オウィディウス『恋愛指南』二
P. OVIDI NASONIS LIBER SECVNDVS ARTIS AMATORIAE

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Dicite 'io Paean!' et 'io' bis dicite 'Paean!'
 Decidit in casses praeda petita meos;

「万歳、パイアン」と唱えよ、してまた「万歳」といい、再び「パイアン」と唱えよ、狙っていた獲物が罠にかかったのだ。

Laetus amans donat viridi mea carmina palma,
 Praelata Ascraeo Maeonioque seni.

アスクラの老詩人(ヘシオドス)よりも、マイオニアの老詩人(ホメロス)よりも、私の詩をよしとして、恋する男が喜びに溢れて、私の歌に緑なる棕櫚(しゅろ)の枝を贈ってくれた。

Talis ab armiferis Priameius hospes Amyclis   5
 Candida cum rapta coniuge vela dedit;

異国(ギリシア)の客であったプリアモスの息子(パリス)が、戦いを好むアミュクライ(スパルタ)の地から奪った妻を携えて、船出の白い帆を張った時の気持ちはこんなものだったろう。

Talis erat qui te curru victore ferebat,
 Vecta peregrinis Hippodamia rotis.

ヒッポダメイヤよ、異国の車輪を走らせて、 そなたを勝利者の戦車に乗せて連れ去った男(ペロプス)も、斯様な気持ちだったろう。

Quid properas, iuvenis? mediis tua pinus in undis
 Navigat, et longe quem peto portus abest.   10

若者よ、何を急ぐことがあろう。君の船は大海の真ん中を航行していて、私の目指す港はまだまだ遠いのだ。

Non satis est venisse tibi me vate puellam:
 Arte mea capta est, arte tenenda mea est.

詩人たる私の導きによって、君が女をものにしたというだけでは不十分である。わが技術によって捕まえた女はわが技術によって逃がさぬようにしなければならぬ

Nec minor est virtus, quam quaerere, parta tueri:
 Casus inest illic; hoc erit artis opus.

手に入れたものを守り抜くことは、それを求めるにも劣らぬ勇気を要する。求めるに際しては、まぐれが幸いすることがあるが、守るには技術が必要である。

Nunc mihi, siquando, puer et Cytherea, favete,   15
 Nunc Erato, nam tu nomen amoris habes.

息子アモルとその母なるキュテラ女神(ウェヌス)よ、いつなりと私に恩顧を賜るならば、今こそ賜りたまえ。今こそエラト(ムーサ)もまた、御身は愛の名を持ちたもうが故に。

Magna paro, quas possit Amor remanere per artes,
 Dicere, tam vasto pervagus orbe puer.

わが企てたるは大いなること。いかなる技術をもってすれば、かくも広大なる世界を自在に飛び回る子供であるアモルをとどめおくことができるか、ということを歌うのがそれである。

Et levis est, et habet geminas, quibus avolet, alas:
 Difficile est illis inposuisse modum.   20

アモルは身軽で、それを振るって飛び去る二つの翼を持っている。その行動を制するのは何とも難しいのだ。

Hospitis effugio praestruxerat omnia Minos:
 Audacem pinnis repperit ille viam.

ミノス王は異国の客人(ダイダロス)が脱出する道を悉く封じておいたが、かの者は翼を用いて大胆な逃げ道を編み出したものだ。

Daedalus ut clausit conceptum crimine matris
 Semibovemque virum semivirumque bovem,

ダイダロスは、母(パーシファエ)の罪深い行為によって生まれた半ば牛である男にして半ばは男である牛を閉じ込めると、こう言ったものだ。

'Sit modus exilio,' dixit 'iustissime Minos:   25
 Accipiat cineres terra paterna meos.

「この上なき正義の人たるミノス王よ、私の亡命生活を終わらせてください。父祖の地に私の骨灰(ほね)を埋めさせてください。

Et quoniam in patria, fatis agitatus iniquis,
 Vivere non potui, da mihi posse mori.

「悪しき運命に翻弄されて祖国で生きることが出来なくなったからには、かの地で死ぬようにだけはしてください。

Da reditum puero, senis est si gratia vilis:
 Si non vis puero parcere, parce seni.'   30

「老いたこの私の功績がつまらぬものだとしても、息子(イカロス)は帰国させてくださいまし。息子にお許しになるのがお嫌ならばこの年寄りにお許しください」

Dixerat haec; sed et haec et multo plura licebat
 Dicere: regressus non dabat ille viro.

こう言った、これだけでなく、もっと多くを言おうと思えば言えた。だが王はこの男の帰国を許さなかった。

Quod simul ut sensit, 'nunc, nunc, o Daedale,' dixit:
 'Materiam, qua sis ingeniosus, habes.

それを感じ取ると「さあ今だぞ、今こそだぞ、ダイダロスよ」と彼は言った。「お前が自分の豊かな才を発揮するのは。

Possidet et terras et possidet aequora Minos:   35
 Nec tellus nostrae nec patet unda fugae.

「ミノスは大地を押さえており、海もまた押さえている、この大地も海原も逃げ出す道を開いてはくれぬ。

Restat iter caeli: caelo temptabimus ire.
 Da veniam coepto, Iupiter alte, meo:

「残るは空の道のみだ。空を行く道を試みることにしよう。高きところにましますユピテルよ。わが企てを許したまえ。

Non ego sidereas adfecto tangere sedes:
 Qua fugiam dominum, nulla, nisi ista, via est.   40

「散らばる星々の座を侵そうというのではありませぬ。主人のもとから逃れ出るには、これより他に道がないのです。

Per Styga detur iter, Stygias transnabimus undas;
 Sunt mihi naturae iura novanda meae.'

「冥府の川を渡って行く道があるならば、冥府の川をも渡りましょう。私は持って生まれたこの才に、新たな創意を加えればなりません」

Ingenium mala saepe movent: quis crederet umquam
 Aerias hominem carpere posse vias?

不運というものはしばしば才能を発揮せしめるものだ。人間の身で空を行く道をたどれるなどと、そもそも誰が信じたろう。

Remigium volucrum disponit in ordine pinnas,   45
 Et leve per lini vincula nectit opus,

(ダイダロスは)鳥にとっての櫂と言うべき羽の形に並べ、糸で結び合わせてその軽い細工物を綴り合わせ、

Imaque pars ceris adstringitur igne solutis,
 Finitusque novae iam labor artis erat.

その下の部分は溶かした蝋でしっかり固定した。こうして新たな技術を駆使した労作が出来上がったのである。

Tractabat ceramque puer pinnasque renidens,
 Nescius haec umeris arma parata suis.   50

息子はこれが自分の肩につけるために用意された道具だとも知らぬままに喜びに顔を輝かせて、蝋や羽をいじって遊んでいた。

Cui pater 'his' inquit 'patria est adeunda carinis,
 Hac nobis Minos effugiendus ope.

その子に向かって父は言った。「この船で祖国へ行きつかねばならぬ。これを用いてミノスのもとから逃げ出さねばならぬのだ。

Aera non potuit Minos, alia omnia clausit;
 Quem licet, inventis aera rumpe meis.

「ミノスは空こそ閉ざすことはできなかったが、他の道は全て閉ざしてしまったからだ。お前にはそれが出来るのだから、わしが考案したこの道具を用いて空中を突き破っていくがいい。

Sed tibi non virgo Tegeaea comesque Bootae   55
 Ensiger Orion aspiciendus erit:

「だがお前はテゲヤの乙女(おおくま座)の星やボオテス(こぐま座)の仲間である剣を帯びたオリオンを仰ぎ見てはならぬ。

Me pinnis sectare datis; ego praevius ibo:
 Sit tua cura sequi; me duce tutus eris.

「お前に与えた翼の力でわしの後をついてくるのだ。わしについてくることだけを心がけろ。わしが先に立って進む限りお前は安全だ。

Nam sive aetherias vicino sole per auras
 Ibimus, impatiens cera caloris erit:   60

「もし太陽に近い天界の上層を通ったりすれば蝋は熱に耐えられなくなるだろう。

Sive humiles propiore freto iactabimus alas,
 Mobilis aequoreis pinna madescet aquis.

「もし翼を低く垂れて海面をかすれて羽ばたいたりすれば、羽を動かしているおりに海の水で濡れたりもするだろう。

Inter utrumque vola; ventos quoque, nate, timeto,
 Quaque ferent aurae, vela secunda dato.'

「両方の中間を飛ぶのだ。息子よ、風もまた 恐れることだ。風がお前を運んでいく方角へと、それに乗って帆を向けるのだ」

Dum monet, aptat opus puero, monstratque moveri,   65
 Erudit infirmas ut sua mater aves.

こう諭しながらダイダロスは、母鳥がか弱いひなどりに教えるかのように、道具を息子に取り付けてやって、その動かし方をやってみせた。

Inde sibi factas umeris accommodat alas,
 Perque novum timide corpora librat iter.

それから出来上がった翼を自分の肩にも取り付けると、新たな道に乗り出すために、恐る恐る体のバランスをとってみた。

Iamque volaturus parvo dedit oscula nato,
 Nec patriae lacrimas continuere genae.   70

もう飛び立とうとする際に幼いわが子に接吻したが、父の頬は涙をせきあえなかった。

Monte minor collis, campis erat altior aequis:
 Hinc data sunt miserae corpora bina fugae.

山ほど高くはないが平らな平原よりは高い岡があった。ここから二人の体は飛び立って、哀れな逃亡が始まったのであった。

Et movet ipse suas, et nati respicit alas
 Daedalus, et cursus sustinet usque suos.

自分でも翼を動かしながら、ダイダロスは息子の翼を振り返り、自分の進路をずっと保っていた。

Iamque novum delectat iter, positoque timore   75
 Icarus audaci fortius arte volat.

既にこの新たな旅も楽しいものとなったのか 、恐れ心もなくなって、イカロスは大胆な技術を駆使して、より勇敢に飛んだ。

Hos aliquis, tremula dum captat arundine pisces,
 Vidit, et inceptum dextra reliquit opus.

ある人は釣竿をうち振りながら魚を釣っていたが、二人の様子を見るとその右手はお留守になって、やりかかっていた仕事も捨ててしまった。

Iam Samos a laeva (fuerant Naxosque relictae
 Et Paros et Clario Delos amata deo)   80

もうサモス島が左手に—ナクソス島も、パロス島も、クラロスの神アポロンに愛されている デロス島もすでに後にしていたのだった。

Dextra Lebinthos erat silvisque umbrosa Calymne
 Cinctaque piscosis Astypalaea vadis,

右手にはレビントス島、森に覆われ木陰なすカリュムネ島、魚多きアステュバレア島が見えてきた。

Cum puer, incautis nimium temerarius annis,
 Altius egit iter, deseruitque patrem.

すると子供は思慮とぼしき年頃のせいで、向こう見ずにも、一層高い道を取り、父から離れてしまった。

Vincla labant, et cera deo propiore liquescit,   85
 Nec tenues ventos brachia mota tenent.

紐の結び目はゆるみ、太陽神に近づいたため蝋は溶け始め、いくら腕を動かそうとも、薄くなった空気を捕らえられない。

Territus a summo despexit in aequora caelo:
 Nox oculis pavido venit oborta metu.

恐怖に駆られて高い天から海面を見下ろすと、恐怖におののくあまり闇がその両目を被ってしまった。

Tabuerant cerae: nudos quatit ille lacertos,
 Et trepidat nec, quo sustineatur, habet.   90

蝋は溶けてしまった。子供は翼の失せた腕を激しくふり恐怖に震えたが、もはや身を支えてくれるものはなかった。

Decidit, atque cadens 'pater, o pater, auferor!' inquit,
 Clauserunt virides ora loquentis aquae.

落ちて行きながらも「お父さん、ああ、お父さん、僕離れていってしまうよ」と言ったが、そう喚いている彼の口を緑色の海が塞いでしまった。

At pater infelix, nec iam pater, 'Icare!' clamat,
 'Icare,' clamat 'ubi es, quoque sub axe volas?'

不幸な父は、いやもはや父でなくなった身だが、「イカロスよ」と彼は名を呼ぶ。「イカロスよ、天の下のどこを飛んでいるのだ」

'Icare' clamabat, pinnas aspexit in undis.   95
 Ossa tegit tellus: aequora nomen habent.

