした。その向こうにいるのは誰だろう。おや、パエドリアスの父親(クレメース)
pater venit. sed quid pertimui autem belua?
が帰ってきてるぞ。でも、俺はどうしてそれを恐がるんだ。ばかだな。
an quia quos fallam pro uno duo sunt mihi dati?
これから騙す相手が一人から二人に増えたからかい。
commodius esse opinor duplici spe utier.
二股をかけられると思えば、それも好都合じゃないか。
petam hinc unde a primo institi: is si dat, sat est;
先に標的にしていた方から金は引き出そう。金が出たらそれでよし。
si ab eo nil fiet, tum hunc adoriar hospitem 605
出なきゃ、こっちの旦那に当たるまでだ。


IV.III Antipho Geta Chremes Demipho

第四幕第三場 アンティポン、ゲタ、クレメース、デミポン(パニウムをポルミオの妻にして追い出すためにポルミオに金をやることをゲタが旦那たちに承知させる場面)

ANT. Exspecto quam mox recipiat sese Geta.
アンティポン(家から出て、独白)ゲタの帰りが待ち遠しいなあ。
sed patruom video cum patre astantem. ei mihi,
ところで、伯父貴が親父と一緒にいるのが見える。どうしよう。
quam timeo adventus huius quo impellat patrem.
あの人の帰国で親父の気持ちがどう動くかとても心配だ。
GE. adibo hosce: o noster Chreme! CHR. salve, Geta.
ゲタ(傍白)二人に近づこう。クレメースさん! クレメース ゲタ、調子はどうだ。
GE. venire salvom volup est. CHR. credo. GE. quid agitur? 610
ゲタ ご無事のご帰えりおよろこびします。クレメース ありがとう。ゲタ どんな具合ですか。
multa advenienti, ut fit, nova hic? CHR. compluria.
いつものように、帰ってみると驚くようなことばかりですか。クレメース 盛り沢山だ。
GE. ita. de Antiphone audistin quae facta? CHR. omnia.
ゲタ そうですか。アンティポン坊ちゃんのことはもうお聞きですか。クレメース 全部聞いた。
GE. tun dixeras huic? facinus indignum, Chreme,
ゲタ(デミポンに)大旦那さまがお話になったのですか。(クレメースに)まったくけしからんことですね、クレメースさん、
sic circumiri! CHR. id cum hoc agebam commodum(adv).
こうやって親に内緒でこそこそするのはねえ。クレメース その事をいま弟と相談していたところだ。
GE. nam hercle ego quoque id quidem agitans mecum sedulo 615
ゲタ あっしも不肖ながら自分でよく考えてこの問題に対する解決策を
inveni, opinor, remedium huic rei. CHR. quid, Geta?
見つけましたよ。クレメース どうするんだ、ゲタ?
DEM. quod remedium? GE. ut abii abs te, fit forte obviam
デミポン どんな解決策だい? ゲタ 大旦那さまとお別れしてから、すぐに
mihi Phormio. CHR. qui Phormio? DEM. is qui istanc--- CHR. scio.
ポルミオに会いました。クレメース ポルミオって誰だい。デミポン そいつがあの女を・・ クレメース わかった。
GE. visumst mihi ut eius temptarem sententiam.
ゲタ あの人の考えを試してみるのがいいと思ったんです。
prendo hominem solum: "quor non," inquam "Phormio, 620
二人きりになると、ポルミオに言いました。「この問題を
vides inter nos sic haec potius cum bona
悪感情なしにどうして円満に我々の間で
ut componamus gratia quam cum mala?
解決しようとしないんだい。
erus liberalis est et fugitans litium;
大旦那さまは立派な人だし訴訟はしたくないと仰っている。
nam ceteri quidem hercle amici omnes modo
なぜなら、ほかの友人たちは何と全員が声を揃えて
uno ore auctores fuere ut praecipitem hanc daret." 625
そんな女は追い出してしまえと言っているんだよ」と。
ANT. quid hic coeptat aut quo evadet hodie? GE. "an legibus
アンティポン(傍白)こいつは何を始めたんだ。どうするつもりなんだ。ゲタ「
daturum poenas dices si illam eiecerit?
彼女を追い出したりしたら法で罰っせられるとあんたは言うのかい。
iam id exploratumst: heia sudabis satis
そんなことはもう覚悟のうえだ。あの人と訴訟を始めたりしたら、
si cum illo inceptas homine: ea(abl.) eloquentiast.
本当にあんたは大変な目に合うぞ。あの人は弁が立つんだぞ。
verum pone esse victum eum; at tandem tamen 630
仮にあんたが勝ったとしても、結局は、
non capitis eius res agitur sed pecuniae."
あの人の身柄がどうこうなることはなくて金の問題でしかない。
postquam hominem his verbis sentio mollirier,
こういうとポルミオは軟化したと思いましたので、
"soli sumus nunc hic" inquam: "eho quid vis dari
「私たちは二人だけだ。一体あんたは何が欲しんだい。
tibi in manum, ut erus his desistat litibus,
大旦那さまが訴訟から手を引いて、
haec hinc facessat, tu molestus ne sies?" 635
彼女が出ていって、あんたが俺たちに迷惑をかけるのをやめるには」と言いました。
ANT. satin illi di sunt propitii? GE. "nam sat scio,
アンティポン(傍白)あいつは気でも狂ったのか? ゲタ 「というのは、
si tu aliquam partem aequi bonique dixeris,
私はよく知ってるんだ。あんたが無茶な条件さえ言い出さなきゃ、
ut est ille bonus vir, tria non commutabitis
大旦那さまはいい人だから、それからはもう殆ど何も言わなくても
verba hodie inter vos." DEM. quis te istaec iussit loqui?
決着してしまいますよ。デミポン お前にそこまで言っていいと誰が言った?
CHR. immo non potuit melius pervenirier 640
クレメース だけど、まさに我々としてはそれで
eo quo nos volumus. ANT. occidi! DEM. perge eloqui.
願ったり叶ったりじゃないか。アンティポン(傍白)僕はもうおしまいだよ! デミポン 続きを言いなさい。
GE. a primo homo insanibat. CHR. cedo quid postulat?
ゲタ 最初はあの人も無茶なことを言ってましたよ。クレメース いくら出せと言ったんだ。
GE. quid? nimium; quantum libuit. CHR. dic. GE. si quis daret
ゲタ いくらかって? とんでもない額です。言いたい放題ですよ。クレメース いくらなんだ。ゲタ 一タラント(60ミナ)も貰ったらなあと。
talentum magnum. DEM. immo malum hercle: ut nil pudet!
デミポン 絶対だめだ。なんという恥知らずな奴なんだ。
GE. quod dixi adeo ei: "quaeso, quid si filiam 645
ゲタ 私はやつに言ってやりましたよ。「おい、これから大旦那さまは娘を一人
suam unicam locaret? parvi retulit(<refert)
嫁にやるとでもいうのかい。それじゃあ娘を一人持っているのと
non suscepisse(子をもつ): inventast quae dotem petat."
同じ事じゃないか。あの女に持参金をつけてやることになるんだから」とね。
ut ad pauca redeam ac mittam illius ineptias,
手短に言えば、あの男の出鱈目ぶりは別として、
haec denique eius fuit postrema oratio:
あの男が言いたかったことはこういうことです。
"ego" inquit "iam a principio amici filiam, 650
「元々おれは友人の娘(=パニウム)を
ita ut aequom fuerat, volui uxorem ducere;
当然嫁にするつもりだった。
nam mihi veniebat in mentem eius incommodum,
というのは、貧しい女が金持ちに嫁いだら召使になる
in servitutem pauperem ad ditem dari.
ようなものだから、彼女にとって不幸なことだと思ったからなんだ。
sed mi opus erat, ut aperte tibi nunc fabuler,
でも、本音を言うなら、俺には借金があって、
aliquantulum quae adferret qui(=mi) dissolverem 655
それを返すのに、すこしでも助けてくれる妻が必要なんだ。
quae debeo: et etiamnunc si volt Demipho
だから、俺がいま婚約している女から受け取る予定の金を
dare quantum ab hac accipio quae sponsast mihi,
デミポンさんが出してやるというなら、
nullam mihi malim quam istanc uxorem dari."
俺がおたくの娘さんを嫁にもらうことに異存はない」と。
ANT. utrum stultitia facere ego hunc an malitia
アンティポン(傍白)ゲタはこんなことを悪気でやっているのか、
dicam, scientem an imprudentem, incertu' sum. 660
自分で分かってやっているのか、合点がいかない。
DEM. quid si animam debet? GE. "ager oppositus pignori
デミポン まさかポルミオは借金まみれじゃないだろうな。ゲタ 彼が言うには
ob decem minas" inquit. DEM. age age, iam ducat: dabo.
「土地が10ミナで担保に入っている」と。デミポン わかったよ。女を連れていけ。その金なら出してやる。
GE. "aediculae item sunt ob decem alias." DEM. oiei
ゲタ 「同様に家が10ミナで担保に入っている」と。デミポン おいおい、
nimiumst. CHR. ne clama: repetito hasce a me decem.
多いな。クレメース そう言うな。その10ミナはわしが出してやる。
GE. "uxori emunda ancillulast; tum pluscula 665
ゲタ 「妻に下女を雇ってやらないといけない。それから
supellectile opus est; opus est sumptu ad nuptias:
家財道具もすこし買わないといけないし、結婚式の費用も要る。
his rebus pone sane" inquit "decem minas."
これらもしめて10ミナいる」と。
DEM. sescentas proinde scribito iam mihi dicas:
デミポン 俺を相手に好きなだけ訴状を書けばいい。
nil do. impuratus me ille ut etiam inrideat?
わしは一文も出さんぞ。わしはあんな薄汚い奴に馬鹿にされてたまるか。
CHR. quaeso, ego dabo, quiesce: tu modo filium 670
クレメース おい、わしが出すよ。落ち着け。お前の倅は
fac ut illam ducat nos quam volumus. ANT. ei mihi
わしが言っている娘と結婚させてくれよ。アンティポン(傍白)ああ、ゲタよ、
Geta, occidisti me tuis fallaciis.
お前のペテンのせいで僕はもうおしまいだよ。
CHR. mea causa eicitur: me hoc est aequom amittere.
クレメス(デミポンへ)あの女を追い出すのはわしのためだ。わしが損をしても仕方がない。
GE. "quantum potest me certiorem" inquit "face,
ゲタ それからこう言いました。「あの女を俺にくれるかどうか、できるだけ早く
si illam dant, hanc ut mittam, ne incertus siem; 675
教えてほしい。今の婚約相手を断らないといけないから、中途半端では困るんだ。
nam illi mihi dotem iam constituerunt dare."
今の婚約相手は持参金の用意は出来たと言って来ているんだよ」
CHR. iam accipiat: illis repudium renuntiet;
クレメース(デミポンに)ポルミオにすぐに金を渡して破談を通告してもらえ。
hanc ducat. DEM. quae quidem illi res vortat male!
それからここの女と結婚させるんだ。デミポン 畜生め!このままではすまさんぞ。
CHR. opportune adeo argentum nunc mecum attuli,
クレメース ちょうど金はここに持ってきている。
fructum quem Lemni uxoris reddunt praedia: 680
家内の土地がレムノス島にあって利益を上げているんだ。
ind' sumam; uxori tibi opus esse dixero.
それを使おう。家内にはお前の入り用で使ったと言っておくよ。(デミポンとクレメース、クレメースの家に入る)


