オウィディウス『惚れた病の治療法』
(羅和対訳)





これは、わらび書房版を元にして、一部を変更したものである。

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P OVIDI NASONIS REMEDIA AMORIS
オウィディウス
惚れた病の治療法


Legerat huius Amor titulum nomenque libelli:
  'Bella mihi, video, bella parantur' ait.

恋の神がこの文書(ふみ)の表題の文字を読み終えて申すには、「これはわたしに戦(いくさ)を仕掛けようとしていると見た」と(一一二)。

'Parce tuum vatem sceleris damnare, Cupido,
  Tradita qui toties te duce signa tuli.

「クピドーよ、おん身の統率のもと、おん身より手渡されし旗幟をかくもしばしば担(に)なってきたおん身の詩人たるわたしに、そのような謀反の罪をきせることは容赦したまえ。

Non ego Tydides, a quo tua saucia(傷ついた) mater      5
  In liquidum rediit aethera Martis equis.

このわたしは、おん身のおん母に傷を負わせ、軍神マルスの馬で清澄(せいちょう)たる天界に帰らしめたテュデウスの子ディオメデスではないのだ。

Saepe tepent(覚める) alii juvenes: ego semper amavi,
  Et si, quid faciam, nunc quoque, quaeris, amo.

ほかの若者らは恋の熱が冷めることもよくあること。このわたしはいつも恋をしてきたし、今また何をしているかと問われるならば、今も恋をしていると答えよう。

Quin(それどころか) etiam docui, qua posses arte parari(ゲット),
  Et quod nunc ratio est, impetus ante fuit.      10

それどころか、どのような技術でおん身を手に入れることができるかを前の三巻の書でわたしは教えたのだし、今はメソッドになっていることが、以前には情熱であったのだ。

Nec te, blande puer, nec nostras prodimus(裏切る) artes,
  Nec nova praeteritum Musa retexit(ほどく) opus(本).

心優しき少年神よ、わたしはおん身をも、またわが技術をも、裏切るようなまねはしないし、新たなる楽女神(ミューズ)がふるき作品たる『恋の手ほどき』の本のひもをほどいてしまったわけでもない(3〜12)。

Siquis amat quod amare juvat(楽しい), feliciter ardens
  Gaudeat, et vento naviget ille suo.

もし誰にせよ、恋をすることが嬉しくて恋をしているのなら、その情熱は倖わせなものであって、その人は恋を楽しみ、順風のままに恋の海をわたりゆくがよい。

At siquis male fert indignae regna puellae,      15
  Ne pereat, nostrae sentiat artis opem.

だが、もしつまらない女の専横を我慢している人があるのだったら、身を滅ぼさぬよう、わたしの治療法の助けを身につけるがいい。

Cur aliquis laqueo(縄) collum nodatus(結ぶ) amator
  A trabe(梁) sublimi triste pependit onus?

なにゆえに、ある男は、恋をして縄で首を締めつけられ、高い梁(はり)から悲しき重荷となってぶら下がったのか?

Cur aliquis rigido fodit sua pectora ferro?
  Invidiam caedis, pacis amator, habes.      20

なにゆえに、ある男は、堅き剣もておのれの胸をつき刺したのか?むつみを愛する神よ、おん身はこれらの殺しの恨みを受けているのだ。

Qui, nisi desierit, misero periturus amore est,
  Desinat; et nulli funeris(死) auctor eris.

もし恋をやめなかったら、惨めな恋ゆえに身を滅ぼしそうな男には、恋をやめさせるがいい。そうすれば、おん身はなんびとの死の責任者にならずにすむであろう。

Et puer es, nec te quicquam nisi ludere oportet:
  Lude; decent annos mollia regna tuos.

おん身は少年神であって、遊ぶこと以外、似つかわしくない。遊びたまえ。柔弱なる支配こそおん身の年齢にふさわしいのだ。

Nam poteras uti nudis ad bella sagittis:      25
  Sed tua mortifero sanguine tela carent.

なぜなら、おん身は恋の戦(いくさ)に矢を箙(えびら)から抜いて用いることはできるが、おん身の投げ矢は死をもたらす流血をもたらさない(13〜26)。

Vitricus(義父) et gladiis et acuta dimicet(戦う) hasta,
  Et victor multa caede cruentus eat:

おん身の義父ウルカーヌスにこそ剣と鋭き槍もて戦い、多くの殺戮に血塗られ者となるがいい。

Tu cole maternas, tuto quibus utimur, artes,
  Et quarum vitio nulla fit orba parens.      30

おん身としては、母神ウェヌス(ビーナス)の技術を開発したまえ。技術なら安全に用いることができ、そのせいでは、いかなる女親も子を失くすまい。

Effice nocturna frangatur(接) janua(戸) rixa(喧嘩),
  Et tegat ornatas multa corona fores:

夜の喧嘩騒ぎで玄関が破られたり、数多い花冠の飾りで戸が被われるようにするのもいいし、

Fac coeant furtim juvenes timidaeque puellae,
  Verbaque dent(騙す) cauto qualibet arte viro:

若者と内気な娘らを密会させ、間男はどんな手でも用心深い亭主を騙すがいい。

Et modo blanditias rigido, modo (悪口) posti(戸)      35
  Dicat et exclusus flebile(悲しい) cantet amans.

そして、閉め出された恋人には、かたくなな門に向かって、ときにはお世辞を、ときにはののしりのことばを言わせ、嘆きの歌を歌わせたらいい。

His lacrimis contentus eris sine crimine mortis;
  Non tua fax avidos digna subire rogos(薪).'

人殺しの罪を犯さずおん身はこれらの涙で心足りようし、おん身の松明は貪欲な荼毘(だび)の薪に火をつけるのは似合わない」

Haec ego: movit Amor gemmatas aureus alas,
  Et mihi 'propositum perfice' dixit 'opus.'      40

こうわたしは言った。恋の神は金色燦然として宝石を散りばめた翼をはためかせ、「お前の計画した仕事を成しとげるがよい」と申された(27〜40)。

Ad mea, decepti juvenes, praecepta venite,
  Quos suus ex omni parte fefellit amor.

されば欺(あざ)むかれし若者よ、おのれの恋に全く裏切られた者よ、わが教訓のもとに来たれ。

Discite sanari, per quem didicistis amare:
  Una manus vobis vulnus opemque feret.

恋を教えた人間から癒されるすべを学ぶがよい。同じ手が、君たちに傷をも癒しをももたらすだろう。

Terra salutares herbas, eademque nocentes      45
  Nutrit(育てる), et urticae(刺草) proxima saepe rosa est;

大地は健康によい薬草を育てるが、同時に毒草をも育てるし、薔薇はしばしば刺草(いらくさ)によく似ている。

Vulnus in Herculeo quae quondam fecerat hoste,
  Vulneris auxilium Pelias(ペリオン山の) hasta tulit.

ペリオン山の槍も、かつてヘラクレスの子で敵のテレポスに傷を負わせたが、またその傷を癒した。

Sed quaecumque viris, vobis quoque dicta, puellae,
  Credite: diversis partibus arma damus,      50

けれども、男子(おのこ)らにわたしが言ったことは、何によらず、娘たちよ、あなたがたにもまた言ったのだと思いなされ。

E quibus ad vestros siquid non pertinet usus,
  Attamen(それでも) exemplo multa docere(教える) potest.

そのうちで、もしあなた達が用いるのに向かないものがあっても、それでも実例によって、非常な教訓になるのだ。

Utile propositum est saevas(荒れ狂う) extinguere flammas,
  Nec servum vitii pectus(心) habere sui.

激しい恋情の炎を消して、自分の弱さの奴隷とならない心を持つことは有益な目的なのだ。

Vixisset Phyllis, si me foret usa magistro,      55
  Et per quod novies(9回), saepius isset iter;

かのトラキアの王女ピュリスも、もしわたしを師とし、九度行った道をもっとしばしば行っていたら、死なずにすんだであろうし、

Nec moriens Dido summa vidisset ab arce
  Dardanias vento vela dedisse rates;

女王ディドーもトロイアの船が風に帆をまかせて去ったのを、城楼の高みから、死にゆきつつ眺めずにすんだであろう。

Nec dolor armasset contra sua viscera(実の子) matrem,
  Quae socii(身内の) damno(損害) sanguinis ulta virum est.      60

さらに血を分けた子らを殺して夫に復讐した母メデアも、苦悩のあまりおのが子らに刃物を向けることもなかったであろう。

Arte mea Tereus, quamvis Philomela placeret,
  Per facinus fieri non meruisset avis.

わたしの治療法によったなら、テレウスも、どれほどピロメラを愛したにせよ、罪を犯して鳥にならずともすんだであろう(41〜62)。

Da mihi Pasiphaen, jam tauri ponet amorem:
  Da Phaedram, Phaedrae turpis abibit amor.

わたしにクレタの王妃)パーシパエをよこしなされ、すぐに牡牛への恋を棄てるであろう。王女パイドラをよこしなされ、パイドラの醜い恋は無くなるであろう。

Crede Parim nobis, Helenen Menelaus habebit,      65
  Nec manibus Danais Pergama victa cadent.

わたしにパリスを返しなされ、ヘレネはメネラオスのものであろうし、ギリシア人の手によってペルガマの城もつトロイはうち破られて倒れることはないであろう。

Impia si nostros legisset Scylla libellos,
  Haesisset capiti purpura, Nise, tuo.

親不孝な娘スキュラがもしわたしの書物を読んだなら、父なるニーソスよ、汝の頭の深紅の髪の毛は抜かれずについていたであろう。

Me duce damnosas, homines, conpescite(抑える) curas,
  Rectaque cum sociis me duce navis eat.      70

わたしを指南役として、人々よ、害多き恋の心労を抑え、わたしを指南役として船をば水夫らともども正しき道を行かしむるがよい。

Naso legendus erat tum, cum didicistis amare:
  Idem nunc vobis Naso legendus erit.

あなたがたは恋することを学んだとき、このオウィディウスを読まねばならなかったのだ。いま恋から離れようというときも同じくオウィディウスを読まねばならないであろう。

Publicus assertor(解放者) dominis suppressa levabo(解放する)
  Pectora: vindictae(杖) quisque favete(喝采する) suae.

奴隷を解放する宣言を行なう公の役人として、わたしは恋という 主人に抑えつけられていた胸の内を軽くしてあげよう。おのおのご自分を恋の奴隷の身分から解放する杖を歓迎なさるがよい(63〜74)。

Te precor(祈る) incipiens, adsit tua laurea(月桂冠) nobis,      75
  Carminis et medicae(癒しの), Phoebe, repertor(発見者) opis(力).

詩歌と癒しの力を見出したる者、なんじアポロンよ、はじめにおん身に祈る。おん身の月桂冠がわたしを助けたまわむことを――。

Tu pariter(同様に) vati(詩人), pariter succurre(助ける) medenti(医者):
  Utraque(主) tutelae(庇護) subdita cura tua est.

おん身こそ詩人(うたびと)にも、癒す者にも 、ひとしく助けを与えたまえ。ふたつながら、これらに心を遣うは、おん身の加護のもとに入ることなのだ(75〜78)。

Dum licet, et modici(主複 普通の) tangunt(触れる) praecordia(心) motus,
  Si piget, in primo limine siste(置く) pedem.      80

できるうちに、そしてごく普通な感情に心が言うことをきくうちに、もし恋がいやになったら、最初の隣のところで足を止めたまえ。

Opprime, dum nova sunt, subiti(急な) mala semina morbi,
  Et tuus incipiens ire resistat equus.

恋という急な病の悪しき種は、新しいうちに抑えつけて、出だしから君の馬をして進むことを否ましむるがよい。

Nam mora dat vires, teneras mora percoquit(熟させる) uvas(ぶどう),
  Et validas segetes(穀物) quae fuit herba, facit.

というのは、遅延は力を与えるもの、遅延は若き葡萄を熟せしめ、草であったものを逞(たくま)しい穀物にするのだ。

Quae praebet latas arbor spatiantibus(散歩する) umbras,      85
  Quo posita est primum tempore virga(若枝) fuit;

散歩する人々に広き陰を与えている樹木も、最初に植えられたときは苗であった。

Tum poterat manibus summa tellure(地面) revelli(引き抜く):
  Nunc stat in inmensum viribus aucta suis.

そのときは地表から手で引き抜くこともできたのに、いまやおのれの力ではかりしれない高さにまで成長して立っている。

Quale sit id, quod amas, celeri circumspice(観察する) mente,
  Et tua laesuro(害する) subtrahe colla(首) jugo.      90

君がいま愛しているものがいかなるものであるのか、頭をすばやく回転させて考え、怪我のもとになりそうな軛(くびき)から君の首を引っ込めるがいい。

Principiis obsta(抵抗する); sero medicina paratur,
  Cum mala per longas convaluere moras.

はじめに逆らうのだ。長いことして病気が力をつけてしまったら、薬を用意しても手遅れだ。

Sed propera, nec te venturas(来たるべき) differ in horas;
  Qui non est hodie, cras(明日) minus aptus erit:

それではだめで、急ぐのだ。将来の時まで引き延ばしてはいけない。今日間に合わぬなら、明日になったらもっと間に合わなくなる。

Verba dat(騙す) omnis amor, reperitque alimenta morando;      95
  Optima vindictae(解放) proxima quaeque dies.

ぐずぐすすることによってどんな恋でも人を欺き、滋養分を見出す。早ければ早いほど恋の奴から解放される最良の日なのだ(79〜96)。

Flumina pauca vides de magnis fontibus orta:
  Plurima collectis multiplicantur aquis.

ご存じのように、大きな水源から発している河はほとんどない。たいていは水を集めて増大するのだ。

Si cito sensisses, quantum peccare parares,
  Non tegeres vultus cortice(樹皮), Myrrha, tuos.      100

キュプロスの王女ミュッラよ、不倫というどれほど大きな罪を犯そうとしているかに早く気がついたなら、そなたはおのが顔を樹皮で掩(おお)うこともなかったであろう。

Vidi ego, quod fuerat primo sanabile, vulnus
  Dilatum(>differo広げる) longae damna tulisse morae.

