キケロ『プランキウス弁護』

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M. TVLLI CICERONIS PRO CN. PLANCIO ORATIO
プランキウス弁護(前54年7月)

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前54年の造営官(aedilis curulis、上級造営官、二人選ばれる。プランキウスとプロティウスが当選)の選挙で当選したプランキウスに対する選挙違反の訴えをキケロが弁護する。キケロは亡命時代に自分を唯一かくまってくれたプランキウスに恩があった。前58年のキケロの亡命先への逃避行と、その際の二人の厚い友情ががつぶさに描かれたところは、感動を誘う。また、古代ローマの選挙事情がわかる弁論でもある。部族は選挙区と読み替えると分かり易いかもしれない(一部そう訳した)。

[I] [1] 第一章 陪審員の皆さん、私はグナエウス・プランキウス君が私の身の安全を守るために見せた人並外れた誠実さのおかげで、数多くの良き人たちが彼の政務官選挙の支援者となっているのを拝見しまして、並々ならぬ喜びを感じました。というのは、私を助けることを自分の義務とした人に、私の危機の時代の思い出が助けになっていると思ったからです。その一方で、私は私の政敵たちや私を批判する人たちがこの告発を支援していると聞いて、陪審員の皆さん、彼にとって選挙で有利になったことが、まさにこの法廷においては不利に働いていることを残念に思ったのです。さらに、彼が親切にも私の身の安全を守ってくれたその事のために、彼の身の安全が危機に晒されるようなことになったことを、私は腹立たしく思ったのです。

[2] しかしながら、陪審員の皆さん、いま私は皆さんのお姿と皆さんのお一人お一人の顔ぶれを目の当たりに拝見しまして、私の気持ちはまた元気を取り戻しました。と言いますのは、ここにお集まりの皆さんは、私の帰還を歓迎し、私に対して限りない尽力をして下さった人たちであり、皆さんから受けた親切の思い出を私はいつまでも忘れずにいるからです。ですから、皆さんが私の救済を熱心に望んでいた人たちなのですから、グナエウス・プランキウス君が私の身の安全を守ったことが、彼に不利な判決をもたらすのではという私の心配はなくなりました。そして、陪審員の皆さん、私の名誉の回復に誰よりも熱心だったマルクス・ラテレンシス君が、わざわざこのプランキウス君を被告に選んだことについては、私はそれが充分根拠のある行動だと皆さんに思われることを心配するどころか、むしろそれを驚くべきことだと思ったのであります。

[3] と言っても、陪審員の皆さん、私はグナエウス・プランキウス君は私に対する貢献のために免責特権があると考えるほど思い上がってはおりません。もし私が彼の人生に汚れがないこと、彼の生き方が慎み深いこと、彼の誠実さと自制心と敬虔さと彼が潔白であることを証明できなかったなら、私は彼を罰することに何ら反対しないでしょう。しかしもし、彼は良き人たちに求められる全てのものを持っていることを証明したなら、陪審員の皆さん、私は皆さんに次のことを求めるでしょう。それは、哀れみの心をもって私の身の安全を守ってくれたこの人に対して、皆さんが私のお願い通りに、この人に対して哀れみの心を見せて頂くことであります。ただ、私としては、この裁判では他の裁判以上に大きな困難を引き受けていますが、さらに次のような面倒な仕事をすることになります。それは、私はグナエウス・プランキウス君の身の安全を私の身の安全と同様に守るべく、彼のためにお話しする必要があるだけでなく、私自身のためにもお話しする必要があるということです。というのは、告発人たちはその弁論の多くをこの事件と被告についてよりも、私に関することに費やしたからであります。

[II] [4] 第二章 もっとも、陪審員の皆さん、私自身に対する批判が被告とは切り離されているものなら、私は大して気にしないでしょう。というのは、人に感謝する人間は滅多に見つからないのですから、私が彼に感謝しすぎていると言われても、それが私にとって不名誉なことになる心配はないからです。しかしながら、陪審員の皆さん、私は彼らによって議論されていることを取り上げねばなりません。彼らはグナエウス・プランキウス君の私に対する貢献は私が公言するより小さいと言ったり、たとえそれが大きなものでも、皆さんが重視すべきと私が考えるほどに大きな価値のあるものではないと言っているのであります。ただし、これに対する反論は私自身が批判を受けないように控えめにして、しかも、被告の容疑に対する反論が終わってからにするつもりです。なぜなら、被告を守ったものは彼自身が無実であることであって、私の危機の時代の思い出であるとは思われたくないからであります。

[5] しかし、陪審員の皆さん、訴訟は単純明解なものでも、私の弁護の方法は非常に困難で厄介なものになるのは目に見えています。というのは、たとえ私はラテレンシス君に対して反論するだけでいいとしても、それだけでも私たちの非常に親密な友情関係にとっては悩ましいことになるからです。なぜなら、ラテレンシス君と私の間に長年続いているような嘘偽りのない真の友情についての昔からの法則は、友人たちは常に同じ願いを持つということであり、友情の絆としては、意見と願望の一致と共有以上に確かなものはないからであります。しかし、私にとってこの裁判で最も悩ましいことは、彼に反論することではありません。それよりさらに厄介なのは、その反論の中で被告と原告についてある種の比較をしなければならないと思われていることなのです。

[6] というのは、ラテレンシス君はプランキウス君がどの長所で、どの功績で、どの能力で、自分より優れているかを質問して、特にこればかり追究するからです。その結果、もしラテレンシス君の資質の偉大さを私が認めるなら、プランキウス君の名誉を損なうことになるだけでなく、私はラテレンシス君に買収されているのではとの疑いを受けることになるでしょう。逆に、もし私がプランキウス君はラテレンシス君よりも優れていると言うなら、それは侮辱的な演説になってしまい、ラテレンシス君はプランキウス君より値打ちが劣っているという弁論、まさにラテレンシス君がしきりに求めている弁論をするはめになるでしょう。つまり、もし私が原告側のやり方に従うなら、親友の評価を下げることになるか、それとも、私のためにもっとも貢献した人の救済を放棄するかの、どちらかになってしまうのです。

[III] 第三章 それなのに、ラテレンシス君、もし君が能力の点でプランキウス君か誰かに劣っていたかもしれないと私が言ったりすれば、私はこの訴訟を闇雲に進めていることを認めることになるだろう。だから、君が私に求めているそんな比較はやめて、この訴訟自体にとって必要とされている比較に向かおう。

[7] ではどうだろう。公職の選挙で民衆は候補者を能力で判断していると君は思うかね。おそらく時にはそうだろう。私は常にそうあってほしいと思う。しかし、それはごく稀なことなのだ。もしそんな時があるとすれば、それは民衆が自分の身の安全をゆだねる政務官(=執政官や法務官)を選ぶ時である。しかし、今回のように重要度の低い選挙(=造営官選挙)では、民衆は候補者の熱意と人気によって選ぶのであって、君が持っているような資質によって選ぶのではない。というのは、民衆に関する限り、誰を選ぶかの判断はつねに好きか嫌いかという不公平なものでしかないからだ。とは言っても、ラテレンシス君、君はプランキウス君にない自分の長所を何一つ自分だけのものには出来ない(?)。

[8] しかし、こんな議論は全部あとでやろう(=8、9章)。今は民衆の権利に話をしぼろう。民衆は当選に値する人を落選させることができるし、時々そうする癖がある。しかし、落選させるべきでない人を民衆が落選させたとしても、当選した人が裁判によって罰を被るべきではない。というのは、もしそんなことになったら、選挙結果を無効にするために、父祖たちの時代に貴族たちさえ出来なかったことが、陪審員たちには出来ることになってしまい、昔よりももっとひどいことになるからだ。というのは、当時でも、政務官に当選した人は貴族が承認しなければ、職務を執行出来なかったからだ。ところがいま君が求めていることは、当選した人を有罪にすることで、民衆の判断を覆すことなのだ。私は望まなかった入口から訴訟に入ってしまった以上は、このようにして、私の演説が君の感情を害する心配は一切ないようにしようと思う。むしろ、私は君の値打ちを侮辱するのではなく、君が自分の名誉を厄介な争いに引き入れたことを批判することにする。

[IV] [9] 第四章 君は造営官に選ばれなかったことで、君の自制心と勤勉さと愛国心と美徳と高潔さと誠実さと努力が否定されてけなされて拒否されたと考えているのかね。ラテレンシス君、私が君とどれほど考え方が違うかにいい加減に気付いてほしい。君が造営官にふさわしくないと判断したのがこの町のわずか十人の善良で賢明で正しくて厳格な人たちなら、君が心配している民衆の判断よりも、君はもっと深刻な評価を受けたことになると僕は思う。というのは、民衆は選挙で常にそうした判断はしないものだからだ。彼らはたいていの場合好き嫌いで行動する。そして、自分たちに熱心にお願いした人、最も熱心に支持を求めた人を選ぶのだ。民衆はたとえ判断するとしても、眼力や知恵を働かせて判断するのではなく、時には衝動に、さらには無分別な感情に従って判断するのだ。というのは、民衆には知恵も理性も認識も心配りもないからだ。だから、賢者は「民衆のすることは耐えるべきだが褒めるべきではない」と常に言ってきたのである。したがって、君が自分こそ造営官に選ばれるべきだったと言うとすれば、それは競争相手を非難しているのではなく民衆を非難していることになるのだ。

[10] 実際にプランキウス君よりも君の方が造営官にふさわしかったとしても(この点についてはすぐあとで(=八、九章)君の値打ちを傷つけることなく君と議論することになるが)、悪いのは君に勝った競争相手ではなく、君を落選させた民衆なのである。この点で、君はまず最初に次のこと考えるべきだ。それは、選挙、とくに造営官の選挙では、民衆は依怙贔屓はしても判断はしないということ、また、掛け値なしの純粋な投票などというものはなく、媚へつらいによって獲得するものだということである。そして、投票する人たちが考えることは、その人がこの国にどんな役に立つかではなく、自分はその人にどんな借りがあるかということなのである。しかし、そこに判断があると君が思いたいのなら、君はそれを覆(くつがえ)そうとするのではなく、それを受け入れるべきなのだ。

[11] 「民衆は判断を間違ったのです」と君が言っても、それが民衆の判断なのだ。「あんな判断をすべきではなかったのです」と言っても、民衆にはその権利があるのだ。「私は耐えられないのです」と言っても、多くの高名で賢明な市民は耐えてきたのだ。というのは、投票によって自分たちの好きな人間に好きな地位を与えたり奪ったり出来るのは、自由な民衆の権利だからだ。なによりそれは最も優れたこの民衆、全世界の支配者であり勝利者であるこの民衆の権利なのだ。民衆の嵐と大波に翻弄される私たちのすべきことは、民衆の意志に謙虚に耐えて、遠ざかった意志を引き寄せて、獲得した意志を手放さず、混乱した意志を鎮めることだ。名誉に価値がないと思うなら、民衆にへいこらする必要ないが、名誉を求めるなら、疲れを知らずに民衆にお願いすることだ。

[V] [12] 第五章 今から私は民衆の役を演じて、私の言葉ではなく民衆の言葉で君に反論することにしよう。もし民衆が君に出会って一人の人間の声で話すことが出来たら、次のように言うだろう。「ラテレンシスよ、私はお前よりプランキウスの方が優れているとは思わなかった。君たちは二人とも同じくらい優れている。あまりぺこぺこ頭を下げてお願いをしてこない人よりは、熱心に私の支持を求める人に支持を与えただけだ」。それに対して君は次のように答えるだろう。「私は古くて有名な自分の家系に自信があったので、あまり選挙運動をする必要はないと思ったのです」。それに対して民衆は君に自分たちのいつもやり方と祖先から伝わった慣習を教えるだろう。そして「私はいつもぺこぺことお願いされたいのだ。だから、私は高貴で非の打ち所がなく雄弁なマルクス・ピソーよりも、裁判に敗れて騎士階級の名声を無傷には保てなかったマルクス・セイユスを選んだ。私は高貴な家系に生まれた賢明で敬虔なクィントゥス・カトゥルスを見捨てて、愚かなガイウス・セッラヌスではなく(彼は貴族だ)、新興貴族のフィンブリアでもなく(彼には勇気と知恵がある)、無名で能力も才能もなく卑しくて下品な生き方のグナエウス・マッリウスを選んだのだ」と言うだろう。

[13] さらにローマの民衆は言う。「お前がキュレネに勤めていた時(=前財務官)、私はお前の姿を探し求めた。というのは、私はお前の能力を同盟国の人たち以上に必要としていたからだ。ところが、私にとってお前の能力が重要になればなるほど、お前は私から遠ざかって、お前の姿は見えなくなった。次に、私がお前の能力を必要としたときには、お前は私を無視して私を見捨てた。というのは、お前は危機的状況の中でお前の雄弁と能力が必要とされた時に護民官に立候補したが(=前59年)、その立候補をとりやめてしまったからだ(=二十二章参照)。もしそれが君にはあんな嵐の時代に国の舵取りは出来ないという意味なら、私はお前の能力を疑っただろう。また、もし舵取りをする気がなかったという意味なら、私はお前の意欲を疑っただろう。しかし、こちらの方が本当だろうが、もしお前が自分の出番を別の危機のために温存したという意味なら、私もまたお前が自分自身を温存した危機のためにお前を呼び出したのだ。だから、お前は私にとって一番役立つ官職(=護民官)に立候補したまえ。造営官には誰がなっても、用意される見世物は同じものだ。それに対して、護民官は誰がなるかで大きく違ってくる。だから、約束を守ってほしい。さもなければ、私にはさほど重要ではないが、その方がいいなら、いい加減な選挙運動でもお前を造営官にしてやろう。だが、お前が自分の価値にふさわしい最高の地位を手に入れようとするなら、私に対してもう少し熱心にお願いすることをお勧めする」とローマの民衆は言うだろう。

