テレンティウス作『自虐者(じぎゃくもの)』
登場人物
クレメース 大旦那、クリティポンの父親
メネデーモス 旦那、クレメースの隣人、クリニアスの父親
クリティポン 坊ちゃん、クレメースの息子、遊女バッキスに惚れている
クリニアス 若旦那、メネデーモスの息子、アンティピラの恋人
シュロス クレメースの召使、クリティポンの召使
ドロモン メネデーモスの召使、クリニアスの召使
バッキス 花魁(おいらん)、遊女
アンティピラ 未婚女性、コリント人の娘、実はクレメースの娘
カンタラ 乳母
ソストラータ 既婚婦人 クレメースの妻
プルギア バッキスの侍女
あらすじ
二人の恋する若者に対して不満をもっているそれぞれの父親が議論を戦わせる。メネデーモスの息子のクリニアスは、アンティピラという貧しいけれど生真面目な孤児(みなしご)を愛している。クレメースの息子のクリティポンは、貪欲で傲慢なバッキスという遊女を父に隠れて愛している。彼はバッキスに約束した金をやりたいのだがそれを手に入れることができない。一方、息子に腹を立てたメネデーモスは、クリニアスにアンティピラとの交際をあまりにも厳しくまた激しく叱ったので、クリニアスは小アジアの軍隊に入隊するために旅立ってしまっていた。
しかし、メネデーモスは第一場で、息子がいなくなって淋しい気持ちを隣人のクレメースに打ち明ける。あまりに淋しくて、クリニアスがいない間は金持ちになろうとか財産を使って楽な暮らしをしようという気持ちがなくなってしまっていたので、ひたすら働いて慎ましい暮らしをしていると言う。つまりタイトルの「自虐者」になっているのである。実際、メネデーモスは息子と仲直りするためなら何でもする覚悟だった。
やがてクリニアスは父親に内緒で小アジアから帰ってくるが、厳しい父親を恐れて、友人のクリティポンの家に泊まらせてもらう。その時、この喜劇の利口な召使であるシュロスが、息子たちの二人の恋人を連れてやって来る。シュロスはバッキスにクリティポンの恋人ではなくクリニアスの恋人のふりをさせるという作戦を考えていた。というのは、メネデーモスならバッキスに約束した金を息子と仲直りするために出すだろうと思ったからである。一方、アンティピラはバッキスの侍女の一人として紹介するのである。
しかし、そのうちクレメースの妻であるソストラータと乳母は、アンティピラのはめている指輪を見て、アンティピラがクレメースの娘であり、むかしクレメースの指図で捨てさせられた子であることを発見する。こうしてシュロスの作戦は継続不可能となる。さまざまなやり取りがあったあとで、幸いにもクリニアスはアンティピラと結婚して、父親であるメネデーモスと仲直りする。
その一方、息子のクリティポンの恋人がバッキスであることを知ったクレメースは、息子を勘当して全財産をいま見つかったばかりの娘の持参金として与えると言い出す。しかし、みんなから説得されて、出来るだけ早く結婚すると約束する条件で息子を許すことになる。
また、クレメースは娘のアンティピラがバッキスに十ミナの借金があると自分の召使であるシュロスに思い込まされて、そのために、バッキスに与えるようにと言って息子に金を手渡すのである。かくして、クレメースは自分の召使のペテンには用心しろとメネデーモスに忠告していながら、自分がまんまと騙されたのであった。しかし、最後には、主人をペテンにかけて大金を騙しとったシュロスにも許しが出る。(ウィキ・ラテンより)
G.スルピキウス・アポリナリスによるあらすじ
アンティピラと付き合っている息子(クリニアス)を厳格な父親が軍隊に入隊させてしまうが、自分のしたことを心のなかで悔いた彼は自分自身を苦しめていた。やがて帰国したクリニアスは父に内緒でクリティポンのもとに泊まらせてもらう。
クリティポンはバッキスという遊女に惚れていた。クリニアスが自分の恋人のアンティピラを呼び寄せた時、アンティピラはバッキスの侍女の服を着て、バッキスはクリニアスの恋人としてやって来る。それはクリティポンがバッキスと付き合っていることを父親から隠すためだった。クリティポンは遊女にやるための十ミナをシュロスの策略を使って父親からせしめる。
アンティピラはクリティポンの妹であることが判明する。クリニアスはこの娘と結婚し、クリティポンは別の女性と結婚する。
プロローグ(略)
舞台はアッティカの田舎、クレメースとメネデーモスとパニアの家が並ぶ。右手がアテナイ、左手はさらに田舎。
第1幕第1場 クレメース、メネデーモス(メネデーモスが息子を叱って家出されたことを後悔して自分を苦しめるような生活をしていることをクレメースに話す場面)(53-)
クレメース 我々の間のこの付き合いは最近始まったばかりだし(あんたが隣の田んぼを買って以来の付き合いだ)、それ以上のことは何もないんだが、でも、わしはあんたの近くに住んでいて(隣人であることは友人であることに非常に近いことだとわしは思うんだ)、あんたの真面目な様子を見ていると、わしは馴れなれしくあんたにおせっかいな忠告せずにはいられないんだよ。あんたのしていることはあんたの年には似合わないし、あんたの境遇にも相応しくないことだと、わしは思うんだ。一体全体あんたは何がしたいんだい、何を求めているんだ。もうあんたは60歳になる。いやわしの知る限りではもっと行っている。しかも、このあたりではあんたよりも大きくて立派な田んぼを持っている人はいない。召使も沢山いる。ところが、あんたは召使が一人もいないかのように、召使がするような仕事を自分で一生懸命やっているんだ。わしが朝出かける時も夕方帰ってくる時も、わしがあんたを田んぼの中に見かけないことはない。あんたは土を掘り返して耕しては何かを肩に担いでいる。少しの時間も無駄にすることなく、また休もうともしない。それをあんたが少しも楽しんでいない事をわしは知っている。「ここでわしはどんなに働いても、わしの気持ちが満たされることはない」と、きっとあんたは言っているんだろう。あんたが自分で働いて使っているその労力を、もし召使を使うのに振り向けたら、あんたはもっと裕福になれるのになあ。
メネデーモス クレメースさん、あんたもずいぶん暇な人だな。自分に関係のない他人事の心配なんかして。
クレメース わしも人間だから、人のすることは何でも他人事とは思えないんだよ。だからこれはわしからの忠告というよりも、あんたへのアンケートだと考えて欲しい。そしてあんたのしている事が正しければわしはあんたを見習うし、間違っていればわしがやめさせる。
メネデーモス 私はこうする必要があるからこうしているだけだよ。あんたも自分に必要なことだけすればいいじゃないか。
クレメース 自分自身を苦しめる必要のある人がどこにいるんだよ。
メネデーモス ここにいるよ。
クレメース 気を悪くしたんなら謝るよ。でも、何をそんなに悲しんでいるんだ。なあ、何があってそんなに苦しんでいるんだ。
メネデーモス(すすり泣く) ああ。
クレメース 泣かないでくれ。どんなことでもいいからわしに教えてくれ。黙ってちゃだめだ。尻込みせずにわしにうちあけてほしい。慰めたり知恵を出したり、何かあんたの助けになることがあれば、してあげられると思うんだよ。
メネデーモス あんたはこんなことが知りたいのかね。
クレメース そのわけはいま話したじゃないか。
メネデーモス じゃあ、聞いてくれ。
クレメース その前にその鍬をそこに置いて、一休みしてくれよ。
メネデーモス その必要はない。
クレメース それでどうしようというんだ。
メネデーモス ほっといてくれ。苦しみのない時間を作りたくないんだ。
クレメース いいや、ほっとけないんよ(と鍬を取り上げる)。
メネデーモス ひどいことをするんだな。
クレメース うっ、こいつはひどく重い鍬なんだなあ。
メネデーモス これが私に相応しいのだ。
クレメース さあ、話してくれ。
メネデーモス 私には結婚前の一人息子がいるんだ。いや今「いる」といったが、正しくは「いた」だな、クレメースさん。いまあの子が私の子であるかどうかは分からないんだ。
クレメース それはどういう意味なんだ。
メネデーモス 今から言うよ。貧しい老女がこの町に来たんだ。コリントからの移住者だった。その娘に息子が惚れ込んでしまって、その子を妻代わりにしだしたんだ。しかも、それは全部私には内緒だった。私はその事を発見した時に、残酷にも、若者の恋心を逆なでするような、世の父親によくあるような手荒な仕方で叱ったんだ。そして毎日毎日、小言を言ったのさ。「ふん、こんなことがいつまでも許されると思うなよ。私の目が黒いうちはな。女を囲って妻代わりにするなんて、そんなことが出来ると思ったら大間違いだ。私を見損なうなよ、クリニアス。私がお前を自分の子だと言うのは、お前がそれに相応しい振舞いをしている間だけだ。もしお前が道を外れるようなことをするなら、私はお前をどうすべきか考えることになるんだ。こんなことになったのも、お前があまりにも自由だったからだ。私がお前の年頃には恋愛にうつつをぬかすなんてことはなかったもんだ。私には金がなかった。そのために小アジアに旅立って、そこで戦争で手柄を上げて金を稼いでいたもんだ」とね。それが仕舞いにはこんな事になってしまったんだ。あの子は何度も同じ事を口うるさく聞かされているうちにとうとう参ってしまった。そして、あの子は悟ったんだ。私には年の功があるし、息子に対する親心もあるので、自分よりも私のほうが何でも良く知っているし先を見透す力があるに違いないと。それで小アジアの王の軍隊に志願するために旅立ってしまったんだよ、クレメースさん。
クレメース それでどうなった。
メネデーモス あの子は黙って旅立ってから三ヶ月になるがまだ帰ってこないんだ。
クレメース あんたたちは二人とも間違っているな。とはいえ、あんたの息子さんはそうやって恥を知っているし根性もある所を見せているじゃないか。
メネデーモス あの子と親しい人からあの子が旅立ったことを聞いた時、私は憂鬱な気分で家に帰ってきて、悲しみに呆然として座っていたんだ。すると召使たちが走り寄ってきて、私の靴を脱がせてくれた。見ているとほかの召使たちも急いでやってきて寝床をのべてくれたり食事の用意をしてくれたりした。それぞれが私の悲しみをなぐさめようとして精一杯やってくれたんだ。召使たちを眺めながら私はこんな事を考え始めた。「こんなに沢山の人間が私一人だけのために心を砕いて、私一人の用を足してくれている。こんなに沢山の女中たちが私に服を着せてくれているが、それでいいのか。こんな贅沢を私一人でやっているが、それでいいのだろうか。あの子もこの召使たちを私と同じように使えるはずなのに、いやあの年頃のあの子ならもっと有効に使えるはずなのに、可哀想にそのただ一人の子を私はこの家からひどい事をして追い出してしまったのだ。もしこんな暮らしを続けていたら、私はこの先どんな不幸な目にあっても当然だ。私はこれからあの子が私の意地悪のために祖国を離れて辛い暮らしをしている間、ずっと彼のために罰を受けることにしよう。あの子のためにあくせく働こう。自分で働いて生活の糧を得て蓄えをすることにしよう」と。実際私はそうやって暮らしているんだ。家の中にはもう何も残っていない。食器も服もない。全部かき集めて売ってしまった。女中も召使も、田んぼ仕事をして自分の食い扶持を自分で稼げる者たちを除いて、業者を通じて全員人に譲ってしまった。家もあのまま売りに出した。十五タラント近くで売れたよ。それでこの田んぼを買って、ここで働いているんだ。そうして惨めな暮らしをすることによって、クレメースさん、私は息子に対して犯した悪事の罪滅ぼしをすることにしたんだ。あの子が無事に帰ってきて私と仲直りするまで、ここで私が楽しい思いをするのは間違っているんだよ。
クレメース 公平に言って、あんたは息子に甘い親だとわしは思っているし、息子さんも親の言うことをよく聞く子だと思っている。でもあんたは息子さんのことをよく知らなかったし、あの子もあんたのことを知らなかったんだね。なんでこうなってしまうのかというと、それはお互い正直に生きていないからだよ。あんたは自分の考えをあの子に伝えていなかったし、あの子は父親に打ち明けるべきことを打ち明ける勇気がなかった。もしそうしていたら、こんなことは起こらなかったんだよ。
メネデーモス そういうことだな。認めるよ。私が一番間違っていたんだ。
クレメース メネデーモスさん、これからはうまくいくと思うし、あの子もきっと近いうちに無事に帰ってくるよ。
メネデーモス そうなりゃいいんだが。
クレメース そうなるさ。今日はディオニュソスの祭日だから、よかったらうちに来ませんか。
メネデーモス それはできない。
クレメース どうしてだい。ねえ、いい加減にすこしは体をいたわったらどうだい。息子さんもきっと同じ事を望んでいるよ。
メネデーモス それはだめだ。息子を苦境に追いやった私が楽をするなんて。
クレメース そんな考え方をしているのか。
メネデーモス そうだ。
クレメース じゃあ、ごきげんよう。
メネデーモス さようなら。(メネデーモス、鍬を持って家に入る)
クレメース(独白)
あの人は気の毒な人だ。わしももらい泣きしちまったよ。だが、時間はというと、こっちの隣りのパニアさんを食事に招待するのにちょうどいい頃あいだ。今から出かけて、家にいるかどうか見てこよう。(戻ってきて)呼びに行く必要はなかった。もうとっくにわしの家に行ったというんだ。わしの方が客を待たせているらしい。もう中へ入ろう。だがどうしてわしの家の扉がガタガタ言っているのか。誰が出てくるのかな。下がって見てみよう。
第1幕第2場 クリティポン、クレメース(クリニアスは実はもう帰ってきていることが明らかにされる場面)(175-)
クリティポン(家の中に向かって) 今んとこ何も心配することはないよ、クリニアス君。順調にこっちへ向かっている。君の彼女は今日君が送った召使と一緒にここに到着するはずだ。だから、もう君をそんな根拠のない心配でくよくよするのはやめた方がいい。
クレメース 息子は誰と話しているんだ?
クリティポン おやじがいるぞ、探してたところだ。声をかけよう。お父さん、いいところに来てくれました。
クレメース どういうことだ。
クリティポン うちの隣のメネデーモスさんをご存知でしたか。
クレメース よく知っている。
クリティポン あの人に息子さんがいるのをご存知ですか。
クレメース 小アジアに行ってるそうだな。
クリティポン お父さん、実はそうじゃないんです。うちにいるんですよ。
クレメース どういう事なんだ。
クリティポン 帰ってきて船から降りたところを夕飯に連れてきたんです。彼とは子供の頃から今までずっと仲良しなんです。
クレメース それは何ともうれしいことを教えてくれた。もっと熱心にメネデーモスさんを食事に招待しときゃよかったなあ。そうすりゃ、何も知らない彼にわしが最初にその事を教えて、喜ばせてやれたのになあ。まだ間に合うから呼びにいこう。
クリティポン それはやめてください、お父さん。それをしてもらっては困るんです。
クレメース どうしてだい。
クリティポン 彼はどうしたらいいか分からないんです。まだ着いたばかりで何もかも不安でしてね。父親の怒りが治まっているのかどうか、自分の彼女が心変わりしていないかどうかとかね。彼は彼女に心底惚れているんですよ。勘当騒ぎとその後の旅立ちは彼女のせいなんですから。
クレメース 知っているよ。
クリティポン それで彼は自分の召使をうちのシュロスと一緒に町にいる彼女のところへやったんです。
クレメース それで彼はどう言ってるんだ。
クリティポン 彼ですか。情けないって。
クレメース 情けないだと? あの子ほど幸せなやつを誰が思いつくかね。人間が持っていると言われる幸せであの子が持っていないものが何かあるかい? 両親はいるし、平和な祖国はある。友達はいるし家もある。親戚もいるし金もある。しかし、これもそれも、持っている人の気持ち次第なんだな。付き合い方を知っている人には宝だが、それを知らない者には不幸の種になるんだ。
クリティポン そうですけど、彼にはあの口うるさい父親がいますからね。お父さん、僕がいま何より心配しているのは、またあの父親が息子に癇癪を起こして、余計なことを言い過ぎてしまうんじゃないかということなんです。
クレメース あの人が?(だが今は黙っておこう。息子に怖がられている方があの人に有利だからな)
クリティポン お父さんはどう思いますか。
クレメース わしに言わせてもらうなら、あの子は何があっても家を出ていくべきではなかった。たぶん父親は息子の恋愛には厳しすぎたかも知れない。しかし、息子ならそれは我慢すべきだった。だって、自分の父親の言うことを辛坊できなくて誰の言うことを辛坊できるんだ。息子は父親の生き方を見習うべきなのか、父親が息子の生き方に合わせるべきなのか、どちらがいいんだ。あの子は父親が厳しすぎると不満だろうが、そんなことはない。常識のある親なら、子供に厳しいのは大体みんな同じだ。どこの親も息子が遊女に入れあげたり酒盛りばかりすることに反対するものだ。息子には節制を教えたいんだよ。それもこれもすべて息子に真面目にやっていってほしいという願いからだ。実際、クリティポンよ、誰でも一旦道楽に取りつかれてしまったら、それにのめり込んでしまうものなんだよ。だから、賢明なのは、人のすることをよく見て自分がどうしたらいいか決めることだな。
クリティポン そうだと思います。
クレメース わしは中に入って、夕食に何が出ているか見てくるよ。時間が時間だから、お前はそんなに遠くに行かないようにしておけよ。
第2幕第1場 クリティポン(クリティポンには遊女の彼女がいることが明らかにされる場面)(213-)
クリティポン(独白)父親というものは誰でもみんな息子に対しては不公平なことをいうものだ。息子が子供からすぐに年寄りになってしまったらいいと父親は思っているのさ。青春がもたらす事には関わらないでいるのがいいと思っている。彼らは昔の自分にもあった欲望ではなくて、今持っている欲望を基準にしてルールを作って、それを僕たちに押し付けてくるんだよ。いつか僕に息子ができたら、僕は必ずやさしい父親になってやるんだ。息子が悪い事をしても叱る時もあれば許す時もあっていいはずだ。けっして僕は親父のようにはならないぞ。親父ときたら、自分の意見を他人の例にかこつけて僕に言うんだからね。参るよ。それでいながら、ちょっと酒の度が越すと、自分のやった若気の過ちの話を始めるのさ。ところが今度は「人のすることを見て自分がどうすべきかを決めろ」と言うんだからね。ずるい人だよ。しかも僕にはそんな話を聞く耳は全くないんだが、それすら親父には分からないんだ。今では「あれを頂戴」「これを持ってきて」という女の言葉の方が僕の耳には刺激的だ。僕には彼女の要求にこたえるすべがないのだから、こんな情けないことはない。クリニアス君も僕と同じく女のことではあっぷあっぷだが、クリニアス君の彼女は教育もあるし躾(しつけ)もできている。何より商売女の手管を知らない。僕の女は気が強くて図々しくて、金遣いが荒くて偉そうにして、ツンと澄ましている。彼女の要求に対して僕が出来ることといったら「わかってる」と、はぐらかすだけ。だって「僕は一文なしだ」とはとても言えないじゃないか。僕がこの道楽に手を染めたのはそう古いことではないから、まだ親父は知らないのさ。
第2幕第2場 クリニアス、クリティポン(恋人アンティピラを待つクリニアスの不安な心境が明らかにされる)(230-)
クリニアス(クレメースの家から出てきて通りをうかがいながら独白)
僕の恋がうまくいく恋なら、今頃もう一行は着いていていい頃なんだがなあ。でも、心配だなあ。彼女は僕がいない間に別の男のものになっていやしないかなあ。いろんなことを想像していると僕の不安は大きくなるばかりだよ。年頃の娘にどんな出会いがあるかも知れないし、金にしか興味のない意地悪な母親のいいなりになっているかもしれないしなあ。
クリティポン クリニアス君。
クリニアス(独白) 参ったなあ。
クリティポン 人に見られないように気をつけろよ。誰かが君の父親の家から出てくるかもしれないぞ。
クリニアス 分かった。でも、何だか分からないが悪い予感がするんだ。
クリティポン 君はいつもそうやって事実を知る前にあれこれ勝手に決めてしまうのかい。
クリニアス 何も悪いことがなけりゃもう着いてるはずだ。
クリティポン もうすぐ着くよ。
クリニアス それはいつだい。
クリティポン 分かるだろ。彼女の家はここから結構な距離なんだよ。それに女というものは何かと時間のかかる存在だということも知っているだろ。何やかやあれこれやっているうちに、一年もかかるのさ。
クリニアス おい、クリティポン君。僕は心配なんだよ。
クリティポン 安心しろ。ほら、ドロモンがシュロスと一緒にやって来た。
第2幕第3場 シュロス、ドロモン、クリニアス、クリティポン(恋人を入れ替えるシュロスの作戦が明かされる場面)(242-)
(シュロスとドロモンが話しながら登場する)
シュロス(ドロモンと右手から登場)本当か?
ドロモン そうだ。
シュロス 俺たちがおしゃべりしている間に、女たちは遅れてしまっているんだ。
クリティポン(クリニアスに) 彼女はもう来てるぞ、クリニアス君、奴らの声を聞いただろ。
クリニアス(クリティポンに) 本当だ、僕にも聞こえるよ。見える見える。僕は元気になってきたぞ、クリティポン君。
シュロス(ドロモンに) 仕方がないよ。連中は荷物が多いんだから。付き添いの女もたくさん連れているし。
クリニアス 畜生。彼女はどこからあの付き添いの女たちを連れてきたんだ。
クリティポン 僕に聞いているのかい?
シュロス(ドロモンに) 彼女たちを置いてきたら駄目じゃないか。荷物をたくさん持ってるんだから。
クリニアス ああ、参ったなあ。
シュロス(ドロモンに) あの金の飾りに衣装の数々だ。それなのに日が暮れてきて道を知らないんだから。俺たちの手抜かりのせいじゃないか。ドロモン、お前ちょっと迎えに行って来い。急ぐんだよ。ぐずぐずするな。
クリニアス もうだめだ。絶望だよ。
クリティポン どうしたんだよ。何をそんなにうろたえているんだ。
クリニアス 僕に聞くのかい。君だって分かるだろ。 僕がアテネに彼女を置いてきたときには付き添いの女は一人だったのに、あの女たちたと金飾りと衣類のたぐいはどこから来たんだ?
クリティポン ああそうか。やっと分かったよ。
シュロス(傍白) なんだいこりゃ。なんて人数なんだ。これじゃうちの家には入り切れないな。どれだけ飲み食いすることやら。うちの大旦那さまほど気の毒な人はないね。(クリニアスとクリティポンを見て)探してた人たちが見えてきた。
クリニアス(傍白)いったい何を信じたらいいんだ、アンティピラよ、僕が君のために祖国を捨てて馬鹿みたいにさまよっていた間に、君はここで大金持ちになっていたのか。そして僕をこんな不幸の中に置き去りにしたんだね。君のために父に逆らって父の信頼を失ってしまった僕は、父に対して恥ずかしいし情けない。父は女の習性というものを繰り返し教えてくれたものだ。その父の忠告も無駄になって、父は僕に彼女を諦めさせることは出来なかった。しかし、いま僕は彼女を諦めることにしよう。前ならこうすれば父も喜んでくれたのに、その時僕は断ってしまった。ほんとうに僕より惨めな男はいないよ。
シュロス(傍白)明らかにこの若旦那は俺達がここでしゃべったことを誤解していらっしゃるようだな。(クリニアスに)若旦那、若旦那はご自分の恋人を取り違えていらっしゃいますよ。彼女の暮らし振りも若旦那へのお気持ちも前と変わっちゃいませんよ。あっしらが見たことから推し量る限りはね。
クリニアス ねえ、どういうことだよ。何よりもこれが僕の思い違いであることを願うよ。
シュロス このことでは誤解のないように言っときますと、まず第一に、彼女の母親だと以前言われている老婆はもういらっしゃいませんでした。お亡くなりだったのです。これは私が道中たまたま彼女が別の女に話すのを聞きました。
クリティポン 別の女って誰なんだ。
シュロス 待って下さい。いま始めたこの話をさきに全部言わせて下さい、クリティポン坊ちゃん。その話は後でします。
クリティポン 早くしてくれよ。
シュロス 最初に彼女の家についた時、ドロモンが戸をノックしました。老婆が出てきて、ドアを開けたので、すぐにドロモンが中にとび込みました。それに私も続きました。老婆は戸に鍵をかけて機織りに戻りました。ほかでもないまさにこの事から分かりましたね。若旦那がいない間に彼女が何をして暮らしていたかが。予期せぬ時に女性のもとに訪れたわけですから。こうして日頃の生活習慣を知る機会が得られたのですが、それは人の本性をはっきりと見せてくれるものなんですよ。私たちがそこで見かけたのは自分で機を熱心に織っている彼女の姿でした。彼女は地味な喪服を着ておられました(喪服は亡くなった老女のためだと思います)。金の飾りは付いていませんでした。化粧も人に見せるためのものではなく、頬もごたごた塗りたくってなくて、長い髪もあっさりと背中にたらしていました。以上です。
クリニアス シュロスよ、頼むから、僕をぬか喜びさせないでくれよ。
シュロス 婆さんは糸をよっていましたし、ほかに女中が一人いましたが、むとんちゃくに汚れたぼろをまとって一緒に機を織っていました。
クリティポン もしそれが本当なら、クリニアス君、僕が思った通りだよ。それなら、君ほど幸せな男はいない。女中が汚れた服を着ていたとシュロスがいま言ったのに気づいたかい。それは彼女の付き添いの女が男たちに全くかまわれてないということで、それは同時にその女主人に傷がないということの立派な証拠なんだよ。というのは、女主人の気を引こうとする者がまず女中にプレゼントをするのはよくある手だからね。
クリニアス(シュロスに)先を話してくれ。お願いだから、嘘を言って僕の機嫌を取ろうとはしないでくれ。彼女に僕の名前を言った時、彼女は何と言った?
シュロス あなたがお戻りですと言って、あなたのところに行くかどうか彼女に尋ねたら、彼女は急に機織りをやめて顔中を涙でぐちゃぐちゃにしました。それをみれば彼女があなたの帰りをどれほど待ち焦がれていたかよくわかると思います。
クリニアス 嬉しいよ。僕は嬉しくて今どこにいるのか分からないくらいだ。あんなに心配していたのが嘘のようだ。
クリティポン 僕は知っていたよ、何も心配することはないって、クリニアス君。ところで、そろそろ、シュロスよ、もうひとりの女のことを言ってくれ。あれは誰なんだよ。
シュロス 坊ちゃんのお好きなバッキス嬢をお連れしたんですよ。
クリティポン えっ、何だって? バッキスをだって。この悪党め、彼女をどこに連れていくんだ。
シュロス どこにって、それはもちろんうちにですよ。
クリティポン 親父の所かい?
シュロス 御名答。
クリティポン まったく大胆なやつだな。
シュロス 確かに。でも大きな仕事を成し遂げようとする時には危険はつきものですからねえ。
クリティポン おい、お前は僕をだしにして上手いことやろうとするつもりなのかい。悪いやつだな。この秘密がお前の口から少しでも漏れたら僕は一巻の終わりじゃないか。(クリニアスに)君ならこいつをどうする。
シュロス というのは・・・
クリティポン 「というのは」とは何だよ。
シュロス お許しいただければ、申しますが。
クリニアス 言わせてやれ。
クリティポン 言えよ。
シュロス いまの状況から言いますと・・
クリティポン いやに回りくどい言い方で始めるじゃないか。
クリニアス シュロスよ、この男の言うとおりだ。さっさと核心を言え。
シュロス いいですよ、もう黙っちゃいられません。坊ちゃんはいろんな面でずるい人ですよ。もうあなたには我慢できません。
クリニアス(怒り心頭のクリティポンに)聞いてやらなきゃだめだよ。何も言うんじゃないよ。
シュロス 坊ちゃんは恋はしたいし、彼女を自分のものにしたいし、彼女にプレゼントするためのお金は手に入れたいんです。ところが、彼女を手に入れるためのリスクは負いたくないんです。坊ちゃんは馬鹿どころかとても賢いんですよ。手の届かないものを欲しがるのが賢いことならですけどね。何かを手に入れるためには、それに伴うリスクを負うか、さっさと欲を捨ててリスクを避けるか、普通はこの二つの選択肢のうちのどちらかしか選べないんですよ。でもねえ、私が立てた計画は確実なもので、しかもリスクがないんですよ。なぜなら、坊ちゃんのお父さまのところに彼女と坊ちゃんが一緒に安心していることができて、坊ちゃんが彼女に約束したお金もこの方法でなら手に入るんですからね。坊ちゃんが何とか手にいれてくれと私の耳にたこが出来るくらいに何度も懇願したお金ですよ。さあ、この他に何が欲しいというんですか。
クリティポン そのとおりになったらいいけどなあ。
シュロス お疑いなら、やってみたら分かります。
クリティポン じゃあ、早くお前のその計画を教えろよ。どんな計画なんだ。
シュロス 坊ちゃんの彼女にこの人の彼女の振りをしてもらうんです(クリニアスを指す)。
クリティポン(皮肉を込めて) それはうまい計画だな。じゃあ、こいつの彼女はどうするんだ。そっちもこいつの女なのか? オヤジさんを怒らせるに、女が一人じゃ足りないときに備えてかい?
シュロス 違います。若旦那の彼女は坊ちゃんのお母様のところに隠れてもらいます。
クリティポン 何でそんなところへ?
シュロス 坊ちゃんにわけを話すと長くなりますが、ちゃんとした理由があるんですよ。
クリティポン いいかげんなことを。僕がこんな危険なことを受け入れるのがなぜ僕の得になるのか、はっきりしたことが全然分からないじゃないか。
シュロス 待ってください。そんなに心配なら別の計画もありますよ。これが何の危険もないことは、きっとお二人ともお認めになります。
クリティポン お願いだから、そういうのを見つけてくれよ。
クリニアス それがいい。
シュロス それはねえ、あたしがこれから迎えに行って、娘さんたちに元の道を帰るようぬ言うことですよ。
クリティポン えっ、何てことを言い出すんだよ。
シュロス そうすりゃ、もう何の心配もなくぐっすりおやすみになれますよ。
クリティポン(クリニアスに) どうしよう。
クリニアス 君がどうすべきかって? いい案があるんなら・・
クリティポン(クリニアスを無視して、シュロスに) 意地悪しないで教えてくれよ。
シュロス 早く決めて下さい。あとでその気になっても手遅れなんですよ(シュロス出発する)。
クリニアス(続けて) いまがチャンスじゃないか。それを生かさない手はないよ。
クリティポン(クリニアスを無視して)ねえ、シュロス~。
シュロス まだやってるんですか。とにかく言ってきますよ(シュロス行ってしまう)。
クリニアス(続けて)あとからではもう同じチャンスはないんだよ。
クリティポン(クリニアスに) 君の言う通りだ。シュロス、シュロス、おい、おい、って。
シュロス(傍白) 坊ちゃんもやっと本気になってきたな。(クリティポンに)どうするんですか~。
クリティポン 戻ってこい。戻ってくるんだ。
シュロス はい、戻りました。で、どうするか言って下さい。すぐにこれもまたやめるって言うんでしょう。
クリティポン そんなことはないよ、シュロス。僕はもう全部君にお任せするよ、僕のこの恋も僕の面子も。そうだ、君が全部決めてくれ。ただし、あとで僕が文句を言わずにすむようにだけはしてくれよ。
シュロス あっしにそんな忠告をするなんて笑わせますぜ、坊ちゃん。それじゃあ、まるで坊ちゃんの運命の方があっしの運命よりもやばいことになってるみたいじゃないですか。でも、あっしの考えでは、もし計画がうまく行かなかったら坊ちゃんはお叱りを受けるだけですが、あっしにはムチが待ってます。だから、この計画はけっしていい加減なものじゃありません。だから坊ちゃんのお友達(クリニアスを指しながら)に彼女を自分の女である振りをするように言ってください。
クリニアス 僕はきっとそうするよ。今はもうそうするしかないようだから。
クリティポン だから君が好きなんだよ、クリニアス君。
クリニアス バッキス嬢がしくじらなきゃいいがなあ。
シュロス 彼女はもうよく教え込んであります。
クリティポン お前には驚くよ。あの女をやすやす説得してしまうんだから。彼女は誰の言うことでも撥ね付けるのが普通なのに。
シュロス 彼女のところに行った時のタイミングがよかったんですよ。それが全ての要(かなめ)ですからね。というのは、その時ちょうどある軍人さんが彼女との一夜を必死にお願いしていたところでした。彼女は手練手管を使って軍人をじらして気を引いていたんです。それは同時に彼女にしてみれば何とかして坊ちゃんのためになりたいと思っているところだったんですね。でも、いいですか。うっかりして全てをぶち壊すような真似はしないでくださいよ。大旦那さまがこういったことにどれほど抜け目がないかご存知ですね。一方、坊ちゃんがどれほど節度がないかはよく存じています。思わせぶりなことを言ったり、流し目をしたり、溜息、咳払い、くしゃみ、笑い声は禁止ですよ。
クリティポン お前に褒められるようにするよ。
シュロス 気をつけてくださいね。
クリティポン お前はきっと驚くよ。
シュロス(通りを見渡して) 早くも女たちが追いついてきました。
クリティポン(女に会いに行こうとして) どこだい。(シュロスが引き止める)どうして引き戻すんだ。
シュロス いまは彼女は坊ちゃんの恋人ではありませんよ。
クリティポン 分かってるよ。それは親父の家に着いてからの話だろ。いまは大丈夫だよ。
シュロス いや、駄目です。
クリティポン いいじゃないか。
シュロス 駄目って言ってるでしょう。
クリティポン ちょっとの間だけ頼むよ。
シュロス 駄目です。
クリティポン 挨拶だけはさせてくれよ。
シュロス あなたに分別があるのなら、ここから離れてください。
クリティポン わかったよ。行くよ。(クリニアスを指して)あいつはどうするんだ。
シュロス あの人はここに居ますよ。
クリティポン うまいことやりやがって。
シュロス さあさあ、坊ちゃんは行くんです。(クリティポンをクレメースの家に押しこむ)
第2幕第4場 バッキス、アンティピラ、クリニアス、シュロス(バッキスとアンティピラが到着する場面)(381-)
(バッキスとアンティピラが腰元と荷物を伴って左から登場)
バッキス まったく、アンティピラさん、あなたは素敵な人ですわ。それ以上にあなたは幸せな人ですわね。その美しさにふさわしい生き方をしてこられたのですから。本当に、男がみんなあなたを追いかけても何の不思議もないですわ。あなたと話をすればあなたの育ちの良さが私にも分かりますもの。あなたやあなたと同じく世の男たちから距離を置いて暮らしてきた女たちの人生を、いま私の心の中で考えてみると、あなたと私が全く違う人間の種類であることに何の不思議もないですわね。あなたたちには良い人でいることが得になるけれども、私の商売ではそんなことを許されません。なぜなら、私を求めてくる人は私の美貌に惚れているだけで、この美貌が衰えたら、彼らはよそに心を移してしまいます。その間にいくらかの蓄えをしておかなければ、私はわびしく生きていく事になるんですもの。でも、あなたたちは最も気心が通じる一人の男性と一生を送る決心をしさえすれば、その男性はあなたたちに夢中になってくれますわ。あなたたちはこうして互いに結ばれ合うのですから、その愛には不幸が襲いかかることは永遠にないのですわ。
アンティピラ 私はほかの女の人のことは知りません。私はいつも彼の幸せが自分の幸せになるようにしていますわ。
クリニアス(独白) ああ、だからこそ、僕のアンティピラ、君だけのために僕は祖国に帰ってきたんだよ。だって、君と離れている間、僕の感じたどんな苦しみも、君がそばに居ないことによる苦しみと比べたらたいしたことはなかったんだもの。
シュロス(傍白)そうでしょうとも。
クリニアス シュロスよ、僕はもう耐えられないよ。情けないなあ。僕はこの美しい人を自分のものにできないなんて。
シュロス 駄目ですね。あっしが若旦那のお父様のご様子を拝見したところでは、お父様は当分の間はご機嫌斜めでしょうな。
バッキス(クリニアスを見て) この若者はどなたですの。私たちの方を見ているのは。
アンティピラ(気を失いかける) お願い、私の体を離さないで。
バッキス まあ、どうしたの。
アンティピラ もうだめだわ、だめよ。
バッキス どうしてぼうっとしているの、アンティピラ。
アンティピラ あれはクリニアスじゃないの。
バッキス 誰?
