A. PERSI FLACCI SATURAE
ペルシウス『風刺詩集』

I　　II　　III　　IV　　V　　VI

PROLOGUS
プロローグ

我はかつてヘリコンの霊泉にて唇を漱ぎしことなし、

また、双つ頭のパルナッソスに枕せしこともなし、

我は忽然として詩人になりたり。

ヘリコンのミューズらも青ざめたピレネの泉も

木蔦の巻き付く胸像となりたる

詩人たちに我は委ねん。我は素人詩人なり。

我が歌をば詩人たちの祭壇に捧げん。

オウムに挨拶を仕込みしは誰か、

カケスに人語を教えしは誰か、

人の技術の師、才能の親は胃袋なり。

そは誰にも教わらざりし言辞を発するに巧みなり。

金銭のいつわり多き希望輝けば、

カラスの詩人とカケスの女詩人の歌が

ミューズの甘い歌声に思わるべし。

ああ、妄念ばかりで、空っぽな世の中よ。

「これは誰が読むのですか」。ぼくに聞いているのかい。誰も読まないさ。「誰も読まないのですか」

一人か二人だな。「それは情けないことですね」。どうして情けないのか。

ローマの人たちはぼくの書いたものよりラベオーなんかの翻訳を

好むとでも言うのかね。くだらねえ。耄碌したローマ人が何かの作品を

軽蔑したとて、気にしちゃいけねえ。天秤の針が狂ってると

イチャモンをつけちゃいけねえ。自分の基準を外に求めちゃいけねえんだ。

だって、ローマ人は誰も彼も◯◯だからだ。ああ、これが言えたらなあ。だが、言えるときが来るさ。

それは老成して厳格ぶったぼくたちの生き方を、

眺めたあとだ。おはじき遊びをやめてからのぼくたちの行動を、

おじさんになってからの行動を眺めたとき、その時には、許してくれたまえ（だめだよ。

では、どうすればいい）やっぱりぼくは生意気に不機嫌な顔をして大笑いしてやる。

ぼくたちは引きこもって詩を書いたり散文を書いたりするが、

そうして出来た作品は肺から息を存分に吐ききった力のこもった作品だ。

それを君(＝ぼくたちの一人)は、きちんと髪に櫛を入れて、新しい白いトガを着て

誕生石のめのうの指輪をして、

澄んだ声で喉をしなやかに通してから、高いステージから、

無我夢中で目を恍惚としながら、人前で読んでくれたまえ。

そうすると、偉大なローマの民衆が、上品な態度もすました口ぶりもどこへやらで、

感動にうち震えている様子が目に入るだろう。それもそのはず、

君の歌は彼らの秘めた所に入り込んで、震える旋律で急所を刺激するからだ。

老獪な手練(てだれ)くんよ、君は他人の耳にぴったりのご馳走を並べてみせるのか、

君自身、皮膚もただれて足腰が弱った今では、そんなご馳走は食傷だと言っているのに。

「でも、発酵した酵母に出口がなければ、胸の中に生まれたイチジクの芽も

胸の殻を破って外へ出ていかなければ、何のための研鑽でしょうか」

それで悲しげな青い顔をしているのかい。ああ、人の世の習いよ。

君の研鑽は人に知られなければすべてが無に帰するとでもいうのかい。

「しかし、名指しをされて『あの人ですよ』と言われるのもいいものですよ。

「あなたが子供たちの教科書に使われるのを、

「何とも思わないのですか」。ごらん、満腹のローマ人たちが、一杯やりながら

神妙なる詩行の語るところを尋ねている。

こちらでは肩にブルーの外套をきた人が

お涙頂戴のくさい話を鼻にかけて、たどたどしく語れば、

ピュリスやヒュプシピュレーら、悲劇のヒロインの名前も聞こえてこよう。

それを彼は物憂げに口ごもりながら話すのだ。

みんなは褒めた。いまや詩人の遺灰は喜んでいよう。