[VI] [14] 第六章 ラテレンシス君、これが民衆の声だ。次は私の声だ。君が買収のせいで落選したのでない限り、君が落選した理由を陪審員が審理すべきではない。落選すべきでない人が落選するたびに当選した人が告発されねばならないとすれば、選挙で民衆にお願いすることも、投票を集計することも、投票結果の発表を待つことも意味がなくなるだろう。そうなれば、誰が立候補したかを見て、すぐさま私は次のように言うことになるだろう。

[15] 「この人は執政官の家系であり、この人は法務官の家系だ。私が見るところ、あとの人たちは騎士階級だ。みんな欠点はないし、みんな同じくらい善良な人たちで落ち度がないが、身分の違いは尊重されるべきである。騎士階級が法務官の名前を競うべきではないし、法務官の家は執政官の家に譲るべきだ」。そうなれば、選挙運動はなくなり、選挙の応援もなくなる。民衆が政務官を選ぶ自由もなくなり、投票結を待つこともなくなる。そうなれば、今よくあるような番狂わせもなくなるし、今後は選挙の気まぐれもなくなるだろう。逆にもし誰かが当選し誰かが落選したことに我々が驚くことがよくあって、選挙が開かれるマルスの野の波が、広大な大海のように沸き立って、大波のように、ある人に押し寄せ、ある人から去って行くとしても、依怙贔屓の衝動と気まぐれな激情の中に節度と知恵と理性がないことを嘆いても仕方がないのだ。

[16] だからラテレンシス君、私に君たち二人の比較をやらせないで欲しい。民衆は自分たちのしたいようにして、求められたら何でも約束する自由を与えてくれる投票券、人の顔は隠さずに本心だけ隠してくれる投票券が大好きなのだ。それなのにどうして君は選挙で実現出来なかったことを裁判で実現しようとするのかね。「この人の方があの人よりふさわしい」とはひどい言い方である。もっとましな言い方はないだろうか。たぶん「当選したのはこの人だ」と言う方がいいだろう。これが重要な点であり、陪審員にとってもそれ以上でもそれ以下でもない。「どうして私ではなく彼が当選したのですか」と聞かれても、私は分からないし、言いようがない。あるいは、こんな事は言いにくいが許容範囲として、「彼は間違って選ばれたのだ」と言えばよかったのかもしれない。なぜなら、弁護の最終手段を使って、「民衆はしたいようにしたのであって、すべきことをしたのではない」と言ったところで、君は何も得られないからだ。

[VII] [17] 第七章 さらにラテレンシス君、もし私が民衆の行動を弁護して、プランキウス君はずるい手を使って当選したのではなく、騎士階級の人間に昔から常に開かれている道を通って当選したと証明したら、君は侮辱なしには扱えない二人の比較の話を諦めて、訴訟の本筋に戻ってくれるだろうか。もし彼はローマの騎士階級の息子だから不利だったはずだと君が言うなら、君の対立候補はみんな騎士階級だったと反論しよう。これ以上はもういいだろう。それにしても私が不思議に思うのは、君は自分に大差で勝った彼にことさら腹を立てていることだ。実際、もし私がよくあるように列に並んで大勢の中で押し合いへし合いして後ろの方まで追いやられたら、列の先頭の人を非難せずに、私と直接ぶつかり合って押してくる人を非難するだろう。ところが、君はあの勇敢なクィントゥス・ペディウスにも、私の友人で雄弁なアウルス・プロティウスにも腹を立てない。君は自分のすぐ上位にいたこの二人に負けたとは思わず、この二人を退けて勝ったプランキウスに負けたと思っているのだ。

[18] ところが、最初に君が持ち出した比較はプランキウス君と君の家の比較だった。この比較では君が勝っている。これは私も認めねばならない。しかし、私が執政官の選挙でも他の選挙でも対立候補に勝ったように、プランキウス君も君に勝ったのだ。君が見下しているまさにそのことが有利に働いて彼は当選したことに君は気付くべきだ。比較するなら次のように比較すべきなのだ。君の家は両親ともに執政官の家系だ。貴族を支持する人たち、貴族が最高だと思う人たち、君の家の肖像と君の家の名前に魅力を感じる人たちはみんな造営官選挙で君に投票してくれたと君は信じて疑わない。それには私も同意する。しかし、もし貴族を支持する人たちの数が少ないとしたら、それは私たちのせいだろうか。その証拠として、二人の家の出身地を見てみよう。

[VIII] [19] 第八章 君の出身地はトゥスクルムという古い自治都市だ。この町にはユウェンティウス家を初めとして、非常に多くの執政官の家系を持つ家がある。他の自治都市を全部合わせてもそれほど多い所はない。プランキウス君の出身はアティナ(=ラティウムの町)で、それほど歴史もないし有名でもなく、ローマに近くもない。これが選挙にどれほど大きな影響を与えると君は思うだろうか。そもそも、アティナの人々とトゥスクルムの人々とでは、どちらが地元出身者を熱心に応援するだろうか。アティナの人たちは(ここは私の出身地に近いのでよく知っているが)、今ここにいる才能豊かで優秀なグナエウス・サトゥルニヌス君(=プランキウスの弁護人)の父親が造営官になったときも法務官になったときも、彼の家の人々もあの県の人々もそれほど政府の高い地位についた人は初めてだったので、驚くほど大喜びしたのだ。一方、トゥスクルムの人たちは、この自治都市から執政官経験者は沢山輩出していたからだろうか、確かに悪気があってのことではないが、地元出身者の出世を大げさに喜んでいるのを私は見たことがない。

[20] 一方、我々や我々の自治都市(=アティナ、アルピヌム、ソラ、カシヌム、ウェナフルム、アッリファエ)の人々については次のような具合だ。ここで私と私の弟の話をさせてもらうと、私たちの出世を言わば田畑も山々も応援してしてくれたのだ。では、トゥスクルムには、あの道徳の第一人者のマルクス・カトーや、あの町出身のティトゥス・コルンカニウスや、フルウィウス家の人たちを自慢する人がいるだろうか。そんな人はいない。君は誰でもいいからアルピヌムの人に会ってみたまえ。多分君は嫌でも私たちのことについて何か聞かされるし、必ずガイウス・マリウスの話を聞かされるはずだ。つまるところ、第一に、プランキウス君は自分の町の人たちから熱烈な支持を受けたが、君は人の出世に飽き飽きした人たちから期待できるような支持しか得られなかったのだ。

[21] 第二に、君の田舎の住民は優れた人たちばかりだが、いかんせんアティナと比べて人口が少ない。プランキウス君の田舎は立派な心の持ち主であふれいて、イタリアのどの地方よりもそんな人が多いと言えるほどだ。陪審員の皆さん、皆さんの前にはどれほど多くの人たちが喪服姿で被告の嘆願者として来ているか、ご覧になれるでしょう。これほど多くの騎士階級の人たちと、これほど多くの会計官たち(選挙の時に彼の応援に来ていた大勢の平民たちは全員法廷からは出てもらいました)が、立候補したプランキウス君に物心両面でどれほど大きな力となったことでしょうか。彼らはテレティナ族(この選挙区についてはあとで話します)の票を彼に与えただけでなく、彼を優位に立たせ、彼に人々の眼を引き付けて、揺るぎない強固な大量票を与えたのです。我々の自治都市は近隣地域の友好関係を非常に大切にするのです。

[IX] [22] 第九章 私がプランキウス君について言っていることは全部自分の経験に基づいて言っているのです。私たちはアティナの隣に住んでいます。人に親切にする昔からの風習を保っている近隣の人々は賞賛して大切にすべきなのです。彼らは悪意にまみれず、嘘を付くことに慣れず、素朴で、ローマやその近郊の見かけ倒しの風潮に染まっていないのです。アルピヌムとソラとカシヌムとアクイヌム(=アティナの隣)のあらゆる住民がプランキウス君の選挙を応援したのです。人口の多いウェナフルム(=カンパニアの町)、アッリファエ(=サムニウムの町)など、我々の地元の険阻な山間部の信仰が厚く純朴で家族を大切にする地域の人たちは、彼の出世を誇りとして、自分が褒められたかのように思っています。今日もその地域からローマの騎士階級の人たちが、公的な使節団と証人を連れて彼の支援をしています。彼らは選挙の時には彼のことを熱心に応援しただけに、今回は彼のことを大変心配しています。なぜなら、彼が落選することより、彼が追放になって富を奪われることの方が深刻なことだからです。

[23] だから、ラテレンシス君、君の祖先が君に遺してくれた多くのことで君はプランキウス君より優れていたが、プランキウス君は自分の町だけでなく隣接する町の人たちの資質のお陰で君に勝ったのだ。もっともラビキやガビイーやボウィッラエなど君の町の近隣の住民が君を助けたと言うなら話は別だ。しかし、今ではそれらの町からラティウム祭に参加する人はいないのだ。お望みなら、プランキウス君の欠点だと君が思っていること、つまり父親が収税請負人であることにも付言しよう。この階級が選挙でどれだけ助けになってくれるかを知らない人はいない。なぜなら、収税請負人の階級はローマ人の花であり、町の名誉であり、この国の礎だからだ。

[24] この階級がプランキウス君の選挙で特に熱心に運動をしたことを誰が否定するだろうか。それは当然のことなのだ。なぜなら、収税請負人の昔からリーダーが彼の父親であり、その父親は組合員たちから特に好かれていたからだ。また彼の父親は熱心に選挙運動したし、息子のために跪きもした。また、プランキウス君自身も護民官と財務官のときにこの階級によく尽くしたことは周知のことなのだ。また、この階級の人たちはプランキウス君が出世することは自分たちの地位が高まることであり、それは自らの子供たちにも役立つと考えていたのである。

[X] 第十章 さらに、これは控え目ではあっても言っておかねばならない事だが、私も少しはプランキウス君の当選に貢献している。それは財力でも嫉妬を誘う政治力でも嫌らしい権力によるものでもなく、私に対する貢献に言及したり、彼に同情を誘ったり、彼に代わってお願いをすることによってだ。私は全ての選挙区でお願いして回ったし、頭を下げて跪きもした。ところが、驚いたことに、私が求めるまでもなく、彼らは自分から私に協力を申し出てくれたのだ。これは私がお願いした動機が物を言ったのであって、私の政治力が物を言ったのではない。

[25] 求めれば何でも手に入るあの有名な人(=ポンペイウス)でさえも、君の言うように、誰か(=バルブス)を選挙で勝たせてやれなかったのだから、私の応援が役に立ったと言っても傲慢なことではない。なぜなら、私が応援したこの人には充分実力があったことは別にしても、友情の義務と強く結びついたお願いは好感を得るものだからだ。というのは、私は自分の選挙の選挙のように熱心に運動したは、プランキウス君が私の友人であるからでも隣人であるからでも、彼の父親との親交が深いからでもなく、プランキウス君がいわば私の命の親であり恩人だったからだ。つまり、私の政治力ではなく、私の応援の動機が人々に好感を得たのだ。私の復権を喜んだ人、私に対する不当な扱いを悲しんだ人たちで、この人が私に見せた同情に感謝していない人はいないのである。

[26] もし私の帰国前にプランキウス君が護民官の選挙(=前57年)に出たとき良き人々が自分から公然と協力を申し出たのなら、私がいない時(=前58年5月〜前57年9月。プランキウスの所にいたのは前58年5月から11月)に私の名前が選挙に役立った人にとって、ローマにいる私の応援が役に立たなかったと君は思うだろうか。内戦の時にミントゥルナエの人々は冷酷な敵からガイウス・マリウスを救って、家に匿い、飢えと大波で疲労した彼を元気づけて、路銀をたっぷり与え、船も与えて、マリウスがかつて救ったイタリアを後にするとき、誓いと餞(はなむけ)と涙で見送った(=プルタークの話ではミントゥルナエ人は沼地に隠れていたマリウスを逮捕して殺そうとしたが出来ずに体よく船に乗せて追い払ったことになっている)。まさにこのために彼らは永遠の名声を得たのである。それと同じように、私は暴力でローマを追われたにせよ、分別をもって自らローマから退去したにせよ、プランキウス君は私を受け入れて、援助して、保護して、この陪審員たちと元老院とローマの民衆が私を祖国に取り戻せるように、私の命を守ってくれた。彼のこのような誠実さと同情心と勇気が彼の名声に結びついたことが、君には不思議なことだろうか。

[XI] [27] 第十一章 いやまったく、私がいま話したプランキウス君の行動は彼の数々の失敗をカバーするほどなのだから、私がこれから話すこと(=彼の経歴)の中に彼の当選に大いに寄与することがあったとしても、君は驚いてはいけない。というのは、彼は若い頃アウルス・トルクァトゥス(=前70年法務官)氏と一緒にアフリカに出征した時、戦友の親しさと慎み深い若者の羞恥心のおかげで、この厳格で敬虔な人、あらゆる名声と名誉にふさわしい人に非常に可愛がられたからだ。もし彼がいま法廷にいたら、そのことを証言してくれただろう。アウルス・トルクワトゥス氏の従兄弟で婿のこのティトゥス・トルクワトゥス君もその事を証言している。この人は名声と美徳で舅に遜色のない人で、親族関係と姻戚関係の強い絆で彼と結ばれているが、愛情の絆がとても強くて親戚の絆が軽く見えるほどだ。その後、プランキウス君はクレタ島では親戚のサトゥルニヌス君(=既出、グナエウス)と戦友だった。プランキウス君は当時ここにいるクィントゥス・メテッルス(=前69年執政官)氏の下で一兵卒だったが、その時も今も彼らに非常に高く評価されていることから、プランキウス君は自分が誰からも高く評価される人間だと思っていいだろう。その属州の副官は勇気と堅実さに優れたガイウス・サケルドス(=前75年法務官)だった。ルキウス・フラックス(=前63年法務官)も実に優れた人間であり立派な市民だ。その彼らがプランキウス君をどのように見ているかは、彼らが常に彼に寄り添って熱心に証言していることから明らかである。

