キケロ『友人宛書簡集』(1~20)



対訳版

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Epistulae ad Familiares
M. TULLI CICERONIS


キケロ『友人宛書簡集』(一から二〇まで)(前62~54年)





一(5.I.)

キケロの書簡集にはキケロに届いた手紙も含まれている。これは赴任先にいるキケロの友人が内ガリアからキケロに出した手紙。ローマで自分と自分の弟がキケロによってひどい目に会っていると訴える。

内ガリア、前62年(キケロが執政官だった年の翌年)1月12日頃

執政官格総督クィントゥス・メテッルス・ケレル(クィントゥスの息子)よりマルクス・トゥリウス・キケロへ

 貴殿におかれましては、さぞかしご健勝のこととお喜び申し上げます。ところで、私たちの相互の親交を思い、友誼の回復を思いますときに、わが輩がローマを留守にしている間に貴殿から笑い者にされ、言葉の行き違いから我が弟メテッルス(ネポス)の身柄と財産が貴殿の攻撃にさらされることになるとは思いも寄らぬことでありました。
 
 仮にもわが弟が自らの高潔な人格を以てしてその身を守れなかったとしても、わが家の名誉ある家名と貴殿ら並びにこの国に対するわが輩の献身が彼の身を守るに力あってしかるべきだったのであります。
 
 しかるに、今や彼は退路をふさがれ、わが輩は窮地に立たされているのであります。しかもそれはありうべからざる人々のしたことなのであります(F1の1)。
 
 そこでわが輩は属州と軍隊を預かる身であり、戦争を遂行している身でありながらも、喪服をまとっているのであります。
 
 貴殿らのこの理不尽な仕打ちは、我らの父祖たちの寛大な精神にも反したことであり、貴殿らがいつの日かこの事を悔ゆることになったとしても驚くべきことではありますまい。
 
 貴殿のわが輩とわが一族に対するお気持ちがかくも移ろいやすいものであるとは思いもよらぬことでありました。わが輩は身内にこのような不幸があろうと、誰に冷遇されることがあろうと、これからも共和国に忠誠を尽くして参る所存であります(F1の2)。




二(5.II.)


これは友人から「君のせいで弟がひどい目に会った。友達だと思ってたのに」という手紙に「ひどい事をしたのは実は君の弟の方なんだ。僕は腹がたって反撃しただけだよ。でも君の弟だから寛大にすませた。こんな事で僕たちの友情は不変だよ。少なくとも僕の側は」という友情溢れる返信。

この手紙の最後をキケロは「君の弟に対する憎しみのために僕たちの友情が損なわれるくらいなら、僕は君に対する友情のために彼に対する憎しみを捨ててもいいよ」と、ぐっとくる決め台詞で締めくくっている。


ローマ、62年1月中旬

マルクス・トゥリウス・キケロから執政官格総督クィントゥス・メテッルス・ケレル(クィントゥスの息子)へ

 
 君と君の軍隊が無事であることを喜んでいます。ところで、君は「私たちの相互の親交を思い、友誼の回復を思いますときに、わが輩が貴殿から笑い者にされるとは思いも寄らぬことでありました。」と書いて来ていますね。
 
 それがどういう事なのか僕には分かりませんが、多分この国が(=カティリナの陰謀から)僕の手によって救われたことを面白く思わない連中が沢山いることを僕が元老院で問題にした時のことだと思います。その時僕が「メテッルス君は身内の言いなりになって元老院ですることにしていた僕への称賛演説をやらずに済ましてしまったのです」と言ったことが君に伝わったのでしょう。
 
 実はそれに続けて僕はこう言ったのです。「僕は共和国の安全を守る仕事をメテッルス君と分担して、僕はローマに残って国内の陰謀と内部の悪の手から町を守り、メテッルス君には内ガリアの総督としてイタリアを外部の軍隊と隠れた陰謀から守ってもらうことにしたのです」。
 
 「ところが名誉あるこの重要な任務を担う僕たちの協力関係にメテッルス君の身内から横槍が入った(=キケロへの賛辞をやめさせた)のです。メテッルスが僕から名誉ある心のこもった言葉で賞賛されるのを見た彼の身内は、メテッルス君が僕に対して好意のお返しをすることを危惧したのです」と。(F2の1)。
 
 その話の中で、「僕はメテッルス君の演説を待ち望んでいたが、僕はひどい勘違いをしていたようです」と言ったのです。これで僕の話は少々滑稽味を帯びたのか、少なからず失笑を買ってしまいました。

 それは君に対する笑いではなくて、僕の勘違いに対する笑いでした。なぜなら、僕が君から誉められることを熱望していたことを率直に認めてしまったからなのです。
 
 僕がこう言ったからといっても君を馬鹿にしていることにはならないと思いますが、僕は輝かしい名声を手にしながらも君の口から何かはっきりとした言葉を聞きたかったのです。
(F2の2)。

 ところで、君は僕たちの相互の親交と書いています。互いに親しみを持つということを君がどう思っているかは分かりませんが、僕はお互いに好意を受けたり返したりすることだと思うのです。

 もし僕が君のために属州を手放したと言ったら、君は僕のことを嘘つきだと言うでしょう。なぜなら、僕はその方が都合がいいからそうしただけですから。実際、そのお蔭で僕は日々益々大きな楽しみと利益を手にしているのです。

 ただ僕が言いたいのはこういう事なのです。僕は集会で属州を手放すと言ったあと、すぐに僕は属州をどうやって君に手渡せばいいか検討にとりかかったのです。君たちのくじ引きのことは僕は何も言いません。ただその事で僕の同僚(=アントニウス・ヒュブリダ)が何をしたにしてもそれは僕の了解事項だという事を君には察してもらいたいのです。
 
 その後のことも君には思い出してもらいたいのです。あの日くじ引きが終わると僕はすぐに元老院を招集して、君のために長々と演説をしました。その時君は僕の演説を聞いて、あれは自分には誇らしいものだが同僚にとっては恥辱だとわざわざ言いに来ましたね(F2の3)。
 
 さらに、その日に出された元老院決議(63年10月)の序文がまだ君の手元にあるなら、それを見ても僕の君への心尽くしは明らかになるでしょう。またさらに、君が出発したあとで、僕が元老院で君のために討論をし、集会で君のために話をし、君に何本も手紙を書いたことも思い出して欲しいのです。君にはこれらを全部考え合わせてから、最近君がローマに帰って来た時にしたことは、この全てに対するお返しとして見合うものだったかどうか判断して欲しいのです(F2の4)。
 
 また君は僕たちの友誼の回復と書いていますが、損なわれたことのないものをどうして回復と君が言うのかも僕には分かりません(F2の5)。
 
 また君は弟のメテッルス君が言葉の行き違いから僕から攻撃されたのをけしからぬことだと書いています。しかし、僕は君のその気持ちはとても大切だし、兄弟としての人間味と家族愛に溢れたものだと思っているということは分かって欲しいのです。
 
 さらに、もし僕が何かで共和国のために君の弟と対立したのなら、僕のことを大目に見て欲しいのです。僕はこの国を愛することにかけては誰にも負けないのですから。
 
 しかし、僕が君の弟の冷酷な攻撃からわが身を守ろうとしたのだとすれば、君の弟の不埒な行動について僕が君に愚痴をこぼさないでいることで君は満足して欲しいのです。 彼が僕を破滅させようと護民官の地位を使って様々な企みをしていることをつかんだ時、僕は君の奥方のクラウディア(=クローディウスの妹)さんと君たちの姉上のムキア(=ポンペイウスの妻)さんに、そんな酷いことはやめるように言ってくれないかと頼んだのです。僕とポンペイウス氏との友情のおかげでムキアさんには何かと良くしてもらっていましたからね(F2の6)。
 
 おまけに、君も聞いているとは思いますが、彼は12月末日に、執政官として共和国を救ったこの僕を、政務官だったどんな悪辣な市民も味わったことのないような酷い目に会わせたのです。彼は僕が退任演説を出来ないようにしてしまったのです。
 
 ただ、この災いも僕の面目を施す材料でしかなかったのです。彼は僕に宣誓すること以外のことは許さなかったので、僕は大きな声で実に公正で立派な宣誓をしてやりまた。すると民衆も同じく大きな声でキケロは真実の宣誓をしたと誓ったのです(F2の7)。
 
 僕はこんな酷い目に遭ったけれど、その日に共通の友人をメテッルス君のもとに遣って、そんな考えをやめるように言ってもらったのです。でも、彼は事はもう自分の自由にはならないと答えたのです。
 
 というのは、少し前に集会で、弁明の機会を与えずに人を罰した者には発言の機会を与えるべきではないと言ってしまったと言うのです。彼は実にあっぱれなすごい男です。
 
 ローマに火を点けて政務官と元老院を皆殺しにして大きな戦争を起こそうとした者たちに対して閥族派全員が元老院決議によって罰を課しましたが、彼はそれと同じ罰を、元老院を殺戮から救いローマを放火から救いイタリアを戦争から救った人間に課すべきだと宣言したのですよ。
 
 そこで僕は君の弟のメテッルス君と対決することになったのです。つまり元日に僕は元老院で共和国のあり方について彼と討論したのです。そして彼は僕という不屈の闘士と戦わねばならないことを思い知ったというわけなのです。
 
 1月3日に行った演説では、彼は話を始めると二言目には僕の名前を出して脅しつけて来ました。そして裁判ではなく暴力を使って何としても僕を破滅させる決心であるところを見せたのです。
 
 もし彼の乱暴なやり方に僕が勇敢に立ち向かわなかったら、執政官時代の僕の果断さは僕の意図したことではなく時の勢いでしかなかった思われかねなかったでしょう(F2の8)。
 
 メテッルス君が僕に対してこんな事を考えているのを君が知らなかったのなら、君の弟は重要なことを君に隠していたと考えるべきでしょう。しかし、彼が自分の考えを少しでも君に打ち明けていたのなら、この件で君に一言も愚痴をこぼさなかった僕の好意と温厚さを君は評価してくれなくてはいけません。

 それに、君が書いているように僕はメテッルス君と言葉の行き違いから怒ったのではなくて、彼の敵意あふれる企てに腹を立てたのです。その事を君が分かったら、君は僕の寛大さを認めてくれなくてはいけません。僕は彼のひどい扱いに対して仕返しもせずに大人しくしていたのですから。
 
 元老院で僕からは君の弟を糾弾するような意見は一言も言わなかったし、いくら動議が出されても僕は立ち上がりもせず、一番寛大だと思える意見に賛同しただけなのです。
 
 さらに言えば、僕にはそんな義理はなかったけれど、君の弟であるお陰で僕の敵が元老院決議によって救われることに僕は反対しなかったし、むしろ、僕はその手助けをしたのです(F2の9)。
 
 だから、僕は君の弟に反撃しただけで自分の方からは攻撃していないのです。また君に対する僕の気持ちは君が書いているように移ろいやすいものではなくて不変なのです。僕は君から親切にされなくなっても、君に対する僕の気持ちが変わることはないと思っています。
 
 今回も殆ど僕に対する脅迫とも言える君の手紙に対して、僕はこんな返事を書いているのです。僕は君の腹立ちを大目に見るどころか最大の賛辞を呈しているのです。それは、兄弟愛がいかに強いものかは僕もよく知っているからです。
 
 だから、僕も君には僕の腹立ちを公平に見て欲しいのです。そして、もし僕が訳もなく君の身内からひどい攻撃を受けた時に、僕が譲歩すべきだったとは考えないで欲しいのです。それどころか、そんな時には君が自分の軍隊を使ってでも僕を助けてやるべきだったと思って欲しいのです。
 
 僕は君にいつまでも僕の友達でいて欲しいと思ってきたし、僕が君の親友であることを君に分かってもらえるように努めて来ました。今もこの気持ちに変わりはないし、君さえ良ければ永遠に変わらないつもりです。
 
 それに、君の弟に対する憎しみのために僕たちの友情を失うくらいなら、僕は君への友情のために彼に対する憎しみを捨ててもいいくらいなのです(F2の10)。





三(5.VII.)