このわたしも、最初は治せた傷が長いことぐずぐずして遅れたためにひどい目にあった例(ためし)を知っている。

Sed quia delectat Veneris decerpere(摘む) fructum,
  Dicimus adsidue(常に) 'cras quoque fiet idem.'

けれども愛欲の果実を摘むのが楽しいものだから、たえずわれらは「明日も同じようだろう」と言うが、

Interea tacitae serpunt in viscera flammae,      105
  Et mala radices altius arbor(女) agit.

そうしているうちに炎はひそかに五臓六腑に忍び込み、悪しき樹木はより深く根を張ってゆくのだ(97〜106)

Si tamen auxilii perierunt tempora primi,
  Et vetus in capto pectore sedit amor,

それでも最初の救援の時期かもし失われて、ふるき恋が捕虜になった胸の中に居坐ってしまったなら、

Maius opus superest: sed non, quia serior aegro
  Advocor, ille mihi destituendus(見捨てる) erit.      110

もっと大きな仕事が残されたというわけだ。けれども、病人のもとに呼ばれるのが遅すぎたからといって、わたしは彼を見捨ててしまっていいということはない。

Quam laesus fuerat, partem Poeantius heros
  Certa debuerat praesecuisse(切り取る) manu;

蛇に噛まれた部分をば、ポイアスの子、英雄(ピロクテテス)は躊躇(ためらい)なき手もて切除すべきであったのだ。

Post tamen hic multos sanatus creditur annos
  Supremam bellis imposuisse manum.

それでも、何年か経ってこの男は癒され、トロイアの戦に最後の一撃を加えたとされている。

Qui modo nascentes properabam pellere morbos,      115
  Admoveo(向ける) tardam nunc tibi lentus opem(助け).

まだ生じかけの病を追い払うべく、わたしはさっきは馳せ参じようとしていたが、次には落ちついて君にゆっくりした救援の手を貸してあげよう。

Aut nova, si possis, sedare(鎮める) incendia(炎) temptes(試みる),
  Aut ubi per vires procubuere(横たわる) suas:

君はできたら恋の炎が新しいうちか、でなければ炎が自らの力で尽きたときに、鎮めることを試みたまえ。

Dum furor in cursu est, currenti cede furori;
  Difficiles aditus impetus omnis habet.      120

激情が判っているときは、走っている激情に譲るがいい。およそ勢いというものは、これに接近するのが難しい。

Stultus, ab obliquo(はすに) qui cum descendere possit,
  Pugnat(奮闘する) in adversas ire natator(泳者) aquas.

はすにかわして流れくだることができるときに、流れに逆らって行こうとする者は愚かというもの。

Impatiens animus nec adhuc tractabilis(素直な) artem
  Respuit, atque odio verba monentis habet.

逸(はや)っていて、いまだどうやっても手のつけられぬ心は、忠告者の言葉なぞ受けつけようとせず、憎らしく思うばかりだ。

Adgrediar(近づく) melius tum, cum sua vulnera tangi      125
  Jam sinet, et veris vocibus aptus(依存する) erit.

もう自分の傷に触れられることを許し、真心のことばを受け入れるようになったときに、わたしが近づくのがよりよいだろう(107〜126)。

Quis matrem, nisi mentis inops(弱い), in funere nati(息子)
  Flere vetet? non hoc illa monenda loco est.

頭の弱いやつでなければ、そもなんびとが、母親が息子の死に泣くことを禁じようか?こういう場合には母親にかれこれ言うべきではないのだ。

Cum dederit lacrimas animumque impleverit(満足させる) aegrum,
  Ille dolor verbis emoderandus(和らげる) erit.      130

涙を流しつくし、とことんまで悲しみつくしたとき、はじめてこの悩みをことばで和らげてやるのがいいのであろう。

Temporis ars medicina fere est: data tempore prosunt(役立つ),
  Et data non apto tempore vina(酒) nocent.

時宜を得るということの技術は医薬にもひとしいものである。時を得て与えた酒は益になり、適当でないときに与えた酒は害になる。

Quin etiam accendas(火を付ける) vitia inritesque(あおる) vetando,
  Temporibus si non adgrediare suis.

それどころか時宜を得て近づかないと、心の病に火をつけ、禁ずることによってかえって病をいよいよ悪くすることになろう(127〜134)。

Ergo ubi visus eris nostra medicabilis arte,      135
  Fac monitis(忠告された) fugias otia prima meis.

それゆえ、わたしの療法から見て、君が恋の病から治せる、となったならば、わたしの忠告をきいて何よりもまず暇を作らぬようにしたまえ。

Haec, ut ames, faciunt(させる); haec, quod fecere(完), tuentur(保つ);
  Haec sunt jucundi causa cibusque mali.

この暇というやつが君に恋をさせ、こやつがおのが所行をあっためておくのだ。この暇こそ「楽しい病」の原因であり、それを育てる食物なのだ。

Otia si tollas, periere(完) Cupidinis arcus(弓),
  Contemptaeque jacent et sine luce faces.      140

暇を取りあげてしまうと、恋の神の弓もお手あげで、この神の松明も蔑まれ、光を失って地に落ちる。

Quam platanus vino gaudet, quam populus(ポプラ) unda,
  Et quam limosa(沼の) canna(葦) palustris(沼の) humo,

プラタナスが供犠の葡萄酒を、ポプラが水を、さらには沼の葦(あし)が泥地を喜ぶほどに、

Tam Venus otia amat; qui finem quaeris amoris,
  Cedit amor rebus: res age, tutus eris.

それほどに恋の女神は暇を愛したもう。恋の終りを求める君は――恋は仕事に負ける——仕事をしたまえ。そしたら君は大丈夫だ。

Languor, et inmodici sub nullo vindice(解放者) somni(主),      145
  Aleaque, et multo tempora(こめかみ) quassa(壊れた) mero

怠惰、そして誰も止める者のいない節度のない眠り、そしてサイコロ遊び、さらには深酒にうずくこめかみ、

Eripiunt omnes animo sine vulnere nervos:
  Adfluit incautis insidiosus Amor.

これらは傷を与えることなく精神からあらゆる活力を奪い去り、悪賢い恋の神が不用心な人の心に忍び込むのだ。

Desidiam(無為) puer ille sequi solet, odit agentes:
  Da vacuae menti, quo teneatur, opus.      150

あのクピドーは怠惰の後を追っかけるのが習性であって、働いている人が嫌いだ。空っぽの心には気を取られるような仕事を与えるがいい。

Sunt fora, sunt leges, sunt, quos tuearis(面倒をみる), amici:
  Vade per urbanae splendida castra togae.

それには法廷があり、法律があり、君が面倒を見る友人たちがある。市民のトガの白く輝く陣営に踏み入るがいい。

Vel tu sanguinei(属) juvenalia(若い) munera Martis
  Suspice(引き受ける): deliciae(楽しみ) jam tibi terga dabunt.

あるいは君は血に染む軍神(マルス)の若々しい務めを引き受けるがいい。そうすれば、恋の悦楽はすぐにも君に背を見せ敗走するだろう。

Ecce, fugax(逃げる) Parthus, magni nova causa triumphi,      155
  Jam videt in campis Caesaris arma suis:

見よ、逃げゆくパルティアの民を!こは偉大なる凱旋式の新しき原因にして、彼らはおのが戦野に、はやカエサルの軍を目にしている。

Vince Cupidineas pariter Parthasque sagittas,
  Et refer ad patrios bina tropaea(戦勝記念碑) deos.

恋の神とパルティアの矢をばひとしく打ち破り、父祖の神々のもとへ二重のトロフィーを持ち帰れよ。

Ut semel Aetola Venus est a cuspide(槍) laesa,
  Mandat amatori(恋人) bella gerenda suo.      160

ひとたびアイトリアを統べしディオメデスの槍に恋の女神が傷つけらるるや、女神はおのが恋人たる軍神アレスに戦さをするように命じたもうた(135〜160)。

Quaeritur, Aegisthus quare sit factus adulter?
  In promptu(明らか) causa est: desidiosus erat.

なにゆえアイギストスが姦夫となったかたずねるのかね?原因ははっきりしている。彼は怠惰であったのだ。

Pugnabant alii tardis(のろい) apud Ilion armis:
  Transtulerat(移す) vires Graecia tota suas.

他の男どもはイリオンで片のつかない戦さをしていた。ギリシアは挙げてその力をトロイに持っていったのだった。

Sive operam bellis vellet dare, nulla gerebat:      165
  Sive foro, vacuum litibus Argos erat.

戦さに力を尽くしたくてもアルゴスは何の戦さもしていなかったし、法廷に心を向けようにも訴訟沙汰はなかったのだ。

Quod potuit, ne nil illic ageretur, amavit.
  Sic venit ille puer, sic puer ille manet.

あそこで無為に過さないためにできたことといったら、恋をすることだったのだ。かくてかの少年神は来たり、かくてかの少年神は留まったのだ(161〜168)。

Rura(田舎) quoque oblectant(楽します) animos studiumque colendi:
  Quaelibet huic curae cedere cura potest.       170

田野もまた精神を、耕作の意欲(こころ)を、悦ばしむるもの。耕作というこの心遣いがいかなる心労にも先行するのだ。

Colla jube domitos(馴れた) oneri supponere tauros,
  Sauciet(すく) ut duram vomer(鋤) aduncus(曲がった) humum:

曲れる鋤が堅き土を掘りおこすよう、馴れたる牡牛どもに軛の荷を負わしめよ。

Obrue(埋める) versata(すき返した) Cerialia(ケレスに) semina terra,
  Quae tibi cum multo faenore(利子) reddat ager.

畠が大いなる利子もて君に返すよう、掘り返された大地に穀物の女神の種をまけ。

Aspice curvatos pomorum pondere ramos,      175
  Ut sua, quod peperit, vix ferat arbor onus;

さらには樹が成った実の重みに耐えかねるほどに、たわわなる林檎の枝を眺めようと努力せよ。

Aspice labentes jucundo murmure rivos(川);
  Aspice tondentes fertile gramen(草) oves(羊).

快き水音たてて流れる川を眺めよ。ゆたかなる草を食む羊らを眺めよ。

Ecce, petunt rupes(岩山) praeruptaque(険しい) saxa capellae(牝山羊):
  Jam referent haedis ubera plena suis;      180

見よ、雌山羊らは岩を、険(けわ)しき巌山(いわやま)を、目指して行く。やがておのが仔らに張りし乳房を持ち帰るであろう。

Pastor inaequali modulatur(奏でる) harundine(葦) carmen,
  Nec desunt comites, sedula(勤勉な) turba(群), canes;

牧人はさまざまに鳴る葦笛もて歌の調べを奏で、供として忠実なる犬の群れも無しとはしない。

Parte sonant alia silvae mugitibus(轟音) altae,
  Et queritur vitulum(仔牛) mater abesse suum.

べつの方角では、高き森は深々と風音たて、母牛はおのが仔を見失ったとうち嘆いている。

Quid, cum suppositos fugiunt examina(蜂の群) fumos,      185
  Ut relevent(持ち上げる) dempti(取り除く) vimina(細枝) curva favi(巣)?

巣を取りはずして曲げて作った柳の枝が軽くなるよう、蜜を取るため下で煙をおこして蜂の群れを追い出すときの楽しさはどうだ?

Poma dat autumnus: formosa est messibus aestas:
  Ver praebet flores: igne levatur hiems.

秋は果実をもたらし、夏は収穫物で美しく、春は花々を与え、冬は火で救われる。

Temporibus certis maturam rusticus uvam
  Deligit(摘む), et nudo sub pede musta fluunt;      190

決まった季節に野の人は熟した葡萄をとり入れ、裸足に踏まれて葡萄汁は流れる。

Temporibus certis desectas(切り取る) alligat(束ねる) herbas,
  Et tonsam(刈った) raro pectine(櫛) verrit(掃く) humum.

決まった季節に刈り取った草を束ね、刈られた地面を目の粗い熊手で掃くのだ(169〜192)。

Ipse potes riguis(水をまいた) plantam(植物) deponere(委ねる) in hortis,
  Ipse potes rivos ducere lenis aquae.

君は水をまいた庭に自分自身で木を植えることができ、自分自身で緩やかに流れる水路をつけることができる。

Venerit insitio(つぎ木の時期); fac ramum ramus adoptet,      195
  Stetque peregrinis(未熟な) arbor operta(覆う) comis(葉).

継ぎ木の時節である春が来た。さあ、枝に枝が着き、樹が他の樹の葉におおわれて立つようにしたまえ。

Cum semel haec animum coepit mulcere(なだめる) voluptas(楽しみ),
  Debilibus(弱った) pinnis(翼) inritus(無効の) exit Amor.

ひとたびこうした喜びが心の慰めとなりはじめたら、恋の神は翼も利かなくなって空しく去りゆくのだ(193〜198)。

Vel tu venandi(狩りに行く) studium cole(育てる): saepe recessit
  Turpiter a Phoebi victa sorore Venus.      200

でなければ、君は狩りに熱中するように心掛けよ。しばしばウェヌスはアポロンの妹にして狩りの女神なるアルテミスにうち破られて不面目にも退却したものだ。

Nunc leporem(兎) pronum(前のめりの) catulo(犬) sectare(追う) sagaci,
  Nunc tua frondosis retia(網) tende(広げる) jugis(山脈),

今や勘の鋭い犬を使って疾く逃げゆく兎を追い、今や葉繁き山なみに君の網を伸ばすがよい。

Aut pavidos terre varia formidine(かかし) cervos(鹿),
  Aut cadat adversa cuspide fossus(刺す) aper.

