キケロ『占い師の回答について』
キケロ『占い師の回答について』(前56年5月)
第一章
元老院議員の皆さん、昨日、私はプブリウス・クローディウス君(※)の厚顔無恥を押し留めるのは私の役割であると思ったのであります。皆さんならびにローマ騎士階級の満場のご臨席ご高覧をたまわりまして私が大いに感動していた時に、彼は徴税請負人のための審議を馬鹿げた質問によって妨害して、シリアのプブリウス・トゥリオーを助けて、その男に身も心も捧げて、皆さんが見ている前で、その男に取り入ろうとしたからであります。
※前92~52年、前58年護民官、前56年造営官。
そこで私が告訴してやると言うと、威張り散らしていたあの男は急におとなしくなったのであります。あの剣闘士の慢心の発作をすっかり鎮めてやるには告訴の一言で事足りたのであります。1
あの男は今の執政官(=レントゥルスとフィリップス)が誰であるかも忘れて、怒りで顔を真っ青にして、もはや無意味となった脅し文句を切れぎれに言って、ピソーとガビニウスの時代の恐ろしい出来事を並べて、元老院から突然飛び出して行ったのです。出ていくあの男を私が追いかけようとした時、皆さんが総立ちになって、徴税請負人たちが私のあとについて来てくれたことに、私は大きな満足感を味わいました。
ところが、乱心したあの男は顔から血の気を無くして声をもなく急に立ち止まったのです。そして振り向いた彼は執政官のグナエウス・レントゥルス(マルケッリヌス)君を目にすると同時に、元老院の敷居のところに倒れ込んだのです。さしずめ、仲間のガビニウスのことを思い出したのでしょうか。あるいは、ピソーのことを懐かしんだのでしょう。
私はあの男の制御の効かない情緒不安定ぶりについて何を言うべきでしょうか。それとも、私は彼にダメージを与えるのに、威厳のあるプブリウス・セルウィリウス氏(前79年執政官)がその場で彼をこてんぱんに怒鳴りつけた以上の厳しい言葉を見つけられるでしょうか。
セルウィリウス氏特有の人並み外れた威厳と力強さを私が身に付けられたとしても、一人の政敵が放った言葉の矢玉は、あの男の父親の同僚執政官(前79年)であるセルウィウス氏が放った矢玉ほどぐさりと来ないのは疑いがありません。2
第二章
しかしながら、皆さんの中には、私は昨日怒りと憎みに我を忘れて賢明な人間が守るべき分別の枠を越えて少々やり過ぎたと思っている人もいるでしょう。そこで、あの行動の説明をさせて下さい。私が昨日したことは決して怒りに駆られて行ったことではなく、全てはあらかじめ充分考えていたことだったのです。
確かに、元老院議員の皆さん、私が二人の人間(※)に敵意を抱いていることはこれまでずっと公言してきています。というのは、彼らには私だけでなく共和制を守るべき義務があったからです。彼らには私だけでなく共和制を救うだけの力があったのです。ところが、彼らがその権力の勲章ゆえに執政官としての義務を遂行するよう求められ、皆さんの勧告だけでなく皆さんの嘆願によって私を救うように求められた時、二人はまず私を見捨て、次に私を敵に売り渡し、最後に私を攻撃したのです。そして、不正な契約の報酬を得るための、私を共和制とともに葬り去ろうとしたのです。
※前58年の執政官ガビニウスとピソー。ガビニウスはポンペイウスの副官、ピソーの娘はカエサルの妻。
また将軍として彼らが殺戮と破壊をもたらすあの命令権を使って出来たことは、同盟国の城壁を損害から守ることでも、敵の町に損害を与えることでもなく、破壊と放火と転覆と略奪と荒廃をあらゆる私の家と土地にもたらして、自分たちの戦利品にすることだったのです。3
この狂った扇動者たち、この破壊的な怪物たち、この帝国を滅亡させようとした者たちに対して、私は命ある限り戦うことを宣言しています。もっとも、私がこれ程まで戦うのは、皆さんと全ての閥族派の人たちの苦しみのためであって、私と私の家族の苦しみのためではありません。
第三章
しかしながら、今日の私はクローディウス君に対して大きな憎しみを抱いているわけではありません。確かにかつてのあの日の私の憎しみは大きなものでした。それは彼が罪深い密通をして、女装したまま神聖な炎に身を焦がして大神祇官(=カエサル)の家から飛び出して来たのを私が知った日でした。その時でした、大きな嵐が起ころうとしている事に私が気づいたのは。そうです。私は大きな嵐が共和国に迫っていることにずっと前から気づいたのです。
私は分かったのです。心に傷を持つあの乱暴な貴族の若者は途方もない大胆さで残虐非道な悪事を働いて平和な世の中をぶち壊してしまうだろう、もしこの悪人を懲らしめないで放置していると、いつか暴発してこの国を滅ぼしてしまうに違いないと。しかし、あの男に対する私の憎しみはそこまでで、それ以上に大きくなることはなかったのです。4
というのは、クローディウス君の私に対する攻撃は、一つとして私に対する憎しみから出たものではなかったからです。むしろそれは世間の厳しさに対する反発、権威に対する反発、共和制に対する反発から出たものだったのです。彼が乱暴を働いたのは私に対してではなく、むしろ元老院とローマ騎士階級と全ての閥族派の人たちとイタリア全土に対してだったのです。結局、彼が罪深いのは私に対してではなく不死なる神々に対してだったのです。実際、彼が神々を冒涜した犯罪はそれまで誰もしたことのないことだったのです。一方、彼の私に対する態度は、彼の友人のカティリナが私に勝っていたら取ったと思われる態度でした。
ですから、私は彼を告訴しようと思ったことは一度もありません。それは自分からリグスと名乗ったあの愚か者(※)を私が告訴しようと思わなかったのと同じです。彼は自分の出身地を誰にも知られていなかったのにわざわざ自分から明かしたような男です。どうして私があんな男を告訴する必要があるでしょうか。彼は私の政敵たちのドングリの餌で買収された家畜なのです。彼がもし自分がどんな悪事に巻き込まれているかに気付いているなら、疑いもなく彼は可哀想な男なのです。逆にもし彼がそれに気付いていなければ、愚かさを理由に罪を免れる危険性があるのです。5
※キケロの復帰に反対した護民官。『セスティウス弁護』(69節)参照。リグスという名前は野蛮なリグレス族を連想されるので別の名前を使った人のことが『クルエンティウス弁護』(72節)に出ている。
それに加えて、あの男は勇敢で高名なティトゥス・アンニウス(ミロー※)君のいけにえに捧げられることを誰もが期待しているのです。ミロー君の力でこの地位と名誉を取り戻した私が、彼のものとなるのが決まっている名声を横取りしたら、それは著しく不当なことでしょう。
※以下、ミローと訳す。
第四章
プブリウス・スキビオはカルタゴを壊滅させるために生まれて来たと思われていますが、それはカルタゴが多くの将軍たちによって包囲され攻撃されて弱体化してほとんど陥落寸前だったときに運命の采配によって一人でカルタゴを滅したからです。それと同じように、ミロー君もまたあの疫病神を押さえつけて息の根を止めて完全に滅ぼすために生まれて来たように思えるのです。彼はまさに共和国に対する神の恵みなのです。ある者には石を投げて、ある者には剣を振るって逃走させ、ある者を家に閉じ込め、町全体と元老院と中央広場と全ての神殿を殺人と放火によって恐怖に陥れたあの武装した男を、どのようにして倒してどのようにして縛り上げたらよいかは、ミロー君だけが見つけたことなのです。6
ミロー君とはこのような人であり、その上に私と祖国に対して大きな貢献をした人なのですから、その彼から私がわざわざ彼の被告人を取り上げる積もりは毛頭ありません。何しろミロー君は私のためにあの男との争いを引き受けてくれただけではなく、熱望さえしてくれたのですから。
しかしながら、今やあの男はあらゆる法の罠に絡め取られ、全ての閥族派の人たちの憎しみの網に囚われて、遠からず訪れる罰に動揺しているにも関わらず、彼がよろよろと私の方にやって来て、とまどいながらも私に攻撃をしかけて来たら、私は自ら立ち上がって彼の攻撃を跳ね退けるでしょう。その時には、ミロー君も私のことを大目に見てくれるでしょうし、手助けもしてくれるでしょう。
ですから昨日は、立ち上がっている私に対して彼も立ちあがって脅してきた時には、私は法的手続きに出ると脅してやりました。それで彼は座ったのです。そこで私も口をつぐみました。もし彼が言ったように私を告発したなら、私はすぐさま法務官の二日後の召喚状を彼が受け取るようにしたでしょう。ですから、彼は自制すべきなのです。そして、彼がこれまで犯した悪事で満足するなら、私は彼のことをミロー君に委ねるが、もし武器を取って私を攻撃してくれば、すぐさま法的手続きという武器を取るだろうと、彼は考えるべきなのです。7
そして、元老院議員の皆さん、彼はつい先程集会で演説していましたが、その内容は全て私に報告されています。皆さんはまずその全体の要旨と考え方をお聞きください。そしてあの男の図々しさをひとしきりお笑い頂きましょう。その後で、その演説の内容を全部お話しましょう。
第五章