IV.IV Antipho Geta

第四幕第四場 アンティポン、ゲタ(ポルミオは本当はパニウムとは結婚しないことが明らかにされる場面)

ANT. Geta. GE. hem. ANT. quid egisti? GE. emunxi argento senes.
アンティポン(舞台に残って) ゲタ! ゲタ はい。アンティポン 何をしてくれたんだ。ゲタ 旦那方から金を巻き上げたんですよ。
ANT. satin est id? GE. nescio hercle: tantum iussus sum.
アンティポン それで満足かい。ゲタ さあどうでしょう。私は坊ちゃんの指図通りにやっただけですから。
ANT. eho, verbero, aliud mihi respondes ac rogo?
アンティポン おい、この野郎、聞かれたことに答えないか。
GE. quid ergo narras? ANT. quid ego narrem? opera tua 685
ゲタ いったい何が言いたいんです。アンティポン 僕が何が言いたいかって? 
ad restim miquidem res redit planissume.
お前のせいで僕の人生は全部もう完全にぶち壊しじゃないか。
ut tequidem omnes di deaeque,superi inferi,
お前みたいな者はどこへでも行って
malis exemplis perdant! em si quid velis,
くたばってしまえ。これからは何かちゃんとやってほしいことがあったら、
huic mandes, quod quidem recte curatum velis.
どんなことがあっても、こんなやつには頼まないことだ。
quid minus utibile fuit quam hoc ulcus tangere 690
パエドリアスの問題を解決するのに、どうして僕の痛いところをついたり、
aut nominare uxorem? iniectast spes patri
僕の妻の名前を出したりする必要があるんだよ。親父は彼女を追い出せると
posse illam extrudi. cedo nunc porro: Phormio
思ってしまったじゃないか。この先どうなると思ってるんだ。ポルミオが
dotem si accipiet, uxor ducendast domum:
持参金を受け取ったら、僕の妻はあいつと結婚させられてしまうじゃないか。
quid fiet? GE. non enim ducet. ANT. novi. ceterum
そうなったらどうするんだよ。ゲタ 彼は結婚なんかしませんよ。アンティポン わかってるよ。さぞかし、
quom argentum repetent, nostra causa scilicet 695
やつは金を返せと言われたときに、僕のために、
in nervom potius ibit. GE. nil est, Antipho,
進んで牢屋に入ってくれるんだろうな。ゲタ 坊ちゃん、
quin male narrando possit depravarier:
何でも悪い方に考えたらだめですよ。
tu id quod bonist excerpis, dicis quod malist.
坊ちゃんはいいことは全部省いて悪いことばかりおっしゃってますね。
audi nunc contra: iam si argentum acceperit,
今度はあっしの話を聞いて下さい。ポルミオさんが持参金を受け取ったら、
ducendast uxor, ut ais, concedo tibi: 700
もちろん、坊ちゃんの奥さんは結婚させられます。それはそうです。
spatium quidem tandem apparandi nuptias,
でもね、結婚の準備をしたり、
vocandi,sacruficandi dabitur paullulum.
お客を招待したり、神様にお祈りしたりして時間が稼げます。
interea amici quod polliciti sunt dabunt:
その間にパエドリアスの友達が約束の金を持って来てくれる。
inde iste reddet. ANT. quam ob rem? aut quid dicet? GE. rogas?
そこからポルミオさんはお金を返します。アンティポン どんな理由をつけて、どう言って返すんだよ。ゲタ 分かるでしょ。
"quot res postilla monstra evenerunt mihi! 705
「その後私に縁起の悪いことが沢山起こった」ってね。
intro iit in aedis ater alienus canis;
例えば、よその黒い犬が家に入ってきたとか、
anguis per impluvium decidit de tegulis;
へびが屋根から中庭に降ってきたとか、
gallina cecinit; interdixit hariolus;
雌鳥が鳴いたとか。占い師がやめろと言ったとか。
haruspex vetuit; ante brumam autem novi
手相見が止めたとか、冬至が来る前に
negoti incipere!" quae causast iustissima. 710
新しいことを始めるなと言われたとか。それで充分な理由になりますよ。
haec fient. ANT. ut modo fiant! GE. fient: me vide.
これで何とかなります。アンティポン そうなったらいいけどね。ゲタ そうなりますよ。仕上げを御覧じろです。
pater exit: abi, dic esse argentum Phaedriae.
お父様が出てこられました。パエドリアスさんに金が出来たと言って来て下さい。(アンティポン、右手に退場)


IV.V Demipho Chremes Geta

第四幕第五場 デミポン、クレメース、ゲタ(パニウムをポルミオと結婚させることをクレメースの妻から説明させることが明らかになる場面)

(デミポンとクレメースがクレメースの家から出てくる。クレメースが金を持っている)

DEM. Quietus esto, inquam: ego curabo ne quid verborum duit.
デミポン 心配はいりません。大丈夫、奴には騙されないように気をつけますよ。
hoc temere numquam amittam ego a me quin mihi testis adhibeam.
立会人なしでこの金をやってしまうことは決してありません。
quoi dem, et quam ob rem dem commemorabo. GE. ut cautus est ubi nil opust! 715
金を渡す相手とその理由を明確にしておきます。ゲタ(傍白)用心しても無駄なのに。
CHR. atque ita opus factost: et matura, dum lubido eadem haec manet;
クレメース それはそうしたらいい。それより急いでくれ、相手の気持ちが変わらないうちにな。
nam si altera illaec magis instabit, fors sit an nos reiciat.
もう一人の女がしつこく迫ってきたら、わしらの方は断られるかもしれないんだぞ。
GE. rem ipsam putasti. DEM. duc me ad eum ergo. GE. non moror.CHR.ubi hoc egeris,
ゲタ(傍白)その通り。デミポン じゃあ、あいつの所へ連れてってくれ。ゲタ 行きましょう。クレメス これが済んだら、
transito ad uxorem meam, ut conveniat hanc prius quam hinc abit.
私の妻のところへ行って、連れて行かせる前に女に会うように言ってくれ。
dicat eam dare nos Phormioni nuptum, ne suscenseat; 720
そして妻の口から、ポルミオと結婚することになったが、怒らないように言ってほしいんだ。
et magis esse illum idoneum qui ipsi sit familiarior;
彼女にとってはもっと馴染みのある男(パニウムはポルミオの友人スティルポの娘ということになっている)と結婚するのが相応しいということ、
nos nostro officio nil digressos esse: quantum is voluerit,
私たちは義務を果たしたということ。つまり、ポルミオが望むだけの
datum esse dotis. DEM. quid tua, malum, id refert? CHR. magni, Demipho.
持参金を出したということを伝えて欲しいんだ。デミポン なんでそんなことをさせるんだい。クレメース デミポン、ここが大事なところなんだ。
non sat est tuom te officium fecisse si non id fama adprobat.
義務を果たしても世間の評判がよくなかったらだめなんだよ。
volo ipsius quoque voluntate haec fieri, ne se eiectam praedicet. 725
彼女の意志で出て行ってもらいたいんだ。追い出されたとは言われたくないんだよ。
DEM. idem ego istuc facere possum. CHR. mulier mulieri magis convenit.
デミポン それだったらわしでも出来るよ。クレメース 女同士のほうがいいんだ。
DEM. rogabo. CHR. ubi illas nunc ego reperire possim cogito.
デミポン 頼んでみるよ(ゲタとともに右手に退場)。クレメース ところでうちの女たちはどこに行ったんだろう。 


ACTVS V



V.I Sophrona Chremes

第五幕第一場 ソフローナ、クレメース(レムノス島出の娘がすでにアンティポンと結婚していることにクレメースが気付く場面)