おののく鹿どもをさまざまな色の案山子(かかし)もて驚かせるか、または野猪には槍もて立ち向かい、刺し貫いて倒すがいい。

Nocte fatigatum somnus, non cura puellae,      205
  Excipit(襲う) et pingui(安らかな) membra quiete(休養) levat.

そうすれば夜には疲れた身をば、女の子ゆえの心労ではなくて、眠りが捕え、深々とした休らいに四肢も休まるのだ。

Lenius est studium(趣味), studium tamen, alite(鳥) capta
  Aut lino(網) aut calamis(鳥もち) praemia parva sequi,

女の子を追いかけるよりもっと穏やかな楽しみでも、楽しいことがある。それは、網であるいは鳥もちを塗った枝で、鳥を捕えてささやかな褒美を得ようとしたり、

Vel, quae piscis edax(大食い) avido male devoret ore,
  Abdere(隠す) sub parvis aera(銅) recurva(曲がった) cibis(餌).      210

はたまた、身の破滅も知らず貪欲な口で魚ががっついて飲みこむ銅の鉤針(かぎばり)を、吊した餌の中に隠すこと。

Aut his aut aliis, donec dediscis amare,
  Ipse tibi furtim(こっそり) decipiendus(騙す) eris.

こういったことで、でなければ他のことで、どうしたら恋をやめられるかが判るまで、君は心中やりくりして自分自身を欺かねばならないのだ(199〜211)。

Tu tantum quamvis firmis retinebere vinclis,
  I procul, et longas carpere perge(続ける) vias;

どれほど堅い恋の絆で縛られていても、君はひたすら遠くへ行き、長い旅路を歩みつづけるのだ。

Flebis, et occurret(浮かぶ) desertae nomen amicae,      215
  Stabit et in media pes tibi saepe via:

泣くこともあろうし、棄てた女の名が思い出され、旅の途中で君の足が止まることもしばしばであろう。

Sed quanto minus ire voles, magis ire memento;
  Perfer, et invitos currere coge pedes.

それでも、行きたくなければないほど、必ず行くことを忘れてはならない。初志を貫き、いやがる足に無理にも歩かせるのだ。

Nec pluvias opta, nec te peregrina(外国の) morentur(引き止める)
  Sabbata(安息日), nec damnis(損害) Allia nota suis.      220

君を引きとめる降雨を待ち望んではいけないし、また、異国の安息日も、つきものの凶事で有名なアッリア河での敗戦日七月十八日も、 君を引きとめないようにしたまえ。

Nec quot transieris et quot tibi, quaere, supersint
  Milia; nec, maneas ut prope, finge moras(延期):

また、旅路が何マイル残っているかを考え、近くに居残ろうとして滞在の口実を作ってはいけない。

Tempora nec numera, nec crebro respice Romam,
  Sed fuge: tutus adhuc Parthus ab hoste fuga est.

時日を数えてもいけないし、なにかとローマをふりかえってもいけない。そうではなくて、逃げるのだ。逃げることによって、パルティア族さえも、いまだその敵たるローマから安泰なのである(213〜22 4)。
Dura aliquis praecepta vocet(呼ぶ) mea; dura fatemur      225
  Esse; sed ut valeas, multa dolenda feres.

このわたしの訓戒を苛酷だと言う人もあろう。たしかに苛酷だ。けれども、治るためには多くの悩みを忍ばねばならない。

Saepe bibi(飲む) sucos(薬), quamvis invitus, amaros
  Aeger(病気の), et oranti mensa(料理) negata mihi.

わたしは病気のとき、いくらいやでも、苦い水薬を飲んだし、くれといっても美食は与えてもらえなかった。

Ut corpus redimas(救い出す), ferrum patieris et ignes,
  Arida nec sitiens ora levabis aqua:       230

肉体の回復のため、君は剣も火も耐え忍ばなければなるまいし、咽喉(のど)が乾いていても、かさかさの口を水で和らげてはならない。

Ut valeas animo, quicquam tolerare negabis?
  At pretium pars haec corpore maius habet.

恋の病から治って精神が健やかになるために、なにを君は我慢しないと言うのか?精神というこの部分は肉体よりもっと大きな価値があるのだ。

Sed tamen est artis tristissima janua(門) nostrae,
  Et labor est unus tempora prima pati(耐える).

にもかかわらず、わたしの療法の門に入るのはいちばん辛く、惚れた女と別れるという最初の時期を耐え忍ぶことが一つの労苦である。

Aspicis(気づく), ut prensos urant(苦しめる) juga prima juvencos(若い雄牛),      235
  Et nova velocem cingula(腹帯) laedat equum?

若い牡牛が捕えられたとき、はじめて負う軛にどれほど痛い思いをするか、また新しい腹帯が早く走る馬をどれほど傷つけるか、ご存じのとおりだ(225〜236)。

Forsitan a laribus patriis exire pigebit:
  Sed tamen exibis: deinde redire voles;

おそらくは父祖の家神のある故里を離れるのはいやであろう。それでもしかし、君は出てゆくことだろう。それから帰りたくなるだろう。

Nec te Lar patrius, sed amor revocabit amicae,
  Praetendens(振りをする) culpae splendida verba tuae.      240

故里ではなくて、惚れた女への愛が、君のあやまちに対して表向き恰好のいい口実を設けて呼び戻すのだ。

Cum semel exieris, centum solatia(慰め) curae
  Et rus et comites et via longa dabit.

でも一度出て行ってしまえば、田野やら、友だちやら、長き旅路やらが。君の悲しみに百を数える慰めを与えてくれよう。

Nec satis esse putes discedere; lentus(長く) abesto,
  Dum perdat vires sitque sine igne cinis.

さらに都を立ち去るだけで足れりと考えてはならない。恋の炎が力を失い、灰に火の気がなくなるまで、長いあいだ女から離れていたまえ。

Quod nisi firmata properaris(急ぐ+不) mente reverti,      245
  Inferet arma tibi saeva(過酷な) rebellis(反乱の) Amor.

心をしっかりと持たないで急ぎ戻ったなら、 恋の神は反抗して君に恐ろしい戦さを挑むであろう。

Quidquid et afueris, avidus sitiensque redibis,
  Et spatium damno cesserit omne tuo.

そしてそれまでいくら居なかったとしても、君はふたたびハングリーな、飢(かつ)えた思いで戻ってくることになり、空けていた時間は挙げて 君の身の破滅をもたらす結果となろう(237〜248)。

Viderit, Haemoniae siquis mala pabula(牧草) terrae
  Et magicas artes posse juvare putat.      250

ハイモニア(テッサリア)の地の毒草と魔術が恋の病に利くと考えている人があれば、やってみたらいい。

Ista veneficii(魔法) vetus est via; noster Apollo
  Innocuam(無害な) sacro carmine monstrat(示す) opem(助け).

あんなのは魔法の古いやり方だ。わたしの奉ずるアポロンは聖なる詩歌もて害のない療法を示したもう。

Me duce non tumulo(墓) prodire(現れる) jubebitur umbra(亡霊),
  Non anus(老女) infami carmine rumpet(裂く) humum;

わたしを指南とすれば、幽魂は墓から出てくるよう命じられもしないし、魔法を使う老姿も縁起の悪い呪文を唱えて地面を裂き開きもしないだろう。

Non seges(穀物) ex aliis alios transibit in agros,      255
  Nec subito Phoebi pallidus orbis(球) erit.

穀物が島から島へと移動することもなく、太陽の球体が突如として青白むこともないだろう。

Ut solet, aequoreas(海の) ibit Tiberinus in undas(水):
  Ut solet, in niveis(白い) Luna vehetur equis.

ふだんのようにティベリス河は海水に流れこみ、ふだんのように月の女神は白き馬に乗って天空を行くであろう。

Nulla recantatas(呪文をかける) deponent pectora(主) curas,
  Nec fugiet vivo(自然の) sulpure victus amor.      260

呪歌によりて胸の中から心労(なやみ)が除かれることはなく、天然の硫黄の力に負けて恋が逃げてゆくこともないであろう(249〜260)。

Quid te Phasiacae juverunt gramina terrae,
  Cum cuperes patria, Colchi(コルキスの人), manere domo?

そなたが、コルキスの女(メデア)よ、故国の家にとどまりたいと望んだとき、パーシスの河の流るるコルキスの地の草が何の役に立ったというのか?

Quid tibi profuerunt, Circe, Perseides(>Perseisペルサの) herbae,
  Cum sua Neritias(イタカの) abstulit aura rates?

イタカの船を順風が運び去ったとき、キルケーよ、そなたの母ペルサの薬草がそなたに何の役に立ったというのか?
Omnia fecisti, ne callidus hospes abiret:      265
  Ille dedit certae lintea(帆) plena fugae.

狡猾なる客人(オデュッセウス)が去りゆかぬよう、そなたはあらゆる手を打った。それでも彼は帆をいっぱいにふくらませてあやまたず逃げたのだ。

Omnia fecisti, ne te ferus ureret ignis:
  Longus in invito pectore sedit amor.

激しい恋情の炎に身を灼かれぬよう、そなたはあらゆる手を打った。それでもままならぬ胸に恋心は長く去らずにいたのだ。

Vertere tu poteras homines in mille figuras,
  Non poteras animi vertere jura(掟) tui.      270

そなたは人間たちを千の姿に変えることができたが、どうしようもないそなたの心の定めを変えることはできなかった。

Diceris(受2) his etiam, cum jam discedere vellet,
  Dulichium verbis detinuisse(引き留める) ducem:

ドゥーリキオンの島統ぶる英雄(オデュッセウス)がすでに立ち去る気でいたとき、そなたはこんなことばを使ってまで彼を引きとめたと言われている。

'Non ego, quod primo, memini, sperare solebam,
  Jam precor, ut conjunx tu meus esse velis;

「わらわは、忘れもせぬが、はじめに望んでいたこと、おん身に妾(わらわ)の夫になってほしいとは、はや願いはせぬ。

Et tamen, ut conjunx essem tua, digna videbar,      275
  Quod dea, quod magni filia Solis eram.

されど、わらわは偉大なる太陽神の娘なる女神にてありしゆえ、おん身の妻にふさわしいとみずからは思うていた。

Ne properes, oro; spatium pro munere posco:
  Quid minus optari per mea vota potest?

願うらくは、急ぎたもうな。せめてもの恵みとして刹那の時をぞ乞い願う。わらわの祈りとしてそれ以上の何ごとを望み得ようぞ?

Et freta mota(乱れた) vides, et debes illa timere:
  Utilior velis postmodo ventus erit.      280

おん身の見らるるごとく、海は荒れており、おん身はそを恐れねばならぬ。ほどなく風は今より帆に適うものとなろう。

Quae tibi causa fugae? non hic nova Troia resurgit,
  Non aliquis socios rursus ad arma vocat.

おん身の逃げたもう理由は何?この地にては新たにトロイアの興(おこ)ることもなく、ふたたび同胞を戦さに赴けと呼ぶ者もない。

Hic amor et pax est, in qua male vulneror(傷つく) una,
  Tutaque sub regno terra futura tuo est.'

ここには愛と安らぎがあり、わらわ一人いたく傷ついているが、この地はなべておん身の支配の下とならむものを」(261〜284)。

Illa loquebatur, navem solvebat Ulixes:      285
  Inrita(無効な) cum velis verba tulere noti(南風).

キルケーがこう語っているうちにも、オデュッセウスの船は纜(ともづな)を解こうとしていた。そして、南風が甲斐もなきそのことばを帆もろとも運び去った。

Ardet(激する) et adsuetas Circe decurrit ad artes,
  Nec tamen est illis adtenuatus amor.

キルケーは怒って、手慣れた魔術に訴えたが、それによっても、しかし、恋の炎は和(やわ)らげられはしなかったのだ(285〜288)。

Ergo quisquis opem nostra tibi poscis ab arte,
  Deme(除く) veneficiis carminibusque fidem.       290

されば、君が誰であれ、わたしの療法に救いを求めるならば、魔法や呪歌に信を置くことをやめよ。

Si te causa potens domina retinebit in Urbe,
  Accipe, consilium quod sit in Urbe meum.

何か強力な理由があって、世界に冠たるローマの都に君がとどまる気なら、都にあってわたしの忠告がいかなるものかを聞くがよい。

Optimus ille sui vindex, laedentia(害する) pectus
  Vincula qui rupit, dedoluitque(痛みが止む) semel.

胸の痛みとなっている鎖を打ちこわし、きっばりと悩みを絶った人こそ、わが身の自由をかちとる最良の人なのだ。

Sed cui tantum animi(勇気) est, illum mirabor et ipse,      295
  Et dicam 'monitis non eget iste meis.'

それだけの勇気がある人なら、このわたし自身だってその人に感嘆もしようし、「あいつにはわたしの忠告は要らぬ」と言いもしよう。

Tu mihi, qui, quod amas, aegre(苦労して) dediscis(忘れる) amare,
  Nec potes, et velles posse, docendus eris.

けれど恋をしている相手を恋しなくなるにはどうしたらいいか苦しんでおり、諦められないけれど、しかも諦められるといいと思っている君こそ、わたしから学ぶべきであろう(289〜298)。

Saepe refer tecum(思い出す) sceleratae(悪い) facta puellae,
  Et pone ante oculos omnia damna tuos.      300

性悪な女にやられたことをしょっちゅう思い出すがいい。そして受けた損害はことごとく君の眼に思い浮かべよ。

'Illud et illud habet, nec ea contenta rapina(略奪) est:
  Sub titulum nostros misit avara lares(家).

「あれも、そして、あれも女のものになったばかりか、あれをふんだっくてもまだ満足していない。欲の皮が突っ張ったあいつはおれん家の仏壇にまで、売りものの札をぶら下げやがった。

Sic mihi juravit(誓う), sic me jurata fefellit(騙す),
  Ante suas quotiens passa jacere fores(戸口)!

あいつはおれにこんなふうに誓ったが、誓いを立てた身でこんなふうにおれを裏切りやがった。何度戸口の前におれを寝かせたままにしやがったろう!

