エレクトラ ミケーネの王・故アガメムノンの娘
オレステス エレクトラの弟
クリュソテミス エレクトラの妹
クリュタイムネストラ 故アガメムノンの妻
アイギストス クリュタイムネストラの情夫
守役 オレステスの養育係
女たち アルゴスに住むエレクトラの友達
ピュラデス オレステスの友達(無言)、侍女(無言)、従者(無言)
守役 さあ、オレステス殿、トロイの戦の総大将アガメムノンの子よ。今まで、いつも見たいとおっしゃっていた所にとうとう着きましたぞ。とくとご覧なされい。
Τὸ γὰρ παλαιὸν Ἄργος οὑπόθεις τόδε,あれがあなたのあこがれの土地、由緒あるアルゴスですぞ。アブに追われてさまよったという伝説の娘イオーゆかりの聖地です。
αὕτη δ', Ὀρέστα, τοῦ λυκοκτόνου(狼殺しの) θεοῦ(アポロ)さて、こちらに見えるのが神アポロンの広場、また左手には神ヘラの名高い社がある。そしていまご覧になっておられるのが、黄金満ちるミケーネの国。ほれ、そこにペロプスの息子たちの不幸な館が見える。あなたの父上はそこで殺されたのだ。そのさなか、あなたの血を分けた姉上からあなたの身柄をお預かりして、屋敷の外へ運び出し、あなたの命をお守りして父上の敵討ちにと、こうして成人されるまでお育て申したのがこのわたしじゃ。
15 Νῦν οὖν, Ὀρέστα καὶ σύ, φίλτατε ξένωνさあそこでじゃ、よろしいかオレステス殿、それにお友達のピュラデス殿、早速、策を練らねばなりませんぞ。星降る夜も既に白み、朝日に目覚めた小鳥たちのさえずりが聞こえてきます。人が外に出てこぬうちに話を決めておかねばなりません。もはやここまで来たからには、いまさらためらっている場合ではございません。時は今ですぞ。
ΟΡΕΣΤΗΣオレステス ありがとう、爺やよ。おまえは本当に頼りになる召し使いだ。わたしのために実によく尽くしてくれる。馬でも血統の良いものは、老いてなお危険に臨んでひるまず、耳をまっすぐに立てているというが、いまもおまえは我らを駆り立てるだけでなく、自ら先頭に立って我らを支えてくれる。
Τοιγὰρ τὰ μὲν δόξαντα δηλώσω, σὺ δέ,よし、それではわたしの考えを話そう。おまえはわたしがこれから言うことにしっかり耳を傾けて聞いてくれ。そして、何か的外れなことをわたしが言ったら、誤りを正してもらいたい。
Ἐγὼ γὰρ ἡνίχ' ἱκόμην τὸ Πυθικὸνさて、父を殺した者たちに対して正義の裁きを加えるには、どんな手段を取るべきかをお伺いしようと、デルフィのお社にお参りしたときのことだ。そのとき神アポロンはこんなお言葉を下さった。「数の力や武力の助けを借りることなく、計略による不意討ちによって汝自ら敵討ちをはたせ」。
Ὅτ' οὖν τοιόνδε χρησμὸν εἰσηκούσαμεν,さて、我々にこのような神託が下った以上は、まずおまえが機を見てこの屋敷に入り、中の状況をくわしく調べてきてもらいたい。そして、確かなところを我々に報告してほしいのだ。長い年月と老齢のせいでおまえもめっきり白髪が増えて以前の面影はなくなった。おまえなら誰にも気付かれないだろうし、不審に思われることもないだろう。
λόγῳ δὲ χρῶ τοιῷδ', ὅτι ξένος μὲν εἶやつらにはフォーキスのファノテウスの元から来た使いの者だと名乗るがよい。ファノテウスは、やつらの第一の味方だ。それから、神に誓った上で、よいか、こう告げるのだ。「オレステス様はデルフィの競技会で、走る戦車から落ちて不慮の死を遂げられた」とな。話のくわしい中身は、すべておまえに任せよう。
Ἡμεῖς δὲ πατρὸς τύμβον, ὡς ἐφίετο(神が望む),一方、わたしたち二人は、まず神のご命令通りに父上のお墓にお参りをする。お神酒を注いで髪の毛をお供えしたら、おまえも知っての通り、薮の中に隠しておいた青銅の骨壷を持って戻ってくる。それを使ってわたしもまた、この体が灰になってもうこの世に無いといううれしい知らせをもって、やつらをだましに行くのだ。
Τί γάρ με λυπεῖ τοῦθ', ὅταν λόγῳ θανὼνわたしはこの作戦がけっして縁起が悪いとは思わない。言葉の上で死んだことになっても、事実はこうして生きている。おまけにそれで名を上げることもできるのだ。言葉そのものに良い悪いはない。問題はよい結果をもたらすかどうかだ。噂では死んでいるのに本当は生きていたという才子才人の話をわたしはたくさん知っている。その後彼らは帰国して、より一層の名声を博したのだ。わたしもまた同様に、死んだ噂のあとで生きた姿を現せば、やつらは輝く星を見るように、目もくらむ思いがするはずだ。
Ἀλλ', ὦ πατρῴα γῆ θεοί τ' ἐγχώριοι,さあ、祖国の地よ、祖国の神々よ、この旅を上首尾に終わらせ、わたしを迎え入れたまえ。また、父の屋敷よ、おまえを清めるこの仕事のために神に遣わされたこのわたしに勝利の栄冠を与えたまえ。わたしをこの屋敷の富とこの国の支配者として受入れたまえ。
Εἴρηκα μέν νυν ταῦτα· σοὶ δ' ἤδη, γέρον,さあ、これでいい。それでは、爺やよ、おまえはおまえで仕事にかかってくれ。我ら二人も出掛けよう。おまえの言うとおり、時は今だ。すべての鍵を握っているのは時なのだ。
(屋敷の中からエレクトラの声)
ΗΛ. Ἰώ μοί μοι δύστηνος.
エレクトラ ああ、ああ、悲しいわ。
ΠΑ. Καὶ μὴν θυρῶν(戸口) ἔδοξα προσπόλων τινὸς守役 おや、あの声は。屋敷の女だろうか。戸口から泣き声が聞こえます。
80 ΟΡ. Ἆρ' ἐστὶν ἡ δύστηνος Ἠλέκτρα; θέλειςオレステス かわいそうに。エレクトラだろうか。もう少し聞いていようか。
ΠΑ. Ἥκιστα· μηδὲν πρόσθεν ἢ τὰ Λοξίου守役 およしなさい。何よりもまず、神様のお言いつけ通り、父上のお墓参りをなさいませ。それがこの作戦の成功と我らの勝利への第一歩でございます。(三人退場)
(エレクトラ屋敷の前に現れる)
エレクトラ(歌う)
ΗΛΕΚΤΡΑ清らかなる朝の光よ、大地を覆う朝の大気よ、何度わたしの悲しみの歌を聞いたの、何度わたしが、悲しみに血がにじむほど胸打つ音を聞いたの、暗黒の夜が明けるごとに。
τὰ δὲ παννυχίδων(夜更しの事) ἤδη στυγεραὶ(憎むべき)夜もまた、哀れなる父を悼んで、不幸な家で眠れぬ時をすごしながら、悲しみの涙で枕を濡らす。苛酷な戦いを生き抜いて、異国から帰った父をわたしの母とその男のアイギストスが頭からまさかりで、まるで木を切り倒すように、まっ二つに切り殺した。
100 κοὐδεὶς τούτων οἶκτος(同情) ἀπ' ἄλλης父よ、あなたの屈辱の死を悲しむ女は、このわたしだけ。一人でも泣き続けるわ。夜の星と日の光をこの世にあって目にする限り、わが子を亡くして泣き続けるナイチンゲールという鳥のように、いつまでもこの戸口で声高く泣き続けるわ。
110 ὦ δῶμ' Ἀΐδου καὶ Περσεφόνης,ああ、地獄の神ハデスとペルセポネーよ、ああ、黄泉路の導き手ヘルメスよ、そして恐るべき呪いの神よ、非業の死を遂げた者と不義する者を見逃さない復讐の女神、神々の恐ろしい娘たちよ、殺されたわたしの父のかたきを取ってちょうだい。今すぐに助けに来てよ。わたしの弟を帰してよ。一人では負いきれないこの悲しみに、もうわたしは耐えられないわ。
(アルゴスの女たちからなる合唱隊登場)
パロドス女たち(歌う) 恐ろしい母を持つエレクトラ。どうしてそんなに飽きもせずいつまでも泣き続けるの。あなたの父のアガメムノンが邪悪な母の悪智恵にかかって、無残な死をとげたのは遠い昔のことよ。でも、こんなことを言って許されるなら、この悪事の張本人こそ死ねばいい。
ΗΛ. Ὦ γενέθλα γενναίων(高貴な),エレクトラ(歌う) あなたたちはいい人たちね。泣いているわたしを慰めようと、ここまで来てくれたのね。その気持ちは身にしみてよく分かるけど、哀れな父を思うと泣けて仕方がないの。ねえ、もし本当にいつものようにわたしのことを思ってくれるなら、そっとしておいて。好きなだけ泣かせてちょうだい。ねえ、お願いよ。
ΧΟ. Ἀλλ' οὔτοι τόν γ' ἐξ Ἀΐδα Ant. 1.女たち(歌う) いくら泣いても祈っても、死んだ人はあの世から帰りはしないわ。人はいつか死ぬものよ。そんなに果てしなく泣き続けて、どうしようもない悲しみに浸っていると、自分をだめにしてしまうわ。そんなに泣いても救われないのよ。どうして悲しみばかり追い続けるの。
145 ΗΛ. Νήπιος(愚かな) ὃς τῶν οἰκτρῶς(哀れな)エレクトラ(歌う) 親の不幸な死を忘れるような人にわたしはなりたくないわ。死んだ娘イテュスの名を呼びながら、悲しんで泣き続ける鳥ナイチンゲールがわたしは好きよ。あの鳥は神ゼウス様のお使いなのよ。ああ、石になっても泣き続ける悲しみ多いニオベ様、あなたにわたしは神の名をあげたい。
ΧΟ. Οὔτοι σοὶ μούνᾳ, τέκνον, Str. 2.女たち(歌う) 悲しみはあなた一人のものではないのよ。あなたの妹のクリュソテミスもイフィアナッサも悲しんでいるわ。でも、いつまでも泣いているのはあなただけ。悲しみを知らずに大きくなったオレステスが、ゼウスの神のお導きでこの国に帰ってくれば、名高いミケーネの王として迎えられ、祝福されることでしょう。
ΗΛ. Ὅν γ' ἐγὼ ἀκάματα(休みなく) προσμένουσ', ἄτεκνος,エレクトラ(歌う) そうよ、そのオレステスを辛抱強く待ってるの。夫も子供もないみじめなわたしは、涙にくれながら、いつ終わるともない不幸に耐えてるの。でも、あの子はわたしのことも敵討ちのことも忘れてしまったのかしら。あの子から知らせは来ても、期待はずれに終わるだけ。いつも帰りたいと言うだけで、帰る決心がつかないのよ。
ΧΟ. Θάρσει μοι, θάρσει, τέκνον· Ant. 2.女たち(歌う) 大丈夫よ、大丈夫。空に住む偉大な支配者ゼウス様は何もかもお見通し。あなたの恨みはゼウス様がきっと晴らしてくれる。敵に対する憎しみは胸に秘めて、行き過ぎた嘆きは慎むことよ。時が全てを解決するわ。海辺のクリーサの牧場に暮らすオレステスも、あの世を支配する神も、あなたを見捨てるはずがないわ。
185 ΗΛ. Ἀλλ' ἐμὲ μὲν ὁ πολὺς ἀπολέλοιπεν ἤδηエレクトラ(歌う) もう何年になるかしら。期待は裏切られ通しよ。わたしはもう待ちくたびれました。わたしを守ってくれる人はいないし、わたしには子供もいない。ただやせ細るばかりよ。まるで父の屋敷に仕える卑しい召使のよう。こんなみじめな姿にさせられて、食事もさせてもらえないのよ。
ΧΟ. Οἰκτρὰ μὲν νόστοις αὐδά(声), Str. 3.女たち(歌う) 痛ましや、あれは帰国のときの宴の場。青銅のまさかりの一撃が真っ直ぐに振り下ろされた。痛ましや、お父さまの断末魔の叫び声。悪智恵が編み出した人殺しを、欲にかられて凶行に及んだ。世にも大それたことを仕出かしたもの。一体これは神の仕業か人間業か。
ΗΛ. Ὦ πασᾶν κείνα πλέον ἁμέραエレクトラ(歌う) そうよ、あれほど悔しかったことはない。ああ、あの夜、あの恐ろしい宴の場。あの二人の手によって、わたしの父は言い知れぬ苦しみのなか、無残な最期をとげた。わたしは二人の囚われの身。もうわたしはだめよ。オリンポスの偉大な神ゼウス様、二人を苦しめて罰を与えて下さい。あんなことをした人たちが富み栄えるなんて許されないわ。
ΧΟ. Φράζου μὴ πόρσω(さらに) φωνεῖν· Ant. 3.女たち(歌う) もうそれ以上はおよしなさいな。もっとみじめな目に会うわよ。自分で招いた災難に、自分から飛び込むつもり? 不機嫌な顔をして喧嘩ばかりしているから、こんなにも余計な苦労を背負い込んでいるのよ。かなわぬ相手に逆らわないで、少しは我慢することよ。
ΗΛ. Δεινοῖς ἠναγκάσθην, δεινοῖς·エレクトラ(歌う) このでたらめな世界では、こうするより仕方がないわ。わたしが頑固なことは知っています。でも、このでたらめな世界では、命のある限り、この悲しみは止まらないわ。あなたたちはいい人だけど、気休めの言葉を言っても無駄よ。思慮ある人なら分かるはず。慰めはいらないわ、そっとしておいて。どうしようもないのよ。泣いて、泣いて、いつまでも泣き続けるわ。
ΧΟ. Ἀλλ' οὖν εὐνοίᾳ γ' αὐδῶ, Epode.女たち(歌う) 悪いことは言わないわ、信じてね。親心から言っているのよ。これ以上自分を苦しめるようなことはやめるのよ。
ΗΛ. Καὶ τί μέτρον κακότατος ἔφυ; φέρε,エレクトラ(歌う) わたしは落ちるところまで、落ちればいいの。亡くなった人を捨てて置くのが、どうして褒められることかしら。どこの世界にそんな人がいるかしら。わたしは、恩知らずの仲間にはなりたくないわ。親を忘れて、泣くのをやめて、楽しく暮らすなんて、わたしには出来ないの。かわいそうに、殺されたほうは土になったのに、殺したほうは罰も受けずに生きているのよ。それで事が済むというのなら、人の世に恥も道義もあるものですか。
第一エペイソディオン女たち エレクトラ、わたしたちはあなたのことが、とても人事とは思えなくて、こうして出てきたの。でも、お気に召さないなら、もう何も言わないわ。あなたの思うようになさいな。
ΗΛ. Αἰσχύνομαι μέν, ὦ γυναῖκες, εἰ δοκῶエレクトラ いつまでも泣いてばかりで辛抱が足りないと言われると、それは自分でも恥ずかしいわ。でも、わたしにはほかにどうすることもできないのよ。
σύγγνωτε· πῶς γὰρ ἥτις εὐγενὴς γυνή,分かってちょうだい。だって、父の家がとんでもないことになっているのよ。それも少しはよくなるどころか日に日に悪くなるばかりなのよ。由緒ある家に生まれた女が、これを見てどうして嘆かずにいられるというの。
ᾗ πρῶτα μὲν τὰ μητρὸς ἥ μ' ἐγείνατο第一、わたしの実の母親が娘のわたしとかたき同士になっているのよ。その上、この家はわたしの家だというのに、同じ屋根の下には父を殺した人殺しどもが暮らしていて、わたしはやつらの召し使いにされてしまい、自分の生殺与奪の権まで握られているのよ。
Ἔπειτα ποίας ἡμέρας δοκεῖς μ' ἄγειν,それだけじゃないのよ。いったいわたしが毎日どんな日々を送っていると思っているの。あのアイギストスはわたしの目の前で父の座っていた王座に腰かけて、わたしの目の前で父の装束を身に付けて、父を殺した部屋のかまどにお神酒を注いでいるのよ。それより何より、あの人殺しはわたしの目の前であの情けない母といっしょに父の臥床に入っているのよ。こんな侮辱があるかしら。あんな男と寝ている女を自分の母と呼ぶなんてわたしはまっぴらだわ。
275 Ἣ δ' ὧδε τλήμων ὥστε τῷ μιάστορι見下げはてたあの女は、神の祟りも恐れずにあの殺人犯の妻の座に収まっているだけじゃないのよ。それどころか、まるで自分の犯した罪を得意がるように、父をだまし討ちにした日をわざわざ選んで、自分たちの守り神に毎月生贄を供えて、歌えや踊れのお祭騒ぎ。そんな様子を眺めては、屋敷でたった一人、人目を忍んで父アガメムノンの不幸な宴に対して悔し涙を流しては、やせ細っていくわたしなのよ。でも、思う存分泣くことさえ許されないの。
Αὕτη γὰρ ἡ λόγοισι γενναία γυνὴだって、あの女、世間ではお上品で通っているけど、わたしに対しては罵詈雑言を浴びせるのよ。
Ὦ δύσθεον μίσημα, σοὶ μόνῃ πατὴρ「何だね意地の悪い、罰当たりな子だね。まるで父親を亡くしたのは、おまえが初めてみたいじゃないか。おまえより気の毒な人は、世の中にたくさんいるんだよ。このくたばり損ない。その調子で死んだ人のことばかり言って、泣いていればいい」と、こんなひどいことを言うのよ。オレステスが来るとどこかから聞いたときは、怒り狂ってわたしの耳元で大声で言うのよ。「こんなことになったのは、おまえのせいだよ。全く余計なことをしてくれたね。オレステスをわたしの手から盗み出したのは、おまえなんだからね。いいかい。このお礼はきっとさせてもらうよ」
Τοιαῦθ' ὑλακτεῖ(吠える), σὺν δ' ἐποτρύνει(囃す) πέλαςこんなことをわたしに向かってわめきちらすのよ。その脇から、あのご立派な旦那様が、そうだそうだと、はやし立てるのよ。あの男は本当に何をするにも一人では出来ない腰抜けよ。あのまったくの疫病神は、女の手を借りないと、喧嘩一つ出来ないのよ。
Ἐγὼ δ', Ὀρέστην τῶνδε προσμένουσ' ἀεὶこのわたしは、あのオレステスがこの不幸からわたしを救い出しに来てくれるのをこうしていつまでも待ちながら、きっと惨めに死んでいくんだわ。だって、あの子がいつも先延ばしにばかりしている間に、わたしの希望は消えてしまったのよ。もうこれから希望をもてるあてもないわ。こうなったからには、分別も慎しみもあったものじゃない。こんなでたらめな世の中では、きれいごとを言っていても始まらないのよ。
310 ΧΟ. Φέρ' εἰπέ, πότερον ὄντος Αἰγίσθου πέλας女たち ねえ、どうなの。アイギストスはお留守なの? まさか近くにいるんじゃないでしょう?