[28] プランキウス君はマケドニアでは軍司令官(=前62年)だったが、その後そこで財務官(=前58年)になったのだ。マケドニアで彼が非常に人気があったことは、そこの多くの町の指導者たちの証言のとおりである。彼らは別の理由でローマに派遣されたが、この突然の裁判に驚いて彼の支援に駆けつけて、彼のために骨を折っているのである。彼らは使節の仕事で任務を果たすより彼を助けた方が、それぞれの国の人たちに喜ばれると思っているのだ。ルキウス・アピュレイウス(=サトゥルニヌス、マケドニアの法務官で上司)氏は彼をひどく気に入っていたので、法務官は自分の財務官にとって親代わりになるべきだという父祖たちの風習を超えて、彼に友情と親切を尽くしたのだ。彼は護民官(=前57年)としてはおそらく君がまさに称賛する人たちのような攻撃的な護民官ではなかった。しかし、全ての護民官が彼のように勤勉なら、攻撃的な護民官など必要はなかったのである。

[XII] [29] 第十二章 表向きの事ではなくても公表したらきっと称賛されるようなこと、例えば彼の家族との暮らしぶりは省略するが、第一に彼は父親を(なぜなら親孝行は全ての美徳の基礎だと私は思っているから)神のように尊敬しているが(子供にとって父親はまさにそのような存在だ)、一方で父親を仕事仲間のように、また兄弟のように、あるいは同年輩のように愛している。プランキウス君とおじとの関係、親戚との関係、親族との関係、あの才能豊かなグナエウス・サトゥルニヌス君との関係については何を言う必要があるだろうか。サトゥルニヌス君が彼の悲しみをともにする姿を見て、彼がプランキウス君の当選をどれほど願っていたかが分かるだろう。私自身については何を言えばいいだろう。私はプランキウス君の裁判で自分が被告になったような気がするのだ。君にも見えるように喪服姿になっているこの多くの立派な人たちについては何を言う必要があるだろうか。陪審員の皆さん、これらの光景こそはまさに彼が無実であることの明白な動かぬ証拠なのであります。これらは外側だけの飾りではなく、心の奥の真実がにじみ出たものなのです。大衆受けのするおべっかやお世辞を言うのは容易いことです。しかし、それは表面的なもので手応えはありません。遠くからは派手に見えても、手にとって詳しく調べるわけではないからです(?)。

[30] 彼は家庭的にも社会的にも全てにおいて優れているが、君に劣る点がないことはない。それは家系と名前だ。しかし、他の点では君より優れている。それは自治都市と隣接地域と仕事仲間の支援であり、危機の時代に私を助けたことの思い出である。美徳と高潔さと慎みにおいては彼は君と互角だ。そんな彼が造営官に当選したのを君は不思議に思うのかね。君は彼の汚れない人生に様々な汚点をなすりつけるつもりかね。君は彼の不倫をほのめかすが、具体的な名前はないし、そんな疑惑の存在さえ誰も認めない。君は彼をビマリトゥス(=重婚)だと言うが、罪だけでなくその言葉も君の創作だ。君は彼が属州に情欲を満たすためにある人を連れて行ったと言うが、それは告発ではなく悪口から出た他愛ない嘘だ。また笑劇の女優を誘拐したという話は、アティナの田舎では若者たちが悪ふざけでやる昔からの風習だ。

[31] ああ、プランキウス君は何と汚れない青春時代を過ごしたことか。非難されていることは元々許されていることで、それも嘘だと分かるはずだからだ。牢獄から誰かを逃がしたことは、さすがに軽はずみなことだが、君たちも知るように、親しい人と立派な若者の求めに応じたものだった。逃げた男は法務官の命令で捜索されている。以上はこの人の高潔さと敬虔さと汚れのなさに疑惑の目を向けさせるために、この人の人生に投げつけられた悪口に過ぎないのだ。

[XIII] 第十三章 「プランキウスの父親は息子の裁判の足手まといになるはずです」と彼は言う。ラテレンシス君、誠実な君にしては厚かましい恥ずべき言葉だ。息子の命がけの裁判で、息子の命運のかかった戦いで、これほどの人たちが陪審なのに、父親が息子の足手まといになるだろうか。慈悲と憐れみ深い陪審員には、たとえどれほど下卑た人間でも父親と言うだけで価値があるはずだ。社会常識から言っても、人間の生まれつきの優しさから言っても、父親の存在は価値があるはずだ。

[32] それどころか、これほどの資質を備えたグナエウス・プランキウス君はローマ騎士階級の人間である。そもそも、彼の父親も祖父も祖先全員が騎士の名前の伝統を受け継ぐローマ騎士として、その豊かな地方の中で地位と名声で最高の階級を占めてきたのであり、さらに、彼の父親もプブリウス・クラッスス将軍(=前97年執政官、三頭政治のクラッススの父)の軍団の中で、ローマ騎士階級の非常に有能な人たちの間で高い栄誉を与えられた人だった。後には、市民たちのリーダーとして多くの事件に関わって高潔で公平な裁き手となり、大きな団体の創設者、多くの組織の長となった人なのだ。もし彼の父親に批判される点が一つもなく長所ばかりだとすれば、そんな父親がこんな立派な息子の足手まといになるだろうか。彼はそれほど立派でもない赤の他人を、自分の権威と人望を使って守れる人だというのに。

[33] 「彼の父親はよく暴言を吐くのです」とラテレンシス君は言うが、そんな事はない。彼は人より率直な物言いをするだけだ。「それは耐え難いものです」。それなら、一人のローマ騎士の率直さを耐え難いとこぼす人のことは耐え難くはないのかね。あの伝統つまり法のもとの平等、昔の言論の自由はどこへ行ってしまったのだろう。独裁のために抑圧されたが今また頭を持ち上げてやっと復活したはずの言論の自由なのだ。ここで私はローマ騎士たちが高貴な人たちに向けた非難のことに私は言及すべきだろうか。収税請負人たちが、才能と正義と潔癖さでは傑出していたクィントゥス・スカエウォラに対して言った辛辣で大胆で率直な言葉に言及すべきだろうか。

[XIV] 第十四章 執政官のプブリウス・ナシカが公休日を宣言して家へ帰る途中、競売人のグラニウスに「どうして悲しそうな顔をしているのか。競売が延期になったからかね」と尋ねたら「とんでもない。使節(=ナシカが面会を拒否した)が追い返されたからですよ」と公共広場の真ん中で言ったのだ。また同じ男が、有能な護民官でこの国を大きく揺るがしていたマルクス・ドゥルススにいつものように「調子はどうだい」と挨拶をされたとき、「まさか、ドゥルスス、お前さんの調子はどうなんだ」と答えた。彼はルキウス・クラッススにもマルクス・アントニウスにもいつも辛辣なジョークで彼らのやり方をからかった。しかし、それでやり返されたことはなかった。ところが今ではこの国の自由はわれわれ元老たちの思い上がりのせいで(=カエサルのために)抑圧されて、むかしは競売人が人をからかう自由があったのに、今ではローマ騎士が愚痴を言う自由も与えられない有り様なのだ。

[34] プランキウス氏は、自分の怒りではなく人を侮辱するようなどんな発言をしただろうか。彼が不満を述べた時にそれが自分や仲間を不当な扱いから守るためでないことがあっただろうか。元老院が敵国にさえいつも与えている請願に対する回答が(=執政官のせいで)ローマ騎士階級(=収税請負人たち)には与えられなかったとき(=前61年、国のピンハネに怒りの抗議)、その不当な扱いは収税請負人全員の怒りを買ったが、その怒りを彼は少々あからさまにしただけだ。その感情は他の人たちもみんな持っていたが押し隠していたのだ。彼はみんなと同じ気持ちになった時、それを他の人たちよりはっきり顔と言葉に出して言ったのである。

[35] もっとも、陪審員の皆さん、これは私自身の経験から分かるのですが、プランキウス氏が言ってもいないことが彼の発言にされていることが沢山あるのです。私も本心ではなくとも、論争のためや挑発されて言うことがあるし、誰にでもよくあるように、それほど機知に富んでいなくても気の利いた発言が広まってしまうことがあって、人が言ったことでも私が言ったことにされてしまうのです。しかし、上手く言っていると思う発言や、才人や知識人にふさわしいと思う発言は、自分の発言にされてもわざわざ否定しませんが、人の発言で私にふさわしくないものが私の発言にされた時には腹が立ちます。

一方、ラテレンシス君、あの偉人が執政官(=カエサル)として、出来れば収税請負人の階級のために元老院で成立させたかった収税請負人に関する法案を民会で成立させたとき、この法案にプランキウス氏が最初に賛成票を投じた事については、もし彼が賛成票を投じたことが非難に値すると言うのなら、収税請負人の誰が賛成票を投じなかったと言うのかね。またもし最初に賛成票を投じたことが非難に値するというなら、君は彼が最初に投票したのをくじ引きの結果だと言うのか、それともその法案を提出した人の指示だと言うのか、どちらかね。もしくじ引きの結果だと言うなら、君は偶然を非難すべきではない。またもし執政官の指示だと言うなら、この人があの偉人によってこの階級のリーダーと見做されたことを君は認めることになる。

[XV] [36] 第十五章 しかしながら、そろそろ訴訟に向かおう。この訴訟では君は「後援会に関するリキニウス法」(=ホルテンシウスの要請で前55年つまり去年リキニウス・クラッススが公布)という名前のもとに選挙違の法律を全部含めてしまっている。というのは、君は原告が指名した陪審で裁判ができること以外はこの法律のことは眼中にないからだ。こんな陪審が部族単位(=トリブス、選挙の投票単位)の買収事件以外でも公正なら、元老院は原告が陪審に部族を指名するのをこの種の裁判だけにして、なぜ他の裁判にこの指名方法を適用しないのだろうか。つまり選挙違反そのものの裁判では、元老院はあらゆる厳しさを省略しないのに、互いの陪審員に対して忌避が行われるようにして、なぜこの厳しさ(=原告が指名した陪審)だけ省略してよいと考えたのだろうか不思議である。

[37] いったい元老院はなぜそんなことをしたのだろうか。この問題が元老院で扱われた時に議論して満場の支持を得たクィントゥス・ホルテンシウスが昨日も詳しい説明をしなかったら、まったく分からないところだった。我々の考え方はこうである。後援会という実際よりは上品な名前で呼ばれる共謀団を通じて、卑劣な賄賂で籠絡された部族の人たちは、賄賂を贈った人がどの部族の人であろうと、その人のことをよく知っている。そこで元老院はこう考えた。被告が賄賂で縛った部族が被告に対する陪審に選ばれたなら、彼らは同時に陪審と証人になることになる。これは確かに厳しい陪審だ。しかも、自分の部族であれ、自分が密接に結びついている部族であれ、それが陪審に選ばれたら、被告はこの陪審にほとんど反論できないと。

[XVI] [38] 第十六章 ところで、ラテレンシス君、君はどの部族を指名したのかね。きっとテレティナ族を指名したことだろう。そうするのがきっと正しいし、少なくとも予想されたことだし、君の一貫性のある方針にふさわしい事だった。この部族をプランキウス君は売り渡して買収して賄賂の仲介をしたと、君は主張しているのだから、この部族の真面目で厳格な人たちを陪審団に指名するはずだったのだから。(=指名していない)しかし、ウォルティニア族は指名したんだろう。君はこの部族のことを何かと非難したがっているからだ(=自分に投票しなかった。)。(=指名していない)どうして君はこの部族を指名しなかったのか。一方、君が指名したレモニア族とオウフェンティナ族とクルストゥミナ族はプランキウス君と何の関係があるのかね。マエキニア族を指名したのは、陪審にするためではなく、忌避されるためなのは私も知っている(=原告は四つの部族を指名して、その内の一つだけ弁護側は忌避してよかった)。

[39] 陪審員の皆さん、マルクス・ラテレンシス君は何か目論見があって法の趣旨は無視して自分の判断で全部族の中から皆さんを選んだとは思いませんか。プランキウス君と繋がりの深い部族をラテレンシス君が指名しなかったのは、それらの部族はプランキウス君に大変親切にされたが買収はされなかったと考えたからだと、皆さんは思いませんか。ラテレンシス君の選び方は、我々がリキニウス法に賛成したときの趣旨とかけ離れているので、最も厳しい陪審を選んだことにならないことを彼は分かっているのでしょうか。

[40] 君は陪審団に全部族の中から君の友達と、私の政敵と、情け容赦のない不人情で冷酷だと君が思う人たちを選ぶつもりかね。君は私が知らないうちに、私が予想もせず何も気付かないうちに、君の友達とその友達の友達を集めて、さらに私と私の弁護団に敵意を持つ人たちを集めて、そこに誰に対しても激しい敵意を抱く人たちを加えるつもりかね。それから、君はその陪審団を急に発表して、我々を裁くのはどんな人なのかを私に考える暇も与えずに彼らを座らせて、最近の裁判で(=かつて『ウァティニウス尋問』で敵対したウァティニウスをキケロが弁護した裁判)法律顧問の意見で決まった五人の陪審員を忌避さえさせずに、私に全運命の掛かった弁護をさせるつもりかね。