「イカロスよ」と名を呼んでいるうちに、波間に浮かぶ翼を見つけたのだった。大地がその骨を覆ったが、海はなおその名をとどめている。

Non potuit Minos hominis conpescere pinnas;
 Ipse deum volucrem detinuisse paro.

ミノス王ででさえも人間の作った翼を押さえておくことはできなかったものを、この私は翼の生えた神を引き留めておこうと意図しているのである。

Fallitur, Haemonias siquis decurrit ad artes,
 Datque quod a teneri fronte revellit equi.   100

ハエモニア(トラキア)の魔術にすがろうとしたり、仔馬の額から取ったもの(媚薬)を女に与えたりする者がいるとすれば、それは間違いというものだ。

Non facient, ut vivat amor, Medeides herbae
 Mixtaque cum magicis nenia Marsa sonis.

メディア(ペルシア)の薬草も、魔術の音を交えたマルシー族のまじないの歌も、愛を生かせておくのに効き目はない。

Phasias Aesoniden, Circe tenuisset Ulixem,
 Si modo servari carmine posset amor.

愛がまじないの歌だけで保てるものならば、パシスの女(メデイア)はアイソンの子(イヤソン)を、キルケはオデュッセウスをとどめられたはずだ。

Nec data profuerint pallentia philtra puellis:   105
 Philtra nocent animis, vimque furoris habent.

人を青ざめさせる媚薬を女に与えても効き目はない。媚薬は精神を損なうし、狂気を引き起こす力もあるのだ。

Sit procul omne nefas; ut ameris, amabilis esto:
 Quod tibi non facies solave forma dabit:

神々の掟にもとる行為は何であれ遠ざけよ。 愛されたいのなら愛されるにふさわしい人間になることだ。顔や容姿だけでそうなれるものではない。

Sis licet antiquo Nireus adamatus Homero,
 Naiadumque tener crimine raptus Hylas,   110

たとえ君がそのかみホメロスに熱烈に愛されたニレウス(ギリシア軍の美青年)のごときもの、ナイアデス(水の精)たちが悪さをしてさらったヒュラス(ヘラクレスが愛した美少年)のごとき物だとしても、

Ut dominam teneas, nec te mirere relictum,
 Ingenii dotes corporis adde bonis.

意中の女性を引き止めておくために、また彼女に逃げられて茫然としたりしないためにも、美しい肉体に才気という賜物を加えるがいい。

Forma bonum fragile est, quantumque accedit ad annos
 Fit minor, et spatio carpitur ipsa suo.

美貌などというものは儚い長所であって、年を重ねていくにつれて失われて行き、歳月を経たぶんだけすり減ってしまうものだ。

Nec violae semper nec hiantia lilia florent,   115
 Et riget amissa spina relicta rosa.

薔薇も、花びらを開いた百合の花もいつまでも咲いているわけではない。薔薇にしても散ってしまえば固くなったトゲが残るだけだ

Et tibi iam venient cani, formose, capilli,
 Iam venient rugae, quae tibi corpus arent.

美貌の若者よ、やがて君にも白髪がやってきて、しわも生じ、君の体に畝を立てるだろう。

Iam molire animum, qui duret, et adstrue formae:
 Solus ad extremos permanet ille rogos.   120

今こそ長続きする精神を築き上げ、それを美貌に加えるがいい。ひとり精神のみが命果てて火葬に付されるまで持続するのだ。

Nec levis ingenuas pectus coluisse per artes
 Cura sit et linguas edidicisse duas.

自由人にふさわしい学芸によって心を陶冶することを軽んずることなく、(ラテン語とギリシャ語という)二つの言葉を修めることだ。

Non formosus erat, sed erat facundus Ulixes,
 Et tamen aequoreas torsit amore deas.

オデュッセウスは美男ではなかったが弁が立った。それでありながら海の女神たちを恋心でもだえさせたものだ。

A quotiens illum doluit properare Calypso,   125
 Remigioque aptas esse negavit aquas!

ああ、カリュプソは彼が島を立ち去ろうと心せいていることを幾たびか悲しみ、(今は)海原が櫂で渡るには向いていないと言ったことか。

Haec Troiae casus iterumque iterumque rogabat:
 Ille referre aliter saepe solebat idem.

彼女はトロイア落城の様子を聞かせてくれと幾度も幾度もせがみ、オデュッセウスは話し方こそ変えてだが、同じことを度々話し聞かせたものだった。

Litore constiterant: illic quoque pulchra Calypso
 Exigit Odrysii fata cruenta ducis.   130

両人は浜辺に立っていたのだが、そこでもまた美しいカリュプソは、オドリュサイ(トラキア)の大将(レーソス)が血に染まって倒れた様子を聞きたいとせがんだ。

Ille levi virga (virgam nam forte tenebat)
 Quod rogat, in spisso litore pingit opus.

彼は軽い杖で—たまたま杖を手にしていたからだが—カリュプソがせがんだ一件を厚く積もった砂浜の上に描いてみせた。

'Haec' inquit 'Troia est' (muros in litore fecit):
 'Hic tibi sit Simois; haec mea castra puta.

「これが」と彼は言った。「トロイヤだ」—と城壁を砂の上に描いた。「ほれこっちがシモイス川だ。これがわしの陣屋だと思ってくれ。

Campus erat' (campumque facit), 'quem caede Dolonis   135
 Sparsimus, Haemonios dum vigil optat equos.

「ここに野原があってな」—と彼は野原を描いた—「ハエモニアの馬が欲しいばかりに夜も眠らずにいたドローンを討ち取って、我々はこの野原を血潮で染めたものだった。

Illic Sithonii fuerant tentoria Rhesi:
 Hac ego sum captis nocte revectus equis.'

「そっちにはシドン人(レーソス)の天幕があった。わしはその夜ぶんどった馬に乗って戻ってきたのだった」

Pluraque pingebat, subitus cum Pergama fluctus
 Abstulit et Rhesi cum duce castra suo.   140

その他にもあれこれと描いて見せようとしていると、突然大波がやってきてペルガマ(トロイ)とレーソスの陣屋をその将もろともにさらっていってしまった。

Tum dea 'quas' inquit 'fidas tibi credis ituro,
 Perdiderint undae nomina quanta, vides?'

するとカリュプソは言った。「ほらごらんなさい。あなたが船出なさるによいと信じていらっしゃる波は、その名も高い方々のお名前を消し去ってしまいましたよ」

Ergo age, fallaci timide confide figurae,
 Quisquis es, aut aliquid corpore pluris habe.

さればだ、目を欺きがちな容姿というものに信を置くなら、用心深くすることだ。君が何者であるにせよ、肉体以上の何か長所をわが物としておくがいい。

Dextera praecipue capit indulgentia mentes;   145
 Asperitas odium saevaque bella movet.

とりわけ手だれの鷹揚さを見つけて心をとらえたまえ。荒々しい性格は憎しみと苛烈な争い生むだけだ。

Odimus accipitrem, quia vivit semper in armis,
 Et pavidum solitos in pecus ire lupos.

我々が鷹を嫌うのは、常に獲物を襲うのがその生き方だからだし、狼も臆病な羊の群れを襲うその習性ゆえに嫌うのである。

At caret insidiis hominum, quia mitis, hirundo,
 Quasque colat turres, Chaonis ales habet.   150

燕は穏やかな鳥なので人間の罠の犠牲にもならず、カオニスの鳥(鳩)も塔に住まわせてもらっているのだ。

Este procul, lites et amarae proelia linguae:
 Dulcibus est verbis mollis alendus amor.

下がりおろう、争い事と苦々しい口喧嘩よ。優しい愛は甘い言葉で育まねばならぬ。

Lite fugent nuptaeque viros nuptasque mariti,
 Inque vicem credant res sibi semper agi;

夫婦喧嘩は、妻から夫を、夫から妻を遠ざける。二人にはいつも裁判沙汰が起きていると互いに思わせておけ。

Hoc decet uxores; dos est uxoria lites:   155
 Audiat optatos semper amica sonos.

これが人妻にはふさわしいあり方だ。夫婦喧嘩は人妻の持参金である。愛する女性には彼女が待ち望んでいた言葉をいつだって聞かせるがいい。

Non legis iussu lectum venistis in unum:
 Fungitur in vobis munere legis amor.

君たちが臥所を共にするのは法の命ずるところによってではない。アモルが法の役割を果たしてくれるのだ。

Blanditias molles auremque iuvantia verba
 Adfer, ut adventu laeta sit illa tuo.   160

君がやってくるのを彼女が喜ぶようにするには、優しいお追従と快く耳をくすぐるような言葉とを聞かせてやることだ。

Non ego divitibus venio praeceptor amandi:
 Nil opus est illi, qui dabit, arte mea;

私は金持ち連中のために愛の師匠として参上したわけではない。贈り物ができるような人物には私の技術は全く要らないからだ。

Secum habet ingenium, qui, cum libet, 'accipe' dicit;
 Cedimus: inventis plus placet ille meis.

好きな時に「いいから取っておきなさい」などと言える人物は、それだけでもう才覚が身に備わっているというものだ。当方は引っ込むしかない。さような人物は私が案出した手だてよりももっと女の心を惹くのだ。

Pauperibus vates ego sum, quia pauper amavi;   165
 Cum dare non possem munera, verba dabam.

この私はといえば貧しい人々のための詩人である。人を愛した頃に貧しかったからだ。贈り物ができなかったので、代わりに言葉送ったものだ。

Pauper amet caute: timeat maledicere pauper,
 Multaque divitibus non patienda ferat.

貧乏人は愛するにあたっても、用心しいしいするがいい。貧乏人なるが故に、悪口を言うのにも気を使うようにせねばならぬ。金持ちなら我慢のならぬようなことを、貧乏人は多く耐え忍ばねばならない。

Me memini iratum dominae turbasse capillos:
 Haec mihi quam multos abstulit ira dies!   170

私はかつて逆上して愛する女の髪をぐしゃぐしゃにしてやったことを覚えているが、そんな風に腹を立てたばかりに、なんと多くの日を無駄に過ごしてしまったことか。

Nec puto, nec sensi tunicam laniasse; sed ipsa
 Dixerat, et pretio est illa redempta meo.

女の下着を切り裂いたとは思っていないし、そんなことをした意識もなかったのだが、彼女はそうしたと言ったのである。で、私が金を払って買い替えてやる羽目となった。

At vos, si sapitis, vestri peccata magistri
 Effugite, et culpae damna timete meae.

されば君たちは、ものをわきまえているならば、師匠たる私の過ちを避けたまえ。して、私の失態が招いた損失に用心したまえ。

Proelia cum Parthis, cum culta pax sit amica,   175
 Et iocus, et causas quicquid amoris habet.

戦うなら、パルティア人を相手にやるがよく、垢抜けた女との間では波風を立てないことだ。冗談を飛ばすもよし、なんであれ恋心を掻き立てるようなことをするがよかろう。

Si nec blanda satis, nec erit tibi comis amanti,
 Perfer et obdura: postmodo mitis erit.

女の愛情に細やかさが足りなくとも、君が愛しているのに優しくしてくれなくとも、我慢してしぶとく粘ることだ。いずれはかたくなな態度もやわらぐことだろう。

Flectitur obsequio curvatus ab arbore ramus:
 Frangis, si vires experiere tuas.   180

曲がった枝もそっとはあつかえば、木の幹からたわむものだが、力任せにやれば折ってしまうことになる。

Obsequio tranantur aquae: nec vincere possis
 Flumina, si contra, quam rapit unda, nates.

流れに逆らわなければ川も泳ぎ渡れるが、流れの方向に逆らって泳いだりすれば、川に打ち勝つことはできなかろう。

Obsequium tigresque domat Numidasque leones;
 Rustica paulatim taurus aratra subit.

従順さは虎をもヌミディアの獅子をも馴致せしめる。少しずつやれば牡牛も畑を耕す犂(すき)を背負うものだ。

Quid fuit asperius Nonacrina Atalanta?   185
 Succubuit meritis trux tamen illa viri.

ノナクリス(アルカディア)のアタランテよりも気性の荒い者がいたろうか。それでもやはり、その荒々しい娘も男の持つ価値には身を屈したのだ。

Saepe suos casus nec mitia facta puellae
 Flesse sub arboribus Milaniona ferunt;

伝えられているところでは、メラニオンは木の下でしばしばわが身の不運と乙女(アタランテ)のかたくなな態度をなげいていたという。

Saepe tulit iusso fallacia retia collo,
 Saepe fera torvos cuspide fixit apros:   190

しばしば彼は乙女(アタランテ)の命に従って、獲物を欺く網を肩に担いだものだし、無慈悲な槍を投じて獰猛な猪を仕留めたりもした。

Sensit et Hylaei contentum saucius arcum:
 Sed tamen hoc arcu notior alter erat.