クリニアス やあ、僕のいとしい人。
アンティピラ ああ、私のクリニアス、こんにちわ。
クリニアス 元気かい。
アンティピラ 元気でお帰りになってよかったですわ。
クリニアス(アンティピラを抱擁する)僕は本当に君のことを抱いているのか。アンティピラよ、僕が心から待ち焦がれていた君を。
シュロス 中へ入って下さい。さっきからずっと大旦那さまがお待ちかねでございます。(全員クレメースの家に入る。舞台は無人となる)
第3幕第1場 クレメース、メネデーモス(クレメースがメネデーモスに対してバッキスの様子を教えるとともに、息子に金をやるとしてもシュロスの作戦にだまされてやれと諭す場面)(410-)
クレメース(夜明け頃に自分の家から出てきて、独白)夜が明け始めたな。今から隣の家の戸をノックして、わしが最初に息子の帰郷を教えてやらうか。あの息子がそんなことを望んでいないことはわしも知っている。だが、わしは息子が旅に出てしまったことによってあの不幸な人がどれほど苦しんでいるかを知っている。たとえ教えても息子に何の不都合もないのなら、こんな思いがけない喜びをあの人から隠しておくべきだろうか。いや、わしには隠すなんてできない。出来る限りあの人を助けてやろう。わしの息子は自分の友達や仲間たちに親切にして、事あるごとに助けてやってる。それと同じように、わしたち老人もお互いに助けあうべきなのだ。
メネデーモス(自分の家の戸口に出てきて、独白)本当に私は生まれつき不幸になるような特別な性格をしているのだろうか。それとも、人の悲しみは時とともに和らいでいくものだと世間の人たちが言うのは嘘なのか。というのは、息子を失った私の悲しみは日に日に大きくなるばかりだし、息子のいない時間が長くなるほど、息子に会いたい気持ちは膨らむばかりだ。
クレメース おや、本人が出てきたぞ。行って話しかけてみよう。おはようございます、メネデーモスさん。いい知らせを持ってきましたよ。あなたがもっとも知りたがっている知らせをね。
メネデーモス クレメースさん、私の息子について何か聞いたとでもいうのかね?
クレメース 息子さんは元気で暮らしているよ。
メネデーモス 一体どこにいるんだ。教えてくれ。
クレメース 私の家にいる。帰ってきているんだよ。
メネデーモス 私の息子がかい?
クレメース そうだ。
メネデーモス 帰ってきているのか。
クレメース そうだとも。
メネデーモス 私のクリニアスが、帰ってきているのか?
クレメース いま言ったとおりだよ。
メネデーモス 一緒に行こう。私を案内してくれ。頼む。
クレメース 彼は自分が帰ったことをあんたに知られたくないんだよ。あんたに見つからないようにしているんだ。自分の道楽に対する以前のあんたの厳しさがもっとひどくなっているんじゃないかと恐れているんだ。
メネデーモス 君はあの子に私がどうしているか話していないのか?
クレメース 言っていない。
メネデーモス どうしてだ、クレメースさん?
クレメース あんたが今やっていることは、あの子にとってもあんた自身にとってもいいことじゃないからだよ。あんたはそんなに打ちひしがれた弱い心になっているのを息子に見せたりしてはいけないよ。
メネデーモス 仕方が無いんだよ。私は厳格な父親でいるはもうたくさんなんだ。
クレメース まったく、あんたは寛大になるしても厳格になるしても両極端なんだよ、メネデーモスさん。あんたはどっちの場合でも同じ過ちを犯している。前には出し惜しみをして、あんな少しの物で満足する女、何をやっても喜ぶ女のもとに息子さんが通うことを許さずに、脅しつけてこの家から追い出してしまったんだ。女の方は仕方なくそのあとの生活の糧を世間の男たちに求めるようになったんだよ(=クレメースは騙されてバッキスをクリニアスの恋人だと思っている)。そうして、彼女が大きな出費なしには手に入られない女になってしまった今になって、あんたは息子さんにいくらでも出してやると言いだしたんだよ。一つあんたに教えてやろう。いまの彼女は男を破産させる方法をいくらでも知っている女だ。第一、彼女はいまや10人以上の付き添い女を連れてきている。金飾りや衣装で飾りつけた女たちをね。これでは恋人が仮に太守さまだったとしても、けっして彼女の経費をぜんぶ賄うことはできないだろうね。あんたにそれが出来ないのはいうまでもないことだろ。
メネデーモス(クレメースの話には無関心に) その女が中にいるのか?
クレメース わかるだろ。もちろんさ。だって、わしは彼女とその取り巻き連中に一夜の夕食を出したんだよ。もう一度出すことになったらわしは破産だ。だって、ほかのことは別にしても、彼女のワインのあけっぷりはすごいんだ。「お父さん、このワインはきついわね」とか「もっと口当たりのいいのはないの」と言いながら、彼女はワインの味見をするんだが、わしは家の瓶と樽を全部開けてしまったんだよ。おかげで召使いたちは全員大忙しさ。しかもこれがたった一晩のことなんだ。それがこれからあんたの家で毎日続くんだから、あんたは自分がどうなると思うかい? わしは心からあんたの将来に同情するよ。メネデーモスさん。
メネデーモス 息子の好きなようにすればいいさ。浪費するのもよし、食い尽くすもよし。息子が一緒にいてくれるなら私は何でも許すことにしたのさ。
クレメース 君がそうすると決めたのなら、一つ大切なことを言っておかねば。それはな、あんたがわざと息子に金をやっていることを息子に知られないようにすることだ。
メネデーモス 私はどうしたらいいんだ。
クレメース あんたが考えていることはよくないな。それより誰でもいいから別の人間を通して金をやるんだな。そのためには、召使の策略に騙されてやるのがいい。もっとも、わしはその策略には気づいている。やつらはもう取り掛かっているんだ。やつらだけの間の隠し事としてな。シュロスがあんたのところの召使に耳打ちして、作戦を息子たちに授けていたよ。このやり方であんたが大金を失うとしても、別のやり方で君が小銭をなくすのよりはいいのだ。いまは金額の問題ではなくて、どうやって少ないリスクで息子に金をやるかだ。というのは、もし彼があんたの考えに気づいたら、つまり、自分のところから息子が出て行ってしまう位なら、あんたはお金も命も捨ててしまうつもりでいるということに気づいたら、あんたは息子に対して堕落のあらゆる扉を開いてしまうことになるんだ。そうなればあんたにとって、これからの人生は苦しみでしかなくなる。一度タガが外れると人は誰でも堕落してしまうからね。すると、もう自分が思いついたものを何でも欲しがるようになってしまう。それが正しいか間違っているかなど考えずに欲しがるようになるのさ。君は自分の財産と息子がこうやって失われていくのを見過ごせなくなってくるだろう。そしてもう金を出せないと言い出すだろう。すると息子はすぐに例の手段に向かうのさ。あんたに対して一番強く出られる方法、つまり、あんたのところから出ていくと脅すのさ。
メネデーモス あんたの言うとおりかも知れないなあ。いやそのとおりだよ。
クレメース 昨晩わしは全然眠れなかったんだ、どうすれば君のところへ息子を戻してやれるかを考えてな。
メネデーモス 右手を出してくれ。クレメースさん、頼むから息子を私のもとに戻してくれ。
クレメース わしにはその心づもりはできている。
メネデーモス それなら私があなたに頼みたいことがあるんだよ。
クレメース 言ってくれ。
メネデーモス 彼らが私に罠をかけようとしているのを知っているのなら、早くその罠をかけさせほしいんだ。私はあの子が欲しがっているものを与えたいんだ。そうして早く息子をこの目で見たいんだよ。
クレメース わかった。そうしよう。ただ、ちょっと用があるんだ。隣のシムスとクリトンが境界線争いをしていて、わしが仲介人になっているんだ。今からそれを断ってくるよ、力になるとは言ったが今日はだめだと。それがすんだら、すぐここに戻ってくるよ。
メネデーモス 頼むよ。(クレメース去る)いやはや、これはすべての人間に共通の性質だろうか。自分のことはだめでも他人のことには目が利いて正しい判断が出来るというのは。これはやっぱり自分の問題では度が過ぎた喜怒哀楽で目が眩んでしまうからだろうなあ。私のことではあの人は私よりもずっと賢いことが言えるもんだろう。
クレメース(戻ってきて) 断ってきたよ。これであんたをじっくり助けてやれるよ。わしはシュロスを捕まえて励ましてきてやる。おや、わしの家から誰か出てくるぞ。あんたは家に帰っておけ。我々が協力しているのに気づかれないようにな。
第3幕第2場 シュロス、クレメース(クレメースがシュロスにメネデーモスを騙してカネを出させろとそそのかす場面)(512-)
シュロス(独白) さあ、隅から隅まで駈けずり回るんだ。そして何としてでも金を工面するんだ。あの年寄りに何か罠をしかけないと。
クレメース (傍白) やつらが罠をはっていることにわしはちゃんと気づいていたよ。きっとクリニアスの手下がぼんくらなので、仕事はうちのシュロスにやらせているらしい。
シュロス ここで話しているのは誰だろう。参ったな。これを聞かれたかな。
クレメース シュロスよ。
シュロス はい。
クレメース お前そんなところで何をしてるんだ。
シュロス 何でもありません。それより、大旦那さまはご立派ですなあ。こんなに早起きされて。昨晩はあんなにお飲みになったのに。
クレメース 何事もほどほどが大事なのさ。
シュロス 「ほどほど」とおっしゃるんですか。あのことわざは本当ですな、老いてなお盛んという。
クレメース 馬鹿言うな。
シュロス あの花魁は上品で愛想がいいですね。
クレメース 確かに。
シュロス 大旦那さまもそう思われましたか。それに、素晴らしい美人ですな。
クレメース 全くだ。
シュロス 昔のタイプじゃなくて今のタイプの美人ですなあ。クリニアスの若旦那が彼女に惚れたのも無理はないですね。でも、強欲な父親がいますからね、お隣さんですが、けちでしみったれの。ご存知でしょ。まるで金持ちらしくないので、息子さんがそのケチがいやで逃げてしまったほどです。あたしが言ったとおりの事があったのを大旦那さまもご存知でしょ。
クレメース 知らないでどうする。あいつを懲らしめてやらんといかん。(ここからクレメースの芝居がはじまる)
シュロス (驚いて)誰のことですか。
クレメース クリニアスの召使のことだよ。
シュロス(傍白)ああ、びっくりした。おれのことかと思ったよ。
クレメース あんなことになったのはあの男の働きが悪いからだ。
シュロス 何をしたらよかったんですか。
クレメース わかるだろ。何か工夫をするんだよ。女にプレゼントする金を手に入れるために計画をたてるんだよ。そして本人の意に反してでもあの厳格な父親を助けて差し上げるんだよ。
シュロス ご冗談を。
クレメース あいつの召使はそうすべきだったんだよ、シュロス。
シュロス えっ、まさか、召使が自分の旦那をだましてもいいとおっしゃるんですか。
クレメース 時と場合によってはいいんだ。
シュロス そうですよねえ。
クレメース なぜなら、それはしばしば大きなトラブルを解決できるからなんだ。あの人の場合うまくやってりゃ一人息子のクレメース君はずっと家に居たはずだったんだ。
シュロス(傍白) 大旦那さまはこんなことを冗談で言っているのか本気で言っているのかわからないな。それとも、やりたいようにやれと励ましてくれているのかな。
クレメース それなのに、クリニアス君の召使は何をぐずぐずしているんだ、シュロスよ。彼女の出費に耐えられなくなって、クリニアス君がまた出ていくのを待っているのかい。あの旦那を何かの罠にかけるつもりはないのかね。
シュロス 彼はとろいんですよ。
クレメース なら、お前があの若者のためにひと肌脱ぐべきだね。
シュロス 大旦那さまのご命令があると私もやりやすくなります。どうするかはよく知ってますので。
クレメース それならなおいい。
シュロス 嘘をつくのは苦手なんですけどね。
クレメース だからお前がやれ。
シュロス それなら、いつか大旦那さまの坊ちゃんにもこれと似たようなことがあったら、この事を思い出してくださいよ。彼も同じ人間なんですから。
クレメース そんな必要はないと思うよ。
シュロス 私もそう思います。いま坊ちゃんに何かあると気づいているから言っているのではありませんよ。でも、もし何かあっても、放っておくことです。年頃なんですから。またもし必要が出来たら、私は大旦那さまには特別にうまくやらせて頂きますよ。
クレメース そのことについては、その必要が出来た時に、どうすべきか考えることにするよ。いまはこの事をやってくれ。
シュロス(クレメース、家に入る) 大旦那さまがこんなに物分りよく話しをするのを聞いたことがない。悪さをして許されると思ったのもこれが初めてだ。おや、誰かうちから出てくるぞ。
第3幕第3場 クレメース、クリティポン、シュロス(クリティポンがバッキスに手を出して計画を台無しにしそうになったことが明らかにされる。その後シュロスがクレメースをだましにかかる)(562-)
(クレメースが息子のクリティポンをひっぱりながら、自分の家から登場)
クレメース お前はいったい何をしているんだ。それはいったい何のまねなんだ、クリティポンよ。そんなことをしてもいいのか。
クリティポン 僕が何をしました?
クリティポン お前があの花魁の懐に手を滑り込ませるのをわしは見たぞ。
シュロス(傍白)そんなことをしたのか。これは弱ったな。
クリティポン 僕がですか。
クレメース この目ではっきり見たんだぞ。これは否定できない事実だ。人の女に手を出すなんて、お前は自分の友人に対してなんとひどい事をするんだ。自分の家に友人を招き入れてその彼女を辱めるとは、無礼にも程がある。それに昨日酒に酔ったお前の見苦しい姿は・・・。
シュロス(傍白) そうだった。
クレメース ほんとに困ったやつだ。一体全体どうなることやらとわしはヒヤヒヤしていたんだ。わしは恋人たちの気持ちを知っている。お前には思いも寄らないことだろうが、彼らはひどく気を悪くしているぞ。
クリティポン 彼は僕がそんなことをしないと信じていますよ、お父さん。
クレメース それならいいが。お前はしばらくはどこか彼らの目の届か
ない所へ行って来い。恋人たちは何かと忙しいものだからな。お前が近くにいると、そういうことの邪魔になるんだ。わしはこれを自分の経験から言ってるんだ。どんな親友に対しても、クリティポンよ、わしは自分の秘密を全部さらけすようなまねはできない。ある場合には体面が邪魔をするし、ある場合には行為自体がはばかれる。自分が恥知らずだとか下品だとは思われたくないからね。彼も同じだと思うべきだよ。だから、わしらとしては彼にいつどうすればくつろいでもらえるかを考えないといかんのだ。
シュロス(駆け寄って、クリティポンに) 大旦那さまは何とおっしゃっているんですか?
クリティポン(シュロスに聞かれたことに対して) 畜生!
シュロス 坊ちゃん、このことはあたしが警告しましたよね。 なのに、それが正直で節度のある人間のすることですか?
クリティポン ちょっと、うるさいよ。
シュロス ごもっともで。
クリティポン シュロスよ、面目ない。
シュロス そうでしょう。それが当然です。あたしは坊ちゃんにはもううんざりですよ。
クリティポン お前の方がうんざりだよ。
シュロス あたしは本当のことを言ってるだけです。
クリティポン 二人にはもう話しかけるなっていうのか。
クレメース えっ、まさか、お前、あんな話しかけ方しか知らないのか。
シュロス(傍白) こりゃだめだ。坊ちゃんはおれがカネを出させる前に自分でばらしてしまうつもりらしい。(クレメースに)大旦那さま、愚かな私の言うことに耳を傾けてくださいますか。
クレメース どうしろというんだ。
シュロス 坊ちゃんにご命令を。どこかよそへ行くようにと。
クリティポン 僕にどこへ行けっていうんだよ。
シュロス お好きなところへ。二人を自由にしてあげて下さい。散歩でもしてきて下さいよ。
クリティポン 散歩って、どこへ行くんだよ。
シュロス 行くところあるでしょう。そっちでも、あっちでも、どこへでも。
クレメース この男の言うとおりだ。それがいい。
クリティポン 僕を追いだそうとするなんて、シュロスの野郎め、くたばっちまえ。(左へ去る)
シュロス(クリティポンに)でもとにかく今度から坊ちゃんはその手をご自分の方に引っ込めておくんですな。(クレメースに)ところで、大旦那さまは本当に坊ちゃんがどこへでも行ってしまった方がいいとお考えなのですか。大旦那さまは坊ちゃんはこの先どうなるとお考えなのですか。もし大旦那さまがこのままご自分の出来ることをしないで、坊ちゃんに目もかけず、躾もせず、仕込まないでいたらですが。
クレメース わしはそうするつもりだよ。
シュロス 大旦那さま、いまこそ坊ちゃんをよく見守っておあげにならないといけません。
クレメース そうするよ。
シュロス それがご賢明です。坊ちゃんはますます私の言うことを聞かなくなっているんですから。
クレメース それよりどうなっている? さっきお前に話したことだが、どこまでやってるんだ。シュロスよ、何かいい方法は見つかったのかい?
シュロス 罠にかける件ですか。いい方法を一つ見つけましたよ。
クレメース それでいい。で、どんなことだ。
シュロス 今からお話しましょう。でも、物事には順序がありますから。
クレメース 一体どういうことだ、シュロス。
シュロス あの花魁は悪い女ですぜ。
クレメース わしもそう思う。
シュロス 実際、ひどいもんで。あの女のやった悪事をご存知ですか。コリントから来た老婆がこの町にいましたが、あの女はその老婆に千ドラクマも貸してやったんです。
クレメース それで?
シュロス 老婆が死んで年頃の娘が残されましたが、その娘は借金の担保として花魁に取られたんですよ。
クレメース なるほど。
シュロス それであの女はその子を連れてきたんです。いま奥さんのところに来ているあの子ですよ。
クレメース それで?
シュロス 彼女はクリニアスの若旦那に金を払って欲しいと言ってるんです。そうすれば娘をあげると。だから千ドラクマ出してほしいと。
クレメース 彼女が金を要求している? 本当なのか?
シュロス 信じられませんか? 私も最初は信じられませんでした。
クレメース それで、お前はどうするつもりなんだ。
シュロス 私ですか? 私はメネデーモスさんのところに行くつもりです。そして、あの娘は小アジアのカリアからさらわれてきた娘で、生まれはいいし家は金持ちだと言いにね。彼女を譲って貰えばたくさんの金が入ってくると。
クレメース それはだめだな。
シュロス どうしてですか。
クレメース わしがメネデーモスさんの代わりに答えよう。「金は出さない」とね。で、お前はどうする?
シュロス あっしの願いどおりの答えをおしゃいましたね。
クレメース どうしてだい?
シュロス メネデーモスさんがお金を出す必要はないからです。
クレメース 必要がない?
シュロス そうです、まったく。
クレメース どうしてそうなるか、わからない。
シュロス そのうち分かりますよ。
クレメース 待て待て。戸口ががたがた言っている、どうしたんだろう。
第4幕第1場 ソストラータ、クレメース、乳母、シュロス(クレメースの妻が女の子を捨てた時につけてやった指輪を見つけたとクレメースに報告する場面)(614-)
ソストラータ(乳母に) 私の思い違いでなければ、確かあの指輪は娘を捨てたときに娘につけてやった指輪に違いないわ。
クレメース(シュロスに傍白) あれは何を言っているんだろうねえ、シュロス。
ソストラータ(乳母に) どう思う。あなたもそう思わない?
乳母(ソストラータに)私に見せて下さった時にすぐにそうだと思いました。
ソストラータ あなた、さっきしっかり見てたはねえ。
乳母 しっかり見ました。
ソストラータ それなら、あなたは家に戻って彼女がお風呂から出てきたかどうか教えてちょうだい。その間私はここで主人を待つわ。
シュロス(クレメースに) 奥様は大旦那さまにご用ですよ。何でしょうねえ。何かうろたえたご様子です。何かありますよ。心配ですね。
クレメース(シュロスに) 何でしょうって? どうせ家内はきっと大騒ぎした挙句にまたつまらないことを言い出すんだよ。
ソストラータ あら、主人だわ。
クレメース やあ、お前か。
ソストラータ あなたを探していたんですよ。
クレメース 何の用なんだ。
ソストラータ 最初にお願いしておきますが、私があなたの言いつけに反して何かをしたとは思わないでくださいね。
クレメース 信じられないことでも信じてくれというのか? 信じるよ。
シュロス(傍白)あの言い訳は奥さんは何かへまをやらかしたということだな。
ソストラータ(クレメースに)覚えていますか、私が妊娠した時に私にきびしく命じましたね、もし娘が生まれたら育てるなと。
クレメース お前が何をしたかわかっているさ。お前は育てたんだな。
シュロス(傍白) そのとおり。つまりあっしには女主人がもう一人できて、旦那様には大損というわけだ。
ソストラータ いいえ。この町にコリント出のちゃんとした老婆がいて、私はその人に捨ててくれと行って渡しました。
クレメース ああ、なんという浅知恵だ。
ソストラータ ああ、どうしましょう。私は何ということをしてしまったのかしら?
クレメース 分かっているだろ。
ソストラータ 私が間違いを犯したとしても、あなた、私は知らなかったのよ。
クレメース それはわかっている。お前が否定しても、そうにちがいないんだ。お前は知らないうちによく考えもせず何でも言ったりしたりする女なんだよ。この件でお前は多くのヘマをやったのは明らかだ。そもそも、私の言いつけを守る気があれば、お前が自分で始末をつけるべきだった。口先では死なせる振りをして生きる望みを与えるべきではなかった。だが、それは仕方がない。哀れみもある、母性本能もよしとしよう。しかし、お前の望んだ事がどれほど先の見通しに欠けたことだったかを考えてみろ。実際にはお前は娘を好きにしろと老婆にくれてやったのと同じことなんだぞ。娘はお前のせいで商売女になっているか、人目に晒されているかだ。お前はこう考えたんだろう、「生きてさえいればどうとでもなる」と。事の善悪のわからない人間はまったく扱いようがないものだ。この方がましだとか、この方が役に立つとか、まったく自分たちの都合のいいようにしか考えないのだからね。
ソストラータ 私の間違いでした。それは認めます。あなたの勝ちです。だからお願いします。あなたは生まれつき心の広いかたなのですから、私の愚かな行為をあなたの正義感で救ってください。
クレメース もちろんお前がやってしまったことは許してやるが、だが、ソストラータよ、私の寛大さのせいでお前は間違ったことばかりすることを覚えたね。それはそうとして、どういうわけでこの話を始めたのかを話しなさい。
ソストラータ 私たちは愚かで迷信深いので、あの子を捨てるように言って渡すときに、自分の指から指輪を抜いて、それを娘につけて捨てるようにと言ったのです。死んだときに、私たちの財産のお裾分けに与かったことになるようにと。
クレメース それはよかった。それが彼女とお前を救ったのだ。
ソストラータ それがこの指輪です。
クレメース 誰が持っていたんだ?
ソストラータ バッキスが連れている娘が・・・
シュロス(傍白) えっ!?
クレメース(傍白) この女は何を言っているんだ?!
ソストラータ ・・・お風呂に行く間持っていてほしいと、私に渡したのです。最初は私も気づかなったのですが、指輪に目が行った時にすぐに分かったので、あなたのところに飛んできたのです。
クレメース それでお前はどう思っているんだ? 彼女について何か分かったのか?
ソストラータ わかりませんわ。指輪をどこで手に入れたかは本人から聞いてみれば分かるかも知れません。
シュロス(傍白) これは参った。これじゃあ出来過ぎだ。この分だとあの子はこの家の娘だということになる。
クレメース お前が手渡した老婆はまだ生きているのか。
ソストラータ 分かりません。
クレメース その時老婆はなんて言ったんだ。
ソストラータ 言われたとおりにしたと。
クレメース それなら老婆の名前は何て言うんだ。それで調べられる。
ソストラータ ピルテラです。
シュロス(傍白) その女だよ。決まりだ。あの娘は生きている。つまり俺は終わりだ。
クレメース ソストラータ、中へついて来い。
ソストラータ 思ったほどひどいことにはならなかったわ。あなた、私はとても恐かったの。あの子が生まれた時と同じように厳しいことを言い出すんじゃないかと。
クレメース 人間というのはまわりの状況次第で思いがけないことになるものだな。昔は娘なんてまっぴらだと思ったもんだが、今では娘がほしくなってきたよ。
第4幕第2場 シュロス(シュロスが作戦を練り直す場面)(668-)
シュロス(独白)俺の思い違いでなければ、災難がやってくるのはそう遠いことではなさそうだ。この調子だと、俺のこの作戦はいよいよ行き詰ってしまう。あの花魁が坊ちゃんの女であることを大旦那さまに気づかれないために、何かいい方法を見つけないといけない。このままでは、当てにしている金も、大旦那さまを騙す計画も、全部パーだ。そうなると、もう無傷で撤退できたら御の字だということになってしまう。あれほどのチャンスが手元からすり抜けて、いまや大ピンチだ。これからどうする。どんな作戦を立てたらいいだろう。一から考え直さないといかん。どんなに考えても解決策が見つからないほど困難なことはないはずだ。これをああしたらどうなる・・・だめだ。こうしたらどうなる・・・おんなじだ。こうしたらどうだ・・・だめか。いや、できるぞ。やった、いい方法が見つかった。これなら手元からすり抜けたあの金をもう一度取り返せるぞ。
第4幕第3場 クリニアス、シュロス(シュロスがクリニアスに、父に本当のことを打ち明けるという作戦を授ける場面)(679-)
(クリニアスがクレメースの家から有頂天になって出てくる )
クリニアス(独白)これからはもう僕に悲しい出来事は何も起こらないはずだ。僕の心は喜びに満ち溢れている。これから僕は父の言う通りに生きていくんだ。父が望むよりもっと慎ましい生活を送るんだ。
シュロス(傍白) 思ったとおりだ。若旦那のこの言葉から判断すると、彼女の身元がはっきりしたんだな。(クリニアスに)若旦那、あなたの望み通りになったことをお喜びしますよ。
クリニアス 僕の親愛なるシュロスくん、君も聞いたのかい、え?
シュロス 当然です。私はずっとそばにいましたから。
クリニアス 僕ぐらいいいことが起こった人をほかに誰か知っているかい?
シュロス いいえ、知りません。
クリニアス 僕は自分の為というよりは彼女の為にうれしいのだ。彼女はどんな賞賛にも値する人だということを僕は知っている。
シュロス そうでしょう。じゃあ、若旦那、今度は私の役にたってください。というのは、若旦那のお友達の恋も何とかうまく行くようにしないといけませんから。そのためには、うちの大旦那にバッキスのことを気づかれてはいけません。
クリニアス(自分の幸福にひたっていて聞いていない) よかったあ!
シュロス 静かにしてくださいよ。
クリニアス 僕はアンティピラと結婚するんだ。
シュロス そうやって若旦那は私の話の邪魔ばかりするつもりですか。
クリニアス 僕にどうしろと言うんだ、僕の親愛なるシュロス君。僕は嬉しんだ。僕のことを許してくれ。
シュロス 許しますとも。
クリニアス 僕は神さまの寿命を手に入れたんだよ。
シュロス これはどうやら時間の無駄らしいなあ。
クリニアス 言えよ、聞くから。
シュロス もう聞いてないでしょう。
クリニアス 聞くよ。
シュロス お友達の恋もまた何とかうまく行くようにしないといけないと言ってるんです。なぜかというと、若旦那がバッキスをここに残してうちから出ていってしまうと、うちの大旦那はすぐに彼女がうちの坊ちゃんの女だと気づいてしまわれるでしょう。でも、もし若旦那が彼女をいっしょに連れていくなら、これまでと同じように隠しとおせるんです。
クリニアス でもそんなことをすれば僕の結婚式ができなくなってしまうよ。僕はどんな顔をして父に会えばいいんだい。何を言えばいいんだ、いい考えがあるのかい。
シュロス もちろんです。
クリニアス どう言えばいいんだ。どんな言い訳をするんだ。
シュロス 嘘をつく必要はありません。若旦那はあけすけに事実をそのまま言って下さい。
クリニアス それで?
シュロス こう言ってください。あなたはアンティピラを愛していて彼女と結婚するつもりだと、こっちの女性はクリティポン君の彼女だと。
クリニアス 公明正大にやれというんだな、それならたやすい事だ。それから僕は父に頼み込むんだろ? このことをお前の大旦那のクレメースさんには隠しておいてくださいと。
シュロス いいえむしろその反対に何もかもありのままに話すように頼んでください。
クリニアス えっ、何だって。お前、頭は大丈夫か。しらふで言っているのか。お前のせいでクリティポン君の恋は完全に終わってしまうぞ。だって、それでどうして彼の恋がうまく行くといえるんだ。言ってみろ。
シュロス この考えが一番いいと思うんです。自分でもびっくりしてますよ。私の頭の中にこんなずる賢い能力があったとはねえ。なにせ本当のことを言うことで父親を二人とも騙そうっていうですから。あなたのお父様がうちの大旦那にあの女が息子さんの彼女だと言っても、うちの大旦那さまは信じっこないんですよ。
クリニアス でも、そんなことをすればまた僕の結婚の可能性もなくなってしまうよ。だって、クレメースさんがバッキスを僕の女だと思っていたら、娘さんを僕にくれないじゃないか。たぶん君はクリティポン君のことばかり考えて、僕がどうなるか忘れてるんじゃないのか。
シュロス 馬鹿言っちゃいけません。私がこんな芝居をいつまでもやってると思うんですか。金を手にいれるまでの一日のことです。それで芝居はおしまいですよ。もうそのあとはありません。
クリニアス それで充分なのか。もし僕の父親が気づいたらどうするんだい。
シュロス それは杞憂というものですよ。
クリニアス だけど僕がそんなことをしていいのか心配だなあ。
シュロス 心配ですって? 若旦那はいつでも好きな時に逃げ出せるんですよ。いつでも本当のことを言ってしまえるんだから。
クリニアス わかった、わかったよ。僕はバッキスを連れていくよ。
シュロス いいところに彼女が自分で出てきましたよ。
第4幕第4場 バッキス、クリニアス、シュロス、ドロモン、プルギア(シュロスがバッキスの一行をクレメースの家からメネデーモスの家に引っ越させる場面)(723-)
バッキス 何という厚かましい男なんだろうねえ、シュロスは。千ドラクマくれるという約束で私をここまでひっぱりだすなんて。でも、もしそれが嘘だとわかったら、もう私に出て来てくれと何度言いに来ても無駄だわよ。それより、いつ行くと言ってやろう? シュロスはそれをクリティポンに知らせると、クリティポンはやきもきする。そこでドタキャンしてやるのよ。そうすりゃシュロスは背中を鞭打たれて嘘つきの代償を支払うことになるわ。
クリニアス(シュロスに、傍白) お前の将来を彼女は見事に予言しているよ。
シュロス(クリニアスに) 彼女が冗談を言っていると思いますか? 私がうかうかしてると、彼女は言ったとおりにするでしょうね。
バッキス(プルギアに) みんな眠っているわ。私が起こしてあげる。 (大きな声で)プルギア、あなた聞いた? さっきあの人がカリーノスの別荘がどれか教えてくれたこと。
プルギア 聞きましたわ。
バッキス 右手の農家の隣だったかしら?
プルギア はい、覚えていますわ。
バッキス 大急ぎで行っておいで。カリーノスさんの家ではあの軍人さんがディオニュソスのお祭りをしているわ。
シュロス(クリニアスに) あの女は何を始めるんだろう。
バッキス 私はここに無理やり引きとめられているけれど、うまいこと言って出ていきますと伝えなさい。
シュロス 畜生。(バッキスに)バッキス、待て待て。その女をどこへやるんだい。待てと言ってるだろ。
バッキス 行きなさい。(フルギアが左手に向かおうとする)
シュロス 金の当てはあるんだよ。
バッキス それなら居ますわ。(フルギアが戻ってくる)
シュロス すぐにあげるよ。
バッキス お好きなように。私はせかせちゃいませんわよね?
シュロス それで今回は何の用だかわかるかい?
バッキス 何ですの。
シュロス 君はメネデーモスさんの家に移るんだよ。連中も一緒にあっちへ移るんだ。
バッキス 何を始めるの? この悪党。
シュロス あっしがかい? あっしは金を作ろうってんだよ。あんたにやる金をね。
バッキス 私をからかうとは安く見られたものね。
シュロス あてはあるのだ。
バッキス あんたはここで私にまだ用があるの?