[41] というのは、たとえプランキウス君がわざと人を傷つけることなど皆無な生き方をしていても、あるいは、君がよく知らずに間違えて陪審団を指名したので、我々は君の意に反して情け容赦のない死刑執行人の前ではなくまともな陪審員の前に出ることになったとしても、君の指名はそれ自体我々に不利なものであることに変わりはないからだ。

[XVII] 第十七章 最近では、高名な市民たち(=元老院)が陪審を原告が指名するというやり方そのものを拒否したことがある。その法案では被告がローマ騎士階級の主要な陪審員たち125人の中から75人を忌避して50人を残すやり方だったにも関わらず、彼らはその法案のやり方を受け入れずに全てを有耶無耶にしてしまったのだ。それなのに、我々は陪審員を一人も忌避せずに耐えねばならないのだろうか。それは陪審員のリストの中からではなく全部族の中から採られ、しかも、忌避できる通常の陪審員ではなく、原告が決めた陪審員だというのに。

[42] 私は法の不平等さに不満を言っているのではなく、君のしたことが法の趣旨に反していると言っているのだ。もし君が元老院が決めて民会が認めたやり方に従って、プランキウス君に対して彼の部族と彼が親切にした部族を陪審に指名していたら、私はこの厳しい陪審に不満がなかっただけでなく、その指名された陪審が証人になれば、プランキウス君は無罪になっていたのにと思うし、いまでもそう思う。なぜなら、君がこの部族を指名したということは、君はプランキウス君のことをよく知っている陪審ではなく何も知らない陪審を選んだことになって、法の趣旨を無視して、あらゆる公平さを拒否して、この裁判を明白な方向ではなく闇雲な方向に進めてしまったからだ。

[43] 「ウォルティニア族はこの男に買収されているし、テレティナ族もこの男から賄賂を受け取っています。ウォルティニア族や自分の部族の陪審の前でこの男は何を言うつもりでしょうか」と彼は言う。とんでもない、君こそ何を言うつもりなのだ。何も知らない人たちなのに君はこの人たちの中から誰を陪審に選んで誰を証人にして証言させるつもりなのか。もし被告のプランキウス君が陪審になる部族を自分で選ぶなら、きっと親交があり近隣であることからウォルティニア族と自分の部族(=テレティナ族)を選ぶだろう。また彼が裁判長を選ぶとすれば、ここにいる現裁判長のガイウス・アルフィウス氏以外の誰を選ぶだろうか。彼はプランキウス君のことをよく知る人物で、隣人で、同じ部族で、厳格で公正な人だからだ。彼はプランキウス君を何とか無罪にしようとする気持ちを明らかにしており、しかも何ら依怙贔屓を疑わせることがない公平な人物だ。ここからも、プランキウス君が自分と同じ部族の裁判長を熱望するのは当然であり、その彼がその同じ部族を陪審団にすることを避ける理由のないことが容易にわかる。

[XVIII] [44] 第十八章 いま私はプランキウス君のことをよく知っている部族を選ばなかった君の目論見を批判しているのではなく、君は元老院の考え方に従っていないことを言っているのだ。というのは、もしこの陪審たちの誰も君の話を信じなければ、君は何を言うつもりなのか。プランキウス君は賄賂の保管役だったと言うつもりかね。そんな事を言っても彼らは耳を貸さないし、そんな事は認めないで否定するはずだ。では君はプランキウス君が人気者だったと言うのかね。それなら彼らは喜んで耳を貸すだろう。我々も何の心配もなくそのことを認めるだろう。ラテレンシス君、元老院が選挙違反のために立法化しようとした法律は、候補者を応援することや候補者が有権者に親切にすることや候補者が人気者になることを禁止するものではないのだ。良き人たちは昔からつねに自分の部族の人たちの間で人気者になろうとしてきたのだ。

[45] また、我々の階級は節度を持って平民に親切にすることを拒むほど平民に対して冷淡ではない。また、我々の子供たちが自分の部族の人たちを大切にしたり機嫌をとったり、自分の友人のために部族の票をとりまとめたり、自分の選挙で友人たちに同じ事を期待することを禁じてはいない。というのは、これらの行為は礼儀と配慮と昔の美風に溢れているからだ。我々も自分の選挙運動の時に、必要ならそんなことをしてきたし、高名な人たちもそうするのをよく見てきた。今も我々は出来るだけ人気者になれるように願っている。

票田を分割したり、人口を割り当てたり、賄賂で票を確保したりすることに、元老院は厳しい態度を見せたし、良き人たちはひどく腹を立ててきた。だから、ラテレンシス君、君はプランキウス君が票田を分割したとか、後援会を作ったとか、賄賂の保管役をしたとか、賄賂の約束をしたとか、賄賂を振り分けたとなどのことを証明して明るみに出すことに集中したまえ。そして、もし君がそれを証明できたら、君が法律によって与えられた武器を使おうとしなかったことに私は驚くだろう(=この武器を使わずに出来るわけがない)。なぜなら、もし君の言うことが本当なら、我々は自分の部族の陪審を前にして、その厳しさだけでなくその眼差しにも耐えられないはずだからだ。

[46] ところが、君はこのやり方を避けて、彼の違反をよく知っていてひどく怒っているはずの陪審を拒否したために、この陪審たちは、どうしてこんな仕事が自分たちに押し付けられたのか、どうしてわざわざ自分たちが選ばれたのか、よく知っている人たちに判断させずに、どうして自分たちに当てずっぽうの判断をさせたいのかと、沈黙のうちに君に尋ねているが、君はそれに何と答えるつもりかね。

[XIX] 第十九章 ラテレンシス君、プランキウス君は彼自身人気者だし、選挙で彼を応援する多くの人たちもまた人気者だと私は言っている。もし君が彼らを共犯者と呼ぶなら、君は善意に満ちた友情を不名誉な名前で汚すことになる。逆にもし彼らが人気者であることは罪だと言うなら、気位の高い君が、人気者たちとの友情関係を拒否して自分にふさわしい地位を手に入れられなかったとしても、当然だと思い給え。

[47] つまり、私はプランキウス君が自分の部族の人気者であるのは、彼が多くの人に親切にして、多くの人の保証人になって、さらに多くの人を父親の助言と力で仕事につけてやり、要するに自分と父親と先祖の人たちを通じてアティナ地方の人たちの心をすっかり掴んでいたからであると証明しているのだ。だから、君もそれと同じように、彼が賄賂の保管役で、賄賂を使い、後援会を作り、票田を分割したことを証明したまえ。それがもし出来ないなら、君は我々の階級が部族民に寛大にすることを禁止したり、人気者であることを犯罪と見なしたり、親切にすることを処罰しようするのをやめたまえ。後援会に関する部族の犯罪の扱いに窮した君は、そんな風にして一般的な選挙違反に問題をすり替えようとしているのだ。しかし、そんな事なら月並みな雄弁術を競うのはそろそろやめにしようではないか。

[48] そして、私は次のようにして君と争うことにする。君は好きな部族を一つ選んで、誰が賄賂の保管役をし誰が分配役をしてその部族を買収したのかを然るべく証明したまえ。君はそんな事は手も付けられないと思うが、もし君がその証明が出来なかったら、次に私はプランキウス君が誰の力で得票したかを示そう。これが正しい争いではないか。こういうやり方は君のお気に召さないかな。これ以上うまい所謂接近戦があるだろうか。なぜ君は黙っているのか。なぜ知らないふりをするのか。なぜ尻込みするのか。私は罪の内容を明かにすることを繰り返して何度も君に迫り促し追いかけてしつこく要求する。もう一度言う。君はプランキウス君が得票した部族をどれか選んで、出来るものなら、彼の落ち度を証明したまえ。そうすれば私は彼がどんな方法で得票したかを説明しよう。そうすればプランキウス君のやり方は、ラテレンシス君、君のやり方と同じだと分かるはずだ。というのは、もし私が君に尋ねたら、君が得票した部族について誰の力で得票したかを君は明らかに出来るはずで、それと同じように、私も敵である君のために、君が説明を求める部族について答えると言っているからだ。

[XX] [49] 第二十章 しかし、私はこんな議論をする必要はないのだ。というのは、プランキウス君は前の造営官の選挙で当選しているからだ。あの選挙は第一にあらゆる点で最も権威のある執政官、とくにこの選挙違反の法律を起草したリキニウス・クラッススが開催した選挙だ。第二に、彼は誰の予想にも反して突然この選挙を始めたのだ(=トリブス民会)。それは買収しようと企む人がいても準備をする時間を与えないためだった。部族が呼ばれて投票が行われ、票が分類されて発表された。プランキウス君はずば抜けて強かった。買収はなかったし、そんな疑いもまったくなかった。そうだろう。執政官を選ぶケントゥリア民会では最初に投票する百人組(=ケントゥリア)に大きな影響力があって、その票を獲得した人がその選挙中か少なくともその年の内に第一執政官に当選したと発表されるのが通例だ。プランキウス君の場合、国民のごく一部ではなく国民全体が既に前の選挙で意志を示したのだ。それでも君は彼が今回の選挙で造営官に当選したことに疑いをはさむのかね。今回の選挙では、一つの部族(=トリブス)の一部分ではなく、前の選挙の全得票がまさに「最初に投票する百人組」の役割を果たしたからだ。

[50] あの時、ラテレンシス君、もし君にその気があったなら、あるいはそれが高い気位の君に耐えられると思ったなら、多くの貴族たちがしてきたようにすればよかったのだ。つまり、自分が思ったより弱いと思ったら、選挙を延期にして、ローマの民衆の前に土下座して、落胆した惨めな顔をして嘆願するのだ。そうすればきっと大衆の気持ちは君の方に集まったはずだ。というのは、汚れのない高潔な貴族の哀願をローマの民衆は拒否したことがないからである。しかし、当然のことながら、気高くて誇り高い君は造営官になるくらいでは満足できないだろう。もしそうなら、君は造営官になるよりも高い資質を持っているのだから、自分が見下している物が手に入らなかったことを嘆くのはやめたまえ。私が常に努力してきたのは、まず第一に自分がその地位にふさわしい人間になることであり、第二に、自分がその地位にふさわしいと人から評価されることであり、第三にその地位を手に入れることだった。この三番目のものを多くの人たちは一番目に置く。しかし、地位が喜びをもたらすのは、ローマの民衆がその野心に恵みを施した人ではなく、彼らがその価値を認めた人なのだよ。

[XXI] [51] 第二十一章 ラテレンシス君、君は自分の家の祖先の肖像と、君の教養ある優れた亡父に何と答えたらいいのか私に尋ねている。君はそんな事は考えてはいけない。むしろ、君のその不平と怒りを君の祖先の賢人たちから批判されないように気をつけたまえ。というのは、アッピウス・クラウディウス(=前79年執政官)が、高貴なガイウス・クラウディウスという高名で有力な市民だった兄(=前92年執政官)の生前、造営官選挙に落選したのち執政官選挙に一度で当選したのを、君の父親は知っているからだ。また、君の父親は自分とつながりが深い立派な人物であるルキウス・ウォルカティウス(前66年執政官)と、マルクス・ピソー(=前61年執政官)が造営官選挙で失敗したが、ローマの民衆から最高の地位を手に入れたのも知っている。君の祖父は、この国で誰よりも勇敢な市民だと私が思うプブリウス・ナシカ(=前134年)が造営官選挙で落選したことを君に話すだろう。また、ガイウス・マリウスも造営官選挙で二度も落選したが七度も執政官になっている。さらに、ルキウス・カエサル(=前90年執政官)も、グナエウス・オクタヴィウス(=前87年執政官)もマルクス・トゥリウス(=前81年執政官)もみんな造営官になれなかったのに執政官になっている。

[52] しかし、私はなぜ造営官に落選した人の話ばかりしているのだろうか。造営官選挙で落とされるのは、民衆からのプレゼントだとよく言われているが、要するにその程度のことなのだ。生まれも弁論術もすぐれたルキリウス・フィリップス(=前91年執政官)は軍司令官になれなかったし、高名で勇敢な青年だったガイウス・カエリウス(=前94年執政官)は財務官になれなかったし、プブリウス・ルティリウス・ルフス(=前105年執政官)とガイウス・フィンブリア(=前104年執政官)とガイウス・カッシウス(=前96年執政官)とグナエウス・オレステス(=前71年執政官)は護民官になれなかった。しかし、彼らはみんな執政官になったことを私たちは知っている。こんなことを君の父親や君の祖先がわざわざ君に言うとすれば、それは君を慰めるためではないし、失敗の罪悪感から君を解放するためでもない。それは君が若い頃に選んだ道を歩み続けるように励ますためなのだ。ラテレンシス君、大丈夫だ、君は何も失ってはいない。いや、確かに失ったかもしれない。しかし、起きた事を私流に解釈して欲しければ、この落選は君の実力の一つの現れなのだ。

[XXII] 第二十二章 君は以前護民官に立候補したとき誓約させられるのがいやで立候補を撤回したことがあるが、あれは大きな影響はなかったと思ってはいけない(=カエサルの土地法に反対しないことを誓わされた。『アッティクス宛書簡集』2巻18)。君はまだ若いのに国益について自分の意見を表明したことになるんだよ。君は多くの役職経験者たちよりも大胆に、君の年齢や野心とは不釣合なほどはっきりと自分の意見を表明してしまったんだよ。