ヒュライオス(ケンタウロス)のひき絞った弓で傷を負ったりもしたが、もう一つのアモルの弓の方がもっと骨身にこたえたのだった。

Non te Maenalias armatum scandere silvas,
 Nec iubeo collo retia ferre tuo:

私は君に武具を手にマイナロス(アルカディア)の森の中へ登りに行けとか、肩に網を担げとか命じているわけではない。

Pectora nec missis iubeo praebere sagittis;   195
 Artis erunt cauto mollia iussa meae.

弦(つる)を放たれた矢にその胸をさらせと命じもしない。慎重さを旨とするわが愛の技術の命じるところは、もっと優しいものになるであろう。

Cede repugnanti: cedendo victor abibis:
 Fac modo, quas partes illa iubebit, agas.

女が嫌がったら折れて出るがいい。折れて出ることで結局は勝ちを占めることになるのだから、彼女がやれと言う通りの役をとにかくもやるのだ。

Arguet, arguito; quicquid probat illa, probato;
 Quod dicet, dicas; quod negat illa, neges.   200

彼女が難癖をつけたら、君も難癖をつけるがいい。何であれ彼女が褒めたら、君も褒めるのだ。彼女が何を言っても、ごもっともと言い、彼女がダメと言ったらダメだと言うのだ。

Riserit, adride; si flebit, flere memento;
 Imponat leges vultibus illa tuis.

彼女が笑ったら君も笑い、泣いたら君も忘れずに泣くがいい。君が浮かべる表情は彼女が 課する掟に従わせたまえ。

Seu ludet, numerosque manu iactabit eburnos,
 Tu male iactato, tu male iacta dato:

彼女が勝負事を楽しんで、手で象牙の賽をふったりしたら、君は下手くそに賽をふりたまえ。下手くそにやって出た目を自分が損になるようにいじるのだ。

Seu iacies talos, victam ne poena sequatur,   205
 Damnosi facito stent tibi saepe canes:

君は賽を振って彼女が負けても負けた分を払えなどと迫ってはならぬ。損になる犬の目がしばしば自分に出るように細工することだ。

Sive latrocinii sub imagine calculus ibit,
 Fac pereat vitreo miles ab hoste tuus.

「泥棒将棋」の盤の上で駒を動かす時には、君のほうの歩兵が相手方のガラス細工の駒に負けて死ぬようにするのがいい。

Ipse tene distenta suis umbracula virgis,
 Ipse fac in turba, qua venit illa, locum.   210

君は自分から進んで、日傘の骨を開いて彼女にさしかけてやりたまえ。自分から進んで、彼女の行くところ雑踏の中に道を開けてやりたまえ。

Nec dubita tereti scamnum producere lecto,
 Et tenero soleam deme vel adde pedi.

彼女が座ろうとしている優雅な寝椅子にはいそいそと足台を差し出し、上履きを履かせたり脱がせたりするのだ。

Saepe etiam dominae, quamvis horrebis et ipse,
 Algenti manus est calfacienda sinu.

さらには君自身がどれほど寒さに震え上がっていようとも、愛する女性の寒さに凍えた手を懐に入れて温めてやらねばならぬこともよくある。

Nec tibi turpe puta (quamvis sit turpe, placebit),   215
 Ingenua speculum sustinuisse manu.

自由民の身でありながら、その手で鏡を捧げもってやることを恥と思ってはならぬ。恥と言えば恥だが心楽しくもあろう。

Ille, fatigata praebendo monstra noverca
 Qui meruit caelum, quod prior ipse tulit,

以前は自ら支えていた天にその座を得た彼の者(ヘラクレス)は、継母(ユノ)が彼のもとに次々と怪物を送り込むのに疲れ果てたおりには、

Inter Ioniacas calathum tenuisse puellas
 Creditur, et lanas excoluisse rudes.   220

イオニアの乙女たちに立ちまじって籠を手にしたり、加工していない羊毛を紡いだりしていたと信じられているのだ。

Paruit imperio dominae Tirynthius heros:
 I nunc et dubita ferre, quod ille tulit.

このティリンスの英雄(ヘラクレス)も愛する女(オンファレ)の命ずるところに従ったのだ。それ、彼の英雄が耐え忍んだことを君は耐え忍ぶのを躊躇ったりするのかね。

Iussus adesse foro, iussa maturius hora
 Fac semper venias, nec nisi serus abi.

公共広場へ来るように言われたら、いつでも言われた時間よりも早めに駆けつけ、遅くまで立ち去ってはならぬ。

Occurras aliquo, tibi dixerit: omnia differ,   225
 Curre, nec inceptum turba moretur iter.

どこそこに来て欲しいと言われたりしたら、何もかも放り出して駆けつけるがいい。雑踏に阻まれて遅れたりしてはならぬ。

Nocte domum repetens epulis perfuncta redibit:
 Tum quoque pro servo, si vocat illa, veni.

夜分にご馳走に堪能して、女が家路をさして帰ることもあろう。そんな時にも、彼女が呼んだら奴隷の代わりに馳せ参じるのだ。

Rure erit, et dicet 'venias': Amor odit inertes:
 Si rota defuerit, tu pede carpe viam.    230

女が田舎に滞在していて「いらっしゃいな」と言ってくれるやもしれぬ。アモルはぐずぐずしている輩が大嫌いなのだ。車がなかったら歩いてでも行くがいい。

Nec grave te tempus sitiensque Canicula tardet,
 Nec via per iactas candida facta nives.

天気が悪かろうが、物みな乾く天狼星の下だろうが、雪が降り積もって道が真っ白になっていようが、遅れたりしてはならない。

Militiae species amor est; discedite, segnes:
 Non sunt haec timidis signa tuenda viris.

恋愛は戦いの場である。もたもたしているやつは退却しろ。この軍旗は臆病者どもが守るべきものではない。

Nox et hiems longaeque viae saevique dolores   235
 Mollibus his castris et labor omnis inest.

夜も、凍てつく冬も、果てしない行軍も、猛烈な苦痛も、あらゆる労苦がこの甘美な陣営の中に潜んでいるのだ。

Saepe feres imbrem caelesti nube solutum,
 Frigidus et nuda saepe iacebis humo.

雲垂れ込めた空から降り注ぐ雨を耐え忍ぶこともしばしばあろうし、凍えた身でむき出しの地面に横になることもしばしばあろう。

Cynthius Admeti vaccas pavisse Pheraei
 Fertur, et in parva delituisse casa.   240

キュンティオス(アポロン)でさえもフェライのアドメトス王の牛どもに草をはませ、ちっぽけな小屋に寝起きしていたと伝えられているのだ。

Quod Phoebum decuit, quem non decet? exue fastus,
 Curam mansuri quisquis amoris habes.

フォイボス(アポロン)の身にふさわしいことが、誰にふさわしくないことがあろうか。誰にもせよ愛を長続きさせたいと心がけるものは、思い上がりを捨てるがよい。

Si tibi per tutum planumque negabitur ire,
 Atque erit opposita ianua fulta sera,

安全で平坦な通い路が閉ざされていたら、門にかんぬきがかけられていて道が塞がれていたら、

At tu per praeceps tecto delabere aperto:   245
 Det quoque furtivas alta fenestra vias.

屋根の穴から身を逆さまにして忍び込みたまえ。屋根の穴から身を逆さまにして忍び込みたまえ。

Laeta erit, et causam tibi se sciet esse pericli;
 Hoc dominae certi pignus amoris erit.

彼女は喜んでくれるだろうし、そんな危険を冒したのも自分のためだと納得もしよう。これこそが君の意中の女性には確かな愛の証拠となるだろう。

Saepe tua poteras, Leandre, carere puella:
 Transnabas, animum nosset ut illa tuum.   250

レアンドロスよ、愛する女(ヘロ)がそばにいなくともかまわぬ時もしばしばあったのに、心の内を知らせようとて、毎夜君は海峡を泳ぎ渡っていたものであったな。

Nec pudor ancillas, ut quaeque erit ordine prima,
 Nec tibi sit servos demeruisse pudor.

女奴隷たち—それも序列の高さに応じてだが—それと、男奴隷たちの歓心を買っておくことを恥じてはならぬ。

Nomine quemque suo (nulla est iactura) saluta,
 Iunge tuis humiles, ambitiose, manus.

それぞれの名を呼んで挨拶しておくことだ。 びた一文損するわけではない。下心があるのだから、彼らの卑しい手を握っておきたたまえ。

Sed tamen et servo (levis est inpensa) roganti   255
 Porrige Fortunae munera parva die:

であってもなお、ねだってくるような奴隷には、運命女神の祭日(7月7日)に—出費はわずかなものだ—ちょっとした贈り物をやっておくがいい。

Porrige et ancillae, qua poenas luce pependit
 Lusa maritali Gallica veste manus.

(女奴隷の)結婚衣装にあざむかれたガリア人の手勢が罰を被った(滅んだ)日には、女奴隷にも贈り物をやりたまえ。

Fac plebem, mihi crede, tuam; sit semper in illa
 Ianitor et thalami qui iacet ante fores.   260

信じてもらいたいが、卑しい連中を手なずけておくのだ。門番や寝室の前で寝る奴隷をその数の中に入れておくがいい。

Nec dominam iubeo pretioso munere dones:
 Parva, sed e parvis callidus apta dato.

意中の女性には値の張る贈り物をせよ、などと私は言いはしない。ちょっとしたものでいいのだが、ちょっとした品でこれぞぴたりというものを抜かりなく選んでおくのがいい。

Dum bene dives ager, cum rami pondere nutant,
 Adferat in calatho rustica dona puer.

畑の収穫物が豊かで、たわわに実った果実が枝から垂れている時には、畑でとれた贈り物をかごに入れて奴隷に届けさせたらよかろう。

Rure suburbano poteris tibi dicere missa,   265
 Illa vel in Sacra sint licet empta via.

例えばそれがウィア・サクラで買ったものだとしても、郊外の農園から届けられたものだと言ってのけることもできよう。

Adferat aut uvas, aut quas Amaryllis amabat—
 At nunc castaneas non amat illa nuces.

葡萄だの、アマリリス(田舎娘)が好きだった木の実(栗)だのを—当節のご婦人は栗などはお好きではないが—届けさせたまえ。

Quin etiam turdoque licet missaque columba
 Te memorem dominae testificere tuae.   270

その上さらに鶫(ツグミ)だの花冠だのを送り届けたりすることで、君が意中の女性を忘れずにいるという確かな証拠を見せられるというものだ。

Turpiter his emitur spes mortis et orba senectus.
 A, pereant, per quos munera crimen habent!

かような贈り物によって、他人の死を期待し、子供のいない老人の歓心を買おうとするのは卑しむべきことだ。贈り物に罪ありということにしている輩はくたばるがいい。

Quid tibi praecipiam teneros quoque mittere versus?
 Ei mihi, non multum carmen honoris habet.

優しさあふれる詩をも贈れなどと、どうして私が勧めたりしようか。悲しいかな詩歌は大して敬意を払われはしない。

Carmina laudantur, sed munera magna petuntur:   275
 Dummodo sit dives, barbarus ipse placet.

詩歌は褒められはするが、求められるのは立派な贈り物なのだ。金持ちだというだけで異国の蛮人でさえも女たちに好かれるのだ。

Aurea sunt vere nunc saecula: plurimus auro
 Venit honos: auro conciliatur amor.

まことに当代こそは黄金時代である。黄金のあるところ、名誉もまた多く群がり、愛も黄金で手に入る。

Ipse licet venias Musis comitatus, Homere,
 Si nihil attuleris, ibis, Homere, foras.   280

ホメロスよ、ムーサらにも伴われて御身がやってきたとしても、手ぶらでやってきたならば、外へ追い出されることだろう。

Sunt tamen et doctae, rarissima turba, puellae;
 Altera non doctae turba, sed esse volunt.

