ソポクレス『ピロクテテス』(人文書院版希和対訳)


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SOPHOCLES - Philoctetes
ソポクレス『ピロクテテス』(前409年作)

登場人物

オデュッセウス 十年にわたってトロイアを包囲中のギリシア軍の智将。さきに自分がレムノス島におきざりにした弓の名手ピロクテテスを、ふたたび戦場に迎えるために、ネオプトレモスを伴って、島をおとずれる。

ネオプトレモス トロイアを攻撃中にたおれたアキレウスの遺児。

船乗りたちのコロス ネオプトレモスの配下の年配のつわもの十五人。

ピロクテテス メーリスの王ポイアスの子。トロイア遠征の途次、毒蛇の毒におかされたために、いまなおレムノス島 におきざりにされている。

商人 じつはオデュッセウスにつかわされたスパイ。

ヘラクレス かつて最後の願いをかなえたピロクテテスに、秘蔵の名弓をあたえた英雄。



場所

エーゲ海の北部にあるレムノス島。舞台は島の東北端の海辺をあらわす。背面には峻験な岩肌がそそりたち、斜面の中ほどに洞穴がみえ、そのまえはやや平らになっている。焚火のあとや獣骨、貝殻などが、わびしい生活のあとをものがたっている。高く青くすみわたった早春の空に、島の高 ヘルマイオンのシルエットがうかんでいる。


〔舞台の左手から、いま島についたばかりのオデュッセウスとネオプトレモスが登場。ひそかにあたりのようすをさぐり、ピロクテテスの所在をたしかめようとしている。ふたりとも兜、胸あて、脛あてに身をかためている。うしろにはネオプトレモスの従者がひとり、剣と槍をおびてしたがう〕

プロロゴス

ΟΔΥΣΣΕΥΣ
Ἀκτὴ μὲν ἥδε τῆς περιρρύτου χθονὸς
Λήμνου, βροτοῖς ἄστιπτος(人跡未踏) οὐδ' οἰκουμένη,
ἔνθ', ὦ κρατίστου πατρὸς Ἑλλήνων τραφεὶς
Ἀχιλλέως παῖ Νεοπτόλεμε, τὸν Μηλιᾶ
5 Ποίαντος υἱὸν ἐξέθηκ' ἐγώ ποτε,

オデュッセウス これが海にかこまれたレムノスの岸辺だ、おとずれるものもない無人の島。アキレウスの子よ、ヘラスに勇名とどろく父をもつネオプトレモスよ、わたしがポイアスの子、ピロクテテスをここにおきざりにしてから、ずいぶん時がたつ。

ταχθεὶς τόδ' ἔρδειν τῶν ἀνασσόντων ὕπο,
νόσῳ καταστάζοντα(化膿した) διαβόρῳ(むしばむ) πόδα,
ὅτ' οὔτε λοιβῆς(犠牲式) ἡμὶν οὔτε θυμάτων
παρῆν(できる) ἑκήλοις(落ち着いて) προσθιγεῖν(着手), ἀλλ' ἀγρίαις(すさまじい)
10 κατεῖχ'(満たす) ἀεὶ πᾶν στρατόπεδον δυσφημίαις(叫び声),
βοῶν(唸る), στενάζων(呻く). Ἀλλὰ ταῦτα μὲν τί δεῖ
λέγειν; ἀκμὴ(適した時) γὰρ οὐ μακρῶν ἡμῖν λόγων,
μὴ καὶ μάθῃ μ' ἥκοντα κἀκχέω(無駄にする) τὸ πᾶν
σόφισμα(策略) τῷ νιν αὐτίχ' αἱρήσειν(捉える) δοκῶ.

大将たちの命令で、やむをえずそうしたのだが、肉がくさる病気のためにやつの足はただれおち、あのときばかりは困ったな。静かにお神酒をそそぐことも、犠牲をささげることもできなかった。やつがたてつづける不吉なすさまじい叫びには、われわれ全軍が耳をおおったものだ。いやその叫び、うめき声ときたら、たまったものではなかったぞ。だがむかしのことはもうよかろう、いまは長語のときではない。わたしがいることを、やつに感づかれてはまずい。わけなくやつを捉えるわたしの名案か台なしだ。

15 Ἀλλ' ἔργον ἤδη σὸν(汝) τὰ λοίφ'(残り) ὑπηρετεῖν(助ける),
σκοπεῖν θ' ὅπου 'στ' ἐνταῦθα δίστομος πέτρα
τοιάδ', ἵν' ἐν ψύχει(冬) μὲν ἡλίου διπλῆ
πάρεστιν ἐνθάκησις(ひなた), ἐν θέρει(夏) δ' ὕπνον(眠り)
δι' ἀμφιτρῆτος(貫く) αὐλίου(洞窟) πέμπει πνοή(風)·

さて、君に手伝ってもらうのはこれからだ。どこかそのあたりに、入口が二つあるほらあなが見あたらないか。冬はあたたかい陽があたり、夏は風とおしのよい北側から、すずしい眠りが吹きよせてくるような、すてきな洞窟なのだ。

20 βαιὸν(小さな) δ' ἔνερθεν(下の) ἐξ ἀριστερᾶς(左) τάχ' ἂν
ἴδοις ποτὸν κρηναῖον(泉の), εἴπερ ἐστὶ σῶν.
Ἅ μοι προσελθὼν σῖγα σήμαιν' εἴτ' ἔχει
χῶρον(場所) πρὸς αὐτὸν τόνδ' ἔτ' εἴτ' ἄλλῃ κυρεῖ,
ὡς τἀπίλοιπα τῶν λόγων σὺ μὲν κλύῃς,
25 ἐγὼ δὲ φράζω, κοινὰ δ' ἐξ ἀμφοῖν ἴῃ.

左手のすこし下に、きれいな泉がみえないか、もっとも水がまだ涸れずに出ているかどうかわからないが。そちらのほうへ、そっと忍びよってくれ、やつがまだそこに住んでいるかどうかをみて、わたしに合図してくれ。それがわかれば、つぎの仕事をたのむから、よく聞いて協力してほしい。

ΝΕΟΠΤΟΛΕΜΟΣ
Ἄναξ Ὀδυσσεῦ, τοὔργον οὐ μακρὰν λέγεις·
δοκῶ γὰρ οἷον εἶπας ἄντρον εἰσορᾶν.

ネオプトレモス オデュッセウス、あなたのいう場所はすぐそこにある。その洞窟らしいのがみえているようだ。

ΟΔ. Ἄνωθεν, ἢ κάτωθεν; οὐ γὰρ ἐννοῶ.

オデュッセウス そこよりも上か、下か。わたしにはみえないが。

ΝΕ. Τόδ' ἐξύπερθε, καὶ στίβου(足跡) γ' οὐδεὶς κτύπος(足音).

ネオプトレモス ずっと上、ここだ。でも足音はきこえない。

30 ΟΔ. Ὅρα καθ' ὕπνον μὴ καταυλισθεὶς κυρῇ.

オデュッセウス 岩のかげで、ひるねをしているのではないか、よくみてくれ。

ΝΕ. Ὁρῶ κενὴν οἴκησιν ἀνθρώπων δίχα.

ネオプトレモス 住家はからで人影もないようすだが。

ΟΔ. Οὐδ' ἔνδον οἰκοποιός ἐστί τις τροφή;

オデュッセウス 暮らしの道具もないのか。

ΝΕ. Στιπτή(踏みつけた) γε φυλλὰς(葉) ὡς ἐναυλίζοντί(住人) τῳ.

ネオプトレモス だれのものかわからない枯草の寝床がある、だれか住んでいるらしい。

ΟΔ. Τὰ δ' ἄλλ' ἔρημα, κοὐδέν ἐσθ' ὑπόστεγον;

オデュッセウス ほかにはなにもないのか、屋根の下には。

35 ΝΕ. Αὐτόξυλόν γ' ἔκπωμα,(カップ) φλαυρουργοῦ(不器用) τινος
τεχνήματ' ἀνδρός, καὶ πυρεῖ' ὁμοῦ τάδε.

ネオプトレモス ええと、粗末な木のうつわ、とても不器用なできだが、それからそれといっしょに火をおこす道具がおいてある。

ΟΔ. Κείνου τὸ θησαύρισμα σημαίνεις τόδε.

オデュッセウス それが、やつの身上か。

ΝΕ. Ἰοὺ ἰού· καὶ ταῦτά γ' ἄλλα θάλπεται
ῥάκη, βαρείας του νοσηλείας πλέα.

ネオプトレモス おお! お! まだある、ぼろきれが陽にほしてある、なにかひどい膿のあとが一面にしみついて。

40 ΟΔ. Ἁνὴρ κατοικεῖ τούσδε τοὺς τόπους σαφῶς,
κἄστ' οὐχ ἑκάς(離れた) που· πῶς γὰρ ἂν νοσῶν ἀνὴρ
κῶλον(足) παλαιᾷ κηρὶ προσβαίη(歩く) μακράν;
ἀλλ' ἢ 'πὶ φορβῆς(食料) νόστον(外出) ἐξελήλυθεν,
ἢ φύλλον εἴ τι νώδυνον κάτοιδέ που.
45 Τὸν οὖν παρόντα πέμψον εἰς κατασκοπήν(見張り),
μὴ καὶ λάθῃ με προσπεσών(鉢合わせ)· ὡς μᾶλλον ἂν
ἕλοιτό(選ぶ) μ' ἢ τοὺς πάντας Ἀργείους λαβεῖν.

オデュッセウス それでもうわかった。あいつはこのあたりに住んでいる、そう遠方には行ってないだろう。あのときからの業病で、足腰たたない病人が、とおくに出かけるはずがない。やつは腹のたしにするものを探しにいったか、それともどこかでみつけた痛みどめの薬草をとりにいったのだ。とすれば、だれか君の家来をひとり物見にだしたほうがいい。不意打ちをくわぬ用心だ。やつは、アルゴス人をみな殺しにするよりも、このわたし一人を射とろうとして、つけねらっているにもがいない。

ΝΕ. Ἀλλ' ἔρχεταί τε καὶ φυλάξεται στίβος·
σὺ δ' εἴ τι χρῄζεις, φράζε δευτέρῳ λόγῳ.

ネオプトレモス では、いま人をやって道を見はらせよう。

〔ネオプトレモスの指図で、従者は左手より退場する〕

さて、よろしければ、つぎの作戦をきかせてほしい。

50 ΟΔ. Ἀχιλλέως παῖ, δεῖ σ' ἐφ' οἷς ἐλήλυθας
γενναῖον εἶναι, μὴ μόνον τῷ σώματι,
ἀλλ' ἤν τι καινὸν ὧν πρὶν οὐκ ἀκήκοας
κλύῃς, ὑπουργεῖν(助ける), ὡς ὑπηρέτης(ヘルパー) πάρει.

オデュッセウス アキレウスの子よ、君はこんどの使命をはずかしめないように、りっぱに振舞ってほしい。ただ体をうごかすだけではなく、よいか、君が今までにきいていないような新しい事態にぶつかっても、わたしを助けなくてはならない。ここでは君はあくまでわたしの助力者として、行動をともにするのだ。

ΝΕ. Τί δῆτ' ἄνωγας(命令);

ネオプトレモス それでは、まず命令をきこう。

ΟΔ. Τὴν Φιλοκτήτου σε δεῖ
55 ψυχὴν ὅπως λόγοισιν ἐκκλέψεις(たぶらかす) λέγων.
Ὅταν σ' ἐρωτᾷ τίς τε καὶ πόθεν πάρει,
λέγειν Ἀχιλλέως παῖς· τόδ' οὐχὶ κλεπτέον(隠す)·

オデュッセウス まず言葉たくみにピロクテテスにはなしかけ、やつの心を完全にとらえてほしい。やつが君の名や生れをたずねれば、アキレウスの子だと名のればいい。これは嘘でなくともいい。

πλεῖς δ' ὡς πρὸς οἶκον, ἐκλιπὼν τὸ ναυτικὸν(海軍)
στράτευμ' Ἀχαιῶν, ἔχθος(憎しみ) ἐχθήρας(憎む) μέγα,

だが君は家路をさして船をすすめているふりをするのだ。そして、アカイア人どもの船勢と袖をわかったといい、かれらにたいして忿懣やるかたないようすをしてみせる。

60 οἵ σ' ἐν λιταῖς(懇願) στείλαντες(招く) ἐξ οἴκων μολεῖν,
μόνην ἔχοντες τήνδ' ἅλωσιν(征服) Ἰλίου,

アカイア人どもは君の膝にすがって君の出陣をねがい、故郷から君を戦場にむかえた。かれらがトロイアをおとすには、それしか手だてがなかったからだ。

οὐκ ἠξίωσαν τῶν Ἀχιλλείων ὅπλων
ἐλθόντι δοῦναι κυρίως αἰτουμένῳ,

ところがアカイア人どもは、アキレウスの武器や甲冑を、当然の権利がある君にはあたえなかった。

ἀλλ' αὔτ' Ὀδυσσεῖ παρέδοσαν(やってしまう), λέγων ὅσ' ἂν
65 θέλῃς(好きなだけ) καθ' ἡμῶν ἔσχατ' ἐσχάτων κακά·

君をさしおいて、オデュッセウスにやることに決めたのだ。わたしのことなら、やつのまえでどれほどひどい悪ロをあびせようともかまわない。

τούτῳ γὰρ οὐδέν μ' ἀλγυνεῖς· εἰ δ' ἐργάσῃ
μὴ ταῦτα, λύπην(痛み) πᾶσιν Ἀργείοις βαλεῖς(未)·

わたしは痛くもかゆくもない。しかしもし君がこの仕事をしくじったなら、それこそアルゴス勢全体にきつい迷惑をかけることになる。

εἰ γὰρ τὰ τοῦδε τόξα μὴ ληφθήσεται,
οὐκ ἔστι πέρσαι(滅ぼす) σοι τὸ Δαρδάνου πέδον(=トロイ).

話したとおり、やつの弓矢がわれわれの手にはいらなければ、いくら君でも一人では、ダルダノスの城をぬくことができないからだ。

70 Ὡς δ' ἔστ' ἐμοὶ μὲν οὐχί, σοὶ δ' ὁμιλία(交際)
πρὸς τόνδε πιστὴ καὶ βέβαιος(確固たる), ἔκμαθε·

それから、こういうこともよくおぼえていてほしい。わたしはわけがあってあの男に近づくことができないが、君とやつとはたがいに信じあい、友だちになることもできる間柄だ。

σὺ μὲν πέπλευκας οὔτ' ἔνορκος(誓って) οὐδενὶ
οὔτ' ἐξ ἀνάγκης οὔτε τοῦ πρώτου στόλου(遠征),

というのは、君は誓約にしばられて船出した人間ではないし、無理強いされてきたのでもない。またさいしょの遠征の仲間ともちがう。

ἐμοὶ δὲ τούτων οὐδέν ἐστ' ἀρνήσιμον(否定)·
75 ὥστ' εἴ με τόξων ἐγκρατὴς(持つ) αἰσθήσεται,
ὄλωλα, καὶ σὲ προσδιαφθερῶ(共に破滅させる) ξυνών·

だがわたしは、だれがみてもこの三つにみなあてはる。だから、やつの手に弓があるあいだに、わたしのいることが感づかれたら、わたしは助からない、君もわたしの一味なのだから死をのがれることはむつかしい。

ἀλλ' αὐτὸ τοῦτο δεῖ σοφισθῆναι, κλοπεὺς(盗人)
ὅπως γενήσῃ τῶν ἀνικήτων(無敵の) ὅπλων(武器).

そうなってはたまらない、ここが思案のしどころだ。どうすればあの無敵の強弓をぬすみだすことができるか。

Ἔξοιδα καὶ φύσει σε μὴ πεφυκότα
80 τοιαῦτα φωνεῖν μηδὲ τεχνᾶσθαι(企む) κακά·

いや、よくわかっている、ネオプトレモス、君は生まれつきこういう卑劣な言葉を口にしたり考えたりする男ではない。

ἀλλ' ἡδὺ γάρ τοι κτῆμα τῆς νίκης λαβεῖν,
τόλμα(命)· δίκαιοι δ' αὖθις(あとで) ἐκφανούμεθα·

しかし、成功のあまい香りを知らないわけでもないだろう。ここで一つ決心するのだ。わたしたちが正義の士であることは、他のばあいに証明できる。

νῦν δ' εἰς ἀναιδὲς(恥) ἡμέρας μέρος βραχὺ
δός μοι σεαυτόν, κᾆτα τὸν λοιπὸν χρόνον
85 κέκλησο(命) πάντων εὐσεβέστατος βροτῶν.

だが、今は今だ、一日とは言わない、ほんのしばらくのあいだ、恥をわすれてわたしにまかせてはどうだ。ここで功がなれば、あとは死ぬまで君はだれよりも正義を愛し神をとうとぶ人間として、世の中をとおっていけるのだ

ΝΕ. Ἐγὼ μὲν οὓς ἂν τῶν λόγων ἀλγῶ(辛い) κλύων,
Λαερτίου παῖ, τούσδε καὶ πράσσειν στυγῶ(憎む)·

ネオプトレモス オデュッセウス、いまの言葉、聞いているだけでも苦しいのに、それを行うことなどとても私にはできない。

ἔφυν γὰρ οὐδὲν ἐκ τέχνης πράσσειν κακῆς,
οὔτ' αὐτὸς οὔθ', ὥς φασιν, οὑκφύσας(父) ἐμέ.

私は策謀をめぐらすたちではない。私はもちろん、聞けば私の父もそんな人間ではなかった。

90 Ἀλλ' εἴμ' ἕτοιμος πρὸς βίαν τὸν ἄνδρ' ἄγειν
καὶ μὴ δόλοισιν· οὐ γὰρ ἐξ ἑνὸς ποδὸς
ἡμᾶς τοσούσδε πρὸς βίαν χειρώσεται(うち負かす).

たくらみをすてて力ずくでいくのなら、私はよろこんでその男をとらえてこよう。いくさとなれば、一本足の男はとうていわれわれの人数の敵ではない。

Πεμφθείς γε μέντοι σοὶ ξυνεργάτης ὀκνῶ
προδότης καλεῖσθαι· βούλομαι δ', ἄναξ, καλῶς
95 δρῶν ἐξαμαρτεῖν(失敗) μᾶλλον ἢ νικᾶν κακῶς.

しかしあなたの助勢としてとにかくここまできたのだから、裏切者とよよばれることだけは私もいやだ。ただオデュッセウス、私は卑怯な手だてで勝つよりも、正々堂堂と戦ってやぶれるほうをいさぎよしとするのだが。

ΟΔ. Ἐσθλοῦ πατρὸς παῖ, καὐτὸς ὢν νέος ποτὲ
γλῶσσαν μὲν ἀργόν(不活発), χεῖρα δ' εἶχον ἐργάτιν(活発)·

オデュッセウス さても気高い父の血をよくうけついだ。わたしも若いころは口下手で、すぐに手をだしたがったものだ。

νῦν δ' εἰς ἔλεγχον(テスト) ἐξιὼν ὁρῶ βροτοῖς
τὴν γλῶσσαν, οὐχὶ τἄργα, πάνθ' ἡγουμένην(支配する).

しかしいろいろな経験をつんだいま、世の中で先だつものは実力ではなく、舌一枚であることがわかってきた。

100 ΝΕ. Τί οὖν μ' ἄνωγας ἄλλο πλὴν ψευδῆ λέγειν;

ネオプトレモス 嘘をつけとだけいわれたが、ほかに手だてはないのだろうか。

ΟΔ. Λέγω σ' ἐγὼ δόλῳ Φιλοκτήτην λαβεῖν.

オデュッセウス ピロクテテスをだまして捉えろ、それがわたしの命令だ。

ΝΕ. Τί δ' ἐν δόλῳ δεῖ μᾶλλον ἢ πείσαντ' ἄγειν;

ネオプトレモス しかし納得させればよいものを、なぜだまして。

ΟΔ. Οὐ μὴ πίθηται· πρὸς βίαν δ' οὐκ ἂν λάβοις.

オデュッセウス あの男が言うことを聞くとは思われない。といって、君が腕ずくでかなう相手ではないのだ。

ΝΕ. Οὕτως ἔχει τι δεινὸν ἰσχύος θράσος;

ネオプトレモス それほど業に自信のある男なのか。

105 ΟΔ. Ἰοὺς(矢) ἀφύκτους καὶ προπέμποντας(もたらす) φόνον.

オデェッセウス やつの矢はたしかだ。あたれば、きっと生命はない。

ΝΕ. Οὐκ ἆρ' ἐκείνῳ γ' οὐδὲ προσμεῖξαι(近づく) θρασύ;

ネオプトレモス それをおそれて、近づく勇気がないと。

ΟΔ. Οὔ, μὴ δόλῳ λαβόντα γ', ὡς ἐγὼ λέγω.

オデェッセウス そうだ、わたしの言うように計略をつかえばべつだが。

ΝΕ. Οὐκ αἰσχρὸν ἡγῇ(信じる) δῆτα τὸ ψευδῆ λέγειν;

ネオプトレモス あなたは、嘘を恥とは考えないのだな。

ΟΔ. Οὔκ, εἰ τὸ σωθῆναί γε τὸ ψεῦδος φέρει.

オデュッセウス 嘘をついても身がたすかれば、恥ではあるまい。

110 ΝΕ. Πῶς οὖν βλέπων τις ταῦτα τολμήσει λακεῖν(アλάσκω発声する);

ネオプトレモス そうかもしれないが、それをあなたの口から聞こうとは。

ΟΔ. Ὅταν τι δρᾷς εἰς κέρδος, οὐκ ὀκνεῖν πρέπει.

オデェッセウス 君の身のためだ、遠慮はいらない。

ΝΕ. Κέρδος δ' ἐμοὶ τί τοῦτον ἐς Τροίαν μολεῖν;

ネオプトレモス なぜあの男がトロイアにくれば、私のためになる。

ΟΔ. Αἱρεῖ τὰ τόξα ταῦτα τὴν Τροίαν μόνα.

オデュッセウス その弓を手にいれなくては、トロイアはおとせないのだ。

ΝΕ. Οὐκ ἆρ' ὁ πέρσων, ὡς ἐφάσκετ', εἴμ' ἐγώ;

ネオプトレモス では私がトロイアをおとす人間だといったのも、嘘だったのか。

115 ΟΔ. Οὔτ' ἂν σὺ κείνων χωρὶς οὔτ' ἐκεῖνα σοῦ.

オデュッセウス  いや、弓なくして君だけではだめだし、また君なくして弓だけでも勝利はおぼつかない。

ΝΕ. Θηρατέ(手に入れるべき)' οὖν γίγνοιτ' ἄν, εἴπερ ὧδ' ἔχει.

ネオプトレモス なるほど、それならどうしてもその弓を手にいれなくては。

ΟΔ. Ὡς τοῦτό γ' ἔρξας δύο φέρῃ δωρήματα(贈り物).

オデュッセウス そうすれば、君には一石二鳥の利益があるはずだ。

ΝΕ. Ποίω(どのような); μαθὼν γὰρ οὐκ ἂν ἀρνοίμην(拒否) τὸ δρᾶν.

ネオプトレモス とはどのような。話のしだいではあなたの命令どおりにしてもいい。

ΟΔ. Σοφός τ' ἂν αὑτὸς κἀγαθὸς κεκλῇ' ἅμα.

オデュッセウス つまり君自身が知恵もあり、勇気もある若者とよばれることになる。

120 ΝΕ. Ἴτω· ποήσω, πᾶσαν αἰσχύνην ἀφείς(捨てる).

ネオプトレモス よし、やろう、恥にはいっさい目をふさごう。

ΟΔ. Ἦ μνημονεύεις(覚えている) οὖν ἅ σοι παρῄνεσα(アドバイス);

オデュッセウス よろしい、さきほどの注意をおぼえているかね。

ΝΕ. Σάφ' ἴσθ(大丈夫)', ἐπείπερ εἰσάπαξ συνῄνεσα(同意).

ネオプトレモス 心配はご無用、いったん私が引きうけたからは。

ΟΔ. Σὺ μὲν μένων νυν κεῖνον ἐνθάδ' ἐκδέχου(待つ),
ἐγὼ δ' ἄπειμι, μὴ κατοπτευθῶ(見つかる) παρών,
125 καὶ τὸν σκοπὸν(見張り) πρὸς ναῦν ἀποστελῶ πάλιν·

オデュッセウス それでは、君はここにのこって、やつがあらわれるのを待ってくれ。いっしょのところがみつかるとまずいから、わたしはかくれている。それからさっきの物見の男は船にかえってもらう。

καὶ δεῦρ', ἐάν μοι τοῦ χρόνου δοκῆτέ τι
κατασχολάζειν(手間取る), αὖθις ἐκπέμψω πάλιν
τοῦτον τὸν αὐτὸν ἄνδρα, ναυκλήρου(船長) τρόποις
μορφὴν(姿) δολώσας(変装させる), ὡς ἂν ἀγνοία προσῇ(正体が分からないように)·

もしどうかして君たちが手間どっているようであれば物見の男をあきない船の船長(かしら)に変装させてここにつかわすことにする。正体をあかさぬほうがわれわれにとって有利だとおもう。

130 οὗ δῆτα, τέκνον, ποικίλως(曖昧に) αὐδωμένου(しゃべる)
δέχου τὰ συμφέροντα τῶν ἀεὶ λόγων.

そこでその使いにいろいろな作り話をさせるから、言葉のあやをうまくつかんで、つごうよく目的をとげてほしい。

Ἐγὼ δὲ πρὸς ναῦν εἶμι, σοὶ παρεὶς(任せる) τάδε·

では、いっさいを君にまかせて、わたしは船にかえるとしよう。

Ἑρμῆς δ' ὁ πέμπων Δόλιος ἡγήσαιτο νῷν
Νίκη τ' Ἀθάνα Πολιάς, ἣ σῴζει μ' ἀεί.

たくらみの道しるべへルメス神や、ことあるごとにご加護くださるアテネ・ポリアス神、それから勝利の女神ニケーさま、どうぞよろしくおねがいいたします。

〔オデェッセウス、舞台の左手より退場。かわってネオプトレモスの家来たちであり、後見役でもある十五人の船乗りたちから成るコロスが登場〕

パロドス

ΧΟΡΟΣ
135 Τί χρή, τί χρή με, δέσποτ', ἐν ξένᾳ ξένον Str. 1.
στέγειν(隠す), ἢ τί λέγειν πρὸς ἄνδρ' ὑπόπταν(疑う);
Φράζε μοι·

船乗りたち さあご命令はなんですか、
ご命令をうけたまわりましょう。
ご主人さま、みもしらぬ島をおとずれた
旅人のわれわれは、人をちかづけないその男に
なにをかくし、なにを語ればよろしいか、
どうかお指図をねがいます。

τέχνα γὰρ τέχνας ἑτέρας
προὔχει(優る) καὶ γνώμα παρ' ὅτῳ
140 τὸ θεῖον Διὸς σκῆπτρον ἀνάσσεται(握られる)·

ゼウスがゆるした神聖な王笏(しゃく)を手に、 人々をすべおさめるお方には 万人にまさる知恵・はかりごとが そなわっていると申します。

σὲ δ', ὦ τέκνον, τόδ' ἐλήλυθεν
πᾶν κράτος ὠγύγιον(由緒ある)· τό μοι ἔννεπε
τί σοι χρεὼν ὑπουργεῖν(助ける).

王子よ、あなたには由緒ふるい そのお力がつたわっているのです さあ われわれにお命じください。 どうすればあなたの お役にたつことができましょう。

ΝΕ. Νῦν μέν, ἴσως γὰρ τόπον ἐσχατιαῖς(外れ)
145 προσιδεῖν ἐθέλεις ὅντινα κεῖται,
δέρκου(見る) θαρσῶν· ὁπόταν δὲ μόλῃ
δεινὸς ὁδίτης(旅人) τῶνδ' οὑκ μελάθρων(部屋),
πρὸς ἐμὴν αἰεὶ χεῖρα(合図) προχωρῶν(現れる)
πειρῶ(命) τὸ παρὸν(今の状況) θεραπεύειν.

ネオプトレモス おまえたち、その男の磯べの住家をみたいであろう。いまのうちに勇気をだしてよく見ておくがいい。この隠れ家のおそろしい主(あるじ)はいま出かけているが、 やがて帰ってくる。おまえたちは私の合図ですがたをあらわし、必要な手だすけをしてほしい。

150 ΧΟ. Μέλον(注意する) πάλαι μέλημά(注意) μοι λέγεις, ἄναξ, Ant. 1.
φρουρεῖν(見る) ὄμμ'(目が) ἐπὶ σῷ μάλιστα καιρῷ(利益)·
νῦν δέ μοι
λέγ' αὐλὰς(部屋) ποίας ἔνεδρος(住んで)
ναίει καὶ χῶρον τίν' ἔχει·

船乗りたち ご主人さま、そのご注意には さきほどから心をもちいております、 何ごとも、ただあなたのおためになるように おまもりするのがわれらのつとめ、 ところでそれは どの家にすみ、 どの国をおさめる王ですか。

155 τὸ γάρ μοι μαθεῖν οὐκ ἀποκαίριον,
μὴ προσπεσών(不意打ち) με λάθῃ ποθέν·

われわれも知っていれば、 やつの不意打ちをふせげましょう。

τίς τόπος ἢ τίς ἕδρα, τίν' ἔχει στίβον,
ἔναυλον(中にいる) ἢ θυραῖον(外に);

男はどこへいったのです、 その家はどこにあります、 足あとはどこに 家のうちですか、外ですか

ΝΕ. Οἶκον μὲν ὁρᾷς τόνδ' ἀμφίθυρον
160 πετρίνης κοίτης(ねぐら).

ネオプトレモス 住家はそこだ、入口がふたつある岩窟(いわあな)のねぐらがそれだ。

ΧΟ. Ποῦ γὰρ ὁ τλάμων αὐτὸς ἄπεστιν;

船乗りの長 ではそのあわれな男はどこへ。

ΝΕ. Δῆλον ἔμοιγ' ὡς φορβῆς χρείᾳ
στίβον ὀγμεύει(たどる) τόνδε πέλας που·

ネオプトレモス きっと食物をさがすために、いたむ足をひきながら、このあたりをうろついているにちがいない。

ταύτην γὰρ ἔχειν βιοτῆς αὐτὸν
165 λόγος ἐστὶ φύσιν, θηροβολοῦντα(野獣を殺す)
πτηνοῖς ἰοῖς, στυγερὸν(憎むべき) στυγερῶς,
οὐδέ τιν' αὐτῷ
παιῶνα(医者) κακῶν(病) ἐπινωμᾶν(近づく).

