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ホラーティウス『イアムボス集』1歌

Ibis Liburnis inter alta navium,
 amice, propugnacula,
paratus omne Caesaris periculum
 subire, Maecenas, tuo.
quid nos, quibus te vita si superstite  5
 iucunda, si contra, gravis?
utrumne iussi persequemur otium,
 non dulce ni tecum simul,
an hunc laborem mente laturi, decet
 qua ferre non mollis viros?      10
feremus, et te vel per Alpium iuga
 inhospitalem et Caucasum
vel Occidentes usque ad ultimum sinum
 forti sequemur pectore?
roges tuum labore quid iuvem meo  15
 imbellis ac firmus parum:
comes minore sum futurus in metu,
 qui maior absentis habet,
ut adsidens implumibus pullis avis
 serpentium allapsus timet     20
magis relictis, non, ut adsit, auxili
 latura plus praesentibus.
libenter hoc et omne militabitur
 bellum in tuae spem gratiae,
non ut iuvencis illigata pluribus    25
 aratra nitantur mea
pecusve Calabris ante sidus fervidum
 Lucana mutet pascuis,
neque ut superne villa candens Tusculi
 Circaea tangat moenia.       30
satis superque me benignitas tua
 ditavit; haud paravero
quod aut avarus ut Chremes terra premam
 discinctus aut perdat nepos.

貴方はリブルニア式の船*1で,高い船の
 防壁の間を行くでしょう,我が友たる貴方よ.
カエサル*2のあらゆる危険を,我が身のそれと引き換えに
 引き受ける心構えで.マエケーナース様.
私はどうなるでしょう,その私に,貴方がもし生き残っていれば,(5)
 人生は心地よく,もしそうでなければ,つらいものとなる,その私は?
命ぜられたまま,あなたと共でなければうれしくもない
 平和な閑暇を追求しましょうか,
それともこの労苦を進んで耐え忍ぶべく追求しましょうか,
 決して柔弱ではない男が耐えるにふさわしいその精神をもって?(10)
私は耐えるでしょう,そして,あるいはアルプスの尾根と
 人寄せ付けぬコーカサスを通って,
あるいは西の最果ての湾にまで,
 力強い心を持って貴方についてゆくでしょう.
どうやって,私の労苦でもって,あなたのそれを軽減できるのか,(15)
 戦に向かず,その上殆ど強くもない私が,とあなたは問うかもしれません.
お伴しているなら,私が抱く恐れは小さくなるでしょう,
 その恐れは,そばから離れた私には大きくなるでしょう,
ちょうど,羽の生えていない雛のそばにいる親鳥が,
 雛たちを残して離れれば,もっと
蛇が近寄るのを心配になるのですが,そばにいても,
 より大きな助けを与えることにならないでしょうが,それと同じです.
私は喜んでこの,そして全ての戦いに
 従軍するでしょう,あなたの感謝を期待しつつ,
それはより多くの若牛に繋がれた(25)
 鋤が私の耕作地をせっせと耕すようにするためでも
家畜が灼熱の星*3の前に,
 カラブリアの牧草地とルーカーニアのそれ*4を交換するようにするためでも
天に輝くトゥスクルムの別荘が
 キルケーの城壁に触る*5ようにするためでもありません.(30)
あなたの恩恵は,十分有り余るほど私を
 裕福にして下さいました.私は蓄えはしないでしょう,
クレメース*6のような貪欲な者が大地に隠すような物も,
 だらしない放蕩者が台無しにしてしまうような物も.


*1 櫂によって素早く動ける反面,大型船には弱い船.
*2 アウグストゥスのこと.
*3 犬座のこと.7月末にのぼり,その時期の猛暑をもたらすとされていた.
*4 両方ともイタリア南端の隣り合った地域.これらを入れ替えて放牧するということは,莫大な放牧地を意味する.
*5 トゥスクルムはローマ近くの別荘地.キルケーとオデュッセウスを両親にもつテーレゴノスがこの別荘地の伝説上の創始者.
*6 喜劇で登場する老人の名前.

(2013.2.15訂正)

ホラーティウス『イアムボス集』2歌 1/4

'Beatus ille, qui procul negotiis,
 ut prisca gens mortalium,
paterna rura bobus exercet suis
 solutus omni faenore,
neque excitatur classico miles truci  5
 neque horret iratum mare,
Forumque vitat et superba civium
 potentiorum limina.
ergo aut adulta vitium propagine
 altas maritat populos        10
aut in reducta valle mugientium
 prospectat errantis greges
inutilisve falce ramos amputans
 feliciores inserit
aut pressa puris mella condit amphoris 15
 aut tondet infirmas ovis;
vel cum decorum mitibus pomis caput
 Autumnus agris extulit,
ut gaudet insitiva decerpens pira
 certantem et uvam purpurae,     20
qua muneretur te, Priape, et te, pater
 Silvane, tutor finium.

「恵まれし者かな,仕事から遠く離れ,
 古の死すべき者の民のように,
あらゆる利子から離れ
 父祖伝来の農地を自分の牛で耕し,
兵士として恐ろしいラッパの合図で起こされることもなく,(5)
 怒り狂う海を恐れることもなく,
フォルムも権力のある市民の
 傲慢な家の敷居も避ける者は.
すなわち,彼は育ったぶどうの苗木を
 高いポプラに娶わせたり,(10)
あるいは深い谷でうなり声をあげて
 彷徨う群を見張り,
あるいは役に立たない木の枝を切り落として
 よく実る枝を接ぎ,
あるいは搾り取った蜂蜜を清潔なアムフォラに貯めたり(15)
 あるいは弱い羊の毛を刈る.
あるいは秋が実った果実で飾った
 頭をもたらす時には,
彼はどれほど喜ぶ事か,たわわに実った梨と,
 紫貝と競うほど色づいた葡萄を(20)
貴方に,プリアープスよ,そして,父たる
 シルウァーヌスよ,土地の守り神よ,貴方に捧げるために摘む時に!

(2008.08.02訂正)

ホラーティウス『イアムボス集』2歌 2/4

libet iacere modo sub antiqua ilice,
 modo in tenaci gramine;
labuntur altis interim ripis aquae,      25
 queruntur in silvis aves,
frondesque lymphis obstrepunt manantibus,
 somnos quod invitet levis.
at cum tonantis annus hibernus Iovis
 imbris nivesque comparat,        30
aut trudit acris hinc et hinc multa cane
 apros in obstantis plagas
aut amite levi rara tendit retia,
 turdis edacibus dolos,
pavidumque leporem et advenam laqueo gruem 35
 iucunda captat praemia.

時に古い樫の樹の下で,
 時にしなやかな草の上で横になるのもうれしいもの.
時に水は高い岸の中を流れ,(25)
 森では鳥たちが啼き,
したたる水で木の葉は音を立てて
 浅い眠りを誘う.
だが冬の季節がユッピテル鳴り響く
 雨と雪を用意する時は,(30)
彼は沢山の犬をつかって,あちらから,こちらからと
 荒々しい猪を行く手遮る網に追い立てもし,
あるいは細い棒で目の粗い網を張りもする,
 それは大食いのツグミをだます罠.
そして,罠で,臆病なウサギ,渡り鳥の鶴という,(35)
 嬉しい獲物を捕まえる.

(2008.08.02)

ホラーティウス『イアムボス集』2歌 3/4

quis non malarum quas Amor curas habet,
 haec inter obliviscitur?
quod si pudica mulier in partem iuvet
 domum atque dulcis liberos,       40
Sabina qualis aut perusta solibus
 pernicis uxor Apuli,
sacrum vetustis exstruat lignis focum
 lassi sub adventum viri
claudensque textis cratibus laetum pecus  45
 distenta siccet ubera
et horna dulci vina promens dolio
 dapes inemptas apparet,
non me Lucrina iuverint conchylia
 magisve rhombus aut scari,       50
si quos Eois intonata fluctibus
 hiems ad hoc vertat mare,
non afra avis descendat in ventrem meum,
 non attagen Ionicus
iucundior quam lecta de pinguissimis   55
 oliva ramis arborum
aut herba lapathi prata amantis et gravi
 malvae salubres corpori
vel agna festis caesa Terminalibus
 vel haedus ereptus lupo.        60

誰がこれらの間にあって,愛神がもたらすひどい心労を
 忘れないであろうか?
だがもし,ちょうど,サビーニー人の妻*1や,日々の仕事に日焼けした,
 精悍なアープリア人*2の妻のように,(40)
貞節な妻が自分の義務として,
 家と愛しい子供たちを助けるなら,
そして疲れた夫の到着のころに
 聖なる炉に乾いた薪を満たして
編まれた檻で喜ばしい家畜を閉じ込めて(45)
 いっぱいになった乳を絞り,
そして,壷に今年の甘美な葡萄酒を注いで
 自前の宴を準備するなら,
私をルクリーヌス湖*3の貝も,
 ヒラメやベラも,それ以上には喜ばせないだろう,(50)
もしそれらを東の海で雷鳴らす
 冬の嵐がこちらの海へ追い立てて来ても,
アフリカの鳥や,イオーニアの雷鳥が
 それ以上に美味しいものとして,私の腹に入ることはないだろう,
きわめて豊かな木の枝から集められた(55)
 オリーブ以上には,
あるいは牧場に好んで生えるスカンポと
 病気の体を癒すゼニアオイ以上には,
あるいはテルミナーリアの祭り*4の日に屠られる子羊や
 狼から奪い返した子山羊*5以上には.(60)


*1 サビーニー人の妻は妻としての美徳の代名詞だった(Mankin ad loc.)
*2 アプリアの猛暑については,Hor.Epod.3.16などを参照.
*3 プテオリーの近くの湖で,貝は高級品とされた(Mankin ad loc.)
*4 2月23日の境界の神Terminusを祭る祝日.
*5 狼に食われた子山羊は美味しいという(Mankin ad loc.)

