キケロ『ウァティニウス尋問』



対訳版

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『ウァティニウス尋問』(前56年)

セスティウスに対する暴行罪の告発による裁判における尋問である。

告発人はアウビノヴァヌス(『セスティウス弁護』には名前が出てこない。真の告発人はクローディウス)
告発側証人はプブリウス・ウァティニウスとゲッリウス・ポプリコラ他
裁判長はマルクス・アエミリウス・スカウルス

第一章
 ウァティニウス君、もし私が君の人格の卑しさに相応しいことだけを考慮するつもりなら、君の証言は君の生活上の醜聞と人格の下賎さのために軽視されているのですから、私は我が方の人たちの意向を尊重して黙って君を去らせていたところです。なぜなら、この人たちは誰も君のことを重要な反対証人として論駁すべきだとも、真面目な証人として尋問すべきだとも思っていなかったからです。

 しかし、さきほど私は必要以上にやり過ぎてしまいました。それは君への嫌悪感のせいなのです。もっとも、私に対する君のひどい仕打ちのために、君への私の嫌悪感は誰にも負けないはずですが、実際は皆さんの嫌悪感の方が大きいのです。そこで、初めは君を嫌悪の対象というよりは軽蔑の対象と考えていたのですが、私は君を黙殺するよりも、君に一泡吹かせてから法廷を去らせたいと思うようになったのです。1

 君は人々から共に議論するにも値せず、交際するにも値せず、投票するにも値せず、この国の市民権にも値せず、いやこの世に生きているにも値しないと思われているにも関わらず、この私から尋問されるという名誉を与えられることに驚かないように一言いっておきましょう。

 私をこの尋問に駆り立てた理由があるとすれば、それは君のその横柄な鼻柱を折って、君の無謀な心根をくだき、君の雄弁さを私の質問の罠にからめて大人しくさせるため以外にはありません。

 ウァティニウス君、仮にこの訴訟の黒幕ではとの疑いの目をセスティウス君が君に向けたことが間違いだったとしても、私に対して最大の貢献をしてくれた彼が大きな危機にあるときに、私が彼のことを第一に考えて彼の好意に報いようとしたことに対して、君が気を悪くする筋合いはなかったのです。2

 しかし、君はセスティウス君を告発する件だけでなく何についてもアルビノヴァヌス氏とは全く話をしたことがないと昨日証言しましたが、それは嘘だったのです。君は先ほど自らうっかり暴露してしまいました。

 なぜなら、君はティトゥス・クラウディウス(=セスティウスの補助告発人)が君と話し合っただけでなく、セスティウス君を告発することに関して君に意見を求めたこと、さらに、自分とは面識がないと以前君が言ったアルビノヴァヌス氏が君の家に来て、君と色々話をしたと言ってしまったからです。さらに、アルビノヴァヌス氏が知るはずもなく手に入れることも出来ないはずのセスティウス君の演説原稿を君がアルビノヴァヌス氏に手渡して、それがこの法廷で読み上げられたと言ってしまったからです。

 こうして、告発人は君が用意した人間で君に手引きされていることを君は認めたのです。その一方で、君は矛盾した証言をすることで、君が軽率なだけでなく偽証までしていたことを明らかにしてしまいました。なぜなら、君が全く無関係だと言った人が実は君の家に滞在し、君が初めに被告と通じていると言った告発人が君から告発に必要な書類を受け取ったと言ってしまったからです。3

第二章
 君は生まれつきあまりにも横柄ですぐカッとなる性格なのです。人の口から君の耳に不愉快なことや不名誉なことが入ってくるのが許せないのです。君は我々全員に腹を立ててここへ入って来たのです。すべての物騒な連中の育ての親であるゲッリウス氏が先に証言している間に、僕は君を見た時に君が何も言わないうちからすぐにそれが分かりました。

 君はまるで鎌首をもたげて目が飛び出したへびがねぐらから這い出てきたように、首筋をふくらませて急いで飛び込んできたのです。私はまた君が護民官になったのかと思ったほどでした。(=本節と次節とのつながりが悪いので間に脱落があるとされている)

 そして、私が自分の旧友でもあり君の友人でもあるコルネリウス氏(=前67年の護民官)を弁護したことを(=前65年)君はいきなり非難したのです。しかし、この国では君のように人を告発した人が非難されることはあっても、人を弁護した人が非難されることはないのが通例です。

 では、私から君にお尋ねしたいのですが、私はどうしてコルネリウス氏を弁護してはいけなかったのでしょうか。彼は占いを無視して法律を提案したのでしょうか。彼はアエリウス法とフフィウス法を無視したのでしょうか。彼は執政官に暴力をふるったのでしょうか。彼は武装集団を使って神殿を占拠したのでしょうか。彼は拒否権を発動しようとした護民官を暴力で追い出したのでしょうか。彼は神聖冒涜の罪を犯したのでしょうか。彼は国庫を空にしたのでしょうか。彼はこの国を略奪したのでしょうか。これは君がやったことです。全部君がやったことなのです。

 コルネリウス氏が受けた批判はそういうのとは全く違います。彼は拒否権を発動された法案を朗読したことを告発されたのです。しかし彼がそうしたのは法案を公衆に向けて読み上げるためではなく点検するためだったと、彼は同僚たちを証人にして弁明しています。一方、コルネリウス氏がその日の民会を散会にして、護民官の拒否権発動を受け入れたのは確かなことです。