あの男はそうして暮しをたてているということだ。羽のある弓矢だけが暮しのみちという、あわれないたましいその日暮し。傷のいたみをいやす薬師(くすし)も、やつのもとには近づかないと聞いている。

ΧΟ. Οἰκτίρω νιν ἔγωγ', ὅπως, Str. 2.
170 μή του κηδομένου βροτῶν,
μηδὲ ξύντροφον ὄμμ' ἔχων,

船乗りたち 思えばあわれ、 世話をしてくれる人もなく、 仲間の顔もみられない。

δύστανος, μόνος αἰεί,
νοσεῖ μὲν νόσον ἀγρίαν,
ἀλύει δ' ἐπὶ παντί τῳ
175 χρείας ἱσταμένῳ· πῶς ποτε, πῶς
δύσμορος ἀντέχει(耐える);

明けてもくれてもただ一人、 苦しみにたえ、 骨をかむ疾病にやみ、 その日その日にこと欠きながら、 その難儀をのがれるすべもない。 ああ、いったいその男は、どうして その苦しみにたえることができるのか。

Ὦ παλάμαι θεῶν,
ὦ δύστανα γένη βροτῶν
οἷς μὴ μέτριος αἰών.

おお それが神々のなさることなのか。 人間はなんと苛酷な運命をせおうて 生まれてきたのだろう!

180 Οὗτος πρωτογόνων ἴσως Ant. 2.
οἴκων οὐδενὸς ὕστερος,
πάντων ἄμμορος(欠けた) ἐν βίῳ
κεῖται μοῦνος ἀπ' ἄλλων,
στικτῶν(斑点の) ἢ λασίων(もじゃもじゃ) μετὰ
185 θηρῶν(野獣), ἔν τ' ὀδύναις(痛み) ὁμοῦ
λιμῷ(飢え) τ' οἰκτρὸς(哀れな) ἀνήκεστα(不治な) μεριμνήματ'(苦しみ) ἔχων βαρεῖ·
ἁ δ' ἀθυρόστομος(口が軽い)
ἀχὼ τηλεφανὴς πικρὰς
190 οἰμωγὰς(嘆き) ὑπακούει(応える).

船乗りたち きっとその男も、 人におとらぬ家門に生まれおちながら、 生活の手だてをみな失って、 野鹿や野獣にひとしい日々を 病いや飢えとたたかいながら、 いやされぬ苦しみにあえぐ あわれな姿をさらすのか。 身もだえてうめいても、 遠くつめたくこたえるものは、 山にすむ口かるい木霊(エーコー)だけだ。

ΝΕ. Οὐδὲν τούτων θαυμαστὸν ἐμοί·
θεῖα γάρ, εἴπερ κἀγώ τι φρονῶ,

ネオプトレモス いや、それにはわけがある。言うならばその苦しみはみな、神の思召し。

καὶ τὰ παθήματα κεῖνα πρὸς αὐτὸν
τῆς ὠμόφρονος(残酷な) Χρύσης ἐπέβη,
195 καὶ νῦν ἃ πονεῖ δίχα κηδεμόνων,
οὐκ ἔσθ' ὡς οὐ θεῶν του μελέτῃ(配慮),

おそろしいクリュセーがもととなって、あの男にふりかかった最初のわざわいも、またいまみとるものもなくこらえている苦しみも、いずれかの神のご意志にちがいない。

τοῦ μὴ πρότερον τόνδ' ἐπὶ Τροίᾳ
τεῖναι(狙う) τὰ θεῶν ἀμάχητα(無敵の) βέλη(矢),
πρὶν ὅδ' ἐξήκοι χρόνος ᾧ λέγεται
200 χρῆναί(運命) σφ' ὑπὸ τῶνδε δαμῆναι(征服される).

トロイアがほろぶ運命の日がくるまでは、神がさずけた強弓がトロイアにむけて矢を射ることのないように、天がさだめたことなのだ。

ΧΟ. Εὔστομ' ἔχε, παῖ. Str. 3.

船乗りたち 王子よ、おしずかに、

ΝΕ. Τί τόδε;

ネオプトレモス どうした。

ΧΟ. Προὐφάνη κτύπος,
φωτὸς(男) σύντροφος(いつもよ) ὡς τειρομένοιο(疲れた),
ἤ που τῇδ' ἢ τῇδε τόπων·

船乗りたち もの音がいたします。 つかれきった男の声らしい、 こちらか、いやあちらか。

205 βάλλει, βάλλει μ' ἐτύμα(確かに)
φθογγά του στίβον(帰路) κατ' ἀνάγκαν(必死に)
ἕρποντος(這う), οὐδέ με λάθει
βαρεῖα τηλόθεν αὐδὰ(声)
τρυσάνωρ(疲れた人の)· διάσημα(はっきり) γὰρ θροεῖ.

いたみをころして 這いよる男の歎声が たしかにつたわって耳をうつ、耳をうつ。 はらわたをかきむしる苦痛のこえが、 遠くからでも聞こえます はっきりと、やつの叫びが聞こえます

210 Ἀλλ' ἔχε, τέκνον, ‑ Ant. 3.

さあ、王子よ、よろしいか。

ΝΕ. Λέγ' ὅ τι.

ネオプトレモス なにか。

ΧΟ. φροντίδας(注意) νέας·
ὡς οὐκ ἔξεδρος(出かける), ἀλλ' ἔντοπος(家にいる) ἁνήρ,
οὐ μολπὰν(音) σύριγγος(パイプ) ἔχων,
ὡς ποιμὴν(羊飼い) ἀγροβάτας(野を行く),
215 ἀλλ' ἤ που πταίων(躓く) ὑπ' ἀνάγκας(強いられて)
βοᾷ τηλωπὸν(遠くからの) ἰωάν(叫び),
ἢ ναὸς(船) ἄξενον(人が寄らない) αὐγάζων(眺める)
ὅρμον(浦)· προβοᾷ γὰρ αἴλινον(悲しげな).

船乗りたち 気をひきしめて。 あのもの音はきっとここにすむ男だ 羊を追う牧人のように 葦笛(あしぶえ)の音に足どりかるく来るようすではない。 つまずいて痛みのあまりか、 寄る船影もない浦辺(うらべ)のさびしさに絶望してか、 おそろしい、するどい叫びをあげている。

〔ピロクテテス、右手より登場〕

第一エペイソデォオン

ΦΙΛΟΚΤΗΤΗΣ
Ἰὼ ξένοι,
220 τίνες ποτ' ἐς γῆν τήνδε ναυτίλῳ πλάτῃ(船で)
κατέσχετ'(立ち寄る) οὔτ' εὔορμον(良い港がある) οὔτ' οἰκουμένην;
Ποίας πάτρας ἂν ἢ γένους ὑμᾶς ποτε
τύχοιμ' ἂν εἰπών; Σχῆμα(姿) μὲν γὰρ Ἑλλάδος
στολῆς(服) ὑπάρχει προσφιλεστάτης ἐμοί·

ピロクテテス おお……おお……旅人だ! いったい、だれだ。ここにきたあなたたちは! どこの国の人びとが、住家も港もないこの島に船をつけたのだ、あなたたちの国と一族の名前を聞かせてくれないか。なによりもなつかしいギリシア人の旅すがた、

225 φωνῆς δ' ἀκοῦσαι βούλομαι· καὶ μή μ' ὄκνῳ
δείσαντες ἐκπλαγῆτ'(逃げる) ἀπηγριωμένον(野蛮な),
ἀλλ' οἰκτίσαντες ἄνδρα δύστηνον, μόνον,
ἔρημον ὧδε κἄφιλον, κακούμενον
φωνήσατ', εἴπερ ὡς φίλοι προσήκετε.

わしはギリシアの言葉が開きとうてたまらない。どうか逃げるな、おどろいてくれるな。このとおりの離れ島に友もなく、孤独な運命にとりのこされたみじめな男をあわれに思うて、なにか言葉をかけてくれ。あなたたちが、友としてここにきたのであれば。

230 Ἀλλ' ἀνταμείψασθ'(命)· οὐ γὰρ εἰκὸς οὔτ' ἐμὲ
ὑμῶν ἁμαρτεῖν(出来ない) τοῦτό γ' οὔθ' ὑμᾶς ἐμοῦ.

おお、答えてくれ、わしのたったこれだけのねがいを、叶えられないはずがない。あなたたちもそう思うだろう!

ΝΕ. Ἀλλ', ὦ ξέν', ἴσθι τοῦτο πρῶτον, οὕνεκα
Ἕλληνές ἐσμεν· τοῦτο γὰρ βούλει μαθεῖν.

ネオプトレモス おお、島の人よ、ではまずあなたの知りたいことからこたえよう。われわれはたしかにギリシア人だ。

ΦΙ. Ὦ φίλτατον φώνημα· φεῦ τὸ καὶ λαβεῖν
235 πρόσφθεγμα(挨拶) τοιοῦδ' ἀνδρὸς ἐν χρόνῳ μακρῷ.

ピロクテテス おお、なつかしいそのひびき! ああいつからのことだろう、このような若者からこの言葉を聞くのは!

Τίς σ', ὦ τέκνον, προσέσχε(もたらす), τίς προσήγαγεν
χρεία(必要); τίς ὁρμή; τίς ἀνέμων ὁ φίλτατος;
Γέγωνέ(叫ぶ) μοι πᾶν τοῦθ', ὅπως εἰδῶ τίς εἶ.

おお、わしの伜よ、何のためにこの磯に、このわしのおるところにやってきた、なにかたくらんでいるのか。それとも、ありがたい風の吹きまわしか。どうか、かくさず話してくれ、あなたがどういう人なのか、わしにもよくわかるように。

ΝΕ. Ἐγὼ γένος μέν εἰμι τῆς περιρρύτου
240 Σκύρου· πλέω δ' ἐς οἶκον· αὐδῶμαι δὲ παῖς
Ἀχιλλέως, Νεοπτόλεμος· οἶσθ' ἤδη τὸ πᾶν.

ネオプトレモス 私の生れは、海にかこまれたスキュロスの島。私の父はアキレウス、私の名はネオプトレモスという。いまは家にかえる途中だ。それですべておわかりだろう。

ΦΙ. Ὦ φιλτάτου παῖ πατρός, ὦ φίλης χθονός,
ὦ τοῦ γέροντος θρέμμα(育ち) Λυκομήδους, τίνι
στόλῳ(旅) προσέσχες(寄港) τήνδε γῆν, πόθεν πλέων;

ピロクテテス ではおまえは、おしの親友の子だ、わしが愛する国の生れだ。おまえはリェコメデス老人に抱かれて育った子であろう。いったいなにの用でここによったのか、どこから帰る途中なのだ。

245 ΝΕ. Ἐξ Ἰλίου τοι δὴ τανῦν γε ναυστολῶ(航海する).

ネオプトレモス われわれはイリオンからかえるところだ。

ΦΙ. Πῶς εἶπας; Οὐ γὰρ δὴ σύ γ' ἦσθα ναυβάτης(船乗り)
ἡμῖν κατ' ἀρχὴν τοῦ πρὸς Ἴλιον στόλου(遠征).

ピロクテテス なに。わしらがさいしょにイリオンにむかって船出したときには、たしかにおまえはわしらの仲間でなかったとおもうが。

ΝΕ. Ἦ γὰρ μετέσχες(分け合う) καὶ σὺ τοῦδε τοῦ πόνου;

ネオプトレモス え、ではあなたも、あの戦の苦労をともにした人なのか。

ΦΙ. Ὦ τέκνον, οὐ γὰρ οἶσθά μ' ὅντιν' εἰσορᾷς;

ピロクテテス おお伜、おまえは、わしが、だれか知らないのか。

250 ΝΕ. Πῶς γὰρ κάτοιδ' ὅν γ' εἶδον οὐδεπώποτε;

ネオプトレモス はじめて会った人を、知っているわけがない。

ΦΙ. Οὐδ' οὔνομ' οὐδὲ τῶν ἐμῶν κακῶν κλέος
ᾔσθου ποτ' οὐδέν, οἷς ἐγὼ διωλλύμην(破滅した);

ピロクテテス ではわしの名も、わしを破滅させた災難もそのうわささえも聞いていないのか。

ΝΕ. Ὡς μηδὲν εἰδότ' ἴσθι μ' ὧν ἀνιστορεῖς(質問).

ネオプトレモス そういわれても、私にはわからない。

ΦΙ. Ὦ πόλλ' ἐγὼ μοχθηρός(不幸な), ὦ πικρὸς(憎らしい) θεοῖς,
255 οὗ μηδὲ κληδὼν(噂) ὧδ' ἔχοντος οἴκαδε
μηδ' Ἑλλάδος γῆς μηδαμοῦ διῆλθέ που,

ピロクテテス おお、むなしい今までの苦しみ!わしはそれほどきびしい神の憎しみをうけたのか。このような運命をたえしのんでも、わしの名はふるさとはおろか、ギリシアじゅうどこにも伝わらなかったのだ。

ἀλλ' οἱ μὲν ἐκβαλόντες ἀνοσίως ἐμὲ
γελῶσι σῖγ' ἔχοντες, ἡ δ' ἐμὴ νόσος
ἀεὶ τέθηλε(栄える) κἀπὶ μεῖζον ἔρχεται.

それだのに、神もゆるしたまわぬやりかたで、わしをおきざりにしたやつどもは、口をぬぐうて笑っておる。だがわしの病いはますますつっのり、ひろがっていくばかりだ。

260 Ὦ τέκνον, ὦ παῖ πατρὸς ἐξ Ἀχιλλέως,
ὅδ' εἴμ' ἐγώ σοι κεῖνος, ὃν κλύεις ἴσως
τῶν Ἡρακλείων ὄντα δεσπότην(持ち主) ὅπλων,

伜よ、アキレウスの子よ、よくみてくれ、このわしこそ、おまえも聞いたことがあるはずだ、ヘラクレスの弓をたまわった男だ。

ὁ τοῦ Ποίαντος παῖς Φιλοκτήτης, ὃν οἱ
δισσοὶ στρατηγοὶ χὠ Κεφαλλήνων ἄναξ
265 ἔρριψαν(捨てる) αἰσχρῶς ὧδ' ἔρημον, ἀγρίᾳ(ひどい)
νόσῳ καταφθίνοντα, τῇδ', ἀνδροφθόρου
πληγέντ' ἐχίδνης ἀγρίῳ χαράγματι(噛み跡),

ポイアスの子ピロクテテスだ。このわしを、二人の統帥アトレイダイとケパレニアの王が、わしの名誉をふみにじり、この孤独にうちすてた。わしはそのとき人食い蛇の毒牙にやられて、気もくるわんばかりの傷のいたみに、責めさいなまれていたのだ、

ξὺν ᾗ μ' ἐκεῖνοι, παῖ, προθέντες(捨てる) ἐνθάδε
ᾤχοντ'(去った) ἔρημον, ἡνίκ' ἐκ τῆς ποντίας(島)
270 Χρύσης κατέσχον(寄港) δεῦρο ναυβάτῃ στόλῳ(船団).

そうなのだ、伜よ、やつらは病みつかれたわしを、ここに一人のこして行ってしまった、クリュセーの島から船勢をひきいてこの磯につくとすぐにひきかえしたのだ。

Τότ' ἄσμενοί(喜ぶ) μ' ὡς εἶδον ἐκ πολλοῦ σάλου(海の揺れ)
εὕδοντ' ἐπ' ἀκτῆς(岬) ἐν κατηρεφεῖ(屋根のある) πέτρῳ,

わしがながい波路につかれて、海辺の洞窟でねむりにおちたのをみて、やつらは喜ぶまいことか、そのままわしをおきざりにしていった。

ῥάκη(布切れ) προθέντες βαιὰ(小さい) καί τι καὶ βορᾶς(食料)
λιπόντες ᾤχονθ', οἷα φωτὶ δυσμόρῳ
275 ἐπωφέλημα(助け) σμικρόν· οἷ' αὐτοῖς τύχοι.

あわれな男にふさわしい贈物とおもうて、やつらがなにをくれたとおもう。わずかばかりのぼろきれと、一口ほどの食べものだけだ。ええ、やつらをそんな目にあわせてやりたいわ。

Σὺ δή, τέκνον, ποίαν μ' ἀνάστασιν(目覚め) δοκεῖς
αὐτῶν βεβώτων ἐξ ὕπνου στῆναι τότε;

伜よ、考えてみてくれ、やつらが去ったあと、ねむりからさめたわしのおどろきを!

ποῖ' ἐκδακρῦσαι(泣く), ποῖ' ἀποιμῶξαι(嘆く) κακά;

どれほど泣き叫び、どれほどわが身のわざわいを悲しんだことか。

ὁρῶντα(μ'←) μὲν ναῦς ἃς ἔχων ἐναυστόλουν(率いた)
280 πάσας βεβώσας(去った), ἄνδρα δ' οὐδέν' ἔντοπον,
οὐχ ὅστις ἀρκέσειεν(助ける), οὐδ' ὅστις νόσου
κάμνοντι(病人) συλλάβοιτο(助ける)· πάντα δὲ σκοπῶν
ηὕρισκον οὐδὲν πλὴν ἀνιᾶσθαι(悩む) παρόν,
τούτου δὲ πολλὴν εὐμάρειαν(用意), ὦ τέκνον.

わしが自分でひきいてきた船はことごとく去りうせ、あたりには助けもなく、この病いをいたわってくれる人かげもなかった。そのとき、どんな気持につきおとされたか、察してくれ。探しても探しても、のこっているのは悲しみだけだ、伜よ、それだけはありあまるほどのこっていた。

285 Ὁ μὲν χρόνος δὴ διὰ χρόνου προὔβαινέ(進む) μοι,
κἄδει τι βαιᾷ τῇδ' ὑπὸ στέγῃ μόνον
διακονεῖσθαι(用をまかなう)· γαστρὶ μὲν τὰ σύμφορα(便宜)
τόξον τόδ' ἐξηύρισκε, τὰς ὑποπτέρους(羽ある)
βάλλον(撃ち落とす) πελείας(野鳩)· πρὸς δὲ τοῦθ' ὅ μοι βάλοι
290 νευροσπαδὴς(新たに引いた) ἄτρακτος(矢), αὐτὸς ἂν τάλας
εἰλυόμην(這う), δύστηνον ἐξέλκων πόδα,
πρὸς τοῦτ' ἄν· εἴ τ' ἔδει τι καὶ ποτὸν(飲物) λαβεῖν,
καί που πάγου(霜) χυθέντος(注ぐ), οἷα χείματι(冬),
ξύλον τι θραῦσαι(折る), ταῦτ' ἂν ἐξέρπων(這う) τάλας
295 ἐμηχανώμην· εἶτα πῦρ ἂν οὐ παρῆν,
ἀλλ' ἐν πέτροισι πέτρον ἐκτρίβων, μόλις
ἔφην' ἄφαντον(隠れた) φῶς(光), ὃ καὶ σῴζει μ' ἀεί.

それからこの島にも一年二年と時がすぎていった。わしはこのせまい岩屋にひとりすみ、飢をしのぐために心をいためなくてはならなかった。この弓が、はばたきさとい野鳩を射おとし、その日その日の糧(かて)をみつけてくれた。弓弦(ゆんずる)から飛びさった矢がえものをおとせば、おちたところまで、あわれなわしは辛い足をひきながら這っていく。のみ水がいるときや、冬、霜がおりてたき木をおらねばならぬときも、苦痛をこらえて這いよっていく。火をつけるにしても、苦心して石と石をはげしくすりあわせ、かくれている焔をもえたたせるのだ。それがわしの毎日をまもってくれる。

Οἰκουμένη γὰρ οὖν στέγη πυρὸς μέτα
πάντ' ἐκπορίζει(もたらす) πλὴν τὸ μὴ νοσεῖν ἐμέ.

あま露をしのぐ屋根と火さえあれば、暮しにはことたりるが、ただこの病気だけはどうすることもできない。

300 Φέρ', ὦ τέκνον, νῦν καὶ τὸ τῆς νήσου μάθῃς.
Ταύτῃ πελάζει(近づく) ναυβάτης οὐδεὶς ἑκών·
οὐ γάρ τις ὅρμος(入江) ἔστιν, οὐδ' ὅποι πλέων(航海して)
ἐξεμπολήσει(得る) κέρδος ἢ ξενώσεται(歓迎する).
Οὐκ ἐνθάδ' οἱ πλοῖ(航海) τοῖσι σώφροσιν βροτῶν.

さて伜よ、この島の有様をよくみておくがよい。自分からすすんでこの島に船をつける船乗りはだれもない。港らしいものがなく、船をつけても利益のあがる商いもできず、あたたかいもてなしをうけることもないからだ。かしこい船乗りは、こんなところにはけっして立ちよらない。

305 Τάχ' οὖν τις ἄκων ἔσχε· πολλὰ γὰρ τάδε
ἐν τῷ μακρῷ γένοιτ' ἂν ἀνθρώπων χρόνῳ.

それでもだれかが止むをえず船をつけるときがある。そういうことは船乗りのながい人生にはままあることだからな。

Οὗτοί μ', ὅταν μόλωσιν, ὦ τέκνον, λόγοις
ἐλεοῦσι(憐れむ) μέν, καί πού τι καὶ βορᾶς(食物) μέρος
προσέδοσαν οἰκτίραντες, ἤ τινα στολήν(着る物)·

伜よ、たまにそうして来たものたちは、口さきではわしに同情して憐みをかけ、わずかばかりの食物や身にまとうものをほどこしてくれる。

310 ἐκεῖνο δ' οὐδείς, ἡνίκ' ἂν μνησθῶ(言及), θέλει,
σῶσαί μ' ἐς οἴκους, ἀλλ' ἀπόλλυμαι τάλας
ἔτος τόδ' ἤδη δέκατον ἐν λιμῷ(飢え) τε καὶ
κακοῖσι(苦難) βόσκων(養う) τὴν ἀδηφάγον(貪欲な) νόσον.

だがわしがどれほど頼んでも、ふるさとにつれもどろうというてくれる人はひとりもなかった。不運のうちにこうしてはや十年、わが身は飢と病苦にやせほそったが、肉をむしばむ貪欲な傷口はふとるばかりだ。

Τοιαῦτ' Ἀτρεῖδαί μ' ἥ τ' Ὀδυσσέως βία(強い人),
315 ὦ παῖ, δεδράκασ', οἷ' Ὀλύμπιοι θεοὶ
δοῖέν ποτ' αὐτοῖς ἀντίποιν'(報復) ἐμοῦ παθεῖν.

おお伜、アトレイダイとオデュッセウスめは、わしをそんな目にあわせているのだ。オリュンポスの神々よ、わしのかたきどもに、いつかはきっとこのむくいを与えたまえ。

ΧΟ. Ἔοικα κἀγὼ τοῖς ἀφιγμένοις(これまで来た人) ἴσα
ξένοις ἐποικτίρειν σε, Ποίαντος τέκνον.

船乗りの長 ピロクテテス、わしらのあなたにたいする同情も、けっして人後におちるものではない。

ΝΕ. Ἐγὼ δὲ καὐτὸς τοῖσδε μάρτυς ἐν λόγοις,
320 ὡς εἴσ' ἀληθεῖς(本当の) οἶδα, συντυχὼν κακῶν
ἀνδρῶν Ἀτρειδῶν τῆς τ' Ὀδυσσέως βίας.

ネオントレモス あなたの言葉が嘘いつわりでないことを私はよく知っている。私もアトレイダイとオデェッセウスにだまされたのだ。

ΦΙ. Ἦ γάρ τι καὶ σὺ τοῖς πανωλέθροις(悪党の) ἔχεις
ἔγκλημ'(非難) Ἀτρείδαις, ὥστε θυμοῦσθαι παθών;

ピロクテテス ええ、ではおまえも、やつらの不正をいかっているのか。呪うてあまりあるあの悪人どものしわざを。

ΝΕ. Θυμὸν γένοιτο χειρὶ πληρῶσαί(満たす) ποτε,
325 ἵν' αἱ Μυκῆναι γνοῖεν ἡ Σπάρτη θ' ὅτι
χἠ Σκῦρος(スキュロス島) ἀνδρῶν ἀλκίμων(強い) μήτηρ ἔφυ.

ネオプトレモス おお、この手でうらみをはらす日がくれば! ミュケナイやスペルタのやつらにおもいしらせてやりたい、スキュロスの男のいかりを。

ΦΙ. Εὖ γ', ὦ τέκνον· τίνος γὰρ ὧδε τὸν μέγαν
χόλον κατ' αὐτῶν ἐγκαλῶν(非難) ἐλήλυθας;

ピロクテテス 伜よ、よくいった。だが、どうしてやつらにそれほど怒っているのだ。

ΝΕ. Ὦ παῖ Ποίαντος, ἐξερῶ, μόλις δ' ἐρῶ,
330 ἅγωγ' ὑπ' αὐτῶν ἐξελωβήθην(恥辱を受けた) μολών.
Ἐπεὶ γὰρ ἔσχε μοῖρ' Ἀχιλλέα θανεῖν ‑

ネオプトレモス ピロクテテス、そのわけをいおう、辛いけれども話をしよう、トロイアでうけたはずかしめの数々を。父アキレウスが死の手にたおれたとき……。

ΦΙ. Οἴμοι· φράσῃς μοι μὴ πέρα, πρὶν ἂν μάθω
πρῶτον τόδ'· ἦ τέθνηχ' ὁ Πηλέως γόνος;

ピロクテテス ええ! ちょっとまってくれ、いまなんといった、ペレウスの子アキレウスが死んだと?

ΝΕ. Τέθνηκεν, ἀνδρὸς οὐδενός, θεοῦ δ' ὕπο,
335 τοξευτός(矢に撃たれた), ὡς λέγουσιν, ἐκ Φοίβου δαμείς(負けた).

ネオプトレモス 死にました。しかし父をたおしたのは人間ではなく、アポロンの射た矢とのこと。

ΦΙ. Ἀλλ' εὐγενὴς μὲν ὁ κτανών τε χὠ θανών.
Ἀμηχανῶ δὲ πότερον, ὦ τέκνον, τὸ σὸν
πάθημ' ἐλέγχω(質問する) πρῶτον, ἢ κεῖνον στένω.

ピロクテテス では射られたものも射たものも、いずれおとらぬ高貴な生。とはいえ。おお伜よ、わしはどうすればいい、おまえの父の死をいたむべきか、それともさきにおまえの苦しみをたずねてやるべきなのか!

ΝΕ. Οἶμαι μὲν ἀρκεῖν σοί γε καὶ τὰ σ', ὦ τάλας,
340 ἀλγήμαθ'(苦しみ), ὥστε μὴ τὰ τῶν πέλας(仲間の人の) στένειν.

ネオプトレモス 気のどくな人よ、友の悲しみどころか、自分のくるしい身の上につかれきっているのに。

ΦΙ. Ὀρθῶς ἔλεξας· τοιγαροῦν τὸ σὸν φράσον
αὖθις πάλιν μοι πρᾶγμ' ὅτῳ σ' ἐνύβρισαν(馬鹿にした).

ピロクテテス それはそうにちがいない。ではいい、話をつづけてくれ、やつらはおまえにどのような無礼をはたらいたのだ。

ΝΕ. Ἦλθόν με νηὶ ποικιλοστόλῳ μέτα
δῖός τ' Ὀδυσσεὺς χὠ τροφεὺς(育ての親) τοὐμοῦ πατρός,
345 λέγοντες, εἴτ' ἀληθὲς εἴτ' ἄρ' οὖν μάτην,
ὡς οὐ θέμις γίγνοιτ', ἐπεὶ κατέφθιτο
πατὴρ ἐμός, τὰ πέργαμ' ἄλλον ἢ 'μ' ἑλεῖν.

ネオプトレモス 面(おも)ざし高貫なオデュッセウスと、父の老師ポイニックスが、美しくへさきをかざった船にのって私のところへまいり、父アキレウスが戦いでたおれたうえは、トロイアをおとするのは私をおいてほかにない、といったのだ。そう考えてよいかわるいかはべつとして、

Ταῦτ', ὦ ξέν', οὕτως ἐννέποντες οὐ πολὺν
χρόνον μ' ἐπέσχον(妨げる) μή με ναυστολεῖν(船出) ταχύ,

とにかくかれらはこういって、私にためらういとまもあたえず、ただちに船出させた。

350 μάλιστα μὲν δὴ τοῦ θανόντος ἱμέρῳ,
ὅπως ἴδοιμ' ἄθαπτον· οὐ γὰρ εἰδόμην·

私としても、父がだびにふされるまえに、一目その面影にせっしたい気持に心がうごいた。私は生前の父に会ったことがなかったからだ。

ἔπειτα μέντοι χὠ λόγος καλὸς προσῆν,
εἰ τἀπὶ Τροίᾳ πέργαμ' αἱρήσοιμ' ἰών.

それに、私の手でトロイアをおとすことができるという夢のような話、これにはじっとしていることができなかった。

Ἦν δ' ἦμαρ ἤδη δεύτερον(翌日) πλέοντί μοι,
355 κἀγὼ πικρὸν(忌々しい) Σίγειον οὐρίῳ πλάτῃ(順風)
κατηγόμην· καί μ' εὐθὺς ἐν κύκλῳ στρατὸς
ἐκβάντα πᾶς ἠσπάζετ'(歓迎する), ὀμνύντες(誓う) βλέπειν
τὸν οὐκέτ' ὄντα ζῶντ' Ἀχιλλέα πάλιν.

風もよし、漕ぎ手もよし、スキュロスを船出して、はや二日目には、いまは思うもかなしいシゲイオンの浦についていた。全軍の将士らは船からおりたった私をみて、 死んだアキレウスの復活だ、と口々にいってむかえてくれたのだが。

Κεῖνος μὲν οὖν ἔκειτ'· ἐγὼ δ' ὁ δύσμορος,
360 ἐπεὶ 'δάκρυσα κεῖνον, οὐ μακρῷ χρόνῳ
ἐλθὼν Ἀτρείδας προσφιλῶς, ὡς εἰκὸς ἦν(当然),
τά θ' ὅπλ' ἀπῄτουν(要求) τοῦ πατρὸς τά τ' ἄλλ' ὅσ' ἦν.

