キケロ『クィンクティウス弁護』
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.XXXI
前81年(キケロ25才)
一 今この国で最も有力な二つのものが私たちにとって不利に働いています。その二つのものとは強大な勢力(=当時ローマを支配していたスッラ派)と雄弁の力であります。裁判長殿(ガイウス・アクィリウス、法律家)、私は前者に恐怖を、後者に畏怖を抱いております。クィントゥス・ホルテンシウス氏の雄弁が私の弁論を混乱させるのではないかと、私は大いに動揺しているのであります。また、セクストゥス・ナエウィウス氏の勢力がプブリウス・クィンクティウスさんに損害をもたらすのではないかと、私は少なからず恐れているのであります。1
もしこの二つのものが私たちの側にも人並みに備わっているなら、相手側の巨大な力をこんなにひどく嘆くことはなかったでありましょう。ところが、現状を言えば、経験も才能も満足にない私が最も雄弁な弁護人と対峙しているのであり、資産も財力もなく友人関係も希薄なプブリウス・クィンクティウスさんが強力な勢力を誇る相手と戦っているのであります。2
その上に私たちの側にはまだ不利なことがあります。それは裁判長殿、あなたの法廷で何度もこの訴訟を担当してきただけでなく、数々の訴訟の経験を持ちこの訴訟にも非常に詳しいマルクス・ユニウス氏が今回は急用のために欠席していることであります。その代わりに私にこの大役が回ってきました。しかし、これほど論争になっている大きな事件のことをよく知るためには、如何せん、私には充分な時間が与えられなかったのであります。3
そのために、私がほかの訴訟でいつも助けとしている方法がこの訴訟では使えないのであります。と言いますのは、私は自分の才能が足りない分を入念な調査で補って来たのでありますが、充分な時間が与えられないと、充分な調査ができたという自信が持てないからであります。しかしながら、裁判長殿、あなたとあなたの法律顧問の皆さんは、私たちの側に不利な事情がこのように重なるほど、それだけ余計に温かい心で、私たちの言葉に耳を傾けて下さらねばなりません。そして、多くの不利な事情のせいで歪められた真実を、皆さんのような立派な人たちの公平な審理によって最後には回復していただかねばなりません。4
しかしながら、もし無力で孤立無援な私たちを裁判長が巨大な勢力から守って下さらず、顧問の皆さんにとって、訴訟の行く末を左右するものが真実ではなく力であるなら、この国には純粋さや誠実さというものは消え去り、裁判長の権威と徳が下賤な市民の慰めとなることはなくなることでしょう。もし真実があなたとあなたの法律顧問の皆さんのもとで力を発揮することがないなら、真実は巨大な勢力によってローマから追放されてしまい、自分の居場所を失くしてしまうことでありましょう。
二 私がこんな事を言うのは、裁判長殿、私があなたの信義や誠実さに疑いを抱いているからではありません。また、あなたがご自分の法律顧問にしたこの国の選り抜きの人たちに、プブリウス・クィンクティウスさんが大きな希望を持つべきでないからでもありません。それではそれは何故でしょうか。5
その第一の理由は、彼は一度の裁判に自分の全財産を賭けて争っているために、大きな危機に直面して恐怖に震えているからであります。そして、彼がこの事を考える時、裁判長殿、彼は心の中で、あなたの公正さと同じくらい、あなたの権力のことを何度も思い浮かべるのであります。なぜなら、他人の判断に自分を委ねた人は誰でも、自分の身を預けた人は何をなすべきかよりも、何が出来るかをよく考えるからです。6
第二の理由は、プブリウス・クィンクティウスさんは名目上はセクストゥス・ナエウィウス氏を敵としていますが、実際にはこの時代の我が国で最も雄弁で最も勢いがあり最も栄えている人たちを相手にしているからであります。彼らは協力して全力でセクストゥス・ナエウィウス氏を弁護しているのです。しかし、他人の強欲の手先になって、その人が選んだ相手を不公平な裁判によって打ちのめす手助けをすることが弁護と言えるでありましょうか。7
それに、特にこの裁判では最高の表現力と弁舌の力を持って生まれついたクィントゥス・ホルテンシウス氏が原告側にいて私に反論しようとしている時に、裁判長殿、被告の市民権と名誉と財産を守る立場にある私が原告より先に弁論することほど不公平で破廉恥な話はないのであります。
その結果、敵の矢弾を払い除けて傷を癒すのが仕事の私は、敵がまだ矢弾を投げる前に、防御の仕事を強いられているのであります。また、私たちには敵の攻撃をかわす機会が与えられないのに、敵方には攻撃の機会が与えられているのであります。そんな状況でもし敵が準備している冤罪という毒矢を投げかけたら、私たちには傷薬を付ける機会もないのであります。8
こんな事になったのは不公平な悪徳法務官のせいなのです。というのは、まず彼はあらゆる前例に反して事実に関する本来の審理より先に名誉に関する審理を行うことにしたからであります。次に彼は被告が原告の言い分を聞く前に弁明をするように、その審理を構成したからであります。これはナエウィウス氏を庇護する人たちの圧力のなせる業なのです。彼らはまるで自分たちの財産と名誉が危機に瀕しているかのように、ナエウィウス氏の強欲のお先棒を懸命に担いで、この事件で自分たちの権勢の力試しをしているのであります。しかし、彼らがその美徳と高貴さによって大きな力を持っているのなら、その力の大きさをこのような機会に見せるのは慎むはずなのであります。9
このような数々の非常に難しい事態に襲われて打ちのめされたプブリウス・クィンクティウスさんは、裁判長殿、あなたの信義と公正さと慈悲に救いを求めるために、そして、今のところ相手側の権力のために彼には公平な権利が与えられず、公平に争う機会が失われ、公平な政務官が見つけられなかったために、そして、大きな不正によって全てが彼の敵と化したために、裁判長殿、彼はあなたと法律顧問の皆さんに、多くの不正によって翻弄され蔑ろにされた正義を、この法廷で取り戻した上で、確固たる礎の上に据え直して頂きたいと懇願しているのであります。
三 皆さんがそのことを少しでも容易に実現出来るようにするために、私はこの問題がそもそもどのようにして引き起こされたかを皆さんにご理解頂けるように全力を尽くす所存であります。10
ここにいるプブリウス・クィンクティウスさんにはガイウス・クィンクティウスという兄がいました。彼は一家の経営者として、思慮分別にたけた勤勉な人でしたが、ただ一つだけ慎重さを欠いたことがありました。それはセクストゥス・ナエウィウス氏を共同経営者にしたことです。ナエウィウス氏は立派な人ですが、共同経営者が持つ権利についても信頼できる経営者の義務についても知らずに成長した人でした。と言っても、彼が能無しだったわけではありません。なぜなら、彼は洒落の分かる太鼓持ちとしても、品のある競り屋としても、評判は悪くないからです。しかし、だからと言ってこの人を共同経営者にするでしょうか。彼の生まれ付きの取り柄は声だけでした。それに、父親から受け継いだのは大胆さだけでした。彼はその声を世過ぎのために使い、その大胆さを活かして誰にも遠慮なく毒舌をふるったのであります。11
そんな男を共同経営者にしたいと思うとすれば、それは自分の金を使って利益の上げ方を学ばせるぐらいのものでありましよう。ところが、既に言ったように、ガイウス・クィンクティウス氏はこの男と親交を結ぶと、ガリアで手に入れた農場をこの男と一緒に共同経営し始めたのであります。
彼は大きな牧場と手入れの行き届いた実り豊かな農地を持っていました。一方、ナエウィウス氏はリキニウスホールと競り仲間から別れてアルプスの向こう側のガリアに移って来ます。住所は大きく変わりましたが彼の性格は変わりません。彼は若い頃から出資せずに金儲けをする癖がついていましたから、何がしかの金を出資して共同経営を始めてからは、中途半端な稼ぎでは満足できなかったのであります。12
声を売り物にしていた彼はその声で手に入れた金が大きな利益をもたらすと思っていたとしても不思議ではありません。
実際、彼は共同財産から出来るだけ多くの額をちょろまかしていました。彼はこれを入念に仕組んで、真面目な共同経営者たちが裁判でいつも非難されるようにしたのです。この事を是非とも言って欲しいとクィンクティウスさんは私に言いますが、私はその必要はないと思っています。これは裁判上必要であっても、必要なだけで要求されてはいないからです。ですから、これ以上は省略します。13
四 共同経営が何年も続いて、ナエウィウス氏がクィンクティウス氏から疑われて、商売ではなく私利私欲のために行った事がうまく弁解できないことが何度もありました。そうこうする内にクィンクティウス氏は亡くなります(=前85年初め)。その時にはナエウィウス氏が一緒でしたが、クィンクティウス氏は急死したのです。彼は遺言でここにいるプブリウス・クィンクティウスさんを相続人にしました。大きな悲しみに襲われていた正にその人に大きな名誉が訪れたのです。14
兄の死後間もなく彼はガリアへ旅立って、そこでナエウィウス氏と仲良く暮らします。二人は1年ほど一緒に居て、共同経営について、商売全般について、ガリアの事業について話し合います。しかし、その時にナエウィウス氏は会社に金を貸してあるとも、クィンクティウスさんの兄に昔個人的に金を貸したことがあるとも何も言いませんでした。遺産の中にローマで支払う必要のある借金があったので、プブリウス・クィンクティウスさんは個人財産をガリアのナルボーで競売すると公示します。15
すると、実に立派なナエウィウス氏は、次のように言葉を尽くしてこの競売をやめさせるのです。曰く「その公示日に売るのはあまり得策ではない」。曰く「自分にはローマに蓄えがあって、僕たちの兄弟付き合いと親戚のよしみから、それが二人の共同財産だということは少し考えれば分かるはずだ」と。実際、ナエウィウス氏はプブリウス・クィンクティウスさんの従姉妹と結婚して子供もいたのです。ナエウィウス氏の言葉遣いはまさに善人そのものだったので、善人ぶったことを言う人ならきっと善人ぶったことをするに違いないとクィンクティウスさんは思いました。そこで、彼は競売を取り止めにして、ローマへ旅立ちます。同じくナエウィウス氏もガリアを立ってローマに向かいます(=前84年)。16