これはローマのキケロから東方のポンペイウスへ。カティリナ陰謀の翌年に出した手紙。「私はあなたと親しくなりたい」という気持ちが全面に出たファンレターのような手紙で、その中に私がカティリナの陰謀を阻止したことを少しぐらい誉めてくれてもいいのにと率直に書いて相手の懐に飛び込んで行く様子は読んでいて楽しい。

また、最後に小スキピオとラエリウス(キケロの友情論の主役の二人)みたいな友達になりましょうと締めくくるあたりは、茶目っ気たっぶりの手紙といえる。「あなたは小スキピオより上手を行く人だし、私もラエリウスには負けていませんから、政治の場だけでなくプライベートでも仲良くやりましょう」と。


ローマ、62年4月

マルクス・トゥリウス・キケロ(マルクスの息子)より凱旋将軍グナエウス・ポンペイウス(グナエウスの息子)へ

 貴殿とその軍隊におかれましては、さぞかし恙無きこととお喜び申し上げます。わが輩も恙無く過ごしております。
 
 貴殿がわが国に送られた報告書から、わが輩は国民共々に非常に大きな喜びを享受いたしました。わが輩はかねがね貴殿のほかには平和の希望を託せる人間はいないと国民に公言して参りましたが、その通りに貴殿はわが国に明るい未来を示されたのであります。
 
 その一方で、次の事はご承知置き下さい。それは、貴殿の昔の敵でいまは味方になっている人達にとって、この報告は大打撃となったこと、彼らが大きな野望をくじかれて落胆していることであります(F3の1)。
 
 わが輩に下さった手紙は、そこで示されたわが輩への親愛の情こそわずかであったにも関わらず、私にとって大きな喜びだったことはお知り置き下さい。なぜなら、わが輩が何にも増して常に喜びとしているのは、人のために尽くしたという自覚であって、時にわが輩の好意が報われないことがあっても、自分が相手よりも多く尽くしていることにわが輩はまったく頓着しないからであります。
 
 わが輩が貴殿に大きな親しみを感じているだけでは、貴殿とわが輩を結び付けるよすがとはならないとしても、この国に対する思いがいつの日か私達を固く結び付けることでありましょう(F3の2)。
 
 ただ貴殿のお手紙でわが輩が一つ残念に思ったことがあります。そのことに貴殿が気付かないまま放置するのは、わが輩の性格と私達の友情にとって相応しいことではないと思われますので、ここで率直に書かせて頂きましょう。
 
 わが輩は最近ある手柄を立てました(=カティリナの陰謀の阻止)。この国のためにも私達の友情のためにも、わが輩はその事に対する何らかの祝福の言葉が貴殿の手紙の中に見つけられるものと期待しておりました。貴殿がそれを省略されたのは、ある人物の機嫌を損ねることを慮っての事と存じます。
 
 しかしながら、わが輩が祖国を救うために取った行動に対して、世界中の人達からはっきりと支持する言葉が届いていることを、忘れないで頂きたいのです。
 
 貴殿がご帰還の折りに、わが輩があの時いかなる熟慮と大度をもって行動したかをお分かりになれば、わが輩を政治の場での協力だけでなく個人的な友情にも値する人間であるとお認めになるはずなのです。貴殿が小スキピオも脱帽する人物であるなら、わが輩もラエリウスに決して引けを取らぬ男なのですから(F3の3、)。





四(5.VI.)

これはキケロが赴任先にいる目下のセスティウスに出した手紙。親しい仲間に対する手紙らしく、自分のカティリナ陰謀退治をネタにして「借金を踏み倒そうとした陰謀団を退治したせいか、私は金貸し屋に評判がいいんだよ」と軽口を叩いてみせるユーモア溢れる手紙。

ローマ、62年12月中旬あるいは下旬

マルクス・キケロより前財務官格総督補佐プブリウス・セスティウス(ルキウスの息子)へ


 秘書のデキウスが僕のところに来て、この時期に君の後任が決まらないように僕に力を貸して欲しいと言ってきた。

 あの男が正直で君に忠実な人間だと思ってはいたが、僕にはにわかには信じられなかったよ。以前に君がどんな手紙を送って来たか覚えているのに、頭のいい男が来て君の気持ちがここまで大きく変わったと言うんだから。

 だけど、君の妻のコルネリアが僕の妻に会いに来て、僕がクイントゥス・コルネリウス(=セスティウスの解放奴隷)と話をして真意を確かめると、それからは元老院が開かれる度に出席するように気をつけて、そこで多くの交渉を重ねた。

 そして君が手紙を送っていたクイントゥス・フフィウスなどの護民官たちに、君の手紙ではなく僕の言うことを信じるように頼んだんだ。それでこの件の決定はおおむね全部来月まで先送りになったが、目的は容易く達成できたよ(F4の1)。

 君は以前の手紙で、僕がクラッススの家を買うことがうまく行くようにと願ってくれたね。
 
 僕はあの言葉に励まされて、その後しばらくしてあの家を買ってしまったよ。350万セステルティウスだった。というわけで僕はいま借金だらけだ(★)。仲間に入れてくれる人がいたら、陰謀団に入りたいくらいだよ。

★この年弁護した独裁者の従兄弟のプブリウス・スラと同僚執政官のアントニウスから借りたらしい。
 
 けれど、やつらは僕を嫌って仲間に入れてくれない。陰謀の破壊者にあからさまな敵意を見せてくるんだ。一方では、僕が罠を仕掛けているのではと疑いの目の向けて来る者もいる。高利貸しを踏み倒しの危機から救ってやった私が金に困っているはずがないと思っているのだ。
 
 確かに年利6分なら貸し手はいくらでもいるし、例の手柄のお蔭で僕は安全な借り手という評判は得ている(F4の2)。

 君の屋敷も建物も全部見せてもらった。とても素晴らしかったよ。
 
 アントニウスの僕に対する不義理は誰もが指摘することだが、僕は彼のために元老院で熱のこもった丁寧な弁明をしてやった。元老院も僕の威厳のある演説にいたく感銘していたよ(★)。

 君にはもっと頻繁に便りをして欲しい(F4の3)。

★マケドニア総督アントニウスの更迭話がローマでもちあがっていた。






五(5.V.)

これはキケロが赴任地にいる元同僚執政官アントニウスの忘恩をなじる怒りの手紙。こんな調子なら私は馬鹿を見るだけだから、いまあなたの身に危機が迫っているとしても、助けてやらないぞ。分かったか、分かったならこの手紙を持って行く僕の友人アッティクスを助けてやることだという内容。

それでも相手に対する友情が感じられる手紙になっている。怒ってはいるがどこかで許しているのである。

ローマ、前62年12月23日

マルクス・キケロより赴任地のガイウス・アントニウス(ヒュブリダ)へ

 僕は君には推薦状は送るが(それは僕の推薦状を君が重視してくれるからではない。僕たちの仲が以前ほど親密でないことを依頼者に見せたくないからだ)それ以外の手紙は出さないことにしていた。
 
 だが、アッティクス君が君の所へ出発するに当たって僕は何か書いてやるべきだと思った。そうしないと何よりもアッティクス君に対する義理が立たないからだ。彼は君に対する僕の熱い友情を誰よりもよく知っているし、君の支援者であるだけでなく、僕の一番の親友だからね(F5の1)。
 
 僕がもし君に最高の便宜を図るように要求したとしても、誰も驚かないと思う。僕は君の利益と君の名誉と君の出世に役立つことは全部してきたからだよ。
 
 それに対して君が何のお返しもしていないことは君が一番よく知っていることだ。むしろ君は恩を仇で返しているという声を多くの人から耳にしている。
 
 もっとも、僕は「耳にした」とは言っても「掴んでいる」とはあえて言わないよ。君は僕がこの言葉を(=カティリナ陰謀の時に)使ったと常々揶揄していると評判だがそれは違うよ。
 
 アッティクス君から僕のところに来ている話(=アントニウス更迭の話)については僕の手紙ではなく彼からじかに聞いて欲しい。彼も心配していたよ。僕が君に特別の友情を感じていたことは、元老院とローマの民衆がよく知っていることだ。
 
 君が僕の友情を有り難く思うかどうかは君の自由だが、君が僕にどれだけ借りがあるかは世間が決めることなんだよ(F5の2)。
 
 以前に僕が君のためにしたことは僕の好意から出たことだ。その後のことは僕の変わらぬ一貫性の賜物だよ。だがこれからも同じようにするためには、君に対する前以上の熱意と義理堅さと労力が必要になることは知っておいてもらいたい。
 
 もし苦労が無駄にならないと思えるなら、僕も全力を尽くして頑張るよ。でも骨折り損だと分かったら、君のために馬鹿な役回りを演じるはもうご免だ。
 
 僕が何の事を言っているかはアッティクス君に聞けば分かる。それから、アッティクス君のことをよろしくお願いする。君が彼のためになってくれると信じてはいるが、あえてお願する。

 君に僕に対する親愛の情が少しでも残っているなら、それをアッティクス君のために見せて欲しい。僕にとってそれ以上に有難いことはないのだから(F5の3)。







六(14.IV.)

ここからの4通は亡命という苦境に陥ったキケロが亡命先からローマにいる妻のもとに送った泣き言に満ちた手紙。ペトラルカがこれを読んでいたら哲学者キケロに相応しくないと思うような内容。とは言え、ローマに置いて来た家族に対する愛情あふれる手紙でもある。

ブルンディシウム(=イタリア南端)、前58年4月29日

トゥッリウス(キケロ)からテレンティアと子供たちトゥッリアとキケロへ

 僕はあまり君に手紙を出さないようにしているんだ。いまの僕はいつだって辛いけど、君に手紙を書いたり君からの手紙を読んでいる時は、涙に襲われて耐えられなくなるからなんだ。
 
 ああ、僕はあんなに生きることに執着しなければよかったんだ。そうすればきっとこんなに辛い目を見ることもなかった。でも運命の女神がいつか幸せな日々を取り戻す希望を残してくれているなら、僕が生きているのは間違ってはいない。
 
 でも、もしこの不幸がずっと続くのなら、愛する人よ、君に出来るだけ早く会いたい。そして君の腕の中で死んでしまいたい。君が敬虔な崇拝を捧げてきた神々も、僕がいつも身を粉にして尽くしてきた人たちも、僕たちには何も報いてはくれなかったのだから(F6の1)。
 
 僕はブルンディシウムのマルクス・ラエニウス・フラックス君のところに来て13日になる。彼は立派な人だよ。僕を助けるために自分の財産と自分の権利に対する危険を顧みることもしないんだよ。
 
 彼はあのインチキな法律が定めた罰も物ともせず、もてなしと友情の権利と義務を果たしてくれたんだよ。いつか彼にお返しの出来る日が来るといいんだが。彼に対する感謝の気持ちはいつまでも忘れないよ(F6の2)。
 
 4月29日にブルンディシウムを立って、マケドニアのキュジコス(=トロイの東)に向かう。
 
 ああ、僕は何て不幸なんだ、何て悲しいんだ。僕はどうしたらいいんだろう。君に来てくれと言うべきだろうか。女の身でしかも身も心も疲れ果てた病身の君に。そんなことは許されないだろうか。僕は君なしでいるべきだろうか。
 
 僕はこうすればいいと思っている。もし僕に帰る望みがあるなら、君はそれを確認にして運動の手助けをして欲しい。だが僕の心配通りに決着しているなら、君にはどんなことをしても僕のところに来て欲しい。
 
 これだけは確かなんだ。もし君が僕のところに来てくれたら、僕は全てがダメになったと思わなくて済むんだよ。
 
 でも、僕のトゥリアはどうなるんだろう。今は君が見てやってくれ。僕にはいい考えが浮かばない。でも、事態がどうなろうと、可哀想なあの子の結婚生活と世間体は第一に考えてやらないといけない。
 
 それから、僕のキケロ(=せがれ)はどうなるんだ。とにかく、あの子は君の手元からけっして離してはいけないよ。悲しくて僕はもうこれ以上書き続けることができない(F6の3)。
 
 君がどうやって暮らしているか僕は知らないんだよ。いくらかでも手元に持っているのかい。ひょっとして身ぐるみ剥がされてしまったのかと心配だ。

 ピソー君(=トゥリアの夫)は君が書いているように、僕たちを裏切ることはないと思う。

 召使いに暇を出すことで君が悩むことはない。第一その事は君の召使いとは話がついている。君がそれぞれに相応しいことをしてやればいいんだよ。ただオルフェウスは今までよく働いてくれた。あれだけは特別だ。ほかの召使いについては次の通りにしよう。
 
 うちの資産がもう無いのなら、自由な身分の召使いとしてうちに残れるなら残してやろう。うちにまだ資産があるのなら、一部を除いて元の身分のままうちに置いてやればいい。だがこんな事は些細なことだ(F6の4)。
 
 君は僕に心を大きく持って復帰の希望を捨てるないようにと励ましてくれるけど、僕はその希望がむなしい物でないことを願うばかりだよ。
 
 情けないことだが、僕はいつになったら君の手紙を受け取れるんだろうか。誰が届けてくれるんだろうか。船乗りが許してくれたらブルンディシウムで待っていたんだが、奴らは航海日和を逃したくないと言うんだよ(F6の5)。
 
 僕のテレンティア、君はこれからも出来るだけ心を強くもって頑張って欲しい。

 僕たちはいい人生を送った。華やかなこともあった。僕は悪いことをして不幸になったのではないんだ。良いことをして不幸になったんだよ。
 
 僕は何も間違ったことはしていない。僕の間違いはただ一つ、地位も名誉も失ったのに生き長らえていることだけだ。でも、もし僕が生きている事を子供たちが喜んでくれるなら、この先どんな辛いことがあっても耐えて行くつもりだ。
 
 でもこの僕ときたら、君に頑張れと言いながら自分は頑張れないでいるんだよ。

 クローディウス・フィレタエルスは真面目な男だが眼病を患ったので送り返すよ。サルスティウスは仕事の熱心さでは誰にも引けを取らない。
 
 サルスティウスは仕事の熱心さでは誰にも引けを取らない。ペスケニウスはとても良い奴なのでいつまでも君の忠実な僕でいてくれると思う。シッカはずっと僕と一緒にいてくれると言っていたのにブルンディシウムで帰ったよ。
 
 君は健康にはくれぐれも気を付けて欲しい。僕には自分の不幸より君の不幸の方がずっと辛いことを分かって欲しい。

 僕のテレンティアよ、頼りになる最高の妻よ、僕の最愛の娘よ、僕たちに残された希望のせがれキケロよ、みんな、さようなら

  ブルンディシウムにて、4月29日(F6の6)。
 






七(14.II.)