元老院議員の皆さん、クローディウス君は神聖な宗教の儀式について演説したのです。そうです。あのプブリウス・クローディウス君が、神聖な宗教がないがしろにされ汚され冒涜されていると嘆いたのであります。これを滑稽だと皆さんが思っても不思議ではありません。彼の聴衆さえも笑いました。なにしろ彼はいつも自慢しているように宗教の仕来たりを乱したとして元老院から多くの非難決議を受けた男なのですから。おまけに彼は、ボナデア神の祭壇で無礼な振舞いをしたり、男にはうっかり見ることも許されない儀式を覗き見ただけでなく密通を働いて女神を冒涜した人間なのです。その彼が集会で宗教がなおざりにされていると嘆いたのです。8
この調子では次に彼は貞節について演説するのではないかと思われす。神聖な祭壇から追い払われた男が神聖な儀式について嘆いているのですから、妹の寝室から出て来た男が純潔と貞節を擁護しても不思議ではありません。その集会で彼は最近起きた轟音について占い師たちが出した今回の回答を朗読しました。その中には他の多くの事のほかに、皆さんが聞いた「聖別された場所が汚されたこと」が書かれています。そして、そこで問題になっているのはプブリウス・クローディウスという敬虔な神官によって聖別された私の家だと、彼は言ったのです。9
この現象の全体について発言する正当かつ必然的な理由が与えられたことを私は喜んでいます。それは過去数年間で元老院に報告された恐らく最も深刻なものだからです。皆さんはこの現象の全容とそれに対する回答から、私たちがあの男の犯罪と狂気と、さらには大きな危険について、言わば最高神ユピテルの声で警告されていることを見出すでしょう。10
しかし、その前にまず、私の家には宗教上の禁忌の疑いが全くないことをはっきりさせておきましょう。もしそれでどんな疑いも無くなるならいいのですが、もしまだ少しでも疑いが残ると言う人がいるのなら、私は辛抱強く、いやむしろ喜んで、不死なる神々の予兆と宗教の要請に従うつもりです。
第六章
しかしながら、一体この大きな町で私の家ほど禁忌の疑いから完璧に免れている家があるでしょうか。元老院議員の皆さん、皆さんの家もその他の市民の家も大抵の場合宗教の禁忌から免れていますが、この町の中で唯一つ私の家だけがあらゆる人々の判断によって宗教の禁忌を解かれているのです。レントゥルス(マルケッリヌス)君とフィリップス君(=二人はこの年の執政官)にお尋ねします。元老院はこの占い師の回答を受けて、「聖別された場所」を元老院の議題にすることを求める決議をしています。では、君たちは私の家を元老院の議題にすることが出来るのでしょうか。今言ったように、この町で私の家だけがあらゆる人々の判断によって宗教的禁忌を完全に解かれているというのに。
第一に、私の政敵が共和国の嵐の夜に、汚らわしいセクティウス・クロエウスの口で濡らした鉄筆によって多くの悪事を法案にしたためた時、一言も私の家の禁忌には触れなかったのです。第二に、全ての事について最高の権限を持つローマの民衆がケントゥリア民会で、全世代と全階級が一致して、あの家は昔と同じ状態に戻すべしと命じたのです。その後、元老院議員の皆さん、あなた達は私の家の禁忌について神祇官団に諮問すべしと決議をしたのです。しかもそれは私の家に禁忌の疑いがあるからではなく、あの気の狂った男が自分で破壊しようとしたこの町にこれ以上留まったとしても、もう文句を言わせなようにするためだったのです。11
私たちがどれほど深い迷信に囚われていても、プブリウス・セルウィリウス氏かマルクス・ルクルス氏(=前73年執政官、ルキウス・ルクルスの弟)ただ一人がひとこと言えばどんな強い宗教的禁忌も解けるのです。ローマの民衆も元老院も神々自身も、三人の神祇官の判断で充分に神聖で権威があるとずっと考えてきたのです。それは国の祭儀についてだけでなく、大きな見せ物についても、家の神についても、母なるウェスタの祭儀についても、ローマの民衆を救うために行われる供儀についても同じなのです。そして、この供儀をあの信心深い一人の宗教の保護者が犯罪によってローマ建国以来初めて汚したのです。
ところが、私の家は次の神祇官団の方々が全員一致してあらゆる宗教的な禁忌を解いて下さったのです。
執政官で神祇官のプブリウス・レントゥルス(スピンテル)君、
プブリウス・セルウィリウス氏、
マルクス・ルクルス氏、
クィントゥス・メテッルス氏(クレティクス)、
マニウス・グラブリオ氏、
マルクス・メッサッラ君、
マルスの神官ルキウス・レントゥルス(ニゲル)君、
プブリウス・ガルバ君、
メテッルス・スキピオ君、
ガイウス・ファンニウス君、
マルクス・レピドス君、
神聖の王ルキウス・クラウディウス君、
マルクス・スカウルス(アエミリウス)君、
マルクス・クラッスス氏、
ガイウス・クリオ(スクリボニウス)氏、
クイリヌスの神官セクストゥス・カエサル(ユリウス)君、
副神祇官のクィントゥス・コルネリウス君と
プブリウス・アルビノバヌス君と
クィントゥス・テレンティウス君だったのです(※)。彼らは問題を知った後に二度にわたって話し合って、大勢の高名な市民たちの立ち会いのもとにそれを行ったのです(%)。12
※13人の神祇官とマルスの神官と神聖の王とクイリヌスの神官と副神祇官3人。
%9月29日と30日日。
第七章
この国に宗教儀式が創設されて以来(それはローマ自体の歴史に匹敵する長い歴史をもっています)、どんな問題に関しても、ウェスタの処女に対する死罪の容疑についてさえも、神祇官団のこれほど多くの人たちが判断を下したことは一度もなかったのです。
もっとも、犯罪事実の審査の場合には出来るだけ多くの人が出席することが重要です。というのは、神祇官たちの判断は陪審と同じ力があるからです。宗教的な禁忌の判断は、経験のある神祇官が一人いれば公平に行えますが、死罪の判断はそれでは乱暴で不公平になります。それに対して、私の家についてはヴェスタの儀式に関するどんな場合よりも多くの神祇官が判断を下したことが皆さんにはお分かりになるでしょう。
その翌日、元老院が満員で開かれました。執政官のレントゥルス(スピンテル)君とメテッルス君(ネポス)がこの問題を元老院に提出すると、翌年の執政官であるレントゥルス(マルケッリヌス)君が真っ先に発言して、神祇官団の判断通りに私の家は宗教的な禁忌を解かれていると元老院は決議したのです。その場にはこの階級に属する全ての神祇官が出席していました。そして、ローマの民衆から信任された高位の多くの元老たちが神祇官団の先の判断について充分議論した後、全員が決議の署名に参加したのです。13
それなのに、占い師たちが「聖別された場所」と言っているのは私の家だとどうして言えるでしょうか。私の家はあらゆる個人の家の中で唯一、まさに聖別された場所を管理する人たちによって聖別されていないと判断されるという特別な権利を与えられた場所なのです。
しかし、君たち執政官は元老院決議(11節)で求められた通りに聖別された場所を元老院の議題にするといいでしょう。調査は君たちがすればいいでしょう。君たちは私の家について初めて意見を表明して、この家を宗教的な禁秘から解いた人たちですから。あるいは、元老院自身が決議を出してもいいのでしょう。元老院はこの件ですでに宗教の庇護者である一人を除く全員一致で決議を出してくれたのですから。あるいは、きっとそうなると思いますが、神祇官たちに諮問して下さっていいでしょう。我らの父祖たちは神祇官の権威と信頼と英知に公と個人の神聖な祭儀を委ねてきたのですから。
それで神祇官たちが一度下した判断とは異なる判断を下すことなどあり得るでしょうか。元老院議員の皆さん、この町には沢山の家がありますが、恐らく殆ど全ての家は最高の権利で守られているでしょう。しかしそれは、私的な権利、相続権、所有権、購入者の権利、担保の権利に過ぎません。私の家のように申し分のない私的な権利だけでなく、人と神に関する公的で特別な権利によって守られている家は他にはないのです。14
しかも私の家は、第一に元老院決議に従って公金で再建されているのであり、第二に、何度も出された元老院決議によってこの剣闘士の卑劣な暴力から守られているのです。
第八章
そもそも、昨年私が暴力による妨害を受けずに家を再建できるように配慮するという任務が与えられたのは、共和国全体が大きな危険にさらされたときにいつもそれを守る任務が与えられるのと同じ政務官(=執政官)だったのです。次に、あの男が石と火と剣で私の家を破壊した時には、元老院はその犯人には共和国全体を攻撃する者に対する刑法が適用されると決議したのです。さらに、人類史上最も勇敢で最も優れた執政官たちである君たちの動議によって、元老院は私の家を破壊する者は国家に反逆する者であるという決議を圧倒的多数で採択したのです。15