ΗΛ. Ἦ κάρτα· μὴ δόκει μ' ἄν, εἴπερ ἦν πέλας,エレクトラ もちろんよ。もし居たら、わたし、こんなところまで出てこれるはずがないでしょう。今は田舎に行っているわ。
ΧΟ. Ἦ κἂν ἐγὼ θαρσοῦσα μᾶλλον ἐς λόγους女たち なるほどね。それなら、わたしたちも安心してあなたとお話しできるわ。
ΗΛ. Ὡς νῦν ἀπόντος ἱστόρει τί σοι φίλον.エレクトラ わたしに何が聞きたいの? いまあの人はいないから、安心して言ってみて。
ΧΟ. Καὶ δή σ' ἐρωτῶ. Τοῦ κασιγνήτου τί φῄς,女たち じゃあ聞くけど、一体あなたの弟さんはどうなの。来るって言っているのか、それともまた先延ばしなのか、それが聞きたいの。
ΗΛ. Φησίν γε· φάσκων δ' οὐδὲν ὧν λέγει ποεῖ.エレクトラ 来るとは言っているわ。でもあの子はいつも言うだけで、言ったことを一度も実行に移したことがないのよ。
320 ΧΟ. Φιλεῖ γὰρ ὀκνεῖν(躊躇) πρᾶγμ' ἀνὴρ πράσσων μέγα.女たち それは仕方がないわ。誰でもこれだけ大きなことをするとなると二の足を踏むものよ。
ΗΛ. Καὶ μὴν ἔγωγ' ἔσωσ' ἐκεῖνον οὐκ ὄκνῳ.エレクトラ そうかしら。わたしがあの子を救い出した時には、そんなことはなかったわ。
ΧΟ. Θάρσει· πέφυκεν ἐσθλὸς ὥστ' ἀρκεῖν(助ける) φίλοις.女たち 大丈夫。あなたの弟だもの、自分の大事な人を見捨てるようなことはしないわ。
ΗΛ. Πέποιθ', ἐπεί τἂν οὐ μακρὰν ἔζων ἐγώ.エレクトラ わたしはそれだけを信じて、ここまで頑張って生きてきたんじゃないの。
ΧΟ. Μὴ νῦν ἔτ' εἴπῃς μηδέν· ὡς δόμων ὁρῶ女たち もうそれ以上話すのはおよしなさい。ほら、あなたと同じ両親から生まれた、妹さんのクリュソテミスが屋敷から出てくるわ。地下で眠る人たちにお供えする、しきたりの品を持っているわ。
(クリュソテミス、屋敷から登場)
ΧΡΥΣΟΘΕΜΙΣクリュソテミス 姉さん! あなたはまた玄関の所まで出てきて、いったい何をそんなふうに言い触らしているの。まったくいつになったら分かるの。無駄な怒りに憂き身をやつしていたって、何にもならないのよ。
Καίτοι τοσοῦτόν γ' οἶδα κἀμαυτὴν ὅτιもちろん、わたしだって、こんなことなってしまって本当につらいのよ。嘘じゃないわ。できれば、わたしもあの人たちに対して心の中で思っていることを思う存分ぶちまけてやりたいのよ。でもねえ、いまの状態では、これは災難だと思って殊勝らしくしているしかないのよ。
καὶ μὴ δοκεῖν μὲν δρᾶν τι, πημαίνειν(苦しめる) δὲ μή·それに、実際にはかすり傷一つ負わせられないのに、何かしそうに思われるのだけは避けるべきよ。姉さんもわたしを見習うべきだわ。そりゃあ、姉さんの考え方が正しくて、わたしの言ってることは間違ってるわよ。でもねえ、わたしが今の自由な暮らしを続けていくとしたら、長いものに巻かれる以外には方法がないのよ。
ΗΛ. Δεινόν γέ σ' οὖσαν πατρὸς οὗ σὺ παῖς ἔφυςエレクトラ そんなばかな。それでは、あなたは母親のことは大事でも、自分の実の父親のことはどうでもいいと言うの? だって、あなたのわたしに対するそのご託宣は、みんな母に言われたとおりをしゃべってるだけじゃないの。自分の頭で考え出したことなんて一つもないのよ。
345 Ἔπειθ' ἑλοῦ γε θάτερ', ἢ φρονεῖν κακῶς,そうでないっていうなら、あなたは、父のことなんか忘れておとなしくしているか、わたしと同じように分別を忘れるか、どちらか一つにはっきりしなさいよ。ところがどう? あなたは今みたいに、できればあいつらに対して怒りをぶちまけてやりたいなんて口では言いながら、わたしが父の名誉を挽回しようと精一杯やっているというのに、あなたはわたしに協力するどころか、わたしの邪魔ばかりしているのよ。
οὐ ταῦτα πρὸς κακοῖσι δειλίαν(臆病) ἔχει;それでは、あなたは惨めなだけでなくて、卑怯者じゃないの。そうでないなら、わたしがこの嘆きをやめるとどんないいことがあるのか説明してよ。いいえ、わたしが教えてあげるからよく覚えておいて。
Οὐ ζῶ; κακῶς μέν, οἶδ', ἐπαρκούντως(十分) δ' ἐμοί·この暮らしはもちろんひどいものよ。だけど、この暮らしでわたしは十分なのよ。わたしは今は亡き父に対して敬意を表すために、あいつらを困らしてやっているのよ。あの世で父もきっと喜んでくれているはずだわ。ところがあなたは、口ではあいつらが憎いだなんて言っているけど、それは本当に口先だけで、現実は父のかたきと仲良く暮らしているのよ。
Ἐγὼ μὲν οὖν οὐκ ἄν ποτ', οὐδ' εἴ μοι τὰ σὰわたしはそんなのいやよ。たとえあなたと同じぜいたくをさせてやると言われても、絶対あいつらに対して膝を屈したりするものですか。あなたはごちそうに囲まれて、優雅に暮らすといいのよ。
ἐμοὶ γὰρ ἔστω τοὐμὲ μὴ λυπεῖν(自分を苦しめない) μόνονわたしは良心に恥じない暮らしだけでたくさん。あなたと同じ恩恵に浴したいとは思わないわ。あなたも馬鹿でないなら、わたしと同じようにするはずよ。ところがあなたは、あのだれよりも素晴らしい父の血を受けた子で通るところを、今みたいなことをしているおかげで、あの母親の血を引いた子だと言われるんだわ。そうよ、こんなことをしている限り、自分の死んだ父と自分の身内を見捨てた裏切り者だとみんなから呼ばれ続けるのよ。
ΧΟ. Μηδὲν πρὸς ὀργήν, πρὸς θεῶν· ὡς τοῖς λόγοις女たち お願い、もう口げんかはやめて! どちらの言い分にもそれぞれいいところはあるわ。あなたもそして彼女も、二人ともお互いに相手の言い分を取り入れるようにしなさい。
ΧΡ. Ἐγὼ μέν, ὦ γυναῖκες, ἠθάς(慣れた) εἰμί πωςクリュソテミス あら、わたしのことならいいのよ。姉の繰り言はいつものことですからね。わたしも、何もこんなことをわざわざ言うつもりはなかったのよ。でも、姉の身に大変なことが迫っているという話をちょっと小耳にはさんだものだから。そうなれば、姉の嘆きもいよいよ年貢の納め時ということね。
ΗΛ. Φέρ' εἰπὲ δὴ τὸ δεινόν· εἰ γὰρ τῶνδέ μοιエレクトラ おやおや、その大変というのを聞こうじゃありませんか。もし、今よりもっと大変なことがあるなら、そのときは何でもあなたの言う通りにしてあげるわ。
ΧΡ. Ἀλλ' ἐξερῶ σοι πᾶν ὅσον κάτοιδ' ἐγώ·クリュソテミス じゃあ、言わせてもらうわ。わたしの聞いた限りでは、このままいつまでもあなたがこの嘆きをやめないようだと、あなたをよその国の日の射さない地下の穴蔵へ押し込んで、死ぬまでずっとそこで我が身の不幸を嘆いてもらうということよ。そういうことだから、あなたもよく考えることね。あとで痛い目に会ってから、わたしに泣き言を言っても知らないわよ。今の内に目を覚ますことね。
385 ΗΛ. Ἦ ταῦτα δή με καὶ βεβούλευνται ποεῖν;エレクトラ そう、そんなことをしようと考えているの。
ΧΡ. Μάλισθ'· ὅταν περ οἴκαδ' Αἴγισθος μόλῃ.クリュソテミス そうよ、絶対に。アイギストスが帰り次第にね。
ΗΛ. Ἀλλ' ἐξίκοιτο τοῦδέ γ' οὕνεκ' ἐν τάχει.エレクトラ へえ、そんなことなら、早く帰ってくればいいのよ。
ΧΡ. Τίν', ὦ τάλαινα, τόνδ' ἐπηράσω(呪う) λόγον;クリュソテミス そんな縁起でもないことを言うなんて。あなた、どういうつもりなの?
ΗΛ. Ἐλθεῖν ἐκεῖνον, εἴ τι τῶνδε δρᾶν νοεῖ.エレクトラ そんなことをするつもりなら、早く帰ってこいと言っているのよ。
390 ΧΡ. Ὅπως πάθῃς τί χρῆμα; ποῦ ποτ' εἶ φρενῶν;クリュソテミス 自分がどうなると思っているの。あなた、気は確かなの?
ΗΛ. Ὅπως ἀφ' ὑμῶν ὡς προσώτατ' ἐκφύγω.エレクトラ もうあなたたちの顔を見ずに済むということでしょう?
ΧΡ. Βίου δὲ τοῦ παρόντος οὐ μνείαν(記憶) ἔχεις;クリュソテミス でもそうなったら、今の暮らしまで失うのよ。
ΗΛ. Καλὸς γὰρ οὑμὸς βίοτος ὥστε θαυμάσαι.エレクトラ 結構な暮らしだものね。本当に素晴らしい暮らしよ。
ΗΛ. Καλὸς γὰρ οὑμὸς βίοτος ὥστε θαυμάσαι.クリュソテミス でも、あなたもおとなしくしていることさえ覚えたら、本当にそうなるのよ。
395 ΗΛ. Μή μ' ἐκδίδασκε τοῖς φίλοις εἶναι κακήν.エレクトラ このわたしに父に対する裏切り者になる方法を教えるのはやめてちょうだい。
ΧΡ. Ἀλλ' οὐ διδάσκω· τοῖς κρατοῦσι δ' εἰκαθεῖν.クリュソテミス いいえ、そうじゃない。ただ、強い者の言うことは聞いている方がいいと言っているのよ。
ΗΛ. Σὺ ταῦτα θώπευ'(追従する)· οὐκ ἐμοὺς τρόπους λέγεις.エレクトラ あなたは、そうしてぺこぺこしていればいいわ。でも、わたしはいや。
ΧΡ. Καλόν γε μέντοι μὴ 'ξ ἀβουλίας πεσεῖν.クリュソテミス でも、馬鹿な考えで身を滅ぼさないことは立派なことだわ。
ΗΛ. Πεσούμεθ', εἰ χρή, πατρὶ τιμωρούμενοι.エレクトラ 父のかたきを討つために必要とあれば、わたしはこの命を捨てる覚悟です。
400 ΧΡ. Πατὴρ δὲ τούτων, οἶδα, συγγνώμην ἔχει.クリュソテミス そんなことしなくても、父はきっと分かってくれるはずよ。
ΗΛ. Ταῦτ' ἐστὶ τἄπη πρὸς κακῶν ἐπαινέσαι.エレクトラ 臆病者がその意見を聞いたら、きっと賛成してくれるでしょうよ。
ΧΡ. Σὺ δ' οὐχὶ πείσῃ καὶ συναινέσεις ἐμοί;クリュソテミス でも、あなたはどうなの? この意見に賛成してくれないの?
ΗΛ. Οὐ δῆτα· μή πω νοῦ τοσόνδ' εἴην κενή.エレクトラ 絶対にいや! 何があってもそんな馬鹿なことをするのはいやよ。
ΧΡ. Χωρήσομαι τἄρ' οἷπερ ἐστάλην(送られた) ὁδοῦ.クリュソテミス じゃあ、いいわ。わたしは用事があるから行くわ。
405 ΗΛ. Ποῖ δ' ἐμπορεύῃ; τῷ φέρεις τάδ' ἔμπυρα(お供え);エレクトラ どこへ行くの? そんな器を持って誰のお墓に行くの?
ΧΡ. Μήτηρ με πέμπει πατρὶ τυμβεῦσαι(捧げる) χοάς.クリュソテミス 父のお墓にお神酒をあげてくるようにと、母に言われてきたの。
ΗΛ. Πῶς εἶπας; ἦ τῷ δυσμενεστάτῳ βροτῶν;エレクトラ なんですって? 母にとっては誰よりも憎い敵の墓に、お神酒をですって?
ΧΡ. Ὃν ἔκταν' αὐτή· τοῦτο γὰρ λέξαι θέλεις.クリュソテミス それも自分の手で殺しておきながら。そう言いたいんでしょう?
ΗΛ. Ἐκ τοῦ φίλων πεισθεῖσα; τῷ τοῦτ' ἤρεσεν(気に入る);エレクトラ 身内の誰かが勧めたの? どうしてこんなことをする気になったの?
410 ΧΡ. Ἐκ δείματός του νυκτέρου, δοκεῖν ἐμοί.クリュソテミス どうも母は何か怖い夢を見たらしいのよ。
ΗΛ. Ὦ θεοὶ πατρῷοι, συγγένεσθέ(助ける) γ' ἀλλὰ νῦν.エレクトラ やったわ! 先祖の神様、今こそわたしにお力添えを!
ΧΡ. Ἔχεις τι θάρσος τοῦδε τοῦ τάρβους(恐怖) πέρι;クリュソテミス あなたは、母が怖い夢を見たことで、勇気付けられるの?