SO. quid agam? quem mi amicum inveniam misera? aut quoi consilia haec referam?
ソフローナ(デミポンの家から出てきて独白) まあ、どうしましょう。誰が私の味方になってくれるかしら。この問題をだれに話せば、
aut unde auxilium petam?
助けてくれるかしら。
nam vereor era ne ob meum suasum indigne iniuria adficiatur: 730
私がお勧めしたことでお嬢様がひどい目に会うんじゃないかと心配だわ。
ita patrem adulescentis facta haec tolerare audio violenter.
旦那様のお父様がこんどの事にひどくご立腹だと聞いています。
CHR. nam quae haec anus est exanimata a fratre quae egressast meo?
クレメース(傍白)わしの弟のところから外へ出てきてうろたえた様子をしているこの老女は誰なんだ。
SO. quod ut facerem egestas me impulit, quom scirem infirmas nuptias
ソフローナ(独白)あの結婚が確かなものではないとは知っていたけど、貧しさのためにあの話を進めてしまったのは、
hasce esse, ut id consulerem, interea vita ut in tuto foret.
なんとか生活が楽になるようにと考えてのことだわ。
CHR. certe edepol, nisi me animus fallit aut parum prospiciunt oculi, 735
クレメース(傍白)きっと、わしの記憶とわしの目に狂いがなければ、
meae nutricem gnatae video. SO. neque ille investigatur-- CHR. quid ago?
あれはわしの娘の乳母だな。ソフローナ(独白)ところが、あの方は見つからない・・ クレメース(傍白)どうしたものか。
SO. --quist(qui est) pater eius. CHR. adeo, maneo dum haec quae loquitur mage cognosco?
ソフローナ お嬢様のお父様が・・。クレメース 近づこうか、いやあの女が何を言っているのかもっとよく分かるまで待っていようか。
SO. quodsi eum nunc reperire possim, nil est quod verear. CHR. east ipsa:
ソフローナ もしお父様が見つかれば、もう心配はなくなるわ。クレメース やっぱり乳母だ。
conloquar. SO. quis hic loquitur? CHR. Sophrona. SO. et meum nomen nominat?
話しかけよう。ソフローナ そこで話しているのはどなたですか。クレメース ソフローナよ。ソフローナ 私の名前を呼んだのはどなたですか?
CHR. respice ad me. SO. di obsecro vos, estne hic Stilpo? CHR. non. SO. negas? 740
クレメース わしの方を見ろ。ソフローナ あら、ひょっとして、スティルポンさんですか。クレメース ちがうよ。ソフローナ ちがうですって?
CHR. concede hinc a foribus paullum istorsum sodes, Sophrona.
クレメース この扉からちょっとあっちへ離れてくれ、ソフローナ。
ne me istoc posthac nomine appellassis(=appellaveris). SO. quid? non,obsecro,es
それから、今後はその名前で呼ぶのはやめてほしいんだ。ソフローナ どうしてですか。ねえ、あなたは
quem semper te esse dictitasti? CHR. st. SO. quid has metuis fores?
あなたはいつもその名前を名乗っていたではないのですか。クレメース しーっ ソフローナ どうしてこの扉を避けるのですか。
CHR. conclusam hic habeo uxorem saevam. verum istoc de nomine,
クレメース この中に恐い奥さんがいるんだよ。その名前は
eo perperam olim dixi ne vos forte imprudentes foris 745
実は偽名だったんだ。お前たちがうっかり本名を漏らしてしまって、
effutiretis atque id porro aliqua uxor mea rescisceret.
そこからわしの妻に気付かれるようなことがないようにしていたんだ。
SO. em istoc pol nos te hic invenire miserae numquam potuimus.
ソフローナ ああ、それで私たちはあなたのことをいつまでもこちらで見つることが出きなかったのですね。
CHR. eho dic mihi quid rei tibist cum familia hac unde exis?
クレメース で、お前がいま出てきたこの家とお前はどういう関係なのか教えてくれ。
ubi illae sunt? SO. miseram me! CHR. hem quid est? vivontne? SO. vivit gnata.
みんなはどこにいるんだ。ソフローナ ああ、どう言えばいいのかしら。クレメース どうしたんだい。みんな無事なのか? ソフローナ お嬢さまはご無事です。
matrem ipsam ex aegritudine hac miseram mors consecutast. 750
お母様はご心労からお可哀想にお亡くなりになられましたわ。
CHR. male factum. SO. ego autem, quae essem anus deserta egens ignota,
クレメース 可哀想なことをしたね。ソフローナ 私は年をとって貧しくて寄る辺のない身ですので、
ut potui,nuptum virginem locavi huic adulescenti
娘さんには何とかしてこの町の若者と結婚して頂きました。
harum quist dominus aedium. CHR. Antiphonin? SO. em istic ipsi.
お相手はこの家のご主人ですわ。クレメース それはアンティポン君のことかい。ソフローナ ええ、その通りですわ。
CHR. quid? duasne uxores habet? SO. au obsecro, unam illequidem hanc solam.
クレメース なんだって、アンティポン君には二人も妻がいるのか。ソフローナ まあなんてことを。お嬢さまだけですよ。
CHR. quid illam alteram quae dicitur cognata? SO. haec ergost. CHR. quid ais? 755
クレメース 親戚だというもう一人の娘はどうした。ソフローナ ああ、でもそれがお嬢さまですよ。クレメース 何を言っているんだ。
SO. composito factumst quo modo hanc amans habere posset
ソフローナ お嬢さまに惚れたアンティポンさんが持参金なしで彼女と結婚できるように、
sine dote. CHR. di vostram fidem, quam saepe forte temere
みんなで仕組んだんですよ。クレメース いやはや、どうなってるんだ。
eveniunt quae non audeas optare! offendi adveniens
望むべくもないことが次から次へと実現しているとは。家に帰ってみると
quicum volebam et ut volebam conlocatam gnatam.
娘が私の望みどおりの相手と望みどおりの結婚をしている所に出くわしたんだからねえ。
quod nos ambo opere maxumo dabamus operam ut fieret, 760
我々兄弟二人が苦労惨憺して実現しようとしたことを
sine nostra cura, maxuma sua cura solus fecit.
わしらの関与なしに、この女が一人で頑張って成し遂げていたとはな。
SO. nunc quid opus facto sit vide: pater adulescentis venit
ソフローナ それより今緊急に必要なことがあります。旦那様のお父様がいらっしゃいまして、
eumque animo iniquo hoc oppido ferre aiunt. CHR. nil periclist.
旦那様のことをとてもお怒りだそうです。クレメース もう心配はない。
sed per deos atque homines meam esse hanc cave resciscat quisquam.
だがあの子が私の娘であることに誰にも気付かれないようにしてくれたまえよ。
SO. nemo e me scibit. CHR. sequere me: intus cetera audietis. 765
ソフローナ それは私は大丈夫です。クレメース 付いて来なさい。なかで残りの話をするから。(クレメースとソフローナ、デミポンの家に入る)


V.II Demipho Geta

第五幕第二場 デミポン、ゲタ(ポルミオにお金が渡ったことが明らかになる場面)

(広場の方、右手からデミポンとゲタ、登場)

DEM. Nostrapte culpa facimus ut malis expediat esse,
デミポン 悪人が得をするのはわしらのせいだ。
dum nimium dici nos bonos studemus et benignos.
善人だの人格者だのと言われようと熱心になるからいけないのさ。
ita fugias ne praeter casam, quod aiunt. nonne id sat erat,
まったく「盗人に追い銭」という諺そのままじゃないか。
accipere ab illo iniuriam? etiam argentumst ultro obiectum,
あいつらにひどい仕打ちを受けただけで充分なのに、金までやって、
ut sit qui(=whereby) vivat dum aliud aliquid flagiti conficiat. 770
別の悪事をたくらむまでの食いぶちを確保してやったのさ。
GE. planissime. DEM. eis nunc praemiumst qui recta prava faciunt.
ゲタ そのとおりです。デミポン 正義をゆがめる者に褒美をやったようなものだ。
GE. verissime. DEM. ut stultissime quidem illi rem gesserimus.
ゲタ そのとおりです。デミポン わしらのこの件の処理の仕方は完全に失敗だったな。
GE. modo ut hoc consilio possiet discedi, ut istam ducat.
ゲタ 計画通りに進んでポルミオさんがあの女と結婚してくれさえすればいいんですが。
DEM. etiamne id dubiumst? GE. haud scio hercle, ut homost, an mutet animum.
デミポン それが心配なのか。ゲタ 本当に、相手が相手だけに、気が変わるかもしれませんよ。
DEM. hem mutet autem? GE. nescio; verum, si forte, dico. 775
デミポン 気が変わるだって? ゲタ 分かりません。でも、万が一のことがありますから。
DEM. ita faciam, ut frater censuit, ut uxorem eius huc adducam,
デミポン 兄貴が言ってたように、兄貴の奥さんをうちに連れてきて、
cum ista ut loquatur. tu, Geta, abi prae, nuntia hanc venturam.--
あの女に話をしてもらうことにするよ。ゲタ、お前は、先に行って、兄貴の奥さんが行くことを彼女に伝えてきてくれ(デミポン、クレメースの家に入る)。
GE. argentum inventumst Phaedriae; de iurgio siletur;
ゲタ(独白)パエドリアスに渡す金は出来た。訴訟の話はおさまった。
provisumst ne in praesentia haec hinc abeat: quid nunc porro?
当面はパニウム奥様がこの家から出ていく心配はなくなった。さあこれからどうするかな?
quid fiet? in eodem luto haesitas; vorsuram solves, 780
どうしたらいい? 困難が去ったわけではないから、借りを返す日はかならず来る。
Geta: praesens quod fuerat malum in diem abiit: plagae crescunt,
破局が先送りされただけだ。下手をするともっとひどい事になりかねないぞ。
nisi prospicis. nunc hinc domum ibo ac Phanium edocebo
とりあえずは中へ入ってパニウム奥様にとっくり言い聞かせておかないとな。
ne quid vereatur Phormionem aut eius orationem.
ポルミオさんが何を言っても何も心配はないって。