ガイウス・クィンクティウス氏の借金の相手はプブリウス・スカプラ氏でした。そこでプブリウス・クィンクティウスさんはスカプラ氏の子供にいくら払うべきかを、ガイウス・アクィリウス(=裁判長)さん、あなたに決めて頂きます。この件であなたの判断を仰いだのは、通貨の違いのために、負債の額を帳簿で見るのではなく、カストール神殿(=両替所)で実際の額を調べる必要があったからです。さらに、あなたはスカプラ氏の家族との縁故を利用してローマの銀貨でいくら払うかを決めて下さいます。17
五 これはクィンクティウスさんがナエウィウス氏の助言と忠告によって行ったことです。自分を助けてくれると信じている人の忠告に従ったとて何の不思議があるでしょう。相手はガリアで約束しただけでなく、ローマでも「言ってくれたらすぐに用立てする」といつも言っていたからです。クィンクティウスさんは「あの人にはそうするだけの資力があるし、必ずそうしてくれる」と信じていました。ナエウィウス氏が嘘をつく訳がない以上、彼はそんな事は思ってもみなかったのです。そこで、彼は自分の家にはお金がないのに、スカプラ家の人たちに支払う約束をしたのです。そして、ナエウィウス氏に金額を知らせて、約束通りに用立ててくれるように頼みます。18
ところが、この実に立派な(何度もこんな事を言われると馬鹿にしていると思うかもしれませんが)ナエウィウス氏は、これをクィンクティウスさんを窮地に追い込んで自分の条件を押し付ける好機だと思ったのでしょう、商売と共同経営の問題を全部先に決着させて、彼との間に争い事が無いのがはっきりするまでは一銭も出せないと言い出すのです。クィンクティウスさんは「その事は後で考えましょう。どうか約束通りに今出してくれませんか」と言うのですが、ナエウィウス氏は「ほかの条件では駄目だ。そんな約束は私が競売の時に売り手の指図でする約束と同じで何の意味もない」と言います。19
この裏切りに驚いたクィンクティウスさんはスカプラ家の人たちから数日の猶予をもらって、公示していた物品を売らせるためにガリアに人をやります。そして、競売を本人の立会いなしで不利な時期に実施して、スカプラ氏に対する支払いも前より悪い条件で済ませるのです。それから彼はナエウィウス氏に「あなたが我々の間に争い事があると考えているからには、出来るだけ早くトラブルなしに全てが片付くように取り計らって欲しい」と自分から懇願するのです。20
ナエウィウス氏は自分の友人のマルクス・トレベリウスを代理人に指名します。私たちはクィンクティウスさんの親類のセクストゥス・アルフェーヌス君を代理人にします。この人は双方に共通の友人で、ナエウィウス氏の家で育って、ナエウィウス氏が重用していた人です。両者の話し合いはどうしても和解するには至りませんでした。我々はなるべく損失を大きくしたくなかったのに対して、相手側は生半可な儲けでは満足しなかったからです。21
こうして問題はその時から公判に持ち込まれました。しかし、出頭の日取りは何度も延期されて、ここでかなりの時間が浪費されて何の進展も見られませんでした(=46節参照)。そして、ナエウィウス氏はやっと法廷に現れるのです(=前84年12月)。
六 裁判長並びに法律顧問の皆さん、お願いですから、よく注意してお聞き下さい。そうすれば、これが新手の詐欺、新手の陰謀であることがご理解頂けるはずです。22
その時ナエウィウス氏はこんな事を言いました。「私はガリアで競売を催した。私が売りたい物は全部売った。会社に私に対する負債がなくなるようにした。だから、私はもうこれ以上クィンクティウスに裁判への出頭を求めないし、自分も今後は出頭の約束はしない。しかし、もしクィンクティウスが私と争いたいと言うなら異議を唱えない」と。クィンクティウスさんの方もガリアの農地を再訪しようと思っていたので、ナエウィウス氏に出頭の約束を求めませんでした。こうして、二人は出頭の約束をせずに別れるのです。それからクィンクティウスさんは三十日ほどローマにとどまります。そして、安心してガリアに立てるように他の人に対する出頭の約束を延期してから、彼は出発するのです。23
彼がローマを立つのは、スキピオとノルバヌスが執政官の年(=前83年)の1月29日(=57節)のことです。皆さん、この日付をよく覚えておいて下さい。クイリヌス地区のセクストゥスの息子、ルキウス・アルビウスという、純朴な正直者が一緒に旅立ちました。ヴォラテッラの浅瀬と呼ばれる所で、二人はルキウス・プブリキウスというナエウィウス氏の親しい友人と出会います。彼はガリアの奴隷たちをナエウィウス氏のもとに連れ帰るところでした。このプブリキウスは、ローマに着くとクィンクティウスさんと会った場所をナエウィウス氏に伝えるのです。24
ナエウィウス氏はこの事をプブリキウスから聞くと、奴隷たちに友人たちを回らせ、自分はリキニウスホールと市場通りの知人たちに声を掛けて、次の日の朝の第2時に両替屋のセクストゥスまで来るように頼みます。彼らは大挙してやって来ます。そこでナエウィウス氏は彼らを「ナエウィウスは出頭したがプブリウス・クィンクティウスは出頭しなかった」という事の証人にするのです。そして、文書を作って多くの名高い人たちから署名をもらって家へ帰るのです(=前83年2月5日)。その後、ナエウィウス氏は法務官ブリエヌスに「布告によってクィンクティウスの財産を差押える許可」を申請します(=前83年2月20日)。すると、この法務官はこの人の財産の競売を命じるのです。この人はナエウィウス氏の友人であり、共同経営者であり、彼の子供が生きている間は親戚だというのにです。25
ここから明らかなことは、どん欲な人間はどんな神聖な義務でも蔑ろにするということであります。もし真実によって友情が育まれ、信頼によって協力関係が育まれ、情愛によって親戚関係が育まれるのなら、友人であり協力者であり親戚である人の財産と名誉を奪い取ろうとするあの人は、嘘つきで不実で冷酷な人間であると自ら認めざるを得ないのであります。26
競売の公示はクィンクティウスさんの代理人のセクストゥス・アルフェーヌス君によって破棄されました。彼はナエウィウス氏の友人であり親戚でもある人です(=21節参照)。彼はナエウィウス氏に奪われた一人の奴隷を(=89節)取り返してからこう通告します。「私はクィンクティウス氏の代理人である。あなたはクィンクティウス氏の名誉と財産に配慮して、彼が帰るのを待つべきだ。もしそうする気がなく、そんなやり方でクィンクティウス氏に自分の条件を押し付ける積りなら、もう何も頼まない。もしあなたが裁判に訴えるなら、私は法廷でクィンクティウス氏を弁護する」と。27
こんな事がローマで起きている間に、クィンクティウスさんは法と慣習と法務官布告に反して共同牧場と農地から、共有奴隷によって暴力的に追い出されるのです。
七 裁判長殿、ナエウィウス氏が手紙の指示によってガリアでやらせたこんな事が正しいとお思いなら、ナエウィウス氏がローマでやった事もみんな思慮分別に満ちた行動だとお考えになればいいでしょう。明らかな不正行為によって自分の農地から追い出されたクィンクティウスさんは、当時その属州を治めていた総督ガイウス・フラックスのもとに助けを求めます。ここで私が総督の名前を出すのは、総督の地位と名誉を考えれば当然のことであります。そして、総督がナエウィウス氏の行為を厳しく処罰すべきと考えたことは、彼の命令から皆さんも知ることが出来るでありましよう。28
一方、ローマではアルフェーヌス君がこの老グラディエーターと日々戦っていました。もちろん大衆はアルフェーヌス君の味方でした。なぜなら、あの男はクィンクティウスさんの市民権を虎視眈々と狙っていたからです。あの男は判決履行(=借金の支払い)を代理人が保証することを要求してきました。それに対して、アルフェーヌス君は代理人が保証するのは不当だと主張します。なぜなら、被告本人(=プブリウス)がここにいたとしてもそんな保証はしないはずだからです。アルフェーヌス君は護民官に上訴します。護民官から確かな救済を求めると、アルフェーヌス君はクィンクティウスさんを9月13日(=前83年)に出頭させることを約束して、両者は別れるのです。29
八 クィンクティウスさんはローマに戻ると、約束通りに出頭しました。残酷なあの男は、彼の財産を差押えて、彼を暴力で農地から追い出して、彼の農地を奪おうとしたのに、それから1年半の間何も要求せずに大人しくしていて、色んな条件を出して、出来るだけクィンクティウスさんの気を持たせます。そして、結局クィンクティウスさんに判決履行を保証させることを法務官グナエウス・ドラベッラ(=前81年3月頃)に要請するのです。それは次の様式でした。「当方は法務官の布告によって三十日間差押えた財産の持ち主から(=判決履行の保証を)要求する」
そこで、クィンクティウスさんは「もし自分の財産が法務官の布告によって三十日間差押えられた場合には判決履行を保証せよとの命令に異議を唱えない」と申しました。すると法務官ドラベッラは判決を下します(私はこれが公平かどうかは何も言いません。一つ言える事はこれが前代未聞の判決だという事です。私は黙っていたかったのです。なぜなら、この判決が不公平で前例のない判決であることは誰でも分かることだからです)。その中で彼は「クィンクティウスの財産が法務官ブリエヌスの布告によって三十日間差押えられなかった場合」のために、クィンクティウスさんはナエウィウス氏と保証金の手続きを取るべしと(=主張が嘘だと分かれば保証金は没収される)命令します。その時クィンクティウスさんの側に付いていた支援者たちは異議を唱えました。「裁判は本来の金銭問題について行われるべきであり、しかも判決履行の保証は双方がするかどちらもしないかであるべきである(=相互に借金があったことは44節参照)。(=予備審問で)どちらかの名誉が裁かれるべきではない」と言ったのです。30
さらにクィンクティウスさんは「私が判決履行の保証をしたくないのは、自分の財産が布告によって差押えられていると認めていると思われたくないからです。また、もしそんな保証金の手続きをすれば、(今日起きている事です)自分の命をかけた裁判で原告より先に弁明することになってしまうのです」と主張しました。しかし、ドラベッラは自分の不正を強引に押し通したのです(生まれのいい人の常として、何か始めたらそれが正しいか正しくないかに関わらず、私たちには及びもつかない実行力を見せるのです)。そして、彼はクィンクティウスさんに判決履行を保証するか保証金の手続きをするかどちらかを選ぶよう命じて、その一方でこれに異議を唱える我々の支援者たちには乱暴にも退室を命じたのです。31