テッサロニケ、前58年10月5日

トゥッリウス(キケロ)よりテレンティアと子供たちへ(半年ぶりの手紙)


 誰かがもっと僕に手紙をくれて返事を書かなきゃと思わせてくれないと、僕は誰にも手紙を書く気にならないことを分かって欲しい。

 だって僕には手紙に書くようなことはないし、今の僕には手紙を書くほど辛いことはないんだから。僕が君とトゥリアへの手紙を書こうとすると、泣けてきて書けなくなるんだよ。
 
 だって、僕は君たちが不幸なことを知っているんだよ。僕は君たちの幸せをいつも願って来たし、君たちを幸せにする責務が僕にあったのに、意気地が無かったせいで出来なかったんだから(F7の1)。
 
 僕は我らのピソー君(婿)に当然のことながら大きな親愛の情を抱いている。出来るかぎり彼を手紙で励ましたし、しかるべき礼も言ったよ。君が新任の護民官に期待する気持ちはよく分かる。ポンペイウス氏が好意的ならそれも確かなことだが、僕はクラッススのことが心配なんだ。
 
 君が気丈さと優しさをもってすべてをこなしているのを僕は知っている。それは不思議なことではないけれど、僕の苦労を和らげるために君がこんなに苦労しているこの運命が悲しいよ。
 
 君がウェスタの神殿からウァレリウスの絵の所(=護民官の詰所)に連れて行かれた様子を親切なプブリウス・ウァレリウスが手紙で教えてくれたが、僕は読みながら大泣きしたんだ。
 
 ああ、僕のテレンティアよ、僕の光、僕の望みよ、いつもみんなから慕われてきた人よ、君がこんなひどい目に逢って塗炭の苦しみに涙しているなんて。それもこれも僕のせいなんだ。僕は他人を救ったあげくにこの身を滅ぼしてしまったんだ(F7の2)。
 
 君は家と土地について書いているけど、家が元通りにならない限り僕はローマに帰った気はしないと思う。でも、今の僕たちにはそれは何とも出来ない。それより僕が辛いのは身ぐるみ剥がれた君が家計の出費を分担していることなんだ。
 
 でもこれが終わったら何もかも取り戻すことが出来る。しかし、もしこの運命が変わることなく僕たちを苦しめ続けるとしたら、君は残された君の物をすべて投げ打ってしまうつもりなのだろうか。
 
 ねえ、出費に関しては援助の申し出があれば断ることはないんだよ。そして、君にもし僕への愛があるなら、君はか弱い体をこれ以上痛めつけないで欲しい。だって昼も夜も僕の目の前には君の姿が浮かんで来るんだ。あらゆる苦労を一人で背負い込んでいる姿が僕には見えるんだよ。
 
 僕は君の体がどこまでもつか心配なんだ。でも、全てが君の肩にかかっているのを僕は知っている。だから、君の願いと君の努力が日の目を見るために、健康にはくれぐれも気を付けて欲しい(F7の3)。
 
 僕は自分に手紙をくれる人か、君たちの手紙の中に書いてある人以外、誰に手紙を書いたらいいか分からないんだ。君たちが言うから僕はもうこれ以上遠くへは行かないことにするよ。
 
 ただ、君たちは出来るだけ沢山手紙を出して欲しい。とくに僕たちの希望に光が見えてきた時には。

 さようなら、僕の望みよ、さようなら。

   10月5日、テッサロニケにて(F7の4)。
 





八(14.I.)

テッサロニケ、前58年11月中旬、およびデュラキウム、11月25日

トゥッリウス(キケロ)よりテレンティアと娘トゥリオラと息子キケロへ


 君はとてつもない勇気とたくましさの持ち主で、心身共にへこたれないで頑張っていると、沢山の人が手紙に書いて来ているし、みんなが言っているよ。
 
 ああ情けない。そんな勇気と誠実さと優しさにあふれた君が僕のせいでこんなに苦労しているなんて。パパと会うのをあんなに楽しみにしていた僕たちのトゥリアが、そのパパのせいでこんな辛い目に会っているなんて。
 
 僕のキケロ(息子)のことはどう言ったらいいんだ。あの子ときたら、やっと物心がついて来たばかりなのに、辛い悲しみと不幸を味わっているんだから。君が言うように、これが全部運命のなせるわざだと思えたら、僕ももう少しは気が楽だろう。でもこれは全部僕のせいなんだよ。
 
 僕は自分を妬んでいる人たちに慕われていると思っていたんだ。そのくせ、僕を慕っている人たちの言うことに僕は耳を貸さなかった(F8の1)。
 
 自分の知性を信じて、愚かな友達や不実な友達の話をあんなに真に受けていなかったら、僕はもっとましな人生を送っていたはずなんだ。でも今こうなった以上は、友人たちが希望を持てと言ってくれるから、病気になって君の努力を無駄にしないように頑張るよ。
 
 君の苦労の大変さは僕もよく分かっている。ローマに戻ることに比べたら、ローマに留まることがどれほど容易いことだったか、よく分かっているよ。
 
 それでも、もし護民官が全員僕の味方についてくれたら、もしレントゥルス君が予想通りの働きをしてくれたら、もしポンペイウス氏とカエサルが味方についてくれたら、望みはなきにしもあらずなんだ(F8の2)。
 
 召使いの扱いについては君が友人たちに勧められたと言う方法に従うことにしよう。僕がいる地方では伝染病はもうおさまった。流行している時も僕は罹らなかったよ。プランキウスはとても親切な男で自分の家にいるように言って、これまで僕をここに引き留めてくれている。
 
 僕としてはエピルスのもっと人気(ひとけ)のない場所に移りたかったんだ。ピソーとその軍隊が来ない所にね。だがこれまではプランキウスが引き留めてくれるのでここにいる。彼は僕と一緒にイタリアに帰ることを望んでいるんだ。
 
 もしそんな日が来て、もし僕が君たちの腕の中に帰り着いたら、そしてもし僕が君たちと僕自身を取り戻したら、僕たちの互いの愛情は充分報われたと思うだろう(F8の3)。
 
 ピソー君(婿)の優しさと高潔さと僕たちに対する大きな愛情は何物にも代え難いものだ。これが彼に幸わせをもたらすといいのだが。少なくともこれが彼に名声をもたらすことは確かだよ。
 
 弟のクイントゥスのことで僕は君を責める積もりはないよ。でも君たちは身内が少なくなっている時だけに、出来るだけ仲良くやって欲しい(F8の4)。
 
 君が名前をあげた人たちには礼状を書いて、君がよろしく言っていることを書き添えた。僕のテレンティア、君は領地を一つ売るつもりだと書いて来ているけど、本当に情けないことだ。ねえ、一体これからどうなるんだろう。
 
 それに、もしこの運命が変わることなく僕たちを苦しめ続けるとしたら、僕たちの可哀想な息子はどうなるんだろう。もうこれ以上は書けないよ。涙が溢れてきて仕方がないんだ。それに君を僕の涙に引き込みたくはない。
 
 ただこれだけは書いておくよ。もし僕の友達が親切にしてくれるなら、これからもお金に困ることはないと思う。でも、もしそうでないなら、君のお金だけでやりくりするのはどだい無理なんだよ。
 
 頼むから可哀想なせがれを一文なしにはしないでくれ。あの子には貧乏せずに済むだけのものを残せてやれば、人並みの勇気と運さえあれば後は何とかなるんだから(F8の5)。
 
 では体に気をつけて。それと、今どうなっているのか、君たちはどうしているのか、使いを出して僕に知らせて欲しい。僕はとにかく待ち遠しくて仕方がないんだよ。トゥリアと僕のせがれによろしく言っておくれ(F8の6)。

 デュラキウムに来ている。ここは自由都市だし僕に親切でイタリアにも近い。でもこの町が人気が多くて嫌になったら、よそへ移って君に手紙を書くことにするよ。

  11月25日、デュラキウムにて(F8の7)。







九(14.III.)

デュラキウム、前58年11月29日

トゥッリウス(キケロ)より妻テレンティアと娘トゥッリアと息子キケロへ


 アリストクリトスから手紙を三通受け取ったけれど、涙でぐちゃぐちゃになってしまったよ。僕のテレンティア、僕は悲しみに暮れている。しかも僕を苦しめるのは僕の不幸よりも君の不幸、君たちの不幸なんだ。
 
 でも、誰よりも不幸な君よりも、僕はもっと不幸なんだよ。なぜなら、この不幸は二人で共に分かち合っているのに、その原因は僕一人のものなんだから。僕は副官の職を引き受けて危機を回避するか、慎重に用意して抵抗するか、それが出来なければ潔く死ぬべきだったんだ(F9の1)。
 
 要するに、これ以上に惨めで恥ずかしくて不名誉なことはなかったんだよ。だから僕は悲しいだけでなく、恥かしくてたまらない。最高の妻と最愛の子供たちに勇気のあるところも用心深いところも見せられなかったのだから。
 
 だって、昼も夜も僕の目の前には体の弱い君が悲しみに暮れている姿が浮かんで来るんだもの。その一方で、僕が帰れる見込みはほとんど見えてこないんだよ。
 
 僕の敵は大勢いるし、ほとんどみんなが僕を妬んでいる。僕を追い出すのは大仕事だったけど、僕を帰らせないでおくのは簡単というわけさ。でも、君たちが希望を捨てない限りは、僕は逃げ出しはしないよ。僕のせいで全てが台無しになったと言われたくないからね(F9の2)。
 
 君は僕の身の安全を気づかってくれるけど、それは今の僕には何の問題もない。だって、僕の政敵たちの望みは僕をこんな惨めな状態で生かしておくことなんだから。でも君の言い付け通りにはするよ。
 
 君が名前をあげた友人たちには礼状を書いて、君がよろしく言っていることも書き添えた。その手紙はデキシッポスに託したよ。

 我らのピソー君の僕たちに対する熱意溢れる働きの素晴らしさは、僕も認めるし、みんなも言っていることだ。ローマに帰った僕が、君と子供たちと一緒にあの婿に会える日が来ることを神々が許し給わんことを。

 いま僕に残された望みは新任の護民官たちに掛かっている。しかも最初の数日間が勝負だ。時が経ってしまうと万事休すなんだ(F9の3)。
 
 だから、君のところへアリストクリトスを急いで送るので、序盤の情勢と全体の見通しを手紙にして欲しい。もちろん僕はデキシッポスを急いで呼び戻したし、弟にも度々使いを寄こすように言ってある。
 
 僕がこの時期にデュラキウムにいるのは事態の動向をいち早く耳にしたいからだ。それにこの町は僕がずっとパトロンをしているので安全なんだよ。もちろん僕の敵が来るという情報が入ったら、エピルスに向かうけれど(F9の4)。

 僕がよければ君もこちらへ来たいと書いてくれているが、その負担の大部分を君がもつことを僕は知っているだけに、君はそちらにいて欲しいんだ。君の努力が実を結んだ時に、僕が君のところに行く方がいい。だがもし・・これ以上書く必要はないね。
 
 君がこれから送ってくる1通目かせいぜい2通目の手紙で僕はどうすべきか決められるだろう。君はただ全てを克明に伝えてくれたらいいんだ。ただし僕がいま必要とするのは単なる手紙じゃなくて事実なんだよ。

 では、君は体にはくれぐれも気をつけて。これまでも今も君が僕にとってかけがえのない存在であることを、心に留めておいて欲しい。

 さようなら、僕のテレンティア。君の顔が目の前に浮かんでくるようだ。涙で力が出ない僕より。さようなら。11月29日(F9の5)。








一〇(5.IV.)

年が変わってキケロの友人レントゥルスが執政官になって帰国の可能性が強まっていた。キケロとは護民官の時に敵対していたメテッルス・ネポス(第一書簡でキケロに手紙を出した人の弟)も、その同僚執政官になってキケロと融和的になってきた。 

そのメテッルスに対して亡命先のデュラキウムからキケロが出した手紙。メテッルスにとっては、キケロを亡命から救うこととキケロの政敵で「君の身内」のクローディウスを救うことは二者択一ではないと説得する微妙な言葉遣いが見所。

デュラキウム、前57年1月中旬

マルクス・キケロより執政官クイントゥス・メテッルスへ

 僕の弟のクイントゥスと親友アッティクスの手紙から、君の同僚(レントゥルス)だけでなく君も僕の力になってくれることになったと僕は大いに期待していたのです。それで僕はすぐに手紙を出して、立場上しかるべく君に礼を言い今後も支援をお願いしたいと書いたのです。
 
 その後君が心変わりをしたらしいという話を、友人の手紙ではなく、こちらへ来た旅人の話で知りましたので、僕は君を手紙で煩わすことは遠慮していました(10の1)。
 
 ところが、僕の弟のクイントゥスが、君が元老院でやった穏やかな演説(=元日の就任演説でキケロへの敵意を捨てると表明した)を書き送って来たので、また僕は君宛てに手紙を書いて見ることにしたのです。そして、君の身内(クローディウス)の残虐行為に加担して僕を攻撃することはやめて、君が納得できるように、君の身内の立場を守ると同時に僕の立場も守ることを是非とも求めたいのです。
 
 それとも、君は私心を克服して、共和国のために僕に対する敵意を捨てたというのに、共和国に反抗する他人の敵意をまだ支援し続けるつもりでしょうか。

 もし君が穏やかな気持ちになって僕を支援してくれたなら、僕は今後何かに付けて君のお役に立つことを約束します。
 
 しかし、もし僕とこの国を押さえつけている暴力によって、元老院と政務官と民衆が僕を助けることがこの先も出来ないようなことになれば、君は後になってみんなを救いたい思った時には、すでに救うべき男はこの世になくて後の祭となっているかもしれません。そういうことのないように君は気をつけたほうがいいでしょう(10の2)。
 






一一(5.III.)