どんな公共の建造物も記念碑も神殿も、私の家ほど多くの元老院決議が出されたことはないのです。ローマ建国以来、国庫の金で再建され、神祇官たちによって禁忌を解かれ、政務官たちによって安全を守られ、裁判官たちによって損害を賠償されることを元老院が決めたのは私の家だけなのです。プブリウス・ウァレリウス(前509年執政官)は共和国に多大な貢献をしたとして、ウェリアの丘の家が国から与えられましたが、私はパラティヌスの丘の家が国によって再建されたのです。
さらに、ウァレリウスには家の土地が与えられただけなのに、私にはさらに家まで与えられたのです。しかも、彼に与えられた家は彼が私法に基づいて自分で守ったのに対して、私に与えられた家は公法に基づいて政務官全員が守っているのです。もしこれらが私が自分の力で手に入れたり、皆さん以外の人から手入れたものなら、どうして皆さんの前で公言したりするでしょう。それでは自慢になってしまいます。そうではなくて、これらは皆さんから私に与えられたものであり、それが以前暴力で破壊された時には、皆さんが私と私の子供たちに手づから返して下さったものなのです。それがいま同じ人から言葉の攻撃にさらされているのです。つまり、私がいま話しているのは自分のした事ではなく皆さんがして下さった事なのです。したがって、皆さんのご尽力をこうして私が公言するのは感謝ではなく思い上がりだと思われるわけがないのであります。16
しかしながら、私はこの国を救うためにあれほどの苦難を経験した人間です。その私が邪悪な人間の中傷をはねのけようとして、怒りの余りにたまたま自慢話をしたとしても、誰が大目に見ないでしょうか。ところが、私は昨日ぶつぶつ文句を言っている人がいるのに気付きました。その人は私のことを耐え難い男だと言ったそうであります。というのは、その汚れた反逆者が私にどこの国の人間かと尋ねた時、私は自分がなくてはならない国の人間だと答えて、皆さんと騎士階級の人たちの喝采を浴びたからだと言うのです。
あの男はさぞ不満だったことでしょう。では私はどう答えるべきだったのでしょうか。私のことを耐え難い男だと言った人にお尋ねしましょう。私はローマ市民だと言うべきだったのでしょうか。そんな答えでは月並みすぎたでしょう。それとも私は黙っているべきだったのでしょうか。それでは務めを放棄したことになったでしょう。大切な問題で悪意にさらされている時に、自分自身を誉めることなしに胸にグサリと来るように敵の侮辱をやり返せる人がいるでしょうか。一方、あの男はというと、人から挑発されてもありきたりの答えをするだけでなく、答えを喜んで友人たちから教えてもらう始末です。17
第九章
さて、私の家には問題がないことが明らかになったと思うので、次は占い師たちが何を言っているかを見てみましょう。私は正直言ってこの怪奇現象の規模とそれに対する占い師たちの回答の深刻さ、さらには占い師たちの意見が全員一致していることに驚いているのです。私は多忙な人間のわりには読書好きに見えるとしても、人の気持ちを宗教から遠ざけるような書物(※)を好んで読むような人間ではありません。
※エピクロス哲学。自分は無神論者ではないと言っている。
第一に、我らの父祖たちは宗教を尊重することにおいて私の師であり先達であると思っております。私は父祖たちは非常に高い英知の持ち主だったと思っております。ですから、彼らの英知を自分のものには出来なくても、それがどれほど大きなものであったかを理解できる人は十二分な英知の持ち主だと思っています。そして、我らの父祖たちによれば、確立した宗教儀式のために神祇官がおり、良き行動の指針のために占い師がおり、運命に関する古代の神託のためにアポロンの予言者の書があり、怪奇現象の浄めのためにエトルリア人の教えがあるのであります。
実際、エトルリア人の知識はたいしたもので、私が覚えている限りでは、先ずはイタリア戦争の不幸な始まりを、次にスラとキンナのいわば最終戦争を、さらに最近では町を焼き帝国を破壊しようとするついこの前の陰謀(カティリナの陰謀)を明確に予言しました。18
第二に、また私は暇がある時に、哲学者たちが神の意思について多くを語り多くを書き残していることを知りました。それらは素晴らしい文章で書かれていますが、その内容は我らの父祖たちが彼らに教えたものであって、父祖たちが彼らから学んだとは思えないようなものなのです。実際、空を見上げた時に神が存在すると思わないような、そんな愚かな人がいるでしょうか。あれほどの知性による創造物を偶然の産物だと考えるような人がいるでしょうか。その規則正しい必然的な現象を何かの技術によって達成できるような人などいないのです。あるいは、神の存在を理解しているのに、これほど大きな帝国が生まれて成長して維持されているのは神の意思によるものであることを理解できないような人がいるでしょうか。
元老院議員の皆さん、私たちの愛国心がどれほど大きくても、私たちはヒスパニア人には人口で、ガリア人には体力で、ずる賢さではカルタゴ人に、芸術ではギリシア人に、この土地と民族に特有の感覚ではイタリア人とラテン人に劣っているのです。しかし、私たちは、敬虔さと信仰心だけでなく、抜きん出た英知をもって、この世の全ては神の意思によって支配され管理されていることを知っているがゆえに、全ての民族に優っているのであります。19
第十章
ですから、疑いようのない事についての私の話はこの辺にして、皆さんは耳をそばだてて占い師の回答の言葉をよくお聞きください。「ラテンの田舎で大きな地鳴りと轟音が聞こえた」。占い師と、神々からエトルリアに伝えられた古い教えがなければ、この意味が私たちに分からないでしょうか。近郊の野原で訳の分からない大きな地鳴りと武器の恐ろしい轟音が聞こえたのです。
巨人族は神々と戦いを起こしたと詩人たちは伝えていますが、いくら不敬な彼らもこの奇妙な大地の大きな変動は神々がローマの民衆に何か重要なことを予言している前兆だと言うでしょう。これについて占い師たちはこう書いています。「ユピテルとサトゥルヌスとネプトゥルヌスとテッルス神と天空の神々から浄めの供犠が求めれている」20
ここから私はどの神が冒涜されたから浄めの供犠が要求されているかは分かりますが、人間のどんな罪に対する浄めなのかはまだ分かりません。「見世物の進行に手落ちがあって汚された」。それはどの見世物のことでしょうか。レントゥルス(マルケッリヌス、現執政官)君、君にお尋ねします(神像を運ぶ車、競争、前奏、見世物、献酒、見世物の宴会は神官としての君の仕事でした)。そして神祇官の皆さん、もし何か手抜きや間違いがある場合には、最大最高の神ユピテルの祭司団が皆さんに知らせて、皆さんの意見によって見世物を全部やり直すことになっているので、あなた達にもお尋ねします。どの見世物の進行に手落ちがあったでしょうか。また、いつどんな汚れを受けたのでしょうか。
レントゥルス君、君は自分と自分の同僚と神祇官団のために「誰かの不注意による手落ちもないし、誰かの不正によって汚れされたこともない。 見せ物の宗教儀式は全てが規則に従って正当に最高の神聖さをもって執り行われた」と答えるでしょう。21
第十一章
では、進行に手落ちがあって汚されたと占い師たちが言っているのはどの見世物なのでしょうか。グナエウス・レントゥルス(マルケッリヌス)君、それは不死なる神々とイダ母神(この女神は君の高祖父の手で導入された女神です♯)の思し召しで、君が見物していた見世物なのです。もしあの日君がメガレシア祭(=イダ母神を祭る)を見物する気になっていなければ、私はいくら長生きしても次のような事件を告発できなかったでしょう。この敬虔な造営官(※)が町の通りから呼び集めた大量の奴隷が、合図と共に突然全ての門かあらステージになだれ込んで来たのです。
※クローディウスは前56年の造営官
♯コルネリウス・スキピオ・ナシカが前204年に導入した(リビウス39巻14章参照)。あとの大地母神と同じ。
グナエウス・レントゥルス君、君がその時見せた勇気は無役の君の曾祖父(=スキピオ・ナシカ)が見せたのと同じものでした。満員の見物席で身動きが取れない元老たちとローマの民衆が群衆に遮られて隅で立ち往生しているところへ、あの男は奴隷たちの群を放って嘲笑させたのですが、その場にいた元老院とローマの騎士階級と全ての閥族派の人たちは立ち上がって、君と君の名前と君の命令と君の声と君のまなざしと君の勇気に倣ったのです。22
あるいは、もし躍り手が立ち止まったり、笛吹きが演奏を止めたり、父母が健在の奴隷が神像の車を制御できずに革紐を手から離したり、造営官が台詞を間違えたり杯を落としたりした場合なら、見世物がちゃんと行われなかったのだから、その過ちを償って見世物をやり直せば神々の御心はなだめられるのです。しかしながら、もし見世物が楽しみから恐怖に変わり、進行に粗相があったどころか全てが台無しにされて、楽しみを悲しみに変えようとしたあの男の犯行のせいで、国民の祭日が不吉な日になってしまったのなら、あの轟音が告げている汚された見世物とはどの見世物のことかは明らかではないでしょうか。23
そして、もし私たちがそれぞれの神についての伝承を思い出す気になれば、確か、この大いなる母神(※)が野山を地鳴りと轟音を伴ってさまようのは、自らの見世物が冒涜されたり汚されたりして、ほとんど殺戮と町の破壊と化した時だという伝承があるのです。
