参考にした山下太郎氏の訳は
こちら、解説は
こちら。
参考にした英訳、仏訳はテレンティウスの他の和訳で記した通り。
ミキオン 旦那、アイスキヌスの養父、65才
デメアス 大旦那、ミキオンの兄、アイスキヌスとクテシポンの実父
アイスキヌス 若旦那、デメアスの息子、ミキオンの養子、パンピラの恋人
クテシポン 坊っちゃん、坊や、デメアスの息子、バッキスの恋人
バッキス 娼婦、遊女、キタラ弾きの女
パルメノン アイスキヌスの召使、小番頭(無言)
シュルス ミキオンの番頭
ソストラータ 奥さま、パンピラの母
カンタラ 老女、ソストラータの家の乳母
ゲタ ソストラータの召使
サンニオン 娼婦の管理人、置屋の主人、女衒
ヘギオン 旦那、ソストラータの親戚、亡父の友人
パンピラ ソストラータの娘、アイスキヌスに犯されて妊娠中
ドロモン 子供、ミキオンの召使
あらすじ
すでに高齢の二人兄弟がいる。一方は兄デメアスで、田舎に住む節約家。厳格な生き方をしている。アイスキヌスとクテシポンという名の二人の息子を儲けた。一方は弟のミキオンで都会に住み、鷹揚、寛大な生き方。独身を通している。兄の息子のアイスキヌスを養子にしている。
兄弟は対照的な教育観をもっていてそれを自信をもって実行している。弟のミキオンは息子に恐がられるよりは友人として振るまおうとする。その信条は「子供にはあまり干渉せず、寛大な心で自由に育てる方が、脅しつけて躾けをするよりもいいと(57,58行)」というものである。
それに対して兄のデメアスは昔ながらの道徳観をもつ厳格な父親であろうとする。兄弟は劇の最初から子供の教育について口論を展開する。それは、アイスキヌスが遊女をサンニオンの置き屋から力ずくで連れ去ったという噂がデメアスの耳に入った事がきっかけだった。実はアイスキヌスは弟の恋を成就するためにそん
なことをしたのだが、デメアスはその事を知らなかった。弟のクテシポンはバッキスという遊女に惚れていたが、父に叱られるのを恐れて父には内緒にしていた。
アイスキヌス自身もパンピラという貧しい自由人の女性に恋をしていた。彼女はもう臨月で男の子を産むところで、すでに結婚の約束をしていたが、その事を養父のミキオンには知らせずにいた。ただ雑談の際にそろそろ結婚するつもりだとほのめかしてはいた(151)。
しかし、アイスキヌスがバッキスをさらったという話はデメアスを怒らせるだけでは終わらなかった。パンピラの母親で今は未亡人のソストラータはその話を聞いて絶望していた。そこで、亡夫の古い友人であるヘギオンに助けを求めて相談をもちかけた(351,447以下)。
その後、デメアスはヘギオンからパンピラのことを聞き出す(462以下)。そのためにデメアスはミキオンと再び口論する(719以下)。しかし、ミキオンは既にすべてを知っていた(592以下)。ミキオンは女衒に対してバッキス誘拐の償いをする。そして、パンピラと息子の結婚式を急がせる。
このときデメアスは息子のクテシポンはまだ無垢なままだと信じていた。しかし、ミキオンの家でクテシポンがバッキスと抱擁して酒を飲んでいるところに出くわしてしまう(782,798)。結局、デメアスは自分の教育方針はミキオンの教育方針よりもよい結果をもたらさなかった事を知る。
それで兄弟は三度目の口論をする(792以下)。しかし、これまで皆から嫌われ馬鹿にされていたデメアスは、この口論のあとでこれまでのやり方を止めることにする。そして、ふざけ半分に息子の放蕩に対して、弟のミキオンよりも寛大で迎合的な態度をとり始める。
そのためミキオンは大損をしてどうすれば窮地を脱すればいいか分からないで困惑する。(ラテン語ウィキペディアより)
デメアスには二人の息子がいたが、
長男のアイスキヌスを自分の弟ミキオンの養子にして、
次男のクテシポンを育てている。クテシポンは遊女の
魅力の虜になるが、厳格で気むずかしい父親デメアスには内緒にしている。
長男のアイスキヌスはそんな次男をかばってやる。弟の情事の噂と恋を
自分のことにして、とうとう遊女を置屋からさらってくる。
アイスキヌス自身はアテネ市民の貧しい女をレイプしたが、
その女と結婚する約束をしていた。
デメアスは腹に据えかねてミキオンと口論をする。しかし、やがて
真相が明らかになるとアイスキヌスはレイプした女と結婚し、
クテシポンは遊女と結ばれる。
舞台はアテナイの通り。二つの家がある。向かって左手がミキオンの家、右手がソストラータの家、右方向が広場、左方向が田舎である。
プロローグ、略
第一幕第一場(早朝のアテナイ。ミキオン、自分の家から出てくる。自分と兄の教育観の違いを独白する)
ミキオン (通りに向かって、迎えにやった召使に呼びかける)
おおい、ストラックスよ! (答えがなく、独白)うちのせがれの奴め、昨晩のパーティーからまだ
帰って来ないじゃないか。迎えにやった召使も誰ひとり戻って来んとは。「もしお前が家を空けて
帰りが遅くなったら、慈悲深い親御さんが心配することよりも、奥さんが想像をめぐらしてお前に
言うことが実際に起きるの望ましい」とはよく言ったもんだ。旦那の帰りが遅くて奥さんが想像す 30
ることと言ったら、よその女に惚れてるんじゃないかとか、女に言い寄られているんじゃないかと
か、飲み歩いて自分だけ楽しい思いをしているんじゃないかというぐらいだからなあ。それに対し
て、息子が帰らないことで私が心配して想像している事といったらどうだ。どこかで凍えているん
じゃないかとか、どこかで倒れているんじゃないかとか、骨折でもしてるんじゃんないかとか、そ
んな事ばかりだ。まったく、人間てやつは自分よりも大切なものを何か背負い込まずにはいられ
ないものなんだな。もともと、あの子は私の実の子ではなく兄上の子だ。兄上といえば、あの人は 40
若い頃から私とはまったく違った生き方をしている人だな。私はこの都会でのんびりと悠々自適の
生活を送ってきたし、妻というものを持ったことがない。これを運がいいという人もいる。これとは正
反対に、兄上は田舎暮らしをして、質素倹約を旨として生きてこられた。妻も娶って二人の息子も
儲けられた。その長男を私は養子としてもらい受けて、幼い頃から実の子同然の愛情をそそいで
育ててきたというわけだ。あの子は私の生き甲斐なだけでなく、私のたった一つの宝なんだな。私
もあの子から同じくらい好かれたくて、精いっぱいやってる。だから、欲しいものは与え、何をして 50
も大目に見ているんだ。何でもかんでも親の権威を振りまわす必要はないというのが私の方針だ。
そうやって、よその子が親に隠れてすることや、若気の至りでやらかすことも、私には内緒にしない
ようにしつけているんだ。子供というものは、親に嘘をつくようになってそれが平気になってしまった
ら、他人にはなおさら平気で嘘をつくようになるからね。だから、怖がられるよりは、子供の気持ちを
大切にして、寛大な心で育てる方がいいと私は思ってるんだ。兄上は私のこうした方針には大反対
なんだな。わが家に来てはたびたび大きな声でこう言われる、「弟よ、お主は何を考えているのじゃ。 60
何故わしのせがれを堕落させる。何故あの子は女を作ったり、酒を飲んだりしておるのじゃ。何故
お主はあの子の放蕩に金を出したり、高価な服を買ったりして甘やかすのじゃ。お主は本当に
大馬鹿者じゃよ」とね。でも、兄上は公平に見ても厳格が過ぎてるね。私の考えを言わせてもらう
なら、兄上は大きな間違いを犯しておられる。親の権威を行使するときは、優しくやるよりも厳しくびしっと
やる方が確実に効果があると、兄上は信じているらしいんだ。それに対する私の考え方は次のようなもの
なんだ。罰を恐れて言いつけを守る子供は、親の監視の目が届く間は努力するが、親に分からないと 70
思ったら、元の本性に戻ってしまう。ところが、親と好意でつながっている子供は、言いつけを本気で守る
し、親の恩に報いようとする。親に対して裏表のない子供になるんだな。だから、父親の務めは、子供が
罰を恐れて正しいことをするのではなく、自ら進んでそうするように仕向けることなんだな。父親と主人の
違いはここにあるんだよ。これが出来ない親は、どうすれば子供に言うことを聞かせたらいいか分からな
いと白状することになるんだな。(通りを見て)ところで、あそこにいるのは今話題にしているご当人かな。
やっぱりそうだ。何やら渋い顔をされている。きっとまたお小言を頂戴することになりそうだ。いらっしゃい、
兄上。お元気そうで嬉しいです。 80
第一幕第二場(朝、デメアス、右手、広場の方から登場。第一の口論)
デメアス やあ、お主、いい所にいたな。お主のことをずっと探していたところじゃよ。
ミキオン 何を渋い顔をされているんですか。
デメアス わしが渋い顔をしている理由を聞くのかい。長男坊のことに決まっているじゃろ。
ミキオン(傍白)さっき言ったとおりらしい。(デメアスに)あの子が何かしましたか。
デメアス 何かしましたかじゃと? あの子は恥知らずで、怖いものなしの無法者じゃよ。
これまでにしでかした事は別として、今度はまた何をしでかしたと思う。
ミキオン いったい何をしたんですか。
デメアス 人の家の扉をこじ開けて中へ押し入ったのじゃ。それから、その家の主人と召使いを
片っ端から殴りつけて死ぬような目に遭わせた。そして、自分が惚れた女をかっさらったのじゃ。 90
破廉恥な事をしたもんだとみんなは大騒ぎじゃよ。弟よ、わしはここへ来る途中に何度この話を
聞かされたことか! 世間ではこの話でもちきりじゃよ。まったく、あの子が誰かを手本にしたかっ
たら、うちの坊やがいるじゃないか。ところが、一生懸命働いて田舎でつましくまじめに暮らして
いる坊やの姿があの子には見えないのか、全く見倣おうとしない。これは、弟よ、あの子につい
て言っているが、お主にも当てはまるぞ。あの子の放蕩を許しているのはお主だからじゃよ。
ミキオン 世間知らずな人ほど理不尽なものはありませんねえ。自分が経験したこと以外は全
部間違っていると言うのですから。
デメアス それはどういう意味だい。
ミキオン 兄上、あなたの考え方は間違っていると言っているのです。いいですか、若い男には 100
女遊びも、酒を飲むのも悪いことではないのです。扉をこじ開けるのもそうですよ。私も兄上もこ
んなことはしませんでした。でもそれは、私たちが貧しかったからです。兄上は当時貧しさのため
に強いられていた生活態度を今になってご自慢なさるお積もりですか。それはおかしいですよ。
だってもし私たちにもお金があったら、同じことをしていたはずだからです。兄上にもし人の情と
いうものがあるなら、お宅の坊っちゃんにも若いうちに出来ることを今のうちにさせてあげて下さ
い。さもないと、兄上を厄介払いしたころになって、年甲斐もないことに手を出すことになりますよ。 110
デメアス いやはや、お主の話を聞いていると、わしの頭がどうかしそうだ。若い男があんなことを
するのが悪いことではないだと?
ミキオン まあ、私の話を聞いて下さい。そして、もうこの事で大きな声を出すのはやめて下さい。
兄上はご自分の息子を養子として私に下さいました。ですから、あの子は私の子になったのです。
兄上、もしあの子が不良に走ったら、それは私の責任です。その付けを払うのは大体いつも私なの
です。あの子がどんちゃん騒ぎをしても、あの子が大酒を食らっても、あの子が香水を付けても、勘
定は私もちです。あの子が女に手を出しても、都合のつく限り私がお金を出してやります。さもなけ
れば、多分あの子は締め出しを食らうでしょう。あの子が人の家の扉を壊したら修理をするし、あの 120
子が人の服を破いたら弁償するまでのこと。おかげさまで、私にはそれをするお金があります。今の
ところ私は困っていないのです。ですから、兄上は私に干渉するのはやめて下さい。さもなければ、
誰か仲裁人を呼んで下さいよ。私はこの件で非があるのは兄上だということを証明して差し上げます。
デメアス 何だと。お主は父親とは何たるかを、先生について勉強してこい。
ミキオン 兄上が生みの親なら、私は育ての親ですよ。
デメアス お主があの子の何を育てたと言うのじゃ。
ミキオン 兄上がまだ続けるおつもりなら、私はもう行きますよ。
デメアス それが兄に対する態度か。
ミキオン それでは、私は何度も兄上から同じ話をお伺いせねばならないのですか。
デメアス わしはあの子が心配なのじゃ。
ミキオン それは私も同じです。しかし、兄上、私たちは心配事を公平に分け合うべきなのです。 130
兄上はお宅の坊っちゃんの心配を、私は私の息子の心配をしていればいいのです。兄上が両
方の心配をするのは、 私にくれた息子を返せと言うのと同じことなのですよ。
デメアス 弟よ、何を言うのじゃ。
ミキオン 私の考えは以上です。
デメアス 分かったよ。お主がそうしたければ、あの子に無駄遣いさせて、浪費させて、破滅させ
たらいいのじゃ。わしには関係ないことじゃからな。いや、後でもう一つ言うことがある・・・。
ミキオン 兄上、まだお腹立ちですか。
デメアス わしの気持が分からんのか。わしはお主にやった子を返せと言っているのではない。わ
しは腹立たしいのだ。わしは赤の他人ではない。もしわしが邪魔だというなら・・・いや、もうやめて
おく。お前はわしに自分の子の心配だけしておけと言う。ああ、しているとも。おかげで、うちの坊
やはわしの思い通りに育ってくれた。お主の子もそのうち気付いてくれるだろう。わしはあの子の
ことをこれ以上悪く言いたくはない。(デメアス、左手、田舎の方へ退場) 140
ミキオン(独白)兄上のおっしゃったことにも一理あるが、それが全てではないんだな。私もあの子
のやったことに困惑している。ただ、私が腹を立てているところを兄上には見せたくなかったんだ。
兄上はあんな人だ。私が兄上の怒りを鎮めようとして、逆の立場から懸命に説得しても、道理を受
け入れてはくれない。一方、もし私があの人の怒りに加担して火に油を注ぐようなことをしたら、きっ
と私も兄上と一緒に正気を無くしてしまうだろう。今回のあの子の件では私もショックだったからだ。
あの子はどれだけの遊女に入れあげてきたことか。先日は道楽に飽きたのか、結婚するつもりだと 150
言ってきた。あの子の放蕩癖がやっとやんだと思って、喜んでいたんだ。ところがまた逆戻りとは!
しかし、何であれあの子に会って事実を確かめねばいかん。広場にいるだろうか。
(ミキオン、右手、広場の方へ退場)
第二幕第一場(アイスキヌスがバッキスを連れ帰る場面。)
(アイスキヌスとパルメノン、バッキスを連れて左手から登場。サンニオンが後から来る。)
サンニオン(叫ぶ)ああ、市民のみなさん、哀れなわしをお助けくだせえ。わしは何も悪いことはして
ねえです。無抵抗なこのわしをお助けくだせえ。
アイスキヌス(バッキスに向かって)ここまで来ればもう安心だよ。振り返ることはない。心配はない
んだから。僕がいるかぎり、あの男には指一本触れさせないよ。
サンニオン 皆さん方の意に添わねえことだっけども、あの尼っ子は渡さねえだ。
アイスキヌス(女に)あいつがいくら札付きの悪党でも、一日に二度も殴られるような真似はしないさ。
サンニオン 若旦那、聞いて下せいまし。わしの料簡を知らなかったと言ってもれえたくないんですよ。 160
わしはしがねえポン引きでがす。
アイスキヌス 知ってるさ。
サンニオン だども、わしほどまっとうな商売をしてきた者はいねえですよ。 後になって若旦那がこ
んなひでえことをする積もりはなかったと言い訳されても、(指を鳴らして)わしはこれっぽっちも相手
にしねえですよ。必ずこの落とし前はつけていただきやす。わしに加えた暴力はどんなに弁解しても
帳消しには出来ねえですよ。若旦那のおっしゃりそうな事はもう分かってるだ。「そんな積もりはなかっ
た」。そいでもって、わしにはこんなひどい事をしておきながら、自分は誓ってこんなことをする人間で
はねえとおっしゃるだ。
アイスキヌス(パルメノンに)小番頭、お前は先に行って急いで戸を開けろ。
(パルメノン、ミキオンの家の戸を開ける)
サンニオン そいじゃあ、わしの話を無視なさいますだか?
アイスキヌス(バッキスに)さあ中に入って。
サンニオン(バッキスにつかみかかる)それはだめだんべ。
アイスキヌス 行け、小番頭。そこじゃ離れすぎだ。そいつのそばから離れるな。よし、それでいい。
僕から絶対目を離すなよ。そして、僕が合図をしたら、すぐにあごに一発食らわしてやるんだ。 170
サンニオン お手並みを拝見したいでげす。(サンニオン、バッキスを連れ去ろうとする)
アイスキヌス(パルメノンに)おい、気をつけろ!
(サンニオンに)彼女を放せ。(アイスキヌスの合図でパルメノン、サンニオンを殴る)
サンニオン そんな、無茶苦茶でがす!
アイスキヌス やめないと二発目がくるぞ。(パルメノン、再び殴る)
サンニオン ああ、痛えだ!(バッキスを離す)
アイスキヌス(パルメノンに)合図なしにやったが、このミスは許してやる。(バッキスに)さあ
行って!(バッキス、パルメノンと一緒にミキオンの家に入る)
サンニオン 何ちゅう馬鹿な真似をなさるだ。若旦那、若旦那はこの国の独裁者ですか。
アイスキヌス もしそうなら、爺さんは功労者として表彰されてるよ。
サンニオン 若旦那はわしに恨みでもあるんで。
アイスキヌス 別に。
サンニオン そんじゃあ、わしが何をしてるかご存知ないだっぺ。
アイスキヌス 知りたくもない。
サンニオン わしが若旦那に何かご損をかけやしたか。
アイスキヌス 爺さんがそんなことをしたら、ひどい目に会うだろうよ。
サンニオン じゃあ、どうしてわしが金を払ったうちの娘っ子に手を出すような勝手な真似をなさるんで。
答えて下せい。
アイスキヌス この家の前で騒ぎを起こさない方がいいぞ。まだぐずぐず言うのなら、爺さんは中へ 180
引きずり込まれて、こっぴどく鞭で打擲されることになるぞ。
サンニオン 自由市民を鞭で打つってんで。
アイスキヌス そうだとも。
サンニオン 何ちゅう無茶な人だっぺ。この国じゃ市民の権利ちゅうもんは平等に与えてられている
はずだっぺな。
アイスキヌス おい、爺さん、爺さんはもう充分大騒ぎしたんだから、よけりゃ、今から僕の話をよく聞くんだ。
サンニオン わしが大騒ぎをしたですかい。それとも、若旦那がわしを相手に大騒ぎをしたですかい。
アイスキヌス そんな事は放っといて、仕事に戻るんだな。
サンニオン 何の仕事だっぺ。どこに戻るだ。
アイスキヌス 爺さんの得になる話を僕に言って欲しくはないのかい。
サンニオン 言って欲しいだ。無茶な話でなかんべな。
アイスキヌス おや、ポン引きの分際で、僕の口から無茶な話は聞きたくない?
サンニオン 確かにわしはポン引きだべ。坊っちゃん方の憎まれ役、ぺてん師、町の厄介者でがす。
じゃがて、わしは若旦那にはちっとも悪さはしてねえです。
アイスキヌス きっとあとに取っておく積りだな。
サンニオン 若旦那、話の続きをおっしゃって下さらんか。 190
アイスキヌス 爺さんは二〇ミナで彼女を買った。それが不幸の始まりだな。
爺さんはそれ以上はもらえないよ。
サンニオン その値段ではあの子を売る気はなかんべと、わしが申しましたらどうなさいますだ。
また暴力だっぺかね。
アイスキヌス とんでもない。
サンニオン もう暴力は御免被りたいんでな。
アイスキヌス 市民権のある女は売り買い出来ないはずだろ。僕は彼女がアテナイ市民だと申し立
てるつもりなんだ。さあ、爺さんはこの金額を受け入れるか裁判に備えるか、どっちがいいと思う。爺
さん、僕が戻って来るまでによく考えておくんだな。
(アイスキヌス、サンニオンを残してミキオンの家に入る)
サンニオン(独白)いやはや、災難にあって頭がおかしくなる人の気持ちがわかりますだ。若旦那に
店から引きずり出されて、たたきのめされて、うちの子をさらわれたあげく、惨めなわしは、しこたま拳
固を食らっただ。こんだけひどい目に遭った代償が、うちの娘っ子を元値で譲れという要求じゃわい。200
若旦那の申し出が本当なら、それでもいいだ。それに正当な要求もしていらっしゃる。よし、金さえ払っ
てもらえるなら受けようかい。じゃけんど、こんな予想も立つぞ。わしがあの値段でいいと言った途端
にわしはあの娘っ子を初めから売るつもりだった事にされちまう。金は夢と消えちまって、「じゃあ、明
日また出直して来い」となるんじゃあんめいか。これはひでえ取り引きじゃが、金さえ払ってくれたらわ
しも我慢できますだ。じゃが、現実を考えてみると、この商売を始めるからには、若者たちのひでえ仕
打ちも黙って甘受しねばならん。(諦めて)いやいや、誰も金なんか出すまいて。こんな金勘定を一人
でしても詮無いなことだっぺ。
第二幕第二場(シュルスがサンニオンと話を付ける場面)
シュルス(ミキオンの家から登場。中にいるアイスキヌスに向かって)分かりましたよ。あっしがじかに
会って、若旦那の条件を喜んで受け入れさせますよ。そして、いい取引をしたと言わせてやりますよ。
(サンニオンに)やあ、爺さん、さっきうちの若旦那と何かやり合っているのが聞こえましたが、いったい
何だったんです。 210
サンニオン 今日のわしらの騒動がゲームだったら、これほど不公平なものはないだんべ。二人とも
へとへとになるまでやったべが、若旦那が殴りっぱなしでわしは殴られっぱなしだあ。
シュルス それはお爺さんが悪いのですよ。
サンニオン わしにどうしろって言いますだ。
シュルス 若旦那の言う通りにすればよかったのです。
サンニオン わしは顔まで殴られやしたのに、あれ以上の何ができますだ。
シュルス あっしの言いたいことは分かるはずです。時には金にこだわらないのが一番得になることも
あるのです。本当にあなたは馬鹿ですね。あなたは若旦那の言う通りにして、少しでも自分の権利を譲っ
たら、大損しないかと心配したのですね。
サンニオン わしはあだな望みのために金をどぶに捨てるようなことはしませんのじゃ。
シュルス それではお爺さんはいつまでたってもうまく行きませんよ。それではだめですよ。お爺さんは
餌をまいておくことを知らないのです。 220
サンニオン きっとあんたの言う通りなんじゃろう。だけんど、わしはそこまで頭が回らんじゃで、いま手に
入えるものを失いたくないんじゃ。
シュルス 確かに、お爺さんの気持ちは私もよく分かます。しかし、そのやり方でやっている限り、お爺さん
の手元には二〇ミナは入って来ませんよ。お爺さんはキプロスに出かけるそうじゃないですか。それなら、
なおさらです。
サンニオン げえ!
シュルス お爺さんがキプロスに運ぶ物をたくさん買い込んで、船までチャーターしていることはあたしも
存じています。それでお爺さんは迷っていらっしゃる。たぶん、戻ってきてから、こっちの件を片付けるお
積もりなんでしょう。
サンニオン わしはどこにも行かねえだ。(傍白)こんちくしょうめ! 相手はそこをネタにして駆け引き始
めただ。
シュルス(傍白)爺さん青くなってるぞ。 動揺したらしい。
サンニオン(傍白)こんちくしょうめ!こっちの痛えところを突いて来るあのやり方を見ろ。 わしはここから
キプロスへ運ぶために、女も商品もどっさり買ってあるだ。これでキプロスの市場に行かねば大損こくだ。230
だども、こっちを後回しにして戻ってから 交渉してもだみだあ。もう片が付いちまってるぞ。「今頃来たの
かい。なぜ放っておいただ。 どこにいただ」となったとなるだんべ。ここでこのまま居続けて粘るのも、戻っ
て交渉するのもだみだあ。そんなら、いま損する方がましだんべ。
シュルス お爺さんは向こうの稼ぎを当てにしてるんでしょう?
サンニオン(無視して)あの若旦那がこんなやり方でええのかな。女を無理やりさらうなんて ことでええの
かなあ。
シュルス(傍白)弱っているらしい。(サンニオンに)これが最後ですよ。お爺さん、それで 満足できるか考
えてみて下さい。全部儲けるか全部を失うかの賭けをするより、両方の中間をとるんですよ。若旦那も一〇 200
ミナならなんとかして下さいますよ。
サンニオン おいおい! ひでえ目にあったあげくにわしは元値も確保できないのかな。若旦那は恥かしく
ねえのかね。わしの歯を全部ぐらぐらにしといて、げんこでわしの頭をこぶだらけに して、その上に代金も踏
み倒すってのか。わしはもうどこにも行かねえだ。
シュルス ご自由に。(立ち去るふりをして)お爺さん、ほかに何か用はないですか。
サンニオン あるとも、あるとも。番頭さん、これだけは聞いてけろ。これまでの事はともかく、裁判だけは御免
被りてえ。娘っ子の元値だけ払ってもらえたらいいだ。ははあ、きっと 番頭さんはあんたに対するわしの気持ち
に今まで気付いてらっしゃらねえようだんべ。わしは番頭さんのことはいつも忘れたことはねえし、いつも感謝 250
してるだよ。さあ、これで分かるじゃろ (金をつかませる)。
シュルス(金を受け取る)わかりました。頑張ってみましょう。おや、坊っちゃんだ。 女に会えるので 浮かれてい
らっしゃる。
サンニオン おいおい、わしの頼みはどうなるだんべ。
シュルス ちょっと待ってて下さい。
第二幕第三場(クテシポンが兄アイスキヌスに感謝している場面)
クテシポン(広場の方から登場、独白)困っている時は誰の助けも嬉しいけど、やっぱり助けるはずの人が
助けてくれるのは本当に嬉しいな。ああ、兄さん、僕は兄さんの立派さをどう言えばいいだろう。本当に、どん
な言葉も兄さんの素晴らしさを表すには足りないな。それに僕ほど恵まれた境遇にある人は他にいないと思う
よ。こんなに才能あふれた兄は誰も持てないもの。
シュルス やあ、坊っちゃん。
クテシポン おや、番頭さんか。兄さんはどこ。
シュルス ほら、中で坊っちゃんをお待ちですよ。
クテシポン やったあ! 260
シュルス どうかしたんですか。
クテシポン どうかしたかって? 番頭さん、僕の命がいまあるのは兄さんのおかげなんだ。素晴らしい人さ。
なにせ兄さんは僕のために何もかも後回しにして、人の悪口も陰口も、僕の過ちも苦しみもみんな自分で引き
受けてくれたんだからね。兄さんはこれ以上ないことをしてくれたんだ。(ミキオンの家の戸が開く)あれ? 誰か
出てくるぞ。(近づこうとする)
シュルス そこでお待ち下さい。兄さんが出て来られました。
第二幕第四場(クテシポンがアイスキヌスに会う場面)
アイスキヌス(ミキオンの家から出てくる。) あのごうつくばりの爺さんはどこだ。
サンニオン(傍白)わしをお探しだ。こんちくしょうめ、手ぶらじゃわい。
アイスキヌス(クテシポンを見つけて)おや、弟、いい所にいた。お前を捜していたところだ。元気かい。
万事順調だから、もう悲しい顔は見せるなよ。
クテシポン もうそんな顔はしませんよ。だって僕には兄さんがついているんですから。ああ、僕の兄さん、
これこそ正真正銘の兄さんですよ。でも、これ以上兄さんを面と向かって褒めたら、僕の感謝の言葉がお世
辞と受け取られないか心配です。 270
アイスキヌス はは、馬鹿だなあ。僕らは互いのことを知りぬいた仲じゃないか。僕が残念なのは、気づくの
がもう少し遅かったら手遅れになって、助けたくても助けられない所だったことだよ。
クテシポン 恥ずかしくて言い出せなかったんです。
アイスキヌス あれは愚かなことであっても恥ずべきことじゃない。あんな些細な事のために、駆け落ちを考
えるなんて、まったく話にもならない。そんなことは絶対だめだよ。
クテシポン 僕の間違いでした。
アイスキヌス(シュルスに向かって)結局あの爺さんはどうすると言っているんだい。
シュルス もうおとなしくしていますよ。
アイスキヌス それじゃあ、僕は奴と片を付けるために広場に行ってくるよ。弟、お前は中の彼女の所へ行っ
てやれ。
サンニオン 番頭さんよ、若旦那にお急ぎなさるように言ってくだせえ。
シュルス(アイスキヌスに)若旦那、行きましょう。爺さんはキプロスに急ぎの用があるそうですから。
サンニオン わしはそんなに急いではいなえです。のんびり待たせてもらいますだ。わしには時間はたっぷり
あるだで。
シュルス 金は払ってもらえますよ。心配はいりません。 280
サンニオン じゃが、全額払ってもらいますだ。
シュルス 全額払ってくれますよ。黙ってこっちへついていらっしゃい。
サンニオン 行きますだ。
(アイスキヌスとサンニオン、ミキオンを探しに、右手、広場の方に退場。シュルスもついていこうとする)
クテシポン ねえねえ、番頭さん。
シュルス 何ですか。
クテシポン 頼むから、あの嫌な爺さんとはなるたけ早く片を付けて欲しいんだ。あいつがこれ以上へそを
曲げて、この事が何かで親父の耳に入ったら、それこそ僕は永久に終わりなんだから。
シュルス そんなことにはならないようにしますから、安心していて下さい。その間、坊っちゃんは中で彼女と
よろしくしていて下さいね。それから夕食のお膳の支度その他もよろしく。あっしは用事をすませたら、ごちそ
うを持って帰りますから。
クテシポン 是非そうしてくれ。これがうまくいったら、今日はお祝いだね。
(シュルス、右手、広場の方に去る。クテシポン、ミキオンの家に入る。舞台、無人に)
第三幕第一場(アイスキヌスの彼女が出産間近であることが分かる場面)
ソストラータ(カンタラを連れて自分の家から登場) ねえ婆や、この先どうなるのかしら。
カンタラ どうなるのかですって? 順調だと思いますよ。最初の陣痛が始まったところですわ、奥さま。もう
ご心配ですか。お産の立ち会いも、出産の経験もおありでしょうに。 290
ソストラータ あたし心細くて。誰もいないのよ。私たち二人っきりですもの。ゲタもいてくれないから、お産婆
さんを呼びにやる人も若旦那を迎えに行く人もいないのよ。
カンタラ 大丈夫、若旦那はすぐに来て下さいますわ。お見舞いを一日も欠かかしたことのない人ですもの。
ソストラータ 私の数々の不幸の中であの人が唯一の慰めなのよ。
カンタラ この場合、これ以上のことは望めませんわ、奥さま。あんな間違いがあったにせよ、お相手として
は、ご立派で性格もよく、家柄も確かですし。
ソストラータ まったくあなたの言うとおりだわ。絶対若旦那には無事でいてもらわなくてはね。
第三幕第二場
(アイスキヌスが遊女をさらったことを心変わりと誤解してソストラータたちに伝える場面)
ゲタ(右手、広場の方から駆け込んでくる。独白)さあ大変な事になった。誰がどんな智恵をふり絞って、この
事態を取り繕うとしたって、おれと奥さまとお嬢さまを この不幸から救い出す方法なんか見つかりっこない。300
ああ、もうおしまいだ。暴力、貧困、不当な仕打ち、孤立無縁、恥辱。多くの災難が一度にどっとわが家に押し
寄せてきたんだ。もう逃げようがない。これが世の中というものか! ちくしょう、ああ、ひどい、あの罰当たり
者め!
ソストラータ(傍白)心配だわ。いったい何があったのかしら。ゲタがあんなに興奮して取り乱しているなんて。
ゲタ(独白)あの男は約束も誓いもあわれみの心も何のそのだ。自分が暴行した哀れなお嬢さんが臨月だという
ことも、奴を引き止めることは出来なかったとは。
ソストラータ 何を言っているのかよく分からないわ。
カンタラ あの、奥さま、もっと近づいてみましょう。
ゲタ(独白)もう、無茶苦茶だよ。もう我慢できない。腹わたが煮えくり返る。 こうして血気にはやっている時に、310
あいつの家族に出くわして、この怒りをぶちまけられたらどんなにいいだろう。あいつらにこの手で復讐できる
なら、どんな罰を受けても構うもんか。まず最初に、あの悪党を育てた老人の命を奪ってやる。次はあの悪党
をけしかけた番頭だ。ああ、奴を八つ裂きにするためにどうしてくれよう! 胴体をひっつかんで、脳天を地面
に突き刺して、あいつの脳味噌を道にばらまいてやるんだ。あの若造は目玉をくりぬいてから真っ逆さまに頭
から投げ飛ばしてやる。残りの奴らは突進して、追い回して、引っつかんで、ぶん殴って、叩きのめしてやるん
だ。いやそれより早く奥さまにこの惨事を伝えなくては!
ソストラータ(カンタラに)いっしょに呼びましょう。ゲタ!
ゲタ 何だい。誰だか知らないが、あっしに構わないでくれ。320
ソストラータ 私ですよ。ソストラータです。
ゲタ どちらですか。(ソストラータを見つけて)あっしは奥さまに会わなくてはと、奥さまのことをずっと探していた
のです。やっと奥さまに会えて本当によかった。実は奥さま・・・。
ソストラータ どうしたの。何をそんなにうろたえているのです。
ゲタ それがもう・・・。
カンタラ 何ですよ、そんなにあわてて。落ちつきなさい。
ゲタ まったく・・・。
ソストラータ 「まったく」何です。
ゲタ 無茶苦茶なんですよ。万事休すなんですよ。
ソストラータ ねえ、何があったか話して下さい。
ゲタ もう・・・。
ソストラータ 「もう」どうしたの。
ゲタ 若旦那が・・・。
ソストラータ 若旦那がどうしたのです。
ゲタ この家とは赤の他人におなりになったのです。
ソストラータ まあ、そんな馬鹿な。どうしてそうなるのですか。
ゲタ 若旦那はほかの女に心移りしたのです。
ソストラータ まあ! 何てこと!