ΗΛ. Εἴ μοι λέγεις τὴν ὄψιν(夢), εἴποιμ' ἂν τότε.エレクトラ まずどんな夢だったか話して! わたしの答えはそれからよ。
ΧΡ. Ἀλλ' οὐ κάτοιδα πλὴν ἐπὶ σμικρὸν φράσαι.クリュソテミス わたしが知っているのは少しだけよ。それしか言えないわ。
415 ΗΛ. Λέγ' ἀλλὰ τοῦτο· πολλά τοι σμικροὶ λόγοιエレクトラ それでいいから言ってみて。ちょっとした話がきっかけで、人の運命が良くなったり悪くなったりすることは今までにもよくあることなのよ。
ΧΡ. Λόγος τις αὐτήν ἐστιν εἰσιδεῖν πατρὸςクリュソテミス 人から聞いたことだけど、母は夢の中で、わたしたちのお父様が生き返ってきて、もう一度ご自分のそばにいらしたのを見たというの(ご自分とおやすみになったというの)。それから父は王位を示すあの杖を、今はアイギストスのものになっているけど昔は父のものだったあの杖をね、ご自分の手にとって家のかまどに突き刺したの。するとその杖から枝が出てきて、それがミケーネの国全体を覆ってしまうほどに成長したのですって。
Τοιαῦτά του παρόντος, ἡνίχ' Ἡλίῳこの話は、母が日の神様に夢を打ち明けている時に側にいた人から聞いたの。わたしが知っていることはこれだけよ。このほかに知っていることといえば、母がわたしを遣わしたのはこの夢のことが心配だからということぐらいね。
[Πρός νυν θεῶν σε λίσσομαι τῶν ἐγγενῶν(氏神)[だから、神かけて、姉さんにはお願いするわ。私の言うとおりにして、馬鹿な真似をして身を滅ぼすようなことはやめてちょうだい。たとえ私の言うことを無視しても、あなたもひどい目に会えば、私を頼りにして戻ってくるんだから。]
ΗΛ. Ἀλλ', ὦ φίλη, τούτων μὲν ὧν ἔχεις χεροῖνエレクトラ そんなことより、いい子だからあなたは、その手に持っているそんなものは絶対にお墓にお供えしてはだめよ。あの女は父の敵よ、そんな人に頼まれてあなたが父のお墓にお供えをしたりお神酒を捧げたりするなんて許されないし、神様にも失礼なことなのよ。
435 ἀλλ' ἢ πνοαῖσιν(風) ἢ βαθυσκαφεῖ(掘った) κόνει(埃)いいこと。そんなものはどこかに捨ててしまいなさい。いいえ、深い穴を掘って埋めたほうがいい。間違って足が生えても、父の眠っている所へは絶対に近づけない所にね。そして、あの女が死んだらあの世で受け取れるように、貴重品として地下に保管しておいてあげるのよ。
Ἀρχὴν δ' ἄν, εἰ μὴ τλημονεστάτη γυνὴそれにしても、あんな恥知らずな女はこの世に二人といないわ。さもなきゃ、自分が殺した人のお墓に、敵意のこもったこんなお神酒をあげようとするはずがないもの。
Σκέψαι γὰρ εἴ σοι προσφιλῶς αὐτῇ δοκεῖだって、考えてもみて。お墓の中にいる今は亡き父が、そんなお供えをあの女から喜んで受け取ると思って? あの女はまるでかたきを討つように父を騙し討ちにしたのよ。おまけに死体をばらばらに切り刻んで、清めのためと称して、父の頭で返り血をごしごしふき取ったのよ。まさか、あなたもそんなものをお供えすれば、人殺しの罪滅ぼしになるなんて考えていないでしょう。
Οὐκ ἔστιν· ἀλλὰ ταῦτα μὲν μέθες· σὺ δέ,そんなことはあり得ないわ。さあ、そんなものは捨てて、わたしたち二人の髪の毛を切って父に差し上げてきてちょうだい。残念ながら、これでは少ないけれどこれがわたしの全財産なのよ。この髪の毛を嘆願の印として、この飾りのない粗末な帯をそえてお供えしてちょうだい。
αἰτοῦ δὲ προσπίτνουσα(跪く) γῆθεν εὐμενῆそれから、ひざまずいてしっかりお願いするのよ。「お父様、敵と戦うわたしたちを助けるために、どうかお慈悲をもってあの世からお帰り下さい。また、あなたの息子のオレステスがその足であなたの敵を踏みつけて、無事に勝利を収めることができますよう、お力添え下さい。そうなれば、いまよりももっと手厚いご供養ができましょう」と。
Οἶμαι μὲν οὖν, οἶμαί τι κἀκείνῳ μέλον(配慮)わたしはねえ、わたしは思うの。これはきっと父の考えよ。父がこの恐ろしい夢を母に送ったのよ。でも、とにかくあなたはいま言ったように父にお願いしてきてね。それがわたしたちだけでなく、わたしたち二人にとって誰よりも大切なあの世の父のためになることなのよ。
ΧΟ. Πρὸς εὐσέβειαν ἡ κόρη λέγει· σὺ δέ,女たち エレクトラの今の言葉は立派だわ。あなたは彼女の言う通りにするのが賢明ですよ。
ΧΡ. Δράσω· τὸ γὰρ δίκαιον οὐκ ἔχει λόγονクリュソテミス ええそうするわ。何が正しいか分かったら、もう二人が言い争っているべきではない、今は行動あるのみということね。でも、わたしがこんなことをしたなんて、絶対に母には言わないでよ。こんな大それたことがもし母の耳に入ったら、わたしはどんな目に会うか分からないから。(退場)
第一スタシモンわたしたちの予感に狂いがなければ、わたしたちが愚か者でないならば、この夢は正義の神が遠からず現れて、悪人に裁きを下し、正しき者に勝利をもたらす前触れにちがいない。いま聞きた夢の話は勇気と励ましを我らにくれた。エレクトラよ、あなたの父、ギリシャの大将アガメムノンはあの事件をいつまでも忘れはしない。その昔あの方を無残にあやめた両刃の斧の恐ろしい思い出は消えはしない。
Ἥξει καὶ πολύπους καὶ πολύχειρ ἁ δεινοῖς Ant.数多き足を持ち、数多き腕を持ち、待ち伏せしている、恐ろしい復讐の女神が、追跡の手をゆるめずに、必ずやってくる。許されざる者たちが、血塗られた結婚への欲望にとりつかれ、不義、不倫を働いたのだから。わたしは信じている、この夢は罪人とその仲間に必ず罰が来る兆しだと。もしこの夢が正夢でないならば、人の世に、夢占いも神のお告げも意味がない。
Ὦ Πέλοπος ἁ πρόσθεν πολύπονος ἱππεία, Epode.むかしペロプスが企んだ戦車競技は、何という災いをこの国にもたらしたのか。それは数多い不幸の始まりだった。あのミュルティロスという名の御者が、冷酷な仕打ちを受けて黄金の車からまっさかさまに突き落とされて、海の底に横たわってより、この家に不幸を招く悪事の絶えたことなし。
第二エペイソディオン(クリュタイムネストラ、屋敷から登場、侍女を連れている)
ΚΛΥΤΑΙΜΗΣΤΡΑクリュタイムネストラ どうやらまた勝手に出歩いておいでのようね。アイギストス殿が留守だからなのね。あの人なら、おまえが表を出歩いて身内の恥をさらすようなまねは許さないはずだからねえ。居ないとなると途端に、このわたしをなめたようなことをするのよ。人にはわたしのことを、大変な暴君で、いつもいじめられてばかりいると言いふらしているくせに。
Ἐγὼ δ' ὕβριν μὲν οὐκ ἔχω, κακῶς δέ σεわたしは、もともとおまえをいじめる積りはないのよ。わたしがおまえを口汚くののしるとしたら、それはいつもおまえが先にわたしを口汚くののしるからですよ。そうでしょう。わたしに父親を殺されたものだから、おまえは何かといえば父親のことばかり持ち出すのよ。そうですよ。あの人はわたしが殺しました。それは、わたしが一番よく知っています。誰もそうじゃないとは言っていません。
ἡ γὰρ Δίκη νιν εἷλεν, οὐκ ἐγὼ μόνη,だって、あれはわたしが勝手にしたんじゃない。あの人は正義の神のお裁きを受けたのよ。分別さえあれば、おまえだってわたしの味方をしたはずよ。
530 ἐπεὶ πατὴρ οὗτος σὸς ὃν θρηνεῖς ἀεὶだって、おまえがいつも嘆き悲しんでいる、あのおまえの父親は、ギリシャ人の中でただ一人、おまえの血を分けた姉を人身御供にする気になった人なんだよ。あの子が生まれた時のわたしの苦労と比べたら、自分はろくな苦労もしなかったくせに。
Εἶεν, δίδαξον δή με τοῦ χάριν τίνωνじゃあ、聞くけどねえ。あの人は娘を誰のために生贄にしたのよ。ギリシャ人のためだとでも言うのかい。でも、ギリシャ人にはわたしの娘を殺す権利なんかありゃしない。それとも、あの人の弟のメネラオスのためだとでも言うのかい。そんな言い訳が通るとでも思ったのかい。あいつには二人、子供がいたと言うじゃないか。わたしの子より、あいつの子供が死んだらよかったんだ。もともとあいつの妻のヘレネのためにトロイ戦争が起こったんじゃないか。
Ἢ τῶν ἐμῶν Ἅιδης τιν' ἵμερον τέκνωνそれとも何かい、神様の方で、生贄はあの女の子供じゃなくてわたしの子がいいとおっしゃったのかい。あのあきれた父親には、メネラオスの子は可愛くて、わたしが生んであげた子は可愛くはないのかい。
Οὐ ταῦτ' ἀβούλου καὶ κακοῦ γνώμην πατρός;あんなまねは、血も涙もない気違いのすることさ。おまえがどう言おうが、そうに決まっている。そうだ、もし口がきけたら、死んだあの子もきっとそう言うはずだ。何も後悔することなんかないわ。わたしが悪いと思うのはおまえの勝手だけど、人のことをとやかく口に出して言う時は、物事を正しい目でよく見てからにしてほしいね。
ΗΛ. Ἐρεῖς μὲν οὐχὶ νῦν γέ μ' ὡς ἄρξασά(始めた) τιエレクトラ 今度はわたしが先にののしったから、あなたの口がこんなに悪くなったとは言わせないわよ。よかったら、亡くなった父と姉のために、ちゃんとしたところをわたしにもひとこと言わせてもらいたいんだけど。
ΚΛ. Καὶ μὴν ἐφίημ'· εἰ δέ μ' ὧδ' ἀεὶ λόγουςクリュタイムネストラ もちろん結構だよ。いつもそんな風に切り出してくれてたら、おまえの話も聞きづらくはなかったろうにね。
ΗΛ. Καὶ δὴ λέγω σοι. Πατέρα φῂς κτεῖναι· τίς ἂνエレクトラ じゃあ、言わせてもらうわ。あなた、父を殺したと言ってたけれど、そんなことをよく口に出して言えたものね。これ以上に恥ずかしいことがあるかしら。正しいも何もあったものじゃない。言っておくけど、あなたが父を殺したのは正義の神のお裁きなんかではなくて、いま居るあの悪党の誘惑にあなたが負けたからなのよ。
Ἐροῦ(問え) δὲ τὴν κυναγὸν(ハンター) Ἄρτεμιν τίνοςそもそも、狩りの女神のアルテミスが、アウリスの港から風という風を封じこめて何をとがめようとなされたのか、女神に聞いてみるといい。神様からは聞けないというなら、わたしが教えてあげるわ。伝え聞くところによると、わたしの父は女神の森で狩りを楽しんでいた時に、足音に驚いて飛び出したまだらの牡鹿を撃ち倒したそうよ。その時父は勝ち誇ったような言葉をふと洩らしてしまったの。
570 Κἀκ τοῦδε μηνίσασα Λητῴα κόρηこれに腹を立てた女神は、ギリシャの軍勢を足止めにしてしまわれたの。とうとう父は捕った獲物の償いに自分の娘を人身御供に差し出したの。姉の生贄にはこんな事情があったのよ。ほかの方法では軍はトロイへ行くことも本土へ帰ることもできなかったのよ。そのために、父はさんざん抵抗したあげくに、いやいや姉を神に捧げたのよ。けっしてメネラオスのためなんかじゃなかったわ。
Εἰ δ' οὖν, ἐρῶ γὰρ καὶ τὸ σόν, κεῖνον θέλωνでも、もしもよ、もしもあなたの言う通りにあんなことになったとしてもよ、そのために、父があなたに殺されなければならないということになるかしら。そんな法があるものですか。そんな法を勝手に決めたりして、自分が痛い目に会って後悔することにならないように気をつけるのよ。だって、殺されたから殺すということになったら、あなたこそ最初に罰を受けて殺されなければならないのよ。
Ἀλλ' εἰσόρα μὴ σκῆψιν(言い訳) οὐκ οὖσαν τίθης·でたらめな言い訳をしないように気をつけることね。だって、よかったら、どういうわけであなたは、こんな世にも恥ずかしいことをしているのか説明してほしいわ。あなたは人殺しと一緒に寝ているのよ。あなたは、その男といっしょにわたしの父を殺しておいて、おまけに、前のちゃんとした結婚から生まれたちゃんとした子供を追い出して、人殺しとの間に子までなしているのよ。どうしてこれが褒められて。それとも、これも娘の仕返しだとでも言うつもり? そんな恥ずかしいことは、まさか言わないわね。娘のために敵の妻になるなんて、立派なことではありませんからね。
595 Ἀλλ' οὐ γὰρ οὐδὲ νουθετεῖν(忠告) ἔξεστί σε,ああそうだった。わたしがあなたに意見してはいけなかったのだわ。母親に対するわたしの口のきき方が悪いといって、あなたは声を荒げていたわ ね。はっきり言って、あなたはわたしたちには母親というより暴君なのよ。あなたはあのご亭主といっしょになって、わたしにこんなみじめな暮らしをさせて、手を変え品を変えてずっとわたしをひどい目に会わせてきたのよ。
Ὁ δ' ἄλλος(残りの) ἔξω, χεῖρα σὴν μόλις φυγών,あの異国のかわいそうなオレステスだって、あなたの手をすりぬけて逃げだしたものの、不遇のうちに命をすり減らしているのよ。あなたは、あの子のことでも、わたしが敵討ちに育てていると言って何度も何度もこのわたしを責めるのよ。ええ、ええ、もし出来たら、そうしたでしょうよ。これはよく覚えておくといいわ。あなたはこのお返しに、わたしのことを世間に対して、人でなしとでも減らず口とでも恥知らずとでも何とでも好きなように言うがいいわ。わたしがもしそんな女だとしたら、それは正真正銘わたしがあなたの娘だということだわ。
610 ΧΟ. Ὁρῶ μένος πνέουσαν(=クリュタ)· εἰ δὲ σὺν δίκῃ女たち おやおや、奥様はひどくお怒りのご様子。この人の言うことが正しいかどうかなんか全くお考えでないようだわ。
ΚΛ. Ποίας δ' ἐμοὶ δεῖ πρός γε τήνδε φροντίδος,クリュタイムネストラ あたしがこんな娘に対してどんな配慮をしなきゃいけないというのよ。この子はいい年をして、親のわたしをこんなに馬鹿にしたのよ。この恥知らずはいったい何をやりだすか知れたものじゃない。そうでしょう。
ΗΛ. Εὖ νῦν ἐπίστω τῶνδέ μ' αἰσχύνην ἔχειν,エレクトラ あなたには分からないでしょうけど、わたしはこれでも恥知らずじゃないわ。よく覚えておいて。この年でこんなことをしていて恥ずかしいことくらい知っているわよ。でも、あなたの言うことなすことはみんな意地の悪いことばかりで、わたしはいやでもこうせずにはいられないのよ。だって、恥ずかしい行いは、恥ずかしい人から教わるものだっていうじゃないの。
ΚΛ. Ὦ θρέμμ'(生き物) ἀναιδές, ἦ σ' ἐγὼ καὶ τἄμ' ἔπηクリュタイムネストラ まあ、厚かましい。そうよ、みんなあたしのせいよ。あたしの言うことなすことが、あんたをこんな減らず口にしたのよ。
ΗΛ. Σύ τοι λέγεις νιν, οὐκ ἐγώ· σὺ γὰρ ποεῖςエレクトラ 減らず口はそっちよ、わたしじゃないわ。だって、これはみんなあなたのしたことが言葉に姿を変えただけだもの。
ΚΛ. Ἀλλ' οὐ μὰ τὴν δέσποιναν Ἄρτεμιν θράσουςクリュタイムネストラ ちくしょう、いまいましい。アイギストスが帰ってきたらただでは済まないからね。
ΗΛ. Ὁρᾷς; πρὸς ὀργὴν ἐκφέρῃ, μεθεῖσά(許す) μοιエレクトラ あなた、わかってるの? そうやって怒ってるけど、言いたいことを言えと言ったのはそっちなのよ。聞く気もないくせに。
630 ΚΛ. Οὔκουν ἐάσεις οὐδ' ὑπ' εὐφήμου βοῆς(黙る)クリュタイムネストラ さあ、もうお黙り。わたしに神様にお祈りさせとくれ。おまえにはもう言いたいことを言わせてあげただろ。
ΗΛ. Ἐῶ, κελεύω, θῦε· μηδ' ἐπαιτιῶ(非難)エレクトラ さあ、どうぞ、どうぞ。お祈りしてちょうだい。だけど、わたしのことを減らず口だなんて二度と言わないでね。もう黙ってあげるから。
ΚΛ. Ἔπαιρε(あげる) δὴ σὺ θύμαθ'(お供え) ἡ παροῦσά μοιクリュタイムネストラ(侍女に) さあ、そこにいるおまえ、神様にお供えの果物を差し上げておくれ。これからわたしは神様にお祈りをして救っていただくのよ。ちょっと心配事があるんでね。
Κλύοις ἂν ἤδη Φοῖβε προστατήριε,わたしたちの守り神のアポロン様、これから申し上げることをよくお聞き取り下さい。周りは味方ばかりではございませんから、全てをはっきりとは申しあげられません。ここにいるおしゃべりで意地の悪い娘にでたらめな噂を国じゅうに流されては困ります。ですから、全てを白日のもとにさらけ出すことはできないのでございます。そのつもりでお聞きください。わたしにはこうするしかないのでございます。
Ἃ(関係詞) γὰρ προσεῖδον νυκτὶ τῇδε φάσματα(兆し)アポロン様、昨夜わたしは不思議な夢を見ました。もし、それが善い兆しならば成就させて下さいませ。また、もし悪い兆しならば、どうぞ敵どもの上に送り返して下さいませ。そして、わたしの富をかすめ取ろうと企てる者たちから、わたしをお守り下さい。そして、由緒あるこの家とこの身分を失うことなく、わたしにやさしい親孝行な子供たちに囲まれた幸福な生活を、今の夫とともにこのままいつまでも何事もなく続けていけますよう、お守り下さい。
655 Ταῦτ', ὦ Λύκει' Ἄπολλον, ἵλεως(親切に) κλύωνアポロン様、どうかお慈悲をもってこの言葉をお聞きのうえ、わたしたちみなのために、この願いをかなえてくださいませ。あなたは神様ですから、わたしが申し上げなかったほかのお願いもすべてお察し頂けたものと存じます。ゼウスの子であるアポロン様には全てがお見通しのことでございますゆえ。
(守役登場)
660 ΠΑ. Ξέναι γυναῖκες, πῶς ἂν εἰδείην σαφῶς守役(女たちに) もし、ご婦人方、お尋ね申します。こちらがアイギストス様のお屋敷でございますかな。
ΧΟ. Τάδ' ἐστίν, ὦ ξέν'· αὐτὸς εἴκασας(推測) καλῶς.女たち おっしゃるとおり、こちらでございます。
ΠΑ. Ἦ καὶ δάμαρτα(妻) τήνδ' ἐπεικάζων(推測) κυρῶ守役 すると、そのお方が奥様でございますかな。いかにも、ご立派なお姿じゃ。
665 ΧΟ. Μάλιστα πάντων· ἥδε σοι κείνη πάρα.女たち そうですとも。こちらが奥様です。
ΠΑ. Ὦ χαῖρ', ἄνασσα· σοὶ φέρων ἥκω λόγους守役(クリュタイムネストラに) これはこれは、奥様。わたくしどもは、アイギストス様ならびに奥様に、お味方からの伝言を仰せつかって参った者でございます。とても善いお知らせですぞ。
ΚΛ. Ἐδεξάμην τὸ ῥηθέν· εἰδέναι δέ σουクリュタイムネストラ これはまた幸先のよいお言葉ですこと。まず最初に、どなたのお使いでいらっしゃったかお伺い致しましょう。
670 ΠΑ. Φανοτεὺς ὁ Φωκεύς, πρᾶγμα πορσύνων(手配) μέγα.守役 フォーキスのファノテウス様からでございます。とても大切なお知らせです。
ΚΛ. Τὸ ποῖον, ὦ ξέν'; εἰπέ· παρὰ φίλου γὰρ ὢνクリュタイムネストラ では、その大切な知らせというのをお伺いしましょう。あの方ならわたしたちと親しい方ですから、さぞや善い知らせに違いありません。
ΠΑ. Τέθνηκ' Ὀρέστης· ἐν βραχεῖ ξυνθεὶς λέγω.守役 手短に申しますとな、オレステス様が亡くなられたということです。
ΗΛ. Οἲ(ああ) 'γὼ τάλαιν', ὄλωλα τῇδ' ἐν ἡμέρᾳ.エレクトラ ええ、そんな馬鹿な。今日でわたしの命も終わりだわ。
675 ΚΛ. Τί φῄς, τί φῄς, ὦ ξεῖνε; μὴ ταύτης κλύε.クリュタイムネストラ えっ、何です、何ですって。この娘には構わないで。
ΠΑ. Θανόντ' Ὀρέστην νῦν τε καὶ πάλαι λέγω.守役 いま申しました通り、オレステス様が亡くなられたということじゃ。
ΗΛ. Ἀπωλόμην δύστηνος, οὐδέν εἰμ' ἔτι.エレクトラ ああ、わたしはもうおしまいよ。生きていてもむなしいだけ。
ΚΛ. Σὺ μὲν τὰ σαυτῆς πρᾶσσ'· ἐμοὶ δὲ σύ, ξένε,クリュタイムネストラ(エレクトラに) よけいな口を挟むんじゃない。使いの方、わたしに本当のところを話して下さい。あの子はどのようにして死んだのです?