※マグナ・マテル、大地母神キュベレー。
第十二章
つまり、この女神は犯罪が行われたことを皆さんとローマの民衆に示して、危機の予兆を明らかにしたのであります。そもそも、この見世物が大いなる母神の神殿に向かって女神の面前でメガレシア祭の日にパラティウムの丘で挙行されることは、我らの父祖たちが決めたことであります。こんなことは私が言うまでもありません。また、この見世物は慣習と制度によって特に厳粛で神聖なものとされているのです。さらに、二度目の執政官だったプブリウス・アフリカヌス(前194)いわゆる大アフリカヌスが、民衆の席の前の一列目に元老たちが座るように観客席を割り振ったのはこの神に対する見世物の時だったのです。そして、この見世物をあの不埒な疫病神が汚したのであります。
その結果、見物目的や信仰目的で参加した自由人は暴力にさらされることになったのであり、奴隷が大量に観客席に押し寄せたために既婚女性は誰も参加しなかったのであります。
メガレシア祭は地の果てから招かれてこの町に定着した神聖な祭りです。この祭りの見世物はラテン語の名前で呼ばれることのないただ一つの見世物なのです。ですから、祭りの名前からもこの神が海外から招かれた神で、大いなる母神の名前でローマの神となったことは明らかなのです。その祭りの見世物を奴隷が行い奴隷が見物したのです。この男が造営官の時に、メガレシア祭はことごとく奴隷のものになってしまったのです。24
ああ、不死なる神々よ、もし汝ら我らの中に居ませば、我らに語りかけるに他の方法あらんや。汝ら見世物が汚されしことを明確に語りしなり。一人の政務官の許可により解き放たれたるなべての奴隷はこなたの舞台になだれ込みあなたの舞台を占領せり。その果てこなたの観客席は奴隷の支配下に置かれ、あなたの観客席は全てが奴隷の席となりおおせり。かくなるにまさりて汚れたること、恥ずべきこと、異常なること、混乱したることあると言えんや。
もし蜂の大群が見世物の舞台と観客席にやって来たのなら、エトルリアの占い師を呼ぶべきだと私たちは思ったでしょう。私たちはローマの民衆が身動きが取れずに立ち往生しているところに奴隷の大群が突然なだれ込むのを皆で目にして、平気でいられるのでしょうか。しかも、蜂の大群だったなら、おそらく占い師たちはエトルリアの書物から、奴隷の蜂起を警戒すべきだと私たちに忠告したはずなのです。25
全く異なる形で示された前兆からも警戒すべきことがそのまま現実に起こって、それか危険な事であってそこからさらなる危険が予期される時に、私たちは平気でいられるのでしょうか。君の父親も君の伯父もメガレシア祭をあんな風に行ったのでしょうか。あの男はガイウス・クラウディウス(♯)とアッピウス・クラウディウス(♭)のようにではなく、アテニオー(※)とスパルタクス(%)の例にならって見世物を行おうとしておきながら、自分の生まれがどうのと私に言うのでしょうか。
♯前92年執政官、クローディウスの伯父。
♭前79年執政官、クローディウスの父。
※シシリアの奴隷の反乱(前103~101年)の指導者。
%イタリアの奴隷の反乱(前73~71年)の指導者。
この二人は見世物を挙行する時には、奴隷は観客席から出て行くように命じました。ところが君はこちらの観客席には奴隷を送り込み、あちらの観客席からは自由人を追い出したのです。以前は触れ役の声で自由人から遠ざけられた奴隷たちが、君の見世物では声ではなく暴力によって自由人を遠ざけたのです。
第十三章
クローディウス君、君はシビュラ(※)の神官ですが、もし君がシビュラの予言書を汚れた心で見つけて汚れた目で読んで汚れた手で持っているなら、我らの父祖たちはこの祭事をシビュラの予言書から探し出したものだということを君は学ばなかったのでしょうか。26
※シビュラはアポロンの巫女、女予言者
イタリアがポエニ戦争で疲弊してハンニバル(※)によって荒らされていた時に、我らの父祖たちはこの予言者のすすめでフルギア(=キュベレの聖地)からこの祭儀を取り入れてローマに定着させたのです(前204年)。この祭儀を導入したのはローマで最高の市民だと思われているプブリウス・スキピオ(前191年執政官)と、最も貞潔な婦人だと思われていたクインタ・クラウディアでした。君の妹(=クローディア)は彼女の古風な厳格さを見事に手本にしていると思われています。
※第二回ポエニ戦争(前218~201年)のカルタゴの将軍。
君はこの行事に携わった祖先を持ち、この行事の全てを制定した祭司職に就いて、この行事をいつも非常に大切にする上級造営官だったにも関わらず、この神聖な見世物をあらゆる破廉恥かつ不名誉な行為で冒涜して、犯罪に巻き込んだのです。27
しかし、私はこんなことには驚きません。なぜなら、君は金をもらってこの神々の母神の座のあるペッシヌース(※)を略奪して、全ての土地と神殿を売り払った人なのですから。その相手は、君が護民官の時にはいつもカストール神殿で自分の召使いを使って君のゴロツキに金を配っていたガッログラエキ族(♯)の放埒で悪名高いブロギタロス(%)なのです。さらに君は この神の台座と祭壇から神官を引き剥がして、この神の儀式をことごとく破壊したのです。それはヨーロッパとアジアの王たちだけでなく、ぺルシア人とシリア人からも最高の畏怖をもって古来から長く育まれて来たものなのです。
※小アジア中央、フリギアの町ペッシヌス、キュベレの聖地。
♯ガリアギリシア族と読めるように、ガリアから来た小アジア・ガラティアの部族、ガラティア人。
%ガラティア国のデイオタルス王の婿。キケロ『セクスティウス弁護』26章参照。
この儀式を我らの父祖たちも非常に神聖なものだと考えました。そのために、ローマとイタリアの至る所に神殿があるにも関わらず、我が国の将軍たちは、危険に満ちた大きな戦いの前にはこの女神に誓いを立てたのです。そして、まさにペッシヌースのその神殿の最も高い祭壇でその誓約を果たしたのです。28
ローマの支配に世界で最も忠実でローマ人に最も友好的なデイオタルスはこのペッシヌースの神殿を深く崇拝して守ってきた人なのです。ところが君はそれを先程言ったようにブロギタロスに売り払ってしまったのです。さらに、デイオタルスは元老院から王たるに相応しい人だと度々評価され、有名な将軍たちからも賛辞をもらっていた人でしたが、君は彼にブロギタロスとの共同統治を命じたのです。
しかしながら、私たちがデイオタルスを王と呼ぶのは元老院の決議のためですが、君がブロギタロスを王と呼ぶのは金が絡んでいるからなのです。私はブロギタロスが手形によって君から借りたことになっている金を払えるようになるまでは王と呼ぶ気はありません。
というのは、デイオタルスは多くの事は措いても、次の点で立派な王と言えるのです。それは君には一銭も払っていないこと、君の法案の中で彼が王であるという元老院の決議と一致するところだけを尊重したこと、君の悪事によって破壊されて神官と聖物を奪われたペッシヌースの神殿を自分の手に取り戻して、昔の儀式を復活させたこと、昔から伝わった儀式がブロギタロスによって汚されるままにしなかったこと、あの神殿から伝統ある儀式が失われるべきではないと考えて、自分の婿から君の贈り物(※)を取り上げたことなのです。
※ペッシヌースの神官職。
ところで、占い師の回答に話を戻すと、その初めの部分は見世物に関するものですが(=21節)、皆さんはあの予兆とそれに対する回答の全てがクローディウスの見世物に向けられたものであることをお認めになったと思います。29
第十四章
次に来るのは聖別された場所についてです(=9節)。全く、君の厚かましさには驚きです。それが私の家のことだと君は言うのでしょうか。君の家について執政官か元老院か神祇官団に尋ねてみるといいのです。既に言ったように、私の家はこの三者の判断によって禁忌を解かれているのです。しかし、ローマの騎士階級に属するあの立派なセイウス氏を君が公然と殺害して手に入れた屋敷の中に礼拝堂があるのを私は知っています。私はこれを監察官の記録と多くの人たちの記憶から証明して見せましょう。
聖別された場所が議題とされるなら(最近出された元老院決議に従ってこれは私たちの議題にしなければなりません)、この事については私も一言言わせて頂きたいのです。30
君の家には他人が作った礼拝堂があったのにまだ取り壊していないのです。私は君の家についてだけでなく、他の場所についても言うことがあります。大地母神(キュベレー)の神殿を人々のために開くのは私の仕事だと言う人がいるからです。それは最近まで戸外にあって万人に開かれていたと言われていて、それは私も覚えています。ところが、いま最大の宗教の最も神聖な神域が個人の玄関の中になっていると言われているのです。