父ははや屍。不運な私は父のなきがらに涙をそそぎ、すぐにアトレイダイのもとをたずねた。かれらが当然わたしの味方だとばかりおもっていたのだ。そして父の武器や甲冑をわたしてくれとたのんだが、

Οἱ δ' εἶπον, οἴμοι, τλημονέστατον(恥知らずな) λόγον·

やつらの答えは、おおとうてい腹にすえかねる不届きなもの、やつらはこういった。

"Ὦ σπέρμ' Ἀχιλλέως, τἄλλα μὲν πάρεστί σοι
365 πατρῷ' ἑλέσθαι, τῶν δ' ὅπλων κείνων ἀνὴρ
ἄλλος κρατύνει(持っている) νῦν, ὁ Λαέρτου γόνος."

「おお、アキレウスのわすれがたみか、よくきた、父の遺品のあれこれは持ってかえってもよいが、武器甲冑はもう他人のものだ。ラエルテス の子、オデュッセウスにくれてやったから。」

Κἀγὼ δακρύσας εὐθὺς ἐξανίσταμαι(立ち上がる)
ὀργῇ βαρείᾳ, καὶ καταλγήσας(怒った) λέγω·

私は激しいいかりに身をふるわせてたち、涙ながらに憤りをぶちまけた、

"Ὦ σχέτλι', ἦ 'τολμήσατ' ἀντ' ἐμοῦ τινι
370 δοῦναι τὰ τεύχη τἀμά, πρὶν μαθεῖν ἐμοῦ;"

「なんと冷酷な、よくもあなたたちは勝手に私の甲冑をよその男にやってしまったな!」

Ὁ δ' εἶπ' Ὀδυσσεύς, πλησίον γὰρ ὢν κυρεῖ·
"Ναί, παῖ, δεδώκασ' ἐνδίκως οὗτοι τάδε·
ἐγὼ γὰρ αὔτ' ἔσωσα κἀκεῖνον παρών."

するとそばにいあわせたオデュッセウスは、「そうとも、小伜、この方たちがなさったことには、それ相応のわけがある。わたしがそばにとどまってアキレウスのなきがらをまもり、甲冑がうばわれぬようにしたのだ」とこういうのだ。

Κἀγὼ χολωθεὶς εὐθὺς ἤρασσον(打つ) κακοῖς
375 τοῖς πᾶσιν, οὐδὲν ἐνδεὲς(不足する) ποιούμενος,
εἰ τἀμὰ κεῖνος ὅπλ' ἀφαιρήσοιτό με.

私はいかりにかられ、前後をわすれて罵った、わたしの鎧兜がやつらにうばわれてはならぬと思ったからだ。

Ὁ δ' ἐνθάδ' ἥκων, καίπερ οὐ δύσοργος ὤν,
δηχθεὶς(刺された) πρὸς ἁξήκουσεν ὧδ' ἠμείψατο·

すると、色をあらわさぬオデュッセウスも、さすがに聞きながすことができなかったのか、

"Οὐκ ἦσθ' ἵν' ἡμεῖς, ἀλλ' ἀπῆσθ' ἵν' οὔ σ' ἔδει,
380 καὶ ταῦτ(=甲冑)', ἐπειδὴ καὶ λέγεις θρασυστομῶν(生意気を言うからには),
οὐ μήποτ'(決して〜ない) ἐς τὴν Σκῦρον ἐκπλεύσῃς ἔχων."

「おまはつとめをおこたり、われわれの陣列にくわわっていなかったではないか。小にくいロをたたくのはよいが、それでこの甲冑を手にいれてぶじにスキュロスへ帰れるとでも思っているのか」といった。

Τοιαῦτ' ἀκούσας κἀξονειδισθεὶς κακὰ
πλέω πρὸς οἴκους, τῶν ἐμῶν τητώμενος(奪われて)
πρὸς τοῦ κακίστου κἀκ κακῶν Ὀδυσσέως.

私はこれはど無視され、はずかしめられて家にかえる。自分のものを、あの極悪非道のオデュッセウスにうばわれたのだ。おお悪党め!

385 Κοὐκ αἰτιῶμαι(非難する) κεῖνον ὡς τοὺς ἐν τέλει(権力)·

しかしやつめといえども、二人のアトレイダイほどに悪い奴だとは思わない、

πόλις γὰρ ἔστι πᾶσα τῶν ἡγουμένων(指導者次第である)
στρατός τε σύμπας, οἱ δ' ἀκοσμοῦντες(無法者) βροτῶν
διδασκάλων(教師) λόγοισι γίγνονται κακοί.

軍勢も国家(ポリス)も、指導者しだいでどうにでもなる点ではかわりない。無法な人間はみなよこしまな教師にまどわされ、邪道におちたやつなのだ。

Λόγος λέλεκται πᾶς· ὁ δ' Ἀτρείδας στυγῶν(憎む)
390 ἐμοί θ' ὁμοίως καὶ θεοῖς εἴη φίλος.

わたしの話はそれだけだ、アトレイダイをにくむものは、天の味方、わたしの味方だといってよい。

ヒュポルケマ

ΧΟ. Ὀρεστέρα(山の) παμβῶτι(すべてを育む) Γᾶ, Str.
μᾶτερ αὐτοῦ Διός,
ἃ τὸν μέγαν Πακτωλὸν(川) εὔχρυσον νέμεις,
395 σὲ κἀκεῖ, μᾶτερ πότνι', ἐπηυδώμαν,

船乗りたち 山野におわし、
すべてをはぐくむ女神、大地(ガイヤ)よ、
大いなるゼウスの母よ、
黄金の砂きらめくパクトロスの
ひろい流れをしろしめす母神よ、
おおいかめしい母神よ、
トロイアの地でもわれわれは
汝にいのり、救いをこうた、

ὅτ' ἐς τόνδ' Ἀτρειδᾶν
ὕβρις πᾶσ' ἐχώρει,
ὅτε τὰ πάτρια τεύχεα(よろい) παρεδίδοσαν,
400 ἰὼ μάκαιρα(聖なる) ταυροκτόνων
λεόντων ἔφεδρε(座って), τῷ Λαρτίου,
σέβας ὑπέρτατον.

アトレイダイの暴挙(ヒュブリス)が
われらの君をないがしろにして
見る眼もくらむ神のよろいを
ラエルテスの子オデュッセウスにあたえたときに。
われらの祈りを聞きいれたまえ、
おお荒牛をたおす獅子の背に座したもう
聖なる女神よ!

ΦΙ. Ἔχοντες, ὡς ἔοικε, σύμβολον(同じ印) σαφὲς
λύπης πρὸς ἡμᾶς, ὦ ξένοι, πεπλεύκατε,
405 καί μοι προσᾴδεθ' ὥστε γιγνώσκειν ὅτι
ταῦτ' ἐξ Ἀτρειδῶν ἔργα κἀξ Ὀδυσσέως.

ピロクテテス 聞けばあなたたちも、わしとまったくおなじ辛い目にあってここにやってきたらしい。わしにいわせれば、それがアトレイダイやオュデェッセウスのやり口なのだ。

Ἔξοιδα γάρ νιν παντὸς ἂν λόγου κακοῦ
γλώσσῃ θιγόντα καὶ πανουργίας ἀφ' ἧς
μηδὲν δίκαιον ἐς τέλος μέλλοι ποεῖν.

わしはよく知っている、やつは舌一枚でどんな卑劣な曲論をもとおし、それにおとらぬ悪事もやってのける。だからあの男がすることは、正義にかなったためしがないのだ。

410 Ἀλλ' οὔ τι τοῦτο θαῦμ' ἔμοιγ', ἀλλ' εἰ παρὼν
Αἴας ὁ μείζων ταῦθ' ὁρῶν ἠνείχετο(耐える).

わしはそんなことにはおどろかない、だがどうも不審だ。偉丈夫のアイアスがそばにおりながら、よくもそれをだまっていたな。

ΝΕ. Οὐκ ἦν ἔτι ζῶν, ὦ ξέν'· οὐ γὰρ ἄν ποτε
ζῶντός γ' ἐκείνου ταῦτ' ἐσυλήθην(奪う) ἐγώ.

ネオプトレモス おおピロクテテス、アイアスがいたならば、父の形見をうばわれなかったはずだ、しかしかれもすでに死んでいた。

ΦΙ. Πῶς εἶπας; ἀλλ' ἦ χοὖτος οἴχεται θανών;

ピロクテテス なに、アイアスも死んだ!

415 ΝΕ. Ὡς μηκέτ' ὄντα κεῖνον ἐν φάει νόει.

ネオプトレモス もうこの世の人ではない。

ΦΙ. Οἴμοι τάλας. Ἀλλ' οὐχ ὁ Τυδέως γόνος,
οὐδ' οὑμπολητὸς(買われた) Σισύφου Λαερτίῳ,
οὐ μὴ θάνωσι· τούσδε γὰρ μὴ ζῆν ἔδει.

ピロクテテス ああなさけない、わしは知らなかった。テュデウスの子や、ラエルテスがシシュポスから買いとったやつなどはまだ生きておる! やつらこそ生きていてはならないのに。

ΝΕ. Οὐ δῆτ', ἐπίστω τοῦτό γ', ἀλλὰ καὶ μέγα
420 θάλλοντές εἰσι νῦν ἐν Ἀργείων στρατῷ.

ネオプトレモス そういいたいが、しかしやつらはアルゴス勢のなかでますます羽張りがいいのだ。

ΦΙ. Τί δ'; ὃς παλαιὸς κἀγαθὸς φίλος τ' ἐμός,
Νέστωρ ὁ Πύλιος ἔστιν; οὗτος γὰρ τά γε
κείνων κάκ' ἐξήρυκε(退ける), βουλεύων σοφά.

ピロクテテス ところで、わしが親しくしていた勇敢な老将、ピュロスの王ネストルはどうしているだろう。悪党どものたくらみくらいなら、あの慧眼がわけなく見やぶるはずだが。

ΝΕ. Κεῖνός γε πράσσει νῦν κακῶς, ἐπεὶ θανὼν
425 Ἀντίλοχος αὐτῷ φροῦδος(去る), ὅσπερ ἦν γόνος.

ネオプトレモス あの老人も、嘆きがさらないようだった。息子のアンティュコスを戦さで失ってからは。

ΦΙ. Οἴμοι, δύ' αὖ τώδ' ἄνδρ' ἔλεξας οἷν ἐγὼ
ἥκιστ' ἂν ἠθέλησ' ὀλωλότοιν κλύειν.
Φεῦ φεῦ· τί δῆτα δεῖ σκοπεῖν, ὅθ' οἵδε μὲν
τεθνᾶσ', Ὀδυσσεὺς δ' ἔστιν αὖ κἀνταῦθ' ἵνα(結果)
430 χρῆν ἀντὶ τούτων αὐτὸν αὐδᾶσθαι νεκρόν;

ピロクテテス ああ、あの二人には死んでもらいたくなかったのに! ああ……わしにはもうわからない、よき友たちはみな死に絶えて、死んでも惜しくないオデュッセウスめが、まだいばって生きている、これはどういうことなのだ!

ΝΕ. Σοφὸς παλαιστὴς κεῖνος, ἀλλὰ χαἰ σοφαὶ
γνῶμαι, Φιλοκτῆτ', ἐμποδίζονται(妨げる) θαμά(しばしば).

ネオプトレモス あいつは立ちまわりのうまい競技士だ。しかしピロクテテス、小利口な策謀家でもつまずくことがきっとある。

ΦΙ. Φέρ' εἰπὲ πρὸς θεῶν, ποῦ γὰρ ἦν ἐνταῦθά σοι
Πάτροκλος, ὃς σοῦ πατρὸς ἦν τὰ φίλτατα;

ピロクテテス 神の名にかけて、たのむからいってくれ、おまえが困っていたとき、パトロクロスはいったいどうしていた。アキレウスの無二の友は。

435 ΝΕ. Χοὖτος τεθνηκὼς ἦν· λόγῳ δέ σ' ἐν βραχεῖ
τοῦτ' ἐκδιδάξω· πόλεμος οὐδέν' ἄνδρ' ἑκὼν
αἱρεῖ πονηρόν, ἀλλὰ τοὺς χρηστοὺς ἀεί.

ネオプトレモス かれもすでに亡き人だった、おもえば、戦神(ポレモス)がとらえさるのは、並すぐれたつわものばかり、卑怯な男があとにのこるのだ。

ΦΙ. Ξυμμαρτυρῶ σοι· καὶ κατ' αὐτὸ τοῦτό γε
ἀναξίου μὲν φωτὸς ἐξερήσομαι,
440 γλώσσῃ δὲ δεινοῦ καὶ σοφοῦ, τί νῦν κυρεῖ.

ピロクテテス ああ、そうにちがいない……。とすればどうだろう、あの無益雄弁な男はまだぶじであろうな。

ΝΕ. Ποίου δὲ τούτου πλήν γ' Ὀδυσσέως ἐρεῖς;

ネオントレモス オデュッセウスのほかに、そのような人間に心あたりがないが。

ΦΙ. Οὐ τοῦτον εἶπον, ἀλλὰ Θερσίτης τις ἦν,
ὃς οὐκ ἂν εἵλετ' εἰσάπαξ(短く) εἰπεῖν ὅπου
μηδεὶς ἐῴη(許す)· τοῦτον οἶσθ' εἰ ζῶν κυρεῖ;

ピロクテテス いや、やつとはべつにテルシテスという男がいたが、頼みもせぬのに大弁舌をぶたねばおさまらぬやつだった。あれはまだいるだろうか。

445 ΝΕ. Οὐκ εἶδον αὐτόν, ᾐσθόμην δ' ἔτ' ὄντα νιν.

ネオプトレモス 私は知らないが、聞けばまだいるとか。

ΦΙ. Ἔμελλ'· ἐπεὶ οὐδέν πω κακόν γ' ἀπώλετο,
ἀλλ' εὖ περιστέλλουσιν(守る) αὐτὰ δαίμονες·
καί πως τὰ μὲν πανοῦργα(悪) καὶ παλιντριβῆ(鉄面皮)
χαίρουσ' ἀναστρέφοντες ἐξ Ἅιδου, τὰ δὲ
450 δίκαια καὶ τὰ χρήστ' ἀποστέλλουσ' ἀεί.
Ποῦ χρὴ τίθεσθαι ταῦτα, ποῦ δ' αἰνεῖν(崇める), ὅταν
τὰ θεῖ' ἐπαινῶν τοὺς θεοὺς εὕρω κακούς;

ピロクテテス そうだろう、悪がほろぶためしはない。神々は邪悪を愛し邪悪をそだてる。そしてどういうわけか、無法なものや邪悪のしみついたものをわざと冥府(ハデス)からつれもどし、善人や正義のものを次々に地上から闇の世界においおとす。神の御業をたたえようとおもっても、神みずからが邪悪であれば、これはいったいどう考えればいいのだ、神のなにをたたえよというのだ!

ΝΕ. Ἐγὼ μέν, ὦ γένεθλον Οἰταίου πατρός,
τὸ λοιπὸν ἤδη τηλόθεν τό τ' Ἴλιον
455 καὶ τοὺς Ἀτρείδας εἰσορῶν φυλάξομαι(注意する)·

ネオプトレモス ピロクテテス、私はこれからイリオンやアトレイダイをさけて暮そうとおもう。

ὅπου θ' ὁ χείρων τἀγαθοῦ μεῖζον σθένει
κἀποφθίνει(滅びる) τὰ χρηστὰ χὠ δειλὸς κρατεῖ,

卑劣な人間が高潔な人よりも大切にされ、正直者がそんをして不正直な男が勝つような世のなかだ。

τούτους ἐγὼ τοὺς ἄνδρας οὐ στέρξω(愛する) ποτέ·
ἀλλ' ἡ πετραία Σκῦρος ἐξαρκοῦσά(満足する) μοι
460 ἔσται τὸ λοιπόν, ὥστε τέρπεσθαι(楽しむ) δόμῳ.

その有様に甘んじている人びとを、なかまにはどうしてもしたくない。私は岩ばかりの島でもよい、ふるさとのスキュロスでみちたりて暮すつもりだ。

Νῦν δ' εἶμι πρὸς ναῦν· καὶ σύ, Ποίαντος τέκνον,
χαῖρ' ὡς μέγιστα, χαῖρε· καί σε δαίμονες
νόσου μεταστήσειαν(解放する) ὡς αὐτὸς θέλεις.

では私は船にもどる。ピロクテテス、おさらばだ。神々があなたの望みどおりに病いをいやしてくださるように、われわれるも祈っている。

Ἡμεῖς δ' ἴωμεν, ὡς ὁπηνίκ' ἂν θεὸς
465 πλοῦν ἡμὶν εἴκῃ(許す), τηνικαῦθ' ὁρμώμεθα(急ぐ).

われわれは、神が航海をゆるしてくださるあいだに、道をいそぐことにしょう。

ΦΙ. Ἤδη, τέκνον, στέλλεσθε;

ピロクテテス おお…伜よ、もう出かけるのか。

ΝΕ. Καιρὸς γὰρ καλεῖ
πλοῦν μὴ 'ξ ἀπόπτου(遠くから) μᾶλλον ἢ 'γγύθεν σκοπεῖν.

ネオプトレモス 潮どきをみはからうには、船の近くにいるほうがつごうがいいのだ。

ΦΙ. Πρός νύν σε πατρός, πρός τε μητρός, ὦ τέκνον,
πρός τ' εἴ τί σοι κατ' οἶκόν ἐστι προσφιλές,
470 ἱκέτης ἱκνοῦμαι, μὴ λίπῃς μ' οὕτω μόνον,
ἔρημον ἐν κακοῖσι τοῖσδ' οἵοις ὁρᾷς
ὅσοισί τ' ἐξήκουσας ἐνναίοντά(暮らす) με·

ピロクテテス おお伜よ、おまえの父や母、家にあるたいせつなものすべてにかけてねがいたい、おまえの膝にすがって嘆願する。どうかわしを一人でここにすてていかないでくれ、見るとおりの難儀な暮しを一人でたえてきたわしの嘆きは、いま話したはずだ。

ἀλλ' ἐν παρέργῳ θοῦ με. Δυσχέρεια(迷惑) μέν,
ἔξοιδα, πολλὴ τοῦδε τοῦ φορήματος(積荷)·

ほんのすこしでいいから思いやりをかけてくれ、ひどく迷惑な積荷であることは、わしにもわかる。

475 ὅμως δὲ τλῆθι(耐える)· τοῖσι γενναίοισί(高貴な) τοι
τό τ' αἰσχρὸν ἐχθρὸν καὶ τὸ χρηστὸν εὐκλεές.

だが、どうかまげて頼みをいれてくれ、高潔な男にとって、恥はいとわしかろうがよき行いは名誉であるはずだ。

Σοὶ δ', ἐκλιπόντι τοῦτ', ὄνειδος οὐ καλόν,
δράσαντι δ', ὦ παῖ, πλεῖστον εὐκλείας(名声) γέρας(報酬),
ἐὰν μόλω 'γὼ ζῶν πρὸς Οἰταίαν χθόνα.

おまえがこの願いにふりむきもせずに立ちさってしまえば、おまえ自身の名のけがれだ。伜よ、もしわしの願いをいれて、ぶじにオイタのふもとのふるさとに連れもどってくれれば、おまえは及ぶものない名声をえることができるのだ。

480 Ἴθ', ἡμέρας τοι μόχθος(難儀) οὐχ ὅλης μιᾶς,
τόλμησον(引き受ける), ἐμβαλοῦ μ' ὅπῃ θέλεις ἄγων,
εἰς ἀντλίαν(船倉), εἰς πρῷραν, εἰς πρύμνην, ὅποι
ἥκιστα μέλλω τοὺς ξυνόντας ἀλγυνεῖν.

どうかたのむ、 一日とはかからないのだ、我慢してたのまれてくれ、どこに積まれてもかまわぬ、船くらでも船首でも、船尾でも、乗組みの人びとにできるだけ迷感のかからないところでいいのだ。

Νεῦσον, πρὸς αὐτοῦ Ζηνὸς Ἱκεσίου, τέκνον,
485 πείσθητι· προσπίτνω σε γόνασι, καίπερ ὢν
ἀκράτωρ(無力な) ὁ τλήμων, χωλός(片輪). Ἀλλὰ μή μ' ἀφῇς
ἔρημον οὕτω χωρὶς ἀνθρώπων στίβου,

どうか首をたてにふってくれ、嘆願をいれたもりゼウスにじきじきに祈りをかけた願いなのだ。伜よ、わしの願いをいれてくれ、おまえの膝にすがる。わしには力もない、足腰たたぬあわれな男だ。いやだ、いやだ、どうかこんな人影もないところにすてていかないでくれ、

ἀλλ' ἢ πρὸς οἶκον τὸν σὸν ἔκσωσόν μ' ἄγων,
ἢ πρὸς τὰ Χαλκώδοντος Εὐβοίας σταθμά(家)·

わしをひろうて、せめておまえの家まで、できればカルケドンの城があるエウボイアまでつれていってくれ。

490 κἀκεῖθεν οὔ μοι μακρὸς εἰς Οἴτην στόλος(旅路)
Τραχινίαν τε δειράδ'(峰) ἢ τὸν εὔροον(豊かな流れの)
Σπερχειὸν ἔσται· πατρί μ' ὡς δείξῃς φίλῳ,

そこまでいけば、オイタやトラキスの高原、スペルケイオスのゆたかな流れまでは、もう道のりもわずかだ。おまえが自分でわしを、なつかしい父のもとまで連れていくこともできるだろう。

ὃν δὴ παλαιὸν ἐξότου(とっくの昔に) δέδοικ' ἐγὼ
μή μοι βεβήκῃ(逝った). Πολλὰ γὰρ τοῖς ἱγμένοις(着いた人)
495 ἔστελλον(招く) αὐτὸν ἱκεσίους πέμπων λιτάς(頼み),
αὐτόστολον(自分の船で) πέμψαντά μ' ἐκσῶσαι δόμους.

だが、ああもしや父は、とくのむかしに世をさったのではなかろうか。わしは、いままでにこの島にきた人びとにことづけて、いくどか父にたのんだのだ、どうか父が自分の船をしたてて、わしをむかえにきてくれるようにとな。

Ἀλλ' ἢ τέθνηκεν ἢ τὰ τῶν διακόνων(メッセンジャー),
ὡς εἰκός, οἶμαι, τοὐμὸν ἐν σμικρῷ μέρος
ποιούμενοι τὸν οἴκαδ' ἤπειγον(急ぐ) στόλον.

だが父はもういないのか。それとも考えてみれば、使いをたのまれた人びとは、わが家への帰りをいそいでわしのことなど忘れてしまったのか。

500 Νῦν δ', εἰς σὲ γὰρ πομπόν(メッセンジャー) τε καὐτὸν ἄγγελον
ἥκω, σὺ σῶσον, σύ μ' ἐλέησον, εἰσορῶν

だが、きけばおまえはわしをつれもどり、わしの話をふるさとにつたえることができる。どうかわしを救うてくれ、わしに憐みをかけてくれ。おまえにもよくわかったはずだ、

ὡς πάντα δεινὰ κἀπικινδύνως βροτοῖς
κεῖται παθεῖν μὲν εὖ, παθεῖν δὲ θἄτερα.

人生にはあらゆる危険がみちている、栄えるものもかならずほろぶ世のことわりだ。

Χρὴ δ' ἐκτὸς ὄντα πημάτων τὰ δείν' ὁρᾶν,
505 χὤταν τις εὖ ζῇ, τηνικαῦτα τὸν βίον
σκοπεῖν μάλιστα μὴ διαφθαρεὶς λάθῃ.

しあわせな人間にも、危機があることを知っていなくてはならぬ。そして、事なくすごしているときにこそ、自分の生きかたをかえりみて、不測の災難にそななくてはならないのだ。

ΧΟ. Οἴκτιρ', ἄναξ· πολλῶν ἔλεξεν Ant.
δυσοίστων πόνων
ἆθλ', ὅσσα μηδεὶς τῶν ἐμῶν τύχοι φίλων.

船乗りたち ご主人さま、あわれではございませんか、
たえがたいあまたの困苦を
たたかいぬいた男のいまの物語り。
どうかわれらの身内のものが、
そのような目にあうことがないように!

510 Εἰ δὲ πικρούς, ἄναξ, Ἀτρείδας ἔχθεις,
ἐγὼ μέν, τὸ κείνων
κακὸν τῷδε κέρδος
515 μετατιθέμενος, ἔνθαπερ(所) ἐπιμέμονεν(望む),
ἐπ' εὐστόλου ταχείας νεὼς
πορεύσαιμ'(向かう) ἂν ἐς δόμους, τὰν ἐκ θεῶν
νέμεσιν(怒り) ἐκφυγών.

ご主人さま、あなたが二人のアトレイダイを
きつくお怒りになるのであれば、
その僧しみのお心を この人への友情にかえ、
望みの港に帆足のはやい船をつけ、
ふるさとまで送りとどけてやりましょう。
そのねがいをかなえてやれば、
神の怒りをのがれることもできましょう。

ΝΕ. Ὅρα σὺ μὴ νῦν μέν τις εὐχερὴς(気安い) παρῇς,
520 ὅταν δὲ πλησθῇς(満ちる) τῆς νόσου ξυνουσίᾳ(付き合い),
τότ' οὐκέθ' αὑτὸς τοῖς λόγοις τούτοις φανῇς.

ネオプトレモス いや、よく考えてみるがいい。この場は気やすくひきうけても、たちまち看病のわずらわしさにたまりかね、その申し出を後悔するのではないか。

ΧΟ. Ἥκιστα· τοῦτ' οὐκ ἔσθ' ὅπως ποτ' εἰς ἐμὲ
τοὔνειδος ἕξεις ἐνδίκως ὀνειδίσαι.

船乗りの長 いえ、けっしてそのお叱りを、いただくような不始末はおこしませぬ。

ΝΕ. Ἀλλ' αἰσχρὰ μέντοι σοῦ γέ μ' ἐνδεέστερον(劣る)
525 ξένῳ φανῆναι πρὸς τὸ καίριον πονεῖν.

ネオプトレモス おまえたちがそういうのに、わしだけがこの人につとめを怠るようにおもわれては、まことにはずかしい。

Ἀλλ' εἰ δοκεῖ, πλέωμεν, ὁρμάσθω ταχύς,
χἠ ναῦς γὰρ ἄξει κοὐκ ἀπαρνηθήσεται.

それではわれわれそろって船出しよう。あの人にはいそいで支度させよう、船ではあの人の同行に反対しないだろう。

Μόνον θεοὶ σῴζοιεν ἔκ τε τῆσδε γῆς
ἡμᾶς ὅποι τ' ἐνθένδε βουλοίμεσθα πλεῖν.

ただねがわくば、この島の神々がわれらの目的地まで、無事に航海させてくださればよいが。

530 ΦΙ. Ὦ φίλτατον μὲν ἦμαρ, ἥδιστος δ' ἀνήρ,
φίλοι δὲ ναῦται, πῶς ἂν ὑμὶν ἐμφανὴς(表れた)
ἔργῳ γενοίμην ὥς μ' ἔθεσθε προσφιλῆ(感謝する);

ピロクテテス おおうれしい日だ!うれしい日だ! なんと心のやさしい人だ、親切な船乗りたちよ、この感謝とよろこびを、わしはなんといってよいかわからない。

Ἴωμεν, ὦ παῖ, προσκύσαντε τὴν ἔσω
ἄοικον εἰσοίκησιν(住まい), ὥς με καὶ μάθῃς
535 ἀφ' ὧν διέζων(生きのびる) ὥς τ' ἔφυν εὐκάρδιος.

伜よ、いっしょに島をたとう、だがまず二人でこの奥にあるわしのわびずまいに別れをつげたい。そこをみれば、わしがどうやって露命をつないできたか、わしがどんなにがまんづよい人間であるか、わかるだろう。

Οἶμαι γὰρ οὐδ' ἂν ὄμμασιν μόνην θέαν
ἄλλον λαβόντα(眺める) πλὴν ἐμοῦ τλῆναι τάδε·
ἐγὼ δ' ἀνάγκῃ προὔμαθον στέργειν(耐える) κακά.

わしでなくては、その有様をただみるだけで、たえられなくなる。だがわしもやむをえず、すこしずつこの苦しみにたえることを、おぼえたのだ。

〔ピロクテテスとネオプトレモスは洞窟にはいろうとする〕

ΧΟ. Ἐπίσχετον(待て), μάθωμεν· ἄνδρε γὰρ δύο,
540 ὁ μὲν νεὼς σῆς ναυβάτης, ὁ δ' ἀλλόθρους(外人),
χωρεῖτον, ὧν μαθόντες αὖθις εἴσιτον.

船乗りの長 おまちください、なにかがおこったらしい、男が二人こちらにきます。一人は船のもの、一人は見しらぬ男です。なんの用かをお聞きになってから、中におはいりになるがよい。

〔一人の船乗りが、商人をつれて左手より登場〕

ΕΜΠΟΡΟΣ
Ἀχιλλέως παῖ, τόνδε τὸν ξυνέμπορον(旅仲間),
ὃς ἦν νεὼς σῆς σὺν δυοῖν ἄλλοιν φύλαξ(番人),
ἐκέλευσ' ἐμοί σε ποῦ κυρῶν εἴης φράσαι(居場所を尋ねた),

商人 アキレウスの御子さま、この案内の人が、ほかの二人の仲間といっしょにお船の番をしていましたので、あなたのところをたずねてきました。

545 ἐπείπερ ἀντέκυρσα(会う), δοξάζων μὲν οὔ,
τύχῃ δέ πως πρὸς ταὐτὸν ὁρμισθεὶς(投錨) πέδον.