ゲタ あの人はそれを人に隠さずに、白昼堂々、置屋から遊女をさらったのです。
ソストラータ それは本当に本当の事なのですか。
ゲタ 本当です、奥さま。あっしがこの目で見てきたのですから。
ソストラータ(涙にくれて)まあ、どうしましょう。これから何を信じたらいいの。誰を信じたらいいの。私たちの
大切な若旦那、あの人は私たちみんなの命、私たちの希望、私たちの力だったのに。あの人は私の娘と死ぬ 330
まで一緒に生きていくと誓ってくれたのに。子供を自分の父親の胸に抱かせて、あの子と結婚する許しをもら
うと言ってくれたのに。
ゲタ 奥さま、涙は後にして、これからどうすべきか考えて下さい。このまま泣き寝入りするのか、それとも誰か
に話を聞いてもらうのか。
カンタラ あらまあ、お前は正気なのかい。こんな恥を人前にさらしていいとでも思っているのかい。
ゲタ いえ、あっしもそれには反対です。第一、あの男の心変わりは、その行動から明らかです。今になって昔
の事件を表沙汰にしても男は否定するに決まってます。しかも、それで奥さまとお嬢さまの評判に傷がついて
しまいます。逆にもしあの男が暴行の事実を認めても、別に女がいる男にお嬢さんを嫁がせるのはお嬢さん 340
の為めになりません。ですから、いずれにしてもあの男の事は黙っているべきなのです。
ソストラータ いいえ、それは駄目。私は泣き寝入りするつもりはありません。
ゲタ えっ? 奥さまはどうするお積もりですか。
ソストラータ 事を表沙汰にするのです。
カンタラ そんな馬鹿なことを。奥さま、ご自分が何をなさろうとしているかよく考えて下さいまし。
ソストラータ もう何をしても事態は今より悪くなりようがないのです。第一、娘には持参金がありません。
それに、持参金代わりになる物も失ってしまいました。あの子を生娘として嫁がせることはもうできない
のです。しかし、これが残っています。たとえあの人が暴行の事実を否定しても、あの人が落として行った
指輪を私は証拠として持っているのです。その上、私はこの件に関して何の弱みもないし、娘と私の名誉
を汚す金銭や物の受け渡しがなかったことは自信があります。だから、ゲタよ、私は裁判に訴えるのです。
ゲタ わかりました。おっしゃるとおりだと思います。
ソストラータ では、お前はすぐに親戚のヘギオンさんの所へ行って、事件のことを詳しく話してきて下さい。350
あの人は亡き夫の親友で、今も私たちの面倒をよく見てくれている人だからです。
ゲタ 本当にわが家のことを心配をしてくれるのはもうあの人だけですからね。(ゲタ退場)
ソストラータ ねえ婆や、あなたも急いで一走りして、お産婆さんを呼んで来て下さい。いざという時に間に
合うようにね。(カンタラ、右手、広場の方に退場。ソストラータ、自分の家の中に入る)
第三幕第三場(デメアスがシュルスに騙される場面)
デメアス(左手、田舎から来る。独白)ああ、何ということじゃ。長男が女をさらった時にうちの坊やも一緒
だったと言うじゃないか。うちの坊やは多少は見込みがあったのに、それでも悪の道に誘い込まれるのなら、わ
しの不幸も極まれりじゃわい。あの子はいまどこにいるんじゃ。きっとまたどこかの淫売屋に連れ込まれている
んじゃろ。あの汚れた男に誘われてな。そうに決まっちょる。おや、弟の家の番頭が来るのが見える。そうだ、う 360
ちの坊やがどこにいるかをあいつから聞き出そう。いや、番頭もぐるだった。悪党め、わしがあの子を必死に探
していることがわかったら、あの子の居場所なんか絶対教えんじゃろ。わしが坊やを探してることは隠しておこう。
(シュルス、右手、広場の方から食料を抱えた召使いたちを連れて入場)
シュルス(傍白)うちの旦那さまにさっき、事の真相を詳しく話してきたよ。それには旦那さまも大喜びされてたな
あ。
デメアス(傍白)まったく、何という馬鹿野郎じゃ!
シュルス(傍白)旦那さまはご子息を絶賛されていた。ああするようにアドバイスをした私にも感謝して下さった。 370
デメアス(傍白)わしの堪忍袋はもう限界じゃ。
シュルス(傍白)旦那さまはすぐに身請けのお金を払って下さり、おまけに買い物用に半ミナもあっしに下さった。
それで満足の行く買い物ができた。
デメアス(傍白)ははあ、みんなは何か事をうまく運びたければ、こういう男に頼むんだな。
シュルス(デメアスに気づいて)おや、大旦那さまですか。気がつきませんでした。どうされましたか。
デメアス どうされましたかだと? お前の家のやり方には、開いた口がふさがらないでいるところだよ。
シュルス 正直言って、確かに愚かで馬鹿げたやり方ですね。(召使いの一人に)ドロモン! 魚の下ごしらえを
たのむ。ああ、その大きな穴子はしばらく水の中で遊ばせておけ。そいつの下ごしらえは俺が行ってやるからな。
(ドロモン、家の中に入る)それまでは手を付けるなよ。
デメアス こんな贅沢をしよって。
シュルス あっしも嫌なんですよ。だからいつも反対はしてるんですけどね。(別の召使いに)ステパニオン!
その塩漬けの魚をたっぷりの水に漬けてくれ。380
(ステパニオン、家の中に入る)
デメアス まったく、弟はわざとこんなことをしてるのかね。あいつは息子を堕落させてそれが手柄になるとでも
思っているのかね。もう無茶苦茶じゃないか。いつかあの子が無一文になって、ここから逃げ出してどこかの傭
兵になるのが目に見えるようじゃ。
シュルス さすが、大旦那さまです。目の前の事ばかりか、将来の出来事も見通しておられるとは、頭が冴えて
おられます。
デメアス それで、お前の家には例のキタラ弾きの遊女がまだいるのかね。
シュルス ええ、中にいますよ。
デメアス おいおい、弟は遊女を家に住まわせるつもりなのか。
シュルス きっとそのおつもりでしょう。正気の沙汰ではありませんがね。
デメアス 弟はそんなことまで許すのか。
シュルス 父親の愚かな溺愛と、間違った寛容さのせいですな。390
デメアス 弟には本当にがっかりじゃよ。わしは恥ずかしい。
シュルス 大旦那さま、大旦那さまが目の前にいらっしゃるからこんなことを言うわけではありませんが、お二人は
月とスッポンぐらい違いますね。大旦那さまがどこをとっても英知そのものなら、こちらの旦那は夢遊病者です。大
旦那さまならご自分の息子さんにあんな事をお許しになりますか。
デメアス 許すわけがない。それどころか、わしなら坊やが実際に何かする半年も前に気付いてやめさせたはずじゃ。
シュルス 大旦那さまの目聡さはよく存じております。
デメアス うちの坊やはずっと今のままでいて欲しいのじゃ。
シュルス 二人のお坊っちゃまは、それぞれのお父上の期待どおりに成長されましたねえ。
デメアス それで、うちの坊やは何をしている。お前あの子を今日は見かけたのかい。
シュルス 大旦那さまの坊っちゃんですか。(傍白)この人を田舎へ追い払うとするかな。(デメアスに)坊っちゃんは 400
今ごろ田舎で野良仕事に励んでおられると思いますよ。
デメアス あの子が田舎に? それは確かなのかね。
シュルス そりゃあ、あっしがお連れしたんですから。
デメアス それは良かった。こっちに居ついてるんじゃないかと心配してたんだ。
シュルス それから、坊っちゃんは何かひどくお怒りでしたよ。
デメアス 何に怒っていたというのじゃ。
シュルス 広場の真ん中でうちの若旦那に食って掛かっておられましたよ。例のキタラ弾きの遊女の件でね。
デメアス それは本当の話なのか。
シュルス それはもう、遠慮会釈もなしで。ちょうど身請けの金が支払われている時に、突然坊っちゃんが現れて、
大きな声で始めたのです。「兄さん、あなたがこんな破廉恥なことをするなんて! わが家の家名を汚すことになり
ますよ!」と。
デメアス ああ、うれしくて涙が溢れてくる!
シュルス「兄さんはそのお金だけでなくご自分の人生もどぶに捨てようとしているのですよ」と。 410
デメアス でかした! あの子は期待がもてるぞ。うちの祖先によく似ている。
シュルス すごいですね。
デメアス 番頭さん、あの子はそういった格言をよく知っているんじゃよ。
シュルス(小声で)やれやれだ。(聞こえるように)家で大旦那さまから学んでおられましたからね。
デメアス わしも熱心に教えているんじゃ。どんな機会も逃さずにな。それからしつけだ。要するに「鏡の中を見るように
して万人の人生を見よ。もって他山の石とせよ」とな。「こうしろ」。
シュルス なるほど。
デメアス「それはやめろ」。
シュルス ご賢明です。
デメアス「それは誉めてやる」。
シュルス 正にそれです。「それは悪いことだ」。
シュルス 素晴らしい。
デメアス それから・・・
シュルス あのう、実は、いま大旦那さまのお話を全部伺っている時間はございませんので。いい魚が入りまして、420
これをダメにしないように注意しませんと。これでしくじるとあっしらにはやばい事になるのです。いま仰った大旦那
さまのお言葉を守らないのがお宅の人たちにとってやばいようにですね。あっしも大旦那さまと同じように召使いの
連中をしつけてるんですよ。「それは塩からい。それは焦げている。それは全然洗えてない。それはいい。次も忘れ
ず同じようにしろ」と熱心に、あっしの頭で出来るかぎりの事を教えているんですよ。それから、大旦那さまが「鏡の
中を見よ」とおっしゃるならあっしらは「皿の中を見よ」と言って、どうするのが肝心かを教えてるんです。あっしもこの
家の人たちがやってる事は馬鹿げたことだとは分かっています。でもどうしろと仰るんですか。「郷に入れば郷に従え」430
っていうことですよ。ほかにご用はありませんか(シュルス、行こうとする)。
デメアス お前たちが正気に返ることを願っているよ。
シュルス もう田舎に出掛けられますか。
デメアス すぐにな。
シュルス 大旦那さまにはこんな所に用はないですからね。大旦那さまがいくら立派な教訓を垂れても耳を貸す人は
ここにはおりませんからねえ。(シュルス、ミキオンの家に入る)
デメアス(独白)わしはもう帰るぞ。うちの坊やに会いにここに来たのに、あの子は田舎に帰ってしまったのだから。わ
しは坊やのことが心配だ。あれはわしの大切な子供だ。弟の息子の心配は弟に任せるとしよう。それがあいつの望み
なのだから。おや、向こうに見えるのは誰だろう。同じ里のヘギオン君かな。わしの目が狂いがなけれは、確かにそうだ。
ああ、彼は子供の時からの友人だ。ほんとうに、この町には彼のような人が少なくなった。彼は昔ながらの美徳と信義 440
を備えた人だ。この人に任せていればこの国が災いを被ることなどないのだ。こんな人が今も残っているのを見て、わ
しは嬉しい。人生も捨てたものではないわい。挨拶して話をするために、ここで待っていよう。
第三幕第四場(デメアスがアイスキヌスの暴行を知り、その相手を捨てたという噂を聞く場面)
ヘギオン(ゲタと話をしながら、左手、田舎の方から登場) ゲタよ、まったくひどい話じゃないか。それは本当の事なの
か!
ゲタ 本当なんです。
ヘギオン あの家族の一員がこんな恥ずかしい事をしでかすなんて! 全くあの長男坊め、あいつは父の名誉を汚すこと
をやったのだ。
デメアス(傍白)きっとあの人もあのキタラ弾きの遊女のことを聞いたんだな。他人があんなに心配してるのに、当の父親 450
はまったく気にしていないとは、一体どうなってんだ。弟はここに来て、この人の話を聞くべきだよ。
ヘギオン もし間違ったことをしたのなら、そんなやり方では逃げられないはずだ。
ゲタ ヘギオンさま、わが家の希望は全てあなた様の肩に掛っているのです。私たちにはあなたしかいないのです。あなた
はわが家の守り神、わが家の父です。わが家の主人は死に際に私たちのことをあなた様に委ねたのです。もしあなた様が
私たちを見捨てたりしたら、わが家は破滅なんです。
ヘギオン 口を慎みたまえ。私はそんな事はしないし、身内としてそんな事を出来るわけがない。
デメアス(傍白)会いに行こう。(ヘギオンに)これはヘギオン殿、ようこそいらっしゃい。460
ヘギオン おや、これはデメアスさん。こんにちは、あなたを探していたところですよ。
デメアス どうかしましたか。
ヘギオン お宅の若旦那、弟さんに養子に出したあなたの上の息子さんは人としての義務も市民としての責務を果たして
いないのですよ。
デメアス それはどういう事ですか。
ヘギオン 我々の昔の仲間のシムルス君をご存知でしょう。
デメアス もちろんです。
ヘギオン お宅の若旦那は彼の娘を暴行したのです。
デメアス え、何ですって。
ヘギオン デメアスさん、まだ驚くのは早い。私はまだ一番大切なことを話していない。
デメアス まさか、もっとひどいことがあるのですか。
ヘギオン そのとおり。なぜなら、ここまではなんとか我慢できるからです。夜中に欲望に駆られた若者が酒に酔って
したことだとすれば、それも分からない事ではない。これは人間なら誰しもあることです。だから、彼は自分のしたこと 470
を悟ると、自ら娘の母親のもとに行って、涙ながらに許しを請い、娘と結婚する約束をして誓いを立てました。彼の言
葉は信用されて、彼は許されて、事件は表沙汰にされずにすんだのです。娘の方はその事件のせいで妊娠して十ヶ
月になります。ところが、その好青年が、あろうことかある遊女を身請けして一緒に暮らし始めて、こっちの娘を捨てた
のですよ。
デメアス それは本当の話ですか。
ヘギオン 娘の母親が証人です。娘本人もいるし、妊娠という事実もあります。このゲタもいます。彼は召使としてけっ 480
して能なしでも 怠け者でもない。彼が一人で女たちを養い、家族を支えてきたのです。お疑いなら彼を捕まえて縛り上
げて尋問すればいいのです。
ゲタ(デメアスに)そうですとも。大旦那さま、これが嘘だと言うなら、私を拷問にかけて下さい。いつかは若旦那も認める
はずです。さあ若旦那を私と対決させて下さい。
デメアス(傍白)わしは恥ずかしい。どうすればいいのか、この人に何と答えたらいいのか皆目わからん。
パンピラ(家の中から)ああ、痛い。痛くてたまらないわ! 神さま、お願い。私をお助け下さい。私をお救い下さい!
ヘギオン まさか! 娘は産気づいているんじゃないのか。
ゲタ 正にそのとおりです、ヘギオンさま。
ヘギオン(デメアスに)ほら、あの娘は今あなた達の誠意を求めているのですぞ。強制されてやるのではなく、進んで 490
彼女の願いを叶えてやって下さい。あなた達の名折れにならないようにして欲しいのです。もしあなたにその気がない
のなら、私は全力であの娘とあの娘の今は亡き父親を守る覚悟です。シムノンさんと私は親戚ですし、私たちは子供
の時から一緒に育てられた仲なのです。国内だけでなく戦地でも一緒にいましたし、窮乏生活も共に堪えました。だか
ら、私は彼女たちを見捨てることはありません。力を尽くし、手を尽くして、死ぬまで戦うつもりです。さあ、あなたはどう
答えますか。
デメアス(逃げをはかる)ヘギオンさん、わしは弟に会って来ます。この問題については弟の考えに従うことにしますよ。
ヘギオン だがデメアスさん、次のことはよく考えておくことです。もしあなたが優れた人間と言われたければ、生活が楽 500
になって、金儲けをして有力者になって、成功して高い地位につくほどに、正しい心を持って、何が正しいかを知っていな
ければならないのですよ。
デメアス では、あとでまたおいで下さい。すべてを然るべく取り計らっておきますから。
ヘギオン あなたならそうすると思いました。ゲタよ、ソストラータさんの所へ連れて行っておくれ。
(ヘギオン、ゲタと共にソストラータの家に入る)
デメアス(独白)だから言わんこっちゃない。もういい加減にしてもらいたい。際限なく甘やかしていると、その内とんでもな
い事になるぞ。よし、いまから弟を探し出して、この事を全部ぶちまけてやる。510
(デメアス、右手、広場の方に退場)
第三幕第五場(ヘギオンがソストラータを励ます)
ヘギオン(ソストラータの家から出てきて、中のソストラータへ)奥さん、気持ちをしっかり持って下さい。そして、出来る
だけ娘さんを元気づけてあげて下さい。ミキオンさんは広場にいるでしょうから、私が彼に会って事の次第をはっきり
伝えて来ますから。もしもミキオンさんが自分の義務に則った行動をするならそれでよし、もしこの件に関する彼の考
え方が違うなら、はっきりそう言ってくれたらいいのです。その方が私がどうすべきか早く分かるというものです。
(ヘギオン、右手、広場の方に退場)
第四幕第一場(クテシポンが父親を恐れる場面)
クテシポン(シュルスとミキオンの家から出てくる) お前、親父は田舎へ帰ったと言うのかい。
シュルス はい。だいぶ前に。
クテシポン ねえ、それは本当なのかい。
シュルス きっと大旦那さまは田舎のお屋敷で今頃は畑仕事に精を出しておられますよ。
クテシポン そうだといいけど。できれば命に別状のない範囲でくたびれ果てて、三日ほど寝ついてくれたらいいん
だけど。 520
シュルス そうだといいですね。どうかするともっといい事があるかも知れませんよ。
クテシポン まったくだ。今日一日がこうしていい日のままで終わってくれることを僕は切に望むよ。ただ、うちの田舎
が近いのが難点だね。もっと遠ければ、親父がここに戻ってくる前に日が暮れてしまうんだけどな。今頃は僕が田舎に
いない事に気づいて、こっちに引き返している頃だよ。そうに決まってる。そして僕に聞くんだ、「お前どこにいたんだ。
今日は一日じゅう見なかったじゃないか」とね。その時ぼくはどう答えたらいいんだろう。
シュルス いい答えが何も浮かびませんか。
クテシポン まったくだよ。
シュルス それは困りましたね。お宅には庇護者や友人や客人はいないんですか。
クテシポン いるよ。いたらどうなるっていうんだ。
シュルス 友人に用があったと言えばいいんですよ。
クテシポン 用なんかなかったら? そんなものあるわけないし。
シュルス ありますよ。 530
クテシポン 昼間の言い訳はそれでいいとして、ここで一晩過ごす言い訳はどうするんだい。
シュルス あっそうか。夜中に友人に用があるなんておかしいですね。まあ、坊っちゃん、安心して下さい。大旦那
さまのご気性はよく存じていますから。どんなに怒っていらしても、羊のように大人しくしてさしあげますよ。
クテシポン どうやるんだい。
シュルス 大旦那さまは坊っちゃんが褒められるのが何よりの好物なんです。坊っちゃんを大旦那さまの前で最高に
褒めちぎって、坊っちゃんの武勇伝を語ってさし上げるんですよ。
クテシポン 僕の武勇伝を?
シュルス そうです。大旦那さまは涙を流して子供のようにお喜びになります。(通りを見て)ほら、来られました。
クテシポン 何だって。
シュルス 噂のご当人ですよ。
クテシポン 父さんが来たの?
シュルス そうです。
クテシポン 番頭さん、僕たちは一体どうするの。
シュルス 後はあっしに任せて、とりあえず中へお逃げ下さい。
クテシポン 父さんが何か尋ねても、ぜったいに僕のことは言うなよ。分かっているだろ。
シュルス 分かってますって。
(シュルス、クテシポンをミキオンの家の中に入れる)
第四幕第二場(デメアス、右手、広場の方から登場。デメアスがシュルスにまたも騙されて追っ払われる場面)
デメアス(傍白)わしは本当に不幸な巡り合わせに生まれた人間に違いない。弟はどこにも見つからないし、 540
弟を探している時に会った田舎の小作人は「坊っちゃんは田舎にはいらっしゃいませんよ」とぬかしやがるし。
一体わしはどうしたらいいのか分からんよ。
クテシポン(戸口から小声で)おい、番頭さん。
シュルス 何ですか。
クテシポン 父さんは僕を探しているのかい。
シュルス そのようですね。
クテシポン まいったな。
シュルス 坊っちゃん、ご安心下さい。
デメアス(傍白)どうしてわしはこんなに付いてないんだ。さっぱりわからん。わしは苦労を一人でしょいこむこん
な役回りのために生まれてきたと思うしかない。わしが最初にわが家に起きた問題に気付いて、わしが最初に
その全貌をつかんで、それから、わしが最初にそれを伝える役回りなのじゃ。何かが起こって嫌な思いをするの
はいつもわし一人なのじゃ。
シュルス(傍白)おかしな人だ。一人だけツンボ桟敷におられるのに、最初に気づくのはご自分だとおっしゃって
いる。
デメアス やっと戻ってきた。ひょっとして弟が帰って来ていないか見に行こう。
クテシポン(小声で)番頭さん、ねえ、父さんがここに入って来ないようにしておくれよ。
シュルス しっ。分かってますよ。 550
クテシポン やっぱり、今日はお前には任せられないよ。ぼくはあの子と奥へ雲隠れすることにするよ。それが
一番安全だから。
シュルス どうぞ、どうぞ。とにかく大旦那さまはあっしがおっぱらっておきますから(570以下)。
(クテシポン、家の中に戻って戸を閉める)
デメアス おや、あそこに悪賢い番頭がいるぞ。
シュルス(傷を撫でる振りをして独り言のように言う)こんな扱いを受けて耐えられる奴なんか絶対にいないよ。おれ
にはいったい何人のご主人様がいるのか知りたいよ。もう耐えられないよ。
デメアス あの男は何をぶつくさ言っておるのじゃ。何が目当てのなじゃ。(シュルスに)おい名番頭くん、弟は家にい
るかね。
シュルス 一体全体何だってあっしに「名番頭」なんておっしゃるんです。あっしはもうふらふらですよ。
デメアス 何があったのじゃ。
シュルス 聞いて下さいますか。あの遊女共々あっしはお宅の坊っちゃんにしこたまぶたれたんですよ。もう死ぬかと。
デメアス ふん、また何を言い出すことやら。
シュルス ほら、ご覧下さい。唇が切れてましょ。
デメアス どうしてそんな事になったんだ。
シュルス 坊っちゃんは、遊女を身請けしたのはあっしがけ仕掛けたからだとおっしゃるのですよ。
デメアス お前はさっきうちの坊やを田舎に連れて行ったと言わなかったか。 560
シュルス はい、お連れしました。でも、怒ってまた戻って来られたのです。そして坊っちゃんは手加減なしに、
遠慮会釈もなくこの年寄りを殴りつけたんです。(身振りを交えて)赤ん坊の時にはこんなに小さくて、この手
で抱いてさしあげたのにですよ。
デメアス 坊や、ほめてやるぞ。それでこそわしの息子だ。よし、お前も一人前の男になったな。
シュルス おほめになるのですか。坊っちゃんに分別がおありなら、二度と手を挙げないで頂きたいのですが。
デメアス 立派な行いじゃないか。
シュルス 憐れな女や無抵抗な召使のあっしをやっつけたんですから、全くご立派ですよ。
デメアス これ以上の手柄はない。わしと同じく、坊やもお前がこの事件の元凶だと気付いたんだな。ところで、
弟は中にいるかね。
シュルス いいえ。
デメアス いったい弟はどこに行ったら見つけられるのかと、わしは思案しているんじゃよ。
シュルス あっしは存じておりますが、今日は絶対申しません。
デメアス おい、どういう事だ。
シュルス いま言ったとおりです。 570
デメアス(杖を振り上げて)こいつ、脳天をたたき割ってやる。
シュルス(怯えた振りをして)分かりましたよ。誰の家におられるかは存じませんが、どこにおられるかは存じています。
デメアス じゃあ、その場所を言え。
シュルス(指で指し示しながら)ここを下へ行くと市場のアーケードがあるのはご存知ですね。
デメアス 知らんでどうする。
シュルス そこをまっすぐ登って下さい。そこに着いたら下り坂がありますから、そこを下って行って下さい。すると右手に
教会があって、その教会の近くに小道があります。
デメアス どんな小道だ。
シュルス 大きないちじくの木がある小道です。
デメアス それは知っている。
シュルス その道を行くんですよ。
デメアス だが、あの小道は行き止まりだ。
シュルス あっそうか。そうでしたね。馬鹿な奴だとお思ください。間違えました。アーケードの所からやり直しです。実際こっ
ちの方がずっと近いし、間違いが少ないですから。あの金持ちのクラティヌスのお屋敷をご存知ですか。 580
デメアス 知っている。
シュルス その屋敷を通り過ぎたら、左へ曲がってまっすぐ行って下さい。ディアナのお社まで来たら、右へ曲がってまっす
ぐ行きます。そうして町の門に来るまでに、池の傍にパン屋があります。その向かいに家具屋があります。旦那さまはそこ
にいらっしゃいますよ。
デメアス 弟はそこで何をしてるのじゃ。
シュルス 庭用の樫の椅子を注文されています。
デメアス 酒を飲む椅子か。いい趣味じゃよ。よし、今すぐ弟の所へ行ってくる。(デメアス、右手、広場の方に退場)
シュルス 行ってらっしゃいませ。大旦那さまにはちょうどいい運動になりますよ、この耄碌爺め! 若旦那は何をぐずぐ
ずしてるんだろう。ランチが腐っちまう。坊っちゃんは坊っちゃんで彼女とお取りこみ中だ。おれは自分のことをするかな。
これから中に入って旨い物をつまみながら、盃でちびちびやって、ゆっくりさせてもらおう。 590
(シュルス、ミキオンの家の中に入る)
第四幕第三場(ヘギオンとミキオン、ソストラータと娘に真実を伝えることを打ち合わせる場面)
ミキオン(ヘギオンとともに右手、広場の方から登場) ヘギオンさん、この事でどうしてあなたが私をそんな風に褒めて
下さるのか、全く分かりませんな。私は義務を果たすと言っているだけなんです。自分の身内が犯した不正を匡すのは
当然のことですから。世間には不正の責めを追求されると、それを逆恨みして逆に相手をなじる人がいますが、あなた
は私をそんな人間だと思っていたのですか。私がそんな人間でなかったというので感謝して下さるのですか。
ヘギオン とんでもない。あなたは私が思っていた通りの人だったと言っているのです。ところで、ミキオンさん、私と一緒
に娘の母親の所に行って、いま私に言ったのと同じことを彼女に直接言って欲しいのです。つまり、今回のことは彼の弟
と遊女のために生まれた誤解だということをです。 600
ミキオン それが私のとるべき行動だとあなたが言うなら、一緒に行きましょう。
ヘギオン それはよかった。あなたが話せば、悲嘆にくれているあの娘さんをきっと安心させられるでしょうし、あなたも自
分の義務を果たしたことになるでしょう。だが、もし自分の口から言うのは憚れるとお思いなら、あなたが仰った通りのこと
を、私が自分で話しますよ。
ミキオン 大丈夫、行きますよ。
ヘギオン それはよかった。不幸な人たちはとかく疑ぐり深いものなんです。それに何を言っても彼らは悪く取って、貧乏の
ために軽んじられていると思いがちなんです。だから、あなたが自分で母親に直接説明して下さった方が、彼女も安心しや
すいと思うのです。
ミキオン 本当にあなたの言うとおりです。
ヘギオン では私のあとについて中へどうぞ。
ミキオン そうしましょう。
(ヘギオンとミキオン、ソストラータの家に入り、舞台再び無人に)
第四幕第四場(自分が誤解されていることにアイスキヌスが気づく場面)
アイスキヌス(右手、広場の方から登場、歌う) ああ、困ったことになった。思いもよらないトラブルに巻き込まれて 610
しまったよ。何をどうしたらいいのか分からないよ。不安で体に力が入らないし、頭がぼうっとして、何も考えが浮か
んでこない。くそ、どうすればこの厄介な事態を切り抜けられるんだ。僕はひどい疑いを掛けられてしまった。しかも
これは自業自得だ。ソストラータさんは、あの遊女を僕が身請けしたと思い込んでいる。それが婆やの言葉から分
かったんだ。
(穏やかに)僕が婆やを見かけたのはちょうど婆やが産婆を呼びに行く時だった。僕は近づいて、「パンピラの具合
はどうですか。お産が近いのですか。それで産婆を呼びに行くところなのですか」と聞くと、婆やはこう叫んだのだ。 620
「消えちまえ、若僧。消えちまえ。「ずいぶん長いこと騙してくれたね。あんたの約束を今まで信じたあたしたちが馬鹿
だったよ」と。「何を言うんですか。ねえ、一体それはどういう事ですか」と言うと、「さよなら。せいぜい今の女を大事に
しなよ」と。それで即座に僕は自分がそんな風に思われていることに気付いたんだ。でも、僕は弟のことを話しはしな
かった。そんな事をあんなお喋りな女にすれば、弟のことが世間に知れてしまう。では僕はどうすればいいだろう。あ
れは弟の女だと言うなんて、それだけは絶対にだめだ。それはやめておく。何も表沙汰にならずにすむ可能性もある
んだから。そもそもあの人たちは僕の言うことを信じてくれないだろう。状況は僕に不利なことばかりだ。僕が遊女を略
奪して、僕が金を払って身請けして、僕の家に連れ帰った。これが全部僕のせいなのはその通りだ。第一、父に本当
の事をありのままに打ち明けてもいない。はやく父にあの子との結婚を許してもらうべきだったんだ。ところが僕はそ 630
れを今までずっと先延ばしにしてきた。もうそろそろ覚悟を決めないと。手始めにまず、彼女たちの所に行って疑いを
晴らすことだ。彼女の家へ行こう。(ソストラータの家に近づく) まいったな。情けないことに、いざ扉を叩くとなると、い
つも怖気づいてしまう。(門をたたく) あの、僕です、アイスキヌスです。誰か早く戸を開けて下さい。(家の戸が開く)
誰か家から出てくる人がいる。こっちに引っ込んでいよう。
第四幕第五場(ミキオンに追い込まれたアイスキヌスが涙を流してを許しを請い、結婚の承諾を得る場面)
ミキオン(ソストラータの家から登場。戸口でソストラータに)では、奥さん、いま言ったようにして下さい。私は息子に
会って、こうなった経緯(いきさつ)を話してきます。(見回しながら)ところで、さっき扉を叩いたのは誰だろう。
アイスキヌス(傍白)何と親父じゃないか! まいったな。
ミキオン せがれじゃないか。
アイスキヌス(傍白)親父はこんな所に何の用だろう。
ミキオン さっきこの扉を叩いたのはお前か。(傍白)黙ってるな。ちょっとからかってやるかな。その方がいい。 640
私にこの事をずっと隠してたんだから。(声を高めて)何か答えてくれないか。
アイスキヌス 僕じゃないですよ、多分。
ミキオン 本当か。お前、こんな所に何の用かと思ったよ。(傍白)真っ赤になってやがる。うまく行った。
アイスキヌス 父さんは、ここには何の御用ですか。よかったら、教えて下さい。
ミキオン 何も。さっき知り合いの人に広場からここに連れて来られたんだ。裁判で助けて欲しいと言われてね。
アイスキヌス どういう事ですか。
ミキオン 教えてやるよ。この家には貧しい婦人たちが住んでいるんだ。お前は彼女たちのことは知らないと思う。
知っているわけがない。彼女たちは最近ここに移って来たばかりだからね。
アイスキヌス それでどうしました。
ミキオン 娘が母親と一緒に住んでいるんだ。
アイスキヌス それで?
ミキオン 娘は父無し子なんだ。彼女の一番近い親戚が今言った私の知り合いなんだ。法律によって彼女はこ 650
の男に嫁ぐことになっている。
アイスキヌス まいったな。
ミキオン 何だ。
アイスキヌス 何でもありません。それで?
ミキオン 娘を連れて行くためにその男がここへ来ることになっている。彼はミレトスに住んでいるんだ。
アイスキヌス えっ、その人が娘を連れて行くためにここに来るですって?