多くの事があって私は黙ってはおれません。大地母神の神殿の管理は私の仕事です。その神殿を取り壊した人(※)は、私の家が神祇官の判断によって禁忌を解かれた時に、私の家は彼の弟のものだと言った人なのです。さらに穀物の値段が高騰して、田畑が不毛で、食糧不足に陥っている時に、大地母神の礼拝のことも気がかりなのです。あの予兆によって大地母神に対する浄めが必要と言われているから尚更です。31
※クローディウスの兄アッピィウス(前97~49年、前58年法務官、前54年執政官)。
私は古い話を持ち出しているしれません。しかし、死すべき人間は不死なる神々のものを自分のものにできないというのは、市民法に規定されていなくても、自然法と万民法によって決められている事なのです。
第十五章
しかし、あまり昔の事はいいとしても、まさにいま行われている事、いま目の前で起きていることを私たちは放置していいのでしょうか。ルキウス・ピソー(※)がつい最近市内のカエリキュルス(=ローマの地名)のディアナ女神の神聖な大礼拝堂を取り壊したことは誰でも知っています。その場所の隣人がここに出席しています。氏族の供儀をまさにその礼拝堂の決まった場所で毎年行って来た元老たちも多いのです。これでも私たちは神々がどの場所のことに不満を言っているか、何を示しているか、何について言っているか分からないでしょうか。セクスティウス・セッラーヌス(%)によって多くの礼拝堂が傷つけられたり、閉じ込められたり、倒されたりして、醜く汚されたことを私たちは知らないでしょうか。32
※前58年執政官、『ピソー弾劾』参照。
%前63年財務官、前57年護民官。『セスティウス弁護』にクローディウスに買収された人間として出てくる。
君は私の家を聖別したと言いますが、君にそんなことが出来たでしょうか。君は心を捨ててしまった人なのです。君はその手で私の家を破壊したのです。君はその声で放火を命じたのです。君は何をしても罰を受けない時代にさえ、私の家の聖別を許す法律は書かなかったのです。君は聖台を冒涜した人なのです。君は娼婦の墓から彫像を盗んで来て将軍の記念碑の中に置いた人なのです。
私の家に禁忌の疑いがあるとしたら、それは神を冒涜する人の家に壁を接していることだけでしょう。そのために、私は家族の誰かが屋根からうっかり君の家の中を覗いて君が自分の聖事にふけっているところを見ないように、家の屋根を高くしなければなりません。そうすれば、私は君の家を見下ろすことはなくなり、君も自分が破壊しようとしたローマが見えなくなるでしょう。33
第十六章
ところで次に占い師の回答の残りの部分を見てみましょう。「この世の掟と神の掟に反して使節が殺害された」。これはどういうことでしょう。アレキサンドリア人(※)についての話があるのは私も知っています。その話を私は否定しません。使節の権利は人間の法によって守られているだけでなく、神の法によっても守られていると私は思っています。
※アカデミア派の哲学者アレクサンドリアのディオン、キケロ『カエリウス弁護』24節参照。
しかし、私はあの男に聞きたいのです。彼は護民官の時に全ての密告者を牢獄から広場に解き放ち、あらゆる短刀と毒薬を使った事件を指図し、キオスのヘルマルコスに手形を書いた男です。その彼は自由国から元老院に送られた使節であるテオドシウスという人が刺殺されたことを何か知っているのではないかと。この人はヘルマルコスの仇敵だったのです。この事件を神々はアレキサンドリア人殺しと同じように
お怒りだと私は思うのです。34
いま私は全てを君一人のせいにするつもりはありません。不埒な人間が君だけなら私たちの未来は明るいでしょう。ところが不埒な人間は沢山います。ですから、君はますます自信を深めて、私たちは正義の実現に自信が持てないのです。マケドニアの自由都市オレスティスの高名な貴族プラトール氏が、テッサロニキにいた我が国の自称将軍(※)のところに使節として出向いたことは誰でも知っています。ところが、この将軍はこの人から金が取れないと分かると牢獄に放りこんで、自分の医者を送り込んで、自由で友好的なこの使節の血管を残酷にも裂かせたのです。
※ピソー、『ピソー弾劾』83節参照。
この将軍は自分の斧を犯罪の血で汚したくなかったが、ローマ人の名前をひどい犯罪で汚してしまったのです。その結果、自ら罰を受けてその償いをする羽目になったのです。彼は自分の医師を治療ではなく人殺しに使う男ですから、彼の殺し屋はどんなにひどい人間でしょうか。35
第十七章
では、占い師の回答の続きを読みましょう。「信義と誓いが無視された」。これが何のことかはそれだけで理解するのは私も難しいのですが、その続きを読むと君の陪審団が行った明らかな偽証のことを言っているのだと分かります。あの時彼らが元老院に護衛を要求していなかったら、もらった賄賂は強奪されていたことでしょう(※)。さらに私がこの陪審団を指していると思う理由は、この町ではあれほど明白な偽証はなかっただけでなく、買収した人たちから君自身は偽証の罪で訴えられることがなかったからです(%)。36
※ボナ・デア裁判で当初クローディウスに不利な評決を出すと思われていた陪審員たちはクローディウス側からの攻撃を恐れて裁判所への行き帰りに護衛を要求したが、買収されてクローディウスに有利な評決を出したため、護衛の目的が変わったと皮肉っている(『アッティクス宛書簡集』16の5)。
%クローディウスが買収の誓いを守ったことで逆に陪審団の偽証は証明されたと言いたいらしい。
さらに占い師たちの回答には次の言葉が付言されています。「太古の神秘の供儀の執行に手落ちがあって汚された」。これは言っているのは占い師でしょうか、それとも先祖伝来の祖国と家の神々でしょうか。いずれにせよ、このような不正の疑いのある人が沢山いるでしょうか。そんな人がこの男以外にいるでしょうか。どの供儀が汚されたと言っているか明らかではないでしょうか。「太古の秘められた」という、これ以上に明白でこれ以上に神聖でこれ以上に分かりやすい言い方があるでしょうか(※)。
※ボナ・デア神の供儀を指す。
これは今はエトルリアの書物から引かれた言葉ですが、雄弁で力強い弁論家であるレントゥルス君(※)が君を告発した時には、どんな言葉よりもこの言葉を頻繁に君に対して使ったのです。実際、王の時代から一貫して受け継がれて来たこの供儀ほど古い供儀があるでしょうか。悪意のある罪だけでなく無意識の罪も防ぐために好奇の目で見るだけでなくうっかり見ることも禁じられているこの供儀ほど秘められた供儀があるでしょうか。
※前49年に執政官になるレントゥルス・クルス。
プブリウス・クローディウスがこの供儀を汚す前はそんなことをする人はローマの歴史上誰もいなかったのです。それどころか、男性でこの供儀に近付く人も、この供儀を軽んじる人も、この供儀を恐れもなく見る人もいなかったのです。この供儀は命令権を持つ人の家でウェスタの処女によってローマ市民のために行われる不思議な儀式なのです。男性はこの供儀の対象となる女神の名前を知ることは許されないのですが、あの男はその女神が神聖冒涜の罪を許してくれたと思ったので「ボナ(善い女神)」と呼んでいるのです。
第十八章
しかし、女神はけっして君の犯罪を許していないのです。君が許されたと考えるのは、誰もが有罪だと思った君を、陪審団が君の財布から一文残らず巻き上げて無罪放免にしたからでしょうか、それとも、その儀式について言われているのとは違って、君は視力を失わなかったからでしょうか。37
実際には君より前にわざとその供儀を見た人はいないのですから、その犯罪の報いとしてどんな罰を受けるか知っている人はいないのです。それとも、情欲で盲目になるよりその目が見えなくなる方が君には辛いのでしょうか。君の妹のぎらぎらした目よりも君の高祖父のしょぼついた目の方が優れていると君は思わないのでしょうか。しかし、君もよく考えたら、人々の下す罰は免れても神々の下す罰は免れていない事が分かるはずです。
確かに、人々はひどいことをした君を守りました。人々は恥ずべき行為をした君に推薦状を書きました。人々はほとんど罪を自供した君を無罪放免にしました。密通によって人を侮辱した君に人々は腹を立てませんでした。ある人々は私に向ける武力を君に与え、その後、ある人々は無敵の市民に向ける武力を君に与えました。これ以上ないほどの支援を人々は君に与えたのです。これは潔く私も認めましょう。38
一方、人間にとって神が与える狂気の罰より大きな罰があるでしょうか。それとも君は悲劇の登場人物で神々の激しい怒りを買っているのは肉体の負傷で苦しんでいる人であって、狂気に取り憑かれた人ではないと言うのでしょうか。フィロクテテスの苦しみに満ちた号泣がどれほど痛ましいものだとしても、アタマース(※)の歓喜と母殺し犯の苦悩(♯)ほど不幸ではないのです。
※狂気に憑かれて自分の息子を殺してしまう。
♯オレステス、アルクマエオン、母を殺して復讐の神に追われ狂気にとり憑かれる。
君が集会で気違いじみた言葉を発する時、君が市民の家を壊す時、君が立派な人たちに石を投げて広場から追い出す時、君が燃え盛る松明を隣人の家に投げる時、君が神殿に火を点ける時、君が奴隷たちを狩り集める時、君が儀式と見世物を混乱に陥らせる時、君が妻と妹の区別が付かなくなる時、君がどの寝床に入ればいいか分からなくなる時、君は狂気に取り憑かれているのです。そして、人間の罪に対して神が定めた唯一つの罰を受けているのです。
