モリエールの『ごうつくおやじ』



アルパゴン  クレアントとエリーズの父親、マリアンヌに求婚している
クレアント  アルパゴンの息子、マリアンヌの恋人
エリーズ   アルパゴンの娘、ヴァレールの恋人
ヴァレール  アンセルムスの息子、エリーズの恋人、アルパゴンの家の使用人
マリアンヌ  クレアントの恋人、アルパゴンに求婚されている
アンセルムス ヴァレールとマリアンヌの父親
フロジーヌ  取り持ち屋のばあさん
シモン親方  周旋屋
ジャック親方 アルパゴンの御者、周旋屋
ラ・フレーシュ クレアントの召使い
ダム・クロード アルパゴンの家政婦
ブランダボアーヌ アルパゴンの召使い
ラ・メルリューシュ アルパゴンの召使い

場所はパリ


第一幕

第一場 ヴァレール、エリーズ

ヴァレール ああどうしたのです、うるわしのエリーズよ、有り難いことにあなたは、このわたしと結婚する約束をしてくださったばかりだというのに、そんなに悲しそうな顔をしていらっしゃる。わたしはこんなに喜びに浸っているというのに、ああ、何と、あなたはため息をついていらっしゃる。おっしゃってください。あなたはわたしを喜ばせたことを、後悔していらっしゃるのですか。あなたはわたしの愛の炎に負けて、わたしと愛の誓いを交わしたことを後悔していらっしゃるのですか。

エリーズ いいえ、ヴァレール。わたしがあなたとこうなったことをわたしは少しも後悔していませんわ。わたしはもうあなたにめろめろで、自分がそうならずにいられるとはとても思えないのですもの。もうわたしには、昨日の出来事が無かったらと考える力も残っていませんわ。それより、実を言うと、わたしはこれから先のことが心配なのです。わたしはあなたのことを少し愛しすぎているのかもしれないと思って、とても不安なのです。

ヴァレール おお、エリーズ。あなたは、わたしに全てを委ねてくださったのに、何がそんなに心配なのですか。

エリーズ ああ、わたしには何もかも心配ですわ。お父様のお怒り、家族の反対、世間のうわさ。そして、ヴァレール、わたしが何よりも心配なのは、あなたの心変わりですわ。殿方というものは罪なもので、女がのぼせ上がって恋の証しを無邪気にも見せたりすると、そのお返しに、急に冷たくなることが、よくあると言うではありませんか。

ヴァレール ああ、エリーズ、わたしをほかの男と一緒にするなんて、そんなひどいことはしないでください。わたしは何を疑われてもかまいせんが、わたしの誠意だけは疑わないでください。わたしはあなたをこんなに愛しているのに、あなたに冷たくするなんてできるはずがありません。わたしのあなたに対する愛情は、わたしが生きているかぎり永遠に続くのです。

エリーズ ああ、ヴァレール。殿方は皆さんそのようにおっしゃるのです。口先では誰も彼も似たようなことをおっしゃいます。ところが実際になさることと言えば、人によってまったく違うのですもの。

ヴァレール 実際の行動を見なければ、男の本心は分からないとおっしゃるのでしたら、せめてわたしのすることを見てから、わたしの心を判断してください。あやふやな予想だけで、自分勝手な不安に駆られて、わたしを責めるのはやめてください。お願いですから、わたしの誠意を疑うような、そんなひどい仕打ちで、わたしを苦しめないでください。そして、わたしに時間をください。恋の証拠ならいくらでもお目にかけましょう。そうすれば、わたしのあなたに対する情熱がうそ偽りのないものであることを、あなたもきっと信じてくださると思います。

エリーズ ああ、女というものは、愛する人の言うことなら、何でも簡単に信じてしまうものですわ。ヴァレール、あなたがけっしてわたしを慰みものにするお積もりでないことはよく分かっていますわ。あなたがわたしを心から愛してくださっているということも、あなたの愛がいつまでも変わらないということも、わたし信じますわ。あなたの言うことを疑ったりする気は、さらさらありません。でもただ一つ、世間の人たちが私たちのことを悪く言うのではないかと思うと不安でたまらないのです。

ヴァレール ああ、あなたはどうしてそんなことが心配なのですか。

エリーズ もし世間の人たちがわたしと同じ目であなたを見てくれるのなら、何も心配なんかしませんわ。わたしがあなたとこうなったことが間違っていないのは、あなたの立派な人柄を見れば分かることですもの。わたしのこの気持の正しさは、あなたがどんなに勇気のある人かを知れば明らかですし、あなたへの感謝の気持ちがわたしのこの気持を勇気づけてくれています。だって、この気持ちは神様が下さったものですもの。
 わたしたち二人が巡り合うきっかけになったあの恐ろしい出来事を、わたしは、片時も忘れたことはありません。あなたがご自分の命を投げ出して、荒れ狂う波間からわたしの命を救って下ったときのあのすばらしい勇気。水から引き上げたわたしを介抱して下さるときに見せてくださったあの優しさ。時の流れにもどんな困難にも負けることなく、いつもわたしに捧げて下さっている熱い思い。あなたはわたしに対する恋のために、ご自分の両親も祖国も捨てて、この地にとどまって下さっているのです。あなたは、わたしのためにご自分の身分を偽って、わたしに会いたいばかりに、わたしの父の召使になった振りまでして下さっているのです。
 こういうことをわたしはどれもこれもとても有り難く思っていますわ。わたしがあなたと愛の誓いを交わすことに同意したのが間違いでないことは、これだけで充分ですわ。
 でも、ほかの人たちの目からは見たら、これで充分ではないかもしれませんわ。わたしの気持ちがほかの人たちに分かってもらえるとはとても思えないのです。

