オウィディウス『恋愛指南』三
P. OVIDI NASONIS LIBER TERTIVS ARTIS AMATORIAE
Arma dedi Danais in Amazonas; arma supersunt,
Quae tibi dem et turmae, Penthesilea, tuae.
私はダナオス人(ギリシャ人)にアマゾネスに立ち向かう武器を与えたが、ペンテシレイア(アマゾネスの女王)よ、そなたとそなたの軍勢に与えるべき武器がまだ残っている。
Ite in bella pares; vincant, quibus alma Dione
Faverit et toto qui volat orbe puer.
いざ、そなたらも肩を並べて戦の庭に打って出るがいい。慈愛溢れるディオネ(ウェヌス)と世界中をあまねく飛び回る童子アモルに嘉(よみ)せられた者たちは勝利をおさめるがいい。
Non erat armatis aequum concurrere nudas; 5
Sic etiam vobis vincere turpe, viri.
女たちが裸身で、武装した男たちに立ち向かうというのは公平ではない。男たちよ、そんなふうにして勝利しても、それは恥となるだけだ。
Dixerit e multis aliquis 'quid virus in angues
Adicis, et rabidae tradis ovile lupae?'
多くの人々の中にはこんなことを言うものもいよう。「なんだってお前さんは蛇にさらに毒を与えたり、猛り狂った雌狼に羊小屋を引き渡すような真似をするのだ」と。
Parcite paucarum diffundere crimen in omnes;
Spectetur meritis quaeque puella suis. 10
わずかな数の女たちの罪を女全体になすりつけたりするのは差し控えておくがいい。どの女にしてもその長所によって判断することだ。
Si minor Atrides Helenen, Helenesque sororem
Quo premat Atrides crimine maior habet,
アトレウスの年下の子(メネラウス)がヘレネ に対して、ヘレネの姉(クリュタイムネストラ)に対してアトレウスの長子(アガメムノン)が、その罪を問うべき言われがあるにせよ、
Si scelere Oeclides Talaioniae Eriphylae
Vivus et in vivis ad Styga venit equis,
またタラオスの娘エリピュレの罪深い所業のせいで、オイクレスの子(アンピアラオス、エリピュレの夫)が生きながら、生きた馬に乗ったまま冥府へ降ったにせよ、
Est pia Penelope lustris errante duobus 15
Et totidem lustris bella gerente viro.
ペネロペイアは夫が十年もの間流浪し、それと同じ年月の間戦いの日々を送っていたというのに貞節を守り抜いたではないか。
Respice Phylaciden et quae comes isse marito
Fertur et ante annos occubuisse suos.
フュラコスの孫(プロテシラオス)と、夫に付き添って(トロイヤへ?)おもむき、寿命の尽きる前に死んだと伝えられている妻(ラオダメイア)のことを考えてもみるがいい。
Fata Pheretiadae coniunx Pagasaea redemit:
Proque viro est uxor funere lata viri. 20
パガサイの妻女(アルケスティス)は身をもってペレスの子(アドメトス)の命をあがない、夫の身代わりとなって夫の葬儀の場へと連れて行かれたのだ。
'Accipe me, Capaneu! cineres miscebimus' inquit
Iphias, in medios desiluitque rogos.
「カパネウスよ、私を受け入れてください。骨灰となった身をまじり合わせましょう」。こういうなりイフィスの娘(妻エウアドネ)は燃え盛る火葬の薪の中へ身を躍らせたのであった。
Ipsa quoque et cultu est et nomine femina Virtus:
Non mirum, populo si placet illa suo.
それにまた「美徳」そのものからして、衣装 から言っても名前にしても、女性ではないか。美徳の女神がその同性の者たちの心にかなうとしても不思議ではない。
Nec tamen hae mentes nostra poscuntur ab arte: 25
Conveniunt cumbae vela minora meae.
もっとも、私の技術はかような気高い心を要するわけではない。私の小船にはもっと小さな帆が似合っている。
Nil nisi lascivi per me discuntur amores;
Femina praecipiam quo sit amanda modo.
私が教授つかまつるのは浮気心による愛にほかならず、女はいかにして愛されるのがふさわしいかを、説き聞かせようというのである。
Femina nec flammas nec saevos excutit arcus;
Parcius haec video tela nocere viris. 30
女は松明の炎も残忍な弓も振るったりせず、かような武器が男に傷を負わせることはどちらかといえば稀である。
Saepe viri fallunt: tenerae non saepe puellae,
Paucaque, si quaeras, crimina fraudis habent.
男はよく女を騙すものだが、若い娘が男を騙すことはあまりない。これを追求したところで、騙した罪は些細なものだ。
Phasida iam matrem fallax dimisit Iason:
Venit in Aesonios altera nupta sinus.
裏切り者のイアソンは、すでに母の身となっていたファシスの女(メデイア)を捨て、アイソンの子(イアソン)の胸に抱かれようと別の花嫁がやってきたのだった。
Quantum in te, Theseu, volucres Ariadna marinas 35
Pavit, in ignoto sola relicta loco!
御身について言えば、テセウスよ、見知らぬ地にただ一人置き去りにされたアリアドネは海鳥どもの餌食とされたのであったな。
Quaere, novem cur una viae dicantur, et audi
Depositis silvas Phyllida flesse comis.
一本の道が「九つの道」と何ゆえに呼ばれているのか、尋ねてみるがいい。森の木の葉をはらはらと落として、(デモポンの妻)ピュリスのために嘆き悲しむ声に耳傾けるがいい(二巻353行参照)。
Et famam pietatis habet, tamen hospes et ensem
Praebuit et causam mortis, Elissa, tuae. 40
エリッサ(ディド)よ、そなたの客人(アイネアス)は敬神の念篤いとの聞こえも高かったが、そなたに剣を与えて、そなたの死を招く因を成したのであった。
Quid vos perdiderit, dicam? nescistis amare:
Defuit ars vobis; arte perennat amor.
何がそなたらを破滅させたのか、言うとしようか。愛し方を知らなかったためである。そなたらは技術を欠いていたのだ。愛というものは技術によってこそ長続きするものなのである。
Nunc quoque nescirent: sed me Cytherea docere
Iussit, et ante oculos constitit ipsa meos.
今でもなおこの女たちは知らないままでいたらよい。しかるにキュテラ女神(ウェヌス)がその技術を教えよと私にお命じになり、御自らがが眼前に立たせ給うたのである。
Tum mihi 'Quid miserae' dixit 'meruere puellae? 45
Traditur armatis vulgus inerme viris.
して、仰せられるには「何の咎あって哀れな女たちがかような目に遭うに至ったのです。武器も持たぬままに、女たちが武装した男たちに引き渡されているではありませんか。
Illos artifices gemini fecere libelli:
Haec quoque pars monitis erudienda tuis.
「そなたの二巻の書が男たちを手だれにならしめたのです。こちら側もそなたの教えでとくと教え諭さねばなりませぬぞ。
Probra Therapnaeae qui dixerat ante maritae,
Mox cecinit laudes prosperiore lyra. 50
「そのかみテラプナエ(スパルタ)生まれの人妻(ヘレネ)をそしった男(ステシコロス)も、ほどなくしてより格調高き竪琴の調べにのせて、彼女を称え歌ったではありませんか。
Si bene te novi (cultas ne laede puellas!)
Gratia, dum vives, ista petenda tibi est.'
「そなたを見誤っていなければこそですが、みやびを知る女たちを傷つけたりしてはなりませぬ。世にあるうちは、そなたは女たちの好意を求むるがよい」
Dixit, et e myrto (myrto nam vincta capillos
Constiterat) folium granaque pauca dedit;
こう仰せられると、女神はミルテから—髪にミルテの花冠をかぶって立っておられたからだが—葉と実を少しばかり下賜されたのであった。
Sensimus acceptis numen quoque: purior aether 55
Fulsit, et e toto pectore cessit onus.
これらを受け取るなり、私は神威がまたみなぎるのを感じたのであった。天は一層澄み渡ってきらめき光り、重苦しさが胸からすっかり消え去ってしまったのである。
Dum facit ingenium, petite hinc praecepta, puellae,
Quas pudor et leges et sua iura sinunt.
女神が私を詩才豊かなものとなしたもうているうちに、羞恥心と法の定めとおのが権利とがゆるしている女たちよ、ここから教えを汲み取るがいい。
Venturae memores iam nunc estote senectae:
Sic nullum vobis tempus abibit iners. 60
今から来るべき老いの日々を心にとどめておくことだ。さすれば、そなたらにとって、時がいささかも無為に過ぎ去ることはないであろう。
Dum licet, et vernos etiamnum educitis annos,
Ludite: eunt anni more fluentis aquae;
それができるうちに、また青春の日々を過ごしているうちに、遊ぶがいい。歳月は、流れる水さながらに去っていくものだから。
Nec quae praeteriit, iterum revocabitur unda,
Nec quae praeteriit, hora redire potest.
ひとたび流れ去った水は、再び戻ることはなく、過ぎて去った時が、元に戻ることもあり得ない。
Utendum est aetate: cito pede labitur aetas, 65
Nec bona tam sequitur, quam bona prima fuit.
若い時代を活かさねばならぬ。歳月は早足で滑るがごとく過ぎ去って行き、これに続く良き時代でも、前の時代ほどよくないものだ。
Hos ego, qui canent, frutices violaria vidi:
Hac mihi de spina grata corona data est.
この白茶けている藪にしても以前は菫(すみれ)の花壇であったのを、この私が見ているのだ。この藪から花を摘んで、花冠を作り楽しんだものであった。
Tempus erit, quo tu, quae nunc excludis amantes,
Frigida deserta nocte iacebis anus, 70
今は愛を求めて寄ってくる男たちを締め出しているお前さんも、見捨てられて老婆となって、寒さ募る夜に一人寝る日がやって来よう。
Nec tua frangetur nocturna ianua rixa,
Sparsa nec invenies limina mane rosa.
お前さんの家の戸口が、夜毎の男どもの喧嘩で打ち壊されることもなくなり、朝方、敷居に薔薇の花が撒き散らされているのを目にすることもなくなろう。
Quam cito (me miserum!) laxantur corpora rugis,
Et perit in nitido qui fuit ore color.
悲しいことだが、なんと早く体には皺ができて、たるんでしまい、つやつやとした顔色も消え失せてしまうことか。
Quasque fuisse tibi canas a virgine iuras, 75
Spargentur subito per caput omne comae.
娘の頃からあったのだとそなたが言い張っている白髪も、たちまちに頭全体に広がり尽くすことだろう。
Anguibus exuitur tenui cum pelle vetustas,
Nec faciunt cervos cornua iacta senes:
蛇ならば老齢は薄皮とともに抜け落ちるし、鹿にしても角が抜け変わるだけで、老いることはない
Nostra sine auxilio fugiunt bona; carpite florem,
Qui, nisi carptus erit, turpiter ipse cadet. 80
我々人間の美しさは逃げ去ってしまい、これだけは救いようもない。花は摘み取るがいい。摘み取らないとひとりでに醜く枯れてしぼんでしまう。
Adde, quod et partus faciunt breviora iuventae
Tempora: continua messe senescit ager.
その上さらに出産も若い時代を一層早くふけさせる。絶え間なく収穫を上げていれば、畑にしても老いるものだ。
Latmius Endymion non est tibi, Luna, rubori,
Nec Cephalus roseae praeda pudenda deae.
月の女神よ、ラトモスのエンディミオンゆえに御身が顔を赤らめることもなかったし、ケパロスも薔薇色の女神アウロラには恥とすべき獲物ではなかった。
Ut Veneri, quem luget adhuc, donetur Adonis: 85
Unde habet Aenean Harmoniamque suos?
ウェヌスにしても今なおその死を悼み悲しんでいるアドニスはさておき、アイネアスとハルモニアとを、誰の胤(たね)によって産んだのか。
Ite per exemplum, genus o mortale, dearum,
Gaudia nec cupidis vestra negate viris.
人間の種族よ、女神たちの範例に倣うがいい。そなたらがもつ喜びを、愛に飢えた男たちに拒んではならない。
Ut iam decipiant, quid perditis? omnia constant;
Mille licet sumant, deperit inde nihil. 90
男たちは確かに騙すこともあろうが、だからと言って、そなたたちがどんな損をするというのだ。何もかもが元通りなのだから、千人もの男がそなたの体を貪ったとしても、それで失われるものは何一つない。
Conteritur ferrum, silices tenuantur ab usu:
Sufficit et damni pars caret illa metu.
鉄だって摩滅するし、火打石も使っているうちにすり減るが、あの部分だけは存分に使うに耐え、摩耗したりすることはない。
Quis vetet adposito lumen de lumine sumi?
Quisve cavo vastas in mare servet aquas?
目の前に置かれた灯火から明かりを取ってはならぬと言う者がいようか。深い海のただ中にいて、汲み取られぬよう防ぎ守るものがいようか。
Et tamen ulla viro mulier 'non expedit' inquit? 95
Quid, nisi quam sumes, dic mihi, perdis aquam?