なぜなら、私たちの肉体は弱いものでただでも多くの災難に出会うものですし、些細な原因で倒れてしまいます。一方、神の矢は不敬な人間の心に突き刺さるのです。ですから、君がたとえ視力を失ったとしても、それよりその目によってあらゆる迷妄に引き込まれる方が、君の不幸は大きいのです(※)。39
※この一段はShackleton Baileyの英訳本から落ちている。
第十九章
占い師たちが言及した様々な犯罪については以上で充分でしょう。次に、占い師たちが挙げている神々からの警告について見て行きましょう。「貴族階級の人々の不和と仲違いによって元老たちと指導者たちに殺人の危険がもたらされないようにせよ。そして、神からの保護を失わないようにせよ。その結果、国が一人の支配に陥らないようにせよ・・」
占い師の言葉はこれで全てです。私は一言も付け加えてはおりません。では、誰が貴族階級の不和を企んでいるのでしょうか。それはまさにあの男なのです。しかも、彼はそれを自分の才能と知恵によってではなく、私たちの過ちに乗じているのです。それは誰の目にも明らかなので彼は容易に気付きました。共和国はあの男と勇敢に真正面から戦って負傷して名誉ある倒れ形をしたとは思えないから、なおさらこの敗北は不名誉なことなのです。40
ティベリウス・グラックスがこの国の政治体制を脅かした時、彼は何と力強く、何と雄弁で、何と威厳があったことでしょうか。彼は元老院から離反したことを除けば、父親と祖父アフリカヌスの並外れて優れた資質に背くようなことは一切なかったのです。あとに続いたガイウス・グラックスも、何と才気溢れ、何と雄弁で、何と力強く、何と説得力があったことでしょうか。閥族派の人たちは彼がそれだけの美質をもっと立派でもっと優れた目的のために向けなかったことを嘆いたものです。
手に負えない荒くれ者だったサトゥルニーヌス(※)でさえも演説の名手で、無知な大衆の心を掻き立てて扇動するのが上手かったものです。スルピキウス(%)については何を言うべきでしょうか。彼の演説には説得力と楽しさと饒舌さがあったので、賢明な人たちを迷わせ、閥族派の人たちの判断を狂わせるほどの力がありました。当時国政を預かっていた人たちは国家の安全のためにこれらの人たちと毎日のように争っていたのです。それは彼らにとって悩みの種でしたが、それなりの遣り甲斐があったものです。41
※前103、100年の護民官。
%スルピキウス・ルフス、前88年護民官。
第二十章
ああ、それに比べて私がこんなに沢山の言葉を費やしているこの男はどうでしょうか。彼は何者でしょうか、彼はどんな値打ちがあるのでしょうか、この大国が仮にも倒れるとするなら(そんなことになりませんように)、一人の男によって倒されたように見えてしまうようなどんな事を彼はしているのでしょうか。彼は父親の死後その若い体を裕福な遊び人たちの欲望に捧げて、彼らの情欲を満たしてやり、それが終わると兄弟との密通にふけったような男なのです。
それから、成人してからは属州の軍隊に身を委ねたのですが、海賊からひどい目に遭ってキリキア人と野蛮人たちの欲望を満たすこととなったのです(前67年)。その後、とんでもない悪事を犯してルキウス・ルクルスの軍隊を困らせた後に、そこから脱走しました。ローマに帰るとさっそく自分の親族を訴えると脅して示談金をせしめたのです。さらに、カティリナからも金をもらって弁護人と共謀して告発人になったのです(※)。
※カティリナの弁護人キケロが告発人クローディウスと共謀したことが『アッティクス宛書簡集』11に出ている。
それから、彼はムレーナ(※)に付いてガリアに行った時、その属州で死人の遺書を偽造し、相続人の少年を殺し、多くの犯罪者と取引きをして仲間を作ったのです。そこからまたローマに戻ると、民衆の味方であるはずの彼は卑劣にも民衆を欺いて、慈悲深くも全部族の賄賂の分配役の人間を自分の家で残虐なやり方で殺すことで、豊かな収入源である選挙の利益を独り占めにしたのです。42
※前64~63年ガリア・トランサルピナ(南東フランス)の総督だった。
それから彼は財務官(=63年)になったのです。それはこの国とこの国の祭儀とこの国の宗教と元老院の権威と、この国の裁判にとって不吉な出来事でした。財務官としてあの男は神々と人間と、人々の道徳感情を踏みにじり、元老院の権威と正義と神と人の掟と法廷を侮辱したのです。プブリウス・クローディウスはこの地位を国政への最初の足掛かりとして、デマゴーグへの道を登り始めたのですが、ああ、それはあの不幸な時代と私たちの内紛のお陰だったのです。
ティベリウス・グラックスの場合は、執政官ガイウス・マンキニウスの財務官として自身が調印に関わったヌマンティアとの条約が批判にさらされ、厳格な元老院によってその条約が否定されたことで、憎しみと不安に駆られたという事情がありました。その結果、この聡明で勇気ある人は父の歩んだ厳格な道から離れるしかなくなったのです。一方、ガイウス・グラックスは兄の死と家族愛と怒りと剛気な精神のために、一族の血の復讐へと駆り立てたてられたのです。
サトゥルニーヌスは、穀物価格の高騰の時に元老院が財務官であった自分を穀物の管理の職から外して、その仕事をマルクス・スカウルス氏(※)に任せたために、恨みを抱いて民衆派になったことを私たちは知っています。スルピキウスは最初は立派な理由から出発しました。ガイウス・ユリウス(%)が法に違反して執政官選挙に出ることに反対したのです。しかし、彼は民衆の人気によって自分の望み以上に祭り上げられてしまったのです。43
※マルクス・アエミリウス・スカウルス、前115年執政官。
%ガイウス・ユリウス・ウォピスク・ストラボー、前130頃~85年、法務官職を経ずに執政官選挙に出ようとした。
第二十一章
これらの人たちの動機は正当なものではなかったのですが(国に害をなす人間には正当な動機などあり得ないからです)男らしい怒りと結びついた深刻なものがあったのです。それに対してクローディウスの動機は女が着るサフラン色の衣装と女が付ける頭飾りと女の履くサンダルと紫のガーターとブラジャーと竪琴と不品行と密通で、突如として民衆派になったのです。
もし着飾ったあの男を捕まえたのが女でなかったら、もしあの男が立入禁止の場所から女奴隷に助けられて逃げ出せていなかったら、ローマの民衆はこんな民衆派を持たずに済んでいたでしょう。また、この共和国はこんな市民を持たずに済んでいたでしょう。神々が最近の予兆によって警告した私たちの不和の最中に、あの男はあの気違いじみた行動(※)のために貴族階級から抜け出して護民官になることが許されたのです(%)。44
※ボナ・デア神の供儀への侵入をさす。
%前59年に執政官カエサルの力で平民になり選挙に当選して前58年の護民官になった。
この事はその前年(=前60年)に彼の兄のメテッルス(ケレル)君(※)とまだ分裂していなかった元老院が阻止したことであり、グナエウス・ポンペイウスが最初の発言者となって、全員が心を一つにして明確に反対したことなのです。それがいま占い師たちがまさに警告した貴族階級の間の不和が起こると、その後、混乱して流れが変わってしまったのです。
※前100頃~前59年、前63年法務官、前60年執政官、妻はクローディア(カトゥルスの詩のレスビアのモデル)。
彼の兄が執政官の時に実現を阻み、彼の親類であり親友である有名な人(♯)(あの人は彼が被告となった裁判で推薦演説もしなかった)も反対していたことを、彼を誰より嫌っていたはずの一人の執政官(※)が指導者たちの不和に乗じて実現してしまったのであります。その執政官は誰もが進んで助言を仰ぐある人(%)の勧めに従ってそうしたまでだと言ったのです。
♯%ポンペイウス。
※前59年に執政官になったカエサルはクローディウスに自分の妻を寝取られたとされている。
こうして忌まわしくも悲しむべき松明が共和国に対して投じられたのです。狙われたのは、皆さんの権威と最高階級の威厳と閥族派の結束であり、この国の政治体制でした。これら全ての守護者だった私に向かって当時の燃え盛る松明が投じられたということは、これらが攻撃目標となっていたということなのです。祖国のために私はこの松明を一人で受け止めて炎上したのです。しかしながら、私が最初に皆さんに代わって松明を受けて炎上するのを見ていた皆さんも、同じ炎に取り囲まれていたのす。45
第二十二章
貴族たちの不和は治まることはありませんでした。それどころか、私を守ると思われていた人たちの間の反目は深まるばかりでした。しかしご覧のように、その同じ人たちがポンペイウス氏を先頭にして立ち上がってくれたお陰で私は復活したのです。ポンペイウス氏は私を復帰させるためにその権威を行使するだけでなく懇願さえして、イタリア全土と皆さんとローマの民衆に働きかけてくれました。その結果、私の帰国をイタリア全土が求め、皆さんが執拗に要求し、ローマの民衆が熱望するようになったのです。