Diligit ipsa alios, a me fastidit amari;      305
  Institor, heu, noctes, quas mihi non dat, habet!'

あいつはほかの男どもがお気に入りで、おれに恋されるのがいやでたまらず、おれには許さぬ夜を、ああ、行商人ふぜいに許しやがる!」

Haec tibi per totos inacescant(酸っぱくなる) omnia sensus:
  Haec refer, hinc odii semina quaere tui.

こうした苦い思いがすべて君の五感にめぐるようにしたまえ。こうしたことを思いおこし、ここから君の憎しみの種を求めよ。

Atque utinam possis etiam facundus(雄弁な) in illis
  Esse! dole(苦しむ) tantum, sponte(ひとりでに) disertus eris.      310

そればかりか、こうしたことに君は饒舌にすらなることができたら、と思うのだ。それにはただ憎むがいい。君は自然に雄弁になるだろう(299〜310)。

Haeserat(留まる) in quadam nuper mea cura puella:
  Conveniens(同意する) animo non erat illa meo:

最近のことだが、わたしの心はある女の子から離れずに悩んでいた。わたしの恋心にこの女は応えてくれなかったのだ。

Curabar propriis(自分の) aeger Podalirius(医師) herbis,
  Et, fateor, medicus turpiter aeger eram.

病めるポダレイリオス(訳注)よろしく、わたしは自分の薬草で治療したものだが、正直なところ、わたしは、みっともない話だが、医師のくせに病んでいたのだ。
訳注 イリアス 2-732、11-833

Profuit adsidue vitiis insistere(追求する) amicae,      315
  Idque mihi factum saepe salubre(健康によい) fuit.

惚れた女の欠点をたえず考えていることが役に立った。そして、そうやってわたしはしばしば健康になった。

'Quam mala' dicebam 'nostrae sunt crura(脚) puellae!'
  Nec tamen, ut vere confiteamur, erant.

「おれの女の脚の何と無恰好なこと!」とわたしは言ったものだが、でも白状すると、そうでもなかったのだ。

'Brachia quam non sunt nostrae formosa puellae!'
  Et tamen, ut vere confiteamur, erant.      320

「おれの女の腕は何と綺麗じゃないんだ!」でも白状すると、綺麗だったのだ。

'Quam brevis est!' nec erat; 'quam multum poscit amantem!'
  Haec odio venit maxima causa meo.

「何て寸足らずな!」そうじゃなかった。「何てたくさん恋人にせがむ女だ!」これがわたしがいやになった最大の原因だ(311〜322)。

Et mala sunt vicina bonis; errore sub illo
  Pro vitio virtus crimina(非難) saepe tulit.

しかも欠点というものは美点と紙一重だ。そういう誤解のもとに、美点はしばしば欠点として罪を背負い込む。

Qua potes, in peius dotes(才能) deflecte(そらす) puellae,      325
  Judiciumque brevi limite falle tuum.

できるかぎり、惚れた女の良い性質を悪いほうに曲げて解釈せよ。そして良否を狭く区別して君の判断を狂わせよ。

Turgida(でぶ), si plena est, si fusca(黒ずんだ) est, nigra(黒い) vocetur:
  In gracili(痩せた) macies(痩せ) crimen habere potest.

豊かな体つきなら「デブ」と、浅黒かったら「クロンボ」と呼ぶがいい。ほっそりした女の場合には痩せが咎になりうるのだ。

Et poterit dici petulans, quae rustica non est:
  Et poterit dici rustica, siqua proba est.      330

また、田舎臭くない女は「はねっかえり」と言うことができようし、正直な女なら「田舎臭い」と言うことができよう。

Quin etiam, quacumque caret tua femina dote,
  Hanc moveat, blandis(へつらう) usque precare(>precor) sonis(ことば).

それどころか、君の惚れた女がもっていない長所を、何によらず発揮するようしょっちゅうおべんちゃらを言って求めるのだ。

Exige uti cantet, siqua est sine voce puella:
  Fac saltet, nescit siqua movere manum.

声の出ない女だったらしつこく歌えとせがみ、手の動かしかたも知らぬ女なら、踊るようにしむけよ。

Barbara sermone est? fac tecum multa loquatur;      335
  Non didicit chordas tangere? posce lyram.

田舎弁か?それならうんと君と喋らせよ。琴糸を弾くことを習ってない?それなら琴を持って来いと言え。

Durius(不器用な) incedit(歩く)? fac inambulet(歩き回る); omne papillae(胸)
  Pectus(乳房) habent? vitium fascia(ブラジャー) nulla tegat.

ぎこちない歩きぶり?それならあちこち歩かせろ。胸ぜんたい乳房が張っている?ブラジャーをぜんぜんさせないこ とだ。

Si male dentata est, narra, quod rideat, illi(与);
  Mollibus(弱い) est oculis? quod fleat illa, refer.      340

歯並びが悪い?笑わせるような話を女にしたまえ。眼が弱い?泣かせるような話をするのだ(323〜340)。

Proderit(役立つ) et subito, cum se non finxerit(整える) ulli(与),
  Ad dominam celeres mane(朝) tulisse gradus.

女が人に見せようと身づくろいしてしまわぬうちに、朝など突然女の許に急ぎ足を運ぶのもまた有益だろう。

Auferimur(誘惑する) cultu(飾り); gemmis(宝石) auroque teguntur
  Omnia; pars minima est ipsa puella sui.

われらは身ごしらえに瞞されるのだ。女のどこもかしこも宝石だの黄金の飾りだのでおおわれていて、女そのものは彼女自身の最小部分なのだ。

Saepe ubi sit, quod ames, inter tam multa requiras;      345
  Decipit(騙す) hac oculos aegide dives Amor.

あんなにたくさんの飾りの中で君が愛するようなものはどこにあるのかとしばしば聞きたくもなろう。こういう楯によって豊かなる恋の神は人の眼を欺くのだ。

Improvisus ades, deprendes(みつける) tutus inermem(無防備な):
  Infelix vitiis excidet(終わる) illa suis.

突然女の許へ行きたまえ。君の身は安泰のまま、女は武装していないところを捕えられ、あわれ、おのが欠点によって、敗れよう。

Non tamen huic nimium praecepto(教え) credere tutum est:
  Fallit enim multos forma sine arte decens(美しい).       350

もっとも、この教訓をあまり信用しすぎるのも危険だ。つくろわぬ美しさが大勢の男を欺きもするからだ。

Tum quoque, compositis(混ぜた) cum collinet(ぬたくる) ora venenis(化粧品),
  Ad dominae vultus (nec pudor obstet) eas.

白粉(おしろい)を混ぜて顔に塗りたくっているそのときに――恥かしいなんて憶せずに――女の顔を見に行くがいい。

Pyxidas(化粧箱) invenies et rerum mille colores,
  Et fluere in tepidos oesypa lapsa sinus(ふところ).

化粧品入れの小箱と、あらゆる色彩の品、オエシュプムという化粧水が女のふところに溶けて流れ落ちるのを君は見出すだろう。

Illa tuas redolent(臭う), Phineu, medicamina mensas:      355
  Non semel hinc stomacho nausea facta meo est.

黒海のサルミュデーソスの王ピネウスよ、女鳥の怪ハルピュイアに汚された汝の食卓もそういったにおいがするが、このにおいでわたしの胃袋がむかついたことも一度ではないのだ(341〜356)。

Nunc tibi, quae medio veneris praestemus(保証する) in usu,
  Eloquar: ex omni est parte fugandus amor.

さて、性愛を享受するただ中でわたしがどういうことをおすすめするか、君に明かすとしよう。 恋心はどうあっても追い払わねばならぬのだ。

Multa quidem ex illis pudor est mihi dicere; sed tu
  Ingenio(頭の働き) verbis concipe(知覚する) plura meis.      360

そういう教訓のうちでも、じつに多くのことがわたしには言うのも気恥かしい。けれども君は頭をはたらかせて、わたしのことば以上のことを思い浮かべるのだ。

Nuper enim nostros quidam carpsere(そしる) libellos,
  Quorum censura(奪 評価) Musa proterva(恥知らず) mea est.

というのは、つい最近もある人が、わたしの楽女神(ミューズ)が淫らだと批難して、わたしの詩集に噛みついた。

Dummodo sic placeam(好評を得る), dum toto canter in orbe,
  Quamlibet impugnent(非難する) unus et alter opus.

でもそれでわたしが読者のお気に召すかぎりは、世界中にわたしの名が謳(うた)われるかぎりは、こいつもあいつも好きなようにわたしの作品を攻撃したらいいのだ。

Ingenium magni livor(嫉妬) detractat(誹謗する) Homeri:      365
  Quisquis es, ex illo, Zoile, nomen habes.

嫉妬はかの偉大なるホメロスの詩才をも貶しめたが、ゾイルスよ、君が誰であれ、ホメロスのせいで有名になっている。

Et tua sacrilegae(主 涜神の) laniarunt(酷評する) carmina linguae,
  Pertulit(伝える) huc victos quo duce Troia deos.

さらに、おん身ウェルギリウスを導き手として、トロイアがその敗れし神々をローマにもたらした、そのおん身の詩歌をば、不敬なる人の口はずたずたにしたのだ。

Summa petit(襲う) livor; perflant(吹き抜ける) altissima venti:
  Summa petunt dextra fulmina missa Jovis.      370

至高の座にいるものを嫉妬は狙う。風も山の頂上を吹き抜けるし、ユピテル(大神)の右手より放たれし雷霆も山の高みを狙うのだ(357〜370)。

At tu, quicumque es, quem nostra licentia laedit,
  Si sapis, ad numeros exige(適合させる) quidque suos.

だが、わたしの放縦に傷つく君が誰であれ、分別があるなら、各々のテーマにはそれ相応の韻律を求めるがいい。

Fortia Maeonio gaudent pede bella referri;
  Deliciis(享楽) illic quis locus esse potest?

猛き戦さはマイオニアに生れしというホメロスの六歩格の詩脚で語られることを喜ぶ。睦言に向くいかなる場所が六歩格にはあり得よう?

Grande sonant tragici; tragicos decet ira cothurnos(長靴):      375
  Usibus(交際) e mediis(平凡な) soccus(短靴) habendus erit.

悲劇詩人らは壮大なひびきをもつ。怒りには悲劇役者の高靴こそふさわしい。喜劇に用いる低い靴は日常の風俗から得らるべきであろう。

Liber in adversos hostes stringatur(抜く) jambus,
  Seu celer, extremum seu trahat ille pedem.

自由なる短長格は普通の速いのであれ、長短格の跛行詩になって最後の脚を引きずるのであれ、相対する敵に対して剣のように抜かれるべきだ。

Blanda(楽しい) pharetratos(箙を持つ) Elegia cantet Amores,
  Et levis arbitrio(心ゆくまま) ludat(遊ぶ) amica suo.      380

楽しきエレゲイアには恋の矢を入れる箙(えびら)もつ恋の神を歌わしめ、敵意なく、おのが心ゆくまま、軽やかに嬉戯せしめるがいい。

Callimachi numeris non est dicendus Achilles,
  Cydippe non est oris, Homere, tui.

英雄アキッレウスの事蹟は、軽快なカリマコスの韻律で語らるべきでなく、カリマコスの歌ったアコンティオスの恋人キューディッペーは、ホメロスよ、おん身の口にふさわしくないのだ。

Quis feret Andromaches peragentem Thaida partes?
  Peccet, in Andromache Thaida quisquis agat.

トロイアの武将ヘクトールの妻アンドロマケー役を、(訳注)タイスが演りとおすとしたら、そもなんびとが我慢できるだろう?逆にアンドロマケでタイスを演る人がいたら、それが誰であれ間違っている。
訳注 テレンティウスの喜劇『宦官』に出てくる遊女

Thais in arte mea est; lascivia libera nostra est;      385
  Nil mihi cum vitta; Thais in arte mea est.

美妓タイスこそわが詩法のうちにある。わが放縦は思いのまま、貞潔の印なる頭帯はわたしに何の関わりもない。タイスこそわが詩法のうちにあるのだ。

Si mea materiae respondet Musa jocosae,
  Vicimus, et falsi criminis(告訴) acta rea est(告訴する).

わたしのミューズがもし楽しいテーマに適っているなら、わたしが勝ったのであって、被告たるミューズは偽りの罪で告訴されたことになる(371〜388)。

Rumpere(命受 裂く), Livor edax(身を苛む): magnum jam nomen habemus;
  Maius erit, tantum quo pede coepit eat.      390

蒼白い妬みよ、口惜しさに張り裂けてしまえ!わたしにはもう大いなる名声があるのだ。名声はもっと大きくなるだろう。ただ始めたときの足どりで進めばいいのだ。

Sed nimium properas: vivam modo, plura dolebis;
  Et capiunt animi carmina multa mei.

だが、妬みよ、お前はあまりに急ぎすぎている。わたしがただ生きてさえいれば、お前はもっと悩むだろう。そしてわたしの意図の中にはものすべきたくさんの詩歌があるのだ。

Nam juvat(喜ばす) et studium famae mihi crevit(大きくなる) honore;
  Principio(初め) clivi(属 坂) noster anhelat(あえぐ) equus.

というのは、名声への情熱は喜びであり、栄誉とともに大きくなってきたからだ。わたしの馬はまだ坂の上の端で喘(あえ)いでいる。

Tantum se nobis elegi debere fatentur,      395
  Quantum Vergilio nobile debet epos.

高邁な叙事詩がウェルギリウスに負うているのと同じくらい、エレゲイアはわたしに負うていると認めているのだ(389〜396)。

Hactenus invidiae respondimus: attrahe(引く) lora(手綱)
  Fortius, et gyro(競争路) curre, poeta, tuo.