九 クィンクティウスさんはがっかりして帰ります。それは当然です。彼は判決履行を保証すれば自分を死罪にする(=差押えを認める)ことになり、保証金の手続きをすれば命がけの裁判(=名誉を賭けた)で原告より先に弁明することになるという、不公平で悲惨な選択の前に立たされたからです。もっとも、前者では、彼は自分自身に不利な判断(=差押えを認める)をせざるを得なくなって最悪ですが、しかし後者では、お礼が少ないほど多くの助けが得られる立派な裁判長のもとに来る希望がありました。そこで彼は保証金の手続きを選んで、手続きをしたのです。裁判長殿、彼はあなたを裁判長に指名して保証金を納めてナエウィウス氏を訴えたのです。この裁判の全体の概要と要点は以上です。32
裁判長殿、この裁判はプブリウス・クィンクティウスさんのお金に関する本来の裁判ではなく彼の名誉と運命に関する裁判であることはお分かりでしょう。我らの父祖たちは命がけの弁明をする者は原告の後にすると定めたにもかかわらず、私たちは前代未聞の告発のせいで原告より先に弁明していることをご理解頂けたでしょう。さらにいつもは被告側に立っている弁護士たちが原告側に立って、これまでは救済と援助をもたらしてきた天才たちが破滅する側に移っていることもお分かりでしょう。そのあと彼らに残されたことは、彼らが昨日行なったように、あなたを法務官の前に引き出して、私たちの弁論時間の長さを予め決めさせることだけでした。もしあなたが自分の権限と役割と権能を法務官に教えていなかったら、こんな事も彼らは法務官によって簡単に実現していたことでしょう。33
今まで私たちにはあなた以外に私たちの権利を彼らから守ってくれる人はいなかったのです。彼らは誰もが正しいと思うようなことでは満足できないのです。せっかくの権勢も悪事に使えなければ取るに足らぬ無意味なものだと彼らは考えているのです。
十 ところで、裁判長殿、ホルテンシウス氏はあなたには早く判決を出せと迫り、私には弁論で時間を浪費するなと言って、先の弁護人が最終弁論まで進めなかったことに不満を表明しています。そこで、我々が結審を望んでいないのではという疑念を私に払拭させて下さい。私は問題を先の弁護人よりうまく説明できるとは思いませんし、そんなに長く喋るつもりもありません。なぜなら、先の弁護人が問題点を詳しく説明しているからであります。また、私自身、長い弁論を考える力もそれを実行する力も持たないので、短い弁論は願ったり叶ったりなのであります。34
ホルテンシウスさん、私はあなたの弁論を拝聴して学んだ方法を使いたいと思います。それは今回の私の弁論を全体として幾つかの部分に分けることです。あなたはこれがお得意でいつも使っておられますが、私はこれが今回の訴訟には打ってつけだと思うので使わせて頂きます。こんな事がいつもあなたにお出来になるのは正にあなたの才能の賜物ですが、今回これが私に出来るとすればそれはこの訴訟のお陰なのです。その上、私は弁論の範囲と限界をはっきり決めておくつもりです。そうすれば、たとえ私がいくら脱線したくても出来ないでしょう。その結果、私は明確なテーマを持って話すことが出来ますし、ホルテンシウス氏にはご自分が反論すべき事柄を明確に捉えていただけるでしょう。また、裁判長殿、あなたも私が何について話すかをあらかじめ見通すことがお出来になるでしょう。35
セクストゥス・ナエウィウスよ、私たちはお前がプブリウス・クィンクティウスさんの財産を法務官の布告によって差押えてはいないことを主張する。この事を争うために保証金の手続きが取られたのだ。そして私はまず最初に、お前はプブリウス・クィンクティウスさんの財産の差押え許可を法務官に申請すべき理由はなかったことを証明するだろう。次にお前は法務官布告によって彼の財産を差押えることはできなかったことを証明するだろう。最後にお前はそもそも彼の財産を差押えなかったことを証明するだろう。裁判長殿、お願いです、そして法律顧問の皆さん、私が今お約束したことをよく覚えておいて下さい。もしそうして頂けるなら、全ての問題をたやすくご理解頂けるでしょう。私が設けた限界を自ら越えようとするなら、皆さんの判断で呼び戻して下さるといいでしょう。私の主張は、あの男がプブリウス・クィンクティウスさんの財産の差押え許可を法務官に申請すべき理由がなかったこと、あの男は布告による差押えができなかったこと、そもそもあの男はクィンクティウスさんの財産を差押えなかったことです。この三つを証明し終えたら、私は弁論を終了いたします。36
十一 あの男にはプブリウス・クィンクティウスさんの財産の差押え許可を法務官に申請すべき理由はなかった。なぜこう言えるのでしょうか。それは、クィンクティウスさんはナエウィウス氏に対して個人的にも共同経営者としてもいかなる債務も負っていなかったからであります。誰がこの事の証人でしょうか。それはこの訴訟の過酷なる敵その人なのであります。この事について、私は、ナエウィウスよ、お前を、そうだ、お前を証人として申請する。ガイウス・クィンクティウス氏の死後1年以上もの間、このプブリウス・クィンクティウスさんはお前と一緒にガリアにいたのだ(=前85〜84年)。お前は彼に金額はいいから膨大な借金の催促をしたことを証明してみろ。借金の話を彼にしたことを証明してみろ。金を貸していると言ったことを証明してみろ。そうすれば私は彼がお前に借金があったことを認めてやる。37
亡くなったガイウス・クィンクティウス氏はある種の名目でお前に高額の借金をしていたとお前は言う。氏の相続人となったプブリウス・クィンクティウスさんは、お前がいるガリアの共同農場に行ったのだ。そこにはまさに財産も帳簿も書類もあったのだ。それなのに、財産が自分の共同経営者から相続人のもとに移ってから初めて彼に会った時に、お前は借金のことを伝えず、金の催促もせず、帳簿も見せず、問題があっても穏便な処置も厳格な法に訴えることもしなかったのだ。そんなに家計にだらしのない無頓着な人がいるだろうか。これはナエウィウスよ、全くお前らしくない事だ。そんな事があるだろうか。立派な人間ならする事、自分の身内で友人でもある人の名誉と信望を重んじる人ならする事を、ナエウィウスはしなかったのだろうか。それほどにもあの男は貪欲に駆られていたのでだろうか。あの男は自分の財産を少しでも失いたくない、ここにいる自分の親戚には名誉となる物を少しも譲りたくないと、やっきになっていたのだろうか。38
ありもしない借金を返してくれないと言って、親類の金だけでなく命も奪おうとするような人間が、もし本当に金を貸していたなら、借金の催促をしなかっただろうか。お前は今では自由に息をするのも許さない相手に、さだめし当時は面倒をかけたくなかったのだ。今では無慈悲に殺したいと思っている相手に、当時のお前は遠慮して、借金の催促をする気にならなかったのだろう。おそらくお前は、自分の親類で自分を大事にしてくれ、自分より年上の人間に借金の催促をしたくなかったのだろう。そんな事をする勇気もなかったのだろう。いや、お前は、よくあるように、勇気を出して金の話をしようと何度も決心したし、熟慮のうえで腹を決めてやって来たのに、羞恥心の強いお前は、急に怖気づいて黙ってしまったのだろう。お前は借金の催促をしたかったが不愉快な話をする勇気がなかったのだろう。きっとそうだったに違いないのだ。39
十二 ナエウィウスは自分が命を狙っている相手に耳の痛いことが言えなかった。きっとそうだと思う。しかし、ナエウィウスよ、お前が本当に金を貸していたのなら催促したはずなのだ。しかも、すぐに催促したはずなのだ。もしすぐに催促しなかったとしても、少し後で催促したはずなのだ。少し後でなくても、もっと後で催促したはずなのだ。おそらくは6ヶ月以内に催促したはずなのだ。いや、疑いもなく1年以内には催促したはずなのだ。ところが、お前は1年半もの間、毎日彼に催促する機会があったのに何も言わなかったのだ。そして、既にほとんど2年が経った頃になってお前はやっと催促したのだ(=ブリエヌスへの差押え申請を指す)。いくら贅沢で金遣いの荒い放蕩者でも、いくら金が有り余って困窮していなくても、当時のセクストゥス・ナエウィウスほど無頓着な人がいるだろうか。あの男がどんな人間かはあの男の名前を言えば充分なのだ。40
ガイウス・クィンクティウス氏がお前に借金をしていたのに、お前は一度も催促しなかった。氏が亡くなって財産は相続人のもとに移った。お前はその人に毎日会っていたのに、2年もしてからやっと催促したのだ。もし本当にナエウィウスが金を貸していたのなら、すぐに催促したはずなのだ。それを2年間も催促しないというのは信じがたいことだ。彼には催促する機会がなかったのだろうか。しかし、プブリウス・クィンクティウスさんは1年以上もお前と一緒に暮らしていたのだ。ガリアでは訴訟を起こせなかったのだろうか。しかし、属州には司法機関があったし、ローマでは裁判が行われていたのだ(=内戦は終わっていた)。残るは、お前がひどく無頓着だったか、この上なく気前がよかったかのどちらかだ。しかし、ナエウィウスよ、お前が無頓着だったと言うなら驚きだし、気前がよかったと言うならお笑いだ。お前はきっと答えようがないだろう。お前が金など貸していなかったことは、あんなに長い間何の催促もしなかったことで充分証明されているのだ。41
十三 しかし、もしナエウィウスが今している事こそあの男が金を貸していなかったことの証拠だと私が証明したらどうなんだ。と言うのは、いまナエウィウスが訴えている事は何なのだ。彼は何を争っているのか。私たちの間で既に2年(=83年から81年)も続いているこの裁判とは何なのか。ナエウィウスがこれ程多くの立派な人たちを煩わせているのは何のためなのか。あの男は借金の催促をしている。やっと催促するのだろうか。それでも、催促すればいい。ところがあの男の言い方は違う。42
あの男は帳簿の問題と共同経営の問題に決着を付けることを望んでいると言う。遅きに失した感がありますが、それもいつかは必要だろう。それは私も認めよう。ところが、お前はこう言うのだ。「裁判長、私はそんな事で訴えてはいない。そんな事にこだわってはいないのだ。プブリウス・クィンクティウスは長年にわたって私の金を使っているが、どうぞ使ってくれ。私は借金の催促をしているのではない」と。ではお前は何のために争っているのか。あるいは、それはお前が多くの機会に言ったこと、つまりクィンクティウスさんの市民権を否定するため、彼が今まで名誉をもって維持してきた地位を奪うため、彼を人間社会から追放するため、彼に自分の命と名誉の全てをかけて争わせ、裁判で原告より先に弁明させ、弁明を終えてから原告の告訴を聞かせるためなのか。しかし、そんな事をして何になるのか。そうすれば、もっと早くお前の物が手に入るのか。しかし、もしそれが望みなら、とっくの昔に決着を付けられたのだ。43