それでいながら誰にもせよ男に向かって「そうは問屋が卸さないわよな」どと言う女がいるであろうか。何かね、一つ聞きたいが、そなたが汲む水以外に何かを失うものがあるとでもいうのかね。
Nec vos prostituit mea vox, sed vana timere
Damna vetat: damnis munera vestra carent.
私がこんなことを言うのは、そなたたちに春を売らせようというのではない。ただ受けてもいない損失を恐れるな、というだけの話だ。男の望みを叶えてやったからといって、それでそなたたちが損をするわけではないのだ。
Sed me flaminibus venti maioris iturum,
Dum sumus in portu, provehat aura levis. 100
だが私はさらに激しい風に見舞われて航行しようとしているところだ。港にいるうちはそよ風に乗って行くことにしたいものだ。
Ordior a cultu; cultis bene Liber ab uvis
Provenit, et culto stat seges alta solo.
まずは身だしなみから話を始めよう。十分に手をかけた葡萄から酒神は生まれ、よく耕された土地から高い収穫量が得られるものだ。
Forma dei munus: forma quota quaeque superbit?
Pars vestrum tali munere magna caret.
美貌というものは神からの賜物である。そもそも美貌を誇りとするような女がどれほどいるというのか。そなたたちの大部分は、かような賜物を授かっているわけではない。
Cura dabit faciem; facies neglecta peribit, 105
Idaliae similis sit licet illa deae.
一心に磨き上げてこそ美しくもなろうというものだ。イダリオンの神(ウェヌス)にも似た女であっても、手をかけずに放っておくと美しさは失せてしまうだろう。
Corpora si veteres non sic coluere puellae,
Nec veteres cultos sic habuere viros;
そのかみの女たちがさほど体の手入れに精出さなかったとしても、それは、そのかみの男たちもまた身だしなみに気を使わなかったからだ。
Si fuit Andromache tunicas induta valentes,
Quid mirum? duri militis uxor erat. 110
アンドロマケがごわごわした衣装を纏っていたとしても驚くことはない。剛将の妻だったからである。
Scilicet Aiaci coniunx ornata venires,
Cui tegumen septem terga fuere boum?
七枚張りの大楯を携えていたアイアスの妻のような出で立ちで人前に出ようとでもいうのかね。
Simplicitas rudis ante fuit: nunc aurea Roma est,
Et domiti magnas possidet orbis opes.
昔は粗野な簡素というものがあった。今のローマは金色に輝き、征服した世界が莫大な富を有している。
Aspice quae nunc sunt Capitolia, quaeque fuerunt: 115
Alterius dices illa fuisse Iovis.
カピトリウムの今の姿と昔のそれとを比べて見るのがいい。新たなユピテルが出現しての神殿だと見えるかもしれないほどだ。
Curia, concilio quae nunc dignissima tanto,
De stipula Tatio regna tenente fuit.
今の元老院は重要な審議にふさわしい威容を誇っているが、タティウスが王権を握っていた頃は藁葺きだったものだ。
Quae nunc sub Phoebo ducibusque Palatia fulgent,
Quid nisi araturis pascua bubus erant? 120
今ではフォイボスと重鎮たちの下に輝いているパラティウムの丘も、かつては耕作に向かおうとしている牛どもの牧草地以外の何であったというのか。
Prisca iuvent alios: ego me nunc denique natum
Gratulor: haec aetas moribus apta meis.
他の人たちは昔のことに心惹かれたらよかろう。この私としては今の世に生まれたことをありがたいと思っている。今の世の方が私の気性にかなっているからだ。
Non quia nunc terrae lentum subducitur aurum,
Lectaque diverso litore concha venit:
今の世は細工しやすい金が地中から採掘されるからでもなく、あちこちの浜辺から採れた貝類がもたらされるからでもなく、
Nec quia decrescunt effosso marmore montes, 125
Nec quia caeruleae mole fugantur aquae:
大理石が切り出されて山が小さくなるほどだからでもなく、壮麗な建築物が真っ青な海の水を押し戻しているからでもない。
Sed quia cultus adest, nec nostros mansit in annos
Rusticitas, priscis illa superstes avis.
そういうことではなくて、洗練された雅(みやび)というものが我々のもとにあるからで、往古の父祖たちの頃には名残をとどめていた、あの粗野なところがもはやないからだ。
Vos quoque nec caris aures onerate lapillis,
Quos legit in viridi decolor Indus aqua, 130
そなたたちもまた色の黒いインド人が 紺碧の海から集めてくる高価な耳飾りをぶら下げるような真似はしないことだ。
Nec prodite graves insuto vestibus auro,
Per quas nos petitis, saepe fugatis, opes.
金糸を織り込んだ衣装をおもたげにまとってしゃしゃり出たりしてもいけない。かような 財宝で男の心を引こうとしても逃げられるのがおちである。
Munditiis capimur: non sint sine lege capilli:
Admotae formam dantque negantque manus.
身ぎれいにしていることに男は引かれるものである。髪は乱れたままにしておいてはいけない。手のかけ方いかんで髪は美しくもなれば、美しさが失われもするものだ。
Nec genus ornatus unum est: quod quamque decebit 135
Eligat, et speculum consulate ante suum.
髪型にしても一つと決まったものではない。それぞれが自分に似合う髪型を選んで、前に据えた鏡と相談するがよかろう。
Longa probat facies capitis discrimina puri:
Sic erat ornatis Laodamia comis.
面長な顔だったら、飾りなどつけないで頭髪を分けるがいい。ラオダメイアはそういう髪型であった。
Exiguum summa nodum sibi fronte relinqui,
Ut pateant aures, ora rotunda volunt. 140
丸顔の場合は額の上に小さな髷が残るように、結い上げて耳が出るようにすることが必要だ。
Alterius crines umero iactentur utroque:
Talis es adsumpta, Phoebe canore, lyra.
また、両肩へ髪を垂れさすのがいい女もいる。調べ麗しきフォイボスよ、御身はさような髪型で竪琴を手にしておいでだ。
Altera succinctae religetur more Dianae,
Ut solet, attonitas cum petit illa feras.
ディアナがいつものように衣装をたくし上げ、恐れまどう獣たちを狩る時のように髪を束ねるといい女もある。
Huic decet inflatos laxe iacuisse capillos: 145
Illa sit adstrictis impedienda comis;
豊かに波打つ髪をゆったりと流しているのがいい女もあるし、かたく結い上げるといい女もある。
Hanc placet ornari testudine Cyllenea:
Sustineat similes fluctibus illa sinus.
キュレネ(アルカディア)の鼈甲で飾るのを好む女がいてもいいし、髪を波形にうねらせたままにしておきたい女もいよう。
Sed neque ramosa numerabis in ilice glandes,
Nec quot apes Hyblae, nec quot in Alpe ferae, 150
枝の多い樫の木になる実は数えきれるものではないが、ヒュブラの野にミツバチがどれほどいるか、アルプスにすむ獣がどれほどいるか、数えられぬように、
Nec mihi tot positus numero conprendere fas est:
Adicit ornatus proxima quaeque dies.
髪型の数を把握することは私にはとてもできない。日を追って新しい髪型が増えていく始末だ。
Et neglecta decet multas coma; saepe iacere
Hesternam credas; illa repexa modo est.
無造作な髪が似合う女たちも多くいる。昨日のままかと思わせる乱れた髪があるかと思えば、今梳いたばかりの髪もある。
Ars casum simulat; sic capta vidit ut urbe 155
Alcides Iolen, 'hanc ego' dixit 'amo.'
技術は時機に応じて用いねばならぬ。かようにしてアルカイオスの孫(ヘラクレス)は城市を占領したおりにイオレを目にすると「俺が好きなのこの女だ」と言ったものだ。
Talem te Bacchus Satyris clamantibus euhoe
Sustulit in currus, Cnosi relicta, suos.
置き去りにされたクノッソスの女(アリアドネ)よ、サテュロスたちがエウホエと歓声を上げている中でバッコスの車に乗せられて行った時、そなたの髪もそんなふうであったな。
O quantum indulget vestro natura decori,
Quarum sunt multis damna pianda modis! 160
ああ、そなたたちが美しく装うということにおいては、自然はなんと寛大であることか。欠陥を埋め合わせる手立ては様々である。
Nos male detegimur, raptique aetate capilli,
Ut Borea frondes excutiente, cadunt.
我々男たちの禿げるさまは見苦しい。髪の毛は積もる齢に奪い去られた北風が、木の葉を 吹き散らすように抜け落ちてしまう。
Femina canitiem Germanis inficit herbis,
Et melior vero quaeritur arte color:
女たちの中には、ゲルマニアで採れる草で白髪を染めるものもあり、この技術によって本物よりも良い色が得られるのだ。
Femina procedit densissima crinibus emptis, 165
Proque suis alios efficit aere suos.
買った髪をつけ、豊かな髪と見せてのし歩く女もいる。金で買った他人の物を自分のものとしているのだが。
Nec rubor est emisse; palam venire videmus
Herculis ante oculos virgineumque chorum.
買ったことは恥ではいない。それがヘラクレスの眼前と処女神たちの群像の前で売られているのは、我々も目にするところだ。
Quid de veste loquar? Nec vos, segmenta, requiro
Nec te, quae Tyrio murice, lana, rubes. 170
着るものについては何を語ったらよかろうか。衣装のひだ飾りなどはいらないし、テュロスの貝で染められた深紅の羊毛よ、お前にもう用はない。
Cum tot prodierint pretio leviore colores,
Quis furor est census corpore ferre suos!
もっと値の張らない様々な色が出回っているというのに、自分の全財産を身につけて歩くとは何という狂気の沙汰だ。
Aeris, ecce, color, tum cum sine nubibus aer,
Nec tepidus pluvias concitat auster aquas:
見るがいい、空の色がある。それも雲ひとつなく、生暖かい南風が雨をもたらすこともない時の空だ。
Ecce, tibi similis, quae quondam Phrixon et Hellen 175
Diceris Inois eripuisse dolis;
そのかみ、フリクソスとヘレとイノの姦計から救ったと言われるもの(金毛の羊)よ、お前に似た色だってある。
Hic undas imitatur, habet quoque nomen ab undis:
Crediderim nymphas hac ego veste tegi.
海の水に似せた色もあり、その名も水に由来する。水のニンフたちはこの色の着物を着ているものと、私は信じたいくらいである。
Ille crocum simulat: croceo velatur amictu,
Roscida luciferos cum dea iungit equos: 180
まだサフランに似た色もある—朝露に濡れた女神(アウロラ)が光をもたらす馬どもをつなぐ時は、サフラン色の衣装をまとっているのである—
Hic Paphias myrtos, hic purpureas amethystos,
Albentesve rosas, Threiciamve gruem;
さてまた、パフォス島のミルテのような色もあれば、紫水晶の色もあり、白く輝く薔薇の色も、トラキアの鶴に似た色もある。
Nec glandes, Amarylli, tuae, nec amygdala desunt;
Et sua velleribus nomina cera dedit.
アマリリスよ、そなたの好きな栗の色も、巴旦杏の色もないわけではない。蝋もまたその名を羊毛に与えている次第だ。
Quot nova terra parit flores, cum vere tepenti 185
Vitis agit gemmas pigraque fugit hiemps,
暖かな春が巡ってきて、葡萄が芽ぐみ、怠け者の冬が立ち去った時、新たな大地が咲かせる花の数ほどの、
Lana tot aut plures sucos bibit; elige certos:
Nam non conveniens omnibus omnis erit.
それにもまして多い染料を羊毛は吸い込むものだ。これぞという色を選べばいい。あらゆる色があらゆる人に似合うわけではないからだ。
Pulla decent niveas: briseida pulla decebant:
Cum rapta est, pulla tum quoque veste fuit. 190
暗い色は雪のような肌には似合うものだ。ブリセイスには暗い色が似合っていた。アガメムノンにさらって来られた時にも、やはり暗い色の着物をまとっていたのだった。
Alba decent fuscas: albis, Cephei, placebas:
Sic tibi vestitae pressa Seriphos erat.
白い色は浅黒い女に似合う。ケフェオスの娘アンドロメダよ、そなたも白い着物を着ていることで美しかった。そなたがこの色の衣装を着ていたせいで、セリフォスの島の神々が圧迫を受けたのだ。
Quam paene admonui, ne trux caper iret in alas,
Neve forent duris aspera crura pilis!
ひどい匂いのする山羊(ワキガ)を脇の下の入り入り込ませないようにとか、ごわごわしたすね毛を足に生やしておかないようにするとかいうことまで忠告しかねないところであった。
Sed non Caucasea doceo de rupe puellas, 195
Quaeque bibant undas, Myse Caice, tuas.
私が教えているのはカウカソスの岩山から這い出してきた女たちでもなければ、ミュシア のカイクス川よ、お前の流れを汲んで飲んでいるような女たちでもないのだ。
Quid si praecipiam ne fuscet inertia dentes,
Oraque suscepta mane laventur aqua?