680 ΠΑ. Κἀπεμπόμην πρὸς ταῦτα καὶ τὸ πᾶν φράσω.守役 そうじゃ。わしがわざわざやって来ましたのは、そのためですからな。今から残らずお話しましょう。
Κεῖνος γὰρ ἐλθὼν εἰς τὸ κλεινὸν Ἑλλάδοςうむ、あの方がギリシャの誇りとも言うべき、かの有名なデルフィの競技会に参加して名声を競っておられました時のことでございましたな。最初は徒競争じゃった。あの方は、競技の開催が高らかな声で宣言されるとともに、会場に姿を現されましたが、その晴れやかな姿は、満場の喝采を浴びたのじゃった。
δρόμου δ' ἰσώσας τῇ φύσει τὰ τέρματα(結果),競技では、その姿に違わず見事な勝利で立派な栄冠を手にされた。早い話が、あの方ほどの力強い勝ちっぷりは、ほかに見たことがございませなん だ。結果だけを申しますと、あの方は開催された全ての競技で勝利を総ざらえにされ、会場に「優勝者は、アルゴス出身のオレステス。父親はかつてギリシャの有名な軍隊をひきいたアガメムノンです」と告げる声が上がるたびに、祝福の歓声が沸き起こるのじゃった。
Καὶ ταῦτα μὲν τοιαῦθ'· ὅταν δέ τις θεῶν全くよい時には全てこのようなもの。ところがじゃ、一旦運命が狂い始めると、どんなつわものでも、どうしようもなくなるものですな。
Κεῖνος γὰρ ἄλλης ἡμέρας, ὅθ' ἱππικῶν別の日に朝から四頭立ての戦車競技が行われたが、あの方のほかにもたくさんの方が参加した。アカイア人、スパルタ人、そして、こしらえの良い戦車を持った優れた乗り手のリビア人が二人。オレステス様は五番目にテッサリアの馬を従えて登場された。六番目は栗毛の馬を連れたアイトリア人。七番目はマグネシア人、八番目には白馬を駆ったアイニア人、九番目は聖なる都から来たアテナイ人、最後に、十番目の戦車に乗って登場したのはボイオティア人じゃった。
Στάντες δ' ὅθ' αὐτοὺς οἱ τεταγμένοι βραβῆςさて、審判員がくじで決めた位置に戦車を並べ、一同が戦車に乗り込むと、ラッパの音でいよいよスタートじゃ。男たちは馬に向かって一斉に叫び声を上げ、手綱を打ち鳴らす。走路はがちゃがちゃという車輪の音で満たされ、砂ぼこりが高く舞い上がる。全車入り乱れ、車輪一つ、鼻先一つでも前へと、どの車もむちを惜しむ様子がない。馬の鼻息とつばきの泡が、前を行く人の背中と車に降りかかる。
720 Κεῖνος δ' ὑπ' αὐτὴν ἐσχάτην στήλην(折返し点) ἔχωνあの方はと見ると、外側の引き馬に手綱を振るって、後ろに迫る戦車を抑えながら、毎回折返し点をかすめるように駆け抜けて行かれた。
Καὶ πρὶν(それまで) μὲν ὀρθοὶ πάντες ἕστασαν δίφροι·こうして、どの車も順調な周回を続けていたのじゃが、六周を終えて七周目にかかる時に、気の荒いアイニア人の馬が暴れ出して、リビア人の戦車に頭から突っ込んで行ったのじゃ。この事故をきっかけに、他の戦車も次々とぶつかり合っては横転し、走路には壊れた戦車の残がいが山と築かれた。
Γνοὺς δ' οὑξ Ἀθηνῶν δεινὸς ἡνιοστρόφος(御者)
ἔξω παρασπᾷ(脇へ寄せる) κἀνοκωχεύει(引き止める) παρεὶς
κλύδων'(殺到) ἔφιππον(馬の) ἐν μέσῳ κυκώμενον(混乱).
しかしながら、手綱さばきの巧みなアテナイ人は、この様子を見ると脇へ進路を変え、馬を止めて、走路中央の混乱の中へ殺到する戦車の群れをやり過ごした。
しんがりに位置しておられたオレステス様は、勝利に自信を持っておられたのじゃろう、それまでは馬を抑えておられたが、敵が一人しかいなくなったと見るや、駿馬の耳に鋭い掛け声を響かせて追い込み態勢に入った。その後両者は並走し、頭一つでも前へ出ようと抜きつ抜かれつの争いが続いた。
Καὶ τοὺς μὲν ἄλλους πάντας ἀσφαλεῖς δρόμουςそして、あの方も車も無事に周回を重ね、いよいよあと一周の所までこぎつけた。ところがその時じゃ。ああ、おかわいそうに。あの方は、馬がカーブを回り切っていないのに、誤って内側の馬の手綱を緩めてしまわれたのじゃ。車はゴールポストに激突して、車輪の真ん中が砕けた。あの方の体は手綱に絡まったまま、車の外へ投げ出された。馬は地面に落ちたあの方を引きずって、走路を縦横に駆け回った。
Στρατὸς(人々) δ' ὅπως ὁρᾷ νιν ἐκπεπτωκόταあの方が車から落ちた瞬間、観衆の中から大きな悲鳴が上がった。あれほどの功名を立てた若者に、こんな不幸が待っていたとは。あの方は地面にぶつかったり、あおむけになったりして引きずられて行った。馭者たちが走る馬をやっとのことで取り押さえ、あの方を手綱からほどいた時には、全身血まみれになって、身内の者でも見分けがつかないほど無残な姿になっていたのじゃ。
Καί νιν πυρᾷ κέαντες εὐθὺς ἐν βραχεῖ(小さな)フォーキスの者たちが亡骸を荼毘に付して、小さな青銅の壺に入れてすぐにこちらにお届けに上がることになっておる。祖国の地に埋葬されるためにな。あの立派なお体は今はもう哀れな灰に姿を変えてしまわれたのじゃ。
Τοιαῦτά σοι ταῦτ' ἐστίν, ὡς μὲν ἐν λόγοιςさあ、これでわたしの話は終わりじゃ。まことに痛ましい話でございますな。わたしもこれまでいろんな事故を見てきましたが、こんな悲惨な事故を見たのは初めてでございます。
ΧΟ. Φεῦ φεῦ· τὸ πᾶν δὴ δεσπόταισι τοῖς πάλαι女たち やれやれ、どうやらこれで由緒ある血筋も根こそぎ絶えてしまったようです。
ΚΛ. Ὦ Ζεῦ, τί ταῦτα; πότερον εὐτυχῆ λέγωクリュタイムネストラ まあ、これはどう考えたらいいんでしょう。一体、喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら。とにかく、わたしは助かりました。でもやはり、自分の血を分けた子の命と引き換えだけに、喜んでばかりはいられません。
ΠΑ. Τί δ' ὧδ' ἀθυμεῖς, ὦ γύναι, τῷ νῦν λόγῳ;守役 奥様は何を困っておいでじゃ。よい話でしょうが。
770 ΚΛ. Δεινὸν τὸ τίκτειν ἐστίν· οὐδὲ γὰρ κακῶςクリュタイムネストラ 親というものは悲しいものです。苦しめられても子供は子供、可愛いことに変わりはありません。
ΠΑ. Μάτην ἄρ' ἡμεῖς, ὡς ἔοικεν, ἥκομεν.守役 うむ、どうやらわたしが参ったのは無駄であったか。
ΚΛ. Οὔτοι μάτην γε· πῶς γὰρ ἂν μάτην λέγοις;クリュタイムネストラ いえいえ、とんでもありません。無駄だなんておっしゃらないで下さい。あれはわたしが生んであげたのに、この胸から飛び出して異国の暮らしを選んだ子です。あなたは、そんなあの子が死んだという確かな証拠を持っていらしたんですもの。あの子はこの国を出ていってから、わたしに一度も顔を見せてくれたことはありません。それどころか、父親を殺されたのを恨んで、きっとひどい目に会わせてやると言ってよこすあり様です。おかげで、昼といい夜といい、わたしがゆっくり眠れる時はありません。ずっと今まで一瞬たりとも生きた心地がしませんでした。
Νῦν δ' ‑ ἡμέρᾳ γὰρ τῇδ' ἀπήλλαγμαι φόβουでも、あの子に対する恐怖からも、この子に対する恐怖からも、わたしは今日で解放されました。そうです、オレステスより厄介なこの疫病神は、わたしにしつこく食らい付いてわたしの生き血を吸い続けていたのです。でも、やっとこれでこの子の脅しを気にせずに、どうにか落ち着いて暮らしていけそうです。
ΗΛ. Οἴμοι τάλαινα· νῦν γὰρ οἰμῶξαι πάρα,エレクトラ あんまりじゃないの。ねえ、オレステス。あなたはこんな目にあったのに、自分の母親から泣いてもらえないなんて。あなたの不幸はわたしが泣いてあげるわ。ああ、わたしはなんて不幸なんでしょう。
ΚΛ. Οὔτοι σύ· κεῖνος δ', ὡς ἔχει, καλῶς ἔχει.クリュタイムネストラ いいや、お前は不幸でも、あの子はこれで幸せなんだよ。
ΗΛ. Ἄκουε, Νέμεσι τοῦ θανόντος ἀρτίως.エレクトラ 死者をばかにするなんて許されないわ。神様、聞いて下さい。
ΚΛ. Ἤκουσεν ὧν δεῖ κἀπεκύρωσεν(批准) καλῶς.クリュタイムネストラ 神様は聞くべきことをお聞きになって、正しい裁きを下されたんだよ。
ΗΛ. Ὕβριζε· νῦν γὰρ εὐτυχοῦσα τυγχάνεις.エレクトラ 勝手に言うがいい。そうしていい気でいられるのも今のうちだけよ。
795 ΚΛ. Οὔκουν Ὀρέστης καὶ σὺ παύσετον τάδε.クリュタイムネストラ さあ、オレステスとおまえとで、わたしをやっつけてごらん。
ΗΛ. Πεπαύμεθ' ἡμεῖς, οὐχ ὅπως σὲ παύσομεν.エレクトラ やっつけるどころか、反対にやられてしまったわ。
ΚΛ. Πολλῶν ἂν ἥκοις, ὦ ξέν', ἄξιος τυχεῖν,クリュタイムネストラ(守役に) 本当によくいらしてくださいましたわ。このやかましい娘を静かにして下さったのですもの。
ΠΑ. Οὐκοῦν ἀποστείχοιμ' ἄν, εἰ τάδ' εὖ κυρεῖ.守役 では、よろしければ、わたしは帰らせてもらいましょうかな。
800 ΚΛ. Ἥκιστ'· ἐπείπερ οὔτ' ἐμοῦ καταξίωςクリュタイムネストラ おやおや、わたしに恥をかかせないで下さいませね。それでは、遣わされた先方様に顔向けが出来ませんわ。さあ、奥へ。さあさあ、こんな子には構わずに。この子には、外で勝手に我が身の不幸とやらを好きなだけ嘆かせておきましょう。
(クリュタイムネストラと守役、屋敷へ入る)
ΗΛ. Ἆρ' ὑμίν, ὡς ἀλγοῦσα κὠδυνωμένη,エレクトラ ねえ、あの卑劣な女は、息子があんな死に方をしたというのに、悲しんだり心を痛めたりして、嗚咽を漏らしたり、ひどく涙を流したりしているようにはとても見えないわ。それどころか笑いながら行ってしまったわ。こんなばかなことがあるかしら。
Ὀρέστα φίλταθ', ὥς μ' ἀπώλεσας θανών.ねえ、わたしの大切なオレステス。どうして死んでしまったの。あなたが死んでは、わたしはもうおしまいよ。わたしの心に残されたたった一つ希望だったのに、先に逝ってしまうなんて。もう絶望よ。このみじめなわたしといっしょに父の復讐をするために、いつかは生きて帰ってきてくれると信じていたのに。これからわたしはどこに行けばいいの。
μόνη γάρ εἰμι, σοῦ τ' ἀπεστερημένη父を奪われ、あなたを奪われ、とうとう一人ぼっちになってしまった。また、父を殺したあの憎たらしい悪党たちの言いなりになるしかないなんて、わたしはそんなのいやよ。
Ἀλλ' οὔ τι μὴν ἔγωγε τοῦ λοιποῦ χρόνουいいえ、もうこれからは、わたし、この家には入らない。あんな人たちといっしょに暮らすのはいや。もう、どうなってもいいわ。死ぬまで一人でこの戸口に居続けるわ。
820 Πρὸς ταῦτα καινέτω τις, εἰ βαρύνεται(圧迫する),それがだめだと言うのなら殺したらいい。その方が、いっそありがたいわ。このまま生きていても、悲しいだけ。生きていても、何の甲斐があるというの。
コンモス
ΧΟ. Ποῦ ποτε κεραυνοὶ Διός, ἢ ποῦ φαέθων Str. 1.女たち(歌う) この世のどこに稲妻を投げるゼウスの神と輝く日の神がいるの? このあり様を見ているのなら、懲らしめに来るはずよ。
ΗΛ. Ἒ ἔ, αἰαῖ.エレクトラ(歌う) ああ、ああ、悲しい。
ΧΟ. Ὦ παῖ, τί δακρύεις;女たち(歌う) ねえ、どうして泣くの?
830 ΗΛ. Φεῦ.エレクトラ(歌う) まあ。
ΧΟ. Μηδὲν μέγ' ἀΰσῃς(叫ぶ).女たち(歌う) そんなに泣くことはない。
ΗΛ. Ἀπολεῖς.エレクトラ(歌う) ひどい。
ΧΟ. Πῶς;女たち(歌う) なぜ。
ΗΛ. Εἰ τῶν φανερῶς οἰχομένωνエレクトラ(歌う) 死んだと決まってしまったのに、望みがあると言うつもり? 立ち上がれないこのわたしを踏みつけにするのも同じことよ。
ΧΟ. Οἶδα γὰρ ἄνακτ' Ἀμφιάρεων χρυσοδέτοις(金飾りの) ἕρκεσι(わな) Ant. 1.女たち(歌う) アンフィアラオスの例がある。黄金の首飾りに目が眩んだ妻のせいで、大地に呑み込まれたけれど、今も予言者として―
ΗΛ. Ἒ ἔ, ἰώ.エレクトラ(歌う) ああ、ああ、悲しい。
ΧΟ. πάμψυχος(元気で) ἀνάσσει.女たち(歌う) ―あの世を支配している。
ΗΛ. Φεῦ.エレクトラ(歌う) ひどい女。
ΧΟ. Φεῦ δῆτ'· ὀλοὰ γὰρ ‑女たち(歌う) そう、ひどい。でもそのひどい女は―
845 ΗΛ. ἐδάμη.エレクトラ(歌う) 殺されたわ。
ΧΟ. Ναί.女たち(歌う) そう。
ΗΛ. Οἶδ' οἶδ'· ἐφάνη γὰρ μελέτωρ(復讐者)エレクトラ(歌う) その話は知っている。その人には恨みを晴らす人が現れたのでしょう。でも、わたしにはいない。頼みのあの子は突然あの世へ行ってしまったわ。
ΧΟ. Δειλαία δειλαίων κυρεῖς. Str. 2.女たち(歌う) かわいそうに、ひどい目に会ったわね。
850 ΗΛ. Κἀγὼ τοῦδ' ἴστωρ(知っている), ὑπερίστωρ,エレクトラ(歌う) そう、自分の不幸はよく知っている。知りすぎるほどよ。数々の恐怖と憎しみが押し寄せた年月だったの。
ΧΟ. Εἴδομεν ἃ θροεῖς(言う).女たち(歌う) 分かりますとも。
ΗΛ. Μή μέ νυν μηκέτιエレクトラ(歌う) もういいの。慰めは悲しみを引き延ばすだけ。
ΧΟ. Τί φῄς;女たち(歌う) まあ。
ΗΛ. πάρεισιν ἐλπίδων ἔτι κοινοτόκων(弟)エレクトラ(歌う) もう望みはないわ。この家を救いに来る高貴な生まれの弟は、もういないのよ。
860 ΧΟ. Πᾶσι θνατοῖς ἔφυ μόρος. Ant. 2.女たち(歌う) いつか人は死ぬものよ。それが人の世の定め。
ΗΛ. Ἦ καὶ χαλάργοις(早い馬) ἐν ἁμίλλαις(争い)エレクトラ(歌う) 弟の惨い死も定めなの? 競い合う馬のひずめのただ中で、手綱に絡まって死ぬのも定めなの?