 コルネリウス氏の弁護が気に入らない君は、自分の弁護士たちにどんな顔をしてどんな訴訟の弁護を頼むつもりでしょうか。というのは、もし彼らが君の弁護を引き受けたら、それはとても恥ずべきことになると君は言っているようなものだからです。なぜなら、コルネリウス氏の弁護を引き受けた私を君は非難すべきだ思っているからです。5

 ウァティニウス君、君に思い出して欲しいのです。私が閥族派の人たちの不興を買ったと君が言うあの弁護の後で、私はローマの民衆全員の強い支持と全ての貴族階級の人々の熱烈な賛同を得て、かつてない名誉に包まれて執政官に選出されたことを。そして、これらはすべて私が慎み深く生きてきた結果として手にしたことを思い出してほしいのです。そして、この地位は厚かましくも君が成りたい成りたいとうわ言のように何度も言っていたものなのです。

第三章
 私がローマから退去したあの日に、君は喜んだかもしれませんが、辛い思いをした人たちがいたのです。君がその時の私の退去を非難してその人たちの悲しみを新たにしようとしていることについては、私はこれだけを君に答えましょう。

 君とこの国の疫病神たち(=クローディウスたち)が戦争の口実を探していた時に、また、私を口実にして裕福な人たちの財産を略奪して、国家の指導者たちの生き血を飲み尽くし、自分たちの残虐性と、閥族派の人たちに対する長年の憎しみを晴らすことを君たちが望んでいた時、私は君たちに抵抗するのではなく譲歩することによって、君たちの悪事と狂気を打ち砕くことにしたのです。6

 つまり、ウァティニウス君、私はかつては自分が救ったこの国をその時にはこうして守ったのですから、それは大目に見て欲しいのです。そして、私は君がこの国の破壊者であり迫害者であることに耐えているのとすれば、君も私がこの国の救済者であり守護者であることに耐えるべきなのです。

 さらに、ローマから退去したことを君が非難しているその人のことを、全ての市民が懐かしがり国家が悲しんで呼び戻したのは君も知っていることです。確かに君は人々が私の帰国に尽力したのは私自身のためではなくて国家のためだっと言いました。しかしながら、高い志を持って政治の世界に入った人間が、市民たちから国家のために愛される以上に望ましいことがあるでしょうか。7

 確かに私は怒りっぽい性格で、人付き合いは苦手で、見てくれはぱっとせず、偉そうな受け答えをして、思い上がった振る舞いをします。私との交際、私の人情、私の忠告、私の援助を惜しむ人はいませんでした。

 そして、少なくとも、そんな人間が居なくなったために広場は悲しみに沈み元老院は沈黙し学問への熱意も消えてしまっていたのです。しかし、私個人のためには何もされなかった。いいでしょう。

 あの元老院決議も、民衆の決議もイタリア全土の決議もあらゆる階層の決議も、私に関する全ての決議は国家のためになされたものだった。その通りだとしましょう。

 では、本当の称賛も真の名誉も知らない君は、これ以上のどんな光栄な事が私に起こり得たと言うのでしょうか。私の仲間の市民たちがこぞって「私一人の救済は国家の救済と固く結び付いている」と宣言してくれた以上に、私の名声と名誉を永遠のものとするために私にとって望ましいことがあったでしょうか。8

 君の言葉にお返しするなら、君は「私が元老院にとってもローマの民衆にとっても大切な存在だったのは、私自身のためではなく国家のためだった」と言ったのですから、私は「君自身があらゆる残酷さと粗暴さを備えた下劣極まる人間であるにも関わらず、君が国家の憎しみの的になっているのは、君自身のためではなく国家のためである」と言いましょう。


第四章
 いよいよ君について話すことにしますが、その前に一言わせてもらえば、それは、私たちがそれぞれ自分で自分のことをどう言うかはそれほど問題ではなく、閥族派の人たちがどう評価するかが最も重要だということです。

 私たちが市民にどう評価されているかを判断する時は二度あります。それは公職選挙の時と、その人の安全がおびやかされた時です。ローマの民衆からあれほど望まれて公職に迎えられた人は私以外にはほとんどいませんでしたし、国をあげてあれほどの熱意で身の安全が回復された人は私以外にはいなかったのです。君のことを人々がどう思っているかは君の選挙の時に私はよく知っています。今後君の身の安全がどう保てるかはこれからの見ものです。

 しかしながら、セスティウス君を助けるためにここに出廷しておられるこの国の主だった人たちと私を比べるのではなく、実に恥知らずで実に下品で最低な人間である君と私を比べるために、私に敵意を抱いている無礼な君にお尋ねします。

 ウァティニウス君、私がローマ市民として生まれたのと、君がローマ市民として生まれたのとでは、この都市にとって、この国にとって、この町にとって、国の財政にとって、元老院にとって、君が見ているこの人たちにとって、彼らの富と財産と子供たちにとって、そのほかの市民たちにとって、最後に、不死なる神々の神殿と占いと信仰にとって、どちらがよいことでどちらが望ましいことだったでしょうか。

 この問いに対して君が恥知らずな答えをして人々が君を殴りたくなる気持ちを抑えられなくなるか、あるいは、君が苦し紛れの答えをして、その膨らんだ体が破裂するかは知りませんが、それに答えたら、次に君について私が君に尋ねることに、脳味噌を絞って答えて欲しいのです。10

第五章
 しかし、君の人生の暗い生い立ちを明るみに出すのはやめておきましょう。君が青春時代に隣の家の壁に穴を開けたことも、隣の家に盗みに入ったことも、母親を鞭で打ったことも、私は不問に付しましょう。それを君の卑しい生まれの利点としましょう。君の貧しい生まれのおかげで、若い頃の非行が表沙汰にならずにすんだのです。