もっとも、滅多にはないが、学のある女たちもいることはいる。そうありたいと願っている女たちもいる。

Utraque laudetur per carmina: carmina lector
 Commendet dulci qualiacumque sono;

こういう女たちはどちらも詩歌で褒めあげてやるがいい。出来栄えはどうでもいい。作った詩歌を心とろけるような調子で朗読奴隷に読ませて、その価値を認めさせるのだ。

His ergo aut illis vigilatum carmen in ipsas   285
 Forsitan exigui muneris instar erit.

そうすることで、彼女たちを称えて寝もやらずに書いた詩は、ほんのつまらの贈り物の役目ぐらいを果たすかもしれぬ。

At quod eris per te facturus, et utile credis,
 Id tua te facito semper amica roget.

君がやろうとしていて、それが役立ちそうだと思うことがあったら、君の愛する女性の側からいつでもせがまれるようにするがいい。

Libertas alicui fuerit promissa tuorum:
 Hanc tamen a domina fac petat ille tua:   290

君の奴隷の誰かを自由の身にすると約束してあったとしよう。その奴隷が君の意中の女性の口を通じて自由を請うような具合に持って行きたまえ。

Si poenam servo, si vincula saeva remittis,
 Quod facturus eras, debeat illa tibi:

奴隷に罰を科したり酷い足枷をするのを免じてやるならば、君が自分でやろうとしていたことを彼女の手でやらせて、君への恩義を着せることだ。

Utilitas tua sit, titulus donetur amicae:
 Perde nihil, partes illa potentis agat.

君は実をとって、恩人の名は彼女に取らせたらよかろう。君は何一つ損はするな。力があるのだというところを見せつける役割を、彼女にやらせておけばいいのだ。

Sed te, cuicumque est retinendae cura puellae,   295
 Attonitum forma fac putet esse sua.

だが、君がどんな人物であろうとも、女を引き止めておこうとの心配りがあるのなら、その美貌に身も心も奪われているのだと思い込ませることだ。

Sive erit in Tyriis, Tyrios laudabis amictus:
 Sive erit in Cois, Coa decere puta.

彼女がテュロス染めの衣装を纏ったら、テュロスの着物を褒めるがいい、コス島産の衣装を纏ったら、コス島のものが似合うと考えたたまえ。

Aurata est? ipso tibi sit pretiosior auro;
 Gausapa si sumpsit, gausapa sumpta proba.   300

金糸ずくめで現れたら、君の目には黄金そのものよりも彼女の方が貴重だということにしておくがよい。羅紗を着たら羅紗もまた結構というがいい。

Astiterit tunicata, 'moves incendia' clama,
 Sed timida, caveat frigora, voce roga.

下着姿で君の傍に立ったら、「体中燃え上がらせてくれるねえ」と叫びたまえ。だが、心配げな口調で「風邪をひかないように気をつけてね」などとも言っておくがいい。

Conpositum discrimen erit, discrimina lauda:
 Torserit igne comam, torte capille, place.

髪を結ってニつに分けたら、その分け具合がいいとほめたまえ。髪を鏝(こて)でちぢらせたら、髪のちぢらせた方が素敵だということにするのだ。

Brachia saltantis, vocem mirare canentis,   305
 Et, quod desierit, verba querentis habe.

踊って見せたらその腕の振りに、歌ってみせたらその声に感嘆してやるがよかろう。女がやめてしまったらそれを惜しむ文句をひねり出したまえ。

Ipsos concubitus, ipsum venerere licebit
 Quod iuvat, et quae dat gaudia voce notes.

愛の営みそのものについても、それが気持ちよかったと褒め称えてもいいし、夜密かに味わった喜びを褒めてもいい。

Ut fuerit torva violentior illa Medusa,
 Fiet amatori lenis et aequa suo.   310

女が気性を激しく、メデューサよりも猛々しくとも、愛する男の前では優しく穏やかになることだろう。

Tantum, ne pateas verbis simulator in illis,
 Effice, nec vultu destrue dicta tuo.

ただ、こんな具合に言葉を操っているうちに、それが君の本心ではないことがばれないように用心することだ。君が吐いた言葉をその顔つきで台無しにせぬように心したまえ。

Si latet, ars prodest: adfert deprensa pudorem,
 Atque adimit merito tempus in omne fidem.

技術は隠れていてこそ役に立つのだ。見破られたら赤恥をかくばかりか、後々までも信用 失うことになっても当然だ。

Saepe sub autumnum, cum formosissimus annus,   315
 Plenaque purpureo subrubet uva mero,

往々あることだが、秋がめぐってきて1年のうち最も季節が美しく、たわわに実った葡萄の房が紫色の果汁でいっぱいになって赤みを帯びる頃、

Cum modo frigoribus premimur, modo solvimur aestu,
 Aere non certo, corpora languor habet.

寒さに縮み上がるかと思えば、暑さにだらけることもあって、気候が不安定で、体が疲れやすかったりするものだ。

Illa quidem valeat; sed si male firma cubarit,
 Et vitium caeli senserit aegra sui,   320

そんなとき女性が健康であればそれでよい。だが体調を崩して床に伏し、気候の悪さが体に障って病がちであったとしよう。

Tunc amor et pietas tua sit manifesta puellae,
 Tum sere, quod plena postmodo falce metas.

そんな時こそ、意中の女性に対する君の愛と誠実さとを存分に見せつけるのだ。そんな時こそ、後に大鎌を振るって刈り取るほどの種をまいておくことだ。

Nec tibi morosi veniant fastidia morbi,
 Perque tuas fiant, quae sinet ipsa, manus.

人を不機嫌にする病のせいで嫌がられたりしないようにするがいい。女がさせてくれることは、君が自ら手を下してやることだ。

Et videat flentem, nec taedeat oscula ferre,   325
 Et sicco lacrimas conbibat ore tuas.

君が泣いているところも見せつけ、あくことなく接吻を与え、君の涙を女の乾いた口に受けて飲ませてやりたまえ。

Multa vove, sed cuncta palam; quotiesque libebit,
 Quae referas illi, somnia laeta vide.

祈祷などは大いにやるがいい。だがどれも女の面前でやるのだ。心楽しい夢は好きなだけ何度でも見て、それを女に話してやるがよかろう。

Et veniat, quae lustret anus lectumque locumque,
 Praeferat et tremula sulpur et ova manu.   330

寝台や居室をお祓いで清める老婆を連れてきて、震えている手で硫黄と卵を差し出させるのだ。

Omnibus his inerunt gratae vestigia curae:
 In tabulas multis haec via fecit iter.

これらすべての行いのうちに、君のありがたい心遣いの証が認められることになろう。多くの人々にとって、この手口は遺言書にありつく道を開いてきた。

Nec tamen officiis odium quaeratur ab aegra:
 Sit suus in blanda sedulitate modus:

ただし世話を焼きすぎて、病んでいる女性に嫌われたりしないように、優しい心遣いを示すのにも、それ相応の節度があるべきだ。

Neve cibo prohibe, nec amari pocula suci   335
 Porrige: rivalis misceat illa tuus.

これこれの食べ物はいけないと言ったり、苦い煎じ薬の入った杯を飲ませようとしてはならない。そんな杯は君の恋敵にでも調合させておくことだ。

Sed non cui dederas a litore carbasa vento,
 Utendum, medio cum potiere freto.

しかしながら、海原の真ん中にまで達したというのに、海岸を離れるとき帆に受けた風の力に、そのまま頼っていてはいけない。

Dum novus errat amor, vires sibi colligat usu:
 Si bene nutrieris, tempore firmus erit.   340

愛というものはまだ初々しくて迷いを生じているうちに、経験によって力を蓄えるようにすべきだ。上手に育んでやりさえすれば、時が経つにつれて愛は揺るぎないものになるのだ。

Quem taurum metuis, vitulum mulcere solebas:
 Sub qua nunc recubas arbore, virga fuit:

君が怖がっている牡牛にしても、仔牛の頃には撫ぜてやったものだ。君がその木陰に横になっている木も以前は若木だったではないか。

Nascitur exiguus, sed opes adquirit eundo,
 Quaque venit, multas accipit amnis aquas.

川も生まれたところでは、ささやかな流れに過ぎないが、下るにつれて水量を増やして行き、流れ行くあちこちで多くの水流を飲み込むのだ。

Fac tibi consuescat: nil adsuetudine maius:   345
 Quam tu dum capias, taedia nulla fuge.

女が君に馴染むようにすることだ。慣れ親しんでいることほど力を発揮するものはない。その域に達するまでは、どんな退屈なことでも忌避してはならぬ。

Te semper videat, tibi semper praebeat aures;
 Exhibeat vultus noxque diesque tuos.

絶えず女のいるところへ姿を見せ、絶えず君の言葉に耳を傾けさせることだ。夜となく昼となく彼女の前に顔を出しておくがいい。

Cum tibi maior erit fiducia, posse requiri,
 Cum procul absenti cura futurus eris,   350

自分がいないと女に寂しがられるという確信が深められるようになったら、君が遠くに離れていることが彼女をやきもきさせるようになったら、

Da requiem: requietus ager bene credita reddit,
 Terraque caelestes arida sorbet aquas.

一息つがせてやるがよい。畑にしても、休ませておけばそれに見合う収穫を生むものだ。乾ききった地は天から降り注ぐ雨をよく吸い込むではないか。

Phyllida Demophoon praesens moderatius ussit:
 Exarsit velis acrius illa datis.

デモポン(テセウスの息子)がそばにいる間は、ピュリス(トラキアの王女)もほどほどに胸を焦がしているだけだったが、帆を上げて去ってしまうと、ずっと激しく恋のほむらに身を焼いたものだ。

Penelopen absens sollers torquebat Ulixes;   355
 Phylacides aberat, Laodamia, tuus.

智謀に富むオデッセウスは故郷にいなかったからこそ、ペネロペイア(妻)の心を苛んだ。ラオダメイアよ、そなたの夫であるフュラコスの子(プロテシラオス、トロイへ遠征)もまた、故郷(ギリシア)を離れていたのだったな。

Sed mora tuta brevis: lentescunt tempore curae,
 Vanescitque absens et novus intrat amor.

とは言うものの、離れている期間は短くしておくのが安全というものだ。女が不安に思う気持ちも時が経つにつれて鎮まっていくし、恋心も離れていれば薄らいで、新しい恋がそこに滑り込むからだ。

Dum Menelaus abest, Helene, ne sola iaceret,
 Hospitis est tepido nocte recepta sinu.   360

メネラオスが留守にしている間に独り寝を厭うて、ヘレネは夜中に客人パリスの温かい胸に抱かれたのだった。

Quis stupor hic, Menelae, fuit? tu solus abibas,
 Isdem sub tectis hospes et uxor erant.

メネラオスよ、これこそ何ともはや、間の抜けた話ではないか。お前さんは一人で家を後にし、同じ屋根の下に客人とお前さんの妻がいたのだぞ。

Accipitri timidas credis, furiose, columbas?
 Plenum montano credis ovile lupo?

気でも狂ったのか、か弱い鳩を鷹の意に任せるとは。羊でいっぱいの羊小屋を山の狼に預けるとは。

Nil Helene peccat, nihil hic committit adulter:   365
 Quod tu, quod faceret quilibet, ille facit.

ヘレネは少しも過ちを犯してはいないし、この密か男にしても、およそ罪を犯したというような話ではない。お前さん自身だって、また誰だってやったであろうことを、かの男はやらかしたまでのことだ。

Cogis adulterium dando tempusque locumque;
 Quid nisi consilio est usa puella tuo?

好機と場所とを提供してやって姦通してくれと言っているのも同然だ。お前さんの意向を汲んででもなければ、どうしてヘレネにあんな真似が出来たろうか。

Quid faciat? vir abest, et adest non rusticus hospes,
 Et timet in vacuo sola cubare toro.   370

彼女にどうしろというのだ。亭主は留守、しかもおよそ野暮とはいえぬ客人が身近にいて、さらには空閨(くうけい)に一人で寝るのが恐ろしいときては。

Viderit Atrides: Helenen ego crimine solvo:
 Usa est humani commoditate viri.

アトレウスの子(メネラオス)よ、お前さんとて分かるだろう。この私がヘレネに着せられた罪を解いてやるのだ。彼女はご亭主の提供した人間味あふれる便宜を利用したまでの話だ。

Sed neque fulvus aper media tam saevus in ira est,
 Fulmineo rabidos cum rotat ore canes,

それにしても牙をギラギラさせてたけり狂った犬どもを地に転がす褐色のイノシシも、

Nec lea, cum catulis lactentibus ubera praebet,   375
 Nec brevis ignaro vipera laesa pede,

乳飲み子に乳を与えている時の雌獅子も、知らずに足で踏みつけられて傷を負った小さな蛇も、

Femina quam socii deprensa paelice lecti:
 Ardet et in vultu pignora mentis habet.