ΧΟ. Ἄσκοπος ἁ λώβα(運命).女たち(歌う) 人の死は分からない。
865 ΗΛ. Πῶς γὰρ οὔκ; εἰ ξένοςエレクトラ(歌う) 分からない。国を離れ、このわたしの知らないうちに。
ΧΟ. Παπαῖ.女たち(歌う) ああ。
ΗΛ. κέκευθεν, οὔτε του τάφου ἀντιάσας(<ἀντιάζω)エレクトラ(歌う) このわたしの涙も知らず、わたしの弔いも受けず、死んだのだから。
(クリュソテミス小走りで登場)
ΧΡ. Ὑφ' ἡδονῆς τοι, φιλτάτη, διώκομαι(走る)クリュソテミス お姉様! あたしあんまりうれしくて、はしたないけど走ってきたのよ。さあ、喜びなさい! もうあなたの苦しみは終わったのよ。もう悲しまなくてもよくなったのよ。
875 ΗΛ. Πόθεν δ' ἂν εὕροις τῶν ἐμῶν σὺ πημάτωνエレクトラ どこにわたしの悲しみを終わらせるような、そんないいことがあると言うの。もう、この苦しみには手の施しようがなくなったのよ。
ΧΡ. Πάρεστ' Ὀρέστης ἡμίν, ἴσθι τοῦτ' ἐμοῦクリュソテミス ねえ、わたしの言うことを聞いて。オレステスが近くまで来ているのよ。これはもう確かなのよ。
ΗΛ. Ἀλλ' ἦ μέμηνας(狂う), ὦ τάλαινα, κἀπὶ τοῖςエレクトラ かわいそうに。あなた、気が変にでもなったの? それとも、自分の不幸も知らずに、人の不幸をからかいに来たの?
ΧΡ. Μὰ τὴν πατρῴαν ἑστίαν, ἀλλ' οὐχ ὕβρινクリュソテミス ちがうわ。誓ってそんなことはありません。からかうなんてしていません。あの子は本当に帰ってきているのよ。
ΗΛ. Οἴμοι τάλαινα· καὶ τίνος βροτῶν λόγονエレクトラ おやおや、あなたもひどく信じ込んだものね。そんな話を一体誰から聞いてきたの?
885 ΧΡ. Ἐγὼ μὲν ἐξ ἐμοῦ τε κοὐκ ἄλλης, σαφῆクリュソテミス 人から聞いた話じゃないわ。わたしがこの目ではっきりと見てきたのよ。これはもう疑いようがない事実だわ。
ΗΛ. Τίν', ὦ τάλαιν', ἰδοῦσα πίστιν; ἐς τί μοιエレクトラ 馬鹿ねえ。あなたはどんな証拠を見てきたというの? 何を見てそんなに興奮しているの?
ΧΡ. Πρός νυν θεῶν ἄκουσον, ὡς μαθοῦσά μουクリュソテミス お願いだから、聞いてよ。馬鹿とかなんとか言う前に、わたしの話を最後まで聞いてちょうだい。
ΗΛ. Σὺ δ' οὖν λέγ', εἴ σοι τῷ λόγῳ τις ἡδονή.エレクトラ そんなに言いたいのなら、勝手に言えばいいわ。
ΧΡ. Καὶ δὴ λέγω σοι πᾶν ὅσον κατειδόμην.クリュソテミス じゃあ、見てきたことを全部言うわよ。わたし、さっきお父様の眠る古いお墓の所まで行ったのよ。すると古墳の頂きに今かけたばかりのお神酒の流れた跡があって、骨壺に色とりどりの花輪が飾ってあるじゃないの。びっくりしたわ。誰か近くにいるのかと思って周りを見回したの。
Ὡς δ' ἐν γαλήνῃ(静けさ) πάντ' ἐδερκόμην τόπον,でも、人の気配が無かったので、お墓の側まで行ったのよ。すると、お墓の端のところに、いま切ったばかりの髪の毛が供えてあるじゃないの。
κεὐθὺς τάλαιν' ὡς εἶδον, ἐμπαίει(射し込む) τί μοιまあ、どうしましょう。これを見た途端、わたしの心に懐かしい光がさしこんだわ。これは誰よりも大切なオレステスよ。あの子が帰ってきた証拠にちがいないとね。
905 καὶ χερσὶ βαστάσασα(持ち上げる) δυσφημῶ μὲν οὔ(黙った),わたし、その髪をそっと手にとってみたの。うれしくて、たちまちわたしの目に涙があふれてきたわ。
Καὶ νῦν θ' ὁμοίως καὶ τότ' ἐξεπίσταμαιあのお供えはあの子のものよ。今でもわたし、そう思うわ。わたしのでも、姉さんのでもない。とすれば、一体誰のもの?
910 Κἀγὼ μὲν οὐκ ἔδρασα, τοῦτ' ἐπίσταμαι,わたしは何もしていない、これは確かよ。姉さんもそうでしょう。出来るわけがないもの。神様にお参りするにも、この家から出ることは許されないんだもの。そんなことをすればお仕置きを受けるわ。
ἄλλ' οὐδὲ μὲν δὴ μητρὸς οὔθ' ὁ νοῦς φιλεῖじゃあ、母かと言えば、あの人はそんなことをするような人じゃないし、もししたらわたしたちに分かるはずよ。となると、オレステスしかないわ。あのお供えをしたのはオレステスよ。
Ἀλλ', ὦ φίλη, θάρσυνε· τοῖς αὐτοῖσί τοιさあ、姉さん、元気を出して。人の運命は、いつも同じ所にあるとは限らないのよ。わたしたちもこれまではずっと運が悪かったけれど、今日からは、きっとたくさんいいことがあるに違いないわ。
920 ΗΛ. Φεῦ τῆς ἀνοίας, ὥς σ' ἐποικτίρω πάλαι.エレクトラ やれやれ、さっきから、あなたの愚かさが気の毒でしかたがないわ。
ΧΡ. Τί δ' ἔστιν; οὐ πρὸς ἡδονὴν λέγω τάδε;クリュソテミス どうしたの? わたしの話を聞いてもうれしくないの?
ΗΛ. Οὐκ οἶσθ' ὅποι γῆς οὐδ' ὅποι γνώμης φέρῃ.エレクトラ 自分がどれほど見当違いなことを言っているのか分かっていないのね。
ΧΡ. Πῶς δ' οὐκ ἐγὼ κάτοιδ' ἅ γ' εἶδον ἐμφανῶς;クリュソテミス この目ではっきり見てきたことなのに、どうして分かっていないだなんて言うの?
ΗΛ. Τέθνηκεν, ὦ τάλαινα· τἀκείνου δέ σοιエレクトラ 馬鹿ねえ。もうあの子は助けには来ないのよ。もう当てには出来なくなったのよ。あの子は死んだのよ。
ΧΡ. Οἴμοι τάλαινα· τοῦ τάδ' ἤκουσας βροτῶν;クリュソテミス 嘘、嘘よそんな。そんなことを誰が言ったの。
ΗΛ. Τοῦ πλησίον παρόντος ἡνίκ' ὤλλυτο.エレクトラ 死ぬところを見てきた人がいるのよ。
ΧΡ. Καὶ ποῦ 'στιν οὗτος; θαῦμά τοί μ' ὑπέρχεται.クリュソテミス で、その人はいまどこにいるの? おかしなことだわ。
ΗΛ. Κατ' οἶκον, ἡδὺς οὐδὲ μητρὶ δυσχερής(憎らしい).エレクトラ 家に来ているのよ。母は悲しむどころか大喜びしているところよ。
930 ΧΡ. Οἴμοι τάλαινα· τοῦ γὰρ ἀνθρώπων ποτ' ἦνクリュソテミス やっぱり嘘よ。じゃあ、お父様のお墓にあった、あの立派なお供えは誰のものだと言うのよ。
ΗΛ. Οἶμαι(思う) μάλιστ' ἔγωγε τοῦ τεθνηκότοςエレクトラ きっと誰かが、死んだオレステスのためにお供えしたものでしょ。
ΧΡ. Ὢ δυστυχής· ἐγὼ δὲ σὺν χαρᾷ λόγουςクリュソテミス ああ、何ていうことでしょう。自分がどんなに不幸なのかも知らずに、こんな話をもって喜び勇んで帰ってみたら、前よりももっと不幸になっていたなんて。
ΗΛ. Οὕτως ἔχει σοι ταῦτ'· ἐὰν δέ μοι πίθῃ,エレクトラ これが現実なのよ。でも、わたしの言う通りにしたら、あなたはこの悲しみの重荷から逃れられるのよ。
940 ΧΡ. Ἦ τοὺς θανόντας ἐξαναστήσω ποτέ;クリュソテミス わたしに死んだあの子を生き返らせろとでも言うの。
ΗΛ. Οὐκ ἔσθ' ὅ γ' εἶπον· οὐ γὰρ ὧδ' ἄφρων ἔφυν.エレクトラ そんなことを言ってない。わたしもそこまで馬鹿じゃないわ。
ΧΡ. Τί γὰρ κελεύεις ὧν ἐγὼ φερέγγυος(出来る);クリュソテミス 何をしろと言うの? わたしが出来るようなこと?
ΗΛ. Τλῆναί σε δρῶσαν ἃν ἐγὼ παραινέσω.エレクトラ あなたは勇気を出して、わたしが今から言う通りにするのよ。
ΧΡ. Ἀλλ' εἴ τις ὠφέλειά γ', οὐκ ἀπώσομαι(断る).クリュソテミス もちろんよ。姉さんの力になれるなら、喜んで協力するわ。
945 ΗΛ. Ὅρα, πόνου τοι χωρὶς οὐδὲν εὐτυχεῖ.エレクトラ 分かっているでしょうけど、苦労せずには何事も達成できないのよ。
ΧΡ. Ὁρῶ· ξυνοίσω πᾶν ὅσονπερ ἂν σθένω.クリュソテミス 分かってるわ。わたしの出来ることならどんな協力も惜しまないわ。
ΗΛ. Ἄκουε δή νυν ᾗ βεβούλευμαι ποεῖν.エレクトラ じゃあ、これからどうすればいいかわたしの言うことをよく聞くのよ。まず、わたしたち二人を残してオレステスがあの世へ行ってしまったからには、もうわたしたちを助けに来てくれる人はいなくなった、そのことはいいわね。
ἐγὼ δ', ἕως μὲν τὸν κασίγνητον βίῳわたしも弟がまだ元気でいると聞いている間は、殺された父の敵討ちにあの子が来てくれるという希望を持っていたわ。でも、もうそうはいかなく なったからには、わたしが頼れるのはあなた一人よ。さあ、姉のわたしと一緒に、勇気を出して父のかたきのアイギストスを殺しましょう。そうよ、もうわたしはあなたに何も隠しだてする必要はないわ。
Ποῖ γὰρ μενεῖς(待つ) ῥᾴθυμος(無為に) ἐς τίν' ἐλπίδων
βλέψασ' ἔτ' ὀρθήν(見つめる); ᾗ πάρεστι μὲν στένειν
960 πλούτου πατρῴου κτῆσιν ἐστερημένῃ,
πάρεστι δ' ἀλγεῖν ἐς τοσόνδε τοῦ χρόνου
ἄλεκτρα γηράσκουσαν ἀνυμέναιά τε.
だってあなた、そうやって何もせずに、いつまでじっと待っているつもりなの? いったいどんな希望が残っているというの? 父の遺産は取られてしまうわ、この年まで結婚もせず一人身のままでどんどん年をとって行くわじゃ、わたしたち、もう泣きの涙で暮らして行くしかないじゃないの。
しかも、もうこの先結婚できる見込みはないのよ。アイギストスもその辺はわきまえているわ。そんなことを許して、わたしかあなたが子供でも生んだら、自分で自分の首を絞めるようなものだもの。
Ἀλλ' ἢν ἐπίσπῃ(従う) τοῖς ἐμοῖς βουλεύμασιν,だから、さあ、わたしの言う通りにするのよ。そうすれば、何よりもまずわたしたちの親孝行を、死んだ父と弟から褒めてもらえるわ。それに、生まれたときと同じ元の自由を取り戻せるし、ふさわしい相手との結婚も出来るようになるのよ。世間はいい方へなびいて行くものですからね。
Λόγῳ γε μὴν εὔκλειαν οὐχ ὁρᾷς ὅσηνそんなことより、あなた、わたしの言う通りにすれば、人々の間にどれほどの名声を得られると思っているの?
975 Τίς γάρ ποτ' ἀστῶν ἢ ξένων ἡμᾶς ἰδὼν街へ出ると、市民であろうとなかろうと誰も彼もが、会う人ごとに、こんな言葉で迎えてくれるのよ。
"Ἴδεσθε τώδε τὼ κασιγνήτω, φίλοι,「ほら、この姉妹よ。この二人が今は亡きお父様のお家を救った人たちよ。この二人がのさばる悪人たちに敢然と立ち向かって、命がけで敵討ちを果たしたのよ。わたしたちはこの二人を大切にしなければいけないわ。お祭や国の集まりで、この勇敢な二人をぜひとも表彰してあげましょう」
Τοιαῦτά τοι νὼ πᾶς τις ἐξερεῖ βροτῶν,みんな口々にこんなことを言うのよ。その上、わたしたちのことは、死んでからもずっと語り継がれていくのよ。
Ἀλλ', ὦ φίλη, πείσθητι, συμπόνει πατρί,さあ、だからあなたはわたしの言う通りにして、父のために尽くすのよ。弟のためにがんばるのよ。わたしとあなたでいっしょにこの苦しみから抜け出しましょうよ。王家の娘がこんな惨めな暮らしをしているのは恥ずかしいことだということを忘れてはいけないわ。
990 ΧΟ. Ἐν τοῖς τοιούτοις ἐστὶν ἡ προμηθία(熟考)女たち こういう問題では、話をする側にとってもそれを聞く側にとっても、慎重さこそ一番頼りにすべきものだわ。
ΧΡ. Καὶ πρίν γε φωνεῖν, ὦ γυναῖκες, εἰ φρενῶνクリュソテミス そうよ。姉がもっと分別を持っていたら、こんなことを軽率にしゃべり出すまえに、もっと用心しなきゃいけないことに気がついていたはずよ。
995 Ποῖ γάρ ποτ' ἐμβλέψασα τοιοῦτον θράσος姉さん、いったい何を考えているのよ。そんな向こう見ずなことを言って、このわたしに手伝えだなんて。分からないの? 姉さんは男じゃなくて女なのよ。腕力じゃ、相手にかなわないのよ。おまけにこちらの運勢は風前のともしびなのに、相手の方は日の出の勢いなのよ。
Τίς οὖν τοιοῦτον ἄνδρα βουλεύων ἑλεῖνこんな相手に対して暗殺の企みを巡らすなんて、そんなことをしてただで済むと思っているの? わたしたちは今でも充分に不幸なのに、こんな話を人に聞かれでもして、これ以上災難を背負い込まないように気をつけることね。名誉を手に入れても不名誉な死に方しか出来ないのでは、救われたことにも何にもならないわ。[辛いのは死ぬことではなくて、死にたいときに死ねないことなのよ。]
Ἀλλ' ἀντιάζω(懇願する), πρὶν πανωλέθρους τὸ πᾶνさあ、お願いよ。わたしたちが二人とも死んで、この家が根こそぎ絶えることにならないように、ここは我慢してちょうだい。それから、わたしはいまの話は誰にも言わないわ。無かったことにしてあげる。だから、姉さんもいいかげんに分別を身に付けて、力のないうちは強い者に従うようにしてちょうだい。
1015 ΧΟ. Πείθου· προνοίας οὐδὲν ἀνθρώποις ἔφυ女たち そうなさいな。人間にとって慎重さと思慮分別ほどためになるものはないのよ。
ΗΛ. Ἀπροσδόκητον(意外な) οὐδὲν εἴρηκας· καλῶς δ'エレクトラ(クリュソテミスに) そう言うだろうと思っていたわ。あなたがわたしの話を頭からはねつけることは、百も承知だったのよ。いいわ。これはわたし一人でやる。口先だけのことではないのよ。
ΧΡ. Φεῦ·クリュソテミス やれやれ。お父様が殺されるときに、それくらい勇気のあるところを見せてくれたらよかったのに。さぞかし、向かうところ敵なしだったでしょうね。
ΗΛ. Ἀλλ' ἦ φύσιν γε, τὸν δὲ νοῦν ἥσσων τότε.エレクトラ やれば出来たわ。あの時は、気が付かなかっただけよ。
ΧΡ. Ἄσκει(努力) τοιαύτη νοῦν δι' αἰῶνος μένειν.クリュソテミス それなら一生気が付かないでいてほしいものね。
1025 ΗΛ. Ὡς οὐχὶ συνδράσουσα νουθετεῖς τάδε.エレクトラ あれこれ言っても要するに、わたしに協力したくないということでしょ。
ΧΡ. Εἰκὸς γὰρ ἐγχειροῦντα καὶ πράσσειν κακῶς.クリュソテミス そうよ。やってもうまく行かないのは目に見えているんだもの。
ΗΛ. Ζηλῶ(ほめる) σε τοῦ νοῦ, τῆς δὲ δειλίας στυγῶ.エレクトラ 慎重なのは結構だけと、その意気地の無さにはうんざりよ。
ΧΡ. Ἀνέξομαι κλύουσα χὤταν εὖ λέγῃς(ほめる).クリュソテミス その言葉は聞き流してあげるわ。後できっとわたしの言う通りだったと言うにきまっているから。
ΗΛ. Ἀλλ' οὔ ποτ' ἐξ ἐμοῦ γε μὴ πάθῃς τόδε.エレクトラ わたしに限って、そんなことを言う心配は絶対にないわ。
1030 ΧΡ. Μακρὸς τὸ κρῖναι ταῦτα χὠ λοιπὸς χρόνος.クリュソテミス どちらの言うことが正しいか、まだ決まったわけではないわ。
ΗΛ. Ἄπελθε· σοὶ γὰρ ὠφέλησις(助け) οὐκ ἔνι.エレクトラ もう、あっちへ行ってよ、この役立たず。
ΧΡ. Ἔνεστιν· ἀλλὰ σοὶ μάθησις οὐ πάρα.クリュソテミス いいえ。そんなことを言うそっちこそ分からずやよ。
ΗΛ. Ἐλθοῦσα μητρὶ ταῦτα πάντ' ἔξειπε σῇ.エレクトラ 行きなさいよ。あんたの母親に全部言い付けてくるといいわ。
ΧΡ. Οὐδ' αὖ τοσοῦτον ἔχθος ἐχθαίρω σ' ἐγώ.クリュソテミス ばかな! わたしは姉さんが憎くてこんなことを言ってるんじゃないのよ。
1035 ΗΛ. Ἀλλ' οὖν ἐπίστω γ' οἷ μ' ἀτιμίας ἄγεις.エレクトラ あなたがわたしにどれだけ恥をかかせたか、よく覚えておきなさい。
ΧΡ. Ἀτιμίας μὲν οὔ, προμηθίας δὲ σοῦ.クリュソテミス 恥なんかかかせてないわ。姉さんのことを心配しているだけよ。
ΗΛ. Τῷ σῷ δικαίῳ δῆτ' ἐπισπέσθαι(従う) με δεῖ;エレクトラ それなら、あなたが言うところの正義に従えとでもいうの?