無精のせいで歯を黒ずませてはいけないとか、 朝には水を汲んで顔を洗うようにとか、なんで私が教え諭すことがあろうか。
Scitis et inducta candorem quaerere creta:
Sanguine quae vero non rubet, arte rubet. 200
おしろいを塗って色を白くすることもそなたたちは心得ているところだ。本物の血では頬に赤みのない女は、技術を用いた赤みを出している。
Arte supercilii confinia nuda repletis,
Parvaque sinceras velat aluta genas.
技術を駆使して眉欠けた端も補正しているし、傷のない両の頬にパッチ(つけぼくろ)を貼ったりもする。
Nec pudor est oculos tenui signare favilla,
Vel prope te nato, lucide Cydne, croco.
細く削った炭で、さてはまた、きらめき流れるキュンドヌス川よ、お前のほとりに生えているサフランで目の縁取りをするのも恥ではない。
Est mihi, quo dixi vestrae medicamina formae, 205
Parvus, sed cura grande, libellus, opus;
そなたたちを美しく見せるための化粧品について述べた小さな本を私は著している。小さな本ではあるが丹精込めて書いたものだ。
Hinc quoque praesidium laesae petitote figurae;
Non est pro vestris ars mea rebus iners.
容姿が損なわれたら、それを救う術をこの本にも求めたまえ。そなたたちの為ならば、私の技術が効を奏さぬということはない。
Non tamen expositas mensa deprendat amator
Pyxidas: ars faciem dissimulata iuvat. 210
そうではあるが、化粧品の入った箱を机の上に出しっぱなしにしているところを、愛する男に見つからぬようにすることだ。それと分からないようにしてこそ、化粧の術も顔を美しく見せるのだ。
Quem non offendat toto faex inlita vultu,
Cum fluit in tepidos pondere lapsa sinus?
顔一面に厚塗りしたおしろいがその重みで剥げ落ちて胸にたれたりしたら、気分を害さない男はいないだろう。
Oesypa quid redolent? quamvis mittatur Athenis
Demptus ab inmundo vellere sucus ovis.
羊の汚い毛からとった液で、アテナイから送られてくるものであるが、オエシェプム(香油の一種)は何というひどい臭いを立てることだろう。
Nec coram mixtas cervae sumpsisse medullas, 215
Nec coram dentes defricuisse probem;
鹿の骨髄を混ぜたものを人のいる場でつけることも、人前で歯を磨くことも感心できない。そうすることで美しくはなるが、目にするのは見苦しい。
Ista dabunt formam, sed erunt deformia visu:
Multaque, dum fiunt, turpia, facta placent;
作られている過程では醜いが、出来上がってしまうと人の心を引くようなものは多くある。
Quae nunc nomen habent operosi signa Myronis
Pondus iners quondam duraque massa fuit; 220
制作に労を惜しまぬミロンの名が刻まれている彫像も、かつては生気のない重くて硬い石塊だったのだ。
Anulus ut fiat, primo conliditur aurum;
Quas geritis vestis, sordida lana fuit;
指輪になるためには金もまずは叩きのばされる。そなたたちが着ている着物だとて薄汚れた羊毛だったのだ。
Cum fieret, lapis asper erat: nunc, nobile signum,
Nuda Venus madidas exprimit imbre comas.
作られているうちはゴツゴツと荒い石だったものが、今では裸身のウェヌスとなって、水に濡れた髪を絞っている次第だ。
Tu quoque dum coleris, nos te dormire putemus; 225
Aptius a summa conspiciere manu.
そなたにしても、化粧している間は寝ているものとでも考えておくことにしよう。 最後に手を加え終わってから、姿を現した方がいい。
Cur mihi nota tuo causa est candoris in ore?
Claude forem thalami! quid rude prodis opus?
そなたの顔が美しさに輝いている理由を、何で私が知らねばならぬわけがあろうか。女部屋の戸は閉めておくがいい。仕上がってもいない仕事をさらけ出すことはあるまい。
Multa viros nescire decet; pars maxima rerum
Offendat, si non interiora tegas. 230
男たちは知らないままでいた方がいいことも多い。内幕を隠しておかないと大方のことは男たちの気分を害するものだ。
Aurea quae splendent ornato signa theatro,
Inspice, contemnes: brattea ligna tegit;
劇場にかけられている黄金の彫像にしても、とくと眺めてみるがいい。何とも薄い金箔が木材を被っているだけではないか。
Sed neque ad illa licet populo, nisi facta, venire,
Nec nisi summotis forma paranda viris.
だがこの彫像にしても出来上がってからでなければ人々が近づくことは許されない。化粧をするにも、まずは男どもを遠ざけておいてかからねばならない。
At non pectendos coram praebere capillos, 235
Ut iaceant fusi per tua terga, veto.
人前で髪をすく姿をさらけ出し、解いた髪を背中に垂らしたりすることは、戒めておこう。
Illo praecipue ne sis morosa caveto
Tempore, nec lapsas saepe resolve comas.
そういう時には、ことにも不機嫌にならぬように用心し、何度も髪を解いて、ざんばら髪にしたりしないようにするがいい。
Tuta sit ornatrix; odi, quae sauciat ora
Unguibus et rapta brachia figit acu. 240
髪結いの女奴隷に手をあげたりしないことだ。顔に爪を立てて傷つけたり、ピンをひったくって腕に突き刺したりする女を私は憎らしく思う。
Devovet, ut tangit, dominae caput illa, simulque
Plorat in invisas sanguinolenta comas.
女奴隷は女主人の頭を呪い—でもそれをいじるのだが—同時に血だらけになりながら憎らしい髪の上に涙をこぼすのだ。
Quae male crinita est, custodem in limine ponat,
Orneturve Bonae semper in aede deae.
髪の生え具合が良くない女は、入り口の戸に見張りを立てておくがいい。さもなくばボナ・デアの神殿ででも髪を整えたらよかろう。
Dictus eram subito cuidam venisse puellae: 245
Turbida perversas induit illa comas.
私はある女を突然に訪ねて、それを伝えさせたことがあったが、動転した女は後ろ前にかつらをかぶってしまったものだ。
Hostibus eveniat tam foedi causa pudoris,
Inque nurus Parthas dedecus illud eat.
こんな酷い赤っ恥をかかせる役は、敵どもにやらせておくことだ。こんな恥さらしな行為はパルティアの女どもにやらせておくがいい。
Turpe pecus mutilum, turpis sine gramine campus,
Et sine fronde frutex, et sine crine caput. 250
角の落ちた家畜は醜いし、草の生えていない 野原も醜い。葉の散ってしまった藪も、髪の毛のない頭も醜いものだ。
Non mihi venistis, Semele Ledeve, docendae,
Perque fretum falso, Sidoni, vecta bove,
セメレよ、またレダよ、私の教えを受けようとして参集したのはそなたたちではない。作り物の牛の背に乗せられて海面渡っていった シドンの女(エウロペ)よ、そなたでもない。
Aut Helene, quam non stulte, Menelae, reposcis,
Tu quoque non stulte, Troice raptor, habes.
さてはメネラオスよ、貴殿が返してくれと求めたのも理にかなっていたし、トロイアの略奪者(パリス)よ、貴殿がとどめ置いたのもまた理にかなっていたヘレネでもない。
Turba docenda venit, pulchrae turpesque puellae: 255
Pluraque sunt semper deteriora bonis.
女たちが大挙して教えを受けようとやってくるが、美しい女もいれば醜い女もいる。世の常として劣れる者の方が質の良い者より多い。
Formosae non artis opem praeceptaque quaerunt:
Est illis sua dos, forma sine arte potens;
美しい女たちは技術の助けも教えも求めたりはしない。そういう女たちは自前の持参金を持っている。美貌は技術などなくとも強力な味方である。
Cum mare compositum est, securus navita cessat:
Cum tumet, auxiliis adsidet ille suis. 260
海が凪いでいるときは、水夫は安堵して休んでいるが、波が高いと助けとなる具(舵)にとりついているものだ。
Rara tamen mendo facies caret: occule mendas,
Quaque potes vitium corporis abde tui.
ところで、非の打ち所のない美貌などはめったにないものである。欠点は隠すことだ。できるだけそなたの体の欠点は隠しておくがいい。
Si brevis es, sedeas, ne stans videare sedere:
Inque tuo iaceas quantulacumque toro;
背が低かったら、立っているのに座っていると思われたりしないよう、座っていたまえ。そなたは小さいのだから臥所に横になっているがいい。
Hic quoque, ne possit fieri mensura cubantis, 265
Iniecta lateant fac tibi veste pedes.
横になっていて背丈を測られたりしないよう、着物を被せて足を隠すことだ。
Quae nimium gracilis, pleno velamina filo
Sumat, et ex umeris laxus amictus eat.
痩せぎすの女は厚手の織の衣装を着て、肩から上着をゆったりとかけるといい。
Pallida purpureis spargat sua corpora virgis,
Nigrior ad Pharii confuge piscis opem. 270
顔の青ざめている女は、深紅の縞模様で体をすっぽりと覆うといいし、浅黒い女はファロスの白い衣装に助けを求めたらよい。
Pes malus in nivea semper celetur aluta:
Arida nec vinclis crura resolve suis.
無様の足はいつでも真っ白な靴を履いて隠し、骨の浮き出た脛から靴の革ひもを解いたりしないことだ。
Conveniunt tenues scapulis analemptrides altis:
Angustum circa fascia pectus eat.
怒り肩には薄い肩当を当てておくのが便利である。平べったい胸は乳当てを巻きつけるといい。
Exiguo signet gestu, quodcumque loquetur, 275
Cui digiti pingues et scaber unguis erit.
指が太くがさつな爪をした女は、何をしゃべるにせよ極力手真似をしないことだ。
Cui gravis oris odor numquam ieiuna loquatur,
Et semper spatio distet ab ore viri.
口のくさい女は、食事をしないでいるときは決して口をきかないようにし、男の顔から離れているがいい。
Si niger aut ingens aut non erit ordine natus
Dens tibi, ridendo maxima damna feres. 280
そなたの歯が黒ずんでいたり並外れて大きかったり、生まれつき歯並びが悪かったら、笑ったりすると、この上ない大きな損失を被ることになりますぞよ。
Quis credat? discunt etiam ridere puellae,
Quaeritur aque illis hac quoque parte decor.
これが信じてもらえようか。女たちは笑うことさえも学び、こうした方面でもしとやかさが求められるのである。
Sint modici rictus, parvaeque utrimque lacunae,
Et summos dentes ima labella tegant.
口は程よい程度に開け、両のえくぼは小さく抑え、上の歯は下唇で隠すようにしたまえ。
Nec sua perpetuo contendant ilia risu, 285
Sed leve nescio quid femineumque sonent.
止め処なく笑いこけて、横っ腹を引きつらせたりしてはいけない。軽い、なんとはなしに女らしい笑い声を立てるがいい。
Est, quae perverso distorqueat ora cachinno:
Risu concussa est altera, flere putes.
品のない高笑いをして顔を歪める女もいれば 笑い転げているのに、泣いているのかと思われるような女もいる。
Illa sonat raucum quiddam atque inamabile ridet,
Ut rudit a scabra turpis asella mola. 290
ざらざらした碾き臼のかたわらで嘶く驢馬のように、何やらしわがれた可愛げのない笑い声を立てる女だっている。
Quo non ars penetrat? discunt lacrimare decenter,
Quoque volunt plorant tempore, quoque modo.
技術が入り込む余地がないところなどあろうか。女たちはしかるべく泣くことを学んで、いついかなる時でも思うがままに泣いてみせるものである。
Quid, cum legitima fraudatur littera voce,
Blaesaque fit iusso lingua coacta sono?
文字をわざと正しく読まないとか、舌をもつれさせて無理な発音してみせる、というのはどんなものだろう。
In vitio decor est: quaerunt male reddere verba; 295
Discunt posse minus, quam potuere, loqui.
ある種の言葉をまずく発音するという、この 欠点にも魅力はあるものだ。女たちは実際にできるのよりも、もっと下手に喋るよう学んだりもするのだ。
Omnibus his, quoniam prosunt, inpendite curam:
Discite femineo corpora ferre gradu.
こういったことはどれも役に立つから心がけておくがいい。女らしい足の運びで体を動かすことも学びたまえ。
Est et in incessu pars non temnenda decoris:
Allicit ignotos ille fugatque viros. 300
歩き方もまた馬鹿にならぬ魅力の一部をなしているからだ。歩き方いかんで見知らぬ男を惹きつけもすれば逃げ出させもするものだ。
Haec movet arte latus, tunicisque fluentibus auras
Accipit, extensos fertque superba pedes:
巧みに腰をくねらせて下着をなびかせ、風を受けて意気揚々と足を伸ばして歩く女もいれば、
Illa velut coniunx Umbri rubicunda mariti
Ambulat, ingentes varica fertque gradus.
ウンブリア人の御亭主のいる赤ら顔のおかみさんよろしく、がに股で、大股歩きする女もいる。
Sed sit, ut in multis, modus hic quoque: rusticus alter 305
Motus, concesso mollior alter erit.
だが多くの点でそうであるように、ここでもまたほどの良さというものがなければならぬ。後者の動きは野暮ったく、前者の動きはよしとするには気取りが過ぎている。
Pars umeri tamen ima tui, pars summa lacerti
Nuda sit, a laeva conspicienda manu.