ヴァレール あなたが今おっしゃったことのなかで、わたしがあなたに認めて頂きたいものがあるとすれば、それはただ一つ、あなたに対するわたしの愛だけです。
 世間のうわさについては、ご心配にはおよびません。あなたのお父様はあなたに対してあまりにも口うるさくしておられます。ですから、きっと世間はあなたのしたことを認めてくれると思います。お父様の度を越したあの欲深さと、子供たちに強いている惨めな暮らしぶりを考えると、あなたはもっと突拍子もないことをしたとしても、世間はきっと許してくれるでしょう。
 ああ、うるわしのエリーズよ、あなたの前でお父様のことをこんなふうに言うことを許して下さい。でも、ご存知のように、このことに関しては、どうにもあの人を持ち上げようがないのです。
 でもとにかく、わたしの両親との再会が望み通りにかないさえすれば、わたしたちの仲をあなたのお父様に認めていただくのは、とてもたやすいことですよ。これまでは、両親からの知らせが届くのをじっと待っていましたが、これ以上知らせが遅れるようなら、わたしが自分で二人を探しに行こうと思っているのです。

エリーズ ああ、ヴァレール、お願いですから、ここから離れないで下さい。そして、わたしのお父様に気に入られることだけを考えて下さい。

ヴァレール その点についてわたしがどれほど上手くにやっているとお思いですか。お父様に雇われるために、わたしがどんなに巧妙にお父様に取り入ったか。お父様に好かれるために、どんなにしてお父様の言うことに感心したり、同情したりして見せているか。お父様の歓心を買うために、毎日毎日あの人の前でどんなにして芝居をしているか、どうかあなたもよく見て下さい。
 わたしはもうずいぶんこのお芝居には上達しました。そこでわたしは分かったのです。人の心をつかむのに一番いい方法は、その人のまえでは相手の好みに合わせて、相手のやり方に賛成し、相手の欠点を誉めて、相手のすることはどんなことでも持ち上げることです。お世辞はつかい過ぎてもかまわないし、どんなに見え透いたものでもいいんです。自分で賢いなどと思っている人ほど、胡麻すり屋の手にかかると、ころっと騙されてしまうものなのです。人は少しぐらい失礼なことでも馬鹿馬鹿しいことても、そこに少しでも自分に対するほめ言葉が入っていさえすれば、何でも喜んで受け入れるものなのです。
 こんな手を使うことに、わたしの良心が少しは痛まないこともありませんが、誰かの助けが必要なときには、その人に調子を合わせるしかないのです。その人に取り入るためにおべっかを使う以外に方法がないとしたら、悪いのはおべっかを使う方ではなくて、おべっかを要求する方なのです。

エリーズ おっしゃるとおりですわ。でも、あの家政婦が私たちの秘密を父に告げ口しようなどという気を起こしたときの用心に、わたしの兄を味方にすることもやってみて下さらないかしら。

ヴァレール あっちもこっちもと一度に二つのことはできませんよ。それに、お父さんとお兄さんは性格が違いすぎて、あの二人に同時に好かれるのなんて芸当はとてもできませんよ。
 そうだ。あなたはどうです。あなたの方で、お兄さまに働きかけてみてくれませんか。そして、あなたたち兄妹お二人の仲の良さを利用して、お兄さまを私たちの側に引き入れるのです。おや、お兄さんが来ましたよ。私は引っ込んでいますから、このチャンスを利用してあの人に話しかけてみて下さい。そして、適当な時期が来たら、私たちのことをあの人に打ち明けるのです。

エリーズ こんなことをあの人に打ち明けるなんて、この私にできるかしら。

第二場 クレアント、エリーズ

クレアント おや、お前が一人でいるところに会えるとは好都合だ。さっきからお前と話がしたくて、うずうずしていたんだ。ぼくはお前に打ち明けたいことがあるんだよ。

エリーズ いいですとも。お聞きしますわ、お兄さま。わたしに話したいことって何ですの。

クレアント 話したいことは山ほどあるんだけど、一言で言えば、僕は恋をしているんだ。

エリーズ お兄さまが恋をしているですって?