V.III Demipho Navsistrata

第五幕第三場 デミポン、ナウシストラータ(パニウムが自分の娘だったことをクレメースがデミポンに伝える場面)

DEM. Agedum, ut soles, Nausistrata, fac illa ut placetur nobis,
さあ、嫂(ねえ)さん、あの子がわしらの言うことを聞くように言ってきてくださいよ。
ut sua voluntate id quod est faciundum faciat. NA. faciam. 785
やるべきことを自分から進んでやるように言ってきてください。ナウシストラータ わかったわ。
DEM. pariter nunc opera me adiuves ac re dudum opitulata es.
デミポン さっきはお金を出して頂いて助けてもらいましたが、今度も一肌脱いで欲しいんです。
NA. factum volo. ac pol minus queo viri culpa quam me dignumst.
ナウシストラータ よろこんでしますわ。夫がしっかりしていたら、もっとちゃんとしたことが出来るんですけど。
DEM. quid autem? NA. quia pol mei patris bene parta indiligenter
デミポン どういうことですか。ナウシストラータ あの人は私の父の財産を
tutatur; nam ex eis praediis talenta argenti bina
ちゃんと守ってくれていないからです。父はあの土地から毎年2タラントの収益をあげて
statim capiebat: vir viro quid praestat! DEM. bina quaeso? 790
いましたのよ。同じ男なのにどうしてこんなに違いがあるのかしら。デミポン 2タラントですって?
NA. ac rebus vilioribus multo tamen duo talenta. DEM. hui.
ナウシストラータ それももっと物の値段が安かった頃の2タラントですわ。デミポン すごい。 
NA. quid haec videntur? DEM. scilicet-- NA. virum me natam vellem.
ナウシストラータ どう思います? デミポン 確かに・・・ ナウシストラータ わたしが男に生まれたらよかったですわ。
ego ostenderem-- DEM. certo scio. NA.--quo pacto-- DEM. parce sodes,
わたしが指図しますよ・・・ デミポン ・・・その通りです。ナウシストラータ どうすればいいかを・・・ デミポン 中の子と話をしてもらわないといけないから、その辺にしておいてください。
ut possis cum illa, ne te adulescens mulier defetiget.
あなたも若い女が相手では疲れるでしょうから。
NA. faciam ut iubes. sed meum virum ex te exire video. 795
ナウシストラータ 言われたとおりにしますわ。おや、うちの人がお宅から出てきますよ。

Navsistrata Chremes Demipho

CHR. Ehem Demipho,
クレメース(デミポンの家から出てきて) おい、デミポン、
iam illi datumst argentum? DEM. curavi ilico. CHR. nollem datum.
あいつにもう金を払ったのか。デミポン さっさと片付けてしまいましたよ。クレメース 払わなくてもよかったのに。 
ei, video uxorem: paene plus quam sat erat. DEM. quor nolles, Chreme?
(傍白)おや、家内がいるじゃないか。あやうく余計なことまで言うところだった。デミポン どうして払わなくていいんですか、兄さん。
CHR. iam recte. DEM. quid tu? ecquid locutu's cum istac quam ob rem hanc ducimus?
クレメース もういいんだ。デミポン 兄さんの方はどうなんですか。あの子にちょっとは話をしたんですか、お宅の奥さんに話しに行ってもらうわけを。
CHR. transegi. DEM. quid ait tandem? CHR. abduci non potest. DEM. qui non potest?
クレメース その件は一件落着したんだよ。デミポン で、あの子はどう言ってるんですか? クレメース 彼女は追い出せないよ。デミポン どうして追い出せないんですか?
CHR. quia uterque utrique est cordi. DEM. quid istuc(refert) nostra? CHR.magni. praeterhac 800
クレメース 二人は相思相愛だからさ。デミポン それがどうしたというんですか? クレメース そこが肝心なんだよ。それに
cognatam comperi esse nobis. DEM. quid? deliras. CHR. sic erit.
あの子はうちの親類だと分かったんだよ。デミポン どういうことですか? 頭がどうかしちゃったんですか? クレメース あれは事実だったんだよ。
non temere dico: redii mecum in memoriam. DEM. satin sanus es?
これは出鱈目で言ってるんじゃないよ。思い出したんだ。デミポン 兄さんは正気ですか?
NA. au obsecro, vide ne in cognatam pecces. DEM. non est. CHR. ne nega:
ナウシストラータ まあなんてことを。親類の女の子なら邪険にしてはいけませんわ。デミポン 親類じゃないですよ。クレメース いや、親類なんだ。
patris nomen aliud dictum est: hoc tu errasti. DEM. non norat patrem?
父親が別の名前を使っていたんだよ。お前はわかってないんだ。デミポン あの子は自分の父親を知らなかったのですか?
CHR. norat. DEM. quor aliud dixit? CHR. numquamne hodie concedes mihi 805
クレメース 知っていたよ。デミポン なんで別の名前だったんですか? クレメース(小声で)ここはわしに調子を合わせてくれないか。
neque intelleges? DEM. si tu nil narras? CHR. perdis. NA. miror quid hoc siet.
わかるだろ。デミポン(クレメースに傍白)分からないことばかり言うからですよ。クレメース(デミポンに傍白)お前にはもううんざりだよ。 ナウシストラータ いったい何の話をしているのかしら。
DEM. equidem hercle nescio. CHR. vin scire? at ita me servet Iuppiter,
デミポン 私もさっぱりわからない。クレメース(デミポンに)教えてやろうか。これは確かなことなんだが、
ut propior illi quam ego sum ac tu homo nemost. DEM. di vostram fidem,
わしとお前ほどあの娘と血のつながりの濃い人間はいないんだよ。デミポン いやはや、
eamus ad ipsam: una omnis nos aut scire aut nescire hoc volo. CHR. ah.
みんなで彼女に会いに行って、いっしょにこの事実が本当かどうか確かめましょう(デミポンの家に向かいかける)。クレメース(デミポンを止めて)それはだめだ。
DEM. quid est? CHR. itan parvam mihi fidem esse apud te? DEM. vin me credere? 810
デミポン どうしたんですか? クレメース お前はわしのことを信用出来ないのか。デミポン そんな話を信用しろというんですか?
vin satis quaesitum mi istuc esse? age, fiat. quid illa filia
このことについての質問は終わりにして欲しいのですか? いいですよ、そうしましょう。じゃあ、私たちの友人の
amici nostri(=tua filia)? quid futurumst? CHR. recte. DEM. hanc igitur mittimus?
娘のことは? あの子はどうするんです。クレメース 大丈夫だ。デミポン あの子はあきらめるのですか。
CHR. quidni? DEM. illa maneat? CHR. sic. DEM. ire igitur tibi licet,Nausistrata.
クレメース いいじゃないか。デミポン 彼女は出ていかなくていいのですね? クレメース いいんだ。デミポン じゃあ、嫂さん、あなたはもう行っていいですよ。
NA. sic pol commodius esse in omnis arbitror quam ut coeperas,
ナウシストラータ どうやら最初の計画は取りやめにして、あの子にはこのままいてもらう方が
manere hanc; nam perliberalis visast, quom vidi, mihi. 815
みんなにとってはいいみたいね。前に見た時あの子はなかなか育ちがよさそうだったしねえ(ナウシストラータ、家に入る)。
DEM. quid istuc negotist? CHR. iamne operuit ostium? DEM. iam. CHR. o Iuppiter,
デミポン ねえ、どうなってるんです? クレメース 戸はちゃんと閉まっているのか。デミポン 大丈夫です。クレメース ああ、よかった。
di nos respiciunt: gnatam inveni nuptam cum tuo filio. DEM. hem
助かったよ、わしの娘はお前の息子と結婚していることがわかったんだ。デミポン ええ!
quo pacto potuit? CHR. non satis tutus est ad narrandum hic locus.
どうしてそんなことがありえるんですか。クレメース それをここで話すのは危険だ。
DEM. at tu intro abi. CHR. heus ne filii quidem hoc nostri resciscant volo.
デミポン じゃあ中に入ってください。クレメース おい、息子たちにもこの事は気付かれたくはないんだよ。


V.IV Antipho

第五幕第四場 アンティポン(家へ帰る見込みがないと嘆く場面)

Laetus sum, utut meae res sese habent, fratri optigisse quod volt. 820
アンティポン(右手の広場から登場、独白)自分はどうなっていようとも、従兄弟の希望みが実現したのは喜ばしいことだ。
quam scitumst eius modi in animo parare cupiditates
やっぱりあいつみたいに、ちょっと面倒なことになっても簡単に
quas, quom res advorsae sient, paullo mederi possis!
解決出来るような望みを抱くようにするのが賢明だな。
hic simul argentum repperit, cura sese expedivit;
あいつは金ができると、すぐに悩みから解放された。
ego nullo possum remedio me evolvere ex his turbis
ところが僕はこのトラブルから抜け出すうまい手立てが全然見つからない。
quin, si hoc celetur, in metu, sin patefit, in probro sim. 825
隠していても不安だし、表沙汰になったら恥をかくだけのことだ。
neque me domum nunc reciperem ni mi esset spes ostenta
あの子と別れずに済むという見込みがはっきりするまでは。
huiusce habendae. sed ubinam Getam invenire possim, ut
僕は当分家には帰れそうにない。ところで、どこに行けばゲタに会えるんだろう、
rogem quod tempus conveniundi patris me capere iubeat?
いつ親父と会ったらいいか聞いてみたいんだが。


V.V Phormio Antipho

第五幕第五場 ポルミオ、アンティポン(ポルミオが二三日姿をくらます計画を明らかにする場面)