私たちはそろそろ不和を終わらせるべきです。私たちは長年にわたる反目に終止符を打つべきなのです。しかし、あの疫病神はそれを許さないでしょう。彼は演説して扇動して混乱を引き起こして、ある時はこちらの党派にある時はあちらの党派に取り入ろうしているのです。しかも、それは相手を褒めて自尊心をくすぐるやり方ではなく、相手が嫌う人の悪口を言って喜ばせるやり方なのです。
私は彼のやり方には驚いていません。それはまさに彼がしそうなことだからです。しかし、私が驚いているのは賢明なはずのご立派な人たちの方なのです。なぜなら、第一に、彼らは国家にしばしば多大の貢献をしてきた高名な人物(=ポンペイウス)があの男の汚ない言葉で攻撃されているのを傍観しているからであり、第二に、彼ら自身には何の得にもならないのに、堕落した男の悪口によって誰かの名誉と威信が傷つけられると思っているからであり、最後に、これは彼らも今では気づいていると思いますが、彼の気違いじみた気紛れの攻撃が自分自身に向けられる可能性があることを分かっていないからす。46
しかし、こうして人々の間に大きな亀裂が生まれることで、共和国に中にくさびが打ち込またのです。それが私一人に打ち込まれていた限りにおいては、私にとって深刻な打撃でしたが、今ほど深刻ではなかったのです。
というのは、最初、彼は元老院の権威から離反していると見なした人々を味方に付け、その人たちをおだててうまく口車に乗せて舞い上がらせ、カエサルの軍隊を(それは嘘でしたが、誰も否定しなかったのです)、カエサルの軍隊を反旗をひるがえして元老院に突進させると脅し、自分がすることはポンペイウス氏の助言とクラッスス氏のお墨付きを得ていると言い、執政官たちは自分と利害を共にしていると(これだけは嘘ではありませんでした)自信をもって言うに及んで、彼はあれほど残酷にあれほど卑劣に私と共和国を迫害することが出来たのです(※)。47
※前58年5月のキケロ追放。
第二十三章
しかしその後、彼は皆さんが虐殺の恐怖から立ち直って、元老院の権威を隷属の大波の中から取り戻して、私を懐かしみ私を呼び戻したいと思い始めたのを見ると、途端に猫かぶりをして皆さんに取り入ろうとし始めたのです。そして彼は「カエサルの法は占いに反して提案された」と、ここ元老院と民会で発言したのです。その法案の中には自分を護民官にする根拠となったクリア法(※)が含まれていたのですが、それは狂気のために盲目になっていた彼の眼中にはなかったのです。
※クローディウスを平民にする法
彼は勇敢なマルクス・ビブルスを呼び出して、「カエサルが法案を元老院に提案した時、あなたは天空をずっと観察していましたか」と質問したのです。すると、ビブルスは「ずっと観察していた」と答えました。するとあの男は「その間に提案された法案は正しく提案されたと言えますか」と卜占官に尋ねました。彼らは「それは正式に提案されたものとは言えない」と答えました。私のためにずいぶん尽力してくれた閥族派の人たちはこの男の狂気を知らなかったのか、この男をもてはやし始めたのです。あの男はそこでやめませんでした。なぜなら、あの男がいつも自分の政策の助言者だと公言していたポンペイウス氏を攻撃し始めたからです。そこでまた彼は支持者を獲得しました。48
そこで彼は内戦を鎮圧した文民を卑劣な犯罪によって退けたのだから、あの外敵との戦いに勝った人(♯)も倒せるかもしれないと思いました(※)。カストール神殿の中で呪われた短剣、この帝国を破滅させようとする短剣が見つかったのはその時のことです。敵のどんな町も短期に攻略し、どんな隘路もどんな高い城壁も武勇によっていつも突破してきたこの人の家が包囲されてしまったのです(%)。そこで彼は自分が意図した行動によって、無知な人たちから掛けられた臆病者という私の汚名を晴らしてくれたのです。
♯ポンペイウス
※前58年8月
%前58年の最後まで
というのは、あの男が護民官でいる間は、誰よりも勇敢なポンペイウス氏が、外の光りを目にせず、公共の場所から姿を消したのです。あの男がパラティウムの丘の家に匹敵する回廊をカリーナエ地区(※)に建てる積もりだと集会で言った時も、その脅しに耐えたのです。もしそれが悲しむべきことであってもを恥ずべきことでなかったのなら、私が自分の家を出たことは、個人としては耐えがたい苦痛でしたが、共和国のためには誇らしいことだったとなるからです。49
※ポンペイウスの家がある。
第二十四章
とっくに力を失って本人としては元気がなかったあの男が(♯)頭をもたげたのは、貴族階級の致命的ないがみ合いのおかげだったということが、皆さんはもうお分かりでしょう。実際、彼が馬鹿げた考えを持ち始めたきっかけは、その頃皆さんから袂を分かったと思われていた人々(※)の間の意見の相違だったのです。彼が護民官として力を失っていた残りの時期と護民官を辞めた後、この三人をライバルや政敵たちは彼を支援したのです。そのためにこの国賊は共和国から追放されたり被告席に立たされるどころか、役職にもありつけたのです。
♯護民官だった前58年の終盤。
※三頭政治家たちを指す。
%前56年に造営官になっている。
実際、あんな毒蛇を懐に入れて飼い馴らせるようなすごい人がいたでしょうか。その人たちは何の得があると思ったのでしょうか。「ポンペイウスのことを演壇でやりこめる人間が居て欲しいのだ」と言うかも知れません。しかしながら、あの男は彼を中傷することで彼をやりこめたことになっているのでしょうか。ここにいる私の帰国の恩人であり徳にあふれた人には、私の言うことをそのまま受け取って欲しいのです。私は正直に言いましょう。いいですか、私はあの男が最高の賛辞で彼を持ち上げていた時こそ、彼の最高の名声を傷つけていたと思っているのです。50
一体全体、マリウスの名声はグラウキアが褒めていた時と、後に腹立たしくけなしていた時と、どちらが輝いていたでしょうか。あの気の狂った男は報復されて破滅する日へ突き進んでいた時にポンペイウス氏を中傷し始めましたが、その時の言葉遣いの卑劣さ口汚さは元老院の全員を中傷していた時と同じものなのです。ところが不思議なことに、ポンペイウス氏に腹を立てていたあの立派な人たちが彼に対する中傷を歓迎した時には、元老院に対する中傷は耳障りではなくなっていたのです。
しかし、私が今から話す彼の演説を読むなら、閥族派の人たちはもうそんなことを喜んではいられないでしょう。彼はそこではポンペイウス氏を褒めているのです。あるいはそれを中傷と呼ぶべきでしょうか。とにかく、彼は氏を褒めているのです。ポンペイウス氏はこの国でこの帝国の名誉に唯一人ふさわしい人だと言い、彼は自分の親友で既に彼とは仲直りしたと言っているのです。51
私はこれがどういうことか分かりませんが、一つだけは確かだと思います。それは、もしあの男がポンペイウス氏の親友なら彼を褒めたりしないと言うことです。なぜなら、もし彼がポンペイウス氏に敵意を抱いていたとすれば、ポンペイウス氏の評価を下げるにはこれ以上の方法はないからです。彼がポンペイウス氏に敵対していることを面白がっていた人たちは、この男の多くの悪事に目をつぶって、この男の抑制の効かない気違い沙汰に拍手を送ってきましたが、彼の変わり身の早さに気を付けた方がいいでしょう。いま彼はポンペイウス氏を褒めて、その一方で、かつて自分が取り入ろうとした人たちをけなしているのです。自分がポンペイウス氏と仲直りしたという噂を何とか作り出そうとしている彼が実際にポンペイウス氏の好意が取り戻すことが出来たら、彼が次に何をするか皆さんにはお分かりでしょうか。52
第二十五章
神々が言う「貴族階級の人々の不和」とはこれ以外の何を指しているでしょうか。この言葉が指しているのはプブリウス・クローディウスでも彼の仲間や助言者でもないのです。エトルリアの書物の中ではこの種の人間に対してはちゃんとした名前が付いているのです。皆さんは既にお聞き及びでしょうが、それは「落ちこぼれ」「除け者」というもので、身も心も堕落して平穏な社会から切り離された人々のことをそう呼んでいるのです。
つまり、神々が貴族階級の人々の不和について警告した時、それはこの町の最も高名な人たちの仲違い、この町の功労者たちの内紛について言っているのです。神々が指導者たちに殺人の危険を予兆で示した時、クローディウスだけは安全だと言っているのです。なぜなら、彼は貞潔さや敬虔さから程遠いように、指導者からは程遠い人だからです。53
高名かつ賢明なる皆さん、神々は皆さんに対して身の安全に充分注意すべきだと言っているのです。予兆によって指導者たちの殺害が示されているのです。そして、貴族たちが殺害されたあとに必然的に何が起こるかが、その後に示されています。つまり、国が一人の支配に陥ることが警告されているのです。もし神々の警告によって私たちがこの危険性を教えられなかったとしても、私たち自身の判断と推測によってこの恐れに行き着いていたことでしょう。高名な有力者たちの仲違いの結末は、全員が滅んでしまうか、勝者による独裁以外にはないのす。
