『枕草子』(伝烏丸光広)




 底本は伝烏丸光広(古典文庫)。 上巻の上下を欠き、下巻の上下のみ。三巻本二類に分類されている。

 二類というと一類より劣っているような印象があり、また学者はそう考えているが、実は一類より分かりやすいテキストを伝えている場合がある。何の価値でも自分で判断するのが大切なのでここにあげた次第である。

旺文社文庫版と比べて、<>の中が底本に加へる文字。[]の中が底本から除く文字。< >内を除くと、伝烏丸光広のテキストになる。()内は振り仮名。

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下巻の上(第127~218段.143段の次に「一本」1~28段あり)
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127 :132:(能135):二月、官の司に

 二月、官の司に定考(かうぢやう)といふことすなる、何事にかあらむ。孔子(くじ)などかけたてまつりてすることなるべし。聡明(そうめ)とて、上にも 宮にも、あやしきもののかたなど、かはらけに盛りてまゐらす。


128 :133:(能136):頭の弁の御もとより

 頭の弁(=行成)の御もとより、主殿司、ゑなどやうなる物を、白き色紙(しきし)につつみて、梅の花のいみじう咲たるにつけて持て来たり。ゑにやあらむ と、急ぎ取り入れて見れば、餅餤(べいだん)といふ物を二つ並べてつつみたるなりけり。添へたる立文には、解文(げもん)のやうにて、

 進上 餅餤(べ<い>だん)一包(つつみ)
 例に依(よ)て進上如件
 別当(べたう) 少納言殿

とて月日書きて、「みまなのなりゆき」とて、奥に、「このをのこはみづからまゐらむとするを、昼はかたちわろしとてまゐらぬなめり」と、いみじうをかしげ に書い給へり。御前(ぜん)に参りて御覧ぜさすれば、「めでたくも書<き>[かれ]たるかな。をかしくしたり」などほめさせ給ひて、解文は取 らせ給ひつ。「返り事いかがすべからむ。この餅餤(べいだん)持て来るには、物などや取らすらむ。知りたらむ人もがな」といふを、きこしめして、「惟仲 (これなか)<が>[く]声のしつるを。呼びて問へ」とのたまはすれば、端に出でて、「左大弁(=惟仲)にもの聞こえむ」と侍して呼ばせたれ ば、いとよくうるはしくて来たり。「あらず、わたくし事なり。もし、この弁、少納言などのもとに、かかる物持て来る下部(しもべ)などは、することやあ る」といへば、「さることも侍らず。ただとめてなむ食ひ侍る。何しに問はせ給ふぞ。もし、上官のうちにて得させ給へるか」と問へば、「いかがは」といらへ て、返り事をいみじう赤き薄様に、「みづから持てまうで来(き)ぬ下部はいと冷淡なりと見ゆめり」とて、こき紅梅につけて奉りたる、すなはちおはして、 「下部候ふ。下部候ふ」とのたまへば、出でたるに、「さやうのもの、そらよみしておこせ給へると思ひつるに、美々しくも言ひたりつるかな。女の少し我はと 思ひたるは、歌よみがましくぞある。さらぬこそ語らひよけれ。ま<ろ>[つ]などに、さること言<は>[か]む人、かへりて無心 ならむかし」などのたまふ。「則光、なりやすなど笑ひてやみにしことを、上の御前(ごぜん)に人々いとおほかりけるに、かたり申し給ひければ、『よく言ひ たり』となむのたまはせし」とまた人の語りしこそ、見苦しき我ぼめどもをかし。


129 :134:(能137):などて、官得はじめたる六位の笏に

 「などて、官(つかさ)得はじめたる六位の笏に、職の御曹司の辰巳の隅の築土(ついひぢ)の板はせしぞ。さらば、西東(ひんがし)のをもせよかし」など いふことを言ひ出でて、「あぢきなきことどもを。衣などにすずろなる名どもをつけけむ、いとあやし。衣のなかに、細長はさも言ひつべし。なぞ、汗衫は尻長 といへかし」「男童(をのわらは)の着たるやうに、なぞ、唐衣(からぎぬ)は短衣(みじかきぬ)といへかし」「されど、それは唐土の人の着るものなれば」 「袍(うへのきぬ)、うへの袴は、さもいふべし。下襲よし。大口、またながさよりは口ひろければ、さもありなむ」「袴、いとあぢきなし。指貫は、なほ、足 の衣とこそいふべけれ。もしは、さやうのものをば袋といへかし」など、よろづの事を言ひののし<る>[り]を、「いで、あな、かしがまし。今 は言はじ。寝給ひね」といふ、いらへに、夜居の僧の、「いとわろからむ。夜一夜こそ、なほのたまはめ」と、にくしと思ひたりし声高(こは<だ >[さ]か)にて言ひたりしこそ、をかしかりしにそへておどろかれにしか。


130 :135:(能138):故殿の御ために

 故殿の御ために、月ごとの十日、経、仏など供養(くやう)せさせ給ひしを、九月十日、職の御曹司にてせさせ給ふ。上達部、殿上人いとおほかり。清範、講 師にて、説くこと、はたいとかなしければ、ことにもののあはれ深かるまじき若き人々、みな泣くめり。

 果てて、酒飲み、詩誦しなどするに、頭の中将斉信の君の、「月秋と期して身いづくか」といふことを<う>[た]ち出だし給へりし、はたいみ じうめでたし。いかで、さは思ひ出で給ひけむ。

 おはします所に、わけ参るほどに、立ち出でさせ給ひて、「めでたしな。いみじう、今日の料に言ひたりけることにこそあれ」とのたまはすれば、「それ啓し にとて、もの見さして参り侍りつるなり。なほいとめでたくこそおぼ<え>[し]侍りつれ」と啓すれば、「まいて、さおぼゆらむかし」と仰せら る。

 わざと呼びも出で、逢ふ所ごとにては、「などか、まろを、まことに近く語らひ給はぬ。さすが<に>にくしと思ひたるにはあらずと知りたる を、いとあやしくなむおぼゆる。かばかり年ごろになりぬる得意の、うとくてやむはなし。殿上などに明暮なき折もあらば、何事をか思ひ出にせむ」とのたまへ ば、「さらなり。かたかるべきことにもあらぬを、さもあらむ後には、えほめたてまつらざらむが口惜しきなり。上の御前(<お>[た]まへ)な どにても、やくとあづかりて、ほめ聞こゆるにいかでか。ただおぼせかし。かたはらいたく、心の鬼出で来て、言ひにくくなり侍りなむ」といへば、「などて。 さる人をしもこそ、よそ目(<よそ>め)より他(ほか)にほむるたぐひあれ」とのたまへば、「それがにくからずおぼえばこそあらめ。男も女 も、けぢかき人思ひ、<方(かた)引>き、褒め、人のいささかあしきことなどいへば腹立ちなどするが、わびしうおぼゆるなり」といへば、「た のもしげなのことや」とのたまふも、いとをかし。


131 :136:(能139):頭の弁の、職に参り給ひて

 頭の弁の、職に参り給ひて、物語などし給ひしに、夜いたうふけぬ。「あす御物忌なるにこもるべければ、丑になりなばあしかりなむ」とて、参り給ひぬ。

 つとめて、蔵人所の紙屋紙(かうやがみ)ひき重ねて、「今日は残りおほかる心地なむする。夜を通して、昔物語もきこえあかさむとせしを、にはとりの声に 催されてなむ」と、いみじうことおほく書き給へる、いとめでたし。御返りに、「いと夜深く侍りける鳥の声は、孟嘗君(まうさうくん)のにや」と聞こえたれ ば、たちかへり、「『孟嘗君のにはとりは、函谷関を開きて、三千の客(かく)わづかに去れり』とあれども、これは逢坂の関なり」とあれば、

  夜をこめて鳥のそらねははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ

心かし<こ>[う]き関守侍り」と聞こゆ。また、たちかへり、


  逢坂は人越えやすき関なれば鳥鳴かぬにもあけて待つとか

とありし文どもを、はじめのは、僧都の君、いみじう額をさへつきて、取り給ひてき。後々のは御前に。

 さて、逢坂の歌はへされて、返しもえせずなりにき。「いとわろし。さて、その文は、殿上人みな見てしは」とのたまへば、「まことにおぼしけりと、これに こそ知られぬれ。めでたきことなど、人の言ひつたへぬは、かひなきわざぞかし。また、見苦しきこと散るがわびしければ、御文はいみじう隠して、人につゆ見 せ侍らず。御心ざしのほどをくらぶるに、ひとしくこそは」といへば、「かくものを思ひ知りていふが、なほ人には似ずおぼゆる。『思ひぐまなく、あしうした り』など、例の女のやうにや言<は>[か]むとこそ思ひつれ」など言ひて、笑ひ給ふ。「こはなどて。よろこびをこそきこ<え> [し]め」などいふ。「まろが文を隠(か<く>[へ])し給ひける、また、なほあはれにうれしきことなりかし。いかに心憂くつらからまし。今 よりも、さを頼みきこえむ」などのたまひて、のちに、経房の中将おはして、「頭の弁はいみじう誉め給ふとは知りたりや。一日の文に、ありしことなど語り給 ふ。思ふ人の人にほめらるるは、いみじううれしき」など、まめまめしうのたまふもをかし。「うれしきこと二つにて、かのほめ給ふなるに、また、思ふ人のう ちに侍りけるをなむ」といへば、「それめづらしう、今のことのやうにもよろこび給ふ<か>な」などのたまふ。


132 :137:(能140):五月ばかり、月もなういと暗きに

 五月ばかり、月もなういと暗きに、「女房や候ひ給ふ」と声々して言へば、「出でて見よ。例ならず言ふは誰(たれ)ぞとよ」と仰せらるれば、「こは誰 (た)そ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは」と言ふ。ものは言はで御簾をもたげて、そよろとさし入るる、呉竹なりけり。「おい、この君にこそ」と言 ひ[わ]たるを聞きて「いざいざ、これまづ殿上に行きて語らむ」とて、式部卿の宮の源中将、六位どもなどありけるは往(い)ぬ。

 頭の弁はとまり給へり。「あやしくても往ぬる者どもかな。御前(ごぜん)の竹を折りて、歌詠まむとてしつるを、『同じくは職(しき)に参りて女房など呼 び出できこえて』と[り]て来つるに、呉竹の名をいととく言<は>[か]れて往ぬるこそ、いとほしけれ。誰(た)が教へを聞きて、人のなべて 知るべうもあらぬ事をば言ふぞ」など、のたまへば、「竹の名とも知らぬものを。なめしとやおぼしつらむ」と言へば、「まことに、そは知らじを」など、のた まふ。

 まめごとなども言ひあはせてゐ給へるに、「種(<う>[そ])ゑてこの君と称す」と誦(ず)じて、また集まり来たれば「殿上にて言ひ期 (き)しつる本意もなくては、など、帰り給ひぬるぞとあやしうこそありつれ」とのたまへば、「さることには、何の答へをかせむ。なかなかならむ。殿上にて 言ひののしりつるは。上もきこしめして興ぜさせおはしましつ」と語る。頭の弁もろともに、同じことを返す返す誦じ給ひて、いとをかしければ、人々、皆とり どりにものなど言ひ明して、帰るとてもなほ、同じことを諸声に誦じて、左衛門の陣入るまで聞こゆ。

 つとめて、いととく、少納言の命婦といふが御文まゐらせたるに、この事を啓したりければ、下(しも)なるを召して、「さる事やありし」と問はせ給へば 「知らず。何とも知らで侍りしを、行成(ゆきなり)の朝臣(あそん)のとりなしたるにや侍らむ」と申せば、「とりなすとも」とて、うち笑ませ給へり。誰が 事をも「殿上人ほめけり」などきこしめすを、さ言はるる人をもよろこばせ給ふも、をかし。


133 :138:(能141):円融院の御はての年

 円融院の御はての年、みな人御服脱ぎなどして、あはれなることを、おほやけよりはじめて、院の<人も、「花の衣に」など言ひけむ世の>御こ となど思ひ出づるに、雨のいたう降<る>[り]日、藤三位の局に、蓑虫のやうなる童の大きなる、白き木に立文をつけて、「これ奉らせむ」と言 ひければ、「いづこよりぞ。今日明日は物忌なれば、蔀もまゐらぬぞ」とて、下は立てたる蔀より取り入れて、「さなむ」とは聞かせ給へれど、「物忌なれば見 ず」とて、上についさして置きたるを、つとめて、手洗ひて、「いで、その昨日の巻数こそ」<とて>請ひ出(<い>[は])でて、 伏し拝みてあけたれば、胡桃色といふ色紙の厚肥えたるを、あやしと思ひてあけもて行けば、法師のいみじげなる手にて、

  これをだにかたみと思ふに都には葉<が>[る]へやしつる椎柴の袖

と書いたり。いとあさましうねたかりけるわざかな。誰がしたるにかあらむ。仁和寺の僧正のにやと思へど、世にかかることのたまはじ。藤大納言ぞかの院の別 当(べたう)にぞおはせしかば、そのし給へることなめり。これを、上の御前、宮などにとくきこしめさせばやと思ふに、いと心もとなくおぼゆれど、なほいと おそろしう言ひたる物忌し果てむとて、念じ暮らして、またつとめて、藤大納言の御もとに、この返しをして、さし置かせたれば、すなはちまた返ししておこせ 給へり。

 それを二つながら持て、急ぎ参りて、「かかることなむ侍りし」と、<上もおはします御前にて語り申し給ふ。宮ぞいとつれなく御覧じて、「藤大納言 の手のさまにはあらざめり。法師のにこそあめれ。昔の鬼のしわざとこそおぼゆれ」など、いとまめやかにのたまはすれば、「さは、こは誰がしわざにか。好き 好きしき心ある上達部・僧綱などは誰かはある。それにや、かれにや」など、おぼめき、ゆかしがり、申し給ふに、上の、「このわたりに見えし色紙にこそいと よく似たれ」とうちほほ笑ませ給ひて、今一つ御厨子のもとなりけるを取りて、さしたまはせたれば、「いで、あな、心憂。これ仰せられよ。あな、頭痛や。い かで、とく聞き侍らむ」と、ただ責めに責め申し、うらみきこえて、笑ひ給ふに、やうやう仰せられ出でて、「使に行きける鬼童は、台盤所の刀自といふ者のも となりけるを、小兵衛がかたらひ出だして、したるにやありけむ」など仰せらるれば、宮も笑はせ給ふを、引きゆるがし奉りて、「など、かくは謀らせおはしま ししぞ。なほ疑ひもなく手をうち洗ひて、伏し拝み奉りしことよ」と、笑ひねたがりゐ給へるさまも、いとほこりかに愛敬づきてをかし。

 さて、上の台盤所にても、笑ひののしりて、局に下りて、この童たづね出でて、文取り入れし人に見すれば、「それにこそ侍るめれ」といふ。「誰が文を、誰 か取らせし」といへど、ともかくも言はで、しれじれしう笑みて走りにけり。大納言、後に聞きて、笑ひ興じ給ひけり。


134 :139:(能142):つれづれなるもの

 つれづれなるもの 所避りたる物忌。馬下りぬ双六(すぐろく)。除目に司得ぬ人<の>家。雨うち降りたるは、まいていみじうつれづれなり。 >


135 :140:(能143):つれづれなぐさむもの

 つれづれなぐさむもの 碁。双六。物語。三つ四つの児(ちご)の、ものをかしういふ。また、いと小さきちごの、物語りし <、たがへなどいふわざし> たる。菓子(くだもの)。男などの、うちさるがひ、ものよくいふが来たるを、物忌みなれど、入れつかし。


136 :141:(能144):とり所なきもの

 とり所なきもの [黒藺(ゐ)の櫛はらひ。鉄(くろがね)の毛抜きのもの抜けぬ。焼き硯。黒く古りたる板屋の漏る。黒土の壁。えせ墨の朽ちたるイ(題の 下本文前かな小文字二列書き)]かたちにくさげに、心あしき人。みそひめのぬりたる。これいみじう、よろづの人のにくむなる物とて、今とどむ(=書くのを やめる)べきにあらず。また、あと火の火箸といふこと、などてか、世になきことならねど、<みな人知りたらむ。げに書き出で、人の見るべきことにも あらねど、> この草子を、人の見るべきものと思はざりしかば、あやしきことも、にくきことも、ただ思ふことを書かむと思ひしなり。


137 :142:(能145):なほめでたきこと

 なほめでたきこと 臨時の祭ばかりのことにかあらむ。試楽もいとをかし。

 春は、空のけしきのどかにうらうらとあるに、清涼殿の御前に、掃部司(かもんづかさ)の、畳をしきて、使は北向きに、舞人は御前のかたに向きて、これら は僻おぼえにもあらむ、所の衆どもの、衝重(ついがさね)取りて、前どもにすゑわたしたる。陪従(べいじう=楽人)も、その庭ばかりは御前にて出で入るぞ かし。公卿、殿上人、かはりがはり盃取りて、はてには屋久貝といふものして飲みて立つ、すなはち、とりばみといふもの、男(をのこ)などのせむだにいとう たてあるを、御前には、女ぞ出で取りける。おもひかけず、人あらむとも知らぬ火焼屋より、にはかに出でて、おほくとらむと騒ぐものは、なかなかうちこぼし あつかふほどに、軽(かる)らかにふと取りて往ぬる者には劣りて、かしこき納殿には火焼屋をして、取り入るるこそいとをかしけれ。掃部司の者ども、畳とる やおそしと、主殿(とのもり)の官人、手ごとに箒(ははき)取りてすなご馴らす。

 承香殿の前のほどに、笛吹き立て拍子(はうし)<う>[た]ちて遊ぶを、とく出で来なむと待つに、有度浜(うどはま)うたひて、竹の笆(ま せ)のもとにあゆみ出でて、御琴(みこと)うちたるほど、ただいかにせむ<と>[こ]ぞおぼゆるや。一の舞の、いとうるはしう袖をあはせて、 二人ばかり出で来て、西によりて向かひて立ちぬ。つぎつぎ出づるに、足踏みを拍子にあはせて、半臂の緒つくろひ、冠・袍(きぬ)の領(くび)など、手もや まずつくろひて、「あやもなきこま山」などうたひて舞ひたるは、すべて、まことにいみじうめでたし。

 大輪(おほわ)など舞ふは、日一日見るともあくまじきを、果てぬる、いと口惜しけれど、またあべしと思へば、頼もしきを、御琴かきかへして、このたび は、やがて竹の後ろより舞ひ出でたるさまどもは、いみじうこそあれ。掻練のつや、下襲などの乱れあひて、こなたかなたにわたりなどしたる、いでさらにいへ ば世の常なり。

 このたびは、またもあるまじければにや、いみじうこそ果てなむことは口惜しけれ。上達部なども、<みな>つづきて出で給ひぬれば、さうざう しく口惜しきに、賀茂の臨時の祭は、還立(かへりだち)の御神楽などにこそなぐさめらるれ。庭燎(にはび)の煙の細くのぼりたるに、神楽の笛のおもしろく わななき吹きすまされてのぼるに、歌の声もいとあはれに、いみじうおもしろく、さむく冴えこほりて、うちたる衣もつめたう、扇持ちたる手も冷ゆともおぼえ ず。才(<ざ>[ま]え)の男(をのこ)召して、声引きたる人長(にんぢやう)の心地よげさこといみじけれ。

 里なる時は、ただわたるを見るが飽かねば、御社(やしろ)までいきて見る折もあり。おほいなる木どものもとに車を立てたれば、松の煙のたなびきて、火の 影に半臂の緒、衣のつやも、昼よりはこよなうまさりてぞ見ゆる。橋の板を踏み鳴らして、声合は<せ>て舞ふほどもいとをかしきに、水の流るる 音、笛の声などあひたるは、まことに神もめでたしとおぼすらむかし。頭の中将といひける人の、年ごとに舞人にて、めでたきものに思ひ<し> [/\]みけるに、亡くなりて上の社の橋の下にあなるを聞けば、ゆゆしう、ものをさしも思ひ入れじとおもへど、なほこのめでたきことをこそ、さらにえ思ひ すつまじけれ。

 「八幡(やはた)の臨時の祭の日、名残こそいとつれづれなれ。など帰りてまた舞ふわざをせざりけむ。さらば、をかしからまし。禄を得て、後ろよりまかづ るこそ口惜しけれ」などいふを、上の御前に聞こしめして、「舞(ま)はせむ」と仰せらる。「まことにや候ふらむ。さらば、いかにめでたからむ」など申す。 うれしがりて、宮の御前にも、「なほそれ舞はせさせ給へと申させ給へ」など、集まりて啓しまどひしかば、そのたび、帰りて舞ひしは、<いみじう >うれしかりしものかな。さしもやあらざらむとうちたゆみたる舞人、御前に召す、と聞こえたるに、ものにあたるばかり騒ぐも、いと<ゞ >[/\]物ぐるほし。

 下にある人々のまどひのぼるさまこそ。人の従者(ずさ)、殿上人など[の]見るも知らず、裳を頭にうちかづきてのぼるを笑ふもをかし。


138 :143:(能146):殿などのおはしまさで後

 殿などのおはしまさで後、世の中に事出で来、さわがしうなりて、宮も参らせ給はず、小二条殿といふ所におはしますに、何ともなくうたてありしかば、久し う里にゐたり。御前わたりのおぼつかなきにこそ、なほえ絶えてあるまじ<か>[よ]りけ<る>[れ]。

 右中将(=経房)おはして、物語し給ふ。「今日宮に参りたりつれば、いみじうものこそあはれなりつれ。女房の装束、裳、唐衣をりにあひ、たゆまで候ふか な。御簾のそばのあきたりつるより見入れつれば、八九人ばかり、朽葉の唐衣、薄色の裳に、紫苑、萩など、をかしうて居並みたりつるかな。御前の草のいとし げきを、『などか、かきはらはせでこそ』といひつれば、『ことさら露置かせて御覧ず<とて>』と、宰相の君の声にていらへつるが、をかしうも おぼえつるかな。『御里居いと心憂し。かかる所に住ませ給はむほどは、いみじきことありとも、かならず候ふべきものにおぼしめされたるに、かひなく』と、 あまた言ひつる、語り聞かせ奉れとなめ<り>[し]かし。参りて見給へ。あはれなりつる所のさまかな。台の前に植ゑられたりける牡丹(ぼうた <ん>)などのをかしきこと」などのたまふ。「いさ、人の憎しと思ひたりしが、また憎くおぼえ侍りしかば」といらへ聞こゆ。「おいらかにも」 <とて>笑ひ給ふ。

 げに<いか>ならむと思ひ参らする。御けしきにはあらで、候ふ人たちなどの、「左の大殿(おほとの)がたの人、知るすぢにてあり」とて、さ しつどひものなどいふも、下より参る見ては、ふと言ひ<や>み、放ち出でたるけしきなるが、見ならはず憎ければ、「参れ」など、たびたびある 仰せ言をも過ぐして、げに久しくなりにけるを、また宮の辺(へん)には、ただあなた方に言ひなして、そら言なども出で来べし。

 例ならず仰せ言などもなくて日頃になれば、心細くてうちながむるほどに、長女文を持て来たり。「御前より、宰相の君して、忍びてたまはせたりつる」とい ひて、ここにてさへひき忍ぶるもあまりなり。人づての仰せ書きにはあらぬなめりと、胸つぶれてとく開け<た>[ら]れば、紙にはものも書かせ たまはず、山吹の花びらただ一重をつつませ給へり。それに、「言はで思ふぞ」と書かせ給へる、いみじう、日頃の絶え間嘆かれつ<る>[ゝ]、 みな慰めてうれしきに、長女もうちまもりて、「御前には、いかが、もののをりごとに、おぼし出できこえさせ給ふなるものを。誰もあやしき御長居とこそ侍る めれ。などかは参らせ給はぬ」といひて、「ここなる所に、あからさまにまかりて、参らむ」といひて往ぬる後、御返りごと書きて参らせむとするに、この歌の 本さらに忘れたり。「いとあやし。同じ故事(ふるごと)と言ひながら、知らぬ人やはある。ただここもとにおぼえながら、言ひ出でられぬはいかにぞや」など いふを聞きて、前にゐたるが、「『下ゆく水』とこそ申せ」といひたる、などかく忘れつるならむ。これに教へらるるもをかし。

 御返り参らせて、少しほど経て参りたる、いかがと例よりはつつましくて、御几帳にはた隠れて候ふを、「あれは新参(いままゐり)か」など笑はせ給ひて、 「にくき<歌なれど、>この折は言ひつべかりけりとなむ思ふを。おほかた見つけでは、しばしもえこそ慰<さむ>まじけれ」などの たまはせて、かはりたる御けしきもなし。