(2008.08.02訂正)

ホラーティウス『イアムボス集』2歌 4/4

has inter epulas ut iuvat pastas ovis
 videre properantis domum,
videre fessos vomerum inversum boves
 collo trahentis languido
positosque vernas, ditis examen domus,  65
 circum renidentis Lares!'

haec ubi locutus faenerator Alfius,
 iam iam futurus rusticus,
omnem redegit Idibus pecuniam,
 quaerit Kalendis ponere.        70

なんと楽しいことか,この宴の間に,草を食んだ羊が
 畜舎に急ぐのを見るのは,
くたびれた牛が力ない首で
 裏返しの鋤を引き,
そして豊かな家の手勢である奴隷たちが(65)
 栄えある炉の周りに侍っているのを見る事は!」

このような事を,高利貸しのアルフィウスは言って,
 もうすぐ,もうすぐ農家になろうと思いつつ
月の中日*1に金を全部集めた時,
 朔日には貸そうとしている.(70)


*1 月の中日(イドゥース)は3,5,7,10月には15日,それ以外は13日.



ホラーティウス『イアムボス集』3歌 にんにくに寄す

Parentis olim si quis impia manu
 senile guttur fregerit,
edit cicutis alium nocentius.
 o dura messorum ilia!
quid hoc veneni saevit in praecordiis?  5
 num viperinus his cruor
incoctus herbis me fefellit? an malas
 Canidia tractavit dapes?
ut Argonautas praeter omnis candidum
 Medea mirata est ducem,        10
ignota tauris illigaturum iuga
 perunxit hoc Iasonem,
hoc delibutis ulta donis paelicem
 serpente fugit alite.
nec tantus umquam siderum insedit vapor 15
 siticulosae Apuliae,
nec munus umeris efficacis Herculis
 inarsit aestuosius.
at si quid umquam tale concupiveris,
 iocose Maecenas, precor,        20
manum puella suavio opponat tuo
 extrema et in sponde cubet.

もし誰かかつて不敬な手で年老いた
 親の喉を砕きしものあらば,
その者は毒人参*1よりも害のあるニンニクを食わんことを.
 おお,なんと農夫の内臓は強固なことか!*2
これのどの毒が胃袋で荒れ狂うのか?(5)
 まさか,我の気付かぬうちにこの草に
あわせて蛇の血が煮られたのか,それとも
 カニーディア*3が宴を毒入りにしこんだのか?
メーデーアが,アルゴー船員の誰よりも輝いている
 指揮官に魅惑された時,(10)
牛どもにまだ付けたことのない軛をつけようとしている
 イアーソーンにこれを塗り付けたように.*4
これをほんの少し使った贈り物で,彼女は妾に復讐し,
 翼ある蛇で逃げたのだ.*5
決してこれほどの犬座*6の熱気も(15)
 灼熱のアープーリアに居座るわけではないし,
決してこれより熱い贈り物が全てを成し遂げるヘラクレスの
 肩で燃え上がりはしなかった*7
だが,もし何かこのような物を,いつかあなたが御所望になるならば,
 冗談好きのマエケーナース様,私は願います,(20)
女の子があなたのキスを手で遮りますよう,
 そしてベットの枠木の端っこで添寝しますように!


*1 古来有名な毒.ソークラテースの死刑にも使われる.
*2 田舎料理を食べたホラーティウスがこのニンニクに苦しめられているらしい.
*3 召使いの名前.しばしば魔法を使う奴隷はでてくる.カニーディアは5歌,7歌でも魔法と関連して登場している.
*4 イアーソーンはアイエーテースの命令で,火を吹く牛に軛をつけて畠をたがやさなければならなかった.
*5 イアーソーンは,メーデーアを捨ててクレオーンの娘を娶ることにするが,その報復にメーデーアは新妻に毒を付けた装身具を与えて焼き殺して空を飛んで逃げる.
*6 シリウスのこと.7月末に昇り,猛暑をもたらすとされる.これもローマ詩ではお馴染み.
*7 妻デーイアネイラによって与えられた,ケンタウロスのネッススの血を吸った衣でヘーラクレースは焼かれる.

※nikubetaさんのご指摘で幾つか改訳しました.多少読み易くなったと思います.

(2008.7.29訂正)


ホラーティウス『イアムボス集』4歌 生まれを変えることはできない

Lupis et agnis quanta sortito obtigit,
 tecum mihi discordia est,
Hibericis peruste(擦りむいた) funibus(縄) latus
 et crura(脛) dura compede(足枷).
licet superbus ambules pecunia,   5
 Fortuna non mutat genus.
videsne, Sacram metiente(進む) te viam
 cum bis trium ulnarum(長さ) toga,
ut ora vertat(そむける) huc et huc euntium
 liberrima indignatio?       10
'Sectus(傷ついた) flagellis(むち) hic triumviralibus(三人委員の)
 praeconis(告知人) ad fastidium(嫌悪)
arat Falerni mille fundi jugera(ヘクタール)
 et Appiam mannis(馬) terit(踏む)
sedilibusque magnus in primis eques(騎士) 15
 Othone(騎士の座席の法) contempto sedet!
quid attinet tot ora(舳先) navium gravi
 rostrata duci pondere
contra latrones atque servilem manum
 hoc, hoc tribuno militum?'     20

狼と羊に,運命によって割り振られたのと
 同じだけの不和が,君と僕の間にある.
スペインの船綱で,脇に痣をつけられ
 そして,固い足枷で脚を擦られた者よ.
君が財産を自慢して歩き回ろうと,(5)
 運命は生まれを変えることはない.
君は見ていないのか?君が「聖なる道」で,
 6尺の長さのトガを纏って歩いたなら,
あちこちを歩き回っている人々が,
 最も自由人らしい怒りでもって,どれほど顔をゆがめるかを.(10)
「三人委員の笞で,触れ役が目を背けるほどに
 打ち裂かれたこの男が
1000ユゲラものファレルヌスの土地を耕し,
 アッピア街道をガリアの子馬で往来してすり減らし,
偉大な騎士として,オトーの法を馬鹿にして(15)
 最前列に座っているとは!
一体何になるというんだ、大重量の船群の
 船首の舳先(へさき)が
盗賊や奴隷の軍隊の征伐へと,
 この,この軍団司令官に率いられて?」(20)


ホラーティウス『イアムボス集』第5歌 1-10行

'At, o deorum quidquid in caelo regit
 terras et humanum genus,
quid iste fert tumultus? aut quid omnium
 vultus in unum me truces?
per liberos te, si vocata partubus      5
 Lucina veris affuit,
per hoc inane purpurae decus precor,
 per improbaturum haec Iovem,
quid ut noverca me intueris aut uti
 petita ferro belua?'           10

「しかし,天で大地を人類を支配されている
 神様がだれであろうと, 
あなたのこの騒ぎは何をもたらすのですか.そして,なぜ,みんなの
 顔が,僕一人に,恐ろしい顔つきをしているのですか.
子供たちにかけて―もし本当の子供に呼ばれて (5)
 ルキーナ女神が現れたことがあるなら―,
このむなしい紫衣の飾りにかけて,
 これを是としないでしょうユッピテル様にかけて,
なぜあなたは,継母のように,あるいは
 剣で追われた獣のように,僕をみるのですか?」(10)


ホラーティウス『イアムボス集』5歌11-24行

ut haec trementi questus ore constitit
 insignibus raptis puer,
impube corpus, quale posset impia
 mollire Thracum pectora,
Canidia, brevibus illigata viperis    15
 crinis et incomptum caput,
iubet sepulcriscaprificos erutas,
 iubet cupressos funebris,
et uncta turpis ova ranae sanguine
 plumamque nocturnae strigis    20
herbasque, quas Iolcos atque Hiberia
 mittit venenorum ferax,
et ossa ab ore rapta ieiunae canis
 flammis aduri Colchicis.

このように震える口で嘆いてから,少年は
 身につけている飾りを奪われて押し黙った,
その体はまだ幼く,トラキア人の神をも恐れぬ
 心*1をも宥めることができそうなほどであったが,
その時カニーディアは,短い蛇の髪をざんばらにして
 頭も梳らずに,
墓から掘り出した野生の無花果,
 葬儀に使う糸杉,
醜い蛙の血をかけた卵,
 夜の梟の羽,
毒の産地のイオールコスとヒベーリア*2から
 送られた薬草,
腹を空かせた犬の口から奪った骨を
 コルキス*3の釜で火に炙るようにと命じた.


*1 トラキア人の荒々しさは決まり文句になっていた.
*2 イオールコスはテッサリアの町.アルゴー船の出発点.ヒベーリアはトラキアの黒海沿岸の町.どちらもメーデーアゆかりの地.
*3 メーデーアの故郷.


ホラーティウス「イアムボス集」5歌 25-46行

at expedita Sagana per totam domum   25
 spargens Avernalis aquas
horret capillis ut marinus asperis
 echinus aut currens aper.
abacta nulla Veia conscientia
 ligonibus duris humum        30
exhauriebat ingemens laboribus,
 quo posset infossus puer
longo die bis terque mutatae dapis
 inemori spectaculo,
cum promineret ore, quantum exstant aqua 35
 suspensa mento corpora,
exsecta uti medulla et aridum iecur
 amoris esset poculum,
interminato cum semel fixae cibo
 intabuissent pupulae.          40
non defuisse masculae libidinis
 Arimensem Foliam
et otiosa credidit Neapolis
 et omne vicinum oppidum,
quae sidera excantata voce Thessala    45
 lunamque caelo deripit.