ではあるが、そなたの肩の上の部分、腕の上の部分はあらわにしておき、左手からよく見えるようにしておくがいい。
Hoc vos praecipue, niveae, decet: hoc ubi vidi,
Oscula ferre umero, qua patet usque, libet. 310
雪のような肌をした女たちよ、これはそなたたちには特によく似合う。これを目にすると私はむき出しになっている肩のどこにでも接吻したくなるのだ。
Monstra maris Sirenes erant, quae voce canora
Quamlibet admissas detinuere rates.
セイレーンという女怪がいて、調べ麗しい歌声でどんな船足が速い船でも引き留めてしまうのであった。
His sua Sisyphides auditis paene resolvit
Corpora, nam sociis inlita cera fuit.
あの歌声を耳にしてシシュフォスの子(オデッセウス)はもう少しで体をとろけさせてしまうところであった。船の仲間たちが免れたのは 耳に蝋を詰めてあったためだ。麗しい声も魅惑的なものである。
Res est blanda canor: discant cantare puellae: 315
Pro facie multis vox sua lena fuit.
女たちは歌うこと学ぶがいい。顔ではなく声で男の心を掴んだ女も多い。
Et modo marmoreis referant audita theatris,
Et modo Niliacis carmina lusa modis.
時には大理石造りの劇場で聞き覚えた歌を 、時にはニルスの河の地(エジプト)の調子で演奏された歌を口ずさむがよかろう。
Nec plectrum dextra, citharam tenuisse sinistra
Nesciat arbitrio femina docta meo. 320
私に従って学んだ女が、右手にバチを左手に 竪琴を取ることさえできない、などということがないようにしてもらいたい。
Saxa ferasque lyra movit Rhodopeius Orpheus,
Tartareosque lacus tergeminumque canem.
ロドぺのオルフェウスは竪琴の音で、岩や野獣や地獄の三つ頭の番犬を、それに地獄の 川をもう感動せしめたのだ。
Saxa tuo cantu, vindex iustissime matris,
Fecerunt muros officiosa novos.
母の仇を討った正義この上なき御仁よ(アンピオン)、御身の歌声に反応してその意に従った岩が動き、新たな城壁を築いたのであったな。
Quamvis mutus erat, voci favisse putatur 325
Piscis, Arioniae fabula nota lyrae.
口こそきけないが、魚もまた声を聞くのを喜んだことは、アリオンの竪琴の物語によって知られているところだ。
Disce etiam duplici genialia nablia palma
Verrere: conveniunt dulcibus illa iocis.
両手を広げて十弦の竪琴をかき鳴らすことを学ぶがいい。この竪琴は楽しい遊びには似つかわしい。
Sit tibi Callimachi, sit Coi nota poetae,
Sit quoque vinosi Teia Musa senis;
そなたはカリマコスの詩もコス島の詩人(フィレタス)も、酒好きなテオスの老詩人(アナクレオン)の詩も知っておくように。
Size=2>330
Nota sit et Sappho (quid enim lascivius illa?),
Cuive pater vafri luditur arte Getae.
サッフォーも—彼女ほど奔放な女もあるまいが—知っておかねばならぬし、ゲタエ人の姦策に親父が手玉にとられるという作品の作者(メナンドロス)も知らねばならぬ。
Et teneri possis carmen legisse Properti,
Sive aliquid Galli, sive, Tibulle, tuum:
繊細なプロペロティウスも、さもなくばガルルスも何程かは、さてはまたティブルスよ、御身の詩も読めなくてはならぬ。
Dictaque Varroni fulvis insignia villis 335
Vellera, germanae, Phrixe, querenda tuae:
ウァルロによって歌われた金色燦然たる毛の、フリクソスよ、御身の妹を嘆かせることとなったあの羊毛のことも、
Et profugum Aenean, altae primordia Romae,
Quo nullum Latio clarius extat opus.
高くそびえるローマの草創をなした流浪の人 アイネアスのことも知らねばならぬ。ラティウムの地にはこれよりも名高い作はない。
Forsitan et nostrum nomen miscebitur istis,
Nec mea Lethaeis scripta dabuntur aquis: 340
おそらく私の名もこれらの詩人たちのうちに数えられるであろうし、私の著作が忘却の川に投げ込まれることもないであろう。
Atque aliquis dicet 'nostri lege culta magistri
Carmina, quis partes instruit ille duas:
して、こんなことを言ってくれる者もいよう。「われらが師のみやびな詩をまあ読んでみたまえ。師は男と女の双方を教えさとしておられる。
Deve tribus libris, titulus quos signat Amorum,
Elige, quod docili molliter ore legas:
「師が『愛の詩集』と題された3巻の詩書のうちから選んで、詩によく合う口付きで、ものやわらかに読んで見たらいい。
Vel tibi composita cantetur Epistola voce: 345
Ignotum hoc aliis ille novavit opus.'
「それとも、書簡詩を落ち着いた声で朗読して見たまえ。詩はこれまで他の詩人たちが知らなかったこの作品を、新たに創始なさったのだ」と。
O ita, Phoebe, velis! ita vos, pia numina vatum,
Insignis cornu Bacche, novemque deae!
おお、フォイボスよ、御心によりかくあらしめんことを。詩人たちの敬虔の魂よ、角ひいでたるバッコスと九柱の詩女神(ムーサ)よ、御身たちもかくあらしめたまえ。
Quis dubitet, quin scire velim saltare puellam,
Ut moveat posito brachia iussa mero? 350
酒が出されて、命じられたら腕を動かせるよう、女は踊り方を心得ていて欲しいものだと 私が思ったとしても、別段怪しむには当たるまい。
Artifices lateris, scenae spectacula, amantur:
Tantum mobilitas illa decoris habet.
舞台の上での呼び物である巧みに腰をくねらせる女は、贔屓されるものだ。その動きのしなやかさが大いに魅力的なのである。
Parva monere pudet, talorum dicere iactus
Ut sciat, et vires, tessera missa, tuas:
取るに足らぬことを教え諭すのは気恥ずかしいが、賽の投げ方と自分の骰子(さいころ)が投じられた時のその働きをも心得ていてもらいたい。
Et modo tres iactet numeros, modo cogitet, apte 355
Quam subeat partem callida, quamque vocet.
時には賽を三つ投げたり、時にはずるい手を使って、どこまで相手の側にもぐり込めるか、どの程度相手をそそのかして乗って来させるか、じっくりと考えることだ。
Cautaque non stulte latronum proelia ludat,
Unus cum gemino calculus hoste perit,
「泥棒将棋」を指すにしても、慎重を期して 馬鹿な一手でへまをしないようにするがいい。一つの駒が敵方の二つの駒によって死ぬとか、
Bellatorque sua prensus sine compare bellat,
Aemulus et coeptum saepe recurrit iter. 360
王将たる駒が女王の駒なしに戦って追い詰められたり、また敵の駒が進んできた道を退却し始める、というようなことがよくあるものだ。
Reticuloque pilae leves fundantur aperto,
Nec, nisi quam tolles, ulla movenda pila est.
すべすべした玉を開いている網の中へ放り込み、自分が取り出す玉のほか一つも動かしてはいけない。
Est genus, in totidem tenui ratione redactum
Scriptula, quot menses lubricus annus habet:
速やかにを移ろってゆく年の数(12)と同じ数だけ細やかに盤の上に線を引いた勝負事もある。
Parva tabella capit ternos utrimque lapillos, 365
In qua vicisse est continuasse suos.
小さな板の両側に石が三つずつ置かれていて その石が続くように並べると勝ちというものもある。
Mille facesse iocos; turpe est nescire puellam
Ludere: ludendo saepe paratur amor.
遊び事は数を尽くしてやるがいい。女が遊び事を知らないというのはみっともないことである。遊びの最中に愛が転がり込んでくるということがよくあるものだ。
Sed minimus labor est sapienter iactibus uti:
Maius opus mores composuisse suos. 370
投げた賽を知恵を働かせて利用するのは労苦というほどのことはない。 それより大事なのは落ち着きを失わないことである。
Tum sumus incauti, studioque aperimur in ipso,
Nudaque per lusus pectora nostra patent;
勝負事に臨むと我々は警戒心を失って夢中になるあまり、つい地が出てしまい、遊び事によって胸の内をさらけ出したりするものだ。
Ira subit, deforme malum, lucrique cupido,
Iurgiaque et rixae sollicitusque dolor:
醜態というほかはないが、怒りが湧いてきたり、儲けてやろうとの欲が出たり、口論や喧嘩になったり、心乱れて悲しんだりするものだ。
Crimina dicuntur, resonat clamoribus aether, 375
Invocat iratos et sibi quisque deos:
互いに相手の非を言いたて、その罵声で空気も振動する始末だ。誰もがわが身の為とて怒れる神々を呼び出すのである。
Nulla fides, tabulaeque novae per vota petuntur;
Et lacrimis vidi saepe madere genas.
勝負事の卓は全く信用できないというわけだ。誓いの言葉となれば、とんでもないことまで口に出る。頬は涙で濡れているのも、私はよく目にしたものだ。
Iuppiter a vobis tam turpia crimina pellat,
In quibus est ulli cura placere viro. 380
男に気に入られたいと心にかけているそなたたちは、かような醜態はユピテルに取り除いてもらうがよかろう。
Hos ignava iocos tribuit natura puellis;
Materia ludunt uberiore viri.
女はその体質からして不活発なものだから、こういう遊び事をすることになっている。男の遊び事はもっと材料が豊かである。
Sunt illis celeresque pilae iaculumque trochique
Armaque et in gyros ire coactus equus.
男たちのためには、速く転がる球や、投げ槍や、輪回しや、武具や、馬具や、馬場を駆け巡る馬といった遊びがある。
Nec vos Campus habet, nec vos gelidissima Virgo, 385
Nec Tuscus placida devehit amnis aqua.
そなたたちはカンプス(マルティウスの 運動場)に出ることもないし、「処女水道」も、流れの穏やかなトゥスクス川(テヴェレ川)の水も、そなたたちを浮かべて流れることはない。
At licet et prodest Pompeias ire per umbras,
Virginis aetheriis cum caput ardet equis;
だが乙女座の天上界の馬どもに頭をジリジリと焼かれる頃に、ポンペイウスの柱廊を歩いてもういいし、それはまた身のためになる。
Visite laurigero sacrata Palatia Phoebo:
Ille Paraetonicas mersit in alta rates; 390
月桂樹の冠をかぶったフォエブスの神域を訪れてみるといい。かのお方(アウグストス)がパラエトリウム(エジプト)の軍船を海中の藻屑としたのだ。
Quaeque soror coniunxque ducis monimenta pararunt,
Navalique gener cinctus honore caput;
それと統領の姫君(オクタヴィア)が建て、また婦人(リウィア)が建てた記念物、海戦の栄誉として花冠を頭に頂いた婿君(アグリッパ)が建てた記念物をもだ。
Visite turicremas vaccae Memphitidos aras,
Visite conspicuis terna theatra locis;
メンフィスの牝牛に捧げられた香りくゆり立つ祭壇をも訪れるがいいし、一段と目を引く場所に立っている三つの劇場も訪れてみたまえ。
Spectentur tepido maculosae sanguine harenae, 395
Metaque ferventi circueunda rota.
生暖かい血で染まった闘技場の砂も、白熱した戦車の車輪が標柱をめぐって疾駆する様も 見に行くがいい。
Quod latet, ignotum est: ignoti nulla cupido:
Fructus abest, facies cum bona teste caret.
隠れたままのものは知られないままである。知られないものを欲しがる者はいない。美貌もそれを見て認める人がいなければ益するところはない。
Tu licet et Thamyram superes et Amoebea cantu,
Non erit ignotae gratia magna lyrae. 400
たとえそなたが歌の道においてタミュリスやアモイベウスを凌ぐほどであっても、知られざる竪琴の音が人の心を喜ばせるということはなかろう。
Si Venerem Cous nusquam posuisset Apelles,
Mersa sub aequoreis illa lateret aquis.
もしもコス島のアペレスがウェヌスを描くということを全くしなかったら、かの女神は海水の下に沈んだまま姿を潜めていたことだろう。
Quid petitur sacris, nisi tantum fama, poetis?
Hoc votum nostri summa laboris habet.
ひとえに名声を得ることのほかに聖なる詩人の求めるものがあろうか。われら(詩人) が 労苦の限りを尽くすのも、この念願あってのことである。
Cura deum fuerant olim regumque poetae: 405
Praemiaque antiqui magna tulere chori.
そのかみ、詩人たちは神々や王侯に寵愛されていたものだ。往古の合唱隊は大きな報酬を得ていたし、
Sanctaque maiestas et erat venerabile nomen
Vatibus, et largae saepe dabantur opes.