クレアント そうだ。僕は恋をしているんだ。だが、話しに入る前に断っておくけど、僕が親掛りの身の上であることは言われなくても分かっているよ。それから、息子は親の言うとおりにしなければいけないことも、自分をこの世に生んでくれた人の了解なしに婚約なんかしてはいけないことも、婚約を決めるのは昔から親の天職だということも、親の決めた相手としか婚約できないのがこの世の決まりだということも、僕はみんな分かっている。
 それから、親は僕たちみたいに情熱の虜にはなっていないから、僕たちよりも間違いを犯す可能性が少ないということも、僕たちにはどんな相手がふさわしいかは、親の方が遥かに分かっているということも、恋のために目がくらんだ僕たちよりも、親の慎重な意見の方が頼りになるということも、若気の至りでとんでもない間違いを犯すことがよくあるということも、僕はもうみんな知ってるよ。
 僕がお前にこんなことを言ったのは、お前がこんなことを言う手間を省くためだ。なぜなら、僕の気持ちはもう決まっていて、お前が何を言おうが、もう僕は聞く耳を持たないのだ。
 ねえ、お願いだから、僕に意見をするのだけはやめておくれよ。

エリーズ お兄さま、あなたは、もうあなたの愛する人と結婚の約束をなさったのですか。

クレアント いやまだだ。だがもう僕の気持ちは決まっているんだ。だから、もう一度言うけど、お願いだから僕に思いとどまらせようとしてあれこれ言うのはやめておくれ。

エリーズ お兄さま、わたしはそんなわからず屋じゃありませんわ。

クレアント そんなことは言ってないよ。ただお前は、恋をしていない。恋の情熱が僕の心に及ぼしているこの抵抗しがたい力をお前は知らないんだ。それに僕が心配しているのは、お前が分別臭いことなんだ。

エリーズ まあ、そんな。わたしを分別臭いだなんて言うのはやめて下さいね。一生に一度くらいは誰でも分別を失うようなことがあるものですわ。それに、もしお兄さまが私の本心を知ったら、私はお兄さまよりももっと分別のない人間であることが分かりますわ。

クレアント おお!; まさか、お前も僕と同じように恋をしているのならいいのだが・・・。

エリーズ それよりもまず、お兄さまのお話をしまいまで聞かせ下さい。お兄さまが恋している人っていったいどなたですの。

クレアント この近所に最近引っ越してきた人なんだ。彼女の姿を見た者なら誰でも恋心を抱かずにはいられないような人なんだ。あんな素敵な人にはこれまで会ったことがないよ。僕は彼女を一目見たとたんに、すっかり彼女に夢中になってしまった。
 彼女の名前はマリアンヌっていうんだ。この愛すべき娘さんは年老いた病気がちの母親といっしょに暮らしているんだが、この母親に対する彼女の献身ぶりがまた想像もつかないほど素晴らしいんだ。彼女が母親の世話をしたり、いたわったり慰めたりするときに見せるその優しさといったら、まったく感動的でさえあるんだ。彼女は何をしていても、すば抜けて品のいい女性なんだ。彼女のすることのすべてには、無限の優美さがただよっている。人を引きつけずにはおかないしとやかなものごし、感じのいいあのやさしさ、恥を忘れないあのふるまい、それから・・・ああ、お前はあの人に一度も会ったことがないのかい。

エリーズ お兄さま、今あなたがおっしゃったことだけでも、その人の素晴らしさは充分に想像できますわ。それに、お兄さまが気に入った人ですもの、きっと素晴らしい人に違いありませんわ。

クレアント それがね、人づてに聞いたところでは、彼女の暮らしはあまり楽ではないらしんだ。つつましい暮らしをしているのに、お二人の自由になる金では、必要なものを賄うにも窮しているという有り様なんだ。
 ねえ、お前、考えてもみてくれ、自分の愛する人の不運な境遇を立て直して、あの立派なご家族のつつましい暮らしを少しでも助けてあげられたら、どれほど大きな喜びが得られるだろう。
 ところが、一人のごうつくおやじのせいで、僕はこの喜びを味わうこともできないし、あの美しい女性に対して愛の証ひとつ見せることもできないんだ。そんな僕の悲しみがどれほど大きいか、想像してみてくれ。

エリーズ もちろんわかりますとも、お兄さま。あなたのお悲しみがどれ程大きいかは、わたしにも充分想像できますわ。

クレアント ああ、これは他人にはとても想像できない辛さだよ。だって、僕たちはこんなに厳しい倹約生活を強いられて、異常なまでに干からびた暮らしのなかで、若さを失っていかねばならないんだよ。これほど残酷なことがいったいほかにあるだろうか。財産があるといったって、それが僕たちの手に入って実際に使えるようになるのは、若い盛りを過ぎた頃でしかないんだ。それまでの間、僕たちは普通に暮らしていくだけのために、あちこちから借金して回らなければならないんだよ。ごく当たり前の身なりをするだけのために、僕もお前も毎日のように出入りの商人に助けを求めなけれぱならないんだよ。こんな有り様なのに、財産があったところで、それがいったい何の役に立つと言うんだ。
 僕がお前に話をしようと思ったのは、お前に助けてもらいたいからなんだ。僕のこの恋をおやじがどう思うか、探りを入れてくれないか。そしてもしおやじが反対すると分かったら、僕は愛する人と駆け落ちして、神の定めた運命に身を任せるつもりだ。今はそのための金の工面にあちこち頼んでもらっているところだ。
 それに、もしお前の方の事情も僕と同じで、おやじがお前の願いにも反対するようなら、その時は、僕たちで一緒にこの家から出ていこうよ。そして、おやじの堪え難い貪欲のせいでこんなにも長い間苦しんできたこの圧制から共に自由になろうじゃないか。

エリーズ 本当に、お父様は毎日毎日私たちに対して、お母様が生きておられたらと思うようなことばかりなさいますから・・・。

クレアント おや、おやじの声がする。ここにいてはまずい。よそへ行って話の続きをしよう。そして、話が決まったら、それからあとは二人で力を合わせて、あの頑固おやじと戦おう。