怒りを爆発させた時の恐ろしさという点では、女が共寝する相手の寝台にいる恋敵の情婦を現場でつかまえて、怒りに燃え上がり、心のうちを面に表すときの恐ろしさには及ばない。

In ferrum flammasque ruit, positoque decore
 Fertur, ut Aonii cornibus icta dei.   380

刃物や火へと一気に走って、謹みもどこへやら、アイオニアの神(バッコス)の角に打たれたかのように走り回るのだ。

Coniugis admissum violataque iura marita est
 Barbara per natos Phasias ulta suos.

ファシス(コルキス)生まれの蛮族の女メデイアも自分の子供たちを殺すことで、夫の悪行と破られた結婚の掟とに対する復讐を遂げたものだ。

Altera dira parens haec est, quam cernis, hirundo:
 Aspice, signatum sanguine pectus habet.

もう一人の残忍な母親(プロクネ)は君も見てわかるこの燕だ。見るがいい、胸に血の跡がついているだろう。

Hoc bene compositos, hoc firmos solvit amores;   385
 Crimina sunt cautis ista timenda viris.

女の嫉妬というこの一事は、しっかりと結ばれた固い愛の絆も解いてしまうのである。用心深い夫は、かかる罪を恐れねばならぬ。

Nec mea vos uni damnat censura puellae:
 Di melius! vix hoc nupta tenere potest.

だからと言って私は風紀取締りの側に回って、諸君にただ一人の女を後生大事に守れなどと言うつもりはない。さようなことは神々も嘉(よみ)せぬところだ。結婚したばかりの新妻でも、そんなことはできそうにない。

Ludite, sed furto celetur culpa modesto:
 Gloria peccati nulla petenda sui est.   390

戯れの愛を楽しむがいい。ただし罪深い行為はうまいこと細工して隠しておくように。自分の犯した過ちをひけらかすような真似は慎まねばならない。

Nec dederis munus, cognosse quod altera possit,
 Nec sint nequitiae tempora certa tuae.

他の女に気づかれるような贈り物もしてはならぬ。浮気する時間をこれと決めておいてもいけない。

Et, ne te capiat latebris sibi femina notis,
 Non uno est omnis convenienda loco;

忍び逢いの場所を探り当てられて、君が女に捕まえられぬよう、ひとつの場所でどの女とも逢引きするなどしないことだ

Et quotiens scribes, totas prius ipse tabellas   395
 Inspice: plus multae, quam sibi missa, legunt.

女に手紙を書くときには、まず最初に自分で書き板を隅々まで見て確かめておきたまえ。多くの女は自分に宛てて書かれた以上のことを、そこから読み取ろうとするものだ。

Laesa Venus iusta arma movet, telumque remittit,
 Et, modo quod questa est, ipse querare, facit.

傷つけられたとなると、ウェヌスでさえも正義の武器を古い槍を投げ返してくる。そしてご自身の嘆きの種となったことを、今度は君にも嘆かせようとするのだ。

Dum fuit Atrides una contentus, et illa
 Casta fuit: vitio est improba facta viri.   400

アトレウスの子(アガメムノン)が一人の妻(クルタイムネストラ)で満足している間は、彼女も貞淑だった。夫が過ちを犯したために彼女は非道な女になったのである。

Audierat laurumque manu vittasque ferentem
 Pro nata Chrysen non valuisse sua:

クリュセスが月桂樹と嘆願用の巻紐を手にしていたにも関わらず、自分の娘(クリュセイス)を救うのに何の役にも立たなかったと、彼女は聞き及んでいた。

Audierat, Lyrnesi, tuos, abducta, dolores,
 Bellaque per turpis longius isse moras.

リュルネソスの町から強奪されてきた女(ブリセイス)よ、そなたの悲しみも、また恥ずべき遅滞のせいでトロイヤをめぐる戦いが一層長引いたことも、彼女は聞き及んでいたのだった。

Haec tamen audierat: Priameida viderat ipsa:   405
 Victor erat praedae praeda pudenda suae.

とは言っても、これらのことはただ聞き及んでいただけだったが、プリアモスの娘(カッサンドラ)は自分の目で見ていたのである。勝利者だった男(アガメムノン)が、奪って自分のものにした女に、恥ずべきことに心を奪われてしまったのだ。

Inde Thyestiaden animo thalamoque recepit,
 Et male peccantem Tyndaris ulta virum.

そんなことでテュンダレオスの娘(クリュタイムネストラ)はテュエステスの子(アイギストス)の心の中にも閨の中にもにも受け入れて、忌まわしい過ちを犯した夫に復讐したのだ。

Quae bene celaris, siqua tamen acta patebunt,
 Illa, licet pateant, tu tamen usque nega.   410

うまいこと隠していたことで、何か君の行いがばれてしまったら、たとえそれがばれてしまったとしても、あくまでシラを切り通すことだ。

Tum neque subiectus, solito nec blandior esto:
 Haec animi multum signa nocentis habent:

そんな時は降参してはならないし、普段より甘い態度を見せてもいけない。そんなことをするのは、心にやましいところがあることを、はっきりと見せつけることになる。

Sed lateri ne parce tuo: pax omnis in uno est;
 Concubitu prior est infitianda venus.

だが、君の腰を働かせるのを惜しんではならない。和解は一にかかってこのことのうちにあるのだから、共寝をすることでそれ以前の共寝を帳消しにするのだ。

Sunt, qui praecipiant herbas, satureia, nocentes   415
 Sumere; iudiciis ista venena meis;

女たちの中には(催淫剤として)毒性のあるキダチハッカの服用を勧める者もいるが、私の判断ではあれは健康に害がある。

Aut piper urticae mordacis semine miscent,
 Tritaque in annoso flava pyrethra mero;

あるいは胡椒とひりひりするほど辛いイラクサの種を混ぜたものや、すりつぶした黄色いカミツレ草を古酒に混ぜたものを勧めたりもする。

Sed dea non patitur sic ad sua gaudia cogi,
 Colle sub umbroso quam tenet altus Eryx.   420

だが高くそびえるエリュクス山(シケリア)がその麓に祀っている女神(ウェヌス)は、そんな無理をしてまで彼女のものであるものである喜びが得られることを、よしとはなさらない。

Candidus, Alcathoi qui mittitur urbe Pelasga,
 Bulbus et, ex horto quae venit, herba salax

ペラスゴイ(ギリシャ人)のアルカトゥス(ペロプスの息子)の町(メガラ)から送られてくる白い玉葱と菜園で取れる催淫性の草と卵を取るがよかろう。

Ovaque sumantur, sumantur Hymettia mella,
 Quasque tulit folio pinus acuta nuces.

ヒュメットス(アフリカ)産の蜂蜜を取るのもいいし、葉の尖った松が付ける実もいい。

Docta, quid ad magicas, Erato, deverteris artes?   425
 Interior curru meta terenda meo est.

学識ある(ムーサ)エラトよ、なんだってまた魔術の方へそれてしまったのか。私の駆る戦車は、もっと内側の標柱に触れて走行しなければならぬ。

Qui modo celabas monitu tua crimina nostro,
 Flecte iter, et monitu detege furta meo.

私の忠告を容(い)れて、ついさっきまで罪ある行いを隠してもらっていたが、ここで方向を転じて、私の忠告のままに隠し事をさらけ出してもらいたい。

Nec levitas culpanda mea est: non semper eodem
 Impositos vento panda carina vehit.   430

私の移り気を咎め立てすることは願い下げだ。舳先(へさき)の曲がった船にしても、いつも同じ風向きの風に乗って船客を運ぶわけではないからだ。

Nam modo Threicio Borea, modo currimus Euro,
 Saepe tument Zephyro lintea, saepe Noto.

ある時はトラキアから吹いてくる北風によって、ある時は 南東風によって走り、帆にしてもしばしば西風をはらみ、南風をはらむこともしばしばあるからだ。

Aspice, ut in curru modo det fluitantia rector
 Lora, modo admissos arte retentet equos.

しっかり見ておくがいい。戦車を駆る御者が時には手綱を緩め、時にはまた疾駆する馬を見事な手綱さばきで制御する様を。

Sunt quibus ingrate timida indulgentia servit,   435
 Et, si nulla subest aemula, languet amor.

腫れ物に触るように優しい心遣いを示してやっても、それをありがたがらず、張り合う相手はいないと愛が萎えてしまう女たちがいるものだ。

Luxuriant animi rebus plerumque secundis,
 Nec facile est aequa commoda mente pati.

たいていの場合、人の心というのは順境にあると驕りを生じるものであって、幸せな境遇をつね変わらぬ心で受け止めるのは容易ではない。

Ut levis absumptis paulatim viribus ignis
 Ipse latet, summo canet in igne cinis,   440

あたかも火が少しずつその勢いを失って弱まり、火そのものは姿を隠してしまって、表面には灰が白く見えるだけなのに、

Sed tamen extinctas admoto sulpure flammas
 Invenit, et lumen, quod fuit ante, redit:

そこに硫黄を載せてやると、消えていた炎がまた燃え上がり、前にあった光が戻ってくるように、

Sic, ubi pigra situ securaque pectora torpent,
 Acribus est stimulis eliciendus amor.

それと同じことで、心というものも安定すると怠惰になり、安心感を得るとだれてしまうものである。愛は強烈な刺激によって呼び覚まさねばならない。

Fac timeat de te, tepidamque recalface mentem:   445
 Palleat indicio criminis illa tui;

女は君のことで不安に駆られるようにするがいい。冷めてしまった心をもう一度熱く燃え上がらせるのだ。君が過ちを犯したことを匂わせて、青ざめさせるのがよかろう。

O quater et quotiens numero conprendere non est
 Felicem, de quo laesa puella dolet:

ああ、その男のせいで女が傷つき悲しむ男こそ、四重にも 、いや数え上げられぬほど幾重にも、幸せ者であることよ。

Quae, simul invitas crimen pervenit ad aures,
 Excidit, et miserae voxque colorque fugit.   450

君の罪深い所業もひとたび聞きたくもない彼女の耳に達すると、彼女は卒倒し、哀れや声も顔色も失ってしまうのだ。

Ille ego sim, cuius laniet furiosa capillos:
 Ille ego sim, teneras cui petat ungue genas,

この私にしても、怒り狂った女に髪をかきむしられる男になってみたいものだ。柔らかい頬に爪を立てられる男になってみたい。

Quem videat lacrimans, quem torvis spectet ocellis,
 Quo sine non possit vivere, posse velit.

涙の溜まった目で見られる男に、ものすごい目で睨みつけられる男に、あなたなしでは生きていけないの、などと—生きていたいと思っているのにだ—言われる男になってみたいものだ。

Si spatium quaeras, breve sit, quo laesa queratur,   455
 Ne lenta vires colligat ira mora;

傷ついた女をどのくらいの期間嘆かせていいかと聞かれたら、短くしておくことだ。だらだら引き延ばしていて、怒りがその力を募らせぬようにするのだ。

Candida iamdudum cingantur colla lacertis,
 Inque tuos flens est accipienda sinus.

すぐにも白いうなじに腕をまわして、泣いている女を君の胸に抱きしめてやらねばならぬ。

Oscula da flenti, Veneris da gaudia flenti,
 Pax erit: hoc uno solvitur ira modo.   460

泣いているさなかに彼女に接吻し、泣いているさなかに愛の営みの喜びを与えてやるがいい。和解が生じるであろう。このやり方でしか怒りは解けるものではない。

Cum bene saevierit, cum certa videbitur hostis,
 Tum pete concubitus foedera, mitis erit.

女に存分に荒れ狂わせておいてから、確かにこれはもう敵だという風に君の目に映るようになったら、その時こそ共寝による和睦を求めるがいい。女も優しくなるだろう。

Illic depositis habitat Concordia telis:
 Illo, crede mihi, Gratia nata loco est.

さような場では武具は打ち捨てられ、和合女神(コンコルディア)が住まいたもうのである。かような場所にこそ、よろしいかな、典雅女神(カリテス)も生まれたもうたのであるぞよ。

Quae modo pugnarunt, iungunt sua rostra columbae,   465
 Quarum blanditias verbaque murmur habet.