伶人(音楽家)たちには聖なる威厳と尊敬すべき名が認められていて、しばしば惜しみなく 富が与えられていたものである。
Ennius emeruit, Calabris in montibus ortus,
Contiguus poni, Scipio magne, tibi. 410
カラブリアの山間の地の出であるエンニウスも、偉大なるスキピオよ、その詩才によって御身の傍らに葬られるまでになったのだ。
Nunc ederae sine honore iacent, operataque doctis
Cura vigil Musis nomen inertis habet.
それが今では木蔦(きづた)の冠は名誉も得られず打ち捨てられ、学識豊かな詩のための夜を徹しての腐心さえもが、怠惰の名をもって呼ばれている始末だ。
Sed famae vigilare iuvat: quis nosset Homerum,
Ilias aeternum si latuisset opus?
とはいえ、名誉のためならば夜を徹するのもまた心楽しいことである。もしも不朽の作品であるイリアスが世に隠れていたならば、誰がホメロスを知るだろうか。
Quis Danaen nosset, si semper clusa fuisset, 415
Inque sua turri perlatuisset anus?
もしも ダナエが閉じ込められたままで、彼女の塔の中にずっと隠れていて老婆の身となったならば、誰が彼女を知るだろうか。
Utilis est vobis, formosae, turba, puellae.
Saepe vagos ultra limina ferte pedes.
美しい女たちよ、人々の群れがそなたたちには益するところがあるのだ。敷居を踏み越えてしばしばあちこちぶらつくがいい。
Ad multas lupa tendit oves, praedetur ut unam,
Et Iovis in multas devolat ales aves. 420
狼は多くの羊を狙いはするが獲物にするのは一匹だけだ。ユピテルの鳥(鷲)も鳥たちが群がるところへと飛びかかるではないか。
Se quoque det populo mulier speciosa videndam:
Quem trahat, e multis forsitan unus erit.
美貌で目を引く女は人なかに出るがいい。大勢の中には惹きつけられてしまう男がおそらく一人はいるだろう。
Omnibus illa locis maneat studiosa placendi,
Et curam tota mente decoris agat.
男の心をつかみたい女は、あらゆる場所に腰を据え、全身全霊を傾けて魅力的に見えるよう心がけねばならぬ。
Casus ubique valet; semper tibi pendeat hamus: 425
Quo minime credas gurgite, piscis erit.
機会というものはどんな場所でも物を言うものだ。釣り針はとりあえず垂らしておくがいい。こんなところにまさかと思う淵にも魚はいるだろう。
Saepe canes frustra nemorosis montibus errant,
Inque plagam nullo cervus agente venit.
森に覆われた山を猟犬どもが駆け回っても無駄だということもよくあるが、誰が駆り立てたわけでもないのに、鹿が網にかかることもあるものだ。
Quid minus Andromedae fuerat sperare revinctae,
Quam lacrimas ulli posse placere suas? 430
縛り付けられたアンドロメダには涙を流して 誰かの心を捉えることのほかに、どんな望みがあったというのか。
Funere saepe viri vir quaeritur; ire solutis
Crinibus et fletus non tenuisse decet.
夫の葬式の際に新たな夫が求められるということがよくあるものだ。髪を振り乱しこらえきれずに泣く姿が良く映るのだ。
Sed vitate viros cultum formamque professos,
Quique suas ponunt in statione comas.
だが伊達男ぶりと美貌に得々としている男や 髪をきちんとなでつけているような男は避けることだ。
Quae vobis dicunt, dixerunt mille puellis: 435
Errat et in nulla sede moratur amor.
こういう男がそなたに向かって言う言葉は、もう千人にも言った言葉で、その愛ときたら移り気で、一つところにとどまることはないのだ。
Femina quid faciat, cum sit vir levior ipsa,
Forsitan et plures possit habere viros?
男が女よりもなよなよしていて、ひょっとして女よりも多くの男を作るようなことがあるとすれば、女はどうすればいいのだ。
Vix mihi credetis, sed credite: Troia maneret,
Praeceptis Priamo si foret usa satae. 440
私の言うことは信じてもらえそうもないが、信じてくれたまえ。プリアモス王の戒めに従っていたならば、トロイは昔のままだったかもしれないのだ。
Sunt qui mendaci specie grassentur amoris,
Perque aditus talis lucra pudenda petant.
うわべは愛を装ってすり寄り、そんな近づき方をして恥ずべき儲けを企む輩もいる。
Nec coma vos fallat liquido nitidissima nardo,
Nec brevis in rugas lingula pressa suas:
甘松の香油でてかてか光らせた髪だの、皺ができるほど固くしめつけた靴の革紐だのに、そなたたちは騙されてはいけない。
Nec toga decipiat filo tenuissima, nec si 445
Anulus in digitis alter et alter erit.
非常に織のこまかいトーガや、指の一本一本にはめている指輪などにも騙されてはいけない。
Forsitan ex horum numero cultissimus ille
Fur sit, et uratur vestis amore tuae.
ひょっとしてこの類の輩のうち一番の伊達男が泥棒で、そなたの着物欲しさに身を焦がしているかもしれないのだ。
'Redde meum!' clamant spoliatae saepe puellae,
'Redde meum!' toto voce boante foro. 450
「私のを返して」と衣装を剥ぎ取られた女たちがしばしば叫んでいるではないか。「私のを返して」と叫ぶ声がフォーラムいっぱいに 轟き渡ったりする。
Has, Venus, e templis multo radiantibus auro
Lenta vides lites Appiadesque tuae.
こうした争いをウェヌスよ、御身はふんだんに黄金で飾られて燦然たる神殿の中から、乗り気のしない様子でご覧になっている。その傍らのアッピアスたちの像もそれは同じだ。
Sunt quoque non dubia quaedam mala nomina fama:
Deceptae multi crimen amantis habent.
さらには隠れもなき悪名を馳せている男どももいるが、騙された女たちもそんな輩の愛人だったということで、多くの人から罪ありとされたりもする。
Discite ab alterius vestras timuisse querellis; 455
Ianua fallaci ne sit aperta viro.
他の女が嘆く姿を見て、自分のために恐れることを学びたまえ。騙しにかかるような男には扉を開けたりしてはおいてはならぬ。
Parcite, Cecropides, iuranti credere Theseo:
Quos faciet testes, fecit et ante, deos.
ケクロプスの末裔たるアテナイの女たちよ テセウスが誓いを立てても信用するのはやめておくがいい。彼が証人に立てたる神々は、以前にも同じことをした神々なのだから。
Et tibi, Demophoon, Thesei criminis heres,
Phyllide decepta nulla relicta fides. 460
テセウスの罪を引き継いだデモポンよ、ピュリスを騙したからには、御身を信頼するいわれも全くない。
Si bene promittent, totidem promittite verbis:
Si dederint, et vos gaudia pacta date.
男たちがうまいことを言って約束したならば 、そなたたちも同じだけ口数を揃えて約束するがいい。男たちが約束を果たしたら、そなたたちも約束した喜びを与えてやればいい。
Illa potest vigiles flammas extinguere Vestae,
Et rapere e templis, Inachi, sacra tuis,
昼夜を問わず燃え続けているウェスタ神殿の火を消してしまうことも、イナコスの娘(イオ)よ、御身の神殿から宝物を強奪することも、
Et dare mixta viro tritis aconita cicutis, 465
Accepto venerem munere siqua negat.
すりつぶした毒人参にトリカブトを混ぜて男に飲ませることもやってのけるだろう、誰にもせよ、贈り物だけは受け取っておきながら愛の交わりをするのは断るというような女は。
Fert animus propius consistere: supprime habenas,
Musa, nec admissis excutiare rotis.
もっと本題に近いところに立つようにとは、わが心の促すところだ。ムーサよ、手綱を引き締めたまえ。全速力で疾走する戦車から放り出されるようになさるがよい。
Verba vadum temptent abiegnis scripta tabellis:
Accipiat missas apta ministra notas. 470
樅の木の書き板に書かれた言葉に瀬踏みをさせるのがよかろう。手紙が送られてきたら、その役目にふさわしい小間使いに受け取らせるのだ。
Inspice: quodque leges, ex ipsis collige verbis,
Fingat, an ex animo sollicitusque roget.
どんな文を読むにしても、とくと見極め、言葉そのものから、相手の真意が見せかけのものか、それとも心の底から悩み抜いて愛を求めているのかを読み取るのだ。
Postque brevem rescribe moram: mora semper amantes
Incitat, exiguum si modo tempus habet.
しばらくたってから返事を書いたらいい。焦らされるといつも恋人は気を揉むものだ。ただそれもほんのちょっとの間にしておくことだ。
Sed neque te facilem iuveni promitte roganti, 475
Nec tamen e duro quod petit ille nega.
若い男に強く迫られても、たやすく体を許すようなことを言ってはいけない。と言っても、男が強く求めるものを、にべもなく拒んだりしてもいけない。
Fac timeat speretque simul, quotiensque remittes,
Spesque magis veniat certa minorque metus.
男に不安と希望を同時に抱かせるように仕向け、返書を出すたびごとに希望が不安を上回って確実なものとなるようにするといい。
Munda, sed e medio consuetaque verba, puellae,
Scribite: sermonis publica forma placet; 480
女たちよ、優美な、だが普通一般に使われている言葉を書くことだ。ごく普通の話し言葉が歓迎されるものなのだ。
A! quotiens dubius scriptis exarsit amator,
Et nocuit formae barbara lingua bonae!
ああ、恋に不安を抱く男が手紙をもらって身を焦がす例も、野蛮な言葉遣いが美しい容姿損ってしまった例も何と数あることか。
Sed quoniam, quamvis vittae careatis honore,
Est vobis vestros fallere cura viros,
しかしながら髪紐を巻くという名誉ある地位は持たないにせよ、旦那に隠れて不貞を働いてみたいとの願いを胸に抱いているからには、
Ancillae puerique manu perarate tabellas, 485
Pignora nec iuveni credite vestra novo.
小間使いや奴隷の不器用な筆付きで手紙を書かせ、心の証となるものを不慣れな奴隷に託するようなことはしてはならぬ。
Perfidus ille quidem, qui talia pignora servat, 489
Sed tamen Aetnaei fulminis instar habent.
そんな心の証を後生大事に取っておくような男は信が置けない男だが、とはいうもののやはりゼウスが持つアエトナ山の雷霆(らいてい稲妻)のようなものを手中にしてはいるのだ。
Vidi ego pallentes isto terrore puellas 487
Servitium miseras tempus in omne pati.
女たちが哀れにもそんな恐怖に青ざめて、いつまでも男の意のままにされているのを、この私は目にしたことがある。
Iudice me fraus est concessa repellere fraudem, 491
Armaque in armatos sumere iura sinunt.
私に言わせれば、騙しにかかってくる手会いには、騙しで反撃することが許される。武器 を帯びたものに対して武器を取ることは法も 認めているところだ。
Ducere consuescat multas manus una figuras,
(A! pereant, per quos ista monenda mihi)
手は一つでも、多くの筆跡をこなせるようにならしておくがいい。ああ、そいつらのおかげで私がこんなことまで忠告しなくてはならない仕儀となった男どもはくたばるがいい。
Nec nisi deletis tutum rescribere ceris, 495
Ne teneat geminas una tabella manus.
返書を書くには書き板の蝋をきれいに消しておいてからでないと安全ではない。一枚の書き板に二つの筆跡が見られるということのないようにすることだ。
Femina dicatur scribenti semper amator:
Illa sit in vestris, qui fuit ille, notis.
愛する男に手紙を書くときには、必ず女の名前で呼ぶようにするのがいい。「あの方」だった人を手紙の中では「あの女」ということにしておくことだ。
Si licet a parvis animum ad maiora referre,
Plenaque curvato pandere vela sinu, 500
小さなことからより大きなことへと心を向け 、波立つ海面に帆をいっぱいに張ることが許されるならば、
Pertinet ad faciem rabidos compescere mores:
Candida pax homines, trux decet ira feras.
怒りに沸き立つ気性を抑えることが、美貌の女性には肝要なことである。晴れやかな平和こそが人間には相応しいもので、猛々しい怒りは野獣の性である。
Ora tument ira: nigrescunt sanguine venae:
Lumina Gorgoneo saevius igne micant.
怒ると顔は膨れ上がり、血管も血で黒ずみ、目はゴルゴンの目に燃える火よりも残忍にギラギラ光る。
'I procul hinc,' dixit 'non es mihi, tibia, tanti,' 505
Ut vidit vultus Pallas in amne suos.
「笛よ、ここから立ち去ってしまえ。持っている値打ちもないものめ」と小川に映った自分の歪んだ顔を見るなりパラス(アテナ)は仰せられたものだ。
Vos quoque si media speculum spectetis in ira,
Cognoscat faciem vix satis ulla suam.
そなたたちとて怒り狂っている最中に鏡で自分の顔を見たら、それが自分の顔だとわかるものは一人とてあるまい。
Nec minus in vultu damnosa superbia vestro:
Comibus est oculis alliciendus amor. 510
高慢もまたこれに劣らず顔つきを損なうものである。男の愛は愛想のいい眼差しで育むべきものだ。
Odimus inmodicos (experto credite) fastus:
Saepe tacens odii semina vultus habet.