 君がセスティウス君と一緒に財務官の選挙に出たとき(=前64年)、セスティウス君は当座の目標だけに集中していたのに、君は二度目の執政官を狙っていると口外したのです。そこで私が君に尋ねたいのは、セスティウス君が満場一致で財務官に当選したのに、君は一票も取れず、民衆の支持ではなく執政官(=舅のルキウス・カエサル)の好意でなんとか財務官職にありついたことを君は覚えているかということです。11

 君はその財務官のとき(=前63年)、騒然とした雰囲気の中で海岸管理職を籤で引き当てて、海辺から金と銀が輸出されるのを取り締まるために、執政官だった私にプテオリ(=ナポリの西)に送られたのではありませんか。ところが、その仕事についた君は輸出品を見張って押収するのではなく、利益の一部を受け取る収税吏として送り込まれたと思ったのです。そして、人々の家と倉庫と船を片っ端から盗み目的で捜索したり、商人たちを不当な裁判で陥れたり、船から上陸する商人たちを脅迫したり、乗船する商人たちを引き止めたりしたのです。お陰で君はプテオリの集会で人々に襲われるはめになったのを覚えているしょうか。さらに執政官だった私の所にプテオリの住民たちの苦情が持ち込まれたことを君は覚えているでしょうか。

 財務官をやめたあと、君は副官として外ヒスパニアのガイウス・コスコニウス総督のもとに出発したのを覚えているでしょうか。ヒスパニアへの道は陸路をとるのが普通で、船で行くとしても、航海の道筋は決まっています。ところが、君はサルディニアへ行ってそこからアフリカに行ったのを覚えているでしょうか。

 元老院決議なしにはしてはいけないことなのに、君はヌミディアのヒエムプサル王のもとに行ったのでしょうか。さらにマスタネソーソス王のもとに行ったのでしょうか。それから、モーリタニアを通ってジブラルタル海峡に回ったというのは本当でしょうか。ヒスパニアの副官の誰がかつてそんな経路をとってあの属州に行ったことがあるでしょうか(=カエサルの密使で行ったらしい)。12

 君はそれから護民官になりました(どうして僕がヒスパニアでの君の悪事と浅ましい略奪行為について質問する必要があるでしょうか)。君にまず聞きますが、いったい君が護民官の職にあった時にやらなかった悪事や不正があるでしょうか。

 それから、君に一つ釘を差しておきますが、自分の卑しさを高名な人(=カエサル)の栄光とごっちゃにしてはいけません。これから私が君に尋ねることはすべて君自身に関することなのです。それによって私は君を高名な人の影から引きずり出すのではなく、君の真の姿を明るみに出すつもりです。私が放つ矢は全て君自身に向けて放たれるのです。私が放つ矢は君の肺と内蔵で止まって、君がいつも言うように、君の体を通り抜けて誰かを傷つけるようなことはないのです。13

第六章
 あらゆる大切なことは不死なる神々に起源をもっていると言われています。君は常々自分はピタゴラス派の教徒だと言って、この学者の名前を自分の粗暴で野蛮なやり方の言い訳にしています。そして、聞いたことのないような邪悪な祭儀を取り入れて、地獄の霊を呼び出して、子供の内蔵をあの世の神々に供えるのを常としています。そこで君に一つお答え願いたいのです。君はこの町が創始されたときの礎(いしずえ)となった占い、この国のあらゆる政治と支配を支えている占いを蔑ろにして、護民官になった途端に元老院に対して、自分の政策は占い師の答えにも神祇官団の主張にも邪魔立てさせないと通告したのは、どういう歪んだ考え、どういう狂気が君の心にとりついたからだったのでしょうか。14

 次に君に尋ねますが、いったい君はこの通告どおりにしたのでしょうか。君は民会が開かれる日に天空観察が行われることを知って、民会を招集して法律を成立させるのを遅らせたことはありませんか。

 これは君とカエサル氏との唯一の共通点だと君は言っていますから、ここで私は君とあの人をきっぱり区別しなければなりません。それが国家のためカエサル氏のためであり、君のひどい下劣さで彼の名誉が汚されないようにするためなのです。そこで君にまずお尋ねしますが、君はカエサル氏がしているように自分の法案を元老院に諮ることがあるのでしょうか。それから、自分の行動ではなく他人の行動によって自分を守るような人間に対して私たちはどんな尊敬を払うべきなのででしょうか。

 さらに、(いよいよ私も真実を語るのです。自分の思っていることを遠慮無く言わせてもらいましょう)もしいまカエサル氏が大きな争いと、栄光への熱意と、卓越した精神と高貴な生まれに促されて、何かある行動に走って乱暴なことをしたとしても(=占いを無視して法律を通すこと)、それはこの人ゆえに許容され、後に彼が打ち立てる大きな功績(=ガリア戦争)によって忘れ去られるでしょう。しかし、悪党である君が同じことをした場合に、カエサル氏に与えられる許しを、神を冒涜するこそ泥であるウァティニウス君が要求したとすれば、その声が聞き入れられることがあるでしょうか。15


