オウィディウス『恋愛指南』一
P. OVIDI NASONIS LIBER PRIMVS ARTIS AMATORIAE

ツイート



Siquis in hoc artem populo non novit amandi,
 Hoc legat et lecto carmine doctus amet.

誰にもせよこの民のうちで愛する術を知らぬ者あらば、これを読むがよい。して、この歌を読み、愛する知恵を心得て愛するがよかろう。

Arte citae veloque rates remoque moventur,
 Arte leves currus: arte regendus amor.

技術によって帆と櫂を操ってこそ船は海面を速やかに渡るのであり、技術によって戦車も軽やかに走るのである。技術によって愛もまた支配されねばならない。

Curribus Automedon lentisque erat aptus habenis,   5
 Tiphys in Haemonia puppe magister erat:

アウトメドン(アキレウスの御者)は戦車と柔軟な手綱を操るのに巧みであった。 ティフスはハエモニア(トラキア、アルゴ号)の舵取りであった 。

Me Venus artificem tenero praefecit Amori;
 Tiphys et Automedon dicar Amoris ego.

ウェヌス(ビーナス)がこの私を年若いアモル(キューピッド)の師匠に任じてくださったのである。 私はアモルのティフスでありアウトメドンだと言われるであろう。

Ille quidem ferus est et qui mihi saepe repugnet:
 Sed puer est, aetas mollis et apta regi.   10

確かにこの子は乱暴者でしばしば私に逆らったりする。だが所詮は子供でしつけやすく指南を受けるのに適している。

Phillyrides puerum cithara perfecit Achillem,
 Atque animos placida contudit arte feros.

ピリュラの子(ケイロン)は竪琴の音で少年時代のアキレウスを教育し、穏やかなこの技術によってその猛々しい心をなだめたものだ。

Qui totiens socios, totiens exterruit hostes,
 Creditur annosum pertimuisse senem.

幾度となく味方を、また幾度となく敵を震え上がらせたこの者が、かの齢を重ねた老人(ケイロン)をひどく恐れていたものと信じられているのである。

Quas Hector sensurus erat, poscente magistro   15
 Verberibus iussas praebuit ille manus.

ヘクトールが身をもってその強さを感じることになるあの両手を、師匠がそうしろといえば、命じられるがままに差し出して、鞭を受けたのだ。

Aeacidae Chiron, ego sum praeceptor Amoris:
 Saevus uterque puer, natus uterque dea.

アイアコスの孫(アキレウス)の師匠はケイロンだったが、この私はアモルの師匠なのである。両人とも猛々しい子供で、共に女神の子であった。

Sed tamen et tauri cervix oneratur aratro,
 Frenaque magnanimi dente teruntur equi;   20

だが牡牛にしてもその首に犁(すき)を負うのであり、悍馬でさえも轡(くつわ)を噛まされるのだ。

Et mihi cedet Amor, quamvis mea vulneret arcu
 Pectora, iactatas excutiatque faces.

さればアモルも私の意に従うのだ。弓矢で私の胸を傷つけ、松明を振り回して暴れるにしてもである。

Quo me fixit Amor, quo me violentius ussit,
 Hoc melior facti vulneris ultor ero:

アモルが私の胸を貫き、手ひどく傷を負わせれば負わせるほど、私も被った手傷に対する報復を行うつもりである。

Non ego, Phoebe, datas a te mihi mentiar artes,   25
 Nec nos aeriae voce monemur avis,

ポイボス(アポロン)よ、私を御身(おんみ)から技法を授かったなどと白々しい嘘をついたりはしないし、空飛ぶ鳥の鳴き声で啓示を受けたわけでもなく

Nec mihi sunt visae Clio Cliusque sorores
 Servanti pecudes vallibus, Ascra, tuis:

アスクラよ、あなたの谷間で羊の番をしていて、クレイオ(ムーサの一人)と、クレイオの姉妹たちの姿を目にしたのでもない。

Usus opus movet hoc: vati parete perito;
 Vera canam: coeptis, mater Amoris, ades!   30

経験がこれを書かしめるのである。されば経験豊かな詩人の言葉に耳傾けるが良い。真実をこそ歌おう。さればアモルの母なる女神(ウェヌス)よ、神助を給えかし。

Este procul, vittae tenues, insigne pudoris,
 Quaeque tegis medios, instita longa, pedes.

貞淑のしるしなる細紐よ、わが歌う所からさあ退くがいい。足の半ばまで覆い隠している長い衣装もだ。

Nos venerem tutam concessaque furta canemus,
 Inque meo nullum carmine crimen erit.

これから歌うのは法に触れず、ゆるされた範囲内での秘め事である。わが歌には罪を問われるべきところは露ほどもないのだ。

Principio, quod amare velis, reperire labora,   35
 Qui nova nunc primum miles in arma venis.

愛の戦場に兵士として初めて打って出ようとする者は、まず第一に愛する対象となる相手を探すべく努めることだ。

Proximus huic labor est placitam exorare puellam:
 Tertius, ut longo tempore duret amor.

次いで、心を砕くべきは、これぞと思う女性を口説き落とすことである。三番目には、その愛が長く続くよう努めること。

Hic modus, haec nostro signabitur area curru:
 Haec erit admissa meta terenda rota.   40

これが私が儲けた限界点である。私が駆る戦車もここに沿って轍(わだち)を刻むことになろう。 これこそが全速力で突っ走る私の戦車が突進する標柱である。

Dum licet, et loris passim potes ire solutis,
 Elige cui dicas 'tu mihi sola places.'

まだ自由がきくうちに、手綱も解かれていて、どこへなりとも気ままに行けるうちに、「僕の好きなのは君だけなんだ」と言える女性を選びたまえ。

Haec tibi non tenues veniet delapsa per auras:
 Quaerenda est oculis apta puella tuis.

そういうような女性はこまやかな空気を抜けて君のもとへ天下ってくることはない。 君自身が目を凝らして君にふさわしい女性を探し求めねばならない。

Scit bene venator, cervis ubi retia tendat,   45
 Scit bene, qua frendens valle moretur aper;

鹿をとらえるにはどこへ網を張るべきか狩人はよく心得ている。牙をむく猪が谷のどのあたりをうろついているかよく心得ている。

Aucupibus noti frutices; qui sustinet hamos,
 Novit quae multo pisce natentur aquae:

鳥刺しは藪の様子をとくと知っている。釣り糸を垂れるも者は川のどのあたりに魚が群れて泳いでいるかを知っている。

Tu quoque, materiam longo qui quaeris amori,
 Ante frequens quo sit disce puella loco.   50

長く続く恋の相手を求めている君もまた、どんな所に女たちが群れ集まるのかをまず知ることだ。

Non ego quaerentem vento dare vela iubebo,
 Nec tibi, ut invenias, longa terenda via est.

相手を探している君に、帆を張ってまで乗り出せなどとは私は言わないし、相手を見つけるのに長い道のりをたどれなどとも言いはしない。

Andromedan Perseus nigris portarit ab Indis,
 Raptaque sit Phrygio Graia puella viro,

ペルセウスは色の黒いインド人たちのもとからアンドロメダを連れ帰ったし、ギリシアの乙女(ヘレネ)はフルギアの男(パリス)に拉致されはしたが、

Tot tibi tamque dabit formosas Roma puellas,   55
 'Haec habet' ut dicas 'quicquid in orbe fuit.'

ローマは君にとびきり美しい女たちをいかほどでも与えてくれるであろうから「この都には世界中のものが何でもあるなあ」と君は口走ってしまうだろう。

Gargara quot segetes, quot habet Methymna racemos,
 Aequore quot pisces, fronde teguntur aves,

ガルガラ(トロアス)の地で取れる穀物ほども、メテュムナ(レスボス島)に実るブドウの房ほども、水に住む魚ほども、木の葉の陰に潜む小鳥ほども、

Quot caelum stellas, tot habet tua Roma puellas:
 Mater in Aeneae constitit urbe sui.   60

夜空に輝く星の数ほどにも、君の住むローマには数多くの女たちがいるのだ。母なる女神(ウェヌス)はわが子アイネアスの都に居を定めたもうた。

Seu caperis primis et adhuc crescentibus annis,
 Ante oculos veniet vera puella tuos:

君がまだ育ち盛りの初々しい少女に心を奪われるなら、まごうことなき乙女が君の目の前に姿を現すだろう。

Sive cupis iuvenem, iuvenes tibi mille placebunt.
 Cogeris voti nescius esse tui:

若い娘が欲しいと言うなら、千人もの娘が君のお眼鏡に叶うだろう。 その挙句どの娘を選ぶべきか分からなくなってしまうだろう。

Seu te forte iuvat sera et sapientior aetas,   65
 Hoc quoque, crede mihi, plenius agmen erit.

それともひょっとして年増で床上手の手頃の女がお好みとあらば、私の言を信じてもらいたいが、さような女たちもまたもっと多く群なしていることだろう。

Tu modo Pompeia lentus spatiare sub umbra,
 Cum sol Herculei terga leonis adit:

君はポンペイウスの柱廊が影なしているあたりを、ちょっとのんびりとぶらついてみたまえ、ヘラクレスの獅子像の背に陽の差し掛かる頃あいにでも。

Aut ubi muneribus nati sua munera mater
 Addidit, externo marmore dives opus.   70

あるいは息子が寄贈した建物にその母親(オクタヴィア)がさらに寄贈を重ねた、異国の大理石で飾られた壮麗な建物のあたりをだ。

Nec tibi vitetur quae, priscis sparsa tabellis,
 Porticus auctoris Livia nomen habet:

古い時代の絵画があちこちにかけられている、建設者リヴィア(アウグストゥスの妃)の名を冠した柱廊も避けたりはせぬように。

Quaque parare necem miseris patruelibus ausae
 Belides et stricto stat ferus ense pater.

ベロスの孫娘(ダナオスの五十人の娘)たちが大胆不敵にも哀れな従兄弟たちの殺害を企て、これに怒り狂った父親(ダナオス)が抜き身の剣を手にして立ちはだかっている柱廊もだ。

Nec te praetereat Veneri ploratus Adonis,   75
 Cultaque Iudaeo septima sacra Syro.