 童に教へられしことなどを啓すれば、いみじう笑はせ給ひて、「さることぞある。あまりあなづる故事(ふるごと)などは、さもありぬべし」など仰せらる る、ついでに、「なぞなぞ合しける、方人にはあらで、さやうのことにりやうりやうじかりけるが、『左の一はおのれ言はむ。さ思ひ給へ』など頼むるに、さり ともわろきことは言ひ出でじかしと、たのもしくうれしうて、みな人々作り出だし、選り定むるに、『その詞(ことば)をただまかせて残し給へ。さ申しては、 よも口惜しくはあらじ』といふ。げにとおしはかるに、日いと近くなりぬ。『なほこのことのたまへ。非常(ひざう)に、同じこともこそあれ』といふを、『さ ば、いさ知らず。な頼まれそ』などむつかりければ、おぼつかなながら、その日になりて、みな、方の人、男・女居わかれて、見証(けんそ)の人など、いとお ほく居並みてあはするに、左の一、いみじく用意してもてなしたるさま、いかなることを言ひ出でむと見えたれば、こなたの人、あなたの人、みな心もとなくう ちまもりて、『なぞ、なぞ』といふほど、心にくし。『天に張り弓』といひたり。右方の人は、いと興ありてと思ふに、こなたの人はものもおぼえず、みなにく く愛敬なくて、あなたによりてことさらに負けさせむとしけるを、など、片時のほどに思ふに、右の人、『いと口惜しく、をこなり』とうち笑ひて、『やや、さ らにえ知らず』とて、口を引き垂れて、『知らぬことよ』とて、さるがうしか<く>[へ]るに、籌(かず)ささせつ。『いとあやしきこと。これ 知らぬ人は誰かあらむ。さらにかずささるまじ』と論ずれど、『知らずと言ひてむには、などてか負くるにならざらむ』とて、次々のも、この人なむみな論じ勝 たせける。『いみじく人の知りたることなれども、おぼえぬ時はしかこそはあれ。何しにかは、知らずとは言ひし』<と>、後にうらみられけるこ と」など、語り出でさせ給へば、御前なる限(か<ぎ>[た])り、さ思ひつべし。「口惜しういらへけむ。こなたの人の心地、うち聞きはじめけ む、いかがにくかりけむ」なんど笑ふ。これは忘れたること<か>は、ただみな知りたることとかや。


139 :144:(能147):正月十余日のほど

 正月十余日のほど、空いと黒う、雲(くも)<も>[り]あつく見えながら、さすがに日はけざやかにさし出でたるに、えせ者の家の荒畠(あら ばたけ)といふものの、土うるはしう<も>[に]直からぬ、桃の木のわかだちて、いと細枝(しもと)がちにさし出でたる、片つ方はいと青く今 片つ方は濃くつややかにて蘇芳(すはう)の色なるが日かげに見えたるを、いと細やかなる童の狩衣はかけ破(や)りなどして髪うるはしきが、上りたれば、ひ きはこえたる男児(をのこご)、また、小脛(こはぎ)にて半靴(はうくわ)はきたるなど、木のもとに立ちて、「我に鞠打(ぎちやう)切りて」などこふに、 また、髪をかしげなる童の、袙(あこめ)どもほころびがちにて、袴萎えたれど、よき袿(うちぎ)着たる三四人来て、「卯槌の木のよからむ、切りておろせ。 御前にも召す」などいひて、おろしたれば、ばひし<ら>[ゝ]がひ取りて、さし仰ぎて、「我におほく」など言ひたるこそをかしけれ。

 黒袴着たる男(をのこ)の走り来て乞ふに、「ま[し]て」などいへば、木のもとを引きゆるがすに、あやふがりて猿のやうにかいつきてをめくもをかし。梅 などのなりたる折も、さやうにぞするかし。


140 :145:(能148):きよげなる男の

 清げなる男(をのこ)の、双六を日一日うちて、なほあかぬにや、短かき灯台に火をともしていと明かうかかげて、かたきの賽を責め請ひて、とみにも入れね ば、筒(どう)を盤の上に立てて待つに、狩衣のくびの顔にかかれば、片手しておし入れて、こはからぬ烏帽子ふりやりつつ、「賽いみじく呪ふとも、うちはづ してむや」と、心もとなげにうちまもりたるこそ、ほこりかに見ゆれ。


141 :146:(能149):碁を、やむごとなき人のうつとて

 碁を、やむごとなき人のうつとて、紐うち解き、ないがしろなるけしきに拾ひ置くに、劣りたる人の、ゐづまひもかしこまりたるけしきにて、碁盤よりは少し 遠くて、およびて、袖の下は今片手してひかへなどして、うちゐたるもをかし。


142 :147:(能150):恐ろしげなるもの

 恐ろしげなるもの つるばみのかさ。焼けたる所。水ふぶき。菱。髪おほかる男の洗ひてほすほど。


143 :148:(能151):きよしと見ゆるもの

 清しと見ゆるもの 土器(かはらけ)。あたらしき[うき。]鋺(かなまり)。畳にさす薦(こも)。水を物に入るるすき影。



144 :149:(能153):いやしげなるもの

 いやしげなるもの 式部の丞(ぜう)の笏。[黒塗りの台。筵張(むしろばり)の車の襲(おそひ)繁う打ちたるイ(かな小文字)]黒き髪の筋わろき。布屏 風のあたらしき。旧り黒みたるは、さるいふかひなき物にて、なかなか何とも見えず。あたらしうしたてて、桜の花おほく咲かせて、胡粉(こふん)、朱砂(す さ)など色どりたる絵どもかきたる。遣戸厨子(づし)。[田舎五位(ごゐ)イ、]法師のふとりたる。まことの<出雲>[家も]筵(むしろ)の 畳。[靫負佐(ゆげひのすけ)の狩衣姿。]


145 :150:(能154):胸つぶるるもの

 胸つぶるるもの 競馬(くらべむま)見る。元結よる。親などの心地あしとて、例ならぬけしきなる。まして、世の中などさわがしと聞こゆる頃は、よろづの 事おぼえず。また、もの言はぬちごの泣き入りて、乳(ち)も飲まず、乳母のいだくにもやまで久しき。

 例の所ならぬ所にて、ことにまたいちじるからぬ人の声聞きつけたるはことわり、こと人などのそのうへなどいふにも、まづ<こそ>つぶる [れ]。いみじうにくき人の来たるにも、またつぶる。あやしくつぶれがちなるものは、胸[に]こそあれ。

 よべ来はじめたる人の、今朝(けさ)の文のおそきは、人のためにさへつぶる。


146 :151:(能155):うつくしきもの

 うつくしきもの 瓜にかきたるちごの顔。雀の子の、ねず鳴きするにを<ど>[よ]り来る。二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひ来る道に、 いと小さき塵のありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなるおよびにとらへて、大人など(=陽本は「ごと」)に見せたる、いとうつくし。頭はあまそぎな るちごの、目に髪のおほへるをかきはやらで、うちかたぶきて物など見たるも、うつくし。

 大きにはあらぬ殿上童の、さうぞきたてられてありくもうつくし。をかしげなるちごの、あからさまにいだきて遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、 いとらうたし。

 雛の調度。蓮(はちす)の浮葉のいと小さきを、池より取りあげたる。葵のいと小さき。何も何も、小さきものはみなうつくし。

 いみじう白く肥えたるちごの二つばかりなるが、二藍のうすものなど、衣長(きぬなが)にて襷(たすき)結ひたるがはひ出<で>[る]たる も、また、短かきが袖がちなる着てありくも、みなうつくし。(ココカラ181段ト182段ノ間ニ入ル)八つ、九つ、十[を]ばかりなどの男児(をのこご) の、声はをさなげにてふみ読みたる、いとうつくし。

 にはとりのひなの、足高に、白うをかしげに衣短かなるさまして、ひよひよとかしがましう鳴きて、人のしりさきに立ちてありくもをかし。また親の、ともに つれてたちて走るも、みなうつくし。かりのこ。瑠璃の壺。


147 :152:(能156):人ばへするもの

 人ばへするもの ことなることなき人の子の(=陽本「子の」ナシ)、さすがにかなしうしな<ら>[う]はしたる。しはぶき。はづかしき人に もの言はむとするに、先<に>立つ。

 あなたこなたに住む人の子の四つ五つなるは、あやにくだちて、もの取り散らしそこなふを、ひき<は>[い]られ制せられて、心のままにもえ あらぬ<が>、親の来たるに所得て、「あれ見せよ。やや、はは」など引きゆるがすに、大人どものいふとて、ふとも聞き入れねば、手づから引き さがし出で<て>見騒ぐこそ、いとにくけれ。それを、「まな」ともとり隠さで、「さ[ら]なせそ」「そこなふな」などばかり、うち笑みていふ こそ、親もにくけれ。我はた、えはしたなうも言はで見るこそ心もとなけれ。


148 :153:(能157):名おそろしきもの

 名おそろしきもの 青淵(あをふち)。谷(たに)の洞(ほら)。鰭板(はたいた)。鉄(くろがね)。土塊(つちくれ)。雷(いかづち)は名のみにもあら ず、いみじう恐ろし。暴風(はやち)。不祥雲(ふさうぐも)。戈星(ほこぼし)。肘笠雨(ひぢかさあめ)。荒野(あらの)ら。

 強盗(が<う>[ら]だ<う>[ち])、またよろづに恐ろし。<らんそう、おほかた恐ろし。かなもち、またよろづに恐ろ し。> 生霊(いきすだま)。くちなはいちご。[つのむし。はたほこイ(かな小文字)]鬼わらび。鬼ところ。荊(むばら)。枳殻(からた<ち> [け])。いり炭。牛鬼。碇(いかり)、名よりも見るは恐ろし。


149 :154:(能158):見るにことなることなきものの

 見るにことなることなきものの文字に書きてことごとしきもの 覆盆子(いちご)。鴨跖草(つゆくさ)。芡(みづふぶき)。蜘蛛(くも)。胡桃(くる み)。文章博士(もんじやうはかせ)。得業(とくごふ)の生(しやう)。皇太后宮権の大夫(だいふ)。楊桃(やまもも)。

 虎杖(いたどり)は、まいて虎の杖と書きたるとか。杖なくともありぬべき顔つきを。(ココマデ182段の前に入る)


150 :155:(能159):むつかしげなるもの

 むつかしげなるもの ぬひ物の裏。ねずみの子の毛もまだ生ひぬを、巣の中よりまろばし出でたる。裏まだつけぬ裘(かはぎぬ)の縫ひ目。猫の耳の中。こと に清げならぬ所の暗き。

 ことなることなき人の、子などあまた<持て>あつかひたる。いとふかうしも心ざしなき妻(め)の、心地あしうして久しうなやみたるも、男の 心地はむつかしかるべし。


151 :156:(能160):えせものの所得る折

 えせものの所得(う)る折 正月の大根(おほね)。行幸の折の姫まうち君。御即位の御門つかさ。六月・十二月のつごもりの節折(よをり)の蔵人[命婦 イ]。季の御読経の威儀師。赤袈裟着て僧の名ども<を>よみあげたる、いときらきらし。

 季の御読経。御(み)仏名などの御装束の所の衆。春日祭の近衛(このゑ)の舎人ども。元三の薬子(くすりこ)。卯杖の法師。御前の試みの夜の御髪上げ。 節会(せちゑ)の御まかなひの采女(うねべ)。


152 :157:(能161):苦しげなるもの

 苦しげなるもの 夜泣きといふわざするちごの乳母(めのと)。思ふ人二人もちて、こなたかなたふすべらるる男。こはき物の怪にあづかりたる験者(げん ざ)。験(げん)だにいち早からばよかるべきを、さしもあらず、さすがに人笑はれならじと念ずる、いと苦しげなり。

 わりなくものうたがひする男にいみじう思はれたる女。一の所などに時めく人も、えやすくはあらねど、そはよかめり。心いられしたる人。


153 :158:(能162):うらやましげなるもの

 うらやましげなるもの 経など習ふとて、いみじうたどたどしく忘れがちにかへすがへす同じ所を読むに、法師はことわり、男も女も、くるくるとやすらかに 読みたるこそ、あれがやうにいつの世にあらむとおぼゆれ。心地などわづらひてふしたるに、笑(ゑ)うち笑ひ、ものなど言ひ、思ふことなげにてあゆみありく 人見るこそ、いみじううらやましけれ。

 稲荷に思ひおこして詣でたるに、中の御社のほど<の>わりなう苦しきを、念じのぼるに、いささか苦しげもなく、遅れて来(く)<と見 >る者どものただ行きに先に立ちて詣づる、いとめでたし。二月午の日の暁に急ぎしかど、坂のなからばかりあゆみしかば、巳の時ばかりになりにけり。 やうやう暑くさへなりて、まことにわびしくて、など、かからでよき日もあらむものを、何しに詣でつらむとまで、涙も落ちてやすみ困(こ<う> [そ])ずるに、四十余(よ)ばかりなる女の、壺装束な<ど>[そ]にはあらで、ただ引きはこへたるが、「まろは七度詣でし侍るぞ。三度は詣 でぬ。今四度はことにもあらず。まだ未に下向(げかう)しぬべし」と、道に会ひたる人にうち言ひて下(くだ)り行きしこそ、ただなるところには目にもとま るまじきに、これが身にただ今ならばやとおぼえしか。

 女児(をむなご)も、男児(をのこご)も、法師も、よき子ども持たる人、いみじううらやまし。髪いと長くうるはしく、下がり端(ば)などめでたき人。ま た、やむごとなき人の、よろづの人にかしこまられ、かしづかれ給ふ、見るも、いとうらやまし。手よく書き、歌よく詠みて、もののをりごとにもまづ取り出で らるる、うらやまし。

 よき人の御前に女房いとあまた候ふに、心にくき所へ遣はす仰せ書きなどを、誰もいと鳥の跡にしもなどかはあらむ。されど、下などにあるをわざと召して、 御硯取り下ろして書かせさせ給ふもうらやまし。さやうのことは所の大人<など>になりぬれば、まことに難波わたり遠からぬも、ことに従ひて書 くを、これはさにあらで、上達部などのまだ初めて参らむと申さする人のむすめなどには、心ことに紙よりはじめてつくろはせ給へるを、集まりて戯れにもねた がり言ふめり。

 琴、笛など習ふ、またさこそは、まだしきほどは、これがやうにいつしかとおぼゆらめ。

 内裏・春宮の御乳母。上の女房の、御方々いづこもおぼ<つ>[へ]かなからず参り通ふ。


154 :159:(能163):とくゆかしきもの

 とくゆかしきもの 巻染。むら濃、くくり物など染めたる。人の、子生みたるに、男・女、とく聞かまほし。よき人さらなり、えせ者、下衆の際だになほゆか し。

 除目のつとめて。かならず知る人のさるべきなき折<も>、なほ聞かまほし。


155 :160:(能164):心もとなきもの

 心もとなきもの 人のもとにとみの物縫ひにやりて、[待つほどの心地。物見に急ぎ出でたるにイ(題下本文前小文字)]今々とくるしうゐ入りて、あなたを まもらへたる心地。子生むべき人の、そのほど過ぐるまでさるけしきもなき。遠き所より思ふ人の文を得て、かたく封じたる続飯(そくひ)など<はなち >あくるほど、いと心もとなし。

 物見におそく出でて、事なりにけ<り>[る]、白きしもとなどみつけたるに、近くやり寄するほど、わびしう、下りても往ぬべき心地こそす れ。

 知られじと思ふ人のあるに、前なる人に教へて物言はせたる。いつしかと待ち出でたるちごの、五十日(いか)、百日(もも<か>)[く]など のほ<ど>[う]になりたる、行く末いと心もとなし。

 とみのもの縫ふに、生暗うて針に糸<す>[つ]ぐる。されど、そ[わイ]れはさる(=陽本「さる」ナシ)ものにて、ありぬべき所をとらへ て、人にすげさするに、それも急げばにやあらむ、とみにもさし入れぬを、「いで、ただなすげそ」といふを、さすがになどてかと思ひ顔にえ去らぬ、にくささ へそひたり。

 何事にもあれ、急ぎてものへいくべき折に、まづ我さるべき所へいくとて、ただ今おこせむとて出でぬる車待つほどこそ、いと心もとなけれ。大路いきける を、さななりとよろこびたれば、外(ほか)ざまに往ぬる、いと口惜し。まいて、物見に出でむとてあるに、「事はなりぬらむ」と、人の言ひたるを聞くこそわ びしけれ。

 子産みたる後の事の久しき。物見、寺詣でなどに、もろともにあるべき人を乗せにいきたるに、車をさし寄せて、とみにも乗らで待たするも、いと心もとな く、うち捨てても往ぬべき心地ぞする。

 また、とみにていり炭おこすも、いと久し。人の歌の返しとくすべきを、え詠み<得>ぬほども心もとなし。懸想人などはさしも急ぐまじけれ ど、おのづからまたさるべきをりもあり。まして、女も、ただに言ひかはすことは、疾(と)きこそはと思ふほ<ど>[う]に、あいなくひがごと もあるぞかし。

 心地のあしく、もののおそろしき折、夜のあくるほど、いと心もとなし。


156 :161:(能165):故殿の御服の頃

 故殿の御服の頃、六月<の>つごもりの日、大祓といふことにて、宮の出でさせ給ふべきを、職の御曹司を方あしとて、官の司の朝所(あいたど ころ)にわたらせ給へり。その夜さ[か]り、暑くわりなき闇にて、何ともおぼえず、せばくおぼつかなくてあかしつ。

 つとめて、見れば、屋のさまいとひらに短かく、瓦ぶきにて、唐めき、さまことなり。例のやうに格子などもなく、めぐりて御簾ばかりをぞかけたる、なかな かめづらしくてをかしければ、女房、庭に下りなどしてあそぶ。前裁に萱草(くわんざう)といふ草を、ませ結ひていとおほく植ゑたりける。花のきはやかにふ さなりて咲きたる、むべむべしき所の前裁にはいとよし。時司(ときづかさ)などは、ただかたはらにて、鼓(つづみ)の音も例のには似ずぞ聞こゆるをゆかし がりて、若き人々二十人ばかり、そなたにいきて、階(はし)より高き屋にのぼりたるを、これより見あぐれば、ある限り薄鈍(うすにび)の裳、唐衣、同じ <色>[宮]の単襲(ひとへがさね)、紅の袴どもを着てのぼりたるは、いと天人などこそえいふまじけれど、空より下(お)りたるにやとぞ見ゆ る。同じ若きなれど、おしあげたる人は、えまじらで、うらやましげに見あげたるも、いとをかし。

 左衛門の陣までいきて、倒れさわぎたるもあめりしを、「かくはせぬことなり。上達部のつき給ふ椅子(いし)などに女房どものぼり、上官などのゐる床子 (さうじ)どもを、<みな>うち倒し、そこなひたり」などくすしがる者どもあれど、聞きも入れず。

 屋のいとふ<る>[か]くて、瓦ぶきなればにやあらむ、暑さの世に知らねば、御簾の外(と)にぞ夜(よ<る>[き])も出で 来、臥したる。ふ<る>[か]き所なれば、むかでといふもの、日一日おちかかり、蜂の巣の大きにて、つき集まりたるなどぞ、いとおそろしき。

 殿上人日ごとに参り、夜も居明かしてものいふを聞きて、「豈(あ)にはかりきや、太政官の地の今やかうの庭とならむことを」と誦(ず)じ出でたりしこそ をかしかりしか。

 秋になりたれど、かたへだに涼しからぬ風の、所がらな<め>[か]り、さすがに虫の声など聞こえたり。八日ぞ帰らせ給ひければ、七夕祭(ま <つ>[い]り)、ここにては例よりも近う見ゆるは、程のせばければなめり。


157:161:(能166):宰相の中将

 宰相の中将斉信(ただのぶ)・宣方(のぶかた)の中将、道方の少納言など参り給へるに、人々出でてものなどいふに、ついでもなく、「明日はいかなること をか」といふに、いささか思ひまはしとゞ(=陽本「く」)こほりもなく、「『人間の四月』をこそは」といらへ給へるが[は]いみじうをかしきこそ。過ぎに たることなれども、心得ていふは誰もをかしき中に、女などこそさやうの物忘れはせね、男はさしもあらず、よみたる歌などをだになまおぼえなるものを、まこ とにをかし。内なる人も外(と)なるも、心得ずと思ひたるぞことわりなる。

 この四月のついたちごろ、細殿の四の口に殿上人あまた立てり。やうやうすべり失せなどして、ただ頭の中将、源中将、六位一人のこりて、よろづのこと言 ひ、経読み、歌うたひなどするに、「明けはてぬなり。帰りなむ」とて、「露は別れの涙なるべし」といふことを頭の中将のうち出だし給へれば、源中将ももろ ともにいとをかしく誦じたるに、「急ぎける七夕かな」といふを、いみじうねたがりて、「ただあ<か>[る]つきの別れ一筋を、ふとおぼえつる ままに言ひて、わびしうもあるかな。すべて、このわたりにて、かかること思ひまはさずいふは、いと口惜しきぞかし」など、返す返す笑ひて、「人にな語り給 ひそ。かならず笑はれなむ」といひて、あまり明かうなりしかば、「葛城の神、今ぞずちなき」とて、逃げ<お>[な]はしにしを、七夕のをりに このことを言ひ出でばやと思ひしかど、宰相になり給ひにしかば、かならずしもいかでかは、そのほどに見つけなどもせむ、文かきて、主殿司してもやらむなど 思ひしを、七日に参り給へりしかば、いとうれしくて、その夜のことなど言ひ出でば、心も<ぞ>[と]得給ふ。ただすずろにふと言ひたらば、あ やしなど<や>うちかたぶき給ふ。さらば、それにをありしことをば言はむとてあるに、つゆおぼめ<か>[に]でいらへ給へりし <か>ば、<ま>ことにいみじうをかしかりき。

 月ごろいつしかとおもほえ(=陽本「はへ」)たりしだに、わが心ながらすきずきしとおぼえしに、いかでさ思ひまうけたるやうにのたまひけむ。もろともに ねたがり言ひし中将は、おもひもよらでゐたるに、「ありしあ<か>つきのこといましめらるるは。知らぬか」とのたまふにぞ、「げに、げに」と 笑ふめるわろしかし。

 人と物いふことを碁になして、近う語らひなどしつるをば、「手ゆるしてけり」「結(けち)さしつ」などいひ、「男は手受けむ」などいふことを人はえ知ら ず。この君と心得ていふを、「何ぞ、何ぞ」と源中将は添ひつきていへど、言はねば、かの君に、「いみじう、なほこれのたまへ」と<うら> [み]みられて、よき仲なれば聞かせてけり。あへなく近くなりぬるをば、「おしこぼちのほどぞ」などいふ。我も知りにけりといつしか知られむとて、「碁盤 侍りや。まろと碁うたむとなむ思ふ。手はいかが。ゆるし給はむとする。頭の中将とひとし碁なり。なおぼしわきそ」といふに、「さのみあらば、定めなくや」 といひしを、またかの君に語りきこえければ、「うれしう言ひたり」とよろこび給ひし。なほ過ぎにたること忘れぬ人は、いとをかし。

 宰相になり給ひし頃、上の御前にて、「詩をいとをかしう誦(ずう)じ侍るものを。『蕭會稽(せうくわいけい)之(の)過古廟(こべうをすぎにし)』など も誰か言ひ侍らむとする。しばしならでも候へかし。口惜しきに」など申ししかば、いみじう笑はせ給ひて、「さなむいふとて、なさじかし」などおほせられし もをかし。されど、なり給ひにしかば、まことにさうざうしかりしに、源中将おとらず思ひて、ゆゑだち遊びありくに、宰相の中将の御うへを言ひ出でて、 「『未だ三十の期に及ばず』といふ詩を、さらにこと人に似ず誦(ずう)じ給ひし」などいへば、「などてかそれにおとらむ。まさりてこそせめ」とてよむに、 「さらに似るべくだにあらず」といへば、「わびしのことや。いかであれがやうに誦(ずう)ぜむ」とのたまふを、「『三十の期』といふ所なむ、すべていみじ う愛敬づきたりし」などいへば、ねたがりて笑ひありくに、陣につき給へりけるを、わきに呼び出でて、「かうなむいふ。なほそこもと教へ給へ」とのたまひけ れば、笑ひて教へけるも知らぬに、局のもとにきていみじうよく似せてよむに、あやしくて、「こは誰そ」と問へば、笑みたる声になりて、「いみじきことを聞 こえむ。かうかう、昨日陣につきたりしに、問ひ聞きたるに、まづ似たるななり。『誰ぞ』とにくからぬけしきにて問ひ給ふは」といふも、わざとならひ給ひけ むがをかしければ、これだに誦(ずう)ずれば出でてものなどいふを、「宰相の中将の徳を見ること。その方に向ひて拝むべし」などいふ。下にありながら、 「上に」など言はするに、これをうち出づれば、「まことはあり」などいふ。御前にも、かくなど申せば、笑はせ給ふ。

 内裏(うち)の御物忌なる日、右近の将監(さうくわん)みつなにとかやいふ者して、畳紙(たたうがみ)にかきておこせたるを見れば、「参ぜむとするを、 今日明日の御物忌にてなむ。『三十の期に及ばず』はいかが」と言ひたれば、返りごとに、「その期は過ぎ給ひにたらむ。朱買臣が妻を教へけむ年にはしも」と かきてやりたりしを、またねたがりて、上の御前にも奏しければ、宮の御方にわたらせ給ひて、「<いかで>さることは知りしぞ。『三十九なりけ る年こそ、さはいましめけれ』とて、宣方は、『いみじう言はれにたり』といふめるは」と仰せられしこそ、ものぐるほしかりける君とこそおぼえしか。