シュロス もうない。あんたの金は払うよ。
バッキス じゃあ、行きましょう。
シュロス こっちですよ。(メネデーモスの家の戸を叩いて)おい、ドロモン!
ドロモン どなたの御用ですか。
シュロス おれだ。
ドロモン 一体何ですか。
シュロス バッキスの連れの女たちを全員こっちの家に急いでお連れするんだ。
ドロモン なんのために。
シュロス それは聞かないでくれ。全員が銘々持ってきたものを全部引き上げさせるんだ(ドロモン、クレメースの家に入る)。大旦那さまは彼女たちが出て行ったら出費が減って大助かりだと思うだろうね。でも、この小さな利益がどれほど大きな災難をもたらすかご存じないんだな(ドロモンが女たちと荷物といっしょに家から出てくる)。ドロモン、お前は何を知っていても知らないことにするんだぞ。
ドロモン 私は無口ですから。
第4幕第5場 クレメース、シュロス(シュロスがクレメースを騙してバッキスにやる金を出させる場面)(749-)
クレメース(独白)ほんとうに、メネデーモスさんのことが気の毒で仕方がない。なにせこれからあの災難がメネデーモスさんの家に訪れるんだからなあ。あの女とあの連れの女たちを食わせていくなんて! きっとあの人もはじめのうちは分かるまい。それほどあの人は息子さんが可愛いのさ。でも、家計に莫大な出費がかかること、それが毎日毎日、はてし無く続くことに気づく頃には、もう一度息子が出て行ってくれないかと思うだろうなあ。いいところにシュロスが来た。
シュロス(傍白)今こそ大旦那さまにお話しするときだ。
クレメース シュロスよ。
シュロス はい。
クレメース どうしたんだ。
シュロス さっきから大旦那さまにお会いしたいと思っていたんですよ。
クレメース 隣の旦那についてはもうやり終えたようだな。
シュロス メネデーモスさんについてのさっきの話ですか。言われたとおりにしましたよ。
クレメース 忠実にか。
シュロス 忠実にやりました。
クレメース わしはお前の頭を撫でてやりたくて仕方がないよ。こっちへ来い、シュロス。このお礼にきっと何かしてやるぞ。
シュロス でも、私にどんなうまい考えがひらめいたか、もしも大旦那さまがご存知だったらなあ。
クレメース おいおい、すべて思い通りに行ったと自慢でもしたいのかい。
シュロス いいえ自慢ではありません。本当のことを言っているのです。
クレメース 一体どうなっているか教えてくれよ。
シュロス バッキスはクリティポン坊ちゃんの女だと、クリニアスさんがお父様におっしゃったんです。あの方がバッキスをご自分の家に連れ帰ったのは、そのことを大旦那さまに気づかれないようにするためだったと。
クレメース うまくやったな。
シュロス 今なんとおっしゃいましたか?
クレメース 上出来だと言ったんだ。
シュロス(傍白) 気がついていないようだ。(クレメースに)まあ聞いて下さい、彼の嘘の残りの部分を。彼はあなたの娘さんを見たとおっしゃったんです。そして、彼女の顔を見て一目惚れしたので彼女と結婚したいとおっしゃいました。
クレメース さっき見つかったばかりのわしの娘とか?
シュロス 彼女です。それでこれからクリニアスさんはお父様に求婚してくれるように頼むことになっています。
クレメース それは何のためだい、シュロス。わしには全くわからないよ。
シュロス おや、飲み込みが悪いですね。
クレメース たぶんな。
シュロス そうやって結婚式のためのお金をお父様からもらうんですよ。それと金の飾りと衣装もね・・・。お分かりでしょう。
クレメース 買ってもらうんだな。
シュロス そのとおりです。
クレメース だがわしは娘をクリニアスにやらないし婚約もさせないぞ。
シュロス だめなんですか。それはまたどうしてです?
クレメース どうしてかって、わかるだろ。そんな男に誰が・・・。
シュロス それはお好きなように。私は何も彼女を本当に結婚させろとは言ってませんよ。その振りをしてくださいと申しているんです。
クレメース 芝居をするのはわしの性分ではない。お前のその作戦はいいが、そこにわしを巻き込まないでくれ。結婚させない男と婚約させろというのか?
シュロス やっていただけると思ったんですが。
クレメース わしはいやだ。
シュロス それでうまく行くはずだったんですがねえ。それに、ついさっきあんなに熱心にお命じになったからこそ、こうしたらいいかと思ったんですが。
クレメース(皮肉っぽく)そうだろうなあ。
シュロス それにしても、大旦那さまのその態度はご立派だと思います。
クレメース わしはお前がこのために頑張ってくれることを誰よりも願っているが、是非とも別の方法でやってほしい。
シュロス そうしましょう。何か探してみます。大旦那さまにお知らせしたように、老婆がバッキスに借りたお金をもう返さないといけません。この件では大旦那さまもこんな事を言って逃げないでくださいよ。「何でわしに関係あるんだ? そんな金、わしは受け取ってないぞ。わしは金を借りろなんて言ってない。わしに無断でわしの娘を借金の担保にできないはずだ」なんて。でも、大旦那さま、「悪法も法なり」という諺もあります。
クレメース わしはそんなことは言わない。
シュロス そうですよね。こんなことを言うのは他の人には許されても大旦那さまには許されません。みんなは大旦那さまのことを立派な紳士だと思っているのですから。
クレメース わしが自分であの女に金を持って行ってやるよ。
シュロス それよりうちの坊ちゃんにやらせてください。
クレメース どうしてだ。
シュロス 今ではバッキスの恋人は坊ちゃんだと思われているからです。
クレメース それで?
シュロス 坊ちゃんが渡したほうがそれらしく見えるからです(=メネデーモスを騙すには)。同時に、私の計画もその方がうまく実現できるでしょう。(通りを見て)あ、坊ちゃんが戻ってこられました。大旦那さまはお金の準備をして下さい。
クレメース そうしよう。
第4幕第6場 クリティポン、シュロス(シュロスがクリティポンに父親から金を受け取ることを教える場面)(805-)
クリティポン どんな簡単なことでもいやいやすると難儀なことになってしまう。散歩だってこんなに楽なことはないのに、僕はもうくたくただ。何が恐ろしいと言って、バッキスに近づかせないためにまたもう一回ここからよそに行かされることほど恐ろしいことはない。(シュロスを見て)おい、シュロス、お前はその計画と一緒にくたばってしまえ。お前が思いつく計画はいつもこんなふうに僕をくたくたにするのさ。
シュロス 坊ちゃんは自分がいるべき場所へ行ってくださいよ。あっしは坊ちゃんの身勝手な行動であやうく頓死するところだったんですよ。
クリティポン 頓死すりゃいいのに。お前にはそれがお似合いさ。
シュロス お似合いとはどういうふうにですか? あっしが例のお金を坊ちゃんに手渡す前に、そういう言葉を坊ちゃんの口から聞けてうれしいですよ。
クリティポン 僕に何を言わせたいんだよ。お前はわざわざ出かけて行って彼女を連れてきたのに、俺に指一本触るなと言ったんだぜ。
シュロス あっしは怒っちゃいませんよ。それより、坊ちゃんは今バッキスさんがどこにいるかご存知ですか。
クリティポン うちにいるんだろ。
シュロス クリニアスの若旦那のうちです。
クリティポン えっ、万事休すだ。
シュロス 元気を出してください。今から彼女にお金を持って行くことになっていますから。坊ちゃんが彼女に約束したお金ですよ。
クリティポン 嘘だろ。その金をどこから手に入れるんだ。
シュロス 坊ちゃんのお父上からですよ。
クリティポン きっと僕をからかってるんだろ?
シュロス 実際にやってみればわかりますよ。
クリティポン おい、おれは幸せものだな。恩に着るよ。シュロス。
シュロス(クレメースの家の戸が開く) おや、お父様が出ていらした。けっして不思議そうな顔をしてはいけませんよ。どうしてそんなことをするのかなんて思わないで、相手にうまく調子を合わせるんです。お父様の言うとおりにして下さい。あまりしゃべらないことです。
第4幕第7場 クレメース、クリティポン、シュロス(クレメースからクリティポンに金が渡される場面)(829-)
クレメース クリティポンはどこにいる。
シュロス(クリティポンに) 「ここにいます」と言って下さい。
クリティポン ここにいます。
クレメース(シュロスに) どうなってるんだ。こいつには話は済んでるのか。
シュロス ほぼ全部説明済みです。
クレメース(金を差し出して) この金を持って行って渡してこい。
シュロス(クリティポンに) ほら、どうしてつっ立ってるです、石みたいに。ほら、お金を受け取ってください。
クリティポン わかりました。お渡しください(金を受け取る)。
シュロス(クリティポンに)早くこっちへ、あっしのあとに。(クレメースに)私たちが出てくるまでの間、大旦那さまはここで待っていて下さい。むこうではそんなに長くはかかりませんから(メネデーモスの家に入る)。
クレメース(独白)
わしの娘はこうしてわしから十ミナ(=千ドラクマ)をせしめたことになる。これはこれまでの娘の養育費だと考えることにしよう。その他にまた服装代やら何やかやでもう十ミナやらねばなるまい。そのうえに今度は二タラント(一タラント=六〇ミナ=六千ドラクマ)の持参金が必要になってくる。まったく社会の風習というやつはなんという理不尽な要求ばかりなんだ。もうわしは働くのはやめて、苦労して稼いだ金を預けられる人を誰か見つけた方がいいかな。
第4幕第8場 メネデーモス、クレメース(クレメースが何も知らずにクリニアスと自分の娘アンティピラの婚約を承諾する場面)(842-)
メネデーモス(中のクリニアスに) 私は世界で一番の幸せ者だ。何と言っても、息子よ、お前が正気を取り返してくれたんだからなあ。
クレメース(傍白) 大きな勘違いだねえ。
メネデーモス(クレメースを見つけて) あんたを探してたんだ、クレメースさん。何とかして、私と私の息子と私の家族を助けてほしいんだ。
クレメース 言ってくれ、わしに何をして欲しいんだ。
メネデーモス あんたは今日娘を見つけたね。
クレメース それで?
メネデーモス うちの息子が彼女と結婚したがっているんだ。
クレメース あんたはなんていう人なんだ。
メネデーモス なんだって?
クレメース あんたはもう忘れてしまったのか。二人だけで召使の策略について話したことを。その策略を使って息子さんに金をやるのがいいと言ったことを。
メネデーモス 覚えているよ。
クレメース いまその策略が実行されているんだよ。
メネデーモス 何を言ってるんだ、クレメースさん。そうじゃなくて騙されているのはあんたの方だよ。うちにいるあの花魁はあなたの息子のクリティポンくんの彼女なんだよ。
クレメース みんなそう言っている。それであんたはそれを全部信じているんだ。それから、クリニアスくんは結婚したがっているとも言っているが、それは婚約の時にあんたから金をもらって、それで金飾りや衣装やそのほか必要なものを買うのが目的なんだ。
メネデーモス そうだ、そのとおりだ。あの金はあの娼婦にわたるんだ。
クレメース その通り、娼婦にわたるんだ。
メネデーモス ああ、私の喜びはぬか喜びだったのか。情けない。それでもあの子を失うよりはましだ。あんたからどんな返事を息子に伝えようか、クレメースさん。私が感づいたことを息子が知って気を悪くしないようにしたいんだ。
クレメース 気を悪くする? メネデーモスさん、あんたは息子さんを甘やかし過ぎだよ。
メネデーモス ほっといてくれ。始めたからには、これを最後までやってくれ、クレメースさん。
クレメース 俺と会ったと言うんだ。結婚式について話したと。
メネデーモス そう言おう。それでどう言うんだ。
クレメース わしはすべてに協力する、婿にも気に入っていると。最後に、もしあんたがそうしたければ、婚約も決まったと話してやれ。
メネデーモス(傍白) よし、私の望みどおりだ。
クレメース そうすればすぐにあんたに金をせびるだろうから、すぐにあんたも金をやれるよ。それが君の望みだろ。
メネデーモス そのとおりだ。
クレメース しかし、僕の見るところでは、あんたはすぐにこんなことに飽きてしまうだろうよ。まあ、どっちにしろ、君に分別があるのなら、少しずつやるようにするんだな。
メネデーモス そうしよう。
クレメース 中へ入って、息子の要求を聞いてくるんだ。わしに何か用があったら家に居るよ。
メネデーモス 当てにしてるよ。私がこれからすることは全部聞いて欲しいから(二人はそれぞれに家に入る)。
第5幕第1場 メネデーモス、クレメース(クレメースが自分が騙されていたことに気づく場面)(874-)
(しばらくたってからメネデーモスが自分の家から出てくる)
メネデーモス(独白) 私は自分がそんなに利口だとも用心深いとも思わないが、私に色々なことを教えて、私を助けてくれるあのクレメースさんが私よりひどいとは なあ。馬鹿な人間に対して言われる「木偶の坊」とか「丸たん棒」とか「のろま」とか「鈍重」といった言葉はどれも私には当てはまるが、あの人には当てはまらない。 あの人の馬鹿さ加減はこの全てを超越しているからねえ(クレメースが家から出てくる)。
クレメース(中のソストラータに)
ああ、もう沢山だ、妻よ、お前の娘が見つかったことを神に感謝してうるさく言うのはやめてくれ。まさか神さまはお前みたいに同じ事を100回も言わないと何もお分かりにならないと思っているんじゃないだろうな。(独白)ところで、どうしてうちの息子とシュロスはなかなかメネデーモスさんの家から出てこないんだ?
メネデーモス(クレメースに)クレメースさん、誰がなかなか出てこないとおっしゃってるんですか。
クレメース おや、メネデーモスさん、お戻りですか。どうです、私が言ったことをクリニアス君に伝えましたか。
メネデーモス 全部伝えました。
クレメース どう言っていますか。
メネデーモス 喜んでいましたよ。本当に結婚したがってるみたいでしたよ。
クレメース ははは。
メネデーモス どうして笑うんですか。
クレメース 私の召使のシュロスのずる賢さを思い出したんですよ。
メネデーモス そうなんですか。
クレメース あいつの手にかかったら、人の表情だってねつ造できるんですよ。
メネデーモス 息子の喜んだ表情も芝居だというのですか。
クレメース もちろんですよ。
メネデーモス そういや私もそんな気がしましたよ。
クレメース ずるがしこい奴です。
メネデーモス 知れば知るほど、そうなんだとお分かりになりますよ。
クレメース あなたもそう思いますか?
メネデーモス 聞いてくださいよ。
クレメース 待ってください。先にあのことを知っておきたいんです。あんたはどれだけ使ったんですか。というのは、あんたが息子さんに婚約のことを伝えた時、すぐにドロモンがあんたに言葉をかけたでしょう。花嫁衣装と金飾りと付添いの女が必要だと。あんたからお金をもらうためにね。
メネデーモス いいえ。
クレメース 何? 言わなかった?
メネデーモス 言わなかったですよ。
クレメース 息子さんも言わなかったですか。
メネデーモス まったく言いませんでしたよ、クレメースさん。ただ一つ、結婚式は今日やってくれと言ってきました。
クレメース 不思議なことを言いますね。うちのシュロスは何しているんだろう。あいつも何も言わなかったんですか。
メネデーモス 何も。
クレメース どうしてだろう。わからん。
メネデーモス 不思議ですね。他のことならよく知っているあなたが分からないとは。でも、あの同じシュロスはあなたの息子にはうまく芝居をさせて、あの遊女がうちの息子の女だということが少しもばれないようにしましたね。
クレメース わしの息子は何をしてます。
メネデーモス 接吻と抱擁くらいなら構いませんよ。大したことはありませんから。
クレメース 息子はもう芝居をこれ以上続けるわけがないでしょう。
メネデーモス(思い出して)あーあ。
クレメース 何ですか。
メネデーモス ちょっと聞いてください。私の家の後ろに部屋があるんですが、その中にベッドが持ち込まれて、シーツで覆ったんです。
クレメース それで何をするんです。
メネデーモス いま言った支度が終わると、クリティポン君がそこへ出かけていったんです。
クレメース 一人でですか。
メネデーモス 一人です。
クレメース 心配ですね。
メネデーモス バッキス嬢がすぐにあとから行きました。
クレメース 一人で?
メネデーモス 一人で。
クレメース くそ。
メネデーモス 二人は中に入ると戸を閉めました。
クレメース なんだって。お宅の息子さんはその様子を黙って見ていたんですか?
メネデーモス 当然ですよ。私といっしょにね。
クレメース バッキスは息子の女だったのか。メネデーモスさん、わしはおしまいですよ。
メネデーモス どうしてです。
クレメース うちの財産は10日しかもたないですよ。
メネデーモス どうしたんですか。うちの息子が友達であるあなたの息子さんのためにすることがそんなに心配なんですか。
クレメース いいえ、遊女のためですよ。
メネデーモス もしそういうことなら・・・。
クレメース まだ分からないんですか? 誰かがそんなに愛想が良くて親切にすると思いますか、自分が見ているまえで自分の女を好きにさせるほどに・・・。
メネデーモス うーん。いいじゃないですか。これも私をうまく騙すためでしょう。
クレメース あんたに笑われても仕方がないな。自分自身が腹立たしいよ。あんなに沢山の事実があったんだから、わしはとっくの昔に感づいていて良かったんだ。わしは馬鹿者じゃないか。何を見ていたんだ。ちくしょう。あいつら、こんなことをして、わしが生きている限り、ただではすまさないぞ。だって今では・・・。
メネデーモス 落ち着いて下さい。やけになっちゃだめですよ。私がいい見本じゃないですか。
クレメース メネデーモスさんよ、腹が立って、わしはもう訳が分からない。
メネデーモス あなたがそんなことをおっしゃるとは! 不名誉ですよ。人にアドバイスをするほど他人のことについては頭がいいのに、ご自分のことになると無力だとは。
クレメース わしはどうすればいいんだろう?
メネデーモス 私には満足に出来ませんでしたが、あなたがいつもおっしゃって下さったことをすればいいんです。お宅の坊ちゃんがあなたを父親だと実感できるようにすること、坊ちゃんがあなたに全てを打ち明けられるようにすること。あなたに欲しいものを要求できるようにすることです。さもなければ、坊ちゃんは別の金づるを求めて、あなたのもとを去ってしまいますよ。
クレメース いいや。あの子はもうどこでもいいから出て行けばいいんだ。ここにいて破廉恥なことをして父親を破産させるよりもね。だって、もしわしがこのままあの子のために浪費しつづけたら、メネデーモスさん、今度はわしが鍬を担ぐことになってしまいますよ。
メネデーモス 気を付けないと、あなたはこの件でもっと厄介なことになってしまいますよ。あなたは息子さんにとって物分りの悪い父親だということになってしまうし、後でその息子さんを許さなきゃならなくなる。それなのに息子さんに少しも感謝してもらえないんですよ。
クレメース あんたにはわしの辛さが分からなんですよ。
メネデーモス では、お好きなように。私はお宅のお嬢さんとうちの息子を結婚させてやりたいんですが、これはどうなるんです? よそに当てがあるというのなら仕方がないですが。
クレメース いや、あの子が婿ならこの縁談は申し分ないですよ。
メネデーモス どれだけ持参金を約束してくれたと息子に言いいましょうか?(クレメースが答えないので)なんで黙ってるんですか。
クレメース 持参金?
メネデーモス そうですよ。
クレメース ああ
メネデーモス クレメースさん、少なくてもかまいませんよ。うちは持参金なんてどうでもいいんですから。
クレメース 我が家の状況から言って二タラントが精一杯だと思うんです。でも、こう言うべきですな。もしあんたがわしとわしの家と息子の為を思ってくれるなら、こうお伝え下さい。わしは自分の財産を全部娘の持参金にするつもりだと。
メネデーモス 何のためにそんなことをするんですか。
クレメース 何のためかは、驚いたふりをしてあなたが、うちの息子に聞いてみてください、何のためにわしがこんなことをするのかを。
メネデーモス 実際私には何のためだか分かりませんな。
クレメース なぜ分からないんです。贅沢と破廉恥にふけったあの子の鼻っ柱をへし折ってやるためですよ。これからどうしたらいいか分からなくしてやるんです。
メネデーモス 何をするおつもりですか。
クレメース ほっておいてください。わしはわしのやり方でやります。
メネデーモス わかりました。それでいいんですね。
クレメース そうです。
メネデーモス ではそうなさい。
クレメース おたくの坊ちゃんには嫁を迎える準備をさせてください。(メネデーモスは自分の家に入る) うちの息子にはこれから説教をしてとっちめてやろう。あの子にはそれがふさわしいやり方だ。しかし、人のことをさんざん笑い者にしてくれたシュロスのやつは必ずや、わしが生きている限り、痛い目に会わせてやる。あいつが生きている間わしのことを忘れられないようにしてやる。そうして、わしが死んだあとでも、わしの妻に対してわしにしたようなことが出来ないようにしてやるんだ。
第5幕第2場 クリティポン、メネデーモス、クレメース、シュロス(クレメースが息子のクリティポンを勘当し、それに対する対応策をシュロスがクリティポンに授ける場面)(954-)
(クリティポンとメネデーモスがメネデーモスの家から出てくる。シュロスが付いて出てくる)
クリティポン メネデーモスさん、ねえ、いったいどういうことですか。 僕の父親が父親らしい気持ちをこんな短い間に捨ててしまうなんて。どんな悪事が原因ですか。僕がどんな悪い事をしたというんですか。誰でもやっていることですよ。
メネデーモス これには私も驚いているが、君にとってはもっと深刻で耐え難いことはわかるよ。私は訳が分からないんだよ。ただ、私は君のために良かれと心から望んではいるがね。
クリティポン(見回しながら) 父が近くにいると言いましたね。
メネデーモス 出てこられました(メネデーモス、自分の家に入る)。
クレメース 何をわしの悪口を言っているんだ、クリティポン? この件でわしがやったことは全てお前の愚かしさを考えた上でのことだ。お前がだらしない性格で、その時だけの快楽を第一に考えて将来のことは何も考えないことを知ったときに、わしはお前が食うに困らないように、またお前がうちの財産をなくさないようにするために、この方法を考えたんだ。うちの財産の第一の受取り手の資格があるのはお前だが、お前の馬鹿な行動のせいで、わしはもうお前にやることができなくなった。それで、お前の一番の近親者のところへ行って、その人に頼んで預けてきたよ。その人がお前の愚かしさに対する防護壁になってくれるし、クリティポン、お前はその人に衣食住を頼ることが出来る。
クリティポン なんですって!
クレメース このほうがお前が自分で相続してバッキスの手に渡ってしまうよりはいいだろう。
シュロス(傍白) 畜生! 俺も救われない男だよ。知らない間にこんなやっかいなことを引き起こしていたとは。
クリティポン 僕は死にたいよ。
クレメース お願いだから、それよりもまず生きることを学んでくれないか。それが分かってから、それでも生きるのが嫌だったら、そのときはその手段をとるがいいさ。
シュロス(クレメースに)大旦那さま、よろしいですか。
クレメース しゃべっていいぞ。
シュロス いいんですね。
クレメース いいぞ。
シュロス なんでこんな無茶苦茶な、こんな気違いじみたことをなさるんですか。私のしくじりを理由に坊ちゃんをひどい目に会わせるなんて。
クレメース もう終わったことなんだ。お前はもう首を突っ込まないでくれ。シュロスよ、誰もお前を責めてはいない。お前は逃げこむ祭壇も代理人も用意しなくていい。
シュロス どういう意味ですか。
クレメース わしは怒っていない。お前にも、そして(クリティポンに)お前にもだ。だから、わしがお前にしたことを怒らないでくれよ(クレメース自分の家に入る)。
シュロス 行っちゃったんですか? ああ、聞いときゃよかった。
クリティポン 何をだい。
シュロス あたしの食い扶持はどこからもらえるのかって。私たちはお払い箱になったんですよ。坊ちゃんは妹さんの所へ行けばいいんでしょうけど。
クリティポン 事態は僕も餓死する危険があるところまで発展してしまったのか、シュロスよ。
シュロス 生きている限り希望はありますよ。
クリティポン どんな希望があるんだよ。
シュロス 充分腹を減らせることができるという希望ですよ。
クリティポン お前はこんなときまで冗談を言って、僕には役に立つアドバイスをくれないのか。
シュロス それはもちろんあげますよ。いまそのことを考えていますし、さっきお父様が話しておられる間もずっと考えていました。私が見る限りでは・・・
クリティポン どうなんだ。
シュロス ・・・もうすぐ思いつきます。
クリティポン 何を思いついた?
シュロス こうです。わたしが思うに、あなたは彼らの子でないんですよ。
クリティポン それはどういうことだ、シュロス。お前、正気なのか?
シュロス あっしの頭にひらめいたことを今から言いますよ。判断はおまかせしますよ。坊ちゃんがご両親にとってたった一人の子供で、ほかの喜びが家族になかったころは、ご両親はあなたを甘やかしたし、あなたに何でもお許しになってきました。ところが、娘さんが見つかると、あなたを勘当する理由を見つけだしたんですよ。
クリティポン そうかもしれんな。
シュロス それとも、お父様は坊ちゃんの今度の道楽に対してはお腹立ちだとお考えですか。
クリティポン そんなはずはないだろ。
シュロス もう一つ、この事も考えて下さい。母親はみんな息子が間違いを犯しても息子の味方になってやりますね。父親のせっかんにも息子を助けてやります。ところがそれが今回はない。
クリティポン そのとおりだ。じゃあどうしたらいいんだ、シュロス?
シュロス あなたのこの疑問をご両親にあけすけにぶつけてみるんですよ。そしてもしこの疑いが根も葉もないことなら、坊ちゃんはお二人の同情心をかきたてることができるでしょうね。また、もし疑いが事実なら、本当は誰の子なのか教えてくれるでしょう。
クリティポン それはいい考えだ。やってみるよ。(クリティポン自分の家に入る)
シュロス(独白) 実にうまい考えが浮かんだんだ。というのは、坊ちゃんが本心からこんな疑いを抱いていれば、それだけ容易に坊ちゃんはうまい具合に父親と仲直りすることができるんだから。たぶん結婚もできるだろう。それでも、俺は全然感謝されないのさ。(クレメースが出てくるのを見て) 何があるんだろう? 大旦那さまが出てきたぞ。俺は逃げる。今までに俺がやったことを考えると、俺をすぐ捕まえろと言うに決まっている。メネデーモスさんのところへ行って、あの人に代理人になってもらおう。うちの大旦那さまはもう当てに出来ないから。(シュロス、メネデーモスの家に入る)
第5幕第3場 ソストラータ、クレメース(クレメースが息子を勘当したことに妻ソストラータが反対する場面)(1003-)
(クレメースとソストラータが自分たちの家から出てくる)
ソストラータ 本当にあなた、よく気を付けていないと、せがれに対してあなたは取り返しの付かない事をしてしまいますよ。本当ですよ。実際、あなたは、どうすればそんな馬鹿なことが思いつけるのか、驚きですわ。
クレメース またお前は女らしくしネチネチとやるのか。これまでの人生でわしが何かやろうとする度に、いつもお前はわしに反対してきたのさ、ソストラータ。でも、わしのすることの何が悪いのか、どうして悪いのかを、お前に尋ねても、お前は言えないんだよ。それなのに、馬鹿なお前はわしのすることに図々しく反対するんだよ。
ソストラータ(怒って) 私には言えないですって?
クレメース いや言える言える。この問題を最初からもう一度蒸し返されるのはもう御免だよ。
ソストラータ あなた、ひどいわ、こんな大切な問題で、私に何も言わせてくれないなんて。
クレメース そんなことは言っていない。お前は言いたい事を言えばいい。でも、わしはこうすると決めたんだよ。
ソストラータ どうしても?
クレメース そうだ。
ソストラータ わからないの? そんなことをしたらどんな大変なことになるのか。おかげであの子は自分が貰い子じゃないかと思っているのよ。
クレメース 貰い子だって?
ソストラータ そうよ、あなた。今にわかるわ。
クレメース お前はそのことを認めるつもりか?
ソストラータ まあなんてことを。あなた、お願いだから、家族の間でそんなことを言うのはやめてちょうだい。あの子は私の子なのに私がそんなことを認めるわけがないでしょう。
クレメース どうしたんだ? お前はあの子が自分の子であることをいつでも証明できる自信がないのか? そんな心配はいらないよ。
ソストラータ 私が自分の娘を証明したからというの?
クレメース いいや。むしろ、もっと信じられることがあるじゃないか。性格がお前とそっくりだろ。お前が産んだことを証明するのは簡単だよ。だってお前とそっくりだもの。あの子の欠点でお前が持っていないものはないじゃないか。それにお前以外で誰があんな息子を産むことが出来ると言うんだい。(クレメースの家の扉が開く)おや、当人が出てきた。なんと深刻な顔をしていることか。事態をよく考えて、どう言ってやるかお前が自分で決めたらいいさ。
第5幕第4場 クリティポン、ソストラータ、クレメース(クリティポンが両親に自分はよその子であると思うと言って同情を誘おうとする場面)(1024-)
(クリティポンがクレメースの家から出てくる)
クリティポン(ソストラータに深刻な表情で) お母さん、もしあなたが僕を愛していた時があったのなら、もしあなたが心から僕を自分の息子と呼んでいた時があったのなら、お願いしま す。その頃のことを思い出して、貧しい僕のことを哀れんで下さい。僕が望み求めていること、つまり僕の両親がだれであるかを教えて下さ い。
ソストラータ お願いだから、お前がよその子だなんてそんなことを考えないでちょうだい。
クリティポン いいえ、僕はよその子です。
ソストラータ(クレメースに)ああ、情けないわ、これがあなたのしたかった事なの?(クリティポンに)お前がわたしたちよりも長生きするのが間違いないように、お前がわたしたちの子であることも間違いのないことですよ。 もしお前が私を愛しているなら、これからはそんなことを二度と口にしないで下さいね。
クレメース(クリティポンに)そして、もしお前がわしを恐れているなら、お前はその行動を改めるようにしろ。
クリティポン 僕のどんな行動ですか。
クレメース 知りたければ、教えてやる。お前は軽薄で、怠け者で、嘘つきで、浪費家で、酒飲みで、放蕩者だ。これを認めるんだ、そんなお前が自分のことを私たちの子だと思いたければ思えばいいさ。
クリティポン これは親の言う言葉ではないですよ。
クレメース クリティポンよ、ミネルバがゼウスから生まれてきたのと同じように、仮にもお前が母さん抜きでわしの頭から生まれてきたとしても、わしはお前の破廉恥な行為で恥をかくことには耐えられないんだ。
ソストラータ 絶対そんなことにはなりませんよ。
クレメース 絶対かどうかは知らんが、わしは何とかこれを乗り切ってみるつもりだ。ところで、お前が探しているその両親をお前はもう持っているんだ。だがお前は自分に欠けているものを探し求めようとしない。それは父の言うことをよく聞いて、父が苦労して蓄えた物を失わないための方法だ。ところが、お前は嘘をついてわしの目の前に連れ込んだのさ、あの・・。わしは母さんがいる前でこんな恥ずかしい言葉を使う事はできない。しかし、お前はそんなことをするほどの 恥知 らずなのだ。
クリティポン(母親に自分の道楽を暴露されて目が覚めて、傍白)ああ、僕はなんて嫌なやつなんだ。ああ、なんて恥ずかしい男なんだ。父と仲直りするために僕は何から始めたらいいのか分からない。
第5幕第5場 メネデーモス、クレメース、ソストラータ、クリティポン(クリティポンが別の女性と結婚することを承諾して父親に許される場面)(1045-)
(メネデーモス、自分の家から出てくる)
メネデーモス(独白) 本当にクレメースさんは息子さんをあまりにも厳しく叱りすぎるなあ。あれではあまりに冷淡だ。だから私が二人を仲直りさせるために出ていこう。丁度よかった、二人がいるぞ。
クレメース やあ、メネデーモスさん、はやく私の娘を結婚式に呼び出しに来て、私が言う持参金で決めてください。
ソストラータ あなた、お願いだから、そんなことはしないで下さい。
クリティポン お父さん、僕を許してください。
メネデーモス 許してやりなさい、クレメースさん。私からもお願いします。
クレメース あんたはわしの財産をそれと知りながら見す見すバッキスにやってしまえというのかね。そんなことはいやだ。
メネデーモス そんなことにはなりませんよ。
クリティポン 僕が生きていくことをお望みなら、お父さん、僕を許してください。
ソストラータ そうしてあげて、あなた。
メネデーモス 頼むよ。そんなに頑固になってはいけない、クレメースさん。
クレメース わかったよ。わしはどうやら自分の意志を貫けないようだな。
メネデーモス あなたにふさわしい行動をしてください。
クレメース それには条件がある。わしが正しいと思うことをあの子がすることだ。
クリティポン 何でもします。言って下さい。
クレメース 結婚するのだ。
クリティポン お父さん!
クリティポン 聞く耳はもたん。
ソストラータ 私が保証します。この子は結婚します。
クレメース やつはまだ何も言っていない。
クリティポン(傍白) 参ったな。
ソストラータ 迷っているの、クリティポン?
クレメース どうでもしたいようにしろ。
ソストラータ この子は言われたとおりに何でもしますわ。
メネデーモス(クリティポンに)結婚は初め慣れないうちは大変だが、慣れてくると易しい事なんだよ。
クリティポン お父さん、僕は結婚します。
ソストラータ お前には、綺麗な子を用意してありますから、すぐに好きになれますよ。うちの親類のパノクラテスさんの娘さんはどう?
クリティポン あの赤毛で目が青くて顔がそばかすだらけで鼻の曲がった子ですか。いやですよ、お父さん。
クレメース こいつは選り好みをしよる。そういうことには熱心なようだな。
ソストラータ では別の子にしましょう。
クリティポン いいよ。結婚しなければならないのなら、僕には結婚したい子がもういるんだ。
クレメース それでもいいぞ。
クリティポン アルコニスさんの娘さんです。
ソストラータ あの子ならいいわ。
クリティポン お父さん、僕には一つやり残したことがあります。
クレメース 何だ。
クリティポン シュロスが僕のためにした事を許してやってほしいんです。
クレメース わかった。
合唱団 さようなら、拍手を。(了)
HEAUTON TIMORUMENOS
P. TERENTI AFRI
DIDASCALIA
INCIPIT HEAVTON TIMORVMENOS TERENTI
ACTA LVDIS MEGALENSIBVS
L. CORNELIO LENTVLO L. VALERIO FLACCO AEDILIBVS CVRVLIBVS
EGERE L. AMBIVIVS TVRPIO L. ATILIVS PRAENESTINVS
MODOS FECIT FLACCVS CLAVDI
ACTA I TIBIIS INPARIBVS DEINDE DVABUS DEXTRIS
GRAECA EST MENANDRV
FACTAST III M' IVVENTIO TI. SEMPRONIO COS.