[53] したがって、あの法案に賛成していた民衆の中に君の勇ましい態度に憤慨した人がいなかったと思ってはいけない。そういった人たちが今回おそらく油断していた君を落選させたのかもしれないね。しかし、用心を怠らずに警戒していれば君は二度と彼らに落選させられることはないだろう。それとも君が言いたいのは次のようか理屈かね。「プランキウスがプロティウスと二人で大部分の部族を獲得したことから、選挙の同盟(=2人が部族を分け合って3番目に対抗する)があったと皆さんは思わないでしょうか」と君は言う。しかし、二人が共に大部分の部族を取らなかったら彼らは一緒に当選できただろうか。「しかし、いくつかの部族では彼らはほぼ同数の票を獲得しています」。それは、彼らが前の選挙で当選してほとんど発表されるところまで行ったからだ。しかし、だからといって選挙の同盟が疑がわれることにはならないはずだ。それに、我らの父祖たちは候補者たちが同数の得票をすることがあると分かっていたからこそ、造営官の選挙でくじ引きの制度を作ったのだ。

[54] 「前回の選挙ではプロティウスがアニオ族をペディウスに、プランキウスがテレティナ族を私に譲りましたが、今回の選挙では落選しないように、彼らは二人に譲渡しなかったのです」と君は言う。しかし、まだ国民の投票動向が分からない時に、すでに同盟していた彼らが君たちを助けるために自分たちの部族を譲渡したのに、自分たちが当選すると分かってから、締まり屋になって譲渡するのをやめたと言う君の話が信じられるだろうか。さぞかし彼らは落選を恐れたのだろう。しかし、実際は彼らは当選が危ぶまれるどころか楽勝だったのだ。ところが、君は優秀なアウルス・プロティウス君を同じように非難しながら告発しないで、告発しないでくれと君に頼まなかったプランキウス君を告発したのだ。実際には、君は自分が出廷させたウォルティニア族(=プランキウスの部族)の証人の数はその部族から得た君の得票数より多いとこぼしているが、それは彼らはプランキウス君に買収されたから君を落選させたか、あるいは、プランキウス君に買収されていない彼らの票さえ君は獲得できなかったかの、どちらかになるからだ(=いずれにせよ彼らがプランキウスに不利な証言をするわけがない)。

[XXIII] [55] 第二十三章 君の言うフラミニウス競技場(=前220年にローマ郊外に建てられた)で見つかったお金に関する告発は、直後は熱を帯びていたが、裁判になった今では冷めている。なぜなら、それがどういう金か、どこの部族の金か、誰が分配した金かを君が言わないからだ。当時その事件に関与していると言われた人が執政官に呼び出されたとき、彼は君の仲間に不当にいじめられたと真剣に訴えた。もし彼が分配役であり、特に君が告発したプランキウス君のための分配役なら、どうして君はその男を告発しないのか。どうしてその男を有罪してからその先行判決をこの裁判のために役立てようとしなかいのか。ところが君はそうしないし、その事実を信じてもいない。君はこれとは別の理由、別の考えから彼を打ちのめせるという希望を抱いたのだ。君にはいくらでも手段があるし、広大な人脈がある。多くの友人と多くの仲間と、君の出世を応援する多くの人たちがいる。一方、プランキウス君を嫉む人は沢山いる。プランキウス君の父親はすぐれた人だが、騎士階級の権利と自由に固執していると思っている人たちは沢山いる。さらに、裁判の被告が誰であろうと敵対証人になって選挙違反の証言ばかりしている人たちが沢山いる。彼らは自分の証言で陪審の心を動かしたり、ローマの民衆に気に入られたり、その結果として欲しい官職を手に入れるのが容易になると思っているのだ。

[56] こういう人たちからなる証人を相手にしてこれから戦うに際して、陪審員の皆さん、私は昔の自分のやり方を採っていないことにお気づきになるでしょう。それはプランキウス君を救うために必要な手段を採らなくても構わないと思っているからではなく、皆さんが心の中で見抜いておられることを私が言葉で表す必要がないからであります。また、ここに証人として用意されたこの人たちは私の救済に尽力してくれた人たちなので、彼らに対する反論は皆さんの分別にお任せして、私は遠慮させて頂きたいのです。陪審員の皆さん、私が皆さんに是非ともお願いしたい事は唯一つの事なのです。それは、私が弁護するこの人だけでなく、裁判一般に当てはまる事でありますが、世の中にばらまかれた嘘や作り話によって無実の人の運命を決めてよいとは考えないで欲しいということです。

[57] 原告の多くの友人たちも、私の幾人かの政敵たちも、誰でもかでも中傷する人たちも、何でもかでも人の物を妬む人たちも、多くの嘘を捏造してきました。しかし、悪口ほど素早いく伝わるものはないし、悪口ほどたやすく広まるものはなく、悪口ほど簡単に受け入れられるものはないし、悪口ほどよく行き渡るものはないのです。もし皆さんが悪口の出所を見つけたら、決してその人を軽く見たり隠蔽したりしないで頂きたいのです。しかし、出所不明な悪口が証人の口から出た場合、あるいは、出所を特定出来ない悪口の場合、また、それを聞いたと証言する人が不注意で誰から聞いたか忘れた場合、あるいは、その悪口の出所が取るに足らぬ人で忘れてしまった場合は、その人の何気ない「私は聞いた」という言葉によって無実の被告を損なうことがないように私は祈るばかりです。

[XXIV] [58] 第二十四章 さて、次に私の友人であるルキウス・カッシウス君(=補助告訴人)の言い分に向かいましょう。ラテレンシス君、カッシウス君の話に出てくる例のユウェンティウス(=ラテレンシスの一族)については私は説明を求めなかった。あらゆる学問とあらゆる能力を備えた若いあのカッシウス君が、ユウェンティウスが平民で初めて上級造営官になった(=前365年)と言ったのだ。カッシウス君、その点に関して私は次のように答えても君は驚かないと思う。つまり、ローマ人はそんな事は知らないし、コングス(=『弁論家について』第一巻256節参照)が死んだからには、そんな事を我々に教えてくれる人はいないと。私自身古代史は嫌いではないが、その話は君の口から初めて聞いたことを認めよう。君のその弁論は非常に巧みで繊細なものであるし、ローマ騎士階級の熱意と面目にふさわしいものであり、この人たち(=元老たち)に耳を傾けてもらったこともある。また、君の才能と学識には大きな尊敬が払われているからには、私は君の言ったことに答えよう。それはほとんど私に関する話ばかりだったし、その話には私を非難するトゲが含まれてはいたが、それでも私には不愉快なトゲではなかったからだ。

[59] 君は私に質問した。ローマ騎士階級の息子の私と、執政官の家柄の私の息子では、どちらが高職に就くための道が容易と思うかと。私は全てにおいて私の息子を自分自身よりも優先して考えているが、高職に就く機会については私よりも息子の方が簡単になるように願ったことは一度もない。実際、私は彼に高職に就く道を示したことはあっても、彼のために高職を手に入れたと思って欲しくない。そこで、私はいつも彼に次のような教訓を伝授している。もっとも、その教訓は彼にはまだ早すぎるが、ユピテルを祖先に持つ王(=アトレウス)が自分の息子たちに教えた教訓だ。それは「用心を怠るな。好事魔多し。多くの人が妬むのは…」(=アッティウス『フィロクテテス』より)続きは君も知っているだろう。あの頭のいい真面目な詩人は、架空の王の息子たちに向けてこれを書いたのではなく、私たちや私たちの息子たちに、努力して名声を手に入れよと促すために書いたに違いない。

[60] もしプランキウス君がスキピオの息子なら今より高い地位につけるかと、君は私に質問している。仮にそうだとしても彼が造営官になりやすくなることはなかっただろう。ただ、(=父親のお陰なら)いまほど妬まれることがないだけましなはずだ(=騎士階級であることを妬まれている)。というのは、名誉の階段は(=生まれに関係なく)最高の人間にも最低の人間にも同じだが、(=妬まれるのは)名声の階段はそれとは違うからだ。

[XXV] 第二十五章 私の一族の誰が(=名声において)マニウス・キュリウスやガイウス・ファブリキウスやガイウス・ドゥイリウスやアウルス・アティリウス・カラティヌスやグナエウス・スキピオやプブリウス・スキピオやアフリカヌスやマルケッルスやファビウス・マキシムスと対等だと思うだろうか。しかし、彼らが登ったのと同じ名誉の階段を私たちでも登れたのである。というのは、(=名声をもたらす)能力の階段は非常に高くて、能力の最も優れた者が最も高い名声を得るからだ。一方、民衆が与える究極の名誉は執政官職までである。この職には今までに八百人が到達している。詳しく調べたら、名声を手に入れた人はその内十分の一しかないことが分かるだろう。しかし、カッシウス君、これまで君のように「あんな男がどうして執政官になれたのですか」とか「もし彼が王の独裁からこの国を解放したルキリウス・ブルートゥスのような人だったら、どんな高い名誉にありつけたでしょう」などと言う人はいなかった。仮にそうでも名誉についてはあれ以上のことはないが、もっと大きな名声を得たはずだ。だから、もしプランキウス君が最高の家に生まれていても、やはり財務官と護民官と造営官にはなったろう。しかし、彼と同じ生まれの人間がこの地位に到達した例は無数にある。

[61] 君はティトゥス・ディディウスとガイウス・マリウスの凱旋式にも言及して、プランキウス君も似たようなことがあったか私に質問している。しかし、君が挙げた人たちは凱旋式をしたお陰で政務官になったのではなく、功績を立てたときに高職をついていたから凱旋式をしたのである。プランキウス君はどんな軍務を経験したのかと君は聞く。彼はここにいるこの人(=クィントゥス・メテッルス・クレティコス)が司令官だったときにクレタで兵役についたし、マケドニアでは軍団副官だった。彼が財務官の時に軍務を離れたのは、私を守るためにわざわざ時間を割いてくれたときだけだ。

[62] 彼は弁論が得意なのかと君は問う。そうとは言えない。二流ですらないと彼自身思っている。彼は法律家だろうかと君は問う。彼は法律の専門家なのに法律について間違った回答をしたと言う人がいるのかね。どんな技術でもそれを仕事にしているのに満足なことが出来ない人は批判されるが、それを仕事にしていないと言う人がそんな批判をされることはない。ふつう候補者には高潔さと誠実さと汚れのなさは要求されても、流暢な言葉遣いや、技術や知識は要求されない。術や知識は要求されないのだ。我々は召使いを雇う時、もし大工か左官として雇うなら、それがどんなに立派な人間でも、買う時に求めた技術を持っていなかったら、我々は腹が立つものだ。しかし、もし召使いを管理人として置くために雇ったり、家畜の世話をさせるために雇う場合には、我々はその召使いの実直さや勤勉さや用心深さ以外の事は気にしない。ローマの民衆が政務官を国の管理人として選ぶのはまさにそのようにして選ぶ。だから、彼らにそれ以外の技術があっても民衆は大して気にしないし、逆に技術などはなくても高潔さや汚れのなさがあれば満足する。というのは、どれ程の人が弁が立ち、どれ程の人に法律の知識があるだろうか。これらの学問を学んでいる段階の人を知識人の内に含めてもその数は非常に少ない。しかし、もしそんな知識のない人は公職に就けないとなると、あれほど多くの才能豊かな優秀な市民はいったいどうすればいいのだ。

[XXVI] [63] 第二十六章 君はプランキウス君にラテレンシス君の犯した過ちを挙げろと言う。プランキウス君が言えることは、ラテレンシス君が自分に対してひどく腹を立てたことだけだろう。その一方で、君はラテレンシス君をひどく褒め称える。私は君が裁判に関係のないことに多言を弄するのは構わないし、私が弁護士として危険を冒さず認めることができる事を長々と批判するのも構わない。私はラテレンシス君に高い能力があることを認めているが、それ以上に君がその事に言及しないで些細な事ばかり挙げるのはどうかと思う。「彼はプラエネステで見世物をやりました」と君は言う。しかし、そんな事は他の財務官もやっていることだ。「彼はキュレネで収税請負人に気前が良かったし、同盟国に対して公平でした」と君は言う。それを誰が否定するだろうか。しかし、ローマでは多くの事が起きているので、属州の出来事はなかなかローマまで聞こえてこないのだ。

[64] 陪審員の皆さん、私がここで自分の財務官時代のことを話しても自慢していると思われる心配はないと思います。私がどれほど財務官として成功したとしても、のちに最高権力の座についた人間としては、財務官時代の功績に大きな名誉を求める必要はないからです。それどころか、シチリアには財務官としてもっと上手くやって人気のあった人がいると、誰かが言いだしても構いません。しかし、本当のことを言うと、当時の私は財務官としての成功の話でローマはもちきりだと思っていたのです。私は穀物価格が高騰した時に大量の穀物をローマに送っていたからです。商人たちには親切に、売り手には平等に、買い手には気前よく、同盟国に対しては欲張らずにいたので、私は仕事熱心で真面目な人間だと皆に思われていたのです。シチリア人が聞いたこともないような表彰を私のために考えてくれたほどだったです。

[65] そこで私はシチリアを去るときにはローマの民衆は私をどんな役職にでも喜んで就けてくれるだろうと期待していたのです。ところが、シチリアから帰還の途中にたまたまプテオリの港に立ち寄ったときの事です。それは裕福な人たちがよく集まる頃でしたが、陪審員の皆さん、ある人が私に「いつローマを発ったのかね。ローマでは何か変わった事でもあるのかい」と聞いてきたので、私は倒れそうになりました。「属州から帰るところだ」と答えると、「それはそれは。アフリカからだね」と言ったのです。