157 :162:(能166):弘徽殿とは閑院の左大将の

 弘徽殿とは閑院の女御をぞ聞こゆる。その御方にうちふしといふ者のむすめ、左京と言ひて候ひけるを、「源中将語らひてなむ」と人々笑ふ。

 宮の職におはしまいしに参りて、「時々は宿直などもつかうまつるべけれど、さべきさまに女房などもも(=陽本「なとゝもゝ」)てなし給はねば、いと宮仕 へおろかに候ふこと。宿直所をだに賜りたらば、いみじうまめに候ひなむ」と言ひゐ給へれば、人々、「げに」などいらふるに、「まことに人は、うちふしやす む所のあるこそよけれ。さるあたりには、しげう参り給ふなるものを」とさしいらへたりとて、「すべて、もの聞こえじ。方人とたのみ聞こゆれば、人の言ひふ るしたるさまにとりなし給ふなめり」など、いみじうまめだちて怨(え)じ給ふを、「あな、あやし。いかなることをか聞こえつる。さらに聞きとがめ給ふべき ことなし」などいふ。かたはらなる人を引きゆるがせば、「さるべきこともなきを、ほとほり出で給ふ、やうこそはあらめ」とて、はなやかに笑ふに、「これも かの言はせ給ふならむ」とて、いとものしと思ひ給へり。「さらにさやうのことをなむ言ひ侍らぬ。人のいふだににくきものを」といらへて、引き入りにしか ば、後にもなほ、「人に恥ぢがましきこと言ひつけたり」とうらみて、「殿上人笑ふとて、言ひたるなめり」とのたまへば、「さては、一人(ひ<と >[た]り)をうらみ給ふべきことにもあらざなるに、あやし」といへば、その後(のち)は絶えてやみ給ひにけり。


158 :163:(能167):昔おぼえて不用なるもの

 昔おぼえて不用なるもの 繧繝(うげん)ばしの畳のふし出で来たる。唐絵の屏風の黒み、おもてそこなはれたる。絵師の目暗き。七八尺の鬘(かづら)の赤 くなりたる。葡萄(えび)染めの織物、灰かへりたる。色好みの老いくづほれたる。

 おもしろき家の木立焼け失せたる。池などはさながらあれど、浮き草、水草など茂りて。


159 :164:(能168):たのもしげなきもの

 たのもしげなきもの 心短かく、人忘れがちなる婿の、常に夜離れする。そら言(ごと)する人の、さすがに人の事成し顔にて大事請(う)けたる。

 風はやきに帆かけたる舟。七八十ばかりなる人の、心地あしうて、日頃になりたる。


160 :165:(能169):読経は

 読経は 不断経。


161 :166:(能170):近うて遠きもの

 近うて遠きもの 宮のまへの祭り。思はぬ兄弟(はらから)・親族(しぞく)の仲。鞍馬のつづらをりといふ道。十二月(しはす)の晦日(つごもり)の日、 正月(むつき)の一日(ついたち)の日のほど。


162 :167:(能171):遠くて近きもの

 遠くて近きもの 極楽。舟の道。人の仲。


163 :168:(能172):井は

 井は ほりかねの井。玉の井。走り井は逢坂なるがをかしきなり。山の井、などさしも浅きためしになり始めけむ。飛鳥井は、「みもひもさむし」とほめたる こそをかしけれ。千貫の井。少将井。櫻井。后町(きさきまち)の井。


164 :169:(能196):野は

 野は 嵯峨野さらなり。印南野。交野。駒野。飛火野(とぶひの)。しめし野。春日野。そうけ野こそすずろにをかしけれ。などてさつけけむ。宮城野。粟津 野。小野。紫野。


165 :170:(能235):上達部は

 上達部は 左大将。右大将。春宮の大夫。[中宮もあしからず(小文字行右側)。]権大納言。権[侍従のイ(小文字行右側)]中納言。宰相の中将。三位の 中将。


166 :171:(能236):君達は

 君達は 頭の中将。頭の弁。権の中将。四位の少将。蔵人の弁。四位の侍従。蔵人の少納言。蔵人の兵衛の佐。


167 :172:(能173):受領は

 <受領は 伊予の守。紀伊の守。和泉の守。大和の守。>


168 :173:(能174):権の守は

 権の守は 甲斐。越後。筑後。阿波。


169 :174:(能175):大夫は

 大夫は 式部の大夫。左衛門の大夫。右衛門の大夫。


170 :175:(能237):法師は

 法師は 律師。内供。


171 :176:(能238):女は

 女は 内侍のすけ。内侍。


172 :177:(能176):六位の蔵人などは

 六位の蔵人などは、思ひかくべきことにもあらず。かうぶり得てなにの権の守、大夫<などいふ>人の、板屋などの狭き家持たりて、また、小檜 垣(こひがき)などいふもの新しくして、車宿りに車引き立て、前近く一尺ばかりなる木生(お)ほして、牛つなぎて草など飼はするこそいとにくけれ。

 庭いと清げに掃き、紫革して伊予簾かけわたし、布障子(ぬのさうじ)はらせて住まひたる。夜は「門(かど)強くさせ」など、ことおこなひたる、いみじう 生ひ先なう、心づきなし。

 親の家、舅はさらなり、をぢ、兄などの住まぬ家、そのさべき人なからむは、おのづから、むつまじくうち知りたらむ受領の国へいきていたづらならむ、さら ずは、院、宮、坊(ばう)の屋あまたあるに、住みなどして、官(つかさ)待ち出でてのち、いつしかよき所尋ね取りて<住(す)>[よ]みたる こそよけれ。


173 :178:(能177):女のひとりすむ所は

 女<の>一人住む所は、いたくあばれて築土(ついひぢ)なども全(また)からず、池などある所も水草ゐ、庭なども蓬(よもぎ)に茂りなどこ そせねども、ところどころ砂(すなご)の中より青き草うち見え、さびしげなるこそあはれなれ。ものかしこげに、なだらかに修理(すり)して、門(かど)い たく固め、きはぎはしきは、いとうたてこそおぼゆれ。


174 :179:(能178):宮仕人の里なども

 宮仕人(みやづかへびと)の里なども、親ども二人あるは、いとよし。人しげく出で入り、奥のかたにあまた声々様々聞こえ、馬の音などして、いとさわがし きまであれど、とが<も>[り]なし。されど、忍びても、あらはれても、「おのづから出で給ひにけるをえしらで」とも、また、「いつか参り給 ふ」など言ひに、さしのぞき来るもあり。

 心かけたる人、はたいかがは。門(かど)あけなどするを、うたてさわがしうおほやうげに、夜中までなど思ひたるけしき、いとにくし。「大御門(みかど) はさしつや」など問ふなれば、「今まだ人のおはすれば」などいふ者の、なまふせがしげに思ひていらふるにも、「人出で給ひなば、とくさせ。このごろ盗人、 いとおほかなり。火あやふし」など言ひたるが、いとむつかしううち聞く人だにあり。

 この人の供なる者どもはわびぬにやあらむ、この客(かく)今や出づると絶えずさしのぞきて、けしき見る者どもを笑ふべかめり。まねうちするを聞かば、ま していかにきびしく言ひとがめむ。いと色に出でて言はぬも、思ふ心なき人は、かならず来などやはする。されど、すくよかなるは、「夜ふけぬ。御門あやふか なり」など笑ひて出でぬるもあり。まことに心ざしことなる人は「はや」などあまたたび遣(や)らはるれど、なほ居明かせば、たびたび見ありくに、明けぬべ きけしきを、いとめづらかに思ひて、「いみじう、御門を今宵らいさうとあけひろげて」と聞こえごちて、あぢきなく暁にぞさすなるは、いかがはにくきを。親 添ひぬるは、なほさぞある。まいて、まことのならぬは、いかに思ふらむとさへつつまし。兄人の家なども、けにくきはさぞあらむ。

 夜中、暁ともなく、門もいと心かしこうももてなさず、なにの宮、内裏わたり、殿ばらなる人々も出であひなどして、格子などもあげながら冬の夜を居明かし て、人の出でぬる後も見出だしたるこそをかしけれ。有明などは、ましていとめでたし。笛など吹きて出でぬる名残は、急ぎても寝られず、人のうへども言ひあ はせて歌など語り聞<く>ままに、寝入りぬるこそをかしけれ。


175 :180:(能315):ある所に、なにの君とかや

「ある所になにの君とかや言ひける人(=女)のもとに、君達にはあらねど、その頃いたう好いたる者に言はれ、心ばせなどある人の、九月ばかりに行きて、有 明のいみじう霧り満ちておもしろきに、『名残思ひ出でられむ』と言葉をつくして出づるに、今は往ぬらむと遠く見送るほど、えも言はず艶(えん)なり。出づ る方を見せてたちかへり、立蔀(たてじとみ)の間(あひだ)に陰(かげ)にそひて立ちて、なほ行きやらぬさまに今一度(ひとたび)言ひ知らせむと思ふに、 『有明の月のありつつも』と、忍びやかにうち言ひてさしのぞきたる、髪の頭にもより来ず、五寸ばかり下がりて、火をさしともしたるやうなりけるに、月の光 もよほされて、おどろかるる心地のしければ、やをら出でにけり」とこそ語りしか。


176 :181:(能179):雪のいと高うはあらで

 雪のいと高うはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。

 また、雪のいと高う降り積もりたる夕暮れより、端近う、同じ心なる人二三人ばかり、火桶を中に据ゑて物語などするほどに、暗うなりぬれどこなたには火も ともさぬに、おほかたの雪の光いと白う見えたるに、火箸して灰など掻きすさみて、あはれなるもをかしきも言ひ合はせたるこそをかしけれ。

 宵もや過ぎぬらむと思ふほどに、沓の音近う聞こゆれば、あやしと見出だしたるに、時々かやうのをりに、おぼえなく見ゆる人なりけり。「今日の雪を、いか にと思ひやり聞こえながら、なでふことにさはりて、その所に暮らしつる」など言ふ。「今日来む」などやうのすぢをぞ言ふらむかし。昼ありつることどもなど うち始めて、よろづの事を言ふ。円座(わらふだ)ばかりさし出でたれど、片つ方の足は下ながらあるに、鐘の音なども聞こゆるまで、内にも外(と)にも、こ の言ふことは飽かずぞおぼゆる。

 明けぐれのほどに帰るとて、「雪某(なに)の山に満てり」と誦じたるは、いとをかしきものなり。「女の限りしては、さもえ居明かさざらましを、ただなる よりはをかしう、すきたるありさま」など言ひ合はせたり。


177 :182:(能180):村上の前帝の御時に

 村上の前帝(せんだい)の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、楊器(やうき)に盛らせ給ひて、梅の花を挿して、月のいと明かきに、「これに歌よめ。い かが言ふべき」と、兵衛の蔵人に賜はせたりければ、「雪月花(ゆきはなつき)の時」と奏したりけるこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌などよむは世の常 なり。かくをりにあひたることなむ言ひがたき」とぞ、仰せられける。

 同じ人を御供にて、殿上に人候はざりけるほど、たたずませ給ひけるに、炭櫃に煙の立ちければ、「かれは何ぞと見よ」と仰せられければ、見て帰り参りて、

  わたつ海のおきにこがるる物見れば、あまの釣りしてかへるなりけり

と奏しけるこそをかしけれ。蛙(かへる)の飛び入りて焼くるなりけり。


178 :183:(能181):御形の宣旨の

 御形(みあれ)の宣旨(せじ)(=といふ女房)の、上に、五寸ばかりなる殿上童のいとをかしげなる(=人形)を作りて、みづら結ひ、装束などうるはしく して、なかに名書きて、奉らせ給ひけるを、「ともあきらの大君」と書いたりけるを、いみじうこそ興ぜさせ給ひけれ。


179 :184:(能182):宮にはじめて参りたるころ

 宮にはじめて参りたるころ、もののはづかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々参りて、三尺の御几帳の後ろに候ふに、絵など取り出でて見せさせ 給ふを、手にてもえさし出づまじう、わりなし。「これは、とあり、かかり。それか、かれか」などのたまはす。高坏に参らせたる御殿油なれば、髪の筋など も、なかなか昼よりも顕証に見えてまばゆけれど、念じて見などす。いとつめたきころなれば、さし出でさせ給へる御手のはつかに見ゆるが、いみじう匂ひたる 薄紅梅なるは、限りなくめでたしと、見知らぬ里人心地には、かかる人こそは世におはしましけれと、おどろかるるまでぞ、まもり参らする。

 暁にはとく下りなむといそがるる。「葛城の神もしばし」など仰せらるるを、いかでかは筋かひ御覧ぜられむとて、なほ伏したれば、御格子も参らず。女官ど も参りて、「これ、放たせ給へ」など言ふを聞きて、女房の放つを、「まな」と仰せらるれば、笑ひて帰りぬ。

 ものなど問はせ給ひ、のたまはするに、久しうなりぬれば、「下りまほしうなりにたらむ。さらば、はや。夜さりは、とく」と仰せらる。

 ゐざり隠るるや遅きと、あけ散らしたるに、雪降りにけり。登華殿の御前は、立蔀近くてせばし。雪いとをかし。

 昼つ方、「今日は、なほ参れ。雪に曇りてあらはにもあるまじ」など、度々召せば、この局の主(あるじ)も、「見苦し。さのみやは籠りたらむとする。あへ なきまで御前許されたるは、さおぼしめすやうこそあらめ。思ふにたがふはにくきものぞ」と、ただ急がしに出だしたつれば、我(あれ)にもあらぬ心地すれど 参るぞ、いと苦しき。火焼屋(ひたきや)の上に降り積みたるも、めづらしうをかし。御前近くは、例の炭櫃の火こちたくおこして、それにはわざと人もゐず。 上臈御まかなひに候ひ給ひけるままに、近うゐ給へり。沈の御火桶の梨絵したるにおはします。次の間に長炭櫃に隙なくゐたる人々、唐衣こき垂れたるほどな ど、馴れやすらかなるを見るも、いとうらやまし。御文取りつぎ、立ち居、行き違ふさまなどの、つつましげならず、物言ひ、ゑ笑ふ。いつの世にか、さやうに まじらひならむと思ふさへぞつつましき。奥寄りて三四人さしつどひて絵など見るもあめり。

 しばしありて、前駆(さき)高う追ふ声すれば、「殿参らせ給ふなり」とて、散りたる物ども取りやりなどするに、いかでおりなむと思へど、さらにえふとも 身じろかねば、今少し奥に引き入りて、さすがにゆかしきなめり、御几帳の綻びよりはつかに見入れたり。

 大納言殿の参り給へるなりけり。御直衣、指貫の紫の色、雪に映えていみじうをかし。柱もとにゐ給ひて、「昨日、今日物忌みに侍りつれど、雪のいたく降り 侍りつれば、おぼつかなさになむ」と申し給ふ。「『道もなし』と思ひつるに、いかで」とぞ御いらへある。うち笑ひ給ひて、「『あはれと』もや御覧ずると て」などのたまふ御ありさまども、これより何事かはまさらむ。物語にいみじう口にまかせて言ひたるにたがはざめりとおぼゆ。

 宮は、白き御衣どもに、紅の唐綾をぞ上に奉りたる。御髪(みぐし)のかからせ給へるなど、絵にかきたるをこそ、かかることは見しに、うつつにはまだ知ら ぬを、夢の心地ぞする。女房ともの言ひ、たはぶれ言などし給ふ。御いらへを、いささかはづかしとも思ひたらず聞こえ返し、そら言などのたまふは、あらがひ 論じなど聞こゆるは、目もあやに、あさましきまで、あいなう、面(おもて)ぞ赤むや。御菓子(くだもの)参りなど、とりはやして、御前にも参らせ給ふ。

 「御帳の後ろなるは、たれぞ」と問ひ給ふなるべし、さかすにこそはあらめ、立ちておはするを、なほほかへにやと思ふに、いと近うゐ給ひて、ものなどのた まふ。まだ参らざりしより聞きおき給ひけることなど、「まことにや、さありし」などのたまふに、御几帳隔てて、よそに見やりて参りつるだにはづかしかりつ るに、いとあさましう、さし向かひ聞こえたる心地、うつつともおぼえず。行幸など見るをり、車の方にいささかも見おこせ給へば、下簾引きふたぎて、透影も やと扇をさしかくすに、なほいとわが心ながらもおほけなく、いかで立ち出でしにかと、汗あえていみじきには、何事をかは、いらへも聞こえむ。

 かしこき陰とささげたる扇をさへ取り給へるに、振りかくべき髪のおぼえさへあやしからむと思ふに、すべて、さるけしきもこそは見ゆらめ。とく立ち給はな むと思へど、扇を手まさぐりにして、「絵のこと、誰がかかせたるぞ」などのたまひて、とみにもたまはねば、袖をおしあててうつぶしゐたる、裳、唐衣に白い ものうつりて、まだらならむかし。

 久しくゐ給へるを、心なう、苦しと思ひたらむと心得させ給へるにや、「これ見給へ。これは誰が手ぞ」と聞こえさせ給ふを、「たまはりて見侍らむ」と申し 給ふを、「なほ、ここへ」とのたまはす。「人をとらへて立て侍らぬなり」とのたまふも、いと今めかしく、身のほどにあはず、かたはらいたし。人の草仮名書 きたる草子など、取り出でて御覧ず。「たれがにかあらむ。かれに見せさせ給へ。それぞ世にある人の手はみな見知りて侍らむ」など、ただいらへさせむと、あ やしきことどもをのたまふ。

 ひとところだにあるに、また前駆うち追はせて、同じ直衣の人参り給ひて、これは今少しはなやぎ、猿楽(さるがう)言などし給ふを、笑ひ興じ、「我も、な にがしが、とあること」など、殿上人のうへなど申し給ふを聞くは、なほ変化の者、天人などの下り来たるにやとおぼえしを、候ひ慣れ、日ごろ過ぐれば、いと さしもあらぬわざにこそはありけれ。かく見る人々も、みな家の内裏出でそめけむほどは、さこそはおぼえけめなど、観じもてゆくに、おのづから面慣れぬべ し。

 物など仰せられて、「我をば思ふや」と問はせ給ふ。御いらへに、「いかがは」と啓するにあはせて、台盤所の方に、鼻をいと高くひたれば、「あな心憂。そ ら言を言ふなりけり。よし、よし」とて、奥へ入らせ給ひぬ。いかでか、そら言にはあらむ。よろしうだに思ひ聞こえさすべきことかは。あさましう、鼻こそは そら言しけれと思ふ。さても誰か、かく憎きわざはしつらむ。おほかた心づきなしとおぼゆれば、さるをりも、おしひしぎつつあるものを、まいていみじ、にく しと思へど、まだうひうひしければ、ともかくもえ啓しかへさで、明けぬれば、下りたる、すなはち、浅緑なる薄様に艶なる文を「これ」とて来たる。あけて見 れば、

 「『いかにしていかに知らまし偽りを空似ただすの神なかりせば』

となむ御けしきは」とあるに、めでたくも口惜しうも思ひ乱るるにも、なほ昨夜(よべ)の人ぞ、ねたくにくままほしき。

 「うすさ濃さそれにもよらぬはなゆゑにうき身のほどを見るぞわびしき

なほこればかり啓しなほさせ給へ。式の神もおぼづから。いとかしこし」とて、参らせて後にも、うたてをりしも、などてさはたありけむと、いと嘆かし。


180 :185:(能183):したり顔なるもの

 したり顔なるもの 正月一日に最初(さいそ)に鼻ひた<る>人。よろしき人はさしもなし。下﨟よ。きしろふ度(たび)の蔵人に子なしたる人 のけしき。また、除目にその年の一の国得たる人。よろこびなど言ひて、「いとかしこうなり給へり」などいふいらへに、「何かは。いとこと様(やう)に滅び て侍るなれば」などいふも、いとしたり顔なり。

 また、いふ人(=求婚者)おほく、いどみたる中に、選(え)りて婿になりたるも、我はと思ひぬべし。[こはき物怪移しえたる験者(げんざ)の気色。韻塞 (ゐんふたぎ)言ひ当てたる人イ。(小文字行右側)]受領したる人の宰相になりたるこそ、もとの君達のなりあがりたるよりもしたり顔にけ高う、いみじうは 思ひためれ。


181 :186:(能184):位こそなほめでたき物はあれ

 位こそ なほめでたき物はあれ。同じ人ながら、大夫の君、侍従の君など聞こゆる折は、いとあなづりやすきものを、中納言・大納言・大臣などになり給ひて は、むげにせくかたもなく、やむごとなうおぼえ給ふことのこよなさよ。ほどほどにつけては、受領などもみなさこそはあめれ。あまた国に行き、大弍や四位・ 三位などになりぬれば、上達部などもやむごとながり給ふめり。

 女こそなほわろけれ。内裏(うち)わたりに、御乳母(めのと)は内侍のすけ、三位などになりぬればおもしろけれど、さりとてほどより過 <ぎ、何ばかりのことかはある。また、多<く>や[う]はある。受領の北の方にて国へ下るをこそは、よろしき人のさいはひの際と思ひて めでうらやむめれ。ただ人の、上達部の北の方になり、上達部の御むすめ、后にゐ給ふこそは、めでたきことなめれ。

 されど、男はなほ若き身のなり出づるぞいとめでたきかし。法師などのなにがしなど言ひてありくは、何とかは見ゆる。経たふとく読み、みめ清げなるにつけ ても、女房にあなづられて、なりかかり(?)こそすめれ。僧都・僧正になりぬれば、仏のあらはれ給へるやうに、おぢ惑ひかしこまるさまは、何にか似たる。


182 :187:(能026,240)かしこきものは

 かしこきものは、乳母の男こそあれ。帝(みかど)、親王(みこ)たちなどは、さるものにておきたてまつりつ。そのつぎつぎ、受領(ずらう)の家などに も、所につけたるおぼえのわづらはしきものにしたれば、したり顔に、わが心地もいとよせありて、このやしなひたる子をも、むげにわがものになして、女はさ れど>(欠文。ソノハリ二146段後半カラ149段マデガ入ル) あり、男児(をのこご)はつとたちそひて後ろ見、いささかもかの御ことにたがふ者をばつめたて、讒言(ざうげん)し、あしけれど、これが世をば心にまかせ ていふ人もなければ、ところ得、いみじき面持ちして、こと行ひなどす。

 むげにをさなきほどぞ少し人わろき。親の前に臥(ふ)すれば、一人局(つぼね)に臥したり。さりとてほかへ行けば、こと心ありとてさわがれぬべし。強 (し)ひて呼びおろして臥したるに、「まづまづ」と呼ばるれば、冬の夜など、引きさがし引きさがしのぼりぬるがいとわびしきなり。それはよき所も同じこ と、今少しわづらはしきことのみこそあれ。


183 :188:(能305):病は

 病(やまひ)は 胸。物の怪。脚の気。はては、ただそこはかとなくて物食はれぬ心地。


183 :189:(能305):十八九ばかりの人の

 十八九ばかりの人の、髪いとうるはしくて丈ばかりに、裾いとふさやかなる、いとよう肥えて、いみじう色白う、顔愛敬づき、よしと見ゆるが、歯をいみじう 病みて、額髪もしとどに泣きぬらし、乱れかかるも知らず、面(おもて)もいと赤くて、おさへてゐたるこそをかしけれ。


183 :190:(能305):八月ばかりに

 八月ばかりに、白き単衣なよらかなるに、袴よきほどにて、紫苑の衣のいとあてやかなるを引きかけて、胸をいみじう病めば、友達の女房など、数々(かずか ず)来つつとぶらひ、外(と)のかたにも若やかなる君達あまた来て、「いといとほしきわざかな。例もかうや悩み給ふ」など、ことなしびにいふもあり。

 心かけたる人はまことにいとほしと思ひ嘆き、<人知れぬなかなどは、まして人目思ひて、寄るにも近くえ寄らず、思ひ嘆き>たるこそをかしけ れ。いとうるはしう長き髪を引き結ひて、ものつくとて起きあがりたるけしきもらうたげなり。

 上にもきこしめして、御読経の僧の声よきたまはせたれば、几帳引きよせてすゑたり。ほどもなきせばさなれば、とぶらひ人あまた来て、経聞きなどするも隠 れなきに、目をくばりて読みゐたるこそ、罪や得(う)らむとおぼゆれ。


184 :191:(能317):すきずきしくてひとり住みする人の

 すきずきしくて一人住みする人の、夜はいづくにかありつらむ、暁に帰りて、やがて起きたる、ねぶたげなるけしきなれど、硯取りよせて墨こまやかにおしす りて、ことなしびに筆に任せてなどはあらず、心とどめて書く、まひろげ姿もをかしう見ゆ。

 白き衣どもの上に、山吹、紅などぞ着たる。白き単衣(ひとへ)のいたうしぼみたるを、うちまもりつつ書きはてて、前なる人にも取らせず、わざと立ちて、 小舎人童、つきづきしき随身など近う呼び寄せて、ささめき取らせて、往ぬる後も久しうながめて、経などのさるべき所々、忍びやかに口ずさびに読みゐたる に、奥の方に御粥、手水(てうず)などしてそそのかせば、あゆみ入りても、文机(ふづくゑ)におしかかりて書(ふみ)などをぞ見る。おもしろかりける所は 高ううち誦じたるも、いとをかし。

 手洗ひて、直衣ばかりうち着て、六の巻そらに読む、まことにたふときほどに、近き所なるべし、ありつる使、うちけしきばめば、ふと読みさして、返りごと に心移すこそ、罪得らむとをかしけれ。


185 :192:(能なし):いみじう暑き昼中に

 いみじう暑き昼中(ひるなか)に、いかなるわざをせむと、扇の風もぬるし、氷水(ひみづ)に手をひたし、もて騒ぐほどに、こちたう赤き薄様を、唐撫子 (からなでしこ)のいみじう咲きたるに結びつけて取り入れたるこそ、書きつらむほどの暑さ、心ざしのほど浅からずおしはかられて、且(か)つ使ひつるだに あかずおぼゆる扇もうち置かれぬれ。