ミキオン そうだ。
アイスキヌス まさか、ミレトスにですか。
ミキオン そうだ。
アイスキヌス(傍白)弱ったな。(ミキオンに)それでその人たちはどうするのですか。いえ、その人たちは何と
言ってるんですか。
ミキオン 何と言ってると思う。つまらない事を言うんだよ。名前は言えないが、娘はある人の子を身ごもって
いると母親が作り話をするんだ。その男が先だから、私の知り合いには嫁にやれないとね。
アイスキヌス 待って下さい。要するに父さんはその言い分は認められないと言うのですね。 660
ミキオン 認められない。
アイスキヌス えっ、認められない? 父さん、それではその人は娘を無理やり連れ去るのですか。
ミキオン 連れ去って何が悪い。
アイスキヌス 父さんたちのやり方は冷酷です。それは無慈悲というものです。いえ、父さん、はっきり言って、
それは人間のすることではないですよ。
ミキオン どうしてだい。
アイスキヌス 分かるでしょ。その娘と先に知り合った男は、可哀想に、たぶん娘を今も強く愛していることでしょ
う。その男はいったいどんなみじめな気持ちでいると思いますか。自分の女を目の前で奪われて連れ去られる
のですよ。これは恥ずべき犯罪ですよ、父さん。
ミキオン それはどういう理屈だ。誰が娘と正式に婚約したんだ。誰がその結婚を許したんだ。娘はいつ誰と結 670
婚式を上げたんだい。誰がその結婚式に立ち合ったんだい。それに、どうしてその男は縁もゆかりもない女と結
婚したんだい。
アイスキヌス それでは、その娘はいい年をして、親戚の男がミレトスからここに来るまで、じっと待っているべき
だったと言うのですか。父さん、あなたこそこう言って娘を守ってやるべきだったのですよ。
ミキオン 馬鹿を言え。裁判の依頼主を訴えろとでも言うのかね。ところで、せがれよ、私たちはこんなことに首を
突っ込んでいる場合ではないんだよ。あの人たちのことは我々とは何の関係もないことだ。さあ、行こう。(アイス
キヌス、泣き出す)どうした。なぜ泣いているんだ。
アイスキヌス 父さん、お願いです。僕の話を聞いて下さい。
ミキオン(やさしく)せがれや、私はもう全部聞いて知っているんだよ。お前は私の可愛い息子だ。だから私はお前
のことが心配なんだ。 680
アイスキヌス 父さん、僕も父さんが生きている限り父さんの可愛い息子でいたいと思っています。だから、僕はこ
んな過ちを犯したことがとても悲しいし、父さんに対して僕はとても恥ずかしいのです。
ミキオン わかっているよ。私はお前の正直な性格を知っている。だが、お前の行動はあまりにも分別を欠いてい
るのではないか。自分が一体どこの町に暮らしていると思っているんだ。お前は触れる事も許されない女性をはず
がしめた。これは第一級の罪で深刻な犯罪だ。しかしながら、これはよくある事件でもある。立派な人たちもしばし
ば同じ過ちを犯してきた。しかし、どうなんだ。事が起こった後でお前はこの事について一度もじっくり考えたことが
なかったのか。何をどうすればいいか、将来の事を一度も真剣に考えたことがなかったのか。もしお前が恥ずかし 690
がって私に話さないでいたら、私は何も気付かなかったかも知れない。そうしてお前がぐずぐずしている間に、十か
月が経ってしまったんだぞ。結果として、お前はあの可哀想な娘と生まれてくる子供と自分自身を見捨てたんだ。こ
れ以上に情けないことはないんだぞ。それとも、お前が寝ている間に神様が後始末をしてくれて、お前が何もしなくて
も、彼女を妻にしてお前の家に届けてくれると思っていたのか。これからはもうこんな馬鹿な真似はやめて欲しいね。
(間を開けて)安心しろ。お前はあの娘と結婚するんだ。
アイスキヌス えっ?
ミキオン 安心しろと言ってるんだよ。
アイスキヌス ねえ父さん、僕をからかっているんですか。
ミキオン 私がお前をからかう? どうしてそんなことをする必要があるんだい。
アイスキヌス 分かりません。それが本当であって欲しいと思うだけに、嘘ではないかと心配なんです。
ミキオン さあ、家に帰って、彼女と結婚できるように、神さまにお祈りをしておいで。さあ。
アイスキヌス 何と言いました。彼女と結婚できるように?
ミキオン そうだ。今すぐに。
アイスキヌス 今すぐにですか。
ミキオン そうだ。善は急げだよ。
アイスキヌス 父さん、僕は誰よりも父さんのことが大好きです。でなきゃ神さまのバチが当たります。 700
ミキオン 何だって。彼女よりもかい?
アイスキヌス 同じくらいにですよ。
ミキオン それはありがたい。
アイスキヌス ところで、そのミレトスの人はどうなったんですか。
ミキオン もういない。いや、もう帰った。いやもう船に乗ったよ。それより、何をぐずぐずしているんだ。
アイスキヌス 父さん、父さんが帰って、神さまにお祈りして下さいよ。僕よりずっと立派な人なのだから、神さまは
父さんの願いの方をよく聞いて下さるでしょうから。
ミキオン 私は帰って、必要な準備をしてこよう。お前もこれからいい子になるつもりなら、私の言ったとおりにするん
だ。(ミキオン、自分の家に入る)
アイスキヌス これは一体どういうことだろう。これが親子というものだろうかな。兄弟や親友でもあれほど親身にはなっ
てはくれないよ。あの人は大切な存在だ。大事にしていかなくては。本当だよ。持ち前の寛大さを発揮して、あんなにも僕を
大切に考えてくれるのだから、僕もこれからは父さんの嫌う軽率な行動は控えよう。そして自覚を持って慎重に行動しよう。
それより、早く帰らないと。僕が自分で自分の結婚式を遅らせたら大変だ。
(アイスキヌス、ミキオンの家に入る。舞台、無人に。)
第四幕第六場(真面目な場面のあとの滑稽な場面。デメアスが戻ってくる)
デメアス(右手、広場の方から登場) あちこち歩き回ってくたくただ。番頭のやつめ、あんな道を教えやがって、くたばるが
いい。おかげて町中はいずり回って、町の門から池まで全部行ったが、家具屋なんかなかったし、弟を見掛けたと言う人も
一人もいなかった。よし、弟が帰ってくるまで、家で待つことにするぞ。
第四幕第七場(デメアスとミキオンの二度目の口論)
ミキオン(ミキオン、自分の家から登場、家の中に向かって) 出かけるよ。うちにはこの結婚の邪魔だてをする人は誰もい
ないと彼女たちに言ってくる。
デメアス(傍白)おや、あいつあそこにいる。(ミキオンに)弟! 今までずっとお主を探していたんだぞ。 720
ミキオン いったいどうしました。
デメアス お主に話がある。あの好青年がまたとんでもない事をやらかしてくれた。
ミキオン(傍白)またはじまった。
デメアス 前代未聞の重罪だぞ。
ミキオン もう沢山ですよ。
デメアス 本当にお主はあの子がどんな人間か知らないのだ。
ミキオン 知ってますよ。
デメアス ああ、愚かな男だ。わしが遊女のことを言い出すと思っているのだ。今度の犯罪は市民権のある娘に対す
るものなんだぞ。
ミキオン 知ってますよ。
デメアス ええ! 知ってる? しかもそれもお主は許すのか。
ミキオン いいじゃないですか。
デメアス 教えてくれ、お主は怒り狂って大声を出したりすることはないのか。
ミキオン そんなことはしません。むしろ・・
デメアス あの子は赤ん坊まで作ったんだぞ。
ミキオン いい事じゃないですか。
デメアス 相手の娘は一文無しなんだぞ。
ミキオン 聞いていますよ。
デメアス しかも持参金がないんだぞ。
ミキオン もちろんそうでしょう。
デメアス これからどうするんだ。
ミキオン 型通りのことをするまでです。(ソストラータの家を指して)あの家からこの家に娘さんに来てもらうの 730
ですよ。
デメアス おい、本当にお主はそんなふうでいいのか。
ミキオン その他に私は何をすべきでしょうか。
デメアス 「何をすべきでしょうか」だと? こうなったことをお主が本心では心配してなくても、心配している素振り
でもするのが人間じゃろ。
ミキオン 私は何はともかく、娘との結婚を認めて縁談をまとめ、そうして結婚を成立させることで、あちらのご家族
の不安を取り除くようにしました。これこそ人間のすべきことですよ。
デメアス それじゃあ、弟よ、お主は息子のやり方が気に入っているのか。
ミキオン そんな事はないですよ。変えられたらそれに越したことはないですが。でも、今となってはどうにも出来ない
ですから、これで我慢するしかないのです。人生はさいころ遊びに似ているんですよ。もし一番出て欲しい目が出な
ければ、たまたま出た目をうまく生かすしかないんですよ。 740
デメアス うまく生かしたもんじゃな。確かに二〇ミナを遊女のために見事にドブに捨てたよ。しかもその女は急いで
追い出さないといけない女だ。買い手がなければ、只ででもな。
ミキオン(デメアスの息子の女であることを隠して)私は彼女を追い出す積りはないし、売り払う気はさらさらないです
よ。
デメアス じゃあ、どうする気なんじゃ。
ミキオン 家に居てもらいますよ。
デメアス 馬鹿を言え! 玄人女と素人女が、一緒に一つの家に暮らすと言うのか。
ミキオン いいじゃないですか。
デメアス お前、それでも正気のつもりかい。
ミキオン もちろん正気ですよ。
デメアス ああ、何ということだ。お前の馬鹿さ加減と言ったら、きっとお前はあのキタラ弾きの女に歌の伴奏でもさせる
積りなんじゃろうよ。 750
ミキオン いいじゃないですか。
デメアス 新妻も仲間に入れて歌の稽古をさせるのかね。
ミキオン 当然そうですね。
デメアス それでお前は女たちの間で手に手をとって踊るのか。
ミキオン それはいいですね。
デメアス それはいいですね?
ミキオン 場合によっては兄上も参加するんですよ。
デメアス 馬鹿を言え! そんなことをして、お前恥ずかしくないのか。
ミキオン 兄上、さあ、もう機嫌を直して下さい。あなたの息子の結婚式ですから、それにふさわしく、陽気に楽しく振る
舞って下さいよ。私は新婦の家族を呼びに行ってきます。後でここに戻って来ますからね。
(ミキオン、ソストラータの家に入る。デメアス、舞台に一人残る)
デメアス まったくもって、こんな出鱈目で無茶苦茶なやり方があるものか。持参金も持たずに嫁が来るわ、遊女が家
族になるわ、家は贅沢三昧するわ、息子はその贅沢で身を持ち崩すわ、その父親はたわごとばかり口走るわ。誰がど 760
うしようと、もうこの家族はまったく救いようがないな。
第五幕第一場(デメアスが酔ったシュルスを叱る場面)
シュルス(酔っ払ってミキオンの家から登場。独白、自分に)番頭殿、あなたは見事にわが身をいたわるだけでなく、
立派に自らの本分を果たされました。解散! さて、もう中にあるものを全部たいらげて満腹になったから、気分転
換にここらで散歩でもするかあ。
デメアス(傍白)見ろあのざまを。何ともしつけが行き届いていることじゃわい。
シュルス おや、大旦那さまが来ておられる。(デメアスに)どうかなさいましたか。どうして渋い顔をなさってるんです。
デメアス このならず者めが!
シュルス やめて下さいませ。博識のあなた様がこんな所で説教でございますか。
デメアス もし、お前がわしの召使なら・・・。
シュルス 大旦那さまは大金持ちになって、資産は安泰でございますよ。 770
デメアス お前を他の召使たちの見せしめにするところじゃわい。
シュルス 何の見せしめですか。あっしが何かしましたか。
デメアス とぼける気か。せがれの不始末でこんな騒ぎのさなかに、まだ片が付いていないのに、まるで万事順調みたい
に酒なんか飲みよって。このならず者め!
シュルス(傍白)まったく、出てくるんじゃなかったよ。
第五幕第二場(デメアスがクテシポンのいるミキオンの家に入る場面)
ドロモン(ミキオンの家から出て、シュルスに小声で)番頭さん、戻って来るようにと、坊っちゃんがお呼びですよ。
シュルス うるさい。(ドロモン、家の中に入る)
デメアス どうしてあの子は坊っちゃんと言ったんだ。
シュルス 何でもありませんよ。
デメアス 何だと、この悪党めが! うちの坊やが来てるのか。
シュルス いいえ、来てらっしゃいませんよ。
デメアス じゃあ、どうして坊っちゃんと言ったんだ。
シュルス そういうあだ名の男が来てるんですよ。つまらない食客ですよ。大旦那さまもご存じでしょう。
デメアス 今に分かる。(デメアス、ミキオンの家の戸口に向かおうとする)
シュルス(デメアスを制しながら)大旦那さま、何をなさるんですか。どこへ行こうってんです。
デメアス 放せ。 780
シュルス やめて下さい。
デメアス その手を放せ、馬鹿者。(杖を振りまわす)これでお前の脳天をぶち割ってやろうか。(シュルスを振り切り、
ミキオンの家に入る。舞台はシュルスだけになる)
シュルス(独白)行ってしまわれた。どう見ても、招かれざる客だ。とくに坊っちゃんにとってはね。さて、おれはどうす
べきか。この騒ぎが納まるまで、どこかの隅に引っ込んで一眠りして酔いをさますしかない。そうしよう。
第五幕第三場(デメアスとミキオンの三度目の口論)
ミキオン(ソストラータの家から登場。戸口で家の中に向かって)奥さん、すでに言いましたようにお式の用意ができて
います。よろしければどうぞ・・。(振り返って)いったい誰だ、うちの玄関で大きな音を立てたのは。(デメアス、ミキオン
の家から飛び出してくる)
デメアス(怒り心頭で)ちくしょう、どうしてくれよう。 どう言ってやろう。 この怒りをどこにぶつければいいのじゃ。
ああ、空よ、大地よ、海よ、この世界はどうなってしまったのじゃ。
ミキオン(傍白)おや、お出でになった。あの人はすべてを知ってしまわれたんだ。それで大きな声を出しておられ 790
るんだ。これはまずいことになった。大騒ぎになるぞ。助け舟を出さないと。
デメアス(ミキオンを見つけて)ああ、やっと見つけたぞ。あいつこそ我々の息子たちを堕落させた張本人じゃ。
ミキオン 兄上、どうかその怒りをお鎮めになって、冷静になって下さい。
デメアス わしは怒ってはいない。わしは冷静だ。暴言も吐く気はないぞ。だが、大事なことを思い出そうじゃな
いか。わし等の間ではこういう約束になっていた。お主はわしの息子の心配はせず、わしはお主の息子の心配
はしないとな。これはお主が言い出したことじゃ。えっ、何とか言え。
ミキオン そのとおりです。否定はしません。
デメアス では、どうしてあの子はいまお主のところで酒を飲んでいるのじゃ。どうしてお主はわしの息子が家に
入るのを許したのじゃ。どうしてお主はあの子に遊女を買い与えたのじゃ、弟。わしにもお主に同じことを要求す 800
る権利があるはずじゃ。わしがお前の息子の心配をしないのなら、お前もわしの息子の心配をするのはやめて
くれ。
ミキオン それは違います。
デメアス 違うとな?
ミキオン なぜなら、昔からこう言いますから。「友情はすべてを分かち合う」と。
デメアス 見事なセリフだ。そんな事を今になって言い出すのか。
ミキオン 兄上、お嫌でなければ、少しの間私の話を聞いて下さい。まず第一に、息子たちの金使いの荒さが
お気に召さないのなら、是非とも、こう考えて下さいませんか。むかし兄上はご自分のお金で二人をお育てに
なりましたし、二人を育てるのにご自分の財産で充分だと考えておられたのです。また、その頃は私がいつか 810
結婚すると思っておられました。兄上はその考えを変えずにいて下さればいいのです。ため込んで、切り詰め
て、節約して、出来るだけ多くの財産を二人に残すようにしてやって下さい。それを誇りとして下さい。そして、
その計画とは別に生まれた私のお金は二人の息子たちに使わせてやって下さい。兄上の財産は無傷で残る
のです。その上に付け加わったお金は全て拾いものと思ってくれたらいいのです。ですから、よく考えていただ
けば、今回のことで兄上はご自分のことも私のことも息子たちのことも気に病むことはないのです。
デメアス そんな事はどうでもいいのじゃ。わしが言いたいのは二人の生活態度のことだ。
ミキオン 待って下さい。それは分かっています。今そのことについて言おうとしていたところです。兄上、人に 820
はいろんな特徴があります。それらをよく見れば人のことは正しく評価できるのです。ですから、二人の人間が
同じことをしていても、しはしばこんな風に言われるのです。「こんなことをしてもこの男はほっといて大丈夫だが、
あの男はほっとけない」と。同じことをしても、それをする人間が違うと評価も変わるのです。あの二人の特徴は
私がよく存じています。二人は大丈夫、私たちの望みどおりの人間になりますよ。私には分かるんです。二人に
は分別も知恵もあります。然るべき場面では親の言うこともよく聞くし、お互いに相手の事を大切にすることも知っ
ています。二人が身も心も立派な人間であることは明らかなんです。ですから、その気になれば、あなたはいつ
でも二人を立ち直らせることが出来るでしょう。とはいえ、兄上は金のことで二人が少々だらしないことを心配さ
れているかもしれません。でも、兄上、人は年齢を重ねると多くの面で賢くなりますが、年寄りには一つ悪い癖が
あります。それは誰もが金のことで必要以上に細かくなることです。ですから、彼らも年を取ればじきに倹約家に
なりますよ。
デメアス 弟よ、お主のその寛大な考え方や呑気な性格のせいで、わしらの一家が破産しなきゃいいがなあ。
ミキオン やめて下さい。そんなことにはなりませんよ。そんな話はもういいです。今日のところは、お願いですか
ら、しかめっ面はやめて下さい。
デメアス たしかに、今日のところはそうしよう。いや、そうするしかない。だが、明日の日の出とともに、わしは息
子を連れて田舎に帰らせてもらう。 840
ミキオン 夜中でもいいですよ。とにかく今日だけは陽気にして下さい。
デメアス あの遊女もわしが家に連れて帰るぞ。
ミキオン(笑って)それはいい考えですね。そうすれば、兄上はあの子をしっかりと縛りつけられるでしょう。ただし、
くれぐれも彼女を大切にして下さいね。
デメアス わかった、そうしよう。あの女は向こうで料理や粉引きに精を出させて、灰とすすと粉だらけにしてやる。
それだけじゃなく、真っ昼間からわら拾いをさせてやる。そうやってあの女は炭よりも真っ黒に日焼けさせてやるの
じゃ。
ミキオン それがいいですね。兄上もようやく話がわかるようなったのですね。私ならそうなったあの娘と息子を嫌 850
でも一緒に寝させてやりますよ。
デメアス(苦々しく)わしをからかっているのか。そんな考え方ができるお主は幸せ者じゃ。わしの考え方ではな・・・。
ミキオン まだ続けるおつもりですか。
デメアス いや、もうやめておく。それでは中へ入って下さい。そして、婚礼の日にふさわしいやり方で今日をいっしょ
に過ごしましょう。
第五幕第四場(デメアス、ミキオンの家の前に留まって反省の弁)
デメアス 人生設計をどんなにうまく立てた人間でも、年をとって状況が変わったり、経験を重ねることで、設計変更を
余儀なくされることはよくあることなんじゃ。それまでうまいやり方だと信じていたことがまずいやり方だと気付いたり、大
切にしていたポリシーを実際に試してから捨てたりするものじゃ。今のわしの心境もこれと同じだわい。わしは今まで長
いこと厳格な生き方をしてきたが、もうやめにするよ。どうしてかと言うと、人には愛想よく寛大にするのが一番上手い 860
やり方だと実際の経験を通してわしも分かったからじゃ。これが本当なのはわしと弟を比べてみれば誰でもすぐ分かる
じゃろ。弟はいつも陽気で呑気に暮らしてきたし、穏やかな性格で苛々せず、人に渋い顔をすることもなく、いつも誰に
対してもにこにこしている。弟は自分のしたいように暮らして贅沢三昧じゃ。だから、みんなの人気者で、みんな弟のこと
をよく言う。それに比べて、このわしはぶっきらぼうで堅苦しくて、けちで怒りっぽくて、無愛想な頑固者だ。その上にわし
は結婚までした。おかげで何と不幸な目に会ったことか。二人の息子が生まれたが、苦労の種が増えただけだった。そ
うだ。わしは二人に出来るだけのことをしてやろうと、金儲けのために骨身をすり減らしてきた。そしていま人生も終盤に
差し掛かって、わしがさんざ苦労して二人から得たものは、憎しみだけだった。それに対して、弟の方は苦労もせずに父 870
親の喜びを手にしている。息子たちは弟を慕い、わしを避けている。自分の考えを弟には何でも素直に打ち明ける。二
人とも弟が好きで、弟の家にいりびたりなのに、わしは相手にしてもらえない。きっと二人は弟の長生きを願い、わしの
死ぬのを待っているのじゃ。こうして、わしが大いに苦労して育てた二人の息子を、弟は僅かな出費で自分の味方にし
よったのじゃ。苦労は全部わしが一人で背負って、喜びは弟が独り占めだ。いやいや、嘆くことはない。これからは弟に
負けないように、出来るだけ人に愛想よく話したり親切にしたりしてみよう。弟に対抗してやるのじゃ。わしにも家族から
愛され尊敬される権利はあるはずだ。もし物を与えたり言う通りにすることでそれが実現するなら、弟に負けるはずはな 880
いのだ。金は消えてしまうじゃろうが、わしもこの先人生長くないから構うことはない。
(ここから喜劇としての笑いを生むための馬鹿げたエピローグ。子供に厳格な親がいいか、寛大な親がいいかという真剣な議論は、デメアスの滑稽で突拍子もない行動によって茶化されてしまう)
第五幕第五場(デメアスがシュルスに対して慇懃な態度を実践する場面)
シュルス(ミキオンの家から登場) あのう、大旦那さま、あまり遠くへ行かれないようにと、うちの旦那さまがおっしゃっ
ています。
デメアス(愛想よく)どなたです。おや、わが友よ。こんにちわ、お元気ですか。調子はどうです?
シュルス(驚いて)元気にやらせていただいておりますが。
デメアス それはよかったですね。(傍白)手始めに「わが友よ。お元気ですか。調子はどうです?」なんて、わしらしく
ない事を三つも言ってやったわい。(シュルスに)あなたは召使として立派に働いてくれましたねえ。わしから是非とも
ご褒美をあげましょう。
シュルス ありがとうございます。
デメアス いや、番頭さん、これは本当ですよ。そのうちにわかりますから。(シュルス退場)
第五幕第六場(デメアス、ゲタに対して慇懃な態度を実践する場面)
ゲタ(ソストラータの家から登場) 奥さま、あっしは隣へ行って、早くお嬢さまを迎えに来るように言って来ます。(デメア
スを見て)おや、デメアスさまがおいでだ。こんばんわ。 890
デメアス ああ、あなたは何という名前ですか。
ゲタ ゲタと言います。
デメアス ゲタさんですね。あなたは実によく出来た召使だと今日感心しましたよ。主人のことを気遣う召使こそ立派な
召使いですが、ゲタさん、あなたがまさにそうです。ですから、何かの時に、あなたにも是非ともご褒美をあげましょう。
(傍白)これも人付き合いをよくする練習じゃな。順調に行ってるわい。
ゲタ そんな風に言って下さってありがとうございます。
デメアス(傍白)こうやって少しずつ下の者から味方に付けていこう。
第五幕第七場(デメアスがアイスキヌスに対して慇懃な態度を実践する場面)
アイスキヌス(ミキオンの家から登場、独白) まいったな。結婚式をするのにすごい大騒動だよ。準備に丸一日かかり
そうだ。 900
デメアス やあ、長男坊くん、調子はどうじゃ。
アイスキヌス おや、父さん。父さんも、来てくれたんですか。
デメアス 当たり前じゃ。わしはお前を実の父親だし、心からお前のことを愛しているのじゃから。お前のことは目に入れ
ても痛くないほどじゃよ。さあ、早く花嫁を迎えに行ったらどうじゃ。
アイスキヌス そうしたいのは山々ですが、笛吹き女と婚礼の合唱団を待たないといけないのです。
デメアス なあ、この年寄りの言うことに耳を貸してくれんかな。
アイスキヌス 何ですか。
デメアス そんなものはうっちゃっときなされ。婚礼の歌も、大勢の人たちも、婚礼の松明も、笛吹き女も。そして、庭のこの
塀をさっさと取り払うように命じるのじゃ。そうして家を合体して、花嫁を直接こちらへお導きするのじゃ。花嫁の母親も一家
まるごとこちらへ移すのじゃよ。
アイスキヌス それはいい考えですね。父さんは頭がいい。 910
デメアス(傍白)やったぞ。あの子に「頭がいい」と言われた。これで弟の家は人の出入りが自由になって、大勢の人がやっ
て来るぞ。きっと出費が止まらなくなるじゃろう。まったくいい気味だ。それに、わしは頭のいい人気者になったわい。それか
ら、あの浪費家にさっそく二〇ミナ使わせてやろう。(シュルスに)番頭さん、すぐに仕事にかかって下さいな。
シュルス 何をするんですか。
デメアス 塀をこわす仕事ですよ(シュルス、ミキオンの家に入る)。(ゲタに)あなたは花嫁のご一家をこちらに連れて来て
下さい。
ゲタ デメアスさま、ありがとうございます。デメアスさまはわが家のためになることを心からを望んでいて下さるのですね。
デメアス 私はあなたたちがそれに値すると思っているのですよ(ゲタ、ソストラータの家に入る)。
(アイスキヌスに)これでいいじゃろう。
アイスキヌス もちろんです。
デメアス 産後すぐの大変な時期の女性を外へ連れ出すよりもこの方がずっといいじゃろ。 920
アイスキヌス 父さん、本当にいい考えですね。
デメアス いつものことじゃよ。あそこに弟が出てきましたぞ。
第五幕第八場(デメアスがミキオンに結婚させて自分と同じ不幸に引き込む場面)
ミキオン(驚いた表情で自分の家から登場。シュルスに)これは全部兄上がやらせた事なのかい。兄上は今どこにおられ
る。(前に進み出て)兄上、これは兄上がやらせたことですか。
デメアス そうじゃよ。それもこれも全部わしの指図じゃよ。我が家と相手の家が出来るかぎり一つになるためじゃ。彼女た
ちを支えて、いたわって、我が家に溶け込んでもらわねばならんからのう。
アイスキヌス(ミキオンに)父さんも賛成して下さいよ。
ミキオン もちろん賛成ですよ。
デメアス それどころか、わしらはそうすべきなんじゃ。(アイスキヌスを指しながら)そこで、まず手始めに、この子の花嫁に
はおふくろさんがご健在じゃ。
ミキオン はあ。それで?
デメアス 正直ないい人なんじゃ。
ミキオン みんなそう言っていますね。
デメアス 彼女はもうかなりの年輩でおられる。 930
ミキオン 存じています。
デメアス もう子どもの生めない年じゃ。独り身で面倒を見てくれる人もおらん。
ミキオン(傍白)この人は何が言いたいんだろう。
デメアス ここはお主が彼女と結婚するのがいいんじゃよ。(アイスキヌスに)お前も二人の結婚に力を貸すのじゃよ。
ミキオン この私が彼女と結婚するのですか。
デメアス そうじゃ。
ミキオン この私が?
デメアス そうじゃ、お主がじゃ。
ミキオン 馬鹿なことを。
デメアス(アイスキヌスに)お前が熱心にお願いしたら、きっとうんと言ってくれるぞ。
アイスキヌス(ミキオンに)お願い、父さん!
ミキオン 馬鹿だな、どうしてお前は兄上の言うことを聞くんだ。
デメアス そんな事を言っても無駄じゃよ。こうするしかないんだから。
ミキオン 兄上は常軌を逸しておられる。
アイスキヌス(ミキオンに)父さん、お願いします。
ミキオン お前は正気ではない。悪ふざけはやめてくれ。
デメアス さあ、息子の頼みを聞いてやるのじゃ。
ミキオン 兄上の頭は大丈夫なんですか。私は六五にもなってから年の行った婆さんと結婚して花婿にならないと
いけないのですか。あなた達はそんなことを私に勧めるのですか。
アイスキヌス 父さん、結婚して下さい。あちらにはもう約束してあるんです。
ミキオン 約束した? 手回しがいいのは自分たちのことだけにしてくれよ。 940
デメアス おい弟、この程度のお願いが聞いてやれないのかい。
ミキオン この程度どころではありませんよ。
デメアス 言うとおりにしてやれ。
アイスキヌス 父さん、嫌な顔をしないで下さい。
デメアス 結婚しろ。約束するんじゃよ。
ミキオン せがれよ、私をそっとしておいてくれないか。
アイスキヌス だめです。父さんがうんと言うまでは。
ミキオン これでは無理やりだ。
デメアス さあ弟よ、息子の願いを受け入れてやれ。
ミキオン こんなのは出鱈目で無茶苦茶で馬鹿げています。それに私の生き方に反しています。でも、そんな
に二人が望んでいるなら、分かりましたよ。
アイスキヌス 父さんありがとう。これでこそ僕の大好きな父さんだ。
デメアス さて。(傍白)わしの狙い通りに運んでいる。次は何を言ってやろうか。(聞こえるように)次は何があ
るかな。そうだ。ヘギオンさんのことだ。あちらの家族の親戚で、われわれの親戚になった人だ。彼は金に困っ
ているのじゃ。我々は彼を助けてやるべきじゃよ。
ミキオン どうするのですか。
デメアス お主はこの町の郊外に土地を少し持っていて、それを人に貸しているじゃろ。あれをヘギオンさんに
贈呈して使ってもらうおうじゃないか。
ミキオン あれが少しの土地ですか。
デメアス 大きな土地だとしても同じことじゃ。あの人はあの娘さんの父親代わりの人で、立派な人だし、私たち 950
の家族なのだから、彼に土地を譲るのはいい事なんじゃよ。それから、弟よ、お主がさっき言った立派で思慮深
い言葉があるじゃろ。わしはあの言葉を頂こうじゃないか。つまり、「年寄りは一つ悪い癖がある。それは、誰もが
金のことで必要以上に細かくなることだ」とね。この悪癖は避けるべきじゃな。お主は正しい事を言ったのなら、そ
れを実際の行動で示すべきじゃのう。
アイスキヌス(ミキオンに)お願い、父さん!
ミキオン 分かったよ。この子が言うのなら、贈呈しよう。
デメアス わしもうれしいよ。いまやお主は身も心もわしの本当の弟じゃよ。(傍白)相手の十八番(おはこ)を逆手に
取るとはこのことだわい。
第五幕第九場(シュルスとその妻を解放する場面)
シュルス(ミキオンの家から登場)大旦那さま、お指図どおりにしておきました。
デメアス よくやってくれました。(ミキオンに)ところで、わしに言わせてもらうなら、この番頭さんは今日自由にしてや
るべきだと思うんじゃ。
ミキオン こいつを自由にするのですか。いったいどういう理由でですか。 960
デメアス 理由は沢山ある。
シュルス ああ、大旦那さま、本当にありがとうございます。あっしは二人のお坊っちゃまがまだ小さい頃からずっと
熱心にお世話させていただきました。いつもあっしの力の限り、お坊っちゃま達に手ほどきも、しつけも、ご指南もし
て参りました。
デメアス 事実はその通りじゃな。それだけではなく、ツケで食料の買い物も出来るし、女の調達も、まっ昼間から宴
会の用意もできるぞ。こんなことは生半可な人間には真似の出来ない仕事じゃよ。
シュルス 大旦那さまの慧眼には恐れ入ります。
デメアス その上、今日あの遊女の身請けの手助けをして、手はずをつけてくれたのもこの番頭さんじゃよ。褒美をやっ
て然るべきじゃし、ほかの召使たちの励みにもなるわい。それから、これはこの子の願いでもあるのじゃ。
ミキオン(アイスキヌスに)これが本当にお前の望みなのか。
アイスキヌス そうですよ。
ミキオン もしそれがお前の望みだと言うなら仕方がない。(シュルスに)番頭さん、私の方に来なさい。(シュルスの頭に
手を置いて)さあ、お前は今から自由だ。
シュルス ありがとうございます。みなさんに感謝します。(デメアスに)とくに大旦那さまに。 970
デメアス 良かったですねえ。
アイスキヌス 僕もうれしいよ。
シュルス 若旦那のそのお気持ちに感謝します。でも、あっしの嫁のプリュギアをあっしと一緒に解放して下さるなら、こ
の喜びは永久に続くのですが。
デメアス 彼女は素敵な女性じゃな。
シュルス 今日もこの若旦那の(とアイスキヌスを指す)赤ちゃんに初めてのお乳を飲ませてきたところですよ。
デメアス 本当に素敵な女性じゃ。初めてのお乳をやったのが番頭さんのおかみさんなら、是非とも彼女も自
由にしてやるべきじゃな。
ミキオン そんな理由でですか。
デメアス そうじゃとも。それどころか、お主が彼女を自由にするのに必要な金はわしが出してやるぞ。
シュルス ああ、大旦那さま、あなたにはどう言って感謝していいか分かりません。
ミキオン 番頭さん、今日はうまくやりましたね。
デメアス 弟よ、この男が独立してやっていけるように小し工面してやりなされ。それがお主の務めという 980
ものじゃ。金はすぐに返してくれるじゃろ。
ミキオン(指を鳴らして)そんな多くは出せませんよ。
デメアス 真面目な男じゃよ。
シュルス あとでお返ししますから、少し工面して下さいませ。
アイスキヌス ねえ父さん、お願いだ!
ミキオン 考えておくよ。
デメアス(アイスキヌスに)やってくれますよ(ミキオン、いやいや頷く)。
シュルス 本当にありがとうございます。
アイスキヌス ああ、父さん、僕からもありがとう。
ミキオン(デメアスに)これは一体どういうことなんですか。どうしてこんなに急にいつもの兄上のやり方を変え
たんですか。どんな気まぐれですか。どうして突然そんなに気前がよくなったのです。
デメアス 教えてやろう。それはこういうことだ。うちの息子たちがお主のことを物分りのいい気の利いた人だと
思っているのは、弟よ、お主が正直な生き方をしているからでも、正しい立派な人間だからでもない。お主が気
前よく何でも彼らの言うことを聞いてやるからなのじゃ。そのことを証明するためじゃよ。せがれよ、わしのやり方
はお前たちには嫌われているのじゃろう。それは、良きにつけ悪しきにつけ何でもお前たちの言いなりにならな
いようにしているからじゃが、これからはもうお前たちにうるさく言うのはやめますよ。お前たちは好きな物を買え
ばいいし、好きなだけ金を使えばいいし、したいようすればいいのじゃ。じゃが、もし経験不足でよく分からないこ
とがあったり、欲望に負けそうになったり、短慮に走りそうになったりして、わしの忠告が必要になったり、適切な
手助けが必要だと思ったり、わしに叱って欲しくなったなら、その時はわしの出番じゃ。お前たちのためになりま
しょう。
アイスキヌス そんな時には父さんにお任せします。何をすべきかは父さんの方がよくご存知ですから。でも、
弟のことはどうするのですか。
デメアス 許してやるぞ。あの女性と別れる必要はありゃせん。ただし、彼女で最後じゃよ。
ミキオン それはよかった。
全員 なにとぞ拍手ご喝采を!