[XXVII] 第二十七章 私は腹が立って不機嫌な調子で「とんでもない。シチリアからですよ」と言いました。すると物知り顔の別の人が「何を言っているんだ。君はこの人がシラクサで財務官だったことを知らないのか」(=シラクサはシチリア東岸、キケロは西岸のリリュバエウムの財務官だった)と言ったのです。もうお分かりでしょう。私は腹を立てるのをやめて、プテオリの温泉客の振りをしました。

[66] しかし、陪審員の皆さん、その時皆からちやほやされたより、この方が私にとってはよかったのです。というのは、そのお陰でローマの民衆は目敏いけれども耳の方は鈍いことを知ったので、それ以後私は自分の噂を気にするのをやめてしまったからです。そして、私はローマの民衆に自分の姿を毎日見せて、彼らの視界に留まるために、いつも公共広場に出かけました。また、私に会いに来た人を門番が追い返すことがないようにしました。私自身もどんなに眠くても訪問客に会うようにしたのです。空き時間でさえ暇なことのない私ですから、忙しい時については何をか言わんやです。カッシウス君、君がよく暇な時に読むと言ってくれる私の弁論集は、休日や祭日に書いたので、私には暇なことなど一度もなかった。マルクス・カトーが『起源論』のはじめに書いたことに私はいつも感心しています。「偉大な人間には仕事の計画だけだなく空き時間の計画も必要だ」と。ですから、どれほどのものかは知りませんが、もし私に名声があるとすれば、それはローマの公共広場で手に入れたものなのです。実際、私の個人的な計画の正しさは世の中の出来事によって証明されています。この国の安泰は私の家の中で図られ、ローマの救済は町の中から行われることになったからです。

[67] だから、カッシウス君、実力によって名声に至るという私と同じ道がラテレンシス君にも開かれているんだよ。しかも、私が徒手空拳でここまで一人で駆け上ってきたのと違って、彼の場合はもっと容易だ。彼の優れた能力は祖先の推薦という助けを得られるだろう。しかし、プランキウス君に話を戻せば、彼はくじ引きか法律の要件など、やむを得ない場合を除いては、決して町を離れなかったのです。彼はかなりの人が持っている長所には恵まれてはいません。しかし、彼は持ち前の粘り強さと、友人を大切にすること、気前の良さでは優れていました。彼は人々の視界に留まり続けて、それから立候補して、多くの新興貴族が嫉妬を受けずに地位を手に入れたやり方を採ったのです。

[XXVIII] [68] 第二十八章 ところで、カッシウス君、君は僕を救うことは良き人たち皆に大切なことだったので、僕のプランキウス君に対する恩義は良き人たち全員に対する恩義と変わらないはずだと言う。私も彼ら全員に恩義があることは認めます。しかし、私が恩義のある良き人たちや良き市民たちは、造営官選挙で「自分たちはキケロのためにプランキウス君に恩義がある」と言ってくれたのです。そこで、例えば私には多くの人に借金があって、プランキウス君はその中の一人だと考えてみてほしい。私が破産宣告をしない限り、彼らにはそれぞれ返済期日が来たときに返すことになりますが、返済期日が迫っているプランキウス君への借金は、返済を求められている今返すべきなのです。もっとも、お金の貸し借りと恩義とは違います。というのは、お金を借りた人はお金を持っていますが、お金を返した人はお金をもう持っていません。それに対して、恩義を返した人は恩義を持っていからです。恩義を忘れずに持っていること自体がすなわち恩義を返すことなのです。私もまたプランキウス君にここで恩義を返しても、恩義が無くなることはないのです。ですから、彼の身にこんな厄介な事が降り掛からなくても、私は自分から進んで彼に恩義を返したことでしょう。

[69] カッシウス君、君は私がプランキウス君にしていること以上の事を、何よりも大切な弟や最愛の子供たちにもできるのかと聞いている。君は知らないが、私がプランキウス君を救おうと思い立ったのは、何よりもまず彼らに対する愛情のためなのだ。というのは、この人が私の身の安全を守ってくれたことを彼らはよく知っていて、今回彼を救うことは彼らの最大の願いだからである。また、私は自分が救われたのは彼らのためだったことが忘れられないので、彼らの顔を見るたびに、私に対する彼の献身を思い出すからである。

君はオピミウス(=前121年執政官、ガイウス・グラックスを殺した)がこの国を救ったのに(=ユグルタから賄賂を受けたとして前109年)断罪されたことを語り、法律を作ってクィントゥス・メテッルス(=ヌミディクス)をこの国に復帰させた(=前99年。前77年に前法務官としての属州統治中の搾取の罪で断罪された)カリディウス(=クィントゥス、前99年護民官)のことを付け加えている。オピミウスはその名声にも関わらず無罪にならなかったし、カリディウスもメテッルスの名前によって自由放免にはならなかったのだから、私が同じ様なことを理由にしてプランキウス君を救おうとするのはおかしいと言う。

[XXIX] 第二十九章 カリディウスについてはこれだけは君に言っておこう。クィントゥス・カリディウス(=前79年法務官)が法務官の選挙に立候補した時(=前80年)、執政官クィントゥス・メテッルス・ピウス(=上記メテッルスの息子、父の帰国に尽力した孝行者ピウスと渾名された)が彼のためにローマの民衆にお願いするのを私は見たが、その時この高貴な執政官はカリディウスのことを自分と自分の家族の庇護者だと躊躇なく言ったのだよ。

[70] ここで君に尋ねよう。もしメテッルス・ピウスがカリディウスの裁判の時(=前77年)にローマにいられたら(=メテッルスはスペインでセルトリウスの反乱軍と戦っていた)、また、もしメテッルス・ピウスの父親(=ヌミディクス)がその時生きていたら、彼らは私がプランキウス君のためにしているのと同じ事をしなかっただろうか。一方、オピミウスの不幸については人々の記憶から拭い去った方がいいと私は思う。あれは裁判と呼ぶべきものではなかった。あれはこの国の痛手であり、帝国の恥辱であり、ローマの民衆の不名誉である。なぜなら、仮にあの陪審員たちが国家の反逆者ではなく陪審員と呼べるとしても、法務官として隣町(=フレゲラエ)との戦争からこの国を救い(=前125年)、執政官として内戦(=ガイウス・グラックスとの戦い)からこの国を救ったあの人を国外追放(=デュラキウムで客死)にする以上に大きな打撃をこの国に与えることができたろうか。

[71] 一方、君は私がプランキウス君の親切を過大に評価して誇張していると言う。しかし、私がどれくらい彼に感謝するかを決めるのは君ではなく私である。「彼はあなたにどんな貢献をしたというのですか。それは彼があなたを暗殺しなかったからですか」と彼は言う。とんでもない。彼は私を暗殺させなかったかのだ。カッシウス君、君は私の政敵たちを弁護して、彼らには私の命を狙う企みなどなかったと言う。ラテレンシス君も同じことを主張している。だから、私はその事についてあとで詳しく話すつもりだ。君には次の事だけ聞きたい。政敵たちの私に対する憎しみは平凡なものだったと君は考えるのかね(どこの野蛮人たちが敵に対してあれほど恐ろしく残酷な憎しみを抱くだろうか)。それとも、連中があの一年の間(=前58年のクローディウスの狼藉を指す)公共広場で剣を振り回し、神殿に火を付けてローマ中を荒らし回ったのを君たちも見たはずだが、悪評を心配したり罰を恐れたりする心が彼らにあったと君は言うのだろうか。まさか、彼らは私の帰国のことなど何も心配をしていなかったので、私の命に手心を加えたとでも言うのかね。この人たち(=元老たち)が元気で、町も元老院も健在だというのに、私を生かしていてもローマに帰ってくることはないと彼らが考えていたと言うほど愚かな人は一人もいない。だから、君ほどの人間、君ほどの立派な市民なら、友人たちの忠誠心によって救われた私の命が、敵の危険な企みの標的にならなかったなどと公言すべきではないのだ。

[XXX] [72] 第三十章 今度は、ラテレンシス君、君の問に答えよう。君の挑発に乗った激しい答えではなく、むしろ友情を込めて丁寧に答えるように心掛ける積もりだ。というのは、第一に、君は私がプランキウス君の事で嘘を言っているとか、その場しのぎのでっち上げを言っていると言うが、それは言いすぎだ。さしずめ賢い私は何の恩義にも縛られていないのに、どうすれば自分が恩義に縛られているように見えるか知恵を絞っていると言いたいのだろう。どうして私がそんな事をするだろうか。友人で隣人で父親の友人であるという絆が、プランキウス君を弁護するためには正当でも充分でもないと言うのだろうか。たとえこんな理由がなくても、こんなに優秀でこんなに立派な人を弁護することをみっともないと心配する必要はないのである。だから、私の世話になることになった人に対して私に大きな恩義があると言うために、分かりやすい理由を捏造する必要もないのだ。一方、一般の兵士たちは市民の栄冠を人に与えて自分が人に救われたことを認めるのを嫌がるが、それは前線で敵の手から保護されて救われることが不名誉だからではなく(そんなことは接近戦をする勇敢な人にしか起こらないから)、恩義の重荷を嫌うからである。なぜなら他人の世話になるのは親の世話になるのと同じくらいとても重い事だからである。

[73] 一方、多くの人たちは自分が恩義に縛られていると思われなくないので、本当の恩義を些細なものでも知らない振りをする。それなのに、私は恩義を感じている振りをするだろうか。しかも、その恩義はとても感謝しきれないと思われるほど大きなものなのに。それとも、ラテレンシス君、君はこういうこと(=人が恩義の重荷を嫌がったり、真の恩義を知らないふりをすること)を知らないのかね。君は私と親しかった頃、私の人生の危機を共にしたいと言ってくれたし、あの悲しくて辛い追放の時に涙を流すだけでなく、身も心も財産も差し出して私を見送つてくれた。また、私が留守の間私の妻と子供たちを君の力で守ってくれた。さらに、私に対するプランキウス君の尽力は君自身にとっても喜ばしいことだったと言って、私が全力をあげてプランキウス君の選挙の応援をしても構わないと、何度も熱心に説得してくれたではないか。

[74] 私が新たにその場しのぎの出任せを言っていないことは、私が帰国後元老院で行った最初の演説で明らかではないか。その中で私がごく少数の人たちの名前をあげて感謝の言葉を述べたのは、誰かを省略すると悪いし、全員の名前を出すのは不可能だったが、私の帰国のために先頭に立って旗振り役をしてくれた人たちの名前はあげるべきだと思ったからだ。その中の一人として私はプランキウス君に感謝の言葉を述べた。あの演説は事の重大さのために原稿を読み上げたものなので、それを朗読してくれたまえ。その中で、抜け目ない人間である私は、何も大きな恩義を受けていない人に我が身を捧げて、永遠に残る証言によってこんな大きな義務の束縛に身を委ねたのだよ。この事については他にも書いた物があるが、それはここで朗読しなくてもよい。というのは、キケロは自分の作品をこの場を利用して発表しているとか、趣味にはふさわしくても法廷の慣習にはなじまない分野の作品(=キケロの詩)から引用していると言われたくないからだ。

[XXXI] [75] 第三十一章 ラテレンシス君、君は「あなたはいつまでそんな泣き言を言っているのですか。キスピウス君(=キケロが亡命先から帰国した前57年の護民官。キケロの帰国のために尽力したので、選挙違反の裁判でキケロが弁護したが敗訴。『元老院での帰国感謝演説』21節参照)の裁判ではその手は通用しませんでしたよ。あなたのその泣き落とし戦術は時代遅れなのです」とはっきりと言う。君はキスピウス君の事で私を非難するのかね。私が彼を弁護したのは、君の話から彼が私のために尽力してくれたのを知ったからで、君の勧めに従ってやったことだ。私がキスピウス君のために戦った時に泣き落としがうまく行かなかったことを知りながら、君はその私に向かって「いつまでそんな事をするのですか」と言うのかね。なぜなら、君はその「いつまで」という言葉を「あなたのお陰で彼は釈放され、あなたのお陰で彼は罪を免れと、あなたは切りがない。私は耐えられません」と妬みを込めて言うこともできた。ところが、たった一人のために尽力して、目的を達成出来なかった人間に対して「いつまで」と言うのは非難と言うより馬鹿にしているに等しい。まさか、法廷でそんな風に振る舞い、そんな風にこの人たちと付き合い、今も昔も多くの訴訟でそんな風に弁護をし続けている、そんな市民はこの国の中で私だけだから、私だけはもう陪審から泣き落としで無罪を勝ち取ろうとすべきでないと、君は言うのではあるまい。

[76] さらに、君はキスピウスの裁判で私が嘘泣きをしたと非難する。と言うのは、君は次のように言ったからだ。「私はあなたが嘘泣きをするのを見ました」。その言い方が私にはどれほど残念か考えたまえ。君は私が嘘泣きどころか喘ぎながら大泣きして滂沱の涙を流したのを見たはずだ。それとも、私が亡命していたときに、キスピウス君は私の家族の涙に動かされて、長年の私への敵意を捨てて、私の政敵たちの予想に反して、私の救済に反対しないどころか擁護してくれたというのに、その人が苦境に陥ったことを私は悲しんではいけなかっただろうか。