第七章
 質問を言い換えましょう。君が護民官の時のことですが(=前59年)(時の執政官とは区別してください)、君には勇敢な同僚が九人いましたが、君もご存知のように、その中の三人が毎日天空観察をしていました。君は彼らを馬鹿にして、あんなのは仕事じゃないと言っていましたね。それがどうでしょう。その内の二人が、見てのとおり今では紫の縁飾りの付いたトガを着て今ここに座っているのです。ところが、君の方は造営官が着る紫のトガをあつらえさせたのに無駄になって売ってしまったのです(※)。三人目(♯)はご存知のように護民官の時にさんざんいじめられましたが、お蔭で彼はまだ若いのに執政官に匹敵する信用を獲得しています。残りの六人は君と同じ民衆派か中間派でした。その全員が法案を発表しましたが、その多くは私の友人で今ここで陪審員になっているガイウス・コスコニウス(&)が発表した法案で私も賛成しました。君は彼が元造営官なのを見てさぞ嫉妬に狂ったことでしょう。16

※グナエウス・ドミティウス・カルウィヌスとクイントゥス・アンカリウス。ウァティニウスは前57年に行われた造営官選挙に落選している。以下キケロは何度もこの選挙に言及する。
♯ファンニウス
&前59年の護民官の一人で、12節のコスコニウスとは別人

 そこで、私は君に答えてほしいのですが、天空観察が行われている時に、君の同僚の護民官のうちで君以外の誰が自分の法案を提出するという無謀なことをしたでしょうか。君はどれほど思い上がっていたのでしょうか。君は何という乱暴者だったのでしょうか。君の同僚の九人が恐れ憚るべきことだと思った事を、泥沼から出てきてどの点でも確実に誰よりも最低の君だけが、なによりも軽蔑すべきで見下すべきで馬鹿にすべきことだと考えていたのです。この国の建国以来、天空観察が行われていることが確かなときに、民会に法律を提案した護民官が誰かいたという話を君は知っているのでしょうか。17

 ついでに私は次のことも君に答えてもらいたいのです。アエリウスとフフィウス法は君が護民官の時にはまだ存在していました。この法律はそれまで何度も護民官の横暴を抑えこんできましたが、君以外は誰もこの法律に逆らおうとはしなかったのです(この法律は一年後、二人の執政官ならぬこの国の裏切り者、疫病神どもが神聖な場所(=民会の演壇)に座を占めていた時に、占いと拒否権とあらゆる国法といっしょに廃止されてしまったのです)。君はこの法律に逆らって民会を招集して法案を成立させるのに少しでも躊躇いを感じたのでしょうか。いったい君は、過去の扇動的な護民官の中に、アエリウスとフフィウス法に反して無謀にも民会を招集した者がいたという話を聞いたことがあるのでしょうか。18

第八章
 19 さらに君に次の事を尋ねます。君は耐え難い盗賊としてこの国を支配していた時(私は君が聞きたがっている王とは言いません)、あんな事をしようとしたのでしょうか、いやあんな事をする積もりだったのでしょうか、いやそもそも、あんな事を考えていたのでしょうか(あんなことが君の脳裏によぎったことに対してさえも、君をどんな拷問にかけてもいいと誰もが思うことでしょう)。それはクイントゥス・メテルス君(=前100~前59)に代って卜占官になることです。そんなことになれば、君を目にした人の誰もが、勇気のある立派な市民の欠乏と最低のろくでなしの出世に対して二重の苦しみを感じたことでしょう。君が護民官になったことでいくらこの国が揺るがされ混乱していたとしても、君が卜占官に成ることを許すほどに、ローマは落ちぶれて君の思うがままになると君は思ったのでしょうか。19


 さらにこの事を君に尋ねます。もし君が望み通りに卜占官になったとしたら(こんな君の考えに君を嫌っている私たちは憤りをとても抑えられなかったのですが、君を贔屓にしていた人たちは笑いが止まらなかったでしょう)、いいですか、もし仮に君が企んだこの国に対する多くの破壊行為の上に、さらに君が卜占官になることで致命的な打撃を加えたとしたら、君はロムルス以来の卜占官の誰もが命じてきたように、雷鳴を聞いたら民会を開くことは許されないと命令するつもりだったのでしょうか、それとも、君がいつもしてきたように、卜占官となった君が占いという制度を廃止するつもりだったのでしょうか。


第九章
 君が卜占官職になる話をこれ以上するのはやめましょう。こんな話はこの国の破滅を思い出すだけなので私はしたくないのです。なぜなら、君はこの民衆の権威とローマの存立が揺るがないかぎり、卜占官になれると考えていなかったからです。しかしながら、君の夢物語の話はやめて、君の悪事の話に移りましょう。

 そこで、君に答えてもらいたいのは、執政官だったマルクス・ビブルス君(=前59年、カエサルの同僚執政官、前103~48年)のことです。彼と意見を異にしていた有力者である君の怒りを買わないように、私は彼が国家について立派な考えを持っていたとは申しませんが、出しゃばったところは全くなく、政治的な画策をすることもなく、ただ単に君の政策に反する考えを持っていただけでした。

 ところが、君は執政官だった彼を逮捕したのです。そして、ウァレリウスの壁画(=護民官の詰め所)の側にいた君の同僚たちが彼を解放せよと命じたのに、君は演壇の前に椅子をつなげて橋を作って、ヤクザな連中に暴力を振るわせて執政官の友人と護衛を遠ざけたのです。そして、その橋の上で実に不名誉で哀れな光景をくりひろげながら、このローマの謹厳実直な執政官を投獄どころか死罪にするために連れ去ったのではないでしょうか。21