ADELPHOE
P. TERENTI AFRI
PERSONAE
MICIO senex
DEMEA senex
SANNIO leno
AESCHINUS adulescens
BACCHIS meretrix
PARMENO servos(=servus)
SYRUS servos
CTESIPHO adulescens
SOSTRATA matrona
CANTHARA anus
GETA servos
HEGIO senex
PAMPHILA virgo
DROMO puer.
ミキオン 旦那、アイスキヌスの養父、65才
デメアス 大旦那、ミキオンの兄、アイスキヌスとクテシポンの実父
アイスキヌス 若旦那、デメアスの息子、ミキオンの養子、パンピラの恋人
クテシポン 坊っちゃん、坊や、デメアスの息子、バッキスの恋人
バッキス 娼婦、遊女、キタラ弾きの女
パルメノン アイスキヌスの召使、小番頭(無言)
シュルス ミキオンの番頭
ソストラータ 奥さま、パンピラの母
カンタラ 老女、ソストラータの家の乳母
ゲタ ソストラータの召使
サンニオン 娼婦の管理人、置屋の主人、女衒
ヘギオン 旦那、ソストラータの親戚、亡父の友人
パンピラ ソストラータの娘、アイスキヌスに犯されて妊娠中
ドロモン 子供、ミキオンの召使
Argumentum
Sunt duo fratres iam senes : alter Demea, rusticus, parcus(けち) et severus qui duos filios ex uxore genuit, Aeschinum et Ctesiphonem ; alter Micio, urbanus, facilis et indulgentior(やさしい), qui caelebs(独身) quidem remansit, sed unum e fratris filiis adoptavit, Aeschinum.
あらすじ
すでに高齢の二人兄弟がいる。一方は兄デメアスで、田舎に住む節約家。厳格な生き方をしている。アイスキヌスとクテシポンという名の二人の息子を儲けた。一方は弟のミキオンで都会に住み、鷹揚、寛大な生き方。独身を通している。兄の息子のアイスキヌスを養子にしている。
Duo genera educationis inter se contraria laudant et experiuntur. nam Micio amicus potius filii sui esse cupit quam ab eo metui. Haec sunt eius praecepta :
pudore(遠慮) et liberalitate(寛容) liberos
retinere(管理する) satius(better) esse credo quam metu[2]
兄弟は対照的な教育観をもっていてそれを自信をもって実行している。弟のミキオンは息子に恐がられるよりは友人として振るまおうとする。その信条は「子供にはあまり干渉せず、寛大な心で自由に育てる方が、脅しつけて躾けをするよりもいいと(57,58行)」というものである。
Demea vero pater antiquo more esse vult. iam ab initio fabulae jurgium(口論) inter eos de educatione liberum fit. nam Demea a rumore accepit Aeschinum psaltriam(キタラ弾きの女) quandam e domo lenonis Sannionis vi rapuisse. nescit Aeschinum re vera amore fratris sic egisse : Ctesipho enim psaltriam Bacchidem adamavit nec prae metu patris palam confiteri audet.
それに対して兄のデメアスは昔ながらの道徳観をもつ厳格な父親であろうとする。兄弟は劇の最初から子供の教育について口論を展開する。それは、アイスキヌスが遊女をサンニオンの置き屋から力ずくで連れ去ったという噂がデメアスの耳に入った事がきっかけだった。実はアイスキヌスは弟の恋を成就するためにそんなことをしたのだが、デメアスはその事を知らなかった。弟のクテシポンはバッキスという遊女に惚れていたが、父に叱られるのを恐れて父には内緒にしていた。
Aeschinus et ipse puellam pauperem sed liberam amat, Pamphilam nomine, et eam mox(やがて) filium ei parituram uxorem ducturum promisit nec tamen de ea re patrem Micionem certiorem fecit nisi per ambages(雑談) ad quoddam matrimonium alludens(ほのめかす).
アイスキヌス自身もパンピラという貧しい自由人の女性に恋をしていた。彼女はもう臨月で男の子を産むところで、すでに結婚の約束をしていたが、その事を養父のミキオンには知らせずにいた。ただ雑談の際にそろそろ結婚するつもりだとほのめかしてはいた(151)。
at raptus Bacchidis nuntiatus non tantum Demean irritavit sed etiam matrem Pamphilae, viduam(未亡人) Sostratam, omni spe destituit(見捨てる). itaque veterem amicum defuncti mariti, Hegionem, auxilio consilioque advocat.
しかし、アイスキヌスがバッキスをさらったという話はデメアスを怒らせるだけでは終わらなかった。パンピラの母親で今は未亡人のソストラータはその話を聞いて絶望していた。そこで、亡夫の古い友人であるヘギオンに助けを求めて相談をもちかけた(351,447以下)。
tum Demea ab Hegione omnem rem de Pamphila cognoscit : unde secundum jurgium cum fratre Micione, qui nunc omnia intelligit. Statim(すぐに) argentum dat quo lenoni Bacchidem raptam pensaret(つぐなう) et nuptias filii cum Pamphila celebrare properat(急ぐ).
その後、デメアスはヘギオンからパンピラのことを聞き出す(462以下)。そのためにデメアスはミキオンと再び口論する(719以下)。しかし、ミキオンは既にすべてを知っていた(592以下)。ミキオンは女衒に対してバッキス誘拐の償いをする。そして、パンピラと息子の結婚式を急がせる。
Demea vero filium Ctesiphonem insontem(無罪) esse adhuc credit, donec in eum Bacchidem osculantem(抱擁する) et potantem(酒を飲む) apud Micionem incidit. Denique intelligit suam rationem educandi quidquam melius quam Micionis non effecisse(もたらす).
このときデメアスは息子のクテシポンはまだ無垢なままだと信じていた。しかし、ミキオンの家でクテシポンがバッキスと抱擁して酒を飲んでいるところに出くわしてしまう(782,798)。結局、デメアスは自分の教育方針はミキオンの教育方針よりもよい結果をもたらさなかった事を知る。
tertia altercatio(口論) inter fratres fit sed ab eo tempore Demea, quem adhuc omnes fugiebant(避ける) vel ludificabant, novam viam init(始める). per ludibrium(冗談、いたづら) libidinibus adulescentium indulgentior et obsequentior studet esse quam ipse frater.
それで兄弟は三度目の口論をする(792以下)。しかし、これまで皆から嫌われ馬鹿にされていたデメアスは、この口論のあとでこれまでのやり方を止めることにする。そして、ふざけ半分に息子の放蕩に対して、弟のミキオンよりも寛大で迎合的な態度をとり始める。
ita Micioni molestus(迷惑な) fit, qui plura damna(損) accipit nec scit quomodo evadat.
そのためミキオンは大損をしてどうすれば窮地を脱すればいいか分からないで困惑する。(ラテン語ウィキペディアより)
C. SULPICI APOLLINARIS PERIOCHA
Duos cum haberet Demea adulescentulos(少年),
デメアスには二人の息子がいたが、
dat Micioni fratri adoptandum Aeschinum,
長男のアイスキヌスを自分の弟ミキオンの養子にして、
sed Ctesiphonem retinet. hunc citharistriae
次男のクテシポンを育てている。クテシポンは遊女の
lepore(魅力) captum sub duro ac tristi patre
魅力の虜になるが、厳格で気むずかしい父親デメアスには内緒にしている。
frater celabat Aeschinus; famam rei(情事の噂),
長男のアイスキヌスはそんな次男をかばってやる。弟の情事の噂と恋を
amorem in sese transferebat; denique
自分のことにして、とうとう
fidicinam(竪琴弾き) lenoni eripit. vitiaverat
遊女を置屋からさらってくる。
idem Aeschinus civem Atticam pauperculam(貧しい女)
アイスキヌス自身はアテネ市民の貧しい女をレイプしたが、
fidemque dederat hanc sibi uxorem fore.
その女と結婚する約束をしていた。
Demea jurgare(叱る), graviter ferre; mox tamen, 10
デメアスは腹に据えかねてミキオンと口論をする。しかし、やがて
ut veritas patefacta est, ducit(結婚する) Aeschinus
真相が明らかになるとアイスキヌスはレイプした女と結婚し、
vitiatam, potitur Ctesipho citharistriam(キタラ奏者).
クテシポンは遊女と結ばれる。
舞台はアテナイの通り。二つの家がある。向かって左手がミキオンの家、右手がソストラータの家、右方向が広場、左方向が田舎である。
PROLOGUS
プロローグ、略
postquam poeta sensit scripturam suam
ab iniquis observari et advorsarios
rapere in pejorem partem quam acturi sumus,
indicio de se ipse erit, vos eritis judices,
laudin an vitio duci factum oporteat.
Synapothnescontes Diphili comoediast.
eam Commorientis Plautus fecit fabulam.
in Graeca adulescens est qui lenoni eripit
meretricem in prima fabula. eum Plautus locum
reliquit integrum, eum hic locum sumpsit sibi
in Adelphos, verbum de verbo expressum extulit.
eam nos acturi sumus novam. pernoscite
furtumne factum existumetis an locum
reprehensum qui praeteritus neglegentiast.
nam quod isti dicunt malivoli, homines nobilis
hunc adjutare assidueque una scribere,
quod illi maledictum vehemens esse existumant,
eam laudem hic ducit maxumam quom illis placet
qui vobis univorsis et populo placent,
quorum opera in bello, in otio, in negotio
suo quisque tempore usust sine superbia.
dehinc ne exspectetis argumentum fabulae:
senes qui primi venient, ii partem aperient,
in agendo partem ostendent. facite aequanimitas
poetae ad scribendum augeat industriam.
I.I MICIO
第一幕第一場(早朝のアテナイ。ミキオン、自分の家から出てくる。自分と兄の教育観の違いを独白する)
MI. Storax! non rediit hac nocte a cena Aeschinus
ミキオン (通りに向かって、迎えにやった召使に呼びかける)おおい、ストラックスよ! (答えがなく、独白)うちのせがれの奴め、昨晩のパーティーからまだ帰って来ないじゃないか。
neque servolorum quisquam qui advorsum ierant.
迎えにやった召使も誰ひとり戻って来んとは。
profecto hoc vere dicunt: si absis uspiam(どこかに)
「もしお前が家を空けて
aut ibi si cesses, evenire(起きる) ea satius(望ましい) est
帰りが遅くなったら、慈悲深い親御さんが心配することよりも、
quae in te uxor dicit et quae in animo cogitat 30
奥さんが想像をめぐらしてお前に言うこと
irata quam illa quae parentes propitii.
が実際に起きる方が望ましい」とはよく言ったもんだ。
uxor, si cesses, aut te amare cogitat
旦那の帰りが遅くて奥さんが想像することと言ったら、よその女に惚れてるんじゃないかとか、
aut tete amari aut potare atque animo obsequi
女に言い寄られているんじゃないかとか、飲み歩いて
et tibi bene esse soli(<solus与), quom(=quom) sibi sit male.
自分だけ楽しい思いをしているんじゃないかというぐらいだからなあ。
ego quia non rediit filius quae cogito et
それに対して、息子が帰らないことで私が心配して
quibus nunc sollicitor rebus! ne aut ille alserit
想像している事といったらどうだ。どこかで凍えているんじゃないかとか、
aut uspiam ceciderit aut praefregerit
どこかで倒れているんじゃないかとか、骨折でもしてるんじゃんないかとか
aliquid. vah! quemquamne hominem in animo instituere aut
そんな事ばかりだ。まったく、人間てやつは自分よりも大切なものを
parare quod sit carius quam ipsest sibi!
何か背負い込まずにはいられないものなんだな。
atque ex me hic natus non est, sed ex fratre. is adeo(全く) 40
それでいて、あの子は私の実の子ではなく兄上の子なんだからなあ。兄上といえば、あの人は
dissimili studiost iam inde ab adulescentia.
若い頃から私とはまったく違った生き方をしている人だな。
ego hanc clementem vitam urbanam atque otium
私はこの都会でのんびりと悠々自適の生活を送ってきたし、
secutus sum et, quod fortunatum isti putant,
妻というものを持ったことがない。
uxorem numquam habui. ille contra haec omnia:
これを運がいいという人もいる。これとは正反対に、
ruri agere vitam, semper parce ac duriter
兄上は田舎暮らしをして、質素倹約を旨として生きてこられた。
se habere. uxorem duxit, nati filii
妻も娶って二人の息子も儲けられた。
duo. inde ego hunc maiorem adoptavi mihi,
その長男を私は養子としてもらい受けて、
eduxi e parvolo, habui, amavi pro meo.
幼い頃から実の子同然の愛情をそそいで育ててきたというわけだ。
in eo me oblecto(楽しませる), solum id est carum mihi.
あの子は私の生き甲斐なだけでなく、私のたった一つの宝なんだな。
ille ut item contra me habeat facio sedulo. 50
私もあの子から同じくらい大切にして欲しくて、精いっぱいやってきたなあ。
do, praetermitto, non necesse habeo omnia
私は、いつも許したり、与えたりしていれは、何でもかんでも
pro meo jure agere. postremo, alii clanculum(前置詞)
親の権威を振りまわす必要はないと思っている。そうして、よその子が親に隠れてすることや、
patres quae faciunt, quae fert adulescentia,
若気の至りでやらかすことも、
ea ne me celet consuefeci filium.
私には内緒にしないようにあの子をしつけているんだ。
nam qui mentiri aut fallere institerit(←insueverit) patrem aut
子供というものは、親に嘘をつくようになってそれが平気になってしまったら、
audebit, tanto magis audebit ceteros.
他人にはなおさら平気で嘘をつくようになるからね。
pudore et liberalitate liberos
だから、恐れられるよりは、
retinere satius esse credo quam metu.
子供の気持ちを大切にして、寛大な心で育てる方がいいと私は思ってるんだ。
haec fratri mecum non conveniunt neque placent.
兄上は私のこうした方針には大反対なんだな。
venit ad me saepe clamans ”quid agis, Micio? 60
わが家に来てはたびたび大きな声でこう言われる、「弟よ、お主は何を考えているのじゃ。
quor perdis adulescentem nobis? quor amat?
なにゆえわしのせがれを堕落させる。なにゆえあの子は女を作ったり、
quor potat? quor tu his rebus sumptum suggeris,
酒を飲んだりしておるのじゃ。なにゆえお主はあの子の放蕩に金を出したり、
vestitu nimio indulges? nimium ineptus es.”
高価な服を買ったりして甘やかすのじゃ。お主は本当に大馬鹿者じゃよ」とね。
nimium ipsest durus praeter aequomque et bonum,
でも、兄上は公平に見ても厳格が過ぎているね。
et errat longe mea quidem sententia
私の考えを言わせてもらうなら、兄上は大きな間違いを犯しているんだな。
qui imperium credat gravius esse aut stabilius
親の権威を行使するときは、優しくやるよりも厳しくびしっとやる方が、
vi quod fit quam illud quod amicitia adjungitur.
確実に効果があると、兄上は信じているらしいんだな。
mea sic est ratio et sic animum induco meum:
それに対する私の考え方は次のようなものなんだ。
malo coactus qui suom(=suum) officium facit,
罰を恐れて言いつけを守る子供は、
dum id rescitum iri credit, tantisper cavet; 70
親の監視の目が届く間は努力もするが、
si sperat fore clam, rursum ad ingenium redit.
親に分からないと思ったら、元の本性に戻ってしまう。
ill‘ quem beneficio adjungas ex animo facit,
ところが、親と好意でつながっている子供は、言いつけを本気で守るし、
studet par referre, praesens absensque(親から離れて) idem erit.
親の恩に報いようとする。親に対して裏表のない子供になるんだな。
hoc patriumst, potius consuefacere filium
だから、父親の務めは、子供が罰を恐れて正しいことをするのではなく、
sua sponte recte facere quam alieno metu:
自ら進んでそうするように仕向けることなんだ。
hoc pater et dominus interest. hoc qui nequit,
父親と主人との違いはここにあるんだよ。これが出来ない親は、
fateatur nescire imperare liberis.
どうすれば子供に言うことを聞かせたらいいか分からないと、白状することになるんだな。
sed estne hic ipsus de quo agebam? et certe is est.
(通りを見て)ところで、あそこにいるのは今話題にしているご当人かな。やっぱりそうだ。
nescioquid tristem video. credo, iam ut solet
何やら渋い顔をされているな。きっとまた
jurgabit. salvum te advenire, Demea,80
お小言を頂戴することになりそうだ。いらっしゃい、兄上。
gaudemus.
お元気そうで嬉しいです
I.II DEMEA MICIO
第一幕第二場(朝、デメアス、右手、広場の方から登場。第一の口論)
DE. ehem, opportune! te ipsum quaerito.
デメアス やあ、お主、いい所にいたな。お主のことをずっと探していたところじゃよ。
MI. quid tristis es? DE. rogas me, ubi nobis Aeschinus
ミキオン 何を渋い顔をなさっているんですか。
デメアス わしが渋い顔をしている理由を聞くのかい。
siet, quid tristis ego sim? MI. dixin hoc fore?
長男坊のことに決まっているじゃろ。
ミキオン(傍白)さっき言ったとおりらしい。
quid fecit? DE. quid ille fecerit? quem neque pudet(非人称)
(デメアスに)あの子が何かしましたか。
デメアス 何かしましたかじゃと? あの子は恥知らずで
quicquam nec metuit quemquam neque legem putat
怖いものなしで無法者じゃよ。
tenere se ullam. nam illa quae antehac facta sunt
これまでにしでかした事は別として、
omitto: modo quid dissignavit(=perpetrate)? MI. quidnam id est?
今度はまた何をしでかしたと思う。
ミキオン いったい何をしたんですか。
DE. fores effregit atque in aedis irruit
デメアス 人の家の扉をこじ開けて中へ押し入ったのじゃ。
alienas. ipsum dominum atque omnem familiam
それから、その家の主人と召使いを片っ端から
mulcavit usque ad mortem. eripuit mulierem 90
殴りつけて死ぬような目に遭わせた。そして、自分が惚れた女を
quam amabat. clamant omnes indignissume
かっさらったのじゃ。破廉恥な事をしたもんだと
factum esse. hoc advenienti quot mihi, Micio,
みんなは大騒ぎじゃよ。弟よ、わしはここへ来る途中に何度この話を聞かされたことか!
dixere! in orest omni populo. denique,
世間ではこの話でもちきりじゃよ。まったく、
si conferendum exemplumst, non fratrem(主) videt
あの子が誰かを手本にしたかったら、うちの坊やがいるじゃないか。
rei dare(動) operam, ruri esse parcum ac sobrium?
ところが、一生懸命働いて田舎でつましくまじめに暮らしている坊やの姿があの子には見えないのか、
nullum huius simile factum. haec quom illi, Micio,
全く見倣おうとしない。これは、弟よ、あの子について言っているが、
dico, tibi dico. tu illum corrumpi sinis.
お主にも当てはまるぞ。あの子の放蕩を許しているのはお主だからじゃよ。
MI. homini imperito(~よりも) numquam quicquam injustiust,
ミキオン 世間知らずな人ほど理不尽なものはありませんねえ。
qui nisi quod ipse fecit nil rectum putat.
自分が経験したこと以外は全部間違っていると言うのですから。
DE. quorsum istuc? MI. quia tu, Demea, haec male judicas. 100
デメアス それはどういう意味だい。
ミキオン 兄上、あなたの考え方は間違っていると言っているのです。
non est flagitium, mihi crede, adulescentulum
いいですか、若い男には女遊びも、
scortari neque potari, non est, neque fores
酒を飲むのも悪いことではないのです。
effringere. haec si neque ego neque tu fecimus,
扉をこじ開けるのもそうですよ。私も兄上もこんなことはしませんでした。でもそれは、
non siit egestas facere nos. tu nunc tibi
私たちが貧しかったからです。兄上は当時貧しさのために強いられていた生活態度を
id laudi ducis quod tum fecisti inopia?
今になってご自慢なさるお積もりですか。
injuriumst. nam si esset unde fieret,
それはおかしいですよ。だってもし私たちにもお金があったら、
faceremus. et tu illum tuom, si esses homo,
同じことをしていたはずだからです。兄上にもし人の情というものがあるなら、
sineres nunc facere dum per aetatem licet
お宅の坊っちゃんにも若いうちに出来ることを今のうちにさせてあげて下さい。
potius quam, ubi te exspectatum ejecisset foras,
さもないと、兄上を厄介払いしたころになって、
alieniore aetate post faceret tamen.110
年甲斐もないことに手を出すことになりますよ。
DE. pro Juppiter, tu homo adigis me ad insaniam.
デメアス いやはや、お主の話を聞いていると、わしの頭がどうかしそうだ。
non est flagitium facere haec adulescentulum? MI. ah!
若い男があんなことをするのが悪いことではないだと?
ミキオン まあ、私の話を聞いて下さい。
ausculta, ne me obtundas de hac re saepius.
もうこの事で大きな声を出すのはやめて下さい。
tuom filium dedisti adoptandum mihi.
兄上はご自分の息子を養子として私に下さいました。
is meus est factus. si quid peccat, Demea,
ですから、あの子は私の子になったのです。兄上、もしあの子が不良に走ったら、
mihi peccat. ego illi(副) maxumam partem fero.
それは私の責任です。その付けを払うのはほとんどいつも私なのです。
opsonat, potat, olet unguenta? de meo.
あの子がどんちゃん騒ぎをしても、あの子が大酒を食らっても、あの子が香水を付け出しても、勘定は私もちです。
amat? dabitur a me argentum dum erit commodum;
あの子が女に手を出しても、都合のつく限り私がお金を出してやります。
ubi non erit, fortasse excludetur foras.
さもなければ、多分あの子は締め出しを食らうでしょう。
fores effregit? restituentur; discidit 120
あの子が人の家の扉を壊したら修理をするし、
vestem? resarcietur. est ―dis gratia―
あの子が人の服を破いたら弁償するまでのこと。おかげさまで、
est unde haec fiant; et adhuc non molesta sunt.
私にはそれをするお金があります。今のところ私は困っていないのです。
postremo aut desine aut cedo quemvis arbitrum.
ですから、兄上は私に干渉するのはやめて下さい。さもなければ、誰か仲裁人を呼んで下さい。
te plura in hac re peccare ostendam. DE. ei mihi!
私はこの件で非があるのは兄上だということを証明して差し上げます。
デメアス 何だと、
pater esse disce ab illis qui vere sciunt.
お主は父親とは何たるかを、先生について勉強してこい。
MI. natura tu illi pater es, consiliis ego.
ミキオン 兄上が生みの親なら、私は育ての親ですよ。
DE. tun consiliis quicquam? MI. ah! si pergis, abiero.
デメアス お主があの子の何を育てたと言うのじゃ。
ミキオン 兄上がまだ続けるおつもりなら、私はもう行きますよ。
DE. sicin(=sic ne) agis? MI. an ego totiens de eadem re audiam?
デメアス それが兄に対する態度か。
ミキオン それでは、私は何度も兄上から同じ話をお伺いせねばならないのですか。
DE. curaest mihi. MI. et mihi curaest. verum, Demea,
デメアス わしはあの子が心配なのじゃ。
ミキオン それは私も同じです。しかし、兄上、
curemus(接) aequam uterque partem. tu alterum, 130
私たちは心配事を公平に分け合うべきなのです。兄上はお宅の坊っちゃんの心配を、
ego item alterum. nam ambos curare propemodum
私は私の息子の心配をしていればいいのです。兄上が両方の心配をするのは、
reposcere illumst quem dedisti. DE. ah! Micio!
私にくれた息子を返せと言うのと同じことなのですよ。
デメアス 弟よ、何を言うのじゃ。
MI. mihi sic videtur. DE. quid istic(副)? si tibi istuc placet,
ミキオン 私の考えは以上です。
デメアス 分かったよ。お主がそうしたければ、
profundat, perdat, pereat. nil ad me attinet.
あの子に無駄遣いさせて、浪費させて、破滅させたらいいのじゃ。わしには関係ないことだからな。
iam si verbum unum posthac ― MI. rursum, Demea,
いや、後でもう一つ言うことがある・・
ミキオン 兄上、まだ
irascere? DE. an non credis? repeto quem dedi?
お腹立ちですか。
デメアス わしの気持が分からんのか。わしはお主にやった子を返せと言っているのではない。
aegrest. alienus non sum. si obsto ― em, desino.
わしは腹立たしいのだ。わしは赤の他人ではない。もしわしが邪魔だというなら・・いや、もうやめておく。
unum vis curem: curo. et est dis gratia,
お前はわしに自分の子の心配だけしておけと言う。ああ、しているとも。おかげで、
quom ita ut volost(=volo est). iste tuos(=tuus) ipse sentiet
うちの坊やはわしの思い通りに育ってくれた。お主の子も
posterius ― nolo in illum gravius dicere. 140
そのうち気付いてくれるだろう。わしはあの子のことをこれ以上悪く言いたくはない。(デメアス、左手、田舎の方へ退場)
MI. nec nil neque omnia haec sunt quae dicit. tamen
ミキオン(独白)兄上のおっしゃったことにも一理あるが、それが全てではないんだな。
non nil molesta haec sunt mihi. sed ostendere
私もあの子のやったことに困惑している。ただ、
me aegre pati illi nolui. nam itast homo:
私が腹を立てているところを兄上には見せたくなかったんだ。兄上はあんな人なんだ。
quom placo, advorsor(=adversor) sedulo et deterreo,
私が兄上の怒りを鎮めようとして、逆の立場から懸命に説得しても、
tamen vix humane patitur. verum si augeam
道理を受け入れてはくれない。一方、もし私があの人の
aut etiam adjutor sim eius iracundiae,
怒りに加担して火に油を注ぐようなことをしたら、
insaniam profecto cum illo. etsi Aeschinus
きっと私も兄上と一緒に正気を無くしてしまうだろう。
non nullam in hac re nobis facit injuriam.
今回のあの子の件では私もショックだったからだ。
quam hic non amavit meretricem(娼婦)? aut quoi(=cui) non dedit
あの子はどれだけの遊女に
aliquid? postremo nuper (credo iam omnium 150
入れあげてきたことか。先日は道楽に飽きたのか、
taedebat) dixit velle uxorem ducere.
結婚するつもりだと言ってきた。
sperabam iam defervisse adulescentiam.
あの子の放蕩癖がやっとやんだと思って、
gaudebam. ecce autem de integro! nisi, quidquid est,
喜んでいたんだ。ところがまた逆戻りとは! しかし、
volo scire atque hominem(=illum) convenire, si apud forumst.
何であれあの子に会って事実を確かめねばいかん。広場にいるだろうか。(ミキオン、右手、広場の方へ退場)
II.I SANNIO BACCHIS AESCHINUS PARMENO
第二幕第一場(アイスキヌスとパルメノン、バッキスを連れて左手から登場。サンニオンが後から来る。アイスキヌスがバッキスを連れ帰る場面。)
SA. obsecro, populares, ferte misero atque innocenti auxilium,
サンニオン(叫ぶ)ああ、市民のみなさん、哀れなわしをお助けくだせえ。わしは何も悪いことはしてねえです。
subvenite inopi. AE. otiose, nunciam ilico hic consiste.
無抵抗なこのわしをお助けくだせえ。
アイスキヌス(バッキスに向かって)ここまで来ればもう安心だよ。
quid respectas? nil periclist. numquam dum ego adero hic te tanget.
振り返ることはない。心配はないんだから。僕がいるかぎり、あの男には指一本触れさせないよ。
SA. ego istam invitis omnibus. AE. quamquamst scelestus non committet hodie umquam iterum ut vapulet.
サンニオン 皆さん方の意に添わねえことだっけども、あの尼っ子は渡さねえだ。
アイスキヌス(女に)あいつがいくら札付きの悪党でも、一日に二度も殴られるような真似はしないさ。
SA. Aesehine, audi, ne te ignarum fuisse dicas meorum morum, 160
サンニオン 若旦那、聞いて下せいまし。わしの料簡を知らなかったと言ってもれえたくないんでがすよ。
leno ego sum. AE. scio. SA. at ita ut usquam fuit fide quisquam optuma.
わしはしがねえポン引きでがす。
アイスキヌス 知ってるさ。
サンニオン だども、わしほどまっとうな商売をしてきた者はいねえですよ。
tu quod te posterius purges(接) hanc injuriam mi nolle
後になって若旦那がこんなひでえことをする積もりはなかったと言い訳されても、
factam esse, huius non faciam. crede hoc, ego meum jus persequar
(指を鳴らして)わしは相手にしねえですよ。必ずこの落とし前はつけていただきやす。
neque tu verbis solves(未) umquam quod mihi re male feceris.
わしに加えた暴力はどんなに弁解しても帳消しには出来ねえですよ。
novi ego vostra haec: ”nollem factum.” jusjurandum dabitur te esse
若旦那のおっしゃりそうな事はもう分かってます。「そんな積もりはなかった」と。そいでもって、
indignum injuria hac, indignis quom egomet sim acceptus modis.
わしにはこんなひどい事をしておきながら、自分は誓ってこんなことをする人間ではなかんべとおっしゃるんで。
AE. abi prae strenue ac fores aperi. SA. ceterum hoc nihili(属) facis?
アイスキヌス(パルメノンに)小番頭、お前は先に行って急いで戸を開けろ。(パルメノン、ミキオンの家の戸を開ける)
サンニオン それじゃあ、わしの話を無視なさいますんで?
AE. i intro nunciam. SA. enim non sinam. AE. accede illuc, Parmeno:
アイスキヌス(バッキスに)さあ中に入って。
サンニオン(バッキスにつかみかかる)それはだめだんべ。
アイスキヌス 行け、小番頭
nimium istuc abisti. hic propter hunc adsiste: em sic volo.
そこじゃ離れすぎだ。そいつのそばを離れるな。よし、それでいい。
cave nunciam oculos a meis oculis quoquam demoveas tuos,170
僕から絶対目を離すなよ。そして、僕が合図をしたら、
ne mora sit, si innuerim, quin pugnus continuo in mala haereat.
すぐにあごに一発食らわしてやるんだ。
SA. istuc volo ergo ipsum experiri. AE. em serva: omitte mulierem.
サンニオン お手並みを拝見したいでげす。(サンニオン、バッキスを連れ去ろうとする)
アイスキヌス(パルメノンに)おい、気をつけろ!(サンニオンに)彼女を放せ。(アイスキヌスの合図でパルメノン、サンニオンを殴る)
SA. o facinus indignum! AE geminabit nisi caves. SA. ei miseriam!
サンニオン そんな、無茶苦茶です!
アイスキヌス やめないと二発目がくるぞ。(パルメノン、再び殴る)
サンニオン ああ、痛え!(バッキスを離す)
AE. non innueram, verum in istam partem(その方向へのミス) potius(好ましい) peccato tamen.
アイスキヌス(パルメノンに)合図なしにやったが、このミスは許してやる。
i nunciam. SA. quid hoc reist(=rei est)? regnumne, Aesehine, hic tu possides?
(バッキスに)さあ行って!(バッキス、パルメノンと一緒にミキオンの家に入る)
サンニオン 何と馬鹿な真似をなさるんで。若旦那、若旦那はこの国の独裁者ですか。
AE. si possiderem, ornatus esses ex tuis virtutibus.
アイスキヌス もしそうなら、爺さんは功労者として表彰されてるよ。
SA. quid tibi rei mecumst? AE. nil. SA. quid? nostin qui sim? AE. non desidero.
サンニオン 若旦那はわしに恨みでもあるんで。
アイスキヌス 別に。
サンニオン それじゃあ、わしが何をしてるかご存知です。
アイスキヌス 知りたくもない。
SA. tetigin tui quicquam? AE. si attigisses, ferres infortunium.
サンニオン わしが若旦那に何かご損をかけやしたか。
アイスキヌス 爺さんがそんなことをしたら、ひどい目に会うだろうよ。
SA. qui tibi magis licet meam habere pro qua ego argentum dedi?
サンニオン じゃあ、どうしてわしが金を払ったうちの娘っ子に勝手に手を出すような真似をなさるんで。
responde. AE. ante aedes non fecisse erit melius hic convicium: 180
答えて下せい。
アイスキヌス この家の前で騒ぎを起こさない方がいいぞ。
nam si molestus pergis esse, iam intro abripiere atque ibi
まだぐずぐず言うのなら、爺さんは中へ引きずり込まれて、
usque ad necem operiere(浴びる) loris(鞭). SA. loris liber? AE. sic erit.
こっぴどく鞭で打擲されることになるぞ。
サンニオン 自由市民を鞭で打つってんで。
アイスキヌス そうだとも。
SA. o hominem impurum! hicin libertatem aiunt esse aequam omnibus?
サンニオン なんて無茶な人なんですか。この国では市民の権利ちゅうもんは平等に与えてられているはずなんです。
AE. si satis iam debacchatus es, leno, audi, si vis, nunciam.
アイスキヌス おい、爺さん、爺さんはもうじゅうぶん大騒ぎしたんだから、よけりゃ、今から僕の話をよく聞くんだ。
SA. egon debacchatus sum autem an tu in me? AE. mitte ista atque ad rem redi.
サンニオン わしが大騒ぎをしたんですかい。それとも、若旦那がわしを相手に大騒ぎをしたんですかい。
アイスキヌス そんな事は放っといて、仕事に戻るんだな。
SA. quam rem? quo redeam? AE. iamne me vis dicere id quod ad te attinet?
サンニオン 何の仕事で。どこに戻るだ。
アイスキヌス 爺さんの得になる話を僕に言って欲しくはないかい。
SA. cupio, modo aequi aliquid. AE. vah! leno iniqua me non volt loqui!
サンニオン 欲しいだ。無茶な話でなかんべな。
アイスキヌス おや、ポン引きの分際で、僕の口から無茶な話は聞きたくない?
SA. leno sum, fateor, pernicies communis adulescentium,
サンニオン 確かにわしはポン引きだべ。坊っちゃん方の憎まれ役、
perjurus, pestis. tamen tibi a me nullast orta injuria.
ぺてん師、町の厄介者でがす。じゃがて、わしは若旦那にはちっとも悪さはしてねえです。
AE. nam hercle etiam hoc restat. SA. Illuc, quaeso, redi quo coepisti, Aeschine. 190
アイスキヌス きっとあとに取っておく積りだな。
サンニオン 若旦那、話の続きをおっしゃって下さらんか。
AE. minis viginti tu illam emisti ―quae res tibi vortat male!