PHO. Argentum accepi, tradidi lenoni, abduxi mulierem,
ポルミオ(右側、広場から登場、独白) 私が受け取ったお金は置屋の主人に渡して、女性は身請けした。
curavi propria ut Phaedria poteretur; nam emissast manu. 830
これで彼女は晴れてパエドリアス君のものだ。彼女はもう自由の身だからな。
nunc una mihi res etiam restat quae est conficiunda, otium
私がさらにやるべき仕事はただ一つ。旦那方から姿をくらまして一杯やることだ。
ab senibus ad potandum ut habeam; nam aliquot hos sumam dies.
2,3日休ませてもらおう。
ANT. sed Phormiost. quid ais? PHO. quid? ANT. quidnam nunc facturust Phaedria?
アンティポン(独白)おや、ポルミオさんがいる。(ポルミオに)それでどうなりましたか? ポルミオ なんのことですか? アンティポン パエドリアスはこれから一体どうするつもりかということです。
quo pacto satietatem amoris ait se velle absumere?
どうやって彼は自分の恋を実らせるつもりなんでしょう?
PHO. vicissim partis tuas acturus est. ANT. quas? PHO. ut fugitet patrem. 835
ポルミオ あなたの役を今度は自分が演じるつもりなんですよ。アンティポン どういうことですか。ポルミオ 父親から逃げることです。
te suas(partis) rogavit rursum ut ageres, causam ut pro se diceres;
そしてあなたが今度は彼の役割を演じることを望んでいます。つまり彼の弁護をすることです。
nam potaturus est apud me. ego me ire senibus Sunium
彼は私の家に一杯やりに来ます。私は旦那方には、ゲタが先程言った新妻のための下女を
dicam ad mercatum, ancillulam(665) emptum dudum quam dixit Geta:
雇うためにスニウムの市場に行くと言うつもりです。
ne quom hic non videant me conficere credant argentum suom.
私の姿が見えないと、私が彼らの金を使ってしまうのではと旦那方に思われてはいけないので。
sed ostium concrepuit abs te. ANT. vide quis egreditur. PHO. Getast. 840
ところで、あんたの家の戸が開きますよ。アンティポン 誰が出てくるかな。ポルミオ ゲタです。


V.VI Geta Antipho Phormio

第五幕第六場 ゲタ、アンティポン、ポルミオ

GE. O Fortuna, o Fors Fortuna, quantis commoditatibus,
ゲタ(独白)おお、いまや全てが急にうまく行きだしたぞ。
quam subito meo ero Antiphoni ope vostra hunc onerastis diem--
うちのアンティポン坊ちゃんに突然天の助けが訪れた。
ANT. quidnam hic sibi volt? GE. --nosque amicos eius exonerastis metu!
アンティポン(ポルミオに) こいつは一体何を言っているんだろう。ゲタ(独白)もう俺たちにも坊ちゃんのお友達にも心配なことは何もなくなったぞ。
sed ego nunc mihi cesso qui non umerum hunc onero pallio
さあ、この出来事を坊ちゃんに知らせるために、マントを肩にかけて、
atque hominem propero invenire, ut haec quae contigerint sciat. 845
坊ちゃんを捜しに駆け出そう。
ANT. num tu intellegis quid hic narret? PHO. num tu? ANT. nil. PHO. tantundem ego.
アンティポン(ポルミオに)こいつの言っていることがあんたには分からないかい? ポルミオ あなたはどうです? アンティポン 全然。ポルミオ 私も同じですよ。
GE. ad lenonem hinc ire pergam: ibi nunc sunt. ANT. heus Geta! GE. em tibi:
ゲタ(独白)置屋の主人の所へ行こう。みんなは今あそこにいるはずだ。アンティポン おーい、ゲタ。ゲタ(振り返らずに)おい、またか。
num mirum aut novomst revocari, cursum quom institeris? ANT. Geta.
どこかへ駆け出すといつも呼び止められるんだよ。アンティポン ゲタ!
GE. pergit hercle. numquam tu odio tuo me vinces. ANT. non manes?
ゲタ まだやってるよ。いくらしつこくしても俺は負けないからな。アンティポン 止まれよ。
GE. vapula. ANT. id quidem tibi iam fiet nisi resistis. verbero. 850
ゲタ くたばれ。アンティポン 止まらないとひどい目に合わすぞ、この野郎!
GE. familiariorem oportet esse hunc: minitatur malum.
ゲタ これは身内に違いない。ひどい目に合わすだなんて。
sed isne est quem quaero an non? ipsust, congredere actutum. ANT. quid est?
俺が探してる人じゃないのか?(振り返って)ご本人だ。はやくこっちへ来て下さい。アンティポン なんだよ。
GE. omnium quantumst qui vivont hominum homo ornatissime!
よっ、三国一の果報者!
nam sine controvorsia ab dis solus diligere, Antipho.
あなたは掛け値なしに運がいい人ですね、アンティポン坊ちゃん。
ANT. ita velim; sed qui istuc credam ita esse,mihi dici velim. 855
アンティポン そうだといいんだけど。どうして僕がお前の言うことを信用できるっていうんだよ。
GE. satine est si te delibutum gaudio reddo? ANT. enicas.
ゲタ これから坊ちゃんを幸せで有頂天にしてさしあげたら信用して頂けるんですか? アンティポン お前にはうんざりだよ。
PHO. quin tu hinc pollicitationes aufer et quod fers cedo. GE. oh
ポルミオ 思わせぶりはもういいから、はやく用件を言え。ゲタ ああ、
tu quoque aderas, Phormio? PHO. aderam. sed tu cessas. GE. accipe, em:
あなたもご一緒でしたか、ポルミオさん。ポルミオ そうだ。えらく気を持たせるじゃないか。ゲタ 聞いて下さい。ほらっ、
ut modo argentum tibi dedimus apud forum, recta domum
うちのものが広場であなたにお金をさしあげたあとで、みんなはまっすぐ家に
sumus profecti; interea mittit erus me ad uxorem tuam. 860
帰りました。その間に、あっしは大旦那さまの御命令で坊ちゃんの奥様の所へ行ったんです(777)。
ANT. quam ob rem? GE. omitto proloqui; nam nil ad hanc rem est, Antipho.
アンティポン なんのために。ゲタ それは省略しましょう。問題はそのことじゃないんです、坊ちゃん。
ubi in gynaeceum ire occipio, puer ad me adcurrit Mida,
あっしが奥の部屋に入ろうとすると、ミダという小間使いが駆け寄ってきて、
pone(adv.) reprendit pallio, resupinat: respicio, rogo
後ろからマントを掴んで引き戻すのです。振り返って何で引き止める
quam ob rem retineat me: ait esse vetitum intro ad eram accedere.
のか聞いたところ、その子が言うには、「奥様の部屋へは近づけませんよ。
"Sophrona modo fratrem huc" inquit "senis introduxit Chremem" 865
乳母のソフローナさんが大旦那さまのお兄さまのクレメースさんをここにお連れしたので、
eumque nunc esse intus cum illis. hoc ubi ego audivi, ad fores
クレメースさんがご一緒に中におられます」と言うんだ。これを聞いてあっしは、扉のところまで
suspenso gradu placide ire perrexi,accessi,astiti,
爪先立ちでそっと近づい行って、戸の傍(そば)に立って、
animam compressi, aurem admovi: ita animum coepi attendere,
息を潜めて、耳を押し当てました。そうやって注意を集中して、
hoc modo sermonem captans. PHO. eu Geta! GE. hic pulcherrimum
中の話に聞き耳を立てたんです。ポルミオ うまいぞ、ゲタ! ゲタ そこですごい
facinus audivi: itaque paene hercle exclamavi gaudio. 870
事を聞いたんですよ。もうちょっとでバンザイって言うところでした。
ANT. quod? GE. quodnam arbitrare? ANT. nescio. GE. atqui mirificissimum:
アンティポン どんな事だよ。ゲタ 一体どんな事だと思いますか? アンティポン わからない。ゲタ いやもう驚きますよ。
patruos tuos est pater inventus Phanio uxori tuae. ANT. hem
坊ちゃんの伯父さんが坊ちゃんの奥様のお父様だと分かったんですよ。アンティポン ええっ、
quid ais? GE. cum eius consuevit olim matre in Lemno clanculum.
何を言ってるんだ? ゲタ 伯父さんはむかし奥様の母親になる人とレムノス島でこっそり暮らしていたんです。
PHO. somnium! utine(=ut+ne) haec ignoraret suom patrem? GE. aliquid credito,
ポルミオ まさか! 彼女はどうして自分の父親を知らなかったんだい? ゲタ それは何か
Phormio, esse causae. sed censen me potuisse omnia 875
わけがあったんでしょう、ポルミオさん。でも、扉の外にいて
intellegere extra ostium intus quae inter sese ipsi egerint?
中でこそこそ話していることを全部正確に聞き取れると思いますか?
ANT. atque ego quoque inaudivi illam fabulam. GE. immo etiam dabo
アンティポン(傍白)その話ならぼくも噂さで聞いたことがある。ゲタ もちろん
quo mage credas: patruos interea inde huc egreditur foras:
もっと信用できる事がありますよ。そのうちクレメースさんは外に出て行かれて、
haud multo post cum patre idem recipit se intro denuo:
すぐに坊ちゃんのお父さんといっしょにまた中に入ってこられたんです。
ait uterque tibi potestatem eius adhibendae dari. 880
そのとき二人は彼女を坊ちゃんの奥様のままにしようと仰ったんです。
denique ego sum missus te ut requirerem atque adducerem. ANT. em
最後にあっしが呼ばれまして、坊ちゃんを連れてくるように言われたんです。アンティポン へえ、
quin ergo rape me: quid cessas? GE. fecero. ANT. heus Phormio,
じゃあ、連れってくれよ。何をぐずぐずしてるんだよ? ゲタ いきましょう。アンティポン じゃあ、ポルミオさん、
vale. PHO. vale, Antipho. bene, ita me di ament, factum: gaudeo.
ごきげんよう。ポルミオ ごきげんよう、アンティポンさん。本当によかったですね。おめでとう。