度の過ぎたうぬぼれは—わけ知りの言うことを信じるがいい—私の嫌うところだ。黙りこくった顔が憎しみを生む種になることもしばしばである。
Spectantem specta, ridenti mollia ride:
Innuet, acceptas tu quoque redde notas.
見つめられたら見つめ返し、笑いかけられたら優しく笑いを返すがいい。男が頷いたら分かった印の合図をするのだ。
Sic ubi prolusit, rudibus puer ille relictis 515
Spicula de pharetra promit acuta sua.
こんな具合に序幕を演じ終わると、かの少年(アモル)は木刀を捨ておいて、自分の背負う箙(えびら)から鋭い矢を抜き出すのである。
Odimus et maestas: Tecmessam diligat Aiax;
Nos hilarem populum femina laeta capit.
しめっぽい顔をした女たちも私の嫌うところだ。アイアスはテクメッサを愛していたらよかろう。快活の民である我々は陽気な女に心惹かれるのだ。
Numquam ego te, Andromache, nec te, Tecmessa, rogarem,
Ut mea de vobis altera amica foret. 520
この私が、アンドロマケよ、そなたに、テクメッサよ、またそなたにも、二人のうちのどちらにも恋人になってくれと頼み込むようなことは絶えてなかろう。
Credere vix videor, cum cogar credere partu,
Vos ego cum vestris concubuisse viris.
子供を産んでいるからには嫌でも信じろと言われても、そなたたちが夫と寝たことがあるなどとは私にはとても信じられそうにもない。
Scilicet Aiaci mulier maestissima dixit
'Lux mea' quaeque solent verba iuvare viros?
そういうわけで、陰気なことこの上ない女が アイアスに「私のいとしい方」だの、世の男を喜ばせるのによく使われている言葉を吐いたのだろうか。
Quis vetat a magnis ad res exempla minores 525
Sumere, nec nomen pertimuisse ducis?
小さなことから大きなことの例を引いたり、指揮官の名を聞いて恐れおののいたりしてはならぬ、などという者はなかろう。
Dux bonus huic centum commisit vite regendos,
Huic equites, illi signa tuenda dedit:
良き指揮官は、ある者には葡萄の枝を振って百人を指揮させ、またある者には軍旗を守る任務を与える。
Vos quoque, de nobis quem quisque erit aptus ad usum,
Inspicite, et certo ponite quemque loco. 530
そなたたちも、我々男のうち誰がどんな任に適しているかをしかと見届け、それぞれをこれぞという部署に配置したまえ。
Munera det dives: ius qui profitebitur, adsit:
Facundus causam saepe clientis agat:
金持ちには贈り物をさせるのがいいし、 法律に詳しい男には弁護の役をさせ、弁の立つ男には庇護している子分の訴訟事に幾度となく関わらせるがいい。
Carmina qui facimus, mittamus carmina tantum:
Hic chorus ante alios aptus amare sumus.
詩を作っている我々はただ詩だけを贈っておくとしよう。詩人というこの我々の一団は愛することにかけては他の誰よりもふさわしい者たちである。
Nos facimus placitae late praeconia formae: 535
Nomen habet Nemesis, Cynthia nomen habet:
我々こそが心に適う美貌の女性たちの名を天下に広く称え伝えるのである。(ティブルスの恋人)ネメシスは名を知られ、(プロペルティウスの恋人)キュンティアも名を知られ、
Vesper et Eoae novere Lycorida terrae:
Et multi, quae sit nostra Corinna, rogant.
西方の地も東方の地も(ガルルスの恋人)リュコリスを知っている。私の歌のコリンナとは 誰のことかと聞く人も多い。
Adde, quod insidiae sacris a vatibus absunt,
Et facit ad mores ars quoque nostra suos. 540
加えて聖なる伶人たちは奸策を弄する心なく、我々のものなる技芸も品性も涵養するのだ。
Nec nos ambitio, nec amor nos tangit habendi:
Contempto colitur lectus et umbra foro.
われらは野心を燃やすこともなく所有欲もなくフォーラムを低く見て、臥所と緑陰に心を 養うものである。
Sed facile haeremus, validoque perurimur aestu,
Et nimium certa scimus amare fide.
ではあるが、我々もいともたやすく恋着し、激しい恋情に身を焼き尽くし、過度なまでに誠実に愛することを知っている。
Scilicet ingenium placida mollitur ab arte, 545
Et studio mores convenienter eunt.
疑いもなく天性の質もこの穏やかな技芸によって温和なものとなり、品性はまたこの道(詩)に身を入れるにふさわしいものとなりもて行くのである。
Vatibus Aoniis faciles estote, puellae:
Numen inest illis, Pieridesque favent.
女たちよ、アオニア(ボイオティア)の伶人たちには愛想よくしたまえ。彼らは神意を宿すものであり、ピエリアのムーサたちもこれを嘉しておられるのだから、
Est deus in nobis, et sunt commercia caeli:
Sedibus aetheriis spiritus ille venit. 550
われら詩人のうちには神がましまして、天上界との交感がある。天上界の高御座から霊感が天下ってくるのだ。
A doctis pretium scelus est sperare poetis;
Me miserum! scelus hoc nulla puella timet.
学識ある詩人たちから金品を得ようと望むのは罪深いことである。悲しいかな、この罪深い所業を恐れる女が一人もいないとは。
Dissimulate tamen, nec prima fronte rapaces
Este: novus viso casse resistet amans.
とはいえ、そなたたちは本心を隠して男からむしり取ってやろうというような気持ちを顔に出してはならない。愛の道に初心(うぶ)な男は網を目にすると近づこうとはしないであろう。
Sed neque vector equum, qui nuper sensit habenas, 555
Comparibus frenis artificemque reget,
だが馬に乗る者は手綱を知ったばかりの馬と老練な馬とを同じ手綱さばきで御するようなことはしないものだ。
Nec stabiles animos annis viridemque iuventam
Ut capias, idem limes agendus erit.
そなたにしても、落ち着き払った熟年の男と うら若い青年の心を捉えるのに同じ手管によるべきではない。
Hic rudis et castris nunc primum notus Amoris,
Qui tetigit thalamos praeda novella tuos, 560
後者のように、まだ初心で愛の陣営に初めて馳せ参じた者、新しくかかった獲物としてそなたの寝室に迷い込んだ者には、女と言えばそなたしか知らぬようにし
Te solam norit, tibi semper inhaereat uni:
Cingenda est altis saepibus ista seges.
そなたにだけ恋着させ、そういう畑は高い垣根で囲い込まれはならぬ。
Effuge rivalem: vinces, dum sola tenebis;
Non bene cum sociis regna Venusque manent.
恋敵は遠ざけておくことだ。男を独り占めしている限りそなたが勝つだろう。仲間がいても王権も愛もいつまでも安泰というわけにはいかないものだ。
Ille vetus miles sensim et sapienter amabit, 565
Multaque tironi non patienda feret:
先にあげた歴戦の戦士だと、じっくりと分別のある愛を仕掛けてきて、新参者には耐えられないような多くのことも耐え忍ぶであろう。
Nec franget postes, nec saevis ignibus uret,
Nec dominae teneras adpetet ungue genas,
戸口をうち壊すようなこともないし、情炎に身を焼いたりもしないだろう。愛する女の柔らかな頬に爪を立てることもなく、
Nec scindet tunicasve suas tunicasve puellae,
Nec raptus flendi causa capillus erit. 570
自分の下着や女の下着を引き裂くこともなく、髪を引きむしって女を泣かすこともないだろう(二巻169以下参照)。
Ista decent pueros aetate et amore calentes;
Hic fera composita vulnera mente feret.
さようなことは恋心に燃え上がった年若い者がすることで、歴戦の兵士は胸裂く痛みをも落ち着いて耐えるものである。
Ignibus heu lentis uretur, ut umida faena,
Ut modo montanis silva recisa iugis.
この者も、ああ、湿った干し草のように山から切り出したばかりの木のようにじわじわと弱火で身を焼かれるのだ。
Certior hic amor est: brevis et fecundior ille; 575
Quae fugiunt, celeri carpite poma manu.
こういう愛の方が信用できる。前者のような愛は束の間のものだが豊かでもある。たちどころに手許から失せてしまう果実は素早く手を伸ばして掴み取るがいい。
Omnia tradantur: portas reseravimus hosti;
Et sit in infida proditione fides.
手の内をそっくり明かしてしまうとしよう。敵に城門を開いてしまったからには、不実の裏切りに遭っても、こちら側は誠意を尽くすことにしたいものだ。
Quod datur ex facili, longum male nutrit amorem:
Miscenda est laetis rara repulsa iocis. 580
あっさり体を許してしまうと、長続きする愛が育まれにくいものだ。楽しいお遊びに交えて、たまにはピシャリと撥ねつけねばならない。
Ante fores iaceat, 'crudelis ianua!' dicat,
Multaque summisse, multa minanter agat.
男を戸口の前で寝かせ、「無情な扉だ」との言葉を吐かせるのがいい。大いに辞を低くさせ、大いに脅しにかかるような態度を取らせればいい。
Dulcia non ferimus: suco renovemur amaro;
Saepe perit ventis obruta cumba suis;
我々は甘ったるいものには我慢がならない。苦い汁を飲んで気分を一新しようではないか。船にしても順風を食らって沈没することがよくあるものだ。
Hoc est, uxores quod non patiatur amari: 585
Conveniunt illas, cum voluere, viri;
妻たるものが愛されなくなるということがあるのはまさにこれだ。しかし、夫はしたくなったら妻のもとに行くだろう。
Adde forem, et duro dicat tibi ianitor ore
'Non potes,' exclusum te quoque tanget amor.
そこで、戸を立てて締め出し、門番に容赦なく「入れませんよ」と言わせたらいい。締め出しをくらえば、夫よ、君にも恋しい気持ちが募るだろう。
Ponite iam gladios hebetes: pugnetur acutis;
Nec dubito, telis quin petar ipse meis. 590
なまくら刀は打ち捨てて、真剣で戦うのだ。(私にしても間違いなく自分が授けた武器で狙われることになろう)。
Dum cadit in laqueos captus quoque nuper amator,
Solum se thalamos speret habere tuos.
捕まえたばかりの愛を求める男が罠に嵌り込んでいるうちに、そなたの寝室を思いのままにできるのは自分だけだろうと信じさせるがいい。
Postmodo rivalem partitaque foedera lecti
Sentiat: has artes tolle, senescet amor.
恋敵がいることや、臥所を分かつ約束が他の男ともできていることなどは、後になって感づかせるのだ。こういう手立てを駆使しないでいると、愛もまた老いさらばえてしまうものだ。
Tum bene fortis equus reserato carcere currit, 595
Cum quos praetereat quosque sequatur habet.
悍馬も追い抜いたり後を追ったりする馬がいる時には、出発前の囲いを外すと勢いよく走り出すものだ。
Quamlibet extinctos iniuria suscitat ignes:
En, ego (confiteor!) non nisi laesus amo.
消えてしまった恋の炎も、無茶な仕打ちに遭うとまた燃え上がるではないか。ほれ、白状するが、この私にしてからが痛い目に遭わないと愛する気が起きない。
Causa tamen nimium non sit manifesta doloris,
Pluraque sollicitus, quam sciet, esse putet. 600
とはいうものの、男を悲しませる原因をあまりあからさまにしてはいけない。男に彼が知っている以上のことがあるのだと思い込ませて気を揉ませるだけでいい。
Incitat et ficti tristis custodia servi,
Et nimium duri cura molesta viri.
奴隷にひどく用心深い態度を装わせたり、あまりに厳格な旦那が心配してうるさいのと言ったりすれば、男の恋の炎を煽り立てるだろう。
Quae venit ex tuto, minus est accepta voluptas:
Ut sis liberior Thaide, finge metus.
安全に得られる快楽というものは、得られたところでそれだけ楽しみが少ない。たとえそなたが遊女タイスよりも自由な身であっても、(夫にばれないかと)心配しているふうを装うがいい。
Cum melius foribus possis, admitte fenestra, 605
Inque tuo vultu signa timentis habe.
戸口から楽々入れるような場合でも、窓から忍び込ませるといいし、そなたの顔に不安な表情を浮かべるのもいい。
Callida prosiliat dicatque ancilla 'perimus!'
Tu iuvenem trepidum quolibet abde loco.
機転の利く小間使いにあたふたと駆け込ませて、「(旦那がお帰りです)もう駄目ですわ」などと言わせ、泡を食った若者をどこへでもいいから隠してやるのもいい。
Admiscenda tamen venus est secura timori,
Ne tanti noctes non putet esse tuas. 610
しかしながら、不安なだけでなくたまには気をもまずに共寝することも必要だ。そなたと過ごす夜は危険を冒すほどの価値がないと思われてはいけないからである。
Qua vafer eludi possit ratione maritus,
Quaque vigil custos, praeteriturus eram.
どんな知恵を働かせて抜け目ない亭主を、また寝もやらずに見張っている奴めの目を盗むことができるかということは、言わないでおくところであった。
Nupta virum timeat: rata sit custodia nuptae;
Hoc decet, hoc leges duxque pudorque iubent.