つい先ほどまで争っていた鳩たちにしても、くちばしを交わし合っているし、その鳴き声もまた睦言なのだ。

Prima fuit rerum confusa sine ordine moles,
 Unaque erat facies sidera, terra, fretum;

万物の始原は秩序のない混沌とした塊(かたまり)であって、星辰も大地も海原もただ一つの様相を呈していた。

Mox caelum impositum terris, humus aequore cincta est
 Inque suas partes cessit inane chaos;   470

やがて天が地の上に置かれ、陸地は海にとりまかれ、空虚なる大虚(カオス)は己自身の場所へと退いてしまった

Silva feras, volucres aer accepit habendas,
 In liquida, pisces, delituistis aqua.

森は獣たちを、空は鳥を受け入れて棲家とさせ、流れる水には、魚たちよ、お前たちが身を潜めることとなった

Tum genus humanum solis errabat in agris,
 Idque merae vires et rude corpus erat;

その頃には人間は荒涼とした野原をさまよっていて、人間といってもただの腕力と粗野な肉体に過ぎなかった。

Silva domus fuerat, cibus herba, cubilia frondes:   475
 Iamque diu nulli cognitus alter erat.

森が家、草が食べ物で、木の葉がしとねだった。長い間、誰にしても自分以外に知っている者とてなかった。

Blanda truces animos fertur mollisse voluptas:
 Constiterant uno femina virque loco;

伝えられるところでは、甘い官能の喜びが、荒々しい心をやわらげたのだという。ひとつの場で女と男とが一緒になったのだった。

Quid facerent, ipsi nullo didicere magistro:
 Arte Venus nulla dulce peregit opus.   480

誰に教えられなくとも、何をしたらいいのかは、自分たちでちゃんと知ったのだ。ウェヌスは何の技巧を働かせるまでもなく、楽しい御業を成し遂げられたわけである。

Ales habet, quod amet; cum quo sua gaudia iungat,
 Invenit in media femina piscis aqua;

鳥にだって愛する相手がいるし、雌の魚にしても自分の喜びを共に味わう相手を水の中で見つけるものだ。

Cerva parem sequitur, serpens serpente tenetur,
 Haeret adulterio cum cane nexa canis;

雌鹿は同じ鹿を追い求め、蛇は蛇にまつわり、 雄犬と交尾した雌犬がくっついたままだ。

Laeta salitur ovis: tauro quoque laeta iuvenca est:   485
 Sustinet inmundum sima capella marem;

羊も喜んで雄を背に飛び乗らせ、牝牛も牡牛を喜んで迎え入れ、平たい鼻をした雌山羊も薄汚れた雄山羊を背に乗せる。

In furias agitantur equae, spatioque remota
 Per loca dividuos amne sequuntur equos.

雌馬も発情して狂うと、遠く離れたところでも、川を隔ててでも雄馬を追いかけるではないか。

Ergo age et iratae medicamina fortia praebe:
 Illa feri requiem sola doloris habent:   490

さればだ、それ、怒っている女にはかような効き目の強い 妙薬を与えてやるがいい。この薬のみが悲しみを癒すのだ。

Illa Machaonios superant medicamina sucos:
 His, ubi peccaris, restituendus eris.

この妙薬はマカオン(アスクレピオスの子、名医)の煎じ薬よりもはるかに効く。過ちを犯してしまったなら、この薬を用いて元の位置に戻るがいい。

Haec ego cum canerem, subito manifestus Apollo
 Movit inauratae pollice fila lyrae.

かようなことを私が歌っていると、アポロンがにわかに姿を現したまい、黄金作りの竪琴の弦を親指でかき鳴らされた。

In manibus laurus, sacris inducta capillis   495
 Laurus erat; vates ille videndus adit.

月桂樹を手にしたもうて、聖なる髪にも月桂樹 を巻きつけておられた。おん神は預言なす伶人(音楽家)のお姿でわがもとへと歩み寄られた。

Is mihi 'Lascivi' dixit 'praeceptor Amoris,
 Duc, age, discipulos ad mea templa tuos,

して、おん神が仰せられるには「淫蕩なるアモルの師匠たる者よ、いざ汝の弟子どもをわが神殿へ連れ来たれ。

Est ubi diversum fama celebrata per orbem
 Littera, cognosci quae sibi quemque iubet.   500

「人それぞれ自らを知れとの、世にあまた知られたる名高き文字の刻まれたる所へと。

Qui sibi notus erit, solus sapienter amabit,
 Atque opus ad vires exiget omne suas.

「己を知ったる者のみが愛の道において聡く、己が力に応じて何事にも全うするを得べし。

Cui faciem natura dedit, spectetur ab illa:
 Cui color est, umero saepe patente cubet:

「天性の美貌を与えられし者は、その観点より眺められるべし。色麗しき肌の持ち主は、肩をあらわにしてしばしば横になるべし。

Qui sermone placet, taciturna silentia vitet:   505
 Qui canit arte, canat; qui bibit arte, bibat.

「弁舌巧みなるものは、押し黙って沈黙するのを避けるがよい。巧みに歌うものは歌うべし。飲むに巧みなる者は飲むべし。

Sed neque declament medio sermone diserti,
 Nec sua non sanus scripta poeta legat!'

「然れども、弁舌さわやかなるものも談話のさなかに演説すべからず。詩人も 正気を失って自作を読み聞かせることあるべからず」

Sic monuit Phoebus: Phoebo parete monenti;
 Certa dei sacro est huius in ore fides.   510

かようにフォイボスは戒められたのである。フォイボスの戒めなれば、聴き従うがいい。このおん神が聖なる口から告げられる言葉は信を置くに足るものだ。

Ad propiora vocor. Quisquis sapienter amabit
 Vincet, et e nostra, quod petet, arte feret.

より身近な事に立ち戻るとしよう。誰にもせよ、知恵を働かせて愛する者は、首尾よく勝利し、私が説き聞かせる技術によって、求めているものを克ち得るであろう。

Credita non semper sulci cum faenore reddunt,
 Nec semper dubias adiuvat aura rates;

畝(うね)にしても常に利息をつけて当てにしていた作物を産するとは限らず、風もまた漂う小舟に都合のいいように吹いてくれるとは限らない。

Quod iuvat, exiguum, plus est, quod laedat amantes;   515
 Proponant animo multa ferenda suo.

恋する者たちを心楽しませることはほんのわずかで、心を傷つけることの方が多いものだ。多くのことを耐え忍ばねばならぬと覚悟しておくことだ。

Quot lepores in Atho, quot apes pascuntur in Hybla,
 Caerula quot bacas Palladis arbor habet,

アトス(マケドニア)山中の兔の数ほどにも、ヒュブラに群棲する蜜蜂の数ほどにも、パラス(ミネルヴァ)の青黒い木(オリーブ)がつける実の数ほどにも、

Litore quot conchae, tot sunt in amore dolores;
 Quae patimur, multo spicula felle madent.   520

浜辺の貝の数ほどにも、愛のもたらす苦しみは多いのだ。我々が胸に受ける矢は多くの毒で濡れている。

Dicta erit isse foras: intus fortasse videre est:
 Isse foras, et te falsa videre puta.

女が外に出かけていると聞かされたのに、その当人をたまたま見かけることもあるだろう。そんな場合は自分が見たのは彼女ではないと思うことだ。

Clausa tibi fuerit promissa ianua nocte:
 Perfer et inmunda ponere corpus humo.

約束したはずの夜に戸口が閉ざされていることもあろう。それをも耐え忍んで、汚い地面に身を横たえているがいい。

Forsitan et vultu mendax ancilla superbo   525
 Dicet 'quid nostras obsidet iste fores?'

たぶん嘘つきの小間使いが横柄な顔つきで「この男の人ったら、何でまたうちの戸口の邪魔をしてるのかしらねえ」などと言うだろう。

Postibus et durae supplex blandire puellae,
 Et capiti demptas in fore pone rosas.

戸口の柱にも、邪険な女にも、ひたすら辞を低くしてお愛想を振りまくがよい。頭から外した薔薇の花冠を戸口に掛けておくのだ。

Cum volet, accedes: cum te vitabit, abibis;
 Dedecet ingenuos taedia ferre sui.   530

女にその気があるのなら、近づきたまえ。君を避けていると見たら、離れるがいい。自由民たる男には、疎まれたりするのは相応しからぬことである。

'Effugere hunc non est' quare tibi possit amica
 Dicere? non omni tempore sensus obest.

意中の女性に「この方からはとても逃げきれないわ」と言って欲しいとでもいうのかね。女の感情というものは、いつも言葉通りとは限らない。

Nec maledicta puta, nec verbera ferre puellae
 Turpe, nec ad teneros oscula ferre pedes.

女に悪口を浴びせられたり、ぶたれたり、柔らかな足に接吻したりするのを恥とすべきではない。

Quid moror in parvis? Animus maioribus instat;   535
 Magna canam: toto pectore, vulgus, ades.

何だとて私は瑣末なことに手間取っているのだろう。私の心はもっと大きなことを説くようにと促している。大いなることを私は歌おう。大衆諸君、全精神を傾注して耳傾けるがよい。

Ardua molimur, sed nulla, nisi ardua, virtus:
 Difficilis nostra poscitur arte labor.

一大難事をなさんと、私は企てているところだ。しかし、困難なくしては如何なる功業もとげられることはない。私の技術には、困難を伴う労苦が求められているのだ。

Rivalem patienter habe, victoria tecum
 Stabit: eris magni victor in arce Iovis.   540

恋敵の存在は、辛抱強く我慢することだ。勝利は君の手に帰するであろう。君は偉大なるユピテルの御業における勝利者となるであろう。

Haec tibi non hominem, sed quercus crede Pelasgas
 Dicere: nil istis ars mea maius habet.

これは人間ではなく、ペラスゴイの樫の木が告げたことだと信じてもらいたい。私の技術にはこれに勝る何かがあるわけではない。

Innuet illa, feras; scribet, ne tange tabellas:
 Unde volet, veniat; quoque libebit, eat.

女が恋敵に目配せしても、じっと耐えるのだ。手紙を書き送っても、その書き板に指一本触れてはならぬ。女がどこから来ようが、どこへ行こうが、意のままにさせておくがいい。

Hoc in legitima praestant uxore mariti,   545
 Cum, tener, ad partes tu quoque, somne, venis.

これは世のご亭主たちが、眠りよ、お前が一役買おうとやってくる時に、正式な妻に許していることなのだ。

Hac ego, confiteor, non sum perfectus in arte;
 Quid faciam? monitis sum minor ipse meis.

正直に言ってしまうが、この技術においては私にしても完璧は期しがたい。はて、どうしたものか、私自身が自分の説き聞かけせている所に及ばないのだ。

Mene palam nostrae det quisquam signa puellae,
 Et patiar, nec me quo libet ira ferat?   550

私の目の前で誰かが私の愛する女に合図を送ったりしたら 、それに耐えられようか。自分で見当もつかない怒りに駆られたりしないだろうか。

Oscula vir dederat, memini, suus: oscula questus
 Sum data; barbaria noster abundat amor.

今でも覚えていることだが、私の愛する女の亭主が彼女に接吻したことがあった。そんなふうになされた接吻を、私は嘆いたものだった。私の愛にしても、たいそう野暮臭かったということだ。

Non semel hoc vitium nocuit mihi: doctior ille,
 Quo veniunt alii conciliante viri.

こんな欠点を抱えていたために、私は一度ならずに憂き目 を見た次第だ。他の男たちが通ってくるのに鷹揚に構えている亭主こそは、私などよりわけ知りというものだ。

Sed melius nescisse fuit: sine furta tegantur,   555
 Ne fugiat ficto fassus ab ore pudor.

とはいえ、知らないで通すほうがずっといい。不貞が顔に出てしまい、恥じらいすらも失せてしまわぬよう、密通は覆い隠させておくことだ。

Quo magis, o iuvenes, deprendere parcite vestras:
 Peccent, peccantes verba dedisse putent.

さればなおのこと、おお若者たちよ、愛する女の密通の場を押さえたりしてはならない。過ちはさせておくがいい。して、過ちを犯した女たちに上手く騙し通せたとは思わせておくことだ。

Crescit amor prensis; ubi par fortuna duorum est,
 In causa damni perstat uterque sui.   560

密通の場で捕らえられた者たちの恋心は募るばかりである。同じ運命を背負うことになった二人は自分たちを破滅に追い込んだ事に、一層執着するようになるからだ。

Fabula narratur toto notissima caelo,
 Mulciberis capti Marsque Venusque dolis.