以上のように、わたしは他人の嫉みに対して答えてきた。さあ、詩人よ、もっと強く手綱を引き、君の走路を走るがいい。

Ergo ubi concubitus(同衾) et opus(性交) juvenale petetur,
  Et prope promissae tempora noctis erunt,      400

されば、同衾と精力的な性交が女から要求され、約束された夜の時間が近づいたら、

Gaudia ne dominae, pleno si corpore sumes(とりかかる),
  Te capiant, ineas(性交する) quamlibet(誰でも) ante velim;

からだがもし元気いっぱいで惚れた女との歓喜(よろこび)に君が捉えられないよう、前以てどんな女とでもいいからやっておいてほしいのだ。

Quamlibet invenias, in qua tua prima voluptas(性交)
  Desinat(終わる): a prima proxima(次のvoluptas) segnis(無気力) erit.

君の一回目の快楽がおさまる女を、誰でもいいから見つけることだ。一回目の次の快楽なら大して燃えないだろう。

Sustentata(遅らせた) venus(性交) gratissima; frigore soles,      405
  Sole juvant umbrae, grata fit unda siti.

延ばされたセックスはいちばん楽しい。寒いときは太陽が、照りつけているときは日陰が嬉しく、咽喉が渇いていると水が喜ばしくなるものだ。

Et pudet, et dicam: venerem(>venus) quoque junge figura(体位),
  Qua minime jungi quamque(誰か) decere(相応しい) putas.

恥かしくもあるが、言いもしよう。結ばれるのにいちばん不恰好と思われるラーゲでセックスをするのもまたいい。

Nec labor(苦痛) efficere est: rarae sibi vera fatentur,
  Et nihil est, quod se dedecuisse putent.       410

それにこれをやるのは難事ではない。ほんとうのことを白状する女はめったにいないが、女が自分で不恰好だったと思うことはなにひとつないのだ。

Tunc etiam jubeo totas aperire fenestras,
  Turpiaque admisso membra notare(観察する) die.

さらにまた、窓をぜんぶ開け放って、日光を入れ、醜悪な四肢を眼に入れておくことをわたしは命じよう。

At simul ad metas venit finita voluptas,
  Lassaque cum tota corpora mente jacent,

かつ、快楽がゴールに達して終り、からだも心もすっかりくたびれてのびたとき、

Dum piget, et malis nullam tetigisse puellam,      415
  Tacturusque tibi non videare diu,

悔いが残って、どんな女にも触れなければよかったと思い、おれはもう当分触れる気遣いはないという気のあるうちに、

Tunc animo signa, quaecumque in corpore menda(欠点) est,
  Luminaque(目) in vitiis illius usque tene.

いま寝た女のからだの欠点は何でも心に留めて、彼女の悪いところからずっと眼を離さないのがいいのだ(397〜418)。

Forsitan haec aliquis (nam sunt quoque) parva vocabit,
  Sed, quae non prosunt singula, multa juvant.      420

たぶんこうしたことは小さなことだと――だってそうでもあるのだ――言う人もあろう。けれども、一つ一つでは役に立たないことが、たくさんになると役に立つのだ。

Parva necat morsu spatiosum(大きな) vipera(蝮) taurum:
  A cane non magno saepe tenetur aper.

小さな蝮(まむし)は巨大な牡牛を噛み殺すし、大して大きくない犬に、野猪が捕まることもしばしばだ。

Tu tantum numero pugna, praeceptaque in unum
  Contrahe: de multis grandis acervus(堆積) erit.

君はただ数をこなして戦い、わたしの教訓を一つにまとめたまえ。数を合わせれば大きな堆積にもなろう。

Sed quoniam totidem mores totidemque figurae,      425
  Non sunt judiciis omnia danda meis.

だが、あれだけ流儀があり、あれだけラーゲがあるのだから、なにからなにまでわたしの意見に添わなくてもよい。

Quo tua non possunt offendi pectora facto,
  Forsitan hoc alio judice crimen erit.

やったからとて君の胸が痛まないことも、他人の考えではたぶん悪事ともなろう。

Ille quod obscenas in aperto corpore partes
  Viderat, in cursu qui fuit, haesit amor:      430

足を開いた女の猥褻な部分を見て、やっている最中に、情事が止まってしまった男もいたし、

Ille quod a Veneris rebus surgente puella
  Vidit in inmundo(汚れた) signa pudenda toro(しとね).

セックスのことがすんで女が起き上がり、汚れた臥床に恥かしい痕を見たから、という例もある(419〜432)。

Luditis, o siquos potuerunt ista movere:
  Adflarant tepidae pectora vestra faces.

こんなことで心を動かされたのなら、ああ、君たちはお遊びなのだ。君たちの胸に火をつけたのは生暖かい松明にすぎない。

Adtrahat ille puer contentos fortius arcus:      435
  Saucia(傷ついた) maiorem turba petetis(未) opem.

かのクピドーは弓をもっと強く引きしぼり、傷ついたら、そんな群はさらに大きな助けを求めるだろう。

Quid, qui clam latuit reddente obscena puella,
  Et vidit, quae mos ipse videre vetat?

それなら、排泄行為をしている女を、隠れて見るというのはどうだ。そんなものは見てはいけないのに?

Di melius(とんでもない), quam nos moneamus talia quemquam!
  Ut prosint, non sunt expedienda(成し遂げる) tamen.       440

神さまがた、わたしがそういう助言を人にすすめないですみますよう!役には立っても、でも実行さるべきではないのだ(433〜440)。

Hortor et, ut pariter binas habeatis amicas
  (Fortior est, plures siquis habere potest):

それからわたしは、同時に二人の恋人をもつようおすすめする。三人以上もっている人なら、さらに立場は強い。

Secta bipertito cum mens discurrit utroque,
  Alterius vires subtrahit alter amor.

関心が二つに分かれてあちらへ行ったりこちらへ行ったりすれば、一方への恋情が他方の勢力を削ぐことになる。

Grandia per multos tenuantur flumina rivos,      445
  Saevaque(獰猛な) diducto(ばらばら) stipite(棒) flamma perit.

大河の流れもたくさんの小川となれば弱まり、烈火も薪が分割されれば消える。

Non satis una tenet ceratas ancora(錨) puppes(船),
  Nec satis est liquidis unicus hamus(鈎) aquis:

一つの錨では蝋を施した船を十分に繋ぎとめられないし、し、一つの鈎針では流れる河に十分ではない。

Qui sibi jam pridem solacia bina paravit,
  Jam pridem summa victor in arce fuit.      450

もう以前から慰めをわが身に二つ用意していた人は、もう以前から高き砦の勝者であったのだ。

At tibi, qui fueris dominae male creditus uni,
  Nunc saltem novus est inveniendus amor.

なのにたった一人の女にまちがって惚れこんだ君は、まずは今や新しい恋を見つけなければいけない。

Pasiphaes Minos in Procride perdidit ignes:
  Cessit ab Idaea conjuge victa prior.

ミノスはパーシパエに対する愛情の火をプロクリスゆえになくしたし、ピネウスの後妻イーダイアーに負けて、前妻クレオパトラは身を引いたのだ。

Amphilochi frater ne Phegida semper amaret,      455
  Calliroe fecit parte recepta tori(しとね).

アンピロコスの兄アルクマイオンがペーゲウスの娘アルシノエをいつまでも愛さなくなるようにしたのは、臥床をともにしたカッリロエーであった。

Et Parin Oenone summos tenuisset ad annos,
  Si non Oebalia paelice(妾) laesa foret.

また、オイノネは、スパルタの王 オイバロスの孫娘たる ヘレネーという妾に傷つけられなかったら、パリスを最期までおのれのものにしただろう。

Coniugis Odrysio placuisset forma tyranno:
  Sed melior clausae forma sororis erat.      460

プロクネの美しさはオドリュサイの僭主テレウスの気に入っただろうが、閉じこめられた妹ピロメラの美しさのほうが上だったのだ(441〜460)。

Quid moror exemplis, quorum me turba fatigat?
  Successore novo vincitur omnis amor.

こうした例がわんさとあってくたびれるのに、わたしは何をぐずぐずしているのだ?あらゆる恋情はつぎの新しい恋情によって敗れるのだ。

Fortius e multis mater desiderat unum,
  Quam quem flens clamat 'tu mihi solus eras.'

「お前はあたしのたった一人の子だったのに」と泣いて叫ぶ母親よりも、大勢の子のうち一人を失った母親のほうが強く耐えるものだ。

Ac ne forte putes nova me tibi condere jura      465
  (Atque utinam inventi gloria nostra foret!),

また、わたしが君に新しい法則を作っているのだと君がひょっとして思わないために言うのだが(加うるに新しい法則の発見の栄誉がわたしのものだったらよいのに!)。

Vidit ut Atrides (quid enim non ille videret,
  Cuius in arbitrio Graecia tota fuit?)

アガメムノンが、クリューセイスを見たとき――だって、ギリシア全土を威光の下においた男が何を見ないことがありえたろう?

Marte suo captam Chryseida, victor amabat:
  At senior stulte flebat ubique pater.      470

おのれの戦に捕われたクリューセイスを見たとき、この勝者は恋したのである。なのに、女の老いた父親は愚かしくも到る所で泣いていた。

Quid lacrimas, odiose senex? bene convenit illis:
  Officio natam laedis(傷つける), inepte(愚か), tuo.

いやらしい老爺よ、何を泣くのだ?二人はよくお似合いだ。愚か者め、お前は自分自身のお節介で娘を傷つけているのだ。

Quam postquam reddi Calchas, ope tutus Achillis(属),
  Jusserat, et patria(父の) est illa recepta(戻す) domo,

アキッレウスの支持によって身の安全を保った予言者カルカスが女を返すよう命じて、女が父親の家に戻されたのち、

'Est' ait Atrides 'illius proxima forma,      475
  Et, si prima(主) sinat(許す) syllaba, nomen idem:

「美しいことでは――とアトレウスの子アガメムノンは言った――彼女に次ぐ女がいる。しかも、最初のシラブル以外は、同じ名前だ。

Hanc mihi, si sapiat, per se concedat Achilles:
  Si minus, imperium sentiat ille meum.

この女を、アキッレウスは、もし分別があるなら、むこうからわしに譲るはずだ。そうしないというなら、やつにわしの権力を思い知らせてやる。

Quod siquis vestrum(複属) factum hoc incusat(責める), Achivi,
  Est aliquid valida(奪 強い) sceptra tenere manu.      480

だってもし、アカイアびとらよ、汝らのうちこうしたことを咎むる者ありとせば、わしが逞しき手に笏(しゃく)を持っていることはだてではない。

Nam si rex ego sum, nec mecum dormiat ulla,
  In mea Thersites regna, licebit, eat.'

なぜというに、このわしが王者であり、しかも女が一人もわしと共寝しないとあらば、テルシテスがわしの王位に就いてもよかろうからな」

Dixit, et hanc habuit solacia magna prioris,
  Et posita est cura(奪) cura(主) repulsa(押しのけられて) nova.

こう言って、この女(ブリーセイス)を、前の女の代りの大いなる慰めとして、自分のものにした。かくて恋情は新しい恋情によって退けられて、鎮まった。

Ergo adsume novas auctore Agamemnone flammas,      485
  Ut tuus in bivio(二つの方向) distineatur(分裂させる) amor.

それゆえ、君の恋も二つに裂かれるよう、アガメムノンに倣って新しい情炎を受け入れたまえ。

Quaeris, ubi invenias? artes tu perlege nostras:
  Plena puellarum jam tibi navis erit.

どこで見つけたらいいとおたずねか?わたしの療法をしまいまで読みとおせ、そしたら君の船はすぐ女の子でいっぱいになるだろう(461〜488)。

Quod siquid praecepta valent mea, siquid Apollo
  Utile mortales(対) perdocet(教える) ore meo,      490

だがもしわたしの教えが役に立つなら、もしアポロンがわたしの口を借りて何ぞ有益なことを教えたもうとせば、

Quamvis infelix media torreberis(焼かれる) Aetna,
  Frigidior glacie(奪 氷) fac videare(接受2) tuae(彼女):

たとえ不幸な君がエトナ火山のまん中(訳注)にどんなに灼(や)かれることになろうとも、君の女には氷より冷たく見えるようにしたまえ。
訳注 恋の炎のこと

Et sanum simula(振りをする), ne, siquid forte dolebis(悲しむ),
  Sentiat; et ride, cum tibi flendus(泣く) eris.

そして、もしひょっとしてなにか悩んでいると感じとられぬよう、恋に狂っていないふりをせよ。内心泣きたいときも笑うがいい。

Non ego te jubeo medias abrumpere curas:      495
  Non sunt imperii tam fera jussa mei.

といってこのわたしは恋情を中途で絶ち切れと命じているのではない。わたしの権能にある命令はそんなに酷いものではない。

Quod non es, simula, positosque imitare furores:
  Sic facies vere, quod meditatus(つもりである) eris.

ただ君の本当のすがたでないものを見せ、激情がおさまったふりをしたまえ。かくて、そのふりをしたとおりに君はなるだろう。

Saepe ego, ne biberem, volui dormire videri:
  Dum videor, somno lumina(目) victa dedi:      500

しばしばこのわたしも、酒を飲むまいとして、眠っているふりをしようとしたが、他人眼にはそう見えているうちに、眼が睡気に負けてしまったことだ。

Deceptum(騙された) risi, (eum)qui se simularat amare,
  In laqueos(わな) auceps(鳥捕り人) decideratque(陥る) suos.

わたしは、恋をしているふりをした男が、鳥を捕まえる男が自分の罠に落ちたみたいに、してやられたわい、と笑ったものである(489〜502)。

Intrat amor mentes(心) usu, dediscitur(忘れる) usu:
  Qui poterit sanum fingere, sanus erit.

習慣によって恋は心の中にはいってくるものであり、習慣によって忘られもするのだ。健全なふりのできる人は、事実健全になるであろう。

Dixerit, ut venias: pacta tibi nocte venito;      505
  Veneris, et fuerit janua clausa: feres(未).