186 :193:(能なし):南ならずは東の廂の板の

 南ならずは、東の廂の板(=縁)のかげ見ゆばかり(=つややか)なるに、あざやかなる畳をうち置きて、三尺の几帳の帷子(かたびら)いと涼し気に見えた るをおしやれば、流れて思ふほどよりも過ぎて立てるに、白き生絹の単衣、紅の袴、宿直物(とのゐもの=ねまき)には濃き衣のいたうは萎えぬを、少し引きか けて臥したり。

 灯篭(とうろ)に火ともしたる二間(ふたま)ばかり去りて、簾(す)高うあげて、女房二人ばかり、童など、長押によりかかり、また、おろいたる簾に添ひ て臥したるもあり。火取(とり)に火深う埋(うづ)みて、心細げに匂はしたるも、いとのどやかに、心にくし。

 宵うち過ぐるほどに、忍びやかに門叩く音のすれば、例の心知りの人来て、けしきばみ立ち隠し、人まもりて入れたるこそ、さるかたにをかしけれ。

 かたはらにいとよく鳴る琵琶のをかしげなるがあるを、物語のひまひまに、音(ね)も立てず、爪弾(つまび)きにかき鳴らしたるこそをかしけれ。


187 :194:(能なし):大路近なる所にて聞けば

 大路近(ちか)なる所にて聞けば、車に乗りたる人の有明のをかしきに簾(すだれ)あげて、「遊子(いうし)なほ残りの月に行く」といふ詩を、声よくて誦 じたるもをかし。

 馬にても、さやうの人の行くはをかし。さやうの所にて聞くに、泥障(あふり=泥除けの馬具)の音の聞こゆるを、いかなる者ならむと、するわざもうち置き て見るに、あやしの者を見つけたる、いとねたし。


188 :195:(能262):ふと心劣りとかするものは

 ふと心劣りとかするものは 男も女も言葉の文字いやしう使ひたるこそ、よろづの事よりまさりてわろけれ。ただ文字一つにあやしう、あてにもいやしうもな るは、いかなるにかあらむ。さるは、かう思ふ人(=私も)ことにすぐれてもあらじかし。いづれをよしあしと知るにかは。されど、人をば知らじ、ただ心地に さおぼゆるなり。

 いやしき言(こと)もわろき言(こと)も、さと知りながらことさらに言ひたるはあしうもあらず。わがもてつけたるを、つつみなく言ひたるは、あさましき わざなり。また、さもあるまじき老いたる人、男などの、わざとつくろひ、ひなびたるは、にくし。まさなき言も、あやしき言も、大人なるは、まのもなく言ひ たるを、若き人は、いみじうかたはらいたきことに聞き入りたるこそ、さるべきことなれ。

 何事を言ひても、「そのことさせむとす」「言はむとす」「何とせむとす」といふ「と」文字を失ひて、ただ「言はむずる」「里へ出でむずる」など言へば、 やがていとわろし。まいて、文に書いては言ふべきにもあらず。物語などこそあしう書きなしつれば言ふかひなく、作り人さへこそいとほしけれ。「ひてつ車 (くるま)に」と言ひし人もありき。「求む」といふことを「みとむ」なんどは、みな言ふめり。


189 :196:(能307):宮仕人のもとに来などする男の

 宮仕人のもとに来などする男の、そこにて物食ふこそいとわろけれ。食はする人も、いとにくし。思はむ人の、「なほ」など心ざしありて言はむを、忌みたら むやうに口をふたぎ、顔をもてのくべきことにもあらねば、食ひをるにこそはあらめ。

 いみじう酔(ゑ)ひて、わりなく夜ふけて泊まりたりとも、さらに湯漬をだに食はせじ。心もなかりけりとて来ずは、さてありなむ。

 里などにて、北面より出だしては、いかがはせむ。それだになほぞある。


190 :197:(能185):風は

 風は 嵐。三月ばかりの夕暮れにゆるく吹きたる雨風(あまかぜ)。


190 :198:(能185):八、九月ばかりに

 八九月ばかりに、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり。雨の脚(あし)横さまにさわがしう吹きたるに、夏通したる綿衣(わたぎぬ)の掛かりたるを、 生絹の単衣かさねて着たるも、いとをかし。この生絹だにいと所せく暑かはしく取り捨てまほしかりしに、いつのほどにかく(=涼しく)なりぬるにか、と思ふ もをかし。暁に格子、端戸(つまど)をおしあけたれば、嵐のさと顔にしみたるこそ、いみじくをかしけれ。


190 :199:(能185):九月つごもり、十月の頃

 九月つごもり・十月の頃、空うち曇りて風のいとさわがしく吹きて、黄なる葉どものほろほろとこぼれ落つる、いとあはれなり。桜の葉、椋(むく)の葉こ そ、いととくは落つれ。

 十月ばかりに木立おほかる所の庭は、いとめでたし。


191 :200:(能186):野分のまたの日こそ

 野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。立蔀、透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られた るが、萩・女郎花(をみなへし)などの上によころばひ伏せる、いと思はずなり。格子の壷などに木の葉をことさらにしたらむやうに、こまごまと吹き入れたる こそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえね。

 いと濃き衣のうはぐもりたるに、黄朽葉の織物、薄物などの小袿着てまことしう清げなる人の、夜は風の騒ぎに寝られざりければ、久しう寝起きたるままに、 母屋(もや)より少しゐざり出でたる、髪は風に吹きまよはされて少しうちふくだみたるが、肩にかかれるほど、まことにめでたし。

 ものあはれなるけしきに、見出だして、「むべ山風を」など言ひたるも心あらむと見ゆるに、十七八ばかりにやあらむ、小さうはあらねど、わざと大人とは見 えぬが、生絹の単衣のいみじうほころび絶え、花もかへり濡れなどしたる薄色の宿直物を着て、髪、色に、こまごまとうるはしう、末も尾花のやうにて丈(た け)ばかりなりければ、衣の裾にかくれて、袴のそばそばより(=髪が)見ゆるに、童べ・若き人々の、根ごめに吹き折られたる、ここかしこに取り集め、起こ し立てなどするを、うらやましげに(=簾を)押し張りて、簾に添ひたる後手(=後姿)も、をかし。


192 :201:(能187):心にくきもの

 心にくきもの もの隔てて聞くに、女房とはおぼえぬ手の忍びやかにをかしげに聞こえたるに、答(こた)へわかやかにして、うちそよめきて参るけはひ。も のの後ろ、障子などへだてて聞くに、御膳(おもの)参るほどにや、箸・匙(かひ)など、取りまぜて鳴りたる、をかし。ひさげの柄の倒れ伏すも、耳こそとま れ。

 よう打ちたる衣の上に、さわがしうはあらで、髪の振りやられたる、長さおしはからる。いみじうしつらひたる所の、大殿油は参らで、炭櫃などにいと多くお こしたる火の光ばかり照り満ちたるに、御帳の紐などのつややかにうち見えたる、いとめでたし。御簾の帽額・総角(あげまき)などにあげたる鈎(こ=金具) の際(きは)やかなるも、けざやかに見ゆ。よく調じたる火桶の、灰の際(きは)清げにて、おこしたる火に、内にかきたる絵などの見えたる、いとをかし。箸 のいときはやかにつやめきて、筋交(すぢか)ひ立てるも、いとをかし。

 夜いたくふけて、御前にも大殿籠り、人々みな寝ぬる後、外のかたに殿上人などのものなどいふ<に>、奥に碁石の笥(け)に入るる音あまたた び聞こゆる、いと心にくし。火箸を忍びやかに突い立つるも、まだ起きたりけりと聞くも、いとをかし。なほ寝(い)ねぬ人は心にくし。人の臥したるに、物へ だてて聞くに、夜中ばかりなど、うちおどろきて聞けば、起きたるななりと聞こえて、いふことは聞こえず、男も忍びやかにうち笑ひたるこそ、何事ならむとゆ かしけれ。

 また、<主(しゆう)も>おはしまし、女房など候ふに、上人(うへびと)、内侍のすけなど、はづかしげなる、参りたる時、御前近く御物語な どあるほどは、大殿油も消ちたるに、長炭櫃(すびつ)の火に、もののあやめもよく見ゆ。

 殿ばらなどには、心にくき新参(いままゐり)のいと御覧ずる際にはあらぬほど、やや更かしてまうのぼりたるに、うちそよめく衣のおとなひなつかしう、ゐ ざり出でて御前に候へば、ものなどほのかに仰せられ、子めかしうつつましげに、声のありさま聞こゆべうだにあらぬほどにいと静かなり。女房ここかしこにむ れゐつつ、物語うちし、下りのぼる衣のおとなひなど、おどろおどろしからねど、さななりと聞こえたる、いと心にくし。

 内裏の局などに、うちとくまじき人のあれば、こなたの火は消ちたるに、かたはらの光の、ものの上などよりとほりたれば、さすがにもののあやめはほのかに 見ゆるに、短かき几帳引き寄せて、いと昼はさしも向かはぬ人なれば、几帳のかたに添ひ臥して、うちかたぶきたる頭つきのよさあしさは隠れざめり。直衣、指 貫など几帳にうちかけたり。

 六位の蔵人の青色もあへなむ。緑衫(ろうさう)はしも、あとのかたにかいわぐみて、暁にもえ探りつけでまどはせこそせめ。

 夏も、冬も、几帳の片つ方にうちかけて人の臥したるを、奥のかたよりやをらのぞいたるも、いとをかし。

 薫物の香、いと心にくし。


192 :202:(能なし):五月の長雨の頃

 五月の長雨の頃、上の御局の小戸の簾に、斉信の中将の寄りゐ給へりし香は、まことにをかしうもありしかな。その物の香ともおぼえず。おほかた雨にもしめ りて、艶なるけしきのめづらしげなきことなれど、いかでか言はではあらむ。またの日まで御簾にしみかへりたりしを、若き人などの世に知らず思へる、ことわ りなりや。


192 :203:(能なし):ことにきらきらしからぬ男の

 ことにきらきらしからぬ男(をのこ)の、高き、短かきあまたつれだちたるよりも、少し乗り馴らしたる車のいとつややかなるに、牛飼童、なりいとつきづき しうて、牛のいたうはやりたるを、童は遅(おく)るるやうに綱引かれて遣る。

 細やかなる男の裾濃だちたる袴、二藍か何ぞ、髪はいかにもいかにも、掻練、山吹など着たるが、沓のいとつややかなる、筒(どう)のもと近う走りたるは、 なかなか心にくく見ゆ。


193 :204:(能188):島は

 島は 八十島(やそしま)。浮島。たはれ島。ゑ島。松が浦島。豊浦(とよら)の島。まがきの島。


194 :205:(能189):浜は

 浜は うど浜。長浜。吹上(ふきあげ)の浜。打出(うちいで)の浜。もろよせの浜。千里(ちさと)の浜。広う思ひやらる。


195 :206:(能190):浦は

 浦は <をふ>[おほ]の浦。塩竈の浦。こりずまの浦。名高の浦。


196 :207:(能115):森は

 森は うへ木の森。石田(いはた)の森。木枯(こがらし)の森。うたた寝の森。岩瀬の森。大荒木(おほあらき)の森。たれその森。くるべきの森。立聞 (たちぎき)の森。

 横竪(よこたて)の森といふが耳にとまるこそあやしけれ。森などいふべくもあらず、ただ一木あるを何事につけけむ。


197 :208:(能191):寺は

 寺は 壺坂。笠置(かさぎ)。法輪(ほふりん)。霊山(りやうぜん)は釈迦仏の御住処(すみか)なるがあはれなるなり。石山。粉河(こかは)。志賀。


198 :209:(能192):経は

 経は 法華経さらなり。普賢(ふげん)十願。千手経。随求(ずいぐ)経。金剛般若。薬師経。仁王経の下巻。


199 :210:(能194):仏は

 仏は 如意輪。千手、すべて六観音。薬師仏。釈迦仏。弥勒(みろく)。地蔵。文殊。不動尊。普賢。


200 :211:(能193):ふみは

 書(ふみ)は 文集。文選。新賦。史記。五帝本紀。願文(ぐわんもん)。表。博士の申文(まをしぶみ)。


201 :212:(能195):物語は

 物語は 住吉。うつほ。殿うつり。国ゆづりはにくし。むもれ木。月待つ女。梅壷の大将。道心すすむる。松が枝(え)。こま野<の>物語は、 古蝙蝠(かはほり=扇)探し出でて持て行きしがをかしきなり。ものうらやみの中将、宰相に子生ませて、かたみの衣など乞ひたるぞにくき。交野(かたの)の 少将。


202 :213:(能197):陀羅尼は

 陀羅尼は 暁。経は 夕暮。


203 :214:(能198):あそびは

 遊びは 夜。人の顔見えぬほど。


204 :215:(能199):あそびわざは

 遊びわざは 小弓。碁。さまあしけれど、鞠(まり)もをかし。<韻塞。碁>[韻ふたぎ。双六は調食(てうばみ)イ。(小文字)]


205 :216:(能200):舞は

 舞は 駿河舞。求子(もとめご)、いとをかし。太平楽、太刀などぞうたてあれど、いとおもしろし。唐土(もろこし)に敵(かたき)どちなどして舞ひけむ など聞くに。

 鳥の舞。抜頭(ばとう)は髪振りあげたるまみなどはうとましけれど、楽(がく)もなほいとおもしろし。落蹲(らくそん)は二人して膝踏みて舞ひたる。狛 がた。


206 :217:(能201):弾くものは

 弾くものは 琵琶。[筝(しやう)の琴。]調(しら)べは風香調(ふかうでう)。黄鐘調(わうしきでう)。蘇合(そがふ)の急(きふ)。鶯の囀りといふ 調べ。

 <筝の琴、いとめでたし。調べは、>相府連(さう<ふ>れん=かな小文字)。


207 :218:(能202):笛は

 笛[ふきものイ(小文字行右側)]は 横笛いみじうをかし。遠うより聞こゆるが、やうやう近うなりゆくもをかし。近かりつるが遥かになりて、いとほのか に聞こゆるも、いとをかし。車にても、徒歩(かち)よりも、馬よりも、すべて、懐にさし入れて持たるも、何とも見えず。さばかりをかしき物はなし。まして 聞き知りたる調子などは、いみじうめでたし。暁などに忘れてをかしげなる枕のもとにありける、見付たるもなほをかし。人の取りにおこせたるをおし包みてや る<も>、立文のやうに見えたり。

 笙(さう)の笛は月の明<か>[る]きに、車などにて聞き得たる、いとをかし。所<せ>[を]く持てあつかひにくくぞ見ゆる。 さて、吹く顔やいかにぞ。それは横笛も吹きなしなめ<り>[し]かし。

 篳篥(ひちりき)はいとかしがましく、秋の虫を言<は>[か]ゞ、轡(くつわ)虫などの心地して、うたてけ近く聞かまほしからず。ましてわ ろく吹きたるは、いとにくきに、臨時の祭の日、まだ御前(おまへ)には出でで、ものの後ろに横笛をいみじう吹きたてたる、あな、おもしろと聞くほどに、な からばかりよりうち添へて吹きのぼりたるこそ、ただいみじううるはし[き]髪(がみ)持たらむ人も、みな立ちあ<が>[る]りぬべき心地す れ。やうやう琴・笛にあはせてあゆみ出でたる、いみじうをかし。


208 :219:(能203):見るものは

 見るものは 臨時の祭。行幸。祭の<かへ>[人]さ。御賀茂詣(みかもまうで)。


208 :220:(能203):賀茂の臨時の祭

 賀茂の臨時の祭、空の曇り寒げなるに、雪少しうち散りて、挿頭の花、青摺(あをずり)などにかかりたる、えも言はずをかし。太刀の鞘(さや)のきはやか に、黒うまだらにて、ひろう見えたるに、半臂(はんぴ)の緒(を)の瑩(えう)したるやうにかかりたる、地摺の袴のなかより、氷(こほ<り> [る])かとおどろくばかりなる打目など、すべていとめでたし。今少しおほくわたらせまほしきに、使は必ずよき人ならず、受領などなるは目もとまらず憎げ なるも、藤の花<に>[も]隠れたるほどはをかし。なほ過ぎぬる方を見送るに、陪従(べいじゆう)のしなおくれたる、柳に挿頭の山吹わりなく 見ゆれど、泥障(あふり)いと高ううち鳴らして、「<賀茂>[神]の社(やし<ろ>[かほ])のゆふだすき」と歌ひたるは、いと をかし。


208 :221:(能203):行幸にならぶものは何にかはあらむ

 行幸にならぶものは何にかはあらむ。御輿(こし)に奉るを見奉るには、明暮御前に候ひつかうまつるともおぼえず、神々しく、いつくしう、いみじう、常は 何とも見えぬなにつかさ、姫まうち君さへぞ、やむごとなくめづらしくおぼゆるや。御綱の助の中・少将、いとをかし。

 近衛の大将、ものよりことにめでたし。近衛司(づかさ)こそなほいとをかしけれ。

 五月(=武徳殿への行幸)こそ世に知らずな<ま>めかしきものなりけれ。されど、この世に絶えにたることなめれば、いと口惜し。昔語(むか しがたり)に人のいふを聞き、思ひあはするに、げにいかなりけむ。ただその日は菖蒲(さうぶ)うち葺き、世の常のありさまだにめでたきをも、殿のありさ ま、所々の御桟敷どもに菖蒲葺(ふ)きわたし、よろづの人ども菖蒲鬘(かづら)して、あやめの蔵人、形よき限(か<ぎ>[さ]り)り選りて出 だされて、薬玉たまはすれば、拝(<は>[け]い)して腰につけなどしけむほど、いかなりけむ。

 ゑいのすいゑうつりよきもなど打ち(=「えびすのいへうつり、よもぎなどうち」からの誤写)けむこそ、をこにもをかしうもおぼゆれ。還(かへ)らせ給ふ 御輿のさきに、獅子・狛犬など舞ひ(=蘇芳菲の舞)、あはれさることのあらむ、ほととぎすうち鳴き、頃(ころ)のほどさへ似るものなかりけむかし。

 行幸はめでたきものの、君達、車などの好ましう乗りこぼれて、上下(かみしも)走らせなどするがなきぞ口惜しき。さやうなる車のおしわけて立ちなどする こそ、心ときめきはすれ。


208 :222:(能203):祭のかへさ、いとをかし

 祭のかへさ、いとをかし。昨日はよろづのうるはしくして、一条の大路の広う清げなるに、日の影も暑く、車にさし入りたるもまばゆければ、扇して隠し、居 なほり、久しく待つも苦しく、汗などもあえしを、今日はいととく急ぎ出でて、雲林院、知足院などのもとに立てる車ども、葵・蔓(かづら)どももうちなびき て見ゆる。

 日は出でたれども、空はなほうち曇りたるに、いみじう、いかで聞かむと、目をさまし起きゐて待たるる郭公の、あまたさへあるにやと鳴き響かすは、いみじ うめでたしと思ふに、鶯の老いたる声して彼に似せむと、ををしううち添へたるこそ、憎けれどまたをかしけれ。

 いつしかと待つに、御社の方より赤衣うち着たる者どもなどのつれだちて来るを、「いかにぞ。事なりぬや」といへば、「まだ、無期(むご)」などいらへ、 御輿など持て帰(<か>へ)る。かれに奉りておはしますらむもめでたく、け高く、いかでさる下衆などの近く候ふにかとぞ、おそろしき。

 遥かげに言ひつれど、ほどなく還らせ給ふ。扇よりはじめ、青朽葉どものいとをかしう見ゆるに、所の衆の、青色に白襲をけしきばかり引きかけたるは、卯の 花の垣根(か<き>[さ]ね)近うおぼえて、ほととぎすもかげに隠れぬべくぞ見ゆるかし。

 昨日は車一つにあまた乗りて、二藍の同じ指貫(さし<ぬき>[きぬ])、あるは狩衣など乱れて、簾解きおろし、もの狂ほしきまで見えし君達 の、斎院の垣下(ゑが=相伴人)にとて、日の装束うるはしうして、今日は一人づつさうざうしく乗りたる後(しり)に、をかしげなる殿上童(わらは)乗せた るもをかし。

 わたり果てぬる、すなはちは心地も惑ふらむ、我も我もと危ふく恐ろしきまで前(さき)に立たむと急ぐを、「かくな急ぎそ」と扇をさし出でて制するに、聞 きも入れねば、わりなきに、少しひろき所にて強ひてとどめさせて立てる、心もとなく憎しとぞ思ひたるべきに、ひかへたる車どもを見やりたるこそをかしけ れ。

 男車の誰(たれ)とも知らぬが後(しり)に引きつづきて来るも、ただなる<より>[ころ]はをかしきに、引き別るる所にて、「峰にわかる る」と言ひたるもをかし。なほあかずをかしければ、斎院の鳥居のもとまで行<き>[れ]て見るをりもあり。

 内侍の車などのいとさわがしければ、異方(ことかた)の道より帰れば、まことの山里めきてあはれなるに、卯つ木垣根といふものの、いとあらあらしくおど ろおどろしげに、さし出でたる枝どもなどおほかるに、花はまだよくも開(ひら)けはてず、つぼみたる<が>[う]ちに見ゆるを折らせて、車の こなたかなたにさしたるも、蔓などのしぼみたるが口惜しきに、をかしうおぼゆ。いとせばう、えも通るまじう見ゆる行く先を、近う行きもて行けば、さしもあ らざりけることをかしけれ。


209 :223:(能204):五月ばかりなどに山里にありく

 五月ばかりなどに山里<に>ありく、いとをかし。草葉も水もいと青く見えわたりたるに、上はつれなくて草生ひ茂りたるを、ながながとたたざ まに行けば、<下は>えならざりける水の、深くはあらねど、人などのあゆむに走りあがりたる、いとをかし。

 左右(ひだりみぎ)にある垣にあるものの枝などの、車の屋形などにさし入るを、急ぎてとらへて折らむとするほどに、ふと過ぎてはづれたるこそ、いと口惜 しけれ。蓬の、車に押しひしがれたりけるが、輪の回りたるに、近う<う>[た]ちかかりたるもをかし。


210 :224:(能205):いみじう暑きころ

 いみじう暑きころ、夕涼みといふほど、物のさまなどもおぼめかしきに、男車の前駆(さき)追ふはいふべきにもあらず、ただの人も後(しり)の簾(すだ れ)あげて、二人も、一人も、乗りて走らせ行くこそ涼しげなれ。まして、琵琶掻い調べ、笛の音など聞こえたるは、過ぎて往ぬるも口惜し。さやうなる <は>[に]、牛の鞦(しりがい)の香の、なほあやしう、嗅ぎ知らぬものなれど、をかしきこそもの狂ほしけれ。

 いと暗う、闇なるに、前(さき)にともしたる松の煙の香の、車のうちにか<か>[え]へたるもをかし。


211 :225:(能247):五月四日の夕つ方

 五月四日の夕つ方、青き草おほくいとうるはしく切りて、左右(ひだりみぎ)担(にな)ひて、赤衣着たる男の行くこそをかしけれ。


212 :226:(能248):賀茂へまゐる道に

 賀茂へまゐる道に、田植うとて女の新しき折敷(をしき)のやうなるものを笠に着て、いと多う立ちて歌をうたふ。折れ伏すやうに、また何事するとも見えで 後ろざまに行く。いかなるにかあらむ。をかしと見ゆるほどに、ほととぎすをいとなめう歌ふ<を>聞くにぞ心憂き。「ほととぎす、おれ、かやつ よ。おれ鳴きてこそ、我は田植(<う>[か])うれ」と歌ふを聞くも、いかなる人か「いたくな鳴きそ」とは言ひけむ。仲忠(なかただ)が童生 (わらはお=生い立ち)ひ言ひ落とす<人>[らへ]と、ほととぎす鴬に劣ると言ふ人こそ、いとつらうにくけれ。


213 :227:(能249):八月つごもり

 八月つごもり、太秦(=広隆寺)に詣づとて見れば、穂に出でたる田を人いと多く見騒ぐは、稲刈るなりけり。「早苗取りしかいつのまに」、まことにさいつ ころ賀茂へ詣づとて見しが(=212)、あはれにもなりにけるかな。これは男(をのこ)どもの、いと赤き稲の本(もと)ぞ青(<あ>を)きを <取>[もた]りて刈る。何にかあらむして本を切るさまぞ、やすげに、せまほしげに見ゆるや。いかでさすらむ、穂をうち敷きて並みをるも、を かし。庵(いほ)のさまなど。