ウェヌスに悲嘆の涙を流させたアドニスの祭日も、シリアから渡来したユダヤ人たちの聖なる週の七日目のことも忘れてはならない。

Nec fuge linigerae Memphitica templa iuvencae:
 Multas illa facit, quod fuit ipsa Iovi.

麻の衣装をまとった牝牛像のあるメンフィスの(イシス)神殿も避けてはならない。かの女神は自分がユピテルに犯されたのと同じことを多くの女たちにさせている。

Et fora conveniunt (quis credere possit?) amori:
 Flammaque in arguto saepe reperta foro:   80

法廷でさえもまた(誰がそんな事を信じられようか)愛にふさわしい場所である。 雄弁が飛び交う法廷でもしばしば愛の炎が燃え上がったものだ。

Subdita qua Veneris facto de marmore templo
 Appias expressis aera pulsat aquis,

ウェヌスを祀った大理石の神殿の下で、ニンフのアッピアス像が噴水を空中に勢いよく放っているところ、

Illo saepe loco capitur consultus Amori,
 Quique aliis cavit, non cavet ipse sibi:

そのあたりで、弁護人がしばしば恋心に捉えられるのである。他人に警戒するように指示していた人間が、自分には指示も下せぬ始末なのだ。

Illo saepe loco desunt sua verba diserto,   85
 Resque novae veniunt, causaque agenda sua est.

そこでは弁の立つ男もしばしば言うべき言葉を失い、新たな事態が起こって、自らの弁護に努めねばならなくなる。

Hunc Venus e templis, quae sunt confinia, ridet:
 Qui modo patronus, nunc cupit esse cliens.

かような男を隣にある神殿の中からウェヌスが笑っておられる。なにせ、つい先頃まで子分のための弁護役だった男が、今度は弁護してもらう子分になりたいというのだから。

Sed tu praecipue curvis venare theatris:
 Haec loca sunt voto fertiliora tuo.   90

だが君は中でも円形劇場を漁(あさ)ってみることだ。この場所なら君が願っていることを一層をたっぷりと叶えてくれよう。

Illic invenies quod ames, quod ludere possis,
 Quodque semel tangas, quodque tenere velis.

ここならば君が愛する相手も、戯れるのにふさわしい相手も、ほんの一度だけちょっかいを出してみる相手も、ずっと自分のものにしておきたい相手も見つけられよう。

Ut redit itque frequens longum formica per agmen,
 Granifero solitum cum vehit ore cibum,

いつもの食料を口にくわえて運んでいる蟻が長い行列を作ってしきりに往来するほどにも、

Aut ut apes saltusque suos et olentia nactae   95
 Pascua per flores et thyma summa volant,

さてはまた、ミツバチが自分たちの好む山間の地や芳香を放つ牧草地をわがものとして、花々の間を縫ったり、ジャコウソウの上をかすめて飛び回ったりしているほどにも、

Sic ruit ad celebres cultissima femina ludos:
 Copia iudicium saepe morata meum est.

雅(みやび)に洗練された女は、人出で賑わう芝居小屋へ押しかけるものだ。その数の多さに、しばしば私もその鑑定に手間取ってしまう。

Spectatum veniunt, veniunt spectentur ut ipsae:
 Ille locus casti damna pudoris habet.   100

女たちは芝居見物にやってくるのだが、自分たちの姿を人に見られるためにもやってくるのだ。かような場所は貞淑で恥じらいを知る女には害をなすものだ。

Primus sollicitos fecisti, Romule, ludos,
 Cum iuvit viduos rapta Sabina viros.

ロムルスよ、芝居を混乱に陥れた最初の人物は貴殿であったな。サビニの女たちが略奪されて、妻を持たぬローマの男たちを喜ばせたあのおりのことであったが。

Tunc neque marmoreo pendebant vela theatro,
 Nec fuerant liquido pulpita rubra croco;

その頃にはまだ大理石造りの劇場に帆布の覆いもかかっておらず、舞台がサフランの水で赤く染まるようなこともなかった。

Illic quas tulerant nemorosa Palatia, frondes   105
 Simpliciter positae, scena sine arte fuit;

芝居小屋は森で覆われたパラティヌスの丘の木の枝で作られ、舞台は装飾を凝らすこともなく簡素にしつらえられていた。

In gradibus sedit populus de caespite factis,
 Qualibet hirsutas fronde tegente comas.

見物の人々は芝生の階段に腰を下ろし、ボサボサの髪にありあわせの木の葉を日よけに頭に乗せていたものだ。

Respiciunt, oculisque notant sibi quisque puellam
 Quam velit, et tacito pectore multa movent.   110

ローマの男たちはあたりを見回し、誰もが目を凝らして、ものにしたいと思う女に目星をつけ、口には出さぬものの胸中あれこれと思いを巡らせたのである。

Dumque, rudem praebente modum tibicine Tusco,
 Ludius aequatam ter pede pulsat humum,

さてトゥスキ人の笛が奏でる粗野な音に合わせて、役者が平らにならされた土を三度にわたって踏み鳴らす、

In medio plausu (plausus tunc arte carebant)
 Rex populo praedae signa petita dedit.

拍手喝采がなされているさなかに-その頃は拍手喝采の仕方も技巧を凝らしたものではなかったが-王はその民に獲物を捕らえにかかれとの合図をしたのであった。

Protinus exiliunt, animum clamore fatentes,   115
 Virginibus cupidas iniciuntque manus.

すると彼らはどっと飛び出し、喚声をあげて心の内を表し、欲望に燃える手を乙女たちの上に伸ばした。

Ut fugiunt aquilas, timidissima turba, columbae,
 Ut fugit invisos agna novella lupos:

ひどく臆病な鳩の群れが鷲から逃げるように、幼い子羊が狼の姿を見て逃げるように、

Sic illae timuere viros sine more ruentes;
 Constitit in nulla qui fuit ante color.   120

乙女たちは男どもを恐れ、算を乱して逃げ惑った。どの乙女の顔にも、先ほどまでのような生気は宿っていなかった。

Nam timor unus erat, facies non una timoris:
 Pars laniat crines, pars sine mente sedet;

みんなを襲った恐怖は一様だったが、恐怖の表情は一様ではなかった。髪をかきむしっている者もいれば、茫然としてへたり込んでいる者もいた。

Altera maesta silet, frustra vocat altera matrem:
 Haec queritur, stupet haec; haec manet, illa fugit;

ある者は悲しみに暮れて黙り込み、あるものは虚しく母を呼んでいた。嘆き声をあげている者もいれば、茫然として我を忘れている者もあり、その場に残る者も、逃げ出す者もあった。

Ducuntur raptae, genialis praeda, puellae,   125
 Et potuit multas ipse decere timor.

結婚の臥所へといざなうべく、娘たちはさらわれたのであった。そして恐怖に駆られていたことで、多くの娘たちはより美しく見えたほどだった。

Siqua repugnarat nimium comitemque negabat,
 Sublatam cupido vir tulit ipse sinu,

あまりにも烈しく抗って、男に随っていくことを拒む娘がいれば、男は欲望に燃える胸にその娘を抱き上げ、

Atque ita 'quid teneros lacrimis corrumpis ocellos?
 Quod matri pater est, hoc tibi' dixit 'ero.'   130

こう声をかけて「なぜそのかわいい目を涙で台無しにするんだね。お前の父さんがお前の母さんにとってそうだったのと同じ関係に、俺とお前はなるんだよ」と言ったものだ。

Romule, militibus scisti dare commoda solus:
 Haec mihi si dederis commoda, miles ero.

ロムルスよ、兵士たちにかような恩賞を与える術を心得ていたのは貴殿ひとりあるのみだ。貴殿がかような恩賞を与えてくれるならば私も兵士になろう。

Scilicet ex illo sollemnia more theatra
 Nunc quoque formosis insidiosa manent.

いかにも、かくの如き古来の伝統による風習によって、美しい女たちにとって今日なお劇場は相変わらず罠に陥りやすい場所なのである。

Nec te nobilium fugiat certamen equorum;   135
 Multa capax populi commoda Circus habet.

優れた血統の馬が足の速さを競うおりをも逃してはならない。多くの人々を収容する競技場は、数々の便宜を提供してくれるものだ。

Nil opus est digitis, per quos arcana loquaris,
 Nec tibi per nutus accipienda nota est:

ここでは秘密の言葉を語る指を使う必要はないし、うなずき返して合図を受け止める必要もない。

Proximus a domina, nullo prohibente, sedeto,
 Iunge tuum lateri qua potes usque latus;   140

誰も邪魔立てする者はいないのだから、気に入った女性の隣に座りたまえ。その女の脇腹にできるだけ君の脇腹をくっつけるのだ。

Et bene, quod cogit, si nolis, linea iungi,
 Quod tibi tangenda est lege puella loci.

座席の列の関係で否応なしに寄り添う仕儀となるのはこれは都合が良い。場所の習いで女性の体に触らざるを得ないこともだ。

Hic tibi quaeratur socii sermonis origo,
 Et moveant primos publica verba sonos.

さてそこで彼女と近づきになる話の糸口を探るのだ。最初はまずはありふれた言葉を発するのがよかろう。

Cuius equi veniant, facito, studiose, requiras:   145
 Nec mora, quisquis erit, cui favet illa, fave.

入ってくるのは誰の馬か、よろしいかね、熱心に聞くことだ。時を移さず、彼女が声援を送っているのはどれだろうと、それに声援を送りたまえ。

At cum pompa frequens caelestibus ibit eburnis,
 Tu Veneri dominae plaude favente manu;

そして象牙で作られた神々の像が行列をなして入ってきたら、君の女主(おんなあるじ)たるウェヌスに喝采を送るのだ。

Utque fit, in gremium pulvis si forte puellae
 Deciderit, digitis excutiendus erit:   150

よくあることだが、お目当ての女性の膝に塵が落ちかかるようなことがあったら、指で払いとってやらねばならぬ。

Etsi nullus erit pulvis, tamen excute nullum:
 Quaelibet officio causa sit apta tuo.