亭主持ちの女は亭主を恐れるがいいし、しかと監視しておくべきは亭主持ちの女だ。これは当然そうあるべきで法も統領も廉恥心もこのように命じているのだ。
Te quoque servari, modo quam vindicta redemit, 615
Quis ferat? Ut fallas, ad mea sacra veni!
法務官の権杖によって自由の身になったばかりの解放奴隷のそなたまでもが監視のもとに置かれるとあっては、誰が我慢できようか。旦那を裏切るつもりがあるなら、私の儀式に参ずるが良かろう。
Tot licet observent (adsit modo certa voluntas),
Quot fuerant Argo lumina, verba dabis.
アルゴスが持っていたのと同じほどの目が見張っていたとしても、やってのけようという意志さえしっかりあれば裏をかくことはできよう。
Scilicet obstabit custos, ne scribere possis,
Sumendae detur cum tibi tempus aquae? 620
まったくのところ、入浴する時間がそなたに与えられさえするならば、見張り番とて、そなたに手紙を書かせぬようにと、邪魔だてできようか。
Conscia cum possit scriptas portare tabellas,
Quas tegat in tepido fascia lata sinu?
そなたと示し合わせている小間使いが、書き終えた手紙を生温かい懐に入れ、幅広の帯でそれを押さえて持ち出すこともできるとしたら、
Cum possit sura chartas celare ligatas,
Et vincto blandas sub pede ferre notas?
ふくらはぎに紙辺をくくりつけて隠すことができるとしたら、また、甘い言葉を連ねた手紙を足の裏に貼り付けて運べるとしたらどうだろう。
Caverit haec custos, pro charta conscia tergum 625
Praebeat, inque suo corpore verba ferat.
こんなことにまで見張番の用心が及んだとしよう。それなら紙の代わりに腹心の小間使いに背中を貸せと言って、その体に書き込んだ言葉を持って行かせるがよかろう。
Tuta quoque est fallitque oculos e lacte recenti
Littera: carbonis pulvere tange, leges.
新鮮な牛乳で書いた手紙も安全だし目を欺ける。粉にした炭をふってみるといい。ちゃんと読めるものだ。
Fallet et umiduli quae fiet acumine lini,
Ut ferat occultas pura tabella notas. 630
湿り気を帯びた麻の茎を尖らせて書いたものも目を欺けるし、何も書かれていない書き板でも隠された合図は伝えられよう。
Adfuit Acrisio servandae cura puellae:
Hunc tamen illa suo crimine fecit avum.
アクリシオスは娘(ダナエ)に男を近づけまいと気を配ったが、娘は自分で罪を犯して彼を祖父(孫を産んで)にしてしまったではないか。
Quid faciat custos, cum sint tot in urbe theatra,
Cum spectet iunctos illa libenter equos,
ローマの都にはこれほどにも多くの劇場がある以上は、見張り番に何ができるというのだ。女が戦車に繋がれた馬を見物するのを喜び、
Cum sedeat Phariae sistris operata iuvencae, 635
Quoque sui comites ire vetantur, eat,
シストルムという楽器を打ち振って行われるパロス(エジプト)の牡牛の祭儀(イシス)に詣でると言うからには、また男がそこへ入り込むことが禁じられているところのボナ・デアの神殿へ行くと言うからには、
Cum fuget a templis oculos Bona Diva virorum,
Praeterquam siquos illa venire iubet?
ボナ・デアはそこへ入り来たれと命じたもう男以外の目に触れることを避けておられる。
Cum, custode foris tunicas servante puellae,
Celent furtivos balnea multa iocos, 640
見張り番が外で女のトゥニカの番をしていようが、あまたある浴場が密かな楽しみにふけるのを隠してくれるからには、
Cum, quotiens opus est, fallax aegrotet amica,
Et cedat lecto quamlibet aegra suo,
それに、必要とあらばいつでも女友達を病人に仕立て上げ、彼女がどれほど重病であろうともその寝台を空けさせることができるからには、
Nomine cum doceat, quid agamus, adultera clavis,
Quasque petas non det ianua sola vias?
また合鍵はその名(adultera clavis)の起こりからして、我々がどうしたらいいのか教えてくれているし、忍び込もうと思っている通路へは、戸口だけから通じているわけではないからには、
Fallitur et multo custodis cura Lyaeo, 645
Illa vel Hispano lecta sit uva iugo;
見張り番の用心などは、たらふく酒を飲ませれば容易にごまかせるし、ヒスパニアの山の背で採れた葡萄のものでいいのだ。
Sunt quoque, quae faciant altos medicamina somnos,
Victaque Lethaea lumina nocte premant;
そのほかにも、人を深い眠りに陥らせ忘却の川のような闇で目を覆ってしまう薬だってある。
Nec male deliciis odiosum conscia tardis
Detinet, et longa iungitur ipsa mora. 650
虫の好かない見張り番を相手に腹心の小間使いをぐずぐずといちゃつかせて引き止め、その男に長いこと張り付けておく、というのも悪くない手である。
Quid iuvat ambages praeceptaque parva movere,
Cum minimo custos munere possit emi?
見張り番などというものは、ほんの心ばかりの贈り物で丸め込めるのだから、いちいち細かいことまで教え諭して道草を食わせても仕方あるまい。
Munera, crede mihi, capiunt hominesque deosque:
Placatur donis Iuppiter ipse datis.
信じてもらいたいが、贈り物は人間をも神々をもとらえるものなのだ。ユピテル御自らして、贈り物を捧げらると怒りを鎮められるではないか。
Quid sapiens faciet, stultus cum munere gaudet? 655
Ipse quoque accepto munere mutus erit.
愚か者は贈り物をもらうとすぐ喜ぶものだが、賢者たちならどうするだろう。賢者たちでさえ贈り物もらえば、口をつぐむものである。
Sed semel est custos longum redimendus in aevum:
Saepe dabit, dederit quas semel ille manus.
しかし番人という奴は、一度買収したら長いことその鼻薬の効能をもたせねばならぬ。こういう輩は一度手を差し出したら何度でも差し出すであろうから。
Questus eram, memini, metuendos esse sodales:
Non tangit solos ista querella viros. 660
覚えているが、私は先にも、親しい友人をも恐れねばならないとこぼしたものだった。あの慨嘆はただ男の場合に 限ったことではないのだ。
Credula si fueris, aliae tua gaudia carpent,
Et lepus hic aliis exagitatus erit.
そなたがお人好しだったりすると、他の女たちがそなたの喜びとしているものをかっさらってしまい、この兎は他の女たちに狩られ仕留められてしまうだろう。
Haec quoque, quae praebet lectum studiosa locumque
Crede mihi, mecum non semel illa fuit.
寝台と部屋をいそいそとそなたに提供してくれるような女友達もが、私の言うことを信じてもらいたいが、この私と一再ならず臥所を共にしたことがあるのだ。
Nec nimium vobis formosa ancilla ministret: 665
Saepe vicem dominae praebuit illa mihi.
美人すぎる小間使いに奉仕させたりもしないことだ。そういう女が私のために主人に代わってその役を務めてくれたこともよくあったものだ。
Quo feror insanus? quid aperto pectore in hostem
Mittor, et indicio prodor ab ipse meo?
頭でもおかしくなったのか。どこまでこんな調子で続けようというのだ。なんだって胸襟を開いて敵の懐に飛び込み、自分をそれと指し示して敵の手に落ちようとするのか。
Non avis aucupibus monstrat, qua parte petatur:
Non docet infestos currere cerva canes. 670
鳥だって鳥刺しにどのあたりから狙ったらいいか見せつけるようなことはしないし、鹿だって厄介な猟犬に走ることを教えたりはしないものだ。
Viderit utilitas: ego coepta fideliter edam:
Lemniasin gladios in mea fata dabo.
私の利害なんかはどうでもいい。私としては始めてしまったことを忠実にやり抜くだけだ。私は自分の命を絶たれるために、レムノス島の女たちにも剣を与えることにしよう。
Efficite (et facile est), ut nos credamus amari:
Prona venit cupidis in sua vota fides.
我々男たちが愛されているのだと思い込むようにしたまえ—たやすいことではないか—念願成就に逸(はや)り立っている者たちは、あっさりと信じがちなものだ。
Spectet amabilius iuvenem, suspiret ab imo 675
Femina, tam sero cur veniatque roget:
女はもっと愛らしい眼差しで若者を見つめ、胸の奥底からため息を漏らし、どうして来るのがこんなに遅れたの、などと聞くがいい。
Accedant lacrimae, dolor et de paelice fictus,
Et laniet digitis illius ora suis:
それだけでなく涙も流し、「他に好きな女の人ができたのね」と怒って見せるのもよし、男の顔に爪を立てるのもいい。
Iamdudum persuasus erit; miserebitur ultro,
Et dicet 'cura carpitur ista mei.' 680
たちどころに男は信じ込んで、向こうの方からかわいそうにという気持ちを見せて、「この女は俺にぞっこんだ」などと言うことだろう。
Praecipue si cultus erit speculoque placebit,
Posse suo tangi credet amore deas.
とりわけ男が粋な奴で鏡を覗き込んで悦に入っているような男だと、女神たちでも自分への恋に胸を焦がすかもしれないと思い込みかねない。
Sed te, quaecumque est, moderate iniuria turbet,
Nec sis audita paelice mentis inops.
しかしながら、なんであれひどい仕打ちを受けても、騒ぎ立てるのは控えめにしておくことだ。恋敵のことを聞かされても気落ちしてはいけない。
Nec cito credideris: quantum cito credere laedat, 685
Exemplum vobis non leve Procris erit.
慌てて思い込んだりもしないことだ。慌てて思い込んだりすることがどれほど事を損なうかは、プロクリスがそなたたちの身には、軽からぬ意味を持つ先例となるであろう。
Est prope purpureos colles florentis Hymetti
Fons sacer et viridi caespite mollis humus:
花咲き乱れるヒュメットス山の深紅の岡に程近いところに、緑の芝生の生えた柔らかな大地がある。
Silva nemus non alta facit; tegit arbutus herbam,
Ros maris et lauri nigraque myrtus olent: 690
高くない木々が森をなしていて、山桃が草地を覆い、マンネンロウや月桂樹やかぐろいミルテがかおっている。
Nec densum foliis buxum fragilesque myricae,
Nec tenues cytisi cultaque pinus abest.
葉の茂った黄楊(つげ)も繊細な御柳も、ほっそりしたウマゴヤシも、手をかけて育てた松もないわけではない。
Lenibus inpulsae zephyris auraque salubri
Tot generum frondes herbaque summa tremit.
穏やかな西風と体を健やかにするそよ風に吹かれて、こんなにも色々な種類の木の葉と草の葉先がそよいでいるのだ。
Grata quies Cephalo: famulis canibusque relictis 695
Lassus in hac iuvenis saepe resedit humo,
ここはケパロスには嬉しい憩いの場であった。疲れを覚えると、この若者は奴隷たちや猟犬どもを残しおいてこの地に来て憩うのだった。
'Quae' que 'meos releves aestus,' cantare solebat
'Accipienda sinu, mobilis aura, veni.'
「俺のこの暑さをやわらげてくれるそよ風(アウラ)よ」—と彼はいつも歌うのだった—「浮気なそよ風よ、俺の胸に抱き取ってやろう。さあこい」
Coniugis ad timidas aliquis male sedulus aures
Auditos memori detulit ore sonos; 700
あるおせっかいな男がこの歌を聴き覚え、物におびえやすい彼の妻(プロクリス)の耳にそれを喋って伝えてしまった。
Procris ut accepit nomen, quasi paelicis, Aurae,
Excidit, et subito muta dolore fuit;
プロクリスは「そよ風(アウラ)」という名を恋敵の女のように受け取って、倒れこむと突然襲ってきた悲嘆のあまり口も聞けなくなってしまった。
Palluit, ut serae lectis de vite racemis
Pallescunt frondes, quas nova laesit hiemps,
さっと青ざめたが、その様と言ったら葡萄を摘み取った後の遅れ葉が、初冬の厳しさに痛めつけられて青ざめるのにも、
Quaeque suos curvant matura cydonia ramos, 705
Cornaque adhuc nostris non satis apta cibis.
さてはまた、熟れきって枝をたわめているキュドニアのマルメロか、まだ我々が食するほどにまで熟れていない山茱萸(さんしゅゆ)にも似ていた。
Ut rediit animus, tenues a pectore vestes
Rumpit, et indignas sauciat ungue genas;
われに返ると胸から薄い着物を引き裂いて、何の咎もない頬をかきむしって傷つけた。
Nec mora, per medias passis furibunda capillis
Evolat, ut thyrso concita Baccha, vias. 710
たちまちに、バッコスの神杖に打たれて激しく興奮した信女のように、怒りに胸をたぎらせ、髪振り乱して、通りを 一目散に駆け抜けて行った。
Ut prope perventum, comites in valle relinquit,
Ipsa nemus tacito clam pede fortis init.