214 :228:(能なし):九月二十日あまりのほど

 九月二十日あまりのほど、初瀬に詣でて、いとはかなき家に泊まりたりしに、いと苦しくて、ただ寝<に>[は]寝入りぬ。

 夜ふけて、月の窓より洩りたりしに、人の臥したりしどもが衣の上に白うて映りなどしたりしこそ、いみじうあはれとおぼえしか。さやうなるをりぞ、人歌よ むかし。


215 :229:(能なし):清水などに参りて

 清水などに参りて、坂(さ<か>[る])もとのぼるほどに、柴たく香のいみじうあはれなるこそをかしけれ。


216 :230:(能206):五月の菖蒲の

 五月の菖蒲の、秋冬過ぐるまであるが、いみじう白(しら)み枯れてあやしきを、引き折りあげたるに、その折の香の残りてかかへたる、いみじうをかし。


217 :231:(能207):よくたきしめたる薫物の

 <よくたきしめたる薫物の、昨日、一昨日、>今日などは忘れたるに、引き上げたるに、煙(けぶ<り>[か])の残りたるは、た だ今の香(か)よりもめでたし。


218 :232:(能208):月のいと明かきに

 月のいと明かきに、川を渡れば、牛の歩むままに、水晶(すゐさう)などの割れたるやうに、水の散りたるこそをかしけれ。



 一本 心にくき物の下

 夜居に参りたる僧を、あらはなる<まじう>とて局にすゑて、冬は火桶など取らせたるに、声もせねば、いぎたなく寝たるなめりと思ひて、これ かれ物言ひ、人のうへ褒めそしりなどするに、数珠(ずず)のすがり(=房)の、心にもあらず、脇息などに当たりて鳴りたるこそ心にくけれ。

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下巻の下(第219~301段および跋文)
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219 :233:(能209):おほきにてよきもの

 大きにてよきもの 家。餌袋(ゑぶくろ)。法師。菓子(くだもの)。牛。松の木。硯の墨。

 男(をのこ)の目の細きは、女びたり。また、鋺(かなまり)のやうならむもおそろし。火桶。酸漿(ほほづき)。山吹の花。桜の花びら。


220 :234:(能210):短くてありぬべきもの

 短くてありぬべきもの とみのもの縫ふ糸。下衆女の髪。人のむすめの声。灯台。


221 :235:(能211):人の家につきづきしきもの

 人の家につきづきしきもの 肱折りたる廊。円座(わらふだ)。三尺の几帳。おほきやかなる童女(どうによ)。よきはしたもの。

 侍の曹司(ざうし)。折敷(をしき)。懸盤。中(ちゆう)の盤。おはらき。衝立(ついた<て>[ち])障子。かき板。装束よくしたる餌袋。 傘(からかさ)。棚厨子。提子(ひさげ)。銚子。[紺の垂れ布。]


222 :236:(能212):ものへ行く路に

 ものへ行く路に、清げなる男(をのこ)の細やかなるが、立文持ちて急ぎ行くこそ、いづちならむと見ゆれ。

 また、清げなる童べなどの、袙(あこめ)どものいとあざやかなるにはあらで、なえばみたるに、屐子(けいし)のつややかなるが、歯に土おほく付きたるを 履きて、白き紙に大きに包みたる物、もしは箱の蓋に草子どもなど入れて持て行くこそ、いみじう、呼びよせて見まほしけれ。

 門近(かどちか)なる所の前わたりを呼び入るるに、愛敬なく、いらへもせで行く者は、使ふらむ人こそおしはからるれ。


223 :237:(能214):よろづの事よりも

 よろづの事よりも、わびしげなる車に装束わるくて物見る人、いともどかし。説経などはいとよし。罪失ふことなれば。それだになほあながちなるさまにては 見苦しきに、まして祭などは見でありぬべし。下簾なくて、白き単衣の袖などうち垂れてあめりかし。ただその日の料と思ひて、車<の>簾もした てて、いと口惜しうはあらじと出で[ゝ]たるに、まさる車などを見つけては、何しにとおぼゆるものを、まいて、いかばかりなる心にて、さて見るらむ。

 よき所に立てむといそがせば、とく出でて待つほど、ゐ入り、立ち上がりなど、暑く苦しきに困ずるほどに、斎院の垣下(ゑが)に参りける殿上人・所の衆・ 弁・少納言など、七つ八つと引きつづけて、院の方より走らせてくるこそ、事なりにけりとおどろかれてうれしけれ。

 物見の所の前に立てて見るも、いとをかし。殿上人物言ひにおこせなどし、所の御前(ごぜん)どもに水飯(すゐはん)食はすとて、階(はし)のもとに馬引 き寄するに、おぼえある人の子どもなどは、雑色など下りて馬の口<取り>などしてをかし。さらぬ者の見も入れられぬなどぞいとほしげなる。

 御輿のわたらせ給へば、轅どもある限りうちおろして、過ぎさせ給ひぬれば、まどひあぐるもをかし。その前に立つる車はいみじう制するを、「などて立つま じき」とて強ひて立つれば、言ひわづらひて、消息などするこそをかしけれ。所もなく立ちかさなりたるに、よきところの御車、副車(ひとだまひ)引きつづき ておほく来るを、いづこに立たむとすらむと見るほどに、御前(ごぜん)どもただ下りに下りて、立てる車どもをただ除けに除けさせて、副車まで立てつづけさ せつるこそ、いとめでたけれ。追ひさげさせつる車どもの、牛かけて、所あるかたにゆるがし行(ゆ)くこそ、いとわびしげなれ。きらきらしくよきなどをば、 いとさしもおしひしがず。いと清げなれど、またひなび、あやしき下衆など絶えず呼び寄せ、出だし据(<す>[つ])ゑなどしたるもあるぞか し。


224 :238:(能215):細殿にびんなき人なむ

 「細殿に便(びん)なき人(=不適切な男)なむ、暁に笠さして出でける」と言ひ出でたるを、よく聞けば、わがうえなりけり。地下(ぢげ=六位以下)など 言ひても、目やすく人に許さるばかりの人にもあらざなるを、あやしのことやと思ふほどに、上より御文持て来て、「返りごと、ただ今」と仰せられたり。何事 にかとて見れば、大笠の絵(かた)をかきて、人は見えず、ただ手の限り<笠>を捉へさせて、下(しも)に、

  「山の端明けし朝(あした)より」

と書かせ給へり。なほはかなきことにても、ただめでたくのみおぼえさせ給ふに、はづかしく心づきなきことは、い<か>でか御覧ぜられじと思ふ に、かかるそら言の出でくる、苦しけれど、をかしくて、こと紙に、雨をいみじう降らせて、下に、

  「ならぬ名の立ちにけるかな

さてや、濡れ衣にはなり侍らむ」
と啓したれば、右近の内侍などに語らせ給ひて、笑はせ給ひけり。


225 :239:(能216):三条の宮におはします頃

 三条の宮におはします頃、五日の菖蒲の輿などもて参り、薬玉参らせなどす。

 若き人々、御匣殿など、薬玉して姫宮・若宮に着け奉らせ給ふ。いとをかしき薬玉ども、ほかより参らせたるに、青刺(あをざし=菓子)といふ物を持て来た るを、青き薄様を艶なる硯の蓋に敷きて、「これ、笆(ませ)越しに候ふ」とて参らせたれば、

  みな人の花や蝶やと急ぐ日もわが心をば君ぞ知りける

 この紙の端を引き破(や)らせ給ひて書かせ給へる、いとめでたし。


226 :240:(能099):御乳母の大輔の命婦

 御乳母の大輔(たいふ)の命婦、日向へ下るに、賜はする扇どもの中に、片つ方は日いとうららかにさしたる田舎の館(たち)などおほくして、今片つ方は京 のさるべき所にて、雨いみじう降りたるに、

  あかねさす日に向かひても思ひ出でよ都は晴れぬながめすらむと

<と>御手にて書かせ給へる、いみじうあはれなり。さる君を<見おき>[も]奉りてこそえ行くまじけれ。


227 :241:(能281):清水にこもりたりしに

 清水にこもりたりしに、わざと御使して賜はせたりし、唐の紙の赤みたるに、草(さう)にて、

  「山ちかき入相(いりあひ)の鐘の声ごとに恋ふる心の数は知るらむ

ものを、こよなの長居や」とぞ書かせ給へる。紙などのなのめげならぬも、取り忘れたる旅にて、紫なる蓮の花びらに書きてまゐらす。


228 :242:(能223):駅は

 駅は 梨原(なしはら)。望月の駅。やまは駅は、あはれなりしことを聞きおきたりしに、また<も>あはれなることのありしかば、なほ取りあ つめてあはれなり。


229 :243:(能225):社は

 社は 布留の社。生田の社。旅の御社。花ふちの社。杉の御社は、しるしやあらむとをかし。ことのままの明神、いとたのもし。「さのみ聞きけむ」とや言は れ<給>[ゐ]はむ、と思ふぞいとほしき。


229 :244:(能225):蟻通の明神

 蟻通(ありどほし)の明神、貫之が馬のわづらひけるに、この明神の病ませ給ふとて、歌よみ奉りけむ、いとをかし。この蟻通しとつけけるは、まことにやあ りけむ、昔おはしましける帝の、ただ若き人をのみおぼしめして、四十(よそぢ)になりぬるをば、失なはせ給ひければ、人の国の遠きに行き隠れなどして、さ らに都のうちにさる者のなかりけるに、中将なりける人の、いみじう時の人にて、<心など>[いと]もかしこかりけるが、七十(ななそぢ)近き 親二人を持たるに、かう四十をだに制することにまいておそろしと怖(お)ぢ騒ぐに、いみじく孝(けう)なる人にて、遠き所に住ませじ、一日(ひとひ)に一 たび見ではえあるまじとて、みそかに家のうちの地(つち)を掘りて、そのうちに屋をたてて、籠め据ゑて、行きつつ見る。人にも、おほやけにも、失せ隠れに たる由を知らせてあり。などか、家に入り居たらむ人をば知らで(=知らない顔して)もおはせかし。うたてありける世にこそ。この親は上達部などにはあらぬ にやありけむ、中将などを子にて持たりけるは。心いとかしこう、よろづの事知りたりければ、この中将も若けれど、いと聞こえあり、いたりかしこくして、時 の人におぼすなりけり。

 唐土の帝、この国の帝を、いかで謀りてこの国討ち取らむとて、常に試みごとをし、あらがひごとをしておそり(?)給ひけるに、つやつやとまろにうつくし げに削りたる木の二尺ばかりあるを、「これが本末いづかた」と問ひに奉<り>[れ]たるに、すべて知るべきやうなければ、帝おぼしわづらひた るに、いとほしくて、親のもとに行きて、「かうかうの事なむある」といへば、「ただ、速からむ川に、立ちながら横さまに投げ入れて、返りて流れむかたを末 と記(しる)して遣はせ」と教ふ。参りて、我が知り顔に、「<さて>試み侍らむ」とて、人と具して、投げ入れたるに、先にして行くかたにしる しをつけて遣はしたれば、まことにさなりけり。

 また、二尺ばかりなる蛇(くちなは)の、ただ同じ長さなるを、「これ<はいづれ>か男女(をとこをんな)」とて奉れり。また、さらに人え見 知らず。例の中将来て問へば、「二つを並べて、尾のかたに細きすばえをしてさし寄せむに、尾はたらかざ<ら>むを女(め)と知れ」といひけ る、やがて、それは内裏(だいり)のうちにてさ、しけるに、まことに一つは動かず、一つは動かしければ、またさるしるし<を>つけて、遣はし けり。

 ほど久しくて、七曲(ななわた)にわだかまりたる玉の、中通りて左右に口あきたるが小さきを奉りて、「これに緒通してたまはらむ。この国にみなし侍る事 なり」とて奉りたるに、「いみじからむものの上手不用(=お手上げ)なり」と、そこらの上達部・殿上人、世にありとある人いふに、また行きて、「かくな む」といへば、「大きなる蟻をとらへて、二つばかりが腰に細き糸をつけて(=二匹の蟻をつなぎ)、またそれに、今少し太きをつけて、あなたの口に蜜(み ち)を塗りて見よ」といひければ、さ申して、蟻を入れたるに、蜜の香を嗅ぎて、まことにいととくあなたの口より出でにけり。さて、その糸の貫ぬかれたるを 遣はしてける後になむ、「なほ日の本の国はかしこかりけり」とて、後にさる事もせざりける。

 この中将をいみじき人におぼしめして、「何わざをし、いかなる官・位をか賜ふべき」と仰せられければ、「さらに官もかうぶりもたまはらじ。ただ老いたる 父母(ちちはは)の隠れ失せて侍る、尋ねて、都に住まする事を許させ給へ」と申しければ、「いみじうやすき事」とてゆるされければ、よろづの人の親これを 聞きてよろこぶこといみじかりけり。中将は上達部、大臣になさせ給ひてなむありける。

 さて、その人の神になりたるにやあらむ、その神の御もとに詣でたりける人に、夜現れてのたまへりける、

 七曲<に>[の]まがれる玉の緒をぬきてありとほしとは知らずやあるらむ

とのたまへりける、と人の語りし。


230 :245:(能241):一条の院をば今内裏とぞいふ

 一条の院をば新内裏(いまだいり)とぞいふ。おはします殿(でん)は清涼殿にて、その北なる殿に(=中宮は)おはします。西、東は渡殿にて、わたらせ給 ひ、まうのぼらせ給ふ道にて、前は壺なれば、前栽植ゑ、笆(ませ)結ひて、いとをかし。

       二月二十日ばかり<の>うらうらとのどかに照りたるに、渡殿の西の廂にて、上の御笛吹かせ給ふ。高遠(たかとほ)の兵部卿御笛の師にてもの し給ふを、御笛二つして高砂を折り返へして吹かせ給へば、なほいみじうめでたしといふも世の常なり。御笛のことどもなど奏し給ふ、いとめでたし。御簾のも とに集まり出でて、見奉る折は、「芹(せり)摘みし」(=不満)などおぼゆることこそなけれ。

 すけただは木工(もく)の允(じよう)にてぞ蔵人にはなりたる。いみじくあらあらしくうたてあれば、殿上人、女房、「あらはこそ」とつけたるを、歌に作 りて、「双(さう)なしの主(ぬし)、尾張人(をはりうど)の<種>[程]にぞありける」と歌ふは、尾張の兼時がむすめの腹なりけり。これを 御笛に吹かせ給ふを、添ひに候ひて、「なほ高く吹かせおはしま<せ>[す]。え聞き候はじ」と申せば、「いかが。さりとも、聞き知りなむ」と て、みそかにのみ吹かせ給ふに、あなたより渡りおはしまして、「かの者なかりけり。ただ今こそ吹かめ」と仰せられて吹かせ給ふは、いみじうめでたし。


231 :246:(能242):身をかへて、天人などは

 身をかへて、天人などはかうやあらむと見ゆるものは、ただの女房にて候ふ人の、御乳母(めのと)になりたる。唐衣(からぎぬ)も着ず、裳をだにも、よう 言はば着ぬさまにて御前に添ひ臥し、御帳のうちを居所(ゐどころ)にして、女房どもを呼びつかひ、局(つぼね)にものを言ひやり、文(ふみ)を取りつがせ などしてあるさま、言ひつくすべくもあらず。

 雑色(ざふしき)の蔵人になりたる、めでたし。去年(こぞ)の十一月(しもつき)の臨時の祭に(=雑色が)御琴(みこと)持たりしは、人とも見えざりし に、君達(きんだち)とつれだちてありくは、いづこなる人ぞとおぼゆれ。(=雑色の)ほかよりなりたるなどは、いとさしもおぼえず。


232 :247:(能243):雪高う降りて

 雪高う降りて、今もなほ降るに、五位も四位も、色うるはしう若やかなるが、袍(うへのきぬ)の色いと清らにて、革の帯の形(かた)つきたるを、宿直姿 に、ひきはこえて、紫の指貫も雪に冴え映えて、濃さまさりたるを着て、袙の紅ならずは、おどろおどろしき山吹を出だして、傘(からかさ)をさしたるに、風 のいたう吹きて横さまに雪を吹き掛くれば、少し傾ぶけて歩み来るに、深き沓・半靴(はうくわ)などのはばきまで、雪のいと白うかかりたるこそをかしけれ。


233 :248:(能244):細殿の遣戸を

 細殿の遣戸をいととうおしあけたれば、御湯殿(おゆどの)に馬道(めだう)より下りて来る殿上人、なえたる直衣・指貫の、いみじうほころびたれば、色々 の衣どものこぼれ出でたるを押し入れなどして、北の陣ざまにあゆみ行くに、あきたる戸の前を過ぐとて、纓(えい=冠の尻尾)をひき越して顔にふたぎて往ぬ るもをかし。


234 :249:(能224):岡は

 岡は 船岡。片岡。鞆岡(ともおか)は、笹の生ひたるがをかしきなり。かたらひの岡。人見の岡。


235 :250:(能226):降るものは

 降るものは 雪。霰(あられ)。霙(みぞれ)はにくけれど、白き雪のまじりて降る、をかし。


235 :251:(能226):雪は

 雪は、檜皮葺(ひはだぶき)、いとめでたし。少し消え方になりたるほど。また、いと多うも降らぬが、瓦の目ごとに入りて、黒うまろに見えたる、いとをか し。

 時雨・霰は 板屋。

 霜も 板屋。庭。


236 :252:(能227):日は

 日は 入日。入り果てぬる山の端に、光<の>なほとまりて赤う見ゆるに、薄黄ば<み>[え]たる雲のたなびきわたりたる、いと あはれなり。


237 :253:(能228):月は

 月は 有明の東の山際に細くて出づるほど、いとあはれなり。


238 :254:(能229):星は

 星は すばる。牽牛(ひこぼし)。夕づつ。よばひ星、少しをかし。尾だになからましかば、まいて。


239 :255:(能230):雲は

 雲は 白き。紫。黒きもをかし。風吹くをりの雨雲。

 明け離るるほどの黒き雲の、やうやう消えて、白うなりゆくも、いとをかし。「朝(あした)にさる色」とかや、書(ふみ)<に>も作りたな る。

 月のいと明かき面(おもて)に薄き雲、あはれなり。


240 :256:(能231):さわがしきもの

 さわがしきもの 走り火。板屋の上にて烏の斎(とき)の生飯(さば)食ふ。十八日に、清水にこもりあひたる。

 暗うなりて、まだ火もともさぬほどに、ほかより人の来あひたる。まいて、遠き所の人の国などより、家の主(あるじ)の上りたる、いとさわがし。

 近きほどに火出で来ぬといふ。されど、燃えはつかざりけり。


241 :257:(能232):ないがしろなるもの

 ないがしろなるもの 女官どもの髪上げ姿。唐絵の革の帯の後ろ。聖のふるまひ。


242 :258:(能233):ことばなめげなるもの

 ことばなめげなるもの 宮の部(べ)の祭文(さいもん)読む人。舟漕ぐ者<ども>。雷鳴の陣の舎人。相撲(すまひ)。


243 :259:(能234):さかしきもの

 さかしきもの 今様の三歳児(みとせご)。ちごの祈りし、腹などとる女。ものの具ども請ひ出でて、祈り物作る、紙をあまたおし重ねて、いと鈍き刀して切 るさまは、一重だに断つべくもあらぬに、さるものの具となりにければ、おのが口をさへ引きゆがめておし切り、目多かるものどもして、かけ竹うち割りなどし て、いと神々しうしたてて、うち振るひ祈ることども、いとさかし。かつは、「なにの宮・その殿の若君、いみじうおはせしを、掻い拭(のご)ひたるやうにや め(=治し)奉りたりしかば、禄を多く賜りしこと。その人かの人召したりけれど、験(しるし)なかりければ、今に嫗(おんな=私)をなむ召す。御徳をなむ 見る」など語りをる顔もあやし。

 下衆の家の女主(あるじ)。痴れたる者、そ<れ>[ひ]しもさかしうて、まことにさかしき人を教へなどすかし。


244 :260:(能245):ただ過ぎに過ぐるもの

 ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる舟。人の齢(よはひ)。春、夏、秋、冬。


245 :261:(能246):ことに人に知られぬるもの

 ことに人に知られぬるもの 凶会日(くゑにち)。人の女親(めおや)の老いにたる。


246 :262:(能027):文ことばなめき人こそ

 文のことばなめき人こそいとにくけれ。世をなのめに書き流したることばのにくきこそ。

 さるまじき人のもとに、あまりかしこまりたるも、げにわろきことなり。されど、我が得たらむはことわり、人のもとなるさへにくくこそあれ。

 おほかたさし向かひても、なめきは、などかく言ふらむとかたはらいたし。まいて、よき人などをさ申す者はいみじうねたうさへあり。田舎びたる者などの、 さあるは、をこにていとよし。

 男主(をとこしゆう)などなめく言ふ、いとわるし。我が使ふ者などの、「何とおはする」「のたまふ」など言ふ、いとにくし。ここもとに「侍り」などいふ 文字をあらせばやと聞くこそ多かれ。さも言ひつべき者には、「<似げな>[人げんの]、愛敬な、などかう、このことばはなめき」と言へば、聞 く人も言はるる人も笑ふ。かうおぼゆればにや、「あまり見そす」など言ふも、人わろきなるべし。

 殿上人、宰相などを、ただ名のる名を、いささかつつましげならず言ふは、いとかたはなるを、清うさ言はず、女房の局なる人をさへ、「あの御もと」「君」 など言へば、めづらかにうれしと思ひて、ほむることぞいみじき。

 殿上人・君達、御前よりほかにては官(つかさ)をのみ言ふ。また、御前にてはおのがどちものを言ふとも、聞こしめすには、などてか「まろが」などは言は む。さ言はむにかしこく、言はざらむにわろ<か>[は]るべきことかは。


247 :263:(能250):いみじうきたなきもの

 いみじうきたなきもの なめくぢ。[みみず。]えせ板敷の帚(ははき=ほうき)の末。殿上の合子(がふし=朱塗りの椀)。


248 :264:(能251):せめておそろしきもの

 せめておそろしきもの 夜鳴る神。近き隣に、盗人の入(い)りたる。わが住む所に来たるは、ものもおぼえねば何とも知らず。

 近き火、またおそろし。


249 :265:(能252):たのもしきもの

 たのもしきもの 心地あしきころ、伴僧あまたして修法(ずほふ)したる。心地などのむつかしきころ、まことまことしき思人(おもひびと)の言ひなぐさめ たる。


250 :266:(能253):いみじうしたたてて婿とりたるに

 いみじうしたたてて婿[に]取りたるに、ほどもなく住まぬ婿の、舅に会ひたる、いとほしとや思ふらむ。

 ある人の、いみじう時に会ひたる人の婿になりて、ただ一月ばかりも、はかばかしうも来でやみにしかば、すべていみじう言ひさわぎ、乳母(めのと)などや うの者[の]は、まがまがしきことなどいふもあるに、そのかへる正月(むつき)に蔵人になりぬ。「『あさましう、かかるなからひには、いかで』とこそ人は 思ひたれ」など、言ひあつかふは、(=婿は)聞<くら>[え]むかし。

 六月(みなつき)に人の<八>[い]講し給ふ所に、人々集まりて聞きしに、蔵人になれる婿の、綾(りよう)の表(うへ)の袴、黒半臂などい みじうあざやかにて、忘れにし人の車の鴟(とみ)の尾といふものに、半臂の緒を引きかけつばかりにてゐたりしを、いかに見るらむと、車の人々も知りたる限 りはいとほしがりしを、こと人々も、「つれなくゐたりしものかな」など、後にも言ひき。

 なほ、男は、もののいとほしさ、人の思はむことは知らぬなめり。


251 :267:(能なし):世の中になほいと心うきものは

 世の中になほいと心憂きものは、人ににくまれむことこそあるべけれ。たれてふ物狂ひか、われ人にさ思はれむとは思はむ。されど、自然に宮仕へ所にも、 親・同胞(はらから)の中にても、思はるる思はれぬがあるぞいとわびしきや。

 よき人の御ことはさらなり。下衆などのほども、親などのかなしうする子は、目たて耳たてられて、いたはしうこそおぼゆれ。見るかひあるはことわり、いか が思はざらむとおぼゆ。ことなることなきはまた、これをかなしと思ふらむは、親なればぞかしとあはれなり。

 親にも、君にも、すべてうち語らふ人にも、人に思はれむばかりめでたきことはあらじ。

252 :268:(能なし):男こそ、なほいとありがたく

 男こそ、なほいと在り難く怪しき心地したるものはあれ。いと清げなる人を棄てて、にくげなる人を持たるもあやしかし。おほやけ所に入り立ちする男、家の 子などは、あるがなかによからむをこそは、選りて思<ひ>[る](=「思る」と見える「思ひ」は陽本上巻に頻出、中巻には二回)給はめ。およ ぶまじからむ際をだに、めでたしと思はむを、死ぬばかりも思ひか<ゝ>[く]れかし。人のむすめ、まだ見ぬ人などをも、よしと聞くをこそは、 いかでとも思ふなれ。かつ女の目にもわろしと思ふを思ふは、いかなることにかあらむ。

 かたちいとよく、心もをかしき人の、手もよう書き、歌もあはれに詠みて、<うらみ>おこせなどするを、(=男は)返事(かへりごと)はさか しらにうちするものから、寄りつかず、らうたげにうち嘆きてゐたる(=女)を、見捨てて行きなどするは、あさましう、おほやけ腹立ちて、見証(けんそ)の 心地(=第三者から見ても)も心憂く見ゆべけれど、身の上にては、つゆ心苦しさを思ひ知らぬよ。


253 :269:(能なし):よろづの事よりも情けあるこそ

 よろづの事よりも情けあるこそ、男はさらなり、女もめでたくおぼゆれ。なげの言葉なれど、せちに心に深く入らねど、いとほしき事をば「いとほし」とも、 あはれなるをば「げにいかに思ふらむ」など言ひけるを、伝へて聞きたるは、さし向ひていふよりもうれし。いかでこの人に「思ひ知りけり」とも見えにしが な、と常にこそおぼゆれ。

 かならず思ふべき人、とふべき人はさるべきことなれば、取り分かれしもせず。さもあるまじき人の、さしいらへをも後ろやすくしたるは、うれしきわざな り。いとやすきことなれど、さらにえあらぬことぞかし。