それとも、もっと上品なやり方で裁判を争うためなのか。しかし、自分の親戚であるプブリウス・クィンクティウスさんを破滅させることは、ひどい罪を犯さずには出来ないことだ。それとも、もっと迅速な裁判をするためなのか。しかし、この裁判長はおいそれと人の命について判決を下さないし、ホルテンシウス氏も人の市民権を攻撃する弁論は得意ではないのだ。裁判長殿、私たちはあの男にどう答えているでしょうか。ナエウィウス氏が借金を催促すれば、私たちは借金は存在しないと言っています。すぐに判決を出せといえば、私たちは異議を唱えていません。あの男はそれ以上に何を求めているのでしょうか。もしナエウィウス氏が判決が出た時の金の支払いを心配しているなら、判決履行を保証を受け入れればいいのです。そして、私たちの保証を受け入れるのと同じ条件で、彼も私たちの要求に従って判決履行を保証すべきです(=ナエウィウスはクィンクティウスに借金があった。74節参照)。そうすれば、裁判長殿、いまや決着を付けることが出来るのであります。今やあなたはクィンクティウスさんを襲ったこの厄介事から、あなた自身も解放されて家へ帰ることが出来るのです。44
ホルテンシウスさん、私たちはどうすべきでしょうか。私たちはこの提案についてどう言うべきでしょうか。私たちはいつか武器を置いて、誰かの運命を危険にさらすことなしに本来の金銭問題を議論できないのでしょうか。私たちは親類の市民権を危機にさらすことなしに自分たちの権利を追求できないのでしょうか。私たちは告発者の役回りをやめて本来の原告の立場で弁論できないのでしょうか。しかし、お前はこう言うのだ。「とんでもない。私は裁判履行の保証をお前から受けとっても、私はお前に同じ保証をするつもりはない」と。
十四 誰が私たちにそんな公平な法を割り当てるだろう。クィンクティウスさんにとって公平なことはナエウィウスにとって不公平なことだと誰が決めるだろうか。しかし、お前はこう言うのだ。「クィンクティウスの財産は法務官の布告によって差押えられている」。ということは、その事を認めるように、お前は私たちに要求するのか。つまり、一度も実行されていないと私たちが裁判で主張していることが実行されていると、私たちもそう判断して確認しろと言うのか。45
裁判長殿、誰かの不名誉、誰かの恥辱、誰かの破滅にならずに、各々がなるべく早く自分のものを手に入れる方法は見つけられないものでしょうか。彼がもし金を貸していたならきっと催促していたはずです。そして、こんなややこしい訴訟をするよりは、その元になった一つの訴訟(=返金訴訟)だけを望んでいたはずです。こんなに長い間毎日その機会があったのにクィンクティウスさんに借金の催促をしなかった人、やっと裁判を始めたのに出頭日を何度も延期して時間を完全に浪費してしまった人(=22節参照)、その後出頭の約束を取り止めにしておいて、この人を待ち伏せして暴力で共同農場から追い出した人、本来の金銭問題について争う機会があって誰も異議を唱えていないのに、相手の名誉に関わる保証金の手続きを選んだ人、こんなややこしい訴訟の元になった金銭問題の訴訟に呼び戻された時に、公平極まる申し出(=判決履行の保証)を拒否して、自分の狙いは金ではなく血と命だと認めてしまった人、この人は明らかに次のように思っているに違いないのです。「もし私が本当に金を貸していたら、催促してとっくの昔に返させていただろう。46
「もし借金の催促をするつもりなら、こんな面倒な、こんな不人気な裁判はしなかったし、こんなに大勢の弁護団など用意しなかっただろう。目的は嫌がる相手から無理やり金を奪うことだ。金を貸してもいない相手から金を絞り取ることだ。プブリウス・クィンクティウスをすってんてんにすることだ。そのために、有力者と雄弁家と貴顕紳士を招集しなくてはならない。真実を暴力で押さえつけて、相手を脅しつけて危険にさらし、恐怖に直面させるのだ。そうやって、相手をこてんぱんにやっつけて、びびらせて最後に自分から降参させるのだ」と。
実際、敵側で戦っている人たちを目にして、次に彼の支援者の一団に目を向けている間は、こうした危険や恐怖が間近に迫って来て、とても避けられないように思われますが、裁判長殿、私はあなたに思いを巡らして目線をあなたの方に戻した時には、相手が必死に争えば争うほど、それらの危険や恐怖は些細な取るに足らぬのものに思えてくるのです。47
というわけで、ナエウィウスよ、お前が自分で明らかにしたように、クィンクティウスさんはお前に借金などしていなかったのだ。しかし、もし借金があったとすればどうだと言うのか。それが即ちお前が彼の財産の差押えを法務官に申請する理由になっただろうか。しかし、そんなやり方は間違っているし誰の得にもならない事だと私は思う。では、ナエウィウスは何を理由にしているのか。それはクィンクティウスさんが出頭の約束を反故にしたことだと言うのだ。
十五 しかし、それは事実ではない。しかしながら、裁判長殿、私はその事を証明する前に、義務と常識の観点から実際の事実とナエウィウス氏の行動を検証してみたいと思います。お前の親戚で共同経営者で昔からの親しい友人である人が出頭の約束を反故にしたとお前は言う。それを理由にお前が直ちに法務官に駆け込んだのは適切な事だったのか。それを理由にお前が直ちに法務官の布告によって彼の財産の差押えを申請したのは正しい事だったのか。お前はそんなに強欲だったから、こんな極端で敵対的な裁判に訴えて、これ以上残酷なことのない最後の手段に出たのか。48
というのは、誰にとってもこれほど恥ずかしく惨めで残酷な事はないからだ。これほど不名誉なこと、これほどひどい破滅はないからだ。仮に運悪く金を失っても、誰かの不正で金を奪われても、評判に傷さえ付かなければ、貧しさは高潔さで容易に慰められる。一方、恥辱の烙印を押されたり、恥ずべき判決で断罪されても、富に恵まれているなら、他人の援助を当てにするという最大の恥辱を免れる人もいる。そんな人は自分の財産を支えとして不幸の中から立ち直れるのだ。
しかし、自分の財産が売り払われて、贅沢品だけでなく生活必需品の食料や衣服まで不名誉にも競売にかけられるという事は、この世から追い払われるだけでなく、悪くすると、死人以下の地位に追いやられる事なのだ。確かに、名誉ある死はしばしは惨めな人生の飾りとなるが、これほど惨めな人生には名誉ある死は許されないのだ。49
言わば、自分の財産を法務官の布告によって差押えられた人は、財産と一緒に自分の名誉と評判を全部差押えられるようなものなのだ。自分の財産の競売の公示が繁華な場所に張り出された人は、もはやこっそりと人知れずに破産することは許されないのだ。どんな条件で破産するかを決める管財人が選任されて、競売人の声で自分の値段が決められる人は、生きながらにして目の前で最も残酷な葬式が執行されるのだ。しかも、その葬式には、友人たちが故人の亡骸に敬意を表すために来るのではなく、財産の買い手が死刑執行人として彼の残りの人生をずたずたにするためにやって来るのだ。50
十六 我らの父祖たちはこんな事は滅多に起こらないことを願っていたし、法務官たちはこんな事は慎重に行われるように定めたのだ。善良な人間なら、あからさまな詐欺にあった時でも、裁判に訴える機会がない場合も、こんな手段に訴えるのはとても気が引けるものなのだ。彼らは不可抗力に追い詰められ、何度も出頭の約束を反故にされ、度重なる裏切りと約束違反にあって万やむ方なくそうするのだ。というのは、彼らは人の財産を競売にかけることの意味と重大さを考えるからだ。
善良な人間ならたとえ正当な権利があってもほかの市民を破滅させることは望まないものだ。むしろ、善良な人間は「救えたのに破滅に追い込んだ人」ではなく「破滅に追い込めたのに救った人」として人々の記憶に残ることを願うものだ。しかも、善良な人間は赤の他人に対してだけでなく、宿敵と言える人に対してもそう願うものなのだ。これは、相手の名誉を慮るだけではなく、互いにいたわり合う心からそうするのだ。わざと他人をひどい目に会わせないことで、他人から合法的にひどい目に会わないようにしているのだ。51
さあ、出頭の約束を反故にしたというのは誰のことだ。それはお前の親戚なのだ。それ自体がどんな重大な問題でも、その重大さは親戚のよしみで軽減されるべきだったのだ。出頭の約束を反故にしたというのは誰のことだ。それはお前の共同経営者なのだ。そうなったのが偶然だったにしろお前の望みだったにしろ、お前はもっと重大なことでも彼を許してやるべきだったのだ。出頭の約束を反故にしたというのは誰のことだ。それはずっとお前のそばにいた人なのだ。その人がたった一度だけお前の前に現れなかったからと言って、お前は詐欺や不正を繰り返した人に下すような鉄槌を彼に対して下すべきではなかったのだ。52
ナエウィウスよ、たとえお前の懐の些細なお金に問題が起きても、たとえ些細な事で詐欺にあう恐れがあっても、即座にお前はガイウス・アクィリウス氏かここにいるの法律顧問の誰かのもとに向かったのではないか。ところが、友人で共同経営者で親族でもある人の権利のことで問題が起きて、お前の義務と名誉をよく考えるのが相応しい時に、お前はガイウス・アクィリウス氏やルキウス・ルキリウス氏に相談しなかっただけでなく、「2時間経った。クィンクティウスさんは出頭の約束を反故にした。さて、どうしよう」と独り言を言いながらあれこれ考えることもしなかったのだ。
もしお前が「さて、どうしよう」と自問していたら、欲望が少しはやわらいで理性と思慮分別を取り戻して考え直していたはずだ。そして、相手が出頭の約束を反故にした時に、自分の親戚を破産させる計画を立てたことを、こんな人たちの前で告白するという恥ずかしい事にはならなかったはずなのだ。53
十七 そこで他人事ではあるが、遅ればせながら私が今からお前に代わってこの人たちに相談してみよう。なぜなら、お前は自分の問題をその時彼らに相談するのを忘れていたからだ。ガイウス・アクィリウスさん、それにルキウス・ルキリウスさん、プブリウス・クィンクティリウスさん、マルクス・マルケッルスさん、あなた方にお尋ねします。私の共同経営者で親戚で古い友人が、出頭の約束を反故にしました。私と彼との間には最近金銭上の問題があります。私は彼の財産を差押える許可を法務官に申請すべきでしょうか。それとも、彼の家はローマにあって彼の奥さんも子供もローマにいるのだから彼の家に知らせるべきでしょうか。この問題について皆さんはどうお考えでしょうか。