V.VII Phormio

第五幕第七場 ポルミオ(ポルミオが作戦を変更する場面)

Tantam fortunam de improviso esse his datam!
ポルミオ(独白)あの人達にこんな思いがけない幸運が舞い込むとはねえ!
summa eludendi occasiost mihi nunc senes 885
これは旦那方を騙すのには絶好の機会だ。
et Phaedriae curam adimere argentariam,
パエドリアス君から金の心配を取り除いて
ne quoiquam suorum aequalium supplex siet.
仲間の誰かに頼み込まなくてもいいようにしてやれるぞ。
nam idem hoc argentum, ita ut datumst, ingratiis
こんどの金は彼に対して仕方なく与えられたものだが、
ei datum erit: hoc qui cogam re ipsa repperi.
返すことはないんだ。そうする方法をこの状況から見つけたぞ。
nunc gestus mihi voltusque est capiundus novos. 890
さあ、いまから新しい顔、新しい振舞いをしなければならない。
sed hinc concedam in angiportum hoc proxumum,
ところで、この近くの通りに身を潜めて、
inde hisce ostendam me, ubi erunt egressi foras.
あとで旦那方が出てきた時までそこに隠れていよう。
quo me adsimularam ire ad mercatum, non eo.
スニウムに商売に行く振りをするつもりだったが、やめておこう(右手へ退場)。


V.VIII Demipho Chremes Phormio

第五幕第八場 デミポン、クレメース、ポルミオ(デミポンたちがポルミオに返金を要求する場面)

(デミポンとクレメースがデミポンの家から登場)

DEM. Dis magnas merito gratias habeo atque ago
デミポン 兄さん、当然のこととは言え、本当によかったですねえ。
quando evenere haec nobis, frater, prospere. 895
この問題がめでたく一件落着しましたからねあ。
quantum potest nunc conveniundust Phormio,
いまは何とか急いでポルミオ君に会わないといけない。
prius quam dilapidat nostras triginta minas
わしらの30ミナを彼が使ってしまう前に
ut auferamus. PHO. Demiphonem si domist
彼から取り返すないと。ポルミオ デミポンさんが家にいるか見てみよう・・・
visam ut quod-- DEM. at nos ad te ibamus, Phormio.
デミポン わしらもあんたの所へ行くところだったんだ、ポルミオ君。
PHO. de eadem hac fortasse causa? DEM. ita hercle. PHO. credidi. 900
ポルミオ まだあの件についてですか? デミポン もちろんそうだ。ポルミオ そんなことだと思いましたよ。
quid ad me ibatis? DEM. ridiculum. PHO. verebamini
それでどんな用件ですか。デミポン しらばっくれるじゃないか。ポルミオ 私が約束した
ne non id facerem quod recepissem semel?
ことを果たさないとでも思ったんですか?
heus quanta quanta haec mea paupertas est, tamen
どんなに私が貧乏だといっても、
adhuc curavi unum hoc quidem, ut mi esset fides.
人との約束は破らないようにだけはしてきました。
CHR. estne ita uti dixi liberalis? DEM. oppido. 905
クレメース(デミポンに)この人はわしが言った通りジェントルマンだろ。デミポン まったくそうですね。
PHO. idque ad vos venio nuntiatum, Demipho,
ポルミオ だから、デミポンさん、私は用意が出来たことを
paratum me esse: ubi voltis, uxorem date.
お知らせにお二人の所に行くところだったんです。いつでもそちらのよろしい時に、花嫁をお引き渡し下さい。
nam omnis posthabui mihi res, ita uti par fuit,
当然のことながら、私は他の仕事は全部キャンセルしましたよ。
postquam id tanto opere vos velle animum advorteram.
あなた達がこの結婚を真剣に願っておられることがわかりましたから。
DEM. at hic dehortatus est me ne illam tibi darem. 910
デミポン ところが、この人は彼女をあんたにやることはないと言っているんだ。
"nam qui erit rumor populi" inquit "si id feceris?
「だって、そんなことしたらどんな評判が立つだろう」と言うんだ。
olim quom honeste potuit, tum non est data.
「彼女を公明正大に嫁に出せる時にそうせずに、
eam nunc extrudi turpest." ferme eadem omnia
いまになって彼女を追いだすのは外聞が悪い」と。これは
quae tute dudum coram me incusaveras.
あなたがまさに以前私に向かって言ったことと同じですよ。
PHO. satis superbe inluditis me. DEM. qui? PHO. rogas? 915
ポルミオ 私をからかうのもいい加減にしてくださいよ。デミポン どうしてだ。ポルミオ おわかりでしょう。
quia ne alteram quidem illam potero ducere.
私はもう一人の女性とはもう結婚出来ないんですよ。
nam quo redibo ore ad eam quam contempserim?
だって、いったん退けた女性のもとに私はどの面下げて戻れますか。
CHR. "tum autem Antiphonem video ab sese amittere
クレメース(デミポンだけに) こう言え「でもうちのアンティポンが彼女を追い出すのは
invitum eam" inque. DEM. tum autem video filium
嫌だと言っているんだ」と。デミポン でもうちの息子が
invitum sane mulierem ab se amittere. 920
新妻を追い出すのは嫌だと言っているんですよ。
sed transi sodes ad forum atque illud mihi
それより頼むから、広場に行ってあの金を私の口座に返すように
argentum rursum iube rescribi, Phormio.
手続きしてくれないか、ポルミオさん。
PHO. quodne ego discripsi porro illis quibus debui?
ポルミオ それは私が借金取りに払ってしまった金のことですか。
DEM. quid igitur fiet? PHO. si vis mi uxorem dare
デミポン それじゃあ、どうするんです。ポルミオ あなたが約束した
quam despondisti, ducam; sin est ut velis 925
女性を私の妻にくれるつもりがおありなら、私が頂きます。そうではなくて、
manere illam apud te, dos hic maneat, Demipho.
その女性があなたの家に留まることをあなたが望むなら、持参金はもう返しませんよ、デミポンさん。
nam non est aequom me propter vos decipi,
私はあなたのために騙されるわけには行きません。
quom ego vostri honoris causa repudium alterae
私は同じだけの持参金を出すという別の女性との婚約を
remiserim, quae dotis tantundem dabat.
あなたの名誉のために破談にしたんですからね。
DEM. in' hinc malam rem cum istac magnificentia, 930
デミポン ホラを吹くのもいいかげんにしろ。この悪党め。
fugitive? etiamnunc credis te ignorarier
お前がどんな人間か、何をやっているかは
aut tua facta adeo? PHO. irritor. DEM. tune hanc duceres
もうわかってるんだぞ。ポルミオ こちらの我慢にも限度がありますよ。デミポン うちの娘をあんたに引き渡したら、あんたは
si tibi daretur? PHO. fac periclum. DEM. ut filius
本当にあの子と結婚するのか。ポルミオ 試してみてくださいよ。デミポン うちの息子と
cum illa habitet apud te? hoc vostrum consilium fuit?
あの娘をあんたの家に住まわせるのがお前の計画だったんだろう。
PHO. quaeso quid narras? DEM. quin tu mi argentum cedo. 935
ポルミオ いったい何を言い出すんですか。デミポン とにかくわしに金を返せ。
PHO. immo vero uxorem tu cedo. DEM. in ius ambula.
ポルミオ だめです。とにかく結婚させて下さいよ。デミポン 告訴したらいい。
PHO. enimvero si porro esse odiosi pergitis--
ポルミオ もちろんですよ。あなた達がそういう非友好的な態度を取り続けるなら・・・、
DEM. quid facies? PHO. egone? vos me indotatis modo