女が君に来るよに言ったとする。約束した夜に行くことにせよ。さて君は行ってみた。が、玄関は閉まっていた。君は我慢するのだ。

Nec dic blanditias(甘言), nec fac convicia(罵倒) posti(戸口),
  Nec latus(体) in duro limine(敷居) pone tuum.

甘いことばを言ってもいけないし、門にむかって罵詈雑言を投げてもいけない。また、固い敷居に君の身を横たえてもいけない。

Postera(次の) lux(日) aderit: careant tua verba querellis(不平),
  Et nulla in vultu signa dolentis habe.      510

次の日の朝が来る。君は自分のせりふに不平不満を入れぬようにし、面にも悩める人のしるしを一切見せてはならない。

Jam ponet(未 捨てる) fastus(尊大), cum te languere(無気力である) videbit:
  Hoc etiam nostra(奪) munus(贈り物) ab arte feres.

女は君が冷たくなったと見れば、じきに高慢ちきな態度を捨てるだろう。こうした利益も君はわたしの療法から得ることになろう。

Te quoque falle tamen, nec sit tibi finis amandi
  Propositus(設定する): frenis saepe repugnat equus.

けれども、君は自分を誤魔化すのだ。そして、君の恋をはっきり終わらせようとしてはならない。馬もしばしば手綱に逆らうものなのだ。

Utilitas lateat; quod non profitebere(公言する), fiet:      515
  Quae nimis apparent retia, vitat avis.

君が得た利益は隠すのだ。君があからさまに言わないことは、そのとおりになるであろう。あまりにそれと判る網は鳥も避けるものだ。

Nec sibi tam placeat, nec te contemnere possit;
  Sume animos, animis cedat ut illa tuis.

女をあまり好い気にさせないよう、また、君を軽蔑するすきを与えるな。勇気を出して、女が君の勇気に一目置くようにするのだ。

Janua forte patet? quamvis revocabere, transi(通り過ぎる).
  Est data nox? dubita(ためらう) nocte venire data.      520

ひょっとして玄関が開いている?いくら呼び返されても通り過ぎよ。今夜はいいわ、と言われた?その夜は行くのをためらえ。

Posse pati facile est, ubi, si patientia desit,
  Protinus(すぐに) ex facili(奪女) gaudia(対) ferre(手に入れる) licet.

辛抱できなくなったらすぐに手軽な女から楽しみを得られるときは、辛抱はたやすくできるものだ(503〜522)。

Et quisquam praecepta potest mea dura vocare?
  En, etiam partes conciliantis ago.

だから、わたしの教えを厳しいと呼べる人が誰かいるだろうか?いいかね、わたしは仲直りの役さえも果たすのだよ。

Nam quoniam variant animi, variabimus artes;      525
  Mille mali species, mille salutis erunt.

だって、人の心がさまざまである以上、わたしの療法もさまざまだからだ。病が千種類あれば、治しかたも千を数える。

Corpora vix ferro quaedam sanantur acuto:
  Auxilium multis sucus et herba fuit.

肉体によっては鋭いメスでもよう治らぬものがあり、ジュースや薬草が援けとなる場合もたくさんあったのだ。

Mollior es, neque abire potes, vinctusque(束縛された) teneris(受2),
  Et tua saevus Amor sub pede colla premit?      530

君が他人より優しい気性で、女から離れることができず、がんじがらめにされて動けない、そして酷い恋の神が君の首根っこを足下に押しつけているとする。

Desine luctari(抵抗する): referant tua carbasa(亜麻布) venti,
  Quaque vocant fluctus波, hac tibi remus(櫂) eat.

そしたら、じたばたするのをやめ、風に君の帆を吹き戻させたまえ。そして、波が呼ぶ方へ君の櫂を行かせるがいい(523〜533)。

Explenda(満たす) est sitis(渇き) ista tibi, quo perditus ardes(燃える);
  Cedimus; e medio jam licet amne(奪) bibas:

身の破滅となるほどに灼かれているあの渇望(かわき)を君は満足させねばならない。それは認める。さあ、河の真ん中で飲んでよい。

Sed bibe plus etiam, quam quod praecordia(内蔵) poscunt,      535
  Gutture(のど) fac pleno sumpta redundet(あふれる) aqua.

だが、胃の腑が求める以上にさえ飲むのだ。飲んだ水を咽喉に満ちあふれさせよ。

I, fruere(楽しむ) usque tua, nullo prohibente, puella:
  Illa tibi noctes auferat, illa dies.

誰にも邪魔されず、君の情婦を徹底的に楽しみつづけたまえ。女に、君の夜々も、昼も、奪わせるのだ。

Taedia(飽きること) quaere mali: faciunt et taedia finem.
  Jam quoque, cum credes posse carere, mane,      540

恋という災難に倦怠を求めたまえ。倦怠もまた災難に終りをもたらす。もう女なしでいられると思うときにもまだ、女のもとに残りたまえ、

Dum bene te cumules(満たす) et copia tollat amorem,
  Et fastidita(嫌な) non juvet(楽しい) esse domo.

君が満足して、有り余ることが恋情を滅ぼし、いや気がさした女の家にいるのが面白くなくなるまで(533〜542)。

Fit quoque longus amor, quem diffidentia nutrit:
  Hunc tu si quaeres ponere, pone metum.

自信のなさが育む恋もまた長くなるもの、こういう恋を君が棄てたいと思うなら、怖れを棄てたまえ。

Qui timet, ut sua sit, ne quis sibi detrahat(奪う) illam,      545
  Ille Machaonia(マカオン) vix ope sanus(健全) erit.

女が自分のものでなくなりゃしないか、誰かが女を自分から奪ってゆきはしないかと心配する男は、医者の援けをかりても癒りはしないだろう。

Plus amat e natis mater plerumque(たいてい) duobus,
  Pro cuius reditu, quod gerit arma, timet.

母親も、二人の息子のうちで、戦争に行くために、帰還を心配している子のほうがよけい可愛いものだ(543〜548)。

Est prope Collinam templum venerabile portam(コッリーナ門);
  Inposuit templo nomina celsus(高い) Eryx:      550

コッリーナ門の近くに尊い神殿があるが、この神殿にエリュクス山がウェヌス・エリュキーナという名前を与えた。

Est illic Lethaeus(忘却の) Amor, qui pectora sanat,
  Inque suas gelidam lampadas(松明) addit aquam.

そこには「忘却の恋神」がいて、胸を癒し、おのが松明に冷たい水を注ぎたもうている。

Illic et juvenes votis oblivia(忘却) poscunt,
  Et siqua est duro capta puella viro.

そこでは、若者らとつれない男にひっかかった女は恋の誓いを忘れようとする。

Is mihi sic dixit (dubito, verusne Cupido,      555
  An somnus fuerit: sed puto, somnus erat)

恋の神はわたしにこう申された(ほんとうの恋の神だったかそれとも夢かはっきりしないが、夢だったと思う)、

'O qui sollicitos modo das, modo demis(取り除く) amores,
  Adice praeceptis hoc quoque, Naso, tuis.

「おお、オウィディウスよ、心を悩ます恋を、ときには与え、ときには取り除く者よ、汝の教えに次のこともまたつけ加えよ。

Ad mala quisque animum referat(接) sua, ponet(未) amorem;
  Omnibus illa deus plusve minusve dedit.       560

人おのおのをしておのが不幸 に心を向けさせよ。さすれば恋を忘れられるであろう。不幸はなべての人に多かれ少なかれ神が与えたもうもの。

Qui Puteal Janumque timet celeresque Kalendas,
  Torqueat(苦しめる) hunc aeris(>aes) mutua(借りた) summa(総額) sui;

プテアルとヤヌス(訳注)と毎月の借金返済日を恐れる者は、おのが借金の総額に苦しむがいい。
訳注 債権取引所のこと

Cui durus pater est, ut voto cetera cedant(従う),
  Huic pater ante oculos durus habendus erit;

厳しい父親がいる者は、ほかの望みがかなっても、眼の前にその厳格な父親を思い浮かべるがよい。

Hic male dotata pauper cum conjuge vivit,      565
  Uxorem fato credat obesse suo.

持参金の少ない女房をもった貧乏人なら、おのが運命にとって女房が害になっていると考えるがいい。

Est tibi rure bono generosae(良質の) fertilis uvae
  Vinea(ぶどう畑)? ne nascens usta sit uva, time.

よき田園に良質の葡萄豊かなる葡萄畑が君にあるなら、実ろうとする葡萄が陽に焼けすぎないかを恐れよ。

Ille habet in reditu navim(船): mare semper iniquum
  Cogitet et damno litora foeda suo.      570

帰途についている船をもっている人がいるなら、その人には海が荒れて、海岸が自分の船の残骸だらけになることをいつも考えるがよい。

Filius hunc miles, te filia nubilis angat;
  Et quis non causas mille doloris habet?

こちらの男は兵士となった息子ゆえに悩み、こちらでは年頃の娘ゆえに悩むがいい。そして、いったいなんびとが千を数える悩みの原因をもっていないであろうか?

Ut posses odisse tuam, Pari, funera fratrum
  Debueras oculis substituisse(思い浮かべる) tuis.'

パリスよ、お前が自分の情婦を憎むことができるためには、兄弟らの死をお前の眼前に思い浮かべるべきであったのだ」。

Plura loquebatur: placidum puerilis imago      575
  Destituit somnum, si modo somnus erat.

さらに多くを神は語らんとしていたが、少年神の姿は静かな眠り(それが単に眠りであったなら、だが)から消えた。

Quid faciam? media navem Palinurus in unda
  Deserit; ignotas cogor inire vias.

わたしは何としたものだろう?水先案内人が海のただ中で船を棄てたようなもので、わたしは未知の道へと歩み出さねばならない(549〜578)。

Quisquis amas, loca sola nocent, loca sola caveto!
  Quo fugis? in populo tutior esse potes.      580

恋をしている君がなんびとであれ、孤独な場所はよくない。孤独な場所を避けたまえ。どこへ君は逃れようとするのだ?君は人々の中にいるほうが安全なのだ。

Non tibi secretis (augent secreta furores)
  Est opus(必要): auxilio turba futura tibi est.

君には秘密の場所(秘密の場所は激情をいや増すもの)は必要はない。群集が君には救いとなるだろう。

Tristis eris, si solus eris, dominaeque(恋人) relictae(捨てた)
  Ante oculos facies stabit, ut ipsa, tuos.

独りでいると哀しくなろうし、棄てた女の俤(おもかげ)が、本人さながらに君の眼前に現れもしよう。

Tristior idcirco nox est quam tempora Phoebi;      585
  Quae relevet luctus(悲しみ), turba sodalis(仲間) abest.

それゆえ太陽神の昼間よりも夜はもの悲しく、嘆きを和らげてくれる仲間たちも夜にはいない。

Nec fuge conloquium, nec sit tibi janua clausa,
  Nec tenebris vultus(複対) flebilis(泣いている) abde(隠す) tuos.

また、人と話をすることも避けてはならないし、君の家の玄関も閉ざしてはならず、君の泣き顔を暗闇に隠してもいけない。

Semper habe Pyladen aliquem, qui curet Oresten:
  Hic quoque amicitiae non levis usus erit.      590

いつもオレステスの身を案ずるだれかピュラデスのような親友を持つように。こうしたこともまた友情の軽からぬ効用であろう。

Quid, nisi secretae laeserunt Phyllida silvae?
  Certa necis causa est: incomitata(単独の) fuit.

人里離れた森に非ずして何がそもピュリスに害をなしたであろうか?死の原因ははっきりしている。彼女には連れがいなかったのだ。

Ibat, ut Edono referens(繰り返す) trieterica(3年毎) Baccho
  Ire solet fusis(乱した) barbara turba comis(髪),

夷狄の群集が、エドノイの民住めるトラキアのバッカス神に、三年ごとの祭りを催し、いつものように髪ふり乱して行くように、彼女も行き、

Et modo, qua poterat, longum spectabat in aequor,      595
  Nunc in harenosa(砂の) lassa jacebat humo.

そして、あるときは能うかぎり遠き海原を眺め、あるときは疲れて砂地に横たわるのであった。

'Perfide Demophoon!' surdas(耳を貸さない) clamabat ad undas,
  Ruptaque(遮る) singultu(すすり泣き) verba loquentis erant.

「不実なデモポーン!」と、彼女は耳を貸さぬ波にむかって叫び、語る言の葉もすすり泣きに途切れた。

Limes(小道) erat tenuis longa subnubilus(薄くらい) umbra,
  Quo tulit illa suos ad mare saepe pedes.      600

長い樹陰も小暗い、狭い小路があって、そこを通って彼女は海にむかってよく歩みを運んだが、

Nona terebatur miserae via: 'viderit!' inquit,
  Et spectat zonam(帯) pallida facta suam,

九度めの路を踏む彼女の心は惨めであった。「あの人が見たらいいのだわ!」と彼女は言った。そして蒼白になっておのれの帯を眺め、

Aspicit et ramos; dubitat, refugitque quod audet
  Et timet, et digitos ad sua colla refert.

また木の枝を見つめた。ためらい、また、思いきって遂げようと思うことにしりごみし、また、怖がり、そしてふたたび指をおのが首にもっていった。

Sithoni, tum certe vellem non sola fuisses:      605
  Non flesset positis Phyllida silva comis.

ピュリスよ、このときそなたが独りでいなかったなら、よかったのに、とわたしは確かにに思う。森も葉を落してピュリスのために泣くことはなかったろうに。

Phyllidis exemplo nimium secreta timete,
  Laese vir a domina, laesa puella viro.

女に傷つけられた男よ、男に傷つけられた女よ、ピュリスを例として、人知れずあまりにも悩むことを怖れたまえ(579〜608)。

Praestiterat(する) juvenis quidquid mea Musa jubebat,
  Inque suae portu paene salutis erat:      610

わたしのミューズが命じたことを、ある若者が実行し終って、身の安泰の避難港にほとんどはいったのだが、

Reccidit(陥る), ut cupidos inter devenit amantes,
  Et, quae condiderat, tela resumpsit Amor.