これはカティリナ反乱の首謀者を裁判なしに処刑したキケロを護民官として告発しようとしたメテッルス・ネポスがキケロの味方に変わっていることが分かる手紙である。

内ヒスパニア、前56年後半

メテッルス・ネポスよりマルクス・キケロへ

 あの無作法な男(=クローディウス)が度重なる集会で私に対する暴言を繰り返して私を悩ましていますが、あなたが親切にして下さるお蔭で何とか耐えられます。それに、もともとあんな男の暴言にはたいした力はないので、私はむしろ馬鹿にしているのです(F11の1)
 
 今ではあんな兄弟のことはさっさと忘れてあなたを私の兄弟だと思っています。私はあの男におせっかいをして二度も助けてやりましたが、もうあの男のことは思い出したくもありません。
 
 私自身に関することは、お手紙で皆さんを煩わしたくありませんので、ロリウス君に詳しいことを書き送ってあります。属州統治についての私の希望は彼の方からお話してご高覧に供すべく彼に伝えておきました。
 
 出来ましたらあなたの私へのこれまでのご愛顧をこれからもよろしくお願いします(11の2)。







一二(1.I.)

宛先人のレントゥルスは前57年に執政官としてキケロの亡命からの帰国に尽力した人物。彼はその翌年の前56年に小アジアの属州に総督として赴任している。その頃、前58に王位を失いローマに亡命していたプトレマイオス12世(有名なクレオパトラの父)を復位をさせる問題が持ち上がっていた。当初その任務をレントゥルスに任せることになっていたが、それをポンペイウスに変更するための猛烈な買収工作がプトレマイオスによって行われ、レントゥルスを支援するキケロ側は劣勢に立っていた。この手紙はその情勢報告である。


ローマ、前56年1月13日

マルクス・キケロより執政官格総督プブリウス・レントゥルスへ

 君に対する友情と敬愛に満ちた僕の行動をことごとく見た人なら、僕は君のために充分よくやっていると言ってくれるかもしれないが、僕には決してそうは思えないんだ。

 僕に対する君の貢献はそれほどにも大きいんだよ。君は僕の問題では休みなく働いて目的を達成してくれた。それなのに、僕は君の問題で同じようにしてやれずにいるので、毎日苛立たしい気分だ。
 
 どういう事か説明しよう。王(プトレマイオス12世)の代理のアンモニウスが僕たちに金で公然と戦いを挑んでいるんだ。動いているのは王に金を貸している人たちで、君がいた時と同じだ。王の味方は数は多くはないが、誰もが仕事をポンペイウスに任せようと思っている。
 
 それに対して元老院は宗教界からの批判を受け入れたが、その目的は宗教ではなく王の大盤振る舞いに対する敵意と嫌悪感のためだ(F12の1)。

 僕は繰り返しポンペイウスにスキャンダルは避けるように促しもし頼みもした。今ではもっとはっきりと叱責もし警告もしているんだ。
 
 しかし、彼は僕の頼みや忠告はまったく無用だ言う。実際、彼は日頃の会話でも元老院の公の席でも、君の問題を誰にも出来ないほど熱心に論じて、自分に親切にしてくれる大切な友人だと君のことを最高に持ち上げながら、とうとうと熱弁をふるうんだよ。
 
 君は執政官のマルケッリヌス(レントゥルス)に嫌われているせいだと書いているけど、そんなことはない。この王の件以外ではいつも熱心な君の味方だと言っているし、それは言葉通りに受け取っていい。だけど、これまでもそうだけど宗教のことでは譲れないと言うんだ(12の2)。
 
 今日より前のことは次の通りだ。この手紙は13日の朝に書いている。

 ホルテンシウスと僕とルクルスが提案した決議案は、軍隊を使わないという点では宗教界に譲歩したものになっている。そうしなければ勝てないからだ。

 しかし、君の動議で成立した元老院決議に合わせて、王の復位は共和国に迷惑をかけない限り君に任せるという内容にはなっている。そうすれば、宗教のために軍隊は取り上げられても、元老院は君を担当者のままに出来るからだ。
 
 クラッススの決議案はポンペイウスを含めた3人の使節を送るというものだ。彼は命令権を持つ者から選ぶべきだという考えている。

 ビブルスの決議案は3人の使節を命令権を持たない人間から選ぶというものだ。他の執政官経験者たちはほとんどがその決議案を支持している。

 ただし、執政官経験者の中で、セルウィリウス(前79年執政官)は王の復位そのものに反対だし、ウォルカキウス(前66年執政官)は護民官ルプスが提案したポンペイウスを送る案に賛成で、アフラニウスはウォルカキウスを支持している。

 このことから、ポンペイウスの本心に対する疑念が持ち上がっているんだ。なんと言ってもポンペイウスに近い人たちがウォルカキウスを支持しているからだ。

 それはもう大変な争いになっていて、予断を許さない情勢だ。リボーとヒュプサエウス(=ポンペイウスの部下)は我勝ちにあからさまな運動をしているし、ポンペイウスに近い連中の熱の入れようと言ったらすごいもので、これはポンペイウス本人の意向じゃないかという噂でもちきりだよ。
 
 とはいえ、ポンペイウスに反対の人たちも、ポンペイウスに命令権を与えたという理由で今では君に好意的ではなくなっている(F12の3)。
 
 この問題では僕が君に義理があるということから僕の影響力は元々微々たるものだが、ポンペイウスが望んでいるという疑いが出てからは、誰もがポンペイウスの意向になびこうとしているので、僕個人の力などはもう無きに等しいんだ。
 
 君が出発するかなり前からこの件は裏でこっそり王自身とポンペイウスの身内の者たちによって焚き付けられていて、その後おおっぴらに執政官経験者たちが運動をやり出したので、世間の反感は頂点に達している。
 
 だが、僕が誠実にやっていることはみんなが認めてくれるはずだし、僕の友情はここにいない君もここにいる君の友人たちも認めてくれるはずだ。もし最も誠実であるはずの人たちが約束を守ってくれていたら、僕たちはこんな苦戦をしなくていいはずなんだよ(F12の4)。
 






一三(1.II.)

 
キケロのレントゥルス宛の手紙の主要テーマであるエジプト王プトレマイウス12世復位の仕事は、ポンペイウスに横取りされることを恐れた反三頭政治派が画策した軍事力の使用を禁じる占いのために、キケロの頑張りにも関わらずレントゥルスにも実行不可能になって諦める結果に終わるらしい。
 
その後、前55年にポンペイウスが執政官になると、その仕事をシリアにいる総督のガビニウスが元老院の許可を得ずに実行する。ガビニウスは王からの莫大な賄賂と引き換えに、占いを無視して強大な軍事力を行使して王を復位させる。この詳しい経過はhttp//tco/vHMhDzl

この手紙は一二の続報で、プトレマイオス12世をエジプト王に復位させるのを誰に任せるかについての元老院の討議がキケロたちに有利に運びそうだという報告。古代ローマの元老院の討議のの駆け引きの様子とポンペイウスが自分の野心を隠し通したことが分かる手紙。


ローマ、前56年1月15日

マルクス・キケロより執政官格総督プブリウス・レントゥルスへ
 
 1月13日の元老院は執政官レントゥルス(マルケッリヌス)と護民官カニニウス(ポンペイウスを派遣する法案を提出した)の応酬に一日の大半が費やされたせいで何も決まらずじまいだった。

 その日は僕もかなり発言したよ。特に君が元老院に対して良かれと思ってやっていることを話したら元老たちはおおいに感じ入っていたと思う。
 
 そこで翌日(14日)に早速僕たちの議決案を採決にかけることにしたんだ。僕たちは元老院の好感を取り戻していると思ったからだ。それを僕は演説中にも感じたし元老たち一人一人に呼びかける時も懇願の時も感じたんだ。
 
 それで、最初に採決されるのは、王の復位を3人の使節に委ねるというビブルスの案、二番目が、軍隊を使わずに君に委ねるというホルテンシウスの案、三番目がポンペイウスに委ねるというウォルカキウスの案だ。ビブルスの案は分割して採決されることになった。
 
 宗教に関する部分は誰も反対出来なかったのでビブルスの案には全員が賛成したが、3人の使節については反対が多数になった(F13の1)。
 
 次はホルテンシウスの案の番だった。その時護民官のルプスが、ポンペイウスを派遣する案を出したのは自分だから執政官経験者の案よりこちらを先に採決すべきだと言い出したんだ。彼の演説はみんなから激しく野次られた。それは不公平だし前例がないからだ。
 
 執政官たちはこの意見に対して譲歩こそしなかったが、さりとて強く退けもしなかった。その日はそれで使いきろうと思っていたからだ。実際その通りになった。
 
 彼らは、大多数の元老たちは表向きはウォルカキウスに賛成する振りをしているが実際には圧倒的多数がホルテンシウスの案に賛成すると見ていたからだ。
 
 そこで多くの人の意見が求められたが、まさにそれが執政官たちの狙いだった。というのは彼らはビブルスの案が採用されることを望んでいたからだった。この討論は夜まで続いて、そこで元老院は散会になったんだ(F13の2)。
 
 その日僕はたまたまポンペイウスの家で食事をする日だったが、それはかつてない好機となった。君が旅立って以来僕たちが元老院で最高に上手くやれた日だったからだ。それで僕は彼に話しかけて、他のどんな事よりも君の名誉を守ることに彼の気持ちを向かわせることに成功したと思った。
 
 僕は彼の話をじかに聞いていると、彼が野心を抱いているという疑惑はまったく感じられないんだ。でも、どのクラスの彼の友人たちを見ても、一部の人間による買収工作が王とその顧問団の思い通りに、かなり浸透していることは今や誰の目にも明らかなんだ(13の3)。
 
 これを書いているのは1月15日の夜明け前だ。今日は元老院が開かれる。これほどの裏切りと不正が横行しているなかで、僕たちは元老院で何とか望み通りに面目を保てそうだ。
 
 民衆(=ポンペイウス贔屓)が反対する心配については、占いと法に反することなく、暴力に訴えずにこの件を民会にかけるのは不可能な情勢だと理解している。僕がこれを書いた前日にその件で元老院がはっきりと決議を出したからだ。
 
 この決議は護民官のガイウス・カトーとカニニウスが拒否権を発動したけれど成文化されている。それは君のところにも届いているはずだ。そのほかのことも何でも全部君にお知らせする。事態が正しく運ばれるように僕は細心の注意を払って最善を尽くすつもりだ(13の4)。





 
一四(1.IV.)

ローマ、前56年1月17日頃

マルクス・キケロから執政官格総督プブリウス・レントゥルスへ

 1月15日の元老院では僕たちはとても上手くやったよ。前の日に三人の使節に関するビブルスの案を粉砕したので、残る戦いはウォルカキウスの案だけになっていた。すると、僕たちの敵は色んないちゃもんを付けて議事引き延ばしをしてきた。
 
 というのは、満場の元老院の考え方に大きな変化はなく、王の復位の仕事を君から別の人に移そうとする連中に対する反発が大きかったので、僕たちの案が通りそうな情勢だったからだ。
 
 この日はクリオ氏が激しく僕たちに敵対して来た。ビブルス氏の方がずっと公平で僕たちの味方をしてくれたほどだ。カニニウスとカトーは選挙の日(1月20日)の前にどんな法案(=ポンペイウスを派遣する法案)も提出する気はないと言った。
 
 君も知っているように元老院はプピウス法のために今月中はもう開けない。また2月いっぱいは使節の報告が終わるか延期にならない限り元老院は開けない(F14の1)。
 
 宗教の口実を捏造したのは君を妬んで悪口を言っている連中だが、それを他の人たちが受け入れたのは、君を妨害するためではなく、軍隊欲しさにアレクサンドリア行きを望む人が出てこないためだ。これがローマの民衆の意見だよ。
 
 元老院が君の名誉を重視していないなんて誰も思ってやしない。君の政敵たちが採決を遅らせているのはみんな知っていることだよ。
 
 やつらが民衆の名を使って、その実は護民官による悪辣な略奪行為によって何かの動きに出てきたとしても、占いと法に反することなく、暴力にも訴えずにこの件を民会にかけることは出来ない。そのように充分対策は講じてあるんだ(F14の2)。
 
 僕は自分の頑張も、一部の人間の意地悪もいちいち言ってもせんないことだと思っている。僕が自分の話をして何になるだろうか。僕は君の名誉のために一生を投げ出したとしても、それは君の献身の何分の一にも値しないんだ。それに、君に対する意地悪を僕がこぼしたところで、自分が情けないだけだよ。
 
 政務官が力を失っている今の状況では、暴力から君の権利を守れる自信はない。だが暴力は別にして、元老院と民衆の大きな熱意によって君の名誉が保たれることは保証できるよ(F14の3)。
 






一五(1.Va.)