デミポン どうするっていうんだ。ポルミオ 聞きたいですか? 私はねえ、
patrocinari fortasse arbitramini:
貧乏な女性だけを助けるように思われてるかもしれませんが、
etiam dotatis soleo. CHR. quid id nostra? PHO. nihil. 940
金持ちの奥さんもお助けしてるんですよ。クレメース それがわしらと何の関係がある? ポルミオ 関係はないですよ。
hic quandam noram quoius vir uxorem-- CHR. hem. DEM. quid est?
私がここで知っているある奥さんの旦那さんにはねえ・・ クレメース ふん。デミポン 何だ?
PHO.--Lemni habuit aliam-- CHR. nullus sum. PHO. --ex qua filiam
ポルミオ ・・レムノス島に別の奥さんがいましてねえ・・ クレメース くそ。ポルミオ ・・その女性との間に娘が生まれましてね、
suscepit; et eam clam educat. CHR. sepultus sum.
それでその子をこっそり育てたんですよ。クレメース やられた。
PHO. haec adeo ego illi iam denarrabo. CHR. obsecro,
ポルミオ まさにこの話をその奥さんに今から話そうと思うんです。クレメース 頼むから
ne facias. PHO. oh tune is eras? DEM. ut ludos facit! 945
やめてくれ。ポルミオ ええ! その旦那さんとはあなたでしたか? デミポン(クレメースに)こいつは出任せを言ってるんですよ。
CHR. missum te facimus. PHO. fabulae! CHR. quid vis tibi?
クレメース(ポルミオに)あんたにはもう用がない。ポルミオ ご冗談を。クレメース 何が欲しいんだ?
argentum quod habes condonamus te. PHO. audio.
あんたに渡した金はそのまま取っておきなさい。ポルミオ いいですよ。
quid vos, malum, ergo me sic ludificamini
まったく、あんたたちという人たちは愚かな人たちだ。
inepti vostra puerili sententia?
人をこんな風に小突き回して
nolo,volo; volo,nolo rursum; cape,cedo; 950
、するなと言い、しろと言う。それがまたするなと言う。受け取れと言い、返せと言い、
quod dictum indictumst; quod modo erat ratum inritumst.
言ったことは言わなかったことにして、取り決めたことは取り消す。まったくガキのすることじゃないですか(退場)。
CHR. quo pacto aut unde hic haec rescivit? DEM. nescio;
クレメース あいつはこの話をどこから聞きつけて来たんだろ? デミポン 分かりませんな。
nisi me dixisse nemini certo scio.
わたしは誰にも言っていません。これは確かです。
CHR. monstri, ita me di ament, simile. PHO. inieci scrupulum. DEM. hem
クレメース 絶対おかしいよ。ポルミオ(傍白)動揺しているようだな。デミポン おい、
hicine ut a nobis hoc tantum argenti auferat 955
あの男はあんな大金をわしらからせしめて、その上
tam aperte inridens? emori hercle satius est.
わしらを人前で笑いものにしたんですよ。こんな目にあっておめおめと生きていられますか?
animo virili praesentique ut sis para.
兄さんは気持ちをしっかり持ってくださいよ。
vides peccatum tuom esse elatum foras
ご覧のように、あなたの浮気はもう表沙汰になったんです。
neque iam id celare posse te uxorem tuam:
もうこの事実をあなたは奥さんに隠すことはできないんですよ。
nunc quod ipsa ex aliis auditura sit, Chreme, 960
兄さん、この事実を奥さんが人から聞くより、
id nosmet indicare placabilius est.
私たちの口から聞くほうが、まだ奥さんが許してくれる可能性が高いですよ。
tum hunc impuratum poterimus nostro modo
そうなればあの卑劣漢に対して私たちは思う存分
ulcisci. PHO. attat nisi mi prospicio, haereo.
仕返しが出来ますよ。ポルミオ(戻ってきて、傍白) おいおい、うっかりしていると足をすくわれるぞ。 
hi gladiatorio animo ad me adfectant viam.
やつらは自暴自棄になって襲ってくるぞ。
CHR. at vereor ut placari possit. DEM. bono animo es: 965
クレメース しかし、家内は許してくれるかね。デミポン 大丈夫ですよ。
ego redigam vos in gratiam, hoc fretus, Chreme,
お宅らの仲直りはわたしにまかせて下さいよ、兄さん。
quom e medio excessit unde haec susceptast tibi.
あの子の母親はもう亡くなっているという事実を利用するんです。
PHO. itane agitis mecum? satis astute adgredimini.
ポルミオ 私はあなた達からそんな待遇を受けるのですか。それではあまりに卑怯ですね。
non hercle ex re istius me instigasti, Demipho.
デミポンさん、あなたが私を怒らせるようなことをするのは絶対にこの人のためにはなりませんよ。
ain tu? ubi quae lubitum fuerit peregre feceris 970
(クレメースに)どうなんですか。あなたは海外で好き放題をして、
neque huius sis veritus feminae primariae
こちらの素敵な奥さんを前代未聞のやり方でないがしろに
quin novo modo ei faceres contumeliam,
して憚らなかったというのに、いまあなたは奥さんに頼み込んで
venias(<venio) nunc precibus lautum peccatum tuom?
ご自分の悪事を水に流してもらおうとする積りなんですか?
hisce ego illam dictis ita tibi incensam dabo
私は奥さんがあなたに激怒するようにこの事を言ってあげますよ。
ut ne restinguas lacrumis si exstillaveris. 975
あなたがどんなに泣きついても決して怒りが収まらないようにね。
DEM. malum quod(indef.) isti(D.) di deaeque omnes duint!
デミポン 馬鹿なことを言うもんじゃない。
tantane adfectum quemquam esse hominem audacia!
世の中にこんな面の皮の厚い奴がいるとは信じられん。
non hoc publicitus scelus hinc asportarier
こんなごろつきが無人島送りになっていないの
in solas terras! CHR. in id redactus sum loci
がおかしいくらいだ。クレメース(デミポンに)わしにはもうこの男を
ut quid agam cum illo nesciam prorsum. DEM. ego scio: 980
どうしたらいいのかわからんよ。デミポン 私に任せてください。
in ius eamus. PHO. in ius? huc, si quid lubet.
(ポルミオに)裁判所に行こう。ポルミオ 裁判所に? じゃあ、ここの裁判所に行きましょう。(クレメースの家に向かう)。
CHR. adsequere, retine dum ego huc servos evoco.
クレメース(デミポンに)こいつを追いかけて引き止めてくれ。わしは召使を呼ぶから(デミポンの家に向かう)。
DEM. enim nequeo solus: accurre. PHO. una iniuriast
デミポン(ポルミオを止めようとして、クレメースに)一人じゃ無理だ。手を貸してください。ポルミオ あなたを暴行罪で訴えますよ。
tecum. DEM. lege agito ergo. PHO. alterast tecum, Chreme.
デミポン いいぞ、訴えろ。ポルミオ クレメースさん、あなたもですよ。
CHR. rape hunc. PHO. sic agitis? enimvero vocest opus: 985
クレメース(召使に)こいつを取り押さえろ。ポルミオ これがあなた達のやり方ですか。いいでしょう。それなら口を使うまでです。
Nausistrata, exi! CHR. os opprime. impurum vide
奥さん、奥さん、出てきて下さい。クレメース 口を抑えろ。この野郎!
quantum valet. PHO. Nausistrata! inquam. DEM. non taces?
なんて力が強いんだ。ポルミオ 奥さん、聞こえますか。デミポン 貴様黙らんか。
PHO. taceam? DEM. nisi sequitur, pugnos in ventrem ingere.
ポルミオ 黙れですって? デミポン(召使に)言うことを聴かないなら、腹に一発お見舞いしろ。
PHO. vel oculum exclude: est ubi vos ulciscar probe.
ポルミオ なんなら目の玉を繰り抜いてもかまいませんよ。このお返しはお二人にたっぷりさせてもらいますから。