たとえもし塵など全然が落ちかかってこなくとも、やはりありもせぬ塵を払いとってやりたまえ。なんでもいいから、君が彼女に尽くしてやるのに都合のいい口実を探すのだ。

Pallia si terra nimium demissa iacebunt,
 Collige, et inmunda sedulus effer humo;

もし外套が長すぎて地面に垂れかかっていたら、その端をつまんで、汚い地面からいそいそとかき揚げてやりたまえ、

Protinus, officii pretium, patiente puella   155
 Contingent oculis crura videnda tuis.

すると直ちに君の奉仕の代償として、女性も仕方なく許すがままに、彼女の脚が君の目に入る仕儀となる。

Respice praeterea, post vos quicumque sedebit,
 Ne premat opposito mollia terga genu.

それからあたりをぐるりと見回し、誰にもせよ君たちの後ろに座っている奴が、彼女の柔らかい背中に膝を押しつけたりせぬように気を配ることだ。

Parva leves capiunt animos: fuit utile multis
 Pulvinum facili composuisse manu.   160

ほんの些細なことが女の浮気心を捕らえるものなので、気軽に手を動かして敷物を直してやったことが功を奏したことは多くの男たちの経験したところだ。

Profuit et tenui ventos movisse tabella,
 Et cava sub tenerum scamna dedisse pedem.

板などを手にそっと扇いでやるのも、華奢な足の下に中の虚ろな足台をおいてやるのも役に立つ。

Hos aditus Circusque novo praebebit amori,
 Sparsaque sollicito tristis harena foro.

競技場も、観客たちが沸き立つ中で砂場が凄惨な血に染まるフォールムも、新たな愛が芽生えるこんな糸口を与えてくれるのだ。

Illa saepe puer Veneris pugnavit harena,   165
 Et qui spectavit vulnera, vulnus habet.

あの闘技場ではしばしばウェヌスの息子アモルが戦ったのだ。剣闘士が負う傷を見物していた者が、傷を負うのである。

Dum loquitur tangitque manum poscitque libellum
 Et quaerit posito pignore, vincat uter,

話をしたり、ふと手に触れたり、出し物のプログラムを借り受けたりし、賭けをしてどちらが勝つかなどと聞いているうちに、

Saucius ingemuit telumque volatile sensit,
 Et pars spectati muneris ipse fuit.   170

胸に深手を負ってうめき声を発し、アモルの矢を射込まれたのを感じて、自分自身が見物していた闘技中の一員となってしまうという次第である。

Quid, modo cum belli navalis imagine Caesar
 Persidas induxit Cecropiasque rates?

つい最近のこと、カエサルが模擬海戦でその模様を再現して、ペルシャ軍とケクロプスの末裔アテナイ人との軍船を我々に見せてくれたが、あのおりはまあどうだ。

Nempe ab utroque mari iuvenes, ab utroque puellae
 Venere, atque ingens orbis in Urbe fuit.

あちこちの海から若者たちが、また若い娘たちがやってきて、広大な全世界がローマ一都の中に収まったかの観があった。

Quis non invenit turba, quod amaret, in illa?   175
 Eheu, quam multos advena torsit amor!

これほどの人々が群れ集まった中で、愛する相手を見つけられぬ者があったろうか。ああ、どれほどの男たちが異国の女性との恋に身を焦がしたことだろう。

Ecce, parat Caesar domito quod defuit orbi
 Addere: nunc, oriens ultime, noster eris.

見よ、カエサルは、まだ世界の征服し残した部分をも、さらに領土に加えようと準備をしているところだ。オリエントの果てなる世界よ、汝も我々のものとなるだろう。

Parthe, dabis poenas: Crassi gaudete sepulti,
 Signaque barbaricas non bene passa manus.   180

パルティアは罰を受けることになろう。墳墓に眠るクラッスス父子よ、喜びたまえ。不運にも蛮族の手に落ちた軍の標章よ、喜ぶがいい 。

Ultor adest, primisque ducem profitetur in annis,
 Bellaque non puero tractat agenda puer.

仇を討つ者がやってきたのだ。若者の身にして既に将たるにふさわしい資質を表し、若い身空には似合わぬほどのいくさぶりを見せている。

Parcite natales timidi numerare deorum:
 Caesaribus virtus contigit ante diem.

気の小さい者どもよ、神々(のような人間)の年齢を数えるような真似は止めておけ。カエサルの一門には武人の徳はその年齢よりも早くから備わっているのだ。

Ingenium caeleste suis velocius annis   185
 Surgit, et ignavae fert male damna morae.

天から賦与された才が、その年齢よりも早く発揮され、無為のうちにグズグズと時を過ごすような損失に甘んじはしないのである。

Parvus erat, manibusque duos Tirynthius angues
 Pressit, et in cunis iam Iove dignus erat.

ティリンス生まれの者(ヘラクレス)がその手で二匹の蛇を握りつぶしたのは幼い時のことだったのだ。ゆりかごの中にいた時から既にゼウスの子にふさわしい身であった。

Nunc quoque qui puer es, quantus tum, Bacche, fuisti,
 Cum timuit thyrsos India victa tuos?   190

今もなお若いが、バッカスよ、インドが征服されて御身(おんみ)の神杖の前に震え上がったのは、おいくつの時だったかな。

Auspiciis annisque patris, puer, arma movebis,
 Et vinces annis auspiciisque patris:

青年ガイウス・カエサルよ、父君譲りの権威と勇気をもって、御身は軍を動かすであろう。父君譲りの勇気と権威をもって勝利をおさめるだろう。

Tale rudimentum tanto sub nomine debes,
 Nunc iuvenum princeps, deinde future senum;

かかる偉大な名を背負っているからには赫々たる初陣の功を立てねばならぬ。今は青年たちの長であるが、やがて老年者の長たるべき御身である。

Cum tibi sint fratres, fratres ulciscere laesos:   195
 Cumque pater tibi sit, iura tuere patris.

御身には兄弟がいるのだから、傷つけられた兄弟の仇を討ってくれ。御身(おんみ)には父君がいるのだから父君の権利を守ってくれたまえ。

Induit arma tibi genitor patriaeque tuusque:
 Hostis ab invito regna parente rapit;

祖国の父たる御身の父君は御身に武器を携えしめた。敵は父の意に背いて、その王国を奪ったのだ。

Tu pia tela feres, sceleratas ille sagittas:
 Stabit pro signis iusque piumque tuis.   200

御身が携えるのは孝心の武具だが、彼の者が携えるのは非道の矢なのだ。御身の軍の標章の先頭には、正義と経験とが立って進むだろう。

Vincuntur causa Parthi: vincantur et armis;
 Eoas Latio dux meus addat opes.

戦いの大義において既にパルティア人は敗れているのだから、干戈を交えても敗北せしめるが良い。わが統領はラティウムの地に東方の富を加えねばならぬ。

Marsque pater Caesarque pater, date numen eunti:
 Nam deus e vobis alter es, alter eris.

父なるマルスよ、父なるカエサルよ、出陣に臨むかの人に神助を垂れたまえかし。御身らのうち一人は神であり、もう一人はいずれ神となるのだから。

Auguror, en, vinces; votivaque carmina reddam,   205
 Et magno nobis ore sonandus eris.

良いかな、私は予言するが、御身は勝利をおさめるであろう。して、私は戦勝祈願の詩を奉献するだろう。して、私は声を大にして御身をたたえることになろう。

Consistes, aciemque meis hortabere verbis;
 O desint animis ne mea verba tuis!

御身はしっかりと足を踏まえて、私の言葉で軍勢を鼓舞してもらいたい。私の言葉が御身の勇気を語るに足るものであってほしいものだ。

Tergaque Parthorum Romanaque pectora dicam,
 Telaque, ab averso quae iacit hostis equo.   210

私は背を向けて逃げるパルティア人と、胸を張って進むローマ軍を、逃げながら敵が後ろ向きに馬上から放つ矢を歌うだろう。

Qui fugis ut vincas, quid victo, Parthe, relinquis?
 Parthe, malum iam nunc Mars tuus omen habet.

勝とうとして逃げているのに、パルティア人どもよ、敗者になったら何を残そうというのだ。パルティアよ、汝らの戦運はすでに凶と出ているぞよ。

Ergo erit illa dies, qua tu, pulcherrime rerum,
 Quattuor in niveis aureus ibis equis.

されば、万物の中で最も美しき御身ガイウス・カエサルよ、雪のように白い四頭の馬を引く戦車に乗り、金色の衣装をまとって、御身が凱旋する日はやってくるだろう。

Ibunt ante duces onerati colla catenis,   215
 Ne possint tuti, qua prius, esse fuga.

首に重い鎖を巻きつけられて、敵将どもが、その前を歩むだろう。もはや以前のように、逃げおおせて身の安泰を図ることも出来ぬ身となって。

Spectabunt laeti iuvenes mixtaeque puellae,
 Diffundetque animos omnibus ista dies.

その様を、喜びに沸く若者たちが女の子たちも交えて見物することだろう。その日は全ての人々の心が喜びに溢れるだろう。

Atque aliqua ex illis cum regum nomina quaeret,
 Quae loca, qui montes, quaeve ferantur aquae,   220

その中の誰か女の子が(敗れた敵の)王たちの名を聞くようなことがあれば、運ばれていく像のあれはどこの土地、どこの山、どこの川を表しているのかと聞かれたら、

Omnia responde, nec tantum siqua rogabit;
 Et quae nescieris, ut bene nota refer.

すべてを答えたまえ。それもただ聞かれたことだけにではなくだ。 たとえ知らないことがあったとしてもよく知っているかのように説明してやるのだ。

Hic est Euphrates, praecinctus harundine frontem:
 Cui coma dependet caerula, Tigris erit.