天上界にあまねく知れ渡っている物語がある。ムルキベル(ウルカヌス)の策略によって捕らえられてしまったマルスとウェヌスの話だ。

Mars pater, insano Veneris turbatus amore,
 De duce terribili factus amator erat.

父なる神マルスはウェヌスへの恋に狂って心乱れ、恐ろしい神将から、ただの恋する者に成り下がってしまった。

Nec Venus oranti (neque enim dea mollior ulla est)   565
 Rustica Gradivo difficilisque fuit.

ウェヌスにしても—この女神ほど言いなりになる女神はないが—愛を求めてすり寄ってくるグラディウス(マルス)に対しては野暮でも手強くもなかった。

A, quotiens lasciva pedes risisse mariti
 Dicitur, et duras igne vel arte manus.

ああ、この奔放な女神は夫の足と鍛冶仕事のために固くなってしまった手を、幾たび笑ったと伝えられていることだろう。

Marte palam simul est Vulcanum imitata, decebat,
 Multaque cum forma gratia mixta fuit.   570

同時にまたマルスの目の前でも女神はウルカヌスの真似をしたりもしたが、その様がまた良く似合っていて、溢れんばかりの魅力とその美しい容姿とが混じり合っていたものだった。

Sed bene concubitus primos celare solebant.
 Plena verecundi culpa pudoris erat.

だが最初のうちは共寝をしたことも用心して隠していたもので、この過ちにもそれを恥じるところが大いにあったのだ。

Indicio Solis (quis Solem fallere possit?)
 Cognita Vulcano coniugis acta suae.

太陽神がそれと知らせたおかげで—誰が太陽神の目を欺けよう—妻の所業がウルカヌスに知られてしまった。

Quam mala, Sol, exempla moves! Pete munus ab ipsa   575
 Et tibi, si taceas, quod dare possit, habet.

太陽神よ、なんとまあ悪しき先例を御身は設けなされたことか。女神に口止め料を要求すればいいものを。黙ってさえいれば女神は自分が与えられるものを御身にも与えてくれたろうに。

Mulciber obscuros lectum circaque superque
 Disponit laqueos: lumina fallit opus.

ムルキベルは、寝台の周りにも上にも悟られぬように、罠を仕掛けておいた。この仕掛けは目には見えないようになっていた。

Fingit iter Lemnon; veniunt ad foedus amantes:
 Impliciti laqueis nudus uterque iacent.   580

そこで神はレムノス島へ出かけるふりをする。かねて示し合わせた通り、愛し合う二人がやってくる。そこで二人とも裸のまま横になっているところを罠に絡め取られてしまうというわけだ。

Convocat ille deos; praebent spectacula capti:
 Vix lacrimas Venerem continuisse putant.

そこで、かの神は神々を呼び寄せる。捕らえられた二人は、とんだ見せ場をさらすという次第。ウェヌスは涙を抑えかねたとのことだ。

Non vultus texisse suos, non denique possunt
 Partibus obscenis opposuisse manus.

二人は顔を覆い隠すことはおろか、隠し所に手を当てることすらもできない始末だ。

Hic aliquis ridens 'in me, fortissime Mavors,   585
 Si tibi sunt oneri, vincula transfer!' ait.

そのおりある神が笑いながら「強きことこの上ないマルスよ、その鎖がお前さんに重い重荷だというのなら、この俺に負わせてくれてもいいんだぜ」と言ったものだ。

Vix precibus, Neptune, tuis captiva resolvit
 Corpora: Mars Thracen occupat, illa Paphon.

ネプトゥーヌスよ、御身が懇願してくれたおかげで、かの神はとらえた二人の体の縛めを解いてやり、マルスはトラキア、ウェヌスはパフォス(キュプロス島の町)へと赴く。

Hoc tibi pro facto, Vulcane: quod ante tegebant,
 Liberius faciunt, ut pudor omnis abest:   590

こんなことをやらかしてしまったおかげで、 ウルカヌスよ 、以前には隠していた事を、二人は人目も憚らずやるようになったではないか。

Saepe tamen demens stulte fecisse fateris,
 Teque ferunt artis paenituisse tuae.

恥というものがすっかり失せてしまったせいだ。ではあるが、正気を失って馬鹿な真似をしてしまった、と御身もしばしば白状していることだし、御身のものである技術を持っていたことを後悔したとのことではないか。

Hoc vetiti vos este; vetat deprensa Dione
 Insidias illas, quas tulit ipsa, dare.

かような手段は君たちには禁じ手である。捕らえられたディオネ(ウェヌス)は、みずからがかかったことのある罠を仕掛けることを、禁じておられる。

Nec vos rivali laqueos disponite, nec vos   595
 Excipite arcana verba notata manu.

君たちとしては恋敵に罠を仕掛けてはならぬし、女が密かにその手でしたためた文面をひったくったりすることもならぬ。

Ista viri captent, si iam captanda putabunt,
 Quos faciet iustos ignis et unda viros.

それを奪い取らねばならぬと思うような場合があっても、それを奪い取るのは火と水とによって正式な夫となった者がやればいいことだ。

En, iterum testor: nihil hic, nisi lege remissum
 Luditur: in nostris instita nulla iocis.   600

よろしいかな、繰り返し明らかにしておくが、ここでなされているのは、法律で許される範囲内での愛の戯れだけである。私の戯れでは良家の婦人は全く対象外なのだ。

Quis Cereris ritus ausit vulgare profanis,
 Magnaque Threicia sacra reperta Samo?

誰がケレスの祭儀や、サモトラケ島で執り行われる秘儀を 大胆にも俗衆に向かって公にするような真似をしようか。

Exigua est virtus praestare silentia rebus:
 At contra gravis est culpa tacenda loqui.

物事に関して沈黙を守るのはごく小さな美徳である。これに反して、沈黙すべきことを喋り立てるのは罪が重いというものだ。

O bene, quod frustra captatis arbore pomis   605
 Garrulus in media Tantalus aret aqua!

おしゃべり男のタンタロスが木から木の実を取ろうとしても取れぬままに、河水(みず)の真っ只中にいながら渇きに苦しめられているのもまた当然だ。

Praecipue Cytherea iubet sua sacra taceri:
 Admoneo, veniat nequis ad illa loquax.

とりわけキュテラ女神(ウェヌス)はその秘儀について黙して語らぬよう命じておられる。口数の多い者はこの秘儀へ近づいてはならぬと、私も戒めておこう。

Condita si non sunt Veneris mysteria cistis,
 Nec cava vesanis ictibus aera sonant,   610

ウェヌスの秘儀は櫃(ひつ)の中に隠されていることもなく 、虚ろな銅鑼が狂ったように打ち鳴らされて音を響かせることもなく、

At sic inter nos medio versantur in usu,
 Se tamen inter nos ut latuisse velint.

我々の間で習いとして行われているものだが、我々の間で秘め隠しておくことが望ましいのだ。

Ipsa Venus pubem, quotiens velamina ponit,
 Protegitur laeva semireducta manu.

ウェヌスご自身も着物を脱ぐ時には、いつでも身を屈めて 隠し所を左手で被っておられるではないか。

In medio passimque coit pecus: hoc quoque viso   615
 Avertit vultus nempe puella suos.

家畜などはところ構わず人前でも交尾するが、これを目にすると若い女はしばしば顔を背ける。

Conveniunt thalami furtis et ianua nostris,
 Parsque sub iniecta veste pudenda latet:

秘事をなすのには寝室や戸のある所がふさわしく、恥ずべきところはまとった衣装で隠されているものだ。

Et si non tenebras, ad quiddam nubis opacae
 Quaerimus, atque aliquid luce patente minus.   620

真っ暗闇は求めないまでも、何ほどか薄暗い所や、多少なりとも光の乏しいところへ行こうとするのだ。

Tum quoque, cum solem nondum prohibebat et imbrem
 Tegula, sed quercus tecta cibumque dabat,

まだ屋根というものが日差しや降り注ぐ雨を防いでくれることもなく、樫の木が屋根ともなり食べ物も与えてくれていた頃でも、

In nemore atque antris, non sub Iove, iuncta voluptas;
 Tanta rudi populo cura pudoris erat.

愛の喜びは白日のもとではなく、森の中や洞窟で結ばれたものだった。未開な人々にも、それほどの羞恥心からの気遣いはあったのである。

At nunc nocturnis titulos inponimus actis,   625
 Atque emitur magno nil, nisi posse loqui!

しかるに当節では、我々は夜の行いを誇らしげにひけらかし、自慢して口にできるものでなければ、大金をはたいて(愛の交わり)を買わないときている。

Scilicet excuties omnes, ubi quaeque, puellas,
 Cuilibet ut dicas 'haec quoque nostra fuit,'

つまりは、女がいればところ構わず品定めして「あれも俺がものにした女だ」と誰に向かっても言うつもりかね。

Nec desint, quas tu digitis ostendere possis?
 Ut quamque adtigeris, fabula turpis erit?   630

君は指さして示すことができる女たちに事欠きたくないばかりに、君が接した女は誰であれ醜聞のたねにしようと言うわけか。

Parva queror: fingunt quidam, quae vera negarent,
 Et nulli non se concubuisse ferunt.

文句を言いたいのはそれだけではない。ある連中に至っては、本当だったら否定するはずの話をでっち上げて、自分と共寝しなかった女は一人もいないなどと言いふらす始末だ。

Corpora si nequeunt, quae possunt, nomina tangunt,
 Famaque non tacto corpore crimen habet.

体の方を思いのままにできないとなると、思いのままになる名前に手をつけ、体には指一本触れられてもいないのに 噂を立てられ罪を着ることになるわけだ。

I nunc, claude fores, custos odiose puellae,   635
 Et centum duris postibus obde seras!

さあ嫌われ者の門番よ、女の戸口をしっかり閉ざすがいい。頑丈な戸口の柱に百本もの閂(かんぬき)をかけておけ。

Quid tuti superest, cum nominis extat adulter,
 Et credi quod non contigit esse, cupit?

名前だけで密通者と称する者が出てきて、ありもしなかったことをあったと信じ込ませようとするようでは、安泰でいられる者があろうか。

Nos etiam veros parce profitemur amores,
 Tectaque sunt solida mystica furta fide.    640

私にしても、本当にあった色事でさえも滅多なことでは告白しないし、秘めておかねばならぬ密通は、固く信義を守って隠し通しているのだ。

Parcite praecipue vitia exprobrare puellis,
 Utile quae multis dissimulasse fuit.

わけても女の欠点をあげつらうようなことは慎むがいい。欠点などは目に入らぬように装うことが多くの男たちにとって役立ったものである。

Nec suus Andromedae color est obiectus ab illo,
 Mobilis in gemino cui pede pinna fuit.

アンドロメダにしても、その肌の色が、両足に素早く動く翼をつけたもの(ペルセウス)によって難じられたりはしなかった。

Omnibus Andromache visa est spatiosior aequo:   645
 Unus, qui modicam diceret, Hector erat.

アンドロマケは誰が見ても普通の女性よりもはるかに背が高かったが、ヘクトールだけが程よい背丈だと言ったのである。

Quod male fers, adsuesce, feres bene; multa vetustus
 Leniet, incipiens omnia sentit amor.

我慢できにくいことでも慣れてしまうことだ。そうすればちゃんと我慢できるものだ。年月を経ることで多くの欠点は緩和される。ところが愛というものは、始まったばかりの頃にはあらゆるものを敏感に感じ取るものなのだ。

Dum novus in viridi coalescit cortice ramus,
 Concutiat tenerum quaelibet aura, cadet:   650

接木された若枝も緑の樹皮の上で成長しているうちだと、か細い枝をほんのわずかな風がゆすっただけで落ちてしまう。

Mox eadem ventis, spatio durata, resistet,
 Firmaque adoptivas arbor habebit opes.

やがてその枝が時の経つにつれて硬くなり、風にもよく耐えてがっしりとした木になって、接ぎ木として実をつけることとなる。

Eximit ipsa dies omnes e corpore mendas,
 Quodque fuit vitium, desinit esse mora.