そうして,手はずを整えていたサガナ*1は,家中に(25)
 アウェルヌス*2の水を撒き,
髪の毛を荒々しく逆立てる様は,ちょうど海の
 ウニや,駆け回る猪のよう.
共犯から全く逃れることなく,ウェイア*3
 重労働にうんうんいいながら,(30)
堅い鍬でもって地面を掘り起こし,
 それでもって,その少年が埋められて,
泳いでいる人の体があごをだしている程度,
 少年が顔を突き出しながら,
長い日の間,二度三度と食事を取り替える(35)
 のを見せつけることで死んで行くことができるようにした.
それは,無限の食べ物を目の前にして,それを見つめて
 目が一度涙を流した時に,
彼から取り出された骨の髄と乾いた肝臓が,
 愛の秘薬となるようにするためだ*4.(40)
テッサリアの歌で魔法をかけて,星や月を(45)*
 空から引き下ろす,(46)*
男のような情欲をもった*5,アリーミヌムのフォーリア*6
 その場にいると,
暇をしているナポリ女*7も信じ,
 ナポリの近くの全ての町も信じたのだ,


*1 共謀者の女.
*2 アウェルヌス湖(ナポリの西10Kmほど)は,冥界に通じているとされた(cf.Verg.A. 6.)
*3 共謀者の女.
*4 ちょうどタンタロスのように,餓え苦しむことが,愛欲のもとになるようにという魔法(文化人類学者が喜びそう……).
*5 つまり,女性に対する愛欲をもった,ということ.
*6 アリーミヌムは北イタリアの東の海岸にある.今のリミニ.フォーリアは魔女らしいが,詳細不明.
*7 ナポリは閑暇を過ごす場所で有名(日本だと熱海あたりか……).暇を持て余してうわさ話をする女,ということか(Watson ad loc.).


ホラーティウス「イアムボス集」5歌 47-66行

hic irresectum saeva dente livido
 canidia rodens pollicem
quid dixit aut quid tacuit? 'o rebus meis
 non infidelis arbitra          50
Nox, et Diana, quae silentium regis,
 arcana cum fiunt sacra,
nunc, nunc adeste, nunc in hostilis domos
 iram atque numen vertite!
formidulosis dum latent silvis ferae     55
 dulci sopore languidae,
senem, quod omnes rideant, adulterum
 latrant Suburanae canes
nardo perunctum, quale non perfectius
 meae laborarint manus.         60
quid accidit? cur dira barbarae minus
 venena Medeae valent,
quibus superbam fugit ulta paelicem,
 magni Creontis filiam,
cum palla, tabo munus imbutum, novam  65
 incendio nuptam abstulit?

58 latrant Housman : latrent codd.

この時,カニーディアは荒々しく,鈍色の歯で,切られていない
 親指の爪を噛みながら*1
何を言い,何を黙っていたのか?「おお,私の技に
 実に忠実な証人たる (50)
夜よ,秘密の聖儀が行われている時に
 静寂を支配しているディアーナよ,
今こそ,今こそ,来たりませ,今こそ,憎き家に
 怒りと神威を向けたまえ.
獣たちが恐ろしい森の中,甘き眠りに(55)
 ぐったりとして隠れる時,
皆の笑いぐさだけど??,老いぼれ姦通者に
 スブウーラ*2の雌犬どもは吠えかかっている.
私の手がもっと完璧に仕上げることは出来ないほどよく出来た
 香油を塗りたくっていたというのに.*3(60)
何が起こったのか?どうして,野蛮なメーデーアの
 おぞましい毒の効き目がなかったのか,
それを使って,彼女は傲慢な姦婦,
 権力者クレオーンの娘に報復して逃げたのだ,(65)
毒汁に浸した贈り物の衣が,新婦を
 炎で亡き者にしている時に*4


*1 怒りの象徴.
*2 ローマの中でも,最もいかがわしい場所.
*3 この4行は解釈が非常に難しい.ここでは,カニーディアが,自分の所に引き戻す効用のある魔法の香油を塗った彼女の夫が,それにもかかわらず,相変わらずスブーラで漁色をしている(つまり,そこにいる番犬に吠えかかられている),という意味に理解した(この場合,58の写本の読みのlatrentの代わりに,latrant(Housman)を採用しなければならない).
*4 コリントゥスの王クレオーンは,ペーレアスを殺したイアーソーンとメーデーアを受け入れるが,そこでイアーソーンはメーデーアを捨て,クレオーンの娘と結婚することにする.メーデーアは,贈り物と称して,毒をつけた衣をクレオーンの娘に贈り,それで焼き殺す.


ホラーティウス『イアムボス集』5歌 67-82行

atqui nec herba nec latens in asperis
 radix fefellit me locis.
an dormit unctis omnium cubilibus
 oblivione paelicum?        70
a! a! solutus ambulat veneficae
 scientioris carmine.
non usitatis, Vare, potionibus,
 o multa fleturum caput,
ad me recurres, nec vocata mens tua 75
 Marsis redibit vocibus.
maius parabo, maius infundam tibi
 fastidienti poculum,
priusque caelum sidet inferius mari
 tellure porrecta super       80
quam non amore sic meo flagres uti
 bitumen atris ignibus.'

69 an dormit Sh. Bailey: indormit codd.

だが,荒れ野に隠れる草や
 根も*1,私は目敏く見つけ出したのだ.
彼は薬を塗った寝床で,全ての姦婦を
 忘れて寝ているのだろうか?(70)
ああ,ああ,もっと知識のある魔女の毒によって,
 彼は解放されて歩き回っている.
ワールス*2よ,普通の薬を使ったのでは,
 おお,沢山泣く事になる人よ,
私の元には戻らないのね,そして,あなたの気持ちは,(75)
 マルシー族*3の声に呼ばれても,戻って来る事はないのね.
もっと強いものを用意しましょう,もっと強い薬を
 つれないあなたに注ぎましょう,
そして,天は海よりも低く降り,
 広がる大地の上に広がって留まることでしょう,(80)
黒い火をあげるアスファルト*4のように,
 私の愛にあなたが燃え上がらないなどという事になる前に」


*1 人の入らない所の薬草には効用があるとされる.
*2 ここで初めてカニーディアの男の名前が分かる.
*3 魔女キルケーの子孫とされる.
*4 アスファルトは魔法の火を作るのに用いられた.


ホラーティウス「イアムボス集」5歌 83-102行(完結)

sub haec puer iam non, ut ante, mollibus
 lenire verbis impias,
sed dubius, unde rumperet silentium,    85
 misit Thyesteas preces:
'venena magnum fas nefasque, non valent
 convertere humanam vicem.
diris agam vos: dira detestatio
 nulla expiatur victima.          90
quin, ubi perire iussus exspiravero,
 nocturnus occurram Furor
petamque vultus umbra curvis unguibus,
 quae vis deorum est Manium,
et inquietis adsidens praecordiis      95
 pavore somnos auferam.
vos turba vicatim hinc et hinc saxis petens
 contundet obscenas anus,
post insepulta membra different lupi
 et Esquilinae alites,           100
neque hoc parentes, heu mihi superstites
 effugerit spectaculum.'

この後に,少年はもはや,前のようには,穏やかな
 言葉で不敬な女たちを宥めようとはせず,
どこから沈黙を破ろうか迷いつつ,(85)
 テュエステースの祈り*1を発した.
「毒が大きな正義と不正を変えることが出来ても,
 人間の因果を変えることは出来ない.
呪いによって,僕はあなた方を追いつめよう.恐ろしい呪いは
 いかなる生け贄によっても,宥めることは出来ない.(90)
それどころか,死を命じられて僕が息を引き取ったなら,
 夜の復讐神となって現れるだろう,
そして幽霊となって,鈎爪で顔を襲うだろう,
 それは死霊の神の力なのだが,
そして,心に巣食って安らぐ事をなくし,(95)
 恐怖によって眠りを奪うだろう.
群衆は通りから通りへあちこちに,石もて追って
 ふしだらな老女のあなた方を打つ事だろう.
その後,埋葬されずにその体は狼や
 エスクィリアエ*2の鳥が引きずりまわし,(100)
そして,僕の両親も,ああ,長生きして,
 この見せ物を見逃さないでしょう」


*1 テュエステースは,アトレウスによって,知らずに自分の子を食わされ,アトレウスを呪う.
*2 ローマの東の最も大きい丘で,墓地として使われていた.


ホラーティウス『イアムボス集』6歌

Quid immerentis hospites vexas canis
 ignavus adversum lupos?
quin huc inanis, si potes, verte minas
 et me remorsurum pete.
nam qualis aut Molossus aut fulvus Lacon, 5
 amica vis pastoribus,
agam per altas aure sublata nives
 quaecumque praecedet fera:
tu, cum timenda voce complesti nemus
 proiectum odoraris cibum.        10
cave, cave: namque in malos asperrimus
 parata tollo cornua,
qualis Lycambae spretus infido gener
 aut acer hostis Bupalo.
an, si quis atro dente me petiverit,     15
 inultus ut flebo puer?

どうして犬のお前は何もしないお客に吠えかかるのか,
 狼には対しては腰抜けなくせに.
さあ,こちらへお前の虚勢を向けてみろ,もし出来るならだが,
 そして,噛み付こうとしている僕に向かってこい.
なぜなら,ちょうどモロッスス犬*1や,黄色いスパルタの犬,(5)
 牧人の力強い友のように,
僕は耳をたてて深い雪の中を追い立てるつもりだ,
 先に行くどの獣でも.
お前は,脅し声で森を満たしてから,
 投げ与えられた食べ物のにおいを嗅いでいる*2.(10)
注意しろ,注意しろ.なぜなら,僕は悪い奴らにはきわめて荒々しく
 角を構えて突き出すのだ,
ちょうど不実なリュカンベースや,
 ブーバロス*3に対して,馬鹿にされた婿が荒々しい敵となったように.
それとも,もし誰かが黒い歯をみせて僕に向かって来たら,(15)
 僕は報復もせずに,子供みたいに泣くことがあろうかね.


*1 モロッスス犬はエピロス産の大型犬.
*2 意味不明.8-9行との対比を考えると,一応脅し声はあげても,実際は飼い主の餌で満足する弱い犬という意味でしょうか.
*3 リュカムベース,ブーパローはそれぞれアルキロコス,ヒッポナクスによってイアムボス詩でけなされている.