皆さんの善意と思慮分別についての私の記憶に間違いがなければ、皆さんに相談すればどんな返事が返って来るかはだいたい見当が付きます。まずは「じたばたするな」とおっしゃるでしょう。次に「相手が雲隠れして、いつまでもあざむき続けるようなら、友人たちを訪ねて誰か代理人になってくれるように頼んでから、相手の家に知らせなさい」とおっしゃるでしょう。やむを得ず今回のような極端な手段に訴える前にやるべき事は沢山あると皆さんはきっとお答えになるでしょう。54
ナエウィウス氏はこれをどう考えているでしょうか。崇高な義務への配慮と善良な人間の生き方を彼に求める私たちの愚かさを、彼はきっと笑うことでしょう。お前はこう言うのだ。「そんなクソ真面目な生き方が私に何の関係があるのか。そんな義務は善人に任せておけばいい。私のことは次のように考えて欲しい。つまり、私が何を持っているかではなく、それをどんな環境の中で手に入れたかを考えて欲しい。私がどんな家に生まれたか、どんな育ち方したかを考えて欲しい。次のような昔のことわざがある。それは『遊び人は家長になるより金持ちになる方がやさしい』というものだ」と。55
彼はこれを口で敢えて言わなくても、行動ではっきり示している。実際、もし彼が善良な人間の生き方をするつもりなら、多くの事を学んで多くの事を止める必要があるが、それはどちらも彼の年齢では難しいことなのだ。
十八 しかし、お前はこう言うのだ。「あの男が出頭の約束を反故にした時、私は彼の財産を競売することに躊躇しなかった」と。何とあくどい人か。しかし、お前は競売する権利があることを主張して、その権利を認めろと要求する。だから、私たちもそれを認めていいだろう。しかし、もしクィンクティウスさんが出頭の約束を反故にしていなかったら、もしお前の主張が全部インチキな捏造だったら、そもそもクィンクティウスさんはお前に出頭する約束など何もしていなかったらどうだ。もしそうなら、私はお前を何と呼ぶべばいいのか。あくどい人だろうか。
しかし、たとえ本当に彼が出頭の約束を反故にしたとしても、お前が法務官にこんな申請をしてクィンクティウスさんの財産を差押えたことは充分あくどいことだった。お前は悪賢い人間なのか。それをお前は否定しない。お前は詐欺師なのか。しかし、これもお前は否定しない。それどころか、すぐれたことだと思っているのだ。お前は向こう見ずで欲深く不実な人だろうか。しかし、そんなことはありふれたことなのだ。しかし、お前の行動は前代未聞なのだ。ではお前は何者なんだ。56
本当に、私はお前に不自然に厳しすぎる言葉を使いたくないが、かと言って、この場合に合わない生ぬるい言葉を使うのもいやなのだ。出頭の約束を反故にしたとお前は言う。クィンクティウスさんはローマに戻った時、約束した出頭日はいつだったかすぐにお前に尋ねた。お前は即座に2月5日だと答えた。お前と別れたクィンクティウスさんは、自分がローマからガリアに立ったのが何日だったか記憶をたどった。そして日記に当たった。するとガリアへ出発した日が1月29日だった事を発見するのだ。しかし、2月5日に彼がローマにいなかったのだから、彼がその日に出頭する約束をしたはずはないのだ。57
では、この事はどうすれば確かめられるだろうか。実に正直者のルキウス・アルビウス氏が彼と一緒にガリアに立っている。彼が証人になってくれるだろう。アルビウス氏とクィンクティウスさんには友人たちも同行しる。彼らもまた証人になってくれるだろう。また、クィンクティウスさんの手紙がある。これほど多くの証人はみんな事実を知らないはずがない人たちだ。また、彼らが嘘をつくわけがない。彼らをお前の証人と対決させたらいいのだ。58
それにしても、クィンクティウスさんはこんな訴訟で苦しみ続けて、さらに長い間恐怖と危険の中で惨めな暮らしを続けるのでしょうか。裁判長に対する信頼よりは敵方の影響力の大きさにおびえ続けるのでしょうか。彼のこれまでの人生は素朴な田舎者の暮らしだったのです。彼は内気で陰気な性格なのです。公共広場にも民会にも宴会にも出ずに暮らしてきたのです。
彼は友人を尊敬して大切にしてきたし、倹約して財産を守ってきたのです。彼は現代ではもう輝きを失ってしまった昔気質の義務感を大切にしてきた人なのです。普通なら公平な裁判で負けた場合でも大いに不平を言うところです。ところが彼は自分が優位な立場にあるこの訴訟で公平さも求めず、負けてもいいとさえ思っているのです。しかしそれは、彼の財産と名誉と運命の全てが貪欲なナエウィウス氏に引き渡されない場合の話なのです。59
十九 裁判長殿、私は最初にお約束したように、ナエウィウス氏はプブリウス・クィンクティウスさんに金を貸していないので差押えの申請をする理由はなかったこと、仮に金を貸していたとしても、こんな手段に訴えるのを正当化するような行動をクィンクティウスさんは取らなかったことを証明しました。次に、法務官の布告によってプブリウス・クィンクティウスさんの財産を差押えることは全く不可能だったことにご注目ください。布告を読んでください。「借金を踏み倒すために雲隠れしている者は」。代理人を残して仕事に旅立った人を雲隠れしていると言わない限り、これはクィンクティウスさんには当てはまりません。「相続人が存在しない者」。これも当てはまりません。
「追放されて国を出た者」。これも当てはまりません。「ローマに不在中に弁護人がいなかった者」。これも当てはまりません。クィンクティウスさんがローマに不在中に弁護人がいなかったとお前が言うのはいつの事でその理由は何なのか。お前がクィンクティウスさんの財産の差押えを申請した時だろうか。確かに、その時には彼の代理人はいなかった。なぜなら、お前が彼の財産の差押えを申請するとは誰も予想しなかったし、法務官がただ命じた事ではなく、布告によって命じた事に異議を唱えることは誰にも出来なかったからだ。60
ローマに不在の彼を弁護する最初の機会が代理人に与えられたのはいつだったのか。それはお前が競売の公示をした時だった。そこでアルフェーヌス君が代理人となって、競売を許さずに公示を破り棄てたのだ。これが代理人としての彼の最初の仕事であり、それは見事な注意深さで実行されたのだ。
そのあと何が起こったか。お前はクィンクティウスさんの奴隷を捕まえて連れ去ろうとする(=89節)。アルフェーヌス君はそうはさせずに、力づくでお前から取り戻して、クィンクティウスさんの家に戻るように取り計らうのだ。ここでも彼は見事な注意深さで代理人の仕事を果たしている。お前はクィンクティウスさんがお前に借金があると言うが、この代理人はそれを否定する。お前がクィンクティウスさんの出頭を求めると、代理人はそれを約束する。お前が法務官のもとに彼を呼び出すと、代理人はそれにも応じる。お前が裁判を要求すると、代理人は異議を唱えなかった。もしこれがローマに不在のクィンクティウスさんのための弁護活動でないとしたら、これは一体何だと言うのか。私には到底理解出来ない。61
ところで、この代理人はどんな人だったでしょうか。彼は貧しい訴訟好きのあくどい人間で、裕福な遊び人の連日の酷使に耐えられるからと選ばれた人だと私は思っていました。しかし、それは全く違いました。彼は裕福な騎士階級のローマ人で、自分の仕事を立派に果たす人だったのです。要するに、彼は以前ナエウィウス氏がガリアに旅立つ時にローマに自分の代理人として残しておいた人なのです。
二十 つまり、ナエウィウスよ、いつもお前を弁護していた彼がクィンクティウスさんをあの時弁護していたのだ。それなのに、お前はクィンクティウスさんがローマに不在中に弁護人がいなかったとあえて言うのだろうか。お前がローマを立つ時自分の財産と名誉をいつも委ねていた彼が、クィンクティウスさんに代わって裁判を受け入れると言ったのだ。それなのに、お前はクィンクティウスさんには裁判の弁護人がいなかったと言うつもりなのか。62
しかし、お前はこう言うのだ。「私は判決履行の保証を要求したのだ」と。しかし、それは不当な要求だった。少なくともそう思えたのだ。だから、アルフェーヌス君は異議を唱えた。「しかし、これは法務官の決定だった」。だから、アルフェーヌス君は護民官(=ブルータス)に上訴したのだ(=前83)。しかし、お前はこう言うのだ。「君はそこがおかしい。護民官に助けを求めたのなら、それは裁判を受け入れて弁護したことにはならない」と。ホルテンシウス氏の思慮分別に留意するなら、氏がそんな反論をするはずがないと思うところです。しかし、私は氏がそう反論したと聞いてから訴訟の中身をよく検討すると、氏はまさにそう反論するしかなかったと思います。しかし、アルフェーヌス君が公示を破棄したこと、出頭を約束したこと、ナエウィウス氏が申し入れた条件に従って裁判に服すことに異議を唱えなかったこと、ただしそれは慣習に従って護民官の命令を仰いだ上でのことだったのを、ホルテンシウス氏は認めているのです。63
つまり、これらは否定できない事実なのです。さもなければ、ガイウス・アクィリウスさん、あなたのような人が次のような市民法を宣誓した上で定めたことになってしまいます。つまり、自分の代理人が誰に要求されたどんな裁判にも無条件で受け入れない場合と、自分の代理人が法務官の決定を不服として護民官に上訴した場合、その人には弁護人がいなかったし、その人の財産の差押えは可能で、この不幸な人、ローマにいなかった人、自分がどうなるか知らなかった人が人生の名誉となるものを奪われて最大の不名誉と恥辱を被っても正当であると。64
しかし、もしこんな市民法は誰にも是認されないものなら、ローマに不在中のクィンクティウスさんには裁判で弁護人がいたことを誰もが認めざるを得ないのであります。そしてもしそうなら、彼の財産は法務官の布告によって差押えられてはいなかったことになります。しかし、護民官は訴えを聞きもしなかったと言うかもしれません。もしそうなら、私たちの代理人は法務官の布告に従うべきだったと私も認めましょう。しかし、もし護民官のマルクス・ブルータス(=有名なブルータスの父、〜前77)がアルフェーヌス君とナエウィウス氏の間に何の合意もない場合には介入すると明言したのなら、護民官への上訴と彼らの介入は時間稼ぎが目的ではなく救済が目的だったとは言えないでしょうか。65