ΧΡ. Ὅταν γὰρ εὖ φρονῇς, τόθ' ἡγήσῃ σὺ νῷν(私達).クリュソテミス そのとおりよ。姉さんの言うことが正しいときは、姉さんの言う通りにするわよ。
ΗΛ. Ἦ δεινὸν εὖ λέγουσαν ἐξαμαρτάνειν.エレクトラ 困ったものね。間違っているくせに、言うことだけは立派なんだから。
1040 ΧΡ. Εἴρηκας ὀρθῶς ᾧ σὺ πρόσκεισαι(熱心な) κακῷ.クリュソテミス それはまさに姉さんのことでしょう。
ΗΛ. Τί δ'; οὐ δοκῶ σοι ταῦτα σὺν δίκῃ λέγειν;エレクトラ 何ですって? あなたはわたしが間違っているとでも思っているの?
ΧΡ. Ἀλλ' ἔστιν ἔνθα χἠ δίκη βλάβην φέρει.クリュソテミス でも、正しいことをして損をする場合もあるのよ。
ΗΛ. Τούτοις ἐγὼ ζῆν τοῖς νόμοις οὐ βούλομαι.エレクトラ わたしの住んでいる世界にはそんな法はありません。
ΧΡ. Ἀλλ' εἰ ποήσεις ταῦτ', ἐπαινέσεις ἐμέ.クリュソテミス じゃあ、あなたの好きなようにやってみたらいい。そうすれば、わたしの有難みが分かるわ。
1045 ΗΛ. Καὶ μὴν ποήσω γ', οὐδὲν ἐκπλαγεῖσά(怖がる) σε.エレクトラ もちろん好きなようにするわ。あなたの脅しはわたしには効かないわ。
ΧΡ. Καὶ τοῦτ' ἀληθές, οὐδὲ βουλεύσῃ πάλιν;クリュソテミス 本当にやるの? どうしても思い直してくれないの?
ΗΛ. Βουλῆς γὰρ οὐδέν ἐστιν ἔχθιον κακῆς.エレクトラ そうよ。間違った忠告ほど危険なものはないもの。
ΧΡ. Φρονεῖν ἔοικας οὐδὲν ὧν ἐγὼ λέγω.クリュソテミス わたしの言うことなんか一つも聞いてくれないのね。
ΗΛ. Πάλαι δέδοκται ταῦτα κοὐ νεωστί μοι.エレクトラ これは昨日今日の思いつきじゃない、前々から決めていたことなのよ。
[1050 ΧΡ. Ἄπειμι τοίνυν· οὔτε γὰρ σὺ τἄμ' ἔπη[クリュソテミス わたしは行くわ。あなたはわたしの言うことを聞かないし、わたしはあなたのやり方には感心できないから。
[ΗΛ. Ἀλλ' εἴσιθ'· οὔ σοι μὴ μεθέψομαί ποτε,[エレクトラ 行けばいい。あなたがやる気になっても、もう追いかけないわ。むだに追い掛けるのは愚かなことだもの。]
1055 ΧΡ. Ἀλλ' εἰ σεαυτῇ τυγχάνεις δοκοῦσά τιクリュソテミス そう。そんなに自分の考えに自信があるなら、勝手にそう思い込んでいるがいいわ。すぐに痛い目にあって、わたしの忠告の有難みが分かるんだから。(屋敷の中へ入る)
第二スタシモン女たち(歌う)
ΧΟ. Τί τοὺς ἄνωθεν φρονιμωτάτους οἰωνοὺς Str. 1.空を飛ぶ賢い鳥たちが、自分を生んだ親、自分に喜びをくれた親を養う様子を、わたしたちは目にしていながら、同じことがなぜ出来ない? そんな者にはすぐにでも天罰が下るだろう。地に満ちる人々の言葉よ、地下に眠るあの父に嘆きの声を伝えてよ。苦しみと恥辱のなかに、我が子がいることを伝えてよ。
1070 ὅτι σφιν ἤδη τὰ μὲν ἐκ δόμων νοσεῖται Ant. 1.伝えてよ。父の家は病み、子供らの争いはもう取りなしようもなく、見捨てられたあの子は、ただ一人悲しみの波に揉まれる。父の死を悼み続けて泣きやまぬその姿は、悲しみの鳥ナイチンゲール。呪われた二人のかたきを討ち倒そうと、命さえ惜しまず、この世には未練なきその心。伝えてよ、これほどに父を愛する子はほかに無い。
Οὐδεὶς τῶν ἀγαθῶν ζῶν κακῶς Str. 2.気高き者は、名を汚し、名を失い、長らえる命を厭う。悲しみを忘れず名誉ある道を選んだ娘エレクトラよ、あなたはこの家の名誉を回復する武器となる。それは知恵と忠誠という二つの褒め言葉を一度にもたらすだろう。
1090 Ζῴης(生きる) μοι καθύπερθεν(上手で) χερὶ Ant. 2.今はまだ敵の足もとに甘んじていても、いつの日かあの敵に打ち勝って、力も富も勝るときが来る。恵まれた星のもとにはないけれど、大切なゼウスの神の掟を忘れないあなたには最高の名誉が待っている。
第三エペイソディオン(オレステスとピュラデス、骨壷をもつ従者を連れて登場 )
ΟΡ. Ἆρ', ὦ γυναῖκες, ὀρθά τ' εἰσηκούσαμενオレステス あのう、すいません。言われた通りに来たのですが、この道でいいのでしょうか。このあたりだと思うのですが。
1100 ΧΟ. Τί δ' ἐξερευνᾷς(探す) καὶ τί βουληθεὶς πάρει;女たち どこへ行きたいのですか? 何の御用でいらしたのですか?
ΟΡ. Αἴγισθον ἔνθ' ᾤκηκεν ἱστορῶ πάλαι.オレステス アイギストス様のお屋敷がこの辺りにあると聞いたのですが。
ΧΟ. Ἀλλ' εὖ θ' ἱκάνεις(着く) χὠ φράσας(教える) ἀζήμιος(嘘がない).女たち それなら、ここでいいんです。教わった通りでいいんですよ。
ΟΡ. Τίς οὖν ἂν ὑμῶν τοῖς ἔσω φράσειεν ἂνオレステス そうですか。それでは、どなたか中のほうへ取り次いでいただけませんか? わたしたちの到着をお待ち兼ねでしょうから。
1105 ΧΟ. Ἥδ', εἰ τὸν ἄγχιστόν(近親) γε κηρύσσειν(知らせる) χρεών.女たち 身内のかたがよろしければ、ほら、この方にお頼みなさい。
ΟΡ. Ἴθ', ὦ γύναι, δήλωσον εἰσελθοῦσ' ὅτιオレステス これ、そこの女、中に行ってお知らせしてくれ。フォーキスの者が、アイギストス様にお会いするために参りましたとな。
ΗΛ. Οἴμοι τάλαιν', οὐ δή ποθ' ἧς ἠκούσαμενエレクトラ まあ、どうしましょう、まさかあなたたちは、さっきの話の証拠を持ってきた人たちじゃないの?
1110 ΟΡ. Οὐκ οἶδα τὴν σὴν κληδόν'· ἀλλά μοι γέρωνオレステス その話というのは分からないが、わたしはオレステス様のことで、ストロフィオス殿から伝言をことづかってきたのだ。
ΗΛ. Τί δ' ἔστιν, ὦ ξέν'; ὥς μ' ὑπέρχεται φόβος.エレクトラ まあ、どういうことなの? ああ、胸が騒ぐわ。
ΟΡ. Φέροντες αὐτοῦ σμικρὰ λείψαν'(遺骨) ἐν βραχεῖオレステス 亡くなったあの方の遺骨を壺に入れて、ほれ、あのように持参したのだ。
1115 ΗΛ. Οἲ 'γὼ τάλαινα, τοῦτ' ἐκεῖν', ἤδη σαφὲςエレクトラ ええ、やっぱりそうなの! ああ、もう決まりだわ。恐れていたものが目の前にやって来たのね。
ΟΡ. Εἴπερ τι κλαίεις τῶν Ὀρεστείων κακῶν,オレステス 何だ、オレステス様の死が悲しいのか。それなら、教えてやろう。ほら、その壷にあの方の遺骨が入っているのだ。
ΗΛ. Ὦ ξεῖνε, δός νυν, πρὸς θεῶν, εἴπερ τόδεエレクトラ その壷なのね、あの子が入っているのは。それなら、ねえあなた、お願いだからわたしにその壷を抱かせてちょうだい。わたしとわたしの家の不幸を、その灰と一緒に泣かせて下さいな。
ΟΡ. Δόθ' ἥτις ἐστί, προσφέροντες· οὐ γὰρ ὡςオレステス 誰かは知らぬが、この人に渡してやれ。こんなことを頼むのも、悪気があってのことではなかろう。この人はオレステス様の知り合いか、身内の人だろう。(従者、壷をエレクトラに渡す)
ΗΛ. Ὦ φιλτάτου μνημεῖον ἀνθρώπων ἐμοὶエレクトラ お帰りなさい、わたしの大切なオレステス。あなたをしのぶ形見はこれだけなのね。わたしが送り出した時とは、何と変わり果てた姿で帰ってきたの。わたしが屋敷から送り出した時はあんなに元気だったのに、あのあなたは一体どこへ行ってしまったの?
ὡς ὤφελον πάροιθεν ἐκλιπεῖν βίον,ああ、何もこっそりとあなたを救い出して、異国の地になんか、送り出すのではなかったのね。さもなきゃ、あの日あなたは殺されて父と一緒にお墓に入ることができたのに。わたしはあんなことをせずに、死んでいたらよかったのよ。
Νῦν δ' ἐκτὸς οἴκων κἀπὶ γῆς ἄλλης φυγὰςあなたは、この家から遠く離れた異国の地で、わたしの知らないうちに、むごい死に方をしていたのね。不幸なわたしはこの手であなたの体を清めてあげることもできず、火葬の後のお骨をしきたり通りに拾ってもやれなかった。かわいそうに、あなたは見知らぬ人の手で弔いを受けて、こんな小さな姿になって、こんな小さな壷に入って帰ってきたのね。
Οἴμοι τάλαινα τῆς ἐμῆς πάλαι τροφῆςああ、何ていうことでしょう。これで、あなたを育てたわたしの苦労も、みんな水の泡になってしまった。わたしはあなたの面倒をよく見てあげたのよ。あのころは楽しかったのよ。そうよ、あなたは、母よりもわたしの方によくなついていたのよ。あなたを育てていたのは家の中のほかの誰でもなかったのよ。あなたはわたしを姉とも乳母とも呼んで慕ってくれたのよ。
Νῦν δ' ἐκλέλοιπε ταῦτ' ἐν ἡμέρᾳ μιᾷでも、あなたが死んだことで、それもこれも一日の内に消えてしまった。あなたは今日、まるでつむじ風のように、全てをさらって行ってしまったのよ。父が死に、あなたが死んで、もうわたしは死んだも同然よ。あいつらは喜んでいるわ。あなたの母は母じゃない。喜びに狂わんばかりよ。あなたはいつか帰ってきたらあの女をこらしめてやると、何度もこっそり伝えてくれたのに、それもこれも、もうおしまいね。あなたの運もわたしの運も尽きてしまったのね。こうして、あなたの懐かしい姿の代わりに、もうどうにもならない遺骨が送り返されてきたんですもの。
1160 Οἴμοι μοι.ああ、どうして、こんな痛ましい姿で。ああ、どうして、大事な弟のあなたが、こんなむごい姿で帰ってこなければいけないの。ひどすぎるわ。あなたが死んではわたしもおしまいよ。そうよ、本当におしまいなのよ。
1165 Τοιγὰρ σὺ δέξαι μ' ἐς τὸ σὸν τόδε στέγος,だから、あなた、わたしもこの壷に入れてちょうだい。死んだも同じこのわたしをあの世へ迎え入れてちょうだい。そして、これからはあの世で一緒に暮らしましょうね。この世で不幸を共にしたわたしたちですもの、わたしも死ぬから同じお墓に入れてちょうだいね。死ねば、もう何も悲しいことはないのですもの。
ΧΟ. Θνητοῦ πέφυκας πατρός, Ἠλέκτρα, φρόνει·女たち 人はいつか死ぬものよ、エレクトラ。お父様もオレステスも同じこと。だから、いつまでも泣いてばかりいてはよくないわ。わたしたち、誰でも一度はこうなるものよ。
ΟΡ. Φεῦ φεῦ· τί λέξω; ποῖ λόγων ἀμηχανῶνオレステス ううむ。困った。どう言ったらいいのだ。一体、どう言ったらいい? わたしはもう黙っていられない。
ΗΛ. Τί δ' ἔσχες ἄλγος; πρὸς τί τοῦτ' εἰπὼν κυρεῖς;エレクトラ 何を困っているの? どうしてそんなことを言うの?
ΟΡ. Ἦ σὸν τὸ κλεινὸν εἶδος Ἠλέκτρας τόδε;オレステス 本当にこれが、あの名高きエレクトラの姿か。
ΗΛ. Τόδ' ἔστ' ἐκεῖνο, καὶ μάλ' ἀθλίως ἔχον.エレクトラ そう。こんなに落ちぶれてしまったけれど。
ΟΡ. Οἴμοι ταλαίνης ἆρα τῆσδε συμφορᾶς.オレステス かわいそうに。こんなひどい目に会っていたのか。
1180 ΗΛ. Οὐ δή ποτ', ὦ ξέν', ἀμφ' ἐμοὶ στένεις τάδε;エレクトラ まさか、わたしのことをそんなに嘆いてくれているわけでは――
ΟΡ. Ὦ σῶμ' ἀτίμως κἀθέως ἐφθαρμένον.オレステス ひどいことを。こんな無残な姿になるまで虐待されていたのか。
ΗΛ. Οὔτοι ποτ' ἄλλην ἢ 'μὲ δυσφημεῖς, ξένε.エレクトラ あなたが言っているのは、間違いなくわたしのことだわ。
ΟΡ. Φεῦ τῆς ἀνύμφου δυσμόρου τε σῆς τροφῆς.オレステス ああ、一人身のままで、こんなひどい暮らしをさせられていたのか。
ΗΛ. Τί μοί ποτ', ὦ ξέν', ὧδ' ἐπισκοπῶν στένεις;エレクトラ 一体どうしてあなたはわたしをそんなに見つめてため息をつくの?
1185 ΟΡ. Ὅσ' οὐκ ἄρ' ᾔδειν τῶν ἐμῶν ἐγὼ κακῶν.オレステス 何ということだ。わたしは自分の不幸に全く気付かずにいたのか。
ΗΛ. Ἐν τῷ διέγνως τοῦτο τῶν εἰρημένων;エレクトラ どうしてあなたはそんなことを言うの? わたしが何を言ったから?
ΟΡ. Ὁρῶν σε πολλοῖς ἐμπρέπουσαν(顕著な) ἄλγεσιν.オレステス わたしの目には、その姿はあまりにも悲しすぎる。
ΗΛ. Καὶ μὴν ὁρᾷς γε παῦρα τῶν ἐμῶν κακῶν.エレクトラ でも、わたしの不幸はこれだけではないのよ。
ΟΡ. Καὶ πῶς γένοιτ' ἂν τῶνδ' ἔτ' ἐχθίω βλέπειν(見る);オレステス え! これ以上にまだひどいことがあるのか。
1190 ΗΛ. Ὁθούνεκ' εἰμὶ τοῖς φονεῦσι σύντροφος.エレクトラ 人殺しと一緒に暮らしているのだもの。
ΟΡ. Τοῖς τοῦ; πόθεν τοῦτ' ἐξεσήμηνας κακόν;オレステス 一体誰が殺されたんだ? 一体誰のことを言っているんだ?