 おほかた心よき人の、まことにかどなからぬは、男も女もありがたきことなめり。また、さる人も多かるべし。


254 :270:(能なし):人のうへいふを

 人のうへ<いふ>を腹立つ人こそいとわりなけれ。いかで<か言はで>はあらむ。わが身をばさしおきて、さばかりもどかしく言は まほしきものやはある。されど、けしからぬやうにもあり、また、おのづから聞きつけて、うらみもぞする、あいなし。

 また、思ひはなつまじきあたりは、いとほしなど思ひ解けば、念じて言はぬをや。さだになくば、うち出で、笑ひもしつべし。


255 :271:(能312):人の顔に

 人の顔に、取り分きてよしと見ゆる所は、たびごとに見れども、あなをかし、めづらし、とこそおぼゆれ。絵など、あまた度(たび)見れば、目も立たずか し。近う立てたる屏風の絵などは、いとめでたけれども、見も入れられず。

 人のかたちはをかしうこそあれ。にくげなる調度(でうど)の中にも、一つよき所のまもらるるよ。みにくきもさ[も]こそはあらめと思ふこそわびしけれ。


256 :272:(能なし):古代の人の指貫着たるこそ

 古代(こたい)の人の、指貫着たるこそ、いとたいだいしけれ。前に引き当てて、まづ裾をみな籠め入れて、腰はうち捨てて、衣の前を調(ととの)へはて て、腰をおよびてとるほどに、後ろざまに手をさしやりて、猿の手結はれたるやうにほどき立てるは、とみのことに出でたつべくも見えざめり。


257 :273:(能217):十月十余日の月の

 十月十余日の月のいと明かきに、ありきて<見むとて>、女房十五六人ばかりみな濃き衣を上に着て、引き返しつつありしに、中納言の君の、紅 の張りたるを着て、頸より髪をかき越し給へ<り>[か]しが、あたらし。卒塔婆(そとば)に、いとよくも似たりしかな。「ひひなのすけ」とぞ 若き人々つけたりし。後(しり)に立ちて笑ふも知らずかし。


258 :274:(能なし):成信の中将こそ

 成信の中将こそ、人の声はいみじうよう聞き知り給ひしか。同じ所の人の声などは、常に聞かぬ人はさらにえ聞き分かず。ことに男は人の声をも手をも、見分 き聞き分かぬものを、いみじうみそかなるも、かしこう聞き分き給ひしこそ。


259 :275:(能218):大蔵卿ばかり

 大蔵卿ばかり、耳とき人はなし。まことに、蚊の睫(まつげ)の落つるをも聞きつけ給ひつべうこそありしか。

 職の御曹司の西面に住みしころ、大殿の新中将(=成信)宿直にて、ものなど言ひしに、そばにある人の、「この中将に、扇の絵のこと言へ」とささめけば、 「今、かの君の立ち<給>ひなむにを」と、いとみそかに言ひ入るるを、その人だにえ聞きつけで、「何とか、何とか」と耳をかたぶけ来るに、遠 くゐて、「にくし。さのたまはば、今日は立たじ」とのたまひしこそ、いかで聞きつけ給ふらむとあさましかりしか。


260 :276:(能254):うれしきもの

 うれしきもの まだ見ぬ物語の一(=第一巻)を見て、いみじうゆかしとのみ思ふが、残り見出でたる。さて、心劣りする(=期待外れ)やうもありかし。

 人の破(や)り捨てたる文を継ぎて見るに、同じ続きをあまたくだり見続けたる。いかならむと思ふ夢を見て、恐ろしと胸つぶるるに、ことにもあらず合はせ (=夢判断)なしたる、いとうれし。

 よき人の御前に、人々あまた候ふをり、昔ありけることにもあれ、今聞こしめし、世に言ひけることにもあれ、語らせ給ふを、われ(=清少)に御覧じ合はせ てのたまはせたる、いとうれし。

 遠き所はさらなり、同じ都のうちながらも隔たりて、身にやむごとなく思ふ人のなやむ(=病む)を聞きて、いかにいかにと、おぼつかなきことを嘆くに、お こたりたる由、消息聞くも、いとうれし。

 思ふ人の、人にほめられ、やむごとなき人などの、口惜しからぬ者におぼしのたまふ。もののをり、もしは、人<と>[々]言ひかはしたる歌の 聞こえて、打聞(うちぎき)などに書き入れらるる。みづから(=清少自身)のうへにはまだ知らぬことなれど、なほ思ひやるよ。

 いたううち解けぬ人の言ひたる故(ふる)き言の、知らぬを聞き出でたるもうれし。後(のち)にものの中などにて見出でたるは、ただをかしう、これにこそ ありけれと、彼(か)の言ひたりし人ぞをかしき。

 陸奥国紙(みちのくにがみ)、ただのも、よき得たる。はづかしき人の、歌の本末問ひたるに、ふとおぼえたる、われながらうれし。常におぼえたることも、 また人の問ふに、清う忘れてやみぬるをりぞ多かる。とみにて求むるもの見出でたる。

 物合(ものあはせ)、何くれと挑むことに勝ちたる、いかでかうれしからざらむ。また、われはなど思ひてしたり顔なる人謀(はか)り得たる。女どちより も、男はまさりてうれし。これが答(たふ=仕返し)は必ずせむと思ふらむと、常に心づかひせらるるもをかしきに、いとつれなく、何とも思ひたらぬさまに て、たゆめ過ぐすも、またをかし。にくき者のあしきめ見るも、罪や得らむと思ひながら、またうれし。

 ものの折に衣打たせにやりて、いかならむと思ふに、きよらにて得たる。刺櫛(さしぐし)磨(す)らせたるに、をかしげなるもまたうれし。「また」もおほ かるものを。

 日頃、月頃しるきことありて、悩みわたるが、おこたりぬるもうれし。思ふ人の上は、わが身よりもまさりてうれし。

 御前に人々所もなくゐたるに、今[もう]のぼりたるは、少し遠き柱もと<など>にゐたるを、<とく>御覧じつけて、「こち」と 仰せらるれば、道あけて、いと近う召し入れられたるこそうれしけれ。


261 :277:(能255):御前にて人々とも、また

 御前にて人々とも、また、もの仰せらるるついでなどにも、「世の中の腹立たしう、むつかしう、片時あるべ<き>[よ][きイ]心地もせで、 ただいづちもいづちも行きもしなばやと思ふに、ただの紙のいと白う清げなるに、よき筆、白き色紙、陸奥国紙など得つれば、こよなうなぐさ<み >[め]て、さはれ、かくてしばしも生きてありぬべか<ん>めりとなむおぼゆる。また、高麗縁(ばし)の筵(むしろ)青うこまやかに厚 きが、縁(へり)の紋いとあざやかに、黒う白う見えたるを引きひろげて見れば、何か、なほこの世は、さらにさらにえ思ひ捨つまじと、命さへ惜しくなむな る」と申せば、「いみじくはかなきことにもなぐさむなるかな。『姨捨山の月』は、いかなる人の見けるにか」など笑はせ給ふ。候ふ人も、「いみじうやすき息 災の祈りななり」などいふ。

 さてのち、ほど経て、心から思ひみだるることありて里にある頃、めでたき紙二十を包みてたまはせたり。仰せごとには、「とくまゐれ」などのたまはせで、 「これは聞こし召しおきたることのありしかばなむ。わろかめれば、寿命経もえ書くまじげにこそ」と仰せられたる、いみじうをかし。思ひ忘れたりつることを おぼしおかせ給へりけるは、なほただ人にてだにをかしかべし。まいて、おろかなるべきことにぞあらぬや。心もみだれて、啓すべきかたもなければ、ただ、

 「かけまくもかしこき神のしるしには鶴の齢(よはひ)となりぬべきかな

あまりにやと啓せさせ給へ」とて参らせつ。台盤所の雑仕ぞ、御使には来たる。青き綾の単衣<取らせ>などして、まことに、この紙を草子に作り などもて騒ぐに、むつかしきこともまぎるる心地して、をかしと心のうちにおぼゆ。

 二日ばかりありて、赤衣着たる男、畳を持て来て、「これ」といふ。「あれは誰そ。あらはなり」など、ものはしたなくいへば、さし置きて往ぬ。「いづこよ りぞ」と問はすれど、「まかりにけり」とて取り入れたれば、ことさらに御座(ござ)といふ畳のさまにて、高麗など、いと清らなり。心のうちには、さにやあ らむなど思へど、なほおぼつかなさに、人々出だして求むれど、失せにけり。あやしがりいへど、使のなければ、いふかひなくて、所違へなどならば、おのづか らまた言ひに来なむ。宮の辺(へん)に案内しに参らまほしけれど、さもあらずは、うたてあべしと思へど、なほ誰か、すずろにかかるわざはせむ。仰せごとな めりと、いみじうをかし。

 二日ばかり音もせねば、疑ひなくて、右京の君のもとに、「かかることなむある。さることやけしき見給ひし。忍びてありさまのたまへ。さること見えずは、 かう申したりとな散らし給ひそ」と言ひやりたるに、「いみじう隠させ給ひしことなり。ゆめゆめまろが聞こえたると、な口にも」とあれば、さればよと思ふも しるく、をかしうて、文を書きて、またみそかに御前の高欄におかせしものは、まどひけるほどに、やがてかけ落して、御階(みはし)の下に落ちにけり。


262 :278:(能256):関白殿、二月二十一日に

 関白殿、二月二十一日<に>法興(ほこ)院の積善(さくぜん)寺といふ御堂(みだう)にて一切経供養せさせ給ふに、女院もおはしますべけれ ば、二月一日のほどに、二条の宮へ出でさせ給ふ。ねぶたくなりにしかば、何事も見入れず。

 つとめて、日のうららかにさし出でたるほどに起きたれば、白う新らしうをかしげに造りたるに、御簾よりはじめて、昨日掛けたるなめり。御しつらひ、獅 子・狛犬など、いつのほどにか入りゐけむとぞをかしき。桜の一丈ばかりにて、いみじう咲きたるやうにて、御階のもとにあれば、いととく咲きにけるかな、梅 こそただ今はさかりなれ、と見ゆるは、造りたるなりけり。すべて、花の匂ひなどつゆまことにおとらず。いかにうるかさりけむ。雨降らばしぼみなむかしと思 ふぞ口惜しき。小家などいふもの多かりける所を、今造らせ給へれば、木立など見所あることもなし。ただ、宮のさまぞ、けぢかうをかしげなる。

 殿わたらせ給へり。青鈍の固紋の御指貫、桜の御直衣に紅の御衣三つばかりを、ただ御直衣に引き重ねてぞたてまつりたる。御前よりはじめて、紅梅の濃き薄 き織物、固紋、無紋などを、ある限り着たれば、ただ光り満ちて見ゆ。唐衣は、萌黄、柳、紅梅などもあり。

 御前にゐさせ給ひて、ものなど聞こえさせ給ふ。御いらへなどのあらまほしさを、里なる人などにはつかに見せばやと見奉る。女房など御覧じわたして、 「宮、何事をおぼしめすらむ。ここらめでたき人々を据ゑ並めて御覧ずるこそはうらやましけれ。一人わろきかたちなしや。これみな家々のむすめどもぞかし。 あはれなり。ようかへりみてこそ候はせ給はめ。さても、この宮の御心をば、いかに知り奉りて、かくは参り集まり給へるぞ。いかにいやしくもの惜しみせさせ 給ふ宮とて、我は宮の生まれさせ給ひしより、いみじう仕(つかうまつ)れど、まだおろしの御衣一つたまはらず。何か、しりう言(=陰口)には聞こえむ」な どのたまふがをかしければ、笑ひぬれば、「まこと<ぞ>[に]。をこなりと見てかく笑ひいまするがはづかし」などのたまはするほどに、内裏よ り式部の丞なにがしが参りたり。

 御文は、大納言殿取りて殿に奉らせ給へば、引き解きて、「ゆかしき御文かな。ゆるされ侍らば、あけて見侍らむ」とはのたまはすれど、あやふしとおぼいた めり。「かたじけなくもあり」とて奉らせ給ふを、取らせ給ひても、ひろげさせ給ふやうにもあらずもてなさせ給ふ、御用意ぞありがたき。

 御簾の内より女房褥(しとね)さし出でて、三四人御几帳のもとにゐたり。「あなたにまかりて、禄のことものし侍らむ」とて立たせ給ひぬるのちぞ、御文御 覧ずる。御返し、紅梅の薄様に書かせ給ふ<が>、御衣の同じ色に匂ひ通ひたる、なほ[なほ]、か<く>[へ]しもおしはかり参ら する人はなくやあらむとぞ口惜しき。今日のはことさらにとて、殿の御方より禄は出させ給ふ。女の装束に紅梅の細長添へたり。肴などあれば、酔はさまほしけ れど、「今日はいみじきことの行事に侍り。あが君、許させ給へ」と、大納言殿にも申して立ちぬ。

 君など、いみじく化粧じ給ひて、紅梅の御衣ども、おとらじと着給へるに、三の御前は、御匣殿、中の姫君よりも大きに見え給ひて、上など聞こえむにぞよか める。

 上もわたり給へり。御几帳引き寄せて、あたらしう参りたる人々には見え給はねば、いぶせき心地す。

 さしつどひて、かの日の装束、扇などのことを言ひあへるもあり。また、挑み隠して、「まろは、何か。ただあらむにまかせてを」などいひて、「例の、君 の」など、にくまる。夜さりまかづる人多かれど、かかるをりのことなれば、えとどめさせ給はず。

 上、日々にわたり給ひ、夜もおはします。君達など[に]おはすれば、御前、人ずくなならでよし。御使日々に参る。

 御前の桜、露に色はまさ<ら>[り](=陽本も「り」)で、日などにあたりてしぼみ、わろくなるだに口惜しきに、雨の夜降りたるつとめて、 いみじくむとくなり。いととう起きて「泣きて別れけむ顔に心劣りこそすれ」といふを聞かせ給ひて、「げに雨降るけはひしつるぞかし。いかならむ」とて、お どろかせ給ふほどに、殿の御かたより侍の者ども、下衆など、あまた来て、花の下(もと)にただ寄りに寄りて、引き倒し取りてみそかに行く。「『まだ暗から むに』とこそ仰せられつれ。明け過ぎにけり。ふびんなるわざかな。とくとく」と倒しとるに、いとをかし。「言はば言はなむ」と、兼澄がことを思ひたるにや とも、よき人ならば言はまほしけれど、「彼の花盗むは誰ぞ。あしかめり」といへば、いとど逃げて、引きもて往ぬ。なほ殿の御心はをかしうおはすかし。枝ど ももぬれまつはれつきて、いかにびんなきかたちならましと思ふ。ともかくも言はで入りぬ。

 掃部司(かもんづかさ)参りて、御格子参る。主殿(とのも)の女官御きよめなどに参りはてて、起きさせ給へるに、花もなければ、「あな、あさまし。あの 花どもはいづち往ぬるぞ」と仰せらる。「あかつきに『花盗人あり』といふなりつるを、なほ枝など少しとるにやとこそ聞きつれ。誰がしつるぞ、見つや」と仰 せらる。「さも侍らず。まだ暗うてよくも見えざりつるを。白みたる者の侍りつれば、花を折るにやと後ろめたきに言ひ侍りつるなり」と申す。「さりとも、み なは、かう、いかでかとらむ。殿の隠させ給へるならむ」とて笑はせ給へば、「いで、よも侍らじ。春の風のして侍るならむ」と啓するを、「かう言はむとて隠 すなりけり。盗みにはあらで、いたうこそ、ふりなりつれ」と仰せらるも、めづらしきことにはあらねど、いみじうぞめでたき。

 殿おはしませば、ねくたれの朝顔も、時ならずや御覧ぜむとひき入る。おはしますままに、「かの花は失せにけるは。いかで、かうは盗ませしぞ。いとわろか りける女房達かな。いぎたなくて、え知らざりけるよ」とおどろかせ給へば、「されど、『我よりさきに』とこそ思ひて侍りつれ」と、忍びやかにいふに、いと とう聞きつけさせ給ひて、「さ思ひつることぞ。世にこと人出でゐて見じ。宰相とそことのほどならむとおしはかりつ」といみじう笑はせ給ふ。「さりけるもの を、少納言は、春の風におほせける」と、宮の御前のうち笑ませ給へる、いとをかし。「そらごとをおほせ侍るなり。『今は、山田もつくる』らむものを」など うち誦ぜ<さ>[ま]せ給へる、いとなまめきをかし。「さてもねたくみつけられにけるかな。さばかりいましめつるものを。人の御かたには、か かるいましめ者のあるこそ」などのたまはす。「『春の風』は、そらにいとかしこうもいふかな」など、またうち誦ぜ<さ>[ま]せ給ふ。「ただ 言(ごと)にはうるさく思ひ強りて侍りし。今朝のさま、いかに侍らまし」などぞ笑はせ給ふ。小若君「されど、それをいととく見て、『露にぬれたる』といひ ける、『おもてぶせなり』といひ侍りける」と申し給へば、いみじうねたがらせ給ふもをかし。

 さて、八九日のほどにまかづるを、「今少し近うなりてを」など仰(お<ほ>[は])せらるれど、出でぬ。いみじう、常よりものどかに照りた る昼つ方、「花の心開けざるや。いかに、いかに」とのたまはせたれば、「秋はまだしく侍れど、夜(よ)に九度(こ<こ>のたび=陽本も「この たび」)のぼる心地なむし侍る」と聞こえさせつ。

 出でさせ給ひし夜、車の次第もなく、「まづ、まづ」と乗り騒ぐがにくければ、さるべき人と、「なほ、この車に乗るさまのいとさわがしう、祭のかへさなど のやうに、倒れぬべくまどふさまのいと見苦しきに、ただ、さはれ、乗るべき車なくてえ参らずは、おのづからきこしめしつけてたまはせもしてむ」など言ひあ はせて、立てる前よりおしこりて、まどひ出でて乗りはてて、「かう<か>[こ](=陽本も「こ」)」といふに、「まだし、ここに」といふめれ ば、宮司寄(<よ>[に])り来て、「誰々おはするぞ」と問ひ聞きて、「いとあやしかりけることかな。今はみな乗り給ひぬらむとこそ思ひつ れ。こはなど、かうおくれさせ給へる。今は得選(とくせん)乗せむとしつるに。めづらかなりや」などおどろきて、寄せさすれ<ど>[は]、 「さは、まづその御心ざしあらむをこそ乗せ給はめ。次にこそ」といふ声を聞きて、「けしからず、腹ぎたなくおはしましけり」などいへば乗りぬ。その次に は、まことに御厨子(みづ<し>[から])が車<に>[い]ぞありければ、火もいと暗きを、笑ひて二条の宮に参り着きたり。

 御輿はとく入らせ給ひて、しつらひゐさせ給ひにけり。「ここに呼べ」と仰せられければ、「いづら、いづら」と右京、小左近などいふ若き人々待ちて、参る 人ごとに見れど、なかりけり。下るるにしたがひて、四人づつ御前に参りつどひて候ふに、「あやし。なきか。いかなるぞ」と仰せられけるも知らず、ある限り 下りはてて<ぞ>[め]からうじて見つけられて、「さばかり仰せらるるに、おそくは」とて、ひきゐて参るに、見れば、いつの間にかう年ごろの 御すまひのやうに、おはしましつきたるにかとをかし。

 「いかなれば、かうなきかとたづぬばかり<まで>は見えざりつる」と仰せらるるに、ともかくも申さねば、もろともに乗りたる人、「いとわり なしや。最果(さいは<ち>[ら])の車に乗りて侍らむ人は、いかでか、とくは参り侍らむ。これも、御厨子(みづし)がいとほしがりて、ゆづ りて侍るなり。暗かりつるこそわびしかりつれ」<と>わぶわぶ啓するに、「行事する者のいとあしきなり。また、などかは、心知らざらむ人(= 新参)こそはつつまめ、右衛門など言はむかし」と仰せらる。「されど、いかでかは走り先立(さいだ)ち侍らむ」などいふ、かたへの人にくしと聞くらむか し。「さまあしうて高う乗りたりとも、かしこかるべきことかは。定めたらむさまの、やむごとなからむこそよからめ」と、ものしげにおぼし<めし >たり。「下り侍るほどのいと待ち遠に苦しければにや」とぞ申しなほす。

 御経のことにて、明日わたらせ給はむとて、今宵参りたり。南の院の北面にさしのぞきたれば、高杯どもに火をともして、二人、三人、三四人、さべきどち屏 風引き隔てたるもあり。几帳など隔てなどもしたり。また、さもあらで、集まりゐて衣どもとぢかさね、裳の腰さし、化粧するさまはさらにも言はず、髪などい ふもの、明日よりのちはありがたげに見ゆ。「寅の時になむわたらせ給ふべかなる。などか、今まで参り給はざりつる。扇持たせて、もとめ聞こゆる人あり <つ>[や]」と告ぐ。

 さて、まことに寅の時かと装束きたちてあるに、明けはて、日もさし出でぬ。西の対の唐廂にさし寄せてなむ乗るべきとて、渡殿へある限り行くほど、まだう ひうひしきほどなる新参(いままゐり)などはつつましげなるに、西の対に殿の住ませ給へば、宮もそこにおはしまして、まづ女房ども車に乗せ給ふを御覧ずと て、御簾のうちに、宮、淑景舎、三四の君、殿の上、その御おとと三所(みところ)、立ち並みおはしまさふ。

 車の左右に、大納言殿、三位の中将、二所して簾(すだれ)うちあげ、下簾引きあげて乗せ給ふ。うち群れてだにあらば、少し隠れどころもやあらむ、四人づ つ書立(かきたて)にしたがひて、「それ、それ」と呼び立てて乗せ給ふに、あゆみ出づる心地ぞ、まことにあさましう顕証なりといふも世の常なり。御簾のう ちに、そこらの御目どもの中に、宮の御前の見苦しと御覧ぜむばかり、さらにわびしきことなし。汗のあゆれば、つくろひたてたる髪なども、みなあがりやし <(ココカラ欠。ソノカハリニ289,290,291段が入る)たらむとおぼゆ。からうじて過ぎ行きたれば、車のもとに、はづかしげに清げなる御さ まどもして、うち笑みて見給ふもうつつならず。されど、倒れでそこまでは行きつきぬるぞ、かしこきか、おもなきか、思ひたどらるれ。

 みな乗りはてぬれば、引き出でて、二条の大路に榻(しぢ)にかけて、物見る車のやうに立て並べたる、いとをかし。人もさ見たらむかしと心ときめきせら る。四位、五位、六位などいみじう多う出で入り、車のもとに来て、つくろひ、物言ひなどする中に、明順(あきのぶ)の朝臣の心地、空を仰ぎ、胸をそらいた り。

 まづ、院の御迎へに、殿をはじめ奉りて、殿上人、地下などもみな参りぬ。それわたらせ給ひて後に、宮は出でさせ給ふべしとあれば、いと心もとなしと思ふ ほどに、日さしあがりてぞおはします。御車ごめに十五、四つは尼の車、一の御車は唐車なり。それにつづきてぞ尼の車、後(しり)・口より水晶の数珠、薄墨 の裳、袈裟、衣、いといみじくて、簾はあげず、下簾も薄色の裾少し濃き、次に女房の十、桜の唐衣、薄色の裳、濃き衣、香染、薄色の表着(うはぎ)ども、い みじうなまめかし。日はいとうららかなれど、空は緑に霞みわたれるほどに、女房の装束の匂ひあひて、いみじき織物、色々の唐衣などよりも、なまめかしうを かしきこと限りなし。

 関白殿、その次々の殿ばら、おはする限り、もてかしづきわたし奉らせ給ふさま、いみじくぞめでたし。これをまづ見たてまつり、めで騒ぐ。この車どもの二 十立て並べたるも、またをかしと見るらむかし。

 いつしか出でさせ給はなむと待ち聞こえさするに、いと久し。いかなるらむと心もとなく思ふに、からうじて采女八人、馬に乗せて引き出づ。青裾濃(すそ ご)の裳、裙帯(くたい)、領布(ひれ)などの風に吹きやられたる、いとをかし。「ふせ」といふ采女は、典薬の頭(かみ)重雅(しげまさ)が知る人なりけ り。葡萄染の織物の指貫を着たれば、「重雅は色許されにけり」など、山の井の大納言笑ひ給ふ。

 みな乗りつづきて立てるに、今ぞ御輿出でさせ給ふ。めでたしと見奉りつる御ありさまには、これ、はた、くらぶべからざりけり。

 朝日のはなばなとさしあがるほどに、水葱(なぎ)の花いときはやかにかがやきて、御輿の帷子(かたびら)の色つやなどの清らささへぞいみじき。御綱張り て出でさせ給ふ。御輿の帷子のうちゆるぎたるほど、まことに、「頭(かしら)の毛」など人のいふ、さらにそらごとならず。さて、のちは髪あしからむ人もか こちつべし。あさましう、いつくしう、なほいかで、かかる御前に馴れ仕るらむと、わが身もかしこうぞおぼゆる。御輿過ぎさせ給ふほど、車の榻ども一たびに かきおろしたりつる、また牛どもにただ掛けに掛けて、御輿の後(しり)につづけたる心地、めでたく興あるさま、いふかたもなし。