ここでお会いできようとは思わなかった。じつは風と潮のつごうで、ちょうどあなたとおなじところに錨をいれてしまったのです。

Πλέων γάρ, ὡς ναύκληρος, οὐ πολλῷ στόλῳ
ἀπ' Ἰλίου πρὸς οἶκον ἐς τὴν εὔβοτρυν(葡萄豊かな)
Πεπάρηθον, ὡς ἤκουσα τοὺς ναύτας(船乗り) ὅτι
550 σοὶ πάντες εἶεν συννεναυστοληκότες(仲間である),

わたしは船をつかってあきないをする人間で、二、三の仲間とともにイリオンをたち、美しい葡萄でしられたペパレトスの故郷にいそぐ途中です。ちょうど浜べにいた人たちがあなたの船の乗組みだときき、

ἔδοξέ μοι μὴ σῖγα, πρὶν φράσαιμί σοι,
τὸν πλοῦν(航海) ποεῖσθαι προστυχόντι τῶν ἴσων(報酬).

だまってこのまま発つよりは、ひとつあなたにお知らせをつたえ、ごほうびにあずかろうとおもったのです。

Οὐδὲν σύ που κάτοισθα τῶν σαυτοῦ πέρι,

あなたはご自分がどういうことになっておいでか、ごぞんじあるまい。

ἃ τοῖσιν Ἀργείοισιν ἀμφὶ σοῦ νέα
555 βουλεύματ' ἐστί, κοὐ μόνον βουλεύματα,
ἀλλ' ἔργα δρώμεν', οὐκέτ' ἐξαργούμενα(不活発な).

アルゴス人どもは、あなたにたいして新しい手を打とうとしていますぞ。


ΝΕ. Ἀλλ' ἡ χάρις(親切) μὲν τῆς προμηθίας, ξένε,
εἰ μὴ κακὸς πέφυκα, προσφιλὴς(感謝する) μενεῖ·

ネオプトレモス 旅のお方、私も名あるもの、そのご親切はけっしてわすれない。

φράσον δ' ἅπερ γ' ἔλεξας, ὡς μάθω τί μοι
560 νεώτερον βούλευμ' ἀπ' Ἀργείων ἔχεις.

ところでその話はなんのことか、アルゴス人たちのたくらみとはなにか、一つ説明してくださらないか。

ΕΜ. Φροῦδοι διώκοντές σε ναυτικῷ στόλῳ
Φοῖνιξ ὁ πρέσβυς οἵ τε Θησέως κόροι(息子デモポンとアダマス).

商人 ポイニクス老人とテセウスの息子たちが、あなたを追って船出しました。

ΝΕ. Ὡς ἐκ βίας μ' ἄξοντες ἢ λόγοις πάλιν;

ネオプトレモス 私をとらえるために? それともおだやかに語しあおうというのか。

ΕΜ. Οὐκ οἶδ'· ἀκούσας δ' ἄγγελος(伝令として) πάρειμί σοι.

商人 わたしには、そこのところは。わたしはただきいた話をお知らせにきましたので。

565 ΝΕ. Ἦ ταῦτα δὴ Φοῖνίξ τε χοἰ ξυνναυβάται(船仲間)
οὕτω καθ' ὁρμὴν(熱心に) δρῶσιν Ἀτρειδῶν χάριν;

ネオントレモス しかしポイニクスの手のものが、アトレイダイの機嫌をとるために、自分からそのような役をかってでるとは思われないが。

ΕΜ. Ὡς ταῦτ' ἐπίστω δρώμεν' οὐ μέλλοντ' ἔτι.

商人 とにかく、それが実行にうつされたことはたしかです。

ΝΕ. Πῶς οὖν Ὀδυσσεὺς πρὸς τάδ' οὐκ αὐτάγγελος
πλεῖν ἦν ἕτοιμος; ἢ φόβος τις εἶργέ νιν;

ネオプトレモス それにしても、なぜオデュッセウスがくることにならなかったのか、やつは危険をさとったか。

570 ΕΜ. Κεῖνός γ' ἐπ' ἄλλον ἄνδρ' ὁ Τυδέως τε παῖς
ἔστελλον(出かけた), ἡνίκ' ἐξανηγόμην(出帆した) ἐγώ.

商人 あのお方は、テュデウスの子をしたがえてべつの男をつれにいきました。ちょうどわたしの船といっしょに帆をあげて。

ΝΕ. Πρὸς ποῖον αὖ τόνδ' αὐτὸς οὑδυσσεὺς(オデュッセウス自身が) ἔπλει;

ネオプトレモス べつの男というのは。

ΕΜ. Ἦν δή τις ‑ ἀλλὰ τόνδε μοι πρῶτον φράσον
τίς ἐστιν· ἃν λέγῃς δὲ μὴ φώνει(命) μέγα.

商人 その話では――ちょっとおまちください、あれはだれですか、そっとお答えを。

575 ΝΕ. Ὅδ' ἔσθ' ὁ κλεινός σοι Φιλοκτήτης, ξένε.

ネオプトレモス あれこそ、あの有名なピロクテテスだ。

ΕΜ. Μή νύν μ' ἔρῃ τὰ πλείον', ἀλλ' ὅσον τάχος
ἔκπλει(命) σεαυτὸν ξυλλαβὼν(急いで) ἐκ τῆσδε γῆς.

商人 これ以上問答にてまどることはない、いそいでここからお発ちになるのだ。

ΦΙ. Τί φησιν, ὦ παῖ; τί με κατὰ σκότον ποτὲ
διεμπολᾷ(私をネタに取引する) λόγοισι πρός σ' ὁ ναυβάτης;

ピロクテテス 伜よ、なにをひそひそ話している、おまえたちばかりで。

580 ΝΕ. Οὐκ οἶδά πω τί φησι· δεῖ δ' αὐτὸν λέγειν
εἰς φῶς ὃ λέξει, πρὸς σὲ κἀμὲ τούσδε(=船乗り) τε.

ネオプトレモス 私にもまだよくわからない。この人によく話してもらいたい、あなたにも、われわれにもよくわからせてほしいのだ。

ΕΜ. Ὦ σπέρμ' Ἀχιλλέως, μή με διαβάλῃς στρατῷ
λέγονθ' ἃ μὴ δεῖ· πόλλ' ἐγὼ κείνων ὕπο
δρῶν ἀντιπάσχω(代わりに得る) χρηστά(サービス) θ', οἷ' ἀνὴρ πένης(貧しい).

商人 ネオプトレモスさま、わたしがうっかりもらしたことを、ギリシアの人びとにどうか言わないでください。わたしは戦さのおかげでいろいろと利益にあずかっている商人ですから。

585 ΝΕ. Ἐγώ εἰμ' Ἀτρείδαις δυσμενής(敵)· οὗτος δέ μοι
φίλος μέγιστος, οὕνεκ' Ἀτρείδας στυγεῖ(憎む).

ネオプトレモス 私はアトレイダイの敵だ。この人もアトレイダイをにくんでおり、いまは私の無二の親友といっていい人だ。

Δεῖ δή σ', ἔμοιγ' ἐλθόντα προσφιλῆ, λόγων
κρύψαι πρὸς ἡμᾶς μηδέν' ὧν ἀκήκοας.

だから、あなたが私に好意をもっているのであれば、いまの話をわれわれ一同につつみかくさず話してほしい。

ΕΜ. Ὅρα τί ποιεῖς, παῖ.

商人 あなたには、ご自分の行いがわかっていないのだ。

ΝΕ. Σκοπῶ κἀγὼ πάλαι.

ネオプトレモス いや、私には考えがあってこう言うのだ。

590 ΕΜ. Σὲ θήσομαι τῶνδ' αἴτιον.

商人 あなたの責任が問われますぞ。

ΝΕ. Ποιοῦ λέγων.

ネオプトレモス いいから、話をつづけてほしい。

ΕΜ. Λέγω· 'πὶ τοῦτον ἄνδρε τώδ' ὥπερ κλύεις,
ὁ Τυδέως παῖς ἥ τ' Ὀδυσσέως βία,
διώμοτοι(誓って) πλέουσιν ἦ μὴν ἢ λόγῳ
πείσαντες ἄξειν, ἢ πρὸς ἰσχύος(属、力) κράτος.

商人 では申します。この人をさがすためにテュデウスの子とオデュッセカスがくるのです。かれら二人の将たちは、この人におだやかに同行をもとめることができなければ、腕ずくででも連れてくる、とかたく約束したのです。

595 Καὶ ταῦτ' Ἀχαιοὶ πάντες ἤκουον σαφῶς
Ὀδυσσέως λέγοντος· οὗτος γὰρ πλέον
τὸ θάρσος εἶχε θἀτέρου δράσειν τάδε.

こういいきったオデュッセウスの言葉を、アカイア人ぜんぶが聞いています。 このくわだての結果については、ディオメデスよりもオデュッセウスのほうが、自信ありげにみえました。

ΝΕ. Τίνος δ' Ἀτρεῖδαι τοῦδ' ἄγαν οὕτω χρόνῳ
τοσῷδ' ἐπεστρέφοντο(注目) πράγματος χάριν,
600 ὅν γ' εἶχον ἤδη χρόνιον ἐκβεβληκότες;

ネオプトレモス アトレイダイは十年もむかし、この人をここにおきざりにして忘れていた。それをなぜ、いまになって思い出したのか。

τίς ὁ πόθος αὐτοὺς ἵκετ', ἢ θεῶν βία
καὶ νέμεσις, οἵπερ ἔργ' ἀμύνουσιν(報復する) κακά;

いったいかれらは、なにをたくらんでいる。それが、悪をこらしめたもう神の力とか、神の怒りとかよばれていいものだろうか。

ΕΜ. Ἐγὼ σὲ τοῦτ', ἴσως γὰρ οὐκ ἀκήκοας,
πᾶν ἐκδιδάξω. Μάντις ἦν τις εὐγενής,
605 Πριάμου μὲν υἱός, ὄνομα δ' ὠνομάζετο
Ἕλενος, ὃν οὗτος νυκτὸς ἐξελθὼν μόνος,
ὁ πάντ' ἀκούων αἰσχρὰ καὶ λωβήτ' ἔπη
δόλιος Ὀδυσσεὺς εἷλε, δέσμιόν τ' ἄγων
ἔδειξ' Ἀχαιοῖς ἐς μέσον, θήραν καλήν·

商人 あなたはなにもご存じない、のこらず話してあげましょう。トロイアにある予言者がいた、生れはよく、ブリアモスの子で、名はヘレノス。その男をオデュッセウスがやみにまぎれて忍びこみ、みごととらえてきたのです、恥しらずとか、さまざまにけなされているとおり、よこしまなあの方のやりそうなことです。かれはとりこを縛ってアカイア人たちのまん中につれだし、これみよがしに手柄をほこった。

610 ὃς δὴ τά τ' ἄλλ' αὐτοῖσι πάντ' ἐθέσπισε,
καὶ τἀπὶ Τροίᾳ πέργαμ' ὡς οὐ μή ποτε
πέρσοιεν, εἰ μὴ τόνδε πείσαντες λόγῳ
ἄγοιντο νήσου τῆσδ' ἐφ' ἧς ναίει τὰ νῦν.

やがてヘレノスは、かれらの問いにこたえてこう予言したのです。アカイア人たちがそこにいるおひとと話しあい、おだやかに承諾をえたうえで、その人をこの島からトロイアにむかえないかざり、トロイアの城はぜったいに落ちはしない、と。

Καὶ ταῦθ' ὅπως ἤκουσ' ὁ Λαέρτου τόκος
615 τὸν μάντιν εἰπόντ', εὐθέως ὑπέσχετο
τὸν ἄνδρ' Ἀχαιοῖς τόνδε δηλώσειν ἄγων·

この予言を聞くやいなや、オデュッセウスはその大切な人物をつれてきて、アカイア人のお目にかけよう、と約束しました。

οἴοιτο μὲν μάλισθ' ἑκούσιον λαβών,
εἰ μὴ θέλοι δ', ἄκοντα· καὶ τούτων(↓) κάρα
τέμνειν(切る) ἐφεῖτο τῷ θέλοντι μὴ τυχών.

かれは、できればおだやかにつれてきたいが、やむをえなければ力をつかうつもりでいるらしい、もしこの約束をたがえたら首をやろうといったのです。

620 Ἤκουσας, ὦ παῖ, πάντα· τὸ σπεύδειν(急ぐ) δέ σοι
καὐτῷ παραινῶ κεἴ τινος κήδῃ(あなたが心配する) πέρι.

これでわたしの話はぜんぶです。さあいそぐのだ、お若いご主人、あなたも、それからかくれているそのお方も、こういうわけですから、船出をいそがなくてはなりません。

ΦΙ. Οἴμοι τάλας· ἦ κεῖνος, ἡ πᾶσα βλάβη,
ἔμ' εἰς Ἀχαιοὺς ὤμοσεν(誓う) πείσας στελεῖν(出発する);

ピロクテテス おお、人もあろうにあいつめが、あの悪知恵のかたまりが、わしをくどいてアカイア人のところへつれていくのだと!

πεισθήσομαι γὰρ ὧδε κἀξ Ἅιδου θανὼν
625 πρὸς φῶς ἀνελθεῖν(戻る), ὥσπερ οὑκείνου πατήρ(=シシュポス).

それができるくらいなら、やつの親父の起死再生のかるわざも、できないことではないだろう。

ΕΜ. Οὐκ οἶδ' ἐγὼ ταῦτ'· ἀλλ' ἐγὼ μὲν εἶμ' ἐπὶ
ναῦν, σφῷν δ' ὅπως ἄριστα συμφέροι θεός.

商人 さてそれは、私にはなんとも。とにかくもう船にかえらせてもらいましょう。神さまがあなたたちお二人を守ってくださるように、祈っています。

〔商人退場〕

ΦΙ. Οὔκουν τάδ', ὦ παῖ, δεινά, τὸν Λαερτίου
ἔμ' ἐλπίσαι ποτ' ἂν λόγοισι μαλθακοῖς
630 δεῖξαι νεὼς(属、船) ἄγοντ' ἐν Ἀργείοις μέσοις;

ピロクテテス 伜よ、まったくおどろくではないか、オデュッセウスが言葉たくみにわしを島からおびきだし、アルゴス人らのまん中にたたせようとは。

οὔ· θᾶσσον ἂν τῆς πλεῖστον ἐχθίστης ἐμοὶ
κλύοιμ' ἐχίδνης, ἥ μ' ἔθηκεν ὧδ' ἄπουν.

それはできない相談だ。そんな目にあうくらいなら、わしの足をくさらせた毒蛇のにくい声をきくほうが、よほどましだ。

Ἀλλ' ἔστ'(ある) ἐκείνῳ πάντα λεκτά(言葉), πάντα δὲ
τολμητά. Καὶ νῦν οἶδ' ὁθούνεχ' ἵξεται.

だがやつは臆面もなく口をきき、言楽どおりにやってのける男だ。きっと今にやってくる。

635 Ἀλλ', ὦ τέκνον, χωρῶμεν, ὡς ἡμᾶς πολὺ
πέλαγος ὁρίζῃ(分かつ) τῆς Ὀδυσσέως νεώς·

伜、わしらははやく出帆 しなくてはならん、はやく波のかなたに姿をくらましオデュッセウスの眼からとおざかるのだ。

Ἴωμεν· ἥ τοι καίριος σπουδή(主、急ぐこと), πόνου(苦しみ)
λήξαντος(鎮まる), ὕπνον κἀνάπαυλαν(休息) ἤγαγεν(動、もたらす).

さあいこう、ちょうど痛みがやすらいでいる、いまいそげば、わしも眠って疲れをやすめることができる。

ΝΕ. Οὐκοῦν ἐπειδὰν πνεῦμα τοὐκ πρῴρας(舳先) ἀνῇ(<ἀνίημι弱まる).
640 τότε στελοῦμεν· νῦν γὰρ ἀντιοστατεῖ.

ネオプトレモス 風がかわったら、すぐ出帆しよう、いまは逆に風がふいている。

ΦΙ. Ἀεὶ καλὸς πλοῦς ἔσθ', ὅταν φεύγῃς κακά.

ピロクテテス 災難をのがれるのだ、いつ出てもいいではないか。

ΝΕ. Οὔκ· ἀλλὰ κἀκείνοισι ταῦτ' ἐναντία.

ネオプトレモス いや、この風はやつらにとっても都合がわるい。

ΦΙ. Οὐκ ἔστι λῃσταῖς(盗賊) πνεῦμ' ἐναντιούμενον,
ὅταν παρῇ κλέψαι τε χἀρπάσαι βίᾳ.

ピロクテテス そんなことがあるものか、海賊どもには逆風はない、盗みや乱暴をはたらくときは。

645 ΝΕ. Ἀλλ', εἰ δοκεῖ, χωρῶμεν, ἔνδοθεν λαβὼν
ὅτου σε χρεία καὶ πόθος μάλιστ' ἔχει.

ネオプトレモス それならいこう、なかから入用のものや、すてがたいなごりの品々をとってこられるがいい。

ΦΙ. Ἀλλ' ἔστιν ὧν δεῖ, καίπερ οὐ πολλῶν ἄπο.

ピロクテテス ああ、いるものがある、多くはないが。

ΝΕ. Τί τοῦθ' ὃ μὴ νεώς γε τῆς ἐμῆς ἔπι;

ネオントレモス しかし、船にそなえてないものというと?

ΦΙ. Φύλλον τί μοι πάρεστιν ᾧ μάλιστ' ἀεὶ
650 κοιμῶ(鎮静) τόδ' ἕλκος(傷), ὥστε πραΰνειν(緩和する) πάνυ.

ピロクテテス わしの薬草だ、傷のいたみによくきく。

ΝΕ. Ἀλλ' ἔκφερ' αὐτό· τί γὰρ ἔτ' ἄλλ' ἐρᾷς λαβεῖν;

ネオプトレモス ではそれを。そのほかには。

ΦΙ. Εἴ μοί τι τόξων τῶνδ' ἀπημελημένον(忘れた)
παρερρύηκεν(落ちる), ὡς λίπω μή(←) τῳ λαβεῖν.

ピロクテテス それから、おきわすれた矢や、箙(えびら)から落ちた矢があるかもしれない。やつらに拾われるのはおしい。

ΝΕ. Ἦ ταῦτα γὰρ τὰ κλεινὰ τόξ' ἃ νῦν ἔχεις;

ネオプトレモス 手にしておられるその弓が、あの有名なヘラクレスの?

655 ΦΙ. Ταῦτ' οὐ γὰρ ἄλλα γ' ἔσθ' ἃ βαστάζω(持つ) χεροῖν.

ピロクテテス そうだ、これこそ名にしおうわしの弓、わしはまだ一ときも手放したことがない。

ΝΕ. Ἆρ' ἔστιν ὥστε κἀγγύθεν θέαν λαβεῖν,
καὶ βαστάσαι με προσκύσαι(拝む) θ' ὥσπερ θεόν;

ネオプトレモス 近くでよく見せていただきたいのだが、手にとって、神をおがむように。

ΦΙ. Σοί γ', ὦ τέκνον, καὶ τοῦτο κἄλλο τῶν ἐμῶν
ὁποῖον ἄν σοι ξυμφέρῃ γενήσεται.

ピロクテテス 伜よ、いいとも、おまえの望みなら、おまえのためになることなら、何でも叶えてあげよう。

660 ΝΕ. Καὶ μὴν ἐρῶ γε· τὸν δ' ἔρωθ' οὕτως ἔχω·
εἴ μοι θέμις, θέλοιμ' ἄν· εἰ δὲ μή, πάρες.

ネオプトレモス おおそれはありがたい、しかしけっして無理にも、というのではない、もし人がふれてはならないのであれば、どうかそのままに。

ΦΙ. Ὅσιά τε φωνεῖς ἔστι τ', ὦ τέκνον, θέμις,
ὅς γ' ἡλίου τόδ' εἰσορᾶν ἐμοὶ φάος
μόνος δέδωκας, ὃς χθόν' Οἰταίαν ἰδεῖν,
665 ὃς πατέρα πρέσβυν, ὃς φίλους, ὃς τῶν ἐμῶν
ἐχθρῶν μ' ἔνερθεν ὄντ' ἀνέστησας(引き上げる) πέρα.

ピロクテテス その言葉にはけがれがない、いいとも、おまえはわしに光をあたえてくれた恩人だ、わしをオイタの国につれもどし、なつかしい父親や身内のものにあわせてくれる人だ。かたきのために足蹴にされて苦しんでいたわしを、やつらの手から救いだしてくれたおまえだ。

Θάρσει, παρέσται ταῦτά σοι καὶ θιγγάνειν
καὶ δόντι δοῦναι κἀξεπεύξασθαι(自慢する) βροτῶν
ἀρετῆς ἕκατι(〜のために) τῶνδ' ἐπιψαῦσαι μόνον·
670 εὐεργετῶν(善行する) γὰρ καὐτὸς αὔτ' ἐκτησάμην.

遠慮はいらぬ、さあ、手にとってみるがいい、そしてわしにかえしてくれ。おまえは高貴だ、だからこの弓にふれることができるただ一人の人間だ、誇りに思うがいい。わし自身、りっぱな行いによってこの弓をさずかったのだ。

ΝΕ. Οὐκ ἄχθομαί(辛い) σ' ἰδών τε καὶ λαβὼν φίλον·
ὅστις γὰρ εὖ δρᾶν εὖ παθὼν(受けた恩を返す) ἐπίσταται,
παντὸς γένοιτ' ἂν κτήματος(富) κρείσσων φίλος.
Χωροῖς ἂν εἴσω.

ネオプトレモス あなたにあい、友となることができて、こころが晴れるようだ、恩義にあつい友人が、いかなる財宝にもまして貴いことがよくわかった。さあ岩屋のなかへ。

ΦΙ. Καὶ σέ γ' εἰσάξω· τὸ γὰρ
675 νοσοῦν ποθεῖ σε ξυμπαραστάτην(ヘルパー) λαβεῖν.

ピロクテテス おまえを案内しょう、わしは病んでいる身だ、そばにいてほしい。

〔ピロクテテスとネオプトレモスは洞窟のなかへ入っていく。舞台には船乗りたちだけがのこっている〕

スタシモン

ΧΟ. Λόγῳ μὲν ἐξήκουσ', ὄπωπα δ' οὐ μάλα, Str. 1.
τὸν πελάταν(近づく人=イクシオン) λέκτρων ποτὲ τῶν Διὸς
κατ' ἄμπυκα(車輪) δὴ δρομάδα(回る)
δέσμιον ὡς ἔβαλεν παγκρατὴς Κρόνου παῖς·

船乗りたち イクシオンがうけた責苦のほどは むかしがたりに聞いてはいるが、 眼にしたことはいまだない。 神のふしどにしのび入ったあの男は、 万能のクロノスの御子にとらえられ、 すみやかにまわる車輪の幅(や)に はりつけられたということだ。

680 ἄλλον δ' οὔτιν' ἔγωγ' οἶδα κλύων οὐδ' ἐσιδὼν μοίρᾳ
τοῦδ' ἐχθίονι συντυχόντα θνατῶν,

だがそのほかには、ついぞ聞いたこともない、 ここにすむピ口クテテスほどにいとわしい 運命のとりこになった人間を。

ὃς οὔτ' ἔρξας τιν', οὔ τι νοσφίσας(奪う),
ἀλλ' ἴσος ὤν ἴσοις ἀνὴρ
685 ὤλλυθ' ὧδ' ἀναξίως.

人を害したことも、裏ぎったこともなく、友として交わりあつい人間が、 身におぼえない転落の悲運にあったのだ。

Τόδε τοι θαῦμά μ' ἔχει πῶς
ποτε πῶς ποτ' ἀμφιπλήκτων(両側を打つ)
ῥοθίων(波) μόνος κλύων, πῶς
ἄρα πανδάκρυτον οὕτω
690 βιοτὰν(生活) κατέσχεν·

わしらがおどろきにたえぬのは、 ああ、よくもよくもただひとり、 磯にとどろく波音だけをまくらにして、 涙にくれる島の暮しを たえぬいてきたものだ。

ἵν' αὐτὸς ἦν πρόσουρος, οὐκ ἔχων βάσιν(歩み), Ant. 1.
οὐδέ τιν' ἐγχώρων κακογείτονα(隣人),
παρ' ᾧ στόνον(苦しみ) ἀντίτυπον(エコーする)
695 βαρυβρῶτ'(食う) ἀποκλαύσειεν αἱματηρόν·

わが身ひとつをわが身の守りに、 歩みもおもうままならず、 肉がくち、血がくさる苦しみをなげいても、 なげきにこたえ、苦しみをわかちあう 隣人の姿はどこにもないのだ。

ὃς τὰν θερμοτάταν αἱμάδα(血) κηκιομέναν(滲み出る) ἑλκέων(傷)
ἐνθήρου(介抱されていない) ποδὸς ἠπίοισι(癒やす) φύλλοις(葉)
κατευνάσειεν(やわらげる), εἴ τις ἐμπέσοι(襲う),
700 φορβάδος(草むす) ἐκ γαίας ἑλών·

はげしい毒がおかした足の傷口がさけ、 膿まじりに吹きだす血と熱といたみが かさなりおそうてきても草むす大地から効き目ある草をあつめて痛みをやわらげてくれる人もない。

εἷρπε δ' ἄλλοτ' ἀλλαχᾷ
τότ' ἂν εἰλυόμενος(這う), παῖς
ἄτερ ὡς φίλας τιθήνας(乳母),
ὅθεν εὐμάρει'(機会) ὑπάρχοι
705 πόρου(手段), ἁνίκ' ἐξανείη(和らぐ)
δακέθυμος(胸を食う) ἄτα·

あちらこちらと重い足をひきながら、
乳母をなくしたみどり子のように
もとめるものがあるところまで
這うていく、這うていく、
はらわたをえぐる責苦がやわらぐひまひまに。

οὐ φορβὰν(食料) ἱερᾶς γᾶς σπόρον(実り), οὐκ ἄλλων Str. 2.
αἴρων(入手する) τῶν νεμόμεσθ' ἀνέρες ἀλφησταί(労働の),
710 πλὴν ἐξ ὠκυβόλων εἴ ποτε τόξων πτανοῖς
ἰοῖς ἀνύσειε γαστρὶ φορβάν.

聖なる大地のめぐみもうけず、
人なみに額に汗して糧を得るすべもなく、
空腹をわずかにみたそうとすれば、
いきおいつよい名弓と
早い矢のみがその手だて。

Ὦ μελέα(不幸な) ψυχά·
715 ὃς μηδ' οἰνοχύτου(ワイン) πώματος ἥσθη(楽しむ) δεκέτει χρόνῳ,
λεύσσων δ' εἴ που γνοίη στατὸν(よどんだ) εἰς ὕδωρ
αἰεὶ προσενώμα(唇をぬらす).

おおみじめな日々もはや十年。
葡萄酒あわだつ歓楽に
心をひたすおりもなく、
ただあたりをみまわしては
くぼ地によどむ雨水に
手をさしのべて這いより
這いより、渇きをいやす。

Νῦν δ' ἀνδρῶν ἀγαθῶν παιδὸς ὑπαντήσας(会う) Ant. 2.
720 εὐδαίμων ἀνύσει(〜になる) καὶ μέγας ἐκ κείνων·

だがこの日、門地たかい若君に めぐりあえたうえは、 苦難をあとにしあわせな、 立派な暮しができるだろう、

ὅς νιν ποντοπόρῳ δούρατι(船), πλήθει πολλῶν
μηνῶν, πατρίαν ἄγει πρὸς αὐλὰν
725 Μαλιάδων νυμφᾶν
Σπερχειοῦ τε παρ' ὄχθαις(丘),

われらの主君につれられて、
海原わたる船にのり
幾歳月 ながれかわらぬスペルケイオスの
川岸ひろいふるさとメリスの
精女(ニンフ)の里に帰るのだ。

ἵν' ὁ χάλκασπις ἀνὴρ θεοῖς
πλάθει(近づく) πᾶσιν, θείῳ πυρὶ παμφαής,
Οἴτας ὑπὲρ ὄχθων.

かの地にそびえるオイタの嶺の頂では、
そのむかし青銅の盾いかめしい英雄が
父神の稲妻にてりはえながら、
神々の座に昇りたもうたという。

第二エペイソデォオン

〔洞窟からふたたびピロクテテスとネオプトレモスが登場する〕

730 ΝΕ. Ἕρπ', εἰ θέλεις. Τί δή ποθ' ὧδ' ἐξ οὐδενὸς
λόγου σιωπᾷς κἀπόπληκτος(黙って) ὧδ' ἔχῃ;

ネオプトレモス さあ、いそぐとしよう。どうした、いったい。なぜロをとざして、急にたちすくむのか。

ΦΙ. Ἆ, ἆ, ἆ, ἆ.

ピロクテテス あ…、あ…、あ…、あ…。

ΝΕ. Τί ἔστιν;

ネオプトレモス どうしたのだ、ピロクテテス。

ΦΙ. Οὐδὲν δεινόν· ἀλλ' ἴθ', ὦ τέκνον.

ピロクテテス いや、大したことではない、、一足さきにいってくれ。

ΝΕ. Μῶν ἄλγος ἴσχεις τῆς παρεστώσης νόσου(持病);

ネオプトレモス もしや、病気の発作では。

735 ΦΙ. Οὐ δῆτ' ἔγωγ', ἀλλ' ἄρτι κουφίζειν(軽い) δοκῶ.
Ἰὼ θεοί.

ピロクテテス いや、ちがうとおもう。あ…、すぐ楽になる。……おう! 神よ!

ΝΕ. Τί τοὺς θεοὺς οὕτως ἀναστένων καλεῖς;

ネオプトレモス ではどうして唸ったり、神をよんだりする。

ΦΙ. Σωτῆρας αὐτοὺς ἠπίους(やさしい) θ' ἡμῖν μολεῖν.
Ἆ, ἆ, ἆ, ἆ.

ピロクテテス 心やさしい神々が、わしらを救うてくださるようにな……あっ……あ………あ……あ……。

740 ΝΕ. Τί ποτε πέπονθας; οὐκ ἐρεῖς, ἀλλ' ὧδ' ἔσῃ
σιγηλός; ἐν κακῷ δέ τῳ φαίνῃ κυρῶν.