第三場 アルパゴン ラ・フレーシュ

アルパゴン とっとと、出てけ。口答えをするな。ほら、さっさとこの家から出ていくんだ。この盗っ人野郎。この悪党。

ラ・フレーシュ(傍白) 憎たらしいじじいだ。これほど意地の悪い人間は見たことがない。この人はきっと体の芯まで腐ってるんだぜ。

アルパゴン 口の中で何かぶつぶつ言っているのか。

ラ・フレーシュ どうしてわたしを追い出そうとするんですか。

アルパゴン 馬鹿野郎、このわしに説明を求めるとは、けしからんやつだ。痛い目に会わないうちに、とっとと失せろ。

ラ・フレーシュ わたしがあなたに何をしたって言うんですか。

アルパゴン わしに出ていけと言われるようなことを、お前はしたんだよ。

ラ・フレーシュ わたしは自分の主人、つまりあなたの息子さんに、ここで待っているように言われているんですよ。

アルパゴン 待つんなら外で待て。とにかく家からは出るんだ。棒みたいに突っ立って、何でも金にしようと家の中の様子をうかがうのはやめろ。わしは人の行動をスパイするやつに、しょっちゅう目の前にいて欲しくはないのだ。全く油断のならないやつだ。いやらしい目つきで人にまとわりついて、人の持ち物を穴があくほど見つめて、何か掠め取ることは出来ないかとあちこち捜しまわるのはやめてくれ。

ラ・フレーシュ 一体どうやってあなたの物を盗めと言うんですか。何もかもきちんとしまい込んで夜も昼も見張っているあなたの物を盗めるもんですか。

アルパゴン わしは自分の好きな物をしまい込んで、好きなだけ見張りをしたいんだ。人のすることをあれこれ詮索するとは、お前はわしをスパイしているのか。(傍白)まずいな、こいつはわしの金のことに気づいているのかもしれん。(相手に)お前、わしが金を隠しているという噂をばらまくつもりではあるまいな。

ラ・フレーシュ お金を隠してるんですか?

アルパゴン そんなことはない。馬鹿者、わしはそんなことは言っとらんぞ。(傍白)しまった。(相手に)わしはお前がそういう間違ったうわさを流すつもりがあるかどうか聞いているんだ。

ラ・フレーシュ ふーん。あなたがお金を隠していようがいまいがわたしは構いませんや。どうせわたしにはどっちでも同じことですから。

アルパゴン また屁理屈を言う! そんな屁理屈にはこれをお見舞いしてくれる。(平手打をしようと手を上げる)。もういっぺん言う。ここから出て行け。

ラ・フレーシュ じゃあ、出て行きます。

アルパゴン 待て、おまえ何か持ちださなかったか。

ラ・フレーシュ わたしが何を持したとおっしゃるんで?

アルパゴン 見てやるからこっちへ来い。両手を出せ。

ラ・フレーシュ はいどうぞ。

アルパゴン ほかの手は。

ラ・フレーシュ ほかの手ですか。

アルパゴン そうだ。

ラ・フレーシュ はいどうぞ。

アルパゴン(相手の半ズボンと靴下を指して) この中に何か隠しているんじゃないか?

ラ・フレーシュ 自分で捜してください。

アルパゴン(靴下を触りながら) この上のズボンのふくらみは盗んだものを隠すにはもってこいの場所だ。こんなスボンは縛り首にせにゃならん。

ラ・フレーシュ(傍白) まったく、この人の心配どおりになればいいのだ。この人のものを盗んだら、さぞ愉快だろうに。

アルパゴン 何?

ラ・フレーシュ 何か。

アルパゴン 何を盗むんだって。

ラ・フレーシュ わたしが何か盗んだかどうかはっきりするまで、隅々までよく調べてくださいと言ってるんです。

アルパゴン それは今わしがやろうとしていることだ。(ラ・フレッシュのポケットの中を調べる)

ラ・フレーシュ どけち野郎め、くたばっちまえ。

アルパゴン 何、何か言ったか。

ラ・フレーシュ わたしが何を言ったかとおっしゃるんですか。

アルパゴン そうだ。どけち野郎がどうのと言わなかったか。

ラ・フレーシュ どけち野郎はくたばったほうがいいと言いましたんです。

アルパゴン それは誰のことを言ってるんだ。

ラ・フレーシュ どけち野郎のことで。

アルパゴン で、そのどけち野郎とは誰のことなんだ。

ラ・フレーシュ しみったれで物惜しみなやつのことで。

アルパゴン で、お前は誰を指してそんなこと言っているんだ。

ラ・フレーシュ 何を気にしておられるのですか。

アルパゴン 気になることを気にしているまでだ。

ラ・フレーシュ わたしがあなたのことを言ってると思ってらっしゃるんですか。

アルパゴン わしが何を思おうがほっといてくれ。わしはただ、お前が誰に向かってそんなことを言っているのかお前に言って欲しいだけだ。

ラ・フレーシュ わたしが言っている相手ですか...それはこの帽子です。

アルパゴン それならわしもその帽子を相手にすればいいんだな。(相手の頭をたたく)