そこを行く額に葦を巻きつけたのはユーフラテス川だ、藍色の髪を垂らしているのはティグリス川だろう、

Hos facito Armenios; haec est Danaeia Persis:   225
 Urbs in Achaemeniis vallibus ista fuit.

この連中はアルメニア人だということにしたまえ。こっちはダナエの後裔のペルシア女だ、あれはアカイメニア人に谷間にあった町だ、

Ille vel ille, duces; et erunt quae nomina dicas,
 Si poteris, vere, si minus, apta tamen.

あれとあれは敵の大将だ、君にも言える名があったら言いたまえ。それが出来なかったら、もっともらしい名をあげておくがいい。

Dant etiam positis aditum convivia mensis:
 Est aliquid praeter vina, quod inde petas.   230

食卓の用意が整った宴席もまた愛の口火となるものだ。そこでは酒の他にも君が求めている何かがある。

Saepe illic positi teneris adducta lacertis
 Purpureus Bacchi cornua pressit Amor:

よくあることだが、そこでは赤い顔をしたアモルがしなやかな腕を回して、酒を食らった酒神の角を押さえつけてしまうのだ。

Vinaque cum bibulas sparsere Cupidinis alas,
 Permanet et capto stat gravis ille loco.

酒がクピドの染み込みやすい翼に浴びせられると、クピドはずっとどまっていて、選んだ場所に重い腰を据えているものだ。

Ille quidem pennas velociter excutit udas:   235
 Sed tamen et spargi pectus amore nocet.

だがこの神は湿った翼から雫をさっと振り落とすと、人の胸に恋心をふりかけるという悪さをするのである。

Vina parant animos faciuntque caloribus aptos:
 Cura fugit multo diluiturque mero.

酒は勇気をふるい起こさせ、男どもを情熱に燃え立たせる。生の酒をたんまり食らうと憂いはどこかへ吹き飛び、雲散霧消してしまう。

Tunc veniunt risus, tum pauper cornua sumit,
 Tum dolor et curae rugaque frontis abit.   240

すると笑いがやってきて、貧しい者も大胆になる。すると悲しみも心配事も額のシワも消えてなくなる。

Tunc aperit mentes aevo rarissima nostro
 Simplicitas, artes excutiente deo.

すると、酒神があれこれの策略を払いのけてくれるので、我々の時代にはごく稀にしか見られぬものだが、素朴さが胸襟を開いてくれるのだ。

Illic saepe animos iuvenum rapuere puellae,
 Et Venus in vinis ignis in igne fuit.

かような場では女の子たちがしばしば若者の心を奪ってしまう。酒中のウェヌスは火の中の火となるからだ。

Hic tu fallaci nimium ne crede lucernae:   245
 Iudicio formae noxque merumque nocent.

かようなおりには、君は目を欺くことの多い灯火をあまり信用しないがいい。夜と深酒とは容姿の判断を狂わせるからだ。

Luce deas caeloque Paris spectavit aperto,
 Cum dixit Veneri 'vincis utramque, Venus.'

パリスがウェヌスに向かって「ウェヌスよ、あなたの方がこの二人の女神ヘラとアテナよりも美しさにおいて勝っておられる」と言ったのは、昼間で大空が広がっている下のことだった。

Nocte latent mendae, vitioque ignoscitur omni,
 Horaque formosam quamlibet illa facit.   250

夜には体の欠陥は隠れ、あらゆる欠点は大目に見られるものなのだ。夜という時はどんな女でも美しくする。

Consule de gemmis, de tincta murice lana,
 Consule de facie corporibusque diem.

宝石を鑑定する時にも、紫色に染めた毛の織物を見極めるのにも、女の顔と体を判定するのも、昼間と相談してやることだ。

Quid tibi femineos coetus venatibus aptos
 Enumerem? numero cedet harena meo.

女たちが群れていて女漁りにふさわしい場所を君のために数え上げるまでもあるまい。 浜の真砂も私の数え上げる数には及ばぬほどだ。

Quid referam Baias, praetextaque litora Bais,   255
 Et quae de calido sulpure fumat aqua?

バイアエとバイアエに隣接する海岸を、また熱い硫黄がもうもうと湯気を立てている温泉についても言うには及ぶまい。

Hinc aliquis vulnus referens in pectore dixit
 'Non haec, ut fama est, unda salubris erat.'

ここからさる人が胸に傷を負って戻ってきて、「ここの湯は噂に聞くほどには健康には良くなかった」と言ったものだ

Ecce suburbanae templum nemorale Dianae
 Partaque per gladios regna nocente manu:   260

見よ、ローマ近郊にはディアナの森生い茂る神殿があるではないか。剣と人をあやめた手で、そこでの権力は握られたのだ

Illa, quod est virgo, quod tela Cupidinis odit,
 Multa dedit populo vulnera, multa dabit.

この女神は処女であるから、またクピドの矢を憎み嫌っているから、人々に多くの傷を与えたものだし、これからも与えるだろう。

Hactenus, unde legas quod ames, ubi retia ponas,
 Praecipit imparibus vecta Thalea rotis.

ここまでのところ、愛する相手をどんな場所で選ぶべきか、どこに網を張ったらいいかを、車輪の大きさの異なる戦車(エレギアの詩型)に乗った詩女神(ムーサ)タレイアが教えてくれた。

Nunc tibi, quae placuit, quas sit capienda per artes,   265
 Dicere praecipuae molior artis opus.

さて今度は気に入った女をどんな手管を駆使してとらえるべきかを語るべく努めよう。これこそがこの作品の主要な点なのだ。

Quisquis ubique, viri, dociles advertite mentes,
 Pollicitisque favens, vulgus, adeste meis.

君が誰であろうとも、どこにいようとも、男たちよ、私の言うことに素直に耳を傾けてくれたまえ。私が約束することに素直な気持ちで臨む聞き手であってもらいたい

Prima tuae menti veniat fiducia, cunctas
 Posse capi; capies, tu modo tende plagas.   270

まずは君のその心に確信を抱くことだ、 あらゆる女はつかまえ得るものだとの。網を張ってさえいれば捕まえることができるのだ。

Vere prius volucres taceant, aestate cicadae,
 Maenalius lepori det sua terga canis,

春に鳥たちが、夏に蝉が歌うことを忘れて沈黙せず、猟犬マイナロス犬がウサギに背を向けて逃げ出さないように、

Femina quam iuveni blande temptata repugnet:
 Haec quoque, quam poteris credere nolle, volet.

女は若者に甘い言葉で誘惑されたらはねつけることはない。嫌がっていると君が信じているかもしれない女も、その実、望んでいるのだ。

Utque viro furtiva venus, sic grata puellae:   275
 Vir male dissimulat: tectius illa cupit.

こっそりと楽しむ愛が男にとって心をそそるものであるように、女にとってもそうなのだ。男は愛欲を隠すのが下手だが、女はもっと秘め隠した形で愛欲を抱くものだ。

Conveniat maribus, ne quam nos ante rogemus,
 Femina iam partes victa rogantis agat.

我々男どもが申し合わせて、女たちより先に求愛しないことにしたとしよう。女たちは負けて、愛を乞う役割を買って出ることになる。

Mollibus in pratis admugit femina tauro:
 Femina cornipedi semper adhinnit equo.   280

柔らかい草の生えている牧場では牝牛が牡牛に鳴きかけているし、雌馬は蹄(ひずめ)のある足もつ雄馬に向かって何時でも嘶(いなな)いている

Parcior in nobis nec tam furiosa libido:
 Legitimum finem flamma virilis habet.

我々男にあっては性欲はさほど狂おしいものではない。男の胸に燃える情炎には、法にかなった限度というものがある。

Byblida quid referam, vetito quae fratris amore
 Arsit et est laqueo fortiter ulta nefas?

兄へのの禁じられた恋に身を焦がし、綱でくびれてきっぱりと己が罪を贖(あがな)ったビュブリスを引き合いに出すまでもあるまい、

Myrrha patrem, sed non qua filia debet, amavit,   285
 Et nunc obducto cortice pressa latet:

ミュラはその父を、娘がしてはならない形で愛した、それで今は木の皮に押し込められて、身を隠している。

Illius lacrimis, quas arbore fundit odora,
 Unguimur, et dominae nomina gutta tenet.

香り高い木からにじみ出ている彼女の涙は、我々が体に塗っているものだが、その樹液は主(あるじ)の名を留めているではないか、

Forte sub umbrosis nemorosae vallibus Idae
 Candidus, armenti gloria, taurus erat,   290

樹木生い茂るイダ山の陰なす谷間に、たまたま群の中の誉れである真っ白な牡牛がいて、

Signatus tenui media inter cornua nigro:
 Una fuit labes, cetera lactis erant.

両方の角の真ん中に小さな黒点があった。この黒点がただ一つの汚れで、他は乳白色であった

Illum Cnosiadesque Cydoneaeque iuvencae
 Optarunt tergo sustinuisse suo.

この牡牛を、クノッソスの牝牛もキュドニアの牝牛も、背に乗って欲しいと願っていた。

Pasiphae fieri gaudebat adultera tauri;   295
 Invida formosas oderat illa boves.

パーシパエーはこの牡牛の情婦になることに喜びを覚え、美しい牝牛たちを憎んでいたものだった。

Nota cano: non hoc, centum quae sustinet urbes,
 Quamvis sit mendax, Creta negare potest.

私が歌うのはよく知られたことだ。百の町を擁するクレタが、たとえどれほど嘘つきの地であろうとも、この事は否定できまい。

Ipsa novas frondes et prata tenerrima tauro
 Fertur inadsueta subsecuisse manu.   300

パーシパエーは若葉やごく柔らかい牧草を、慣れない手つきで牡牛のためにむしってやったと伝えられる。

It comes armentis, nec ituram cura moratur
 Coniugis, et Minos a bove victus erat.

して、牛の群れの仲間になって去って行き、夫のことを思って立ち去るのをためらったりはしなかった。ミノス王が牛に負けたというわけだ。

Quo tibi, Pasiphae, pretiosas sumere vestes?
 Ille tuus nullas sentit adulter opes.