ネオプトレモス いったいどうしたのだ、いうがいい。黙っていてはいけない、どこか加減がわるいのだ、顔色がかわっている。

ΦΙ. Ἀπόλωλα, τέκνον, κοὐ δυνήσομαι κακὸν
κρύψαι παρ' ὑμῖν, ἀτταταῖ· διέρχεται(痛みが走る),
διέρχεται. Δύστηνος, ὦ τάλας ἐγώ.

ピロクテテス 伜よ、わしはもうだめだ、この苦しみをかくしきれない。あ……痛い………あ……。身がちぎれる、肉がちぎれる! おお苦しい、ああ情ない、

745 Ἀπόλωλα, τέκνον· βρύκομαι(食われる), τέκνον· παπαῖ,
ἀπαππαπαππαῖ, παππαπαππαπαππαπαῖ.

もうだめだ、伜よ、伜よ、肉がひきさかれる、おお·····.おお.·····おお…おお! くく……くるしい!

Πρὸς θεῶν, πρόχειρον(手元に) εἴ τί σοι, τέκνον, πάρα
ξίφος χεροῖν, πάταξον(打つ) εἰς ἄκρον(先の) πόδα·

ἀπάμησον(切る) ὡς τάχιστα· μὴ φείσῃ(容赦する) βίου·
750 Ἴθ', ὦ παῖ.
おまえ、手に、おお....、伜、その手に剣をもっているなら、か、神にかわって、わしのかかとを叩きおとせ! わしの命を心配するな、はやく、はやくしてくれ!

ΝΕ. Τί δ' ἔστιν οὕτω νεοχμὸν(新しい) ἐξαίφνης, ὅτου
τοσήνδ' ἰυγὴν(叫び) καὶ στόνον(嘆き) σαυτοῦ ποιεῖς;

ネオプトレモス いったいなにが、こうとつぜんにとりついたのか、なぜそれほど泣いたり、わめいたりする?

ΦΙ. Οἶσθ', ὦ τέκνον.

ピロクテテス わかっているだろう、伜。

ΝΕ. Τί δ' ἔστιν;

ネオプトレモス なにが。

ΦΙ. Οἶσθ', ὦ παῖ.

ピロクテテス わかっているではないか。

ΝΕ. Τί σοι;
Οὐκ οἶδα.

ネオブトレモス 私には見当がっかない。

ΦΙ. Πῶς οὐκ οἶσθα; παππαπαππαπαῖ.

ピロクテテス しらぬはずがない、お……お......くく……く、くるしい!

755 ΝΕ. Δεινόν γε τοὐπίσαγμα(重荷) τοῦ νοσήματος.

ネオプトレモス おそろしい病いの苦しみだ。

ΦΙ. Δεινὸν γὰρ οὐδὲ ῥητόν· ἀλλ' οἴκτιρέ με.

ピロクテテス この苦しさばかりは、口でいいようがない、どうかわしを憐れと思うてくれ!

ΝΕ. Τί δῆτα δράσω;

ネオプトレモス どうすればいいのだ。

ΦΙ. Μή με ταρβήσας προδῷς·
ἥκει γὰρ αὕτη διὰ χρόνου, πλάνοις ἴσως
ὡς ἐξεπλήσθη(飽きる).

ピロクテテス わしをおそれて、みすてないでくれ、これはときどきおこる発作なのだ、一まわりするとまたもどってくる。

ΝΕ. Ἰὼ ἰὼ δύστηνε σύ,
760 δύστηνε δῆτα διὰ πόνων πάντων φανείς.

ネオプトレモス おお、おお。あなたは苦労のたえない人だ、あらゆる苦痛をせおうて生まれた気の毒な人だ。

Βούλει λάβωμαι δῆτα καὶ θίγω τί σου;

からだをかかえてあげようか、どこか、さすってほしいところは? どこか、さすってほしいところは?

ΦΙ. Μὴ δῆτα τοῦτό γ'· ἀλλά μοι τὰ τόξ' ἑλὼν
τάδ', ὥσπερ ᾐτοῦ μ' ἀρτίως, ἕως ἀνῇ
765 τὸ πῆμα τοῦτο τῆς νόσου τὸ νῦν παρόν,
σῷζ' αὐτὰ καὶ φύλασσε· λαμβάνει γὰρ οὖν
ὕπνος μ', ὅταν περ τὸ κακὸν ἐξίῃ τόδε·

ピロクテテス いや、それはいかん。だがこの弓を持ってくれ、いまさき手にとってみたいといっていたな、この発作がおさまるまで大切に番をたのむぞ。いまにこの苦痛がしずまれば、わしは眠りにおちる。

κοὐκ ἔστι λῆξαι πρότερον· ἀλλ' ἐᾶν χρεὼν
ἕκηλον(安らかに) εὕδειν. Ἢν δὲ τῷδε τῷ χρόνῳ
770 μόλωσ'(来る) ἐκεῖνοι, πρὸς θεῶν, ἐφίεμαι
ἑκόντα μήτ' ἄκοντα(暴力で) μήτε τῳ τέχνῃ(企み)
κείνοις μεθεῖναι(渡す) ταῦτα, μὴ σαυτόν θ' ἅμα
κἄμ', ὄντα σαυτοῦ πρόστροπον(嘆願者), κτείνας(分) γένῃ.

それまでは痛みもおさまらないのだ。そうしたら、わしを静かにねむらせておいてくれ。そのあいだに、追手のやつらがあらわれても、けっして自分からこの弓をわたしてはならん。またやつらの暴力やたくらみにも負けるな。わしは神にかけていっておく、おまえが嘆願者のわしともどもに、身をほろぼすことにならぬようにな。

ΝΕ. Θάρσει προνοίας(用心) οὕνεκ'· οὐ δοθήσεται
775 πλὴν σοί τε κἀμοί· ξὺν τύχῃ δὲ πρόσφερε(提供).

ネオプトレモス 心配はいらぬ、弓はあなたと私の手からけっしてはなれることはない。さあ弓と運命とを私にゆだねるがいい。

ΦΙ. Ἰδοὺ δέχου, παῖ· τὸν Φθόνον δὲ πρόσκυσον(祈る),
μή σοι γενέσθαι πολύπον'(災難) αὐτά, μηδ' ὅπως
ἐμοί τε καὶ τῷ πρόσθ'(前に) ἐμοῦ κεκτημένῳ.

ピロクテテス 伜よ、ではうけとれ。ねたみぶかい神に祈るのだ、おまえ自身が、わしやこの弓をわしにさずけたお方のような、ひどい災難にあわぬように、さあ祈るがいい。

ΝΕ. Ὦ θεοί, γένοιτο ταῦτα νῷν· γένοιτο δὲ
780 πλοῦς οὔριός τε κεὐσταλὴς(順調な) ὅποι ποτὲ
θεὸς δικαιοῖ(良しとする) χὠ στόλος(目的) πορσύνεται(もたらす).

ネオプトレモス おお神々よ、われらの願いをかなえたまえ、どうか栄えあるわれらの旅路を、神の正義とわれらの望みにかなった目的地まで、すみやかにみちびきたまえ!

ΦΙ. Ἀλλὰ δέδοικ', ὦ παῖ, μή μ' ἀτελὴς εὔχῃ·
στάζει(滴る) γὰρ αὖ μοι φοίνιον(血の) τόδ' ἐκ βυθοῦ(深み)
κηκῖον(滲み出る) αἷμα, καί τι προσδοκῶ(予想する) νέον.

ピロクテテス ああだが伜、その祈りは達せられないらしい。また赤い血膿(ちうみ)がふかい傷口からふきだしてきた。何かよくないことがおこるにちがいない。

785 Παπαῖ, φεῦ·
παπαῖ μάλ', ὦ πούς, οἷά μ' ἐργάσῃ(2s.) κακά.
Προσέρπει,
προσέρχεται τόδ' ἐγγύς. Οἴμοι μοι τάλας.

おお、おお……痛い、
おお……わしの足がこんなにわしを苦しめるとは!痛みがのぼってくる、もうここまできた!うおう、わしはどうなるのだ。

Ἔχετε τὸ πρᾶγμα· μὴ φύγητε μηδαμῇ.

さきのこと、たのんだぞ、わしをおきざりたしないでくれよ、

790 Ἀτταταῖ.

う..…………う….....、

Ὦ ξένε Κεφαλλήν, εἴθε σοῦ διαμπερὲς(貫いて)
στέρνων(胸) ἔχοιτ' ἄλγησις ἥδε. Φεῦ, παπαῖ,
παπαῖ μάλ' αὖθις. Ὦ διπλοῖ στρατηλάται,
Ἀγάμεμνον, ὦ Μενέλαε, πῶς ἂν ἀντ' ἐμοῦ
795 τὸν ἴσον χρόνον τρέφοιτε τήνδε τὴν νόσον;

ケパレニアのかたきめ、この苦しみがきさまの胸をまっ二つに裂かないものか!
あ……くく… くるしい!ああまたきた、
アガメムノンとメネラオスめ、おまえたち二人こそ、わしのかわりにこの苦しみを、十年のあいだくるしむとよいのだ!

Ὤμοι μοι.
Ὦ Θάνατε Θάνατε, πῶς ἀεὶ καλούμενος
οὕτω κατ' ἦμαρ οὐ δύνᾳ μολεῖν ποτε;

うお…… うお……
おお死よ、死神よ、一日にいくどよんでも、どうしてきてくれないのか、

Ὦ τέκνον, ὦ γενναῖον, ἀλλὰ συλλαβών,
800 τῷ Λημνίῳ τῷδ' ἀνακαλουμένῳ(呼ぶ) πυρὶ
ἔμπρησον(燃やす), ὦ γενναῖε· κἀγώ τοί ποτε
τὸν τοῦ Διὸς παῖδ' ἀντὶ τῶνδε τῶν ὅπλων,
ἃ νῦν σὺ σῴζεις(守る), τοῦτ' ἐπηξίωσα δρᾶν.

おお伜よ、気高い若者よ、わしをしばって、あのレムノスの火になげこんでくれ!たのむ、立派な若者よ、わしもむかし、その弓をもろうた礼に、ヘラクレスのおなじ願いをすすんでかなえてあげたのだ。

Τί φῄς, παῖ;
805 Τί φῄς; Τί σιγᾷς; Ποῦ ποτ' ὤν, τέκνον, κυρεῖς;

やってくれ、伜よ、たのまれてくれ! なぜだまっている、いったい何を考えているのだ。

ΝΕ. Ἀλγῶ πάλαι δὴ τἀπὶ σοὶ στένων(呻く) κακά.

ネオプトレモス さっきからのあなたの苦しみをみて、私も苦しくてたまらない。

ΦΙ. Ἀλλ', ὦ τέκνον, καὶ θάρσος ἴσχ'· ὡς ἥδε μοι
ὀξεῖα φοιτᾷ καὶ ταχεῖ' ἀπέρχεται.
Ἀλλ' ἀντιάζω(嘆願する), μή με καταλίπῃς μόνον.

ピロクテテス 何を弱気な、伜よ、勇気をだすのだ、このはげしい痛みは突然おそってくるが、すぐにひく。な、たのむ、わしを一人だけすてていかないでくれよ。

810 ΝΕ. Θάρσει, μενοῦμεν.

ネオプトレモス だいじょうぶだ、きっといっしょにいる。

ΦΙ. Ἦ μενεῖς;

ピロクテテス ほんとうにいてくれるか。

ΝΕ. Σαφῶς(確かな) φρόνει.

ネオプトレモス 誓って。安心するがいい。

ΦΙ. Οὐ μήν σ' ἔνορκόν γ' ἀξιῶ θέσθαι, τέκνον.

ピロクテテス 伜よ、それたならわしは、おまえを誓いでしばるまい。

ΝΕ. Ὡς οὐ θέμις γ' ἐμοί 'στι σοῦ μολεῖν ἄτερ.

ネオプトレモス その心配はいらぬというのだ。あなたをすてて発つことは、神がゆるさない。

ΦΙ. Ἔμβαλλε χειρὸς πίστιν.

ピロクテテス では約束の手を。

ΝΕ. Ἐμβάλλω μενεῖν.

ネオプトレモス 〔手をさしのべて〕きっと残ると誓おう。

ΦΙ. Ἐκεῖσε νῦν μ', ἐκεῖσε ‑

ピロクテテス あそこへ、さああそこへわしを。

ΝΕ. Ποῖ λέγεις;

ネオプトレモス どこへ?

ΦΙ. Ἄνω ‑

ピロクテテス あの上へ!

815 ΝΕ. Τί παραφρονεῖς(我を忘れる) αὖ; τί τὸν ἄνω λεύσσεις κύκλον(空);

ネオプトレモス や、また発作がおこったらしい、そんなに空をにらんで、どうしたのだ。

ΦΙ. Μέθες, μέθες με.

ピロクテテス はなせ、はなしてくれ!

ΝΕ. Ποῖ μεθῶ;

ネオプトレモス どこへいこうとする。

ΦΙ. Μέθες ποτέ.

ピロクテテス いいからはなせ。

ΝΕ. Οὔ φημ' ἐάσειν.

ネオプトレモス いやはなせない。

ΦΙ. Ἀπό μ' ὀλεῖς, ἢν προσθίγῃς.

ピロクテテス つかまえて、わしをころす気か!

ΝΕ. Καὶ δὴ μεθίημ', εἴ τι δὴ πλέον φρονεῖς.

ネオプトレモス それでははなそう、すこし正気にもどるようすだ。

ΦΙ. Ὦ γαῖα, δέξαι θανάσιμόν μ' ὅπως ἔχω·
820 τὸ γὰρ κακὸν τόδ' οὐκέτ' ὀρθοῦσθαί(立つ) μ' ἐᾷ.

ピロクテテス おお大地よ、もうわしをこのまま死なせてくれ、とうていすくわれないのだから。

ΝΕ. Τὸν ἄνδρ' ἔοικεν ὕπνος οὐ μακροῦ χρόνου
ἕξειν· κάρα γὰρ ὑπτιάζεται(仰向けになる) τόδε,
ἱδρώς(汗) γέ τοί νιν πᾶν καταστάζει δέμας,
μέλαινά τ' ἄκρου(端) τις παρέρρωγεν ποδὸς
825 αἱμορραγὴς φλέψ(血流). Ἀλλ' ἐάσωμεν, φίλοι,
ἕκηλον αὐτόν, ὡς ἂν εἰς ὕπνον πέσῃ.

ネオプトレモス 〔船乗りたちに〕この男はほどなく眠りにおちるだろう。頭がうしろたれてきた。全身からしたたるような汗、足からは黒い血膿がすじをひいて流れている。だがみなのもの、いまはこのままにして、ぐっすり眠らせてやろう。

第一コンモス

ΧΟ. Ὕπν' ὀδύνας(痛み→) ἀδαής(知らない), Ὕπνε δ' ἀλγέων, Str.
εὐαὴς(好ましい) ἡμῖν ἔλθοις, εὐαίων(幸福な),
830 εὐαίων ὦναξ· ὄμμασι δ' ἀντίσχοις(もたらす)
τάνδ' αἴγλαν(光), ἃ τέταται(広がる) τανῦν·
ἴθι ἴθι μοι παιών(癒やし手). ‑

船乗りたち 痛みをしらぬ眠り(ヒュプノス)よ
苦しみのない眠り(ヒュプノス)よ、
われらに恵みをもたらしたまえ、
しあわせと喜びをもたらしたまえ、
おお主の神よ
いまかれのまぶたをおおうやすらかな光を
しばしとどめたまえ。
来たれ眠りよ、きたれ救いよ。

Ὦ τέκνον, ὅρα ποῦ στάσῃ,
ποῖ δὲ βάσῃ, πῶς δέ μοι τἀντεῦθεν
835 φροντίδος. Ὁρᾷς ἤδη.
Πρὸς τί μένομεν πράσσειν;
Καιρός τοι πάντων γνώμαν ἴσχων
πολύ τι πολὺ παρὰ πόδα(すぐに) κράτος(勝利) ἄρνυται(手に入れる).

ネオプトレモスさま、
さあいちはやくお指図を。
おわかりでしょう、
ためらうときではありません、
すべてものごとには 潮どきが肝心、
それをつかめば成功は
やすやすと手にはいります。

ΝΕ. Ἀλλ' ὅδε μὲν κλύει οὐδέν, ἐγὼ δ' ὁρῶ οὕνεκα θήραν(獲得)
840 τήνδ' ἁλίως(無駄に) ἔχομεν τόξων, δίχα τοῦδε πλέοντες·

ネオプトレモス いやいや、この男には聞こえないが、もしこの男をのこしてわれらがたてば、せっかくの弓も役にたたたなくなる。

Τοῦδε γὰρ ὁ στέφανος, τοῦτον θεὸς εἶπε κομίζειν.
Κομπεῖν δ' ἔστ' ἀτελῆ σὺν ψεύδεσιν αἰσχρὸν ὄνειδος.

栄冠はこの人のもの、神はかれをトロイアにむかえよと告げたのだ。この男をいつわって、むなしい獲物をほこってみても、あとでわれわれ自身が恥とそしりをうけるだけだ。

ΧΟ. Ἀλλά, τέκνον, τάδε μὲν θεὸς ὄψεται· Ant.
ὧν δ' ἂν κἀμείβῃ(対話する) μ' αὖθις, βαιάν(低い) μοι,
845 βαιάν, ὦ τέκνον, πέμπε λόγων φάμαν(声)·
ὡς πάντων ἐν νόσῳ εὐδρακὴς(目敏い)
ὕπνος ἄϋπνος λεύσσειν(見る). ‑

船乗りたち しかしネオプトレモスさま、
それは神さまの思召ししだい。
ところで お指図は もっと静かに
ひくいお声でおっしゃいませ。
病人の眠りはあさく、
たちまち眼をさまします、

Ἀλλ' ὅ τι δύνᾳ μάκιστον,
850 κεῖνο δή μοι, κεῖνο λάθρᾳ
ἐξιδοῦ(命、見ろ) ὅπως πράξεις.
Οἶσθα γὰρ ἅν αὐδῶμαι.

とにかくできるだけ気をつけて、
それ、その弓を、気づかれないように、
そっとおとりなさい
われわれの申すこと、おわかりでしょう。

Εἰ ταύταν τούτῳ γνώμαν(その考え) ἴσχεις,
μάλα τοι ἄπορα πυκινοῖς(賢明な) ἐνιδεῖν πάθη(トラブル).

もし作戦をちがえると、
あとでおさまりがつかぬ困ったことになることは、
考えてごらんになれば、おわかりでしょう。

855 Οὖρός(潮時) τοι, τέκνον, οὖρος· ἁνὴρ Ep.
δ' ἀνόμματος(目のない), οὐδ' ἔχων ἀρωγάν(助け),
ἐκτέταται νύχιος, ‑

ネオプトレモスさま、時はいま、
時はいまです、
男は眼をとじ、力なく、
闇にふせっております。

(ἀλεὴς(日向の) ὕπνος ἐσθλός), ‑

(日なたぼっこの居眠りは
なかなかさめるものではありません)

οὐ χερός, οὐ ποδός, οὔ τινος ἄρχων,
860 ἀλλά τις ὡς Ἀΐδᾳ παρακείμενος.

手も足も、どこも動かず、
死んだようにねています。

Ὅρα, βλέπ' εἰ καίρια
φθέγγει· τὸ δ' ἁλώσιμον(易しい)
ἐμᾷ φροντίδι, παῖ, πόνος(作戦)
ὁ μὴ φοβῶν(恐れる) κράτιστος(最善).

よくお考えください、もう一度、
いまのお言葉にあやまりはないか。
われわれの考えるかぎりでは、
危なげのない手だてこそ、
成功するいちばんの近道だと思います。

第三エペイソデォオン

865 ΝΕ. Σιγᾶν κελεύω, μηδ' ἀφεστάναι(離れる) φρενῶν·
κινεῖ γὰρ ἁνὴρ ὄμμα κἀνάγει κάρα.

ネオプトレモス しっ、よいか、心ないことを口にしてはならない。それ、病人が眼をさまし、頭をもたげている。

ΦΙ. Ὦ φέγγος(光) ὕπνου διάδοχον(続く), τό τ' ἐλπίδων
ἄπιστον οἰκούρημα(見守り) τῶνδε τῶν ξένων·

ピロクテテス おお、眠りのあと、この光!旅の人たちが見守っていてくれようとは、夢ではないか。

οὐ γάρ ποτ', ὦ παῖ, τοῦτ' ἂν ἐξηύχησ' ἐγὼ
870 τλῆναί σ' ἐλεινῶς ὧδε τἀμὰ πήματα
μεῖναι παρόντα καὶ ξυνωφελοῦντά μοι.

おお伜よ、おまえがここにとどまり、わしを看とってくれた。こんなにやさしい同情をうけようとは、思いもよらなかった。

Οὔκουν Ἀτρεῖδαι τοῦτ' ἔτλησαν εὐφόρως
οὕτως ἐνεγκεῖν, ἁγαθοὶ στρατηλάται.

あの立派な二人の将軍アトレイダイどもは、これほど親切に我慢してはくれなかったのに。

Ἀλλ' ‑ εὐγενὴς γὰρ ἡ φύσις κἀξ εὐγενῶν,
875 ὦ τέκνον, ἡ σή, ‑ πάντα ταῦτ' ἐν εὐχερεῖ
ἔθου, βοῆς τε καὶ δυσοσμίας(悪臭) γέμων.

ああ、高貴な血をひく高貴な気質とは、まったくおまえのことだ。おまえは、わしの苦痛のうめきや、鼻をつく臭気にもかかわらず、よくも約束をまもってくれた。

Καὶ νῦν ἐπειδὴ τοῦδε τοῦ κακοῦ δοκεῖ
λήθη τις εἶναι κἀνάπαυλα δή, τέκνον,
σύ μ' αὐτὸς ἆρον, σύ με κατάστησον, τέκνον,

だがもう、わしの発作はわすれたようになおったし、からだもよく休ませてもらった。伜よ、わしの手をとって立たせてくれ、

880 ἵν', ἡνίκ' ἂν κόπος(苦しみ) μ' ἀπαλλάξῃ ποτέ,
ὁρμώμεθ' ἐς ναῦν μηδ' ἐπίσχωμεν(待つ) τὸ πλεῖν.

手足に力がもどってきたらすぐに、船にいそぎ、時をうつさず船出しようではないか。

ΝΕ. Ἀλλ' ἥδομαι μέν σ' εἰσιδὼν παρ' ἐλπίδα
ἀνώδυνον(痛みがない) βλέποντα κἀμπνέοντ'(息を吹き返す) ἔτι·

ネオプトレモス 思いもよらず、病いの痛みがとれたうえ、すっかり元気になったようす、わたしもうれしい。

ὡς οὐκέτ' ὄντος(あなたが死んでいる) γὰρ τὰ συμβόλαιά σου
885 πρὸς τὰς παρούσας ξυμφορὰς(持病) ἐφαίνετο.

発作から眠りにおちたとき、もうこのまま助からないのかとさえ、思っていた。

Νῦν δ' αἶρε σαυτόν· εἰ δέ σοι μᾶλλον φίλον,
οἴσουσί(未) σ' οἵδε· τοῦ πόνου γὰρ οὐκ ὄκνος(躊躇),
ἐπείπερ οὕτω(=船出すること) σοί τ' ἔδοξ' ἐμοί τε δρᾶν.

さあ、もう自分で立てるはず、しかしもし望むなら、ここにいる者たちがあなたを担いでいくこともできる。遠慮はいらない、あなたと私は一つこころなのだから。

ΦΙ. Αἰνῶ τάδ', ὦ παῖ, καί μ' ἔπαιρ', ὥσπερ νοεῖς·

ピロクテテス おお伜よ、心づかいはありがたい。では、手をかしてわしを立たせてくれ、

890 τούτους δ' ἔασον, μὴ βαρυνθῶσιν(圧迫される) κακῇ
ὀσμῇ(悪臭) πρὸ τοῦ δέοντος· οὑπὶ νηὶ γὰρ
ἅλις(充分) πόνος τούτοισι συνναίειν(一緒にいる) ἐμοί.

だが、この人たちの世話になるにはおよばない、必要以上にこの悪臭になやまされては気の毒だ、わしといっしょに船にのることだけでも、ずいぶん迷惑であろうからな。

ΝΕ. Ἔσται τάδ'· ἀλλ' ἵστω(命) τε καὐτὸς ἀντέχου(つかまる).

ネオプトレモス では、さあ私につかまって、立つがいい。

ΦΙ. Θάρσει· τό τοι σύνηθες ὀρθώσει(立たせる) μ' ἔθος.

ピロクテテス 〔立って〕もう大じょうだ、わしはながい習慣で、ひとりであるける。

895 ΝΕ. Παπαῖ· τί δῆτ' ἂν δρῷμ' ἐγὼ τοὐνθένδε γε;

ネオプトレモス ああ、さていったいこれから、どうすべきか……。

ΦΙ. Τί δ' ἔστιν, ὦ παῖ; ποῖ ποτ' ἐξέβης(寄り道する) λόγῳ;

ピロクテテス どうした、なにを案じている。

ΝΕ. Οὐκ οἶδ' ὅποι χρὴ τἄπορον τρέπειν ἔπος.

ネオプトレモス どういって切りだそうか、困った。

ΦΙ. Ἀπορεῖς δὲ τοῦ σύ; μὴ λέγ', ὦ τέκνον, τάδε.

ピロクテテス なにを。伜、まさかおまえは。

ΝΕ. Ἀλλ' ἐνθάδ' ἤδη τοῦδε τοῦ πάθους(困難) κυρῶ.

ネオプトレモス ここまではよかったが、これからどうしようかと。

900 ΦΙ. Οὐ δή σε δυσχέρεια(嫌悪) τοῦ νοσήματος
ἔπεισεν ὥστε μή μ' ἄγειν ναύτην ἔτι;

ピロクテテス まさか、わしの病いにいや気がさして、船にはのせない、というのでは……。

ΝΕ. Ἅπαντα δυσχέρεια, τὴν αὑτοῦ φύσιν
ὅταν λιπών τις δρᾷ τὰ μὴ προσεικότα(ふさわしい).

ネオプトレモス 自分をいつわり、ふさわしくない行いをするこの私自身に、いや気がしてたまらぬ。

ΦΙ. Ἀλλ' οὐδὲν ἔξω τοῦ φυτεύσαντος(親) σύ γε
905 δρᾷς οὐδὲ φωνεῖς, ἐσθλὸν ἄνδρ' ἐπωφελῶν(助ける).

ピロクテテス おまえのしたこと、いったこと、みな正しい人間を救うためではなかったか。それが父の名のけがれだと思うのか?

ΝΕ. Αἰσχρὸς φανοῦμαι· τοῦτ' ἀνιῶμαι πάλαι.

ネオプトレモス いまに私の恥があばかれる、はじめから私は苦しかったのだ。

ΦΙ. Οὔκουν ἐν οἷς γε δρᾷς· ἐν οἷς δ' αὐδᾷς ὀκνῶ.

ピロクテテス お前がやることには恥ずべきことなどない。だが何を言い出すか気に懸かる。

ΝΕ. Ὦ Ζεῦ, τί δράσω; δεύτερον ληφθῶ κακός,
κρύπτων θ' ἃ μὴ δεῖ καὶ λέγων αἴσχιστ' ἐπῶν;

ネオプトレモス ああ、一体どうしたらいいのだ。隠しているだけで恥なのに、言えば恥の上塗りになるではないか。

910 ΦΙ. Ἁνὴρ ὅδ', εἰ μὴ 'γὼ κακὸς γνώμην ἔφυν,
προδούς μ' ἔοικεν κἀκλιπὼν τὸν πλοῦν στελεῖν.

ピロクテテス わしも馬鹿ではないつもりだ、こやつはわしを裏切り、のこしていくらしい。

ΝΕ. Λιπὼν μὲν οὐκ ἔγωγε, λυπηρῶς δὲ μὴ
πέμπω(連れていく) σε μᾶλλον, τοῦτ' ἀνιῶμαι πάλαι.

ネオプトレモス いや、のこしていくのではない。私は、いけばあなたがいっそう苦しむことを、どうしていいかわからないのだ。

ΦΙ. Τί ποτε λέγεις, ὦ τέκνον; ὡς οὐ μανθάνω.

ピロクテテス 何のことだ、わしにはよくわからん。

915 ΝΕ. Οὐδέν σε κρύψω· δεῖ γὰρ ἐς Τροίαν σε πλεῖν
πρὸς τοὺς Ἀχαιοὺς καὶ τὸν Ἀτρειδῶν στόλον.

ネオプトレモス もう隠しだてはよそう、あなたはトロイアにむかって船出する。アトレイダイのもとにいき、アカイアの軍勢に加わらなくてはならないのだ。

ΦΙ. Οἴμοι, τί εἶπας;

ピロクテテス ええ!わしがどうなると?

ΝΕ. Μὴ στέναζε πρὶν μάθῃς.

ネオプトレモス どうかさわがずに、最後まで聞いてほしい。

ΦΙ. Ποῖον μάθημα; τί με νοεῖς δρᾶσαί ποτε;

ピロクテテス なにを聞けというのだ、わしをどうするつもりだ。

ΝΕ. Σῶσαι κακοῦ μὲν πρῶτα τοῦδ', ἔπειτα δὲ
920 ξὺν σοὶ τὰ Τροίας πεδία πορθῆσαι(破る) μολών.

ネオプトレモス まずこの悲惨な暮しからあなたを救いだし、それからいっしょに戦さをすすめ、わわれらの手でトロイアの城を攻めおとす。それが私の望みだ。

ΦΙ. Καὶ ταῦτ' ἀληθῆ δρᾶν νοεῖς;

ピロクテテス それができるとでもいうのか。

ΝΕ. Πολλὴ κρατεῖ
τούτων ἀνάγκη· καὶ σὺ μὴ θυμοῦ κλύων.

ネオプトレモス できる。できるわけがあるのだ、どうか怒らずに聞いてくれ。

ΦΙ. Ἀπόλωλα τλήμων, προδέδομαι. Τί μ', ὦ ξένε,
δέδρακας; ἀπόδος(返す) ὡς τάχος τὰ τόξα μοι.