ラ・フレーシュ わたしがどけち野郎をけなしてはいかんとおっしゃるんで。

アルパゴン そうは言っとらん。わしがお前に言っているのは、えらそうに無駄口をたたくなということだ。黙っていろ。

ラ・フレーシュ わたしは誰とは言ってませんで。

アルパゴン 口をきいたらぶん殴るぞ。

ラ・フレーシュ 馬の耳に念仏だな。

アルパゴン 黙らんか。

ラ・フレーシュ はい、黙ります。いやでもね。

アルパゴン 畜生め。

ラ・フレーシュ(上着のポケットを見せて) ほら。ここにもポケットがありますよ。満足しましたか。

アルパゴン さあ、もうわしに調べさせないで返してくれ。

ラ・フレーシュ 何をですか。

アルパゴン わしから盗ったものだ。

ラ・フレーシュ わたしは何も盗ってませんよ。

アルパゴン 本当か。

ラ・フレーシュ 本当です。

アルパゴン そんなら、とっととどこへでも行きやがれ。

ラ・フレーシュ ありがたい。やっと解放されたわい。

アルパゴン お前、ちょっとは反省しろ。ああいうろくでもない召使がいるから困るんだ。あのびっこ野郎の顔は、見るのも嫌だ。

第四場 アルパゴン、エリーズ、クレアント

アルパゴン まったく、自分の家に大金を置いて番をしているのは大変な苦労だわい。財産はしかるべきところに預けておいて、入り用の分だけ手元に置くのが一番だ。安心できるような隠し場所を家の中に見つけるだけでも一苦労だ。金庫は当てにならんからな。わしは金庫というものは信用しとらんのだ。金庫を置くなんて、泥棒にこっちへおいでと手招きするようなものだ。いつだって、まっさきに襲われるのは金庫じゃないか。
 とは言っても、昨日手に入った二百万を庭に埋めたのが果たして良かったのかとなると、これがはっきりせんのだ。何しろ金貨で百万といえば大金だ。それを手元に置くとなると・・・。(ここで、兄妹登場。声を潜めて話し合っている)おお、危ない危ない。自分で自分の秘密をばらしてしまうところだった。あんまり熱中するのは考えものだ。いまの独り言が聞かれたかもしれん・・・。何だね。

クレアント いえ、別に。

アルパゴン ずっと前からここにいたのかね。

エリーズ いいえ、いま来たばかりですわ。

アルパゴン ところで、おまえたち、聞かなかったか・・・。

クレアント 何をですか。お父さん。

アルパゴン だからなあ・・・。

エリーズ 何をです。

アルパゴン わしがいましゃべっていたことだ。

クレアント 聞きません。

アルパゴン いいや、聞いたはずだ。

エリーズ 残念ながら。

アルパゴン いや、わしには分かっている。おまえたちは何か聞いた。あれはな、最近の金儲けの難しさをちょっと独りでぶつくさ言っていただけだ。それから、百万もの大金を持てるやつは幸せだろうなと言ってみただけなんだ。

クレアント 僕たちはお父様のお邪魔をしてはいけないと思って、お父様の近くに行くのは遠慮していたのです。

アルパゴン わしとしてはお前たちが勘違いしないようにこうしてちゃんと話ができるのがうれしいよ。お前たち、間違うなよ。わしは百万を持っているなんて言ってはおらんからな。

クレアント 僕たちの言いたいのは、お父さんのことじゃないんです。

アルパゴン ああ、わしに百万あればなあ。

クレアント 難しいとは思うのですが・・・。

アルパゴン そうなったらいいのになあ。

エリーズ こういう話は・・・。

アルパゴン 本当に百万欲しいなあ。

クレアント 僕が考えていることはですね・・・。

アルパゴン そうなったら助かるのになあ。

エリーズ お父さんは・・・。

アルパゴン そうなったら今みたいに不景気の愚痴を言わなくてもいいのになあ。

クレアント とんでもない。お父さんは愚痴なんて言う必要はありませんよ。お父さんが大金をため込んでいることは誰でも知っていますよ。

アルパゴン 何だって? わしが大金をため込んでいるだって? 誰がそんなことを言ったんだ。そんなやつは大嘘つきだ。まったくのでたらめだ。そんなうわさを流すようなやつは大馬鹿者だ。

エリーズ 怒らないでください。

アルパゴン まったく恐ろしいことだ。自分の子供に裏切られるとは。自分の子供が敵にまわるとは。

クレアント お父さんが大金をため込んでいると言うのは、お父さんの敵になることなんですか。

アルパゴン そうだとも。お前たちがそんなことを言いふらしたり、わしの金を無駄遣いし続けたりしていると、そのうちに誰かがわしを大金持ちだと思い込んで、わしの家に押入ってわしのこの喉笛をかき切ることになるんだぞ。

クレアント 僕がどんな無駄遣いをしたとおっしゃるのですか。

アルパゴン どんなだって? そんな贅沢な格好をして町の中をほっつき歩きやがって、それ以上に破廉恥なことがほかにあるか。昨日はお前の妹に意見したばかりだが、お前は妹の上を行く悪さだ。まったく、こんなやつには天罰が下るといい。お前が着ているものを頭のてっぺんからつま先まで合わせたら、たっぷりひと財産出来ようと言うものだ。お前のそういう生活態度を改めろと、わしは何度も言ってきた。それじゃまるで侯爵気取りじゃないか。お前がそんな格好をしていられるのは、わしの金をちょろまかしているからに違いない。