パーシパエーよ、なんでそなたが高価な衣装をまとうことがあろうか。そなたのあの情夫は財貨などは毫も感じない身ではないか。

Quid tibi cum speculo, montana armenta petenti?   305
 Quid totiens positas fingis, inepta, comas?

山に住む牛の群れの後を追っていくそなたに、鏡などがいるわけもなかろう。馬鹿な女よ、なんだってそう度々髪を整えることがあるのだ。

Crede tamen speculo, quod te negat esse iuvencam.
 Quam cuperes fronti cornua nata tuae!

もっとも、鏡を信用するがいい。それはそなたが牝牛でないことを教えてくれよう。そなたの額に角が生えて欲しいと、そなたはどれほど願ったことか。

Sive placet Minos, nullus quaeratur adulter:
 Sive virum mavis fallere, falle viro!   310

ミノスを愛しているなら、情夫なんぞ求めたりせぬことだ。亭主を欺きたいのなら人間の男を相手にして欺くがいい。

In nemus et saltus thalamo regina relicto
 Fertur, ut Aonio concita Baccha deo.

この王妃は結婚の臥所を捨てて、森の中の小道をアオニアの神バッコスに憑かれた神女のように歩んでいた。

A, quotiens vaccam vultu spectavit iniquo,
 Et dixit 'domino cur placet ista meo?

ああ、幾たびか彼女は憎しみを面に浮かべて牝牛を見やってはこういったことだろう。「どうしてあの牝牛めが私の主人(である牡牛)の気に入っているのかしら、

Aspice, ut ante ipsum teneris exultet in herbis:   315
 Nec dubito, quin se stulta decere putet.'

「ごらんなさい、あの牝牛が彼の前で柔らかな草を踏んで跳ね回っている様を。あの馬鹿牝牛は自分がかっこいいと思っているに違いないわ」

Dixit, et ingenti iamdudum de grege duci
 Iussit et inmeritam sub iuga curva trahi,

そう言うと、早くも彼女は多数の群の中からその牝牛を引き出すように命じ、そんなことには向いていないその牝牛を、曲がった頸木(くびき)にかけて引いて行けと命じ、

Aut cadere ante aras commentaque sacra coegit,
 Et tenuit laeta paelicis exta manu.   320

あるい祭儀を装って、祭壇の前で屠らせて、嬉々として恋敵の内臓をその手に掴んだのだった。

Paelicibus quotiens placavit numina caesis,
 Atque ait, exta tenens 'ite, placete meo!'

恋敵の牝牛どもを殺して神意をなだめるたびに、その内臓を手にして「さあ、私の好きなあの人の心をとらえてみるがいい」と言ったものだった。

Et modo se Europen fieri, modo postulat Io,
 Altera quod bos est, altera vecta bove.

時にはエウロペになりたいと、また時にはイオになりたいと願ったりもした。一人は牛にされたし、一人は牛の背に乗って連れ去られたからだ。

Hanc tamen implevit, vacca deceptus acerna,   325
 Dux gregis, et partu proditus auctor erat.

だが、牛の群れの王者たる牡牛はカエデの木で作られた牝牛の姿に騙されて、彼女を孕ませ、生まれてきた子供によってその父親であることが露見してしまったのである。

Cressa Thyesteo si se abstinuisset amore
 (Et quantum est uno posse carere viro?),

クレタ島の女(アエロペ)もテュエステスへの愛を慎んでさえすれば-一人の男性で満足していろというのは無理な話だが-

Non medium rupisset iter, curruque retorto
 Auroram versis Phoebus adisset equis.   330

ポイボス(アポロン)が中天でその進行を打ち切って戦車を反転させ、馬どもの向きを転じてアウロラの方へ引き返すこともなかったであろう。

Filia purpureos Niso furata capillos
 Pube premit rabidos inguinibusque canes.

ニソスから紫色の髪を盗んだ娘(スキュラ)は隠し所と両足の間に猛り狂った犬どもはさみつけている

Qui Martem terra, Neptunum effugit in undis,
 Coniugis Atrides victima dira fuit.

地上にあってはマルスの手を、海上にあってはネプトゥーヌスの手を逃れおおせたアトレウスの子(アガメムノン)は、無残にもその 妻の犠牲となってしまった。

Cui non defleta est Ephyraeae flamma Creusae,   335
 Et nece natorum sanguinolenta parens?

エピュラ(コリントス)の王女クレウサを包んだ炎を、わが子を殺してその血にまみれた母親(メデイア)を悼まぬものはいようか。

Flevit Amyntorides per inania lumina Phoenix:
 Hippolytum pavidi diripuistis equi.

アミュントルの子ポイニクスは虚ろにくり抜かれた眼を悲しんで泣いたものだ。恐怖に駆られた馬どもよ、お前たちはヒッポリュトスをズタズタにして殺したのだったな。

Quid fodis inmeritis, Phineu, sua lumina natis?
 Poena reversura est in caput ista tuum.   340

ピネウスよ、何だって罪もない息子たちの目をくりぬいたりしたのだ。その罰は他ならぬ そなた自身の頭上に降りかかって来るぞよ。

Omnia feminea sunt ista libidine mota;
 Acrior est nostra, plusque furoris habet.

これらは全て女の欲情によって生じた出来事である。女の欲情は我々男のそれよりも激しく一層狂乱の様相を帯びている。

Ergo age, ne dubita cunctas sperare puellas;
 Vix erit e multis, quae neget, una, tibi.

さればだ、それ、女という女はことごとく望んでいることを、つゆ疑ってはならぬぞよ。あまたの女たちのうちで、君に向かって嫌だと言い放つような女は一人だっていまい。

Quae dant quaeque negant, gaudent tamen esse rogatae:   345
 Ut iam fallaris, tuta repulsa tua est.

身を許すにしろ許さぬにせよ、言い寄られることが嬉しいのだ。たとえ肘鉄を食らったとしても、君が撥(は)ねつけられたことは安全圏内のうちでのことだ。

Sed cur fallaris, cum sit nova grata voluptas
 Et capiant animos plus aliena suis?

だが、新たに味わう快楽は心楽しいものだし 、自分のものよりも他人の物の方が心を捉えるものだから、どうして君が撥ねつけられるようなことがあろうか。

Fertilior seges est alienis semper in agris,
 Vicinumque pecus grandius uber habet.   350

他人の畑の穀物はいつだってより豊穣なものだし、隣の家畜はより大きな乳房を持っているものなのだ。

Sed prius ancillam captandae nosse puellae
 Cura sit: accessus molliet illa tuos.

だがまず第一に腐心すべきことは、ものにしようと思った女の小間使いを知ることである。かかる女は君が目指す女性へ近づく道の道ならしをしてくれるからだ。

Proxima consiliis dominae sit ut illa, videto,
 Neve parum tacitis conscia fida iocis.

小間使いが女主人の身近に侍(はべ)って相談事にあずかるようにさせることだ。彼女が女主人の秘められた恋の戯れを内々知っていることを、軽く見てはならない。

Hanc tu pollicitis, hanc tu corrumpe rogando:   355
 Quod petis, ex facili, si volet illa, feres.

この小間使いを君は約束事で釣るか、口説き落とすかして丸め込むがいい。君が望んでいることは、彼女がその気になりさえすれば容易に叶うのだ。

Illa leget tempus (medici quoque tempora servant)
 Quo facilis dominae mens sit et apta capi.

彼女は女主人の心を捉えるのにたやすく、また相応しい時を選んでくれるだろう。医者だって治療の時間を守るではないか。

Mens erit apta capi tum, cum laetissima rerum
 Ut seges in pingui luxuriabit humo.   360

女が喜びに浸りきっている時こそ、その心はとらえ安い。肥沃な土地に穀物が繁茂するのと同じことだ。

Pectora dum gaudent nec sunt adstricta dolore,
 Ipsa patent, blanda tum subit arte Venus.

心というものは、喜びにあふれ悲嘆に締め付けられていない時にはおのずと開くものである。その時ウェヌスが心とろかす手を使って密かに忍び寄るのだ。

Tum, cum tristis erat, defensa est Ilios armis:
 Militibus gravidum laeta recepit equum.

悲しみに暮れていた間はイリオン(トロイの別名)は軍勢に守られていたが、歓喜に浸ったおりに兵士を詰め込んだ馬を受け取ってしまった。

Tum quoque temptanda est, cum paelice laesa dolebit:   365
 Tum facies opera, ne sit inulta, tua.

女がその旦那の愛人に傷つけられて悲しんでいるような時も、言い寄ってみるべきだ。彼女は仇を討てるよう、君は尽力するがいい。

Hanc matutinos pectens ancilla capillos
 Incitet, et velo remigis addat opem,

朝、彼女の髪をすいている小間使いを煽り立てて、帆の力にさらに櫂の力を加えるように努めるのだ。

Et secum tenui suspirans murmure dicat
 'At, puto, non poteras ipsa referre vicem.'   370

小間使いにため息まじりでそっと独り言をつぶやかせたらよかろう。「奥様ご自身は、あの女に仕返しなどお出来にはならないでしょうね」などと。

Tum de te narret, tum persuadentia verba
 Addat, et insano iuret amore mori.

そのおりこそ君のことを語り聞かさせ、もっともらしい言葉をさらに言わせて、君が狂ったように恋い焦がれて死なんばかりだ、などと請け合わせるがいい。

Sed propera, ne vela cadant auraeque residant:
 Ut fragilis glacies, interit ira mora.

だがそれは時を移さずにやりたまえ、さもないとも帆がたるんで、風が落ちてしまうからだ、溶けやすい氷のように、怒りも時が経つにつれて消えてしまうものである

Quaeris, an hanc ipsam prosit violare ministram?   375
 Talibus admissis alea grandis inest.

ところで小間使い自身の体をものにしてしまうのが有利かどうかと君はお尋ねかね。さような罪深い行いには、大きな賭けがひそんでいるぞよ。

Haec a concubitu fit sedula, tardior illa,
 Haec dominae munus te parat, illa sibi.