ローマ、前56年2月5日頃

マルクス・キケロより執政官格総督プブリウス・レントゥルスへ

 僕にとって何よりも望ましいのは、僕が君にどれだけ感謝しているかを、誰よりも君に、そして世間の人たちに分かってもらうことだったのに、君がローマから離れた後で、遠くにいる君に僕やそのほかの人たちの誠意と好意の実際の姿を思い知らせるようなことになっている事が僕には情けなくて仕方がない。
 
 君の名誉に関して人々が見せる誠意なんて、僕が自分の身の安全に関して思い知ったものと所詮は同じものだということを君が感じとっていることは、君の手紙からよく分かったよ(F15の1)。
 
 僕が王の復位の問題で知恵と労力と縁故のあらん限りを傾けている時にも、僕たちの努力に水を差すように、突然ガイウス・カトーの悪意に満ちた法案(=レントゥルスから属州を取り上げる法案)が出て来るしまつだ。細かいことに気をとられていた僕たちは、あれには腰を抜かしたよ。
 
 こんな泥試合になっては何でもありだと覚悟するしかないが、何より恐ろしいのは裏切りだ。もちろん僕たちはガイウス・カトーにはどんな事になろうと徹底抗戦するつもりだよ(F15の2)。
 
 アレクサンドリアの件と王の問題では、僕はローマを離れている君とローマにいる君の友人たちが十分に納得するだけの事はさせてもらう。これは約束できる。しかし、僕が心配しているのは、王の復位問題が僕たちの手から取り上げられてしまったり、王の復位が取り止めになることなんだ。
 
 どちらの事態も避けたいのは山々だが、やむを得ない場合には第三の道がある。それなら僕にとってもそしてクイントゥス・セリキウスにとっても許容範囲だと思っている。それはこの問題を処理する際には、噂の人物に任せることを断固阻止するという道だ。
 
 つまり可能性のあるかぎり僕たちの案が採用されるために戦うが、可能性がなくなっても敗者とは見えないように、僕は全力を尽くしているというわけだ(F15の3)。

 君は英知に溢れた高潔な人だから、自分の地位と名誉の全ては自分の人格と業績と潔癖さの故であると考えているに違いない。
 
 だから運命の女神が君に与えた手柄が、一部の人たちの裏切りで掠めとられたとしても、それで痛手を被るのは君ではなく奴らの方なんだよ。そのことは君なら分かるはずだ。

 僕は君のためにはどんな機会も逃さず、知恵を絞って行動するつもりだよ。いまは万事につけてクイントゥス・セルキウスの力を借りている。君の友達の中で彼ほど頭が切れて信頼できて、君に忠実な人はいないと思えるからだ(F15の4)。
 






一六(1.Vb.)

ローマ、前56年2月9日以降すぐ

マルクス・キケロより執政官格総督プブリウス・レントゥルスへ


 こちらで起きていることも既に起こったことも、君は多くの人の手紙や使いの者たちから聞いて知っていると思う。そこで僕からは、いま起こっていると思われること、これから起こると思われることを書くのがいいと思う。
 
 2月7日にポンペイウスは民会でミロー君の弁護に立って野次と罵声を浴びせかけられ、元老院でもガイウス・カトーに辛辣な攻撃を受けて場内は静まり返ってしまった。そのあとのポンペイウスはひどく落胆しているように見えた(=ポンペイウスの味方と思われていた両者から批判された)。
 
 この結果、ポンペイウスはアレクサンドリア問題から完全に手を引いてしまったようだ。一方、この問題で今のところ僕たちの立場は磐石だ。元老院が君から奪ったものは何もない。例外は宗教的理由でほかの誰にも付与出来ないものだけだ(F16の1)。
 
 いま僕たちが目指して頑張っているのは、王がポンペイウスによって復位するというこれまでの計画は実現不可能であること、君の力で帰国しなければ王は完全に見捨てられてしまうことに王が気づいて、君の所に旅立つようにすることだ。
 
 ポンペイウスが認めるそぶりさえしてくれたら、王は疑いなくそうするだろう。だが君も知っての通りポンペイウスは腰も重いし口も重い。だが僕はこの件に寄与することは残らずやっている。カトーが持ち出してきた別の障害工作も、容易にはねのけられると思う。
 
 執政官経験者で君の味方はホルテンシウスとルクルスだけだ。ほかの人は公然とは悪意を見せなくても、秘めた敵意を抱いている人ばかりだ。君としては弱気になる必要は全くない。こうした無責任な奴らの攻撃を僕たちが粉砕したら、君は元通りの名声を手に出来ると思って欲しい(F16の2)。







一七(1.VI.)

ローマ、前56年3月

マルクス・キケロより執政官格総督プブリウス・レントゥルスへ

 
 こちらで何が起きているかは、ポリオーから聞くと思う。彼は全ての交渉に関わっているだけでなく担当役でもあるからだ。僕は君の件では非常に情けない思いをしているが、最大の安心材料は先の見通しがあることだ。
 

 なぜなら人々の険悪な感情は、君の友人たちによる対策と時間の経過によって打開される見通しが強いからだ。君の敵と裏切り者たちのやり方は時の経過によって挫かれる類いのものなんだよ(F17の1)。
 
 それに加えて僕を安心させる原因は、自分の経験の記憶だ。君の件は僕が経験した事とよく似ているんだよ。
というのは、君の名声に対する攻撃は僕の名声に対する時ほど深刻ではないが、状況は僕の場合とそっくりなんだ。
 
 だから、いまの状況を僕が心配していないと言っても許してくれると思う。そもそも、君自身が心配していないんだからね。

 君は僕が子供の頃からよく知っている真の姿を見せてやればいい。人々の裏切りの中で、君の偉大さはきっと輝くはずだ。僕が君のために最大の努力を払うことは期待してくれていい。僕は君の期待を裏切ることはないよ(F17の2)。







一八(1.VII.)

ローマ、前56年6月下旬から7月

マルクス・キケロより執政官格総督プブリウス・レントゥルスへ

 
 君からの礼状を読ませてもらった。「貴殿が繰り返し何から何までお知らせ下さり、貴殿がわが輩のことをどれほど大切にして下さっているかがよく分かりました。有難うございました」と書いてくれている。

 僕が君の役に立ちたいと思っているからには、君のことを誰よりも大切にするのは当然のことだ。また、僕たちは時空を隔てて離ればなれになっているのだから、君と出来るだけ頻繁に手紙で連絡をとるのは僕の楽しみなんだよ。

 仮にその回数が君の期待するほどでなくなるとしたら、それは僕の手紙が誰にでも託せるようなものでないことが原因だ。これからも安心して手紙を託せる人が見つかりさえすれば、僕は必ず出すようにするよ(F18の1)。
 
 君に対して誰がどういう気持ちでいるのか誰が信用できるのか君は知りたがっているが、個々の誰と言うことは難しい。

 ただ僕に出来るのは、以前に君に何度も言ってきたことが現実のものになってきたと伝えるだけだ。つまり、特に君を助ける義務のある人たちと力のある人たちが君の名声を妬んでいるということだ。

 さらに君の時と僕の時とでは事実関係は違うが、状況が非常に似ているということだ。つまり君がかつて共和国に尽くすために不興を買った人たちが公然と君を攻撃していること、そして君がかつて地位と名声と志を守ってやった人たちが君に対する恩義を忘れて君の名声に敵意を抱いているということだ。
 
 前に詳しく書いた通り、この状況でもホルテンシウスは君の味方だし、ルクルスは支援者で、政務官の中ではルキウス・ラキリウス(=護民官の1人)が特に信頼できる人間であるのは確かだ。
 
 多くの人は、僕が君の名声を守るために戦っているのは本心から出たことではなく、僕に対する君の大きな貢献のための義務感から出たものだと思っている(F18の2)。
 
 そのほかに、執政官経験者の中で君に対して恩義や好意や友情を感じている人は誰も見つけられない。

 ポンペイウスが問題の時期にあまり元老院に出なかったのは君も知っていることだ。だが、彼は僕に促された時だけでなく自分からも君について僕とよく話し合っている。

 君が最近彼に送った手紙を彼が大変喜んでいたことは、僕もよく知っている。君の辛抱強さと冷静さは、僕にとってはありがたいだけでなく立派な事だと思う。

 なぜなら、ポンペイウスは自分に対する君の並外れた度量に感心していたからだ。しかし、彼は自分の野心についての評判のせいで君と敵対したと思っていた。ところが、あの手紙によって君はあの優れた人を自分の味方に引き留めたんだよ。
 
 彼はいつも君の名声を支援しているように僕には思えるし、カニニウス(=ポンペイウス派遣を提案した)がややこしい動きをした時にもそうだった。でも君の手紙を読んだ彼が心の底から君の名声と利益のことを考えているのが僕には分かったんだよ(F18の3)。

 だから、僕がこれから書くことは、ポンペイウスと何度も話し合った上で、君に対する彼の考え方や意向に基づいていると思って欲しい。

 アレクサンドリアの王の復位を君の手から取り上げる元老院決議は存在しないし、王を復位させることを禁じる元老院決議は記録に残されているが、それに拒否権が発動されたのは君も知っている通りだ。またそれは元老院の冷静な判断ではなく人々が腹立ち紛れに出したものだった。

 だから、君に何が実現できるかは、キリキアとキュプロスを支配している君が判断できることなんだよ。

 そして、君にアレクサンドリアとエジプトを占領する機会がありさえすれば、王をプトレマイスかその近くの町に呼び寄せて、軍艦と共にアレクサンドリアに向かうのは我が国の命令権と君の職権で出来ることだ。

 そこでアレクサンドリアの平和を確立してからプトレマイスを王座に復位させればいいんだよ。そうすれば、元老院が最初に決議したように王は君の手で復位したことになるし、信心深い人たちがシビラの予言に合致すると言うやり方で、大軍を使わずに王は復位したことになる(F18の4)。

 ただし、僕もポンペイウスもこれには次のような条件があると思っている。それは君の判断は結果によって評価されるということだ。

 つまり、もし僕たちの狙い通りの結果になった場合には、君は勇気をもって賢明にやったとみんなに言われるが、もし失敗したら欲に駆られて無茶をしたと言われるだろうと。

 君に何が出来るかは、エジプトの殆ど目の前にいる君の方が僕たちよりも、判断しやすいのだから、もしあの王座が確実に手に入るのならためらわずに手に入れるべきだし、はっきりしない場合にはやらない方がいいと僕たちは考えている。

 そして、君が思い通りの結果を得た場合には、君はローマから離れている時から多くの人に賞賛されるし、帰ってきた時には全員から賞賛されることを僕が保証する。でも、元老院と宗教が干渉してきているだけに、しくじった場合には厄介なことになると思う。

 僕は君が確かな手柄を上げるのを励ます一方で、厄介な事から君を守るために最初に書いたことに戻ろう。つまり、君の全ての行動は、君の意図ではなく結果によって評価されるということだ。(F18の5)。

 もしこの方法はリスクが大きいと思うなら、次のようにすればいいと思う。

 つまり君の支配下の属州で王に金を貸している君の友人たちに王が保証を与えたら、君は援軍を送って王を助けてやるのだ。君の属州の状況次第で、君が王を助けて復位を推し進めるか、放置して妨害するかを選べばいいのだ。

 この方法でいけば、どういう状況でどういう時期がいいか、君は誰よりも正確な判断を容易に下せるだろう。僕がこんなことを書いたのは、僕たちがこういう考えをしていることはほかの人ではなく僕から知らせておくべきだと思ったからだ(F18の6)。

 君が僕の境遇とミロー君の友情とクローディウスの失墜を喜んでいるのは、優れた芸術家が自分の作品を愛でるようなもので当然のことだと思う。

 とはいえ、僕を妬んで僕を敵に回してしまったあの連中の頑迷さ(これ以上強い言葉は使いたくない)は信じがたいものだよ。彼らも僕を助けておけばみんなのために僕を味方に繋ぎ止められたのに。

 はっきり言うと、彼らの悪意に満ちた妨害工作のせいで、僕は長年抱いてきた昔からの立場を殆ど捨ててしまったんだよ。僕だって自分の(=共和制派としての)名声を忘れてはいないが、いよいよ身の安全を考える必要が出来てきたからね。

 執政官経験者たちに誠意と責任感があったら、僕も自分の名声と身の安全の二つを立派に両立できたんだよ。

 ところが、彼らは殆ど無責任極まりない連中ばかりで、共和制に対する僕の一貫した態度を喜ばないだけでなく、僕の名声に焼き餅をやく始末さ(F18の7)。

 こんなことを君にあけすけに書くのは、君のおかげで今日の僕があるだけでなく、僕の地位と名声を最初から君は今までずっと応援してくれているからなんだ。

 ただそれと同時に、僕は自分の家柄のせいで妬みを買っていると思っていたんだが、そうではないと分かったんだ。

 と言うのは、彼らは君ほどの高貴な生まれの人を同じようにひどく妬んで、君が執政官の仲間入りするのはあっさり受け入れながら、それ以上の名声を手に入れることを許さなかったのを僕はこの目で見たからだ。