アイスキヌス 爺さんは二〇ミナで彼女を買った。それが不幸の始まりだな。
argenti tantum dabitur. SA. quid si ego tibi illam nolo vendere?
爺さんはそれ以上はもらえないよ。
サンニオン その値段ではあの子を売る気はなかんべとわしが申しましたらどうなさいますだ。
coges me? AE. minume. SA. namque id metui. AE. neque vendundam censeo,
また暴力でげすかい。
アイスキヌス とんでもない。
サンニオン もう暴力は御免被りたいんでな。
アイスキヌス 市民権のある女は
quae liberast. nam ego liberali illam assero causa manu.
売り買い出来ないはずだろ。僕は彼女がアテナイ市民だと申し立てるつもりなんだ。
nunc vide utrum vis, argentum accipere an causam meditari tuam.
さあ、爺さんはこの金額を受け入れるか裁判に備えるか、どっちがいいと思う。
delibera hoc dum ego redeo, leno. SA. pro supreme Juppiter,
爺さん、僕が戻って来るまでによく考えておくんだな。(アイスキヌス、サンニオンを残してミキオンの家に入る)
サンニオン(独白)いやはや、
minume miror qui insanire occipiunt ex injuria.
災難にあって頭がおかしくなる人の気持ちがわかりますだ。
domo me eripuit, verberavit, me invito abduxit meam;
若旦那に店から引きずり出されて、たたきのめされて、うちの子をさらわれたあげく、
homini misero plus quingentos colaphos infregit mihi.200
惨めなわしは、しこたま拳固を食らっただ。
ob male facta haec tantidem emptam postulat sibi tradier.199
こんだけひどい目に遭った代償が、うちの娘っ子を元値で譲れという要求じゃわい。
verum enim, quando bene promeruit, fiat: suom jus postulat.
若旦那の申し出が本当なら、それでもいいだ。それに正当な要求もしていらっしゃる。
age, iam cupio si modo argentum reddat. sed ego hoc hariolor:
よし、金さえ払ってもらえるなら受けようかい。じゃけんど、こんな予想も立つぞ。
ubi me dixero dare tanti, testis(複対) faciet ilico(即座に→ubi)
わしがあの値段でいいと言った途端に
vendidisse me. de argento, somnium: ”mox, cras redi.”
わしはあの娘っ子を初めから売るつもりだった事にされちまう。金は夢と消えちまって、「じゃあ、明日また出直して来い」となるんじゃあんめいか。
id quoque possum ferre si modo reddat, quamquam injuriumst.
これはひでえ取り引きじゃが、金さえ払ってくれたらわしも我慢できますだ。
verum cogito id quod res est: quando eum quaestum occeperis,
じゃが、現実を考えてみると、この商売を始めるからには、
accipiunda et mussitanda injuria adulescentiumst.
若者たちのひでえ仕打ちも黙って甘受しねばならん。
sed nemo dabit. frustra ego mecum has rationes puto.
(諦めて)いやいや、誰も金なんか出すまいて。こんな金勘定を一人でしても詮無いなことじゃよ。
II.II SYRUS SANNIO
第二幕第二場(シュルス、ミキオンの家から登場。サンニオンと話を付ける)
SY. tace! egomet conveniam iam ipsum. cupide accipiat faxo atque etiam
シュルス(中にいるアイスキヌスに向かって)分かりましたよ。あっしがじかに会って、若旦那の条件を喜んで受け入れさせますよ。
bene dicat secum esse actum. quid istuc Sanniost quod te audio 210
そして、いい取引をしたと言わせてやりますよ。(サンニオンに)やあ、爺さん、さっきうちの若旦那と
nescioquid concertasse cum ero? SA. numquam vidi iniquius
何かやり合っているのが聞こえましたが、いったい何だったんです。
サンニオン 今日のわしらの試合ほど
certationem comparatam quam quae hodie inter nos fuit.
不公平なものは見たことがないだんべ。
ego vapulando, ill‘ verberando, usque ambo defessi sumus.
若旦那が殴ってわしは殴られっぱなし。おかげで二人ともへとへとだわい。
SY. tua culpa. SA. quid facerem? SY. adulescenti morem gestum oportuit.
シュルス それはお爺さんが悪いのですよ。
サンニオン わしにどうしろって言いますだ。
シュルス 若旦那の言う通りにすればよかったのですよ。
SA. qui potui melius qui hodie usque os praebui? SY. age, scis quid loquar: 215
サンニオン わしは顔まで殴られやしたのに、あれ以上の何ができますだ。
シュルス あっしの言いたいことは分かるはずです。
pecuniam in loco negligere maxumum interdumst lucrum. hui!
時には金にこだわらないのが一番得になることもあるのです。本当にあなたは馬鹿ですね。
metuisti, si nunc de tuo jure concessisses paullulum atque
あなたは若旦那の言う通りにして、
adulescenti esses morigeratus, hominum homo stultissume,
少しでも自分の権利を譲ったら、
ne non tibi istuc faeneraret(得になる). SA. ego spem pretio non emo.
大損しはしないかと心配したのですね。
サンニオン わしはあだな望みのために金をどぶに捨てるようなことはしませんのじゃ。
SY. numquam rem facies. abi, nescis inescare homines, Sannio.220
シュルス それではお爺さんはいつまでたってもうまく行きませんよ。それではだめですよ。お爺さんは餌をまいておくことを知らないのです。
SA. credo istuc melius esse, verum ego numquam adeo astutus fui,
サンニオン きっとあんたの言う通りなんじゃろう。だけんど、わしはそこまで頭が回らんじゃで、
quin quidquid possem mallem auferre potius in praesentia.
いま手に入えるものを失いたくないんじゃ。
SY. age, novi tuom animum. quasi iam usquam tibi sint viginti minae
シュルス 確かに、お爺さんの気持ちは私もよく分かます。しかし、そのやり方でやっている限り、
dum huic obsequare. praeterea autem te aiunt proficisci Cyprum, SA. hem!
お爺さんの手元には二〇ミナは入って来ませんよ。お爺さんはキプロスに出かけるそうじゃないですか。それなら、なおさらです。
サンニオン げえ!
SY. coemisse hinc quae illuc veheres(未完接) multa, navem conductam. hoc, scio,
シュルス お爺さんがキプロスに運ぶ物をたくさん買い込んで、船までチャーターしていることはあたしも存じています。
animus tibi pendet. ubi illinc, spero, redieris tamen, hoc ages.
それでお爺さんは迷っていらっしゃる。たぶん、戻ってきてから、こっちの件を片付けるお積もりなんでしょう。
SA. nusquam pedem! perii hercle! hac illi spe hoc inceperunt. SY. timet:
サンニオン わしはどこにも行かねえだ。(傍白)こんちくしょうめ! 相手はそこをネタにして駆け引き始めただ。
シュルス(傍白)爺さん青くなってるぞ。
injeci scrupulum homini. SA. o scelera! illud vide
動揺したらしい。
サンニオン(傍白)こんちくしょうめ!
ut in ipso articulo oppressit. emptae mulieres
こっちの痛えところを突いて来るあのやり方を見ろ。わしはここからキプロスへ運ぶために、
complures et item hinc alia quae porto Cyprum.230
女も商品もどっさり買ってあるだ。
nisi eo ad mercatum venio, damnum maxumumst.
これでキプロスの市場に行かねば大損こくだ。
nunc si hoc omitto ac tum agam ubi illinc rediero,
だども、こっちを後回しにして戻ってから交渉してもだみだあ。
nil est: refrixerit res. ”nunc demum venis?
もう片が付いちまってるぞ。「今頃来たのかい。
quor passu‘s? ubi eras?” ut sit satius perdere
なぜ放っておいただ。どこにいただ」となったとなるだんべ。ここでこのまま居続けて粘るのも、戻って交渉するのもだみだあ。
quam hic nunc manere tam diu aut tum persequi.
そんなら、いま損する方がましだんべ。
SY. iamne enumerasti quod ad te rediturum putes?
シュルス お爺さんは向こうの稼ぎを当てにしてるんでしょう?
SA. hoccin(=hoce+ne) illo dignumst? hoccin incipere Aeschinum,
サンニオン(無視して)あの若旦那がこんなやり方でええのかな。
per oppressionem ut hanc mi eripere postulet!
女を無理やりさらうなんてことでええのかなあ。
SY. labascit. unum hoc habe. vide si satis placet.
シュルス(傍白)弱っているらしい。(サンニオンに)これが最後ですよ。お爺さん、それで満足できるか考えてみて下さい。
potius quam venias in periclum, Sannio, 240
全部儲けるか全部を失うかの賭けをするより、
servesne an perdas totum, dividuom face.
両方の中間をとるんですよ。
minas decem corradet alicunde. SA. ei mihi!
若旦那も一〇ミナならなんとかして下さいますよ。
サンニオン おいおい!
etiam de sorte nunc venio in dubium miser?
ひでえ目にあったあげくにわしは元値も確保できないのかな。
pudet nil? omnis dentis labefecit mihi,
若旦那は恥かしくねえのかね。わしの歯を全部ぐらぐらにしといて、
praeterea colaphis tuber est totum caput.
げんこでわしの頭をこぶだらけにして、
etiam insuper defrudet? nusquam abeo. SY. ut lubet.
その上に代金も踏み倒すってのか。わしはもうどこにも行かねえだ。
シュルス ご自由に。(立ち去るふりをして)
numquid vis quin abeam? SA. immo hercle hoc quaeso, Syre:
お爺さん、ほかに何か用はないですか。
サンニオン あるとも、あるとも。番頭さん、これだけは聞いてけろ。
utut haec sunt acta, potius quam litis sequar,
これまでの事はともかく、裁判だけは御免被りてえ。
meum mihi reddatur saltem quanti emptast, Syre.
娘っ子の元値だけ払ってもらえたらいいだ。
scio te non usum antehac amicitia mea;250
ははあ、きっと番頭さんはあんたに対するわしの気持ちに今まで気付いてらっしゃらねえようだんべ。
memorem me dices esse et gratum. SY. sedulo
わしは番頭さんをいつも忘れたことはねえし、いつも感謝してるだよ。さあ、これで分かるじゃろ(金をつかませる)。
シュルス(金を受け取る)わかりました。
faciam. sed Ctesiphonem video: laetus est
頑張ってみましょう。おや、坊っちゃんだ。女に会えるので
de amica. SA. quid quod te oro? SY. paullisper mane.
浮かれていらっしゃる。
サンニオン おいおい、わしの頼みはどうなるだんべ。
シュルス ちょっと待ってて下さい。
II.III CTESIPHO SANNIO SYRUS
第二幕第三場(クテシポン、右手、広場の方から登場。クテシポンが兄アイスキヌスに感謝している場面)
CT. abs quivis homine, quomst opus, beneficium accipere gaudeas:
クテシポン(独白)困っている時は誰の助けも嬉しいけど、
verum enimvero id demum juvat si quem aequomst facere is bene facit.
やっぱり助けるはずの人が助けてくれるのは本当に嬉しいな。
o frater, frater, quid(=how) ego nunc te laudem? satis certo scio,
ああ、兄さん、僕は兄さんの立派さをどう言えばいいだろう。本当に、
numquam ita magnifice quicquam dicam, id virtus quin superet tua.
どんな言葉も兄さんの素晴らしさを表すには足りないな。
itaque unam hanc rem me habere praeter alios praecipuam arbitror,
それに僕ほど恵まれた境遇にある人は他にいないと思うよ。
fratrem homini nemini esse primarum artium magis principem.
こんなに才能あふれた兄は誰も持てないもの。
SY. o Ctesipho. CT. o Syre, Aeschinus ubist? SY. ellum, te exspectat domi. CT. hem! 260
シュルス やあ、坊っちゃん。
クテシポン おや、番頭さんか。兄さんはどこ。
シュルス ほら、中で坊っちゃんをお待ちですよ。
クテシポン やったあ!
SY. quid est? CT. quid sit? illius opera, Syre, nunc vivo. festivom caput(人)!
シュルス どうかしたんですか。
クテシポン どうかしたかって? 番頭さん、僕の命がいまあるのは兄さんのおかげなんだ。素晴らしい人さ。
quin omnia sibi post putarit esse prae meo commodo,
なにせ兄さんは僕のために何もかも後回しにして、
maledicta, famam, meum laborem et peccatum in se transtulit.
人の悪口も陰口も、僕の過ちも苦しみもみんな自分で引き受けてくれたんだからね。
nil pote(<potis中) supra. quidnam foris(戸) crepuit? SY. mane, mane! ipse exit foras.
兄さんはこれ以上ないことをしてくれたんだ。(ミキオンの家の戸が開く)あれ? 誰か出てくるぞ。(近づこうとする)
シュルス 待って下さい。その兄さんが出て来られました。
II.IV AESCHINUS CTESIPEO SYRUS SANNIO
第二幕第四場(アイスキヌス、ミキオンの家から出てくる。クテシポンがアイスキヌスに会う場面)
AE. ubist ille sacrilegus? SA. me quaerit. numquidnam effert? occidi:
アイスキヌス あのごうつくばりの爺さんはどこだ。
サンニオン(傍白)わしをお探しだ。こんちくしょうめ、
nil video. AE. ehem, opportune! te ipsum quaero. quid fit, Ctesipho?
手ぶらじゃわい。
アイスキヌス(クテシポンを見つけて)おや、弟、いい所にいた。お前を捜していたところだ。元気かい。
in tutost omnis res. omitte vero tristitiem tuam.
万事順調だから、もう悲しい顔は見せるなよ。
CT. ego illam hercle vero omitto quiquidem te habeam fratrem. o mi Aeschine,
クテシポン もうそんな顔はしませんよ。だって僕には兄さんがついているんですから。ああ、僕の兄さん、
o mi germane! ah! vereor coram in os te laudare amplius,
これこそ正真正銘の兄さんですよ。でも、これ以上兄さんを面と向かって褒めたら、
ne id assentandi(causa) magis quam quo habeam gratum facere existumes.270
僕の感謝の言葉がお世辞と受け取られないか心配です。
AE. age, inepte, quasi nunc non norimus nos inter nos, Ctesipho.
アイスキヌス はは、馬鹿だなあ。僕らは互いのことを知りぬいた仲じゃないか。
hoc mihi dolet, nos paene sero scisse et paene in eum locum
僕が残念なのは、気づくのがもう少し遅かったら
redisse(至る) ut, si omnes cuperent, nil tibi possent auxiliarier.
手遅れになって、助けたくても助けられない所だったことだよ。
CT. pudebat. AE. ah! stultitiast istaec, non pudor. tam ob parvulam
クテシポン 恥ずかしくて言い出せなかったんです。
アイスキヌス あれは愚かなことであっても恥ずべきことじゃない。あんな些細な事のために、
rem paene e patria! turpe dictu. deos quaeso ut istaec prohibeant.
駆け落ちを考えるなんて、まったく話にもならない。そんなことは絶対だめだよ。
CT. peccavi. AE. quid ait tandem nobis Sannio? SY. iam mitis est.
クテシポン 僕の間違いでした。
アイスキヌス(シュルスに向かって)結局あの爺さんはどうすると言っているんだい。
シュルス もうおとなしくしていますよ。
AE. ego ad forum ibo ut hunc absolvam. tu intro ad illam, Ctesipho.
アイスキヌス それじゃあ、僕は奴と片を付けるために広場に行ってくるよ。弟、お前は中の彼女の所へ行ってやれ。
SA. Syre, insta. SY. eamus. namque hic properat in Cyprum. SA. ne tam quidem
サンニオン 番頭さんよ、若旦那にお急ぎなさるように言ってくだせえ。
シュルス(アイスキヌスに)若旦那、行きましょう。爺さんはキプロスに急ぎの用があるそうですから。
サンニオン わしはそんなに
quam vis. etiam maneo otiosus hic. SY. reddetur. ne time.
急いではいなえです。のんびり待たせてもらいますだ。わしには時間はたっぷりあるだで。
シュルス 金は払ってもらえますよ。心配はいりません。
SA. at (=fac) ut omne reddat. SY. omne reddet: tace modo ac sequere hac. SA. sequor. 280
サンニオン じゃが、全額払ってもらいますだ。
シュルス 全額払ってくれますよ。黙ってこっちへついていらっしゃい。
サンニオン 行きますだ。
(アイスキヌスとサンニオン、ミキオンを探しに、右手、広場の方に退場。シュルスもついていこうとする)
CT. heus, heus, Syre! SY. hem quid est! CT. obsecro hercle te, hominem istum impurissumum
クテシポン ねえねえ、番頭さん。
シュルス 何ですか。
クテシポン 頼むから、あの嫌な爺さんと
quam primum absolvitote ne, si magis irritatus siet,
なるたけ早く片を付けて欲しいんだ。あいつがこれ以上へそを曲げて、
aliqua ad patrem hoc permanet(耳に入る) atque ego tum perpetuo perierim.
この事が何かで親父の耳に入ったら、僕は永久に終わりなんだから。
SY. non fiet, bono animo esto. tu cum illa intus te oblecta interim
シュルス そんなことにはならないようにしますから、安心していて下さい。その間、坊っちゃんは中で彼女とよろしくしていて下さいね。
et lectulos jube sterni nobis et parari cetera.
それから夕食のお膳の支度その他もよろしく。
ego iam transacta re convortam me domum cum opsonio.
あっしは用事をすませたら、ごちそうを持って帰りますから。
CT. ita quaeso. quando hoc bene successit, hilare(副) hunc sumamus diem.
クテシポン 是非そうしてくれ。これがうまくいったら、今日はお祝いだね。
(シュルス、右手、広場の方に去る。クテシポン、ミキオンの家に入る。舞台、無人に)
III.I SOSTRATA CANTHARA
第三幕第一場(ソストラータ、カンタラを連れて自分の家から登場。アイスキヌスの彼女が出産間近であることが分かる場面)
SO. obsecro, mea nutrix, quid nunc fiet? CA. quid fiat rogas?
ソストラータ ねえ婆や、この先どうなるのかしら。
カンタラ どうなるのかですって?
recte edepol, spero. modo dolores, mea tu, occipiunt primulum(副).
順調だと思いますよ。最初の陣痛が始まったところですわ、奥さま。
iam nunc times. quasi numquam adfueris, numquam tute pepereris?290
もうご心配ですか。お産の立ち会いも、出産の経験もおありでしょうに。
SO. miseram me! neminem habeo―solae sumus: Geta autem hic non adest―
ソストラータ あたし心細くて。誰もいないのよ。私たち二人っきりですもの。ゲタもいてくれないから、
nec quem ad obstetricem mittam, nec qui accersat Aeschinum.
お産婆さんを呼びにやる人も若旦那を迎えに行く人もいないのよ。
CA. pol is quidem iam hic aderit. nam numquam unum intermittit diem
カンタラ 大丈夫、若旦那はすぐに来て下さいますわ。お見舞いを一日も欠かかしたことの
quin semper veniat. SO. solus mearum miseriarumst remedium.
ない人ですもの。
ソストラータ 私の数々の不幸の中であの人が唯一の慰めなのよ。
CA. e re nata(起こる) melius fieri haud potuit quam factumst, era,
カンタラ この場合、これ以上のことは望めませんわ、奥さま。
quando vitium oblatumst, quod ad illum attinet potissumum(特に),
あんな間違いがあったにせよ、お相手としては、
talem, tali genere atque animo, natum ex tanta familia.
ご立派で性格もよく、家柄も確かですし。
SO. ita pol est ut dicis. salvos(=salvus) nobis deos quaeso ut siet.
ソストラータ まったくあなたの言うとおりだわ。絶対若旦那には無事でいてもらわなくてはね。
III.II GETA SOSTRATA CANTHARA
第三幕第二場
(ゲタ、右手、広場の方から駆け込んでくる。アイスキヌスが遊女をさらったことを心変わりと誤解してソストラータたちに伝える場面)
GE. nunc illud est quom, si omnia omnes sua consilia conferant
ゲタ(独白)さあ大変な事になった。誰がどんな智恵をふり絞って、
atque huic malo salutem quaerant, auxili nil adferant,300
この事態を取り繕うとしたって、おれと奥さまとお嬢さまを
quod(=malum) mihique eraeque filiaeque erilist(=erili est). vae misero mihi!
この不幸から救い出す方法なんか見つかりっこない。ああ、もうおしまいだ。
tot res repente circumvallant se unde emergi non potest,
暴力、貧困、不当な仕打ち、孤立無縁、恥辱。
vis, egestas, injustitia, solitudo, infamia.
多くの災難が一度にどっとわが家に押し寄せてきたんだ。もう逃げようがない。
hoccin saeclum! o scelera, o genera sacrilega, o hominem impium!
これが世の中というものか! ちくしょう、ああ、ひどい、あの罰当たり者め!
SO. me miseram, quidnamst quod sic video timidum et properantem Getam?
ソストラータ(傍白)心配だわ。いったい何があったのかしら。ゲタがあんなに興奮して取り乱しているなんて。
GE. quem neque fides neque jusjurandum neque illum misericordia
ゲタ(独白)あの男は約束も誓いもあわれみの心も何のそのだ。
repressit neque reflexit neque quod partus instabat prope,
自分が暴行した哀れなお嬢さんが臨月だということも、
quoi miserae indigne per vim vitium obtulerat. SO. non intellego
奴を引き止めることは出来なかったとは。
ソストラータ 何を言っているのか
satis quae loquatur. CA. propius obsecro accedamus, Sostrata. GE. ah
よく分からないわ。
カンタラ あの、奥さま、もっと近づいてみましょう。
ゲタ(独白)もう、
me miserum! vix sum compos animi, ita ardeo iracundia. 310
無茶苦茶だよ。もう我慢できない。腹わたが煮えくり返る。
nil est quod malim quam illam totam familiam dari mi obviam,
こうして血気にはやっている時に、あいつの家族に出くわして、
ut ego iram hanc in eos evomam omnem, dum aegritudo haec est recens.
この怒りをぶちまけられたらどんなにいいだろう。
satis mihi id habeam supplici dum illos ulciscar meo modo.
あいつらにこの手で復讐できるなら、どんな罰を受けても構うもんか。
seni animam primum exstinguerem ipsi qui illud produxit scelus.
まず最初に、あの悪党を育てた老人の命を奪ってやる。
tum autem Syrum impulsorem, vah, quibus illum lacerarem modis!
次はあの悪党をけしかけた番頭だ。ああ、奴を八つ裂きにするためにどうしてくれよう!
sublimen medium arriperem et capite in terra statuerem,
胴体をひっつかんで、脳天を地面に突き刺して、
ut cerebro dispergat viam.
あいつの脳味噌を道にばらまいてやるんだ。
adulescenti ipsi eriperem oculos, post haec praecipitem darem.
あの若造は目玉をくりぬいてから真っ逆さまに頭から投げ飛ばしてやる。
ceteros ruerem, agerem, raperem, tunderem et prosternerem.
残りの奴らは突進して、追い回して、引っつかんで、ぶん殴って、叩きのめしてやるんだ。
sed cesso eram hoc malo impertire propere? SO. revocemus. Geta! GE. hem! 320
いやそれより早く奥さまにこの惨事を伝えなくては!
ソストラータ(カンタラに)いっしょに呼びましょう。ゲタ!
ゲタ 何だい。
quisquis es, sine me. SO. ego sum Sostrata. GE. ubi east? te ipsam quaerito,
誰だか知らないが、あっしに構わないでくれ。
ソストラータ 私ですよ。ソストラータです。
ゲタ どちらですか。(ソストラータを見つけて)あっしは奥さまに会わなくてはと、
te exspecto: oppido(副、全く) opportune te obtulisti mi obviam(副).
奥さまのことをずっと探していたのです。やっと奥さまに会えて本当によかった。
era ― SO. quid est? quid trepidas? GE. ei mihi! CA. quid festinas, mi Geta?
実は奥さま、
ソストラータ どうしたの。何をそんなにうろたえているのです。
ゲタ それがもう・・。
カンタラ 何ですよ、そんなにあわてて。
animam recipe. GE. prorsus― SO. quid istic ”prorsus” ergost? GE. periimus!
落ちつきなさい。
ゲタ まったく・・。
ソストラータ 「まったく」何です。
ゲタ 無茶苦茶なんですよ。
actumst! SO. eloquere, obsecro te , quid sit. GE. iam― SO. quid ”iam,” Geta?
万事休すなんですよ。
ソストラータ ねえ、何があったか話して下さい。
ゲタ もう・・。
ソストラータ 「もう」どうしたの。
GE . Aeschinus― SO. quid is ergo? GE. alienus est ab nostra familia. SO. hem!
ゲタ 若旦那が・・。
ソストラータ 若旦那がどうしたのです。
ゲタ この家とは赤の他人におなりになったのです。
ソストラータ まあ、
perii! quare? GE. amare occepit aliam. SO. vae miserae mihi!
そんな馬鹿な。どうしてそうなるのですか。
ゲタ 若旦那はほかの女に心移りしたのです。
ソストラータ まあ! 何てこと!
GE. neque id occulte fert, ab lenone ipsus eripuit palam.
ゲタ あの人はそれを人に隠さずに、白昼堂々、置屋から遊女をさらったのです。
SO. satin(=satisne) hoc certumst? GE. certum. hisce oculis egomet vidi, Sostrata. SO. me miseram!
ソストラータ それは本当に本当の事なのですか。
ゲタ 本当です、奥さま。あっしがこの目で見てきたのですから。
ソストラータ(涙にくれて)まあ、どうしましょう。
quid iam credas? aut quoi credas? nostrumne Aeschinum,330
これから何を信じたらいいの。誰を信じたらいいの。私たちの大切な若旦那、
nostram vitam omnium, in quo nostrae spes opesque omnes sitae
あの人は私たちみんなの命、私たちの希望、私たちの力だったのに。
erant? qui se sine hac jurabat se unum numquam victurum diem?
あの人は私の娘と死ぬまで一緒に生きていくと誓ってくれたのに。
qui se in sui gremio positurum puerum dicebat patris,
子供を自分の父親の胸に抱かせて、
ita obsecraturum ut liceret hanc sibi uxorem ducere?
あの子と結婚する許しをもらうと言ってくれたのに。
GE. era, lacrumas mitte ac potius quod ad hanc rem opus est porro prospice.
ゲタ 奥さま、涙は後にして、これからどうすべきか考えて下さい。
patiamurne an narremus quoipiam? CA. au au, mi homo, sanun(=sanusne) es?
このまま泣き寝入りするのか、それとも誰かに話を聞いてもらうのか。
カンタラ あらまあ、お前は正気なのかい。
an hoc proferendum tibi videtur esse? GE. miquidem non placet.
こんな恥を人前にさらしていいとでも思っているのかい。
ゲタ いえ、あっしもそれには反対です。
iam primum illum alieno animo a nobis esse res ipsa indicat.
第一、あの男の心変わりは、その行動から明らかです。
nunc, si hoc palam proferimus, ille infitias ibit, sat scio:
今になって昔の事件を表沙汰にしても男は否定するに決まってます。
tua fama et gnatae vita in dubium veniet. tum si maxume 340
しかも、それで奥さまとお嬢さまの評判に傷がついてしまいます。逆にもしあの男が暴行の事実を認めても、
fateatur, quom amat aliam, non est utile hanc illi dari.
別に女がいる男にお嬢さんを嫁がせるのはお嬢さんの為めになりません。
quapropter quoquo pacto tacitost opus. SO. ah! minume gentium!
ですから、いずれにしてもあの男の事は黙っているべきなのです。
ソストラータ いいえ、それは駄目。
non faciam. GE. quid ages? SO. proferam. CA. hem! mi Sostrata, vide quam rem agis.
私は泣き寝入りするつもりはありません。
ゲタ えっ? 奥さまはどうするお積もりですか。
ソストラータ 事を表沙汰にするのです。
カンタラ そんな馬鹿なことを。奥さま、ご自分が何をなさろうとしているかよく考えて下さいまし。
SO. pejore res loco non potis est esse quam in quo nunc sitast.
ソストラータ もう何をしても事態は今より悪くなりようがないのです。
primum indotatast. tum praeterea, quae secunda ei dos erat,
第一、娘には持参金がありません。それに、持参金代わりになる物も
periit: pro virgini dari nuptum non potest. hoc relicuumst:
失ってしまいました。あの子を生娘として嫁がせることはもうできないのです。しかし、これが残っています。
si infitias ibit, testis mecumst anulus quem miserat.
たとえあの人が暴行の事実を否定しても、あの人が落として行った指輪を私は証拠として持っているのです。
postremo, quando ego conscia mihi sum a me culpam esse hanc procul
その上、私はこの件に関して何の弱みもないし、
neque pretium neque rem ullam intercessisse illa aut me indignam, Geta,
娘と私の名誉を汚す金銭や物の受け渡しがなかったことは自信があります。
experiar. GE. quid istic? cedo ut melius dicas. SO. tu, quantum potest 350
だから、ゲタよ、私は裁判に訴えるのです。
ゲタ わかりました。おっしゃるとおりだと思います。
ソストラータ では、お前はすぐに
abi atque Hegioni cognato huius(この子) rem enarrato(未命) omnem ordine.
親戚のヘギオンさんの所へ行って、事件のことを詳しく話してきて下さい。
nam is nostro Simulo fuit summus et nos coluit maxume.
あの人は亡き夫の親友で、今も私たちの面倒をよく見てくれている人だからです。
GE. nam hercle alius nemo respiciet nos. SO. propera tu, mea Canthara,
ゲタ 本当にわが家のことを心配をしてくれるのはもうあの人だけですからね。(ゲタ退場)
ソストラータ ねえ婆や、あなたも急いで
curre, obstetricem accerse, ut quom opus sit ne in mora nobis siet.
一走りして、産婆さんを呼んで来て下さい。いざという時に間に合うようにね。(カンタラ、右手、広場の方に退場。ソストラータ、自分の家の中に入る)
III.III DEMEA SYRUS
第三幕第三場(デメアス登場、デメアスがシュルスに騙される場面)
DE. disperii! Ctesiphonem audivi filium
デメアス(独白)ああ、何ということじゃ。長男が女をさらった時にうちの坊やも
una fuisse in raptione cum Aeschino.
一緒だったと言うじゃないか。
id misero restat mihi mali si illum(→qui) potest,
うちの坊やは多少は見込みがあったのに、それでも悪の道に誘い込まれるのなら、
qui aliquoi reist, etiam eum(=illum) ad nequitiem adducere.
わしの不幸も極まれりじゃわい。
ubi ego illum quaeram? credo abductum in ganeum
あの子はいまどこにいるんじゃ。きっとまたどこかの淫売屋に連れ込まれているんじゃろ。
aliquo. persuasit ille impurus, sat scio. 360
あの汚れた男に誘われてな。そうに決まっちょる。
sed eccum(=ecce eum) Syrum ire video. hinc scibo iam ubi siet.
おや、弟の家の番頭が来るのが見える。そうだ、うちの坊やがどこにいるかをあいつから聞き出そう。
atque hercle hic de grege illost. si me senserit
いや、番頭もぐるだった。悪党め、わしがあの子を必死に探していることがわかったら、
eum quaeritare, numquam dicet carnufex.
あの子の居場所なんか絶対教えんじゃろ。
non ostendam id me velle. SY. omnem rem modo seni
わしが坊やを探してることは隠しておこう。
(シュルス、右手、広場の方から食料を抱えた召使いたちを連れて入場)
シュルス(傍白)うちの旦那さまにさっき、
quo pacto haberet enarramus ordine .
事の真相を詳しく話してきたよ。
nil quicquam vidi laetius. DE. pro Juppiter,
それには旦那さまも大喜びされてたなあ。
デメアス(傍白)まったく、
hominis stultitiam! SY. collaudavit filium.
何という馬鹿野郎じゃ!
シュルス(傍白)旦那さまはご子息を絶賛されていた。
mihi, qui id dedissem consilium, egit gratias.
ああするようにアドバイスをした私にも感謝して下さった。
DE. dirrumpor. SY. argentum annumeravit ilico.
デメアス(傍白)わしの堪忍袋はもう限界じゃ。
シュルス(傍白)旦那さまはすぐに身請けのお金を払って下さり、
dedit praeterea in sumptum dimidium minae: 370
おまけに買い物用に半ミナもあっしに下さった。
id distributum sanest ex sententia. DE. em,
それで満足の行く買い物ができた。
デメアス(傍白)ははあ、
huic mandes si quid recte curatum velis.
何か事をうまく運びたければ、みんなこういう男に頼むんだな。
SY. ehem, Demea! haud aspexeram te. quid agitur?
シュルス(デメアスに気づいて)おや、大旦那さまですか。気がつきませんでした。どうされましたか。
DE. quid agatur? vostram nequeo mirari satis
デメアス どうされましたかだと? お前の家のやり方には、
rationem. SY. est hercle inepta, ne dicam dolo, atque
開いた口がふさがらないでいるところだよ。
シュルス 正直言って、確かに愚かで馬鹿げたやり方ですね。
absurda. piscis ceteros purga, Dromo.
(召使いの一人に)ドロモン! 魚の下ごしらえをたのむ。
gongrum istum maxumum in aqua sinito ludere
ああ、その大きな穴子はしばらく水の中で遊ばせておけ。
tantisper. ubi ego venero, exossabitur;
そいつの下ごしらえは俺が行ってやるからな。(ドロモン、家の中に入る)
prius nolo. DE. haecin(=haecene) flagitia! SY. miquidem non placent
それまでは手を付けるなよ。
デメアス こんな贅沢をしよって。
シュルス あっしも嫌なんですよ。
et clamo saepe. salsamenta haec, Stephanio, 380
だからいつも反対はしてるんですけどね。(別の召使いに)ステパニオン! その塩漬けの魚を
fac macerentur pulchre. DE. di vostram fidem!
たっぷりの水に漬けてくれ。(ステパニオン、家の中に入る)
デメアス まったく、
utrum studione id sibi habet an laudi putat
弟はわざとこんなことをしてるのかね。あいつは息子を堕落させて
fore, si perdiderit gnatum? vae misero mihi!