二十一 次に何が行われたでしょうか。アルフェーヌス君は、クィンクティウスさんには裁判で弁護人がいる事を誰もが理解でき、自分の仕事ぶりにもクィンクティウスさんの評判にも疑問符が付かないように、善良な人たちを大勢呼び集めて、ナエウィウス氏が聞いている前で、彼らを証人にしてこう言うのです。「ローマにいないクィンクティウスさんにこれ以上残酷なことを訳もなくしないことを、我々の共通の友人のためにお前に求める。しかし、もしお前が敵意をもってあくまで争うと言い張るなら、私はあらゆる正当な法的手段を使って、お前が言うような借金はないことを証明する用意があるし、お前が言う条件で裁判に服する用意がある」と。66
多くの善良な人たちはこの事実とこの条件を書いた文書に署名しました。ですから、この事実は疑いようがありません。全ての問題は未決着のままであり、クィンクティウスさんの財産は競売どころか差押えもされていなかったので、アルフェーヌス君はクィンクティウスさんを出頭させるとナエウィウス氏に約束したのです。クィンクティウスさんは約束通りに出頭しました。ナエウィウス氏の讒訴のせいで裁判は2年間続きました。そして到頭、氏は通常の裁判から逸脱して、全ての訴えをこのような奇妙な裁判に含める方法を思い付いたのです。67
裁判長殿、代理人の仕事でアルフェーヌス君がなおざりにしたと思える事を何か指摘できるでしょうか。クィンクティウスさんがローマに不在中に弁護人がいたことを否定する理由が何かあるでしょうか。あるいは、これはホルテンシウス氏が最近自分でもほのめかしたし、ナエウィウス氏がいつも言い立てていることなので、ホルテンシウス氏もこれからおっしゃると思いますが、当時あの政治家たち(=マリウス派がまだ支配していた)のもとでは、ナエウィウス氏はアルフェーヌス君との争いで不利な立場にあったというのでしょうか。私はその事を認めてもいいですが、その場合には、彼らはクィンクティウスさんには代理人がいなかったのではなく有力な代理人(=マリウス派の)がいたことを認めることになると思います。しかし、私がこの裁判に勝つためには、ナエウィウス氏が裁判を起こす相手として、代理人のアルフェーヌス君がいてくれた事だけで充分です。ローマにいなかったクィンクティウスさんを彼が法と護民官の力を借りて弁護してくれさえしていたら、彼がマリウス派だったかどうかはどうでもいい事だと思うのです。68
しかし、お前はこう言うのだ。「彼は確かにあちら側(=マリウス派、民衆派)についていたのだ」と。しかし、それは当然のことだ。彼はお前のもとで育てられて、閥族派とはたとえ剣闘士でも仲良くするなと子供の頃から教え込まれていたからだ。もしお前の熱意をアルフェーヌス君が共有していたとしても、だからと言ってクィンクティウスさんとの争いがお前に不利だったと言えるだろうか。しかし、お前はこう言うのだ。「アルフェーヌスは護民官ブルータスの友人だった。だから護民官が介入しようとしたのだ」と。しかし、お前はあの不当な決定をした法務官のブリエヌスと友人であるだけでなく、当時暴力と悪事で権勢を誇っていて向かう所敵なしだった党派(=マリウス派)の支持者だったのだ。それとも、今お前の勝利のために加勢している人たち(=スッラ派)のことを、当時のお前は応援していたのだろうか。今日呼び集めたこの人たちにこっそりと「その通りだった」と言ってやるといいだろう。70
しかしながら、私は当時の事に言及して記憶をよみがえらせるつもりはない。あの思い出は全部根こそぎ消してしまうべきだと思うからだ。
二十二 ただ一つだけは言っておく。もしアルフェーヌス君が党派心のお陰で有力者になれたなら、ナエウィウスは向かう所敵無しだったはずだ。もしアルフェーヌス君が党派の力を頼みにして不公平なことを要求したとすれば、ナエウィウスはもっと不公平なことが出来たはずだ。なぜなら、この二人の党派心には何の違いもなかったのに、老獪なずる賢さと手練手管ではお前の方がはるかに優っていたからだ。ほかの事は省略しても、これだけ言えば充分だろう。つまり、アルフェーヌス君は自分が支援した人たちと運命を共にして、彼らのために破産したのだが、お前は自分の友人だった人たちが敗北すると、勝った人たちを自分の友人にしたのだ。70
しかしながら、当時アルフェーヌス君がお前に対抗して支援者を呼べたことと、自分の主張を聞いてくれる護民官を見つけたことを理由に、当時のお前の権利がアルフェーヌス君と比べて不公平だったのなら、クィンクティウスさんは今の状況を前にして何を言えばいいのだ。今の彼は公平な政務官も見つけられず、裁判も通常のものではなく、様々な条件や保証金など、公平どころか前代未聞の要求が突き付けられているからだ。私は本来の金銭問題で争うことを強く求めている。それに対して、お前はこう言うのだ。「そういう訳には行かない」と。しかし、問題は金銭上の事なのだ。「私にはそんな事はどうでもいい。君は被告の命の弁護をすべきだ」。そんな要求をするならお前が告発演説をすればいい。「それは新しいやり方に従って君が先に弁論をしてからだ」。私は必要なら弁論をしよう。するとお前はこう言うのだ。「時間は我々の判断で決めさせてもらう。裁判長も好きに喋ってもらっては困る」と。71
さらにお前はこう言うのだ。「クィンクティウスよ、君は我々の名声と権威を軽視する昔気質の人間を弁護人にするがいい。我々の側にはルキウス・フィリップス(=スッラ派)が弁護に立つ。彼は雄弁で、威厳と名声があり、この国で最も成功している人だ。ホルテンシウスも弁護に立つ。彼も才能と名声と優れた評判の持ち主だ。さらに、貴顕紳士たちが私の応援に来てくれる。彼らが集まったところを見たら、自分の命をかけて争うクィンクティウスだけでなく、そんな危険のない人でも、誰もが恐れおののくだろう」と。72
とすると、不公平なのはこの訴訟であって、お前がアルフェーヌス君に対して起こした訴訟ではなかったのだ。この訴訟でお前はクィンクティウスさんに抵抗する余地さえ残さなかったのだ。こうなった以上は、アルフェーヌス君が代理人であると言ったことも、彼が公示を破棄たことも、彼が裁判に服したこともどれもなかった事だと、お前に証明してもらおう。そして、もしお前がこれらを否定できないなら、お前はクィンクティウスさんの財産を法務官の布告によって差押えていなかったと認めるべきなのだ。
二十三 それに、もしお前が布告によって財産を差押えていたなら、どうしてそれを売らなかったのか、どうして他の保証人や債権者が集まらなかったのか、それを私は聞きたい。クィンクティウスさんの債権者は他にいなかったのか。ところがそれがいたのだ。しかも沢山いたのだ。なぜなら、お兄さんの借金が残っていたからだ。それなのに、どうして誰も来なかったのか。債権者である彼らはクィンクティウスさんとは赤の他人だったのに、その中にはローマに不在のクィンクティウスさんの名誉を敢えて傷つけようとするほど残酷な人はいなかったのだ。73
そんな事をしようとしたのは彼の親戚で共同経営者で友人であるセクストゥス・ナエウィウスよ、お前一人だったのだ。お前は自分もクィンクティウスさんから借金をしていたのに(=44節)、悪事を犯せば特別な報酬が約束されているかのように貪欲に争って、自分の親戚である彼を苦しめて破産させて、彼が真面目に手に入れた財産だけでなくこの世の光までも奪い取ろうとしたのだ。その時ほかの債権者はどこにいたのだ。その彼らは今どこにいるのだ。クィンクティウスさんが借金を踏み倒すために雲隠れしたと言う人がここに来ているのか。ローマに不在の時にクィンクティウスさんには弁護人がいなかったと言う人がここに来ているのか。そんな人は誰も来ていないのだ。74
その反対に、昔彼と取引きのあった人たちと現在取引きのある人たち全員がここに来て彼を応援しているのだ。そして、多くの人に認められている彼の信用がナエウィウス氏の中傷によって傷付かないように頑張っているのだ。ナエウィウスは今回の保証金手続きの証人をこの人たちの中から出して次のように言ってもらうべきだった。「クィンクティウスはナエウィウスとの出頭の約束を反故にした。クィンクティウスはナエウィウスをだました。クィンクティウスは自分が借金したことを否定しておきながら、その返済の猶予をナエウィウスに求めた。クィンクティウスは雲隠れして、代理人を残さなかったので、ナエウィウスは裁判に訴えられなかった」と。しかし、こんな証言はこの人たちからは全く出てこないのだ。そういう証言をする人たちをお前はもちろん用意しているだろうが、それは彼らが証言した時に吟味させてもらおう。ただし、一つだけ彼らに覚えておいて欲しいことがある。それは、仮に彼らが重要証人だとしても、それは彼らが真実を話す気がある限りにおいてであって、もし彼らが真実を軽視するなら、彼らの証言は信用されないということだ。そして、彼らは誰もが自分たちの権威は真実を証明するために役立っても、嘘を吐き通すためには役に立たないことが分かるだろう。75
二十四 私は次の二つの事を尋ねたい。まず第一に、どうしてナエウィウスはやり掛けた仕事を最後までやり遂げなかったのか。つまり、どうして布告によって差押えた財産を売却しなかったのか。次に、あれほど多くの債権者がいるのに、どうしてあの男以外は誰もこの計画に参加しなかったのか。そのお陰で、お前ほどあくどい人間はいないこと、そして、恥知らずにやり始めたことをお前自身やり遂げられなかったことを、お前は認めざるを得ないのだ。しかし、ナエウィウスよ、もしお前がクィンクティウスさんの財産を差押えていないことをお前自身が証明しているとしたらどうなんだ。
お前が持っている証拠は他人については信用出来ないが、自分に関することは自分にとって不利なために極めて信憑性が高いと言えるのだ。お前は独裁者スッラが反対派の財産を没収して売らせた時(=82年から81年6月1日までの事なので、この予備審問はそれ以後に行われた事がここから分かる)に、アルフェーヌス君の財産を買ったな。その時お前はその財産についてクィンクティウスさんをお前の共同参画人として公表しているのだ。もうこれ以上言わなくても分かるだろう。お前は相続財産である会社のことでお前を騙した人を自分の共同参画人にしたのだ。名誉と財産の全てを失ったとお前が考えていたその人をお前は自分の判断で共同参画人として推薦したのだ。そうじゃないか。76