 ただ僕にとって喜ばしいのは、君の運命は僕と同じではなかったことだ。名声の邪魔をされるのと命の危機に立たされるのは、大きな違いだからね。

 しかし、僕が自分の不幸をそれほど悔いていないのは、君の人徳のなせる技だよ。僕が手に入れた名声は不幸ゆえに失ったものを補って余りあると思えるのは、君の尽力のお蔭なんだから(F18の8)。

 君から色々と親切にしてもらっただけでなく、僕は君のことが好きなので、君に一つ忠告をしておこう。子供の頃から夢見ていた名声を君は全力を尽くして追い求めたまえ。

 そして、僕がいつも称賛し敬愛してきた君の高い志を、誰かの不正行為のために曲げないで欲しいんだ。

 君に対する世間の評価は高い。君の度量の大きさはたいしたものだし、執政官時代の業績も立派なものだよ。これに属州統治の名声が加われば、君の功績がどれほど華々しいものとなるかはきっと君も分かるだろう。

 とはいえ、君は軍と統治の仕事に取り掛かる際には、こちらの事をあらかじめ考えてからやって欲しい。つまり、ローマへ帰る時の準備をして、その事を考えて、そのために行動して欲しいんだ。

 そうすれば、この国における君の今の最高の地位を保つのは容易だと分かるだろう。もちろんそれは君がいつも願ってきたことなので、その地位を手に入れた今ではきっと分かっているだろうが。

 僕のこの忠告が無意味なものだとか理由のないものだと思わないで欲しい。

 こんなことを僕が言うのは、これからの人生で誰を信じ誰を警戒すべきか考えるために、僕たちの共通の体験から教訓を得て欲しいと考えているからなんだよ(F18の9)。

 君が知りたいと書いている共和国の現状について言うなら、大きな意見の対立があるが、ゲームはワンサイドだ。

 財力と軍事力と権力でまさっている方が、相手の愚かさと一貫性のなさのおかげで成果を上げている。今では相手を上回る人気さえも手に入れている。

 だから、民衆の力を使って暴動でも起こさないと実現できないようなことを、元老院で大した反対もなしにことごとく成し遂げている。

 例えば、カエサルの兵士に俸給を出すこともカエサルに十人の副官を与えることも決まったし、センプロニウス法どおりにはカエサルの後任を出さないことも簡単に決まった(キケロの『執政官の属州について』参照)。

 僕がこんな事を君に短めに書くのは、共和国の現状が僕には気に入らないからだ。しかし、子供の頃から読書に打ち込んできた僕が、本ではなく経験から学んだ教訓を君に与えるために書いているんだ。

 それは、僕たちは名声抜きに身の安全を図るべきではないし、身の安全なしに名声を求めるべきでもないということだ。この教訓を君には自分の境遇を損なうことなしに学んで欲しいんだ(F18の10)。

 僕の娘とクラッシペース君の婚約を祝福してくれて、気遣いありがとう。この婚姻が我が家に喜びをもたらしてくれることを僕も望んでいる。

 僕たちのレントゥルス二世、素晴らしい人格者になることが期待されるあの青年には、君がいつも打ち込んでいる学芸だけでなく、何よりも君をよく見倣うことを教えたらいい。

 それ以上に優れた教育はないからだ。あの子は君の息子であり、君に相応しい息子であり、僕に昔からよくなついてくれた子なんだから、僕はあの子を誰よりもいとしく思っているよ(F18の11)。







一九(1.VIII.)

ローマ、前55年2月頃(8ヶ月後)

マルクス・キケロから執政官格総督レストゥルスへ


 君に関して何が議論され何が決まったか、ポンペイウスは何を引き受けたかなど、何でもこれからはマルクス・プラエトリウスから聞くといいだろう。

 彼はこの交渉に関わっているだけでなく担当役でもある。彼は愛情と知恵と熱意溢れる人で、君のための務めを決しておろそかにしてない。

 彼からはここに書くのは難しいようなこの国の政治状況を何でも知ることが出来る。とにかくこの国の政治は僕たちの仲間の手の中にある。それは次の時代まで変わりそうもない(F19の1)。

 君自身が僕のために手を組むべきと判断した相手(=ポンペイウス)と僕も手を組んでいる。僕には義理があるし、君の勧めもある。敬愛の気持ちからも損得勘定からもそうせざるを得ないんだよ。

 しかし、僕は共和国に対する気持ちを捨てるのは難しい。しっかりとした信念に基づいている場合には特にそうだ。それは君も分かるだろう。

 それでも、僕はあの人の言うとおりにしている。彼に逆らっていては名誉を保てないからだ。これは一部の人たちの言うように表向きだけのことではないんだ。

 ポンペイウスに引かれる僕の気持ち、いやそれどころ親愛の念はあまりに強い。だから、彼のためになること、彼の望むことは何でも僕には正しいことに思えるんだよ。

 彼の反対派が彼にはかなわないと思って逆らうのをやめたのは、けっして間違ってはいないと思う(F19の2)。

 さらに、僕の慰めは何と言っても、ポンペイウスの意志を擁護しても、沈黙を決め込んでも、僕の一番好きな文学の研究に戻っても、みんなが許してくれるということだ。

 最後のことはポンペイウスとの友情が許してくれる時が来れば是非ともやりたいことだ。

 と言うのは、最高の地位と最大の苦難を味わった後で僕が目指していたこと、つまり、意見を表明する名誉も共和国を運営する自由も完全に失われてしまったからだ。これは僕だけでなく誰にとってもそうなんだ。

 というのは、僕たちには少数派の言うことにみじめに賛成するか、無駄に反対するしかなくなっているからだ(F19の3)。

 こんなことを君に書くのは、何よりこれから君自身にも自分の立場のことを考えて欲しいからだ。元老院や法廷だけでなく、共和国全体のありようがすっかり変わってしまったんだよ。

 僕たちが求めるべきなのは平和な暮らしなんだよ。それは一部の人たちが独裁を少し我慢しさえすれば権力を握っている人たちが保証してくれる。

 僕たちが考えるような、勇気があって揺るぎない元老たちの権威、元執政官としての権威なんてものはもうないんだ。

 それが失われたのは、元老院と密接な関係にある階級(=騎士階級)だけでなく、高名な人物(=ポンペイウス)を元老院の敵にしてしまった連中(=カトー)のせいだ(F19の4)。

 しかし、君に関係のあることに戻ると、ポンペイウスが君の熱心な支援者であることは確かだ。僕の見るところ、彼が執政官でいる限り、君は何でも思うがままだ。

 そのために僕はポンペイウスのそばに付きっきりになる積もりだ。そして君に関することは一つとして見過ごすことがないようにする。

 なぜなら、彼が僕をうるさがる心配はないからだ。むしろ僕が感謝していることが分かって彼自身喜んでくれるよ(F19の5)。

 君に関することはどんな些細な事であろうと、僕自身の事は何をおいても一番に思っていることを忘れないで欲しい。

 僕がこう思っているということは、僕自身まだ熱意が足りないと思っているということでもある。また結果においても僕は自分に満足出来ないでいる。というのは、僕は君の尽力の何分の一のお返しもできないだけでなく、お返し出来ると考えることもできないからだ(F19の6)。

 噂では君は素晴らしい戦果を上げたらしい。みんな君からの報告を待っている。それについて僕はもうポンペイウスに話してある。もし報告が着いたら、僕は率先して政務官と元老たちを招集するように取り計らおう。

 君に関するそのほかの事でも、僕は能力以上の働きをするだろう。もっとも、それでも僕は君に対する恩義には及びもつかないだろう(F19の7)。







二〇(1.IX.)


ローマ、前54年12月(3か月後)

マルクス・キケロよりプブリウス・レントゥルスへ


 君の手紙を読んで、君への僕の敬愛の念を分かってくれていると知って嬉しい。

 僕に対する君の尽力に比べたら「敬愛」という最も重くて神聖な言葉でさえまだ軽いと思えるほどだ。なのに、どうして「好意」などという言葉を使えようか。

「私のためにご尽力下さり恐悦至極に存じます」と君が書いてくれたのは、君の溢れる愛情の賜物だ。だって、僕は当然のことをしているだけなんだよ。むしろ何もしなければ人でなしと言われずには済まないところだった。それなのに君は感謝してくれるんだからね。

 もし僕たちが離ればなれにならずに、ずっとローマで一緒に過ごしていたら、君に対する僕の気持ちは手にとるように分かってもらえたはずなんだ(F20の1)。

 例えば、元老院での討議や国政に関わる様々な活動で(これは君の得意分野で、帰ったら是非やりたいと君も言い、僕も期待していることだが)、

―国政に対する僕の思いはもう少し後で説明するし、君の質問にも答えるつもりだ―

きっと君は僕にとって友情溢れる賢明な助言者になってくれたろうし、僕も君にとっておそらく経験あふれる親切で忠実な助言者になっていたはずなんだ。

 もちろん、君が凱旋将軍となったことも、属州を立派に統治して軍隊で戦果をあげたことも、君のためには喜ばしい限りだ。

 しかし、君がローマにいれば君に対する僕からのお礼は、きっともっと豊かでもっと素晴らしいものに出来たはずなんだ。

 さらに、君が僕の復権を助けたために敵に回ったことが明らかな人たちや、その際君が手にした栄誉と名声を妬む人たちにお返しをする時には、僕が素晴らしい助っ人になっていたはずなんだ。

 もっとも、例のいつも自分の仲間に腹を立てて(=この年の執政官ドミティウス・アヘノバルブス)君から多大な恩義を受けながら権力の残りかすを君に向けたあの男は、僕たちがお返しをするまでもなく自分から墓穴を掘ってしまった。

 なぜなら、あの企みが明らかになった後、彼は名声どころか自由さえも失ってしまったんだからね(F20の2)。

 もっとも、君には僕のような経験はして欲しくはなかった。それでも、僕のように大きな苦難に遭わずに、人々の誠実さについて学べたことは、不本意ながらも喜ばしい(F20の3)。

 この問題について詳しく説明する時が来たようだから、君の質問にも答えよう。君は僕がカエサルだけでなくアッピウス(=この年の執政官、クラウディウス・プルケル、クローディウスの兄)とも仲がいいことを手紙で知ったと言い、それを非難するつもりはないと書き添えている。

 一方、どういう経緯で僕がウァティニウスを弁護して彼に推薦文を書くことになったか知りたいと言っている。そのことについては、話を分かりやすくするために、少し遡って僕の考え方を説明する必要がある。

 レントゥルス君、執政官に就任した君の尽力のおかげで僕がローマに復帰したのは僕の家族のためだけでなく共和国のためだと僕も初めは思っていたんだ。

 だから、君の信じがたいほど大きな愛情とこの上ない特別な熱意に僕は恩義を感じただけでなく、僕の帰国を押し進める君に援助を惜しまなかった共和国に対して愛国心を見せなければと思っていたんだ。

 愛国心なんて以前は市民が共に分け合う義務としか思っていなかったが、それを個人的な恩義に対するお礼として見せなければと思ったんだよ。

 僕がそんな気持ちになっていた事は、君が執政官の時に元老たちも僕から聞いて知っているし、君自身も僕たちの会話の中で耳にしたことだ(F20の4)。

 もっとも、当初でさえ、そんな僕の気持ちは色んな事で大いに傷つけられた。君が僕の名誉を完全復活させるために動いてくれていた時に、幾人かの人たちが裏で君の足を引っ張ったり、僕に対して曖昧な態度をとっているのを目にしたからだ。

 というのは、僕の記念碑(=カティリナ陰謀の鎮圧)についても、僕と弟を共に家から追い出した暴力についても、当然君を助けるはずの人たちが君を助けなかったからだ。

 その上、あろうことか、僕の損害賠償に対する元老院の決議に際しても、彼らは僕が期待したような好意的な態度を見せなかったんだ。あれは私有財産を奪われた僕にとって無くてはならないことだったし、僕からすれば微々たるものだったというのに。

 これを目撃した時にも(それは明白だったが)、僕はまだそれを苦々しくは思わず、むしろそれまでの彼らの行動に感謝していたものだった(F20の5)。

 ご指摘のとおり、僕はポンペイウスには大きな恩義を感じていたし、彼の恩情のためだけでなく彼に対する友情と変わらぬ尊敬の念からも、僕は彼に好意を抱いていた。

 しかし、それでも僕は彼の願いを聞き入れずに、昔からの政治信条を守っていたんだ(F20の6)。

 グナエウス・ポンペイウスがプブリウス・セスティウスの推薦演説をするためにローマに入った時、ウァティニウスが証人に立って、僕がガイウス・カエサルの華々しい成功に動かされてカエサルに鞍替えしたと言ったときには、僕はグナエウス・ポンペイウスの目の前で、ウァティニウスが言うマルクス・ビブルスの悲惨な境遇は誰の凱旋行進よりもまさっていると言ったんだよ。

 また別の時にウァティニウスを証人尋問した時には、ビブルスを彼の家に閉じ込めた人(=ウァティニウス)と、僕を家から追い出した人(=クローディウス)は同じ人だと言ったんだ(=どちらも黙認したカエサルとポンペイウス)。

 さらに僕のウァティニウスへの尋問は彼が護民官の時にやったことの批判に費やされた。

 その時僕は彼の暴力と占いと王権の賦与について何もかも遠慮なく心のままに話したんだ。それはあの尋問の時だけでなく元老院でも一貫して何度も話したことだった(F20の7)。