それが手柄になるとでも思っているのかね。もう無茶苦茶じゃないか。
videre videor iam diem illum quom hinc egens
いつかあの子が無一文になってここから、
profugiet aliquo militatum. SY. o Demea,
逃げ出してどこかの傭兵になるのが目に見えるようじゃ。
シュルス さすが、大旦那さまです。
istuc est sapere, non quod ante pedes modost
目の前の事ばかりか、将来の出来事も
videre sed etiam illa quae futura sunt
見通しておられるとは、頭が冴えておられる。
prospicere. DE. quid? istaec iam penes vos psaltriast?
デメアス それで、お前の家には例のキタラ弾きの遊女がまだいるのかね。
SY. ellam(=en illam) intus. DE. eho! an domist habiturus? SY. credo, ut est
シュルス ええ、中にいますよ。
デメアス おいおい、弟は遊女を家に住まわせるつもりなのか。
シュルス きっとそのおつもりでしょう。
dementia. DE. haecin fieri! SY. inepta lenitas 390
正気の沙汰ではありませんがね。
デメアス 弟はそんなことまで許すのか。
シュルス 父親の愚かな溺愛と、
patris et facilitas prava. DE. fratris me quidem
間違った寛容さのせいですな。
デメアス 弟には本当にがっかりじゃよ。
pudet pigetque. SY. nimium inter vos, Demea, ac
わしは恥ずかしい。
シュルス 大旦那さま、
(non quia ades praesens dico hoc) pernimium interest.
大旦那さまが目の前にいらっしゃるからこんなことを言うわけではありませんが、お二人は月とスッポンぐらい違いますね。
tu quantus quantus nil nisi sapientia‘s(=es),
大旦那さまがどこをとっても英知そのものなら、
ill‘ somnium. sineres vero illum tu tuom
こちらの旦那は夢遊病者です。大旦那さまならご自分の息子さんに
facere haec? DE. sinerem illum? aut non sex totis mensibus
あんな事をお許しになりますか。
デメアス 許すわけがない。それどころか、わしなら坊やが実際に何かする半年も前に
prius olfecissem quam ille quicquam coeperet?
気付いてやめさせたはずじゃ。
SY. vigilantiam tuam tu mihi narras? DE. sic siet
シュルス 大旦那さまの目聡さはよく存じております。
デメアス うちの坊やは
modo ut nunc est, quaeso. SY. ut quisque suom volt esse, itast.
ずっと今のままでいて欲しいのじゃ。
シュルス 二人のお坊っちゃまは、それぞれのお父上の期待どおりに成長されましたねえ。
DE. quid eum? vidistin hodie? SY. tuomne filium? 400
デメアス それで、うちの坊やは何をしている。お前あの子を今日は見かけたのかい。
シュルス 大旦那さまの坊っちゃんですか。
abigam hunc rus. jamdudum aliquid ruri agere arbitror.
(傍白)この人を田舎へ追い払うとするかな。(デメアスに)坊っちゃんは今ごろ田舎で野良仕事に励んでおられると思いますよ。
DE. satin scis ibi esse? SY. oh! qui egomet produxi. DE. optumest:
デメアス あの子が田舎に? それは確かなのかね。
シュルス そりゃあ、あっしがお連れしたんですから。
デメアス それは良かった。
metui ne haereret hic. SY. atque iratum admodum.
こっちに居ついてるんじゃないかと心配してたんだ。
シュルス それから、坊っちゃんは何かひどくお怒りでしたよ。
DE. quid autem? SY. adortust jurgio fratrem apud forum
デメアス 何に怒っていたというのじゃ。
シュルス 広場の真ん中でうちの若旦那に食って掛かっておられましたよ。
de psaltria ista. DE. ain(=aisne) vero? SY. vah! nil reticuit.
例のキタラ弾きの遊女の件でね。
デメアス それは本当の話なのか。
シュルス それはもう、遠慮会釈もなしで。
nam ut numerabatur forte argentum, intervenit
ちょうど身請けの金が支払われている時に、突然坊っちゃんが現れて、
homo de improviso. coepit clamare: ”o Aeschine,
大きな声で始めたのです。「兄さん、
haecin flagitia facere te! haec te admittere
あなたがこんな破廉恥なことをするなんて! わが家の家名を
indigna genere nostro!” DE. oh! lacrumo gaudio!
汚すことになりますよ!」と。
デメアス ああ、うれしくて涙が溢れてくる!
SY. ”non tu hoc argentum perdis sed vitam tuam.”410
シュルス「兄さんはそのお金だけでなくご自分の人生もどぶに捨てようとしているのですよ」と。
DE. salvos sit! spero. est similis majorum suom(=suum複). SY. hui!
デメアス でかした! あの子は期待がもてるぞ。うちの祖先によく似ている。
シュルス すごいですね。
DE. Syre, praeceptorum plenust istorum ille. SY. phy!
デメアス 番頭さん、あの子はそういった格言をよく知っているんじゃよ。
シュルス(小声で)やれやれだ。
domi habuit unde disceret. DE. fit sedulo:
家で大旦那さまから学んでおられましたからね。
デメアス わしも熱心に教えているんじゃ。
nil praetermitto, consuefacio. denique
どんな機会も逃さずにな。それからしつけだ。要するに
inspicere tamquam in speculum in vitas omnium
「鏡の中を見るようにして万人の人生を見よ。
jubeo atque ex aliis sumere exemplum sibi.
もって他山の石とせよ」とな。
”hoc facito.” SY. recte sane. DE. ”hoc fugito.” SY. callide.
「こうしろ」。
シュルス なるほど。
デメアス「それはやめろ」。
シュルス ご賢明です。
DE. ”hoc laudist.” SY. istaec res est. DE. ”hoc vitio datur.”
デメアス「それは誉めてやる」。
シュルス 正にそれです。「それは悪いことだ」。
SY. probissume. DE. porro autem ― SY. non hercle otiumst
シュルス 素晴らしい。
デメアス それから・・
シュルス あのう、実は、
nunc mi auscultandi. piscis ex sententia 420
いま大旦那さまのお話を全部伺っている時間はございませんので。いい魚が
nactus sum. hi mihi ne corrumpantur cautiost.
入りまして、これをダメにしないように注意しませんと。
nam id nobis tam flagitiumst quam illa, Demea,
これでしくじるとあっしらにはやばい事になるのです。
non facere vobis quae modo dixti. et quod queo
大旦那さまがいま仰った言葉を守らないのがお宅の人たちにとってやばいようにですね。
conservis ad eundem istunc praecipio modum.
あっしも大旦那さまと同じように召使いの連中をしつけてるんですぜ。
”hoc salsumst, hoc adustumst, hoc lautumst parum.
「それは塩からい。それは焦げている。それは全然洗えてない。
illud recte. iterum sic memento.” sedulo
それはいい。次も忘れず同じようにしろ」と熱心に、
moneo quae possum pro mea sapientia.
あっしの頭でも出来うるかぎりの事を教えているんですよ。
postremo tamquam in speculum in patinas,Demea
それから、大旦那さまが「鏡の中を見よ」とおっしゃるならあっしらは「皿の中を見よ」と言って、
inspicere jubeo et moneo quid facto usu‘ sit.
どうするのが肝心かを教えてるんです。
inepta haec esse nos quae facimus sentio. 430
あっしもこの家の人たちがやってる事は馬鹿げたことだとは分かっています。
verum quid facias? ut homost, ita morem geras.
でもどうしろと仰るんですか。「郷に入れば郷に従え」っていうことですよ。
numquid vis? DE. mentem vobis meliorem dari.
ほかにご用はありませんか(シュルス、行こうとする)。
デメアス お前たちが正気に返ることを願っているよ。
SY. tu rus hinc ibis? DE. recta(=via). SY. nam quid tu hic agas,
シュルス もう田舎に出掛けられますか。
デメアス すぐにな。
シュルス 大旦那さまにはこんな所に用はないですからね。
ubi si quid bene praecipias nemo obtemperet?
大旦那さまがいくら立派な教訓を垂れても耳を貸す人はここにはおりませんからねえ。(シュルス、ミキオンの家に入る)
DE. ego vero hinc abeo, quando is quam ob rem huc veneram(過去完)
デメアス(独白)わしはもう帰るぞ。うちの坊やに会いにここに来たのに、
rus abiit. illum curo unum, ille ad me attinet.
あの子は田舎に帰ってしまったのだから。わしは坊やのことが心配だ。あれはわしの大切な子供だ。
quando ita volt frater, de istoc ipse viderit.
弟の息子の心配は弟に任せるとしよう。それがあいつの望みなのだから。
sed quis illic est procul quem video? estne Hegio
おや、向こうに見えるのは誰だろう。同じ里の
tribulis noster? si satis cerno is herclest. vaha!
ヘギオン君かな。わしの目が狂いがなけれは、確かにそうだ。ああ、
homo amicus nobis iam inde a puero. o di boni! 440
彼は子供の時からの友人だ。ほんとうに、
ne(確かに) illius modi iam magna nobis civium
この町には彼のような人が少なくなった。
paenuriast. homo antiqua virtute ac fide.
彼は昔ながらの美徳と信義を備えた人だ。
haud cito mali quid(不定) ortum ex hoc sit publice.
この人に任せていればこの国が災いを被ることなどないのだ。
quam gaudeo, ubi etiam huius generis reliquias
こんな人が今も残っているのを見て、
restare video! ah! vivere etiam nunc lubet.
わしは嬉しい。人生も捨てたものではないわい。
opperiar hominem hic ut salutem et colloquar.
挨拶して話をするために、ここで待っていよう。
III.IV HEGIO DEMEA GETA PAMPHILIA
第三幕第四場(ヘギオンとゲタ、話をしながら、左手、田舎の方から登場。デメアスがアイスキヌスの暴行を知り、その相手を捨てたという噂を聞く場面)
HE. pro di inmortales, facinus indignum, Geta!
ヘギオン ゲタよ、まったくひどい話じゃないか。
quid narras? GE. sic est factum. HE. ex illan(=illane) familia
それは本当の事なのかい!
ゲタ 本当なんです。
ヘギオン あの家族の一員が
tam illiberale facinus esse ortum! o Aeschine,
こんな恥ずかしい事をしでかすなんて! 全くあの長男坊め、
pol haud paternum istuc dedisti. DE. videlicet 450
あいつは父の名誉を汚すことをやったんですよ。
デメアス(傍白)きっとあの人も
de psaltria hac audivit. id illi nunc dolet
あのキタラ弾きの遊女のことを聞いたんだな。他人が
alieno, at pater is nihili pendit. ei mihi!
あんなに心配してるのに、当の父親はまったく気にしていないとは、一体どうなってんだ。
utinam hic prope adesset alicubi atque audiret haec!
弟はここに来て、この人の話を聞くべきだよ。
HE. nisi facient quae illos aequomst, haud sic auferent.
ヘギオン もし間違ったことをしたのなら、そんなやり方では逃げられないはずだ。
GE. in te spes omnis, Hegio, nobis sitast.
ゲタ ヘギオンさま、わが家の希望は全てあなた様の肩に掛っているのです。
te solum habemus, tu‘s patronus, tu pater.
私たちにはあなたしかいないのです。あなたはわが家の守り神、わが家の父です。
ille tibi moriens nos commendavit senex.
わが家の主人は死に際に私たちのことをあなた様に委ねたのです。
si deseris tu, periimus. HE. cave dixeris!
もしあなた様が私たちを見捨てたりしたら、わが家は破滅なんです。
ヘギオン 口を慎みたまえ。
neque faciam neque me satis pie posse arbitror.
私はそんな事はしないし、身内としてそんな事を出来るわけがない。
DE. adibo. salvere Hegionem plurumum 460
デメアス(傍白)会いに行こう。(ヘギオンに)これはヘギオン殿、
jubeo. HE. oh! te quaerebam ipsum. salve, Demea.
ようこそいらっしゃい。
ヘギオン おや、これはデメアスさん。こんにちは、あなたを探していたところですよ。
DE. quid autem? HE. maior filius tuos Aeschinus,
デメアス どうかしましたか。
ヘギオン お宅の若旦那、
quem fratri adoptandum dedisti, neque boni
弟さんに養子に出したあなたの上の息子さんは、
neque liberalis functus officiumst viri.
人としての義務も市民としての責務を果たしていないのですよ。
DE. quid istuc est? HE. nostrum amicum noras Simulum atque
デメアス それはどういう事ですか。
ヘギオン 我々の昔の仲間のシムルス君をご存知でしょう。
aequalem? DE. quidni? HE. filiam eius virginem
デメアス もちろんです。
ヘギオン お宅の若旦那は彼の娘に
vitiavit. DE. hem! HE. mane. nondum audisti, Demea,
暴行したのです。
デメアス え、何ですって。
ヘギオン デメアスさん、まだ驚くのは早い。
quod est gravissumum. DE. an quid est etiam amplius?
私はまだ一番大切なことを話していない。
デメアス まさか、もっとひどいことがあるのですか。
HE. vero amplius. nam hoc quidem ferundum aliquo modost.
ヘギオン そのとおり。なぜなら、ここまではなんとか我慢できるからです。
persuasit nox, amor, vinum, adulescentia: 470
夜中に欲望に満ちた若者が酒に酔ってしたことだとすれば、それも分からない事ではない。
humanumst. ubi scit factum, ad matrem virginis
これは人間なら誰しもあることです。だから、彼は自分のしたことを悟ると、自ら娘の母親のもとに行って、
venit ipsus ultro lacrumans, orans, obsecrans,
涙ながらに許しを請い、
fidem dans, jurans se illam ducturum domum.
娘と結婚する約束をして誓いを立てました。
ignotumst, tacitumst, creditumst. virgo ex eo
彼の言葉は信用されて、彼は許されて、事件は表沙汰にされずにすんだのです。娘の方はその事件のせいで
compressu gravida factast. mensis decumus est.
妊娠して十ヶ月になります。
ill‘ bonus vir nobis psaltriam, si dis placet(うまくいけば),
ところが、その好青年が、あろうことか
paravit(買う) quicum vivat; illam deserit.
ある遊女を身請けして一緒に暮らし始めて、こっちの娘を捨てたのです。
DE. pro certo tu istaec dicis? HE. mater virginis
デメアス それは本当の話ですか。
ヘギオン 娘の母親が証人です。娘本人もいるし、
in mediost, ipsa virgo, res ipsa, hic Geta
妊娠という事実もあります。このゲタもいます。
praeterea, ut captust(買ってきた) servolorum, non malus 480
彼は召使としてけっして能なしでも
neque iners. alit illas, solus omnem familiam
怠け者でもない。彼が一人で女たちを養い、家族を
sustentat. hunc abduce, vinci, quaere rem.
支えてきたのです。彼を捕まえて縛り上げて尋問すればいい。
GE. immo hercle extorque, nisi ita factumst, Demea.
ゲタ(デメアスに)そうですとも。大旦那さま、これが嘘だと言うなら、私を拷問にかけて下さい。
postremo non negabit. coram ipsum cedo.
いつかは若旦那も認めるはずです。さあ若旦那を私と対決させて下さい。
DE. pudet. nec quid agam nec quid huic respondeam
デメアス(傍白)わしは恥ずかしい。どうすればいいのか、この人に何と答えたらいいのか、
scio. PA. miseram me! differor doloribus.
皆目わからん。
パンピラ(家の中から)ああ、痛い。痛くてたまらないわ!
Juno Lucina, fer opem. serva me. obsecro. HE. hem!
神さま、お願い。私をお助け下さい。私をお救い下さい!
ヘギオン まさか!
numnam illa, quaeso, parturit? GE. certe, Hegio.
娘は産気づいているんじゃないのか。
ゲタ 正にそのとおりです、ヘギオンさま。
HE. em, illaec fidem nunc vostram implorat, Demea.
ヘギオン(デメアスに)ほら、あの娘は今あなた達の誠意を求めているのですぞ。
quod vos vis cogit, id voluntate impetret. 490
強制されてやるのではなく、進んで彼女の願いを叶えてやって下さい。
haec primum ut fiant deos quaeso ut vobis decet.
あなた達の名折れにならないようにして欲しいのです。
sin aliter animus voster est, ego, Demea,
もしあなたにその気がないのなら、
summa vi defendam hanc atque illum mortuum.
私は全力であの子と今は亡きあの子の父親を守る覚悟です。
cognatus mihi erat; una a pueris parvolis
シムノンさんと私は親戚ですし、私たちは子供の時から
sumus educti; una semper militiae et domi
一緒に育てられた仲なのです。国内だけでなく戦地でも一緒にいましたし、
fuimus; paupertatem una pertulimus gravem.
窮乏生活も共に堪えました。
quapropter nitar, faciam, experiar(法に訴える), denique
だから、私は彼女たちを見捨てることはありません。力を尽くし、
animam relinquam potius quam illas deseram.
手を尽くして、死ぬまで戦うつもりです。
quid mihi respondes? DE. fratrem conveniam, Hegio.
さあ、あなたはどう答えますか。
デメアス(逃げをはかる)ヘギオンさん、わしは弟に会って来ます。
is quod mihi dederit de hac re consilium, id sequar.
この問題については弟の考えに従うことにしますよ。
HE. sed, Demea, hoc tu facito cum animo cogites(=facito ut tu cogites hoc cum animo). 500
ヘギオン だがデメアスさん、次のことはよく考えておくことです。
quam vos facillume agitis, quam estis maxume
もしあなたが優れた人間と言われたければ、生活が楽になって、
potentes, dites, fortunati, nobiles,
金儲けをして有力者になって、成功して高い地位につくほどに、
tam maxume vos aequo animo aequa noscere
正しい心を持って、何が正しいかを知っていなければ
oportet, si vos voltis perhiberi probos.
ならないのですよ。
DE. redito. fient quae fieri aequomst omnia.
デメアス では、あとでまたおいで下さい。すべてを然るべく取り計らっておきますから。
HE. decet te facere. Geta, duc me intro ad Sostratam.
ヘギオン あなたならそうすると思いました。ゲタよ、ソストラータさんの所へ連れて行っておくれ。(ヘギオン、ゲタと共にソストラータの家に入る)
DE. non me indicente(知らせる) haec fiunt. utinam hic sit modo
デメアス(独白)だから言わんこっちゃない。もういい加減にしてもらいたい。
defunctum! verum nimia illaec licentia
際限なく甘やかしていると、
profecto evadit in aliquod magnum malum.
その内とんでもない事になるぞ。
ibo ac requiram fratrem ut in eum haec evomam. 510
よし、いまから弟を探し出して、この事を全部ぶちまけてやる。(デメアス、右手、広場の方に退場)
III.V HEGIO
第三幕第五場(ヘギオン、ソストラータの家から出てくる)
bono animo fac sis, Sostrata, et istam quod potes
ヘギオン(中のソストラータへ)奥さん、気持ちをしっかり持って下さい。そして、出来るだけ
fac consolere. ego Micionem, si apud forumst,
娘さんを元気づけてあげて下さい。ミキオンさんは広場にいるでしょうから、
conveniam atque ut res gestast narrabo ordine.
私が彼に会って事の次第をはっきり伝えて来ますから。
si est facturus ut sit officium suum,
もしもミキオンさんが自分の義務に則った行動をするなら
faciat. sin aliter de hac rest(=re est) eius sententia,
それでよし、もしこの件に関する彼の考え方が違うなら、
respondeat mi, ut quid agam quam primum sciam.
はっきりそう言ってくれたらいいのです。その方が私がどうすべきか早く分かるというものです。
(ヘギオン、右手、広場の方に退場)
IV.I CTESIPHO SYRUS
第四幕第一場(クテシポンとシュルス、ミキオンの家から出てくる。クテシポンが父親を恐れる場面)
CT. ain patrem hinc abisse rus? SY. jamdudum. CT. dic, sodes. SY. apud villamst
クテシポン お前、親父は田舎へ帰ったと言うのかい。
シュルス はい。だいぶ前に。
クテシポン ねえ、それは本当なのかい。
シュルス きっと大旦那さまは田舎のお屋敷で、
nunc quom maxume operis aliquid facere credo CT. utinam quidem!
今頃は畑仕事に精を出しておられますよ。
クテシポン そうだといいけど。
quod cum salute eius fiat, ita se defetigarit velim,
できれば命に別状のない範囲でくたびれ果てて、三日ほど
ut triduo hoc perpetuo(連続して) prorsum(全く) e lecto nequeat surgere. 520
寝ついてくれたらいいんだけど。
SY ita fiat, et istoc si qui potis est rectius. CT. ita. nam hunc diem
シュルス そうだといいですね。どうかするともっといい事があるかも知れませんよ。
クテシポン まったくだ。今日一日がこうして
misere(激しく) nimis cupio, ut coepi, perpetuom in laetitia degere.
いい日のままで終わってくれることを僕は切に望むよ。
et illud rus nulla alia causa(奪) tam male odi(動) nisi quia propest.
ただ、うちの田舎が近いのが難点だけどね。
quod si abesset longius,
もっと遠ければ、親父が
prius nox oppressisset illi quam huc revorti posset iterum.
ここに戻ってくる前に日が暮れてしまうんだけどなあ。
nunc ubi me illi non videbit, iam huc recurret. sat scio
今頃は僕が田舎にいない事に気づいて、こっちに引き返している頃だよ。そうに決まってる。
rogitabit me ubi fuerim: ”ego hodie toto non vidi die.”
そして僕に聞くんだ、「お前どこにいたんだ。今日は一日じゅう見なかったじゃないか」とね。
quid dicam? SY. nilne in mentemst? CT. numquam quicquam. SY. tanto nequior.
その時ぼくはどう答えたらいいだろう。
シュルス いい答えが何も浮かびませんか。
クテシポン まったくだよ。
シュルス それは困りましたね。
cliens, amicus, hospes nemost vobis? CT. sunt. quid postea?
お宅には庇護者や友人や客人はいないんですか。
クテシポン いるよ。いたらどうなるっていうんだ。
SY. hisce(与) opera ut data sit? CT. quae non data sit? non potest fieri. SY. potest. 530
シュルス 友人に用があったと言えばいいんですよ。
クテシポン 用なんかなかったら? そんなものあるわけないし。
シュルス ありますよ。
CT. interdius(=interdiu). sed si hic pernocto, causae quid dicam, Syre?
クテシポン昼間の言い訳はそれでいいとして、ここで一晩過ごす言い訳はどうするんだい。
SY. vah! quam vellem etiam noctu amicis operam mos esset dari!
シュルス あっそうか。夜中に友人に用があるなんておかしいですね。
quin tu otiosus esto: ego illius sensum pulchre calleo.
まあ、坊っちゃん、安心して下さい。大旦那さまの気性はよく存じていますから。
quom fervit maxume, tam placidum quam ovem(羊) reddo. CT. quomodo?
どんなに怒っていらしても、羊のように大人しくしてさしあげますよ。
クテシポン どうやるんだい。
SY. laudarier te audit lubenter. facio te apud illum deum.
シュルス 大旦那さまは坊っちゃんが褒められるのが何よりの好物なんです。坊っちゃんを大旦那さまの前で最高に褒めちぎって、
virtutes narro. CT. meas? SY. tuas. homini ilico lacrumae cadunt
坊っちゃんの武勇伝を語ってさし上げますよ。
クテシポン 僕の武勇伝を?
シュルス そうです。
quasi puero gaudio. em tibi autem! CT. quidnamst? SY. lupus in fabula.
大旦那さまは涙を流して子供のようにお喜びになります。(通りを見て)ほら、来られました。
クテシポン 何だって。
シュルス 噂のご当人ですよ。
CT. pater est? SY. ipsust. CT. Syre, quid agimus? SY. fuge modo intro, ego videro.
クテシポン 父さんが来たの?
シュルス そうです。
クテシポン 番頭さん、僕たちは一体どうするの。
シュルス 後はあっしに任せて、とりあえず中へお逃げ下さい。
CT. si quid rogabit, nusquam tu me. audistin? SY. potin(=potisne) ut desinas?
クテシポン 父さんが何か尋ねても、ぜったいに僕のことは言うなよ。分かっているだろ。
シュルス 分かってますって。(シュルス、クテシポンをミキオンの家の中に入れる)
IV.II DEMEA CTESIPHO SYRUS
第四幕第二場(デメアス、右手、広場の方から登場。デメアスがシュルスにまたも騙されて追っ払われる場面)
DE. ne ego homo sum infelix! fratrem nusquam invenio gentium. 540
デメアス(傍白)わしは本当に不幸な巡り合わせに生まれた人間に違いない。弟はどこにも見つからないし、
praeterea autem, dum illum quaero, a villa mercennarium
弟を探している時に会った田舎の小作人は、
vidi. is filium negat esse ruri,nec quid agam scio.
「坊っちゃんは田舎にはいらっしゃいませんよ」とぬかしやがるし。一体わしはどうしたらいいのか分からんよ。
CT. Syre! SY. quid est? CT. men quaerit? SY. verum. CT. perii. SY. quin tu animo bono‘s.
クテシポン(戸口から小声で)おい、番頭さん。
シュルス 何ですか。
クテシポン 父さんは僕を探しているのかい。
シュルス そのようですね。
クテシポン まいったな。
シュルス 坊っちゃん、ご安心下さい。
DE. quid hoc, malum, infelicitatis? nequeo satis decernere
デメアス(傍白)どうしてわしはこんなに付いてないんだ。さっぱりわからん。
nisi me credo huic esse natum rei(→), ferundis miseriis.
わしは苦労を一人でしょいこむこんな役回りのために生まれてきたと思うしかない。
primus sentio mala nostra, primus rescisco omnia,
わしが最初にわが家に起きた問題に気付いて、わしが最初にその全貌をつかんで、
primus porro obnuntio. aegre solus si quid fit fero.
それから、わしが最初にそれを伝える役回りなのだ。何かが起こって嫌な思いをするのはいつもわし一人なのじゃ。
SY. rideo hunc. primum ait se scire. is solus nescit omnia.
シュルス(傍白)おかしな人だ。一人だけツンボ桟敷におられるのに、最初に気づくのはご自分だとおっしゃっている。
DE. nunc redeo: si forte frater redierit viso. CT. Syre,
デメアス やっと戻ってきた。ひょっとして弟が帰って来ていないか見に行こう。
クテシポン(小声で)番頭さん、
obsecro, vide ne ille huc prorsus se irruat. SY. etiam taces? 550
ねえ、父さんがここに入って来ないようにしておくれよ。
シュルス しっ。
ego cavebo. CT. numquam hercle hodie ego istuc committam tibi.
分かってますよ。
クテシポン やっぱり、今日はお前には任せられないよ。
nam me iam in cellam aliquam cum illa concludam. id tutissumumst.
ぼくはあの子と奥へ雲隠れすることにするよ。それが一番安全だから。
SY. age, tamen ego hunc amovebo. DE. sed eccum sceleratum Syrum.
シュルス どうぞ、どうぞ。とにかく大旦那さまはあっしがおっぱらっておきますから(570以下)。(クテシポン、家の中に戻って戸を閉める)
デメアス おや、あそこに悪賢い番頭がいるぞ。
SY. non hercle hic quidem durare quisquam, si sic fit, potest.
シュルス(傷を撫でる振りをして独り言のように言う)こんな扱いを受けて耐えられる奴なんか絶対にいないよ。
scire equidem volo quot mihi sint domini. quae haec est miseria!
おれにはいったい何人のご主人様がいるのか知りたいよ。もう耐えられないよ。
DE. quid ille gannit? quid volt? quid ais, bone vir? est frater domi?
デメアス あの男は何をぶつくさ言っておるのじゃ。何が目当てのなじゃ。(シュルスに)おい名番頭くん、弟は家にいるかね。
SY. quid, malum, ”bone vir” mihi narras? equidem perii. DE. quid tibist?
シュルス 一体全体何だってあっしに「名番頭」なんておっしゃるんです。あっしはもうふらふらですよ。
デメアス 何があったのじゃ。
SY. rogitas? Ctesipho me pugnis miserum et istam psaltriam
シュルス 聞いて下さいますか。あの遊女共々あっしはお宅の坊っちゃんにしこたまぶたれたんですよ。
usque occidit. DE. hem! quid narras? SY. em, vide ut discidit labrum!
もう死ぬかと。
デメアス ふん、また何を言い出すことやら。
シュルス ほら、ご覧下さい。唇が切れてましょ。
DE. quam ob rem? SY. me impulsore hanc emptam esse ait. DE. non tu eum rus hinc modo 560
デメアス どうしてそんな事になったんだ。
シュルス 坊っちゃんは、遊女を身請けしたのはあっしがけしかけたからだとおっしゃるんですよ。
デメアス お前はさっきうちの坊やを
produxe(=te produxisse 402) aibas? SY. factum. verum venit post insaniens.
田舎に連れて行ったと言わなかったか。
シュルス はい、お連れしました。でも、怒ってまた戻って来られたのです。
nil pepercit. non puduisse verberare hominem senem!
そして坊っちゃんは手加減なしに、遠慮会釈もなくこの年寄りを殴りつけたんです。
quem ego modo puerum tantillum in manibus gestavi meis.
(身振りを交えて)赤ん坊の時にはこんなに小さくて、この手で抱いてさしあげたのにですよ。
DE. laudo. Ctesipho, patrissas. abi, virum te judico.
デメアス 坊や、ほめてやるぞ。それでこそわしの息子だ。よし、お前も一人前の男になったな。
SY. laudas? ne ille continebit posthac, si sapiet, manus.
シュルス おほめになるのですか。坊っちゃんに分別がおありなら、二度と手を挙げないで頂きたいですが。
DE. fortiter! SY. perquam(非常に), quia miseram mulierem et me servolum
デメアス 立派な行いじゃないか。
シュルス 憐れな女や
qui referire non audebam vicit. hui! perfortiter!
無抵抗な召使のあっしをやっつけたんですから、全くご立派ですよ。
DE. non potuit melius. idem quod ego sensit te esse huic rei caput.
デメアス これ以上の手柄はない。わしと同じく、坊やもお前がこの事件の元凶だと気付いたんだな。
sed estne frater intus? SY. non est. DE. ubi illum inveniam cogito.
ところで、弟は中にいるかね。
シュルス いいえ。
デメアス いったい弟はどこに行ったら見つけられるのかと、わしは思案しているんじゃよ。
SY. scio ubi sit, verum hodie numquam monstrabo. DE. hem! quid ais? SY. ita. 570
シュルス あっしは存じておりますが、今日は絶対申しません。
デメアス おい、どういう事だ。
シュルス いま言ったとおりです。
DE. dimminuetur tibi quidem iam cerebrum. SY. at nomen nescio
デメアス(杖を振り上げて)こいつ、脳天をたたき割ってやる。
シュルス(怯えた振りをして)分かりましたよ。誰の家にいるかは知りませんが、
illius hominis, sed locum novi ubi sit. DE. dic ergo locum.
どこにいるかは存じています。
デメアス じゃあ、その場所を言え。
SY. nostin porticum(女) apud macellum hanc deorsum(下へ)? DE. quidni noverim?
シュルス(指で指し示しながら)ここを下へ行くと市場のアーケードがあるのはご存知ですね。
デメアス 知らんでどうする。
SY. praeterito(未命) hanc recta platea(奪、まっすぐ) sursum(上へ). ubi eo veneris,
シュルス そこをまっすぐ登って下さい。そこに着いたら
clivos deorsum vorsumst: hac te praecipitato(未命). postea
下り坂がありますから、そこを下って行って下さい。
est ad hanc manum sacellum: ibi angiportum propter est,
すると右手に教会があって、その教会の近くに小道があります。
DE. quodnam? SY. illi ubi etiam caprificus magnast. DE. novi. SY. hac pergito.
デメアス どんな小道だ。
シュルス 大きないちじくの木がある小道です。
デメアス それは知っている。
シュルス その道を行くんですよ。
DE. id quidem angiportum non est pervium. SY. verum hercle. vah!
デメアス だが、あの小道は行き止まりだ。
シュルス あっそうか。そうでしたね。
censen(=censes+ne) hominem me esse? erravi. in porticum rursum redi.
馬鹿な奴だとお思いでしょう。間違えました。アーケードの所からやり直しです。
sane hac multo propius ibis et minor est erratio. 580
実際こっちの方がずっと近いし、間違いが少ないですから。
scin Cratini huius ditis aedes? DE. scio. SY. ubi eas praeterieris,
あの金持ちのクラティヌスのお屋敷をご存知ですか。
デメアス 知っている。
シュルス その屋敷を通り過ぎたら、
ad sinistram hac recta platea. ubi ad Dianae veneris,
左へ曲がってまっすぐ行って下さい。ディアナのお社まで来たら、
ito(未命) ad dextram. prius quam ad portam venias, apud ipsum lacum
右へ曲がってまっすぐ行きます。そうして町の門に来るまでに池の傍に
est pistrilla et exadvorsum fabrica: ibist. DE. quid ibi facit?
パン屋があります。その向かいに家具屋があります。旦那さまはそこにいらっしゃいますよ。
デメアス 弟はそこで何をしてるのじゃ。
SY. lectulos in sole(太陽) ilignis pedibus faciundos dedit.
シュルス 庭用の樫の椅子を注文されています。
DE. ubi potetis vos? bene sane! sed cesso ad eum pergere?
デメアス 酒を飲む椅子か。いい趣味じゃよ。よし、今すぐ弟の所へ行ってくる。(デメアス退場)
SY. i sane. ego te exercebo hodie, ut dignus es, silicernium!
シュルス 行ってらっしゃいませ。大旦那さまにはちょうどいい運動になりますよ、この耄碌爺め!
Aeschinus otiose cessat. prandium corrumpitur.
若旦那は何をぐずぐずしてるんだろう。ランチが腐っちまう。
Ctesipho autem in amorest totus. ego iam prospiciam mihi.
坊っちゃんは坊っちゃんで彼女とお取りこみ中だ。おれは自分のことをするかな。
nam iam abibo atque unum quidquid(=quidque), quod quidem erit bellissumum, 590
これから中に入って旨い物をつまみながら、
carpam et cyathos sorbilans paulatim hunc producam diem.
盃でちびちびやって、ゆっくりさせてもらおう。(シュルス、家の中に入る)
IV.III MICIO HEGIO
第四幕第三場(ヘギオンとミキオン、右手、広場の方から登場。二人がソストラータと娘に真実を伝えることを打ち合わせる場面)
MI. ego in hac re nil reperio, quam ob rem lauder tanto opere, Hegio.