V.IX Navsistrata Chremes Demipho Phormio

第五幕第九場 ナウシストラータ、クレメース、デミポン、ポルミオ

NA. Qui nominat me? hem quid istuc turbaest, obsecro, 990
ナウシストラータ 私を呼ぶのは誰ですか。(クレメースに)まあ、この騒ぎは何ですの、
mi vir? PHO. ehem quid nunc obstipuisti? NA. quis hic homost?
あなた? ポルミオ(クレメースに)おや、急に口がきけなくなったんですか? ナウシストラータ この人は誰ですか?
non mihi respondes? PHO. hicine ut tibi respondeat,
答えてはくださらないの? ポルミオ この人がどうしてあなたに答えられるでしょうか? 
qui hercle ubi sit nescit? CHR. cave isti quicquam creduas.
いま自分がどこにいるかも皆目わからなくなっているというのに。クレメース こ、こいつの言うことを信じてはならんぞ。
PHO. abi, tange: si non totus friget, me enica.
ポルミオ 奥さん、ご主人に触ってご覧なさい。きっと全身がガタガタ震えておられますよ。
CHR. nil est. NA. quid ergo? quid istic narrat? PHO. iam scies: 995
クレメース(ナウシストラータに)大したことじゃないんだ。ナウシストラータ(クレメースに)どうしたんです。この人は何を言っているんですか。ポルミオ(ナウシストラータに)いま分かります。
ausculta. CHR. pergin credere? NA. quid ego obsecro
よく聞いて下さい。クレメース(ナウシストラータに)こいつの言うことを信じるのか?ナウシストラータ ねえ、私がこの人の
huic credam, qui nil dixit? PHO. delirat miser
何を信じるのですか。まだ何も言ってないのに。ポルミオ(ナウシストラータに)お可哀想に、この人は恐怖で
timore. NA. non pol temerest quod tu tam times.
頭がどうかしてるんです。ナウシストラータ(クレメースに)きっと何かあるんですね、あなたがそんなに恐がるなんて。
CHR. egon timeo? PHO. recte sane. quando nil times,
クレメース わしが恐がっているだって? ポルミオ ごもっとも。あなたが何も恐れていないで、
et hoc nil est quod ego dico, tu narra. DEM. scelus, 1000
私が言おうとしていることも大したことではないというのなら、ご自分でおっしゃって下さい。デミポン(ポルミオに)馬鹿野郎、
tibi narret? PHO. ohe tu, factumst abs te sedulo
お前の代わりに話したりするもんか。ポルミオ(デミポンに)もう充分ですよ、あなたはお兄さんのために
pro fratre. NA. mi vir, non mihi narras? CHR. at-- NA. quid "at"?
精一杯なさいました。ナウシストラータ(クレメースに)あなた、私にはおっしゃってくださらないの? クレメース でもなあ。ナウシストラータ 何が「でもなあ」ですの?
CHR. non opus est dicto. PHO. tibi quidem; at scito huic opust.
クレメース 言う必要はないんだよ。ポルミオ(クレメースに)あなたには必要はなくても、奥さんは知る必要があるんですよ。
in Lemno-- DEM. hem quid ais? CHR. non taces? PHO. --clam te-- CHR. ei mihi!
レムノス島で・・ デミポン(ポルミオに)こら、何を言うんだ? クレメース(ポルミオに)黙らないか。ポルミオ あなたに内緒で・・クレメース 畜生!
PHO. --uxorem duxit. NA. mi homo, di melius duint! 1005
ポルミオ 結婚していたんです。ナウシストラータ(クレメースに)あなた、どういうことなの。
PHO. sic factumst. NA. perii misera! PHO. et inde filiam
ポルミオ これは事実です。ナウシストラータ そんな馬鹿なことが。ポルミオ おまけに娘さんも
suscepit iam unam, dum tu dormis. CHR. quid agimus?
一人作られました。あなたが何も知らない間にね。クレメース どうすればいいんだ。
NA. pro di inmortales, facinus miserandum et malum!
ナウシストラータ まあひどいことを、何という情けないことをしてくれたの!
PHO. hoc actumst. NA. an quicquam hodiest factum indignius?
ポルミオ もう手遅れです。ナウシストラータ こんなみっともないことがあるかしら。
qui mi, ubi ad uxores ventumst, tum fiunt senes! 1010
そんなことをしていながら、この人は妻の所に帰ってきた時は年寄りの振りをするんですからね。
Demipho, te appello. nam cum hoc ipso distaedet loqui.
デミポンさん、もうこの人とは口を聞きたくないから、あなたにお話ししますわ。
haecin erant itiones crebrae et mansiones diutinae
何度も旅に出て長い間帰って来なかったのはこういうことだったのね。
Lemni? haecin erat ea quae nostros minuit fructus vilitas?
あれはレムノス島に行っていたのね。土地の値打ちが下がって私の稼ぎが減ってしまったのはこういうことだったのね。
DEM. ego, Nausistrata, esse in hac re culpam meritum non nego.
デミポン 奥さん、この件でこの人が悪いことは私も否定しませんよ。
sed ea quin sit ignoscenda? PHO. verba fiunt mortuo. 1015
でも、許してあげてくれませんか。ポルミオ(傍白)なんと空虚に響く言葉だろう。
DEM. nam neque neglegentia tua neque odio id fecit tuo.
デミポン だって、あなたが嫌いだからでもあなたを蔑ろにしていたからでもないんですよ。
vinolentus fere abhinc annos quindecim mulierculam
酒の上の過ちから15年前にある女性との間に
eam compressit unde haec natast; neque postilla umquam attigit.
あの娘が生まれたんです。そのあとは二度とないし、
ea mortem obiit, e medio abiit qui fuit in re hac scrupulus.
その女性も亡くなりましたから、この問題でもうお怒りになる原因は取り除かれました。
quam ob rem te oro, ut alia facta tua sunt, aequo animo hoc feras. 1020
だからお願いです、いつものあなたらしく、この問題を冷静に受け止めてください。
NA. quid ego aequo animo? cupio misera in hac re iam defungier;
ナウシストラータ どうして私が冷静に受け止められますか。私はもうこうした事にはけりをつけたいんです。
sed quid sperem? aetate porro minus peccaturum putem?
でも、そんな望みがどこにあるでしょう。この人が年をとれば道楽をやめると期待できるでしょうか。
iam tum erat senex, senectus si verecundos facit.
年をとると品行方正になるとしても、あの人は当時すでに年をとっていたのですよ。
an mea forma atque aetas nunc magis expetendast, Demipho?
それとも、私の容姿が年とともによくなると期待できるとでもいうのですか、デミポンさん?
quid mi hic adfers quam ob rem exspectem aut sperem porro non fore? 1025
こんなことはもう二度とないと思えるような理由をあなたは今ここで示すことが出来るのですか。
PHO. exsequias Chremeti quibus est commodum ire, em tempus est.
ポルミオ(大声で)クレメースの葬式に参列されたい人たちよ! 葬式は今から始まるぞ。
sic dabo: age nunc, Phormionem qui volet lacessito:
これが私のやり方だ。さあ、誰でもポルミオに挑戦してみよ!
"faxo tali sum(=eum arch.) mactatum atque hic est infortunio."
そいつには今こいつが味わった不幸を味わせてやろう!
redeat sane in gratiam iam: supplici satis est mihi.
(声を和らげて)さあもうこの人を仲直りさせてあげましよう。罰はもう充分です。
habet haec ei quod, dum vivat, usque ad aurem ogganniat. 1030
奥さんはこの人を死ぬまでギャフンと言わせられる材料を手に入れました。
NA. at meo merito credo. quid ego nunc commemorem, Demipho,
ナウシストラータ でもこうなったも私の自業自得なのですわ。デミポンさん、
singulatim qualis ego in hunc fuerim? DEM. novi aeque omnia
私がこの人にどれだけ尽くしてきたか、今から数え上げてみましょうか。デミポン お嫂さんが尽くしてこられた事はすべて私が知っています。
tecum. NA. merito hoc meo videtur factum? DEM. minime gentium.
ナウシストラータ あなたは私の自業自得だと思っているのでしょう? デミポン そんなことはありません。
verum iam, quando accusando fieri infectum non potest,
でも、今更責めたところでなかった事には出来ませんから、
ignosce: orat,confitetur,purgat: quid vis amplius? 1035
許してやってください。彼も罪を認めて謝っています。あなたの慈悲にすがっているのです。これ以上何を求めるのですか?
PHO. enimvero prius quam haec dat veniam, mihi prospiciam et Phaedriae.
ポルミオ(傍白)彼女がこの人を許すまえに、自分とパエドリアス君の利益を確保しておこう。
heus Nausistrata, prius quam huic respondes temere, audi. NA. quid est?
あのう、奥さん、慌ててお答えになる前に、聞いて下さい。ナウシストラータ なんでしょう。
PHO. ego minas triginta per fallaciam ab illoc abstuli.
ポルミオ 私はこの人をペテンにかけて30ミナを奪いとって、
eas dedi tuo gnato. is pro sua amica lenoni dedit.
それをお宅の坊ちゃんに差し上げたんですよ。坊ちゃんはその金を置屋の主人に支払ってご自分の恋人を身請けされました。
CHR. hem quid ais? NA. adeo hoc indignum tibi videtur, filius 1040
クレメース えっ、あんたは何言ってんだ。ナウシストラータ(クレメースに)これをあなたはけしからんと言うのですか?
homo adulescens si habet unam amicam, tu uxores duas?
あなたは二人も妻がいたくせに、若い盛りのあの子の恋人は一人しかいないというのに。
nil pudere! quo ore illum obiurgabis? responde mihi.
この恥知らず。どんな顔をしてあなたはあの子を叱れるのですか? 答えて下さい。
DEM. faciet ut voles. NA. immo ut meam iam scias sententiam,
デミポン(ナウシストラータに)彼はあなたの言いなりですよ。ナウシストラータ(クレメースに)いいえ。私の気持ちを今あなたに聞いてもらいます。
neque ego ignosco neque promitto quicquam neque respondeo
私は息子に会うまでは、あなたを許さなしし、
prius quam gnatum videro: eius iudicio permitto omnia: 1045
何の約束もしない。何を言われても返事もしませんわ。すべてを許すかどうかは息子の判断次第です。
quod is iubebit faciam. PHO. mulier sapiens es, Nausistrata.
私はあの子の言うとおりにします。ポルミオ 奥さん、あなたは懸命な女性です。
NA. satis tibin est? CHR. immo vero pulchre discedo et probe
ナウシストラータ(クレメースに)あなたはこれで満足でしょう? クレメース それどころか、わしは助かったよ。これなら申し分ない。
et praeter spem. NA. tu tuom nomen dic quid est. PHO. mihin? Phormio:
まったく予想外だよ。ナウシストラータ(ポルミオに)あなた、あなたの名前はなんというのですか。ポルミオ 私ですか。ポルミオといいます。
vostrae familiae hercle amicus et tuo summus Phaedriae.
あなたのご家族の友人、とくにパエドリアス坊ちゃんの親友です。
NA. Phormio, at ego ecastor posthac tibi quod potero, quae voles 1050
ナウシストラータ ポルミオさん、これからは私の言うこともなすことも出来るだけあなたの
faciamque et dicam. PHO. benigne dicis. NA. pol meritumst tuom.
願いが叶えられるようにさせていただきますわ。ポルミオ それはご親切に。ナウシストラータ それは至極当然のことですわ。
PHO. vin primum hodie facere quod ego gaudeam, Nausistrata,
ポルミオ では奥さん、手始めに今日は私が喜ぶようなこと、
et quod tuo viro oculi doleant? NA. cupio. PHO. me ad cenam voca.
同時にあなたのご主人が見て辛くなるようなことをして下さいませんか。ナウシストラータ よろこんで。ポルミオ 私を夕食に招待して下さい。
NA. pol vero voco. DEM. eamus intro hinc. NA. fiat. sed ubist Phaedria
ナウシストラータ きっとご招待しますわ。デミポン(ナウシストラータに)では、私たちは中へ入りましょう。ナウシストラータ わかりました。でも私たちの運命を決めるパエドリアスはどこですか。
iudex noster? PHO. iam hic faxo aderit. CANTOR vos valete et plaudite!
ポルミオ すぐにここに来られるようにわたしが手配しましょう。全員 では、みなさんごきげんよう、拍手を!(デミポンとナウシストラータとクレメースはクレメースの家に入り、デミポンは広場に向かう)




Terence's text from The Latin Library, adapted to the new Loeb version.

参考文献 TERENCE EDITED AND TRANSLATED BY JOHN BARSBY (HARVARD UNIVERSITY PRESS 2001),
TERENCE THE COMEDIES TRANSLATED BY BETTY RACICE (PENGUIN CLASSICS 1965),
Terence's Comedies(Google eブックス)2 Samuel Patrick Gilbert and Hodges, 1810 
Aelii Donati in Phormione Terenti commentum
Ausgewählte Komödien des P. Terentius Afer zur Einführung in die Lektüre 2
Elementary Latin Dictionary and A Latin Dictionary in Perseus.





Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2011.11.25 - 12.4

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