テレンティウス『自虐者』
Argumentum
De duorum adulescentium amoribus agitur(議論する) patribus
displicentibus(不満な) : Clinia, filius Menedemi, amat Antiphilam, puellam
pauperem et sine parentibus, sed magna virtute. Clitiphon, filius
Chremetis, clam patre Bacchidem amat, meretricem avidam et superbam,
cui promissum argentum dare cupit nec scit unde. Menedemus iratus filio
adeo graviter et acerbe consuetudinem(交際) cum Antiphila ei
exprobravit(叱った), ut Clinia in Asiam militatum profectus sit.
二人の恋する若者に対して不満をもっているそれぞれの父親が議論を戦わせる。メネデーモスの息子のクリニアは、貧しい孤児だが真面目なアンティピラを愛している。クレメースの息子、クリティポンは貪欲で傲慢なバッキスという娼婦を父に隠れて愛している。クレメースはバッキスに約束の金をやりたいのだがそれを手に入れることができない。息子に腹を立てたメネデーモスはアンティピラとの交際をあまりにも厳しくまた激しく叱ったので、クリニアは小アジアの軍に入隊するために旅立ってしまった。
In prima tamen scaena vicino suo Chremeti
confitetur(告白する) ita nunc desiderio filii sese excruciari, ut nolit
beatus(金持ち) esse nec fortunis suis frui, dum Clinia absens erit, sed
laborare tantum et parcere(節約する) : "heautontimorumenos" tituli est.
Profecto(実際に) omnia facere paratus est ad filium sibi reconciliandum.
Mox Clinia necopinato(予想外に) ex Asia redux(帰国した) est, sed patris
saevitiam metuens, ad amicum Clitiphonem devertitur(泊まる). Tum Syrus,
callidus servus huius comoediae, amborum amicas adducit(連れて来る), hanc
sycophantiam(企み) excogitans : Bacchidi adsimulandum est tamquam amica
non Clitiphonis (quod pater non ferret), sed Cliniae esset. Sperat enim
Menedemum pecuniam Bacchidi promissam daturum, benevolentiae filii
conciliandae causa(息子の好意を得るために). Antiphila quoque, velut una ex
ancillis Bacchidis, introducitur.
しかしながら、メネデーモスは第一場で息子がいなくて淋しい気持ちを隣人のクレメースに打ち明ける。あまりに淋しくて、クリニアがいない間は金持ちになろうとか財産で楽な暮らしをしようという気持ちがなくなってしまったのでひたすら働らしいてつましい暮らしをしていると。つまりタイトルの「自虐者(じぎゃくもの)」になっているのである。実際、メネデーモスは息子と仲直りするためなら何でもする覚悟だった。やがて思いがけずクリニアは小アジアから帰ってくるが、厳しい父親を恐れて、友人のクリティポンの家に泊まらせてもらう。その時、この喜劇の中で利口な召使であるシュロスが、息子たちの二人の恋人を連れて来る。シュロスはバッキスにクリティポンの恋人ではなくクリニアの恋人のふりをさせるという作戦を考えていた。というのは、メネデーモスならバッキスに約束した金を息子と仲直りするために出すだろうと思ったからである。一方、アンティピラはバッキスの侍女の一人として紹介するのである。
Mox tamen puella, ex anulo quem gerebat, tam a Sostrata, Chremetis
uxore, quam a nutrice agnoscitur filia Chremetis esse, olim patris
iussu infans exposita. Ita dolus Syri peragi non potest. Post multas
vicissitudines Cliniae gaudio exultanti Antiphilam uxorem ducere et cum
patre in gratiam redire contingit. Contra Chremes de consuetudine filli
cum Bacchide certior factus eum exheredare(勘当する) vult atque omnia bona
filiae nuper repertae in dotem tradere. Ab omnibus exoratus filio
tandem ignoscit, ea lege(条件) tamen ut quam mox uxorem ducere et ipse
polliceatur. Etiam Syro ignoscitur, qui senem dominum deceperat atque
magna pecunia circumduxerat(騙しとった) : nam Chremes filiam Antiphilam
Bacchidi decem minas debere a suo servo persuasus, pecuniam meretrici
dandam filio tradiderat. Ita dum monet Menedemum ut dolos servi sui
caveat(用心する), ipse credulior(お人好し)ludificatus(騙された) erat.
しかし、そのうちクレメースの妻であるソストラータと乳母はアンティピラがはめている指輪から彼女がクレメースの娘で、むかしクレメースの指図で捨てられた子であることがわかる。こうしてシュロスの作戦は継続不可能となる。さまざまなやり取りがあったあとで、大喜びのクリニアはアンティピラと結婚して父親であるメネデーモスと仲直りする。
その一方で、息子クリティポンの恋人がバッキスであることを知ったクレメースは息子を勘当して、全財産をいま見つかった自分の娘の持参金として与える言い出す。しかし、みんなから説得されて、できるだけ早く結婚すると約束する条件で息子を許すことになる。
また主人を騙して大金を騙しとったシュロスにも許しがでる。というのは、娘のアンティピラがバッキスに10ミナの借金があると自分の召使に思い込まされたクレメースは、金を娼婦に与えるように言って息子に手渡したからである。かくして、自分の召使のペテンには用心しろとメネデーモスに忠告していながら、自分がまんまと騙されたのである。
Hoc genus argumenti commune erat in comoediis huius aetatis. Quo magis intricatum erat, eo magis placebat.
PERSONAE
(PROLOGVS)
CHREMES SENEX
MENEDEMVS SENEX
CLITIPHO ADVLESCENS
CLINIA ADVLESCENS
SYRVS SERVOS
DROMO SERVOS
BACCHIS MERETRIX
ANTIPHILA VIRGO
SOSTRATA MATRONA
(CANTHARA) NVTRIX
PHRYGIA ANCILLA
(CANTOR)
クレメース 大旦那、クリティポンの父親
メネデーモス 大旦那、クレメースの隣人、クリニアの父親
クリティポン 若旦那、クレメースの息子、娼婦バッキスに惚れている
クリニア 若旦那、メネデーモスの息子、アンティピラの恋人
シュロス クレメースの召使
ドロモン メネデーモスの召使
バッキス 娼婦
アンティピラ 未婚女性、コリント人の娘、実はクレメースの娘
カンタラ 乳母
ソストラータ 既婚婦人 クレメースの妻
プルギア バッキスの腰元
PERIOCHA
C. SVLPICI APOLLINARIS
In militiam proficisci gnatum Cliniam
amantem Antiphilam conpulit(強いる+不定詞) durus pater
animique sese angebat(苦しめる) facti paenitens.
mox ut reversust, clam(に内緒で+対格) patrem devortitur(泊まりに行く)
ad Clitiphonem. is amabat scortum(娼婦) Bacchidem.
cum accerseret(呼び寄せる) cupitam Antiphilam Clinia,
ut eius(クリニアの) Bacchis(主格) venit amica ac servolae(腰元、属格)
habitum(服装) gerens Antiphila: factum id quo(目的節) patrem
suum celaret Clitipho. hic technis(トリック) Syri
decem minas meretriculae aufert a sene.
Antiphila Clitiphonis reperitur soror:
hanc Clinia, aliam Clitipho uxorem accipit.
アンティピラと付き合っている息子クリニアを厳格な父親が軍隊に入隊させてしまうが、自分のしたことを心のなかで悔いた彼は自分自身を苦しめていた。やがて帰国したクリニアは父に内緒でクリティポンのもとに泊まらせてもらう。クリティポンはバッキスという娼婦に惚れていた。クリニアが自分の恋人のアンティピラを呼び寄せた時、アンティピラはバッキスの侍女の服を着て、バッキスがクリニアの恋人としてやって来る。それはクリティポンがバッキスと付き合っていることを父親から隠すためだった。クリティポンは娼婦にやるための10ミナをシュロスの策略を使って父親からせしめる。
アンティピラはクリティポンの妹であることが判明する。クリニアはこの娘と結婚し、クリティポンは別の女性と結婚する。
PROLOGVS
Ne quoi sit vostrum mirum quor partis seni
poeta dederit quae sunt adulescentium,
id primum dicam, deinde quod veni eloquar.
ex integra Graeca integram comoediam
hodie sum acturus Heauton timorumenon, 5
duplex quae ex argumento facta est simplici.
novam esse ostendi et quae esset: nunc qui scripserit
et quoia Graeca sit, ni partem maxumam
existumarem scire vostrum, id dicerem.
nunc quam ob rem has partis didicerim paucis dabo. 10
oratorem esse voluit me, non prologum:
vostrum iudicium fecit; me actorem dedit.
sed hic actor tantum poterit a facundia
quantum ille potuit cogitare commode
qui orationem hanc scripsit quam dicturus sum? 15
nam quod rumores distulerunt malevoli
multas contaminasse Graecas, dum facit
paucas Latinas: factum id esse hic non negat
neque se pigere et deinde facturum autumat.
habet bonorum exemplum quo exemplo sibi 20
licere facere quod illi fecerunt putat.
tum quod malevolus vetus poeta dictitat
repente ad studium hunc se adplicasse musicum,
amicum ingenio fretum, haud natura sua:
arbitrium vostrum, vostra existumatio 25
valebit. quare omnis vos oratos volo,
ne plus iniquom possit quam aequom oratio.
facite aequi sitis, date crescendi copiam
novarum qui spectandi faciunt copiam
sine vitiis. ne ille pro se dictum existumet 30
qui nuper fecit servo currenti in via
decesse populum: quor insano serviat?
de illius peccatis plura dicet quom dabit
alias novas, nisi finem maledictis facit.
adeste aequo animo, date potestatem mihi 35
statariam agere ut liceat per silentium,
ne semper servos currens, iratus senex,
edax parasitus, sycophanta autem inpudens,
avarus leno adsidue agendi sint seni
clamore summo, cum labore maxumo. 40
mea causa causam hanc iustam esse animum inducite,
ut aliqua pars laboris minuatur mihi.
nam nunc novas qui scribunt nil parcunt seni:
siquae laboriosast, ad me curritur;
si lenis est, ad alium defertur gregem. 45
in hac est pura oratio. experimini
in utramque partem ingenium quid possit meum.
[si numquam avare pretium statui arti meae
et eum esse quaestum in animum induxi maxumum,
quam maxume servire vostris commodis,] 50
exemplum statuite in me, ut adulescentuli
vobis placere studeant potius quam sibi.
ACTVS I
Chremes Menedemvs
I.i
第1幕第1場 クレメース、メネデーモス(メネデーモスが息子を叱って家出されたことを後悔して自分を苦しめるような生活をしていることをクレメースに話す場面)
CH. Quamquam haec inter nos nuper notitia admodumst
クレメース 我々の間にこの付き合いは最近始まったばかりだし、
(inde adeo(=ever since) quod agrum in proxumo hic mercatus es)
(あんたが隣の農地を買って以来の付き合いだ)
nec rei fere sane amplius quicquam fuit, 55
それ以上のことは何もないんだが、
tamen vel virtus tua me vel vicinitas,
でも、あんたの真面目さやあんたの近くに住んでいること
quod ego in propinqua parte amicitiae puto,
これは友情に近いことだと私は思うんだが、
facit ut te audacter moneam et familiariter
そのことが私に大胆にまた親しくあんたに忠告させるのだ。
quod mihi videre(=videris pass 2nd.s) praeter aetatem tuam
あんたは私にはこう見えるんだ、あんたの年に似合わないこと、
facere et praeter quam res te adhortatur tua. 60
あんたの財産にも相応しくないことをしていると。
nam pro deum atque hominum fidem quid vis tibi aut
いったいぜんたいあんたは何が欲しいんだい、
quid quaeris? annos sexaginta natus es
何を求めているんだ。もうあんたは60歳になる。
aut plus eo, ut conicio; agrum in his regionibus
いや私の知る限りではもっと行っている。このあたりでは
meliorem neque preti maioris nemo habet;
あんたよりも大きいくてすぐれた農地を持っている人はいない。
servos compluris(=complures): proinde quasi nemo siet, 65
召使も沢山いる。ところが、あんたは召使が一人もいないかのように
ita attente tute illorum officia fungere.
召使がするような仕事を一生懸命にしている。
numquam tam mane egredior neque tam vesperi
私が朝に出かけるときも夕方に帰ってくる時も
domum revortor quin te in fundo conspicer
私があんたを田んぼの中に見かけないことはない。
fodere aut arare aut aliquid ferre denique.
あんたは掘り返して耕しては何か担いでいるんだ。
nullum remittis tempus neque te respicis. 70
いさかの時間も無駄にすることなくまた労を惜しむこともない。
haec non voluptati tibi esse satis certo scio. at
これであんたの気持ちが満足していない事は私もよく知っている。
enim dices "quantum hic operis fiat paenitet."
「ここでどんなに働いても満たされることはない」ときっと言っているからだ、
quod in opere faciundo operae consumis tuae,
あんたが自分で働くのに使っている労力を
si sumas(=consumas) in illis exercendis, plus agas.
もし召使を働かせるために使ったら、あんたはもっと裕福になれる。
ME. Chreme, tantumne ab re tuast oti tibi 75
メネデーモス クレメースさん、あんたはそんなに暇なのかい、
aliena ut cures ea quae nil ad te attinent?
あんたに関係ない他人事の心配なんかして。
CH. homo sum: humani nil a me alienum puto.
クレメース 私も人間だから、人のすることは何でも他人事とは思えないんだよ。
vel me monere hoc vel percontari puta:
だからこれは私からの忠告、あるいは調査だと考えて欲しい。
(=si)rectumst,ego ut faciam; (=si)non est,te ut deterream.
正しければ私が真似をするし、正しくなければ私がやめさせる。
ME. mihi sic est usus; tibi ut opus factost face. 80
メネデーモス 私はこうする必要があるんだ。あんたも必要があることをすればいい。
CH. an quoiquamst usus homini se ut cruciet? ME. mihi.
クレメース 自分自身を苦しめる必要がある人がどこにいるんだ。メネデーモス ここにいるよ。
CH. si quid laborist(=labori est),nollem. sed quid istuc malist(mali est)?
クレメース 気を悪くしたんなら、謝るよ。でも、何をそんなに悲しんでいるだ。
quaeso, quid de te tantum meruisti? ME. eheu!
ねえ、何があってそんなに苦しんでいるだ。メネデーモス ああ。
CH. ne lacruma atque istuc, quidquid est, fac me ut sciam:
クレメース 泣かないで、どんなことでもいいからわしに教えてくれ。
ne retice, ne verere, crede inquam
mihi:
85
黙ってちゃダメだ。尻込みせずに、私を信じてほしい。
aut consolando aut consilio aut re iuvero.
慰めの言葉をかけたり知恵を出したり何らかの行動であんたを助けられると思うんだよ。
ME. scire hoc vis? CH. hac quidem causa qua dixi tibi.
メネデーモス これが知りたいというのかね。クレメース そのわけはいま話したじゃないか。
ME. dicetur. CH. at istos rastros interea tamen
メネデーモス 聞いてくれ。クレメース その前にその鍬をそこに置いて、
adpone, ne labora. ME. minime. CH. quam rem agis?
休んでくれ。メネデーモス その必要はない。クレメース 何が目当てなんだ。
ME. sine me vocivom tempus ne quod dem mihi 90
メネデーモス ほっといてくれ、苦しみのない時間を
laboris. CH. non sinam, inquam. ME. ah non aequom facis.
作りたくないんだ。クレメース いいや、ほっとけないんよ(と鍬を取り上げる)。メネデーモス そんなひどい。
CH. hui tam gravis hos, quaeso? ME. sic meritumst meum.
クレメース えっ? こいつはなんて重い鍬なんだ。ねえ。メネデーモス これが私に相応しいのだ。
CH. nunc loquere. ME. filium unicum adulescentulum
クレメース さあ、話してくれ。メネデーモス 私には結婚を前にした一人息子
habeo. ah quid dixi habere me? immo habui, Chreme;
がいるんだ。いや、いるといったが、実はいたと言うべきなんだ、クレメースさん。
nunc habeam necne incertumst. CH. quid ita istuc? ME. scies. 95
いまあの子が私の子であるかどうかは分からないんだ。クレメース どういう意味なんだ。メネデーモス 今から言うよ。
est e Corintho hic advena anus paupercula;
コリントから貧しい老女がこの町に来たんだ。
eius filiam ille amare coepit perdite,
その娘に息子が惚れ込んでしまったんだ。
prope iam ut pro uxore haberet: haec clam me omnia.
その娘を妻代わりにしだしたんだ。しかも、それは全部私には内緒だった。
ubi rem rescivi, coepi non humanitus
私はその事を発見した時に、意地の悪い、
neque ut animum decuit aegrotum adulescentuli 100
若者の恋する心には相応しくないやり方、
tractare, sed vi et via pervolgata patrum.
世の父親によくある手荒なやり方で叱ったんだ。
cotidie accusabam: "hem tibine haec diutius
毎日毎日、小言を言ったのさ。「ふん、こんなことが
licere speras facere me vivo patre,
いつまでも許されると思うなよ。わしの目が黒いうちはな。
amicam ut habeas prope iam in uxoris loco?
女を囲って妻代わりにするなんて。
erras, si id credis, et me ignoras, Clinia. 105
そんなことが出来ると思ったら大間違いだ。わしを見損なうなよ、クリニア。
ego te meum esse dici tantisper volo
お前を私の子だと言えるのは、
dum quod te dignumst facies; sed si id non facis,
お前がそれに相応しいことをしている間だけだ。もしお前が道を外れるようなことをするなら、
ego quod me in te sit facere dignum invenero.
わしはお前に何をすればいいか、自分にふさわしいことを考えるぞ。
nulla adeo ex re istuc fit nisi ex nimio otio.
こんなことになったのもお前があまりにも暇だったからだ。
ego istuc aetatis non amori operam dabam, 110
わしがお前の年の頃には恋愛にうつつをぬかすなんてことはなかった。
sed in Asiam hinc abii propter pauperiem atque ibi
わしは貧しさのために小アジアに旅立って、そこで
simul rem et gloriam armis belli repperi."
戦争で手柄を上げて金を稼いだ」とね。
postremo adeo res rediit: adulescentulus
そのうちに到頭こんな事になってしまった。あの子は
saepe eadem et graviter audiendo victus est;
何度も同じ事を口うるさく聞かされているうちに降参したのだ。
putavit
me et aetate et
benevolentia
115
そして、年の功と親心を見てあの子は悟ったんだ。
plus scire et providere quam se ipsum sibi:
自分よりも私のほうが何でも良く知っていると。
in Asiam ad regem militatum abiit, Chreme.
それで小アジアの王の軍隊に志願するために旅立ってしまったんだ、クレメースさん。
CH. quid ais? ME. clam me profectus mensis tris abest.
クレメース それでどうなった。メネデーモス あの子は黙って旅立ってから三ヶ月帰ってこないんだ。
CH. ambo accusandi; etsi illud inceptum tamen
クレメース それは二人とも悪いよ。でもあんたの息子さんも
animist pudentis signum et non instrenui. 120
そうやって恥知らずではなく根性のある所を見せているじゃないか。
ME. ubi comperi ex is qui ei fuere conscii,
メネデーモス あの子のことを知っている人からその事を聞いて知った時には、
domum revortor maestus atque animo fere
私は憂鬱な気分で家に帰って
perturbato atque incerto prae aegritudine.
悲しみに呆然としながら上の空で
adsido: adcurrunt servi, soccos detrahunt;
座っていると、召使たちが走りよってきて、靴を脱がせてくれた。
video alios festinare, lectos sternere, 125
見ていると他の召使たち急いでやってきて寝床をのべてくれたり
cenam adparare: pro se quisque sedulo
食事の用意をしてくれた。それぞれが精一杯
faciebant quo illam mihi lenirent miseriam.
働いてくれるので、私の悲しみはやわいだ。
ubi video, haec coepi cogitare "hem tot mea
召使を眺めながら私はこんな事を考え始めた。「こんなに沢山の人間が
solius solliciti sunt causa ut me unum expleant?
私一人だけのために心を砕いて、私一人の用を足してくれているのか。
ancillae tot me vestient? sumptus domi 130
こんなに沢山の女中たちが私に服を着せてくれていいのか。こんなに
tantos ego solus faciam? sed gnatum unicum,
贅沢なことを私一人がやっていいのか。
quem pariter uti his decuit aut etiam amplius,
この召使いたちを私と同じように使うはずの一人息子
quod illa aetas magis ad haec utenda idoneast,
あの年頃ならもっと有効に使えるはずの一人息子を
eum ego hinc eieci miserum iniustitia mea!
可哀想に私はこの家からひどい事を言って追い出してしまったのだ。
malo quidem me dignum quovis deputem, 135
私がどんな不幸な目にあっても当然なのだ、
si id faciam. nam usque dum ille vitam illam colet
もし私がこんな暮らしを続けていたら。ずっとあの子が
inopem carens patria ob meas iniurias,
私の意地悪のために祖国を離れて辛い暮らしをしている間は
interea usque illi de me supplicium dabo
ずっと彼のために私は罰を受けるつもりだ、
laborans,parcens,quaerens, illi serviens."
あの子の奴隷となって自分で働いて生活の糧を得て貧しい暮らしをすることによって」
ita facio prorsus: nil relinquo in aedibus 140
実際私はそうやって暮らしている。家の中にはもう何もない。
nec vas nec vestimentum: conrasi(<corrado) omnia.
皿も服もない。全部かき集めた。
ancillas servos, nisi eos qui opere rustico
女中も召使も、田んぼ仕事で自分の食い扶持は
faciundo facile sumptum exsercirent(<exsarcio) suom,
自分で稼げる者たちを除いて、
omnis produxi ac vendidi. inscripsi ilico
全員を業者を通じて人に譲ってしまった。家はこのまま
aedis mercede. quasi talenta ad quindecim 145
売りに出してしまった。全部で15タラント近くに
coegi: agrum hunc mercatus sum: hic me exerceo.
なったよ。それでこの田んぼを買って、ここで働いているのだ。
decrevi(=decerno) tantisper me minus iniuriae,
そうして息子に対して犯した悪事の罪滅ぼしをすることにしたのだ
Chreme, meo gnato facere dum fiam miser;
クレメースさん、惨めな暮らしをすることによってな。
nec fas esse ulla me voluptate hic frui,
ここで私が楽しい思いをするのは正しくないのだ、
nisi ubi ille huc salvos redierit meus particeps. 150
あの子が無事に帰ってきて私と仲直りするまでは。
CH. ingenio te esse in liberos leni puto,
クレメース わしはあんたは息子には甘い親だと思っているし、
et illum obsequentem si quis recte aut commode
息子さんもよく言うことを聞く子だと思っている、公平に
tractaret. verum nec tu illum satis noveras
言って。でもあなたは息子さんのことをよく知らなかったし、
nec te ille; hoc qui fit? ubi non vere vivitur.
あの子もあんたのことを知らなかったんだね。なんでこうなったのか。そんなことでは、ちゃんと暮らせないじゃないか。
tu illum numquam ostendisti quanti penderes(<pendo) 155
あんたはあの子にどう考えていたか教えていなかったし、
nec tibi illest credere ausus quae est aequom patri(credere).
あの子は父親に打ち明けるべきことを打ち明ける勇気がなかった。
quod si esset factum, haec numquam evenissent tibi.
もしそうしていたら、こんなことは起こらなかったのになあ。
ME. ita res est, fateor: peccatum a me maxumest.
メネデーモス そういうことだ。認めるよ。私が一番間違っていたんだ。
CH. Menedeme, at porro recte spero et illum tibi
クレメース メネデーモスさん、これからはうまくいくと思うし、あの子もきっと
salvom adfuturum esse hic confido propediem. 160
近いうちに無事に帰ってきますよ。
ME. utinam ita di faxint! CH. facient. nunc si commodumst,
メネデーモス そうなりゃいいんだがなあ。クレメース そうなりますよ。
Dionysia hic sunt hodie: apud me sis volo.
今日はディオニュソスの祭日ですから、よかったらうちに来ませんか。
ME. non possum. CH. quor non? quaeso,tandem aliquantulum
メネデーモス それはできない。クレメース どうしてですか。ねえ、
tibi parce: idem absens facere te hoc volt filius.
いい加減にすこしは体を労ったらどうです。息子さんもきっと同じ事をお望みですよ。
ME. non convenit, qui illum ad laborem inpepulerim(<impello), 165
メネデーモス それはだめだ。息子を苦労に追いやった私が
nunc me ipsum fugere(<fugio). CH. sicin(=sice ne) est sententia?
楽をするなんて。クレメース そんな考えをしているのか。
ME. sic. CH. bene vale. ME. et tu.-- CH. lacrumas excussit mihi
メネデーモス そうだ。クレメース じゃあ、ごきげんよう。メネデーモス あなたも。クレメース あの人は私の涙を搾りとって
miseretque me eius. sed ut diei tempus est,
気の毒な人だ。だが、時間を見ると、
tempust monere me hunc vicinum Phaniam
こっちの隣人のパニアさんを食事に
ad cenam ut veniat: ibo, visam si domist.-- 170
招待するのがいい頃合いだ。今から出かけて、家にいるかどうか見てこよう。
nil opus fuit monitore: iamdudum domi
(戻ってきて)呼びに行く必要はなかった。もうとっくに
praesto apud me esse aiunt. egomet convivas moror.
わが家に行ったというんだ。私の方が客を待たせている。
ibo adeo hinc intro. sed quid crepuerunt fores
もう中へ入ろう。だが、どうして私の家の扉がガタガタ言っているのか。
hinc a me? quinam egreditur? huc concessero.
誰が出てくるのかな。下がってみてみよう。
Clitipho Chremes
I.ii
第1幕第2場 クリティポン、クレメース(クリニアは実はもう帰ってきていることが明らかにされる場面)
CLIT. Nil adhuc est quod vereare, Clinia: haudquaquam etiam cessant 175
クリティポン いまんとこ何も心配することはない、クリニア君。スムーズに行っている。
et illam simul cum nuntio tibi hic adfuturam hodie scio.
彼女は今日伝言と一緒にここに到着するはずだ。
proin tu sollicitudinem istam falsam quae te excruciat mittas.
だから、もう君を苦しめるそんな偽りの心配は捨ててしまうがいい。
CH. quicum loquitur filius?
クレメース 息子は誰と話しているんだ?
CLIT. pater adest quem volui: adibo. pater, opportune advenis.
クリティポン おやじがいるぞ、探してたんだ。声をかけよう。お父さん、いいところに来てくれました。
CH. quid id est? CLIT. hunc Menedemum nostin nostrum vicinum? CH. probe. 180
クレメース どういうことだ。クリティポン うちの隣のメネデーモスさんはご存知でしたか。クレメース よく知っている。
CLIT. huic filium scis esse? CH. audivi esse in Asia. CLIT. non est, pater:
クリティポン あの人に息子さんがいるのをご存知ですか。クレメース 小アジアに行ってるそうだな。クリティポン お父さん、実はそうじゃないんです。
apud nos est. CH. quid ais? CLIT. advenientem, e navi egredientem ilico
うちにいるんですよ。クレメース どういう事なんだ。クリティポン 帰ってきて船から降りたところを
abduxi ad cenam; nam mihi cum eo iam inde usque a pueritia
晩飯に連れてきたんです。彼とは子供の頃から今までずっと
fuit semper familiaritas. CH. voluptatem magnam nuntias.
仲良しなんです。クレメース それは何ともうれしいことを教えてくれた。
quam vellem Menedemum invitatum,ut nobiscum esset,amplius 185
メネデーモスさんを食事に招待しときゃよかったなあ。
ut hanc laetitiam necopinanti primus obicerem(<obicio impf subj) ei domi!
まだ知らない彼にこの喜びを私の家で最初に教えてやれたのになあ。
atque etiam nunc tempus est. CLIT. cave faxis: non opus est, pater.
いまから呼ぼうか。クリティポン それはやめてください、お父さん。それをしては困るんです。
CH. quapropter? CLIT. quia enim incertumst etiam quid se faciat. modo venit;
クレメース どうしてだい。クリティポン 彼はどうするつもりなのかまだ決まってないんです。まだ来たばかりで。
timet omnia, patris iram et animum amicae se erga ut sit suae.
あらゆることを心配しています。父親の怒りと自分に対する彼女の気持ちが
どうなってるのか。
eam misere amat; propter eam haec turba atque abitio evenit. CH. scio. 190
彼は彼女に心底惚れているんです。勘当騒ぎとその後の旅立ちは彼女のせいなんですから。クレメース 知っているよ。
CLIT. nunc servolum ad eam in urbem misit et ego nostrum una Syrum.
クリティポン それで彼の召使がうちのシュロスと一緒に町にいる彼女のところへ行っているんです。
CH. quid narrat? CLIT. quid ille? miserum se esse. CH. miserum? quem minus crederest(crederes est)?
クレメース それで彼はどういってるんだ。クリティポン 彼ですか。落ち込んでます。クレメース 落ち込んでる? 彼ほど幸福な人を誰か思いつくかい。
quid relicuist(=reliqui est) quin habeat quae quidem in homine dicuntur bona?
人間が持っていると言われる幸せで彼は持っていないものは何があるんだ?
parentis, patriam incolumem, amicos,genus,cognatos,ditias.
両親はいるし、安全な祖国はあるし、友人もいるし、家もあるし、親類もいるし、金もある。
atque haec perinde sunt ut illius animus qui ea possidet: 195
しかし、これらもそれを持っている人の気持ち次第なんだ。
qui uti scit,ei bona; illi qui non utitur recte,mala.
使い方を知っている人には宝だが、正しい使い方を知らない人には不幸の種になる。
CLIT. immo ill'(=ille) fuit senex inportunus semper, et nunc nil magis
クリティポン そうですけど、あの口うるさい父親がいますからね。僕が何より
vereor quam ne quid in illum iratus plus satis faxit, pater.
心配なのは、またあの人が息子に対して腹を立ててやりすぎてしまうことなんです。
CH. illicine(=illic ne)? (sed reprimam me: nam in metu esse hunc illist(=illi est) utile.)
クレメース あの人が? (だが今は黙っておこう。息子に怖がられているのはあの人に有利だからな)
CLIT. quid tute tecum? CH. dicam: utut erat, mansum tamen oportuit. 200
クリティポン お父さんはどう思いますか。クレメース 言わせてもらう。何があっても出ていくべきではなかった。
fortasse aliquanto iniquior erat praeter eius lubidinem:
たぶん父親は彼の恋愛には厳しかったかも知れない。しかし、息子ならそれは
pateretur; nam quem ferret si parentem non ferret suom?
我慢すべきだった。だって、自分の父親を我慢できなくて誰を我慢できるんだ。
huncin erat aequom ex illius more an illum ex huius vivere?
息子が父親の生き方で生きるのか、父親が息子の生き方で生きるのか、どちらがいいんだ。
et quod illum insimulat durum,id non est; nam parentum iniuriae
あの子は父親が厳しすぎると非難しているが、そんなことはない。親が子供に厳しいのは
unius modi sunt ferme, paullo quist(=qui est) homo tolerabilis: 205
みな同じでよくあることだろ。常識のある親なら。
scortari crebro nolunt, nolunt crebro convivarier,
どこの親も息子が遊女に通いつめたり酒盛りばかりするのは反対なのだ。
praebent exigue sumptum; atque haec sunt tamen ad virtutem omnia.
息子の浪費には反対なのだ。それも息子が真面目にやってほしいという願いからだ。
verum ubi animus semel se cupiditate devinxit mala,
実際、一旦間違った欲望に取りつかれてしまった時には、
necessest, Clitipho, consilia consequi consimilia. hoc
クリティポンよ、どうしても同じ考えに従ってしまうものだ。だから、
scitumst, periclum ex aliis facere tibi quod ex usu siet. 210
賢明なのは、お前には都合がいい他のことでテストすることだな。
CLIT. ita credo. CH. ego ibo hinc intro, ut videam nobis quid in cena siet.
クリティポン そうだと思います。クレメース 私は中に入って、夕食がどうなっているか見てくるよ。
tu, ut tempus est diei, vide sis ne quo hinc abeas longius.
時間が時間だから、そんなに遠くに行かないようにしておけよ。
ACTVS II
Clitipho
II.i
第2幕第1場 クリティポン(クリティポンには娼婦の彼女がいることが明らかにされる場面)
CLIT. Quam iniqui sunt patres in omnis adulescentis iudices!
クリティポン 父親というものはだれでも息子に対しても不公平だなあ。
qui aequom esse censent nos a pueris ilico nasci senes
僕達は子供からすぐに年寄りになってしまうのが正しいと思っているんだ。
neque illarum adfinis esse rerum quas fert adulescentia. 215
青春時代がもたらすような出来事には関わらないでいるのが正しいと。
ex sua lubidine moderantur nunc quae est, non quae olim fuit.
彼らはむかしの自分にあった欲望ではなく今もっている欲望を基準にしているんだよ。
mihi si umquam filius erit, ne(asseverative) ille facili me utetur patre;
もし僕にもいつか息子ができたも、僕は必ずやさしい父親になるんだ。
nam et cognoscendi et ignoscendi dabitur peccati locus:
悪い事をしても叱るときもあれば許すときもある父親になるのだ。
non ut meus, qui mihi per alium ostendit suam sententiam.
僕のおやじのようにはならない。親父ときたら人の息子にかこつけて自分の意見を僕に言うんだからね。
perii! is mi, ubi adbibit plus paullo, sua quae narrat facinora! 220
参ったよ。あの親父はちょっと酒が度を越すと、自分のどんな不始末を話しだすことか。
nunc ait "periclum ex aliis facito tibi quod ex usu siet":
それが今は都合のいい別のことで試してみろだと。
astutus. ne ille haud scit quam mihi nunc surdo narret fabulam.
ずるい人だよ。僕があんな話に聞く耳を持たないことを知らないんだから。
mage nunc me amicae dicta stimulant "da mihi" atque "adfer mihi":
今は「あれ頂戴」「これ持ってきて」という俺の女の言葉の方が僕の耳にはよく聞こえるよ。
quoi quod respondeam nil habeo; neque me quisquamst miserior.