いまや墓石も彼の遺骨には軽かろう。

仲間は拍手喝采する。その遺骨からは、

その墓の幸せな遺灰からは、

スミレの花が咲くだろう。「あなたはぼくをからかっていますね。

「鼻であしらう態度がひどすぎます。

「人口に膾炙する作品、本を大切してもらえる作品、

「魚屋や乾物屋の包み紙となる心配のない作品を残したいと思わない作家がいるでしょうか」

ぼくの話し相手になってくれる君だが、遠慮なく言おう。

ぼくは物書きだから、いい物が出来たら、

めったになくても、いい物が出来たらね、

褒められるのは大歓迎だ。ぼくもそれほど朴念仁ではないよ。

ただ、君の言う「名作」や「傑作」が作品の良さの究極だとは思わない。

その「名作」というのをよく見てみたまえ。

何が紛れ込んでいないとも限らないぞ。そこには薬で酔っ払ったラベオーのイリアスが

紛れ込んでいないともかぎらない。酒の席でどこかの貴人の

朗読したポエムか、誰かがカウチに寝転がって

なぐり書きしたものが紛れ込んでいやしないか。寒そうにしている支援者に、熱々の豚料理を出したり、

着古した外套をプレゼントしたりはできる。

それから「本当のことが知りたい。ぼくの本の本当の感想を言ってくれ」と言うとする。

どうしてそんなことが言えるだろうか。ぼくに言ってほしいだと。冗談だろ。

５０センチも腹が出て禿げ上がった君にそんな事を言うなんて。

でも、ヤヌスの神みたいに君にも後ろの顔があれば、コウノトリの真似をした人に背中を突付かれたり、

白いロバの耳を手真似でひらひらされたり、

喉の乾いた犬みたいに長い舌を出されたりするのが分かるはず。

しかし、貴族の生まれでも、頭の後ろに目がついていない君は、

本当は馬鹿にされていることは振り返って見るしかないのさ。

一般人の評判を聞きたいのかい。「君の詩は

やっとリズムが流れるようになってきたとか、つなぎ目がなめらかで

爪がすべるようだとか、各行を伸ばす様子は、

まるで狙いすまして赤い線をまっすぐに引いたようだとか。

風刺詩の対象が道徳、贅沢、王侯の食事だろうが、

我が国の詩人として君は立派な素材をものにしている」とね。

ご覧、いま英雄的な感情を表すことを、

ギリシア語でたわごとを言う癖のある者たちに、ぼくたちは教えている。作家たちは森を描くことも、

籠と炉と豚がいる豊かな田園を讃えることも知らず、

干し草で煙ったパレスの祭典を讃えることも知らなかった。

田園からはロムルスと、キンキナトゥスよ、君が生まれた。お前が鋤の刃を耕作で細らせているとき、

牛の前で君の妻が震えながら夫を独裁官の服に着換えさせて、

君の鋤を先導吏が家に持ち帰った。詩人よ、傑作だ。

「ところが、今どきアッキウスの『バッカイ』の古びた本を読む人がいます。

「パキュウィウスのでこぼこの『アンティオペー』の

『苦難に取り巻かれた悲しい気持ち』を気に入る読者がいますよ」

しかし、こんな作品をかすみ目の父親が息子に教え込んでいるのを

見たら、どこからこんな言葉のごたまぜが

国語に入ってきたのかと君は尋ねるだろか。どこからこんな恥ずかしいものが来たのかと。

軽薄な伊達男は君のこんな詩に大喜びで椅子からとびあがってはいるが。

弁護士なら自分の白髪頭から火の粉を払いのけられないのを恥かしくはないのかね、

「上出来だ」という生ぬるい言葉を聞きたがらないで。

ところが「あんたは泥棒だ」と言われた弁護士のペディウスはどうしたか。相手の告発を

きれいな対照法で釣り合わせて、学んできた修辞を