 君にお尋ねしますが、君以前にこんなことをするほど酷い人間が誰かいたでしょうか。君のこの悪事は誰かの真似なのか、それとも君が新たに考えだしたのか私は知りたいのです。さらにこんな残酷な考えを持った君は、慈悲深い崇高なカエサル氏の名前を使って、その実は君自身の悪事に対する大胆さで、マルクス・ビブルス君を広場からも、元老院からも、あらゆる公共の場所からも追い出して彼の家に閉じ込めたのです。そして執政官の命が権力の威厳と法の正義によってではなく玄関の護衛と壁の見張りによって守られていた時、君は下級役人を送ってビブルス君を暴力を使って家から引きずり出そうとしなかったでしょうか。そうして家という私人に保証された避難所が、君が護民官の時には執政官にとっての避難所となれないようにしたのではないでしょうか。22

 さらに君に答えてもらいたいのは、国の安全のために協力している私たちを君は独裁者たちと呼んでいますが、君こそは護民官だったどころか、耐え難い無名の成り上がりの独裁者だったのではありませんか。第一に君は、この国は占いを観察することから生まれたのに、その占いを廃止してこの国をひっくり返そうとしたのです。

 第二に君はアエリウス・フフィウス法という神聖な法律、グラックスの凶暴さもサトゥルニヌスの無謀さもドゥルススの混乱もスルピキウスの闘争もキンナの殺戮もスッラの内戦さえも生き延びたこの法律を無意味なものだと言って一人で踏み潰したのです。さらに護民官の君は執政官を死の危険に晒して、家に閉じ込もった執政官を包囲して、家から引きずり出そうとしたのです。そして、君はその職にある間に赤貧から大金持ちにのし上がっただけでなく、その富によって我々を脅かしているのです。23

第十章
 君は残忍にも、一つの法案によってこの国の選り抜きの指導者たちを破滅させて排除しようとはしなかったでしょうか。君は集会に最高の市民グナエウス・ポンペイウス氏をその手で刺し殺そうとしたと自白したルキウス・ウェッティウスを引き出したのです。民会の演壇は神聖な場所で本来なら護民官たちが国の指導者に助言を求めるために登壇を求める場所ですが、君はこのウェッティウスを密告屋として登壇させたのです。そして、この密告屋の舌と声を使って自分の気違いじみた悪事を推し進めようとしたのです。

 その時、この国の指導者たちをこの国から排除してこの国を立ち行かなくしようする君の企てのために、集会で君から尋問されたウェッティウスは彼らの名前を挙げて、彼らがあの陰謀の首謀者であり扇動者であり協力者だったと言ったのではありませんか。君はマルクス・ビブルス君を監禁しただけでは満足せずに殺害を企んで執政官の職を奪っておきながら、今度は祖国から排除しようとしたのです。

 君は最高指揮官の名声を子供の頃から目指していたために、その業績を激しく妬んだルキウス・ルクルス氏(前118~56年)だけでなく、全ての不逞な輩の永遠の敵となって社会の自由を守るために議会で積極的に発言してきたガイウス・クリオ氏(~前53年)と、その人の息子(前90~49年)で若者たちのリーダーであり、その年頃には求められる以上に国家に友好的な姿勢をとっている人を君は排除しようとしたのです。24

 さらに、君はウェッティウスの密告でルキウス・ドミティウス君(前98~48年)を破滅させようとしたのです。彼は君の目にその地位と名声がまぶしく思えていただけでなく、閥族派全体に対する君の憎しみのゆえに憎み、彼に対する過去現在のあらゆる人々の期待ゆえに将来を見越して予め君が恐れてきた人だからです。さらに、この裁判の陪審でマルスの神官であり、当時君の友人のガビニウスの対立候補だったルキウス・レントゥルス君(前97~48年、ニゲル)もそうでした。レントゥルス君は君の悪事によって執政官選挙では勝利を阻まれましたが、もし彼があの疫病神に勝っていたら国家は救われていたでしょう。

 また、君はレントゥルス君の息子さんまでも同じ密告によって父親の破滅に巻き込もうとしたのです。当時財務官としてマケドニアを統治していたルキウス・パウルス君(=前50年執政官)、祖国の裏切り者で邪悪な二人の国賊を法律の力で追い出そうとしたパウルス君、立派な市民であり人間としても立派な人、国を守るために生まれたようなこの人も君はウェッティウスの密告のリスト中に含めたのです。25

 私は自分のことを言う必要があるでしょうか。君はこの立派な勇気ある人たちの中から私を除外すべきでないと考えてくれたのですから、私は君に感謝しなければなりません。

第十一章
 君の指図に従ったウェッティウスが話し終えて、この国の栄光ある人たちに烙印を押して演壇から降りたとき、君は急に彼を呼び戻して、ローマの民衆が見ている前で二人だけで話をしてから、他にも名前を挙げられるかどうか聞きましたが、君は何と気違いじみたことをしたのでしょうか。

 君は私の娘婿で、節度と美徳と家族愛で生前多くの優れた若者の誰にもひけをとらなかったガイウス・ピソー君(=前58年法務官、翌年死去)と、夜も昼も国家に貢献することを考えているマルクス・ラテレンシス君(=前51年法務官)の名前を挙げるように、ウェッティウスに促したのではありませんか。その上で、堕落しきった忌まわしい国家の敵となった君は、これほど多くの立派な人たちの審問を実施することと、ウェッティウスの密告に多額の報償を出す法案を公表したのではありませんか。

 この法案が満場の人たちの反発を買って轟々たる非難のなかで拒絶されると、君はこの密告が嘘である証拠が出てきて、自分に対するその罪の審問が要求されることを恐れて、牢獄の中でウェッティウスの首をしめて殺したのではありませんか。26