僕には彼女に応えるすべがない。こんな情けない男はないね。
nam hic Clinia, etsi is quoque suarum rerum satagit, at tamen 225
クリニア君も僕と同じく女のことではアップアップなんだが、でも
habet bene et pudice eductam, ignaram artis meretriciae.
クリニア君の彼女は教育あるし躾もできているし、何より商売女の手管を知らない。
meast potens,procax,magnifica,sumptuosa,nobilis.
僕の女は気が強くて図々しいく金遣いが荒くて偉そうにしてツンと澄ましている。
tum quod dem "recte" est; nam nil esse mihi religiost dicere.
僕の答えは「わかってる」というだけ。だって僕は文なしだとはとても言えない。
hoc ego mali non pridem inveni neque etiamdum scit pater.
僕がこの悪事に手を染めたのもそう古いことではないのでまだ親父は知らないのさ。
Clinia Clitipho
II.ii
第2幕第2場 クリニア、クリティポン(恋人アンティピラを待つクリニアの不安な心境が明らかにされる)
CLIN. Si mihi secundae res de amore meo essent, iamdudum scio 230
クリニア 僕の恋がうまくいく恋なら、今頃はもう一行は着いていていい頃
venissent; sed vereor ne mulier me absente hic corrupta sit.
なんだがなあ。でも、心配だなあ。彼女は僕がいない間に身を持ち崩していやしないか。
concurrunt multae opiniones quae mihi animum exaugeant:
いろんな想像が合わさって僕の不安は大きくなるばかり。
occasio,locus,aetas,mater quoius sub imperiost mala,
年頃の娘にどんな出会いがあるかも知れないし、金しか眼中にない意地悪な母親の
quoi nil iam praeter pretium dulcest. CLIT. Clinia. CLIN. ei misero mihi!
いいなりになっているかもしれない。クリティポン クリニア君。クリニア ああ、情けない。
CLIT. etiam caves ne videat forte hic te a patre aliquis exiens? 235
クリティポン 気をつけろ、彼に見られないように。誰かが親父の用事で出てくるぞ。
CLIN. faciam; sed nescioquid profecto mi animus praesagit mali.
クリニア 分かった。何かわからないが悪い予感がする。
CLIT. pergin istuc prius diiudicare quam scis quid veri siet?
クリティポン 君はいつもそうやって事実を知る前に判断するのかい。
CLIN. si nil mali esset iam hic adessent. CLIT. iam aderunt. CLIN. quando istuc erit?
クリニア 何も悪いことがなけりゃもう着いてるはずだ。クリティポン もうすぐ着くよ。クリニア それはいつだい。
CLIT. non cogitas hinc longule esse? et nosti mores mulierum:
クリティポン ここからかなり離れているとは思わないよね。女というものは何かと時間がかかることを知ってるだろ。
dum moliuntur, dum conantur, annus est. CLIN. o Clitipho, 240
身繕いや化粧や何やかやとやっているうちに、一年はかかるさ。クリニア オー、クリティポン君。
timeo. CLIT. respira: eccum Dromonem cum Syro una: adsunt tibi.
心配なんだよ。クリティポン 深呼吸しろ。ほら、ドロモンがシュロスと一緒にやって来た。
Syrvs Dromo Clinia Clitipho
II.iii
第2幕第3場 シュロス、ドロモン、クリニア、クリティポン(恋人を入れ替えるシュロスの作戦が明かされる場面)
SY. Ain tu? DR. sic est. SY. verum interea, dum sermones caedimus,
シュロス お前が言うのか? ドロモン そういうことだ。 シュロス わかった。俺たちがおしゃべりしている間に、
illae sunt relictae. CLIT. mulier tibi adest. audin, Clinia?
彼女たちは遅れてしまってるからね。クリティポン 聞いたかい、クリニア、彼女は着いてるんだ。
CLIN. ego vero audio nunc demum et video et valeo, Clitipho.
クリニア とうとう彼女の声が聞けるし姿を見れるし元気を取り戻せるよ、クリティポン君。
SY. minime mirum: adeo inpeditae sunt: ancillarum gregem 245
シュロス(ドロモンに) 不思議じゃない。連中は荷物が多いからなあ。腰元の取り巻き
ducunt secum. CLIN. perii, unde illi sunt ancillae? CLIT. men rogas?
も連れているし。クリニア 畜生。彼女はどこからあんな腰元を連れてきたんだ。クリティポン 俺に聞いているのか?
SY. non oportuit relictas: portant quid rerum! CLIN. ei mihi!
シュロス(ドロモンに) 彼女たちを置いてきたら駄目じゃないか。荷物を持ってるんだから。クリニア ああ。
SY. aurum,vestem; et vesperascit et non noverunt viam.
シュロス(ドロモンに) 金の飾りに衣装の数々。日が暮れてきているのに道も知らないんだから。
factum a nobis stultest. abi dum tu, Dromo, illis obviam.
俺たちの手抜かりのせいじゃないか。ドロモン、お前ちょっと迎えに行って来い。
propera: quid stas? CLIN. vae misero mi, quanta de spe decidi! 250
急ぐんだよ。ぐずぐずするな。クリニア もうだめだ。不安で不安で死にそうだよ。
CLIT. quid istuc? quae res te sollicitat autem? CLIN. rogitas quid siet?
クリティポン どうしたんだよ。何をそんなに心配しているんだ。クリニア そんなことを聞くのかい。
viden tu? ancillas,aurum,vestem, quam ego cum una ancillula
分かるだろ? 僕がアテナイに置いていったときに彼女が持っていたのは世話する女一人だったのに、
hic reliqui, unde esse censes? CLIT. vah nunc demum intellego.
あの腰元たちと金飾りと衣類の数々はどこから来たと言うんだ? クリティポン ああ、やっと分かったよ。
SY. di boni, quid turbaest! aedes nostrae vix capient, scio.
シュロス(傍白) なんだいこりゃ。なんて人数なんだ。これじゃうちの家には入り切れないな。
quid comedent! quid ebibent! quid sene erit nostro miserius? 255
どんだけ飲み食いすることだろう。うちの旦那ほど気の毒な人はいないね。
sed video eccos(=ecce eos) quos volebam. CLIN. o Iuppiter, ubinamst fides?
(クリニアとクリティポンを見て)待って人がやっときたようだな。クリニア いったい何を信じていいんだ、
dum ego propter te errans patria careo demens, tu interea loci
僕が君のために祖国を捨てて馬鹿みたいにさまよっていた間に、君はここで
conlocupletasti te, Antiphila, et me in his deseruisti malis,
アンティピラよ、大金持ちになってしまっている。そして僕をこんな不幸の中に置き去りにしたのさ。
propter quam in summa infamia sum et meo patri minus obsequens:
君のために父に従うことなく親の信頼を失ってしまったのに。
quoius nunc pudet me et miseret, qui harum mores cantabat mihi, 260
父に対して恥ずかしいし情けない。父や女の習性というものを繰り返し教えてくれたものだ。
monuisse frustra neque eum potuisse umquam ab hac me expellere;
父親の忠告も無駄になったのだ、僕を彼女から引き離すことは出来なかった。
quod tamen nunc faciam; tum quom gratum mi esse potuit nolui.
どうしたらいいんだろう。僕にとってありがたい存在であり得たときに僕は父を拒んだのだ。
nemost miserior me. SY. hic de nostris verbis errat videlicet
僕より惨めな男はいない。シュロス(傍白) 明らかにこの人は俺達がここで
quae hic sumus locuti. Clinia, aliter tuom amorem atquest accipis:
しゃべったことを誤解している。クリニアさん、あなたは自分の恋人を取り違えていますよ。
nam et vitast eadem et animus te erga idem ac fuit, 265
彼女は見た目もあなたへの気持ちも前と同じですから。
quantum ex ipsa re coniecturam fecimus.
私たちが事実から推測する限りはね。
CLIN. quid est obsecro? nam mihi nunc nil rerum omniumst
クリニア どういうことなんだい。これが僕の勘違いだと分かることほど
quod malim quam me hoc falso suspicarier.
ありがたいことはないんだ。
SY. hoc primum, ut ne quid huius rerum ignores: anus,
シュロス 誤解のないように言っときますと、まず第一に、彼女の母親だと
quae est dicta mater esse ei antehac, non
fuit;
270
以前言われていた老婆はもうこの世の人ではありません。
ea obiit mortem. hoc ipsa in itinere alterae
お亡くなりになったのです。このことは私が道中に
dum narrat forte audivi. CLIT. quaenamst altera?
たまたま彼女自身が別の女に話すのを聞きました。クリティポン 別の女って誰なんだ。
SY. mane: hoc quod coepi primum enarrem, Clitipho:
シュロス 待って下さい。この話をさきに終わらせないと、クリティポンさん。
post istuc veniam. CLIT. propera. SY. iam primum omnium,
後でその話をします。クリティポン はやくしろ。シュロス 最初に、
ubi ventum ad aedis est, Dromo pultat fores; 275
彼女の家についた時、ドロモンが戸をノックしました。
anus quaedam prodit; haec ubi aperuit ostium,
老婆が出てきて、ドアを開けたので、
continuo hic se coniecit intro, ego consequor;
すぐにドロモンが中に入りました。私も続きました。
anus foribus obdit pessulum, ad lanam redit.
老婆が戸に鍵をかけて、機織りに戻りました。
hic sciri potuit aut nusquam alibi, Clinia,
ここから分かりましたね。けっして他の場所ではなく
quo studio vitam suam te absente exegerit, 280
あなたがいない間に彼女が何をして暮らしていたか。
ubi de inprovisost interventum mulieri.
女性のもとに予期せぬ時訪れたときに。
nam ea res dedit(<do) tum existumandi copiam
というのは、こうすれば知る機会が得られたのです、
cotidianae vitae consuetudinem,
日頃の生活の習慣を。
quae quoiusque ingenium ut sit declarat maxume.
それは誰でもの本性がどんなであるかを赤裸々に見せてしまいます。
texentem telam studiose ipsam offendimus, 285
私たちがそこで見かけた彼女は自分で機を熱心に織っていたのです。
mediocriter vestitam veste lugubri
地味な喪服を着ていました。
(eius anuis causa opinor quae erat mortua)
(喪服は死んだ彼女の老女のためだと思います)
sine auro; tum ornatam ita uti quae ornantur sibi,
金の飾りは付いていませんでしたよ。
nulla arte malas expolitam muliebri;
ほほも女性的な化粧のあとはありませんでした。
capillus passus prolixus circum
caput
290
長い髪の毛はラフに
reiectus neglegenter; pax. CLIN. Syre mi, obsecro,
あっさりと背中にたらしてありました。以上です。クリニア シュロスよ、お願いだから、
ne me in laetitiam frustra conicias. SY. anus
僕を無意味に喜ばそうとしないでください。シュロス お婆さんは
subtemen nebat. praeterea una ancillula
より糸をよっていた。そのほかに、一人の女中が
erat; ea texebat una, pannis obsita,
いました。彼女も一緒に機を織っていましたが、むとんちゃくに汚れたぼろをまとって
neglecta, inmunda inluvie. CLIT. si haec sunt, Clinia, 295
クリティポン もしそのとおりで、クリニア君、
vera, ita uti credo, quis te est fortunatior?
僕が思った通りなら、君以上に幸運な男はいないだろう。
scin hanc quam dicit sordidatam et sordidam?
シュロスが女中が汚れた服を着ていたといま言ったのを聞いたかい。
magnum hoc quoque signumst dominam esse extra noxiam,
このことはその女主人に欠点がないという確かな証拠だ。
quom eius tam negleguntur internuntii.
それは彼女の付き添いがこれほど無視されていることだ。
nam disciplinast isdem munerarier 300
というのは、女主人の気を引こうとする者は
ancillas primum ad dominas qui adfectant viam.
女中にまずプレゼントをするのが手なんだよ。
CLIN. perge, obsecro te, et cave ne falsam gratiam
クリニア 続けてくれ、頼むから、偽りによるご機嫌取りは
studeas inire. quid ait ubi me nominas?
やめてくれ。僕の名前を言った時彼女は何と言った。
SY. ubi dicimus redisse te et rogare uti
シュロス あなたがお戻りですと言って、あなたの下に
veniret ad te, mulier telam desinit 305
行くかどうか尋ねたら、彼女は急に機織りをやめて
continuo et lacrumis opplet os totum sibi,
顔中を涙でくちゃくちゃにさせた。
facile ut scires desiderio id fieri tuo(=tui)
それをみれば彼女のあなたへの惚れようは容易にわかると思う。
CLIN. prae gaudio, ita me di ament, ubi sim nescio:
クリニア 本当にもう、僕は嬉しくて今どこにいるのか分からないくらいだ。
ita timui. CLIT. at ego nil esse scibam, Clinia.
あんなに心配していたのが嘘のようだ。クリティポン 僕は何も心配することはないと知っていたよ、クリニア君。
agedum vicissim, Syre, dic quae illast altera? 310
ところで、そろそろ、シュロスよ、もうひとりの女のことを言ってくれ。誰なんだ。
SY. adducimus tuam Bacchidem. CLIT. hem quid? Bacchidem?
シュロス あなたが好きなバッキス嬢をお連れしました。クリティポン えっ、どうして? バッキス嬢を。
eho sceleste, quo illam ducis? SY. quo ego illam? ad nos scilicet.
こら悪党め、彼女をどこに連れていくんだ。シュロス 彼女をどこにってそれはもちろんうちにですよ。
CLIT. ad patrem? SY. ad eum ipsum. CLIT. o hominis inpudentem audaciam! SY. heus
クリティポン 親父の所かい? シュロス 御名答。クリティポン まった大胆なやつだな。シュロス 確かに、
non fit sine periclo facinus magnum nec memorabile.
虎穴に入らずんば虎児を得ずと言いますからねえ。
CLIT. hoc vide: in mea vita tu tibi laudem is(<eo) quaesitum, scelus? 315
クリティポン オイ、お前は僕の人生をだしにして手柄を上げようとするつもりなのかい。悪いやつだな。
ubi si paullulum modo quid te fugerit, ego perierim.
お前の口から少しでも漏れたら俺は終わりじゃないか。
quid illo facias? SY. at enim . . CLIT. quid "enim"? SY. si sinas, dicam. CLIN. sine.
彼に何をするつもりなんだ。シュロス というのは・・ クリティポン というのはとは何だよ。シュロス お許しいただければ、言いますが。クリニア 言わせてやれ。
CLIT. sino. SY. ita res est haec nunc quasi quom . . CLIT. quas,malum,ambages mihi
クリティポン 言えよ。シュロス いまの状況からいうと・・クリティポン いやに回りくどい
narrare occipit? CLIN. Syre, verum hic dicit: mitte, ad rem redi.
言い方で始めるじゃないか。クリニア シュロスよ、この男の言うとおりだ。さっさと核心を言え。
SY. enimvero reticere nequeo: multimodis iniurius, 320
シュロス 確かに私は口が軽いです。坊ちゃんはいろんな方面で悪い人ですよ。
Clitipho, es neque ferri potis es. CLIN. audiendum herclest, tace.
それになかなか食えない男なんですよ。クリニア ひどい事を言うじゃないか。黙れよ。
SY. vis amare, vis potiri, vis quod des illi effici;
シュロス 坊ちゃんは恋はしたい、彼女を自分のものにしたい、彼女にプレゼントするものを手に入れたい。
tuom esse in potiundo periclum non vis: haud stulte sapis;
彼女を手に入れるさいのリスクは負いたくない。坊ちゃんは馬鹿どころか賢いんですよ。
siquidem id saperest,velle te id quod non potest contingere.
手に入れることができないものを欲しがるのが賢いことならね。
aut haec cum illis sunt habenda aut illa cum his mittenda sunt. 325
何かを手に入れるためにそれに伴うリスクを負うか、リスクを捨てるために目当てのものを諦めるか。
harum duarum condicionum nunc utram malis vide;
普通はこの二つの選択肢のうちのどちらしか選べないんですよ。
etsi consilium quod cepi rectum esse et tutum scio.
でも、私の選んだ作戦にはリスクのないものですよ。
nam apud patrem tua amica tecum sine metu ut sit copiast.
なぜなら、あなたの親父さんのところにあなたの彼女があなたと一緒に安心していることができて、
tum quod illi argentum es pollicitus, eadem hac inveniam via,
あなたが彼女に約束した金はこの方法なら手に入るんです。
quod ut efficerem orando surdas iam auris reddideras mihi. 330
何とか手にいれてくれと私の耳にたこが出来るくらいに何度も私に懇願していたお金ですよ。
quid aliud tibi vis? CLIT. siquidem hoc fit. SY. siquidem? experiundo scies.
この他に何が欲しいんですか。クリティポン そのとおりになったらいいけど。シュロス お疑いなら、やってみたら分かります。
CLIT. age age, cedo istuc tuom consilium: quid id est? SY.adsimulabimus
クリティポン じゃあ、早くお前のその作戦を教えろよ。どんな作戦なんだ。シュロス あなたの彼女に
tuam amicam huius esse amicam. CLIT. pulchre: quid faciat sua?
この人の彼女の振りをさせるんです。クリティポン それはうまい。こいつの彼女は何をするんだ。
an ea quoque dicetur huius, si una haec dedecorist parum?
彼女もこいつの女なのか? おやじさんを怒らせるには一人じゃ足りないときに備えて?
SY. immo ad tuam matrem abducetur. CLIT. quid eo? SY. longumst, Clitipho, 335
シュロス 違います。坊ちゃんのお母様のところにやるんです。クリティポン 何でそんなところにやるんだ。シュロス 坊ちゃんに
si tibi narrem quam ob rem id faciam.vera causast. CLIT. fabulae!
理由まで話をすると長くなりますよ。本当ですよ。クリティポン 馬鹿な。
nil satis firmi video quam ob rem accipere hunc mi expediat metum.
僕がこの心配事を受け入れるのがなぜ僕にとって有利なのか確かなことが全然分からない。
SY. mane, habeo aliud, si istuc metuis, quod ambo confiteamini
シュロス まあ、ご心配なら別の作戦もありますよ。これがノーリスクであるのはお二人に
sine periclo esse. CLIT. huius modi obsecro aliquid reperi. CLIN. maxume.
保証します。クリティポン そんな案があるなら是非とも教えてくれよ。クリニア それがいい。
SY. ibo obviam, hinc dicam ut revortantur domum. CLIT. hem 340
シュロス それはねえ、あたしがこれから迎えに行って、娘さんたちに元の道を帰らせることですよ。
quid dixti? SY. ademptum tibi iam faxo omnem metum,
クリティポ 何だって、何を言い出すんだよ。シュロス そうすりゃ、もう何の心配もなく
in aurem utramvis otiose ut dormias.
ぐっすりおやすみになれますよ。
CLIT. quid ago nunc? CLIN. tune? quod boni . . CLIT. Syre! dic modo
クリティポ ああ、どうしたらいいんだろう。クリニア 君がどうすべきかって? いい申し出があるんなら・・クリティポ(シュロスに) 意地悪しないで、
verum. SY. age modo: hodie sero(too late) ac nequiquam voles.
教えてくれよ。シュロス 早く決めて下さい。あとでその気になっても手遅れなんですよ(シュロス出発する)。
CLIN. datur, fruare dum licet; nam nescias .
.
345
クリニア いまがチャンスじゃないか。それを生かさない手はないよ。
CLIT. Syre inquam! SY. perge porro, tamen istuc ago.
クリティポ ねえ、シュロス~。シュロス まだぐずぐずしてるんですか。とにかく帰れって言ってきますよ。
CLIN. eius sit potestas posthac an numquam tibi.
クリニア あとからではもう同じチャンスは二度とないんだよ。
CLIT. verum hercle istuc est. Syre, Syre inquam, heus heus Syre!
クリティポ その通りだ。シュロス、シュロス、おい、おいって。
SY. concaluit. quid vis? CLIT. redi, redi! SY. adsum: dic quid est?
シュロス(傍白) 坊ちゃんもやっと本気になってきたな。(クリティポンに)どうするんですか~。クリティポ 戻ってこい。戻ってくるんだ。シュロス はい、戻りました。で、どうするか言って下さいな。
iam hoc quoque negabis tibi placere. CLIT. immo, Syre, 350
これもやめるんですか。クリティポ ちがうちがう。全部お前が最初に言ったとおりにするよ。
et me et meum amorem et famam permitto tibi.
僕の恋と僕の名誉は全部君に任せるよ。
tu's iudex: ne quid accusandus sis vide.
君が指南役だ。ただあとで文句を言われないように気をつけろ。
SY. ridiculumst istuc me admonere, Clitipho,
シュロス 私にそんな忠告するなんて笑わせますぜ、坊ちゃん。
quasi istic minor mea res agatur quam tua.
それじゃあ、まるで坊ちゃんの運命の方が私の運命よりもやばいことになってるみたいじゃないですか。
hic si quid nobis forte advorsi evenerit, 355
でも、あっしの考えでは、もし計画がうまく行かなかったら
tibi erunt parata verba, huic homini verbera.
坊ちゃんは叱られるだけですが、あたしはムチが待ってます。
quapropter haec res ne utiquam(by no means) neglectust(neglectui est) mihi.
だから、この計画はけっしていい加減なものじゃありません。
sed istunc exora ut suam esse adsimulet. CLIN. scilicet
だから坊ちゃんのお友達に彼女が自分の女である振りをするように言ってください。クリニア きっと、
facturum me esse; in eum iam res rediit locum
それは僕がしますよ。今や事態はそこまで進んしまっています、
ut sit necessus. CLIT. merito te amo, Clinia. 360
これが避けられないところまで。クリティポン だから君が好きなんだよ、クリニア君、
CLIN. verum illa ne quid titubet. SY. perdoctast probe.
クリニア バッキス嬢が驚かなきゃいいがね。シュロス 彼女はもうよく教えてあります。
CLIT. at hoc demiror qui tam facile potueris
クリティポン この男には驚くよ。やすやすとやってしまうんだから。
persuadere illi, quae solet quos spernere!
あの女を説得するなんて、彼女は誰でもはねつけるのが普通なのに。
SY. in tempore ad eam veni, quod rerum omniumst
シュロス 彼女ところに行ったのがタイミングよかったんですよ、それが全ての
primum. nam quendam misere offendi(=I found) ibi militem 365
要です。ちょうど彼女の一夜をお願いしてある軍人さんを
eius noctem orantem.haec arte tractabat virum,
断わっていたところで、そうやって、客をあしらっているところでした。
ut illius animum cupidum inopia incenderet
じらして相手の気持を高ぶらせる手ですが、
eademque ut esset apud te hoc quam gratissimum.
同時にあなたに最大限の義理立てをしているつもりなのです。
sed heus tu, vide sis ne quid inprudens ruas!
でも、いいですか。馬鹿な真似をしてぶち壊しにしないでくださいよ。
patrem novisti ad has res quam sit perspicax; 370
大旦那さまがこういったことにどれほど抜け目がないかご存知ですね。
ego te autem novi quam esse soleas inpotens;
それに対して坊ちゃんがどれほどだらしないかはあたしがよく存じています。
inversa verba, eversas cervices tuas,
ですから坊ちゃんはいい加減なことを言ったり、首をポキポキ曲げたり、
gemitus,screatus,tussis,risus abstine.
溜息、咳払い、くしゃみ、笑い声は禁止です。
CLIT. laudabis. SY. vide sis. CLIT. tutemet mirabere.
クリティポン お前に褒められるようにするよ。シュロス 気をつけてくださいね。クリティポン お前はきっと驚くよ。
SY. sed quam cito sunt consecutae mulieres! 375
シュロス でも、早くも女たちに追いつきました。
CLIT. ubi sunt? quor retines? SY. iam nunc haec non est tua.
クリティポン どこにいる。どうして引っ張るんだ。シュロス 彼女はいまは坊ちゃんの恋人じゃありませんよ。
CLIT. scio, apud patrem; at nunc interim. SY. nihilo magis.
クリティポン 分かってるよ。親父の家に着いてからだろ。いまは大丈夫だ。シュロス でも駄目です。
CLIT. sine. SY. non sinam,inquam. CLIT. quaeso,paullisper. SY. veto.
クリティポン いいじゃないか。シュロス 駄目って言ってるでしょう。クリティポン ちょっとの間だけ頼むよ。シュロス 駄目です。
CLIT. saltem salutem . . SY. abeas si sapias. CLIT. eo.
クリティポン 挨拶だけはさせてくれよ。シュロス あなたに分別があるのなら、この場を離れてください。クリティポ わかったよ。もう行くよ。
quid istic? SY. manebit. CLIT. hominem felicem! SY. ambula. 380
(クリニアを指して)あいつはどうしてる。シュロス あの人はここに居ますよ。クリティポ あいつは得だなあ。うまいことやりやがって。シュロス さあさあ、坊ちゃんは行くんです。
Bacchis Antiphila Clinia Syrvs
II.iv
第2幕第4場 バッキス、アンティピラ、クリニア、シュロス(バッキスとアンティピラが到着する場面)
BA. Edepol te, mea Antiphila, laudo et fortunatam iudico,
バッキス まったく、アンティピラさん、あなたといふ人は幸せな方ですね
id quom studuisti isti formae ut mores consimiles forent;
特にその美しさに相応しい慎み深い生き方をしてこられたのですから。
minimeque, ita me di ament, miror si te sibi quisque expetit.
本当に、だれもがあなたを追い求めても全く不思議じゃないですわ。
nam mihi quale ingenium haberes fuit indicio oratio:
あなたと話をすればあなたの育ちの良さが私にも分かりますもの。
et quom egomet nunc mecum in animo vitam tuam considero 385
あなたやあなたと同じように世の男たちからは距離を置いて暮らしている、
omniumque adeo vostrarum volgus quae ab se segregant,
いる女性たちの人生を私の心の中で考えてみると、
et vos esse istius modi et nos non esse haud mirabilest.
あなたと私がまったく違った人種であることに何の不思議もないわね。
nam expedit bonas esse vobis; nos, quibuscum est res, non sinunt:
貞節はあなたたちには役に立つけど、私たちは仕事の相手がそんなことを許しません。
quippe forma inpulsi nostra nos amatores colunt;
なぜなら、私たちを求める人たちは私たちの美貌に惚れるからで、
haec ubi imminutest, illi suom animum alio conferunt: 390
この美貌が衰えたら、彼らはよそに心を移してしまいます。
nisi si prospectum interea aliquid est, desertae vivimus.
その間にいくらかの備えをしておかなければ、私たちはわびしく生きていく事になるんですもの。
vobis cum uno semel ubi aetatem agere decretumst viro,
あなたたちは最も気心が通じる一人の男の人と
quoius mos maxumest consimilis vostrum, hi se ad vos adplicant.
一旦人生を送る決心をしたら、男は一緒になってくれますわ。
hoc beneficio utrique ab utrisque vero devincimini,
このようにして、あなたたちは互いに結ばれ合うのです。
ut numquam ulla amori vostro incidere possit calamitas. 395
だから永遠にあなたたちの愛に不幸が襲いかかることはないのです。
AN. nescio alias: mequidem semper scio fecisse sedulo
アンティピラ 私はほかの女の人のことは知りません。私はいつも
ut ex illius commodo meum compararem commodum. CLIN. ah
彼の幸せが自分の幸せになるようにしていますわ。クリニア ああ、
ergo, mea Antiphila, tu nunc sola reducem me in patriam facis;
だからこそ、僕のアンティピラ、君だけのために僕は祖国に帰ってきたんだよ。
nam dum abs te absum omnes mihi labores fuere quos cepi leves
だって、君と離れている間に僕の感じたすべての苦しみは、たいしたことはなかったんだもの。
praeter quam tui carendum quod erat. SY. credo. CLIN. Syre, vix suffero. 400
君がそばに居ないことによる苦しみと比べたら。シュロス そうでしょう。クリニア シュロスよ、僕はもう耐えられないよ。
hocin me miserum non licere meo modo ingenium frui!
情けないなあ。僕はこの美しさを自分の自由にできないなんて。
SY. immo ut patrem tuom vidi esse habitum, diu etiam duras(lites) dabit.
シュロス 私があなたのお父様のご機嫌をみたところでは、お父様は長い間ひどく苦労しておられますよ。
BA. quisnam hic adulescens est qui intuitur nos? AN. ah retine me, obsecro!
バッキス この若者はどなたですか。私たちを見ているのは。アンティピラ お願い、私を引き止めて。
BA. amabo,quid tibist? AN. disperii, perii misera! BA. quid stupes,
バッキス ねえ、あなたどうしたの。アンティピラ もう駄目よ。バッキス どうしてぼうっとしているの、
Antiphila? AN. videon Cliniam an non? BA. quem vides? 405
アンティピラ。アンティピラ あれはクリニアじゃないの。バッキス 誰?
CLIN. salve, anime mi. AN. o mi Clinia, salve. CLIN. ut vales?
クリニア こんにちわ、僕の恋人。アンティピラ ああ、私のクリニア、こんにちわ。クリニア 元気かい。
AN. salvom venisse gaudeo. CLIN. teneone te,
アンティピラ 元気で着いてよかったわ。クリニア 本当に君を掴んでいるのか。
Antiphila, maxume animo exspectatam meo?
アンティピラ、僕の心のなかでいつも必死で待っていた君を。
SY. ite intro; nam vos iamdudum exspectat senex.
シュロス 中へお入り下さい。さっきから大旦那さまがお待ちでございます。(全員クレメースの家に入る)
ACTVS III
Chremes Menedemvs
III.i
第3幕第1場 クレメース、メネデーモス(クレメースがメネデーモスに対してバッキスの様子を教えるとともに、息子に金をやるとしてもシュロスの作戦にだまされてやれと諭す場面)
CH. Luciscit hoc iam. cesso pultare ostium 410
クレメース(夜明け頃に家から出てきて、独白) 夜が明け始めたな。隣の家の戸をノックして
vicini, primum e me ut sciat sibi filium
わしが最初に息子の帰郷を教えてやってはいかんのかな?
redisse? etsi adulescentem hoc nolle intellego.
そんなことをあの息子が望んでいないことをわしは知っているんだが。
verum quom videam miserum hunc tam excruciarier
わしは息子が旅に出てしまったことによってあの不幸な男があれほど
eius abitu, celem tam insperatum gaudium,
苦しんでいることを知っているのに、こんな思いがけない喜びを隠すべきだろうか。
quom illi pericli nil ex indicio
siet?
415
教えたことで息子に何の不都合もないのなら。
haud faciam; nam quod potero adiutabo senem.
隠すなんてできない。出来る限りあの人を助けるつもりだ。
item ut filium meum amico atque aequali suo
私の息子が友達、自分の同輩に
video inservire et socium esse in negotiis,
親切にして、いっしょに仕事をしているのと同じように
nos quoque senes est aequom senibus obsequi.
私たち老人もお互い助けあうべきなのだ。
ME. aut ego profecto ingenio egregio ad miserias 420
メネデーモス(独白) 私は本当に生まれつき不幸になるような特別な性格をもって
natus sum aut illud falsumst quod volgo audio
生まれたのか、あるいは、世間の人が言うことは嘘なのか。
dici, diem adimere aegritudinem hominibus;
つまり、日月の経過は人の悲しみを和らげてくれる。
nam mihi quidem cotidie augescit magis
というのは、日に日に大きくなるばかりだ、
de filio aegritudo, et quanto diutius
私の息子に対する悲しみは。
abest mage cupio tanto et mage
desidero.
425
息子のいない時が長くなるほどに、私の息子に対する憧れが大きくなるばかりなのだ。
CH. sed ipsum foras egressum video: ibo adloquar.
クレメース おや、本人が出てきた。行って話しかけてみよう。
Menedeme, salve: nuntium adporto tibi
メネデーモスさん、ご機嫌いかがですか。いい知らせを持ってきましたよ。
quoius maxume te fieri participem cupis.
あなたがもっとも知りたがっている知らせをね。
ME. numquidnam de gnato meo audisti, Chreme?
メネデーモス 私の息子について何か聞いたんじゃないだろうね、クレメースさん?
CH. valet atque vivit. ME. ubinamst quaeso? CH. apud me domi. 430
クレメース 息子さんは元気で暮らしている。メネデーモス 一体どこにいるんだ。教えてくれ。クレメース 私の家だ。帰ってきているんだよ。
ME. meus gnatus? CH. sic est. ME. venit? CH. certe. ME. Clinia
メネデーモス 私の息子が? クレメース そうだ。メネデーモス 帰ってきているのか。クレメース そうだ。メネデーモス 私のクリニアが、
meus venit? CH. dixi. ME. eamus: duc me ad eum, obsecro.
帰ってきているのか? クレメース いま言ったとおりだよ。メネデーモス 一緒に行こう。私を案内してくれ、頼む。
CH. non volt te scire se redisse etiam et tuom
クレメース 彼は自分が帰ったことを君に知られたくないんだよ。君に
conspectum fugitat: propter peccatum hoc timet,
見つからないようにしているんだ。自分の道楽に対する、恐れているのだ。
ne tua duritia antiqua illa etiam adaucta
sit.
435
以前のあんたの厳格さがもっとひどくなっているんじゃないかと。
ME. non tu illi dixti ut essem? CH. non. ME. quam ob rem, Chreme?
メネデーモス 君はあの子に私がどうしているか話していないのか? クレメース 言っていない。メネデーモス どうしてだ、クレメース?
CH. quia pessume istuc in te atque in illum consulis,
クレメース あんたのその考えはあの子にとってもあんた自身にとっても間違っているからだ。
si te tam leni et victo esse animo ostenderis.
もしあんたがそんなに打ちひしがれた弱い心になっているのを見せたら、
ME. non possum. satis iam, satis pater durus fui. CH. ah
メネデーモス 仕方が無いよ。厳格な父親はもうたくさんなんだ。クレメース ああ、
vehemens in utramque partem, Menedeme, es nimis 440
君は両極端なんだよ、メネデーモスさん。
aut largitate nimia aut parsimonia:
寛大になるしても厳格になるしても。
in eandem fraudem ex hac re atque ex illa incides.
あんたはどっちの場合でも同じ過ちを犯しているんだ。
primum olim potius quam paterere(=2nd.subj.pass.impf) filium
最初は息子さんが
commetare ad mulierculam, quae paullulo
少しの物で満足する女
tum erat contenta quoique erant grata omnia, 445
何をやっても喜ぶする女のもとに通うことを許せずに
proterruisti hinc. ea coacta ingratiis
脅しつけてこの家から追い出したんだ。女の方は仕方なく
postilla coepit victum volgo quaerere.