ΗΛ. Τοῖς πατρός· εἶτα τοῖσδε δουλεύω βίᾳ.エレクトラ わたしの父が殺されたの。わたしは人殺しの奴隷になっているの。
ΟΡ. Τίς γάρ σ' ἀνάγκῃ τῇδε προτρέπει(強いる) βροτῶν;オレステス それで、誰があなたをこんなひどい目に会わせているのだ。
ΗΛ. Μήτηρ καλεῖται, μητρὶ δ' οὐδὲν ἐξισοῖ.エレクトラ 世間では母ということになっているわ。でも、その名前にふさわしいことは何一つしない人よ。
1195 ΟΡ. Τί δρῶσα; πότερα χερσὶν ἢ λύμῃ(虐待) βίου;オレステス あなたに何をしたんだ。暴力を振るうのか、それとも、食べさせてもらえないのか。
ΗΛ. Καὶ χερσὶ καὶ λύμαισι καὶ πᾶσιν κακοῖς.エレクトラ 暴力も食べ物も何もかもよ。
ΟΡ. Οὐδ' οὑπαρήξων(助けに来る) οὐδ' ὁ κωλύσων πάρα;オレステス それで、助けてくれる人も、やめさせる人もいないのか。
ΗΛ. Οὐ δῆθ'· ὃς ἦν γάρ μοι, σὺ προὔθηκας σποδόν.エレクトラ いないの。助けてくれるはずの人を、あなたが灰に変えてわたしに差し出したのですもの。
ΟΡ. Ὦ δύσποτμ', ὡς ὁρῶν σ' ἐποικτίρω πάλαι.オレステス ああ、かわいそうなことを。さっきから、あなたの姿が哀れでならない。
1200 ΗΛ. Μόνος βροτῶν νυν ἴσθ' ἐποικτίρας ποτέ.エレクトラ これまでにあなたほど、このわたしを哀れんでくれた人はいないわ。
ΟΡ. Μόνος γὰρ ἥκω τοῖσι σοῖς ἀλγῶν κακοῖς.オレステス そうだ。あなたの苦しみを見て、わたし以上に苦しんだものがいるだろうか。
ΗΛ. Οὐ δή ποθ' ἡμῖν ξυγγενὴς ἥκεις ποθέν;エレクトラ まさかあなたは、ひょっとしてわたしの身内の人じゃないの?
ΟΡ. Ἐγὼ φράσαιμ' ἄν, εἰ τὸ τῶνδ' εὔνουν(良い) πάρα.オレステス うむ、言ってしまおう。だか、この人たちは信用していいのか?
ΗΛ. Ἀλλ' ἔστιν εὔνουν, ὥστε πρὸς πιστὰς ἐρεῖς.エレクトラ もちろん大丈夫。安心して話せる人たちよ。
1205 ΟΡ. Μέθες τόδ' ἄγγος νῦν, ὅπως τὸ πᾶν μάθῃς.オレステス では、すべてを話すから、その壷を降ろしなさい。
ΗΛ. Μὴ δῆτα πρὸς θεῶν τοῦτό μ' ἐργάσῃ, ξένε.エレクトラ お願い、それだけは勘弁して。
ΟΡ. Πείθου λέγοντι κοὐχ ἁμαρτήσῃ ποτέ.オレステス わたしの言う通りにするんだ、それで間違いはないんだ。
ΗΛ. Μή, πρὸς γενείου, μὴ 'ξέλῃ(取り上げる) τὰ φίλτατα.エレクトラ ねえ、お願いよ。わたしの宝物を取らないでちょうだい。
ΟΡ. Οὔ φημ' ἐάσειν.オレステス そういうわけにはいかないんだ。(二人壷を取り合う)
ΗΛ. Ὢ τάλαιν' ἐγὼ σέθεν,エレクトラ まあ、どうしましょう、オレステス。わたしはあなたにお弔いをすることも許されないの?
ΟΡ. Εὔφημα φώνει· πρὸς δίκης γὰρ οὐ στένεις.オレステス 縁起でもないことを言うのはやめなさい。何も嘆くことはないんだ。
ΗΛ. Πῶς τὸν θανόντ' ἀδελφὸν οὐ δίκῃ στένω;エレクトラ わたしが死んだ弟のことを嘆いてどこが悪いの?
ΟΡ. Οὔ σοι προσήκει τήνδε προσφωνεῖν φάτιν.オレステス そんなことを言うものではない。
ΗΛ. Οὕτως ἄτιμός εἰμι τοῦ τεθνηκότος;エレクトラ わたしには死んだ人を嘆くことも許されないの?
1215 ΟΡ. Ἄτιμος οὐδενὸς σύ· τοῦτο δ' οὐχὶ σόν.オレステス 誰も死んではいないんだ。あなたが嘆くことはないと言っているんだ。
ΗΛ. Εἴπερ γ' Ὀρέστου σῶμα βαστάζω τόδε.エレクトラ だってわたし、ここにあの子のお骨をもっているのよ。
ΟΡ. Ἀλλ' οὐκ Ὀρέστου, πλὴν λόγῳ γ' ἠσκημένον.エレクトラ かわいそうに。じゃあ、あの子のお墓はどこにあるの?
ΟΡ. Οὐκ ἔστι· τοῦ γὰρ ζῶντος οὐκ ἔστιν τάφος.オレステス そんなものはないんだ。生きている人のお墓があるものか。
1220 ΗΛ. Πῶς εἶπας, ὦ παῖ;エレクトラ あなたいま何て言ったの?
ΟΡ. Ψεῦδος οὐδὲν ὧν λέγω.オレステス 嘘じゃない。
ΗΛ. Ἦ ζῇ γὰρ ἁνήρ;エレクトラ それじゃあ、あの子は生きてるの?
ΟΡ. Εἴπερ ἔμψυχός γ' ἐγώ.オレステス このわたしが死んでいるように見えるか?
ΗΛ. ἦ γὰρ σὺ κεῖνος;エレクトラ それじゃあ、あなたがオレステスなの?
ΟΡ. Τήνδε προσβλέψασά μουオレステス ほら、この父の形見の指輪を見てごらん。わたしが嘘を言っていないことが分かるだろう。
ΗΛ. Ὦ φίλτατον φῶς.エレクトラ ああ、生きていてよかったわ。
ΟΡ. Φίλτατον, ξυμμαρτυρῶ.オレステス そうだ、よかった。
1225 ΗΛ. Ὦ φθέγμ', ἀφίκου;エレクトラ その声を待っていたのよ。
ΟΡ. Μηκέτ' ἄλλοθεν πύθῃオレステス もう、どこへも行きはしない。
ΗΛ. Ἔχω σε χερσίν;エレクトラ(オレステスを抱き締めて) 本当に、これがあなたなのね。
ΟΡ. Ὡς τὰ λοίπ' ἔχοις ἀεί.オレステス もうこれからはいつでもいっしょだよ。
ΗΛ. Ὦ φίλταται γυναῖκες, ὦ πολίτιδες,エレクトラ 町のみなさん、見てちょうだい。これがオレステスよ。死んだのは嘘だったのよ。その嘘のおかげで無事に帰ってきたのよ。
1230 ΧΟ. Ὁρῶμεν, ὦ παῖ, κἀπὶ συμφοραῖσί μοι女たち 見ていますとも、エレクトラ。おめでとう。うれしくて、わたしの目からも涙が出るわ。
ΗΛ. Ἰὼ γοναί, Str.エレクトラ(歌う) 生きていたのね、生きていたのね、わたしの大事なあなた。帰ってきたのね、突然に。会えたのよ、会えたのよ、あなたの会いたい人に。
ΟΡ. Πάρεσμεν· ἀλλὰ σῖγ' ἔχουσα πρόσμενε.オレステス 帰ってきたよ。でも、静かに待っていて。
ΗΛ. Τί δ' ἔστιν;エレクトラ(歌う) どうして?
ΟΡ. Σιγᾶν ἄμεινον, μή τις ἔνδοθεν κλύῃ.オレステス 静かにしないと、中の人に聞かれてしまう。
ΗΛ. Οὐ τὰν Ἄρτεμιν τὰν αἰὲν ἀδμήταν,エレクトラ(歌う) 聞けばいい、聞けばいい。そんなこと、もう怖くはないわ。中にいるのは女だけ、何も出来ない女だけよ。
ΟΡ. Ὅρα γε μὲν δὴ κἀν γυναιξὶν ὡς Ἄρηςオレステス いざとなると、女も怖いよ。分かっているだろ、忘れていないね。
1245 ΗΛ. Ὀτοτοτοτοῖ τοτοῖ,エレクトラ(歌う) ひどいわ、ひどいわ、また思い出させて。忘れない、許せない、償いようがない、あの悪行は。
ΟΡ. Ἔξοιδα καὶ ταῦτ'· ἀλλ' ὅταν παρουσίαオレステス そうだろう。でも、そのことはやつらが出てきた時に、思い出せばいい。
ΗΛ. Ὁ πᾶς ἐμοί, Ant.エレクトラ(歌う) 話せるわ、話せるわ、今からずっと。言わせてよ、言わせてよ、もうこれ以上我慢出来ない。
ΟΡ. Ξύμφημι κἀγώ· τοιγαροῦν σῴζου τόδε.オレステス 分かったよ。だから、辛抱するんだ。
ΗΛ. Τί δρῶσα;エレクトラ(歌う) どうやって?
ΟΡ. Οὗ μή 'στι καιρός, μὴ μακρὰν βούλου λέγειν.オレステス 適当な時が来るまでは、長話は慎んだ方がいい。
1260 ΗΛ. Τίς οὖν ἀξίαν σοῦ γε πεφηνότοςエレクトラ(歌う) あなたが帰った喜びを、誰が黙っていられましょう。思いがけなく、思いがけなく、また会えたのだもの。
ΟΡ. Τότ' εἶδες, ὅτε θεοί μ' ˘ ˉ ˘ ˉ ˘ ˉオレステス こうして、いま会えたのも神様のお導きだ。
1265 ΗΛ. Ἔφρασας ὑπερτέρανエレクトラ(歌う) 神様の御心ならば、うれしさも、またひとしおよ。あなたが家に戻ったことは、神の仕業に違いない。
ΟΡ. Τὰ μέν σ' ὀκνῶ χαίρουσαν εἰργαθεῖν(抑える), τὰ δὲオレステス 喜ぶのをやめろとは言わないけれど、喜びに浮かれすぎるのは禁物だ。
ΗΛ. Ἰὼ χρόνῳ μακρῷ φιλτάταν ὁδὸν -- Epode.エレクトラ(歌う) ああ、長かった。よくぞ帰ってくれました。これまでのわたしの苦しみを分かってね。だから――
ΟΡ. Τί μὴ ποήσω;オレステス どうしろと言う。
ΗΛ. μή μ' ἀποστερήσῃςエレクトラ(歌う) だからお願い、その顔を気のすむまで、わたしに見せて。
ΟΡ. Ἦ κάρτα κἂν ἄλλοισι θυμοίμην ἰδών.オレステス その邪魔をするものがいれば、わたしが怒ってやろう。
ΗΛ. Ξυναινεῖς;エレクトラ(歌う) いいのね?
1280 ΟΡ. Τί μὴν οὔ;オレステス もちろんさ。
ΗΛ. Ὦ φίλ', ἔκλυον ἃν ἐγὼ οὐδ' ἂν ἤλπισ' αὐδάν(声)·エレクトラ(歌う) ありがとう。もう聞けないと思っていたあなたの声を思いがけずにまた聞けたのに、この喜びをおし黙ったまま声に出さずにいるなんて、とても辛いわ。でも、今のわたしにはあなたがいる。どんな苦しい時にさえ、忘れたことはなかったわ、このいとしいお顔。お帰りなさい。
ΟΡ. Τὰ μὲν περισσεύοντα(残り) τῶν λόγων ἄφες,オレステス 長話はよそう。母があなたをいじめたことも、アイギストスが家の宝を食いつぶしていることも、後で聞こう。話をしているうちに、大切な機会を逃しては大変だ。いま問題なのは、この作戦でやつらの束の間の繁栄を終わらせるためには、どこで待ち伏せして、どこから出ていけばいいかということだ。案内してくれ。
Οὕτω δ' ὅπως μήτηρ σε μὴ 'πιγνώσεταιただ、中に入るときには、母親にあなたの本心を気付かれてはいけないから、その笑顔はやめてくれ。姉さんは、悲報を聞いたことになっているんだから、そのつもりで泣き顔を作ってほしい。喜ぶのも笑うのも、うまくいけば、あとで好きなだけできるのだから。
ΗΛ. Ἀλλ', ὦ κασίγνηθ' ὧδ' ὅπως καὶ σοὶ φίλον,エレクトラ 分かったわ、言う通りにします。この喜びは、みんなあなたのおかげ、あなたにもらったものだから。そのあなたを少しでも困らせるくらいなら、わたしはどんな幸せもいらないわ。わたしたちの守り神の邪魔をするつもりはありません。
Ἀλλ' οἶσθα μὲν τἀνθένδε, πῶς γὰρ οὔ; κλύωνところで、家の中の様子は知っているわね。母はいるけど、アイギストスは出かけているわ。心配しないで。わたし、母に笑顔を見られるようなことはしないわ。昔からの憎しみが染み付いているから。それより、あなたに会えたうれし涙が止まらないと思うの。だって、死んだあなたと生きたあなたが、一度に帰ってきたんですもの、涙が止まるはずがないわ。あなたには本当にびっくりさせられたわ。こんなことがあるのなら、父がもし生きて帰ってきたとしても、その姿を不思議とも思わずに信じたでしょう。
Ὅτ' οὖν τοιαύτην ἡμὶν ἐξήκεις ὁδὸν,さあ、こんなことが出来たあなただもの、あなたの好きなように指図してちょうだい。わたし自身、名誉を守って生きるか死ぬか、二つに一つと覚悟を決めていたのよ。
ΟΡ. Σιγᾶν ἐπῄνεσ'· ὡς ἐπ' ἐξόδῳ κλύωオレステス しっ。誰か中の者が戸口に出てくるぞ。
ΗΛ. Εἴσιτ', ὦ ξένοι,エレクトラ(オレステスたちに) 皆さんお入り下さい。お持ちの品を頂いてもうれしくはございませんが、とにかくお返しするわけにも参りませんから。(屋敷から守役が出てくる)
ΠΑ. Ὦ πλεῖστα μῶροι καὶ φρενῶν τητώμενοι,守役 この大馬鹿者! 本当にしょうがない人たちだ。いったい、あなたたちは命が惜しくはないのか。それとも、少々おつむが足りないのか。われわれは危険の間近にいるのではなく、もうそのまっただ中まで来ているのですぞ。それをお忘れか。わたしがこうして、さっきから戸口で見張っていなかったら、事を起こす前に、計画が内側に筒抜けになっていたところじゃ。ここはわしが何とか手を打っておきましたが。
1335 Καὶ νῦν, ἀπαλλαχθέντε τῶν μακρῶν λόγωνさあ、だから、もうおしゃべりはいいかげんにして、中へお入りなさい。いつまでも大きな声ではしゃいでいる場合ではない。こんな時に恐いのは、ぐずぐずして好機を逃すことじゃ。今は事をなし遂げるべき時ですぞ。
ΟΡ. Πῶς οὖν ἔχει τἀντεῦθεν εἰσιόντι μοι;オレステス よし分かった。それで中の様子はどうだ? 入っていっても大丈夫か?
1340 ΠΑ. Καλῶς· ὑπάρχει γάρ με μὴ γνῶναί τινα.守役 大丈夫。誰もわたしのことに気付いてはおりません。
ΟΡ. Ἤγγειλας, ὡς ἔοικεν, ὡς τεθνηκότα.オレステス わたしが死んだという話は、もうしたのだな。
ΠΑ. Εἷς τῶν ἐν Ἅιδου μάνθαν' ἐνθάδ' ὢν ἀνήρ.守役 はい。ここでは、あなたは死んだことになっております。
ΟΡ. Χαίρουσιν ἐν τούτοισιν; ἢ τίνες λόγοι;オレステス そうか。この知らせにやつらはさぞかし喜んだろう。何か言っていたか。
ΠΑ. Τελουμένων εἴποιμ' ἄν· ὡς δὲ νῦν ἔχει,守役 それは後ほど。今のところはすべてがやつらの思い通り、とはつまり、我らの思い通りということです。
ΗΛ. Τίς οὗτός ἐστ', ἀδελφέ; πρὸς θεῶν, φράσον.エレクトラ この方は誰? ねえ、教えて?
ΟΡ. Οὐχὶ ξυνίης;オレステス 知らないのか。
ΗΛ. Οὐδέ γ' ἐς θυμὸν φέρω.エレクトラ 見たことがない人だわ。
ΟΡ. Οὐκ οἶσθ' ὅτῳ μ' ἔδωκας ἐς χέρας ποτέ;オレステス あの時わたしを誰に手渡したのか忘れたのか。
ΗΛ. Ποίῳ; τί φωνεῖς;エレクトラ 誰のこと? 何を言っているの?