(2008.08.22訂正)

ホラーティウス『イアムボス集』7歌 市民戦争

Quo quo scelesti ruitis? aut cur dexteris
 aptantur enses conditi?
parumne campis atque Neptuno super
 fusum est Latini sanguinis,
non ut superbas invidae Carthaginis  5
 Romanus arces ureret,
intactus aut Britannus ut descenderet
 Sacra catenatus via,
sed ut secundum vota Parthorum sua
 urbs haec periret dextera?     10
neque hic lupis mos nec fuit leonibus,
 numquam nisi in dispar feris.
furorne caecos an rapit vis acrior
 an culpa? responsum date.
tacent et albus ora pallor inficit   15
 mentesque perculsae stupent.
sic est: acerba fata Romanos agunt
 scelusque fraternae necis,
ut immerentis fluxit in terram Remi
 sacer nepotibus cruor.      20

どこへ,どこへ,悪人どもよ,突進するのか.あるいはどうして右手に
 鞘に収めた槍を持っているのか.
ラティーニィー人の僅かな血しか戦場とネプトゥーヌスの海で
 流されていないというのか,
それも,ねたみ深いカルタゴの傲慢な(5)
 要塞をローマ人が焼くためではなく,
あるいは未踏のブリタンニア人が鎖にしばられて
 サクラ・ウィアを下ってゆくためでもなく,
パルティア人の悲願に従って,
 この都が自分の右手で滅びるために?(10)
これは狼の習性でもライオン習性でもない,
 決してこれは異なる種族の獣に対してでなければあり得ない.
狂気が盲目のものらを駆り立てるのか,それとももっと強い力か,
 それとも過ちか.答えを与えよ.
彼らは黙っている,そして蒼白が顔を染めている,(15)
 そして心も打ちひしがれてすくんでいる.
それはこうだ.厳しい運命がローマ人を駆り立てている,
 そして兄弟殺しの悪事もだ.
それは大地に無実のレムスの
 子孫を呪う血が流れてからのこと.(20)


※ 前32年最初の議会(1月あるいは2月1日)で,元老院は議会でアントニウス派とオクタウィアーヌス派に決別することになりますが,その場面を想定したもの.ローマの現実に即した詩ということになりますが,形式的にはおそらくアルキロコスなどに倣ったものということが,その断片との比較で想像されます(cf. Mankin ad loc.)


ホラーティウス『エポーディー』8歌 (改訂版)

Rogare longo putidam te saeculo
 viris quid enervet meas,
cum sit tibi dens ater et rugis vetus
 frontem senectus exaret
hietque turpis inter aridas natis    5
 podex velut crudae bovis!
sed incitat me pectus et mammae putres,
 equina qualia ubera,
venterque mollis et femur tumentibus
 exile suris additum.          10
esto beata, funus atque imagines
 ducant triumphales tuum,
nec sit marita, quae rotundioribus
 onusta bacis ambulet;
quid quod libelli Stoici inter Sericos 15
 iacere pulvillos amant?
illitterati num minus nervi rigent
 minusve languet fascinum?
quod ut superbo provoces ab inguine,
 ore allaborandum est tibi.      20

17 minus codd.: magis Heinsius:

幾星霜も過ぎ去って老いさらばえた君が聞くってのかい,
 何が僕の精力を萎えさせるのかって?
あなたの歯は真っ黒け,老齢は皺を
 君の額に鋤を入れ,
枯れた尻の間には嫌らしいケツが,(5)
 ちょうど消化不良の牛のそれみたいに,口を開けているってのに!
僕を興奮させようとしてるのは,ちょうど馬の乳房みたいな
 胸と朽ちた乳房だよ?
柔らかい腹や,膨れ上がった臑に
 くっついた,痩せこけた太腿もだ*1.(10)
あなたは幸福であれ,そうして,凱旋をした先祖の胸像が
 あなたの葬列を率い,
あなたのよりも真ん丸い真珠をじゃらじゃら付けた
 奥さんなどいないように!
ストア派の巻き物*2が,よく中国風のクッションの下に転がっているのは (15)
 どういうことなんだ?
それで目に一丁字もないやつらが,陰茎をあまり固くならなくしたり,
 陽物を余り萎えさせないなんてことがあるかね?*3
これを傲慢な男根からひきだすには,
 あなたがお口で御奉仕しなきゃね.(20)


*1 腿が痩せて臑が膨れているのは一般に醜いプロポーションだったらしい.
*2 注釈者は幾つか,このストア派の本の存在について書いています.どれもまあありそうでもなさそうでもある感じなので,個人的な解釈の可能性を書いておきます.
(1)このストア派の本の出てくる下りは,単にこの男の無教養の描写の一部だと思います.大抵はlibellusは,恋愛詩などで,特に小さい寸法のものが,女性に読まれていたようですが,この女性の枕の下にあったのもそのようなものでしょう.ところが,この男は文字が読めないわけですから,本ときたら哲学書かなにかと思っていて,そんなものはアレには役立たないと,無教養を思いっきりむき出しにしてしまうわけです.その後,この最低の教養の男は,高貴な女性に御奉仕をさせようというわけで,とんでもない皮肉で終わるというのが,この最後のところの面白みだと思います.
(2)上の解釈を考えてから,この女性は本当にストア派の本を読んでいたのかもしれないと思い始めました.つまり,この男のナニが萎えているのを,ストアの哲学によって克服しようと考えていたのではないかと(笑).そうすると,冒頭のrogareの意味は,この男への問いであったと同時に,哲学的問いの伏線だったのかもしれませんし,そのほうが面白いでしょう(いわゆるring compositionですね).ちょっと気になっていた,15行の,繋ぎなしでのquid, quod ... も,ベットを見たらストアの哲学書が転がっていて,「なんだこりゃあ?こんなもので勉強しとんのかい?」と,男が驚き馬鹿にする様を活き活きと描いている意味も分ります.次ぎの注で扱うことがもうすこし生きてくるかなあと思います.
*3 テスクトを,通常とられるHeinsiusのmagisではなく,minusで解釈してみました.この場合,「ナニが固くならなくなったり,あまり萎えなくなったりするってのかい?」となり,これは多分自然科学的な現象の説明を暗示しているのではないかと思います(例えば月の満ち欠けなど).哲学には疎いので,よくわかりませんが,ルクレーティウスなどでは,無知なもの達はたしか死の恐怖に怯えたりするが,哲学者は現象を知ることでそれに打ち勝つ,などといった高踏的な哲学の意義付けがあったような気もしますが,illitterati「文字も読めないやつら」は,それの皮肉なのかもしれませんね.

韻律:iambic trimeter + iambic dimeter
x-U- x||-U- x-U- x-UU
  x-U- U-UU

こちらのサイトの翻訳を見て,僕も試しに翻訳してみたくなりました(笑).注釈なども下のサイトのほうが充実しています.
http://d.hatena.ne.jp/prokopton/20051119/p1#seemore


ホラーティウス『イアムボス集』9歌 前編

Quando repostum Caecubum ad festas dapes
 victore laetus Caesare
tecum sub alta (si Iovi gratum) domo,
 beate Maecenas, bibam
sonante mixtum tibiis carmen lyra,     5
 hac Dorium, illis barbarum,
ut nuper, actus cum freto Neptunius
 dux fugit ustis navibus,
minatus urbi vincla quae detraxerat
 servis amicus perfidis?          10
Romanus, eheu, posteri negabitis,
 emancipatus feminae
fert vallum et arma miles et spadonibus
 servire rugosis potest
interque signa turpe militaria       15
 sol aspicit conopium.
at huc frementis verterunt bis mille equos
 Galli canentes Caesarem
hostiliumque navium portu latent
 puppes sinistrorsum citae.       20

いつ僕は,とっておきのカエクブム葡萄酒*1を,お祝いの宴で
 カエサル*2の勝利を喜びながら
貴方とともに,聳える家で(ユッピテルのご容赦を),
 マエケーナース様,飲みましょうか,
リュラに笛の音とあわせて,歌を響かせつつ(5)
 リュラはドリア風の,笛は異国風の歌をならしつつ.
ちょうどこの間,ネプトゥーヌスの子の
 将軍*3が海を追われて,船を焼かれながら逃げた時のように,
その男は都に,不実な奴隷どもから親しくも取り外した
 鎖をかけようと脅していたのですが*4.(10)
あのローマの兵*5は,やれやれ,後の人は信じないでしょうが,
 女*6に売り渡されて
柵と武器とを持ち,そしてしわだらけの宦官どもに
 仕えることもがまんでき,
そして,太陽は軍旗の間に(15)
 恥ずかしくも蚊帳*7を見たのです.
こちらの側へ,ガラティア人*8はカエサルを歌い讃えつつ,
 2000の馬を翻し,
敵の船の船首は逆向きに漕がれ
 左回りに港に入って隠れました*9.(20)


*1 最高のイタリア産葡萄酒の一つ.
*2 アウグストゥス(オクタウィアーヌス).
*3 セクストゥス・ポムペイウスのこと.ネプトゥーヌスの子と自称したことによる.彼のオクタウィアーヌスから被ったナウロコスでの敗北と敗走は前36年11月13日で,この勝利でオクタウィアーヌスは巨大な権力を手にする.
*4 オクタウィアーヌスはセクストゥス・ポムペイウスが,奴隷を軍に入れないという協定を破ったことを利用して,この戦いを「奴隷戦争」と呼んだ.
*5 アントーニウス.
*6 クレオパトラ.
*7 蚊帳はローマ人に取っては女々しいこととされた.それが軍旗の間にあるのはローマ人には考えられないこと.
*8 ガラティアの騎兵の長であったアミュンタースのこと.アントーニウスの側から寝返った.
*9 「左側へ」の意味は難解.実際の艦隊の動きとも,「敗走」を意味するともとられる.(Mankin: ad 19; ad 20)


ホラーティウス『イアムボス集』9歌 後編

io Triumphe, tu moraris aureos
 currus et intactas boves?
io Triumphe, nec Iufurthino parem
 bello reportasti ducem
neque Africanum, cui super Carthaginem 25
 Virtus sepulcrum condidit.
terra marique victus hostis punico
 lugubre mutavit sagum.
aut ille centum nobilem Cretam urbibus,
 ventis iturus non suis,         30
exercitatas aut petit Cyrtis Noto
 aut fertur incerto mari.
capaciores affer huc, puer, scyphos
 et Chia vina aut Lesbia
vel, quod fluentem nauseam coerceat,  35
 metire nobis Caecubum:
curam metuemque Caesaris rerum iuvat
 dulci Lyaeo solvere.