クレアント ええ?! 僕がどうやってお父さんのお金をちょろまかしていると言うんですか。

アルパゴン わしの知ったことか。じゃあ、そんな格好をする金を、お前はどこで手に入れているというんだ。

クレアント 僕ですか。お父さん、僕は博打で稼いでいるんですよ。僕はすごくついているんです。だから、そうやって稼いだ金を全部服を買うのにつかっているんですよ。

アルパゴン それがいかんと言うのだ。博打でついているなら、そのつきを利用して、稼いだ金を適当な利息で預けるんだよ。そうすれば先の楽しみもあるというものだ。
 それから、いっぺん教えてもらいたいのだが、ほかのことはともかく、その頭のてっぺんからつま先までごてごてと飾りたてているリボンはいったい何のためなんだい。半ズボンをつるには紐が半ダースもあれば沢山じゃないのかね。それに、一銭もかからない自前の髪の毛があるというのに、かつらに金をつぎ込む必要がどうしてもあるのかい。そのかつらとリボンを合わせたら少なくとも二万はするだろう。二万あれば最低八分の利子で預けても一年で千六百になる。

クレアント ごもっともです。

アルパゴン それはもういい。ほかの話をしよう。うん? (傍白) こいつら、わしの財布を掠め取ろうと合図を出し合っているんだな。(相手に) 二人でこそこそと何の合図しているんだ。

エリーズ どちらの話を先にするかで互いに譲り合っていたところなんです。わたしたちは二人ともお父様にちょっとお話ししたいことがあるんです。

アルパゴン わしもだ。わしもお前たち二人にちょっと話したいことがあるんだ。

クレアント お父さん、僕たちがお父さんに話したいのは、結婚のことなんですよ。

アルパゴン そうか。わしがお前たちに話したいことも、結婚のことなんだよ。

エリーズ えー? どうしましょう。

アルパゴン どうしてお前はそんな声を出すんだい。結婚という言葉が恐いからかい、それとも結婚することが恐いのかい。

クレアント 結婚というものをお父さんがどう考えているかによっては、結婚は僕たちにとってとても恐ろしいものになります。僕たちが心配なのは、結婚についての考え方が僕たちとお父さんとでは合わないかもしれないということなのです。

アルパゴン 大丈夫、心配することはない。ちょっとの間の辛抱だ。わしはお前たちがどうすればいいかはよく知っている。わしが考えているとおりにすれば、お前たちは二人ともけっして不満はないはずだ。
 それで、まず最初にだな、この近くにマリアンヌという名前の若いお嬢さんが住んでいるのだが、どうだ、お前たちはこの女性を見たことがあるかな。

クレアント ええ、ありますとも。

アルパゴン(エリーズに) お前はどうだ。

エリーズ お噂だけなら。

アルパゴン クレアントや、お前、この娘さんをどう思う。

クレアント とても素敵な人だと思います。

アルパゴン どんな感じの人だい?

クレアント 誠実でしっかりした人だと思います。

アルパゴン 外見はどうだ。

クレアント 申し分なしですよ。

アルパゴン 彼女のような女性なら、こちらも真剣に考えていいとは思わんか。

クレアント ええ、そのとおりです。

アルパゴン 彼女なら結婚相手としてうってつけだな。

クレアント そりゃもう、うってつけですとも。

アルパゴン 彼女なら家の中の切りまわしもしっかりやれそうじゃないか。

クレアント そのとおりです。

アルパゴン 彼女と結婚した男は幸せだろうな。

クレアント 間違いありません。

アルパゴン ただ少し問題があるんだ。彼女は思うような持参金を出せないんじゃないかと思うんだ。

クレアント お父さん。あんな素敵な人と結婚するのに、持参金なんて大した問題じゃないですよ。

アルパゴン 何を言う。そういうわけにはいかん。しかし、わしとしてはな、思うような持参金はとれなくても、その分はほかで埋め合わせをしたらいいと思っているんだ。

クレアント そうですとも!。

アルパゴン そうか。お前がわしと同じ考えだということがわかってうれしいよ。というのはな、あの娘のまじめでやさしいところがわしは大いに気に入ったのだ。そこでわしはあの娘と結婚することに決めた。多少の持参金さえあればという話だが。

クレアント ええ!?

アルパゴン どうした。

クレアント 結婚することに決めたと、言われましたか。

アルパゴン そうだ。マリアンヌさんとな。

クレアント 誰が? お、お父様がですか。

アルパゴン そうだ。わしだ。このわし、わしがするのだ。お前、どうしたんだ。

クレアント ああ、急にめまいがしてきた。ちょっと失礼します。

アルパゴン 大したことはない。台所へ行って、ぐいっと一杯引っかけて来い。水をな。見ろ、あの色男のなよなよとした姿を。小娘ほどの力もないんだ。さて、エリーズよ、自分自身についてのわしの考えは以上のとおりだ。
 それから、お前の兄さんについてだが、あれはとある後家さんと結婚させるつもりだ。今朝、その女性のことを話にきた人がいてね。それから、お前だが、お前はアンセルムさんのところに嫁ぐんだ。

エリーズ アンセルムさんのところですか?