臥所を共にしたことで労を惜しまぬようになる小間使いもいれば、それによってやる気を出さなくなる者もいるからだ。君を女主人に勧めてくれる小間使いもいれば、自分のものにしてしまおうとする者もいるわけだ。

Casus in eventu est: licet hic indulgeat ausis,
 Consilium tamen est abstinuisse meum.   380

上手くいくかどうかは運次第だ。こういう場合は大胆な者にはうまくいくことがあるが、まあやめておいたほうがいいというのが私の意見だ。

Non ego per praeceps et acuta cacumina vadam,
 Nec iuvenum quisquam me duce captus erit.

私は切り立った険しい山道を辿るつもりはない。私を導者としている限りは、若者が(見つかって)捕まったりすることはなかろう。

Si tamen illa tibi, dum dat recipitque tabellas,
 Corpore, non tantum sedulitate placet,

小間使いが蝋を塗った書き板のやり取りを取り次いでいるうちに、熱心な働きぶりだけでなくその容姿も君の心を引いたなら、

Fac domina potiare prius, comes illa sequatur:   385
 Non tibi ab ancilla est incipienda venus.

まずは女主人をものにして、続いて小間使いをも君のものにするがいい。愛の交わりは小間使いの方から始めてはいけない

Hoc unum moneo, siquid modo creditur arti,
 Nec mea dicta rapax per mare ventus agit:

私が説く技法に信を置いてさえもらえるならば、して、貪欲な風が私の言葉をひっつかんで海の彼方へと吹き飛ばしたりしない限り、この一事だけは忠告しておこう。

Aut non rem temptes aut perfice; tollitur index,
 Cum semel in partem criminis ipsa venit.   390

小間使いを誘惑するとなれば、全くそれをやらないか、やるとなったら最後までやり抜くということだ。小間使い自身がひとたび君と同罪だということになれば、密告者はいなくなるわけだ。

Non avis utiliter viscatis effugit alis;
 Non bene de laxis cassibus exit aper.

小鳥は羽を鳥もちでやられると逃げられない。猪も網を広げられると、そこからうまくは出られない。

Saucius arrepto piscis teneatur ab hamo:
 Perprime temptatam, nec nisi victor abi.

釣り針を飲んで傷ついた魚は、搦(から)められたままである、口説いた小間使いは最後までしっかりと押さえておいて、ものにするまで離さないようにしたまえ。

Tunc neque te prodet communi noxia culpa,   395
 Factaque erunt dominae dictaque nota tibi.

そうなれば共通の罪を犯している以上、小間使いは君を裏切らないであろう。そして、君の愛する女性の言動は、逐一君に知れるにいたるだろう。

Sed bene celetur: bene si celabitur index,
 Notitiae suberit semper amica tuae.

だが人に知られないように上手くやりたまえ。密偵とも言うべき女をうまく隠しておけば、君の愛する女性の動きは、いつでも君の知るところとなるであろう。

Tempora qui solis operosa colentibus arva,
 Fallitur, et nautis aspicienda putat;   400

時機を伺うのは、辛い畑仕事に従事している者たちや、船乗りだけがするべきことだと思っている者がいるとすれば、それは誤りというものである。

Nec semper credenda ceres fallacibus arvis,
 Nec semper viridi concava puppis aquae,

畑だって期待を裏切るのだから常に収穫が信用できるわけでもないし、うつろな船も常に緑なす海原を信じてはならないように、

Nec teneras semper tutum captare puellas:
 Saepe dato melius tempore fiet idem.

優しい女を捕まえにかかるのはいつも安全だというわけではない。然るべき時を選べばしばしば事はよりうまく運ぶものだ。

Sive dies suberit natalis, sive Kalendae,   405
 Quas Venerem Marti continuasse iuvat,

(当の女性の)誕生日がやってくる日だの、ウェヌスがマルスに踵を接するの喜ぶ朔日(ついたち)の日だの、

Sive erit ornatus non ut fuit ante sigillis,
 Sed regum positas Circus habebit opes,

以前のように小像で飾られることこそなくなったが、競技場に王侯の財宝が陳列される日だのは、

Differ opus: tunc tristis hiems, tunc Pliades instant,
 Tunc tener aequorea mergitur Haedus aqua;   410

事に取り掛かるのは延期しておくがよかろう。さような時は陰気な嵐がやってくるし、北斗七星は近づき迫り、幼い仔羊(星)は海面にひたされる。

Tunc bene desinitur: tunc siquis creditur alto,
 Vix tenuit lacerae naufraga membra ratis.

そんな時は(船出を)やめることだ。そんなおりに海に身をゆだねたりする者があれば、難破して砕けた船の板切れにさえ捕まることができないだろう。

Tu licet incipias qua flebilis Allia luce
 Vulneribus Latiis sanguinolenta fluit,

君はかような日に事を始めたらよかろう。悲しみの涙を誘ったアリア川が、ラティウム人の流した血で朱に染まった日とか、

Quaque die redeunt, rebus minus apta gerendis,   415
 Culta Palaestino septima festa Syro.

パレスチナに住むシリア人によって祭日とされている、七日めに巡ってきて商売事には不向きな日とかだ。

Magna superstitio tibi sit natalis amicae:
 Quaque aliquid dandum est, illa sit atra dies.

愛する女性の誕生日こそは、君がおおいに恐れおののくべき日だ。何か贈り物をしなければならない日、それこそ君にとって災厄の日と言うべきだ。

Cum bene vitaris, tamen auferet; invenit artem
 Femina, qua cupidi carpat amantis opes.   420

君がどんなにうまくかわしたとしてもやはり彼女は巻き上げるに決まっている。女というものは、燃え上がって愛を求める男から財貨をかすめ取る術をあみ出すものなのだ。

Institor ad dominam veniet discinctus emacem,
 Expediet merces teque sedente suas:

だらしなく帯を締めた商人が、買い物好きな君の愛する女性のところへやってきて、君が居合わせている目の前で、持参の商品を並べ立てたりすることがあろう。

Quas illa, inspicias, sapere ut videare, rogabit:
 Oscula deinde dabit; deinde rogabit, emas.

彼女はそれを見て欲しいと君に言うだろうが、それも君が目利きであることを見せてやろうとの魂胆だ、それから君に接吻して、買ってくれとねだるだろう。

Hoc fore contentam multos iurabit in annos,   425
 Nunc opus esse sibi, nunc bene dicet emi.

これだったらきっと何年にもわたって満足していられるわ、と言い切ったり、今これが必要なのとか、今が買い時だわ、と言ったりするだろう。

Si non esse domi, quos des, causabere nummos,
 Littera poscetur—ne didicisse iuvet.

いま家には払ってやるだけの金がないと君が言い訳しても、それなら付け買いの証文を書いてくれと要求されるだろう。で、君は文字を学んだことが嬉しくもないという次第だ。

Quid, quasi natali cum poscit munera libo,
 Et, quotiens opus est, nascitur illa, sibi?   430

誕生日だからということでもらった焼菓子なんぞふるまわれて贈り物をねだられたら、どうしたものだろう。それも必要とあれば彼女には何度でも誕生日がやってくるとしたら、どうしたものだ。

Quid, cum mendaci damno maestissima plorat,
 Elapsusque cava fingitur aure lapis?

ありもせぬ品をなくしたと言って、よよと泣かれたり、穴の空いた耳たぶから耳飾りの宝石が抜け落ちてしまったと狂言を演じられたりしたら、どうだ。

Multa rogant utenda dari, data reddere nolunt:
 Perdis, et in damno gratia nulla tuo.

あれこれのものを、使うから貸してくれといい、貸したら最後返そうとはしない。君は貸し損ということになり、君の損ということに なっても何の感謝をされるわけでもない。

Non mihi, sacrilegas meretricum ut persequar artes,   435
 Cum totidem linguis sint satis ora decem.

娼婦たちの罰当たりな手口を数えあげようとしたら、私に十の口とそれと同じ数の舌があってもとても足りはしないだろう。

Cera vadum temptet, rasis infusa tabellis:
 Cera tuae primum conscia mentis eat.

滑らかに削った板に引いた蝋(蝋を塗った書き板)に瀬踏みをやらせてみるがよかろう。君の意を体する蝋板を、まずは遣わすがよい。

Blanditias ferat illa tuas imitataque amantem
 Verba; nec exiguas, quisquis es, adde preces.   440

その書き板に心とろけるような言葉と、いかにも恋する者のそれらしい言葉とを書き連ねるのだ。君が何者であろうと、熱烈な懇願の言葉も添えることだ。

Hectora donavit Priamo prece motus Achilles;
 Flectitur iratus voce rogante deus.

プリアモスの懇願に心を動かされて、アキレウスはヘクトールの骸(なきがら)を返してやった。怒れる神も懇願の声には折れて出るものだ。

Promittas facito: quid enim promittere laedit?
 Pollicitis dives quilibet esse potest.

すべからく約束をすべし。約束したからといって何の損をすることがあろう。約束を振りまいている限りでなら、誰だって金持ちになれるのだ。

Spes tenet in tempus, semel est si credita, longum:   445
 Illa quidem fallax, sed tamen apta dea est.

希望というものは、一旦信じ込むと、長きにわたって消えないものである。希望という女神はなるほど人を欺きやすいが、とはいえなかなかに便利な女神でもある。

Si dederis aliquid, poteris ratione relinqui:
 Praeteritum tulerit, perdideritque nihil.

君がひとたび何かを与えてしまうと、計算ずくの上で捨てられてしまうことになるやもしれぬ。女性はもらったものはしっかりともらっておいて、何一つ損をするようなことはしない。

At quod non dederis, semper videare daturus:
 Sic dominum sterilis saepe fefellit ager:   450

まだ与えてないものは、与えるつもりだという振りを常にしていることだ。地味の痩せた畑が持ち主の期待をしばしば裏切るのも、こういうわけだ。

Sic, ne perdiderit, non cessat perdere lusor,
 Et revocat cupidas alea saepe manus.