その後生活の糧を世の男たちから求め始めた(クレメースは騙されてバッキスをクリニアの恋人だと思っている)。
nunc quom sine magno intertrimento non potest
いまや、彼女は大きな出費なしに手に入れることはできないときになって、
haberi, quidvis dare cupis. nam ut tu scias
あんたは何でもやるというのだ。あなたに教えてやろう、
quam ea nunc instructa pulchre ad perniciem siet, 450
いまの彼女は男を破産させる方法をよく知っている女なんだ。
primum iam ancillas secum adduxit plus decem
第一、いまや10人以上の付き添いの女を連れてきているんだ、
oneratas veste atque auro: satrapes si siet
金飾りや衣装で飾った女たちをね。これでは恋人が
amator, numquam sufferre eius sumptus queat;
太守だったとしても、けっして彼女の経費を賄えることはできないだろうね。
nedum tu possis. ME. estne ea intus? CH. sit rogas?
あなたに不可能なのはいうまでもない。メネデーモス(クレメースの話には無関心に) その女が中にいるのか? クレメース それをわしに聞くのか?
sensi. nam unam ei cenam atque eius comitibus 455
もちろんだよ。だって、わしは彼女とその取り巻き連中に一夜の夕食を
dedi; quod si iterum mihi sit danda, actum siet.
出したんだぜ。それをもしもう一度出すことになったらわしは破産だよ。
nam ut alia omittam, pytissando modo mihi
だって、他のことは別にしても、彼女のワインの消費量のすごいこと。
quid vini absumsit "sic hoc" dicens; "asperum,
「お父さん、このワインはきついはねとか、
pater, hoc est: aliud lenius sodes vide":
もっと口当たりのいいのはないの」と言いながら彼女がワインを吐き出すだけで、
relevi(<relino) dolia omnia, omnis
serias;
460
わしは瓶と樽を全部開けてしまったよ。
omnis sollicitos habui--atque haec una nox.
おかげで召使いたちは全員大忙しだったよ。しかもこれがたった一晩のことなんだ。
quid te futurum censes quem adsidue exedent?
それがこれからあんたの家で延々と食べ続けるんだ。あんたは自分がどうなると思う?
sic me di amabunt ut me tuarum miseritumst,
わしは心からあんたの将来に同情するよ。
Menedeme, fortunarum. ME. faciat quidlubet:
メネデーモスさん。メネデーモス 息子の好きなようにすればいいさ。
sumat,consumat,perdat, decretumst pati, 465
浪費するのもよし、食い尽くすもよし。息子が一緒にいてくれるなら
dum illum modo habeam mecum. CH. si certumst tibi
わしは何でも許すことにしたのさ。クレメース 君がそうすると
sic facere, illud permagni referre arbitror
決めたのなら、一つ大切なことがあるんだ。
ut ne scientem sentiat te id sibi dare.
あんたがわざと息子に金をやっていることを彼に知られないようにすることだ。
ME. quid faciam? CH. quidvis potius quam quod cogitas:
メネデーモス どうしたらいいんだ。クレメース あんたが考えていることだけは駄目だ。
per alium quemvis ut des, falli te sinas 470
誰でもいい別の人間を通じて金をやるために、召使の
techinis per servolum; etsi subsensi id quoque,
策略に騙されてやるのがいい。もっともわしはその策略に気づいている。
illos ibi esse, id agere inter se clanculum.
やつらはもう取り掛かっているんだ。やつらだけの間の隠し事としてな。
Syrus cum illo vostro consusurrant, conferunt
シュロスがあんたのところの召使に耳打ちして、
consilia ad adulescentes; et tibi perdere
作戦を息子たちに授けていたよ。このやり方で
talentum hoc pacto satius est quam illo minam. 475
あんたが大金を失うとしても、別のやり方で君が小銭をなくすのよりはいいのだ。
non nunc pecunia agitur sed illud quo modo
いまは金の問題ではなく、どうやって少ない
minimo periclo id demus adulescentulo.
リスクで息子に金をやるかだ。
nam si semel tuom animum ille intellexerit,
というのは、もし彼があんたの考えに気づいたら、
prius proditurum te tuam vitam et prius
つまり、あんたのところから息子が出て行ってしまう位なら、
pecuniam omnem quam abs te amittas filium, hui 480
あんたはお金も命も捨ててしまうつもりでいることに気づいたら。
quantam fenestram ad nequitiem patefeceris,
あんたは堕落へのどんな扉も開いてしまうだろう。
tibi autem porro ut non sit suave vivere!
そうなればあんたにとってこれからの人生は苦しみでしかなくなる。
nam deteriores omnes sumus licentia.
一度タガが外れると人は誰でも堕落するからね。
quod quoique quomque(=quodcumque) inciderit in mentem volet
誰もが自分が思いついたものを何でも欲しがるようになる
neque id putabit pravom an rectum sit: petet. 485
それが正しいか間違っているかなど考えずに欲しがるようになる。
tu rem perire et ipsum non poteris pati:
君は自分の財産と息子がこうして失われていくのを見過ごせなくなってきて、
dare denegaris(=denegaveris); ibit ad illud ilico
もう金を出せないと言い出すだろう。すると息子はすぐに例の方法に向かうだろう
qui maxume apud te se valere sentiet:
あんたに対して一番強く出られる方法、
abiturum se abs te esse ilico minitabitur.
つまり、すぐにあんたのもとから出ていくと脅すだろう。
ME. videre(=videris) vera atque ita uti res est dicere. 490
メネデーモス あんたの言うとおりかも知れないなあ。いやそのとおりだよ。
CH. somnum hercle ego hac nocte oculis non vidi meis,
クレメース 昨晩わしは全然眠れなかったんだ、
dum id quaero tibi qui filium restituerem.
どうすれば君のところへ息子を戻してやれるかを考えていてな。
ME. cedo dextram: porro te idem oro ut facias, Chreme.
メネデーモス 右手を出してくれ。クレメースさん、頼むから息子を戻してくれ。
CH. paratus sum. ME. scin quid nunc facere te volo?
クレメース わしにはその心づもりはできている。メネデーモス それなら私があなたにしてほしいことがあるんだよ。
CH. dic. ME. quod sensisti illos me incipere fallere, 495
クレメース 言ってくれ。メネデーモス 彼らが私に罠をかけようとしているのを知っているなら、
id uti maturent facere: cupio illi dare
早くその罠をかけさせほしいんだ。私は彼が欲しいものを与えたいんだ。
quod volt, cupio ipsum iam videre. CH. operam dabo.
そうして早く息子をこの目で見たいんだよ。クレメース わかった。そうしよう。
paullum negoti mi obstat: Simus et Crito
ただ、ちょっと用があるんだ。隣のシムスとクリトン
vicini nostri hic ambigunt de finibus;
が境界線争いをしていて、
me cepere arbitrum: ibo ac dicam, ut dixeram 500
わしが仲介人になっているんだ。今から断ってくるよ、
operam daturum me, hodie non posse is dare:
力になると言ったが今日はだめだと。
continuo hic adero. ME. ita quaeso.-- di vostram fidem,
すぐにここに戻ってくる。メネデーモス 頼むよ。(クレメース去る)いやはや、
ita conparatam esse hominum naturam omnium
これはすべての人間に共通の性質だな。
aliena ut melius videant et diiudicent
自分のことよりも他人のことには目が利いて正しい判断が出来るのは。
quam sua! an eo fit quia in re nostra aut gaudio 505
こうなるのは、自分の問題では度が過ぎた
sumus praepediti nimio aut aegritudine?
喜怒哀楽に目が眩んでしまうからだろうかな。
hic mihi nunc quanto plus sapit quam egomet mihi!
私のことではあの人は私よりなんと賢いことだろうか。
CH. dissolvi me otiosus operam ut tibi darem.
クレメース(戻ってきて) 断ってきた。これであんたをじっくり助けてやれるよ。
Syrus est prendendus atque adhortandus mihi.
わしはシュロスを捕まえて励ましてきてやる。
a me nescioquis exit: concede hinc domum 510
わしの家から誰か出てくるぞ。君は家に帰っておけ。
ne nos inter nos congruere sentiant.
我々が協力しているのに気づかれないように。
Syrvs Chremes
III.ii
第3幕第2場 シュロス、クレメース(クレメースがシュロスにメネデーモスを騙してカネを出させろとそそのかす場面)
SY. Hac illac circumcursa; inveniendumst tamen
シュロス(独白) さあ、隅から隅まで駈けずり回るんだ。そして何としてでも金を工面するんだ。
argentum: intendenda in senem fallacia.
あの年寄りに何か罠をしかけないと。
CH. num me fefellit hosce id struere? videlicet
クレメス (傍白) やつらが罠をはっていることにわしはちゃんと気づいていたよ。
ill' Cliniai servos
tardiusculust;
515
きっとクリニアの手下がぼんくらなので、
idcirco huic nostro traditast provincia.
仕事はうちのシュロスにやらせているらしい。
SY. quis hic loquitur? perii. numnam haec audivit? CH. Syre. SY. hem.
シュロス ここで話しているのは誰だろう。参ったな。これを聞かれたかな。クレメース シュロスよ。シュロス はい。
CH. quid tu istic? SY. recte equidem; sed te miror, Chreme,
クレメース お前そんなところで何をしている。シュロス 何でもありません。それより、大旦那さまはご立派ですなあ。
tam mane, qui heri tantum biberis. CH. nil nimis.
こんなに朝早く起きてこられて。昨晩はあんなにお飲みになったのに。クレメース 何事もほどほどが大事なのさ。
SY. "nil" narras? visa verost,quod dici solet, 520
シュロス 「ほどほど」とおっしゃるんですか。あのことわざは本当ですな。
aquilae senectus. CH. heia. SY. mulier commoda et
老いてなお盛んという。クレメース 馬鹿言うな。シュロス あの娼婦は
faceta haec meretrix. CH. sane. SY. idem visast tibi?
上品で愛想がいいですね。クレメース 確かに。シュロス 大旦那さまもそう思われましたか。
et quidem hercle forma luculenta. CH. sic satis.
それに、素晴らしい美人ですな。クレメース 全くだ。
SY. ita non ut olim, sed uti nunc, sane bona;
シュロス 昔のタイプじゃなくて今のタイプの美人ですなあ。
minimeque miror Clinia hanc si deperit. 525
クリニアの若旦那が彼女に惚れたのも無理はないですね。
sed habet patrem quendam avidum, miserum atque aridum
でも、強欲な父親がいますからね、けちでしみったれの
vicinum hunc: nostin? at quasi is non ditiis
お隣さんですが、ご存知でしょ。まるで金持ちらしくない
abundet, gnatus eius profugit inopia.
ので、息子さんもそのケチがいやで逃げてしまったほどです。
scis esse factum ut dico? CH. quid ego ni sciam?
あたしが言うとおりの事があったのをご存知でしょ。クレメス 知らないでどうする。
hominem pistrino(粉挽き) dignum! SY. quem? CH. istunc servolum 530
あいつは懲らしめてやらんといかん。(ここからクレメスの芝居がはじまる)シュロス (驚いて)誰のことですか。クレメース クリニアの召使だよ。
dico adulescentis . . SY. Syre, tibi timui male!
シュロス(傍白)ああ、びっくりした。おれのことかと思ったよ。
CH. qui passus est id fieri. SY. quid faceret? CH. rogas?
クレメース あんなことになったのはあの男の働きが悪いからだ。シュロス 何をしたらよかったんですか。クレメース わかるだろ。
aliquid reperiret, fingeret fallacias
何か工夫をするんだ、女にプレゼントする金を手に入れるために
unde esset adulescenti amicae quod daret,
計画をたてるんだよ。
atque hunc difficilem invitum servaret senem. 535
そして不機嫌な父親の旦那をいやがっても助けて差し上げるんだよ。
SY. garris. CH. haec facta ab illo oportebant, Syre.
シュロス ご冗談を。クレメース あいつの召使はそうすべきだったんだよ、シュロス。
SY. eho quaeso laudas qui eros fallunt? CH. in loco
シュロス えっ、まさか、召使が自分の旦那をだましてもいいとおっしゃるんですか。クレメース 時と場合によっては
ego vero laudo. SY. recte sane. CH. quippe qui
いいんだ。シュロス それはそうですね。クレメース なぜなら、
magnarum saepe id remedium aegritudinumst:
それはしばしば大きな悲しみを癒せるからなんだ。
iam huic mansisset unicus gnatus domi. 540
そうすりゃ、一人息子のクレメースはいまも家に居るはずだったんだ。
SY. iocone an serio ille haec dicat nescio;
シュロス(傍白) 大旦那さまはこんなこと冗談で言っているのか本気なのかわからないな。
nisi mihi quidem addit animum quo lubeat magis.
それとも、やりたいようにやれと励ましてくれているのかな。
CH. et nunc quid exspectat, Syre? an dum hic denuo
クレメース それでこのクリニアの召使は何をぐずぐずしているのだ、シュロスよ。クリニア君が
abeat, quom tolerare illius sumptus non queat?
また出ていくのを待っているのか。彼女の出費に耐えられなくなって。
nonne ad senem aliquam fabricam fingit? SY. stolidus est. 545
あの旦那に何か作戦を考えるつもりはないのかね。シュロス 彼はとろいんです。
CH. at te adiutare oportet adulescentuli
クレメース なら、君があの若者のためにひと肌脱ぐべきだね。
causa. SY. facile equidem facere possum si iubes;
大旦那のご命令があると私もやりやすくなります。
etenim quo pacto id fieri soleat calleo.
どうするかはよく知ってますので。
CH. tanto hercle melior. SY. non est mentiri meum.
クレメース それならなおいい。シュロス 嘘をつくのは苦手なんですけどね。
CH. fac ergo. SY. at heus tu facito dum eadem haec memineris 550
クレメース だからお前がやれ。シュロス それなら、この話を思い出してくださいよ。
si quid huius simile forte aliquando evenerit,
大旦那さまの息子さんがいつかこれと似たようなことを
ut sunt humana, tuos ut faciat filius.
、同じ人間だから、するようなことがあったら。
CH. non usus veniet, spero. SY. spero hercle ego quoque,
クレメース そんな必要はないと思うよ。シュロス 私もそう思います。
neque eo nunc dico quo quicquam illum senserim;
いま息子さんに何かがあると気づいているから言っているのではありません。
sed si quid, ne quid. quae sit eius aetas vides; 555
でも、もし何かあっても、放っておくことです。年頃なんですから。
et ne ego te, si usus veniat, magnifice, Chreme,
またもし必要が出来たら、私は大旦那さまには
tractare possim. CH. de istoc, quom usus venerit,
特別にうまくやらせて頂きますよ。クレメース そのことについては、必要が出来た時に、
videbimus quid opus sit: nunc istuc age.--
どうすべきか考えることにするよ。いまはこのことをやってくれ。
SY. numquam commodius umquam erum audivi loqui,
シュロス(クレメース、家に入る) 大旦那さまがこんなに物分りよく話すのを聞いたことがない。
nec(=fuit) quom male facere crederem mi inpunius 560
悪さをしても許されると思ったのもこれが初めてだ。
licere. quisnam a nobis egreditur foras?
おや、誰かうちから出てくるぞ。
Chremes Clitipho Syrvs
III.iii
第3幕第3場 クレメース、クリティポン、シュロス(クリティポンがバッキスに手を出して計画を台無しにしそうになったことが明らかにされる。その後シュロスがクレメースをだましにかかる)
CH. Quid istuc quaeso? qui istic mos est, Clitipho? itane fieri oportet?
クレメース お前いったい何をしているんだ。それは何のまねだ、クリティポンよ。そんなことをしていいのか。
CLIT. quid ego feci? CH. vidin ego te modo manum in sinum huic meretrici
クリティポン 僕が何をしました。クリティポン お前があの娼婦の懐に手を滑り込ませるのを
inserere? SY. acta haec res est: perii. CLIT. mene? CH. hisce oculis, ne nega.
わしは見たぞ。シュロス(傍白)そんなことをしたのか。これは弱ったな。クリティポン 僕がですか。クレメース この目で見たぞ。否定できない事実だ。
facis adeo indigne iniuriam illi qui non abstineas
manum.
565
人の女に手を出すとは、お前は自分の友人になんとひどい事をするんだ。
nam istaec quidem contumeliast,
それは無礼この上ない。
hominem amicum recipere ad te atque eius amicam subigitare.
自分の家に友人を招き入れてその彼女を辱めるなんて
vel here in vino quam inmodestus fuisti . . SY. factum. CH. quam molestus!
それに昨日酒に酔ったお前の見苦しい姿は・・。シュロス(傍白) そうだった。クレメース ほんとに困ったやつだ。
ut equidem, ita me di ament, metui quid futurum denique esset!
いったいどうなることやらとヒヤヒヤしていたんだ。
novi ego amantium animum: advortunt graviter quae non censeas. 570
わしは恋人たちの気持ちを知っている。お前には思いも寄らないことでひどく気を悪くしているぞ。
CLIT. at mihi fides apud hunc est nil me istius facturum, pater.
クリティポン 彼は僕がそんなことをしないと信じていますよ、お父さん。
CH. esto; at certe concedas aliquo ab ore eorum aliquantisper.
クレメース それならいい。ただ、しばらくはどこか彼らの目の届かない所へ行って来い。
multa fert lubido: ea facere prohibet tua praesentia.
恋は忙しいからね。お前がはたにいるとそれができなくなる。
ego de me facio coniecturam: nemost meorum amicorum hodie
自分のことでわかるよ。どんな親友でも
apud quem expromere omnia mea occulta, Clitipho, audeam. 575
わしは自分の秘密を全部さらけだせるようなまねはできない。
apud alium prohibet dignitas; apud alium ipsius facti pudet,
ある場合には面子が邪魔をするし、ある場合にはやること自体がはばかれる。
ne ineptus, ne protervos videar: quod illum facere credito.
馬鹿とか下品だとか思われたないからね。彼もそうだと思うべきだよ。
sed nostrum est intellegere utquomque atque ubiquomque opus sit obsequi.
だから、我々としては彼にいつどうすればくつろいでもらえるかを考えるべきなんだ。
SY. quid istic narrat! CLIT. perii. SY. Clitipho, haec ego praecipio tibi?
シュロス(クリティポンに駆け寄って) 大旦那さまは何をおっしゃってるんですか。クリティポン(シュロスに聞かれたことに対して独白) しまった。シュロス 坊ちゃん、このことはあたしが警告しましたよね。
hominis frugi et temperantis functu's officium? CLIT. tace sodes. 580
それが正直で節度のある人間がすべきことですか。クリティポン ちょっと、うるさいよ。
SY. recte sane. CLIT. Syre, pudet me. SY. credo: neque id iniuria; quin
シュロス ごもっともで。クリティポン シュロスよ、僕は恥ずかしい。シュロス そうでしょう。それが当然です。
mihi molestumst. CLIT. perdis hercle. SY. verum dico quod videtur.
あたしはもううんざりですよ。クリティポン お前がうんざりだよ。シュロス あたしは本当のことを言ってるだけです。
CLIT. nonne accedam ad illos? CH. eho quaeso, una accedundi viast?
クリティポン もう二人に話しかけるなっていうのか。クレメース えっ、まさか、お前、あんな話しかけ方しか知らないのか。
SY. actumst: hic prius se indicarit quam ego argentum effecero.
シュロス(傍白) こりゃだめだ。坊ちゃんはおれがカネを出させる前に自分でばらしてしまうつもりらしい。
Chreme, vin(vis ne) tu homini stulto mi auscultare? CH. quid faciam? SY. Iube hunc 585
大旦那さま、馬鹿な私の言うことを聞いてくださいますか。クレメース どうしろというんだ。シュロス 坊ちゃんにご命令を。
abire hinc aliquo. CLIT. quo ego hinc abeam? SY. quo lubet: da illis locum:
どこかよそへ行くように。クリティポン どこへ行けっていうんだ? シュロス お好きなところへ。二人を自由にして下さい。
abi deambulatum. CLIT. deambulatum? quo? SY. vah quasi desit locus.
散歩してきて下さい。クリティポン 散歩って、どこへ。シュロス 行くとこあるでしょう。
abi sane istac, istorsum, quovis. CH. recte dicit, censeo.
そっちでも、あっちでも、どこへでも。クレメース この男の言うとおりだ。それがいい。
CLIT. di te eradicent qui me hinc extrudis Syre!
クリティポン 僕を追いだそうとするなんて、シュロスの野郎め、くたばっちまえ。(左へ去る)
SY. at tu pol tibi istas posthac comprimito manus!-- 590
シュロス でもとにかく今度から坊ちゃんはその手をご自分の方に引っ込めておくんですな。
censen vero? quid illum porro credas facturum, Chreme,
(クレメースに)ほんとうに大旦那さまも坊ちゃんはどこへでも行った方がいいとお考えなのですか。大旦那さまは坊ちゃんはこの先どうなるとお考えなのですか。
nisi eum, quantum tibi opis di dant, servas,castigas,mones?
大旦那さまのお出来になる限り、坊ちゃんによく目をかけて躾をして仕込まないでいたら。
CH. ego istuc curabo. SY. atqui nunc, ere, tibi istic adservandus est.
クレメース わしもそうするつもりだ。シュロス 大旦那さま、いまこそ坊ちゃんをよく見張っておくべきです。
CH. fiet. SY. si sapias; nam mihi iam minus minusque obtemperat.
クレメース そうしよう。シュロス それがご賢明です。もうどんどん坊ちゃんは私の言うことを聞かなくなっているんですから。
CH. quid tu? ecquid de illo quod dudum tecum egi egisti, Syre, aut 595
クレメース お前はどうしている。さっきお前に話した件だがどこまでやってるんだ。シュロス
repperisti tibi quod placeat an non? SY. de fallacia
何かいい方法が見つかったのか。シュロス 罠にかける件
dicis? est: inveni nuper quandam. CH. frugi's. cedo quid est?
ですか。いい方法があります。一つ見つけました。クレメース よくやった。で、どんなことだ。
SY. dicam, verum ut aliud ex alio incidit. CH. quidnam, Syre?
シュロス お話しましょう。でも、物事には順序がありますから。クレメース 一体どういうことだ、シュロス。
SY. pessuma haec est meretrix. CH. ita videtur. SY. immo si scias.
シュロス あの娼婦は悪い女ですぜ。クレメース わしもそう思う。シュロス 実際、ひどいもんで。
vah vide quod inceptet facinus. fuit quaedam anus Corinthia 600
あの女のやった悪事をご存知ですか。コリントから来た老婆がこの町に
hic: huic drachumarum haec argenti mille dederat mutuom.
いましたが、あの女はその老婆に1000ドラクマも貸してやったんです。
CH. quid tum? SY. ea mortuast: reliquit filiam adulescentulam.
クレメース それで? シュロス 老婆が死んで年頃の娘が
ea relicta huic arraboni(G&L356) est pro illo argento. CH. intellego.
残されましたが、その娘は借金の担保になってるんです。クレメース なるほど。
SY. hanc secum huc adduxit, ea quae est nunc apud uxorem tuam.
シュロス それであの女はその子を連れてきたんです。いま奥さんのところに来ているあの子ですよ。
CH. quid tum? SY. Cliniam orat sibi uti nunc det: illam illi tamen 605
クレメース それで? シュロス 彼女はクリニアの若旦那に金を払って欲しいと言ってるんです。
post daturum: mille nummum poscit. CH. et poscit quidem? SY. hui,
そうすれば娘をあげると。だから1000ドラクマ出せと。クレメース 本当か? シュロス 信じられませんか?
dubium id est? ego sic putavi. CH. quid nunc facere cogitas?
私も最初そう思いました。クレメース お前はどうするつもりなんだ。
SY. egon? ad Menedemum ibo: dicam hanc esse captam ex Caria
シュロス 私ですか。メネデーモスさんのところに行くつもりです。あの娘は
ditem et nobilem; si redimat magnum inesse in ea lucrum.
カリアからさらわれてきた娘だと言うんです。生まれはいいし金持ちですと。彼女を譲って貰えばたくさんの金が入ってくると。
CH. erras. SY. quid ita? CH. pro Menedemo nunc tibi ego respondeo 610
クレメース それはまちがいだ。シュロス どこがですか。クレメース わしがメネデーモスさんの代わりに答えよう。
"non emo": quid ages? SY. optata loquere. CH. qui? SY. non est opus.
「金は出さない」と。で、お前はどうする。シュロス あっしの願いどおりの答えをおしゃいましたね。クレメース どうしてだ。シュロス 必要がないからです。
CH. non opus est? SY. non hercle vero. CH. qui istuc, miror. SY. iam scies.
クレメース 必要がない? シュロス そうです、全然。クレメース どうしてそうなるか、わからない。シュロス そのうち分かりますよ。
CH. mane, mane, quid est quod tam a nobis graviter crepuerunt fores?
クレメース 待て待て、戸口ががたがた言っている、どうしたんだろう。
ACTVS IV
Sostrata Chremes Nvtrix Syrvs
IV.i
第4幕第1場 ソストラータ、クレメース、乳母、シュロス(クレメースの妻が女の子を捨てた時につけてやった指輪を見つけたとクレメースに報告する場面)
SO. Nisi me animus fallit, hic profectost anulus quem ego suspicor,
ソストラータ(乳母に) 私の思い違いでなければ、あの指輪は確かに
is quicum expositast gnata. CH. quid volt sibi, Syre, haec oratio? 615
あたしの娘につけて捨てた指輪に違いないわ。クレメース(傍白) あれは何を言っているんだろうねえ、シュロス。
SO. quid est? isne tibi videtur? NV. dixi equidem, ubi mi ostendisti, ilico
ソストラータ どう思う。あなたもそう思わない? 乳母 私に見せて下さった時に
eum esse. SO. at ut satis contemplata modo sis, mea nutrix. NV. satis.
すぐにそうだと思いました。ソストラータ あなた、さっきしっかり見てたはねえ。乳母 しっかり見ました。
SO. abi nunciam intro atque illa si iam laverit mihi nuntia.
ソストラータ それなら、あんたは家に戻って彼女がお風呂から出てきたかどうか教えてちょうだい。
hic ego virum interea opperibor. SY. te volt: videas quid velit.
その間私はここで主人を待つわ。シュロス(クレメースに) 奥様は大旦那さまにご用ですよ。何の用か見てきて下さい。
nescioquid tristis est: non temerest: timeo quid sit. CH. quid siet? 620
何かうろたえたご様子です。何かありますよ。心配ですね。クレメース(シュロスに) 何だろうって?
ne ista hercle magno iam conatu magnas nugas dixerit.
どうせ家内はきっと大騒ぎした挙句にまたつまらないことを言い出すんだよ。
SO. ehem mi vir. CH. ehem mea uxor. SO. te ipsum quaero. CH. loquere quid velis.
ソストラータ あら、主人だわ。クレメース やあ、お前か。ソストラータ あなたを探してたんですよ。クレメース 何の用なんだ。
SO. primum hoc te oro, ne quid credas me advorsum edictum tuom
ソストラータ 最初にお願いしておきますが、私があなたの命令に反して
facere esse ausam. CH. vin me istuc tibi, etsi incredibilest, credere?
何かしたとは思わないでくださいね。クレメース 信じられないことでも信じてくれというのか?
credo. SY. nescioquid peccati portat haec
purgatio.
625
信じるよ。シュロス あの言い訳は何かへまをしたということですね。
SO. meministin me esse gravidam et mihi te maxumo opere edicere,
ソストラータ 覚えていますか、私が妊娠した時に私にきびしく命じましたね、
si puellam parerem, nolle tolli? CH. scio quid feceris:
もし娘が生まれたら育てるなと。クレメース お前が何をしたか知っている。
sustulisti. SY. sic est factum: domina(abl) ego, erus damno(abl) auctus est.
育てたんだな。シュロス(傍白) そのとおり。つまりあっしには女主人がもう一人できて、旦那様には大損というわけだ。
SO. minime. sed erat hic Corinthia anus haud inpura. ei dedi
ソストラータ いいえ。この町にコリント出のちゃんとした老婆がいて、私はその人に
exponendam. CH. o Iuppiter, tantam esse in animo inscitiam! 630
捨ててくれと行って渡しました。クレメース ああ、なんという浅知恵。
SO. perii: quid ego feci? CH. rogitas? SO. si peccavi, mi Chreme,
ソストラータ ああ、どうしましょう。私は何ということをしてしまったのかしら? クレメース 分かってるだろ。ソストラータ 私が間違いを犯したとしても、あなた、
insciens feci. CH. id equidem ego, si tu neges, certo scio,
私は知らなかったのよ。クレメース それはわかっているよ。お前が違うといっても、そうにちがいないんだよ。
te inscientem atque inprudentem dicere ac facere omnia:
お前は知らないうちによく考えもせず何でも言ったりしたりする女なんだよ。
tot peccata in hac re ostendis. nam iam primum, si meum
この件でお前は多くのヘマをやったのは明らかだ。そもそも、私の言いつけを
imperium exsequi voluisses, interemptam oportuit, 635
守る気があれば、お前が始末をつけるべきだった。
non simulare mortem verbis, re ipsa spem vitae dare.
口先では死なせる振りをして生きる希望を与えるべきではなかった。
at id omitto: misericordia, animus maternus: sino.
だが、それは仕方がない。哀れみもあれば母性本能もよしとしよう。
quam bene vero abs te prospectumst quod voluisti cogita:
しかし、お前の望んだことがどれほど先見の明に欠けたことだったか考えてみろ。
nempe anui illi prodita abs te filiast planissume,
事実はお前は明らかに娘を老婆に好きにしろとくれてやったのと同じなんだぞ。
per te vel uti quaestum faceret vel uti veniret palam. 640
娘はお前のせいで商売女になっているか、人目に晒されているかだ。
credo, id cogitasti: "quidvis satis est dum vivat modo."
お前はこう考えたんだろう、「生きているだけで丸儲け」と。
quid cum illis agas qui neque ius neque bonum atque aequom sciunt?
事の善悪のわからない人間はまったく扱いようがないものだ。
melius peius, prosit obsit, nil vident nisi quod lubet?
このほうがましだとか、このほうが役立つとか、まったく自分たちの都合しか考えないのだからね。
SO. mi Chreme, peccavi, fateor: vincor. nunc hoc te obsecro,
ソストラータ 私の間違いでした。それは認めます。あなたの勝ちです。だからお願いします、
quando tuos est animus,mi vir,natura ignoscentior, 645
あなたは生まれつき心の広いかたなのですから、
ut meae stultitiae in iustitia tua sit aliquid praesidi.
私の愚かな行為をあなた正義感で救ってください。
CH. scilicet equidem istuc factum ignoscam;verum, Sostrata,
クレメス もちろんお前がやってしまったことは許してやるが、だが、ソストラータよ、
male docet te mea facilitas multa. sed istuc quidquid est
私の寛大さはお前に間違ったことを教えてしまったね。それはそうとして、
qua hoc occeptumst causa loquere. SO. ut stultae et misere omnes sumus
どういうわけでこの話を始めたのかを話しなさい。ソストラータ 私たちは愚かで
religiosae, quom exponendam do illi, de digito anulum 650
迷信深いので、あの子を捨てるように言って渡すときに、自分の指から指輪を
detraho et eum dico ut una cum puella exponeret:
抜いて、それを娘と一緒に捨てるように言ったのです。
si moreretur(impf subj), ne expers partis esset de nostris bonis.
死んだときに、私たちの財産のお裾分けに与かったことになるようにと。
CH. istuc recte: conservasti te atque illam. SO. is hic est anulus.
クレメース それはよかった。それが彼女とお前を救ったのだ。ソストラータ それがこの指輪です。
CH. unde habes? SO. quam Bacchis secum adduxit adulescentulam, SY. hem.
クレメース 誰がもっていた。ソストラータ バッキスが連れてきた娘が持っていました。シュロス(傍白) えっ。
CH. quid illa narrat? SO. ea lavatum dum it, servandum mihi dedit. 655
クレメース(傍白) 彼女は何と言っている? ソストラータ お風呂に行く間もっていてと、私に手渡したのです。
animum non advorti primum; sed postquam aspexi ilico
最初は気づかなったのですが、それを見た時
cognovi, ad te exsilui. CH. quid nunc suspicare aut invenis
すぐに分かったので、あなたのところに飛び出してきたのです。クレメース それでお前はどう思っている。彼女について
de illa? SO. nescio nisi ex ipsa quaeras unde hunc habuerit,
何か分かったのか。ソストラータ わかりませんわ。指輪をどこで手に入れたかは本人から聞いてみれば
si potis est reperiri. SY. interii: plus spei video quam volo:
分かるかも知れません。シュロス(傍白) これは参った。出来過ぎだ。
nostrast, si itast. CH. vivitne illa quoi tu dederas? SO. nescio. 660
この分だとこの家の娘だということなる。クレメース お前が手渡した老婆はまだ生きているのか。ソストラータ 分かりません。
CH. quid renuntiavit olim? SO. fecisse id quod iusseram.
クレメース 老婆はなんて言ったんだ。ソストラータ 言われたとおりにしたと。
CH. nomen mulieris cedo quid sit, ut quaeratur. SO. Philterae.
クレメース それなら老婆の名前は何て言うんだ。それで調べられる。ソストラータ ピルテラです。
SY. ipsast. mirum ni illa salvast et ego perii. CH. Sostrata,
シュロス(傍白) その女だよ。決まりだ。あの娘は生きている。つまり俺は終わりだ。クレメース ソストラータ、
sequere me intro hac. SO. ut praeter spem evenit! quam timui male
中へついて来い。ソストラータ 思ったほどひどいことにはならなかったわ。あなた、私はひどく心配だったの。
ne nunc animo ita esses duro ut olim in tollendo, Chreme! 665
あの子が生まれた時と同じような厳しいことを言い出すんじゃないかと。
CH. non licet hominem esse saepe ita ut volt, si res non sinit.
クレメース 人間は環境が許さなければ思ったようにはいかないものだ。
nunc ita tempus est mi ut cupiam filiam: olim nil minus.