 君は陪審団の相互忌避を法制化(=ウァティニウス法の一部)したことを自分の手柄だと度々言っています。しかし、君は正しいことをするにも何か悪事を犯さないではいられない人なのです。この事を皆さんに明らかにするために、君にお尋ねします。君はあの公平な法律を護民官に就任した早々に発表しました。

 ところが君はその後多くの法案を成立させておきながら、この法律だけはガイウス・アントニウス君がグナエウス・レントゥルス・クローディアヌス裁判長のもとで被告になるまで成立させなかったのではありませんか。そして、彼が被告になるやいなや「この法律が成立したあとに被告になった人は誰でも」という文言を含むこの法律を成立させたのではありませんか。その結果、この執政官経験者は哀れにも少しの時間の差で公平な法の恩恵を受けられなかったのです。27

 君はあの裁判の告発人のクイントゥス・マキシムス君と親しかったからそうしたのだと言うでしょう。実に立派な言い訳です。というのは、すでに敵対関係に入って、裁判を起こして、裁判長と陪審団が選ばれていたのですから、陪審の忌避という有利な条件を自分の敵に与えようとしなかったのは、マキシムス君にとっては実に正当な行為だからです。マキシムス君は自分の武勇にも輝かしい祖先の名にも反することは何もしなかったのです。彼はパウルスやマキシムスやアフリカヌスといった人たちの栄光を自分の武勇によって再現することを期待されているだけでなく、実際に彼がそれを体現しているのを我々は既にこの目で見ているのですから。

 君が慈悲の名のもとに発表した法案の成立時期を無慈悲にも延期したのは、君の犯した悪事であり君の行った不正であり君の罪なのです。そしていま亡命生活の不幸のなかでガイウス・アントニウス君が唯一慰めとしているのは、自分の従姉妹をこの前科者が嫁にしてアントニウス君の親兄弟の肖像を自分の家に置いていることを耳にする事はあっても、それを目の当たりにせず済んでいることだけなのです。28

第十二章
 さらに君は人の金は軽蔑しているくせに、自分の財産を嫌らしいほど人に自慢していますから、一つ私に答えてもらいたいのです。君は護民官として多くの都市と王と四分領太守と取引きをしたのではありませんか。君は自分の法律を使って金を国庫から支払ったのではありませか。君は徴税請負人の株をその時の最高値で一部はカエサル氏から一部は徴税請負人達からくすね取ったのではありませんか。

 そこでお尋ねしますが、地位を利用した財物の強要を禁じた厳格な法が成立したその年に、君は以上のようにして貧乏人から大金持ちになったのではありませんか。その結果、君が独裁者と呼ぶ我々の元老院決議だけでなく、君の親友の法律をも軽視していたことは誰の目にも明らかなのです。君はカエサル氏の親友である私の悪口を彼に対していつも言っていますが、君がカエサル氏の親戚だと言う度に、君こそ彼の悪口を言ってひどく侮辱しているのです。29

 さらに、私は次の事を君に教えてもらいたいのです。私の友人であるクイントゥス・アッリウス君が行った宴会に君が黒服を来て席についたのはどういう考えでやったことなのでしょうか。そんなことをする人を誰か君は見たり聞いたりしたことがあるのでしょうか。あれはどんな前例、どんな風習に従ってやったことなのでしょうか。君はあの感謝祭は認めていなかったと言うでしょう。

 よろしい。感謝祭はなかったことにしましょう。しかし、私が聞いているのはその年の行事のことではないし、君がさる高名な人物と共有していると思っていた意向のことでもなく、君自身の悪事の事だということがお分かりでしょうか。感謝祭はなかったとしましょう。では、お答え下さい。これまで誰が喪服で宴席に出たことがあるのでしょうか。あの宴会は人の死を悼むものでしたから見世物は死者を記念するものでしたが、宴会そのものは晴れの席だったはずなのです。30

第十三章
 あれが銀の飾りや派手な衣装や目立ったあらゆる華美な装備で飾る民衆の宴であり祝日だったことは別にしても、個人の葬儀のあとの食事の席に、喪服のまま出た人がこれまでに誰かいたでしょうか。風呂から出て喪服を手渡された人がこれまで君以外に誰かいたでしょうか。あれほど多くの人が食事の席について、宴会の主人役のクイントゥス・アッリウス君が白い服を着ていたときに、君はカストールの神殿に喪服を着たガイウス・フィドゥルスなどのゴロツキたちをひきつれて、喪服姿で入ってきたのです。それを見て誰がこの国の不幸を嘆かなかったでしょうか。誰が悲しまなかったでしょうか。これほどの大国これほどの強国が君の狂気と嘲笑の支配のもとにあるという話で、この宴会は持ちきりだったのです。31

 君は慣習を知らなかったのでしょうか。君は宴会を一度も見たことがないのでしょうか。子供の頃や若い頃に君はコックの仕事をしたことはないのでしょうか。少し前にあの高貴なファウストゥス(=独裁者スッラの子)が催した豪華な宴会(=前60年『スッラ弁護』に出てくる独裁者スッラの追悼の見世物)で、いつも空きっ腹をかかえていた君は飢えを満たしたのではないのでしょうか。君は宴会の前に主人役の人間が友人と一緒に喪服を着ているのを見たことがあるとしても、彼らが喪服のままで宴席に出たのを見たのでしょうか。

 君はどんな思い違いをしていたのでしょうか。君はあれを感謝祭とは認められないと言うためには、不届きなことをしたり、カストール神殿に不敬を働いたり、宴会を縁起の悪いものにしたり、市民の眼の穢れとなったり、古い習慣と招待者の権威を冒涜するしかないと思ったのでしょうか。32