これ以上損をしたくないからというので、賭博者は損をし続け、欲張った手をまた骰子(さいころ)に伸ばすことになる。

Hoc opus, hic labor est, primo sine munere iungi;
 Ne dederit gratis quae dedit, usque dabit.

先に贈り物をしたりをせずに、女といい仲になること、これぞ難行、ここが苦心のしどころというものだ。すでに許してしまったことを、ただでは許したくないばかりに、女はさらに許すであろう。

Ergo eat et blandis peraretur littera verbis,   455
 Exploretque animos, primaque temptet iter.

されば手紙を書き送り、それに言葉を書き連ねるがいい。それで女の気持ちを探らせ、最初の道筋をつけさせるのだ。

Littera Cydippen pomo perlata fefellit,
 Insciaque est verbis capta puella suis.

林檎(りんご)に書かれた文字はキュディッペを欺き、それと知らずしてこの娘は自分の言葉に嵌められてしまったではないか。

Disce bonas artes, moneo, Romana iuventus,
 Non tantum trepidos ut tueare reos;   460

ローマの青年たちよ、忠告しておくが、高尚なる学芸を学びたまえ、それはただ不安におののく被告人を弁護するためだけのものではない。

Quam populus iudexque gravis lectusque senatus,
 Tam dabit eloquio victa puella manus.

民衆も、重々しい裁判官も、民より選ばれた元老院も雄弁には降参するだろうが、女も雄弁には屈して降参するだろう。

Sed lateant vires, nec sis in fronte disertus;
 Effugiant voces verba molesta tuae.

だがその効力は隠しておいて、人前で雄弁をひけらかすのはやめておきたまえ。大げさな言い回しは避けることだ。

Quis, nisi mentis inops, tenerae declamat amicae?   465
 Saepe valens odii littera causa fuit.

馬鹿ででもない限り、優しい恋人に向かって 大演説をぶつものはなかろう。しばしば手紙が、書き手が嫌われる有力な原因となったりもする。

Sit tibi credibilis sermo consuetaque verba,
 Blanda tamen, praesens ut videare loqui.

信頼を得られそうな、使い慣れた言葉で書くのだ。ではあるが甘い言葉を、あたかも君がその場にいるような調子で書くことだ。

Si non accipiet scriptum, inlectumque remittet,
 Lecturam spera, propositumque tene.   470

女が手紙を受け取らず、読まずに送り返してきても、いずれは読んでくれるものと期待したまえ。目論んだことは粘り強くやることだ。

Tempore difficiles veniunt ad aratra iuvenci,
 Tempore lenta pati frena docentur equi:

時機が来れば御しにくい牡牛も犂(すき)を負うことになり、時機が来れば馬も硬い轡を食まされるよう馴らされるものだ。

Ferreus adsiduo consumitur anulus usu,
 Interit adsidua vomer aduncus humo.

鉄の指輪だってずっと使っていれば磨り減るし、曲がった鋤も始終土を掘り返していれば摩滅する。

Quid magis est saxo durum, quid mollius unda?   475
 Dura tamen molli saxa cavantur aqua.

岩よりも硬いものが、水よりも柔らかいものがあろうか。それなのに硬い岩も柔らかい水によって穴を穿たれるのである。

Penelopen ipsam, persta modo, tempore vinces:
 Capta vides sero Pergama, capta tamen.

ひたすらに粘りたまえ。時機が来ればペネロペイアでさえも君の意に従わせられよう。君の知る通りペルガモンの陥落は遅れはしたが、それでもやはり陥落したのだ。

Legerit, et nolit rescribere? cogere noli:
 Tu modo blanditias fac legat usque tuas.   480

女が手紙を読んでも返事をくれないことがあっても、無理を言わないことだ。君はただ甘いへつらいの言葉を最後まで読ませるようにしたまえ。

Quae voluit legisse, volet rescribere lectis:
 Per numeros venient ista gradusque suos.

読む気になってさえくれれば、返事をよこす気にもなるだろう。物事はしかるべき順序と段階を経てなるものなのだ。

Forsitan et primo veniet tibi littera tristis,
 Quaeque roget, ne se sollicitare velis.

おそらくは、最初にまずは腹を立てた手紙が来て、しつこく言い寄ったりしないでほしいなどと書いてあるかもしれない。

Quod rogat illa, timet; quod non rogat, optat, ut instes;   485
 Insequere, et voti postmodo compos eris.

彼女は自分がして欲しいと言っていることを、その実は恐れているのだ。して欲しくないと言っていること、つまりは君が執拗に言い寄ることを、実は願っているのだ。追撃をすることだ、さすればまもなく願いは成就するだろう。

Interea, sive illa toro resupina feretur,
 Lecticam dominae dissimulanter adi,

さてところで、君の意中の女性が長枕に背を持たせかけて、輿で運ばれていくような場合には、君は何気ないふりをして、その輿に近づくのだ。

Neve aliquis verbis odiosas offerat auris,
 Qua potes ambiguis callidus abde notis.   490

誰かが憎たらしくも君の言葉に耳傾けたりしないように、(君は)狡猾に立ち回って、できるだけ曖昧な言葉で意図を隠すことだ。

Seu pedibus vacuis illi spatiosa teretur
 Porticus, hic socias tu quoque iunge moras:

その女は暇な足に任せて広々とした柱廊のあたりをぶらついていたら、そこで君も仲間になって散策に付き合うがいい。

Et modo praecedas facito, modo terga sequaris,
 Et modo festines, et modo lentus eas:

して、時には先に立って歩いたり、時には後からついて行きたまえ。時には足を早め時にはゆっくりと歩くようにするのだ。

Nec tibi de mediis aliquot transire columnas   495
 Sit pudor, aut lateri continuasse latus;

しばしの間、円柱をぬけて通ったり、彼女の脇に並んで歩いたりするのを恥ずかしいと思ったりしてはならぬ。

Nec sine te curvo sedeat speciosa theatro:
 Quod spectes, umeris adferet illa suis.

彼女が輝くばかりの美しさで円形劇場に座っている時には、君も必ず一緒にいるようにすることだ。君が見るべきものは彼女の肩に他ならない。

Illam respicias, illam mirere licebit:
 Multa supercilio, multa loquare notis.   500

彼女の姿をとくと眺めるがよい。それを鑑賞するのもよかろう。眉に多くを語らせ、身ぶりに多くを語らせるのだ。

Et plaudas, aliquam mimo saltante puellam:
 Et faveas illi, quisquis agatur amans.

ものまね役者が踊って女役を演じたら、拍手したまえ。恋するものを演じている役者には、誰でもいいから声援を送ることだ。

Cum surgit, surges; donec sedet illa, sedebis;
 Arbitrio dominae tempora perde tuae.

彼女が立ち上がったら、君も立ち上がり、 彼女が座っている間は、君も座っているがいい。意中の女の意のままに、君も自分の時間を潰すがよろしい。

Sed tibi nec ferro placeat torquere capillos,   505
 Nec tua mordaci pumice crura teras.

だが君は焼きごてを当てて髪を巻き毛にして悦に入ったりしないことだ。ザラザラした軽石ですねをこするのもやめたまえ。

Ista iube faciant, quorum Cybeleia mater
 Concinitur Phrygiis exululata modis.

さような真似はフリュギア式の声調に声を合わせて、母なるキュベレ女神に祈りを捧げる神官どもにやらせておけばいい。

Forma viros neglecta decet; Minoida Theseus
 Abstulit, a nulla tempora comptus acu.    510

無造作な顔が男には似合うのだ。テセウスは ミノス王の娘アリアドネを連れ去ったが、こめかみの所で髪をヘアピン留めにしたりはしていなかった。

Hippolytum Phaedra, nec erat bene cultus, amavit;
 Cura deae silvis aptus Adonis erat.

パイドラ(テセウスの妻)はヒッポリュトスに恋をしたが、 ヒッポリュトスとてめかしこんだりしていなかった。女神ウェヌスの心を捉えたアドニスは、森に住む野生の男だった。

Munditie placeant, fuscentur corpora Campo:
 Sit bene conveniens et sine labe toga:

清潔を心がけ、カンプスで体を日焼けさせることだ。トーガは体にぴったりのものをまとい、しみなどのないようにしておくように。

Lingula ne rigeat, careant rubigine dentes,   515
 Nec vagus in laxa pes tibi pelle natet:

サンダルの留め金を錆びつかせてはならぬ。歯に歯糞をためてはいけない。ぶかぶかの靴の中で、君の足がふらふらとおよぎ回ったりしないように。

Nec male deformet rigidos tonsura capillos:
 Sit coma, sit trita barba resecta manu.

ごわごわした髪が、まずい刈り方のせいで無様になったりすることのないように、髪にせよ髭にせよ、確かな腕の持ち主に切ってもらうことだ。

Et nihil emineant, et sint sine sordibus ungues:
 Inque cava nullus stet tibi nare pilus.   520

爪は伸ばしてはならず、爪垢をためてはいけない。鼻の穴の中には鼻毛一本たりとも立てておいてはいけない。

Nec male odorati sit tristis anhelitus oris:
 Nec laedat naris virque paterque gregis.

臭い口からむっとするような息を吐いてはならぬ。家畜の群れの親父である雄の匂いが、鼻をつくようなこともないように。

Cetera lascivae faciant, concede, puellae,
 Et siquis male vir quaerit habere virum.

それ以外のことは淫蕩な女どもか、どんな奴にせよ、けしからぬふうに男を持とうとする男に、やらせておくがよかろう。

Ecce, suum vatem Liber vocat; hic quoque amantes   525
 Adiuvat, et flammae, qua calet ipse, favet.

ほれ、酒神がその僕(しもべ)なる詩人を呼んでいるぞ。この神もまた恋するものに神助を垂れたまい、御自らがそれに燃え立っている恋の炎を嘉(よみ)したもう。

Cnosis in ignotis amens errabat harenis,
 Qua brevis aequoreis Dia feritur aquis.