昔は娘なんてまっぴらだったが、今では娘がほしくなってきた。
Syrvs
IV.ii
第4幕第2場 シュロス(シュロスが作戦を練り直す場面)
SY. Nisi me animus fallit multum, haud multum a me aberit infortunium:
シュロス 俺の思い違いでなければ、災難がやってくるのはそう遠いことではない。
ita hac re in angustum oppido nunc meae coguntur copiae,
この調子だとこの件での俺の計画はいよいよ行き詰ってしまう。
nisi aliquid video ne esse amicam hanc gnati resciscat senex. 670
あの娼婦が坊ちゃんの女であることが大旦那さまに気づかれないための何かいい方法を見つけ出さないといかん。
nam quod de argento sperem aut posse postulem me fallere
このままでは、当てにしていた金も大旦那さまを騙せるという目論見も
nil est; triumpho si licet me latere tecto abscedere.
全部パーになる。そうりなりゃ無傷で撤退できたら大成功だ。
crucior bolum tantum mi ereptum tam desubito e faucibus.
あれほどのチャンスが手元からすり抜けて、いまや大ピンチだよ。
quid agam? aut quid comminiscar? ratio de integro ineundast mihi.
これからどうする。どんな作戦を立てたらいいだろう。一から考えなおさないといかん。
nil tam difficilest quin quaerendo investigari
possiet.
675
どんなに考えても見つからないほど困難なことはないはずだ。
quid si hoc nunc sic incipiam? nilst. quid si sic? tantundem egero(<ago fut perf).
これをああしたらどうなる。だめだ。こうしたらどうなる。おんなじだ。
at sic opinor: non potest. immo optume. euge habeo optumam.
こうしたらどうだ。だめか。いや、できる。やったぞ、いい方法が見つかった。
retraham hercle opinor ad me idem illud fugitivom argentum tamen.
これは取り返せるぞ、手元からすり抜けたあの金をもう一度。
Clinia Syrvs
IV.iii
第4幕第3場 クリニア、シュロス(シュロスがクリニアに真実を言うという新しい作戦を授ける場面)
CLIN. Nulla mihi res posthac potest iam intervenire tanta
クリニア これからの僕にはもうつらいことは起こらないだろう、
quae mi aegritudinem adferat: tanta haec laetitia obortast.
僕の気持ちを不安にさせるようなことは。僕の心の喜びは湧き出るばかりに大きいのだ。
dedo patri me nunciam ut frugalior sim quam volt.
これからの僕は父親の言うとおりに生きるんだ。父が望む以上にもっと倹約な生活をするんだ。
SY. nil me fefellit: cognitast, quantum audio huius verba.
シュロス(傍白) 思ったとおりだ。この若旦那の言葉を聞く限り、彼女の身元が判明したのだ。
istuc tibi ex sententia tua obtigisse laetor.
(クリニアに)若旦那、あんたに望み通りのことが起こったのは喜ばしいことです。
CLIN. o mi Syre, audisti obsecro? SY. quidni? qui usque una adfuerim
クリニア 僕の親愛なるシュロスくん、君も聞いたのかい。え? シュロス 当然です。私はずっとそばにいたからです。
CLIN. quoi aeque vidisti commode quicquam evenisse? SY. nulli. 685
クリニア この僕と同じぐらいにいいことが起こった人を知っているかい。シュロス いいえ、知りません。
CLIN. atque ita me di ament ut ego nunc non tam meapte causa
クリニア 僕は自分のためというよりは彼女のために
laetor quam illius, quam ego scio esse honore quovis dignam.
うれしいのだ。彼女はどんな褒め言葉にも相応しい人だということを僕は知っている。
SY. ita credo. sed nunc, Clinia, age, da te mihi vicissim.
シュロス そうでしょう。じゃあ、若旦那、今度は僕のためになってください。
nam amici quoque res est videnda in tutum ut conlocetur,
というのは、若旦那のお友達の恋も何とかうまく行くようにしないといけません。
ne quid de amica nunc senex. CLIN. o Iuppiter! SY. quiesce. 690
大旦那さまにバッキスのことを気づかれてはいけません。クリニア(自分の幸福にひたっていて聞いていない) よかったなあ! シュロス 静かに。
CLIN. Antiphila mea nubet mihi. SY. sicin mi interloquere?
クリニア アンティピラは僕と結婚するんだ。シュロス そうやって若旦那は僕の話の邪魔ばかりするつもりですか。
CLIN. quid faciam? Syre mi, gaudeo: fer me. SY. fero hercle vero.
クリニア 僕にどうしろと言うんだ、僕の親愛なるシュロス君、僕は嬉しんだ。僕のことを許してくれ。シュロス 許しますとも。
CLIN. deorum vitam apti sumus. SY. frustra operam,opinor,sumo.
クリニア 僕は神さまの命を手に入れたんだよ。シュロス これはどうやら時間の無駄らしいなあ。
CLIN. loquere: audio. SY. at iam hoc non ages. CLIN. agam. SY. videndumst, inquam,
クリニア 言えよ、聞くよ。シュロス もう聞いてないでしょう。クリニア 聞くよ。シュロス お友達の恋もまた
amici quoque res, Clinia, tui in tuto ut conlocetur. 695
何とかうまく行くようにしないといけないと言ってるんです。
nam si nunc a nobis abis et Bacchidem hic relinquis,
なぜかというと、若旦那がバッキスをここに残してうちから出ていってしまうと
senex resciscet ilico esse amicam hanc Clitiphonis.
大旦那さまはすぐに彼女がうちの坊ちゃんの彼女だということに気づくでしょう。
si abduxeris, celabitur, itidem ut celata adhuc est.
もし若旦那が彼女をいっしょに連れていくなら、これまでと同じように隠し続けられます。
CLIN. at enim istoc nil est mage, Syre, meis nuptiis advorsum.
クリニア でもそんなことをすれば僕の結婚式ができなくなってしまうよ。
nam quo ore appellabo patrem? tenes quid dicam? SY. quidni? 700
どんな顔して父に話しをすればいいんだよ。僕が何を言えばいいか、いい考えがあるのかい。シュロス もちろんです。
CLIN. quid dicam? quam causam adferam? SY. qui nolo mentiare.
クリニア 何を言えばいい。どんな言い訳をするんだ。シュロス 嘘をつく必要はありません。
aperte ita ut res sese habet narrato. CLIN. quid ais? SY. iubeo:
若旦那はあけすけに事実をそのまま言って下さい。クリニア それで? シュロス こう言ってください。
illam te amare et velle uxorem, hanc esse Clitiphonis.
あなたはアンティピラを愛していて彼女と結婚するつもりだと、こっちの女性はクリティポンの彼女だと。
CLIN. bonam atque iustam rem oppido imperas et factu facilem.
クリニア 正々堂々とやれというんだな、それならたやすい事だ。
et scilicet iam me hoc voles patrem exorare ut
celet
705
それから僕は父親に頼み込むんだろ。このことをお前の大旦那のクレメース
senem vostrum? SY. immo ut recta via rem narret ordine omnem. CLIN. hem
さんには隠しておいてくださいと。シュロス いいえむしろ反対に何もかもありのままに話すように頼んでください。クリニア えっ、何だって。
satis sanus es et sobrius? tuquidem illum plane perdis.
お前、頭は大丈夫か。しらふで言っているのか。お前のせいでクリティポンくんの恋は完全に終わりになってしまうぞ。
nam qui ille poterit esse in tuto, dic mihi?
だって、どうして彼のことがうまく行くというんだ。言ってみろ。
SY. huic equidem consilio palmam do: hic me magnifice ecfero,
シュロス この考えが一番いいと思うんです。自分でもびっくりしてますよ。
qui vim tantam in me et potestatem habeam tantae astutiae 710
自分の中にこんなずる賢い能力ががあったとはねえ。
vera dicendo ut eos ambos fallam: ut quom narret senex
なにせ本当のことを言うことで父親を二人とも騙そうっていうですから。あなたのお父様が
voster nostro istam esse amicam gnati, non credat tamen.
うちの大旦那さまにあの女が息子さんの彼女だと言っても、大旦那さまは信じっこないんですよ。
CLIN. at enim spem istoc pacto rursum nuptiarum omnem eripis;
クリニア でも、そんなことをすればまた僕の結婚の可能性がなくなってしまうよ。
nam dum amicam hanc meam esse credet, non committet filiam.
だって、クレメースさんがバッキスを僕の女だと思っていたら、自分の娘を僕にくれないじゃないか。
tu fors quid me fiat parvi pendis, dum illi consulas. 715
たぶん君はクリティポン君のことばかり考えて、僕がどうなるか忘れてるんじゃないのか。
SY. quid, malum, me aetatem censes velle id adsimularier?
シュロス 馬鹿言っちゃいけません。私がこんな芝居をいつまでもやってると思うんですか。
unus est dies dum argentum eripio.pax! nil amplius.
金を手にいれるまでの一日のことです。それで芝居はおしまいですよ。もうそのあとはありません。
CLIN. tantum sat habes? quid tum quaeso si hoc pater resciverit?
クリニア それで充分なのか。もし父親が気づいたらどうするんだい。
SY. quid si redeo ad illos qui aiunt "quid si nunc caelum ruat?"
シュロス それは杞憂というものですよ。
CLIN. metuo quid agam. SY. metuis? quasi non ea potestas sit tua 720
クリニア だけどそんなことしていいのか心配だなあ。シュロス 心配ですって? 若旦那は
quo velis in tempore ut te exsolvas, rem facias palam.
いつでも好きな時に逃げ出せるんですよ、本当のことを言ってしまえるんだから。
CLIN. age age, transducatur Bacchis. SY. optume ipsa exit foras.
クリニア わかった、わかったよ。バッキスを連れ出すよ。シュロス よし、彼女が自分で出てきましたよ。
Bacchis Clinia Syrvs Dromo Phrygia
IV.iv
第4幕第4場 バッキス、クリニア、シュロス、ドロモン、プルギア(シュロスがバッキスの一行をクレメースの家からメネデーモスの家に引っ越させる場面)
BA. Satis pol proterve me Syri promissa huc induxerunt,
バッキス 何という厚かましい男なんだろうねえ、シュロスは。千ドラクマくれるという約束で
decem minas quas mihi dare pollicitust. quod si nunc me
私をここまでひっぱりだすなんて。でも、もしそれが嘘だとわかったら、
deceperit, saepe obsecrans me ut veniam, frustra veniet. 725
もう私に出て来てくれと何度言いに来ても無駄だわよ。
aut quom venturam dixero et constituero, quom is certe
それより、いつ行くと言ってやろう? シュロスはそれをクリティポンに
renuntiarit, Clitipho quom in spe pendebit animi,
知らせると、クリティポンはやきもきする。そこで
decipiam ac non veniam, Syrus mihi tergo poenas pendet.
ドタキャンしてやるのよ。そうすりゃシュロスは背中を鞭打たれて嘘つきの代償を支払うことになるわ。
CLIN. satis scite promittit tibi. SY. atqui tu hanc iocari credis?
クリニア(シュロスに) お前の将来を彼女は見事に予言しているよ。シュロス 彼女が冗談を言っていると思いますか。
faciet nisi caveo. BA. dormiunt: ego pol istos commovebo. 730
私がうかうかしてると、彼女は言ったとおりにするでしょうね。バッキス(プルギアに) みんな眠っているわ。私が起こしてあげる。
mea Phrygia, audisti modo iste homo quam villam demonstravit
(大きな声で)プルギア、あなた聞いた? さっきあの人がカリーノスの別荘がどれか
Charini? PH. audivi. BA. proxumam esse huic fundo ad dextram? PH. memini.
教えてくれたのを。 プルギア 聞きましたわ。バッキス 右手の農家の隣だったかしら? プルギア はい、覚えていますわ。
BA. curriculo percurre: apud eum miles Dionysia agitat:
バッキス 大急ぎで行っておいで。カリーノスさんの家ではあの軍人さんがディオニュソスのお祭りをしているわ。
SY. quid inceptat? BA. dic me hic oppido esse invitam atque adservari,
シュロス(クリニアに) あの女は何を始めるんだろう。バッキス 私はここに無理やり引きとめられているけれど、
verum aliquo pacto verba me his daturam esse et
venturam.
735
うまいこと言って出ていきますと伝えなさい。
SY. perii hercle. Bacchis, mane, mane: quo mittis istanc quaeso?
シュロス 畜生。(バッキスに)バッキス、待て待て。この女をどこへやるんだい。
iube maneat. BA. i. SY. quin est paratum argentum. BA. quin ego maneo.
待てと言ってるだろ。バッキス 行きなさい。シュロス 金の準備はできてるんだ。バッキス それなら居ますわ。
SY. atqui iam dabitur. BA. ut lubet. num ego insto? SY. at scin quid sodes?
シュロス すぐにやるよ。バッキス お好きなように。私はせかせちゃいませんわよね? シュロス それで今回は何の用だかわかるか。
BA. quid? SY. transeundumst nunc tibi ad Menedemum et tua pompa
バッキス 何ですの。シュロス 君はメネデーモスさんの家に移るんだよ。連中も一緒にあっちへ
eo transducendast. BA. quam rem agis, scelus? SY. egon? argentum cudo 740
移るんだ。バッキス 何を始めるの? この悪党。 シュロス あっしかい? あっしは金を作ろうってんだよ。
quod tibi dem. BA. dignam me putas quam inludas? SY. non est temere.
あんたにやる金を。バッキス 私をからかうとは安く見られたね。シュロス あてはあるのだ。
BA. etiamne tecum hic res mihist? SY. minime. tuom tibi reddo.
バッキス あんたはここで私にまだ用があるの? シュロス もうない。あんたの金は払うよ。
BA. eatur. SY. sequere hac. heus, Dromo. DR. quis me volt? SY. Syrus. DR. quid est rei?
バッキス 行きましょう。シュロス こっちですよ。(メネデーモスの家の戸を叩いて)おい、ドロモン。ドロモン どなたの御用ですか。シュロス おれだ。ドロモン 一体何ですか。
SY. ancillas omnis Bacchidis transduce huc ad vos propere.
シュロス バッキスの連れの女たちを全員こっちの我が家に急いでお連れするんだ。
DR. quam ob rem? SY. ne quaeras. ecferant quae secum huc attulerunt. 745
ドロモン なんのために。シュロス 聞かないでくれ。全員が銘々持ってきたものを全部引き上げさせるんだ。(ドロモンがクレメースの家に入る)
sperabit sumptum sibi senex levatum esse harunc(=harum) abitu:
大旦那さまは彼女たちが出て行ったら経費が大助かりだと思うだろうね。
ne ille haud scit hoc paullum lucri quantum ei damnum adportet.
大旦那さまはこの小さな利益がどれほど大きな災難をもたらすかご存じないんだ。(ドロモンが女たちと荷物といっしょに家から出てくる)
tu nescis id quod scis, Dromo, si sapies. DR. mutum dices.
ドロモン、お前は何か知っていても知らないことにするんだぞ。ドロモン 私は無口ですから。
Chremes Syrvs
IV.v
第4幕第5場 クレメース、シュロス(シュロスがクレメースを騙してバッキスにやる金を出させる場面)
CH. Ita me di amabunt ut nunc Menedemi vicem
クレメース(独白)ほんとうに、メネデーモスさんのことが
miseret me tantum devenisse ad eum mali. 750
気の毒で仕方がない。なにせこんな災難が訪れるんだからなあ。
illancin mulierem alere cum illa familia!
あの女とあの連れの女たちを食わせていくなんて。
etsi scio, hosce aliquot dies non sentiet,
きっとあの人もはじめのうちは分かるまい。
ita magno desiderio fuit ei filius.
それほどあの人は息子さんが恋しいのさ。
verum ubi videbit tantos sibi sumptus domi
でも、家計に莫大な出費がかかること、それが
cotidianos fieri nec fieri
modum,
755
毎日毎日、果てし無く続くことに気づく頃には、
optabit rursum ut abeat ab se filius.
もう一度息子が出て行ってくれないかと思うだろうな。
Syrum optume eccum. SY. cesso hunc adoriri? CH. Syre. SY. hem.
いいところにシュロスが来た。シュロス いまこそ大旦那さまにお話しするときだ。クレメース シュロスよ。シュロス はい。
CH. quid est? SY. te mihi ipsum iamdudum optabam dari.
クレメース どうしたんだ。シュロス さっきから大旦那さまにお会いしたいと思っていたんですよ。
CH. videre egisse iam nescioquid cum sene.
クレメース 隣の旦那についてはもうやり終えたようだな。
SY. de illo quod dudum? dictum factum reddidi. 760
シュロス メネデーモスさんについてのさっきの話ですか。言われたとおりにしましたよ。
CH. bonan fide? SY. bona hercle. CH. non possum pati
クレメース 忠実にか。シュロス 忠実にやりました。
quin tibi caput demulceam; accede huc, Syre:
クレメース お前に頭を撫でてやりたくて仕方がない。こっちへ来い、シュロス。
faciam boni tibi aliquid pro ista re ac lubens.
このお礼にきっとなにかしてやろう。
SY. at si scias quam scite in mentem venerit.
シュロス でも、もし私にどんなうまい考えがひらめいたかご存知ないでしょう。
CH. vah gloriare evenisse ex
sententia?
765
クレメース すべて思い通りの結果だとでも言いたいのか。
SY. non hercle vero: verum dico. CH. dic quid est?
シュロス ところがそうは行きませんでした。本当です。クレメース どういうことか言え。
SY. tui Clitiphonis esse amicam hanc Bacchidem
シュロス あのバッキスはクリティポン坊ちゃんの女だと
Menedemo dixit Clinia, et ea gratia
クリニアの若旦那がメネデーモスさんに言ったんですよ。
secum adduxisse ne tu id persentisceres.
バッキスを連れてきたのは、そのことを大旦那さまに気づかれないようにするためだと。
CH. probe. SY. dic sodes. CH. nimium, inquam. SY. immo si scias. 770
クレメース うまくやったな。シュロス なんですって? クレメース 上出来だと言ったんだ。シュロス(傍白) ご存じないらしい。
sed porro ausculta quod superest fallaciae.
(クレメースに)まあ聞いて下さい、彼の嘘の残りの部分を。
sese ipse dicit tuam vidisse filiam;
彼はあなたの娘さんを見たと言っています。
eius sibi conplacitam formam, postquam aspexerit;
彼女の顔を見て一目惚れしたので
hanc cupere uxorem. CH. modone quae inventast? SY. eam.
彼女と結婚したいと。クレメース さっき見つかったばかりの娘とか? シュロス 彼女です。
et quidem iubebit posci. CH. quam ob rem istuc, Syre? 775
彼は求婚するように頼むでしょう。クレメース 何のためだ、シュロス。
nam prorsum nil intellego. SY. vah tardus es.
わしには全くわからない。シュロス おや、頭が悪いですね。
CH. fortasse. SY. argentum dabitur ei ad nuptias,
クレメース たぶんな。シュロス 結婚式のための金が入ってきます。
aurum atque vestem qui . . tenesne? CH. comparet?
それでバッキスに金飾りと衣装を・・。お分かりですね。クレメース 買ってやるんだな。
SY. id ipsum. CH. at ego illi neque do neque despondeo.
シュロス そのとおり。クレメース だがわしは娘をクリニアにやらないし婚約もさせないぞ。
SY. non? quam ob rem? CH. quam ob rem? me rogas? homini..? SY. ut lubet. 780
シュロス どうしてですか。クレメース どうしてかって、わかるだろ。そんな男に誰が・・。シュロス 結構ですとも。
non ego dicebam in perpetuom ut illam illi dares,
私は何も彼女を本当に結婚させろとは言ってませんよ。
verum ut simulares. CH. non meast simulatio;
振りをしろとと言ってるんです。クレメース 芝居をするのはわしの性分ではない。
ita tu istaec tua misceto ne me admisceas.
お前のその作戦にわしを巻き込まないでくれ。
egon,quoi daturus non sum, ut ei despondeam?
結婚させないような男に婚約させろというのか?
SY. credebam. CH. minime. SY. scite poterat fieri, 785
シュロス いけると思ったんですが。クレメース わしはいやだ。シュロス それでうまくいくんですがねえ。
et ego hoc, quia dudum tu tanto opere iusseras,
それに、ついさっきあんなに熱心にお命じになったからこそ、
eo coepi. CH. credo. SY. ceterum equidem istuc, Chreme,
こうしたらいいかと思ったんですが。クレメース(皮肉っぽく)そうだろうなあ。シュロス それにしても、大旦那さまのその態度は
aequi bonique facio. CH. atqui quam maxume
ご立派だと思います。クレメース わしはお前がこのために
volo te dare operam ut fiat, verum alia via.
頑張ってくれることを一番願っているが、是非とも別の方法でやってほしい。
SY. fiat, quaeratur aliquid. sed illud quod tibi 790
シュロス そうしましょう。何か探してみます。大旦那さまにお知らせしたように、
dixi de argento quod ista debet Bacchidi,
彼女がバッキスに借りているお金を
id nunc reddendumst illi: neque tu scilicet
もう返さないといけません。この件では大旦那さまも
illuc confugies: "quid mea? num mihi datumst?
こんな事言って逃げないでくださいよ。「何でわしに関係あるんだ? そんな金わしは受け取ってないぞ。
num iussi? num illa oppignerare filiam
わしは金を借りろなんて言ってない。わしに無断でわしの娘を
meam me invito potuit?" verum illuc, Chreme, 795
借金の担保にできないはずだ」と。でも、次のようにも言います、大旦那さま。
dicunt: "ius summum saepe summast malitia."
「悪法も法なり」と。
CH. haud faciam. SY. immo aliis si licet, tibi non licet:
クレメース そんなことはしないよ。シュロス そうですよね。こんなことは他の人には許されても
omnes te in lauta et bene parata re putant.
大旦那さまには許されません。みんなは大旦那さまのことを立派な紳士だと考えているのですから。
CH. quin egomet iam ad eam deferam. SY. immo filium
クレメース わしが自分であの女に金を持って行ってやるよ。シュロス それよりうちの坊ちゃんに
iube potius. CH. quam ob rem? SY. quia enim in eum suspiciost 800
やらせてください。クレメース どうしてだ。シュロス バッキスの恋人は
translata amoris. CH. quid tum? SY. quia videbitur
坊ちゃんだと思われているからです。クレメース それで? シュロス 坊ちゃんが
mage veri simile id esse, quom hic illi dabit;
渡したほうがそれらしく見えるからです。
et simul conficiam facilius ego quod volo.
同時に、私の計画もその方がうまく実現できるでしょう。
ipse adeo adest. abi, ecfer argentum. CH. ecfero.
(通りを見て)あ、坊ちゃんが戻ってこられました。大旦那さまはお金の準備をして下さい。クレメース そうしよう。
Clitipho Syrvs
IV.vi
第4幕第6場 クリティポン、シュロス(シュロスがクリティポンに父親から金を受け取ることを教える場面)
CLIT. Nullast tam facilis res quin difficilis siet, 805
クリティポン どんなに簡単なことでもいやいやすると
quam invitus facias. vel me haec deambulatio,
困難なことになってしまう。散歩だって
quam non laboriosa, ad languorem dedit.
こんなに楽なことはないのに、僕はそれでもうくたくただ。
nec quicquam mage nunc metuo quam ne denuo
何が恐ろしいと言って、
miser aliquo extrudar hinc, ne accedam ad Bacchidem.
バッキスに近づかせないためにまたもう一回ここからよそに行かされることほど嫌なことほど恐ろしいことはない。
ut te quidem omnes di deae quantumst, Syre, 810
(シュロスに) おい、シュロス、お前はその
cum istoc invento cumque incepto perduint!
計画と一緒にくたばってしまえ。
huius modi mihi res semper comminiscere(<comminiscor)
お前が思いつく計画はいつもこんなふうに僕を
ubi me excarnufices. SY. in'(=ine=isne <eo 2s)tu hinc quo dignus es?
くたくたにするのさ。シュロス 坊ちゃんは自分がいるべき所へ行ってくださいよ。
quam paene tua me perdidit protervitas!
あっしは坊ちゃんの身勝手な行動であやうく頓死するところだったんですよ。
CLIT. vellem hercle factum, ita meritu's. SY. meritus? quo modo? 815
クリティポン 頓死すりゃいいのに。お前にはそれがお似合いさ。シュロス お似合いとはどういうふうにですか?
ne me istuc ex te prius audisse gaudeo
そういう言葉を私が渡そうと思っていたお金を坊ちゃんに渡す前に坊ちゃんの口から聞けて
quam argentum haberes quod daturus iam fui.
うれしいですよ。
CLIT. quid igitur dicam tibi vis? abiisti, mihi
クリティポン 僕に何を言わせたいんだよ。お前はわざわざ出かけて行って
amicam adduxti quam non licitumst tangere.
彼女を連れてきたのに俺に指一本触るなと言ったんだぜ。
SY. iam non sum iratus. sed scin ubi sit nunc tibi 820
シュロス 私は怒っちゃいませんよ。それより、坊ちゃんは
tua Bacchis? CLIT. apud nos. SY. non. CLIT. ubi ergo? SY. apud Cliniam.
今バッキスさんがどこにいるかご存知ですか。クリティポン うちにいるんだろ。シュロス クリニアの若旦那のうちです。
CLIT. perii. SY. bono animo es: iam argentum ad eam deferes
クリティポン 万事休すだ。 シュロス 元気を出してください。今から彼女にお金を持って行くことになっています。
quod ei pollicitu's. CLIT. garris. unde? SY. a tuo patre.
坊ちゃんのが彼女に約束した金をです。クリティポン 嘘だろ。その金をどこから手に入れるんだ。シュロス 坊ちゃんのお父上からですよ。
CLIT. ludis fortasse me? SY. ipsa re experibere.
クリティポン からかってるんだろ? シュロス 実際に試してみてください。
CLIT. ne ego sum homo fortunatus: deamo te, Syre. 825
クリティポン おれは幸せものだ。恩に着るよ。シュロス。
SY. sed pater egreditur. cave quicquam admiratus sis
シュロス(クレメースの家の戸が開く) おや、お父様が出ていらした。けっして不思議そうな顔をしてはいけません。
qua causa id fiat; obsecundato(f.imp.) in loco;
どうしてそんなことをするのかなんて思わないで、相手にうまく調子を合わせるんです。
quod imperabit facito; loquitor(f.imp.) paucula.
お父様の言うとおりにして下さい。あまりしゃらないことです。
Chremes Clitipho Syrvs
IV.vii
第4幕第7場 クレメース、クリティポン、シュロス(クレメースからクリティポンに金が渡される場面)
CH. Vbi Clitipho hic est? SY. "eccum me" inque. CLIT. eccum hic tibi.
クレメース クリティポンはどこにいる。シュロス(クリティポンに) 「ここにいます」と言って下さい。クリティポン ここにいます。
CH. quid rei esset dixti huic? SY. dixi pleraque omnia. 830
クレメース(シュロスに) どうなってるかこいつに話は済んでるのか。シュロス ほぼ全部は。
CH. cape hoc argentum ac defer. SY. i: quid stas, lapis?
クレメース(金を差し出して) この金を持っていって渡してこい。シュロス(クリティポンに) ほら、どうして立ってるです。石みたいに。
quin accipis? CLIT. cedo sane. SY. sequere hac me ocius.
ほら、お金を受け取ってください。クリティポン わかった。それをください(金を受け取る)。シュロス(クリティポンに)早くこっちへ、あっしのあとに。
tu hic nos dum eximus interea opperibere;
(クレメースに)私たちが出てくるまでの間、大旦那さまはここで待っていて下さい。
nam nil est illic quod moremur diutius.--
むこうではそんなに長くかかるような事はありませんから(メネデーモスの家に入る)。
CH. minas quidem iam decem habet a me filia, 835
クレメース(独白) わしの娘はこうしてわしから1000ドラクマ(=10ミナ)をせしめたことになる。
quas hortamentis esse nunc duco datas.
これはこれまでの娘の養育費だと考えることにしよう。
hasce ornamentis consequentur alterae.
その他にまた服装代やら何やかやでもう1000ドラクマやらねばなるまい。
porro haec talenta dotis adposcunt duo.
そのうえに今度は二タラント(一タラント=六〇ミナ=六千ドラクマ)の持参金も必要になってくる。
quam multa iniusta ac prava fiunt moribus!
社会の風習というやつはなんという理不尽なことばかりなんだ。
mihi nunc relictis rebus inveniundus est 840
もうわしは働くのはやめて
aliquis, labore inventa mea quoi dem bona.
わしが苦労して稼いだ金を預けられる人間を誰か見つけた方がいいな。
Menedemvs Chremes
IV.viii
第4幕第8場 メネデーモス、クレメース(クレメースが何も知らずにクリニアと自分の娘アンティピラの婚約を承諾する場面)
ME. Multo omnium nunc me fortunatissimum
メネデーモス(中のクリニアに) わしは世界で一番の幸せ者だ。
factum puto esse quom te, gnate, intellego
何と言っても、息子よ、お前が正気を取り返してくれたんだからなあ。
resipisse. CH. ut errat! ME. te ipsum quaerebam, Chreme.
クレメース(傍白) 大きな勘違いだねえ。メネデーモス(クレメースを見つけて) あんたを探してたんだ、クレメースさん。
serva, quod in te est, filium, me ac
familiam.
845
何とかして、私と私の息子と私の家族を助けてほしいんだ。
CH. cedo quid vis faciam? ME. invenisti hodie filiam.
クレメース 言ってくれ、わしに何をしてほしんだ。メネデーモス あんたは今日娘を見つけたね。
CH. quid tum? ME. hanc uxorem sibi dari volt Clinia.
クレメース それで? メネデーモス うちの息子が彼女と結婚したがっているんだ。
CH. quaeso,quid tu hominis es? ME. quid ? CH. iamne oblitus es
クレメース あんたはなんていう人なんだ。メネデーモス なんだって? クレメース あんたはもう忘れてしまったのか。
inter nos quid sit dictum de fallacia,
二人だけで召使の策略について話したことを、
ut ea via abs te argentum auferretur? ME. scio. 850
それを使って息子さんに金をやるための。メネデーモス 覚えているよ。
CH. ea res nunc agitur ipsa. ME. quid narras, Chreme?
クレメース いまその策略が実行されているんだよ。メネデーモス 何を言ってるんだ、クレメースさん。
immo haec quidem quae apud mest Clitiphonis est
そうじゃない。うちにいるあの女性はクリティポンの彼女だよ。
amica: ita aiunt. CH. et tu credis omnia.
みんなそう言っている。クレメース それであんたはそれを全部信じているんだ。
et illum aiunt velle uxorem ut, quom desponderis,
それから、クリニアくんは結婚したがっているが、それは婚約の時にあんたから金をもらって
des qui aurum ac vestem atque alia quae opus sunt comparet. 855
それで、金飾りや衣装やそのほか必要なものを買うのが目的なんだ。
ME. id est profecto: id amicae dabitur. CH. scilicet
メネデーモス そうだ、そのとおりだ。あの金は娼婦にわたるんだ。クレメース その通り、
daturum. ME. ah! frustra sum igitur gavisus miser.
娼婦にわたるんだ。メネデーモス ああ、わしはぬか喜びだったのか。情けない。
quidvis tamen iam malo quam hunc amittere.
それでもあの子を失うよりはましだ。
quid nunc renuntiem abs te responsum, Chreme,
あんたからどんな返事を息子に伝えようか、クレメースさん、
ne sentiat me sensisse atque aegre ferat? 860
私が感づいたことを息子が分かって気を悪くしないようにするには。
CH. aegre? nimium illi, Menedeme, indulges. ME. sine.
クレメース 気を悪くする? メネデーモスさん、あんたは息子さんを甘やかし過ぎだよ。メネデーモス ほっといてくれ。
inceptumst: perfice hoc mi perpetuo, Chreme.
始めたからには、これを最後までやってくれ、クレメースさん。
CH. dic convenisse, egisse te de nuptiis.
クレメース 俺と会ったと言うんだ。結婚式について話したと。
ME. dicam. quid deinde? CH. me facturum esse omnia,
メネデーモス そう言おう。それでどう言うんだ。クレメース わしはすべてに協力する、婿にも
generum placere; postremo etiam, si
voles,
865
気に入っていると。最後に、もしあんたがそうしたければ、
desponsam quoque esse dicito. ME. em istuc volueram.
婚約も決まったと話してやれ。メネデーモス(傍白) よし、わしの望みどおりだ。
CH. tanto ocius te ut poscat et tu, id quod cupis,
クレメース そうすればすぐにあんたに金をせびるだろうから、すぐにあんたも金をやれるよ。
quam ocissime ut des. ME. cupio. CH. ne tu propediem,
それが君の望みだろ。メネデーモス そのとおりだ。クレメース しかし、僕の見るところでは、
ut istanc rem video, istius obsaturabere.
、君はすぐにこんなことに飽きてしまうだろうよ。
sed haec utut sunt, cautim et paulatim
dabis
870
だから、どんなやり方でもいいが、あんたも馬鹿じゃなけりゃ、金は
si sapies. ME. faciam. CH. abi intro: vide quid postulet.
少しずつやるようにするんだな。メネデーモス そうしよう。クレメース 中へ入って、息子の要求を聞いてくるんだ。
ego domi ero siquid me voles. ME. sane volo;
わしに何か用があったら家に居るよ。メネデーモス 当てにしてるよ。
nam te scientem faciam quidquid egero.
私がこれからすることは全部聞いて欲しいから(二人はそれぞれに家に入る)。
ACTVS V
Menedemvs Chremes
V.i
第5幕第1場 メネデーモス、クレメース(クレメースが自分が騙されていたことに気づく場面)
ME. Ego me non tam astutum neque ita perspicacem esse id scio;
メネデーモス(独白) わしは自分がそんなに利口だとも用心深いとも思わないが、
sed hic adiutor meus et monitor et praemonstrator Chremes 875
わしに色々なことを教えてわしを助けてくれるあのクレメースさんは
hoc mihi praestat: in me quidvis harum rerum convenit
わしより上手を行くとはな。次の言葉のどれもわしに当てはまる。
quae sunt dicta in stulto, caudex,stipes,asinus,plumbeus;
馬鹿な人間に対して言われることば、木偶の坊、丸たん棒、のろま、鈍重
in illum nil potest: exsuperat eius stultitia haec omnia.
あの人にはどれも当てはまらない。あの人の馬鹿さ加減はこの全てに超えているなあ(クレメースが家から出てくる)。
CH. ohe! iam desine deos, uxor, gratulando obtundere
クレメース(中のソストラータに) ああ、もう沢山だ、やめてくれ、妻よ、神に感謝してやかましくするのは。
tuam esse inventam gnatam, nisi illos ex tuo ingenio iudicas 880
お前の娘が見つかったことを。まさかお前は神さまが自分と同じように
ut nil credas intellegere nisi idem dictumst centiens.