アルパゴン そうだ。りっぱな人だし、なかなかしっかりした考え方をした人だ。年もせいぜい五十だ。それにすごい財産家らしいぞ。

エリーズ(お辞儀をしながら) 恐縮ですが、お父様、わたくし、お嫁に行くつもりはありません。

アルパゴン(お辞儀を真似して) こちらも、恐縮ですが、お嬢ちゃま、わたくし、あたなにお嫁に行ってもらいます。

エリーズ お気の毒ですが、お父様。

アルパゴン お気の毒ですが、お嬢様。

エリーズ アンセルムさんには大変申し訳ございませんが、その方とは結婚いたしませんから悪しからず。

アルパゴン あなたさまには大変申し訳ございませんが、あの方と結婚していただきますから悪しからず、今晩すぐにな。

エリーズ 今晩すぐですって。

アルパゴン 今晩すぐだ。

エリーズ そんなことは出来ませんわ。お父様。

アルパゴン そんなことは出来ますよ、お嬢様。

エリーズ いやです。

アルパゴン いやじゃない。

エリーズ いやだと申しております。

アルパゴン いやじゃないと申しております。

エリーズ そんなこと、無理やりすることではありませんわ。

アルパゴン そんなこと、無理でもしてもらいますよ。

エリーズ そんな人と結婚するくらいなら、わたくし、死にます。

アルパゴン お前は死んだりしない。お前はあの人と結婚するんだ。しかし、なんと生意気な娘だ。父親に向かってそんな口の聞き方をする娘がこの世の中のどこにいる。

エリーズ それなら、自分の娘にこんな結婚をさせる親がこの世の中のどこにいますか。

アルパゴン あの人は結婚相手としては文句のつけようのない人だ。それに、賭けてもいいが、わしの考えを世間の人たちはみんな賛成してくれるはずだ。

エリーズ わたしも賭けてもいいですけど、物の分かった人ならそんな考えにはみなさん反対なさるはずですわ。

アルパゴン おや、ヴァレールが来た。エリーズよ、わしらの二人のうちのどっちの意見が正しいか、あの男に決めてもらおうじゃないか。

エリーズ ええ、それがいいですわ。

アルパゴン お前、あの男の判断に従うんだな。

エリーズ ええ、わたくし、あの人の言うことなら何でもそのとおりにしますわ。

アルパゴン よし、これで決まりだ。
 
 

第五場 ヴァレール、アルパゴン、エリーズ




アルパゴン こっちへ来い、ヴァレール。娘とこのわしのどちらの言うことが正しいか、お前に決めてもらいたんだ。

ヴァレール それはもう、旦那さま、あなたのほうが正しいに決まっています。

アルパゴン わしらが何について話しているのか、お前、分かっているのか。

ヴァレール いいえ、でも、旦那さまが間違っているはずはありません。旦那さまは正しさそのものですから。

アルパゴン わしは今晩この娘を、頭が良くて裕福な男性と結婚させようと思っている。ところが、この馬鹿娘はわしに面と向かってこんな結婚をいやだとぬかしおる。お前これをどう思う。

ヴァレール わたしがどう思うかと、おっしゃるんですか。

アルパゴン そうだ。

ヴァレール えーと、えーと。

アルパゴン 何だって。

ヴァレール わたしの意見はですね、本質的にはわたしは旦那さまの考えに賛成でございます。旦那さまが間違っているはずはございませんから。しかし、お嬢さまのおっしゃることにも一理あるかと・・・。

アルパゴン 何だと。アンセルムさんはまたとない結婚相手だぞ。家柄は立派だし、人柄は上品だし、うるさくおっしゃる方ではないし、こせこせしていないし、頭が良くて金持ちで、おまけに、最初の結婚で生まれたお子さんはもうこの世にはいないときている。娘にとってこれ以上の結婚相手がどこにいる。

ヴァレール そりゃもう旦那さまのおっしゃるとおりです。
 しかし、お嬢さんとしては旦那さまにこうおっしゃりたいのかもしれません。話が少々急すぎる、相手の方との相性が合うかどうか確かめるぐらいの時間は欲しいと。

アルパゴン ぐずぐずしてこのチャンスを逃すようなことがあってはならんのだ。この結婚には、またとない有利な条件が付いているのだ。なにしろあの方は娘をめとるのに持参金なしで・・・。

ヴァレール 持参金なしですか。

アルパゴン そうだ。

ヴァレール ああ、それならもう何も申し上げることはありません。まったく、これで決まりです。これはもう結婚するしかありません。

アルパゴン この結婚はわしにとっては大変な節約になる。

ヴァレール おっしゃるとおりです。どこにも反論の余地はありません。
 本当のところ、お嬢さまとしては旦那さまにこうおっしゃりたいのかもしれません。結婚とは人が考えるよりも重大なことだ、自分の人生が不幸になるか幸福になるかはこれひとつに掛かっている、生涯連れ添うことになる相手は充分考えてから決めなければいけないと。

アルパゴン 持参金なしだぞ。

ヴァレール おっしゃるとおりです。もちろん、それには反論の余地はありません。
 とはいえ、ほかの人たちはあなたにこう言いたいかもれません。おそらくこのような場合には娘さんの気持ちも考えてあげないといけない、それに、相手の方との間に大きな年の差があったり、考え方が違ったり、性格が合わなかったりすると、この結婚がうまく行かないかもしれないと。