ΟΡ. Οὗ τὸ Φωκέων πέδονオレステス わたしをフォーキスに逃がすために、この人に預けたのは姉さんじゃないか。
ΗΛ. Ἦ κεῖνος οὗτος ὅν ποτ' ἐκ πολλῶν ἐγὼエレクトラ この人がそうだったの? 父が殺されてまわりが敵ばかりの時に、信頼できる人はなかなか見つからなかったのよ。
ΟΡ. Ὅδ' ἐστί· μή μ' ἔλεγχε πλείοσιν λόγοις.オレステス その人だよ。さあ、もうそれ以上聞くのはやめてくれ。
ΗΛ. Ὦ φίλτατον φῶς, ὦ μόνος σωτὴρ δόμων
1355 Ἀγαμέμνονος, πῶς ἦλθες; ἦ σὺ κεῖνος εἶ
ὃς τόνδε κἄμ' ἔσωσας ἐκ πολλῶν πόνων;
エレクトラ まあ、うれしい日だわ。あなたのおかげで、このアガメムノンの家は助かったのよ。お帰りなさい。あの混乱の中で、わたしたち二人を救ってくれたのは、あなただったのね。
ありがとう。この手とこの足で大切なあの子を救い出してくださったのね。知らないうちに、さっきからずっと近くにいらしたのね。分からなかったわ。わたし、さっき、あなたのお話を聞いたときはもうだめだと思ったわ。今ではそれがこの上ない喜びに変わったけれど。
Χαῖρ', ὦ πάτερ· πατέρα γὰρ εἰσορᾶν δοκῶ·お帰りなさい、お父様。いいえ、本当に父を見ているような気がするわ。ついさっきまでは、あなたのことを、こんなに憎らしい人はいないと思っていたのに、今ではこんなに愛しい人はいないと思っているのよ。
ΠΑ. Ἀρκεῖν δοκεῖ μοι· τοὺς γὰρ ἐν μέσῳ λόγους,守役 もうそれで充分じゃろう、エレクトラ様。その辺の事情を、あなたに全部分かるまで話していたら、何日かかるか知れませんから な。
Σφῷν δ' ἐννέπω γε τοῖν παρεστώτοιν ὅτιさあ、こちらにいるお二人は、いますぐ行動に移ってください。中はいまクリュタイムネストラだけ、男はみな出払っております。ここでぐずぐずしていると、ここの連中以外にもっと立ち回りのうまい相手を大勢向こうに回して戦うことになりますぞ。
ΟΡ. Οὐκ ἂν μακρῶν ἔθ' ἡμὶν οὐδὲν ἂν λόγων,オレステス そうだ。我々はこんな所で長話をするために来たのではない。さあ、ピュラデス、玄関口にいらっしゃるこの氏神様にお祈りをしたら、さっそく中へ入ろう。(神像に祈りエレクトラを残して屋敷に入る)
ΗΛ. Ἄναξ Ἄπολλον, ἵλεως αὐτοῖν κλύε,エレクトラ お願いです、アポロン様、あの人たちの願いをお聞き入れください。そしてわたしの願いもお聞き入れください。わたしは今日まで何度も、ありったけのお供えをしてお願いに参りました。今こそ、アポロン様、わたしのすべてを投げ出して、伏してお願いします。どうかお慈悲をもって、このはかりごとがうまく行くようお力をお貸しください。神を顧みぬ所業には、必ず神罰が下ることを天下に知らせてくださいませ。(屋敷に入る)
第三スタシモン女たち(歌う)
ΧΟ. Ἴδεθ' ὅπου προνέμεται(進む) Str.見よ、血にまみれた争いを引き起こす戦いの神が進みゆく。獲物を逃さぬ猟犬たちが、悪人どもを懲らしめようと、いま屋敷の中に入り込む。わたしたちがいだいた夢が、もうすぐかなう。
Παράγεται γὰρ ἐνέρων Ant.殺された者のかたきを討つ者が、手に研ぎ澄まされた剣を秘め、策略を携えて、代々の富を蓄えた父の館に入る。黄泉路の使者ヘルメスが、策略を闇に隠して、いまその彼を最後まで導いていく。
エクソドス(エレクトラ、屋敷から出てくる)
ΗΛ. Ὦ φίλταται γυναῖκες, ἅνδρες αὐτίκαエレクトラ(歌う) みなさんどうもありがとう。すべてはすぐに終わるわ。静かに待ちましょう。
1400 ΧΟ. Πῶς δή; τί νῦν πράσσουσιν;女たち(歌う) どう。いま何をしているの?
ΗΛ. Ἡ μὲν ἐς τάφονエレクトラ(歌う) あの女が骨壷に埋葬の飾り付けをしているところ、そばに二人が立っているわ。
ΧΟ. Σὺ δ' ἐκτὸς ᾖξας πρὸς τί;女たち(歌う) あなたが飛び出してきたのは何のため?
ΗΛ. Φρουρήσουσ' ὅπωςエレクトラ(歌う) アイギストスが不意に帰ってこないように見張るため。
ΚΛ. Αἰαῖ. Ἰὼ στέγαιクリュタイムネストラ(中から歌う) ああ、助けて、殺される。この家には、味方はいないの、敵ばかりなの。
ΗΛ. Βοᾷ τις ἔνδον· οὐκ ἀκούετ', ὦ φίλαι;エレクトラ(歌う) 声がするわ。ねえ、聞こえるでしょう。
ΧΟ. Ἤκουσ' ἀνήκουστα δύστανος, ὥστε φρῖξαι. Str.女たち(歌う) 聞こえるわ。身も凍る恐ろしい声。
ΚΛ. Οἴμοι τάλαιν'· Αἴγισθε, ποῦ ποτ' ὢν κυρεῖς;クリュタイムネストラ(中から歌う) ああ、畜生。アイギストスはどこにいる。
ΗΛ. Ἰδοὺ μάλ' αὖ θροεῖ τις.エレクトラ(歌う) ほら、また声がする。
1410 ΚΛ. Ὦ τέκνον, τέκνον,クリュタイムネストラ(中から歌う) わたしの子だろ、わたしの子だろ。母さんを助けておくれ。
ΗΛ. Ἀλλ' οὐκ ἐκ σέθενエレクトラ(歌う) おまえはあの子を助けたか。おまえは父を助けたか。
ΧΟ. Ὦ πόλις, ὦ γενεὰ τάλαινα, νῦν σοι女たち(歌う) この国も、この家もいま救われる。長年の不幸がいま終わる。
1415 ΚΛ. Ὤμοι πέπληγμαι.クリュタイムネストラ(中から歌う) うう、やられた。
ΗΛ. Παῖσον, εἰ σθένεις, διπλῆν.エレクトラ(歌う) さあもっと、その倍も力をこめて。
ΚΛ. Ὤμοι μάλ' αὖθις.クリュタイムネストラ(中から歌う) うう、またやられた。
ΗΛ. Εἰ γὰρ Αἰγίσθῳ θ' ὁμοῦ.エレクトラ(歌う) アイギストスも同じ目に会うがいい。
ΧΟ. Τελοῦσ' ἀραί· ζῶσιν οἱ γᾶς ὑπαὶ κείμενοι·女たち(歌う) 悪事の祟りがやって来た。あの世からこの世への復讐だ。遠い昔に殺された者が、いま殺した者の血を流す。
(オレステスとピュラデス、屋敷から出てくる)
Καὶ μὴν πάρεισιν οἵδε· φοινία δὲ χεὶρご覧、彼らのお出ましだ。戦いの神への生贄の血で手は染まる。だが、彼らには罪はない。
ΗΛ. Ὀρέστα, πῶς κυρεῖτε;エレクトラ(歌う) オレステス、首尾はどうです?
ΟΡ. Τἀν δόμοισι μὲνオレステス(歌う) これが神アポロンの御心ならば、中は万事順調だ。
ΗΛ. Τέθνηκεν ἡ τάλαινα;エレクトラ(歌う) あの女は死んだのね。
ΟΡ. Μηκέτ' ἐκφοβοῦオレステス(歌う) もう、心配はない。もう、母にいじめられることはない。
ΧΟ. Παύσασθε. Λεύσσω γὰρ Αἴγισθον ἐκ προδήλου. Ant.女たち(歌う) 話をやめて。アイギストスの姿が向こうに見える。
1430 ΗΛ. Ὦ παῖδες, οὐκ ἄψορρον;エレクトラ(歌う) さあ、中へ戻って。
ΟΡ. Εἰσορᾶτέ πουオレステス(歌う) やつはどこまで来ている?
ΗΛ. Ἐκ προαστίουエレクトラ(歌う) 町外れまで。うれしそうに帰ってくるわ。
ΧΟ. Βᾶτε κατ' ἀντιθύρων(玄関) ὅσον τάχιστα,女たち(歌う) 行って、早く奥へ。さっきと同様、今度もしっかり。
1435 ΟΡ. Θάρσει, τελοῦμεν.オレステス(歌う) 大丈夫。まかせろ。
ΗΛ. Ἧι(場所) νοεῖς ἔπειγέ(急ぐ) νυν.エレクトラ(歌う) さあ、急いで持ち場について。
ΟΡ. Καὶ δὴ βέβηκα.オレステス(歌う) よし。さあ行くぞ。
ΗΛ. Τἀνθάδ' ἂν μέλοιτ' ἐμοί.エレクトラ(歌う) ここはわたしにまかせて。(オレステスとピュラデス、屋敷の中に戻る)
ΧΟ. Δι' ὠτὸς(耳) ἂν παῦρά(少し) γ' ὡς ἠπίως(優しく) ἐννέπειν女たち(歌う) エレクトラ、あの男が来たら、優しい言葉で迎えなさい。そうすれば、気付かずに罠にかかって、罪の裁きを受けましょう。
(アイギストス登場 )
ΑΙΓΙΣΘΟΣアイギストス どこにいる、フォーキスの使いは。おまえたちは知らないか。オレステスが戦車競技の事故で死んだという知らせを持ってきているはずだ。(エレクトラに)おい、おまえ。そうだ、おまえだ。おまえに聞こう。こいつ、この間までは、やけに威勢がよかったのだ。おまえが一番気にしているはずだ。おまえが一番よく知っているはずだ。さあ、言ってみろ。
ΗΛ. Ἔξοιδα· πῶς γὰρ οὐχί; συμφορᾶς γὰρ ἂνエレクトラ もちろん知っているわ。かわいいあの子がどうなったか、わたしが知らないはずがないでしょう。
1450 ΑΙ. Ποῦ δῆτ' ἂν εἶεν οἱ ξένοι; δίδασκέ με.アイギストス じゃあ、使いはどこにいるんだ。教えろ。
ΗΛ. Ἔνδον· φίλης γὰρ προξένου(奥さん) κατήνυσαν(着いた).エレクトラ 中にいるわ。奥様の丁重なもてなしを受けているところよ。
ΑΙ. Ἦ καὶ θανόντ' ἤγγειλαν ὡς ἐτητύμως(本当に);アイギストス それで、オレステスが死んだと言ったそうだが本当か?
ΗΛ. Οὔκ, ἀλλὰ κἀπέδειξαν, οὐ λόγῳ μόνον.エレクトラ いいえそれどころか、その証拠まで持ってきてしまったわ。
ΑΙ. Πάρεστ' ἄρ' ἡμῖν ὥστε κἀμφανῆ μαθεῖν;アイギストス すると、この目で確かめられると言うのか。
1455 ΗΛ. Πάρεστι δῆτα καὶ μάλ' ἄζηλος(哀れな) θέα(姿).エレクトラ そうよ。全く変わりはてた姿になって。
ΑΙ. Ἦ πολλὰ χαίρειν μ' εἶπας οὐκ εἰωθότως(いつもの).アイギストス おまえがわたしに喜ばしいことばかり言うのは珍しいことだ。
ΗΛ. Χαίροις ἄν, εἴ σοι χαρτὰ τυγχάνει τάδε.エレクトラ これが喜ばしいのなら、喜べばいいわ。
ΑΙ. Σιγᾶν ἄνωγα κἀναδεικνύναι πύλαςアイギストス 戸を開けろ、ミケーネとアルゴスのすべての国民によく見せるのだ。もしも、この男にあだな望みをつないでいた者がいたなら、やつのしかばねを見て、これからはわたしに服従するのだ。わたしから痛い目に会わぬうちに、目を覚ますのだ。
ΗΛ. Καὶ δὴ τελεῖται τἀπ' ἐμοῦ· τῷ γὰρ χρόνῳ
1465 νοῦν ἔσχον, ὥστε συμφέρειν(合わせる) τοῖς κρείσσοσιν.
エレクトラ わたしはもう目が覚めたわ。おそまきながら、わたしも強い者に仕えることを知ったの。
(戸を開ける。遺体には覆いが掛かっている。オレステスとピュラデスが傍らに立つ)
ΑΙ. Ὦ Ζεῦ, δέδορκα φάσμ'(印) ἄνευ φθόνου μὲν οὐアイギストス おお! これを正義の神の裁きとは言わないが、これこそ神の妬みを受けた者の最期の姿にちがいない。覆いを全部とって顔を見せてくれ。こいつも身内の一人だ、わたしも一つ弔ってやろう。
1470 ΟΡ. Αὐτὸς σὺ βάσταζ'· οὐκ ἐμὸν τόδ', ἀλλὰ σόν,オレステス 自分でなさい。死者と対面してお別れを言うのは、あなたの役目だ。
ΑΙ. Ἀλλ' εὖ παραινεῖς κἀπιπείσομαι· σὺ δέ,アイギストス もっともだ。そうしょう。(エレクトラに)では、おまえはわたしの妻がその辺にいるか、呼んでみてくれ。(辺りを見回す)
ΟΡ. Αὕτη πέλας σοῦ· μηκέτ' ἄλλοσε σκόπει.オレステス どこを捜している? 目の前にいるぞ。
1475 ΑΙ. Οἴμοι, τί λεύσσω;アイギストス(覆いを取る) あっ、何だこれは?
ΟΡ. Τίνα φοβῇ; τίν' ἀγνοεῖς(見間違う);オレステス 誰を恐れている? 誰を探しているのだ?
ΑΙ. Τίνων ποτ' ἀνδρῶν ἐν μέσοις ἀρκυστάτοις(罠)アイギストス しまった! 誰だ、わたしをこんな罠にはめたのは?
ΟΡ. Οὐ γὰρ αἰσθάνῃ πάλαιオレステス おまえはこの世の人間なのに、さっきからずっと死人と口をきいているのだ。それが分からないのか。
ΑΙ. Οἴμοι, ξυνῆκα τοὔπος· οὐ γὰρ ἔσθ' ὅπωςアイギストス くそ、そうか。おれにいま口をきいている、こいつがほかでもないオレステスなんだ!
ΟΡ. Καὶ μάντις ὢν ἄριστος ἐσφάλλου(間違う) πάλαι;オレステス ずっと分からなかったというのか、未来のことさえ言い当てるおまえが?
ΑΙ. Ὄλωλα δὴ δείλαιος. Ἀλλά μοι πάρεςアイギストス くそ、もうだめだ。おい、頼む、少しでいい、おれの言い分も聞いてくれ。
ΗΛ. Μὴ πέρα λέγειν ἔα,エレクトラ だめ。聞いてはだめよ。そんな時間かせぎを許してはだめ。早く殺してしまうのよ。殺して、野良犬にくれてやるのよ。それが、この男にはお似合いなのよ。早くわたしの目の前から消してしまって。そうするしか、わたしの長年の恨みは晴らされないのよ。
ΟΡ. Χωροῖς ἂν εἴσω σὺν τάχει· λόγων γὰρ οὐオレステス さっさと奥へ行け。もはや問答無用だ。おまえの命はもらった。
ΑΙ. Τί δ' ἐς δόμους ἄγεις με; πῶς, τόδ' εἰ καλὸνアイギストス なぜ奥へ行く。立派なことをしようというのに、どうして人目をはばかるのだ。どうして、すぐに殺さないのだ。
1495 ΟΡ. Μὴ τάσσε(命ずる)· χώρει δ' ἔνθαπερ κατέκτανεςオレステス 黙れ、命令するのはわたしだ。父を殺した場所へ行け。そこがおまえの死に場所だ。
ΑΙ. Ἦ πᾶσ' ἀνάγκη τήνδε τὴν στέγην ἰδεῖνアイギストス 呪われた館よ。おまえは、これからもこの家の不幸を見続けねばならないのか。
ΟΡ. Τὰ γοῦν σ'· ἐγώ σοι μάντις εἰμὶ τῶνδ' ἄκρος.オレステス この館がおまえの不幸を見ることだけは確かだ。この予言ははずれまい。
1500 ΑΙ. Ἀλλ' οὐ πατρῴαν τὴν τέχνην ἐκόμπασας.アイギストス おまえの自慢するその予言の力が、おまえの父親にはなかったのだ。
ΟΡ. Πόλλ' ἀντιφωνεῖς, ἡ δ' ὁδὸς βραδύνεται(遅い)·オレステス 口の減らないやつだ。余計なことを言わずにさっさと行け。
ΑΙ. Ὑφηγοῦ(先導する).アイギストス おまえが先に行け。
ΟΡ. Σοὶ βαδιστέον πάρος.オレステス おまえが先だ。
ΑΙ. Ἦ μὴ φύγω σε;アイギストス わたしが逃げるとでも思うのか。
ΟΡ. Μὴ μὲν οὖν καθ' ἡδονὴνオレステス いや。おまえを勝手に死なすわけにはいかないのだ。苦しんで死んでもらわねばならないのだ。法を犯す者には、すぐさまこのような罰が、そうだ極刑が下ればよいのだ。そうすれば、悪がこの世にはびこることはなくなるだろう。
(アイギストスに続いて、オレステスとピュラデス、屋敷に入り戸が閉まる)
ΧΟ. Ὦ σπέρμ' Ἀτρέως, ὡς πολλὰ παθὸν女たち(音楽に合わせて語る) 生まれに違わぬ立派な子らよ。数々の苦しみを乗り越えて、敵討ちを果たし終え、ああ、たどり着いた晴れの日よ。
(おわり)
誤字脱字に気づいた方は是非教えて下さい。