ピロクテテス 情ない、もうこれまでだ、わしは裏切られた。おお船の人、なんというひどい目にあわすのだ、さあ早くその弓をかえしてくれ。

925 ΝΕ. Ἀλλ' οὐχ οἷόν τε· τῶν γὰρ ἐν τέλει(権力) κλύειν
τό τ' ἔνδικόν με καὶ τὸ συμφέρον ποεῖ.

ネオプトレモス いや、それはならん、正義を思い、わが身を思えば、私は命令とおりにするほかない。

ΦΙ. Ὦ πῦρ σὺ καὶ πᾶν δεῖμα(恐ろしい人) καὶ πανουργίας(悪事)
δεινῆς τέχνημ'(名人) ἔχθιστον, οἷά μ' εἰργάσω,
οἷ' ἠπάτηκας(騙す)· οὐδ' ἐπαισχύνῃ μ' ὁρῶν
930 τὸν προστρόπαιον, τὸν ἱκέτην, ὦ σχέτλιε;

ピロクテテス おお人でなしめ、火をふく怪物め!悪知恵のかたまり、おまえは悪を悪とも思わぬのか!よくもひどい目にあわせたな、ああ、よくもうまうまとわしをあざむいたな!おまえの慈悲を乞い、おまえに嘆願したわしの姿をみて、恥かしいとも思わないのか。ひどい男だ!

Ἀπεστέρηκας τὸν βίον τὰ τόξ' ἑλών·
ἀπόδος, ἱκνοῦμαί σ', ἀπόδος, ἱκετεύω, τέκνον.
Πρὸς θεῶν πατρῴων, τὸν βίον μή μου 'φέλῃς(奪う).

おまえは、わしの生命にひとしい弓をぬすんだ。たのむ、弓をかえしてくれ、伜よ、このとおり嘆願するからかえしてくれ!おまえの先祖のみたまにうったえてたのむのだ、どうかわしの生命をうばわないでくれ、

Ὤμοι τάλας. Ἀλλ' οὐδὲ προσφωνεῖ μ' ἔτι,
935 ἀλλ' ὡς μεθήσων(手放す) μήποθ', ὧδ' ὁρᾷ πάλιν.

ああ、だめか、ものもいわない。弓をかえそうともせず、顔をそむけるのか……。

Ὦ λιμένες(水辺), ὦ προβλῆτες(岬), ὦ ξυνουσίαι(共生)
θηρῶν ὀρείων, ὦ καταρρῶγες(ぎざぎざの) πέτραι,
ὑμῖν τάδ', οὐ γὰρ ἄλλον οἶδ' ὅτῳ λέγω,
ἀνακλαίομαι παροῦσι τοῖς εἰωθόσιν
940 οἷ' ἔργ' ὁ παῖς μ' ἔδρασεν οὑξ Ἀχιλλέως·
ὀμόσας ἀπάξειν οἴκαδ', ἐς Τροίαν μ' ἄγει·

おお水よ、磯辺の岩よ、山にすむ獣の群れよ!おおこの断崖の岩肌よ!わしの味方はおまえたちだけだ。ながい年月の友だちよ、この訴えをきいてくれ。アキレウスの伜が、わしに、こんなむごい仕打ちをくわえたのだ!やつはわしをふるさとに連れかえると誓うたのに、トロイアへ連れていく。

προσθείς τε χεῖρα δεξιάν, τὰ τόξα μου
ἱερὰ λαβὼν τοῦ Ζηνὸς Ἡρακλέους ἔχει,
καὶ τοῖσιν Ἀργείοισι φήνασθαι θέλει.

やつは右手をだして誓うたのに、わしの弓を、神聖なヘラクレスの弓を、自分のものにしてアルゴス人(びと)らに見せようとしている!

945 Ὡς ἄνδρ' ἑλὼν ἰσχυρὸν ἐκ βίας μ' ἄγει,
κοὐκ οἶδ' ἐναίρων(殺す) νεκρόν, ἢ καπνοῦ(煙) σκιάν,
εἴδωλον ἄλλως· οὐ γὰρ ἂν σθένοντά(力がある) γε
εἷλέν μ'· ἐπεὶ οὐδ' ἂν ὧδ' ἔχοντ', εἰ μὴ δόλῳ.

まるで力のある男をたおすように、力まかせにわしを引いていく。知らないのだ、わしが煙や影のような殻(から)だけの人間だということを。わしが一人前だったら、こやつに捉えられるはずがない、いや、いまのわしでも、だまし打ちでなかったらこうやすやすと負けるものか。

Νῦν δ' ἠπάτημαι δύσμορος· τί χρή με δρᾶν;
950 Ἀλλ' ἀπόδος· ἀλλὰ νῦν ἔτ' ἐν σαυτῷ γενοῦ.

わしは不運だった、わしはだまされた。ああ、どうしたらよい!とにかく弓をかえしてくれ、どうかもう一度、おまえの本心にもどってくれ、

Τί φῄς; σιωπᾷς. Οὐδέν εἰμ' ὁ δύσμορος.

どうなのだ。だまっているのか、ああなさけない、わしはもう手も足もでない。

Ὦ σχῆμα πέτρας δίπυλον, αὖθις αὖ πάλιν
εἴσειμι πρὸς σὲ ψιλός, οὐκ ἔχων τροφήν,
ἀλλ' αὐανοῦμαι(乾く) τῷδ' ἐν αὐλίῳ μόνος,

おお、二つ口のある洞窟よ、わしはまたかえってきたぞ。わしにはもう弓もない、生命もない。このわびしいかくれ家で、ひとりひぼしになるほかはない。

955 οὐ πτηνὸν ὄρνιν, οὐδὲ θῆρ' ὀρειβάτην(山かける)
τόξοις ἐναίρων τοισίδ', ἀλλ' αὐτὸς τάλας
θανὼν παρέξω(提供する) δαῖθ' ὑφ' ὧν ἐφερβόμην(食物を得る),
καί μ' οὓς ἐθήρων(狩りをする) πρόσθε θηράσουσι νῦν·
φόνον φόνου δὲ ῥύσιον(報い) τείσω τάλας
960 πρὸς τοῦ δοκοῦντος οὐδὲν εἰδέναι κακόν.

空とぶ鳥、野をかける獣も弓矢でとらえることができなくなった。ああこんどはわしが、鳥けだものの餌食になる番だ、追うたものが追われるのだ。けだものの血のつぐないに、この身の血をすすらせる。しかもこのやさしそうな若者のわなにかかって!

Ὄλοιο ‑ μήπω, πρὶν μάθοιμ' εἰ καὶ πάλιν
γνώμην μετοίσεις(変える)· εἰ δὲ μή, θάνοις κακῶς.

おまえなど、くたばってしまえ、いやまだ死んではならん、おまえが心をあらためるまでは。考えをかえぬというのなら、わしの呪いをあびて死ね!

ΧΟ. Τί δρῶμεν; ἐν σοὶ καὶ τὸ πλεῖν ἡμᾶς, ἄναξ,
ἤδη 'στὶ καὶ τοῖς τοῦδε προσχωρεῖν(譲歩する) λόγοις.

船乗りの長 ご主人さま、さてどうしたものでございましょう。願いをいれてやるか、船出をするか、あなたのお心しだいです。

965 ΝΕ. Ἐμοὶ μὲν οἶκτος δεινὸς ἐμπέπτωκέ τις
τοῦδ' ἀνδρὸς οὐ νῦν πρῶτον, ἀλλὰ καὶ πάλαι.

ネオプトレモス 私ははじめから憐れにうたれ、苦しんでいたのだ。いまになって心がゆらいだのではない。

ΦΙ. Ἐλέησον, ὦ παῖ, πρὸς θεῶν, καὶ μὴ παρῇς
σαυτοῦ βροτοῖς ὄνειδος(非難) ἐκκλέψας(騙す) ἐμέ.

ピロクテテス 伜、憐みを知れ、わしの弓をぬすみとって末代の恥をうけるなよ。

ΝΕ. Οἴμοι, τί δράσω; μήποτ' ὤφελον λιπεῖν
970 τὴν Σκῦρον· οὕτω τοῖς παροῦσιν(事態) ἄχθομαι(悩む).

ネオプトレモス 私も途方にくれている。どうすればよいか。スキュロスを出なければよかった、これほど苦しむことはなかったはずだ。

ΦΙ. Οὐκ εἶ κακὸς σύ, πρὸς κακῶν δ' ἀνδρῶν μαθὼν
ἔοικας ἥκειν αἰσχρά· νῦν δ' ἄλλοισι δοὺς
οἷς εἰκός, ἔκπλει, τἀμά μοι μεθεὶς ὅπλα.

ピロクテテス おまえは悪事をはたらく人間ではない、きっと悪人どもの入れ知恵で、破廉恥なことをやろうとしたにちがいない。さあ、だから悪は悪人どもにかえし、その弓はわしにかえしてくれ。そしてここから出帆するのだ。

ΝΕ. Τί δρῶμεν, ἄνδρες;

ネオプトレモス みなのもの、これはどうしたらよいだろう。

〔とつぜん岩かげからオデュッセウスがあらわれる〕

ΟΔ. Ὦ κάκιστ' ἀνδρῶν, τί δρᾷς;
975 Οὐκ εἶ, μεθεὶς τὰ τόξα ταῦτ' ἐμοί, πάλιν;

オデュッセウス 意気地なしめ!いつまでぐずついている、早くもどって弓をわたさないか!

ΦΙ. Οἴμοι, τίς ἁνήρ; ἆρ' Ὀδυσσέως κλύω;

ピロクテテス やや、そやつはだれだ、おおオデュッセウスの声ではないか。

ΟΔ. Ὀδυσσέως, σάφ' ἴσθ', ἐμοῦ γ', ὃν εἰσορᾷς.

オデュッセウス そうだ、たしかにオデュッセウスだ、見おぼえがあろう。

ΦΙ. Οἴμοι· πέπραμαι(売られた) κἀπόλωλ'· ὅδ' ἦν ἄρα
ὁ ξυλλαβών(捕まえる) με κἀπονοσφίσας(奪う) ὅπλων.

ピロクテテス うう、はかられた、もうわしは助からぬ、さてはこやつがたくらんで、わしの弓をぬすませたのだな!

980 ΟΔ. Ἐγώ, σάφ' ἴσθ', οὐκ ἄλλος· ὁμολογῶ τάδε.

オデュッセウス たしかにわたしがやったこと、おまえのいうとおりだ。

ΦΙ. Ἀπόδος, ἄφες μοι, παῖ, τὰ τόξα.

ピロクテテス 伜よ、かえせ、はなしてくれ、弓を。

ΟΔ. Τοῦτο μέν,
οὐδ' ἢν θέλῃ, δράσει ποτ'· ἀλλὰ καὶ σὲ δεῖ
στείχειν(行く) ἅμ' αὐτοῖς, ἢ βίᾳ στελοῦσί(送る) σε.

オデュッセウス そうはいかん、こやつが返したくとも、わたしがゆるさぬ。おまえもついてくるのだ、いやなら引きたてていく

ΦΙ. Ἔμ', ὦ κακῶν κάκιστε καὶ τολμήστατε,
985 οἵδ'(彼らが) ἐκ βίας ἄξουσιν;

ピロクテテス おおよくも、この人でなし、恥しらず、わしを引きたてていくと!

ΟΔ. Ἢν μὴ ἕρπῃς(這う) ἑκών.

オデュッセウス 自分で這うていくのがいやならな。

ΦΙ. Ὦ Λημνία χθὼν καὶ τὸ παγκρατὲς σέλας(火)
Ἡφαιστότευκτον, ταῦτα δῆτ' ἀνασχετά(耐えられる),
εἴ μ' οὗτος ἐκ τῶν σῶν ἀπάξεται βίᾳ;

ピロクテテス おおレムノスよ、ヘパイストスの火よ、こやつがわしを引きたてていくのに、だまってみているのか!

ΟΔ. Ζεύς ἐσθ', ἵν' εἰδῇς, Ζεύς, ὁ τῆσδε γῆς κρατῶν,
990 Ζεύς, ᾧ δέδοκται ταῦθ'· ὑπηρετῶ(手伝う) δ' ἐγώ.

オデュッセウス そうだ、そのわけを教えてやろう、ゼウスが、この地のあるじゼウスが、こうせよといわれたのだ、ゼウスさまがじきじきにな。わたしは、それを手伝うだけの人間だ。

ΦΙ. Ὦ μῖσος(憎たらしい人), οἷα κἀξανευρίσκεις λέγειν·
θεοὺς προτείνων τοὺς θεοὺς ψευδεῖς(嘘つき) τίθης.

ピロクテテス おのれ口達者な悪党め、神の名をかたって、神を嘘つき呼ばわりする気か!

ΟΔ. Οὔκ, ἀλλ' ἀληθεῖς. Ἡ δ' ὁδὸς πορευτέα(行くべき).

オデュッセウス いやどうしてそのようなことを。神は正直だ。ではそろそろ行こうか。

ΦΙ. Οὔ φημ' ἔγωγε.

ピロクテテス いやだ。

ΟΔ. Φημί· πειστέον τάδε.

オデュッセウス わたしが行けというのだ、さからわぬほうが身のためだ。

995 ΦΙ. Οἴμοι τάλας. Ἡμᾶς μὲν ὡς δούλους σαφῶς
πατὴρ ἄρ' ἐξέφυσεν, οὐδ' ἐλευθέρους.

ピロクテテス 無念だ、わしの父は奴隷を生んだのか、わしには自由がないのか!

ΟΔ. Οὔκ, ἀλλ' ὁμοίους τοῖς ἀρίστοισιν, μεθ' ὧν
Τροίαν σ' ἑλεῖν δεῖ καὶ κατασκάψαι(滅ぼす) βίᾳ.

オデュッセウス それほど思いつめることはなかろう、おまえは一軍の将として、われわれの陣に加わり、トロイアをほろぼす人間だ。

ΦΙ. Οὐδέποτέ γ'· οὐδ' ἢν χρῇ με πᾶν παθεῖν κακόν,
1000 ἕως ἂν ᾖ μοι γῆς τόδ' αἰπεινὸν(高い) βάθρον(台).

ピロクテテス わしはいやだ。みよ、足もとの断崖を。これがあるかぎり、どんなに苦しくとも、わしはトロイアへはいかぬ。

ΟΔ. Τί δ' ἐργασείεις;

オデュッセウス どうするつもりだ。

ΦΙ. Κρᾶτ' ἐμὸν τόδ' αὐτίκα
πέτρᾳ πέτρας ἄνωθεν αἱμάξω(打ち付ける) πεσών.

ピロクテテス とびおりて、頭を打ちくだくのだ。

ΟΔ. Ξυλλάβετέ γ' αὐτόν· μὴ 'πὶ τῷδ' ἔστω τάδε.

オデュッセウス やつをおさえろ、とばせてはならん。

ΦΙ. Ὦ χεῖρες(私の手よ), οἷα πάσχετ(なんという目に会うのか)' ἐν χρείᾳ(〜がないために) φίλης
1005 νευρᾶς(弓), ὑπ' ἀνδρὸς τοῦδε συνθηρώμεναι(縛られた).

ピロクテテス おお口惜しい、わしの弓を手ばなしたばかりに、こやつらの手におさえられた!

Ὦ μηδὲν ὑγιὲς μηδ' ἐλεύθερον φρονῶν,
οἷ' αὖ μ' ὑπῆλθες(罠にかける), ὥς μ' ἐθηράσω(狩りをする), λαβὼν
πρόβλημα(目隠し) σαυτοῦ παῖδα τόνδ' ἀγνῶτ' ἐμοί,
ἀνάξιον μὲν σοῦ, κατάξιον δ' ἐμοῦ,

おのれ、きさまには爪の垢ほどの正直さも高潔さもないのか、よくもまただましたな。みしらぬこの若者をおとりにつかい、よくもわしをわなにおとしたな! 見ろ、この若者のようすを。おまえの連れには惜しい、友に持ちたいほどの人間だ、

1010 ὃς οὐδὲν ᾔδει πλὴν τὸ προσταχθὲν ποεῖν,

命令どおりにするよりほかに、どうしてよいか知らなかったのだ。

δῆλος δὲ καὶ νῦν ἐστιν ἀλγεινῶς φέρων
οἷς τ' αὐτὸς ἐξήμαρτεν οἷς τ' ἐγὼ 'παθον.

だからいまになって顔色をうしなっている。過ちに気づき、わしの難儀を悔いておるわ。

Ἀλλ' ἡ κακὴ σὴ διὰ μυχῶν(闇) βλέπουσ' ἀεὶ
ψυχή νιν ἀφυῆ(純な) τ' ὄντα κοὐ θέλονθ'(その気もない) ὅμως
1015 εὖ προὐδίδαξεν(仕込む) ἐν κακοῖς εἶναι σοφόν.

悪にそまぬ、いやそまる意志もないこの若者をまどわして、抜け目のない悪者にしたてたのは、きさまだ! 暗闇で眼をひからせている、おまえのうす汚い心がもとなのだ。

Καὶ νῦν ἔμ', ὦ δύστηνε, συνδήσας νοεῖς
ἄγειν ἀπ' ἀκτῆς(浜) τῆσδ', ἐν ᾗ με προὐβάλου(捨てる)
ἄφιλον, ἔρημον, ἄπολιν, ἐν ζῶσιν νεκρόν;

悪者め、むかしわしをただひとり、友もなく国もなく、生きた屍同様に、この島にすてていった。こんどはこうして無理やりに、わしを縛って引いていくつもりだな!

Φεῦ.
Ὄλοιο· καί σοι πολλάκις τόδ' ηὐξάμην.
1020 Ἀλλ', οὐ γὰρ οὐδὲν θεοὶ νέμουσιν ἡδύ μοι,
σὺ μὲν γέγηθας ζῶν, ἐγὼ δ' ἀλγύνομαι
τοῦτ' αὔθ', ὅτι ζῶ σὺν κακοῖς πολλοῖς τάλας,
γελώμενος πρὸς σοῦ τε καὶ τῶν Ἀτρέως
διπλῶν στρατηγῶν, οἷς σὺ ταῦθ' ὑπηρετεῖς.

うぬ、畜生め!くたばってしまえ、いくど神にねがったことか、きさまが野倒れ死するように。だがわしの祈りは叶えられなかった。おかげできさまの悪運はつきず、わしには災難ばかりがかさなった。それだのに、またわしはきさまやアトレイダイどもの手でもてあそばれるのか!

1025 Καίτοι σὺ μὲν κλοπῇ τε κἀνάγκῃ ζυγεὶς
ἔπλεις ἅμ' αὐτοῖς, ἐμὲ δὲ τὸν πανάθλιον,
ἑκόντα πλεύσανθ' ἑπτὰ ναυσὶ ναυβάτην,
ἄτιμον ἔβαλον(捨てた), ὡς σὺ φῄς, κεῖνοι δὲ σέ.

いやまだいうことがある、わしは今こそみじめな姿をさらしておるが、かつては船七艘の長としてすすんで戦さに加わった。ところがきさまは逃げそこなって、いやいやながら船出する羽目をみたではないか。それに、あろうことか、やつらにいわせればきさまが、きさまに言わせるとやつらが、不当にもわしの名誉をふみにじったのだ。

Καὶ νῦν τί μ' ἄγετε; τί μ' ἀπάγεσθε; τοῦ χάριν;

今になって、なぜわしを連れていくのだ、ここからわしを引きたてていけば、なんの得がある?

1030 ὃς οὐδέν εἰμι καὶ τέθνηχ' ὑμῖν πάλαι.

きさまたちにしてみれば、わしはとうに死んだ人間ではなかったのか。

Πῶς, ὦ θεοῖς ἔχθιστε, νῦν οὐκ εἰμί σοι
χωλός(びっこ), δυσώδης; πῶς θεοῖς ἔξεστ', ἐμοῦ
πλεύσαντος(航海する), αἴθειν(燃やす) ἱερά, πῶς σπένδειν ἔτι;

聞こうではないか、神にのろわれた悪党め、いまではわしば跛(びっこ)でないのか、臭くてたまらぬ 奴でもないのか!わしを船に乗せても、犠牲の火がもえるようになったのか、灌(そそ)ぎをあげることもできるのか。

αὕτη γὰρ ἦν σοι πρόφασις ἐκβαλεῖν ἐμέ.

きさまはそういう口実で、十年まえわしを船からひきずりおろしたではないか!

1035 Κακῶς ὄλοισθ'· ὀλεῖσθε δ' ἠδικηκότες
τὸν ἄνδρα τόνδε, θεοῖσιν εἰ δίκης μέλει(気にかける).
Ἔξοιδα δ' ὡς μέλει γ'(そうに違いない)· ἐπεὶ οὔποτ' ἂν στόλον
ἐπλεύσατ' ἂν τόνδ' οὕνεκ' ἀνδρὸς ἀθλίου,
εἰ μή τι κέντρον(鞭) θεῖον ἦγ' ὑμᾶς ἐμοῦ.

くたばれ、犬にくわれてしまえ、神の正義のみせしめに、わしをひどい目にあわせたきさまらはみな、野倒れ死ぬのだ!そうとも、神の鞭がきさまらを打ったのだ。そうでなければきさまらが、このみじめなわしに使いをたてるはずがない。

1040 Ἀλλ', ὦ πατρῴα γῆ θεοί τ' ἐπόψιοι,

おお祖国の土よ、鎮守の神々よ!

τείσασθε, τείσασθ' ἀλλὰ τῷ χρόνῳ ποτὲ
ξύμπαντας αὐτούς, εἴ τι κἄμ' οἰκτίρετε·

もしわしに一片の憐みをおぼえたもうなら、いまこそ、やつらに怒りと復讐をくだしたまえ。

ὡς ζῶ μὲν οἰκτρῶς, εἰ δ' ἴδοιμ' ὀλωλότας
τούτους, δοκοῖμ' ἂν τῆς νόσου πεφευγέναι.

わしの生涯がどれほど辛かろうと、やつらの破滅をこの目でみれば、痛みも嘆きもきえさる思いがいたしましょう。

1045 ΧΟ. Βαρύς(乱暴な) τε καὶ βαρεῖαν ὁ ξένος φάτιν
τήνδ' εἶπ', Ὀδυσσεῦ, κοὐχ ὑπείκουσαν(屈する) κακοῖς·

船乗りの長 オデュッセウス、この人ははげしい怒りに狂いたち、呪いの言葉をならべたてて、屈する色もみせない。

ΟΔ. Πόλλ' ἂν λέγειν ἔχοιμι πρὸς τὰ τοῦδ' ἔπη,
εἴ μοι παρείκοι(許される)· νῦν δ' ἑνὸς κρατῶ λόγου.

オデュッセウス こやつの憎まれ口にこたえるのは造作ないが、いまはひと言しかいう暇がない。

Οὗ γὰρ τοιούτων δεῖ, τοιοῦτός εἰμ' ἐγώ·
1050 χὤπου δικαίων κἀγαθῶν ἀνδρῶν κρίσις,
οὐκ ἂν λάβοις μου μᾶλλον οὐδέν' εὐσεβῆ.

わたしは臨機応変の人間だ、正義の士、高潔な男が要るときには、わたしよりもその役にかなった人間はみあたるまい。

Νικᾶν γε μέντοι πανταχοῦ χρῄζων ἔφυν,
πλὴν εἰς σέ· νῦν δὲ σοί γ' ἑκὼν ἐκστήσομαι.

あらゆることにただ成功することだけが、わたしの宿望だ。しかし、おまえはべつだった、こうなってはわたしも兜をぬいで、おまえに道をゆずろう。

Ἄφετε γὰρ αὐτόν, μηδὲ προσψαύσητ' ἔτι·
1055 ἐᾶτε μίμνειν(残る). Οὐδὲ σοῦ προσχρῄζομεν,
τά γ' ὅπλ' ἔχοντες ταῦτ'· ἐπεὶ πάρεστι μὲν
Τεῦκρος παρ' ἡμῖν, τήνδ' ἐπιστήμην ἔχων,
ἐγώ θ', ὃς οἶμαι σοῦ κάκιον οὐδὲν ἂν
τούτων κρατύνειν, μηδ' ἐπιθύνειν(真っ直ぐする) χερί.

みなのもの、いいから放してやれ。もう手をかけてはならん、ここに住まわせてやるのだ。ピロクテテス、もうおまえの力を借りようとは思わんが、この弓だけは貰っていく。われわれの陣にはテウクロスがいる、あれは弓矢が達者だ。それにこのわたしだって、これくらいの弓なら、おまえにおとらずりっぱに引いて、的を射ぬいてみせよう。

1060 Τί δῆτα σοῦ δεῖ; χαῖρε τὴν Λῆμνον πατῶν(散歩する)·
ἡμεῖς δ' ἴωμεν· καὶ τάχ' ἂν τὸ σὸν γέρας
τιμὴν ἐμοὶ νείμειεν, ἣν σὲ χρῆν ἔχειν.

おまえがいなくとも不自由はない、おまえは機嫌よくレムノスを散歩しているがいい。では出発だ、この弓がおまえに与えるはずだった栄冠は、いまにわたしのものになる。

ΦΙ. Οἴμοι· τί δράσω δύσμορος; Σὺ τοῖς ἐμοῖς
ὅπλοισι κοσμηθεὶς ἐν Ἀργείοις φανῇ;

ピロクテテス おう、おう情ない、おう、どうすればよいのだ!き、きさまが、わしの弓をとって、アルゴス人どもにみせびらかそうと!

1065 ΟΔ. Μή μ' ἀντιφώνει μηδέν, ὡς στείχοντα δή.

オデュッセウス おれはもういく。いくらほざいても聞く耳はもたん。

ΦΙ. Ὦ σπέρμ' Ἀχιλλέως, οὐδὲ σοῦ φωνῆς ἔτι
γενήσομαι προσφθεγκτός(挨拶される), ἀλλ' οὕτως ἄπει;

ピロクテテス おお、アキレウスの子よ、おまえも、わしにものもいわずに行ってしまうのか。

ΟΔ. Χώρει σύ· μὴ πρόσλευσσε, γενναῖός περ ὤν,
ἡμῶν ὅπως μὴ τὴν τύχην διαφθερεῖς.

オデュッセウス 〔ネオプトレモスに〕早くこないか、やつのほうを見てはいかん。君は育ちがよいだけにしっかりしないな。われわれの機会をのがしてはだめだ!

1070 ΦΙ. Ἦ καὶ πρὸς ὑμῶν ὧδ' ἔρημος, ὦ ξένοι,
λειφθήσομαι δὴ κοὐκ ἐποικτιρεῖτέ με;

ピロクテテス いくのか、船の人たち、おまえたちもわしを、一人おきざりにするのか、あわれなわしを!

ΧΟ. Ὅδ' ἐστὶν ἡμῶν ναυκράτωρ ὁ παῖς· ὅσ' ἂν
οὗτος λέγῃ σοι, ταῦτά σοι χἠμεῖς φαμεν.

船乗りの長 ネオプトレモスさまが、わしらの船のお頭なのだ、この方がいわれるとおりわしらも答えよう。

ΝΕ. Ἀκούσομαι μὲν ὡς ἔφυν οἴκτου(同情) πλέως
1075 πρὸς τοῦδ'· ὅμως δὲ μείνατ', εἰ τούτῳ δοκεῖ,
χρόνον τοσοῦτον εἰς ὅσον τά τ' ἐκ νεὼς
στείλωσι(準備する) ναῦται καὶ θεοῖς εὐξώμεθα.

ネオプトレモス 〔船乗りたちに〕情にもろい、とオデュッセウスはいうだろう。しかしこの人の望みとあればおまえたちはしばらくここにいてもよい。船出までにはまだ間がある、船の支度もある、われわれも船出の祈りをしなくてはならぬ。

χοὖτος τάχ' ἂν φρόνησιν ἐν τούτῳ λάβοι
λῴω(より良い) τιν' ἡμῖν. Νὼ μὲν οὖν ὁρμώμεθον,
1080 ὑμεῖς δ', ὅταν καλῶμεν, ὁρμᾶσθαι ταχεῖς.

そのあいだに、この人の考えがかわればさいわいだ、われわれも辛い思いをしないですむ。では、われわれはさきにいく、おまえたちは命令がありしだい、急いでくるように。

第二コンモス

ΦΙ. Ὦ κοίλας(穴) πέτρας γύαλον(穴) Str. 1.
θερμὸν(暖かい) καὶ παγετῶδες(冷たい), ὥς σ'
οὐκ ἔμελλον ἄρ', ὦ τάλας,
λείψειν οὐδέποτ', ἀλλά μοι
1085 καὶ θνῄσκοντι συνείσῃ.

ピロクテテス おおうつろなほらあなよ、
寒さ暑さにたえがたい住家よ、
哀れなわしがこうなったうえは、
もうけっして、
おまえを捨てることはない、
わしはここで死ぬ、
わしの最期をみとってくれ、

Ὤμοι μοί μοι.
Ὦ πληρέστατον αὔλιον(家)
λύπας τᾶς ἀπ' ἐμοῦ τάλαν,
τίπτ'(何が) αὖ μοι τὸ κατ' ἦμαρ ἔσται;
1090 τοῦ ποτε τεύξομαι
σιτονόμου(食糧) μέλεος(哀れな) πόθεν ἐλπίδος;

おう おう おう、
おお、苦しみにみちた哀れな家よ、
あすの日はどうなることか、
惨めなわしは、何をたよりに
生きていけばよい、

ἴθ' αἰθέρος ἄνω
πτωκάδες(臆病な) ὀξυτόνου διὰ πνεύματος·
ἅλωσιν(捕獲) οὐκέτ' ἴσχω.

頭のうえには臆病ものの野鳩が
風をきって飛びかうだろう、
だがそれを射落す手だてもないのだ。

1095 ΧΟ. Σύ τοι σύ τοι κατηξίωσας(定める),
ὦ βαρύποτμε, κοὐκ
ἄλλοθεν ἁ τύχα ἅδ' ἀπὸ μείζονος,

船乗りたち 自業自得だ、
不運かさなる島の人よ、
あなたの不運は、
人のせいでも神のせいでもないはずだ、

εὖτέ γε παρὸν(できる) φρονῆσαι
1100 τοῦ λῴονος δαίμονος
εἵλου τὸ κάκιον αἰνεῖν.