裁判長殿、私はこの法廷に充分な自信をもって臨めるとは思っていませんでした。ホルテンシウス氏が相手の弁論に立ち、私の弁論をフィリップス氏が注意深く聞くことになれば、私は恐怖のために何度も倒れてしまうのではと思っておりました。ここにおられるクィントゥス・ロスキウス(=役者)さんの妹はクィンクティウスさんの奥さんですが、ロスキウスさんがご自分の親戚であるクィンクティウスさんの弁護を熱心に頼みに私のところに来られた時、私は彼にこう申しました。「こんな面倒な訴訟で、こんな立派な弁論家たちを相手にすれば、私は最後まで話すどころか、話し始めることさえ難しいことです」と。ロスキウスさんからさらに強く求められた私は、彼に友達の誼(よしみ)で、もっとざっくばらんにこう申しました。「あんな人のいる前では弁論の振りをするだけでも、とても厚かましいことなのです。それに、あんな人と争ったりすれば、何かの取り柄を持っている人でも、自分の取り柄を見失ってしまうでしょう。あんな名人の前で演説をしたら、私もそうなると思うのです」と。77
二十五 するとロスキウス氏は私を励ますためにさらに多くの言葉を費やしましたが、まったく、彼がもし何も言わなくても、親類に対する彼の物言わぬ熱意と義務感には誰の心もほだされたでしょう。(実際、彼ほどの名人だけが舞台で見るに値するとしても、彼ほどの人間を舞台芸人にしておくのはもったいないことなのです)。しかし、それだけでなく彼はこう言ったのです。「どうだろう。この訴訟では君は二日か三日で700マイル(=1100キロ、徒歩で一月つまり三十日ほどかかる)を走破できる人はいないという事を証明できたらいいだけなんだよ。君はこんな事をホルテンシウス相手に主張する自信もないのかね」と。「そんな事はありません」と私は答えました。78
「でもそれがこの訴訟と何の関係があるのですか」。「大いに関係がある。この訴訟はその事にかかっているんだ」「どうしてですか」。彼はその事とナエウィウス氏のその時の行動を明らかにすれば充分だということを私に教えてくれました。裁判長殿、そして法律顧問の皆さん、よくお聞き下さい。そうするなら皆さんは、相手は最初から欲に駆られて向こう見ずな戦いを仕掛けていること、こちらは真実と名誉を賭けて力の限りの抵抗をしてきたことが、きっとお分かりになると思います。
ナエウィウスよ、お前は布告による財産の差押えを申請した。それは何日のことだったのか。私はお前の口から聞きたいのだ。私は前代未聞の犯罪を、それをした本人の言葉で立証したいのだ。ナエウィウスよ、言ってくれ。何日だ。「2月20日だ」。その通り。では、ここからガリアのお前の牧場まではどれほどの距離がある。ナエウィウスよ、お前に聞いている。「700マイルだ」。結構。その牧場からクィンクティウスさんは追い出されるが、それは何日のことだ。これもお前の口から聞けるたろうか。どうして黙っているのか。言ってくれ。いつなのか。あの人は言うのを恥じています。分かりました。今頃恥じてももう手遅れです。裁判長殿、クィンクティウスさんが牧場から追い出されるのは2月23日です。つまり、2日で、あるいは誰かがすぐに法廷から走り出てから3日を経ずして700マイルもの距離を走ったことになるのです。 79
何と信じがたいことでしょう。何と無分別な強欲でしょうか。何と素早い伝令でしょうか。ナエウィウス氏の召使いはローマからアルプスを越えてセグシアウィー族の住む所まで2日で行ったのです。ペガサスのような伝令を持つ彼は何と幸福な人でしょうか。
二十六 もうこうなれば、クラッススが束になってアントニウスと組んで来ても、この二人と栄誉を競ったフィリップスさん、あなたがこの裁判でホルテンシウス氏と組んで弁護しようとも、私の勝ちは決まりです。あなた達が考えるどほど、雄弁術は万能ではないのです。明白な真実というものがあれば、何物もその力を奪うことはできないのです。80
それとも、ナエウィウスよ、お前は財産の差押えを申請する前に、農地からその持ち主を彼の奴隷を使って追い出すために人を送っていたのか。どちらでも好きな方を選びたまえ。一方は信じがたいことであり、他方は不正なことだ。そして、そのどちらも前代未聞なことだ。700マイルを2日で走破したことを選ぶのか。言ってくれ。彼は2日で走破したのではないと言っている。では、差押えを申請する前に伝令を出発させたことになる。私にはその方が好都合だ。もし2日で走破したと言うなら、お前はひどい嘘つきだということになる。しかし、先に伝令を出発させたことを認めるなら、お前は嘘をついても覆い隠せないような罪を犯した事を認めたことになる。そして、差押えを申請する前に召使いを送るというこんなやり方、こんな欲深くて大胆で無分別なやり方を、裁判長と法律顧問の人たちは認めるはずがないのだ。81
この無分別な急ぎようは何を意味するのか。暴力、犯罪、略奪等々、正義と義務と名誉を除いたあらゆる事を意味しているのではないのか。お前は法務官の命令なしに伝令を送ったのだ。何というやり方だ。お前はあらかじめ命令が出ることを知っていたのか。命令が出てから伝令を出せたのではないのか。お前は差押えを申請するつもりだった。それはいつだ。それは伝令を出してから三十日以上もあとなのだ(=前83年2月20日、700マイルは三十日かかることから。23節で出頭の約束を引っ込めたあと)。もし何の差し障りがなければ、もしまだ同じ気持ちでいたら、もし元気だったら、もしまだ生きていたら、お前は申請するつもりだった。法務官はきっとを命じたことだろう。しかし、それは法務官にその意志があって、法務官に権限があって、法務官が判決を下して、さらに、誰かが布告に従って判決履行を保証して裁判を受け入れる意志を示して(=裁判を受け入れるなら差押えする必要はない)、差押えに異議を唱えない場合のことなのだ。82
実際、もしクィンクティウスさんの代理人のアルフェーヌス君がお前に判決履行の保証をして裁判に服して(=29節、差押えの布告の後に競売の公示を破棄したあとで拒否している)、お前の要求通りにする意志を示したら、お前はどうしていたのか。ガリアに送った召使いを呼び戻したのか。しかしその時には、このクィンクティウスさんは既に自分の土地から追い出され、自分の家の神々の膝下から放り出されて、屈辱的なことに、自分の奴隷たちの手によってお前の指図と命令によって乱暴されていたのだ。
きっとお前はこの償いを後ですることになるだろう。お前は欲に目がくらんで、後でどうなるか分からず、何が起こるかも分からないのに、今度の犯罪で一儲けする希望を、将来の不確かな出来事に託した。そして、これはお前も認めざるを得ない事なのだ。そんなお前は他人の人格をどうこう言える立場だろうか。私がこんなことを言うのは、法務官が布告によってお前に財産の差押えを命じてから、差押えるために人を派遣しても、お前にクィンクティウスさんを土地から追い出す権利や可能性はなかったと言うためなのだ。83
二十七 裁判長殿、この裁判では、すべてがこんな風に「影響力のあるあくどさ」対「無力な真実」の戦いであることは誰が見ても明らかです。ナエウィウスよ、法務官はお前にどのようにして差押えをせよと命じたのか。「布告によって」だと私は思う。保証金の手続きは何という条件で行われているのか。「法務官の布告によってプブリウス・クィンクティウスの財産が差押えられなかった場合」(=30節)だ。布告に戻りましょう。法務官は布告でその差押えをどのようにせよと命じているでしょうか。裁判長殿、法務官の布告と全く異なるやり方で差押えた場合には、あの男は布告によって差押えたことにはならないので、保証金の手続きに関しては私の勝ちなのです。そうでない理由があるでしょうか。そんな理由はありません。
布告をよく見てみましょう。「私の布告によって差押えしようとする者は」。ナエウィウスよ、これは、お前も考える通り、お前のことを言っている。なぜなら、お前は布告によって差押えしたと言っているからだ。では、布告はお前に何をしろと定義し、教え、命じているだろうか。「その者は差押えるべきである」。どのようにして。「その場所でよく管理できる物はその場所で管理すべし。その場所で管理できない物は持ち去るべし」次にどう書いてあるだろうか。「所有者をその意に反して追い出すことは許されない」。所有者が借金を踏み倒すために雲隠れした場合、裁判で弁護人がいない場合、債権者全員と不正な取り引きをしている場合でさえも、意に反して所有者を農地から追い出すことを布告は禁じているのだ。84
ナエウィウスよ、お前が差押えに向かう時に法務官ははっきりとお前にこう言ったのだ。「クィンクティウスさんと同時に差押えることになるように差押えなさい。クィンクティウスさんに暴力を加えずに差押えなさい」と。では、お前はこの言葉をどのように守ったのか。彼は雲隠れもせず、ローマに家があり妻も子供も代理人もいて、出頭の約束も反故にしなかったのだ。こういうことはもういい。ただ、これだけは言わせてくれ。彼は所有者であるにもかかわらず自分の農地から追い出されたのだ。しかも、彼は所有者であるにもかかわらず、自分の奴隷たちから自分の家の神々の前で暴力を加えられたのだ。この事を私は言いたい。・・・(以下の脱落箇所を後代の引用で補う)
・・・
キケロはクィンクティウスに代わって次のように相手方の定義を常識によって批判する。彼は言う。「もし誰かが一つの土地を何らかの方法で差押えて、所有者の他の財産の所有をそのまま許した場合には、思うに、その人は他人の財産ではなく他人の土地を差押えたと見做される」次にキケロは自分の定義を提示する。彼は言う。「差押えるとはどういうことか。それは明らかにその時差押えできるものを全て差押えることなのだ」。ここでキケロはナエウィウスが財産ではなく土地を差押えたことを証明する。彼は言う。「ローマに家があり、ガリアには奴隷と私有地があったのに、それらをお前は差押えようとはしていないのだ」。キケロの結論。「もしお前がクィンクティウスさんの財産を差押えたのなら、法に従って全ての財産を差押えねばならなかったのだ」(ユリウス・セヴェリアヌス、16節より)
二十八 ・・・ナエウィウス氏はクィンクティウスさんと一緒に暮らしていて裁判を起こせた時に、借金の催促をしなかったことを私は明らかにしました。第二に、彼は一日で終わる金銭上の裁判よりは、面倒極まりない裁判を起こして、自分を憎悪の的(まと)にして、クィンクティウスさんを大きな危機に引き込む方を選んだことも明らかにしました。この裁判の全てが金銭上の裁判から引き起こされたことは彼も認めています。そこで、もし彼が借金を催促する意思があるなら、クィンクティウスさんは判決の履行を保証するが、その場合には、クィンクティウスさんがナエウィウス氏に借金を催促したら、ナエウィウス氏もこちらと対等の条件に従うべきだと私は提案したのです。85