元に戻って、情欲に駆られた恋人たちの中に交じったら、恋の神は一度片づけた武器をふたたび執ったのだった。

Siquis amas, nec vis, facito contagia vites;
  Haec etiam pecori saepe nocere solent.

君が誰であれ、惚れていて、しかも惚れたくなかったら、接触を避けたまえ。こうした接触はしばしば家畜にさえ害をなすのがふつうである。

Dum spectant laesos oculi, laeduntur et ipsi,      615
  Multaque corporibus transitione(伝染) nocent.

傷つけられた人々を眼が眺めていると、眼自身が傷つけられるものだし、伝染によって躰に害が及ぶ例はいくらもある。

In loca nonnumquam(時々) siccis(乾いた) arentia(乾いた) glebis(土)
  De prope currenti flumine manat(流れる) aqua:

土が乾いて焼けている土地に、近くを流れる河から水が浸みてゆくこともよくあるが、

Manat amor tectus, si non ab amante recedas;
  Turbaque in hoc omnes ingeniosa(才能ある) sumus.       620

惚れた相手から身を退かないと、恋も知らぬうちに浸みこみ、われわれ人間はだれでもこうしたことの才能がある(609〜620)。

Alter item jam sanus erat; vicinia laesit:
  Occursum(遭遇) dominae non tulit ille suae.

べつの男も、同様に、もう癒っていたのだったが、女の近くにいたことが怪我のもとだった。彼は自分の女とあって、辛抱できなくなったのだ。

Vulnus(対) in antiquum rediit male firma cicatrix(傷跡),
  Successumque(成功) artes non habuere meae.

しっかり癒っていない痕が古傷に逆戻りし、わたしの療法も成功しなかった。

Proximus a tectis ignis defenditur aegre;      625
  Utile finitimis abstinuisse locis.

隣の家の火事は防ぎにくく、隣という場所柄も避けることがだめになる。

Nec quae ferre solet spatiantem porticus(女主) illam,
  Te ferat, officium(儀式) neve colatur idem.

女がよく散歩の足を運ぶ柱廊に君は行かないようにし、同じ冠婚葬祭にも行かぬようにしたまえ。

Quid juvat admonitu(思い出させること) tepidam recalescere mentem?
  Alter, si possis, orbis(世界) habendus erit.      630

せっかく温(ぬる)くなった心を思い出でまた熱くして何になるね?君はできたら女と違う世界に住むべきなのだ。

Non facile esuriens(空腹な) posita retinebere(2受未) mensa,
  Et multam saliens(ほとばしる) incitat unda(水) sitim.

腹が減っていて、出された食卓を我慢するのは難しく、ほとばしる泉は大いなる渇きをかきたてる。

Non facile est taurum visa retinere juvenca(雌牛),
  Fortis equus visae semper adhinnit(いななく) equae(雌馬).

牝牛を目にして、牡牛を制御するは難しく、猛き牡の馬も、つねに牝馬に噺きかけるのだ(621〜634)。

Haec ubi praestiteris, ut tandem litora(岸) tangas,      635
  Non ipsam satis est deseruisse tibi.

こうした教戒を達成したら、最終的に彼岸に到達するためには、女だけを棄てたのでは十分ではない。

Et soror et mater valeant(さよならする) et conscia nutrix,
  Et quisquis dominae pars erit ulla tuae.

君の惚れた女の姉妹にも、母親にも、事情を知っている乳母にも、その女の一部をなすような人間には誰にも、さよならをするのだ。

Nec veniat servus, nec flens ancillula(小間使) fictum(作り話)
  Suppliciter(ひざまづいて) dominae nomine dicat 'ave(ようこそ)!'      640

女の奴隷にも来させてはならず、女の名前を騙ってさめざめと泣いてみせる小間使にも挨拶のことばを言わせてはいけない。

Nec si scire voles, quid agat, tamen, illa(彼女が), rogabis(質問する);
  Perfer(耐える)! erit lucro lingua retenta tuo.

女がどうしているか知りたいと思っても、訊ねてはいけない。耐え抜け!黙して語らなければ、君の得になるだろう(635〜642)。

Tu quoque, qui causam finiti(終わった) reddis amoris,
  Deque tua domina multa querenda refers,

すでに終った恋の由来を語り、おのが情婦について山ほど愚痴を言いたい君もまた、

Parce queri; melius sic ulciscere tacendo,      645
  Ut desideriis effluat(消え去る) illa tuis.

こぼすのをやめたまえ。こうして黙すことによって君はもっとよい復讐ができ、女が君の心の寂しさから消えてゆくことになる。

Et malim taceas quam te desisse loquaris:
  Qui nimium multis 'non amo' dicit, amat.

そして、わたしとしては、君が「もう恋はやめた」などと言うより、黙っていてもらいたい。大勢の人間に「ぼくは恋をしていないよ」と言いすぎるやつは、じつは恋をしているのだ。

Sed meliore fide paulatim extinguitur ignis
  Quam subito; lente desine, tutus eris.      650

けれども、炎はいっぺんに消すより少しずつ消すほうが信頼がおける。ゆっくり手を引きたまえ。そうすれば安全だ。

Flumine perpetuo torrens(急流) solet altior ire:
  Sed tamen haec brevis est, illa perennis aqua.

鉄砲水は絶えまのない河よりも激しく流れるものだが、前者は短時間の、後者はいつまでも流れる水である。

Fallat(隠れる), et in tenues evanidus(消えていく) exeat auras,
  Perque gradus molles(緩やか) emoriatur(死ぬ) amor.

恋が見えなくなって、稀薄な大気の中に消えて出てゆき、少しずつ少しずつ死に絶えてゆくのがいい(643〜654)。

Sed modo dilectam scelus est odisse puellam:      655
  Exitus ingeniis convenit iste feris.

けれども、いちど惚れた女を憎むのは罪であって、そのような結末は野蛮な性質の持ち主に似つかわしいことだ。

Non curare sat est: odio qui finit amorem,
  Aut amat, aut aegre desinet esse miser.

心にかけないだけでたくさんである。憎しみをもって恋を終らせる人は、いまだ恋しているか、でなければ、なかなか悲惨な気持ちを拭いきれずにいることになるであろう。

Turpe vir et mulier, juncti modo, protinus hostes;
  Non illas lites Appias ipsa probat.      660

男と女が、ついこないだまでくっついていたくせに、たちまち敵になるのは醜いことだ。そんな争いはニンフのアッピアスも嘉したまわない。

Saepe reas faciunt, et amant; ubi nulla simultas(不和)
  Incidit(起こる), admonitu liber aberrat(それる) amor.

男どもはよく女たちを悪者にするが、そのくせ惚れているのだ。まったく喧嘩がおこらないところでは、恋は思い出から解放され、それて出てゆくものである(655〜662)。

Forte(偶然) aderam juveni; dominam lectica(輿) tenebat:
  Horrebant(恐ろしい) saevis omnia verba minis(脅し).

わたしはたまたま或る若者の弁護に立ちあった。彼の女は駕籠に乗っていた。彼の喋ることはことごとく激しい脅迫で、とげとげしいものだった。

Jamque vadaturus(召喚する) 'lectica prodeat' inquit;      665
  Prodierat: visa conjuge mutus erat.

ところがいざ女を法廷に喚問しようというとき、「駕籠から出て来させろ」と彼は言い、女が出て来た。情婦を見たら、彼は黙っちまった。

Et manus et manibus duplices cecidere tabellae,
  Venit in amplexus(抱擁), atque 'ita vincis' ait.

両手も垂れ、両手から二つ折りの書き板も落っこった。相寄って抱きあい、しかも「お前の勝ちだよ」と言ったもんだ。

Tutius est aptumque magis discedere pace,
  Nec petere a thalamis(床) litigiosa fora.      670

平和のうちに別れるほうが安全だし、適当なのであって、婚姻の臥床から争いに満ちた法廷に駆けつけるものではない。

Munera quae dederas, habeat sine lite, jubeto:
  Esse solent magno damna minora bono.

君がすでに女に遣った贈りものは、争わずに、持っているように言うがいい。そのための損は別れる利益の大きさに比べたらふつう小さなものだ。

Quod si vos aliquis casus conducet in unum,
  Mente memor tota quae damus arma, tene.

だがもし何か偶然が君と女と二人を会わせるようなことがあったら、記憶を総動員して、わたしが与えた武器を忘れずに使うことだ。

Nunc opus est armis; hic, o fortissime, pugna:      675
  Vincenda est telo Penthesilea tuo.

今や必要なのは武器なのだ。ここにこそ、おお、いと勇ましき者よ、戦え!君のペンテシレイアに勝たねばならない。

Nunc tibi rivalis, nunc durum limen(敷居) amanti,
  Nunc subeant mediis inrita(虚しい) verba deis.

今こそライバルをして、今こそ恋する男につれない敷居をして、今こそ神々のおわす中でも用をなさなかった祈りのことばをして、君のもとに馳せ参ぜしめよ。

Nec compone(装う) comas, quia sis venturus ad illam,
  Nec toga sit laxo conspicienda(注目を集める) sinu.       680

情婦のところへ行こうとするからとて、君は髪をつくろったり、ゆったりしたふところで上衣を目立たせてはならない。

Nulla sit, ut placeas alienae cura puellae;
  Jam facito e multis una sit illa tibi.

他人となってしまった女に気に入られようとの心遣いは一切無用、もう彼女を君にとって大勢の女のうちの一人たらしめよ(663〜682)。

Sed quid praecipue nostris conatibus obstet(邪魔する)
  Eloquar(未), exemplo quemque docente suo.

けれども、女を棄てようと努力しているわれらにとりわけ邪魔になるのは何かをわたしは話すが、人はおのおの自分の例で学ぶほかはない。

Desinimus tarde, quia nos speramus amari:      685
  Dum sibi quisque placet, credula turba sumus.

われわれが恋を思い切るのが遅いのは、みんな自分が惚れられると期待しているからである。めいめい自分は満更でもないと思っているかぎりは、われわれはみな信じやすき輩なのだ。

At tu nec voces (quid enim fallacius illis?)
  Crede, nec aeternos pondus(重要性) habere deos.

だが、君に関するかぎり、言葉とか(だって、言葉ほど嘘の多いものがあろうか?)不死の神々が重要だとか、信じてはならない。

Neve puellarum lacrimis moveare, caveto:
  Ut flerent, oculos erudiere(教える) suos.      690

また、女どもの涙に動かされないよう、心したまえ。古来、女というものは自分の眼に泣くことを教えてきた。

Artibus innumeris mens oppugnatur amantum,
  Ut lapis aequoreis undique pulsus aquis.

巌が四方から海の波に打たれるように、恋する男たちの心も数えきれぬほどの手練手管で攻められるものだ。

Nec causas aperi, quare divortia(離婚) malis:
  Nec dic, quid doleas: clam tamen usque dole.

なぜ君が別れを望んでいるか理由を明かしてはいけないし、何がいやなのかも言ってはならない。とはいえ、心の中で厭気は持ち続けよ(683〜694)。

Nec peccata(誤り) refer, ne diluat(薄める): ipse favebis(助ける),      695
  Ut melior causa(奪) causa sit illa tua.

また、女の欠点も、女が直すといけないから、口に出してはいけない。そうしたら君は自分で女を助けたことになり、女の立場が君の立場より有利になってしまう。

Qui silet, est firmus(強い); qui dicit multa puellae
  Probra(非難), satisfieri postulat ille sibi.

沈黙している者は強い。女に何だかだと咎めてものを言うやつは、自分が満足させられることを求めているのだ。

Non ego Dulichio furari more sagittas,
  Nec raptas ausim tinguere in amne faces:      700

このわたしはオデュッセウスの流儀で恋の矢を盗んだり、恋の松明を奪って河に浸したりは敢てしまい。

Nec nos purpureas pueri resecabimus(切る) alas(翼),
  Nec sacer(聖なる) arte mea laxior(緩い) arcus(弓) erit.

さらに、わたしはクピドーの深紅の翼を切り取ったりもしないし、自分の技術を用いて聖なる弓の張りを緩めたりもしないだろう。

Consilium(助言) est, quodcumque cano: parete canenti,
  Tuque, favens coeptis(企て), Phoebe saluber(健全な), ades(助ける).

わたしが歌うのは、何ごとであれ、助言なのだ。歌うわたしの言うことをききたまえ。そして、アポロンよ、わが始めし詩業に加護あらんことを!(695〜704)

Phoebus adest: sonuere lyrae, sonuere pharetrae;      705
  Signa deum nosco per sua: Phoebus adest.

アポロンは顕現したもうた。その竪琴は、その箙(えびら)は、相反響した。わたしはそのめでたき兆によっておん神を知る。アポロンは顕現したもうた。

Confer Amyclaeis medicatum(染めた) vellus(羊毛) aenis(銅器)
  Murice(紫染料) cum Tyrio; turpius illud erit:

アミュクライの銅器で染めた羊毛を、テュロスの紫貝と比べてみたまえ。前者のほうが汚いだろ

Vos quoque formosis(美女) vestras conferte puellas;
  Incipiet dominae quemque(主) pudere(動) suae:       710

君たちもまた、自分の惚れた女どもを、美女たちと比べるがいい。だれしも自分の恋人が恥かしくなりはじめるだろう

Utraque(主) formosae Paridi potuere videri,
  Sed sibi conlatam(比べた) vicit utramque Venus.

女神たちは二人ともパリスの眼には美しく見えたはずだが、比較されればウェヌスの勝ちであった。

Nec solam faciem, mores quoque confer et artes:
  Tantum judicio ne tuus obsit amor.