同じ事を100回も言わないと何も分からないと思っているんじゃないだろうな。
sed interim quid illic iamdudum gnatus cessat cum Syro?
(独白)ところで、どうしてうちの息子はシュロスとずっとあそこでぐずぐずしているんだ。
ME. quos ais homines, Chreme, cessare? CH. ehem, Menedeme, advenis?
メネデーモス(クレメースに)クレメースさん、誰がぐずぐずしてるとおっしゃるてるんですか。クレメース おや、メネデーモスさん、来ましたか。
dic mihi, Cliniae quae dixi nuntiastin? ME. omnia.
教えて下さい、私が言ったことをクリニア君に伝えましたか。メネデーモス 全部伝えました。
CH. quid ait? ME. gaudere adeo coepit quasi qui cupiunt nuptias. 885
クレメース どう言ってますか。メネデーモス 喜んでましたよ。本当に結婚したがってるみたいにね。
CH. hahahae. ME. quid risisti? CH. servi venere in mentem Syri
クレメース ははは。メネデーモス どうして笑うんですか。クレメース 私の召使のシュロスの
calliditates. ME. itane? CH. voltus quoque hominum fingit scelus.
ずる賢さを思い出したんですよ。メネデーモス そうなんですか。クレメース あいつの手にかかったら、人の表情だってねつ造できるんですよ。
ME. gnatus quod se adsimulat laetum, id dicis? CH. id. ME. idem istuc mihi
メネデーモス 息子の喜んだ表情も芝居だというのですか。クレメス もちろんですよ。メネデーモス そういやわしも
venit in mentem. CH. veterator. ME. mage, si mage noris, putes
そんな気がしましたよ。クレメース ずるがしこい奴め。メネデーモス 知れば知るほど
ita rem esse. CH. ain tu? ME. quin tu ausculta. CH. mane; hoc prius scire expeto, 890
そうなんだとわかりますね。クレメース あなたもそう思いますか? メネデーモス 聞いてくださいよ。クレメース 待ってください。先にあのことを知っておきたいんです。
quid perdideris. nam ubi desponsam nuntiasti filio,
あんたはどれだけ使ったんですか。というのは、あんたが息子さんに婚約のことを伝えた時、
continuo iniecisse verba tibi Dromonem scilicet,
すぐにドロモンがあんたに言葉をかけたでしょう。
sponsae vestem aurum atque ancillas opus esse: argentum ut dares.
花嫁衣装と金飾りと付添いの女が必要だと。あんたからお金をもらうためにね。
ME. non. CH. quid? non? ME. non inquam. CH. neque ipse gnatus? ME. nil prorsum, Chreme.
メネデーモス いいや。クレメース 何? 言わなかった? メネデーモス 言わなかったと言ったでしょ。クレメース 息子さんも言わなかったですか。メネデーモス まったく言いませんでしたよ、クレメースさん。
magis unum etiam instare ut hodie conficiantur
nuptiae.
895
ただ一つ、今日結婚式を行うことだけ求めてきました。
CH. mira narras. quid Syrus meus? ne is quidem quicquam? ME. nihil.
クレメース 不思議なことを言いますね。うちのシュロスは何しているだろう。あいつは何も言わなかったのですか。メネデーモス 何も。
CH. quam ob rem, nescio. ME. equidem miror, qui alia tam plane scias.
クレメース どうしてだ。わからん。メネデーモス 不思議ですね。他のことならよく知っているあんたが分からないとは。
sed ille tuom quoque Syrus idem mire finxit filium,
でも、あの同じシュロスはあんたの息子にはうまく芝居をさせて
ut ne paullulum quidem subolat esse amicam hanc Cliniae.
あの娼婦がクリニアの女だということが少しもばれないようにしましたね。
CH. quid agit? ME. mitto iam osculari atque amplexari: id nil puto. 900
クレメース 息子は何をしてます。メネデーモス 接吻と抱擁はいいとしましょう。大したことはありませんから。
CH. quid est quod amplius simuletur? ME. vah. CH. quid est? ME. audi modo.
クレメス 息子はもう芝居をこれ以上続けるわけがないでしょう。メネデーモス やっぱり。クレメース 何ですか。メネデーモス ちょっと聞いてくださいよ。
est mihi ultimis conclave in aedibus quoddam retro:
私の家の後ろに部屋があるんですが、
huc est intro latus lectus, vestimentis stratus est.
その中に大きなベッドが持ち込まれて、シーツで覆われたんです。
CH. quid postquam hoc est factum? ME. dictum factum huc abiit Clitipho.
クレメース それで何をするんです。メネデーモス 言ったとおりになると、クリティポンがそこへ出かけていったんです。
CH. solus? ME. solus. CH. timeo. ME. Bacchis consecutast ilico. 905
クレメース 一人でですか。メネデーモス 一人でです。クレメース 心配ですね。メネデーモス バッキスがすぐにあとから行きました。
CH. sola? ME. sola. CH. perii. ME. ubi abiere intro, operuere(<operio) ostium. CH. hem
クレメース 一人で? メネデーモス 一人で。クレメース くそ。メネデーモス 二人は中に入ると戸を閉めました。クレメース なんだって。
Clinia haec fieri videbat? ME. quidni? mecum una simul.
クリニア君はこの様子を見ていたんですか? メネデーモス 当然ですよ。私といっしょでしたから。
CH. fili est amica Bacchis.Menedeme, occidi.
クレメース バッキスは息子の女だったのか。メネデーモスさん、わしはおしまいだよ。
ME. quam ob rem? CH. decem dierum vix mist(mi est) familia.
メネデーモス どうしてです。クレメース うちの財産は10日しかもたないんだ。
ME. quid? istuc times quod ille operam amico dat suo? 910
メネデーモス どうしてそんなに心配なんですか。彼は自分の友達のためにがんばっているのに。
CH. immo quod amicae. ME. si dat. CH. an dubium id tibist?
クレメース いいえ、娼婦のためにです。メネデーモス もしそうならな。クレメース そうでないというのか。
quemquamne animo tam comi esse aut leni putas
誰かがこれほど愛想が良くて親切だと思うか
qui se vidente amicam patiatur suam . . ? ME. ah
自分が見ているまえで自分の女を好きにさせるほどに。メネデーモス うーん。
quidni? quo verba facilius dentur mihi.
いいじゃないか。これもわしをうまく騙すためなのだろう。
CH. derides merito. mihi nunc ego suscenseo. 915
クレメース あんたに笑われても仕方がない。自分自身が腹立たしいよ。
quot res dedere ubi possem persentiscere,
あれほど沢山のことがあればわしはとっくに感づいていて良かったんだ。
ni essem lapis! quae vidi! vae misero mihi!
おれは馬鹿じゃないか。何を見てたんだ。ちくしょう。
at ne illud haud inultum, si vivo, ferent!
わしが生きている限り、あいつらこんなことしてただじゃすまないぞ。
nam iam . . ME. non tu te cohibes? non te respicis?
だって今じゃあ・・メネデーモス 落ち着いて下さい。やけになっちゃだめだ。
non tibi ego exempli satis sum? CH. prae iracundia, 920
私がいい見本じゃないですか。クレメース メネデーモスさんよ、腹がたって
Menedeme, non sum apud me. ME. tene(te+ne) istuc loqui!
わしはもう訳が分からない。メネデーモス あんたがそんなことを言うとは!
nonne id flagitiumst te aliis consilium dare,
恥かしくありませんか、人にアドバイスをするほど、
foris sapere, tibi non posse te auxiliarier?
他人に関しては賢いのに、自分自身を助けられないとは。
CH. quid faciam? ME. id quod me fecisse aiebas parum.
クレメース わしはどうすればいいんだろう。メネデーモス 私は満足に出来なかったけれど、あなたがいつも言っていることをすればいいんです。
fac te patrem esse sentiat; fac ut
audeat
925
お宅の坊ちゃんがあなたを父親だと実感できるようにすること、坊ちゃんがあなたに
tibi credere omnia, abs te petere et poscere,
全てを打ち明けられるようにすること。あなたに欲しいものを要求できるようにすることです。
ne quam aliam quaerat copiam ac te deserat.
さもなければ、ほかの方法をさがして、あなたのもとを去ってしまいますよ。
CH. immo abeat multo malo quovis gentium
クレメース いいや。あの子はどこでもいいから出て行けばいいんだ。
quam hic per flagitium ad inopiam redigat patrem.
ここにいて破廉恥な行為で父親を破産させるよりもね。
nam si illi pergo suppeditare
sumptibus,
930
だってもしこのままあの子のために浪費しつづけたら、
Menedeme, mihi illaec vere ad rastros res redit.
メネデーモスさんよ、わしが鍬を担ぐことになってしまうよ。
ME. quot incommoditates in hac re capies, nisi caves!
メネデーモス 気を付けないとあなたはこの件で沢山の苦しみを作り出してしまうことになりますよ。
difficilem te esse ostendes et ignosces tamen
あんたは息子に理解のない父親だということになってしまうし、あとでその息子を許さなきゃならなくなる。
post, et id ingratum. CH. ah nescis quam doleam. ME. ut lubet.
その時には息子さんに少しも感謝してもらえないんですよ。クレメース あんたにはわしの辛さは分からなんですよ。メネデーモス では、お好きなように。
quid hoc quod rogo, ut illa nubat nostro? nisi quid est 935
私はお宅のお嬢さんとうちの息子を結婚させてやりたいんですが、これはどうなるんです。ほかの
quod mage vis. CH. immo et gener et adfines placent.
あてがあるというのなら仕方がないですが。クレメース いや、婿も縁談も申し分ない。
ME. quid dotis dicam te dixisse filio?
メネデーモス 息子にはどれだけの持参金を約束してくれたと言いいましょうか?
quid obticuisti? CH. dotis? ME. ita dico. CH. ah. ME. Chreme,
なんで黙ってるんですか。クレメース 持参金? メネデーモス そうですよ。クレメース ああ メネデーモス クレメースさん、
ne quid vereare, si minus: nil nos dos movet.
少なくてもかまいませんよ。うちは持参金なんてどうでもいいんだから。
CH. duo talenta pro re nostra ego esse decrevi satis; 940
クレメース 我が家の状況から言って2タラントが精一杯だと思うんだ。
sed ita dictu opus est, si me vis salvom esse et rem et filium,
だが、こう言うべきだな。もしあんたがわしとわしの家と息子の為を思ってくれるなら、
me mea omnia bona doti dixisse illi. ME. quam rem agis?
わしは自分の財産を全部娘の持参金にするとね。メネデーモス 何のためにそんなことをするんですか。
CH. id mirari te simulato et illum hoc rogitato simul
クレメース 何のためかは、あんたが驚いたふりをしてうちの息子に聞いて
quam ob rem id faciam. ME. quin ego vero quam ob rem id facias nescio.
みてくれ。メネデーモス 実際わしには何のためだか分かりませんな。
CH. egone? ut eius animum, qui nunc luxuria et lascivia 945
クレメース なぜ分からないんだ。贅沢と破廉恥にふけったあの子の鼻っ柱
diffluit, retundam,redigam, ut quo se vortat nesciat.
をへし折ってやるためだよ。どうしていいか分からなくしてやるのさ。
ME. quid agis? CH. mitte: sine me in hac re gerere mihi morem. ME. sino:
メネデーモス 何をするつもりですか。クレメース ほっておいてくれ。わしはわしのやり方でやる。メネデーモス わかりました。
itane vis? CH. ita. ME. fiat. CH. ac iam uxorem ut accersat paret.
それでいいんですね。クレメース そうだ。メネデーモス そうしなされ。クレメース おたくの坊ちゃんには嫁を迎える準備をさせてくれ。(メネデーモスは自分の家に入る)
hic ita ut liberos est aequom dictis confutabitur;
うちの息子は説教してとっちめてやる。息子にはそれがふさわしいやり方だ。
sed Syrum quidem egone si vivo adeo exornatum dabo, 950
しかし、シュロスのやつはわしが必ずひっぱたいてやる。
adeo depexum ut dum vivat meminerit semper mei;
鞭で打って打って、あいつが生きている間はわしのことを忘れられないようにしてやる。
qui sibi me pro deridiculo ac delectamento putat.
あいつめ、人を慰み者に、笑い者にしおって。わしが居なくなったあとで、
non, ita me di ament, auderet facere haec viduae mulieri
シュロスがわしの妻に対してわしにしたこんなことをする勇気が出ないようにしてやるのだ。
quae in me fecit.
Clitipho Menedemvs Chremes Syrvs
V.ii
第5幕第2場 クリティポン、メネデーモス、クレメース、シュロス(クレメースが息子のクリティポンを勘当し、それに対する対応策をシュロスがクリティポンに授ける場面)
CLIT. Itane tandem,quaeso, Menedeme? ut pater
クリティポン メネデーモスさん、ねえ、いったいどういうことですか。
tam in brevi spatio omnem de me eiecerit animum patris? 955
僕の父親が父親らしい気持ちをこんな短い間に捨ててしまうだなんて。
quodnam ob facinus? quid ego tantum sceleris admisi miser?
どんな悪事が原因なんですか。僕がどんな悪い事をしでかしたというんですか。
volgo faciunt. ME. scio tibi esse hoc gravius multo ac durius,
こんなことは誰でもやってることですよ。メネデーモス これには私もびっくりしているが、当の本人である君にとっては
quoi fit; verum ego haud minus aegre patior, id qui nescio
もっと深刻なことなのはわかる。私はだってとても平気ではいられないんだから。
nec rationem capio, nisi quod tibi bene ex animo volo.
なぜなら、私は訳が分からないんだよ。ただ、私は君のために良かれと本心から望んでいるよ。
CLIT. hic patrem astare aibas. ME. eccum. CH. quid me incusas, Clitipho? 960
クリティポン(見回しながら) 父がちかくにいると言いましたね。メネデーモス 出てこられました(メネデーモス自分の家に入る)。クレメース 何わしの悪口を言っているんだ、クリティポン。
quidquid ego huius feci, tibi prospexi et stultitiae tuae.
この件でわしがやったことは全てお前の愚かさを考えた上でやったことだ。
ubi te vidi animo esse omisso et suavia in praesentia
お前がだらしない心の持ち主で、今の快楽を第一だと考えて
quae essent prima habere neque consulere in longitudinem,
将来のことは何も考えていないことを知ったときに、
cepi rationem ut neque egeres neque ut haec posses perdere.
わしはお前が食うに困らないように、またうちの財産をなくさないようにこの方法を考えたんだ。
ubi quoi decuit primo, tibi non licuit per te mihi dare, 965
うちの財産の第一の受取り手の資格があるのはお前だが、お前の馬鹿な行動のためにお前に与えることができなくなったので、
abii ad proxumum tibi qui erat; ei commisi et credidi:
お前の一番身近な人のところへ行って、その人に頼んで預けてきたよ。
ibi tuae stultitiae semper erit praesidium, Clitipho,
その人がお前の愚かさに対する防護壁になってくれるし、クリティポン、
victus,vestitus,quo in tectum te receptes. CLIT. ei mihi!
その人からお前は衣食住を受け取ることが出来る。クリティポン なんだって!
CH. satius est quam te ipso herede haec possidere Bacchidem.
クレメース このほうがお前が自分で相続してバッキスの手に渡してしまうよりはいいだろう。
SY. disperii! scelestus quantas turbas concivi insciens! 970
シュロス(傍白) これは参った。俺はどうしようもない男だ。知らぬ間にこんなやっかいなことになっていたとは。
CLIT. emori cupio. CH. prius quaeso disce quid sit vivere.
クリティポン 僕は死にたいよ。クレメース お願いだから、それよりもまず人生を学んでくれないか。
ubi scies, si displicebit vita, tum istoc utitor(fut.imp).
それが分かってから、それでも人きるのが嫌になったら、そのときはその手段を選ぶがいい。
SY. ere, licetne? CH. loquere. SY. at tuto. CH. loquere. SY. quae istast pravitas
シュロスは 大旦那さま、よろしいですか。クレメース しゃべっていいぞ。シュロス いいんですよね。クレメース いいぞ。シュロス なんでこんな無茶苦茶な、
quaeve amentiast, quod peccavi ego, id obesse huic? CH. ilicet.
こんな気違いじみたことをなさるるんですか。私がやった悪事を理由に、坊ちゃんをひどい目に会わせるなんて。クレメース もう終わったんだ。
ne te admisce: nemo accusat, Syre, te: nec tu aram
tibi
975
お前は首を突っ込まないでくれ。シュロスよ、誰もお前を責めてはいない。お前は祭壇も
nec precatorem pararis. SY. quid agis? CH. nil suscenseo
仲裁者も用意しなくていい。シュロス どういう意味ですか。クレメース わしは怒っていない。
neque tibi nec tibi; nec vos(suscensere) est aequom quod facio mihi.
お前にも、そして(クリティポンに)お前にもだ。わしがお前にしたことに怒ってくれても困る(クレメース自分の家に入る)。
SY. Abiit? vah, rogasse vellem -- CLIT. quid? SY. -- unde mihi peterem cibum.
シュロス いっちゃったんですか? ああ、聞いときゃよかったなあ。クリティポン 何をだい。シュロス あたしの食い扶持はどこからもらえばいいのかって。
ita nos alienavit. tibi iam esse ad sororem intellego.
私たちはお払い箱になったんですよ。坊ちゃんは妹さんの所に行けばいいでしょうけど。
CLIT. adeon rem rediisse ut periclum etiam a fame mihi sit, Syre! 980
クリティポン 事態は僕が餓死する危険のあるとこにまで発展してしまったのか、シュロス。
SY. modo liceat vivere, est spes. CLIT. quae? SY. nos esurituros satis.
シュロス 生きている限りは希望はあります。クリティポン どんな希望があるんだ。シュロス 充分腹を減らせるという希望です。
CLIT. inrides in re tanta neque me consilio quicquam adiuvas?
クリティポン こんなことにまで冗談を言って、僕には役に立つアドバイスをくれないのか。
SY. immo et ibi nunc sum et usque id egi dudum dum loquitur pater;
シュロス それはもちろんです。いまもそのことを考えていますし、さっきお父様が話しておられる間もずっと考えていました。
et quantum ego intellegere possum -- CLIT. quid? SY. non aberit longius.
私が見る限りでは。クリティポン どうなんだ。シュロス もうすぐです。
CLIT. quid id ergo? SY. sic est: non esse horum te arbitror. CLIT. quid istuc, Syre? 985
クリティポン 何が。シュロス つまり、あなたは彼らの子でないということです。クリティポン それはどういうことだ、シュロス。
satin sanus es? SY. ego dicam quod mi in mentemst: tu diiudica.
お前は正気なのか? シュロス いま頭にひらめいたことを言いましょう。あなたが判断して下さい。
dum istis fuisti solus, dum nulla alia delectatio(fuit)
あなたがご両親にとってたった一人の子供で、ほかのどんな喜びも家族の中に
quae propior esset, (isti)te indulgebant, tibi dabant. nunc filia
なかったときは、あなたを甘やかしたし、あなたに何でも許しました。ところが、
postquamst inventa vera, inventast(istis) causa qui te expellerent.
娘が見つかると、あなたを勘当する理由を見つけたのです。
CLIT. est veri simile. SY. an tu ob peccatum hoc esse illum iratum putas? 990
クリティポン そうかもしれん。シュロス それとも、お父様はこの道楽のために怒っているとお考えですか。
CLIT. non arbitror. SY. nunc aliud specta: matres omnes filiis
クリティポン そんなはずはない。シュロス このことも考えて下さい、母親はみんな
in peccato adiutrices, auxilio in paterna iniuria
息子が間違いを犯しても息子の味方になってやります。父親に逆らっても息子を助けてやりますよね。
solent esse: id non fit. CLIT. verum dicis. quid ergo nunc faciam, Syre?
ところがそれが今回はない。クリティポン そのとおりだ。じゃあどうしたらいいんだ、シュロス?
SY. suspicionem istanc ex illis quaere, rem profer palam.
シュロス あなたのこの疑問をご両親にあけすけにぶつけてみるんですよ。
si non est verum, ad misericordiam ambos adduces cito, 995
そしてもしこの疑いが根も葉もないものなら、坊ちゃんはお二人の同情心をかきたてることになるでしょうね。
aut scibis quoius sis. CLIT. recte suades: faciam. SY. sat recte hoc mihi
また、もし疑いが事実なら、本当は誰の子なのか教えてくれるでしょうね。クリティポン それはいい考えだ。やってみるよ。(クリティポン自分の家に入る)シュロス(独白) これは
in mentem venit; nam quam maxume huic vera haec suspicio
実にうまい考えだなあ。というのは、坊ちゃんが本心からこんな疑いを抱いていれば、
erit, tam facillume patris pacem in leges conficiet suas.
それだけ容易に彼は自分が得になるようにで父親と仲直りすることができるんだからねえ。
etiam haud scio anne uxorem ducat: ac Syro nil gratiae!
たぶん結婚もできるだろう。しかも、あっしは全く感謝されないのさ。
quid hoc autem? senex exit foras: ego fugio. adhuc quod factumst, 1000
(クレメースが出てくる)なにがあるんだ? 大旦那さまが出てきたぞ。俺は逃げるぞ。今までに自分がやったことを考えると、
miror non continuo adripi iusse(=iussisse<iubeo): ad Menedemum hunc pergam.
すぐあっしを捕まえろと言うに決まっている。メネデーモスさんのところへ行って、
eum mihi precatorem paro: seni nostro fide nil habeo.
あの人に代理人になってもらおう。うちの大旦那さまはもう当てにならないから。(シュロス、メネデーモスの家に入る)
Sostrata Chremes
V.iii
第5幕第3場 ソストラータ、クレメース(クレメースが息子を勘当したことに妻ソストラータが反対する場面)
SO. Profecto nisi caves tu homo, aliquid gnato conficies mali;idque adeo miror, quo modo
ソストラータ ほんとにあなたよく気を付けていないと、せがれにひどいことをしてしまうわよ。本当よ。
tam ineptum quicquam tibi venire in mentem, mi vir, potuerit. 1005
実際、あなた、どうすればそんな馬鹿なことを思いつけるか驚きだわ。
CH. oh pergin mulier esse? nullamne ego rem umquam in vita mea
クレメース またお前は女らしくしネチネチとやるのか。これまでの人生でわしが何かやろうとすると
volui quin tu in ea re mi fueris advorsatrix, Sostrata!
いつもお前はわしに反対してきたねえ、ソストラータ。
at si rogem iam quid est quod peccem aut quam ob rem hoc faciam(=peccem), nescias;
でも、わしのすることの何が悪いか、どうして悪いのかを、お前に尋ねても、お前は答えることが出来ないんだよ。
in qua re nunc tam confidenter restas, stulta. SO. ego nescio?
それなのに、馬鹿みたいにお前はわしのすることに反対するんだよ。ソストラータ(怒って) 私には出来ないというの?
CH. immo scis, potius quam quidem redeat ad integrum eadem oratio. SO. oh 1010
クレメース いや出来るさ。最初からもう一度言うよりはましだ。ソストラータ ああ、
iniquos es qui me tacere de re tanta postules.
こんな大切な問題で、私に何も言うなと求めるなんて不公平だわ。
CH. non postulo iam: loquere: nihilo minus ego hoc faciam tamen.
クレメース そんなことは求めていない。いいたいこを言えばいい。でもわしはこうすると決めたんだ。
SO. facies? CH. verum. SO. non vides quantum mali ex ea re excites?
ソストラータ どうしても? クレメース そうだ。ソストラータ わからないの? そんなことをしたらどんな大変なことになるか。
subditum se suspicatur. CH. "subditum" ain tu? SO. sic erit,
あの子は自分が貰い子だと思ってしまうわ。クレメース 「貰い子」と思うだって? ソストラータ そうよ、あなた。
mi vir. CH. confitere? SO. au te obsecro, istuc inimicis siet. 1015
あなた。クレメース お前今頃告白するのか。ソストラータ まさか。あなた、そんなことを家族の人間に言ってはいけません。
egon confitear meum non esse filium, qui sit meus?
あの子は私の子なのに自分の子でないと言わなきゃいけないの?
CH. quid? metuis ne non, quom velis, convincas esse illum tuom?
クレメス 何いってるんだ。お前はあの子が自分の子であることをいつでも証明できる自信がないのか? そんな心配はいらないよ。(簡単に証明できることをなぜ息子に代わって心配してやるのか)
SO. quod filia est inventa? CH. non: sed, quo mage credundum siet,
ソストラータ 私が自分の娘を証明したからというの? クレメース いいや。むしろ、もっと信じられることがあるじゃないか。
quod est consimilis moribus.
性格がお前とそっくりだろ。
convinces facile ex te natum; nam tui similest probe; 1020
お前が産んだことを証明することは簡単だよ。だってお前とそっくりだもの。
nam illi nil vitist relictum quin siet itidem tibi;
あの子の欠点でお前がもっていないものはない。
tum praeterea talem nisi tu nulla pareret filium.
それにお前以外で誰があんな息子を産むことが出来ると言うんだい。
sed ipse egreditur, quam severus! rem, quom videas, censeas.
(クレメースの家の扉が開く)おや、当人が出てきた。なんと深刻な顔をしていることか。事情をよく考えてお前が自分で決めたらいいさ。
Clitipho Sostrata Chremes
V.iv
第5幕第4場 クリティポン、ソストラータ、クレメース(クリティポンが両親に自分は他所の子であると思うと言って同情を誘おうとする場面)
CLIT. Si umquam ullum fuit tempus, mater, quom ego voluptati tibi
クリティポン お母さん、もしあなたが僕を愛していた時があったのなら、
fuerim, dictus filius tuos vostra voluntate,
obsecro
1025
もしあなたが心から僕を自分の息子と呼んでいた時があったのなら、お願いします。
eius ut memineris atque inopis nunc te miserescat mei,
その頃のことを思い出してください。貧しい僕のことを哀れんで下さい。
quod peto aut quod volo, parentes meos ut conmonstres mihi.
僕が望み求めていること、つまり僕の両親がだれであるかを教えて下さい。
SO. obsecro, mi gnate, ne istuc in animum inducas tuom
ソストラータ お願いだから、せがれよ、そんな考えを抱かないで下さい
alienum esse te. CLIT. sum. SO. miseram me, hoccin quaesisti, obsecro?
あなたが他所の子だなんて。クリティポン いいえ、他所の子です。ソストラータ(クレメースに)ああ、情けない、これがあなたのしたかった事なの?(クリティポンに)
ita mihi atque huic sis superstes ut ex me atque ex hoc natus es; 1030
あなたが私たちよりも長生きすることを願う私の気持ちに間違いがないように、あなたは間違いなく私たちの子なのよ。
et cave posthac, si me amas, umquam istuc verbum ex te audiam.
あなたが私を愛しているなら、今後はそんな言葉を二度と言わないで頂戴ね。
CH. at ego, si me metuis, mores cave in te esse istos sentiam.
クレメース だが、お前がわしを恐れているなら、お前のその性格を改めるようにしろ。
CLIT. quos? CH. si scire vis, ego dicam: gerro,iners,fraus,helluo
クリティポン 僕のどんな性格ですか。クレメース 知りたければ、教えてやろう。お前は軽薄で、怠け者で、嘘つきで、浪費家で、
ganeo's,damnosus: crede, et nostrum te esse credito.
酒飲みで、放蕩者だ。これを認めるんだ、そんなお前が私たちの子だと思いたければ思えばいいさ。
CLIT. non sunt haec parentis dicta. CH. non, si ex capite sis meo 1035
クリティポン これは親の言う言葉ではないですよ。クレメース 仮にもお前が母さん抜きでわしの頭から
natus, item ut aiunt Minervam esse ex Iove, ea causa magis
生まれてきたとしても、ミネルバがゼウスから生まれてきたと言われているように、そのために、
patiar, Clitipho, flagitiis tuis me infamem fieri.
わしはお前の破廉恥な行為のせいで恥をかくことに耐えるつもりはない、クリティポンよ。
SO. di istaec prohibeant! CH. deos nescio: ego, quod potero, sedulo.
ソストラータ 絶対そんなことにはなりませんよ。クレメース 絶対かどうかは知らんが、わしができることは精一杯やるよ。
quaeris id quod habes, parentes; quod abest non quaeris, patri
お前が探しているものをお前はもう持っている、つまり両親は持っているんだ。お前が探し求めていないものこそ、お前には欠けているものだ。それは
quo modo obsequare et ut serves quod labore invenerit. 1040
父の意志に従う方法、父が苦労して手に入れた物を失わない方法だ。
non mihi per fallacias adducere ante oculos--pudet
ところが、お前が嘘をついてわしの目の前に連れ込んだのはあの・・。わしは恥ずかしい、
dicere hac praesente verbum turpe; at te id nullo modo
母さんがいる前でこんな恥ずかしい言葉を言うのは。しかし、お前はそんなことをするほど
facere puduit. CLIT. eheu quam nunc totus displiceo mihi,
恥知らずなのだ。クリティポン(母親に自分の道楽を暴露されて目が覚めた傍白)ああ、僕はなんて嫌なやつなんだ。
quam pudet! neque quod principium incipiam ad placandum scio.
ああ、なんて恥ずかしい男なんだ。父と仲直りするために僕は何から始めたらいいか分からない。
Menedemvs Chremes Sostrata Clitipho
V.v
第5幕第5場 メネデーモス、クレメース、ソストラータ、クリティポン
ME. Enimvero Chremes nimis graviter cruciat adulescentulum 1045
メネデーモス(自分の家から出て独白) 本当にクレメースさんは息子さんをあまりにも厳しく叱りすぎる。
nimisque inhumane: exeo ergo ut pacem conciliem. optume
あれではあまりにも残酷だ。だから私が二人を仲直りさせるために出ていこう。ちょうどよかった。
ipsos video. CH. ehem, Menedeme, quor non accersi iubes
二人がいる。クレメース やあ、メネデーモスさん、私の娘を結婚式に呼び出すように
filiam et quod dotis dixi firmas? SO. mi vir, te obsecro
命じて下さい、そして私が言った持参金で取り決めをしてくれ。ソストラータ あなた、お願い、
ne facias. CLIT. pater, obsecro mi ignoscas. ME. da veniam, Chreme:
そんなことはしないで下さい。クリティポン お父さん、僕を許してください。メネデーモス 許してやりなさい、クレメースさん。
sine te exorem. CH. egon mea bona ut dem Bacchidi dono sciens? 1050
お願いします。クレメース わしの財産をそれと知りながら見す見すバッキスにやってしまえというのかね。
non faciam. ME. at id nos non sinemus. CLIT. si me vivom vis, pater,
そんなことはいやだ。メネデーモス そんなことはさせませんよ。クリティポン 僕が生きていくことをお望みならば、お父さん、
ignosce. SO. age, Chreme mi. ME. age quaeso, ne tam offirma te, Chreme.
僕を許してください。ソストラータ そうしてあげて、あなた。メネデーモス 頼むよ。そんなに頑固にしてはいけない、クレメースさん。
CH. quid istic? video non licere ut coeperam hoc pertendere.
クレメース わかったよ。わしはどうやら自分の意志を貫けないようだな。
ME. facis ut te decet. CH. ea lege hoc adeo faciam, si facit
メネデーモス あなたにふさわしい行動をなさい。クレメース それには条件がある。
quod ego hunc aequom censeo. CLIT. pater, omnia faciam: impera. 1055
あの子がわしが正しいと思うことをすることだ。クリティポン 何でもします。言って下さい。
CH. uxorem ut ducas. CLIT. pater! CH. nil audio. SO. ad me recipio:
クレメース 結婚するのだ。クリティポン お父さん! クリティポン 聞く耳はもたん。ソストラータ 私が保証します。
faciet. CH. nil etiam audio ipsum. CLIT. perii! SO. an dubitas, Clitipho?
この子は結婚します。クレメース やつはまだ何も言ってない。クリティポン(傍白) 参ったな。ソストラータ 迷っているの、クリティポン?
CH. immo utrum volt. SO. faciet omnia. ME. haec dum incipias, gravia sunt,
クレメース どっちでもしたいようをしろ。ソストラータ この子は言われたとおりに何でもしますわ。メネデーモス(クリティポンに)これは初め慣れないうちは
dumque ignores; ubi cognoris, facilia. CLIT. faciam, pater.
むずかしいが、慣れてくると、簡単なことなんだよ。クリティポン お父さん、僕は結婚します。
SO. gnate mi, ego pol tibi dabo illam lepidam, quam tu facile ames, 1060
ソストラータ 坊ちゃんには、綺麗な子を用意してありますから、すぐに好きになれますよ。
filiam Phanocratae nostri. CLIT. rufamne illam virginem,
うちの親類のパノクラテスさんの娘さんです。クリティポン あの赤毛で
caesiam, sparso ore, adunco naso? non possum, pater.
目が青くて、顔がそばかすだらけで、鼻が曲がった子ですか。いやですよ、お父さん。
CH. heia ut elegans est! credas animum ibi esse. SO. aliam dabo.
クレメス こいつは選り好みをしているよ。そういうことには熱心なようだな。ソストラータ では別の子にしましょう。
CLIT. immo, quandoquidem ducendast, egomet habeo propemodum
クリティポン いいよ、結婚しなければならないのなら、僕が結婚したい子はもう
quam volo. CH. nunc laudo, gnate. CLIT. Archonidi huius filiam. 1065
いるんだよ。クレメース それでいい。クリティポン アルコニスさんの娘さんです。
SO. perplacet. CLIT. pater, hoc nunc restat. CH. quid? CLIT. Syro ignoscas volo
ソストラータ あの子ならいいわ。クリティポン お父さん、一つやり残したことがあります。クレメース 何だ。クレメース 許してやってほしいんです。
quae mea causa fecit. CH. fiat. CANTOR. vos valete et plaudite!
シュロスが私のためにした事を。クレメース わかった。合唱団 さようなら、拍手を。
Terence's text from The Latin Library, adapted to the new Loeb version.
参考文献 TERENCE EDITED AND TRANSLATED BY JOHN BARSBY (HARVARD UNIVERSITY PRESS 2001),
TERENCE THE COMEDIES TRANSLATED BY BETTY RACICE
(PENGUIN CLASSICS 1965),
Elementary Latin Dictionary and A Latin Dictionary in Perseus.
and 手持ちのElementary Lain Dictionary.
Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2011.9.23-2015.7.14