例の場所の近くまでやってくると、仲間の者たちをその場に残して足音を忍ばせながら、勇を鼓して一人森の中へと 入って行った。
Quid tibi mentis erat, cum sic male sana lateres,
Procri? quis adtoniti pectoris ardor erat?
プロクリスよ、こんなにも狂奔して身を潜めていた時のそなたの心はどんなだったのだ。茫然としたその胸中に燃えていた思いはどんなだったのだろう。
Iam iam venturam, quaecumque erat Aura, putabas 715
Scilicet, atque oculis probra videnda tuis.
アウラ(そよ風)がどんな女であるにせよ、もうすぐにやってくる。その目で恥知らずな行為をしかと見届けねば、とそなたは考えたのだ。
Nunc venisse piget (neque enim deprendere velles),
Nunc iuvat: incertus pectora versat amor.
やってきたことを悔やむかと思えば—現場を押さえたくはなかったからだが—これでいいのだと思ったりもした。それと確かめたい愛が、彼女の胸を千々にかき乱すのだ。
Credere quae iubeant, locus est et nomen et index,
Et quia mens semper quod timet, esse putat. 720
場所も名前も見て告げた男もいるからには、信じるだけの証拠はある。それにまた、人の心というものは案じていることが本当にあるのだと思うのが常だからである。
Vidit ut oppressa vestigia corporis herba,
Pulsantur trepidi corde micante sinus.
草が押しつぶされて人の体の跡があるのを目にすると、心臓の鼓動は高まり、胸は不安に打ち震えた。
Iamque dies medius tenues contraxerat umbras,
Inque pari spatio vesper et ortus erant:
すでに日は正午となって物の影も短くなり、宵と日の出との間隔は等しくなっていた。
Ecce, redit Cephalus silvis, Cyllenia proles, 725
Oraque fontana fervida pulsat aqua.
すると見よ、キュレネの神(メルクリウス)の子のケパロスが帰ってきて、火照った顔に泉の水をかけているところだ。
Anxia, Procri, lates: solitas iacet ille per herbas,
Et 'zephyri molles auraque' dixit 'ades!'
不安に駆られてそなたは身を潜めていた。夫はいつもの草に身を横たえると「優しい西風よ、そよ風よ、さあ俺のところやって来い」と言ったのであった。
Ut patuit miserae iucundus nominis error,
Et mens et rediit verus in ora color. 730
名前が聞き違いであったことが哀れな女に明らかになった時、心は正気に帰り、顔色も元通りのものとなった。
Surgit, et oppositas agitato corpore frondes
Movit, in amplexus uxor itura viri:
彼女は身を起こすと夫の胸に抱かれようと、目の前を遮る 草を体でざわざわと押し分けて夫の方へ向かってきた。
Ille feram movisse ratus, iuvenaliter artus
Corripit, in dextra tela fuere manu.
夫は獣の姿を見たものと思い込み、若者らしく弓を掴むと 右手には矢を握った。
Quid facis, infelix? non est fera, supprime tela! 735
Me miserum! iaculo fixa puella tuo est.
不幸な男よ、何をするつもりなのだ。獣ではないのだ。弓矢を捨てるのだ。ああ、哀れなことだ。御身の放った矢に彼女は射抜かれてしまったではないか。
'Ei mihi!' conclamat 'fixisti pectus amicum.
Hic locus a Cephalo vulnera semper habet.
「ああ」と彼女は叫んだ。「あなたを恋い慕うこの胸を射てしまったのね。ケパロスにつけられたこの傷はいついつまでも消えることはありません。
Ante diem morior, sed nulla paelice laesa:
Hoc faciet positae te mihi, terra, levem. 740
「私は寿命の尽きる前に死んで行きます。でもそれは恋敵 の女に傷を負わされてではありません。このことはこの地に眠る私を覆う土を軽いものにしてくれるでしょう。
Nomine suspectas iam spiritus exit in auras:
Labor, eo, cara lumina conde manu!'
「私の呼気はもう私がその名を疑ったそよ風の中へと抜けて行きます。ああ、もう息絶えます。そのいとしい手で私の目を塞いでください」
Ille sinu dominae morientia corpora maesto
Sustinet, et lacrimis vulnera saeva lavat:
夫は悲しみ溢れる胸に死にゆく妻の体を抱いて、痛々しい傷口に涙をそそいで洗ってやった。
Exit, et incauto paulatim pectore lapsus 745
Excipitur miseri spiritus ore viri.
彼女の息は、もはや意識を失った体から少しずつ抜けて行き、不幸な夫の口に吸い込まれるのだった。
Sed repetamus opus: mihi nudis rebus eundum est,
Ut tangat portus fessa carina suos.
だが、ここでまた仕事にかかるとしよう。疲れきった船を港に着けさせるためには、私はあからさまな形で事を語らねばならない。
Sollicite expectas, dum te in convivia ducam,
Et quaeris monitus hac quoque parte meos. 750
そなたは私に宴席へ連れて行ってもらいたくて、やきもきしているところだ。そしてこの方面で私に教え諭されたいと願っている。
Sera veni, positaque decens incede lucerna:
Grata mora venies; maxima lena mora est.
宴席には遅れて、灯がともされてから、しずしずと入ってくることだ。遅めにやってくること自体がありがたみを増すというものだ。遅れてくるということが、男と女を近づけるこの上ない取り持ち役を果たすのだ。
Etsi turpis eris, formosa videbere potis,
Et latebras vitiis nox dabit ipsa tuis.
たとえ醜女であっても、酔った者たちには美人に見えるだろうし、夜そのものがそなたの欠点をうまく隠してくれよう。
Carpe cibos digitis: est quiddam gestus edendi: 755
Ora nec immunda tota perungue manu.
食べ物は指でつまむがいい—食べるしぐさも、なにほどかは物を言うものだ。汚れた手で顔中をベタベタにしたりしてはならないし、
Neve domi praesume dapes, sed desine citra
Quam capis; es paulo quam potes esse minus;
家でごちそうを先に食べておくのもよくない。だが、たらふく食べたりしないように、腹八分目に押さえておくことだ。
Priamides Helenen avide si spectet edentem,
Oderit, et dicat 'stulta rapina mea est.' 760
プリアモスの子(パリス)にしても、ヘレネがガツガツと貪り食っている姿を見たとしたら、嫌になって「俺がさらってきた女は馬鹿か」と言っただろう。
Aptius est, deceatque magis potare puellas:
Cum Veneris puero non male, Bacche, facis.
バッコスよ、御身はウェヌスの子(アモル)と結構仲良くやっているのだから、女は酒を飲む方がよりふさわしいし、もっとそれに似つかわしくすべきであろう。
Hoc quoque, qua patiens caput est, animusque pedesque
Constant: nec, quae sunt singula, bina vide.
この点に関してだが、頭の方がしっかりしている限りは、心持ちも足取りもしっかりとさせておくことだ。一つの物が二重に見えたりすることがないようにせねばならぬ。
Turpe iacens mulier multo madefacta Lyaeo: 765
Digna est concubitus quoslibet illa pati.
女が深酒を食らってべろべろに酔っているのは見苦しい。そんな女はどんな風に男に犯されようと仕方がない。
Nec somnis posita tutum succumbere mensa:
Per somnos fieri multa pudenda solent.
食卓が片付けられた後で、眠りこけてしまうのも安全ではない。眠っている間に恥ずべきことが多く行われるのが世の常だから。
Ulteriora pudet docuisse: sed alma Dione
'Praecipue nostrum est, quod pudet' inquit 'opus.' 770
ここから先は教えるのが恥ずかしい。だが慈悲深きディオーネ(ウェヌス)は、「恥ずかしい事こそがとりわけ私たちの仕事である」と仰せだ。
Nota sibi sit quaeque: modos a corpore certos
Sumite: non omnes una figura decet.
女たるもの、それぞれが己を知らなくてはならぬ。姿態は体つきに応じて確かなものを取るがいい。一つの姿態がすべての女に合ってるとは限らない。
Quae facie praesignis erit, resupina iaceto:
Spectentur tergo, quis sua terga placent.
美貌が目に立つ女は、仰向けに寝るがよかろう。背中に自信がある女は後ろから見てもらうがいい。
Milanion umeris Atalantes crura ferebat: 775
Si bona sunt, hoc sunt accipienda modo.
メラニオンはアタランテの足を肩に担いでいたものだったが、足が綺麗なら、こういう姿勢で足を見せねばならない。
Parva vehatur equo: quod erat longissima, numquam
Thebais Hectoreo nupta resedit equo.
小柄な女は馬乗りになるといい。テーバイ生まれの嫁(アンドロマケ)はひどく背が高かったので、ヘクトルの上に馬乗りになることはついぞなかった。
Strata premat genibus, paulum cervice reflexa,
Femina per longum conspicienda latus. 780
すらりと伸びた腰が見栄えのする女はうなじを少しばかり後ろに傾けて敷布団に両膝をしっかりと立てるがいい。
Cui femur est iuvenale, carent quoque pectora menda,
Stet vir, in obliquo fusa sit ipsa toro.
腿が若々しく胸にも難点一つない女は、男を立たせ、自分は斜めに寝台に横たわるがいい。
Nec tibi turpe puta crinem, ut Phylleia mater,
Solvere, et effusis colla reflecte comis.
ピュロス人の母(ラオダメイア)のように、髪を解くことを見苦しいなどと思うことなく、髪を乱したまま垂らして、うなじを後ろに反らせるといい。
Tu quoque, cui rugis uterum Lucina notavit, 785
Ut celer aversis utere Parthus equis.
ルキナ(お産の女神)がお腹に皺を刻みつけてしまった女よ、そなたもまた素早く馬を駆るパルティア人よろしく、馬を返して背を向けることだ。
Mille modi veneris; simplex minimique laboris,
Cum iacet in dextrum semisupina latus.
ウェヌスの楽しみ方は千もある。簡単でしかも疲れないのは、右腹を下にして中ば仰向けに横になることだ。
Sed neque Phoebei tripodes nec corniger Ammon
Vera magis vobis, quam mea Musa, canet: 790
だがフォイボスの(神託を告げる)三脚台も、角の生えた神アンモンも、私のムーサに勝る真実を告げることはないであろう。
Siqua fides arti, quam longo fecimus usu,
Credite: praestabunt carmina nostra fidem.
長い経験から私が編み上げた技術に何ほどかの信が置けるなら信じてくれたまえ。私の歌はその信頼に応えるであろう。
Sentiat ex imis venerem resoluta medullis
Femina, et ex aequo res iuvet illa duos.
女は骨の髄から溶けてしまうほどウェヌスの喜びを感じるがよい。あのことは両者が共に等しく喜びを味わうべきである。
Nec blandae voces iucundaque murmura cessent, 795
Nec taceant mediis improba verba iocis.
耳をくすぐる甘い声、喜びを漏らす囁きも止めてはならぬし、愛の楽しみの最中に淫らな言葉を吐かないのもよくない。
Tu quoque, cui veneris sensum natura negavit,
Dulcia mendaci gaudia finge sono.
生まれつき不感症の女も、偽りの言葉を吐いて甘い喜びを装うがいい。
Infelix, cui torpet hebes locus ille, puella,
Quo pariter debent femina virque frui. 800
男も女も等しく楽しめるはずのあの場所の感覚が鈍く、それと感じない女は不幸である。
Tantum, cum finges, ne sis manifesta, caveto:
Effice per motum luminaque ipsa fidem.
ただし、そなたが装ってだけいる場合は、ばれないようにひたすら用心することだ(第二巻311行参照)、体の動きと目つきそのもので、それと信じ込ませるがいい。
Quam iuvet, et voces et anhelitus arguat oris;
A! pudet, arcanas pars habet ista notas.
どんなに楽しい思いをしているか、声音と口から漏らす喘ぎとで、見せつけてやるのだ。ああ、恥ずかしい思いだ。そなたのあの場所が、誰にも言えない徴候を見せているからだ。
Gaudia post Veneris quae poscet munus amantem, 805
Illa suas nolet pondus habere preces.
愛の交わりの喜びの後で、愛する男に贈り物をせがむような女は、自分の願いが重みを持つことを願わない女だ。
Nec lucem in thalamos totis admitte fenestris;
Aptius in vestro corpore multa latent.
あらゆる窓から寝室に光を入れてはならぬ。そなたの体の多くの部分が隠れているほうがより相応しい。
Lusus habet finem: cygnis descendere tempus,
Duxerunt collo qui iuga nostra suo. 810
戯れも終わりだ。我々の乗った車をそのうなじで引いてきてくれた白鳥たちから降りる時が来た。
Ut quondam iuvenes, ita nunc, mea turba, puellae
Inscribant spoliis 'Naso magister erat.'
前に若者たちに頼んだように、今度また私のもとに参集した女たちよ、戦利品の上にこう書きつけるがいい。「ナソが師であった」と。
これはLatinLibraryのテキストをもとに岩波文庫版オヴィディウス作『恋愛指南』の日本語訳と対訳形式にしたものである。音声入力のため必ずしも原本とおりではない。また、対訳とするために、日本語の順序を変えたり、筑摩書房『世界文学大系』の訳から補ったところがある。
2018.7.24 Tomokazu Hanafusa