ミキオン ヘギオンさん、この事でどうしてあなたが私をそんな風に褒めて下さるのか、全く分かりませんな。
meum officium facio. quod peccatum a nobis ortumst corrigo.
私は義務を果たすと言っているだけなんです。自分の身内が犯した不正を匡すのは当然のことですから。
nisi si me in illo credidisti esse hominum numero qui ita putant,
世間には不正の責めを追求されると、
sibi fieri injuriam ultro(逆に), si quam(不定代) fecere ipsi expostules,
それを逆恨みして逆に相手をなじる人がいますが、あなたは私を
et ultro accusant. id quia non est a me factum agis gratias?
そんな人間だと思っていたのですか。私がそんな人間でなかったというので感謝してくれているのですか。
HE. ah! minume. numquam te aliter atque es in animum induxi meum.
ヘギオン とんでもない。あなたは私が思っていた通りの人だったと言っているのです。
sed quaeso,ut una mecum ad matrem virginis eas, Micio,
ところで、ミキオンさん、私と一緒に娘の母親の所に行って、
atque istaec eadem quae mihi dixti tute dicas mulieri:
いま私に言ったのと同じことを彼女に直接言って欲しいのです。
suspicionem hanc propter fratrem eius esse et illam psaltriam. 600
つまり、今回のことは彼の弟と遊女のために生じた誤解だということをです。
MI. si ita aequom censes aut si ita opus est facto,eamus. HE. bene facis.
ミキオン それが私のとるべき行動だとあなたが言うなら、一緒に行きましょう。
ヘギオン それはよかった。
nam et illic(=illi女) animum iam relevabis, quae dolore ac miseria
あなたが話せば、悲嘆にくれているあの娘さんをきっと安心させられるでしょうし、
tabescit, et tuo officio fueris(完接) functus. sed si aliter putas,
あなたも自分の義務を果たしたことになるでしょう。だが、もし自分の口から言うのは憚れるとお思いなら、
egomet narrabo quae mihi dixti. MI. immo ego ibo. HE. bene facis.
あなたが仰った通りのことを、私が自分で話しますよ。
ミキオン 大丈夫、行きますよ。
ヘギオン それはよかった。
omnes quibus res sunt minus secundae magis sunt nescioquo modo
不幸な人たちはとかく
suspiciosi. ad contumeliam omnia accipiunt magis.
疑ぐり深いものなんです。それに何を言っても彼らは悪く取って、
propter suam impotentiam se semper credunt claudier(<claudeo).
貧乏のために軽んじられていると思いがちなんです。
quapropter te ipsum purgare ipsi(女与) coram placabilius est.
だから、あなたが自分で母親に直接説明して下さった方が、彼女も安心しやすいと思うのです。
MI. et recte et verum dicis. HE. sequere me ergo hac intro. MI. maxume.
ミキオン 本当にあなたの言うとおりです。
ヘギオン では私のあとについて中へどうぞ。
ミキオン そうしましょう。(ヘギオンとミキオン、ソストラータの家に入り、舞台再び無人に)
IV.IV AESCHINUS
第四幕第四場
(アイスキヌス、右手、広場の方から登場)
AE. discrucior animi! 610
hoccine(hoc+疑問ne) de improviso mali mihi obici tantum 610a
アイスキヌス ああ、困ったことになった。思いもよらないトラブルに巻き込まれてしまったよ。
ut neque quid me faciam nec quid agam certum siet!
何をどうしたらいいのか分からないよ。
membra metu debilia sunt: animus timore obstipuit.
不安で体に力が入らないし、頭がぼうっとして、
pectori consistere nil consili quit.vah!
何も考えが浮かんでこない。
quo modo me ex hac expediam turba?
くそ、どうすればこの厄介な事態を切り抜けられるんだ。
tanta nunc suspicio de me incidit. neque ea inmerito.
僕はひどい疑いを掛けられてしまった。しかもこれは自業自得だ。
Sostrata credit mihi me psaltriam hanc emisse. id anus
mi indicium fecit.
ソストラータさんは、あの遊女を僕が身請けしたと思い込んでいる。それが婆やの言葉から分かったんだ。
nam ut hinc forte ad obstetricem erat missa, ubi vidi, ilico
僕が婆やを見かけたのはちょうど婆やが産婆を呼びに行く時だった。
accedo. rogito Pamphila quid agat, iam partus adsiet
僕は近づいて、「パンピラの具合はどうですか。お産が近いのですか。
eon(eo+ne) obstetricem accersat. illa exclamat: ”abi, abi iam, Aeschine. 620
それで産婆を呼びに行くところなのですか」と聞くと、婆やはこう叫んだのだ。「消えちまえ、若僧。消えちまえ。
satis diu dedisti verba, sat adhuc tua nos frustratast fides.”
「ずいぶん長いこと騙してくれたね。あんたの約束を今まで信じたあたしたちが馬鹿だったよ」と。
”hem! quid istuc, obsecro” inquam ”est?” ”valeas, habeas illam quae placet!”
「何を言うんですか。ねえ、一体それはどういう事ですか」と言うと、「さよなら。せいぜい今の女を大事にしなよ」と。
sensi ilico(すぐに) id illas(主) suspicari(推測), sed me reprehendi(やめさせる) tamen
それで即座に僕は自分がそんな風に思われていることに気付いたんだ。でも、
ne quid de fratre garrulae illi dicerem ac fieret(未完接) palam.
僕は弟のことを話しはしなかった。そんな事をあんなお喋りな女にすれば、弟のことが世間に知れてしまう。
nunc quid faciam? dicam fratris esse hanc? quod minumest opus
では僕はどうすればいいだろう。あれは弟の女だと言うなんて、それだけは絶対にだめだ。
usquam efferri. ac mitto: fieri potis est ut ne qua exeat.
それはやめておく。何も表沙汰にならずにすむ可能性もあるんだから。
ipsum id metuo ut(〜ないかと恐れる) credant. tot concurrunt veri similia:
そもそもあの人たちは僕の言うことを信じてくれないだろう。状況は僕に不利なことばかりだ。
egomet rapui ipse, egomet solvi argentum, ad me abductast domum.
僕が遊女を略奪して、僕が金を払って身請けして、僕の家に連れ帰った。
haec adeo mea culpa fateor fieri. non me hanc rem patri,
これが全部僕のせいなのはその通りだ。第一、父に本当の事をありのままに
utut erat gesta, indicasse! exorassem ut eam ducerem.630
打ち明けてもいない。父にあの子との結婚を許してもらうべきだったんだ。
cessatum usque adhuc est: nunc porro, Aeschine, expergiscere.
ところが僕はそれを今までずっと先延ばしにしてきた。もうそろそろ覚悟を決めないと。
nunc hoc primumst: ad illas ibo ut purgem me. accedam(未) ad fores.
手始めにまず、彼女たちの所に行って疑いを晴らすことだ。彼女の家へ行こう。(ソストラータの家に近づく)
perii! horresco semper ubi pultare hasce occipio miser.
まいったな。情けないことに、いざ扉を叩くとなると、いつも怖気づいてしまう。
heus, heus, Aeschinus ego sum! aperite aliquis actutum(副) ostium.
(門をたたく)あの、僕です、アイスキヌスです。誰か早く戸を開けて下さい。(家の戸が開く)
prodit nescioquis. concedam huc.
(独白)誰か家から出てくる人がいる。こっちに引っ込んでいよう。
IV.V MICIO AESCHINUS
第四幕第五場(ミキオン、ソストラータの家から登場する。ミキオンに追い込まれたアイスキヌスが涙を流してを許しを請い、結婚の許しを得る場面)
MI. ita uti dixi, Sostrata,
ミキオン(戸口でソストラータに)では、奥さん、いま言ったように
facite. ego Aeschinum conveniam, ut quo modo acta haec sunt sciat.
して下さい。私は息子に会って、こうなった経緯(いきさつ)を話してきます。
sed quis ostium hic pultavit? AE. pater herclest! perii! MI. Aeschine,
(見回しながら)ところで、さっき扉を叩いた人は誰だろう。
アイスキヌス(傍白)何と親父じゃないか! まいったな。
ミキオン せがれじゃないか。
AE. quid huic hic negotist? MI. tune has pepulisti fores?
アイスキヌス(傍白)親父はこんな所に何の用だろう。
ミキオン さっきこの扉を叩いたのはお前か。
tacet. quor non ludo hunc aliquantisper? melius est,
(傍白)黙ってるな。ちょっとからかってやるかな。
quandoquidem hoc numquam mihi ipse voluit credere.640
その方がいい。私にこの事をずっと隠してたんだから。
nil mihi respondes? AE. non equidem istas, quod sciam.
(声を高めて)何か答えてくれないか。
アイスキヌス 僕じゃないですよ、多分。
MI. ita? nam mirabar quid hic negoti esset tibi.
ミキオン 本当か。お前、こんな所に何の用かと思ったよ。
erubuit. salva res est. AE. dic, sodes, pater,
(傍白)真っ赤になってやがる。うまく行った。
アイスキヌス 父さんは、ここには何の御用ですか。
tibi vero quid istic est rei? MI. nil mihi quidem.
よかったら、教えて下さい。
ミキオン 何も。
amicus quidam me a foro abduxit modo
さっき知り合いの人に広場からここに連れて来られたんだ。
huc advocatum sibi. AE. quid? MI. ego dicam tibi.
裁判で助けて欲しいと言われてね。
アイスキヌス どういう事ですか。
ミキオン 教えてやるよ。
habitant hic quaedam mulieres pauperculae.
この家には貧しい婦人たちが住んでいる。
ut opinor eas non nosse te, et certo scio.
お前は彼女たちのことは知らないと思う。知っているわけがない。
neque enim diu huc migrarunt. AE. quid tum postea?
彼女たちは最近ここに移って来たばかりだからね。
アイスキヌス それでどうしました。
MI. virgo cum matre. AE. perge. MI. haec virgo orbast patre. 650
ミキオン 娘が母親と一緒に住んでいるんだ。
アイスキヌス それで?
ミキオン 娘は父無し子なんだ。
hic meus amicus illi(与、女) genere est proxumus.
彼女の一番近い親戚が今言った私の知り合いなんだ。
huic leges cogunt nubere hanc. AE. perii! MI. quid est?
法律によって彼女はこの男に嫁ぐことになっている。
アイスキヌス まいったな。
ミキオン 何だ。
AE. nil, recte. perge. MI. is venit ut secum avehat.
アイスキヌス 何でもありません。それで?
ミキオン 娘を連れて行くためにその男がここへ来ることになっている。
nam habitat Mileti. AE. hem! virginem ut secum avehat?
彼はミレトスに住んでいるんだ。
アイスキヌス えっ、その人が娘を連れて行くためにここに来るですって?
MI. sic est. AE. Miletum usque obsecro? MI. ita. AE. animo malest.
ミキオン そうだ。
アイスキヌス まさか、ミレトスにですか。
ミキオン そうだ。
アイスキヌス(傍白)弱ったな。
quid ipsae? quid aiunt? MI. quid illas censes? nil enim.
(ミキオンに)それでその人たちはどうするのですか。いえ、その人たちは何と言ってるんですか。
ミキオン 何と言ってると思う。つまらない事を言うんだよ。
commenta mater est esse ex alieno viro
名前は言えないが、娘はある人の子を身ごもっていると
nescioquo puerum natum, neque eum nominat;
母親が作り話をするんだ。
priorem esse illum, non oportere huic dari.
その男が先だから、私の知り合いには嫁にやれないとね。
AE. eho! nonne haec justa tibi videntur postea? 660
アイスキヌス 待って下さい。要するに父さんはその言い分は認められないと言うのですね。
MI. non. AE. obsecro, non? an illam hinc abducet, pater?
ミキオン 認められない。
アイスキヌス えっ、認められない? 父さん、それではその人は娘を無理やり連れ去るのですか。
MI. quid illam ni abducat? AE. factum a vobis duriter
ミキオン 連れ去って何が悪い。
アイスキヌス 父さんたちのやり方は冷酷です。
immisericorditerque atque etiam, sist(=si est), pater,
それは無慈悲というものです。いえ、父さん、はっきり言って、
dicendum magis aperte, illiberaliter.
それは人間のすることではないですよ。
MI. quam ob rem? AE. rogas me? quid illi(男) tandem creditis
ミキオン どうしてだい。
アイスキヌス 分かるでしょ。その娘と先に知り合った男は、
fore animi misero qui illa(奪) consuevit prior,
可哀想に、たぶん娘を今も強く愛していることでしょう。その男は
qui infelix haud scio an illam misere nunc amet,
いったいどんなみじめな気持ちでいると思いますか。
quom hanc sibi videbit praesens praesenti eripi
自分の女を目の前で奪われて、
abduci ab oculis? facinus indignum, pater.
連れ去られるのですよ。これは恥ずべき犯罪ですよ、父さん。
MI. qua ratione istuc? quis despondit? quis dedit? 670
ミキオン それはどういう理屈だ。誰が娘と正式に婚約したんだ。誰がその結婚を許したんだ。
quoi quando nupsit? auctor his rebus quis est?
娘はいつ誰と結婚式を上げたんだい。誰がその結婚式に立ち合ったんだい。
quor duxit alienam? AE. an sedere oportuit
それに、どうしてその男は縁もゆかりもない女と結婚したんだい。
アイスキヌス それでは、その娘は
domi virginem tam grandem dum cognatus huc
いい年をして、親戚の男がミレトスからここに来るまで、
illinc veniret exspectantem? haec, mi pater,
じっと待っているべきだったと言うのですか。父さん、あなたこそこう言って
te dicere aequom fuit et id defendere.
娘を守ってやるべきだったのですよ。
MI. ridiculum! advorsumne illum causam dicerem,
ミキオン 馬鹿を言え。裁判の依頼主を訴えろ
quoi veneram advocatus? sed quid ista, Aeschine
とでも言うのかね。ところで、せがれよ、私たちは
nostra? aut quid nobis cum illis? abeamus. quid est?
こんなことに首を突っ込んでいる場合ではないんだよ。あの人たちのことは我々とは何の関係もないことだ。さあ、行こう。(アイスキヌス、泣き出す)どうした。
quid lacrumas? AE. pater, obsecro, ausculta. MI. Aeschine, audivi omnia
なぜ泣いているんだ。
アイスキヌス 父さん、お願いです。僕の話を聞いて下さい。
ミキオン(やさしく)せがれや、私はもう全部聞いて
et scio. nam te amo, quo magis quae agis curae sunt mihi. 680
知っているんだよ。お前は私の可愛い息子だ。だから私はお前のことが心配なんだ。
AE. ita velim me promerentem ames dum vivas, mi pater,
アイスキヌス 父さん、僕も父さんが生きている限り父さんの可愛い息子でいたいと思っています。
ut me hoc delictum admisisse(犯す) in me, id mihi vehementer dolet
だから、僕はこんな過ちを犯したことがとても悲しいし、
et me tui pudet. MI. credo hercle. nam ingenium novi tuom
父さんに対して僕はとても恥ずかしいのです。
ミキオン わかっているよ。私はお前の正直な性格を知っている。
liberale. sed vereor ne indiligens nimium sies(=sis).
だが、お前の行動はあまりにも分別を欠いているのではないか。
in qua civitate tandem te arbitrare vivere?
自分が一体どこの町に暮らしていると思っているんだ。
virginem vitiasti quam te non jus fuerat tangere.
お前は触れる事も許されない女性をはずがしめた。
iam id peccatum primum sane magnum,at humanum tamen.
これは第一級の罪で深刻な犯罪だ。しかしながら、これはよくある事件でもある。
fecere alii saepe item boni. at postquam evenit, cedo,
立派な人たちもしばしば同じ過ちを犯してきた。しかし、どうなんだ。事が起こった後でお前は
numquam circumspexti? aut numquid tute prospexti tibi,
この事について一度もじっくり考えなかったのか。何をどうすればいいか、
quid fieret,qua fieret? si te ipsum mihi puduit proloqui,690
将来の事を一度も真剣に考えなかったのか。もしお前が恥ずかしがって私に話さないでいたら、
qua resciscerem? haec dum dubitas, menses abierunt decem.
私は何も気付かなかったかも知れない。そうしてお前がぐずぐずしている間に、十か月が経ってしまったんだぞ。
prodidisti te et illam miseram et gnatum, quod quidem in te fuit(=as far as you can).
結果として、お前はあの可哀想な娘と生まれてくる子供と自分自身を見捨てたんだ。これ以上に情けないことはないんだぞ。
quid? credebas dormienti haec tibi confecturos deos?
それとも、お前が寝ている間に神様が後始末をしてくれて、
et illam sine tua opera in cubiculum iri deductum domum?
お前は何もしなくても、彼女を妻にしてお前の家に届けてくれると思っていたのか。
nolim ceterarum rerum te socordem eodem modo.
これからはもうこんな馬鹿な真似はやめて欲しいね。
bono animo‘s(=animo es). duces uxorem hanc. AE. hem! MI. bono, inquam, animo‘s. AE. pater
(間を開けて)安心しろ。お前はあの娘と結婚するんだ。
アイスキヌス えっ?
ミキオン 安心しろと言ってるんだよ。
アイスキヌス ねえ父さん、
obsecro, nunc ludis nunc tu me? MI. ego te? quam ob rem? AE. nescio.
僕をからかっているんですか。
ミキオン 私がお前をからかう? どうしてそんなことをする必要があるんだい。
アイスキヌス 分かりません。
quia tam misere hoc esse cupio verum, eo vereor magis.
それが本当であって欲しいと思うだけに、嘘ではないかと心配なんです。
MI. abi domum ac deos comprecare ut uxorem accersas. abi!
ミキオン さあ、家に帰って、彼女と結婚できるように、神さまにお祈りをしておいで。さあ。
AE. quid? eam uxorem? MI. iam. AE. iam? MI. iam,quantum potest. AE. di me,pater, 700
アイスキヌス 何と言いました。彼女と結婚できるように?
ミキオン そうだ。今すぐに。
アイスキヌス 今すぐにですか。
ミキオン そうだ。善は急げだよ。
アイスキヌス 父さん、
omnes oderint ni magis te quam oculos nunc ego amo meos.
僕は誰よりも父さんのことが大好きです。でなきゃ神さまのバチが当たります。
MI. quid? quam illam? AE. aeque. MI. perbenigne. AE. quid? ille ubist Milesius?
ミキオン 何だって。彼女よりも?
アイスキヌス 同じくらいにですよ。
ミキオン それはありがたい。
アイスキヌス ところで、そのミレトスの人はどうなったんですか。
MI. periit, abiit, navem escendit. sed quor cessas? AE. abi, pater
ミキオン もういない。いや、もう帰った。いやもう船に乗ったよ。それより、何をぐずぐずしているんだ。
アイスキヌス 父さん、父さんが帰って、
tu potius deos comprecare. nam tibi eos certo scio,
神さまにお祈りして下さいよ。僕よりずっと立派な人なんだから、
quo vir melior multo‘s(=es) quam ego, obtemperaturos magis.
神さまは父さんの願いの方をよく聞いて下さるでしょうから。
MI. ego eo intro ut quae opus sunt parentur. tu fac ut dixi, si sapis.
ミキオン 私は帰って、必要な準備をしてこよう。お前もこれからいい子になるつもりなら、私の言ったとおりにするんだ。(ミキオン、自分の家に入る)
AE. quid hoc est negoti? hoc est patrem esse aut hoc est filium esse?
アイスキヌス これは一体どういうことだろう。これが親子というものだろうか。
si frater aut sodalis esset, qui(=how) magis morem gereret(言いなりになる)?
兄弟や親友でもあれほど親身にはなってはくれないだろう。
hic non amandus, hicine non gestandus in sinust? hem!
あの人は大切な存在だ。大事にしていかなくては。本当だよ。
itaque adeo magnam mi inicit sua commoditate curam,710
持ち前の寛大さを発揮して、あんなにも僕を大切に考えてくれるのだから、
ne forte imprudens faciam quod nolit: sciens cavebo.
僕もこれからは父さんの嫌う軽率な行動は控えよう。そして自覚を持って慎重に行動しよう。
sed cesso ire intro, ne morae meis nuptiis egomet siem?
それより、早く帰らないと。僕が自分で自分の結婚式を遅らせたら大変だ。(アイスキヌス、ミキオンの家に入る。舞台、無人に。)
IV.VI DEMEA
第四幕第六場(デメアス、右手、広場の方から登場。真面目な場面のあとの滑稽な場面。デメアスが戻ってくる)
DE. defessus sum ambulando. ut, Syre, te cum tua
デメアス あちこち歩き回ってくたくただ。番頭のやつめ、あんな
monstratione magnus perdat Juppiter!
道を教えやがって、くたばるがいい。
perreptavi usque omne oppidum: ad portum, ad lacum,
おかげて町中はいずり回って、町の門から池まで
quo non? neque illi(副) fabrica ulla erat nec fratrem homo
全部行ったが、家具屋なんかなかったし、
vidisse se aibat quisquam. nunc vero domi
弟を見掛けたと言う人も一人もいなかった。よし、
certum obsiderest(obsidere+est) usque donec redierit(完接).
弟が帰ってくるまで、家で待つことにするぞ。
IV. VII MICIO DEMEA
第四幕第七場(ミキオン、自分の家から登場、家の中に向かって)
MI. ibo, illis dicam nullam esse in nobis moram
ミキオン 出かけるよ。うちにはこの結婚の邪魔だてをする人は誰もいないと彼女たちに言ってくる。
DE. sed eccum ipsum. te jamdudum quaero, Micio.720
デメアス(傍白)おや、あいつあそこにいる。(ミキオンに)弟! 今までずっとお主を探していたんだぞ。
MI. quidnam? DE. fero alia flagitia ad te ingentia
ミキオン いったいどうしました。
デメアス お主に話がある。あの好青年がまたとんでもない事を
boni illius adulescentis. MI. ecce autem! DE. nova,
やらかしてくれた。
ミキオン(傍白)またはじまった。
デメアス 前代未聞の
capitalia. MI. ohe iam! DE. ah! nescis qui vir sit. MI. scio.
重罪だぞ。
ミキオン もう沢山ですよ。
デメアス ああ! お主はあの子がどんな人間か知らないのだ。
ミキオン 知ってますよ。
DE. ah! stulte, tu de psaltria me somnias
デメアス ああ、愚かな男だ。わしが遊女のことを言い出すと思っているのだ。
agere. hoc peccatum in virginemst civem. MI. scio.
今度の犯罪は市民権のある娘に対するものだ。
ミキオン 知ってますよ。
DE. oho! scis et patere? MI. quidni patiar? DE. dic mihi,
デメアス ええ! 知ってる? しかもそれもお主は許すのか。
ミキオン いいじゃないですか。
デメアス 教えてくれ、お主は
non clamas? non insanis? MI. non. malim quidem-
怒り狂って大声を出したりせんのか。
ミキオン そんなことはしません。むしろ・・
DE. puer natust. MI. di bene vortant! DE. virgo nil habet-
デメアス あの子は子供まで作ったんだぞ。
ミキオン いい事じゃないですか。
デメアス 相手の娘は一文無しなんだぞ。
MI. audivi. DE. et ducenda indotatast. MI. scilicet.
ミキオン 聞いていますよ。
デメアス しかも持参金がないんだぞ。
ミキオン もちろんそうでしょう。
DE. quid nunc futurumst? MI. id enim quod res ipsa fert. 730
デメアス これからどうするんだ。
ミキオン 型通りのことをするまでです。
illinc hinc transferetur virgo. DE. o Juppiter!
(ソストラータの家を指して)あの家からこの家に娘さんに来てもらうのですよ。
デメアス おい、本当にお主は
istocin pacto oportet? MI. quid faciam amplius?
そんなふうでいいのか。
ミキオン その他に私は何をすべきでしょうか。
DE. quid facias? si non ipsa re(本当に) tibi istuc dolet,
デメアス 「何をすべきでしょうか」だと? こうなったことをお主が本心では心配してなくても、
simulare certest hominis. MI. quin iam virginem
心配している振りをするのが人間じゃろ。
ミキオン 私は何はともかく、娘との
despondi, res compositast, fiunt nuptiae,
結婚を認めて縁談をまとめ、そうして結婚を成立させることで、
dempsi metum omnem. haec magis sunt hominis. DE. ceterum
あちらの家族の不安を取り除くようにしました。これこそ人間のすべきことですよ。
デメアス それじゃあ、
placet tibi factum, Micio? MI. non, si queam
弟よ、お主は息子のやり方が気に入っているのか。
ミキオン そんな事はないですよ。
mutare. nunc quom non queo, animo aequo fero.
変えられたらそれに越したことはないですが。でも、今となってはどうにも出来ないですから、これで我慢するしかないのです。
ita vitast hominum quasi quom ludas tesseris.
人生はさいころ遊びに似ています。
si illud quod maxume opus est jactu non cadit, 740
もし一番出て欲しい目が出なければ、
illud quod cecidit forte, id arte (=fac) ut corrigas.
たまたま出た目をうまく生かすしかないのです。
DE. corrector! nemp‘ tua arte viginti minae
デメアス うまく生かしたもんじゃな。確かに二〇ミナを
pro psaltria periere. quae quantum potest
遊女のために見事にドブに捨てたよ。しかもその女は急いで追い出さないといけない女だ。
aliquo abiciundast, si non pretio, gratiis.
買い手がなければ、只ででもな。
MI. nequest(=neque est abiciunda) neque illam sane studeo vendere.
ミキオン(デメアスの息子の女であることを隠して)私は彼女を追い出す積りはないし、売り払う気はさらさらないですよ。
DE. quid igitur facies? MI. domi erit. DE. pro divum fidem!
デメアス じゃあ、どうする気なんだ。
ミキオン 家に居てもらいますよ。
デメアス 馬鹿を言え!
meretrix et materfamilias una in domo?
玄人女と素人女が、一緒に一つの家に暮らすと言うのか。
MI. quor non? DE. sanum te credis esse? MI. equidem arbitror.
ミキオン いいじゃないですか。
デメアス お前、それでも正気のつもりかい。
ミキオン もちろん正気ですよ。
DE. ita me di ament, ut video tuam ego ineptiam,
デメアス ああ、何ということだ。お前の馬鹿さ加減と言ったら、
(=te esse hoc)facturum credo, ut habeas quicum cantites. 750
きっとお前はあのキタラ弾きの女に歌の伴奏でもさせる積りなんだろうよ。
MI. quor non? DE. et nova nupta eadem haec discet? MI. scilicet.
ミキオン いいじゃないですか。
デメアス 新妻も仲間に入れて歌の稽古をさせるのかね。
ミキオン 当然そうですね。
DE. tu inter eas restim ductans saltabis. MI. probe.
デメアス それでお前は女たちの間で手に手をとって踊るのか。
ミキオン それはいいですね。
DE. probe? MI. Et tu nobiscum una, si opus sit. DE. ei mihi!
デメアス それはいいですね?
ミキオン 場合によっては兄上も参加するんですよ。
デメアス 馬鹿を言え!
non te haec pudent? MI. iam vero omitte, Demea,
そんなことをして、お前恥ずかしくないのか。
ミキオン 兄上、さあもう
tuam istanc iracundiam atque ita uti decet
機嫌を直して下さい。あなたの息子の結婚式ですから、それにふさわしく、
hilarum ac lubentem fac te gnati in nuptiis.
陽気に楽しく振る舞って下さいよ。
ego hos convenio. post huc redeo. DE. o Juppiter!
私は新婦の家族を呼びに行きます。後でここへ戻って来ますからね。(ミキオン、ソストラータの家に入る。デメアス、舞台に一人残る)
デメアス まったくもって、
hancin vitam! hoscin mores! hanc dementiam!
こんな出鱈目で無茶苦茶なやり方があるものか。
uxor sine dote veniet, intus psaltriast.
持参金も持たずに嫁が来るわ、遊女が家族になるわ、
domus sumptuosa, adulescens luxu perditus, 760
家は贅沢三昧するわ、息子はその贅沢で身を持ち崩すわ、
senex delirans. ipsa si cupiat Salus,
その父親はたわごとばかり口走るわ。誰がどうしようと、
servare prorsus non potest hanc familiam.
もうこの家族はまったく救いようがないな。
V.I SYRUS DEMEA
第五幕第一場(デメアスが酔ったシュルスを叱る場面。シュルス、酔っ払ってミキオンの家から登場)
SY. edepol, Syrisce, te curasti molliter
シュルス(独白、自分に)番頭殿、あなたは見事にわが身をいたわるだけでなく、
lauteque munus administrasti tuom.
立派に自らの本分を果たされました。
abi! sed postquam intus sum omnium rerum satur,
解散! さて、もう中にあるものを全部たいらげて満腹になったから、
prodeambulare huc lubitumst. DE. illud, sis(=si vis), vide:
気分転換にここらで散歩でもするかな。
デメアス(傍白)見ろあの姿を。
exemplum disciplinae! SY. ecce autem hic adest
何ともしつけが行き届いていることじゃわい。
シュルス おや、大旦那さまが
senex noster. quid fit? quid tu‘s tristis? DE. o scelus!
来ておられる。(デメアスに)どうかなさいましたか。どうして渋い顔をなさってるんです。
デメアス このならず者めが!
SY. ohe iam! tu verba fundis hic, Sapientia?
シュルス やめて下さいませ。博識のあなた様がこんな所で説教でございますか。
DE. tu si meus esses- SY. dis(=dives) quidem esses, Demea, 770
デメアス もし、お前がわしの召使なら・・。
シュルス 大旦那さまは大金持ちになって、
ac tuam rem constabilisses. DE. -exemplo omnibus
資産は安泰ですよ。
デメアス お前を他の召使たちの
curarem ut esses. SY. quam ob rem? quid feci? DE. rogas?
見せしめにするところじゃわい。
シュルス 何の見せしめですか。あっしが何かしましたか。
デメアス とぼける気か。
in ipsa turba atque in peccato maxumo,
せがれの不始末でこんな騒ぎのさなかに、
quod vix sedatum satis est, potasti, scelus,
まだ片が付いていないのに、まるで万事順調みたいに酒なんか飲みよって。
quasi re bene gesta. SY. sane nollem huc exitum.
このならず者め!
シュルス(傍白)まったく、出てくるんじゃなかったよ。
V.II DROMO DEMEA SYRUS
第五幕第二場(デメアスがクテシポンのいるミキオンの家に入る場面)
DR. heus Syre! rogat te Ctesipho ut redeas. SY. abi!
ドロモン(ミキオンの家から出て、シュルスに小声で)番頭さん、戻って来るようにと、クテシポン坊っちゃんがお呼びですよ。
シュルス うるさい。(ドロモン、家の中に入る)
DE. quid Ctesiphonem hic narrat? SY. nil. DE. eho, carnufex!
デメアス どうしてあの子はクテシポンと言ったんだ。
シュルス 何でもありませんよ。
デメアス 何だと、この悪党めが!
est Ctesipho intus? SY. non est. DE. quor hic nominat?
坊やが来てるのか。
シュルス いいえ、来てらっしゃいませんよ。
デメアス じゃあ、どうしてクテシポンと言ったんだ。
SY. est alius quidam, parasitaster paullulus.
シュルス そういう名前の男が来てるんです。つまらない食客です。
nostin? DE. iam scibo. SY. quid agis? quo abis? DE. mitte me. 780
大旦那さまもご存じでしょう。
デメアス 今に分かる。(デメアス、ミキオンの家の戸口に向かおうとする)
シュルス(デメアスを制しながら)大旦那さま、何をなさるんですか。どこへ行こうってんです。
デメアス 放せ。
SY. noli, inquam. DE. non manum abstines, mastigia?
シュルス やめて下さい。
デメアス その手を放せ、馬鹿者。(杖を振りまわす)
an tibi iam mavis cerebrum dispergam hic? SY. abit.
ここにお前の脳天をぶちまけてやろうか。(シュルスを振り切り、ミキオンの家の中へ入る。舞台はシュルスだけになる)
シュルス(独白)行ってしまわれた。
edepol comissatorem haud sane commodum,
どう見ても、招かれざる客だ。
praesertim Ctesiphoni! quid ego nunc agam?
とくに坊っちゃんにとってはね。さて、おれはどうすべきか。
nisi, dum haec silescunt turbae, interea in angulum
この騒ぎが納まるまで、どこかの隅に引っ込んで、
aliquo abeam atque edormiscam hoc villi. sic agam.
一眠りして酔いをさますしかない。そうしよう。
V.III MICIO DEMEA
第五幕第三場(ソストラータの家からミキオン登場。戸口で家の中に向かって)
MI. parata a nobis sunt, ita ut dixi, Sostrata.
ミキオン 奥さん、すでに言いましたとおり用意ができています。
ubi vis-quisnam a me pepulit tam graviter fores?
よろしければどうぞ・・。(振り返って)いったい誰だ、うちの玄関で大きな音を立てたのは。(デメアス、ミキオンの家から飛び出してくる)
DE. ei mihi! quid faciam? quid agam? quid clamem aut querar?
デメアス(怒り心頭で)ちくしょう、どうしてくれよう。 どう言ってやろう。 この怒りをどこにぶつければいいのじゃ。
o caelum, o terra, o maria Neptuni! MI. em tibi(誰でもない人かクテシポンか。)! 790
ああ、空よ、大地よ、海よ、この世界はどうなってしまったのじゃ。
ミキオン(傍白)おや、お出でになった。
rescivit omnem rem. id nunc clamat. ilicet,
あの人はすべてを知ってしまわれたんだ。それで大きな声を出しておられるんだ。これはまずいことになった。
paratae lites. succurrendumst. DE. eccum adest
大騒ぎになるぞ。助け舟を出さないと。
デメアス(ミキオンを見つけ)ああ、やっと見つけた。
communis corruptela nostrum liberum.
あいつこそ我々の息子たちを堕落させた張本人じゃ。
MI. tandem reprime iracundiam atque ad te redi.