私はナエウィウス氏が自分の親戚の財産の差押えを申請する前にもっと色々とすることがあったはずだという事を示しました。何と言っても、クィンクティウスさんの家も家族もローマにありますし、彼の代理人は双方の友人なのですから。さらに、ナエウィウス氏はクィンクティウスさんが出頭の約束を反故にしたと言いましたが、私はそんな約束はなかったことを証明しました。クィンクティウスさんが約束したとナエウィウス氏が言う出頭日に、クィンクティウスさんはローマにいなかったのです。事情を知っていて嘘をつく必要のない証人たちにその事を証明してもらうと、私はお約束しました。ナエウィウス氏が布告によって財産の差押えが出来なかったことも私は証明しました。なぜなら、クィンクティウスさんは借金を踏み倒すために雲隠れしていたとか、追放されて国を出ていたとは言われていないからです。86
残るはクィンクティウスさんには弁護人がいなかったという件ですが、そんな事はなく、彼はしっかりとした弁護人がいたことを私は明らかにしました。彼の弁護人は赤の他人でもインチキ弁護士や悪徳弁護士でもなく、彼の親類で友人でもあるローマの騎士階級の人間でした。その人はかつてナエウィウス氏自身がいつも代理人としていた人なのです。しかも、この代理人は、護民官に上訴したとしても、裁判を受け入れる用意がありました。また、ナエウィウス氏の権利が代理人の政治的な力で奪われることなどなかったのです。逆に当時はナエウィウス氏が自分の影響力で我々に対して優位に立って、今では我々の息の根も止めようとしているのです。87
二十九 もし法務官の布告によって財産が差押えられたのなら、どうしてその財産は売却されなかったのでしょうか、私はその訳を尋ねました(=76節)。次に、私はこれ程多くの債権者たちがいたのに、誰もナエウィウス氏と同じことをせず、今もまたクィンクティウスさんの敵側で証言せずに、全員がクィンクティウスさんの味方として戦っている理由も尋ねました。何と言っても、このような裁判では債権者の証言は何より重要だと考えられるからです。その後、私は敵であるナエウィウス氏が持っている証拠を利用しました。彼はいまではクィンクティウスさんをろくでなしだと言い張っていますが、そのクィンクティウスさんを彼は最近自分の共同参画人として公表しているのです。それから、私は彼の信じがたい急ぎようと向こう見ずなやり方を明らかにしました。私はナエウィウス氏の召使いが2日で700マイルを走破したのでなければ、ナエウィウス氏はクィンクティウスさんの財産の差押え申請をする何日も前に差押えに人を向かわせていたことを証明しました。88
その後、私は土地の所有者を暴力で土地から追い出すことを禁じる布告を読み上げました。そこで、クィンクティウスさんを暴力で土地から追い出したことをナエウィウス氏が認めたことから、ナエウィウス氏は布告によって差押えをしていないことが明らかになりました。そもそも、財産の差押えとは一部分ではなく差押えができる全てを差押えることを意味していることから、クィンクティウスさんの財産は差押えられていないことを私は証明しました。ローマにはクィンクティウスさんの家があったのに、ナエウィウス氏は近付きもしなかったこと、多くの奴隷がいたのに氏は一人も差押えるどころか手を出そうともしなかったこと、彼が自分のものにしようとした奴隷が一人だけいましたが、それも妨げられるとやめてしまったこと(=27節)をお話しました。89
皆さん既にご存知のように、ナエウィウス氏はガリアでクィンクティウスさんの私有地に入りませんでした。最後に、ナエウィウス氏は共同経営者を暴力で追い出して差押えた牧場で、クィンクティウスさん個人の奴隷を誰一人追い出しませんでした。この事やナエウィウス氏の他の言動や考え方から、あの男が暴力と不正と不公平な裁判によって、共有財産を全て自分のものにすることをずっと狙っていたのは誰の目にも明らかであります。90
三十 これで私の弁論は終わります。裁判長殿、この事件の性格と危険の大きさを考えると、年老いた孤独なクィンクティウスさんは、あなたとあなたの法律顧問の皆さんに、是非ともご自分たちの持って生まれた親切心に従って下さるよう、お願いする必要があると思います。そうすれば、真実はクィンクティウスさんの側にあるのですから、ナエウィウス氏の財力に動かされて過酷な判決を下すのではなく、クィンクティウスさんの貧しさに同情して、哀れみある判決を下して頂けるでしょう。91
裁判長殿、私たちはあなたの法廷に来た日から、私たちがそれまで相手に対して抱いていた恐怖が薄らぎ始めたのであります。もしこの裁判で双方の主張が争われるのなら、私はどの裁判官に対しても私たちの主張の正しさを容易く証明できると信じておりました。しかし、ここで争われているのが両者の生き方であるからには、なおさら私たちはあなたが裁判長でなければと思っておりました。いまや田舎の素朴な節約家が贅沢な放蕩者から自分を守れるのか、それとも、身ぐるみ剥がされ恥辱を被り人生の名誉となるものを全て奪われて、貪欲と厚顔無恥の餌食となるかが問われているのであります。92
ナエウィウスよ、クィンクティウスさんは勢力でも資力でも財力でもお前とは比べ物にならない。クィンクティウスさんはお前が出世のために使った才覚でも負けている。彼は口べたで人に気に入られるようには喋れないことは自分でも認めている。しかし、彼は困っている友人を見捨てて、栄えている友人に鞍替えすることなど出来ない人だ。贅沢三昧な暮らしも、自分の宴会を豪華に飾ることも出来ない人だ。彼は自分の家から純粋で高潔な人たちを締め出して、貪欲で放埒な人たちを歓迎するような人ではない。その反対に、彼が大切にしていると常に言っているのは、義務と信義であり、素朴で質素な生活なのだ。もちろん彼は敵方の生き方のほうが現代の主流で人気があることは知っている。93
だからどうだと言うのか。いくらそんな物が流行りだと言っても、ガローヌス(=エピキュリアン)の生き方に従って善人の生き方を捨てた人たち、利益と贅沢を追い求める事を選んだ人たち、クィンクティウスさんにはない大胆さと裏切りに生きてきた人たちが、正直者たちの運命を自分の支配下に置くようなことにはならないのだ。
もしナエウィウスの願いに反してクィンクティウスさんが生きることを許されるなら、もしナエウィウスの意向と命令に反してクィンクティウスさんが息をすることが許されるなら、もし彼が真っ正直なやり方で手に入れた名誉を私の弁護で相手の大胆不敵なやり方に負けることなく保持できるなら、この貧しく不幸な人間は、今しばらくはこの世に生き続ける望みがあります。しかし、もしナエウィウスの願いが叶えられ、許されない事をあの男が願い続けるなら、私たちはどうすればいいのでしょうか。私たちはどの神に訴えればいいでしょうか。私たちは誰の保護を請い求めるべきでしょうか。これほどの災難にふさわしいどんな悲しみ、どんな嘆きがあるでしょうか。94
三十一 全ての財産を奪われることは惨めな事ですが、それが人の不正によって奪われることは、もっと惨めな事です。誰かに騙されることは腹立たしい事ですが、親戚に騙されるのは、もっと腹立たしい事です。破産するのは不幸な事ですが、不名誉な破産をするのは、もっと不幸な事です。勇気ある立派な人に殺されるのは痛ましい事ですが、競売で自分の声を売り物にしている人に殺されるのは、もっと痛ましい事です。自分と同程度か自分より優れた人間に負けるのは不面目な事ですが、自分より下位の卑劣な人間に負けるのは、もっと不面目な事です。財産と一緒に自分の身柄が他人に引き渡されることは悲しむべき事ですが、それが敵の手に引き渡されるのは、もっと悲しむべき事です。命を賭けた弁明をするのは恐ろしい事ですが、それを原告より先にするのは、もっと恐ろしい事なのです。95
裁判長殿、クィンクティウスさんはあらゆる救済手段を求めて、八方手を尽くしたのです。しかし、自分の正しさを認めてくれる法務官は見つからず、自分の思い通りに裁判を申請できる法務官も見つけられませんでした。それだけでなく、彼はナエウィウス氏の友人たちの足元に何度も長々とひれ伏して、法に従って争って欲しい、損をさせても名誉は奪わないでくれと神かけて懇願したのですが、それも無駄だったのです。96
最後に、クィンクティウスさんは、敵であるナエウィウス氏の高慢な眼差しを仰ぎ見て、涙を流しながら彼の手を取りました。その手は自分の親族の財産を没収することが上手な手でした。そして、「亡くなった兄の灰にかけて、親戚の名にかけて、自分にとって最も身近なお前の妻子にかけて、私にどうか憐れみをかけて欲しい。もし私を親類として尊重できないなら一人の老人として尊重して欲しい。もし私を個人として尊重できないなら同じ人間として尊重して欲しい。私の名誉さえ傷つけないならどんな条件でも構わない。どうか和解に応じて欲しい」と懇願したのです。97
クィンクティウスさんは、この懇願をナエウィウス氏に拒絶され、ナエウィウス氏の友人たちの助けも得られず、どの政務官からも苦しめられ脅されてきました。その彼にとって助けを求める唯一の拠り所は、裁判長殿、あなたなのです。彼はあなたに自分の身柄と自分の全財産を委ねているのです。彼は自分の名誉と残りの人生の希望をあなたに託しているのです。こうして数々の侮辱に苦しめられ、さらに多くの不正に悩まされて、あなたの元に逃げ込んだ彼は、確かに不幸な人間ではありますが、けっして不徳な人間ではありません。彼はあなたに救いを求めているのです。彼はよく整備された農地から追い出され、あらゆる恥辱の烙印を押されて、父祖の財産をナエウィウス氏に支配されているのを見てきました。彼は適齢期の娘の持参金を用意することも出来ないでいます。それにも関わらず、彼はそれまでの自分の人生を汚すようなことは一切しなかったのです。98
そして、裁判長殿、彼はあなたに次のように懇願しているのです。「私はいよいよ人生が終わる頃になってあなたの法廷にやって来ました。ここに来るまで私が保ってきた評判と名誉を傷つけることなく私がこの法廷をあとにできますようお願いいたします。義務に対する私の忠誠心をこれまで誰も疑ったことはありません。そんな人間が60にもなってから不名誉と汚名と忌まわしい恥辱の烙印を押されることがないようにして下さい。私のあらゆる名誉と財産がナエウィウスの略奪品と化すことがないようにして下さい。私が晩年まで保って来た評判をあなたの判決によって、このまま墓場まで持って行けるようにして下さい。お願いします」と。99
Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2016.4.6―6.9