アルパゴン 持参金なしだぞ。

ヴァレール おっしゃるとおりです。それに対しては反論の余地のないことは誰でも分かることです。いったい、誰がそれに反対できるでしょうか。
 そうは言っても、お金が節約できるかどうかよりも自分の娘の気持ちのほうが大切だという父親のほうがたくさんいることは否定できない事実でございます。自分の娘を金銭上の利益の犠牲にしたりはせず、何をおいても結婚した夫婦が仲良く暮らせるようにしてやろう、二人が楽しく幸せに末永く暮せるようにしてやろうとする父親がたくさんいることにかわりはありません。それに、

アルパゴン 持参金なしだぞ。

ヴァレール そのとおりです。それを言われるともう誰であろうとぐうの音も出ません。持参金なしですからね。これほどの条件に逆らうなんてどうしてできるでしょうか。

アルパゴン(庭のほうを見ながら傍白) おや、犬の鳴き声がする。誰かわしの金を狙っているのかもしれん。(相手に) お前、そこを動くな。すぐに戻ってくるから。(退場)

エリーズ ヴァレール、あなたがお父様にあんなことを言うなんて、まさか本気じゃないでしょう?

ヴァレール わたしがああ言ったのは、お父様の機嫌を損ねないためなのです。そのほうが結局はうまくいくのです。あの方の感情をまともに害するようなことをすれば、すべてがぶち壊しです。世の中にはまともにいってはだめな人たちがいるもんですよ。そういう人は根っからの天邪鬼で、人のすることにことごとく逆らおうとします。ああいう人は本当のことを聞かされるとかっとなるし、理屈の上で正しいことを言われると、わざとその反対のことをしようとするのです。ああいう人を相手にするときは、遠回りをしないとけっして思う方向に導いていけないのです。あの人の言う事を何でもきく振りをすることです。それが、結局はわたしたちの目標に到達する一番の近道なのです。それから・・・。

エリーズ でも、ヴァレール、この結婚はどうするのです。

ヴァレール 結婚しないですむようなうまい方法がきっと見つかりますよ。

エリーズ でも、結婚は今晩ですよ。どんなうまい方法があるというのですか。

ヴァレール とにかく仮病でも使って、時間稼ぎをするしかありません。

エリーズ でも、仮病なんて医者が来たらすぐにばれてしまいますわ。

ヴァレール ご冗談でしょう。医者に何がわかるもんですか。大丈夫です。何でもあなたの好きな病気を言えばいいんです。病気の原因は、あなたに代わって医者の方で見つけてくれますよ。

アルパゴン(再登場、傍白) 助かった。何でもなかったよ。

ヴァレール 最後の最後には駆け落ちという方法もあります。そうなったらもう誰もわたしたちを邪魔することはできません。あとはもう、麗しのエリーズよ、あなたの気持ちが変わりさえしなければ・・・(アルパゴンに気づく)。いいえいけません。娘が父親の言うことを聞くのはあたりまえのことです。娘に、自分の夫の姿や形をとやかく言う資格なんてないのです。おまけに「持参金なし」というすばらしい条件がついている以上、娘たるもの、選り好みをせずに、与えられたものは何でも喜んで受け入れる覚悟をしなければいけないのです。

アルパゴン いいぞ。よく言った。そのとおりだ。

ヴァレール 申し訳ございません、旦那さま。わたくし少々かっとしてしまいまして、僭越にもお嬢さまに対してこんなしゃべり方をしてしまいました。

アルパゴン 何を言う。かまうもんか。むしろわしは喜んでいるんだ。これからは娘のことは全部お前に任せよう。(退場していくエリーズに)こら、逃げ出そうとしても無駄だぞ。お前に対する親としての権利は全部この男に譲り渡すことにするからな。これからは何でもこの男の言うとおりにするのだぞ。

ヴァレール 今後は、わたしに口答えすることは許しませんからね。旦那さま、わたくしはお嬢さまのあとに付いていって、さっきのお説教の続きをして参ります。

アルパゴン よろしい。お前には恩に着るぞ。なるほど・・・。

ヴァレール お嬢さまには少しは厳しくするのがよいのです。

アルパゴン そのとおりだ。そうでなきゃいかん。

ヴァレール ご心配には及びません。なんとかやれると思います。

アルパゴン がんばって大いにやってくれたまえ。わしはちょっとこれから町を一回りしてくる。すぐに帰ってくるから。

ヴァレール かしこまりました。お嬢さま、お金はこの世の中の何にもまして大切なものなのです。神さまがあなたにあのようなご立派なお父様をお恵み下さったことを、あなたは神さまに感謝しなければなりませんぞ。あの方は人生とはどのようものなのかをよくご存知でいらっしゃいます。娘を持参金なしでもらってくれる人が出てきたなら、それ以上のことはとやかく言うべきではないのです。持参金なしということは、全ての埋め合わせになるのです。それは、見栄えがいいということであるし、若いということでもあるし、生まれがよいということでもあるし、名誉があるということでもあるし、頭がよいということでもあるし、誠実だということでもあるのです。(エリーズとヴァレール退場)

アルパゴン ああ、何としっかりした青年だ。今のあの威厳のあるしゃべり方はどうだ。あのような召使を持っているこのわしは果報者だわい。

第一幕おわり

誤字脱字に気づいた方は是非教えて下さい。

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