ミキオン 兄上、どうかその怒りを鎮めて、冷静になって下さい。
DE. repressi, redii, mitto maledicta omnia:
デメアス わしは怒ってはいない。わしは冷静だ。暴言も吐く気もないぞ。
rem ipsam putemus. dictum hoc inter nos fuit
だが、大事なことを思い出そうじゃないか。わし等の間ではこういう約束になっていた。お主はわしの息子の心配はせず、
(ex te adeost ortum) ne tu curares meum
わしはお主の息子の心配はしないとな。
neve ego tuom(=130行)? responde. MI. factumst. non nego.
これはお主が言い出したことじゃ。えっ、何とか言え。
ミキオン そのとおりです。否定はしません。
DE. quor nunc apud te potat? quor recipis meum?
デメアス では、どうしてあの子は今お主のところで酒を飲んでいるのじゃ。どうしてお主はわしの息子が家に入るのを許したのじゃ。
quor emis amicam, Micio? numqui(ひょっとして〜ではないか) minus 800
どうしてお主はあの子に遊女を買い与えたのじゃ、弟。
mihi idem jus aequomst esse quod mecumst tibi?
わしにもお主に同じことを要求する権利があるはずじゃ。
quando ego tuom non curo, ne cura meum.
わしがお前の息子の心配をしないのなら、お前もわしの息子の心配をするのはやめてくれ。
MI. non aequom dicis. DE. non? MI. nam vetus verbum hoc quidemst,
ミキオン それは違います。
デメアス 違うとな?
ミキオン なぜなら、昔からこう言いますから。
communia esse amicorum inter se omnia.
「友情はすべてを分かち合う」と。
DE. facete! nunc demum istaec nata oratiost?
デメアス 見事なセリフだ。そんな事を今になって言い出すのか。
MI. ausculta paucis nisi molestumst, Demea.
ミキオン 兄上、お嫌でなければ、少しの間私の話を聞いて下さい。
principio, si id te mordet, sumptum filii
まず第一に、息子たちの金使いの荒さがお気に召さないのなら、
quem faciunt, quaeso, hoc facito tecum cogites.
是非とも、こう考えて下さいませんか。
tu illos duo olim pro re tollebas tua,
むかし兄上はご自分のお金で二人をお育てになりましたし、
quod satis putabas tua bona ambobus fore, 810
二人を育てるのにご自分の財産で充分だと考えておられたのです。
et me tum uxorem credidisti scilicet
また、その頃は私がいつか結婚すると思っておられました。
ducturum. eandem illam rationem antiquam optine.
兄上はその考えを変えずにいて下さればいいのです。
conserva, quaere, parce, fac quam plurumum
ため込んで、切り詰めて、節約して、出来るだけ多くの財産を二人に残すようにしてやって下さい。
illis relinquas, gloriam tu istam optine.
それを誇りとして下さい。
mea, quae praeter spem evenere, utantur sine.
そして、そのお考えから外れた私のお金は二人の息子たちに使わせてやって下さい。
de summa nil decedet: quod hinc accesserit,
兄上の財産は無傷で残るのです。その上に付け加わったお金は、
id de lucro putato esse omne. haec si voles
全て拾いものと思ってくれたらいいのです。
in animo vere cogitare, Demea,
ですから、よく考えていただけば、今回のことで
et mihi et tibi et illis dempseris molestiam.
兄上はご自分のことも私のことも息子たちのことも気に病むことはないのです。
DE. mitto rem: consuetudinem amborum- MI. mane. 820
デメアス そんな話はどうでもいいのじゃ。わしが言いたいのは二人の生活態度のことだ。
ミキオン 待って下さい。
scio. istuc ibam. multa in homine, Demea,
それは分かっています。今そのことについて言おうとしていたところです。兄上、
signa insunt ex quibus conjectura facile fit,
人にはいろんな特徴があります。それらをよく見て人は正しく評価できるのです。
duo quom idem faciunt, saepe ut possis dicere
ですから、二人の人間が同じことをしていても、しはしばこんな風に言われるのです。
”hoc licet impune facere huic, illi non licet,”
「こんなことをしてもこの男はほっといて大丈夫だが、あの男はほっとけない」と。
non quo dissimilis res sit sed quo is qui facit.
同じことをしても、それをする人間が違うと評価も変わるのです。
quae ego inesse in illis video, ut confidam fore
あの二人の特徴は私がよく存じています。二人は大丈夫、
ita ut volumus. video sapere, intellegere, in loco
私たちの望みどおりの人間になります。私には分かるんです。二人には分別も知恵もあります。然るべき場面では
vereri, inter se amare. scire est(=facile) liberum(=esse 形中対)
親の言うことをよく聞くし、お互いに相手の事を大切にすることも知っています。二人が身も心も立派な人間である
ingenium atque animum. quovis illos tu die
ことは明らかです。ですから、その気になれば、いつでも二人を
redducas. at enim metuas, ne ab re sint tamen 830
立ち直らせることが出来るでしょう。とはいえ、兄上は金のことで
omissiores paullo. o noster Demea
二人が少々だらしないことを心配されているかもしれません。でも、兄上、
ad omnia alia aetate sapimus rectius.
人は年齢を重ねると多くの面で賢くなりますが、
solum unum hoc vitium affert senectus hominibus.
年寄りには一つ悪い癖があります。
attentiores sumus ad rem omnes quam sat est.
それは誰もが金のことで必要以上にケチ臭くなることです。
quod illos sat aetas acuet(未). DE. ne nimium modo
ですから、彼らも年を取ればじきに倹約家になりますよ。
デメアス 弟よ、
bonae tuae istae nos rationes, Micio,
お主のその寛大な考え方や呑気な性格のせいで、
et tuos(=tuus) iste animus aequos(主) subvortat. MI. tace!
わしらの一家が破産しなきゃいいがなあ。
ミキオン やめて下さい。
non fiet. mitte iam istaec. da te hodie mihi.
そんなことにはなりませんよ。そんな話はもういいです。今日のところは、お願いですから、
exporge frontem. DE. scilicet ita tempu‘ fert,
しかめっ面はやめて下さいね。
デメアス たしかに、今日のところはそうしよう。
faciundumst. ceterum ego rus cras cum filio 840
いや、そうするしかない。だが、明日の日の出とともに、わしは息子を連れて
cum primo luci ibo hinc. MI. de nocte censeo.
田舎に帰らせてもらう。
ミキオン 夜中でもいいですよ。
hodie modo hilarum fac te. DE. et istam psaltriam
とにかく今日だけは陽気にして下さい。
デメアス あの遊女も
una illuc mecum hinc abstraham. MI. pugnaveris.
わしが家に連れて帰るぞ。
ミキオン(笑って)それはいい考えですね。
eo pacto prorsum illi alligaris filium.
そうすれば、兄上はあの子をしっかりと縛りつけられるでしょう。
modo facito ut illam serves. DE. ego istuc videro.
ただし、くれぐれも彼女を大切にして下さいね。
デメアス わかった、そうしよう。
atque ibi favillae plena, fumi ac pollinis
あの女は向こうで料理や粉引きに精を出させ、
coquendo sit faxo et molendo. praeter haec
灰とすすと粉だらけにしてやる。それだけじゃなく、
meridie ipso faciam ut stipulam colligat.
真っ昼間からわら拾いをさせてやる。
tam excoctam reddam atque atram quam carbost. MI. placet.
そうやってあの女は炭よりも真っ黒に日焼けさせてやるのじゃ。
ミキオン それがいいですね。
nunc mihi videre sapere. atque equidem filium 850
兄上もようやく話がわかるようなったのですね。
tum etiam si nolit, cogam ut cum illa una cubet.
私ならそうなったあの娘と息子を嫌でも一緒に寝させてやりますよ。
DE. derides? fortunatu‘s qui isto animo sies.
デメアス(苦々しく)わしをからかっているのか。そんな考え方ができるお主は幸せ者じゃ。
ego sentio- MI. ah! pergisne? DE. iam iam desino.
わしの考え方ではな・・。
ミキオン まだ続けるおつもりですか。
デメアス いや、もうやめておく。
MI. i ergo intro, et quoi reist(=rei est dicatus), ei rei hunc sumamus diem.
それでは、中へ入って下さい。そして、婚礼の日にふさわしいやり方で今日をいっしょに過ごしましょう。
V.IV DEMEA
第五幕第四場(デメアス、ミキオンの家の前に留まって、反省の弁)
DE. numquam ita quisquam bene subducta ratione ad vitam fuit,
デメアス 人生設計をどんなにうまく立てた人間でも、
quin res, aetas, usus semper aliquid apportet novi,
年をとって状況が変わったり、経験を重ねることで、設計変更を余儀なくされることはよくあることなんじゃ。
aliquid moneat, ut illa quae te scisse(=scivisse) credas nescias,
それまでうまいやり方だと信じていたことがまずいやり方だったと気付いたり、
et quae tibi putaris prima,in experiundo ut repudies.
大切にしていたポリシーを実際に試してから捨てたりするものじゃ。
quod nunc mi evenit. nam ego vitam duram quam vixi usque adhuc
今のわしの心境もこれと同じだわい。わしは今まで長いこと厳格な生き方をしてきたが、
prope iam excurso spatio omitto. id quam ob rem? re ipsa repperi(1完) 860
もうやめにするよ。どうしてかと言うと、
facilitate nil esse homini melius neque clementia.
人には愛想よく寛大にするのが一番上手いやり方だと実際の経験を通してわしも分かったからじゃ。
id esse verum ex me atque ex fratre quoivis(=to anyone) facilest noscere.
これが本当なのはわしと弟を比べてみれば誰でもすぐ分かるじゃろ。
ill‘ suam semper egit vitam in otio, in conviviis,
弟はいつも陽気で呑気に暮らしてきたし、
clemens, placidus; nulli laedere os, arridere omnibus;
穏やかな性格で苛々せず、人に渋い顔をすることもなく、いつも誰に対してもにこにこしている。
sibi vixit, sibi sumptum fecit: omnes bene dicunt, amant.
弟は自分のしたいように暮らして贅沢三昧じゃ。だから、みんなの人気者で、みんな弟のことをよく言う。
ego ille agrestis, saevos, tristis, parcus, truculentus, tenax
それに比べて、このわしはぶっきらぼうで堅苦しくて、けちで怒りっぽくて、無愛想な頑固者だ。
duxi uxorem. quam ibi miseriam vidi! nati filii,
その上にわしは結婚までした。おかげで何と不幸な目に会ったことか。二人の息子が生まれたが、
alia cura. heia autem, dum studeo illis ut quam plurumum
苦労の種が増えただけだった。そうだ。わしは二人に出来るだけのことをしてやろうと、
facerem, contrivi in quaerundo vitam atque aetatem meam.
金儲けのために人生をすり減らしてきた。
nunc exacta aetate hoc fructi pro labore ab eis fero, 870
そしていま人生も終盤に差し掛かって、わしがさんざ苦労して二人から得たものは、
odium. ille alter sine labore patria potitur commoda.
憎しみだけだった。それに対して、弟の方は苦労もせずに父親の喜びを手にしている。
illum amant, me fugitant. illi credunt consilia omnia,
息子たちは弟を慕い、わしを避けている。自分の考えを弟には何でも素直に打ち明ける。
illum diligunt, apud illum sunt ambo, ego desertu‘ sum.
二人とも弟が好きで、弟の家にいりびたりなのに、わしは相手にしてもらえない。
illum ut vivat optant, meam autem mortem exspectant scilicet.
きっと二人は弟の長生きを願い、わしの死ぬのを待っているのじゃ。
ita eos meo labore eductos maxumo hic fecit suos
こうして、わしが大いに苦労して育てた二人の息子を、弟は僅かな出費で自分の味方にしよったのじゃ。
paullo sumptu. miseriam omnem ego capio, hic potitur gaudia.
苦労は全部わしが一人で背負って、喜びは弟が独り占めだ。
age age, nunciam experiamur contra(副) ecquid(=whether) ego possiem
いやいや、嘆くことはない。これからは弟に負けないように、
blande dicere aut benigne facere, quando hoc provocat.
出来るだけ人に愛想よく話したり親切にしたりしてみよう。弟に対抗してやるのじゃ。
ego quoque a meis me amari et magni pendi postulo.
わしにも家族から愛され尊敬される権利はあるはずだ。
si id fit dando atque obsequendo, non posteriores(=partes) feram.880
もし物を与えたり言う通りにすることでそれが実現するなら、弟に負けるはずはないのだ。
deerit: id mea minime refert qui sum natu maxumus.
金は消えてしまうじゃろうが、わしもこの先人生長くないから構うことはない。
(ここから喜劇としての笑いを生むための馬鹿げたエピローグ。子供に厳格な親がいいか、寛大な親がいいかという真剣な議論は、デメアスの滑稽で突拍子もない行動によって茶化されてしまう)
V.V SYRUS DEMEA
第五幕第五場(シュルス、ミキオンの家から登場)
SY. heus Demea! orat frater ne abeas longius.
シュルス あのう、大旦那さま、あまり遠くへ行かないようにと、うちの旦那さまがおっしゃっています。
DE. quid homo? o Syre noster, salve. quid fit? quid agitur?
デメアス(愛想よく)どなたです。おや、わが友よ。こんにちわ、お元気ですか。調子はどうです?
SY. recte. DE. optumest. iam nunc haec tria primum addidi
シュルス(驚いて)元気にやらせていただいておりますが。
デメアス それはよかったですね。(傍白)手始めに「わが友よ。お元気ですか。調子はどうです?」なんて、
praeter naturam. ”o noster,” ”quid fit?”,”quid agitur?”
わしらしくない事を三つも言ってやったわい。
servum haud illiberalem praebes te et tibi
(シュルスに)あなたは召使として立派に働いてくれましたねえ。
lubens bene faxim. SY. gratiam habeo. DE. atqui, Syre,
わしから是非ともご褒美をあげましょう。
シュルス ありがとうございます。
デメアス いや、番頭さん、
hoc verumst et ipsa re experiere(未2) propediem.
これは本当ですよ。そのうちにわかりますから。(シュルス退場)
V.VI GETA DEMEA
第五幕第六場(ゲタ、ソストラータの家から登場)
GE. era, ego huc ad hos proviso quam mox virginem
ゲタ 奥さま、あっしは隣へ行って、早くお嬢さまを
accersant. sed eccum Demeam. salvos sies. 890
迎えに来るように言って来ます。(デメアスを見て)おや、デメアスさまがおいでだ。こんばんわ。
DE. o qui vocare? GE. Geta. DE. Geta, hominem maxumi
デメアス ああ、あなたは何という名前ですか。
ゲタ ゲタと言います。
デメアス ゲタさんですね。
preti te esse hodie judicavi animo meo.
あなたは実によく出来た召使だと、今日感心しましたよ。
nam is mihi profectost servos spectatus satis,
主人のことを気遣う召使こそ立派な召使いですが、
quoi dominus curaest, ita ut tibi sensi, Geta,
ゲタさん、あなたがまさにそうです。
et tibi ob eam rem, si quid usus venerit,
ですから、何かの時に、
lubens bene faxim. meditor esse affabilis,
あなたにも是非ともご褒美をあげましょう。(傍白)これも人付き合いをよくする練習じゃな。
et bene procedit. GE. bonus es quom haec existumas.
順調に行ってるわい。
ゲタ そんな風に言って下さってありがとうございます。
DE. paullatim plebem primulum facio meam.
デメアス(傍白)こうやって少しずつ下の者から味方に付けていこう。
V.VII AESCHINUS DEMEA SYRUS GETA
第五幕第七場(アイスキヌス、ミキオンの家から登場)
AE. occidunt mequidem dum nimis sanctas nuptias
アイスキヌス(独白)まいったな。結婚式をするのにすごい
student facere. in apparando consumunt diem. 900
大騒ぎだよ。準備に丸一日かかりそうだ。
DE. quid agitur, Aeschine? AE. ehem, pater mi! tu hic eras?
デメアス やあ、長男坊くん、調子はどうじゃ。
アイスキヌス おや、父さん。父さんも、来てくれたんですか。
DE. tuos hercle vero et animo et natura pater
デメアス 当たり前じゃ。わしはお前を実の父親だし、心からお前のことを愛しているのじゃから。
qui te amat plus quam hosce oculos. sed quor non domum
お前のことは目に入れても痛くないほどじゃよ。さあ、早く
uxorem accersis? AE. cupio. verum hoc mihi moraest,
花嫁を迎えに行ったらどうじゃ。
アイスキヌス そうしたいのは山々ですが、笛吹き女と
tibicina et hymenaeum qui cantent. DE. eho!
婚礼の合唱団を待たないといけないのです。
デメアス なあ、
vin(=visne) tu huic seni auscultare? AE. quid? DE. missa(完分) haec face(命),
この年寄りの言うことに耳を貸してくれんかな。
アイスキヌス 何ですか。
デメアス そんなものはうっちゃっときなされ。
hymenaeum,turbam,lampadas,tibicinas,
婚礼の歌も、大勢の人たちも、婚礼の松明も、笛吹き女も。
atque hanc in horto maceriam jube dirui
そして、庭のこの塀をさっさと取り払うように
quantum potest. hac transfer, unam fac domum.
命じるのじゃ。そうして家を合体して、花嫁を直接こちらへ連れてくるのです。
transduce et matrem et familiam omnem ad nos. AE. placet, 910
花嫁の母親も一家まるごとこちらへ移すのじゃよ。
アイスキヌス それはいい考えですね。
pater lepidissume. DE. euge! iam lepidus vocor.
父さんは頭がいい。
デメアス(傍白)やったぞ。あの子に「頭がいい」と言われた。
fratri aedes fient perviae, turbam domum
これで弟の家は人の出入りが自由になって、大勢の人がやって来る。
adducet, sumptu amittet multa. quid mea?
きっと出費が止まらなくなるじゃろう。まったくいい気味だ。
ego lepidus ineo gratiam. jube(=ut) nunciam
それに、わしは頭のいい人気者だわい。
dinumeret(接) ille Babylo viginti minas.
それから、あの浪費家にさっそく二〇ミナ使わせてやろう。
Syre, cessas ire ac facere? SY. quid ago? DE. dirue.
(シュルスに)番頭さん、すぐに仕事にかかって下さいな。
シュルス 何をするんですか。
デメアス 塀をこわす仕事ですよ(シュルス、ミキオンの家に入る)。
tu illas abi ac transduce. GE. di tibi, Demea,
(ゲタに)あなたは花嫁たちをこちらに連れて来て下さい。
ゲタ デメアスさま、ありがとうございます。
bene faciant, quom te video nostrae familiae
デメアスさまはわが家のためになることを
tam ex animo factum velle. DE. dignos(=vos) arbitror.
本心からを望んで下さるのですね。
デメアス あなたたちはそれに値すると思うからですよ(ゲタ、ソストラータの家に入る)。
quid tu ais? AE. sic opinor. DE. multo rectiust 920
(アイスキヌスに)これでいいじゃろう。
アイスキヌス もちろんです。
デメアス 産後すぐの
quam illam puerperam hac nunc duci per viam
大変な時期の女性を外へ連れ出すよりも
aegrotam. AE. nil enim melius vidi, mi pater.
この方がずっといいじゃろ。
アイスキヌス 父さん、本当にいい考えですね。
DE. sic soleo. sed eccum Micio egreditur foras.
デメアス いつものことじゃよ。あそこに弟が出てきましたぞ。
V.VIII MICIO DEMEA AESCHINUS
第五幕第八場(デメアスがミキオンに結婚させて自分と同じ不幸に引き込む場面)
MI. Jubet frater? ubi is est? tun jubes hoc, Demea?
ミキオン(驚いた表情で自分の家から登場。シュルスに)これは全部兄上がやらせた事なのかい。兄上は今どこにおられる。(前に進み出て)兄上、これは兄上がやらせたことですか。
DE. ego vero jubeo et hac re et aliis omnibus
デメアス そうじゃよ。それもこれも全部だよ。
quam maxume unam facere(動) nos(主) hanc familiam,
我が家と相手の家が出来るかぎり一つになるためじゃ。
colere, adjuvare, adjungere. AE. ita quaeso, pater.
彼女たちを支えて、いたわって、我が家に溶け込んでもらわねばならん。
アイスキヌス(ミキオンに)父さんも賛成して下さいよ。
MI. haud aliter censeo. DE. immo hercle ita nobis decet.
ミキオン もちろん賛成です。
デメアス それどころか、わしらはそうすべきなんじゃよ。
primum huius uxorist mater. MI. est. quid postea?
(アイスキヌスを指しながら)そこで、まず手始めに、この子の花嫁にはおふくろさんがご健在じゃ。
ミキオン はあ。それで?
DE. proba et modesta. MI. ita aiunt. DE. natu grandior. 930
デメアス 正直ないい人なんじゃ。
ミキオン みんなそう言っていますね。
デメアス 彼女はもうかなりの年輩でおられる。
MI. scio. DE. parere iamdiu haec per annos non potest.
ミキオン 存じています。
デメアス もう子どもの生めない年じゃ。
nec qui eam respiciat quisquamst. solast. MI. quam hic rem agit?
独り身で面倒を見てくれる人もおらん。
ミキオン(傍白)この人は何が言いたいんだろう。
DE. hanc te aequomst ducere, et te operam ut fiat dare.
デメアス ここはお主が彼女と結婚するのがいいんじゃよ。(アイスキヌスに)あなたも二人の結婚に力を貸すのじゃよ。
MI. me ducere autem? DE. te. MI. me? DE. te, inquam. MI. ineptis. DE. si tu sis homo,
ミキオン この私が彼女と結婚するのですか。
デメアス そうだ。
ミキオン この私が?
デメアス そうだ、お主だ。
ミキオン 馬鹿なことを。
デメアス(アイスキヌスに)あなたが熱心にお願いしたら、
hic faciat. AE. mi pater! MI. quid tu autem huic, asine, auscultas? DE. nil agis.
きっとうんと言ってくれますよ。
アイスキヌス(ミキオンに)父さん!
ミキオン 馬鹿だな、どうしてお前は兄上の言うことを聞くんだ。
デメアス そんな事を言っても無駄じゃよ。
fieri aliter non potest. MI. deliras. AE. sine te exorem, mi pater.
こうするしかないんだから。
ミキオン 兄上は常軌を逸しておられる。
アイスキヌス(ミキオンに)父さん、お願いします。
MI. insanis. aufer! DE. age, da veniam filio. MI. satin sanus es?
ミキオン お前は正気ではない。悪ふざけはやめてくれ。
デメアス さあ、息子の頼みを聞いてやるんじゃ。
ミキオン 兄上の頭は大丈夫なんですか。
ego novos maritus anno demum quinto et sexagensumo
私は六五にもなってから
fiam atque anum decrepitam ducam? idne estis auctores mihi?
年の行った婆さんと結婚して花婿にならないといけないのですか。あなた達はそんなことを私に勧めるのですか。
AE. fac. promisi ego illis. MI. promisti autem? de te largitor, puer. 940
アイスキヌス 結婚して下さい。あちらにはもう約束してあるんです。
ミキオン 約束した? 気前がいいのは自分のことだけにしてくれよ。
DE. age, quid si quid te maius oret? MI. quasi non hoc sit maxumum.
デメアス おい弟、この程度のお願いが聞いてやれないのかい。
ミキオン この程度どころではありませんよ。
DE. da veniam. AE. ne gravare. DE. fac, promitte. MI. non omittitis?
デメアス 言うとおりにしてやれ。
アイスキヌス 嫌な顔をしないで下さい。
デメアス 結婚しろ。約束するんじゃよ。
ミキオン せがれよ、私をそっとしておいてくれないか。
AE. non, nisi te exorem. MI. vis est haec quidem. DE. age prolixe, Micio.
アイスキヌス だめです。父さんがうんと言うまでは。
ミキオン これでは無理やりだ。
デメアス さあ弟よ、息子の願いを受け入れてやれ。
MI. etsi hoc mihi pravum,ineptum,absurdum atque alienum a vita mea
ミキオン こんなのは出鱈目で無茶苦茶で馬鹿げています。それに私の生き方に反しています。
videtur, si vos tanto opere istuc voltis, fiat. AE. bene facis.
でも、そんなに二人が望んでいるなら、分かりましたよ。
アイスキヌス 父さんありがとう。
merito te amo. DE. verum quid ego dicam, hoc quom confit quod volo?
これでこそ僕の大好きな父さんだ。
デメアス さて。(傍白)わしの狙い通りに運んでいる。次は何を言ってやろうか。
quid nunc quod restat? Hegio: est his cognatus proxumus,
(聞こえるように)次は何があるかな。そうだ。ヘギオンさんのことだよ。あちらの家族の親戚で、
affinis nobis, pauper. bene nos aliquid facere illi decet.
われわれの親戚になった人だ。彼は金に困っているのじゃ。我々は彼を助けてやるべきじゃよ。
MI. quid facere? DE. agellist(=agelli est) hic sub urbe paullum quod locitas foras.
ミキオン どうするのですか。
デメアス お主はこの町の郊外に土地を少し持っていて、それを人に貸しているじゃろ。
huic demus(<do) qui fruatur. MI. paullum id autemst? DE. si multumst, tamen 950
あれをヘギオンさんに贈呈して彼に使ってもらうおうじゃないか。
ミキオン あれが少しの土地ですか。
デメアス 大きな土地だとしても同じことじゃ。
faciundumst. pro patre huic(女) est, bonus est, noster est, recte datur.
あの人はあの娘さんの父親代わりの人で、立派な人だし、私たちの家族なのだから、彼に土地を譲るのはいい事なんじゃよ。
postremo non meum illud verbum facio quod tu, Micio,
それから、弟よ、お主がさっき言った立派で思慮深い言葉があるじゃろ。あの言葉を頂こうじゃないか。つまり、
bene et sapienter dixti dudum: ”vitium commune omniumst,
「年寄りは一つ悪い癖がある。
quod nimium ad rem in senecta attenti sumus”. hanc maculam nos decet
それは、誰もが金のことで必要以上にケチ臭くなることだ」とね。この悪癖は
effugere. et dictumst vere et re ipsa fieri oportet. AE. mi pater!
避けるべきじゃな。お主は正しい事を言ったのなら、それを実際の行動で示すべきじゃのう。
アイスキヌス(ミキオンに)お願い、父さん!
MI. quid istic? dabitur quandoquidem hic volt. DE. gaudeo.
ミキオン 分かったよ。この子が言うのなら、贈呈しよう。
デメアス わしもうれしいよ。
nunc tu germanu‘s pariter animo et corpore.
いまやお主は身も心もわしの本当の弟じゃよ。
suo sibi gladio hunc jugulo.
(傍白)相手の十八番(おはこ)を逆手に取るとはこのことだわい。
V.IX. SYRUS DEMEA MICIO AESCHINUS
第五幕第九場(シュルスとその妻を解放する場面)
SY. factumst quod jussisti, Demea.
シュルス (ミキオンの家から登場)大旦那さま、お指図どおりにしておきました。
DE. frugi homo‘s. ergo edepol hodie mea quidem sententia
デメアス よくやってくれました。(ミキオンに)ところで、わしに言わせてもらうなら、
judico Syrum fieri esse aequom liberum. MI. istunc liberum? 960
この番頭さんは今日自由にしてやるべきだと思うんじゃ。
ミキオン こいつを自由にするのですか。
quodnam ob factum? DE. multa. SY. o noster Demea, edepol vir bonu‘s.
いったいどうしてですか。
デメアス 理由は沢山ある。
シュルス ああ、大旦那さま、本当にありがとうございます。
ego istos vobis usque a pueris curavi ambos sedulo.
あっしは二人のお坊っちゃまがまだ小さい頃からずっと熱心にお世話させていただきました。
docui, monui, bene praecepi semper quae potui omnia.
いつもあっしの力の限り、お坊っちゃま達に手ほどきも、しつけも、ご指南もして参りました。
DE. res apparet. et quidem porro haec: opsonare cum fide,
デメアス 事実はその通りじゃな。それだけではなく、ツケで食料の買い付けも出来るし、
scortum adducere, apparare de die convivium.
女の調達も、まっ昼間から宴会の用意もできるぞ。
non mediocris hominis haec sunt officia. SY. o lepidum caput!
こんなことは生半可な人間には真似の出来ない仕事じゃよ。
シュルス 大旦那さまの慧眼、恐れ入ります。
DE. postremo hodie in psaltria hac emunda hic adjutor fuit,
デメアス その上、今日あの遊女の身請けの手助けをして
hic curavit. prodesse aequomst: alii meliores erunt.
手はずをつけてくれたのもこの番頭さんじゃよ。褒美をやって然るべきじゃし、ほかの召使たちの励みにもなるわい。
denique hic volt fieri. MI. vin tu hoc fieri? AE. cupio. MI. si quidem
さらにそれはこの子の願いでもあるのじゃ。
ミキオン(アイスキヌスに)これが本当にお前の望みなのか。
アイスキヌス そうですとも。
ミキオン もしそれがお前の望みだと言うなら仕方がない。
tu vis, Syre, eho, accede huc ad me. liber esto. SY. bene facis. 970
(シュルスに)番頭さん、私の方に来なさい。(シュルスの頭に手を置いて)さあ、お前は今から自由だ。
シュルス ありがとうございます。
omnibu‘ gratiam habeo, et seorsum tibi praeterea, Demea.
みなさんに感謝します。(デメアスに)とくに大旦那さまに。
DE. gaudeo. AE. et ego. SY. credo. utinam hoc perpetuom fiat gaudium,
デメアス 良かったなあ。
アイスキヌス 僕もうれしいよ。
シュルス 若旦那のそのお気持ちは信じております。でも、あっしの嫁のプリュギアをあっしと一緒に解放して下さるなら、
Phrygiam ut uxorem meam una mecum videam liberam!
この喜びは永久に続くんですが。
DE. optumam quidem mulierem. SY. et quidem tuo nepoti(孫) huius filio
デメアス 彼女は素敵な女性じゃな。
シュルス 今日もこの若旦那の(とアイスキヌスを指す)
hodie prima mammam dedit haec. DE. hercle vero serio,
赤ちゃんに初めての乳を飲ませてきたところですよ。
デメアス 本当に素敵な女性じゃ。
siquidem prima dedit, haud dubiumst quin emitti aequom siet.
初めての乳をやったのが番頭さんのおかみさんなら、是非とも彼女も自由にしてやるべきじゃな。
MI. ob eam rem? DE. ob eam. postremo a me argentum quantist sumito.
ミキオン そんな理由でですか。
デメアス そうじゃとも。それどころか、お主が彼女を自由にするのに必要な金はわしが出してやるぞ。
SY. di tibi, Demea, omnes semper omnia optata offerant!
シュルス ああ、大旦那さま、あなたにはどう言って感謝していいか分かりません。
MI. Syre, processisti hodie pulchre. DE. siquidem porro, Micio,
ミキオン 番頭さん、今日はうまくやりましたね。
デメアス 弟よ、
tu tuom officium facies atque huic aliquid paullum prae manu(手元に) 980
この男が独立してやっていけるように小し工面してやりなされ。
dederis(完接) unde utatur. reddet tibi cito. MI. istoc vilius(=quicquam non dabo ).
それがお主の務めというものじゃ。金はすぐに返してくれるじゃろ。
ミキオン(指を鳴らして)そんな多くは出来ませんよ。
DE. frugi homost. SY. reddam hercle, da modo. AE. age, pater. MI. post consulam.
デメアス 真面目な男じゃよ。
シュルス あとでお返ししますから、少し工面して下さいませ。
アイスキヌス ねえ父さん、お願いだ!
ミキオン 考えておくよ。
DE. faciet. SY. o vir optime! AE. o pater mi festivissume!
デメアス(アイスキヌスに)やってくれますよ(ミキオン、いやいや頷く)。
シュルス 本当にありがとうございます。
アイスキヌス ああ、父さん、僕からもありがとう。
MI. quid istuc? quae res tam repente mores mutavit tuos?
ミキオン(デメアスに)これは一体どういうことなんですか。どうしてこんなに急にいつもの兄上のやり方を変えたんですか。
quod prolubium? quae istaec subitast largitas? DE. dicam tibi:
どんな気まぐれですか。どうして突然そんなに気前がよくなったのです。
デメアス 教えてやろう。
ut id ostenderem, quod te isti facilem et festivum putant,
それはこういうことだ。うちの息子たちがお主のことを物分りのいい気の利いた人だと思っているのは、
id non fieri ex vera vita neque adeo ex aequo et bono,
弟よ、お主が正直な生き方をしているからでも、正しい立派な人間だからでもない。
sed ex assentando, indulgendo et largiendo, Micio.
お主が気前よく何でも彼らの言うことを聞いてやるからじゃ。そのことを証明するためじゃよ。
nunc adeo si ob eam rem vobis mea vita invisa, Aeschine, est,
せがれよ、わしのやり方はお前たちには嫌われているじゃろう。
quia non justa injusta prorsus omnia omnino obsequor, 990
それは、良きにつけ悪しきにつけ何でもあなたたちの言いなりにならないようにしているからじゃが、
missos(=vos) facio. effundite, emite, facite quod vobis lubet.
これからはもうあなたたちにうるさく言うのはやめますよ。あなたたちは好きな物を買えばいいし、好きなだけ金を使えばいいし、したいようすればいいのじゃ。
sed si voltis potius, quae vos propter adulescentiam
じゃが、もし経験不足でよく分からないことがあったり、
minus videtis, magis impense cupitis, consulitis parum,
欲望に負けそうになったり、短慮に走りそうになったりして、
haec reprehendere et corrigere me et secundare in loco,
わしの忠告が必要になったり、適切な手助けが必要だと思ったり、わしに叱って欲しくなったら、
ecce me qui id faciam vobis. AE. tibi, pater, permittimus.
その時はわしの出番じゃ。あなたたちのためになりましょう。
アイスキヌス そんな時には父さんにお任せします。
plus scis quod opus factost. sed de fratre quid fiet? DE. sino:
何をすべきかは父さんの方がよくご存知ですから。でも、弟のことはどうしますか。
デメアス 許してやるぞ。
habeat, in istac finem faciat. MI. istuc recte. Ω plaudite.
あの女性と別れる必要はありゃせん。ただし、彼女で最後じゃよ。
ミキオン それはよかった。全員 拍手を!
Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2015.10.10-11.28