歳月そのものが体からあらゆる欠点を消し去り、以前には欠点だったものも、時が経つにつれて欠点ではなくなるものだ。

Ferre novae nares taurorum terga recusant:   655
 Adsiduo domitas tempore fallit odor.

牛の革の匂いは慣れない鼻には耐えられないが、時間が経つと慣らされてしまって、匂いが気にならなくなるものだ。

Nominibus mollire licet mala: fusca vocetur,
 Nigrior Illyrica cui pice sanguis erit:

言い方さえ変えれば、欠点をやわらげることもできる。イリュリアの瀝青(コールタール)よりも血が真っ黒な女は浅黒いと呼ぶことだ。

Si straba, sit Veneri similis: si rava, Minervae:
 Sit gracilis, macie quae male viva sua est;   660

やぶにらみだったらウェヌスに似ていると、黄褐色の目をしていたらミネルヴァに似ていると、痩せこけていて生き生きとしたところのない女はスラリとしていることにしたらいい。

Dic habilem, quaecumque brevis, quae turgida, plenam,
 Et lateat vitium proximitate boni.

どんな女であれ背が低かったら身のこなしが早いと、太った女は豊満だと言ってよかろう。欠点は最もそれに近い美点で隠してやるがいい。

Nec quotus annus eat, nec quo sit nata, require,
 Consule, quae rigidus munera Censor habet:

何歳だとか、誰が執政官だった年の生まれかなどと聞いたりしないことだ。そんなことは厳格な監察官の務めである。

Praecipue si flore caret, meliusque peractum   665
 Tempus, et albentes iam legit illa comas.

ことにも女が花の盛りを過ぎ、女盛りも終わってしまい、白髪を見つけては抜いているような場合はなおさらのことだ。

Utilis, o iuvenes, aut haec, aut serior aetas:
 Iste feret segetes, iste serendus ager.

おお、若者たちよ、この年頃の、あるいはもっと年増の女は身のためになるぞよ。こういう畑こそは実りをもたらす。こういう畑にこそ種をまくにふさわしい。

Dum vires annique sinunt, tolerate labores:
 Iam veniet tacito curva senecta pede.    670

体力と齢が許すうちに(その方面の)労苦に耐えてやり抜くことだ。まもなく背をかがめた老年が足音も立てずに忍び寄ってくるのだ。

Aut mare remigiis, aut vomere findite terras,
 Aut fera belligeras addite in arma manus,

櫂を振るって海に乗り出すもよし、鋤で大地を耕すもよし、戦を好むその手に武器を握るもよし、

Aut latus et vires operamque adferte puellis:
 Hoc quoque militia est, hoc quoque quaerit opes.

さもなくば精力と体力と労力とを女に注ぐもよしだ。これもまた戦であって、力を必要とするものである。

Adde, quod est illis operum prudentia maior,   675
 Solus et artifices qui facit, usus adest:

そればかりではない、この年頃の女はあの方面については一層知恵が長けていて、床上手になるにはもっぱら経験が物を言うのだ。

Illae munditiis annorum damna rependunt,
 Et faciunt cura, ne videantur anus.

彼女たちは歳をとって損している分を、美しく装うことで 埋め合わせ、老けた女に見られないよう気を配っているものだ。

Utque velis, venerem iungunt per mille figuras:
 Invenit plures nulla tabella modos.   680

また君の望むがままに千もの姿態によってウェヌスの交わりに応じてくれるのだ。その交わり方の多様なことは、どんな秘儀の図にもこれ以上見られないほどのものだ。

Illis sentitur non inritata voluptas:
 Quod iuvet, ex aequo femina virque ferant.

こういう女たちはわざわざ興奮させられなくとも、快楽は感じるものである。あれの喜びは男も女も等しく感ずべきものだ。

Odi concubitus, qui non utrumque resolvunt;
 Hoc est, cur pueri tangar amore minus.

男も女もぐったりとなってしまわないような共寝は私は嫌いだ。男の子相手の色事に、さほど私が心動かされないのはこのためだ。

Odi quae praebet, quia sit praebere necesse,   685
 Siccaque de lana cogitat ipsa sua.

身を任せればならないからというので身を任せる女も、自分では羊毛を紡ぐ仕事のことばかり考えているうるおいのない女も嫌いだ。

Quae datur officio, non est mihi grata voluptas:
 Officium faciat nulla puella mihi.

これも務めだからというので与えられる快楽は私にはありがたくない。どんな女にもお務めを果たしてもらいたいとは思わない。

Me voces audire iuvat sua gaudia fassas,
 Quaeque morer meme sustineamque rogent.   690

女が自分で味わっている喜びの声を漏らし、私にちょっと待ってとか、もうちょっと我慢してなどという声を聞くのが、私には嬉しいのである。

Aspiciam dominae victos amentis ocellos:
 Langueat, et tangi se vetet illa diu.

愛する女が狂態をさらして、もう駄目というような目をしているのが見たいものだ。ぐったりとさせて当分の間もう触らないで、などと言わせてみたいものだ。

Haec bona non primae tribuit natura iuventae,
 Quae cito post septem lustra venire solent.

かような良い点は、年若い娘には自然は与えてくれないもので、普通は三十五を過ぎるとにわかにやってくる。

Qui properant, nova musta bibant: mihi fundat avitum   695
 Consulibus priscis condita testa merum.

せっかちなものは熟成していない新酒を飲むがよかろう。この私には古い昔の執政官の時代に仕込んだ壺から古酒を注いでもらいたい。

Nec platanus, nisi sera, potest obsistere Phoebo,
 Et laedunt nudos prata novella pedes.

プラタナスの木にしても、年を経たものでないと陽光を遮ることはできないし、生えたばかりの牧草地の草は裸足の足を傷つけるではないか 。

Scilicet Hermionen Helenae praeponere posses,
 Et melior Gorge, quam sua mater, erat?   700

では何かね、君はヘレネよりもその娘のヘルミオネの方がいいとでも言うのかね。ゴルゲ(オイネウスの娘)の方がその母(アルタイア)よりも勝っていたというのかね。

At venerem quicumque voles adtingere seram,
 Si modo duraris, praemia digna feres.

ともあれ、誰にもせよ年増女との愛の交わりに挑んでみたいと思う男は、ちとこらえさえすれば、それにふさわしい報酬が得られるというものだ。

Conscius, ecce, duos accepit lectus amantes:
 Ad thalami clausas, Musa, resiste fores.

見るがいい、二人の秘密を知る臥所が愛し合う者たちを迎え入れた。ムーサよ、寝室の閉ざされた扉の前でとどまっておられるがよい。

Sponte sua sine te celeberrima verba loquentur,   705
 Nec manus in lecto laeva iacebit iners.

御身の力を借りなくともおのずからあふれるが如く言葉は二人の口をついて出るだろうし、左手もなすこともないままに臥所に横たわっているようなことはなかろう。

Invenient digiti, quod agant in partibus illis,
 In quibus occulte spicula tingit Amor.

二人の指もアモルが矢で射抜いたあの秘密の部分でなすべきことを見出すであろう。

Fecit in Andromache prius hoc fortissimus Hector,
 Nec solum bellis utilis ille fuit.   710

その昔、剛勇無双のヘクトールもアンドロマケにこれをしたものだ。彼はただ戦いにおいてのみ役に立つ男だったわけではない。

Fecit et in capta Lyrneside magnus Achilles,
 Cum premeret mollem lassus ab hoste torum.

偉大なるアキレウスも敵を相手にするのに疲れて、柔らかな臥所に身を横たえた時、リュルネソスから来た囚われの女(ブリセイス)にこれをしたのだ。

Illis te manibus tangi, Brisei, sinebas,
 Imbutae Phrygia quae nece semper erant.

ブリセイスよ、そなたはフリュギア人を屠った血で染まった手で愛撫されるがままになっていたのだったな。

An fuit hoc ipsum, quod te, lasciva, iuvaret,   715
 Ad tua victrices membra venire manus?

淫蕩な女よ、勝利を収めた男(アキレウス)の手がそなたの手足の上に這い回ることそのものが、そなたの喜びではなかったのか。

Crede mihi, non est veneris properanda voluptas,
 Sed sensim tarda prolicienda mora.

よろしいかな、愛の交わりの喜びはこれを求めるに急であってはならぬ。ゆっくりと時間をかけて少しずつ湧いてくるようにしなければならないのである。

Cum loca reppereris, quae tangi femina gaudet,
 Non obstet, tangas quo minus illa, pudor.   720

女が触られて喜ぶ場所を突きとめたら、恥ずかしいからということでそこに触るのを遠慮しないことだ。

Aspicies oculos tremulo fulgore micantes,
 Ut sol a liquida saepe refulget aqua.

そうすることで陽光が流れる水にしばしば煌めき映るように、女の目がかすかに震えながら煌めくのを君は見つめることになるだろう。

Accedent questus, accedet amabile murmur,
 Et dulces gemitus aptaque verba ioco.

哀願の声が発せられ、耳をくすぐるささやきが洩らされ、甘い呻き声と愛の戯れにふさわしい言葉が聞かれよう。

Sed neque tu dominam velis maioribus usus   725
 Desere, nec cursus anteat illa tuos;

ではあるが、君はより大きな帆をかけて女の先に突っ走ってはならないし、女を君に先んじて走らせることもならぬ。

Ad metam properate simul: tum plena voluptas,
 Cum pariter victi femina virque iacent.

同時にゴールに到着するよう、ことを進めるのがいい。男も女もともに等しく力つきて身を横たえる時こそ、心ゆくまで喜びを味わえるのだ。

Hic tibi versandus tenor est, cum libera dantur
 Otia, furtivum nec timor urget opus.   730

たっぷりと自由になる時間があって、露顕する恐れが、人目を忍んでなされることを急き立てたてたりしない限りは、かような走法によらねばならない。

Cum mora non tuta est, totis incumbere remis
 Utile, et admisso subdere calcar equo.

ゆっくりと時間をかけたりするのが危ない場合は、全力を挙げて櫂で漕ぎ、疾走する馬を拍車で駆り立てるのが有利である。

Finis adest operi: palmam date, grata iuventus,
 Sertaque odoratae myrtea ferte comae.

私の仕事もそろそろ終わりだ。若者たちよ、ありがたいと思うなら棕櫚の枝を捧げてくれよ。香油を塗った私の髪にミルテの花冠をかぶせてくれよ。

Quantus apud Danaos Podalirius arte medendi,   735
 Aeacides dextra, pectore Nestor erat,

ギリシャ人の中でポダレイリオス(アスクレピオスの息子)が医術に秀でていたごとく、アイアコスの孫(アキレウス)が膂力(りりょく)に、ネストールが弁舌に優れていたごとく、

Quantus erat Calchas extis, Telamonius armis,
 Automedon curru, tantus amator ego.

カルカスが臓腑占いに、テラモンの小(アイアス)が武勇に優れていたごとく、色恋の道においては私はそれに劣らぬ傑物である。

Me vatem celebrate, viri, mihi dicite laudes,
 Cantetur toto nomen in orbe meum.   740

男たちよ、詩人として私を讃えてくれよ。この私に称賛の言葉を浴びせてくれよ。わが名は全世界にあまねく歌われて欲しいものだ。

Arma dedi vobis: dederat Vulcanus Achilli;
 Vincite muneribus, vicit ut ille, datis.

私は君たちに武器を与えてやった。ウルカヌスはアキレウスに武器を与えたものだった。アキレウスがそれで勝利したように君たちもこの与えられた武器で勝ちを収めてくれたまえ。

Sed quicumque meo superarit Amazona ferro,
 Inscribat spoliis 'Naso magister erat.'

ではあるが、誰にもせよ、私が与えた武器でアマゾン(女戦士)に打ち勝った者はその戦利品にこう書きつけるがいい、「ナソが師であった」と。

Ecce, rogant tenerae, sibi dem praecepta, puellae:   745
 Vos eritis chartae proxima cura meae!

見るがいい、若い娘たちが私に教えを説いてくれと請うている。わが料紙に私が次に歌おうとしているのは、そなたたちのことである。



これはLatinLibraryのテキストをもとに岩波文庫版オヴィディウス作『恋愛指南』の日本語訳と対訳形式にしたものである。音声入力のため必ずしも原本とおりではない。また、対訳とするために、日本語の順序を変えたり、筑摩書房『世界文学大系』の訳から補ったところがある。


2018.7.22 Tomokazu Hanafusa