 いやそれどころか、マルケッリヌスとフィリップスが執政官の年(前56年)の4月5日には、僕はカンパニアの農地に関して5月15日に元老院全体で審議することへの同意を、元老院から取り付けたんだよ。

 相手方の要塞(=三頭政治)に僕はあれ以上に攻め込めただろうか。あるいは、あれ以上に僕の苦難の時代を忘れさせて、昔の僕の活躍を彷彿させた出来事があっただろうか。

 ところが、僕がこの意見を発表するやいなや、僕が予想していた人(=カエサル)だけでなく、思いもよらない人(=ポンペイウス)からの反発があったんだ(F20の8)。

 というのは、僕の考えに同意する元老院決議が出ると、ポンペイウスは僕には怒った素振りは少しも見せずに、サルディニアとアフリカに向けて出発して、途中でルカ(現ルッカ)にいるカエサルの元に立ち寄ったんだ。

 そこでカエサルは僕の考えに対する不満を並べ立てた。彼はその前にラヴェンナでクラッススと会って、彼の話から僕への怒りを焚き付けられていたからだ(前56年3月)。

 それできっとポンペイウスは当惑したんだ。そのことを僕は誰あろう自分の弟から聞かされた。ポンペイウスはルカを立ってから数日後にサルディニアで弟と会っていたのだ。

 ポンペイウスは言った。「お前だよ、僕が捜していたのは。実にいい時に会えた。兄貴としっかり話しをつけて来い。さもないと保証金を払ってもらうことになるぞ。お前は兄貴のことは保証すると言ったんだから」と。

 要するに、彼は弟に不満をぶちまけたんだ。そして自分の尽力の数々を並べ立てた。

 さらに、カエサルの政策のために繰返し弟と話し合った事、僕のために弟がした約束を思い出させた。

「僕が君の兄貴を救うためにしたことはカエサルの意向による事は君も知っているはずだ」と彼は迫った。そして「カエサルの政策と立場を支持するように兄貴に言ってこい。お前の兄貴にそうする意思も能力もないなら、少なくともカエサルの意向に逆らわないように言うんだ」と弟に言ったのさ(F20の9)。

 この話を弟が僕に伝えてきて、それでもなおポンペイウスがウィブリウスを使いに寄越して、カンパニアの問題は自分が帰るまで手を着けないように僕に言って来たとき、僕はじっくり考えてみた。そして共和国に話しかけた。

「共和国のために多くの苦難を味わって耐えてきた僕を許して欲しい。そして僕に義理を果たさせて欲しい。僕のためになってくれた人たちを大切にさせて欲しい。弟の約束を果たさせて欲しい。共和国にとってよき市民だった僕がよき人間となることを許して欲しい」と。

 一方、僕のあの時の行動がことごとくポンペイウスを怒らせることになったのに対して、ある人たち(誰かは君も推測がつくはずだ)の話している内容が僕の耳に入ってきた。

 彼らは僕が共和国のために押し進めている事にはこれまで通り賛成しているが、それにも関わらず、僕がポンペイウスの不評を買っていることとカエサルが僕の宿敵になることを面白がっているというのだ。

 これには僕も情けなかった。だがそれよりもっと情けなかったのは、僕の敵というより法律の敵、法廷の敵、平和の敵、祖国の敵、全ての閥族派の敵と言うべき男(=クローディウス)を彼らが僕の見ているところで抱擁して手なずけて、おだてて可愛がっていたことなんだよ。

 彼らはそうして僕を怒らせるつもりだったのだろうが、僕はもうほとほとあきれて彼らに腹を立てる気もなくなった。

 そこで、僕は自分の置かれた立場を点検した。そして自分の持てる知恵のかぎりを動員して、これまでの総決算として自分の考えをまとめてみたんだ。それを君に出来るだけ手短に話そう(F20の10)。

 僕はキンナたちの時代のように、この共和国が不逞の市民たちに支配されるのを目にしたなら、どんなことがあろうと彼らの側に付くつもりはない。

 どんな報酬を示されても僕には何の価値もないし、勇敢な人たちを怯えさせるような危険にこの身が曝されても、断るだろう。彼らが誰よりも僕のために尽くしてくれた人たちだったとしてもだ。

 しかしながら、共和国のリーダーはグナエウス・ポンペイウスだ。彼は共和国に対する大きな貢献と類いまれな戦果をあげて今の政治力と名声を手に入れた人なんだからね。

 僕は彼の名声を若い頃から支援してきたし、僕が法務官のときも執政官のときも彼を助けてきた。

 僕を救い出すために、彼は最初一人で声を上げて、後には君と一緒に英知と熱意を傾けてしてくれた人なのだ。しかも、この国の中で彼が唯一敵視している人間は僕の敵でもあるクローディウスだ。

 だから、僕のために尽くしてくれたこの偉人の名声のために僕が考えを少し変えて彼の支援に回ったとしても、僕は無節操のそしりを恐れる必要はないと思ったんだ(F20の11)。

 こういう結論に至った以上は、君も理解してくれているように、僕はカエサルの意向を受け入れざるを得なかった。彼の政策と立場はポンペイウスと深く結び付いていたからだ。

 ここで大きく物を言ったのは、一つには、君も知らないことはないと思うが、僕と弟のクィントゥスに対するカエサルの昔からの友情だ。それから彼の情の厚さと寛大さもそうだった。これは少し前の彼からの手紙と彼の親切な申し出からはっきり確かめられている。

 さらに僕を強く突き動かしたのは、共和国の現状だ。せっかくカエサルが大きな戦果を上げたというのに、僕がこの二人と事を構えるのは望ましくない。いやそれは絶対に避けるべきだと思ったんだ。

 しかし、僕がこう決断した最も重要な動機は、僕のためにポンペイウスがカエサルと交わした約束と、弟がポンペイウスと交わした約束だった。

 その他に、僕たちの師プラトンが素晴らしい言葉で書いていることがある。それをこの国に当てはめて考えるべきだとも思ったんだ。それは「国民はその国の指導者に似たものとなる」という言葉だ。

 思い返せば、僕が執政官になった年(前63年)の1月1日には元老院の基盤は確固なものだった。だから、当然のことながら、その年の12月5日(=カティリナの陰謀)に元老院があれほどの勇気と権威を示せたのを誰も驚かなかった。

 また、僕が執政官を退任してからも、カエサルとビブルスが執政官になる年までは(前59年)、僕の意見は元老院で重視されたし、閥族派の人たちの団結も揺るぎないものだった(F20の12)。

 その後君が命令権をもって内ヒスパニアの統治に出掛けて、共和国の執政官が属州を取引材料にして内紛の手先と化してしまった時に(前58年)、あるきっかけから僕自身の身柄が標的とされて、市民の不和と争いのただ中に投げ込まれたことはあった。

 しかし、その危機に際しても、元老院とイタリア全土と閥族派の人たちは僕を守るために一致団結して素晴らしい働きを見せたんだ。

 その時起きたことの詳細は省くとしても(なぜなら責任は多人数にわたり複雑だから)これだけは言っておきたい。それは、僕を支援する市民の群はいても指導者はいなかったことだ。

 その責任は僕を守り抜こうとしなかった人たちにあるが、僕を見捨てた人たちの責任はそれに劣らず大きい。また、彼らのうちで臆病風に取り付かれた者たちは非難に値するが、臆病な振りをした者たちはもっと非難されるべきだ。

 一方、あの時僕の取った方針は必ずや正当に評価されるべきものだ。僕は自分の手で救った市民、僕を救おうと望む市民たちを、指導者を欠いたまま武装した奴隷たちと対峙させることを望まなかった。

 そして、もし僕が倒れる前に彼らが僕のために戦うことが出来ていたら、団結した閥族派にどれほど大きな力があったかを、倒れた僕を助け起こせる時がきた時に明らかにする方を僕は選んだのだ(=亡命した)(前58年)。

 彼らが実際にその時見せた勇気を、僕のために動いてくれた君は目撃しているし、それを君は鼓舞してくじけないようにしてくれた(F20の13)。

 あの時には君は立派な人たちに恵まれた。彼らは僕を引き留める時よりも復帰させる時の方が勇敢に振る舞ったからだ。この事は僕も決して否定しないし、いつまでも忘れずに進んで公言するつもりだ。

 そして、あの時の団結を彼らが保ち続ける気持ちがあれば、彼らは僕の復権とともに自分たちの権威を取り戻していたはずだったんだ。

 というのは、君が執政官の時に閥族派は復活して、ぶれることのない君の立派な態度に突き動かされていたし、ポンペイウスも彼らを支援していたからだ(前57)。

 さらにカエサルさえも大きな戦果を上げた時に元老院から前例のない名誉を授けられて(前57年)、元老院の権威を支持するようになっていたんだ。

 だから、その頃は不逞の市民が共和国に危害を加える余地は全く無くなっていたんだ(F20の14)。

 ところが、その後どうなったか。よく聞いて欲しい。まず、あの悪魔、女の儀式の闖入者、自分の3人の妹とボナ・デアの冒涜者(クローディウス)を彼らは元老院の議決によって無罪放免にしたのだ(前57年末。事件は前62年、裁判は前61年で無罪)。

 一人の護民官(=ラキリウス)がこの物騒な市民を閥族派の審理に掛けて罰を与えようとした時、彼らは共和国の平和を乱すことを罰する素晴らしい前例となるこの行為を妨げた。

 その後、彼らは僕のというよりは元老院のものであるあの記念碑(※)(あれは僕の手柄ではなく記念碑には僕の名前を貸してあるだけなんだ)に敵の血塗られた名前が焼き付けられるのを放置した。

  ※カティリナ陰謀を鎮圧した記念碑。

 彼らが僕の救済を願ってくれたことには感謝するが、望むべくは彼らは医者のように僕の命を救うだけでなく、教練師のように僕が体力をつけて元気になることも考えて欲しかった。

 現状では彼らは僕の命を救うことには熱心だったが僕の体力を回復させることまではやらなかったことになる。それは画家のアペレスがビーナスの頭と上半身はきれいに描いたが体の残りの部分はスケッチのままにしたのと同じだよ(F20の15)。

 その点で僕は、僕を妬む連中だけでなく僕の政敵たちの予想も裏切ったといえる。

 ルキウスの息子のクィントゥス・メテッルス(ヌミディクス)、あの情熱と勇気の人、僕の考えでは度量と一貫性では誰にも引けをとらない人は、亡命先から帰国してからは心がくじけて意気消沈していたと言われている。しかし、それは間違った噂に基づいているんだ。

 彼は自ら望んで国外に去り、亡命中も意気軒昂で全く帰国を望まなかった人だ。さらに彼が自分の意見を変えない頑固ぶりは、無類の人格者スカウルス氏どころか誰の比でもなかった。そんな人があの事件で心が折れたと信じるとはどういう事だろうか。

 ところが彼らはヌミディクスについて聞いた間違った話や自分で勝手に想像したことが、僕にも当てはまると考えた。つまり、帰国した僕は意気消沈しているだろうと。ところが共和国に帰った僕はかつてないほど意気揚々としていたんだ。

 なぜなら、この国にとって僕はかけがえのない存在であると人々が国をあげて宣言してくれたからだ。そしてヌミディクスの場合は一人の護民官の法案によって帰国したのに対して、僕は共和国全体の要請で帰国したんだ。元老院が主導してイタリア全土がそれに従い、政務官のほぼ全員が法案を公表し、執政官が提案してケントゥリア民会が開かれ、全階級の人たちが熱望して、要するに、全国民がこぞって僕を迎え入れたのだ(F20の16)。

 それでも、僕はその後今に至るまで悪意のある連中が腹を立てても仕方がないような厚かましい要求はしていない。

 僕は友人であるなしに関わらず時間を割いて相談にのり汗を流して、人の役に立つようにひたすら努力しているんだ。

 僕の人生の華々しい面だけを見ている人たちは僕の出世はさぞかしが不愉快なことだろう。だが、彼らは僕の気遣いや苦労が見えていないのだ。

 彼らは僕が元老院でカエサルを称賛する演説をしたことで、僕が昔の立場を捨てたと言ってあからさまに不満を漏らしている。

 さて、ここまで理由をあげたがその続きを書こう。これは君に伝えようとしたことの中で特に重要なことだ。

 レントゥルス君、君がローマを立つ前に見られた閥族派の人たちの団結はもう失われているんだ。

 それは僕が執政官の時には確固たるものだったが、その後しばしば揺らいで、君が執政官になる前にはほとんど消えかかっていた。それが君の手によって復活していたんだ。ところが、今その支え手たるべき人たちによってそれは完全に捨て去られてしまったんだよ。

 彼らは自分たちがいがみ合っていることを表向きは隠せばいいし、そんなことは簡単なことだ。ところが、我が国でかつてオプティマテスと呼ばれた彼らは、いがみ合いを隠さないどころか、しばしば元老院と法廷の投票でそれを誇示しているのだ(F20の17)。

 賢明な市民ならこれを目にして自分の考え方を全面的に改めるしかない。この僕もその一人でありたいし、そう思われることを願っている。例えば僕が熱烈に師と仰いできたプラトンも次のように言っている。