第十四章
 さらに私は君が護民官をやめてから(=前58年以降)犯した悪事について尋ねましょう。この問題では最早君はさる高名な人物との繋がりを言い訳には使えません。君はリキニウス・ユニウス法(=法の提案から採決まで日数を置くことを求めた法律)によって法廷に召喚されたのではありませんか。法務官のガイウス・メンミウス君がこの法律によって三十日目に出廷するように君に命令したのではありませんか。その日が来た時に、君は法廷に出なくていいために護民官に控訴するという、この国では前代未聞のことをしたのではありませんか。私は穏やかな言葉を使いましたが、こんなことはおかしなことであり、許し難いことなのです。それなのに、君はその年の疫病神、祖国の狂気、この国を襲った災難である護民官クローディウスに控訴したのです。

 クローディウスは、法律によっても慣例によっても自分の権限によっても裁判を妨害することは出来ないので、いつもの気違いじみた暴力に訴えて、君の武装集団の先頭に立ったのです。これに関して私は君に尋問ではなくて攻撃をしていると思われてはいけないので、私はここで証拠を出す義務を負うつもりはありません。それは君がいるのと同じ場所(=告発者席)からすぐ後に言うべき事なのでその時のために取って置くことにして、これまでのように君を攻撃するのではなく君に対する尋問を続けましょう。33

 ウァティニウス君、君にお尋ねします。この国の建国以来、法廷に出なくていいようにするために護民官に控訴した人が誰かいるのでしょうか。被告となった分際で裁判長席に登って行って裁判長を突き落とし、座席を引きはがし、投票箱を投げ落としたりと、裁判を混乱させるためにあらゆる乱暴狼藉を働いた人が誰かいるでしょうか。そもそも法廷とはそういう狼藉を防ぐために作られたものなのです。

 その時、裁判長のメンミウス君は逃げ出して、君を告発した人たちは君と君の手下たちの暴力から救い出され、近くの法廷の裁判長たちまでが避難したことを君は知っているのでしょうか。そして、公共広場で白日の下ローマ国民の目の前で、審問と政務官職と父祖たちの風習と法がないがしろにされ、陪審と被告と刑罰のすべてが無に帰してしまったことを君は知っているのでしょうか。これらのすべてがガイウス・メンミウス君によって入念に公文書に証言として記録されているのを君は知っているでしょうか。

 さらに、次のことをお尋ねします。君は裁判から逃げたと思われないように、告発されると副官の仕事から戻って来たのです。そして、自分はどちらでも出来るが法廷には出るつもりだと言っていました。ところが君は、副官の仕事を裁判から逃げる手段に使う気はないと言いながら、不正極まりない控訴という手段に頼ったのは、矛盾した事だったのではありませんか。34

第十五章
 君の副官職に言及したので、私は君にお尋ねします。君は一体どの元老院決議によって副官になったのでしょうか。その身振りから君が言いたいことはよく分かります。自分の法律でなったと君は言いたいのでしょう。それでは君は疑いもなく祖国の反逆者になるのではありませんか。君は元老院議員たちをこの国から根こそぎ排除してしまおうと考えているのでしょうか。

 副官は元老院決議によって任命されるという、これまで誰にも奪われることのなかった元老院の権利を、君は取り上げてしまう積りだったのでしょうか。元老院が父祖たちの慣習に従って、戦争と平和の使節も、大使も、使者も、戦争の指揮官も、属州統治の補佐官も選ぶことは出来なくなっているほどに、この国の政治は落ちぶれ果てて、元老院は無価値なものとなり、この国は惨めにも荒廃してしまっていると君は思ったのでしょうか。35

 君は属州を割り当てる権利も、指揮官を選ぶ権利も、財政を取り仕切る権利も元老院から奪ってしまったのです。こんなことをローマの民衆が望んだことは一度もありません。ローマの民衆は元老院の指揮権を自分のものにしようとはしなかったのです。もちろん、他の場合にこういうことが行われたことはあるでしょうし、ごく稀に民衆が指揮官を選んだことはありました。しかし、元老院決議もなしに副官が選ばれた事などいったい誰が聞いたことがあるでしょうか。君が護民官になる前にはそんな話は誰も聞いたことがないのです。ところがその後二人の怪物が執政官になってクローディウスがすぐに同じ事をしたのです。

 それだけに君の犯した罪はよけいに大きいと言わざる得ません。なぜなら、君は悪事を働いただけでなく、そんな前例を作ったことでこの国を大きく傷つけたからです。君は自分が悪人となるだけでなく、他の人の手本になろうとしたのです。こうした行状のために、君は厳格なサビニー人と勇敢なマルシ人とパエリグニ人という自分の出身部族の人々から悪人の烙印を押され、ローマ建国以来セルギウス族の部族民として初めて選挙で自分の部族票を失ったということを、君はご存知でしょうか。36

 それから私は次のことも君からお聞きしたい。君の法律がどのようにして成立したかにかかわらず、私は君の法律に従っております。それなのに、私が暴力も使わず、占いも無視せず、アエリウス・フフィウス法も無視せずに、元老院決議に従って選挙での買収を禁ずる法律を成立させたというのに、君はどうしてそれを法律だと思ってくれないのでしょうか。

 私の法律は誰であれ選挙の立候補者と立候補予定者は、遺言で指定された日以外は、剣闘士の見世物を催すことを二年間明確に禁じているのです。それにも関わらず、君は大胆にも立候補中に剣闘士の見世物を行いましたが、一体どんな思い違いをしていたのでしょうか(=16節参照)。君のあの老練な剣闘士(=クローディウス)のような護民官がまた見つかって、私の法律によって告発されないように介入してくれると君は思っているのでしょうか。37