高貴な生まれの勇敢な執政官スラは高名な市民ガイウス・マリウスと反目していました。この二人は両者ともに一度は敗れて没落し、その後両者はともに勝って独裁者となったのです。キンナはその同僚のオクタウィウス(=前87年執政官)と反目しました。二人はともに幸運に恵まれて独裁者になり、運に見放されて死んだのです。スラは二度も勝者となりました。その時彼は共和制を復活させましたが、疑いもなく独裁者となったのです。54
いま有力者たちの心に敵意があるのは明らかです。憎しみは彼らの心に深く染み付いて焦がしているのです。リーダーたちは反目してチャンスをうかがっているのです。劣勢にある者たちは何かの偶発事件が起こって状況が変わるのを待っており、疑いもなく優勢な者たちも敵方の発言や計画を恐れています。こんないがみ合いはこの国から根絶せねばなりません。そうすれば、予兆で示されている全ての恐れはすぐに消えて無くなるでしょう。そして、ある時はあちらへある時はこちらへと棲家を変えるあの蛇も、打ち砕かれて息絶えることでしょう。
第二十六章
さらに神々は警告しています。「秘められた計画によって共和国が損なわれてはならない」と。あの男の計画ほどに秘められたものがあるでしょうか。あの男は演壇で裁判の停止と司法の中止と国庫の閉鎖と法廷の廃止を布告すべしと大胆にも言ってのけたのです。国家をこんな大混乱に陥らせることを、あの男が突然演壇で思い付いたと皆さんはお考えでしょうか。
確かに彼はいつも酒と放蕩に浸ってうつらうつらしている男です。確かに彼は実に無思慮で非常識極まる男です。しかしながら、あの裁判の停止は夜警の間に仲間と一緒に思案を巡らして考え出したことなのです。元老院議員の皆さん、思い出して下さい。彼はそんな恐ろしい言葉で私たちの耳を試していたのです。そうして私たちの耳を慣らすことで、破滅への道を用意していたのです。55
次へ行きましょう。「落ちこぼれたちと除け者たちに官位を与えてはならない」。落ちこぼれとは誰かは後で教えるとして(もっとも、誰にも増して疑いなく最低の一人の人間がこの言葉に当てはまることは誰もが認めるでしょう)、除け者たちについて見てみましょう。それはどんな人のことでしょうか。それは本人の欠点のせいではなく社会の欠陥のために当選できなかった人のことではありません。
というのは、こういう事は立派な人たちにもよくあることだからです。除け者とは、法に反して剣闘士の見世物をしたり公然と賄賂をくばったりあらゆる手段を講じたのに、他人の票だけでなく親族も隣人も同族の票も都会の票も田舎の票も得られず落選した人のことなのです。
そんな人を官職に就けてはいけないと警告しているのです。占い師の警告は感謝すべきですが、ローマの民衆はそんな警告がなくても自発的にこんな不幸な事態は避けてきたのです。56
「落ちこぼれたちを警戒せよ」。この手のやからは沢山います。ところが、この男こそ彼ら全員のリーダーでありボスなのです。実際、卓越した才能ある劇作家が極め付きの悪徳を持っている悪人を舞台に登場させようとして色んな悪徳を考え出しても、この男は全部すでに持っているし、それ以外にも劇作家が思い付かないような多くの悪徳を隠し持っているのです。
第二十七章
この世に生を受けた私たちは第一に両親と神々と祖国に結び付けられます。私たちはこの世の光と天の息吹によって成長すると同時に、自由な市民権を享受する場所を割り当てられるからです。ところが、あの男は父親の名前も祭儀も記憶も氏族もフォンテイウスの名前のために廃棄してしまったのです。一方、彼は神々の神聖な炎も玉座も祭壇もぶち壊し、深く秘められた炉と、男が見聞きすることを禁じられた秘儀を穢して、償いようのない罪を犯したのです。さらに、彼は多くの火災の被害から我々を守ってくれている女神の神殿に火を放ったのです。57
彼が祖国に何をしたかは言うまでもありません。あの男は第一に、皆さんが祖国の守護者と何度も宣言した一人の市民を暴力の脅しによって町から追い出して、祖国が与える保護を完全に奪ったのです。次に彼は私の言う元老院仲間、彼の言う元老院のリーダー(=ポンペイウス)を打ち倒して、この国の安寧と人々の精神の拠り所である元老院を暴力と殺戮と放火によって覆したのです。
さらに彼は共和国にとって極めて有益な二つの法であるアエリウス法とフフィウス法を廃止しただけでなく、監察官を廃止し、拒否権を廃止し、占いを廃止したのです。そして、犯罪仲間の執政官たちに国庫の富と属州と軍隊を与え、既存の王権を売りに出して別の人間を王にして、ポンペイウス氏を武力で家に押し込め、将軍たちの記念碑を覆し、政敵の家を壊し、皆さんの記念碑に自分の名を刻んだのです。彼が祖国に対して犯した悪事の数には限りがありません。さらに、彼は人々を殺し同盟国を略奪し将軍たちを裏切り軍隊を台無しにするという悪事を犯したのです。58
さらに、彼は自分自身と自分の身内にさえもあらゆる悪事を犯したのです。彼は自分の体のどの部分も容赦しませんでした。敵の陣営にそれほど容赦ない扱いをした人がいるでしょうか。若い盛りの彼はどんな渡し船よりも多くの人に利用されたのです。
彼が自分の妹に溺れたほどに娼婦に溺れた道楽者がいるでしょうか。あの男がビザンチンとブロギタロスの戦利品を奪い取ったほどに貪欲な大食らいの怪物カリュブディスを作り出せた作家がいるでしょうか。あるいは、演壇の戦利品を食い尽くしたあの男の犬たち、皆さんもご存知のゲッリスとクロエリウスとティトゥスほどに、ずば抜けて腹を空かせたスキュラの犬たちを作り出せた作家がいるでしょうか。59
そして、占い師たちの回答の最後の言葉にあるように、皆さんは「この共和制という政体が変わらないよう」に用心しなければなりません。しかし、既に弱体化したこの国をたとえ私たちが八方手を尽くして支えたとしても、私たち全員の肩の上に乗っているこの国を崩壊から守るのは容易なことではないでしょう。
第二十八章
かつてはこの国も強固で頑健だったので、元老院の怠慢にも市民たちの暴力にも耐えられました。しかし、今はそんな力はありません。国庫は空になり、徴税請負人は仕事をなくし、指導者たちの権威は地に落ち、階級間の団結は引き裂かれ、法廷は消滅して、投票権は少数の手に握られています。閥族派の人たちはもはや元老院のために馳せ参じることはないでしょうし、祖国を守るために悪意に立ち向かう市民はもはや見当たらないでしょう。60
したがって、この政治体制を現状のまま維持するだけでも、私たちは仲良く調和する以外にはないのです。というのは、あの男が無罪放免となった以上はこの状況の改善は望むべくもありませんが、もし現状を維持できなければ、この国は破滅か隷属の奈落の底に落ちるしかないからです。人間の知恵は既に地に落ちていると見た天の神々は私たちにそんな事態に追い込まれないようにと警告しているのです。
元老院議員の皆さん、私はこんな重苦しくて聞きづらい話をすべきではなかったのかもしれません。それはこれほどの名誉と多くの高い地位をローマの民衆から授けられた私には、この役割を引き受ける義務も能力もなかったからではありません。むしろ、私は自分の義務と能力を差し置いて、他の人たちと一緒に黙っていることも出来たでしょう。しかしながら この演説は私の考えを述べたものではなく、この国の宗教界の意見を述べたものなのです。大部分の言葉は私のものですが、意見は全て占い師たちのものなのです。もし報告された前兆について彼らの意見を求めるのが良いことなら、私たちは彼らの回答を重視すべきなのです。61
もし私たちが些細な日常茶飯事にも不安を抱くのなら、神々の言葉には誰の心も大きく揺り動かされるはずでしょう。空から降りてきた神が人々の集まりに加わったり地上を歩き回ったりして人々と話をするのを皆さんは芝居の世界でよく見るでしょう。それが現実の世界でも起きると思って欲しいとは私も言いません。そうではなくて、ラテン人が報告した音の種類をよく考えて欲しいのです。そして、これは皆さんには諮問されていませんが、ほぼ同時にポテンティアのピケヌム地方で多くの恐ろしい出来事を伴う恐ろしい地震が起きたという知らせがあることを思い出して欲しいのです。そうすれば必ずや皆さんもまた、私がこの国に差し迫っていると予想する事態の恐しさが分かって頂けるでしょう。62
この世の海と大地がこれまでにない動きでどよめいて、これまでにない信じがたい音を立てて、何かを告げているのです。私たちはこれを神の声、神の言葉と見なすべきです。そして、占い師の忠告に従って償いの祈りを捧げるべきなのです。しかしながら、私たちに救いの道を自ら示してくれる神々に祈りを捧げるのはすぐに出来ることでしょう。一方、互いの憎しみと仲違いを無くすのは、私たちが自らしなければならないことなのです。63
Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2015.2.25