「国に対して自分の意見を主張するのは国民に受け入れられる範囲にすべきであって、親はもちろん祖国に対して暴力を加えることがあってはならない」と。

 そして彼は自分が政治に関わらなくなった理由として次のように言っている。

「私はアテナイ市民が老成して愚鈍になっているのを知り、説得によっても強制によっても導かれていないのを知っている。だから、私が彼らを説得できる自信はないし、さりとて強制すべきでもないと思ったからだ」

 僕の理由はそれとは違っていた。というのは、民衆は愚かではなかったし、僕はすでに深く国政に関わっていたので、政治に携わるべきかどうかを一から考える状況にはなかったからだ。

 しかし僕は幸いなことに、ある演説で、自分自身のためになるだけでなく閥族派の人間としても正しいことを擁護することが出来た(=カエサルのガリア統治の延長)。

 それに僕と弟に対するカエサルの信じられない寛大さも忘れるべきではない。

 だから、僕は彼のすることは何でも応援すべきだし、当時は今ほど親しくなかったが、あれだけの戦果を上げてあれだけの成功を収めた彼を称賛しないわけにはいかないと思ったんだ。

 なぜなら、これは君にも分かって欲しいんだが、僕の帰国を助けてくれた君たちを別にすれば、カエサルの親切ほどありがたいものはなかったし、カエサルに恩義ができたことを喜んでいるからなんだよ(F20の18)。

 ここまで来れば、君がウァティニウスとクラッススについて尋ねていることに答えるのは簡単だ。

 君がカエサルだけでなくアッピウス(既出)についても僕を非難するつもりはないと書いてくれて、僕の決断を受け入れてくれたのはありがたい。

 一方、ウァティニウスとの和解は彼が法務官になった早々に(前55年)ポンペイウスの仲介で実現したことだ。その時僕が彼の立候補を元老院で激しく攻撃したのは、彼を傷つけるためではなくカトーの応援と推薦が目的だったんだ。

 そのあと不思議なことにカエサルが僕にウァティニウスの弁護を要請してきたんだ。それにしても僕がどうしてウァティニウスの推薦状を書く気になったのかと思うだろうが、それは聞かないで欲しい。それはウァティニウスでも別の被告でも同じことだ。

 それとも、君は帰ってきた時に同じ質問を僕にしてほしいかね。いや帰ってくる前でも出来ないことはない。君が遠路はるばる誰のために推薦状を送っているか思い出して欲しい。

 と言っても、君はそんな心配をする必要はない。僕だって同じ人たちに推薦状を書いているし、これからも書くんだから。

 一方、ウァティニウスを弁護した目的は、法廷で彼を弁護する時にすでに言ってある。それは、テレンティウスの『宦官』の食客が軍人に言ったのと同じことをすることだ。

花魁がファエドリアスのことを言ったら、すぐに旦那はパンフィラのことを言うんですよ。もし彼女が「ファエドリアスさんを中に入れて楽しみましょう」と言えば、「パンフィラを歌わせるために呼びましょう」と言うのです。花魁がファエドリアスの美しさをほめたら、あなたは対抗してパンフィラの美しさを褒めるのです。そうやって「目には目を」で返して彼女を困らせておやりなさいませ。

 かつて僕のために貢献してくれた高名な人たちが僕の政敵(クローディウス)を可愛がって、元老院の僕の見ている前で真剣な顔で脇へ連れて行ったり、親しげに抱擁したりしたので、少しむかついていた僕は、相手にプブリウス(クローディウス)がいるのなら、こちらにはもう一人のプブリウス(ウァティニウス)を与えて欲しいと陪審団に要求したというわけだ。

 それで向こうの気持ちを軽く突ついてやったんだよ。これは口で言うだけでなく何度も実行に移したが、神々も人々も誉めてくれているよ(F20の19)。

 ウァティニウスについては以上だ。次はクラッススについて聞いてだ。

 僕は彼からはずいぶんひどい仕打ちを受けてきたが、この国の平和のためだと思って全部水に流してやったんだ。それからは僕と彼との仲はとてもうまく行っていた。

 彼がそれまで激しく攻撃していたガビニウスを急に擁護しだした時も、僕への侮辱的な言葉がなければ僕は我慢するつもりだった。

 ところが、彼は僕が議論しているだけで挑発もしていないのに、僕を侮辱してきたんだ。僕はかっとなった。それはその場だけの怒りではなかった。その場の怒りだけなら大したことはなかったんだよ。

 僕には彼のひどい仕打ちの数々に対する恨みが溜まっていたが、それはとうの昔に全部忘れているつもりだった。ところが、それは心の奥底に残っていたんだね。僕はそのことに気付いていなかった。それが一気に吹き出して来たと言うわけだよ。

 まさにその時のことだ。一部の人たち、名指しはしないが今言った人たちだ、その人たちが僕の率直な物言いはとてもよかったと言い、かつてのキケロが共和国に戻って来たようだと言ってくれたし、僕がクラッススとやり合ったことで元老院の外でも僕の株は大いに上がったんだ。

 ところが、その彼らがクラッススと僕が仲違いして、クラッススの仲間が僕の敵に回ったのは幸いだと言いふらしていたんだよ。

 彼らのこんな陰口が信頼できる人から僕のもとにもたらされて、ポンペイウスがこれまでにない熱心さでクラッススとの和解を勧めてくれて、カエサルも手紙でこの仲違いを非常に憂慮していると言ってきた。

 そこで僕は自分の置かれた状況をよく考えて、自分自身の気持ちの整理をつけたんだ。クラッススも僕たちが仲直りしたことをローマの民衆によく見せるために、僕の庭先から属州に旅立って行った。というのは、彼から申し出があって、彼は僕の婿のクラッシペスの庭先で僕と会食したんだよ。

 こういう訳で、君が耳にしたと書いているとおり、僕はクラッススの強い要請を受け入れて、約束通り元老院で彼の立場を擁護したんだ(F20の20)。

 以上から、何があって僕が彼らの主張をことごとく擁護するようになったのか、僕がどんな立場で国政に関わっているのかが、理解できただろう。

 僕がもし完全に自由な立場だったとしても僕はこれと同じ方針を選ぶと思うし、君にもそう思って欲しいんだ。

 僕はあんな大きな力と戦おうとしたり、仮に可能だとしても、優れた人たちによる指導体制を破壊すべきだとは思わなかったんだ。状況が変わり閥族派の態度も変わってしまったのだから、一つの立場に固執するのではなく時代の要請に従うべきなんだよ。

 立派な政治家はいつまでも同じ考えでいることを決してよしとしないものだ。

 海ではたとえ港に着けなくても嵐に逆らわないのは一つの航海術だ。しかし、帆の向きを変えて港にたどり着けるなら、進路を変えて目的地に到達しようとすべきであり、危険があるのに自分の取った進路を変えないのは愚かなことだ。

 政治もそれと似ている。僕たちが国政を運営するに当たって目的とすべきは、たびたび言っているように名誉ある平和なんだ。そして、大切なのは同じ意見をもち続けることではなく、同じ目的をもち続けることなんだよ。

 だから、少し前に言ったように、たとえ僕が完全に自由な立場だったとしても、僕は政治家として今と同じことをしたと思う。

 とは言っても、僕がこの方針をとることになったのは、ある人たちの好意ある誘いに乗り、ある人たちの悪意に強いられた結果だ。それでも僕は政治家としてこの立場を喜んで受け入れている。それは僕だけでなく共和国にとって最も有益なことだと思うからだ。

 僕はますます公然とますます頻繁にこの方針に従った行動をするようになっている。なぜなら、弟のクィントゥスはカエサルの副官になったことだし、カエサルのための僕の提案はどんな些細なことでも、単に口先だけのことでも、彼はいつも快く受け入れてくれるので、彼は僕に感謝していると思うからだ。

 彼の多大な人気とこの上ない権力は君もよく知るところだろう。それを今ではまるで自分のもののように活用できるんだよ。悪意ある連中の計略から自分を守るには、僕がいつも使っている武器に加えて、力を持っている人の後ろ楯がなくてはならないんだ(F20の21)。

 もし君がそばにいてくれたとしても、おそらく僕はこれと同じ決断をしていただろう。

 君が生まれつき冷静な判断力の持ち主であることを僕は知っている。君の厚い友情はほかの人に対する憎しみに染まっていないことも僕はよく知っている。君が高潔で無欲なだけでなく純粋で一本気な人であることも僕はよく知っている。

 しかし、君はある人々の僕に対する態度を見ているはずだ。君に対する彼らの態度が、それと同じだったのを僕は見ているんだ。

 だから、君がローマにいたら、きっと君も僕と同じ立場をとるようになるはずなんだよ。

 しかし、君が帰国したあかつきには、僕の決断に関わらず君の考えを聞きたいと思っている。そして、その時には君は僕を救い出してくれた時と同じように、僕の名誉のことを考えてくれると思っている。

 僕もまた君が何をし何を考え何を望もうが、君の味方であり、同士であり続けるだろう。

 僕の人生の目的は、君が僕の役に立ったことが日々益々君にとって大きな喜びとなることだけなんだから(F20の22)。

 君の不在中に僕が出した本を君はご所望だが、弁論集があるからメネクリトスに託しておく。君が心配するほど多くはない。

(僕はもう弁論はやめて、もっと穏やかな類いの文学に戻っている。若い頃から好きだったが今も大好きだ)。

 それで、僕がかねて思っていたように、アリストテレスのやり方で3巻の『弁論家について』という本を対話体で書いた。これはきっと君の息子のレントゥルス君の役に立つと思う。

 というのは、これはよくある教本とは違って古代の人たちとアリストテレスとイソクラテスの弁論術をすべて含んでいるからだ。

 さらに3巻の『わが時代』という詩も書いた。これは出版するつもりだったら君に真っ先に送ったはずだ。というのは、この本は君の献身と僕の敬愛を永遠に証言してくれるものだからだ。

 では、なぜこれを出版しないかというと、そるはこの詩のよって僕に傷つけられたと思うかもしれない人たちのことが心配なのではなく(僕はその点は穏やかにやった)、切りがないので僕に貢献してくれた人たち全員の名前を挙げていないことが心配なんだよ。

 それでも、この本を託せる人が見つかれば君に送るように手配する。

 また、僕の日頃の活動でこの方面のことは全部君に見てもらうつもりだ。

 僕が昔からいそしんできた文学と学問で僕が何か書き上げたら、全部君の判断を仰ぐつもりだ。君はこういうものが前から好きだからね(F20の23)。

 君の家族のことについては、君も何かと言いたいようだが、僕が充分気をつけている。これは君に言われるまでもないし、改めて言われるのは心外なほどだ。

 君は「この前の夏は病気のせいでキリキアに行けなかったので弟のクィントゥス君の用件は出来ていないのですが、いまから全力でやっておきます」と書いてくれているが、実際、弟は「レントゥルスさんのおかげであの土地が加わることで、私の財産は確かなものになります」と言っている。

 君自身の事だけでなく、僕たちのレントゥルス君の勉強とスポーツについて、どんな事でも遠慮なく何度でも僕に便りをして欲しい。

 それから、君は僕にとっては誰よりも大切な友人だということを忘れないで欲しい。

 この事は君だけでなく世界中の全ての人たち、これから生まれる人たち全員に分かってもらうようにするつもりだ(F20の24)。

 アッピウス(既出)が「私はクリア民会に法案を提出できたら、同僚と属州のくじ引きをするだろう。クリア法が成立しなくても同僚と相談してレントゥルスの属州は私が引き継ぐつもりだ」と前から言い触らしているし、元老院でも公言している。

 さらに「執政官はクリア法を提出する必要があるが、不可欠ではない。私は元老院決議で属州を手に入れるのだから、ローマに入城するまでの命令権も、コルネリウス法で手に入れることになるだろう」と言っている。

 僕は君の友達がそれぞれ君に何を言って来ているかは知らないが、色んな噂があることは承知している。

 クリア法なしで君の後任を決めても、君が辞めることにはならないと言う人たちもいる。

 たとえ君が辞めても誰が属州を統治するかは君に委ねられると言う人もいる。

 僕としては、権利のことはよく分からないが(もちろん君の権利はそれほど心配はないとは思う)、僕も知っているように、君が自分の立派なキャリアと名声と自由な立場を大切にしているなら、君は遅滞なく後任に属州を譲ることが、必ず君にとってプラスになると思う。

 逆に君が彼の野心を阻むようなことをすれば君の野心が疑いの目が向けられるのは避けられない。

 君がどうしようと僕は君を支援するが、自分の考えを君に伝えることも、同じく僕の義務だと考えているんだ(F20の25)。

 ここまで書いた時、徴税請負人についての君の手紙を受け取った。僕はこの問題に関する君の正義感は認めざるを得ない。

 僕としては、君がいつも尊重してきたこの人たちの意向と活動を損なわないようにうまく決着できたらよかったのにと思っている。

 もちろん僕は君の決めたことを支持するつもりだ。ただ、君は彼らのやり方をよく知っているし、彼らがクィントゥス・スカエウォラ(前95年執政官、アジア総督)の言うことにさえ激しく抵抗した事も知っている。

 だから決まった事はさておき、出来れば彼らと和解して、彼らの気持ちをなだめるようにすることを、君には勧めたい。たとえそれが困難なことでも君の叡智があれば出来ると思う(F20の26)。






Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2015.4.17

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