 25 cui ] quo Bentley

おお,勝利の神よ,貴方が黄金の
 凱旋車と生け贄の軛に触れた事のない牛を遅らせているのですか,
おお,勝利の神よ,貴方はユグルタの戦いから,
 かの将軍*1をカエサルに並ぶものとしては連れ戻さず,
その勇気がカルターゴーの上に墓を(25)
 作ったところのアーフリカーヌス*2も連れ戻さなかったのですが.
大地と海とで打ち負かされた敵*3は,紫のマントを
 喪のそれに替えました.
かの者は,かつは千の都持つ高貴なクレータ*4
 逆風の中行こうと試み,(30)
あるいは南風に打たれたシュルテース*5に行こうとし,
 あるいは剣呑な海を運ばれているのです.
もっと大きい杯を,おおいボーイよ,ここへもってこい,
 そして,キオスやレスボスの葡萄酒*6
あるいは,船酔いを沈めるための(35)
 カエクブムの酒を我々に量ってくれ.
カエサルの境遇の心配や危惧を,
 甘き酒で解くのは喜ばしいこと.


*1 前107年に執政官となり,ユグルタ戦争(前111-104)をスッラの力添えのおかげで終わらせたガイウス・マリウス.
*2 第二次ポエニ戦争(前218-201)で活躍した小スキピオ(プーブリウス・スキピオー).
*3 再びアントーニウス.アクティウムの戦いののち,おそらくこの詩が書かれた時,彼は逃亡中であった.実際にはクレータでもキュレーネーでもなく,アレクサンドリアの近くのパラエトニオンへ,先に逃亡したクレオパトラを追って行った.
*4 詩的な決まり文句.
*5 キュレーネーの近くの危険な浅瀬.
*6 ギリシア産の最高級葡萄酒.
*7 イタリアの最高級葡萄酒.前編の1行を受ける(ring-composition).


ホラーティウス『イアムボス集』10歌

Mala soluta navis exit alite
 ferens olentem Mevium.
ut horridis utrumque verberes latus,
 Auster, memento fluctibus;
niger rudentis Eurus inverso mari     5
 fractosque remos differat;
insurgat Aquilo, quantus altis montibus
 frangit trementis ilices;
nec sidus atra nocte amicum appareat,
 qua tristis Orion cadit,         10
quietiore nec feratur aequore
 quam Graia victorum manus,
cum Pallas usto vertit iram ab Ilio
 in impiam Aiacis ratem.
o quantus instat navitis sudor tuis    15
 tibique pallor luteus
et illa non virilis eiulatio
 preces et adversum ad Iovem,
Ionius udo cum remugiens sinus
 Noto carinam ruperit!         20
opima quod si praeda curvo litore
 porrecta mergos iuveris,
libidinosus immolabitur caper
 et agna Tempestatibus.

凶兆とともに,船は解かれて
 臭いメーウィウス*1を乗せて出航する.
恐ろしい波で,船の両脇をむち打つのを,
 南風よ,忘れぬように.
黒い東風は逆巻く海原で漕ぎ手と(5)
 櫂を打ち砕いて散り散りにせよ.
北風は巻き起これ,山の頂きで
 樫の樹々を揺さぶり引きちぎるほどに.
星は漆黒の夜に,頼りになるものとして現れるなかれ,
 不吉なオリオン座が沈んだその空に.(10)
そして,パッラス(アテーネー)が,怒りの矛先を焼け落ちたイーリオンから
 不敬なアイアクスの船に向けた時に*2
勝利者のギリシアの軍勢がそうであったのよりも
 穏やかな海によって彼が運ばれることがないように.
おお,どれほどの冷や汗がお前の船乗りを待ち受けていることか,(15)
 そしてどれほどの土気色の蒼白と
男らしからぬかの嘆きと
 背を向けたユッピテルへの祈願の声がお前を待っていることか,
イーオニアの入り江が湿った南風によって
 うなり声をあげながら,船を打ち砕く時に.(20)
もしも太ったその餌食*3が,曲がった岸辺に
 横たわって,水鳥を喜ばせることになれば,
好色な山羊と子羊が
 嵐の神のために屠られることになるだろう.


*1 おそらくstock figure.
*2 アテーネーは,イーリオン陥落の時に,自分の神殿に助けを求めていたカッサンドラーを無理矢理引き離して連れて行った事に怒り,味方であったはずのギリシア軍を嵐に巻き込む.
*3 もちろんメーウィウスのこと.


ホラーティウス『イアムボス集』11歌

Petti, nihil me, sicut antea, iuvat
 scribere versiculos amore percussum gravi,
amore, qui me praeter omnis expetit
 mollibus in pueris aut in puellis urere.
hic tertius December, ex quo destiti        5
 Inachia furere, silvis honorem decutit.
heu me, per urbem (nam pudet tanti mali)
 fabula quanta fui! conviviorum et paenitet
in quis amantem languor et silentium
 arguit et latere petitus imo spiritus.       10
'contrane lucrum nil valere candidum
 pauperis ingenium?' querebar applorans tibi,
simul calentis inverecundus deus
 fervidiore mero arcana promorat loco.
'quod si meis inaestuet praecordiis        15
 libera bilis, ut haec ingrata ventis dividam
fomenta vulnus nil malum levantia;
 desinet imparibus certare summotus furor.'
ubi haec severus te palam laudaveram,
 iussus abire domum ferebar incerto pede    20
ad non amicos, heu, mihi postis et, heu,
 limina dura, quibus lumbos et infregi latus.
nunc gloriantis quamlibet mulierculam
 vincere mollitie amor Lycisci me tenet,
unde expedire non amicorum queant       25
 libera consilia aut contumeliae graves,
sed alius ardor aut puellae candidae
 aut teretis pueri longam renodantis comam.

 18 commotus Sh.Bailey : summotus codd.   pudor ] furor Mankin

ペッティウスよ,僕には昔のようには,
 詩を書く事は楽しくはない,というのも,僕はひどい愛にやられたから.
その愛は,何よりもまして,僕を
 かわいい男の子や女の子に焦がれさせるのだ.
今は3回目の12月が森からその栄誉の衣を奪っている,(5)
 僕がイーナキアに首ったけになるのを止めてから.
ああ,なんてことだ,町中で(じつにこれほどの災難は恥ずかしい)
 僕はどれほどの話題となったことか.僕はあの宴会を後悔している,
そこでは僕の無気力と沈黙,
 そして腹の深いところからわき上がる嘆息が僕の愛をばらしてしまったのだが.(10)
「財産にたいして,輝ける貧乏人の才能は
 全然焼くに役に立たないのか」僕は君に訴えた,
同時に,燃え上がる僕の,傲慢不遜な神は
 燃え上がる生酒のせいで,秘密を置くべきところから明るみに出した.
「だがもし僕の心中を怒りの胆汁が(15)
 自由に荒れ回って,その悪い傷を全然直さない
役に立たない湿布*1を風の中でびりびりに破くほどになったら,
 僕の恥を知る気持ちがかき立てられて,相応しくないやつらと競うのを止めるだろう」
これを廉直に君の前で讃えた時,
 僕は家に帰れと言われて,おぼつかない足取りで(20)
僕につれない,ああ,門柱と,ああ,
 冷酷な敷居のほうに歩いていって,それに尻や脇腹を打ち付けた*2
今や僕を虜にしているのは,どんな女の子でも
 愛らしさで者にすると豪語するリュキスクスだ.
彼から解放できるのは,友達の(25)
 自由人らしい忠告でも,ひどい侮辱でもなく,
輝く女の子や,すべすべの肌で,長い髪を編んだ男の子への
 別の熱情さ.


*1 恋を癒すもの.つまり,ホラーティウスに取っては詩のこと.
*2 閉め出された恋人が,門柱などに口づけをするのは,恋愛詩のトポス.ここではおそらく,口づけなどを通り越して,性的な憂さ晴らしをしている.


ホラーティウス『イアムボス集』12歌

Quid tibi vis, mulier nigris dignissima barris?
 munera quid mihi quidve tabellas
mittis nec firmo iuveni neque naris obesae?
 namque sagacius unus odoror
polypus an gravis hirsutis cubet hircus in alis  5
 quam canis acer ubi lateat sus.
qui sudor vietis et quam malus undique membris
 crescit odor, cum pene soluto
indomitam properat rabiem sedare, neque illi
 iam manet umida creta colorque       10
stercore fucatus crocodili iamque subando
 tenta cubilia tectaque rumpit!
vel mea cum saevis agitat fastidia verbis:
 'Inachia langues minus ac me;
Inachiam ter nocte potes, mihi semper ad unum 15
 mollis opus. pereat male, quae te
Lesbia quaerenti taurum monstravit inertem,
 cum mihi Cous adesset Amyntas,
cuius in indomito constantior inguine nervus
 quam nova collibus arbor inhaeret.      20
muricibus Tyriis iteratae vellera lanae
 cui properabantur? tibi nempe,
ne foret aequalis inter conviva, magis quem
 diligeret mulier sua quam te.
O ego non felix, quam tu fugis ut pavet acris  25
 agna lupos capreaeque leones!'