使ったことを「これは傑作だ」と褒められたのだ。本当に傑作なのか。それとも、ローマ人はここまで媚びをふるうようになったのか。

難破船の生き残りの歌を聞いて、ぼくは感動して、一銭めぐんでやるだろうか。

君は難破した船の中の自分の絵を肩に担いで歌を歌うつもりかね。

しかし、一夜漬けの歌では駄目だよ、

ぼくを悲しい歌で感動させたければね。

「しかし、田舎臭い韻律もだいぶ上品でスムーズなものになってきて、

『キュベレーに愛された美少年アッティス』なんて句が綺麗に終われるようになって、

『紺碧の海を引き裂いたイルカ』とか

『ぼくたちは長いアペニン山脈のうねを抜いた』もそうです。

『我は戦いと男を歌う』(『アエネイス』冒頭)、ひどく畏(かしこ)まって仰々しいではないですか。

まるで、ふくらんだ樫の干からびた古枝のようです」

では、身構えなくても読めるしなやかなものはどんなものかね。

「女たちは角笛をバッカスの低音で吹き鳴らし、

「バッカスの信徒は、元気な子牛の頭を切って持ち去ろうとして、

「バッカスの神官はキヅタの手綱で山猫を導き、

『エウホイ』と繰り返して、それがエコーとなって返ってくる」です。

ぼくたちの体に父祖たちの男らしさが脈づいているなら、

こんな作品は生まれなかったはずだ。この女々しい

マエナスとアッティスはつばきとなって口の端から飛び出してくるが、

そこには切歯扼腕して呻吟した跡など微塵もない。

「でも、どうしてやわらかい耳を辛い真実で悩ませる必要があるでしょうか。

「有力者たちの敷居が高くならないように気をつけなさい。

「そこでは犬の唸り声が聞こえてくるでしょうね」

それならこれからはぼくは何も文句はつけないようにするよ。

いいよ。どれもこれも傑作だ、どれも上出来だ、君たちは素晴らしい。

これでいいかな。君が言っているのは「ここで脱糞するを禁ず」だ。

さらに、二匹の蛇の絵を描いて「ここは聖地なり、子供の小便をほかですべし」と言えばいい。

ぼくは出ていくよ。ルキリウスはローマを酷評した、

ルプスも、ムキウスも酷評した。そして歯ぎしりをしたのだ。

狡猾なホラティウスは友人のあらゆる悪徳を描いて、しかも友人を笑わせる。

友人の心の中に入り込んで良心をちくちくと刺激する。

賢明な彼は大衆の中に鼻を突っ込んで笑い物にするのだ。

ぼくは一人でつぶやくことも許されないのか。こっそりとやっても駄目なのか。穴の中でも駄目なのか。どこであっても駄目なのか。

にも関わらす、ぼくはここに穴を掘ることにする。見えるぞ、見えるぞ、この小さな本がぼくには見えるそ。

誰もがロバの耳をしている。ぼくの秘密はこれだ。

まったく、くだらない冗談だよ、あのイリアスの翻訳ほどの値打ちもない。

誰でもいい、勇敢なクラティノスに霊感を受けた人

怒れるエウポリスと昔の偉人アリストファネスに感心する人なら、

またこの本も読めばいい、もしもっと上出来の歌を聞きたければ。

これらの作家によって耳が慣れた読者なら、熱い心でぼくの読者になってくれるさ。

それはギリシアのサンダルをからかいたがる人ではないし、

片目の人に「片目」と言えるような下品な人でもない、

イタリアの官職に就いて、ふんぞり返って自分を偉いものだと思っている人でもない、

アレティウムの造営官になって不公平な枡を壊す人でもない、

数の計算や砂の上に描いた円錐形を

馬鹿にする悪賢い人でもない、

娼婦が哲学者の髭を生意気に引っ張るだけですぐに大笑いする人でもない。

この人たちは午前中には法務官布告を、午後には『カッリロエ』(＝カリトンの小説、和訳あり)でも読んでいればいいのさ。