ちとものを考えればよいときに、
強情をはって幸運を逃がし、
不運をえらんだのは
あなた自身ではなかったか。

ΦΙ. Ὦ τλάμων τλάμων ἄρ' ἐγὼ Ant. 1.
καὶ μόχθῳ(苦しみ) λωβατός(虐待され), ὃς ἤδη
μετ' οὐδενὸς ὕστερον
ἀνδρῶν εἰσοπίσω(あとで) τάλας
1105 ναίων ἐνθάδ' ὀλοῦμαι,

ピロクテテス おおなんと不運なわしだ、
苦しみに身も心もうちひしがれた。
来る日もくる日も
人影ひとつない離れ島の暮し。
さいごは 惨めな姿で 死んでいくのだ、

αἰαῖ αἰαῖ,
οὐ φορβὰν(食料) ἔτι προσφέρων,
οὐ πτανῶν ἀπ' ἐμῶν ὅπλων
1110 κραταιαῖς(力強い) μετὰ χερσὶν ἴσχων·

ああ……ああ……、
もう飢もしのげない、
この強い腕ではやい矢を射ることもできない、

ἀλλά μοι ἄσκοπα(見えない)
κρυπτά(隠れた) τ' ἔπη δολερᾶς ὑπέδυ(騙す) φρενός·

ああわしは弱みにつけこまれ、
裏切り者の甘言にしてやられた、

ἰδοίμαν δέ νιν,
τὸν τάδε μησάμενον(これを企んだ男), τὸν ἴσον χρόνον
1115 ἐμὰς λαχόντ' ἀνίας(苦しみ).

おのれ、わしをはかったあの男が、
わしとおなじだけ、この苦しみに
あがき苦しむさまを見てやりたいわ!

ΧΟ. Πότμος(運命), πότμος σε δαιμόνων
τάδ', οὐδὲ σέ γε δόλος
ἔσχ' ὑπὸ χειρὸς ἐμᾶς· στυγερὰν(惨めな) ἔχε
1120 δύσποτμον ἀρὰν ἐπ' ἄλλοις·

船乗りたち それは運命だ、
神のさだめた運命が
こうしてあなたをくるしめたのだ、
わしらがだましたのではない、
憎しみのおそろしい呪いをかけるなら、
どうかほかの人にむけてくれ、

καὶ γὰρ ἐμοὶ τοῦτο μέλει(望む),
μὴ φιλότητ' ἀπώσῃ(しりぞける).

わしらの友情だけは
どうかわすれてくれるなよ。

ΦΙ. Οἴμοι μοι, καί που πολιᾶς(白い) Str. 2.
πόντου θινὸς(砂) ἐφήμενος(座る),
1125 γελᾷ μου, χερὶ πάλλων(振る)
τὰν ἐμὰν μελέου(惨めな) τροφάν(=弓),
τὰν οὐδείς ποτ' ἐβάστασεν(手に取る).

ピロクテテス おう、おう、
浜べのどこかで
不運なわしの命のかてを
わらい興じるやつの声が聞こえてくる、
手にもてあそんでいるのだ、
だれも、けっしてふれてはならぬあの弓を。

Ὦ τόξον φίλον, ὦ φίλων
χειρῶν ἐκβεβιασμένον(奪われた),
1130 ἦ που ἐλεινὸν ὁρᾷς(さみしい表情をしている), φρένας εἴ τινας
ἔχεις, τὸν Ἡράκλειον
ἄθλιον ὧδέ σοι
οὐκέτι χρησόμενον τὸ μεθύστερον(今後),

おお、わしのいとしい弓よ、
いのちあるものなら、きっと
哀れな思いをしているだろう、
愛する手からもぎとられたのだ。
ヘラクレスの友は、もうおまえを手にする
ことができなくなった。

ἄλλ' ἐν μεταλλαγᾷ(その代わり) χεροῖν
1135 πολυμηχάνου ἀνδρὸς ἐρέσσῃ(扱う),
ὁρῶν μὲν αἰσχρὰς ἀπάτας(欺瞞),
στυγνόν(憎い) τε φῶτ' ἐχθοδοπόν(忌むべき),
μυρί' ἀπ' αἰσχρῶν ἀνατέλλονθ'(生み出す) ὅς ἐφ' ἡμῖν
κάκ' ἐμήσατ'(企む) ἔργων.

かわりに あのたくらみぶかい男が
おまえにふれ、おまえをひく。
おまえはみるだろう、
あいつの欺瞞のかずかずを
あいつのにくい悪党面を、
わしをくるしめぬいたあいつの顔を

1140 ΧΟ. Ἀνδρός τοι τὸ μὲν ὅν δίκαιον εἰπεῖν,
εἰπόντος δὲ μὴ φθονερὰν(妬む)
ἐξῶσαι(投げつける) γλώσσας ὀδύναν(苦しみ).

船乗りたち 誰でも、正義に与することはいいことだ、
だが、わが身の正義と人の悪ロを
混同するのはよくない、

Κεῖνος δ' εἷς ἀπὸ πολλῶν
ταχθεὶς τῶνδ' ἐφημοσύνᾳ(命令)
1145 κοινὰν ἤνυσεν ἐς φίλους ἀρωγάν(救い).

あなたの敵にまわった人も
多勢の人びとの命令にしたがって、
味方のために、救いの手をかしたのだ。

ΦΙ. Ὦ πταναὶ θῆραι(獲物) χαροπῶν(青い目の) τ' Ant. 2.
ἔθνη θηρῶν, οὓς ὅδ' ἔχει
χῶρος οὐρεσιβώτας(山に住む),
φυγᾷ(与) μ' οὐκέτ' ἀπ' αὐλίων(家)
1150 ἐλᾶτ'(未)· οὐ γὰρ ἔχω χεροῖν
τὰν πρόσθεν βελέων ἀλκάν(守り),

ビロクテテス おお鳥の群れ、眼のひかる獣の群れよ!
この島の野山にすむものたちよ!
今日からは、かくれなくてもいい、
ねぐらを追われることもない!
昨日とかわって、わしの手には
弓も矢もなくなったのだ、

ὦ δύστανος ἐγὼ τανῦν,
ἀλλ' ἀνέδην(自由に) ὅδε χῶρος ἐρύκεται(守る),
οὐκέτι φοβητὸς(恐るべき) ὑμῖν.

おお、いまこそ、わしは惨めだ
だが、おまえたちは自由なのだ、
この島にもう怖いものはない、

1155 Ἕρπετε, νῦν καλὸν
ἀντίφονον(仕返しする口) κορέσαι(満足させる) στόμα πρὸς χάριν
ἐμᾶς σαρκὸς(肉体) αἰόλας(斑の)·

さあ、でてこい、
いまこそ、この色もまだらのわしの肉体を
思いのままに喰らうがいい。

ἀπὸ γὰρ βίον αὐτίκα λείψω.
Πόθεν γὰρ ἔσται βιοτά;

わしの生命もまもなくつきる、
どこに食べものがある、

1160 τίς ὧδ' ἐν αὔραις(風) τρέφεται,
μηκέτι μηδενὸς κρατύνων(支配する) ὅσα πέμπει
βιόδωρος αἶα;

だれが風をくって生きていけるか、
生命の母は大地だ、
だがわしには母にすがる力もない。

ΧΟ. Πρὸς θεῶν, εἴ τι σέβῃ ξένον, πέλασσον(近づく),
εὐνοίᾳ πάσᾳ πελάταν(隣人)·
1165 ἀλλὰ γνῶθ', εὖ γνῶθ', ὅτι σὸν
κῆρα(運命) τάνδ' ἀποφεύγειν·

船乗りたち 心からの忠告だ
ひとの好意をありがたく思うなら、
あのお方に、もう一度すがるのだ、
よく考えてみるがいい、思いなおすのだ
いまの破滅は
あなたの心ひとつで救われる、

οἰκτρὰ(惨め) γὰρ βόσκειν(餌になる), ἀδαὴς(愚かな) δ'
ἔχειν μυρίον ἄχθος(苦) ὃ ξυνοικεῖ.

鳥獣の餌食(えじき)になるのはひどすぎる、
ながい労苦を無にしてしまう
おろかな考えではあるまいか。

ΦΙ. Πάλιν, πάλιν παλαιὸν ἄλγημ(痛み)'
1170 ὑπέμνασας, ὦ
λῷστε(最善) τῶν πρὶν ἐντόπων.

ピロクテテス おお、また、またわしの古傷 にさわるのか!おまえたちは、この島にきたいちばん親切な人だのに、

Τί μ' ὤλεσας; τί μ' εἴργασαι;

どうしてわしをつきはなし、こんな目にあわせた。

ΧΟ. Τί τοῦτ' ἔλεξας;

船乗りたち それは、どういうことだ?

ΦΙ. Εἰ σὺ τὰν ἐμοὶ στυγερὰν
1175 Τρῳάδα γᾶν μ' ἤλπισας ἄξειν.

ピロクテテス あのにくいトロイアへ、わしをつれていこうとしたではないか!

ΧΟ. Τόδε γὰρ νοῶ κράτιστον.

船乗りたち それがいちばんいいことだ。

ΦΙ. Ἀπό νύν με λείπετ' ἤδη.

ピロクテテス もういい、わしをすてて行ってくれ。

ΧΟ. Φίλα μοι, φίλα ταῦτα παρήγγειλας(命ずる)
ἑκόντι τε πράσσειν.
1180 Ἴωμεν, ἴωμεν
ναὸς ἵν' ἡμῖν τέτακται(配置された).

船乗りたち それはありがたい、ありがたい。さあ行こう、行って船の持場につこうではないか。

ΦΙ. Μή, πρὸς ἀραίου Διός, ἔλθῃς,
ἱκετεύω.

ビロクテテス 待ってくれ、呪いの神ゼウスにかけて、いかないでくれ、このとおりわしのねがいだ。

ΧΟ. Μετρίαζ'(穏やかになる).

船乗りたち おちつけ、どうしたのか。

ΦΙ. Ὦ ξένοι,
1185 μείνατε, πρὸς θεῶν.

ピロクテテス おおい、たのむ、待ってくれ!

ΧΟ. Τί θροεῖς(叫ぶ);

船乗りたち なにか用か。

ΦΙ. Αἰαῖ αἰαῖ,
δαίμων δαίμων· ἀπόλωλ' ὁ τάλας·
ὦ πούς, πούς, τί σ' ἔτ' ἐν βίῳ
τεύξω(〜とする) τῷ μετόπιν(これから先の) τάλας;

ピロクテテス ああ……ああ……神よ、おお神よ、わしはもうどうにもならん、おおこの足が、わが足ながら、これからさきの難儀をどうしてくれよう、

1190 Ὦ ξένοι, ἔλθετ' ἐπήλυδες αὖθις(戻る).

おおい船乗りたち、もういちどかえってきてくれい。

ΧΟ. Τί ῥέξοντες ἀλλοκότῳ(異なる)
γνώμᾳ τῶν πάρος, ὧν προὔφαινες;

船乗りたち さっきの考えをあらためて、わしらに頼みがあるというのか。

ΦΙ. Οὔτοι νεμεσητὸν(怒るべき)
ἀλύοντα(戸惑う) χειμερίῳ
1195 λύπᾳ(痛み) καὶ παρὰ νοῦν θροεῖν.

ピロクテテス 本気になって怒らないでくれ、嵐のような苦しみにまけて、つい心にもないことをロ走ったのだ。

ΧΟ. Βᾶθί νυν, ὦ τάλαν, ὥς σε κελεύομεν.

船乗りたち 気の毒に、だからわしらのいうように、いっしょに来るがいい。

ΦΙ. Οὐδέποτ' οὐδέποτ', ἴσθι τόδ' ἔμπεδον(確かに),
οὐδ' εἰ πυρφόρος ἀστεροπητὴς(稲妻神)
βροντᾶς(雷) αὐγαῖς(光) μ' εἶσι(来る) φλογίζων(燃やす).

ピロクテテス いやだ、そればかりは、どうしてもいやだ、たとえ雷火(いかずち)と稲妻の大神が、わしをほのおの衣につつんで焼きこがそうとも、わしは行かぬ。

1200 Ἐρρέτω Ἴλιον, οἵ θ' ὑπ' ἐκείνῳ
πάντες ὅσοι τόδ' ἔτλασαν ἐμοῦ ποδὸς
ἄρθρον(関節) ἀπῶσαι(拒否、わしの足を見捨てた).

イリオンにわざわいあれ!
わざわいあれ、城を攻めるものどもに!
かたわのわしを、容赦なく捨てたものどもに、みなわざわいあれ!

Ἀλλ', ὦ ξένοι, ἕν γέ μοι εὖχος(頼みの物) ὀρέξατε(手渡す).

おお、だが船の人たち、たのみがある、どうかひとつだけかなえてくれ。

ΧΟ. Ποῖον ἐρεῖς τόδ' ἔπος;

船乗りたち それはまたどういうことだ。

ΦΙ. Ξίφος, εἴ ποθεν,
1205 ἢ γένυν(斧) ἢ βελέων(飛び道具) τι προπέμψατε.

ピロクテテス だれのでもよい、剣があればわしにくれ、斧でもいい、人を殺める道具でさえあれば。

ΧΟ. Ὡς τίνα δὴ ῥέξῃς(する) παλάμαν(暴力) ποτέ;

船乗りたち それでなにをしようと。

ΦΙ. Κρᾶτ' ἀπὸ πάντα καὶ ἄρθρα τέμω χερί·
φονᾷ(血), φονᾷ νόος ἤδη.

ピロクテテス この手で首をはね、手足や肉をきりきざむ、わしの心はもう血だ、血みどろだ。

ΧΟ. Τί ποτε;

船乗りたち なぜ、いったいそのような。

1210 ΦΙ. Πατέρα ματεύων(探す).

ピロクテテス 父をたずねて旅立つのだ、…。

ΧΟ. Ποῖ γᾶς;

船乗りたち どこへ?

ΦΙ. Ἐς Ἅιδου·
οὐ γὰρ ἐστ' ἐν φάει γ' ἔτι.

ピロクテテス 冥府へ。
わしの父はもうこの世にはない、

Ὢ πόλις, πόλις πατρία,
πῶς ἂν εἰσίδοιμ' ἄθλιός σ' ἀνήρ,

おお都(ポリス)よ、ふるさとの都(ポリス)よ、
できれば、もういちどおまえをみたかった、
みじめなわし、

1215 ὅς γε σὰν λιπὼν ἱερὰν λιβάδ'(流れ)
ἐχθροῖς ἔβαν Δαναοῖς
ἀρωγός(助け)· ἔτ' οὐδέν εἰμι.

ふるさとの清いながれをあとにして、
にくいダナオイ人(びと)らの軍勢に加わった
わしのねがいだ、
だが、それもいまはむなしい夢となった。

エクソドス

[ΧΟ. Ἐγὼ μὲν ἤδη καὶ πάλαι νεὼς ὁμοῦ
στείχων ἂν ἦ σοι τῆς ἐμῆς, εἰ μὴ πέλας
1220 Ὀδυσσέα στείχοντα τόν τ' Ἀχιλλέως
γόνον πρὸς ἡμᾶς δεῦρ' ἰόντ' ἐλεύσσομεν.]

[船乗りの長 わしらは、とっくにわかれをつげて、船にもどっていなければならないのだが、いったいこれはどうしたことか、オデュッセウスとネオプトレモスさまが、こちらへおいでになるようだ。]

〔ネオプトレモスとオデュッセウス、はげしく日論しながら登場〕

ΟΔ. Οὐκ ἂν φράσειας ἥντιν' αὖ παλίντροπος(戻る)
κέλευθον ἕρπεις ὧδε σὺν σπουδῇ ταχύς;

オデュッセウス どうしてもわけをいわないのか、なぜいそいで帰ってきた、おそろしい顔をして。

ΝΕ. Λύσων ὅσ' ἐξήμαρτον ἐν τῷ πρὶν χρόνῳ.

ネオプトレモス さっきの過ちをただすのだ。

1225 ΟΔ. Δεινόν γε φωνεῖς· ἡ δ' ἁμαρτία τίς ἦν;

オデュッセウス 変なことをいう。あやまち?それはなんだ。

ΝΕ. Ἣν σοὶ πιθόμενος τῷ τε σύμπαντι στρατῷ ‑

ネオプトレモス あなたをはじめ、将軍たちの言葉をまにうけて、

ΟΔ. Ἔπραξας ἔργον ποῖον ὧν οὔ σοι πρέπον;

オデュッセウス 君の名にふさわしからぬことでもしたというのか?

ΝΕ. Ἀπάταισιν αἰσχραῖς ἄνδρα καὶ δόλοις ἑλών.

ネオプトレモス 破廉恥ないつわりとたくらみで、りっぱな人間をおとしいれた、あやまちだ。

ΟΔ. Τὸν ποῖον; ὤμοι· μῶν τι βουλεύῃ νέον;

オデュッセウス だれのことだ、おお君はまさか、妙なまねをするのではなかろうな?

1230 ΝΕ. Νέον μὲν οὐδέν, τῷ δὲ Ποίαντος τόκῳ ‑

ネオプトレモス けっして妙なことではない、ピロクテテスに、

ΟΔ. Τί χρῆμα δράσεις; ὥς μ' ὑπῆλθέ τις φόβος.

オデュッセウス なにをする、よもやわしが案じたとおり……。

ΝΕ. Παρ' οὗπερ ἔλαβον τάδε τὰ τόξ', αὖθις πάλιν ‑

ネオプトレモス うばった弓を、また持主に、

ΟΔ. Ὦ Ζεῦ, τί λέξεις; οὔ τί που δοῦναι νοεῖς;

オデュッセウス おおゼウス、何ということだ、返すというのではあるまいな。

ΝΕ. Αἰσχρῶς γὰρ αὐτὰ κοὐ δίκῃ λαβὼν ἔχω.

ネオプトレモス 私は恥をわすれ、正義にもとった手段でだましとったのだ。だから、

1235 ΟΔ. Πρὸς θεῶν, πότερα δὴ κερτομῶν(からかう) λέγεις τάδε;

オデュッセウス 冗談はゆるさぬぞ、わたしをからかうつもりか。

ΝΕ. Εἰ κερτόμησίς(からかい) ἐστι τἀληθῆ λέγειν.

ネオプトレモス 私はまじめだ、あなたは冗談だとおもうのか。

ΟΔ. Τί φῄς, Ἀχιλλέως παῖ; τίν' εἴρηκας λόγον;

オデュッセウス 何だと、ネオプトレモス、もういちどいってみろ。

ΝΕ. Δὶς ταὐτὰ βούλει καὶ τρὶς ἀναπολεῖν(繰り返す) μ' ἔπη;

ネオプトレモス おなじことを、二度、三度いえというのか。

ΟΔ. Ἀρχὴν κλύειν ἂν οὐδ' ἅπαξ ἐβουλόμην.

オデュッセウス いや、わたしは、はじめから聞かなかったことにしたい。

1240 ΝΕ. Εὖ νῦν ἐπίστω πάντ' ἀκηκοὼς λόγον.

ネオプトレモス では、わかってもらえたのだな。

ΟΔ. Ἔστιν τις, ἔστιν ὅς σε κωλύσει τὸ δρᾶν.

オデュッセウス そうだ、そうはさせぬということだ。

ΝΕ. Τί φῄς; τίς ἔσται μ' οὑπικωλύσων τάδε;

ネオプトレモス なんと。 私に邪魔 だてするものがいると? だれです。

ΟΔ. Ξύμπας Ἀχαιῶν λαός, ἐν δὲ τοῖς ἐγώ.

オデュッセウス アカイア人とこのわたしだ。

ΝΕ. Σοφὸς πεφυκὼς οὐδὲν ἐξαυδᾷς σοφόν.

ネオプトレモス さかしいあなたの言葉ともおもわれないな、それは。

1245 ΟΔ. Σὺ δ' οὔτε φωνεῖς οὔτε δρασείεις σοφά.

オデュッセウス 君のなすこということ、まったく愚かだ。

ΝΕ. Ἀλλ' εἰ δίκαια, τῶν σοφῶν κρείσσω τάδε.

ネオプトレモス 正しければいい、正義は知恵にまさるのだ。

ΟΔ. Καὶ πῶς δίκαιον, ἅ γ' ἔλαβες βουλαῖς ἐμαῖς,
πάλιν μεθεῖναι ταῦτα;

オデュッセウス 正義だと、わたしの知恵で手にいれたものを、君が手ばなすのが正義か。

ΝΕ. Τὴν ἁμαρτίαν
αἰσχρὰν ἁμαρτὼν ἀναλαβεῖν πειράσομαι.

ネオプトレモス いや、恥ずべき罪をつぐなうのだ。

1250 ΟΔ. Στρατὸν δ' Ἀχαιῶν οὐ φοβῇ, πράσσων τάδε;

オデュッセウス 君は、アカイア人の怒りをおそれないのだな。

ΝΕ. Ξὺν τῷ δικαίῳ τὸν σὸν οὐ ταρβῶ(恐れる) στρατόν(軍).

ネオプトレモス 私の行いは正しい、あなたの脅しなどこわくないのだ。

ΟΔ. ..........φόβον

オデュッセウス……。

ΝΕ. Ἀλλ' οὐδέ τοι σῇ χειρὶ πείθομαι τὸ δρᾶν.

ネオプトレモス たとえ、あなたが力にうったえようとも、この決心はうごかない。

ΟΔ. Οὔ τἄρα Τρωσίν, ἀλλὰ σοὶ μαχούμεθα.

オデュッセウス では、敵はトロイア人ではない、きさまだ。

ΝΕ. Ἔστω τὸ μέλλον.

ネオプトレモス よかろう

ΟΔ. Χεῖρα δεξιὰν ὁρᾷς
1255 κώπης ἐπιψαύουσαν;

オデュッセウス みろ、わたしの手は柄に。

ΝΕ. Ἀλλὰ κἀμέ τοι
ταὐτὸν τόδ' ὄψει(見るだろう) δρῶντα κοὐ μέλλοντ'(ためらう) ἔτι.

ネオプトレモス あなたが抜けば、私もぬく。

ΟΔ. Καίτοι σ' ἐάσω· τῷ δὲ σύμπαντι στρατῷ
λέξω τάδ' ἐλθών, ὅς σε τιμωρήσεται(罰する).

オデュッセウス ええ、勝手にしろ、この場は見のがしてやるが、陣地のみなに知らせねばならん、アカイア人のさばきを覚悟しておれ。

ΝΕ. Ἐσωφρόνησας· κἂν τὰ λοίφ' οὕτω φρονῇς,
1260 ἴσως ἂν ἐκτὸς κλαυμάτων(不幸) ἔχοις πόδα.

ネオプトレモス わかったな。今後もいまのようなわきまえをもっていてほしい、不幸をみずにすむだろう。

〔オデュッセウス退場〕

Σὺ δ', ὦ Ποίαντος παῖ, Φιλοκτήτην λέγω,
ἔξελθ' ἀμείψας τάσδε πετρήρεις στέγας.

おおい、ピロクテテス、ピロクテテスはおらんか、呼んでいるぞ、岩屋からでてこないか。

ΦΙ. Τίς αὖ παρ' ἄντροις θόρυβος(混乱) ἵσταται βοῆς;
τί μ' ἐκκαλεῖσθε; τοῦ κεχρημένοι, ξένοι;

ピロクテテス なにをあらそうている、ほらあなのまえで何のさわぎだ。なぜ、わしを呼ぶ。船の人たち、何の用だ。

〔ピロクテテス、ネオプトレモスをみとめる〕

1265 Ὤμοι· κακὸν τὸ χρῆμα. Μῶν τί μοι μέγα
πάρεστε πρὸς κακοῖσι πέμποντες κακόν;

おお、きさま、またきたな、ろくなことではあるまい。わしを、こんな目にあわせたうえに、まだ何をしようというのだ。

ΝΕ. Θάρσει· λόγους δ' ἄκουσον οὓς ἥκω φέρων.

ネオプトレモス もうおそれることはない、私の話をきいてくれ。

ΦΙ. Δέδοικ' ἔγωγε. Καὶ τὰ πρὶν γὰρ ἐκ λόγων
καλῶν κακῶς ἔπραξα σοῖς πεισθεὶς λόγοις.

ピロクテテス やはり、よくないことだ。さっきはおまえのきれいな口にのせられて、ひどい目にあった。

1270 ΝΕ. Οὔκουν ἔνεστι καὶ μεταγνῶναι(後悔する) πάλιν;

ネオプトレモス では、あやまちを悔いても、ゆるしてくれないのか。

ΦΙ. Τοιοῦτος ἦσθα τοῖς λόγοισι χὤτε μου
τὰ τόξ' ἔκλεπτες πιστὸς ἀτηρὸς(不幸な) λάθρᾳ.

ピロクテテス その口上はもうきいた、弓をぬすんだときにな。まことしやかな言葉のうらに、つめたい刃がかくれているのだ!

ΝΕ. Ἀλλ' οὔ τι μὴν νῦν· βούλομαι δέ σου κλύειν
πότερα δέδοκταί σοι μένοντι καρτερεῖν(耐える),
1275 ἢ πλεῖν μεθ' ἡμῶν.

ネオブトレモス こんどはちがう。あなたの心をたしかめたいのだ、いまのまま一人で苦労をつづけるか、それともわれらと共にいくか。

ΦΙ. Παῦε, μὴ λέξῃς πέρα·
μάτην γὰρ ἃν(関係詞) εἴπῃς γε πάντ' εἰρήσεται.

ピロクテテス だまれ、おおだまれ、いうだけ無駄だ。

ΝΕ. Οὕτω δέδοκται;

ネオプトレモス 心をきめたのか。

ΦΙ. Καὶ πέρα(以上の) γ' ἴσθ' ἢ λέγω.

ピロクテテス ええ、いうな!これがいえると おもうか

ΝΕ. Ἀλλ' ἤθελον μὲν ἄν σε πεισθῆναι λόγοις
ἐμοῖσιν· εἰ δὲ μή τι πρὸς καιρὸν λέγων
1280 κυρῶ, πέπαυμαι.

ネオプトレモス 私は、まごころからあなたを説得したかったのだが。しかしいっても甲斐ないことらしい。

ΦΙ. Πάντα γὰρ φράσεις μάτην.
οὐ γάρ ποτ' εὔνουν τὴν ἐμὴν κτήσῃ φρένα,

ピロクテテス もう何もいうな、どんなことがあってもわしの心はとけないのだ。

ὅστις γ' ἐμοῦ δόλοισι τὸν βίον λαβὼν
ἀπεστέρηκας· κᾆτα νουθετεῖς(忠告する) ἐμὲ
ἐλθών, ἀρίστου πατρὸς ἔχθιστος γεγώς.

おまえはわしをだました、わしの暮しの糧をうばった、その人間がまだわしに忠言するというのか。りっぱな父の名をけがす、僧々しいできそこないめ!

1285 Ὄλοισθ', Ἀτρεῖδαι μὲν μάλιστ', ἔπειτα δὲ
ὁ Λαρτίου παῖς, καὶ σύ.

くたばれ、アトレイダイをまっさきに、オデ ュッセウスも、きさまも、奈落の底におちてしまえ!

ΝΕ. Μὴ 'πεύξῃ(<ἐπεύχομαι呪う) πέρα·
δέχου δὲ χειρὸς ἐξ ἐμῆς βέλη τάδε.

ネオプトレモス もうよい、呪いは。さあこの弓と矢をうけとってくれ。

ΦΙ. Πῶς εἶπας; ἆρα δεύτερον δολούμεθα;

ピロクテテス なに!まだわしをほんろうするのか。

ΝΕ. Ἀπώμοσ' ἁγνοῦ(神聖な) Ζηνὸς ὕψιστον σέβας.

ネオプトレモス ちがう。神聖なるゼウスの、たぐいない御名にかけていうのだ。

1290 ΦΙ. Ὦ φίλτατ' εἰπών, εἰ λέγεις ἐτήτυμα(真実の).

ピロクテテス おお、その言葉、まことならばうれしいのだが。

ΝΕ. Τοὔργον παρέσται(未、実現する) φανερόν· ἀλλὰ δεξιὰν
πρότεινε χεῖρα, καὶ κράτει τῶν σῶν ὅπλων.

ネオプトレモス わたすのだ、うそいつわりはない。右手をだして、あなたの弓をとるがいい。

〔弓矢がピロクテテスに手わたされたとき、やにわにオデュッセウスがあらわれる〕

ΟΔ. Ἐγὼ δ' ἀπαυδῶ(禁止する) γ', ᾧ θεοὶ ξυνίστορες(証人),
ὑπέρ τ' Ἀτρειδῶν τοῦ τε σύμπαντος στρατοῦ.

オデュッセウス ならん!!神よ証(あかし)あれ、アトレイダイとアカイア人の名にかけて!

1295 ΦΙ. Τέκνον, τίνος φώνημα; μῶν Ὀδυσσέως
ἐπῃσθόμην;

ピロクテテス おおだれだ、伜、オデュッセウスではないか!

ΟΔ. Σάφ' ἴσθι· καὶ πέλας γ' ὁρᾷς,
ὅς σ' ἐς τὰ Τροίας πεδί' ἀποστελῶ βίᾳ,
ἐάν τ' Ἀχιλλέως παῖς ἐάν τε μὴ θέλῃ.

オデュッセウス わしだ、みえないか!その小伜がなんといおうと、この手できさまを、トロイアまで引きたてていく!

ΦΙ. Ἀλλ' οὔ τι χαίρων, ἢν τόδ' ὀρθωθῇ(まっすぐに行く) βέλος.

ピロクテテス だが、もうそうはいかぬ、この矢じりが眼にはいらないか?

〔ピロクテテス、ヘラクレスの弓 を満月のようにひきしぼる。とっさにネオプトレモスがその狙いを制する〕

1300 ΝΕ. Ἆ, μηδαμῶς, μὴ πρὸς θεῶν, μεθῇς βέλος.

ネオプトレモス ああまて!それはならね、神々にかけて、その矢を射ることはゆるさない!

ΦΙ. Μέθες με, πρὸς θεῶν, χεῖρα, φίλτατον τέκνον.

ピロクテテス ええはなせ!神の名にかけてたのむ、たのむから手をはなしてくれ!

ΝΕ. Οὐκ ἂν μεθείην.