さらに、顔だけじゃない。性質や手管も比べたまえ。君の惚れ心だけで判断を邪魔されてはいけない(705〜714)。

Exiguum est, quod deinde canam; sed profuit illud      715
  Exiguum multis: in quibus ipse fui.

このさきわたしが歌うことは些細なことだ。でも、多くの人にはその些細なことが役に立ってきたのだ。このわたし自身もその一人だった。

Scripta cave relegas blandae servata puellae:
  Constantes animos scripta relecta movent.

甘ったるい情婦の書いた文を蔵っておいて読み返さぬように心したまえ。しかと定めた決心も書いたものを読み直すと動揺する。

Omnia pone feros (pones invitus) in ignes,
  Et dic 'ardoris(熱) sit rogus(薪) iste mei.'      720

いくら気が進まなくても、つれない火の中に何もかも投じて、「こいつがおれの情熱の荼毘の薪だ」と言いたまえ。

Thestias absentem succendit(火を付ける) stipite(幹) natum:
  Tu timide flammae perfida verba dabis?

テスティオスの娘は、燃え木によって、不在の子(メレアグロス)を殺したが、君ときたら、実のない女のことばを炎を投ずるのに怖気づいているのか?

Si potes, et ceras remove: quid imagine muta(無言の)
  Carperis? hoc periit Laodamia modo.

できれば、蠟でこしらえた女の肖像もとりのけるがいい。何でもの言わぬ彫像に虜(とりこ)にされるのだ?こんなふうにしてラーオダメイアも死んだのだ。

Et loca saepe nocent; fugito(命) loca conscia vestri      725
  Concubitus(性交); causas illa doloris habent.

また、場所も害がある。君たちの同衾を知っている場所を避けるようにしたまえ。こうしたものも悩みの原因になるのだ。

'Hic fuit, hic cubuit; thalamo dormivimus illo:
  Hic mihi lasciva(ふしだらな) gaudia nocte dedit.'

「ここだった。ここで寝たんだっけ。あの臥床でいっしょに眠ったっけ。ここで夜、あられもない恰好で、ぼくに歓びを与えてくれたっけ」などと(715〜728)。

Admonitu refricatur(再び起きる) amor, vulnusque novatum
  Scinditur(切る): infirmis(複与) culpa(過失) pusilla(少しの) nocet.      730

思い出によって恋は再度かきたてられ、傷は新しく口を開く。心弱き者たちはごく小さな失敗にも傷つくのだ。

Ut, paene extinctum cinerem(灰) si sulpure tangas(触れる),
  Vivet et e minimo maximus ignis erit,

ほとんど消えかかった灰も、硫黄が触れると、もりかえして、小さな火から大火になるように、

Sic, nisi vitaris quidquid renovabit amorem,
  Flamma redardescet(再び燃え上がる), quae modo nulla fuit.

恋を復活させるものは何によらず避けるようにしないならば、さっきまで何でもなかった情炎がふたたび燃えさかるようになるのである。

Argolides cuperent fugisse Capherea puppes(船),      735
  Teque, senex, luctus(悲しみ) ignibus ulte(呼 復讐者) tuos.

アルゴスの船もカペレウス岬を、また、汝の悼みを烽火(のろし)によって復讐せし老いびと(訳注)よ、汝をば、避けたかったであろう。
訳注 オデュッセウスの奸計によって息子パラメデスを殺されたナウプリオスは、その復讐に偽ののろしで、トロイ帰りのギリシア船をカペレウス岬で難破させた

Praeterita cautus Niseide navita(水夫) gaudet:
  Tu loca, quae nimium grata fuere, cave.

スキュラを通り過ぎて、用心深い船乗りは喜んでいるが、君も、あまりに楽しかった場所は用心するがいい。

Haec tibi sint Syrtes: haec Acroceraunia vita(避ける):
  Hic vomit(吐く) epotas(呑んだ) dira Charybdis aquas.      740

そういう場所はシュルテス(浅瀬)だと思うことだ。こういうアクロケラウニア岬は避けよ。ここでは恐ろしいカリュブディスが、いったん呑みこんだ水を吐き出している(729〜740)。

Sunt quae non possunt aliquo cogente juberi,
  Saepe tamen casu facta juvare solent.

だれかが強いたからとて命じることのできないことがある。それでもしばしば偶然におこったことが役に立つものだ。

Perdat opes Phaedra, parces(助ける), Neptune, nepoti,
  Nec faciet pavidos(おびおた) taurus avitus(祖父の) equos.

パイドラーが富を無くしたら、ネプトゥーヌスよ、おん身は孫(ヒッポリュトス)を死なせずにすんだろうし、祖父の牡牛は馬たちを驚愕させもしないであろう。

Cnosida fecisses inopem, sapienter amasset:      745
  Divitiis alitur luxuriosus amor.

クノッソスの女(パイドラ)を貧乏にしていたら、彼女の恋も賢明になっただろう。富によって放縦な恋も育つのだ。

Cur nemo est, Hecalen, nulla est, quae ceperit Iron?
  Nempe quod alter egens, altera pauper erat.

なにゆえ、ヘカレーを奪った男、イーロスを奪った女が、誰もいないのか?もちろん、一人は貧しく、一人は乞食だったからだ。

Non habet, unde suum paupertas(貧困) pascat amorem:
  Non tamen hoc tanti est, pauper ut esse velis.      750

貧乏というものは、おのれの恋情を育てるすべをもっていない。だからといって、君が貧乏になりたいと願うほどの値打ちもないが(741〜750)。

At tanti tibi sit non indulgere theatris,
  Dum bene de vacuo pectore cedat amor.

けれども、恋情が君のうつろな胸から去ってゆくまで、劇場にうつつをぬかさないことは大切だろう。

Enervant animos citharae lotosque lyraeque
  Et vox et numeris brachia mota suis.

七絃琴と、笛と、竪琴は、また、歌声と、それぞれのリズムに合わせて動かされる手足も、精神を柔弱にする。

Illic adsidue ficti(見せかけの) saltantur(踊る) amantes:      755
  Quod caveas, actor(役者), quam juvet(喜ばせる), arte docet.

劇場では、たえず、恋人の役に扮しての踊りがあり、役者は、君が何をやめたらいいか、何を君が喜ぶかを、演技で教える。

Eloquar invitus: teneros(軟弱な) ne tange poetas!
  Summoveo(退ける) dotes(才能) impius ipse meas.

こんなことは言いたくないが、軟弱な詩にも触れるでない。不誠実なわたしは自分で自分の詩才を追放する。

Callimachum fugito: non est inimicus Amori:
  Et cum Callimacho tu quoque, Coe, noces(害する).      760

カリマコスの詩を避けたまえ。彼は恋の神の敵ではない。さらに、コス島の詩人(ピレタス)よ、おん身もまたカッリマコスとともに害になる。

Me certe Sappho meliorem(より良い) fecit amicae,
  Nec rigidos mores Teia Musa dedit.

このわたしはたしかにサッポーのおかげで女友だちに以前より情けが動くようになったし、テオスの詩人(アナクレオン)のミューズも、しかつめらしい風儀をわたしに授けはしなかった。

Carmina quis potuit tuto(安全に) legisse Tibulli(属),
  Vel tua, cuius opus Cynthia sola fuit?

なんびとがディブルスの詩歌を恋に傷つけられずに読むことができただろう?ただ、作品がキュンティアのことだけという、おん身(プロペルティウス)の詩歌もしかりだ。

Quis poterit lecto(読む) durus discedere(去る) Gallo?      765
  Et mea nescio quid carmina tale sonant.

なんびとが、ガッルスの詩を読んでから頑な心で立ち去ることができようぞ?そして、わたしの詩歌もなにかしらぬが、そうしたひびきをもっている(751〜766)。

Quod nisi dux operis vatem frustratur(騙す) Apollo,
  Aemulus(競争相手) est nostri maxima causa mali:

だがもしわが詩業の導き手たるアポロンが詩人を欺かぬとすれば、恋仇はわれら恋の病気の最大の原因である。

At tu rivalem noli tibi fingere quemquam,
  Inque suo solam crede jacere toro.      770

けれども、君はおよそ恋仇なんてものは心に思い浮かべてはいけない。そして、女は自分の臥床に独り寝ていると信じたまえ。

Acrius Hermionen ideo(それ故) dilexit Orestes,
  Esse quod alterius coeperat illa viri.

ヘルミオネが他の男のものになりはじめたものだから、オレステスはよけい激しく彼女を好きになった。

Quid, Menelae, doles? ibas sine conjuge Creten,
  Et poteras nupta lentus abesse tua.

なんで、メネラオスよ、嘆くのか?汝は妻(ヘレネー) を連れずにクレタへ行き、おのが妻なしでのんびりしていられたではないか。

Ut Paris hanc rapuit, nunc demum uxore carere      775
  Non potes: alterius crevit amore tuus.

パリスがヘレネーを奪ったとき、はじめて妻なしではいられなくなったのだ。他の男の恋情によって汝の恋情が生じたわけである。

Hoc et in abducta Briseide flebat Achilles,
  Illam Plisthenio gaudia ferre viro;

またブリーセイスを連れ去られ、アガメムノーンの臥床に歓びをもたらしたとて、アキッレウスも同じように嘆いたのだ。

Nec frustra flebat, mihi credite: fecit Atrides,
  Quod si non faceret, turpiter esset iners(臆病).      780

そして、きっとその嘆きは理由なしではなかった。アガメムノンは、もししなかったら卑怯な弱虫だったろうことをやってのけたのだから。

Certe ego fecissem, nec sum sapientior illo:
  Invidiae fructus maximus ille fuit.

わたしはアガメムノンより賢くはないが、まちがいなく、わたしだってやっただろう。それがこの嫉妬から得た最大の果実であったのだ。

Nam sibi quod numquam tactam Briseida jurat(誓う)
  Per sceptrum(笏), sceptrum non putat esse deos.

それというのが、彼は王笏にかけてブリーセイスに指一本触れなかったと誓いはしているが、王笏を神々だと考えているわけではないのだ(767〜784)。

Di faciant, possis dominae transire relictae      785
  Limina, proposito(意図) sufficiantque pedes.

君が棄てた女の家の敷居の前を通りすぎることができ、足が君の決意に応えて耐えられるよう、神々が援けたまわんことを!

Et poteris; modo velle tene: nunc fortiter ire,
  Nunc opus(必要) est celeri subdere(入れる) calcar(拍車) equo.

そして、君はできるのだ。ただ、意志をしっかりもつことだ。さあ、頑張って行け、さあ、若き馬に拍車をかけることが大切だ。

Illo Lotophagos, illo Sirenas in antro
  Esse puta; remis adice vela tuis.      790

この洞穴には、ロトパゴイの民が、かしこにはセイレンたちがいると思い、君の櫂に帆を加えよ。

Hunc quoque, quo quondam nimium rivale dolebas,
  Vellem desineres hostis habere loco.

かつて恋仇であったためにあまりにも悩んだ相手の男をもまた、仇として扱うことをやめるようにするといいと思う。

At certe, quamvis odio remanente, saluta;
  Oscula cum poteris jam dare, sanus eris.

いや、いくら憎悪が残っていても、忘れずに挨拶したまえ。もう挨拶の接吻を与えられるようなら、君は癒っているのだ(785〜794)。

Ecce, cibos etiam, medicinae fungar ut omni      795
  Munere(務め), quos fugias quosque sequare, dabo.

さあ、医家のあらゆるつとめを果たすために、避けるべき食物、摂ったほうがいい食物をもお教えしよう。

Daunius, an Libycis bulbus tibi missus ab oris,
  An veniat Megaris, noxius omnis erit.

玉葱は、ダウノスのであれ、あるいは、リビュエーの、はた、メガラの岸から君に送られてきたものであれ、すべて害がある。

Nec minus erucas(アブラナ) aptum(適切な) vitare salaces(催淫性),
  Et quicquid Veneri corpora nostra parat.      800

同様に、催淫性のある油菜や、何によらずわれらの事を情欲に向けるものは、避けるのが適当だ。

Utilius sumas acuentes lumina(視力) rutas,
  Et quidquid Veneri corpora nostra negat.

視力を鋭くするヘンルーダや、何によらず、われらの体を情欲に向かわしめないものを摂るはうが有益である。

Quid tibi praecipiam(忠告する) de Bacchi munere, quaeris?
  Spe brevius(すぐに) monitis(忠告) expediere(未2受 自由になる) meis.

バッカスの贈りものについて、わたしが君にどういう助言をするかお尋ねかね?待つまでもなくわたしの助言など君は要るまい。

Vina parant animum Veneri, nisi plurima sumas      805
  Et stupeant(呆然とする) multo corda(複主 心) sepulta(圧倒された) mero.

葡萄酒はうんと飲みすぎ、深酒に潰れて麻痺してしまわないかぎり、心を情欲に向かわしめるものだ。

Nutritur vento, vento restinguitur ignis:
  Lenis alit flammas, grandior aura(風) necat(殺す).

火も風によって養われ、風によって消されるのであって、微風は炎を煽り、もっと強くなれば消してしまう。

Aut nulla ebrietas(酩酊), aut tanta sit, ut tibi curas
  Eripiat(取り去る); siqua est inter utrumque, nocet.      810

恋の心労を取り去るには、 まったく酔わないか、うんと酔っ払うかだ。両者の中間だと害になる(759ー810)

Hoc opus exegi: fessae(疲れた) date serta(花綱) carinae(船);
  Contigimus portus, quo mihi cursus erat.

わたしはこの詩業をなし終えた。疲れた船には花束を与えたまえ。わたしの航路の目的だった港に着いたのだ。

Postmodo(やがて) reddetis sacro pia vota poetae,
  Carmine sanati femina virque meo.

わたしの歌にて癒やされた男も女も、そのうち聖なる詩人たるわたしに敬虔な誓いを果たしてくだされ(811一814)。


Ovid The Latin Library The Classics Page 2024.12.11- Tomokazu Hanafusa
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