 おはしまし着きたれば、大門(だいもん)のもとに高麗(こま)、唐土(もろこし)の楽して、獅子・狛犬をどり舞ひ、乱声(らんじやう)の音、鼓の声にも のもおぼえ(ココマデ欠)>ず。こは、生きての仏の国などに来にけるにやあらむと、空に響きあがるやうにおぼゆ。

 内に入りぬれば、色々の錦のあげばりに、御簾いと青くかけわたし、屏幔(へいまん)ども引きたるなど、すべてすべて、さらにこの世とおぼえず。御桟敷に さし寄せたれば、またこの殿ばら立ち給ひて、「とう下りよ」とのたまふ。乗りつる所だにありつるを、今少しあかう顕証なるに、つくろひ添へたりつる髪も、 唐衣の中にてふくだみ、あやしうなりたらむ。色の黒さ赤ささへ見え分かれぬべきほどなるが、いとわびしければ、ふともえ下りず。「まづ、後(しり)なるこ そは」などいふほどに、それも同じ心にや、「しぞかせ給へ。かたじけなし」などいふ。「恥ぢ給ふかな」と笑ひて、からうじて下りぬれば、寄りおはして、 「『むねかたなどに見せで、隠しておろせ』と、宮の仰せらるれば、来たるに、思ひぐまなく」とて、引きおろして率て参り給ふ。さ、聞こえさせ給ひつらむと 思ふも、いとかたじけなし。

 参りたれば、はじめ下りける人、物見えぬべき端に八人ばかりゐにけり。一尺余、二尺ばかりの長押の上におはします。「ここに立ち隠して率て参りたり」と 申し給へば、「いづら」とて、御几帳のこなたに出でさせ給へり。まだ御裳、唐の御衣奉りながらおはしますぞいみじき。紅の御衣どもよろしからむやは。中に 唐綾の柳の御衣、葡萄染の五重がさねの織物に赤色の唐の御衣、地摺の唐の薄物に、象眼重ねたる御裳など奉りて、ものの色などは、さらになべてのに似るべき やうもなし。

 「我をばいかが見る」と仰せらる。「いみじうなむ候ひつる」なども、言(こと)に出でては世の常にのみこそ。「久しうやありつる。それは大夫(だいぶ) の、院の御供に着て人に見えぬる、同じ下襲ながらあらば、人わろしと思ひなむとて、こと下襲縫はせ給ひけるほどに、おそきなりけり。いと好き給へり」とて 笑はせ給ふ。いとあきらかに、晴れたる所は今少しぞけざやかにめでたき。御額あげさせ給へりける御釵子(さいし)に、分け目の御髪のいささか寄りてしるく 見えさせ給ふさへぞ、聞こえむ方なき。

 三尺の御几帳一よろひをさしちがへて、こなたの隔てにはして、その後ろに畳一枚(ひとひら)を長さ<ま>[い}に縁(はし)を端(はし)に して、長押の上に敷きて、中納言の君といふは、殿の御叔父の右兵衛の督(かみ)忠君(ただきみ)と聞こえけるが御むすめ、宰相の君は、富の小路の右の大臣 の御孫、それ二人ぞ上にゐて、見給ふ。御覧じわたして、「宰相はあなたに行きて、人どものゐたるところにて見よ」と仰せらるるに、心得て、「ここにて、三 人はいとよく見侍りぬべし」と申し給へば、<「さば、入れ」とて召し上ぐるを、下にゐたる人々は、>「殿上ゆるさるる内舎人(うどねり)なめ り」と笑へど、「こは、笑はせむと思ひ給ひつるか」と言へば[よ]、「馬副(むまさへ)のほどこそ」など言へど、そこに登りゐて見るは、いと面だたし。か かることなど<ぞ>[を}、みづからいふは、吹き語りなどにもあり、また、君の御ためにも軽々しう、かばかりの人をさおぼしけむなど、おのづ からも、もの知り、世の中もどきなどする人は、あいなうぞ、かしこき御ことにかかりてかたじけな[な]けれど、あることはまたいかがは。まことに身のほど に過ぎたることどももありぬべし。

 女院の御桟敷、所々の御桟敷ども見渡したる、めでたし。殿の御前、このおはします御前より院の御桟敷に参り給ひ<て、しばしありて、ここに参らせ 給へり。>大納言二所、三位の中将は陣に仕り給へるままに、調度(でうど)負ひて、いとつきづきしう、をかしうておはす。殿上人、四位・五位こちた くうち連れ、御供に候ひて並みゐたり。

 入らせ給ひて見奉らせ給ふに、みな御裳・御唐衣、御匣殿までに着給へり。殿の上は裳の上に小袿(こうちぎ)をぞ着給へる。「絵にかいたるやうなる御さま どもかな。今一<人>[尺](=陽本も「尺」)は、今日は人々しかめるは」と申し給ふ。「三位の君、宮の御裳脱がせ給へ。この中の主君(すく ん)には、わが君こそおはしませ。御桟敷の前に陣屋据ゑさせ給へる、おぼろげのことかは」とてうち泣かせ給ふ。げにと見えて、みな人涙ぐましきに、赤色に 桜の五重の衣を御覧じて、「法服の一つ足らざりつるを、にはかにまどひしつるに、これをこそ(=僧に)返り申すべかりけれ。さらずは、もしまた、さやうの 物を取り占められたるか」とのたまはするに、大納言殿、少ししぞきてゐ給へるが、聞き給ひて、「清僧都のにやあらむ」とのたまふ。一言(ひとこと)として めでたからぬことぞなきや。

 僧都の君、赤色の薄物の御衣(ころも)、紫の御袈裟、いと薄き薄色の御衣ども、指貫など着給ひて、頭つきの青くうつくしげに、地蔵菩薩のやうにて、女房 にまじりありき給ふも、いとをかし。「僧綱の中に威儀具足してもおはしまさで、見苦しう、女房の中に」など笑ふ。

 大納言の御桟敷より、松君ゐて奉る。葡萄染の織物の直衣、濃き綾の打ちたる、紅梅の織物など着給へり。御供に例の四位、五位、いと多かり。御桟敷にて、 女房の中にいだき入れ奉るに、なにごとのあやまりにか、泣きののしり給ふさへ、いとはえばえし。

 ことはじまりて、一切経を蓮の花の赤き一花づつに入れて、僧俗、上達部、殿上人、地下、六位、何くれまで持てつづきたる、いみじう尊し。導師参り、香 (かう)はじまりて、舞ひなど<す>。日ぐらしみるに、目もたゆく苦し。御使に五位の蔵人参りたり。御桟敷の前に胡床(あぐら)立ててゐたる など、げにぞめでたき。

 夜さりつ方、式部の丞則理(のりまさ)参りたり。「『やがて夜さり入らせ給ふべし。御供に候へ』と宣旨かうぶりて」とて、帰りも参らず。宮は「まづ帰り てを」とのたまはすれど、また蔵人の弁参りて、殿にも御消息あれば、ただ仰せ事にて、入らせ給ひなむとす。

 院の御桟敷より、「千賀(ちか)の塩竃」などいふ御消息参り通ふ。をかしきものなど持て参りちがひたるなどもめでたし。

 ことはてて、院帰らせ給ふ。院司、上達部など、今度(こたみ)はかたへぞ仕り給ひける。

 宮は内裏に参らせ給ひぬるも知らず、女房の従者どもは、二条の宮にぞおはしますらむとて、それにみな行きゐて、待てども待てども見えぬほどに、夜いたう ふけぬ。内裏(うち)には、宿直(とのゐ)物持て来なむと待つに、きよう見え聞こえず。あざやかなる衣ども<の>身にもつかぬを着て、寒きま ま、言ひ腹立てど、かひもなし。つとめて来たるを、「いかで、かく心もなきぞ」などいへど、陳(の)ぶることも言はれたり。

 またの日、雨の降りたるを、殿は、「これになむ、おのが宿世は見え侍りぬる。いかが御覧ずる」と聞こえさせ給へる、御心おごりもことわりなり。されど、 その折、めでたしと見たてまつりし御ことどもも、今の世の御ことどもに見奉りくらぶるに、すべて一つに申すべきのもあらねば、もの憂くて、多かりしことど もも、みなとどめつ。


263 :279:(能257):たふときこと

 たふときこと 九条の錫杖(さくぢやう)。念仏の回向(ゑかう)。


264 :280:(能258):歌は

 歌は 風俗(ふぞく)[の]。中にも、杉立てる門。神楽歌もをかし。今様歌は長うてくせづいたり。


265 :281:(能259):指貫は

 指貫(さしぬき)は 紫の濃き。萌黄(もえぎ)。夏は二藍(ふたあゐ)。いと暑きころ、夏虫の色したるも涼<し>げなり。


266 :282:(能260):狩衣は

 狩衣(かりぎぬ)は 香染の薄き。白きふくさ。赤色。松の葉色。青葉。桜。柳。また青き。藤。男は 何の色の衣をも着たれ。


267 :283:(能261):単衣は

 単衣(ひとへ)は 白き。日(ひ)の装束の、紅の単衣の袙など、かりそめに着たるはよし。されど、なほ白きを。黄ばみたる単衣など着たる人は、いみじう 心づきなし。

 練色(ねりいろ)の衣どもなど着たれど、なほ単衣は白うてこそ。


268 :284:(能263):下襲は

 下襲(したがさね)は 冬は躑躅(つつじ)。桜。掻練襲。蘇芳襲。夏は二藍。白襲。


269 :285:(能264):扇の骨は

 扇の骨は 朴。色は赤き。紫。緑。


270 :286:(能265):檜扇は

 檜扇(ひあふぎ)は 無紋。唐絵。


271 :287:(能266):神は

 神は 松の尾。八幡(=応神天皇)、この国の帝にておはしましけむこそめでたけれ。行幸(ぎやうがう)などに、水葱(なぎ)の花の御輿にたてまつる <など>、いとめでたし。大原野。春日、いとめでたくおはします。平野は、いたづら屋(=空き家)のありしを、「何する所ぞ」と問ひしに、 「御輿宿(みこしやどり)」と言ひしも、いとめでたし。斎垣(いがき)に蔦などのいと多くかかりて、もみぢの色々ありしも、「秋にはあへず」と貫之が歌思 ひ出でられて、つくづくと久しうこそ立てられしか。みこもりの神、またをかし。賀茂、さらなり。稲荷。


272 :288:(能267):崎は

 崎は 唐崎。<三>[又]保が崎。[いかゝさき]


273 :289:(能268):屋は

 屋は まろ屋。あづま屋。


274 :290:(能269):時奏する、いみじうをかし

 時奏(ときさう)する、いみじうをかし。いみじう寒き夜中ばかりなど、ごほごほとごほめき、沓すり来て、弦(つる)うち鳴らしてなむ、「何(な)の某 (なにがし)、刻(とき)丑三つ、子四つ」など、はるかなる声に言ひて、時の杭(くひ)さす音など、いみじうをかし。「子九つ、丑八つ」などぞ、さとびた る人はいふ。すべて、何も何も、ただ四つのみぞ杭にはさしける。


275 :291:(能270):日のうらうらとある昼つ方

 日のうらうらとある昼つ方、また、いといたう更けて、子の刻(とき)などいふほどにもなりぬらむかし、大殿ごもりおはしましてにやなど、思ひ参らするほ どに、「をのこども」と召したるこそ、いとめでたけれ。

 夜中ばかりに、御笛の声の聞えたる、またいとめでたし。


276 :292:(能271):成信の中将は

 成信の中将は、入道兵部卿の宮の御子にて、かたちいとをかしげに、心ばへもをかしうおはす。伊予の守兼資が女忘れで、親の伊予へ率てくだりしほど、いか にあはれなりけむとこそおぼえしか。あかつきに行くとて、今宵おはして、有明の月に帰り給ひけむ直衣姿などよ。

 その君、常にゐて物言ひ、人の上など、わるきはわるしなどのたまひし<に>[か]。

 物忌くすしう、つのかめなどにたててくふ物まづかいかけなどするもの(=「鶴亀などに立てて食ふ物まづかい掻きなどする物」か)の名(=箸)を、姓(さ う)にて持たる人のあるが、こと人の子になりて、平(たひら)などいへど、ただそのもとの姓を、若き人々ことぐさにて笑ふ。ありさまもことなる事もなし、 をかしき方なども遠きが、さすがに人にさしまじり、心などのあるを、御前(<ま>[さ]へ)わたりも、見苦しなど仰せらるれど、腹ぎたな <き>[と]にや、告ぐる人もなし。

 一条の院に作らせ給ひたる一間の所には、にくき人はさらに寄せず。東の御門につと向かひて、いとをかしき小廂に、式部のおもとと諸共に、夜も昼もあれ ば、上も常にもの御覧じに入らせ給ふ。「今宵は内に寝なむ」とて、南の廂に二人臥しぬるのちに、いみじう呼ぶ人のあるを、うるさしなど言ひ合はせて、寝た るやうにてあれば、なほいみじうかしがましう呼ぶを、「それ起こせ。空寝ならむ」と仰せられければ、この兵部来て起こせど、いみじう寝入りたるさまなれ ば、「さらに起き給はざめり」と言ひに行きたるに、やがてゐつきて、物言ふなり。しばしかと思ふに、夜いたうふけぬ。「権中将にこそあなれ。こは何事を、 かくゐては言ふぞ」とて、みそかに、ただいみじう笑ふも、いかでかは知らむ。あかつきまで言ひ明かして帰る。また、「この君、いとゆゆしかりけり。さら に、寄(<よ>[と])りおはせむに、物言はじ。何事をさは言ひ明かすぞ」など言ひ笑ふに、遣戸あけて、女は入り来(き)ぬ。

 つとめて、例の廂に、人の物言ふを聞けば、「雨いみじう降る折に来たる人なむ、あはれなる。日頃おぼつかなく、つらき事もありとも、さて濡れて来たらむ は、憂き事もみな忘れぬべし」とは、などて言ふにかあらむ。さあらむを、昨夜(よべ)も、昨日の夜も、そがあなたの夜も、すべて、このごろ、うちしきり見 ゆる人の、今宵いみじからむ雨にさはらで来たらむは、なほ一夜(ひとよ)もへだてじと思ふなめりと、あはれなりなむ。さらで、日頃も見ず、おぼつかなくて 過ぐさむ人の、かかる折にしも来むは、さらに心ざしのあるにはせじとこそおぼゆれ。人の心々なるものなればにや。物見知り、思ひ知りたる女の、心ありと見 ゆるなどを語らひて、あまた行く所もあり、もとよりのよすがなどもあれば、しげくも見えぬを、なほさるいみじかりし折に来たりし、など、人にも語りつが せ、ほめられむと思ふ人のしわざにや。それも、むげに心ざしなからむには、げに何しにかは、作り事にても見えむとも思は<む>[れ]。され ど、雨のふる時に、ただむつかしう、今朝まで晴れ晴れしかりつる空ともおぼえず、にくくて、いみじき細殿、めでたき所と<も>おぼえず。まい て、いとさらぬ家などは、とく降りやみねかしとこそおぼゆれ。

 をかしき事、あはれなる事もなきものを。さて、月の明かきはしも、過ぎにし方、行く末まで、思ひ残さるることなく、心もあくがれ、めでたく、あはれなる 事、たぐひなくおぼゆ。それに来たらむ人は、十日、二十日、一月もしは一年(ひととせ)も、まいて七、八年ありて思ひ出でたらむは、いみじうをかしとおぼ えて、えあるまじうわりなき所、人目つつむべきやうありとも、かならず立ちながらも、物言ひて帰し、また、泊まるべからむは、とどめなどもしつべし。

 月の明かき見るばかり、ものの遠く思ひやられて、過ぎにし事の憂かりしも、うれしかりしも、をかしとおぼえしも、ただ今のやうにおぼゆる折やはある。こ ま野の物語は、何ばかりをかしき事もなく、ことばも古めき、見所多からぬも、月に昔を思ひ出でて、虫ばみたる蝙蝠(かはほり)取り出でて、「もと見しこま に」と言ひて尋ねたるが、あはれなるなり。

 雨は心もなきものと思ひしみたればにや、片時降るもいとにくくぞある。やむごとなき事、おもしろかるべき事、たふとうめでたかべい事も、雨だに降れば言 ふかひなく、口惜しきに、何かその濡れてかこち来たらむが、めでたからむ。

 交野の少将もどきたる落窪の少将などはをかし。昨夜(よべ)、一昨日(をととひ)の夜もありしかばこそ、それもをかしけれ。足洗ひたるぞにくき。きたな かりけむ。

 風などの吹き、荒々らしき夜来たるは、たのもしくて、うれしうもありなむ。

 雪こそめでたけれ。「忘れめや」など一人ごちて、忍びたることはさらなり、いとさあらぬ所も、直衣などはさらにも言はず、袍(うへのきぬ)、蔵人の青色 などの、いとひややかに濡れたらむは、いみじうをかしかべし。緑衫(ろうさう)なりとも、雪にだに濡れなば、にくかるまじ。昔の蔵人は、夜など人のもとに も、ただ青色を着て、雨に濡れても、しぼりなどしけるとか。今は昼だに着ざめり。ただ緑衫のみうちかづきてこそあめれ。衛府などの着たるは、まいていみじ うをかしかりしものを。かく聞きて、雨にありかぬ人やあらむとすらむ。

 月のいみじう明かき夜、紙のまたいみじう赤きに、ただ「あらずとも」と書きたるを廂にさし入りたる月にあてて、人の見しこそをかしかりしか。雨降らむ折 は、さはありなむや。


277 :293:(能272):つねに文おこする人の

 常に文おこする人の「何かは。言ふにもかひなし。今は」と言ひて、またの日音(おと)もせねば、さすがに明けたてば、さし出づる文の見えぬこそさうざう しけれと思ひて、「さても、きはぎはしかりける心かな」と言ひて暮らしつ。

 またの日、雨のいたく降る、昼まで音もせねば、「むげに思ひ絶えにけり」など言ひて、端のかたにゐたる夕暮れに、笠さしたる者の持て来たる文を、常より もとくあけて見れば、ただ「水増す雨の」とある、いと多くよみ出だしつる歌どもよりもをかし。


277 :294:(能273):今朝はさしも見えざりつる空の

 今朝はさしも見えざりつる空の、いと暗うかき曇りて、雪のかきくらし降るに、いと心細く見出だすほどもなく、白う積もりて、なほいみじう降るに、随身め きて細やかなる男(をのこ)の、笠さして、そばの方なる塀の戸より入りて、文をさし入れたるこそをかしけれ。いと白き陸奥国紙・白き色紙の結びたる、上に 引きわたしける墨のふと凍りにければ、裾薄(すそうす)になりたるを、あけたれば、いと細く巻きて結びたる、巻目はこまごまとくぼみたるに、墨のいと黒 う、薄く、行(くだ)り狭(せ)ばに、裏表(うらうへ)書き乱りたるを、うち返し久しう見るこそ、何事ならむと、よそに見やりたるもをかしけれ。まいて、 うちほほゑむ所はいとゆかしけれど、遠うゐたるは、黒き文字などばかりぞ、さなめりとおぼゆるかし。

 額髪長やかに、面様(おもやう)よき人の、暗きほどに文を得て、火ともすほども心もとなきにや、火桶の火を挟(はさ)みあげて、たどたどしげに見ゐたる こそをかしけれ。


278 :295:(能274):きらきらしきもの

 きらきらしきもの 大将(だいしやう)の御前駆(みさき)追ひたる。孔雀(くざ)経の御読経。御修法。五大尊(ごだいそん)のも。御斎会(ごさいゑ)。 蔵人の式部の丞(ぞう)の白馬(あをむま)の日大路(おほ<ぢ>[は]=陽本も)練りたる。その日、靫負(ゆげひ)の佐(すけ)の摺衣(すり ぎぬ)<えう>[破(や)ら](=陽本も「やら」)する。尊勝王の御修法。季の御読経。熾盛光(しじやうくわう)の御読経。


279 :296:(能275):神のいたう鳴るをりに

 神のいたう鳴るをりに、雷鳴(かみなり)の陣こそいみじうおそろしけれ。左右(さう)の大将、<中・少将>などの御格子のもとに候ひ給ふ、 いといとほし。鳴りはてぬるをり、大将仰せて、「おり」とのたまふ。


280 :297:(能276):坤元録の御屏風こそ

 坤<元>[え]録(こんげんろく)の御屏風こそをかしうおぼゆれ。漢書の屏風は雄々しくぞ聞こえたる。月次(つきなみ)の御屏風もをかし。


281 :298:(能277):節分違へなどして夜深く帰る

 節分(せちぶん)違(たが)へなどして夜深く帰る、寒きこといとわりなく、頤(おとがひ)など<もみな>落ちぬべきを、からうじて来着き て、火桶引き寄せたるに、火の大きにて、つゆ黒みたる所もなくめでたきを、こまかなる灰の中よりおこし出でたるこそ、いみじうをかしけれ。

 また、ものなど言ひて、火の消ゆらむも知らずゐたるに、こと人の来て、炭入れておこすこそいとにくけれ。されど、めぐりに置きて、中に火をあらせたるは よし。みなほかざまに火をかきやりて、炭を重ね置きたるいただきに火を置きたる、いとむつかし。


282 :299:(能278):雪のいと高う降りたるを

 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などして、集まり候ふに、「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ」と、おほせら るれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ。

 人々も、「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほ、この宮の人には、さべきなめり」と言ふ。


283 :300:(能279):陰陽師のもとなる小童べこそ

 陰陽師のもとなる小童べこそ、いみじう物は知りたれ。祓などしに出でたれば、祭文など読むを、人はなほこそ聞け、ち<う>[ゝ]と立ち走り て、「酒、水いかけ<さ>[は]せよ」とも言はぬに、しありくさまの、例知り、いささか主にもの言はせぬこそうらやましけれ。さらむ者がな、 使はむとこそおぼゆれ。


284 :301:(能280):三月ばかり、物忌しにとて

 三月ばかり、物忌しにとて、かりそめなる所に、人の家に行きたれば、木どもなどのはかばかしからぬ中に、柳といひて、例のやうになまめかしうはあらず、 ひろく見えて、にくげなるを、「あらぬものなめり」といへど、「かかるもあり」などいふに、

  さかしらに柳の眉のひろごりて春のおもてを伏する宿かな

とこそ見ゆれ。

 その頃、また同じ物忌しに、さやうの所に出で来るに、二日といふ日の昼つ方、いとつれづれ[に]まさりて、ただ今もまゐりぬべき心地するほどにしも、仰 せごとのあれば、いとうれしくて見る。浅緑の紙に、宰相の君いとをかしげに書い給へり。

  いかにして過ぎにしかたを過ぐしけむ暮らしわづらふ昨日今日かな

となむ、わたくしに<は>、「今日しも千歳の心地するに。あかつきにはとく」とあり。この君ののたまひたらむだにをかしかべきに、まして仰せ ごとのさまはおろかならぬ心地すれば、

  雲の上も暮らしかねける春の日を所がらともながめつるかな

わたくしには、「今宵のほども、少将にやなり侍らむとすらむ」とて、あかつきにまゐりたれば、「昨日の返し、『かねける』いとにくし。いみじうそしりき」 と仰せらる、いとわびし。まことにさることなり。


285 :302:(能282):十二月二十四日

 十二月二十四日、宮の御仏名の半夜の導師聞きて出づる人は、夜中ばかりも過ぎにけむかし。

 日頃降りつる雪の今日はやみて、風などいたう吹きつれば、垂氷(たるひ)いみじうしだり、地(つち)などこそむらむら白き所がちなれ、屋の上はただおし なべて白きに、あやしき賤(しづ)の屋も雪にみな面(おも)隠しして、有明の月のくまなきに、いみじうをかし。白銀(しろがね)などを葺きたるやうなる に、水晶の滝など言はましやうにて、長く、短く、ことさらにかけわたしたると見えて、言ふにもあまりてめでたきに、下簾もかけぬ車の、簾をいと高うあげた れば、奥までさし入りたる月に、薄色、白き、紅梅など、七つ八つばかり着たるうへに、濃き衣のいとあざやかなるつやなど月にはえて、をかしう見ゆる、かた はらに、葡萄染の固紋の指貫、白き衣どもあまた、山吹、紅など着こぼして、直衣のいと白き、紐を解きたれば、脱ぎ垂れられ<て>、いみじうこ ぼれ出でたり。指貫の片つ方は軾(とじきみ)のもとに踏み出だしたるなど、道に人会ひたらば、をかしと見つべし。

 月の影のはしたなさに、後ろざまにすべり入るを、常に引きよせ、あらはになされてわぶるもをかし。「凛々(りんりん)として氷鋪(し)けり」といふこと を、返す返す誦じておはするは、いみじうをかしうて、夜一夜もありかまほしきに、行く所の近うなるも口惜し。


286 :303:(能283,能284):宮仕へする人々の出で集まりて

 宮仕へする人々の出で集まりて、おのが君々の御ことめできこえ、宮の内、殿ばらの事ども、かたみに語りあはせたるを、その家主(あるじ)にて聞くこそを かしけれ。

 家ひろく、清げにて、わが親族(しぞく)はさらなり、うち語らひなどする人も、宮仕へ人を方々に据ゑてこそあらせ<ま>[さ]ほしけれ。さ べき折はひとところに集まりゐて、物語し、人のよみたりし歌、何くれと語りあはせて、人の文など持て来るも、もろともに見、返りごと書き、またむつましう 来る人もあるは、清げにうちしつらひて、雨など降りてえ帰らぬも、をかしうもてなし、参らむ折は、そのこと見入れ、思はむさまにして出だし出でなどせば や。