ネオプトレモス いや、はなさん。

ΦΙ. Φεῦ· τί μ' ἄνδρα πολέμιον
ἐχθρόν τ' ἀφείλου(邪魔する) μὴ κτανεῖν τόξοις ἐμοῖς;

ピロクテテス うう、無念だ、どうしてむざむざ逃がすのだ、わしのにくい仇敵を!

ΝΕ. Ἀλλ' οὔτ' ἐμοὶ τοῦτ' ἐστὶν οὔτε σοὶ καλόν.

ネオプトレモス 殺したところで名のけがれ、あなたにも私にも手柄にはならぬ。

〔そのあいだにオデュッセウス倉皇と退場〕

1305 ΦΙ. Ἀλλ' οὖν τοσοῦτόν γ' ἴσθι, τοὺς πρώτους στρατοῦ,
τοὺς τῶν Ἀχαιῶν ψευδοκήρυκας, κακοὺς
ὄντας πρὸς αἰχμήν(戦い), ἐν δὲ τοῖς λόγοις θρασεῖς.

ピロクテテス 〔弓をもとにしながら〕よいか、いまの有様を憶えておけ。アカイアの将軍たち、うそつきどもは、口だけは達者だが、いざ合戦となると、卑怯者ばかりだ。

ΝΕ. Εἶεν(なるほど)· τὰ μὲν δὴ τόξ' ἔχεις, κοὐκ ἔσθ' ὅτου(理由)
ὀργὴν ἔχοις ἂν οὐδὲ μέμψιν(非難) εἰς ἐμέ.

ネオプトレモス  もっともだ。さて弓は返した。私を責め、ののしる理由はもうないとおもうが。

1310 ΦΙ. Ξύμφημι, τὴν φύσιν δ' ἔδειξας, ὦ τέκνον,
ἐξ ἧς ἔβλαστες, οὐχὶ Σισύφου πατρός,
ἀλλ' ἐξ Ἀχιλλέως, ὃς μετὰ ζώντων ὅτ' ἦν
ἤκου' ἄριστα, νῦν δὲ τῶν τεθνηκότων.

ピロクテテス そうだ、伜、おまえは行いでしめした、おまえは父に恥じしない立派な男、あのシシュポスの種とは人間がちがう。さすがにアキレウスの子だ、生きて光をかかげ、死んでなおその名を称えられる、おまえの父にふさわしい。

ΝΕ. Ἥσθην πατέρα τὸν ἀμὸν εὐλογοῦντά(動) σε(主)
1315 αὐτόν τ' ἔμ'· ὧν(お願いしたいこと) δέ σου τυχεῖν ἐφίεμαι
ἄκουσον. Ἀνθρώποισι τὰς μὲν ἐκ θεῶν
τύχας δοθείσας ἔστ' ἀναγκαῖον φέρειν·

ネオプトレモス われわれ父子がほめられて、これにまさる喜びはない、だがわたしは、あなたにお願いがある。どうか聞いてほしいのだ。人間は神のさだめに堪えねばならぬ、これは必然のことわりだ。

ὅσοι δ' ἑκουσίοισιν(自分の意思の) ἔγκεινται(巻き込まれている) βλάβαις(災難),
ὥσπερ σύ, τούτοις οὔτε συγγνώμην(許し) ἔχειν
1320 δίκαιόν ἐστιν οὔτ' ἐποικτίρειν(憐れむ) τινά.

しかしいまのあなたは、われとわが手で災難をまねき、それに身をまかせている人間だ。それでは人の同情や憐みを、期待するほうがまちがっている。

Σὺ δ' ἠγρίωσαι(乱暴になる), κοὔτε σύμβουλον(忠告者) δέχῃ,
ἐάν τε νουθετῇ τις εὐνοίᾳ λέγων,
στυγεῖς πολέμιον δυσμενῆ θ' ἡγούμενος.

それでは人の同情や憐みを、期待するほうがまちがっている。あなたはすぐ怒り、忠言をよせつけない。まごころをもって忠告する人があらわれても、敵だ、仇だと思いこんで憎悪する。

Ὅμως δὲ λέξω· Ζῆνα δ' ὅρκιον καλῶ·
1325 καὶ ταῦτ' ἐπίστω, καὶ γράφου(銘記する) φρενῶν ἔσω.

だが私はいっておく、誓いの神ゼウスに証(あかし)をたてて、私の心をかたるのだ。しずかに聞いて、よく考えてほしい。

Σὺ γὰρ νοσεῖς τόδ' ἄλγος ἐκ θείας τύχης,

あなたをさいなむその病いは、神のご意志によるものだ。

Χρύσης(神クルセー) πελασθεὶς(近づく) φύλακος(守り手), ὃς τὸν ἀκαλυφῆ
σηκὸν(神域) φυλάσσει κρύφιος(隠れた) οἰκουρῶν(守る) ὄφις.

あなたは、クリュセーの守りの蛇にちかづいた。あの蛇は、屋根のない神城に住み、そこをひそかに守る、神の使いであったという。

Καὶ παῦλαν(休息) ἴσθι τῆσδε μή ποτ' ἂν τυχεῖν
1330 νόσου βαρείας, ἕως ἂν αὑτὸς ἥλιος(太陽)
ταύτῃ μὲν αἴρῃ(自、上がる), τῇδε δ' αὖ δύνῃ πάλιν,
πρὶν ἂν τὰ Τροίας πεδί' ἑκὼν αὐτὸς μόλῃς,
καὶ τῶν παρ' ἡμῖν ἐντυχὼν(会う) Ἀσκληπιδῶν
νόσου μαλαχθῇς(やわらぐ) τῆσδε, καὶ τὰ πέργαμα(城)
1335 ξὺν τοῖσδε τόξοις ξύν τ' ἐμοὶ πέρσας φανῇς.

あなたが、ほんとうに病いの回復をのぞむなら、かなう道はただ一つ。あなたがすすんでトロイアへ行き、陣中でアスクレピオスの子らの、手あてをうけなければ、けっしてその病いはいやされぬ。これは、陽が東からのぼり西に沈むかぎり、かわることない真実だ。トロイアへいけ、トロイアへいけば、あなたはその弓を手に、私と力をあわせ、トロイアをおとす。トロイア征服の、たぐいない栄冠が待っているのだ。

Ὡς δ' οἶδα ταῦτα τῇδ' ἔχοντ' ἐγὼ φράσω.
Ἀνὴρ γὰρ ἡμῖν ἔστιν ἐκ Τροίας ἁλούς,
Ἕλενος ἀριστόμαντις, ὃς λέγει σαφῶς
ὡς δεῖ γενέσθαι ταῦτα· καὶ πρὸς τοῖσδ' ἔτι,
1340 ὡς ἔστ' ἀνάγκη τοῦ παρεστῶτος θέρους(この夏)
Τροίαν ἁλῶναι(落ちる) πᾶσαν· ἢ δίδωσ' ἑκὼν
κτείνειν ἑαυτόν, ἢν τάδε ψευσθῇ λέγων.

なぜ、そうなるのか、そのわけをいおう。われわれがトロイアでとらえた捕虜(とりこ)のなかに、ヘレノスと名のるすぐれた予言者がおり、その男が、いまいったことが必ずおこると、はっきり告げた。しかも、トロイア落城はこの夏のうちとのこと、この予言にいつわりがあれば、自分のいのちをとれ、といいきったのだ。

Ταῦτ' οὖν ἐπεὶ κάτοισθα, συγχώρει θέλων·

このことわりをよく考えて、あなたも機嫌よくいっしょに来てほしい。

καλὴ γὰρ ἡ 'πίκτησις(手柄), Ἑλλήνων ἕνα
1345 κριθέντ'(選ばれた) ἄριστον, τοῦτο μὲν παιωνίας(治療)
ἐς χεῖρας ἐλθεῖν, εἶτα τὴν πολύστονον(苦しみ多い)
Τροίαν ἑλόντα κλέος(名声) ὑπέρτατον λαβεῖν.

あなたの行方には、美しい成功がまっている、あなたは、予言者がヘラスにこの人あり、と名ざした英雄だ、まずすぐれた医師の手あてをうけて病いをいやす。そして、人々が攻めあぐねたトロイアをくだし、ならぶものない勲(いさおし)をかちとるのだ。

ΦΙ. Ὦ στυγνὸς(忌まわしい) αἰών, τί μ' ἔτι δῆτ' ἔχεις ἄνω(生かす)
βλέποντα(生きている) κοὐκ ἀφῆκας εἰς Ἅιδου μολεῖν;

ピロクテテス いやだ、わしは生きているのがつらい。なぜいつまでも、生き恥をさらすのだ、はやく死をえらぶべきだった!

1350 Οἴμοι, τί δράσω; πῶς ἀπιστήσω(信じない) λόγοις
τοῖς τοῦδ' ὃς εὔνους ὢν ἐμοὶ παρῄνεσεν(忠告);

わしは、おお、どうすればいい。この若者の心ある言葉を、むげにしりぞけることはできない。

Ἀλλ' εἰκάθω δῆτ'; εἶτα πῶς ὁ δύσμορος
εἰς φῶς(人前) τάδ'(オデュッセウスに従う事) ἔρξας εἶμι; τῷ προσήγορος;

だが、だからといって、この期におよんで、おめおめとトロイアの土をふめようか!それに、あのようなことをしたわしが、どうしてこのみすぼらしい姿を人前にさらすことができよう!だれに言葉をかければよい?

Πῶς, ὦ τὰ πάντ' ἰδόντες ἀμφ' ἐμοὶ κύκλοι,
1355 ταῦτ' ἐξανασχήσεσθε(耐える), τοῖσιν Ἀτρέως
ἐμὲ ξυνόντα παισίν, οἵ μ' ἀπώλεσαν;
πῶς τῷ πανώλει παιδὶ τῷ Λαερτίου;

〔船乗りたちにむかって〕はじめからここで成行きをみていたおまえたち、どう思う。わしを破減に追いやったアトレイダイや、にくいオデュッセウスと、わしがいっしょにいるさまをみて、おまえたち、だまっていられるか?

οὐ γάρ με τἄλγος τῶν παρελθόντων(過去) δάκνει,
ἀλλ' οἷα χρὴ παθεῖν με πρὸς τούτων ἔτι
1360 δοκῶ προλεύσσειν· οἷς γὰρ ἡ γνώμη κακῶν
μήτηρ γένηται, τἄλλα φιτεύει(父となる) κακά.

いままでの、恨みは忘れることができる。だが、これからさきのやつらの仕打ちが、わしにははっきり見えるようだ。ひとたび悪の種をやどしたものは、隣人をも毒し、悪人にする。

Καὶ σοῦ δ' ἔγωγε θαυμάσας ἔχω τόδε·

それに、おまえの考えがどうも納得できない。

χρῆν γάρ σε μήτ' αὐτόν ποτ' ἐς Τροίαν μολεῖν,

もともと、おまえはトロイアには用がない、

ἡμᾶς τ' ἀπείργειν(遠ざける), οἵ γε σοῦ καθύβρισαν,
1365 πατρὸς γέρας συλῶντες(奪う)· [οἳ τὸν ἄθλιον,
Αἴανθ᾽ ὅπλων σοῦ πατρὸς ὕστερον δίκῃ
Ὀδυσσέως ἔκριναν.] εἶτα τοῖσδε σὺ
εἶ ξυμμαχήσων κἄμ' ἀναγκάζεις τόδε;

いや、われわれのトロイアいきを止める立場の人間だ。やつらはおまえに何をした?父アキレウスの名残りの品々を、おまえの手から奪ったではないか![やつらは、不運なアイアスをはずかしめ、オデュッセウスにおまえの父の鎧兜(よろいかぶと)をやってしまったのだ。]おまえは、それでもやつらの味方になって、わしを説きふせようとするのか。

Μὴ δῆτα, τέκνον· ἀλλ', ἅ μοι ξυνώμοσας,
πέμψον πρὸς οἴκους, καὐτὸς ἐν Σκύρῳ μένων
ἔα κακῶς αὐτοὺς ἀπόλλυσθαι κακούς.

伜よ、よすがいい。はじめの約束どおりに、どうか、わしを、ふるさとに送りかえしてくれ。おまえも、スキュロスをはなれるな。悪党どもは、ひどい目にあってくたばればいい。

1370 Χοὔτω διπλῆν μὲν ἐξ ἐμοῦ κτήσῃ χάριν,
διπλῆν δὲ πατρὸς κοὐ κακοὺς ἐπωφελῶν
δόξεις ὅμοιος τοῖς κακοῖς πεφυκέναι.

そうしてくれれば、わしはおまえに倍の恩返しをする、わしの父も倍の恩をかえすだろう!おまえも、悪ものどもと袖をわかてば、生れながらの悪人といわれずにすむ。

ΝΕ. Λέγεις μὲν εἰκότ'(もっともな), ἀλλ' ὅμως σε βούλομαι
θεοῖς τε πιστεύσαντα τοῖς τ' ἐμοῖς λόγοις
1375 φίλου μετ' ἀνδρὸς τοῦδε τῆσδ' ἐκπλεῖν χθονός.

ネオプトレモス もっともな考えだ、しかし、わたしはおなじ言葉をくりかえす、あなたが神にしたがい、友の言葉をうけいれて、私の友として、この島をたってほしい。

ΦΙ. Ἦ πρὸς τὰ Τροίας πεδία καὶ τὸν Ἀτρέως
ἔχθιστον υἱὸν τῷδε δυστήνῳ ποδί;

ピロクテテス ええ、ではトロイアへ、アトレイダイのもとへ、このみじめな、びっこをひいて!

ΝΕ. Πρὸς τοὺς μὲν οὖν σε τήνδε τ' ἔμπυον(膿む) βάσιν(足)
παύσοντας ἄλγους κἀποσώσοντας νόσου.

ネオプトレモス いや、その膿んだ足の痛みをやわらげ、病いをいやす人たちのところへゆくのだ。

1380 ΦΙ. Ὦ δεινὸν αἶνον(話) αἰνέσας, τί φῄς ποτε;

ピロクテテス おお、おそろしいおまえのロ、いったいどういうつもりだ!

ΝΕ. Ἃ σοί τε κἀμοὶ λῷσθ' ὁρῶ τελούμενα.

ネオプトレモス われわれ二人のためを思うから、こういうのだ。

ΦΙ. Καὶ ταῦτα λέξας οὐ καταισχύνῃ θεούς;

ピロクテテス それが、神に恥じない言葉か!

ΝΕ. Πῶς γάρ τις αἰσχύνοιτ' ἂν ὠφελούμενος;

ネオプトレモス 友をすくう行いが、なぜ恥になる。

ΦΙ. Λέγεις δ' Ἀτρείδαις ὄφελος(助け), ἢ 'π' ἐμοὶ τόδε;

ピロクテテス わしか、アトレイダイか、どちらだ、おまえの友は!

1385 ΝΕ. Σοί που, φίλος γ' ὤν, χὠ λόγος τοιόσδε μου.

ネオプトレモス 友はいつもあなただ、そう思えばこそ、こういっているのではないか。

ΦΙ. Πῶς, ὅς γε τοῖς ἐχθροῖσί μ' ἐκδοῦναι θέλεις;

ピロクテテス 友が、なぜわしを敵に売ろうとした。

ΝΕ. Ὦ τᾶν(友よ), διδάσκου μὴ θρασύνεσθαι κακοῖς.

ネオプトレモス おお友よ、困っているときには、強情をはるものではない。

ΦΙ. Ὀλεῖς με, γιγνώσκω σε, τοῖσδε τοῖς λόγοις.

ピロクテテス おまえの本心はわかっている、わしを破減させるのだ、その口で。

ΝΕ. Οὔκουν ἔγωγε· φημὶ δ' οὔ σε μανθάνειν.

ネオプトレモス どうして、わたしが!あなたは、どうしてもわかろうとしないのだ!

1390 ΦΙ. Ἐγὼ οὐκ Ἀτρείδας ἐκβαλόντας οἶδά με;

ピロクテテス わしをつき落したのはアトレイダイだ、それが、わしにわからんと!

ΝΕ. Ἀλλ' ἐκβαλόντες εἰ πάλιν σώσουσ' ὅρα.

ネオプトレモス だが、すてたものが、いま救いの手をだそうとしているではないか。

ΦΙ. Οὐδέποθ' ἑκόντα γ' ὥστε τὴν Τροίαν ἰδεῖν.

ピロクテテス 救えるものか、わしはトロイアにいかないのだから。

ΝΕ. Τί δῆτ' ἂν ἡμεῖς δρῷμεν, εἰ σέ γ' ἐν λόγοις
πείσειν δυνησόμεσθα μηδὲν ὧν λέγω;

ネオプトレモス どうしても、私の言葉はいれられないのか、ではわれわれは、いったいどうするべきか。

1395 ὡς ῥᾷστ' ἐμοὶ μὲν τῶν λόγων λῆξαι, σὲ δὲ
ζῆν, ὥσπερ ἤδη ζῇς, ἄνευ σωτηρίας.

私はもう何もいわずに去ろう、あなたはいままでどおり、救いもないこの島の暮しをつづけるがいい、それが最上の解決だ。

ΦΙ. Ἔα με πάσχειν ταῦθ' ἅπερ παθεῖν με δεῖ·

ピロクテテス 運命ならば、わしはどのような苦しみにも甘んじよう。

ἃ δ' ᾔνεσάς(約束する) μοι δεξιᾶς ἐμῆς θιγών,
πέμπειν πρὸς οἴκους, ταῦτά μοι πρᾶξον, τέκνον,

だが伜よ、さきに、わしの右手をとって誓うたことを叶えてくれ、わしを家へ、ふるさとへ送ってくれるといったはずだ、

1400 καὶ μὴ βράδυνε μηδ' ἐπιμνησθῇς ἔτι
Τροίας· ἅλις γάρ μοι τεθρήνηται(泣く) γόοις.

もうこの島で手間どらないでくれ、トロイアのこともいうてくれるな。わしはもう、なげきつかれた。

ΝΕ. Εἰ δοκεῖ, στείχωμεν.

ネオプトレモス それがあなだの望みなら、いっしょにさあいこう。

ΦΙ. Ὦ γενναῖον εἰρηκὼς ἔπος.

ピロクテテス おおなんと寛容な、その言葉。

ΝΕ. Ἀντέρειδε(しっかり踏む) νῦν βάσιν σήν.

ネオプトレモス さあ、いこう、大地をふみしめて。

ΦΙ. Εἰς ὅσον γ' ἐγὼ σθένω.

ピロクテテス いくとも、わしの力がおよぶかぎり。

ΝΕ. Αἰτίαν δὲ πῶς Ἀχαιῶν φεύξομαι;

ネオントレモス だが、とうすればよい、アカイア人の責めをふせぐために?

ΦΙ. Μὴ φροντίσῃς;

ピロクテテス 案ずるな。

1405 ΝΕ. Τί γάρ, ἐὰν πορθῶσι(破壊する) χώραν τὴν ἐμήν;

ネオプトレモス だが、私の国が亡ぼされるとすれば。

ΦΙ. Ἐγὼ παρὼν ‑

ビロクテテス わしがいく。

ΝΕ. Τίνα προσωφέλησιν ἔρξεις;

ネオプトレモス どのような手だてを、私のためにしてくれる?

ΦΙ. βέλεσι τοῖς Ἡρακλέους ‑

ピロクテテス ヘラクレスのこの弓と矢のちからで、

ΝΕ. Πῶς λέγεις;

ネオプトレモス どうすると。

ΦΙ. εἴρξω πελάζειν(近づく) [σῆς πάτρας].

ピロクテテス おまえの国から、敵を追いはらってやる。

ΝΕ. [ἀλλ᾽ εἰ δοκεῖ
σοὶ τὸ δρᾶν τάδ᾽ ὥσπερ αὐδᾶς,] στεῖχε προσκύσας χθόνα.

ネオプトレモス その言葉、かならず守ってくれるのであれば、さあいこう、この地にわかれのロづけをして。

〔ふりかえったピロクテテスの眼に、洞窟のかげにあらわれたヘラクレスの姿がうつる〕

ΗΡΑΚΛΗΣ
Μήπω γε, πρὶν ἂν τῶν ἡμετέρων
1410 ἀΐῃς(聞く) μύθων, παῖ Ποίαντος·
φάσκειν δ' αὐδὴν τὴν Ἡρακλέους
ἀκοῇ τε κλύειν λεύσσειν τ' ὄψιν.

ヘラクレス しばらくまて、ピロクテテス、
予の言葉がおわるまで、去ることはならぬ、
汝がきくのは ヘラクレスの声、
汝の眼にうつるのは、予の顔だ、

Τὴν σὴν δ' ἥκω χάριν οὐρανίας
ἕδρας προλιπὼν
1415 τὰ Διός τε φράσων βουλεύματά σοι
κατερητύσων(引き止める) θ' ὁδὸν ἣν στέλλῃ(出発した)·

予は汝にゼウスの御心をつたえ、 汝の道をあらためんがために、 大空の座をあとにして、ここにあらわれた。

σὺ δ' ἐμῶν μύθων ἐπάκουσον.

こころして、予の言葉をきけ。

Καὶ πρῶτα μέν σοι τὰς ἐμὰς λέξω τύχας,
ὅσους πονήσας καὶ διεξελθὼν πόνους
1420 ἀθάνατον ἀρετὴν ἔσχον, ὡς πάρεσθ' ὁρᾶν·

まず、予の運命の試練をいって聞かせよう。予がどれほどの苦しみにたえ、困難にうちかって、いまそなたの眼にうつる、不死のアレテーの主となったか。

καὶ σοί, σάφ' ἴσθι, τοῦτ' ὀφείλεται παθεῖν,
ἐκ τῶν πόνων τῶνδ' εὐκλεᾶ θέσθαι βίον.

よく思うがよい、そなたにしても同じしことだ。苦悩にみちたけわしい運命は、くるしみぬいた生涯のはてを、栄えあるものとするために、神があたえた賜物(たまもの)だ。

Ἐλθὼν δὲ σὺν τῷδ' ἀνδρὶ πρὸς τὸ Τρωϊκὸν
πόλισμα, πρῶτον μὲν νόσου παύσῃ λυγρᾶς,

いけ、この若者とともに、トロイアの城へ。まずいたましい病いをいやす、

1425 ἀρετῇ τε πρῶτος ἐκκριθεὶς στρατεύματος,
Πάριν μέν, ὃς τῶνδ' αἴτιος κακῶν ἔφυ,
τόξοισι τοῖς ἐμοῖσι νοσφιεῖς(切り離す) βίου,

つぎに陣中並ぶものない勇士のほまれをえて、この戦いと禍いのもとパリスめを、予の弓と矢でしとめ、

πέρσεις τε Τροίαν, σκῦλά τ' εἰς μέλαθρα σὰ
πέμψεις, ἀριστεῖ' ἐκλαβὼν στρατεύματος,

トロイアの城をおとすのだ。並びない功(いさお)をほこる勝利の品々を、ふるさとの広間にかざり、

1430 Ποίαντι πατρὶ πρὸς πάτρας Οἴτης πλάκα(平野).

父ポイアスやオイタの嶺と、その喜びをわかつのだ。

Ἃ δ' ἂν λάβῃς σὺ σκῦλα τοῦδε τοῦ στρατοῦ
τόξων ἐμῶν μνημεῖα πρὸς πυρὰν ἐμὴν
κόμιζε. Καὶ σοὶ ταῦτ', Ἀχιλλέως τέκνον,
παρῄνεσ'(勧め)· οὔτε γὰρ σὺ τοῦδ' ἄτερ σθένεις
1435 ἑλεῖν τὸ Τροίας πεδίον οὔθ' οὗτος σέθεν·

そして、 戦いのえもののなにがしを、わが弓矢の功として、予の祭壇にそなえるがいい。アキレウスの子よ、そなたもこれにならえ。そなたはこの男なしに、トロイアを落すことができぬ、またこの男もそなたなくては、功をとげることがならないのだ。

ἀλλ' ὡς λέοντε συννόμω φυλάσσετον
οὗτος σὲ καὶ σὺ τόνδ'. Ἐγὼ δ' Ἀσκληπιὸν
παυστῆρα πέμψω σῆς νόσου πρὸς Ἴλιον·

そなたたち二人は、二頭の獅子のごとく、共にせめ、共にふせがねばならぬ。イリオンにアスクレピオスをつかわそう、 ピロクテテスの病いをいやすためだ。

τὸ δεύτερον γὰρ τοῖς ἐμοῖς αὐτὴν χρεὼν
1440 τόξοις ἁλῶναι. Τοῦτο δ' ἐννοεῖθ', ὅταν
πορθῆτε γαῖαν, εὐσεβεῖν τὰ πρὸς θεούς·

イリオンは、ふたたび予の弓と矢によっておちる定め。だがそなたたち、忘れてはならぬことがある。城をおとしても、神々をわすれてはならぬ。

ὡς τἄλλα πάντα δεύτερ'(他の事は二次的だ) ἡγεῖται πατὴρ
Ζεύς· οὐ γὰρ ηὑσέβεια συνθνῄσκει βροτοῖς,
κἂν ζῶσι κἂν θάνωσιν, οὐκ ἀπόλλυται.

父ゼウスは、ことのほかこれをのぞみたもうのだ。神をおもう心は死よりもつよい、それは人の世をつらぬいて不滅なのだ。

1445 ΦΙ. Ὦ φθέγμα ποθεινὸν ἐμοὶ πέμψας,
χρόνιός(久方の) τε φανείς,
οὐκ ἀπιθήσω τοῖς σοῖς μύθοις.

ビロクテテス おおありがたい、そのお声、
なつかしいそのおすがた、
いまのお言葉に、けっしてそむきませぬ。

ΝΕ. Κἀγὼ γνώμην ταύτῃ τίθεμαι.

ネオプトレモス 私もおなじ心でございます。

ΗΡ. Μή νυν χρόνιοι μέλλετε πράσσειν.
1450 Καιρὸς καὶ πλοῦς
ὅδ' ἐπείγει(促す) γὰρ κατὰ πρύμνην.

ヘラクレス では、ためらわずにいけ、そなたたち、ときはよし、艫(とも)から吹きよせる順風が
船出をせいている。

ΦΙ. Φέρε νυν στείχων χώραν καλέσω.
χαῖρ', ὦ μέλαθρον(家) ξύμφρουρον(共に夜明かし) ἐμοὶ

ピロクテテス では、船出にさきだって、この島にわかれをつげよう。
さらば、さらば、夜をかたりあかした岩屋のすまい

Νύμφαι τ' ἔνυδροι λειμωνιάδες,
1455 καὶ κτύπος(轟) ἄρσην(強力な) πόντου προβολῆς(岬)

ごきげんよう、水々しい牧場にすむニンフたち!
磯べによせてはかえす大海原の重いおもい轟きよ、

οὗ πολλάκι δὴ τοὐμὸν ἐτέγχθη(濡れる)
κρᾶτ' ἐνδόμυχον(奥の) πληγῇσι νότου(南風),

南風に吹きちらされた大波が、
岩かげのわしの頭をいくたびかうちぬらし、

πολλὰ δὲ φωνῆς τῆς ἡμετέρας
Ἑρμαῖον(ヘルメスの) ὄρος(n.山) παρέπεμψεν ἐμοὶ
1460 στόνον ἀντίτυπον(木霊する) χειμαζομένῳ(荒れる私).

悲しみに狂うたうめきの声に、
ヘルマイオンの岩肌が、いくつも、いくつもこだました。

Νῦν δ', ὦ κρῆναι(泉) Λύκιόν τε ποτόν,
λείπομεν ὑμᾶς, λείπομεν ἤδη,
δόξης οὔ ποτε τῆσδ' ἐπιβάντες.

だが、それもいまは名残りだ、
おお、清い泉よ、リュキアの泉よ、
さらば、さらば、別れのときがきた、
おお、思いもかけなかった、
この日がついに来ようとは!

Χαῖρ', ὦ Λήμνου πέδον ἀμφίαλον,
1465 καί μ' εὐπλοίᾳ πέμψον ἀμέμπτως(咎のない)

ごきげんよう、潮(うしお)にあらわれたレムノスよ、
どうかわしを安らかな、
咎(とが)ないよろこびの旅路にむかわせてくれ、

ἔνθ' ἡ μεγάλη Μοῖρα κομίζει
γνώμη τε φίλων, χὠ πανδαμάτωρ
δαίμων ὃς ταῦτ' ἐπέκρανεν(もたらす).

大いなる運命(モイラ)と、
友びとらのまごころと、
これを嘉(よみ)したもう全能の神が、
われらを迎えてくれる港まで!

ΧΟ. Χωρῶμεν δὴ πάντες ἀολλεῖς(一緒に),
1470 Νύμφαις ἁλίαισιν ἐπευξάμενοι
νόστου σωτῆρας ἱκέσθαι(ニンフが来る).

船乗りたち さあでかけよう、みんなそろって、
海のニンフたちにお祈りしてから。帰りみち、
無事に海をわたしてくださるように。(完)



解説『弓をめぐって』

 アレクサンドリア時代の考証家によれば、創作家ソポクレスは舞台小道具をたれよりも巧みに使いこなしたということである。『ピロクテテス』を読むとなるほどその説の正しさを認めざるをえない。ヘラクレスの美しい銀の弓をめぐって、紺青の空と海とのあいだにドラマは展開していく。弓をいだく孤高の人ピロクテテス、弓をおう心の清い若者と悪がしこいオデュッセウス。神の名弓はこの劇の動因であり、目的因であり、そして筋の展開をみちびいていくフォルムでもある。若者は「神をおがむように」その弓にふれる、とかれの心にはうず潮のような正義感と廉恥の気持がよびさまされる――こうして弓は、偉大な英雄精神のシンボルに化していく。弓をあずかったネオプトレモスが「この栄冠はかれのもの」とかたる科白は、ホメロス叙事詩の高調子で語られる。だがその美しい弓が汚されたとき―。

 弓は生命あるものがごとくに、美しい弧をえがいて舞台のうえを動き、人物にはたらきかけ、ドラマにはたらきかけ、そして遂にドラマを終らしめる。その名弓が名もなく朽ちるのを惜しむかのごとく、ヘラクレスがあらわれて真のアレテーの道を語りさとす一場の感動で幕になるからである。古今にこれほどみごとな小道具の扱いをしめしあたえた英雄。た劇作家がほかにあったであろうか(久保正彰)。

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