[77] ラテレンシス君、君は当時私の涙を感動的だと言ってくれたのに、その同じ涙が今では憎たらしく見えると言うのかね。

[XXXII] 第三十二章 君はプランキウス君が護民官として(=前57年に帰国後の)私の名誉回復のために貢献してくれたことまで否定している。この点で君の行動は正しいのだが、私に対する勇敢で誠実なルキウス・ラキリウス君(=前57年プランキウスと共に護民官)の素晴らしい貢献のことに言及している。私は彼に対してプランキウス君に対するのと同様の大きな恩義を感じていることをけっして否定しないし、その事は公言したい。彼はどんな争いもどんな敵対行為も命がけの戦いも、この国ためと私のために避けるべきではないと考えていた。今の私が彼に感謝しているのと同じくらいに、ローマの民衆が人々の暴力と不法行為に妨げられて、彼に感謝を表明出来なかったのは残念だ。プランキウス君が護民官として彼と同じほど戦わなかったとしても、彼にその意志がなかったと考えてはいけない。私はすでにプランキウス君に大きな恩義を感じていたので、ラキリウス君の尽力で充分満足していたと考えてほしい。

[78] それとも、君は私がプランキウス君に感謝していることをけなせば、陪審たちが私に不利な判決を下すと思っているのだろうか。それとも、元老たちがマリウスの記念堂で行った私の帰国を全ての国々に勧告する決議で、彼らはただ一人グナエウス・プランキウス君だけに感謝の言葉を述べたというのに(彼は政務官の中でただ一人私の帰国を擁護した)、私に代わって元老院が感謝を表明すべきと考えたプランキウス君に対して感謝することを考えてはいけないのだろうか。ラテレンシス君、君はプランキウス君に対する私の気持ちを分かれば、(=友人として私のために尽くしてくれた)君に対する私の気持ちもそれと変わらないことが分かるはずだ。君を救うためとは言わずとも、君の出世のために、私はどんな危険も、どんな苦労も、どんな争いも厭いはしない。そうであればこそ、私は不幸とは言わないまでも(この言葉は(=ストア派の)美徳に反するからだが)苦しんでいる。それは私が恩義を受けた人が多いからではなく(人の好意に感謝するのは重荷ではない)、私のために尽力してくれた人たちの間に起こる争いのために、恩人たちがしばしば衝突するので、一人に感謝すると別の人に感謝していないようには見えることが心配だからだ。

[79] しかし、私が誰にどんな恩義を受けているか、その人には何が大切か、その人の危機に何をすべきかは、私自身の基準で判断するしかないのだ。

[XXXIII] 第三十三章 君の場合この裁判にはせいぜい君の自己満足が掛かっているだけだ。望むなら君の評判と造営官としての名声が掛かっていると言ってもいい。しかし、プランキウス君の場合はその身の安全と祖国と財産が掛かっているのだ。君は私の安全を願ってくれた。彼は私の安全が実現するように尽してくれた。私は苦悩で引き裂かれて股裂き状態だ。利益が両立しない問題で君が私に腹を立てるのは、私には辛いことだ。誓って言うが、私はプランキウス君の身の安全を君の追求に委ねるくらいなら、自分の身の安全を君のために捨てたほうがよほどましなのだ。

[80] 陪審員の皆さん、私は自分があらゆる美徳を備えた人間でありたいと思っていますが、とりわけ感謝の気持ちを忘れない人間でありたい、またそう見られたいと思っています。なぜなら、この徳は唯一最大のものであるだけでなく、他の全ての人間の徳の基礎と言うべきものだからです。孝行とはまさに親に対する感謝の気持ちであり、戦時も平時も祖国に役立つ良き市民とは、まさに祖国に対する感謝の気持ちを忘れない人のことなのです。敬虔な人、宗教を崇拝する人とは、まさに不死なる神々に対してふさわしい感謝をして、正当な敬意と恩義を感じる心を持つ人のことなのです。友情を捨てて人生のどんな喜びがあるでしょうか。そして、感謝の気持ちのない人間の間にどんな友情があるでしょうか。

[81] 自由人に相応しい教育のある人とは、自分を育ててくれた人たちや教師、自分が育ち教育を受けた物言わぬ場所に対して、まさに感謝に満ちた思い出を持っている人なのです。多くの友人たちの親切に恵まれずに、多くの富を蓄えられる人、あるいは蓄えられた人がいるでしょうか。感謝に満ちた思い出のない人は、そのように親切にされることもないのです。親切な行為だけでなく親切な気持ちのささやかな表れに対しても感謝の気持ちを持つこと以上に人間らしいことはないと私は考えています。さらに、親切に値しない人、あるいは親切の負け組(=親切のお返しをしない人)と見えること以上に非人間的で野蛮で粗野なことはないと思うのです。

[82] 以上のような分けなので、ラテレンシス君、私は君の非難を受け入れて、しすぎることがあり得ない感謝を私はしすぎていることを、君の望み通りに認めよう。そして、陪審員の皆さん、皆さんには、度を超えて感謝していると言って人から非難されるような人間を好意をもって受け入れて欲しいのです。というのは、彼が言ったように、犯罪者でも訴訟好きでもない皆さんが私を珍重する必要はありませんが、だからと言って私の感謝の気持ちをないがしろにしていい事にはならないはずです。もし私が友人たちの役に立てるなら、いつでもそうしたいと願っていますが、彼らが私の援助が必要になることを願っているわけではありません。自分自身について少し言うなら、私の友人との付き合いは人助けのためというより、ほとんどは楽しみのためなのです。私の交際範囲が犯罪者と訴訟好きの人たちしかいないとすれば、そんな人生は私は大いに不満なのです。

[XXXIV] [83] 第三十四章 しかし、君はどういうわけかそんな事ばかり言っていた。また、次の話も何度もしていたね。それは、私がまえに他の造営官の弁護で陪審の同情を引くために神像を運ぶ車の話をいつもしていたので、それをさせないために、この裁判を見世物のない日にしたという話だ。この点で君は中々うまくやった。なぜなら君は私の演説の見せ場を奪ってしまったからだ。君が先に言ってしまったのに私が神像を運ぶ車のことを言えば、私は笑い者になるだろう。しかし、神像を運ぶ車なしに私は何を言えるだろうか。この話のあとで、君は私が自分の法律によって選挙違反を追放刑にしたのは、私がもっと哀れみに満ちた演説が出来るようにするためだと付け加えた。陪審員の皆さん、皆さんの目には彼が話している相手は、苦労して現場で技を磨いている弁論家ではなく、雄弁術の先生のように見えるのではないでしょうか。

[84] というのは彼は「私はロードス島(=修辞学校で有名)には行ったことがありません」と言うからです。彼は私がロードス島にいたことを言いたいのです。「私は」と彼が言うので、ウァッカエイ族の国(=スペイン)と言うのかと思いきや、「ビテュニア(=小アジアの属州)に二度行きました」と言うのです。もし留学先が批判の手掛かりになるとしても、君がなぜニケーア(=ビテュニアの町)のほうがロードス島より立派な留学先だと思うのか、私には理解できない。もし留学先の選択理由を見るなら、君がビテュニアに行ったのも、私がロードス島に行ったのも同じくらいに立派なことだ。私があまりに多くの人の弁護をすると君が非難していることについては、能力があるのに人の弁護を避けている君や他の人たちが、私をこの苦労から解放してくれたらと思う。君が慎重に振る舞って、訴訟内容をよく検討して全部断っているおかげで、多くの人が私の所に殺到しているのだ。私は困っている不幸な人たちを断る事が出来ないのだよ。

[85] そう言えば、君がクレタ島にいたことを使って君の立候補について洒落が言えたのに私はその機会を逃したと、君は教えてくれたが、私たちのうちでどちらが洒落を好むだろうか。言えたかもしれない洒落を言わなかった私か、それとも自分を批判する洒落を言った君だろうか。私がある人に送った手紙が私の不利になったので、自分の手柄については手紙を送らなかったと君は言った。あの手紙が私の不利になったとは思っていないが、この国のためになったのは明らかだ。

[XXXV] [86] 第三十五章 しかし、これらの事は比較的些細なことだが、君が以前はしきりに嘆いていた私の亡命を、今ではまるで非難して苦言を呈そうとしたことは重大だ。というのは、味方が私を裏切ったのではなく、私が味方を裏切ったと言ったからだ。真実を言うなら、味方は私を裏切らないことを私は知っていたから彼らの援助を断ったのだ。この国がどんな状態だったか、この国がどんな難局にあったか、この国がどんな混乱状態にあったかは誰でも知っていることだ。私は恐ろしい護民官(=クローディウス)や狂った執政官(=ピソーとガビニウス)に怯んだろうか。彼らが最盛期で無傷だったころに私が武力を使わずに退けたカティリナ一味の残党と、武力によって戦うことは私には困難なことではなかったし、執政官たちは歴史上最低の卑劣漢だった。それは彼らの最初の行動と最近の末路を見れば明らかだ。一人は軍隊を失い、もう一人は軍隊を売り払った。属州を金で買った彼らは、元老院にもこの国にも全ての良き人たちにも背を向けていた。軍事力でも武力でも財力でも頭抜けた有力者たち(=カエサルなど)が何を考えているかが明白でない間、あの連中は叫び狂い、女装して宗教の祭壇を忌まわしい密通の場として、「有力者たちと執政官たちは自分たちの味方だ」と豪語していたのだ。貧しい者は金持ちに対して、堕落した者は良き人々に対して、奴隷は主人に対して武器を取って身構えていたのだ。

[87] しかし、当時の私の後ろには元老院が付いていたと言うかもれない。確かに、彼らは喪服に着換えて悲しみを表してくれた。そんな事を元老院が決議したのは歴史上私のためだけだった。しかし、執政官という名の敵たちのことを思い出して欲しい。彼らはこの町で初めて元老院決議に従うことを元老院に禁じたのだ。悲しむだけでなく喪服になることも布告によって元老たちに禁止したのだ。しかし、私の後ろにはローマ騎士階級が全部ついていたと言うかもれない。ところが、その階級に対して執政官という名のカティリナの踊り子(=カビニウス)が財産没収の通告をすると脅したのだ。しかし、イタリア全土から人々が集結したと言うかもれない。ところが、彼らには内戦と荒廃の恐怖が吹き込まれていたのだ。

[XXXVI] 第三十六章 ラテレンシス君、私にはこれらの闘志ある熱心な味方があったことは認めよう。しかし、敵は裁判や法律や議論で争える相手ではなかった。さもなければ、他の人のためにいつも使ってきた弁論という味方を、あれほど立派な目的のためにきっと私も使えたはずなのだ。ところが、あの戦いは、武力で、そうだ武力で戦わねばならなかったのだ。しかし、武力で戦うことで、奴隷や奴隷の指導者たちの手によって元老たちや良き人たちに大勢の死者が出ることは、この国にとって致命的なことだった。

[88] 確かに、良き人たちが悪党たちに勝つことは素晴らしいことだったに違いない。しかし、それは勝利の結末が見えていた場合のことだ。ところが、私にはそれか全く見えなかった。なぜなら、先頭に立って悪辣な市民たちを武力で打ち倒したルキウス・オピミウスや、ガイウス・マリウスや、ルキウス・フラックスのように勇敢な執政官は私の味方にはいなかった。また、私人のプブリウス・スキピオ・ナシカが武器を取ってティベリウス・グラックスを殺したときに、それを正当な行為だと弁護したプブリウス・ムキウス・スカエウォラのような、勇気では劣っても正義感に溢れた執政官もいなかった。それどころか、私には執政官たちとの戦いが待っていたのだ。だから、私はこう言うしかない。我々が勝っても後にもっと強い敵が控えていたし、我々が負けたら我々の仕返しする人は誰もいないのが見えていたのだと。

[89] つまり、もし単に戦いたくなかったら私は自分を助けようとする味方を裏切ったのなら、君の言うとおり、味方が私を裏切ったのではなく私が味方を裏切ったことを認めよう。しかしもし、良き人たちの私に対する熱意が大きければ大きいほど、彼らの身の上を考えてに彼らの助けを断わるべきだと私が思ったとすれば、どうだろう。私はクィントゥス・メテッルス(=ヌミディクス、戦いを避けて亡命を選んだ)の功績とされ、今もこれからも彼の大きな名誉とされているのと同じ行動を取ったのに、君は私を批判するだろうか。彼はおそらく武力で戦えば勝てたはずなのに、多くの良き人たちの意に反してローマから亡命したのであり、それは当時生きていた多くの人から聞くことが出来る。彼は元老院の意に反して自分の行動(=前100年、マリウスに一人抵抗してサトゥルニヌスの土地法に反対したこと)を弁護して、安全な国土を手放して自分の意見を頑固に守り通したのだ。しかし、その頑固さのために自ら望んで亡命と言う痛手を受け入れたことで、メテッルス家の名誉ある立派な人たちの凱旋よりも大きな名誉と名声を勝ちとったのだ。なぜなら、たとえ悪人であろうと市民が殺されることも、良き人たちがその巻き添えで死ぬことも、彼は望まなかったのだから。一方、私は大きな危機を前にして、自分の敗北は国家の死であり、たとえ勝っても際限のない戦いが待っているという状況の中で、一度はこの国の救済者となった自分がこの国の破壊者と呼ばれるような事態だけは避けるべきだったのだ。

[XXXVII] [90] 第三十七章 私は死を恐れていたと君は言う。私は国益を損って不死を手に入れたいとは思わなかったし、いわんや国家を破滅させて自分も死にたいとは思わなかった。というのは、私は国益のために死んだ者は(私を愚か者と呼びたければそうすればいい)、決して死んだのではなく不死を手に入れると思っていたからだ。一方、もし私が不敬の輩の刃にかかっで死んでいたら、この国からは市民による救済の砦が永遠に失われたことだろう。また、もし私が病死か自然死を遂げていたら、後の世代が国家を守る力は弱まっていただろう。なぜなら、私が死んでいたら、私を復活させるために元老院とローマの民衆のとった態度が後代の手本として残らなかったからである。そもそも私に生への執着があったなら、自分の執政官の任期の十二月に反逆者たちの武力を刺激すること(=12月3日、カティリア弾劾第三演説、首謀者五人の処刑)をしただろうか。私はもう二十日ほどじっとしていれば、敵の武力は次の執政官の監視下に移っていたのである。したがって、もし国家の利益に反して生に執着することが恥ずべきことなら、国家を破滅させて自分も死にたいと思うことは私にはもっと恥ずべきことだったろう。