何を望んでいるんだ,黒い象を相手にするのが一番お似合いのあんたは.
 どうして僕に贈り物やら,書き付けやらを
送ってよこすんだい,僕はしっかりしてもいないし,鈍い鼻もしていない若者なのに.
 だって,僕ときたら,
蛸やらひどい山羊やらが,毛むくじゃらな脇の下に寝ているかどうかを(5)
 犬が豚の隠れ場所を嗅ぎ付けるのよりも敏感に嗅ぎ付けるんだからね,
どんな汗が,どれほどひどい悪臭が,しわくちゃの体で
 育っていることか,彼女が陰茎の
御しがたい怒りを宥めてしぼませるのに一生懸命な時に,そして,
 もう彼女には濡れた白粉も,蜥蜴の糞の*1(10)
頬紅も残っておらず,そして発情して
 張ったベッドも天蓋も壊してしまう時に,
あるいは,激しい言葉で僕がしたがらないのを責める時に.
 「イーナキア*2だと,私よりも勃つのね.
イーナキアとは一晩に三度はいくのに,私には一度のお仕事にも(15)
 萎えてるのね.惨めにくたばればいい,
牛並みのが欲しいのに,ふにゃふにゃのあなたを紹介したレスボスの女*3は.
 私にはコース島のアミュンタース*4がついていたのに,
彼の御しがたい一物には,丘で新樹が根を張るよりも
 ずっとしっかりした筋が張っているのよ.(20)
誰のために,テュロスの紫貝で二度染めされた羊毛*5
 用意していたの?もちろん,あなたのためよ,
宴会の時,あなたがあなたのお相手の女に好かれるよりも,
 もっと好かれるような同僚がいないようにするためにね.
ああ,不幸な私,あたかも子羊が(25)
 獰猛な狼を恐れ,山羊がライオンを恐れるがごとくに,あなたが私を避けるとは!」


*1 ニキビや頬紅のための化粧.
*2 神話では「イナコスの娘」はイーオーで,牛に姿を変えられる.
*3 女衒.イーナキアの事かもしれない.
*4 Theocr. Id. 7.2で,やはりコース島のアミュンタスが登場するが,ここでの関係は不明.
*5 高級な染め布.二度染めはさらに高級とされるが,臭いもするという(Mankin, ad loc.).


ホラーティウス『イアムボス集』13歌

Horrida tempestas caelum contraxit et imbres
 nivesque deducunt Iovem; nunc mare, nunc silvae
treicio Aquilone sonant. rapiamus, amici,
 occasionem de die, dumque virent genua
et decet, obducta solvatur fronte senectus.     5
 tu vina Torquato move consule pressa meo.
cetera mitte loqui; deus haec fortasse benigna
 reducet in sedem vice. nunc et Achaemenio
perfundi nardo iuvat et fide Cyllenea
 levare duris pectora sollicitudinibus,      10
nobilis ut cecinit grandi Centaurus alumno;
 'invicte, mortalis dea nate puer Thetide,
te manet Assaraci tellus, quam frigida parvi
 findunt Scamandri flumina lubricus et Simois,
unde tibi reditum certo subtegmine Parcae    15
 rupere, nec mater domum caerula te revehet.
illic omne malum vino cantuque levato
 deformis aegrimoniae, dulcius alloquiis.'

恐ろしい嵐が雲を集め,そして雨と
 雪はユッピテルをも引きずり降ろす.今や海も,今や森も,
トラキアからの北東風によって音をたてている.友よ,
 この日から機会を得ようではないか,膝が十分力があり,
そしてそれに相応しい限りは,皺をよせた額から老年を払いのけよう.(5)
 君は,我がトルクヮートゥスが執政官の時に*1搾られたワインを持って来たまえ.
他の事を話す事を許したまえ.神は,おそらく,これらも,恵み深くも
 流転によって本来の位置に戻すことだろう.今や,ペルシアの
香油を体に塗りたい,そしてキュッレーネーの弦*2
 胸からひどい苦悩を解放したい.(10)
ちょうど高貴なケンタウルス*3が,偉大な弟子*4に歌ったようにして.
 「打ち負かされぬ者,女神テティスより生まれし,死すべき子よ,
お前をアッサラクスの地*5が待っている,その地を小さな
 スカマンドロス河の冷たい流れと,ぬめつくシモイス河*6が割いているのだが.
そこからの帰郷は,パルカ女神たちは,過たぬ運命の糸で(15)
 望みを絶ち,また緑色の母*8もお前を家へとつれては帰られないだろう.*7
あそこで,全ての目も当てられぬ苦悩という不幸を払え,
 葡萄酒と歌という,甘き慰めによって.


*1 前65年で,ホラーティウスの誕生年.
*2 リュラの発明者であるヘルメースはキュッレーネーで生まれた.
*3 キローン.
*4 アキッレウス.
*5 アッサクルスはアエネーアースの祖先.
*6 スカマンドロス河もシモイス河も,アキッレウスと戦う事になるトロヤの河.
*7 アキッレウスはトロヤ戦争に参加すれば生を全うすることは出来ない定めであった.
*8 テティス.


ホラーティウス『イアムボス集』14歌 心を蝕む怠惰

Mollis inertia cur tantam diffuderit imis
 oblivionem sensibus,
pocula Lethaeos ut si ducentia somnos
 arente fauce traxerim,
candide Maecenas, occidis saepe rogando.  5
 deus, deus nam me vetat
inceptos olim, promissum carmen, iambos
 ad umbilicum adducere.
non aliter Samio dicunt arsisse Bathyllo
 Anacreonta Teium,            10
qui persaepe cava testudine flevit amorem
 non elaboratum ad pedem.
ureris ipse miser. quodsi non pulchrior ignis
 accendit obsessam Ilion,
gaude sorte tua: me libertina nec uno   15
 contenta Phryne macerat.

どうして,これほどまでに軟弱な怠惰が感覚の奥底に
 忘却を注ぎ込んだのか,
ちょうど冥土の眠りを導く酒杯を
 僕が乾いた喉で飲み干したかのように,と,
栄えあるマエケーナース様,あなたは死ぬ程繰り返し聞いています.(5)
 神が,神がすなわち僕に
かつて始められたイアムボス集,お約束の歌集を,
 巻き物の芯まで書きすすめるのを妨げているからなのです.
全くこれと違わずに,サモスのバテュッロス*1のために
 テオスのアナクレオーンは恋いこがれたといいます,(10)
その彼は何度も何度も空ろなリュラで,脚の合わない愛*2
 歌ったと言われています.
あなた自身,哀れにも恋いこがれています.しかしもし,
 陥落したイーリオスのほうがより美しい火*3で焼かれたのでなければ,
あなたは自分の運にお喜び下さい.僕はといえば,解放奴隷で,一人の男に(15)
 満足しないプリュネーがやつれさせているのです.


韻律:dactylic Hexameter + iambic dimeter
-UU-UU-UU-UU-UU--
 x-U-x-U-

*1 アナクレオーンの恋人と思われますが不祥.マエケーナースのほうは,同名の黙劇役者に惚れていたとする伝承があるそうです(Mankin ad loc.).
*2 恋にやられているために,韻律をあわせられない,つまりちゃんとした歌を作れないということ.ホラーティウス自身の詩作が進まない言い訳でもあります.
*3 「より美しい火」はおそらくヘレーネーのこと(Mankin).

※韻律がヘクサメターとイアムビック・ディメターで出来ており,半分エレゲイア詩に似ていますが,テーマそのものも,エレゲイアの恋愛詩でしばしば出てくるものと類似しています(恋愛=火=滅亡=やつれる事など).そもそも冒頭のMollis自体が恋愛を扱った詩のキーワードで,また形式もrecusatioという,恋愛詩では良くある,詩の勧めを断るタイプの詩です.


ホラーティウス『イアムボス集』15歌

Nox erat et caelo fulgebat luna sereno
 inter minora sidera,
cum tu magnorum numen laesura deorum
 in verba iurabas mea,
artius atque hedera procera astringitur ilex     5
 lentis adhaerens bracchiis,
dum pecori lupus et nautis infestus Orion
 turbaret hibernum mare
intonsosque agitaret Apollinis aura capillos,
 fore hunc amorem mutuum,           10
o dolitura mea multum virtute Neaera!
 nam si quid in Flacco viri est,
non feret assiduas potiori te dare noctes
 et quaeret iratus parem,
nec semel offensi cedet constantia formae,     15
 si certus intrarit dolor.
et tu, quicumque es felicior atque meo nunc
 superbus incedis malo,
sis pecore et multa dives tellure licebit
 tibique Pactolus fluat,              20
nec te Phythagorae fallant arcana renati
 formaque vincas Nirea,
heu heu, translatos alio maerebis amores:
 ast ego vicissim risero.

夜だった,そして澄んだ空には月が
 小さい星々の間に輝いていた,
その時君は偉大な神々の神威を傷つけるべく
 僕の言う通りに誓ったのだ,
木蔦が細いオークの木に巻き付くのよりももっときつく(5)
 つれなくする僕の腕にしがみつきながら,
狼が家畜を脅かし,そして船乗りらにとって
 冬の海荒らすオリオンが恐ろしく
風が切られる事のないアポッローンの髪の毛を揺らす限りは
 この愛は相思相愛のものとあるでしょう,と.(10)
おお,僕の男らしさによって,多くを悲しむことになるであろうネアエラよ!
 なぜなら,もしフラックスになにがしかの男らしさがあれば,
その強い奴に君が夜をいつも捧げるのを我慢しないだろうし,
 怒って相応しい相手を探すだろう,
そして,一度怒った僕の不動の決心は,君の美貌には屈しないだろう,(15)
 もし,確かな悲しみが入り込んできたならば.
そして,お前,誰であろうと,幸せいっぱいで,僕の不幸に今や
 居丈高になって歩いているものよ,
たとえお前が家畜や広い土地で裕福になっていて,
 パクトルス河*1がお前のために流れ,(20)
生まれ変わったピタゴラスの奥義をお前は熟知し*2
 姿はニーレウス*3に勝るとしても,
ああ,ああ,別の男に移った愛を,お前は悲しむ事になるだろう.
 その時僕はお前に代わって笑う番だろう.


*1 砂金ととれるリュディアの河.
*2 ピタゴラスは転生を主張していた.ここではある種妖術使いとして使われている.しばしば,妖術は,恋人を得るために使われ,詩でもしばしば登場する.
*3 トロヤ戦争のギリシア勢の将の一人.Il.2.671-5によると,シュメから来たこのニーレウスはギリシア勢ではアキッレウスに次ぐ美男子だったが,力も弱く,部隊も小さかった.


誤植訂正しました.ご指摘ありがとうございます.