 よき人のおはしますありさまなどのいとゆかしきこそ、けしからぬ心にや。


287 :304:(能285):見ならひするもの

 見ならひするもの 欠伸(あくび)。ちごども。


288 :305:(能286):うちとくまじきもの

 うちとくまじきもの えせ者。さるは、よしと人に言はるる人よりも、うらなくぞ見ゆる。船の路。


288 :306:(能286):日のいとうららかなるに

 日のいとうららかなるに、海の面のいみじうのどかに、浅緑<の>打ちたるを引き渡したるやうにて、いささかおそろしきけしきもなきに、若き 女などの袙(あこめ)、袴など着たる、侍の者の若やかなるなど、櫓(ろ)といふもの押して、歌をいみじう歌ひたるは、いとをかしう、やむごとなき人などに も見せ奉らまほしう思ひ行くに、風いたう吹き、海の面ただあしにあしうなるに、ものもおぼえず、泊まるべき所に漕ぎ着くるほどに、船に波のかけたるさまな ど、片時にさばかりなごかりつる海とも見えずかし。

 思へば、船に乗りてありく人ばかり、あさましう、ゆゆしきものこそなけれ。よろしき深さなどにてだに、さるはかなきものに乗りて漕ぎ出づべきにもあらぬ や。まいて、そこひも知らず、千尋などあらむよ。ものを <(ココカラ欠)いと多く積み入れたれば、水際はただ一尺ばかりだになきに、下衆どものいささかおそろしとも思はで走りありき、つゆ荒うもせば、沈 みやせむと思ふを、大きなる松の木などの二三尺にてまろなる、五つ六つ、ぼうぼうと投げ入れなどするこそいみじけれ。

 屋形といふものの方にて(=櫓を)押す。されど、奥なるはたのもし。端(はた)にて立てる者こそ目くるる心地すれ。早緒と(=名)つけて、櫓とかにすげ たるものの弱げさよ。かれが絶えば、何にかならむ。(=櫓が)ふと落ち入りなむを。それ(=櫓)だに太くなどもあらず。わが乗りたるは、清げに造り、端戸 (つまど)あけ、格子あげなどして、さ水とひとしう下りげに(=喫水線が高い)などあらねば、ただ家の小さきにてあり。

 小舟を見やるこそいみじけれ。遠きはまことに笹の葉を作りてうち散らしたるにこそいとよう似たれ。泊まりたる所にて、船ごとにともしたる火は、またいと をかしう見ゆ。

 はし舟と(=名)つけて、いみじう小さきに乗りて漕ぎありく、つとめてなどいとあはれなり。「跡の白波」は、まことにこそ消えもて行け。よろしき人は、 なほ乗りてありくまじきこととこそおぼゆれ。徒歩路もまた、おそろしかなれど、それはいかにもいかにも地(つち)に着きたれば、いとたのもし。

 海はなほいとゆゆしと思ふに、まいて海女のかづきしに入るは憂きわざなり。腰に着きたる緒の絶えもしなば、いかにせむとならむ。男(をのこ)だにせまし かば、さてもありぬべきを、女はなほおぼろげの心ならじ。船に男(をのこ)は乗りて、歌などうち歌ひて、この栲縄(たくなは)を海に浮けてありく、あやふ く後ろめたくはあらぬにやあらむ。のぼらむとて、その縄をなむ引くとか。惑ひ繰り入るるさまぞことわりなるや。船の端(はた)をおさへて放ちたる息(い き)などこそ、まことにただ見る人だにしほたるるに、落し入れてただよひありく男(をのこ)は、目もあやにあさましかし。


289 :307:(能287):右衛門の尉なりける者の

 <右衛門の尉なりける者の、えせなる男>親を持たりて、人の見るにおもてぶせなりとくるしう思ひけるが、伊予の国よりのぼるとて、浪に落と し入れけるを、「人の心ばかり、あさましかりけることなし」とあさましがるほどに、七月十五日、盆たてまつるとて急ぐを見給ひて、道命阿闍梨、

  わたつ海に親おし入れてこの主の盆する見るぞあはれなりける

とよみ給ひけむこそをかしけれ。


290 :308:(能288):小原の殿の御母上とこそは

 小原の殿の御母上とこそは、普門といふ寺にて八講しける、聞きて、またの日小野殿に、人々いと多く集まりて、遊びし、文作り<て>けるに、

  薪こることは昨日に尽きにしをいざ斧の柄はここに朽たさむ

とよみ給ひたりけむこそいとめでたけれ。

 ここもとは打聞になりぬるなめり。


291 :309:(能289):また、業平の中将のもとに

 また、業平の中将のもとに母の皇女(みこ)の、「いよいよ見まく」とのたまへる、いみじうあはれにをかし。引き開けて見たりけむこそ思ひやらるれ。(コ コマデ欠)>


292 :310:(能290):をかしと思ふ歌を

 をかしと思ふ歌を草子などに書きて置きたるに、いふかひなき下衆のうちうたひたるこそ、いと心憂けれ。


293 :311:(能291):よろしき男を下衆女などのほめて

 よろしき男を下衆女などのほめて、「いみじうなつかしうおはします」などいへば、やがて思ひおとされぬべし。そしらるるは、なかなかよし。下衆にほめら るるは、女だにいとわるし。また、ほむるままに言ひそこなひつるものは。


294 :312:(能なし):左右の衛門の尉を

 左右(さう)<の>衛門の尉(ぞう)を判官(はうぐわん)といふ名つけて、いみじうおそろしう、かしこき者に思ひたるこそ。夜行し、細殿な どに入り臥したる、いと見苦しかし。布の白袴、几帳にうちかけ、袍(うへのきぬ)の長くところせきを、わがねかけたる、いとつきなし。太刀の後(しり)に 引きかけなどして立ちさまよふは、されどよし。青色をただ常に着たらば、いかにをかしからむ。「見し有明ぞ」と誰言ひけむ。


295 :313:(能292):大納言殿参り給ひて

 大納言殿参り給ひて、ふみのことなど奏し給ふに、例の、夜いたくふけぬれば、御前なる人々、一人二人づつ失せて、御屏風、御几帳の後ろなどに、みな隠れ 臥しぬれば、ただ一人、ねぶたきを念じて候ふに、「丑四つ」と奏すなり。「明け侍りぬなり」と一人ごつを、大納言殿「いまさらに、な大殿ごもりおはしまし そ」とて、寝(ぬ)べきものとも思(おぼ)いたらぬを、うたて、何しにさ申しつらむと思へど、また人のあらばこそは、まぎれも臥さめ。上の御前の、柱に寄 りかからせ給ひて、少し眠らせ給ふを、「かれ、見奉らせ給へ。今は明けぬるに、かう大殿籠るべきかは」と申させ給へば、「げに」など、宮の御前にも笑ひ聞 こえさせ給ふも、知らせ給はぬほどに、長女(をさめ)が童の、鶏(にはとり)を捕らへ持て来て、「あしたに里へ持て行かむ」といひて隠し置きたりける、い かがしけむ、犬見つけて追ひければ、廊の<ま>[さ]きに逃げ入りて、おそろしう鳴きののしるに、みな人起きなどしぬなり。上も、うちおどろ かせ給ひて、「いかでありつる鶏(とり)ぞ」など尋ねさせ給ふに、大納言殿の「声、明王(めいわう=明君)の眠りを驚かす」といふことを高ううち出だし給 へる、めでたうをかしきに、ただ人のねぶたかりつる目もいと大きになりぬ。「いみじき折のことかな」と、上も宮も興ぜさせ給ふ。なほ、かかる事こそめでた けれ。

 またの夜は、夜の御殿に参らせ給ひぬ。夜中ばかりに、廊に出でて人呼べば、「下るるか。いで、送らむ」とのたまへば、裳・唐衣は屏風にうちかけて行く に、月のいみじう明かく、御直衣のいと白う見ゆるに、指貫を長う踏みしだきて、袖をひかへて、「倒るな」といひて、おはするままに、「遊子なほ残りの月に 行く」と誦し給へる、またいみじうめでたし。

 「かやうの事、めで給ふ」とては、笑ひ給へど、いかでか、なほをかしきものをば。


296 :314:(能293):僧都の御乳母のままなど

 僧都の御乳母のままなど、御匣殿の御局にゐたれば、男(をのこ)のある、板敷のもと近う寄り来て、「からい目を見候ひて、誰にかは憂(うれ)へ申し侍ら む」とて、泣きぬばかりのけしきにて、「何事ぞ」と問へば、「あからさまにものにまかりたりしほどに、侍る所の焼け侍りにければ、がうなのやうに、人の家 に尻をさし入れてのみ候ふ。馬づかさの御秣積みて侍りける家より出でまうで来て侍るなり。ただ垣を隔てて侍れば、夜殿に寝て侍りける童べも、ほとほと焼け ぬべくてなむ。いささかものもと<う>(=陽本も)で侍らず」など言ひをるを、御匣殿も聞き給ひて、いみじう笑ひ給ふ。

  みまくさをもやすばかりの春の日に夜殿さへなど残らざるらむ

と書きて、「これを取らせ給へ」とて投げやりたれば、笑ひののしりて、「このおはする人の、家焼けたなりとて、いとほしがりて賜ふなり」とて、取らせたれ ば、ひろげて<うち見て>、「これは、なにの御短冊にか侍らむ。物いくらばかりにか」といへば、「ただ読めかし」といふ。「いかでか、片目も あきつかうまつらでは」といへば、「人にも見せよ。ただ今召せば、とみにて上へ参るぞ。さばかりめでたき物を得ては、何をか思ふ」とて、みな笑ひまどひ、 のぼりぬれば、「人にや見せつらむ。里に行きていかに腹立たむ」など、御前に参りてままの啓すれば、また笑ひ騒ぐ。御前にも、「など、かくもの狂ほしから む」と笑はせ給ふ。


297 :315:(能294):男は、女親亡くなりて

 男(=男の子)は 女親(めおや)亡くなりて、男親(をおや)の一人ある、いみじう思へど、心わづらはしき北の方(=後妻)出で来て後は、内にも入れ立 てず、装束などは、乳母、また故上(=先妻)の御人(ひと=召使ひ)どもなどしてせさせす。

 西東の対のほどに、まらうど居(=客間に住む)など、をかし。屏風・障子の絵も見所ありて住まひたる。

 殿上のまじらひのほど、口惜しからず人々も思ひ、上も御けしきよくて、常に召して、御遊びなどのかたきにおぼしめしたるに、なほ常にもの嘆かしく、世の 中心に合はぬ心地して、すきずきしき心ぞ、かたはなるまであべき。

 上達部のまたなきさまにてもかしづかれたる妹(いもうと)一人あるばかりにぞ、思ふことうち語らひ、なぐさめ所なりける。


298 :316:(能297):ある女房の、遠江の守の子なる人を

 ある女房の、遠江<の守>(=陽本も)の子なる[を]人を語らひてあるが、同じ宮人をなむ忍びて語らふと聞きて、うらみければ、「『親など もかけて誓はせ給へ。いみじきそらごとなり。ゆめにだに見ず』となむいふは、いかがいふべき」と言ひしに、

  誓へ君遠江の神かけてむげに浜名の橋見ざりきや


299 :317:(能298):びんなき所にて

 便なき所にて、人に物を言ひけるに、胸のいみじう走りけるを、「など、かくある」と言ひける人に、

  逢坂(あふさか)は胸のみつねに走り井の見つくる人やあらむと思へば


300 :318:(能296):まことにや、やがては下る

 まことにや、「やがては下る」と言ひたる人に、

  思ひだにかからぬ山のさせも草誰か伊吹の里は告げしぞ


301:319:(能321,能322):この草子、目に見え心に思ふことを(跋文)

 この草子、目に見え心に思ふことを、人やは見むとすると思ひて、つれづれなる里居のほどにかき集めたるを、あいなう、人のために便なき言ひ過ぐしもしつ べき所々もあれば、よう隠し置きたりと思ひしを、心よりほかにこそ漏り出でにけれ。

 宮の御前に内の大臣の奉り給へりけるを、「これに何を書<か>[く]まし。上の御前には史記といふ書(ふみ)をなむ書かせ給へる」などのた まはせしを、「枕にこそは侍らめ」と申ししかば、「さは、得てよ」とて賜はせたりしを、あやしきを、こよや何やと、尽きせず多かる紙を書き尽くさむとせし に、いとものおぼえぬことぞ多かるや。

 おほかた、これは世の中にをかしきこと、人のめでたしなど思ふべき、なほ選り出でて、歌などをも、木・草・鳥・虫をも言ひ出だしたらばこそ、「思ふほど よりはわろし。心見えなり」とそしられめ、ただ心一つにおのづから思ふことを戯れに書きつけたれば、ものに立ち交じり、人並み並みなるべき耳(み< み>)をも聞くべきものかはと思ひしに、「恥づかしき」なん<ど>もぞ見る人はし給ふ<な>[け]れば、いとあやしう <ぞ>あるや。げに、そもことわり、人のにくむをよしと言ひ、ほむるをも悪しと言ふ人は、心のほどこそおしはからるれ。ただ、人に見えけむぞ ねたき。

 左中将まだ伊勢の守と聞こえしとき、里におはしたりしに、端の方なりし畳<を>さし出でしものは、この草子載りて出でにけり。惑ひ取り入れ しかど、やがて持ておはして、いと久しくありてぞ返りたりし。それよりありきそめたるなめり、とぞ本に。


一本

  きよしと見ゆるもののつぎに

:一本01:(能なし):夜まさりするもの

 夜まさりするもの 濃き掻練のつや。むしりたる綿。

 女は 額はれたるが髪うるはしき。琴(きん)の声。かたちわろき人のけはひよき。ほととぎす。滝の音。


:一本02:(能なし):ほかげにおとるもの

 [夜おとりする物イ(小文字行右)]火影(ほかげ)におとるもの 紫の織物。藤の花。すべてその類(るい)はみなおとる。紅は月夜にぞわろき。


:一本03:(能なし):聞きにくきもの

 聞きにくきもの 声にくげなる人の物言ひ、笑ひなど、うちとけたるけはひ。眠(ねぶ)りて陀羅尼読みたる。歯黒(はぐろ)めつけて物言ふ声。ことなるこ となき人はもの食ひつつもいふぞかし。篳篥(ひちりき)習ふほど。


:一本04:(能なし):文字に書きてあるやうあらめど心得ぬもの

 文字に書きてあるやうあらめど心得ぬもの 撓塩(いためじお)。袙。帷子。屐子。泔(ゆする)。桶舟(をけふね)


:一本05:(能なし):下の心がまへわろくて清げに見ゆるもの

 下の心がまへてわろくて清げに見ゆるもの 唐絵の屏風。石灰の壁。盛物。檜皮葺の屋の上。かう[はイ]しりの遊び。


:一本06:(能299):女の表着は

 女の表着(うはぎ)は 薄色。葡萄染。萌黄。桜。紅梅。すべて薄色の類。


:一本07:(能299):唐衣は

 唐衣(からぎぬ)は 赤色。藤。夏は 二藍。秋は 枯野。


:一本08:(能300):裳は

 裳(も)は 大海(おほうみ)。


:一本09:(能なし):汗衫は

 汗衫(かざみ)は 春は 躑躅。桜。夏は 青朽葉。朽葉。


:一本10:(能301):織物は

 織物は 紫。白き。紅梅もよけれど、見(み)ざめこよなし。


:一本11:(能302):綾の紋は

 綾の紋は 葵。かたばみ。霰(あられ)地。


:一本12:(能なし):薄様色紙は

 薄様色紙は 白き。紫。赤き。刈安染(かりやすぞめ)。青<き>もよし。


:一本13:(能なし):硯の箱は

 硯の箱は 重ねの蒔絵に雲鳥(くもとり)の紋。


:一本14:(能なし):筆は

 筆は 冬毛。使ふもみめもよし。兎(う)の毛。


:一本15:(能なし):墨は

 墨は 丸(まろ)なる。


:一本16:(能なし):貝は

 貝は 虚貝(うつせがひ)。蛤(はまぐり)。いみじう小さき梅の花貝。


:一本17:(能なし):櫛の箱は

 櫛の箱は 盤絵(ばんゑ)、いとよし。


:一本18:(能なし):鏡は

 鏡は 八[四イ(小文字行右)]寸五分(ふん)。


一本19:(能なし):蒔絵は

 蒔絵は 唐草。


一本20:(能なし):火桶は

 火桶は 赤色。青色。白きに作り絵もよし。


一本21:(能なし):夏のしつらひは

 夏のしつらひは 夜。冬のしつらひは 昼。


一本22:(能なし):畳は

 畳は 高麗縁(かうらいばし)。また、黄なる地の縁(はし)。


一本23:(能なし):檳榔毛は

 檳榔毛(びらうげ)は、のどやかに遣りたる。網代(あじろ)は、走らせ来る。[上巻にあり(小文字行右)]


一本24:(能319):松の木立高き所の

 松の木立(こだち)高き所の東、南の格子上げわたしたれば、涼しげに透きて見ゆる母屋(もや)に、四尺の几帳立てて、その前に円座置きて、四十ばかりの 僧の、いと清げなる墨染の衣(ころも)・薄物の袈裟(けさ)あざやかに装束きて、香染(かうぞめ)の扇を使ひ、せめて陀羅尼を読みゐたり。

 もののけにいたう悩めば、移すべき人とて、大きやかなる童の、生絹の単衣あざやかなる、袴長う着なしてゐざり出でて、横ざまに立てたる几帳のつらに <ゐたれば>、外様(とざま)にひねり向きて、いとあざやかなる独鈷(とこ)を取らせて、うち拝みて読む陀羅尼もたふとし。

 見証(けそ)の女房あまた添ひゐて、つとまもらへたり。久しうもあらでふるひ出でぬれば、もとの心失<せ>[け]て、おこなふままに従ひ給 へる、仏の御心もいとたふとしと見ゆ。

 兄人・従兄弟なども、みな内外(<な>[/\]いげ)したり。たふとがりて、集まりたるも、例の心ならば、いかにはづかしと惑はむ。みづか らは苦しからぬことと知りながら、いみじうわび、泣いたるさまの、心苦しげなるを、憑き人の知り人<ども>などは、らうたく思ひ、け近くゐ て、衣(きぬ)引きつくろひなどす。

 かかるほどに、よろしくて、「御湯」などいふ。北面に取りつぐ若き人どもは、心もとなく引きさげながら、急ぎ来てぞ見るや。単衣どもいと清げに、薄色の 裳など萎えかかりてはあらず、清げなり。

 いみじうことわりなど言はせて、ゆるしつ。「几帳の内にありとこそ思ひしか、あさましくもあらはに出でにけるかな。いかなることありつらむ」とはづかし くて、髪を振りかけてすべり入れば、「しばし」とて、加持少しうちして、「いかにぞや、さわやかになり給ひたりや」とてうち笑みたるも、心はづかしげな り。「しばしも候ふべきを、時のほどになり侍りぬれば」などまかり申しして出づれば、「しばし」など留(と)むれど、いみじう急ぎ帰るところに、上臈とお ぼしき人、簾のもとにゐざり出でて、「いとうれしく立ち寄らせ給へるしるしに、たへ難(がた)う思ひ給へつるを、ただ今おこたりたるやうに侍れば、かへす がへすなむ喜び聞こえさする。明日も御暇(いとま)のひまにはものせさせ給へ」となむ言ひつつ、「いと執念(しふね)き御もののけに侍るめり。たゆませ給 はざらむ、よう侍るべき。よろしうものせさせ給ふなるを、よろこび申し侍る」と言(こと)[く]ずくなにて出づるほど、いと験(しるし)ありて、仏のあら はれ給へる[と](=「と」陽本あり)こそおぼゆれ。


 清げなる童べの髪うるはしき、また大きなるが髭は生ひたれど、思はずに髪うるはしき、うちしたたかに、むくつけげに多かるなどおぼ<え> [く](=陽本「く」)で。暇(いとま)なう此処彼処(ここかしこ)に、やむごとなう、おぼえあるこそ、法師もあらまほしげなるわざなれ。


一本25:(能239):宮仕所は

 宮仕所は 内裏(うち)。后(きさい)の宮。その御腹の一品(いつぽん)の宮など申したる。斎院、罪深(ふか)かなれど、をかし。まいて、余の所は[こ の頃はイ]。また春宮の女御の御方。


一本26:(能なし):荒れたる家の蓬ふかく

 [あはれなる物の下に(小文字行右)]荒れたる家の蓬(よもぎ)深く、葎(むぐら)はひたる庭に、月の隈(くま)なく明かく、澄みのぼりて見ゆる。ま た、さやうの荒れたる板間より洩り来る月。荒うはあらぬ風の音。

 池ある所の五月長雨の頃こそいとあはれなれ。菖蒲、菰(こも)など生ひこりて、水も緑なるに、庭も一つ色に見えわたりて、曇りたる空をつくづくとながめ 暮らしたるは、いみじうこそあはれなれ。いつも、すべて池ある所はあはれにをかし。冬も氷したる朝(あした)などは言ふべきにもあらず。わざとつくろひた るよりも、うち捨てて水草(みくさ)がちに荒れ、青みたる絶え間絶え間より、月影ばかりは白々と映りて見えたるなどよ。

 すべて、月影はいかなる所にてもあはれなり。


一本27:(能308):はつせにもうでて

 [ねたき物のよこ(小文字行右)]初瀬に詣でて局にゐたりしに、あやしき下﨟どもの、後ろをうちまかせつつ居並みたりしこそねたかりしか。

 いみじき心起こして参りしに、川の音などのおそろしう、呉階(くれはし)を上(のぼ)るほどなど、おぼろげならず困じて、いつしか仏の御前をとく見奉ら むと思ふに、白衣着たる法師、蓑虫などのやうなる者ども集まりて、立ちゐ、額づきなどして、つゆばかり所もおかぬけしきなるは、まことにこそねたくおぼえ て、おし倒しもしつべき心地せしか。いづくもそれは<さぞ>あるかし。

 やむごとなき人などの参り給へる御局などの前ばかりをこそ払(<は>[わ]ら)ひなどもすれ、よろし<き>は制しわづらひぬめ り。さは知りながらも、なほさしあたりてさる折々、いとねたきなり。

 掃(はら)ひ得たる櫛、あかに落とし入れたるもねたし。


一本28:(能316):女房の参りまかでには

 女房の、参りまかでには、人の車を借る折もあるに、いと心よう言ひて貸したるに、牛飼童、例のし<も>[り]<し>よりも強く 言ひて、いたう走り打つも、あなうたてとおぼゆるに、男(をのこ)どものものむつかしげなるけしきにて、「とう遣れ。夜ふけぬさきに」などいふこそ、主 (しゆう)の心おしはかられて、また言ひふれむともおぼえね。

 業遠(なりとほ)の朝臣の車のみや夜中・暁わかず人の乗るに、いささかさることなかりけれ。ようこそ教へ習はしけれ。それに道に会ひたりける女車の、深 き所に落とし入れて、え引き上げで、牛飼の腹立ちければ、従者(ずさ)して打たせさへしければ、ましていましめおきたるこそ。

以上、一本

源経房朝臣
橘則季

本云

往時所持之荒本紛失年久、更借出一両之本令書留之、依無証本不散不審、但管見之所及、勘合旧記等注付時代年月等、是亦謬案歟

安貞二年三月  耄及愚翁



補遺(第二類本にのみ付戴されてゐる本文)


下巻末(「一本」本文の次に)所載

 又一本(以下小文字)

又一本1

 霧は 川霧。

又一本2

 出で湯は ななくりの湯。有馬の湯。那須の湯。つかさの湯。ともの湯。


又一本3

 陀羅尼は 阿弥陀の大咒(だいず)。尊勝(そんしよう)陀羅尼。随求(ずいぐ)陀羅尼。千手(せんず)陀羅尼。


又一本4

 時は 申。酉(<と>[よ]り)。子。丑。


又一本5

 下簾(すだれ)は 紫の裾濃(すそご)。つぎには蘇枋(すはう)もよし。


又一本6

 目もあやなるもの もくゑの筝(しやう)の琴(こと)の飾りたる。七宝の塔。木像の仏の小さき。


又一本7:(能89)

 もののあはれ知り顔なるもの 鼻垂りしたる[を]。かつ、<鼻>かみつつ物言ふけはひ。わさび食ふ。眉ぬくも。


又一本8

 めでたきものの人に名につきていふかひなく聞こゆる 梅。柳。桜。霞。葵(あふひ)。桂。菖蒲(さうぶ)。桐。檀(まゆみ)。楓(かへで)。小萩。雪。 松。


又一本9

 見るかひなきもの 色くろくやせたるちごの瘡(かさ)出でたる。ことなることなき男の行く所おほかるが、ものむづかりするに。にくげなるむすめ。


又一本10

 まづしげなるもの あめの牛のやせたる。直垂の綿うすき。青鈍(あ<を>[せ]にび)の狩衣。黒柿(くろがい)の骨に黄なる紙はりたる扇。 ねずみに食らはれたる餌袋(ゑぶくろ)。香染(かうぞめ)の黄ばみたるにあしき手を薄墨にかきたる。


又一本11

 本意なきもの 綾の衣(きぬ)のわろき。みやたて人の中あしき。心と法師に成りたる人の、さはなくて清からぬ。思ふ人のかくしする。得意の上そしる。冬 の雪ふらぬ。



2009.1 -  Tomokazu Hanafusa / メー ル

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