第十六章
 君がこうした事をどれも軽く見て何とも思わないのは、君があちこちで言い触らしているように、ガイウス・カエサル氏の大きな寵愛を得ているので、神々と人々の意に反して何でも思い通りになると思っているからでしょうか。もしそうなら、最近カエサル氏がアクイレイア(=ベニスの町)で話題にのぼった人々について話したことを誰かが言うのを君は聞いたことがないのでしょうか。

「ガイウス・アルフィウス君は生真面目で信頼できる人間だと知っているので、選挙に落ちたのは大変残念だ。私の政策に反対する人が法務官に選ばれたのは耐えがたい」と彼は言ったというのです。その時誰かがウァティニウス君についてどう思うか聞くと、カエサル氏は「ウァティニウス君は護民官の時には只では何もしない男だった。何でも金銭づくで考える男だから落選しても平気だろう」と言ったというのです(※)。38

※前57年に行われた56年の政務官を選ぶ選挙。

  つまり、カエサル氏は自分の地位を高めるために自分は手を汚さずに君に危ない仕事をさせて君を没落するにまかせておきながら、君のことは何の地位にも値しない人間だと考えているのです。さらに、君の隣り近所の人たちも同じ部族の人たちも君のことを嫌うあまりに、君の落選を自分たちの大勝利だと思っているのです。そして、君の姿を目にする誰もが罵りの声をあげて、君のことに言及する誰もが呪いの言葉を吐いているのです。彼らは君を避けて逃げ出し、君の話を聞くことを嫌がり、君を見ると不吉な物を見たかのように嫌悪しているのです。

 親族は君を受け入れず、君の部族民は君を呪い、隣人たちは君を恐れ、親族は君を恥じているのです。君の腫れ物さえも君の恥知らずな顔を去って別の場所に移ろうとしているのです。君は民衆と元老院と町の人と田舎の人の全員の嫌われ者になっているのです。それなのに君はどういうわけで法務官になろうとしているのでしょうか。それよりいっそ死んでしまいたいと思わないのでしょうか。民衆に好かれたい君が民衆に感謝されるにはそうするのが一番だというのに。39

 さて、いよいよ私の質問に対する君の答えをじっくりとお聞きするために、私の尋問を締めくくることにしましょう。そして、最後にこの訴訟について少しだけ質問しましょう。

第十七章
 では尋ねますが、最近君はあの卑劣な疫病神(=クローディウス)によって民衆の前に呼び出された時には、ミロー君について嘘八百の出鱈目な証言を大真面目な顔でしておきながら、この裁判では閥族派の人たちや立派な市民がミロー君のことをいつも賞賛しているのと同じ言葉を使って彼のことを賞賛していました。どうして君はそんな風に口から出任せにいい加減なことが言えるのでしょうか。

 それとも、君はクローディウスの手先である堕落した邪悪な連中の姿を目にしている時には、君が集会でしゃべったように、ミロー君は剣闘士と猛獣格闘士たちを使ってこの国を占拠していたと言いながら、一方で、法廷でこのような人たちの前に出た時には、すぐれた信義と堅実さを備えたこの立派な市民(=ミロー)の悪口を敢えて言うことを控えるほどに、君は臨機応変な人間だとでも言うのでしょうか。40

 とはいえ、君はミロー君を熱心に賞賛することで結果的にこの立派な人物に汚名を着せたのです。なぜならミロー君は君に悪口を言われる人間の内に数えられるのことを望んだはずだからです。ところが、国家を運営するにあたってミロー君とセスティウス君は政策を共にして何でも協力していたのです。この事は閥族派の人たちだけでなくならず者たちの見方からも明らです。二人は同じ訴因と同じ罪で告発されたのであり、一方は君が悪事ではただ一人一目置いている男(=クローディウス)から告発され、他方はその悪党の助けを得て、君の策略で告発されているのです。そこで君にお尋ねしますが、君はこの二人を同じように告発しておきながら、裁判の証言ではどうして違う扱いをしたのでしょうか。

 最後に私が君に答えてもらいたいのは次のことです。君は原告のアルビノヴァヌス氏が被告と通じているとさんざん攻撃した時には、セスティウス氏はどんな法律によってどんな罪で告発してもいいが、暴行罪で告発するのは間違っているので自分は反対だと言ったのではありませんか。そして、勇気あるミロー君の裁判とこのセスティウス君の裁判とは一体であり、セスティウス君が私のために行ったことは閥族派の人たちに賞賛されていると言ったのではありませんか。

 私は君のこの話とここでの証言の食い違いを批判しているのではありません。確かに、閥族派の人たちに賞賛されていると君が話したセスティウス君の行動を、君はこの裁判の証言では延々と批判しただけでなく、セスティウス君と同じ訴訟同じ裁判で結ばれていると言ったミロー君に対して、君はこの裁判では最大の賛辞を呈しています。

 しかしながら、私が尋ねたいのは次のことです。それは、君はそもそも暴行罪でセスティウス君を告発すべきでないと言っていながら、その罪でセスティウス君は有罪になるべきだと思っているのかということです。いや、証言者である君に意見を求めるのは君の意に反することでしょうし、君の意見を私が尊重することになってはいけませんから、こう聞きましょう。君はそもそも暴行罪で告発すべきでないと言った人に向かって、暴行罪について不利な証言をしたのではありませんか。41(終わり)



Translated into Japanese by (c)Tomokazu Hanafusa 2014.7.22―11.15

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