[91] 君は自分がこの国では自由だと自慢するが、それは私も認めるし喜んで祝福しよう。一方、君が私のことを自由ではないと言ったことについては、君であろうと誰であろうと、二度とそんな出鱈目を言うことは許さないだろう。

[XXXVIII] 第三十八章 というのは、もし私が前はいつも反対していた人たち(=カエサル)に今では反対していないことを理由に、私の自由度が下がったと考える人がいるなら、第一に、私に尽力してくれた人たち(=カエサル、ポンペイウス)に対して私がそうすることで感謝の気持ちを示しているなら、私は感謝しすぎる人間だと非難されることはなくなるのではないか。逆にもし私がそれで国に迷惑をかけずに私と私の家族の身の安全を図ることを考えているなら、そのことで私は非難されるべきではないし、それどころか、仮に私が闇雲な行動をしようとしたら(=カエサルに逆らうこと)、良き人たちはそんな事をするなと私を止めたはずだ。

[92] もしこの国が口がきけたら私にこう言うだろう。「お前はこれまでずっと自分にではなく国のために働いてきたのに、お前はそれにふさわしい豊かな実りではなく非常に苦い果実を摘み取ったのだから、いまは自分自身のためになるように、自分の家族のことを考えるべきだ。私はお前が私のためにしてくれたことに満足しているが、お前から得たものに充分なお返しをしていないのでは心配だ」と。

[93] もし私がこんな事を考えずに昔と同じ立場をとっていたなら、私には自由がないと君は言うまい。君は私がかつて戦った人たちと戦っているかどうかで、自由かどうかを見ているからだ。しかし、それは全く違う。我々はみんないわば国家の車輪の上に乗らざるを得ない。そして、それが回転している以上は、私たちは国のために役立ち、国を救うために必要な役割を、常に選択しなければならないんだよ(=『友人宛書簡集』二〇の17参照)。

[XXXIX] 第三十九章 一方、私はポンペイウスを私の支援者、私の指導者、私の身の安全の保護者だとは言わないが(なぜなら、彼の親切に対する感謝は個人的な問題で、いまは国家の安全に関わることを言っているのだから)、誰もがこの国の第一人者と認める人を私は尊重すべきではないのだろうか。またカエサルについては、第一にローマの民衆の数多くの決定によって、次に私が常に貢献してきた元老院の数多くの素晴らしい決定によって、彼の功績が何度も讃えられてきたのを見てきたのに、私だけは彼に対する賞賛に加わるべきではないのだろうか。もしそうなら、私はこの国に対する貢献度で人を判断するのではなく、敵か味方かで判断していることを認めねばならないだろう。

[94] それとも、私の船が順風に乗って航海して進んでいるのを見て、仮にそれが私が目指した港ではなく、同じくらいに安全で平和な別の港に向かっている場合、私は天候に逆らって命の危険を冒すよりは、安全が約束されている天候に大人しく従うべきではないだろうか。かつて私は次のような教えを学び、この目で見、本で読んだことがある。それはこの国や他国の高名な賢人たちについて書かれた記録や文書の中に伝えられていることだ。それは「彼らは常に同じ考えをしているとは限らず、その国の国状やその時の情勢に応じて、その国の平和を維持するために必要な考え方を採るものだ」という教えだ。ラテレンシス君、私もまたそうしているし、これからも常にそうするつもりだ。君の意見に反して、決して私は自由を失ったことはないし、これからも失うつもりはない。私は自由とは強情さの中にあるものではなく、節度を保つことの中にあると、今もこれからも考えるだろう。

[XL] [95] 第四十章 次に君の話の最後の点に移ろう。君は言う。「あなたはプランキウス君の尽力を激賞していますが、それは余りにオーバーで墓石を神と言って敬うようなものです。あなたには待ち伏せの危険も死の危険もなかったのです」と。いい機会なので当時の状況を私から短く説明しよう。というのは、私が遭遇した危険のことは世の中にすでに広まっており、私も何度か話したし、多くの人が耳にしてよく知っていることだからだ。ラテレンシス君、法律と法廷と元老院と良き人たちが悉く崩壊していたローマを後にしたのは、大人しくしなければ、我が家から出た火がローマとイタリア全土を巻き込もうとしていたからだ。その時私はシチリア行きを考えていた。シチリアは私には家族同然の存在だったし、統治していたガイウス・ウェルギリウス君は旧友で、私の弟の同僚だったよしみと政治的な理由から、私とつながりが深かったからだ。

[96] 当時の闇をよく考えて欲しい。いわばあの島全体が私を迎え入れようとしていたのに、あの(前)法務官(=ウェルギリウス)は一人の護民官(=クローディウス)の演説で私と同じ党派に属していることを何度も攻撃されて、要するに、私にシチリアに来てほしくないと言ってきたのだ。どう言えばいいだろう。あれほど立派なローマ市民で立派な人間であるガイウス・ウェルギリウス君が、私に対する好意も国全体への危機意識も忠誠心も人情も信頼感も無くしてしまったのだろうか。陪審員の皆さん、そんな事はありません。彼にはその全てがあったのです。しかし、私が皆さん(=元老たち)と力を合わせても凌げなかった嵐を、彼は自分一人の力ではとても凌ぐことはできないと思ったのです。それで私は急遽方針を変えて、陸路ブルンディシウム(=ブリンディジ、イタリアの踵にある町)へ急いで向かったのです。なぜなら、冬の荒天のために海路を閉ざされていたからです。

[XLI] [97] 第四十一章 陪審員の皆さん、ウィボー(=ビーボ・バレンティアか。イタリアの爪先)からブルンディシウムまでの町はすべて私に忠実でしたから、多くの脅しと恐怖をものともせず、私に安全な旅を保証してくれました。そして私はブルンディシウムに着きました。正確に言うと町の城壁の近くまで来たのです。しかし、この町は私をその懐から奪われるくらいならいっそ滅ぼされた方がいいと言うほど、どこよりも私に友好的な町でしたが、私はこの町への入城は避けました。その代わりにマルクス・ラエニウス・フラックス(=キケロの手紙や演説に何度も出てくる商人)の別荘に行ったのです。彼は、財産没収や追放や死などあらゆる脅しに晒されていましたが、どんな苦難が降り掛かっても、それに耐えることになっても、私の命を守り通すつもりだと言ってくれたのです。彼には年老いた立派な父と兄弟と二人の息子がいましたが、全員が力を合わせて私を信頼できる安全な船に乗せてくれたのです。私の帰還を祈る彼らの声を聞きながら、私は自分に忠実な町であるデュラキウムに急いで向かったのです。

[98] そこに着いた時には、既に聞いていたとおり、ギリシア地方にはとんでもない悪党たちが一杯いることを分かりました。彼らは私が執政官時代にその手から忌まわしい武器と火器を奪いとった者たちでした。私は彼らとは数日の道のりが離れていましたが、彼らが私の到着を耳にする前に、マケドニアのプランキウス君のもとに向かいました。彼は私が海を渡ったことを知るやいなや(ラテレンシス君、ここはよく聞いてくれたまえ。私がどれほどプランキウス君に恩義があるか知ってほしい。私が今やろうとしている事に私は愛と感謝を込めていていることをそろそろ認めてほしい。彼が私を守るためにしたことは、たとえ彼にとって有利に働かなくても、彼にとって不利になることがあってはならないのだ)、彼は私がデュラキウムに着いたのを聞くやいなや、直ちに先導吏も連れず、職務の記章をはずして、喪服に着替えて私に会いに来てくれたのです。

[99] 陪審員の皆さん、あの時あの地の思い出の何と辛いことでしょう。彼は私を見つけると、涙を流しながら私を抱きしめたまま、悲しみのために何も言えなかったのです。ああ、これは実に痛ましい話ですが、実際はもっとひどいものだったのです。ああ、それから数日の間、彼は昼夜を分かたず私から離れることなく、テッサロニカ(=マケドニアの町)の財務官宿舎まで付き添ってくれたのです。ここでマケドニアの法務官(=ルキウス・アピュレイウス・サトゥルニヌス)について言えることは、彼はいつも立派なローマ市民であるだけでなく常に私の最高の友人でしたが、彼も他の人が味わったのと同じ恐怖を感じていたということだけです。一方、プランキウス君は恐れを知らなかったのではなく、たとえ恐れていたことがその身に降り掛かっても、私と一緒にそれに立ち向かって最後まで耐え忍ぶことを選んでくれた只一人の人だったのです。

[100] それから、私の弟の副官だった親友のトゥべローが、亡命した陰謀団があちこちで私に罠を仕掛けていることを聞きつけて、小アジアからの帰国の途次、親切にも私に知らせてくれました。私は彼の属州とは親密な関係にあり、私の弟も同じだったので、小アジアに行こうと考えましたが、プランキウス君はそれを許さず、力ずくで、そうです、力ずくで私を抱きしめて押し留めて、それから何か月もの間、私から一時も離れず、財務官の役割を捨てて、友人として尽くしてくれたのです。

[XLII] [101] 第四十ニ章 ああ、グナエウス・プランキウスよ、君のあの見張りが惨めなものになるなんて。ああ、あの夜の警護が悲しいことになるなんて。ああ、あの夜々が辛いものになるなんて。ああ、君が私の命を守ったことが不幸のもとになるなんて。私が死んでいたら君の役に立っていたのに、生きて帰国したために君の役に立てないなんて。私はあの夜のことはけっして忘れない。君が夜を徹して私に寄り添って悲しげにしていた時、惨めな私は偽りの希望に騙されて、君にこんな中身のない虚しい約束をしたね。もし私が祖国に帰れたあかつきには、きっと自分の手で君にお礼をすると。しかし、もし運命によって私の命が奪われたり、あるいは、私の帰国が何か大きな力で阻まれても、この人たち、そうだこの人たちが(あの時私はこの人たち以外に誰のことを考えていたでしょうか)、私に代わってきっと君のこの苦労の埋め合わせをしてくれるだろうと。どうして君は私を見つめるのだ。どうして君は私に約束の実行を求めるのだ。どうして君は私に誠意を求めるのだ。あの時私は自分の力では出来もしないことを約束したんだよ。この人たちの私への好意がなければ出来ないことを約束したんだよ。この人たちが私のために悲しみ、私のために苦悩し、私の命のために自らの危険を冒して戦おうとしたのを見たんだ。この人たちが私の帰国を求めて、嘆き悲しんでいることを私は君と一緒に毎日聞いていたんだ。ところが、今では私の苦難の日々に君が流してくれた幾多の涙のお返しを、私は自分の涙でしかできないのではと恐れているんだよ。

[102] だって、私には涙を流して泣くこと以外に何ができるだろうか。私の救済を君に結びつけること以外に何が出来るだろうか。私を帰国させてくれた人たちと同じ人たちだけが君を助けることができるんだよ。それでも、さあ、立ってくれ、私は君を離さないで抱きしめよう。私は君の運命の嘆願者であるだけでなく、君の運命の道連れであり仲間であると約束しよう。私の命を救ってくれたこの人から私を引き離すような、そんな冷酷で不人情な心の持ち主は一人もいないし、良き人たちに対する私の尽力は言わずとも、良き人たちの私に対する尽力を忘れるような人は一人もいないはずだよ。陪審員の皆さん、私が皆さんにお願いしているのは、単に私が大切にしている人のためではなく、私の命の救ってくれた人のためなのです。それを私は私の力と権威と政治力を使って求めるのではなく、嘆願と涙と哀れみの心で求めているのです。さらに、ここにいる不幸のさなかでも立派な彼の父親が私と共にお願いしているのです。一人の息子のために私たち二人の父親がお願いしているのです。

[103] 陪審員の皆さん、皆さんの名にかけて、皆さんの運命にかけて、皆さんの子供たちにかけて、私の政敵たちに、特に皆さんを救うために私が敵に回した者たちに喜びを与えないで下さい。「彼らはもうキケロのことなど忘れているのだ。彼らはキケロの命を救った男の救済に反対したのだ」と彼らに自慢させないで下さい。皆さんの私に対する気持ちは変わってしまったのだと私に思わせないでください。私の気持ちを悲しみと憂鬱に突き落とさないで下さい。私が皆さんを信じて何度も彼にした約束を、私のために果たしてください。

[104] ガイウス・フラヴィウス・アルフィウス殿、あなたは私が執政官の時に私の考えを賛同して、あの危機を共に背負って、私の手柄を助けてくれました。あなたは私の身の安全なだけでなく私の名誉と名声をいつも願ってくれました。ですから、ご存知のように、あなたのため、この人たちのために私を救ってくれたプランキウス君を、この人たちの力を借りて救って下さるようお願いします。泣いているは私だけではありません。あなたとそして陪審員の皆さんの涙を拝見すれば、もうこれ以上私が申すことはありません。私は大きな不安の中にありますが、皆さんの涙を目にして、皆さんが私を救った時と同じように彼を救って下さるかもしれないという望みが私の心に突然湧いてきました。なぜなら、皆さんのその涙を見て、私は皆さんが私のために何度もたくさん流してくださった涙のことを思い出したからです。

Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2017.9.2-2018.1.4

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