5 atrius → artius
9 intonsoque → intonsosque

ホラーティウス『イアムボス集』16歌1-14行

Altera iam teritur bellis civilibus aetas
 suis et ipsa Roma viribus ruit.
quam neque finitimi valuerunt perdere Marsi
 minacis aut Etrusca Porsenae manus,
aemula nec virtus Capuae nec Spartacus acer 5
 novisque rebus infidelis Allobrox,
nec fera caerulea domuit Germania pube
 parentibusque abominatus Hannibal,
impia perdemus devoti sanguinis aetas
 ferisque rursus occupabitur solum;    10
barbarus, heu, cineres insistet victor et urbem
 eques sonante verberabit ungula
quaeque carent ventis et solibus ossa Quirini,
 (nefas videre) dissipabit insolens.

今,再び市民戦争の時代が歩まれている,
 そして,ローマが自ら自分の力で滅びつつある.
その都を,近隣のマールシー族*1も,
 エトルーリアの脅威であるポルセンナ*2の軍も,
競争心に満ちたカプア*3の勢力も,猛々しいスパルタクス*4も,(5)
 忠誠のないアッロブロクス*5も,反乱によって,滅ぼす力はなかったし,
体を青く塗る獰猛なゲルマーニアも,
 先祖にも忌み嫌われるハンニバルも,支配しなかった.
我々,呪われた血を持つ世代が,ローマを滅ぼすだろう,
 そして再び,この地は獣どもに占められることだろう.(10)
ああ,野蛮人が勝利者となって,灰燼を踏みつけるだろう,そして都を
 野蛮人の騎兵は,高鳴る蹄でむち打つだろう,
そして,風からも日ざしからも守られているロームルスの骨を
 (見るもおぞましいことだが)厚かましくも散り散りにするだろう.


*1 サムニウムのマールシー族は前90-88年のマールシー戦争で,ローマへの反乱の主導をする.
*2 前509年,追放されたタルクィニウス王をローマに戻すべく,ローマに軍をすすめたエトルーリアのクルーシウムの王.
*3 カンナエの戦いの後,ハンニバルについた,ローマに次ぐイタリアの勢力であた.
*4 奴隷反乱(前73-71)を率いたトラキア出身の奴隷.
*5 ガリアの一族で,ハンニバルを支持した.


ホラーティウス『イアムボス集』16歌15-34行

forte quid expediat, communiter aut melior pars  15
 malis carere quaeritis laboribus?
nulla sit haec potior sententia, Phocaeorum
 velut profugit exsecrata civitas
agros atque Lares patrios habitandaque fana
 apris reliquit et rapacibus lupis,        20
ire pedes quocumque ferent, quocumque per undas
 Notus vocabit aut protervus Africus.
sic placet? an melius quis habet suadere? secunda
 ratem occupare quid moramur alite?
sed iuremus in haec: simul imis saxa renarint   25
 vadis levata, ne redire sit nefas,
neu conversa domum pigeat dare lintea, quando
 Padus Matina laverit cacumina,
in mare seu celsus procurrerit Appenninus
 novaque monstra iunxerit libidine       30
mirus amor, iuvet ut tigris subsidere cervis,
 adulteretur et columba miluo,
credula nec ravos timeant armenta leones
 ametque salsa levis hircus aequora.

何かが役に立つとすれば,あなた方が皆で,あるいは優れた一部の人が,(15)
 災いなす業に与しないように,試みるか*1
これよりもよい考えは何もない.ちょうど,ポーカエアの国*2が,
 呪いをかけてからその地を逃げ,
田畑や父祖伝来の祠や寺社を
 猪や貪欲な狼に住まわすべく残していったように,(20)
足が向くところ,南東風や南西風が海を越えて
 呼ぶところに行く事よりも,よい考えは.
これに同意するか?それとも誰かもっと良いことを説得できるか?
 吉兆とともに,船に乗る事をなぜ我々は躊躇するのか?
だが,我々はこれを誓おう.海の深みから岩が浮かび上がって(25)
 泳ぐと同時に,帰ることが許されざることでなくなるように,
そして,パドゥス河*3がマティーナの山頂*4を洗う時に,(28)*
 あるいは,聳えるアルプスが海になだれ落ち,
驚くべき愛が,新規な情欲によって結ばれ,(30)*
 新しい獣を生む時,例えば虎が鹿のもとに行きたがり,
鳩が鳶と不義を行い,
 素朴な家畜が黄土色のライオンも恐れず,
軽やかな山羊が海の水を愛する時に,(34)*
 帆を家に向けて翻すことをいとわないように.*5(27)*


*1 難解.Mankinによる解釈をとる.
*2 小アジアのイオニアの町で,ペルシアに占領された時(前540),降伏せずに,コルシカへと移住する.
*3 現ポー河.
*4 不詳.
*5 25行からここまでは,いわゆるadynaton(ある事柄が不可能であることを示すためにあげられる,起こり得ない現象)が列挙されている.


ホラーティウス『イアムボス集』16歌35-48行

haec et quae poterunt reditus abscindere dulcis 35
 eamus omnis exsecrata civitas,
aut pars indocili melior grege. mollis et exspes
 inominata perpremat cubilia:
vos, quibus est virtus, muliebrem tollite luctum,
 Etrusca praeter et volate litora.       40
nos manet Oceanus circumvagus: arva beata,
 petamus arva, divites et insulas,
reddit ubi Cererem tellus inaurata quotannis
 et imputata floret usque vinea,
germinat et numquam fallentis termes olivae  45
 suamque pulla ficus ornat arborem,
mella cava manant ex ilice, montibus altis
 levis crepitante lympha desilit pede.

これらと,そして,愛おしい帰路を断ち切ることができる呪いをかけて,(35)
 我々全共同体は,出発しよう,
そうでなければ,無知な群衆よりも良識のある一部の人々が.軟弱で望みもない者は
 呪われた床に臥し続けるがよい.
勇気のあるお前たちは,女々しい悲しみを捨て,
 そしてエトルリアの岸辺を通って行くがよい.(40)
我々を待っているのは,渦巻きながれる大海.至福の地を,
 我々は至福の地を求めよう,そして豊かな島々を.
そこでは,大地は毎年耕される事なく作物を産み,
 そして剪定されることなく葡萄の木は常に育ち,
オリーブの枝は,決して期待を裏切らずに芽生え,(45)
 くすんだ色の無花果はその樹を飾る.
オークの洞からは蜜が溢れ,高い山からは
 水が軽やかに足音をたてつつ流れ落ちる.


ホラーティウス『イアムボス集」16歌49-66行(完結)

illic iniussae veniunt ad mulctra capellae
 refertque tenta grex amicus ubera,
nec vespertinus circumgemit ursus ovile,    50
 neque intumescit alta viperis humus.
nulla nocent pecori contagia, nullius astri    61
 gregem aestuosa torret impotentia.      62
plura felices mirabimur: ut neque largis     53
 aquosus Eurus arva radat imbribus
pinguia nec siccis urantur semina glaebis,    55
 utrumque rege temperante caelitum.
non huc Argoo contendit remige pinus,
 neque impudica Colchis intulit pedem;
non huc Sidonii torserunt cornua nautae
 laboriosa nec cohors Ulixei.         60
Iuppiter illa piae secrevit litora genti,      63
 ut inquinavit aere tempus aureum.
aere dehinc ferro duravit saecula; quorum   65
 piis secunda vate me datur fuga.

61-62 post 52 transp. Heynemann: post 56 Bentley

ここでは命ぜられずに,山羊は搾乳桶のところへ来,
 牛の群は豊かな乳房を喜んで持って来る.
夜にも熊が羊小屋の周りで唸る事もなく,(50)
 大地も地中深く蛇を孕んで膨らむこともない.
いかなる疫病も家畜を害する事なく,いかなる天体も(61)
 夏の熱気で群を枯渇させることもない.(62)
我々は幸せに,より豊かな物を賛嘆するだろう.いかに,湿気った(53)
 南東風も,膨大な雨で畑を削ることもなく,
また,豊かな種が,乾いた大地で焼かれることもないかを.(55)
 それは天の支配者が両方の気候を調節しているからだ.
ここへは,アルゴー船も櫂で目指して来ることもなく,
 またふしだらなコルキスの女*1も,足を踏み入れはしない.
ここへは,カルタゴの水夫も,
 ウリクセースの苦難を耐えた一隊も,マストを向けることはない.(60)
ユッピテルはかの岸を,忠義に厚い民に取ってあったのだ,(63)
 黄金の時代を彼が銅で色あせさせ,
銅のあと,鉄で,時代を固くした時に.忠義に厚い人々には(65)
 私を予言者として,これらの時代から幸運に逃れることが許されている.


*1 メーデイアのこと.


ホラーティウス『イアムボス集」17歌1-18行

Iam iam efficaci do manus scientiae,
supplex et oro regna per Proserpinae,
per et Dianae non loquenda nomina,
per atque libros carminum valentium
refixa caelo devocare sidera,        5
Canidia, parce vocibus tandem sacris
citumque retro solve, solve turbinem.
movit nepotem Telephus Nereium,
in quem superbus ordinarat agmina
Mysorum et in quem tela acuta torserat.  10
luxere matres Iliae addictum feris
alitibus atque canibus homicidam Hectorem,
postquam relictis moenibus rex procidit,
heu, pervicacis ad pedes Achillei.
saetosa duris exuere pellibus        15
laboriosi remiges Ulixei
volente Circa membra; tunc mens et sonus
relapsus atque notus in vultus honor.

11 unxere a R Ψ V : luxere cett.

もう,もう僕は力強い知識へと僕の手を引き渡している.
そして,プロセルピナ*1の女王にかけて,
そして,ディアーナ*2の口にすべきではない名前にかけて,
そして,空に張り付いている星を呼び降ろす
力のある歌の本にかけて,僕は跪いて乞い願う,(5)
カニーディアよ,もう秘密の呪文を止してくれ,
回らせている円盤*3を逆向きに解いてくれ.
テーレプスはネーレウスの孫の心を動かしたのだ*4
その男に,彼は傲慢にもミューシアの兵列を組み,
そしてその男に鋭い矛先を投げつけたのであったが.(10)
イーリオンの母たちは,猛禽や
野犬にさらされた殺戮者ヘクトルに香油を塗った,
*5が城壁を離れて,
ああ,退く事知らぬアキッレウスの足下にひれ伏した後に.
逞しい皮膚から,毛むくじゃらの皮を(15)
苦難多きウリクセースの漕ぎ手らは
キルケーの許しを得て脱ぐ事ができた.その時,心も声も,
戻り,さらに顔には以前認められた気高さも戻った.


*1 穀物の女神ケレースの娘で,冥界の王プルートーの妻.冥界の女王.
*2 ギリシア神話のアルテミスと同一視される,狩りと月の女神.セレーネー,ヘカテーと,三つの姿を取り,冥界や魔術とのつながりをもつ.
*3 rhombusなどと呼ばれる,魔法の際に使われる円盤.両側中心に紐がついており,それを使って回転させながら,呪文などを唱える.
*4 ミュシアの王テーレプスはアキッレウスの槍に傷つき,後にその槍の錆で癒されることになる.
*5 トロヤ王プリアモスは,息子ヘクトルの遺体を引き取りにアキッレウスの下へ訪れる.


ホラーティウス『イアムボス集」17歌19-36行

dedi satis superque poenarum tibi,
amata nautis multum et institoribus:    20
fugit iuventas et verecundus color,
relinquor ossa pelle amicta lurida,
tuis capillus albus est odoribus.
nullum a labore me reclinat otium;
urget diem nox et dies noctem neque est  25
levare tenta spiritu praecordia.
ergo negatum vincor ut credam miser,
Sabella pectus et cremare carmina
caputque Marsa dissilire nenia.
quid amplius vis? o mare et terra, ardeo  30
quantum neque atro delibutus Hercules
Nessi cruore nec Sicana fervida
virens in Aetna flamma: tu, donec cinis
iniuriosis aridus ventis ferar,
calet venenis officina Colchicis?      35
quae finis aut quod me manet stipendium?

僕は十分たっぷりと罰を君に償った,
水夫や行商人に沢山愛された君よ.(20)
若さと慎み深い気色は逃げさって
僕は土気色の皮をまとった骨になって残っている*1
君の香りのおかげで髪の毛は真っ白だ.
いかなる休息も,僕を労苦から休ませてはくれない.
夜は昼を押しのけ,昼は夜を押しのける,そして,(25)
休息で張った胸を休める事も許されない.
それだから,僕は打ち負かされて,人があり得ないという事を信じているのだ,
すなわち,サベッリー人*2の歌が胸を焦がし,
マルシー人の魔法の歌で頭が割れるという事を.
何を君はこれ以上求めるのか.おお,海と大地よ,僕は燃え上がっている,(30)
ネッススの黒い血を塗られたヘルクレース*3も,
シチリアの燃えたぎるアエトナ火山の
青く燃え上がる炎もそこまでは燃え上がらないほどに.だが君よ,僕が
乾いた灰になって,わがままな風によって飛ばされてしまうほどに,
君は熱を上げているのか,コルキス*4の毒薬工場よ.(35)
どんな運命が,あるいはどんな取り立てが僕を待っているのか.


*1 恋愛詩では,恋に冒された者はやせ細り,不健康な状態になる.
*2 中部イタリアの民族.続くマルシー人も含む.
*3 ヘルクレースは,河を渡る際に,渡し手のネッスス(ケンタウロス)が,妻デーイアネイラを犯そうとしたため,これを殺したが,その際に,デーイアネイラに,ヘルクレースの愛情を取り戻す妙薬として彼自身の血を与える.ヘルクレースの浮気を疑ったデーイアネイラは,その血を使ったため,ヘルクレースは火に焼かれ苦しむ.
*4 メーデイアの出身地で,魔法で有名な場所.


ホラーティウス『イアムボス集」17歌37-52行

effare: iussas cum fide poenas luam,
paratus expiare, seu poposceris
centum iuvencis, sive mendaci lyra
voles sonari: 'tu pudica, tu proba     40
perambulabis astra sidus aureum.'
infamis Helenae Castor offensus vice
fraterque magni Castoris victi prece
adempta vati reddidere lumina:
et tu, potes nam, solve me dementia,   45
o nec paternis obsoleta sordibus,
neque in sepulcris pauperum prudens anus
novendialis dissipare pulveres.
tibi hospitale pectus et purae manus
tuusque venter Pactumeius et tuo    50
cruore rubros obstetrix pannos lavit,
utcumque fortis exsilis puerpera.

vice ] vicem R (B)

言ってくれ,君が命じる罰を僕は忠実に償おう,
償う準備は出来ている,たとえ君が
百頭の若牛を要求しても,たとえ嘘をついてリュラで
歌わせたいとしても.「君は慎み深く,君は公正で,(40)
星空を,黄金の星となって歩むであろう」と.
ヘレネーの不名誉の誹りの定めに怒ったカストルと
偉大なカストルの兄はその兄弟も,嘆願に負けて
詩人に奪ったその光を返したのだ*1
君もまた,それが出来るのだから,僕を狂気から解放してくれ,(45)
おお,父親譲りの汚れにまみれていない君よ,
そして,貧民の墓場で九日の後に灰を撒く*2ことを
よくする老婆ではない君よ.
君の心は人当たり親切で,そして手は純潔で,
君の子はパクトゥメイウス族のもの*3で,そして君の(50)
血でもって赤くなった取り布を助産婦は洗ったのだ,
君が子供を生んでからぴんぴんして飛び起きあがるたびにね*4


*1 ステシコロスは,ヘレネーの歌を歌った際,その不名誉をも歌ったため,ヘレネーの兄弟であるカストルとポッルークスに,視力を奪われたが,その名誉回復の歌を歌って回復したと伝えられる.
*2 ローマ人は火葬の後,9日目に灰を埋葬したらしい.貧民の墓は監視はなく,この部分ではカニーディアが魔術に関するいかがわしい行為をしている事への言及がされているようである.
*3 パクトゥメイウス族については不詳.
*4 彼女の子供は本当の子ではないということ.普通は出産の後には体力は消耗されている(と思います).第5歌などを参照.


ホラーティウス『イアムボス集」17歌53-64行

(Canidia)
'Quid obseratis auribus fundis preces?
non saxa nudis surdiora navitis
Neptunus albo tundit hibernus salo.   55
inultus ut tu riseris Cotytia
vulgata, sacrum liberi Cupidinis,
et Esquilini pontifex venefici
impune ut urbem nomine impleris meo?
quid proderat ditasse Paellignas anus  60
velociusve miscuisse toxicum?
sed tardiora fata te votis manent.
ingrata misero vita ducenda est in hoc,
novis ut usque suppetas laboribus.

60 proderat ] proderit C Ψ Pl : ris R

(カニーディア)
「どうしてお前は閂をかけた耳に祈りを注ぐのか?
冬の海が白い海水で打つ
岩も,裸の水夫らに私よりも耳を閉ざしてはいない.
お前は罰されなければコトューティアの広く知られている祭り*1
馬鹿にするのじゃないか,自由気ままなクピードーの聖儀を,
そして,お前は毒にまみれたエスクィリアエ*2の大将気取りで
罰されることなく町を私の名前で満たすんじゃないのか.
パエリグニー人*3の老婆を金持ちにすることが,
あるいは,もっと速く効く毒薬を調合する事が,何の役に立ったのか.
だが,願掛けよりも遅く現れる宿命がお前を待ち受けている,
哀れなお前は,嫌な人生を送らねばならぬ,
お前がいつも新しい労苦の餌食になるようにな.


*1 トラキアの愛の神コトュートーの為の祭り.詳しくはWatson参照.ここでは単にカニーディアが執り行った愛の魔術を指しているだけであろう.
*2 ローマの丘の一つ.墓場としても使われ,魔術との関連もそのため深い.これについては,以下の図書の記述が参考になる.

K.ホプキンス著 高木正朗・永都軍三訳『古代ローマ人と死』京都:晃洋書房,1996.pp.75-8.

ちなみにこの場所は,アウグストゥス帝政化,マエケーナースによって公園(!)にされる.
*3 サベッリー人の一部族.魔術とのつながりは証明されていないが,そのようなイメージがもたれていたのかもしれない(cf.Mankin ad loc.).


ホラーティウス『イアムボス集」17歌65-81行(17歌完結)

optat quietem Pelopis infidi pater   65
egens benignae Tantalus semper dapis,
optat Prometheus obligatus aliti,
optat supremo collocare Sisyphus
in monte saxum; sed vetant leges Iovis.
voles modo altis desilire turribus,   70
modo ense pectus Norico recludere,
frustraque vincla gutturi nectes tuo
fastidiosa tristis aegrimonia.
vectabor umeris tunc ego inimicis eques
meaeque turba cedet insolentiae.   75
an, quae movere cereas imagines,
ut ipse nosti curiosus, et polo
deripere lunam vocibus possim meis,
possim crematos excitare mortuos
desiderique temperare pocula,     80
plorem artis in te nil agentis exitus?'

不実のペロプス*1の父,タンタロスは休息を求めている.
彼は永遠に豪華な宴を得られずにいるのだが.
縛られて鳥にさらされているプロメーテウスは休息を求めている,
シーシュポスは山の頂上に岩を置く事を
求めている.しかし,ユッピテルの法はそれを禁じている.
時にお前は高い塔から飛び降りる事を望むだろう,
時にお前はノーリクム*2の槍で胸を突くことを,
そして,無駄にお前の首に縄を巻くだろう,
嫌というほどの苦しみに苛まれて.
その時私は,敵の肩に馬乗りになって運ばれるだろう,
そして,私の不遜な態度に群衆は屈服するだろう.
それとも,蝋の人形を意のままにし,
お前自身も知りたがっているように,天から
私の呪文で月を取り除くことができ,
火葬された死者を呼び起こすことができ,
恋の妙薬を調合することができるこの私が,
お前に私の業が何の効き目もないという結果を泣く事になりえようか.」


*1 ペロプスは,ヒッポダミーアを得る為に助力したミュルティオスを殺している.そのため,不実と言われている.
*2 現オーストリア.鉄の産地で有名.



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