クノッソスの乙女(アリアドネ)は小さなディア島が海水で洗われている見知らぬ浜辺を、狂気に駆られて彷徨っていたものだ。

Utque erat e somno tunica velata recincta,
 Nuda pedem, croceas inreligata comas,   530

眠りから目覚めたばかりだったので、下着ははだけ、裸足で、サフラン色の髪は乱れたままだった。

Thesea crudelem surdas clamabat ad undas,
 Indigno teneras imbre rigante genas.

聞く耳持たぬ波に向かって、優しい頬をいわれのない涙で濡らしながら、酷薄なテセウスの名を呼び、

Clamabat, flebatque simul, sed utrumque decebat;
 Non facta est lacrimis turpior illa suis.

泣き崩れてもいた、それなのにこの動作のいずれもが、彼女には似合っていたのだ。涙を流していても、それでいつもより醜く見えることはなかった。

Iamque iterum tundens mollissima pectora palmis   535
 'Perfidus ille abiit; quid mihi fiet?' ait.

ふっくらと柔らかい胸を幾度となく打ちながら「あの方は私を裏切って行ってしまった。

'Quid mihi fiet?' ait: sonuerunt cymbala toto
 Litore, et adtonita tympana pulsa manu.

「私はどうなるのでしょう」と言ったのだった。すると海岸一帯にシンバルの音が鳴り渡たり、狂ったように熱を帯びた手で太鼓が打ち鳴らされた。

Excidit illa metu, rupitque novissima verba;
 Nullus in exanimi corpore sanguis erat.   540

乙女は恐怖で気を失わんばかりで、今吐いた言葉も途絶えてしまった。魂の抜けた体には 血の気が失せていた。

Ecce Mimallonides sparsis in terga capillis:
 Ecce leves satyri, praevia turba dei:

すると見よ、背中に髪をおどろに乱したミマロニスたち(バッコスの信女)がいたのだ。見よ、御神の先払いを務める尻の軽いサテュロスたちもいた。

Ebrius, ecce, senex pando Silenus asello
 Vix sedet, et pressas continet ante iubas.

見よ、酔っぱらった老人のシレノスもいて、背の曲がった驢馬になんとか跨って、たてがみをしっかと握って踏ん張っていた。

Dum sequitur Bacchas, Bacchae fugiuntque petuntque   545
 Quadrupedem ferula dum malus urget eques,

バッコスの信女たちの後を追っている間、この四足の獣相手に彼女たちがよけたり近づいたりしているうちに、この下手な乗り手が鞭をくれると、

In caput aurito cecidit delapsus asello:
 Clamarunt satyri 'surge age, surge, pater.'

シレノスは耳の長い驢馬から真っ逆さまに落ちてしまった。そこでサテュロスどもは叫び立てたものだった。「立て、さあ立て、親父よ」 と。

Iam deus in curru, quem summum texerat uvis,
 Tigribus adiunctis aurea lora dabat:   550

さてそこへ御神が上部を葡萄の蔓(つる)で飾った戦車に乗って、それを引く虎どもの黄金の手綱を手にやってきた。

Et color et Theseus et vox abiere puellae:
 Terque fugam petiit, terque retenta metu est.

顔色もテセウスも声も乙女から消えてしまった。三度彼女は逃げようとしたが、三度とも恐怖に駆られて引き止められてしまった。

Horruit, ut graciles, agitat quas ventus, aristae,
 Ut levis in madida canna palude tremit.

あたかも風が吹いてはゆする、実を結ばなかった穂のように、湿った沼地のか弱い葦が震えるように、彼女は恐怖に震えた。

Cui deus 'en, adsum tibi cura fidelior' inquit:   555
 'Pone metum: Bacchi, Cnosias, uxor eris.

彼女に向かって御神は「ほらお前の所へやってきたぞ。わしのほうがもっと誠実に心を尽くす相手だぞ」と言ったものだ。「恐れを捨てるがいい。クノッソスの女よ。お前はバッコスの妻になるのだ。

Munus habe caelum; caelo spectabere sidus;
 Saepe reget dubiam Cressa Corona ratem.'

「天を贈り物としてやろう。天にあって、お前は星として仰ぎ見られることになろう。しばしばクレタの王冠は、進路に迷った船の導き手となるであろう」

Dixit, et e curru, ne tigres illa timeret,
 Desilit; inposito cessit harena pede:   560

こう言うと、御神は彼女が虎どもを怖がらないようにと、戦車から飛び降りた。御神が足で踏んだところは、砂地にくぼみができた。

Implicitamque sinu (neque enim pugnare valebat)
 Abstulit; in facili est omnia posse deo.

彼女を胸に抱きとると(彼女にはもうあの抗うだけの力もなかったのだが)連れ去ったのだ。神様には何であれ容易にできるのである。

Pars 'Hymenaee' canunt, pars clamant 'Euhion, euhoe!'
 Sic coeunt sacro nupta deusque toro.

ヒュメナイエ(祝婚歌)を歌う者もあり、「エウヒオス(バッコス)よ、エウホエ」と叫んでいるものもあった。かようにして花嫁と御神とは聖なる臥所で結ばれたのである。

Ergo ubi contigerint positi tibi munera Bacchi,   565
 Atque erit in socii femina parte tori,

さればバッコスの賜物が君の前に置かれて、君の臥している寝台に女が一緒にいるようなことがあったら、

Nycteliumque patrem nocturnaque sacra precare,
 Ne iubeant capiti vina nocere tuo.

酒に君の頭を損なうように命じたりはせぬようにと、父なるニュクテリオスと夜の祭儀に祈るがいい。

Hic tibi multa licet sermone latentia tecto
 Dicere, quae dici sentiat illa sibi:   570

こういう場では、女がこれは自分に言われているのだと気づくように、言葉のあやに潜ませて多くのことを言うことができる。

Blanditiasque leves tenui perscribere vino,
 Ut dominam in mensa se legat illa tuam:

ほんの少しばかりの酒で、ちょっとした甘いへつらいの言葉を書きつけることもできる、意中の女性に食卓の上で、彼女は君の意中の人だということを読み取ってもらうためだ。

Atque oculos oculis spectare fatentibus ignem:
 Saepe tacens vocem verbaque vultus habet.

また燃える思いを込めた目で、彼女の目を見つめることもできる。もの言わぬ顔が声と言葉とを持つのもよくあることだ。

Fac primus rapias illius tacta labellis   575
 Pocula, quaque bibit parte puella, bibas:

みんなに先駆けて、彼女の唇が触れた酒杯をひったくり、女が唇を触れたところに口をつけて飲むがいい。

Et quemcumque cibum digitis libaverit illa,
 Tu pete, dumque petis, sit tibi tacta manus.

またどんな料理であろうと彼女が指で摘まんだら、君もそれに手を出すのだ。そして手を出す際に、君の手が彼女の手に触れるようにするがいい。

Sint etiam tua vota, viro placuisse puellae:
 Utilior vobis factus amicus erit.   580

さらには、君は意中の女性の旦那にも気に入られるように願うがいい。親しい仲になっておくことは、より役に立つであろう。

Huic, si sorte bibes, sortem concede priorem:
 Huic detur capiti missa corona tuo.

籤(くじ)が当たって君に酒杯を揚げる音頭取りの役が回ってきたら、それを旦那に譲るのだ。君が頭にかぶった花冠を彼に与えたまえ。

Sive erit inferior, seu par, prior omnia sumat:
 Nec dubites illi verba secunda loqui.

その男の地位が君のそれより低かろうが同等だろうが、彼にまず先に料理を取らせることだ。彼の言うことに、ごもっともと賛同することをためらってはならぬ。

Tuta frequensque via est, per amici fallere nomen:   585
 Tuta frequensque licet sit via, crimen habet.

友という名を用いて欺くのは、安全でよく使われる道だ。安全でよく使われる道だが、その罪は深い。

Inde procurator nimium quoque multa procurat,
 Et sibi mandatis plura videnda putat.

代理人が度をすぎた代理役をやってしまい、 自分に依頼された以上のことにも配慮せねばならぬと考えたりするのは、かようなわけだ。

Certa tibi a nobis dabitur mensura bibendi:
 Officium praestent mensque pedesque suum.   590

君に確かな飲酒の節度というものを教えてしんぜよう。心も足も己の務めを果たせるようにしておくことだ。

Iurgia praecipue vino stimulata caveto,
 Et nimium faciles ad fera bella manus.

多くは酒に煽られて生じる喧嘩沙汰と、野蛮な争いにすぐにも走りがちな手に用心せよ。

Occidit Eurytion stulte data vina bibendo;
 Aptior est dulci mensa merumque ioco.

エウリュティオンは酒を出されて馬鹿な飲み方をしたばかりに倒れたのではなかったか。食事と酒によりふさわしいのは、心愉しい気晴らしである。

Si vox est, canta: si mollia brachia, salta:   595
 Et quacumque potes dote placere, place.

いい声をしているなら歌いたまえ、腕がしなやかならを踊りたまえ。なんであれ持てる才で人々の歓心を買うことができるなら、それをやってみることだ。

Ebrietas ut vera nocet, sic ficta iuvabit:
 Fac titubet blaeso subdola lingua sono,

酩酊というやつは、それが本物だと害をなすが、偽りの酩酊は助けになるだろう。ずる賢い舌を呂律の回らなくさせて、もごもご言わせればよかろう。

Ut, quicquid facias dicasve protervius aequo,
 Credatur nimium causa fuisse merum.   600

何であれ厚顔無恥にすぎることをやってしまったり、口にしてしまったりした時に、それが度を過ごした深酒のせいだと思わせるためである。

Et bene dic dominae, bene, cum quo dormiat illa;
 Sed, male sit, tacita mente precare, viro.

「奥様がお健やかであらせられますように」「奥様とお休みになられる方もお健やかに」などと言うがいい。だが口には出さぬ心の内では「この旦那めはくたばるがいい」と祈ったらよかろう。

At cum discedet mensa conviva remota,
 Ipsa tibi accessus turba locumque dabit.

さて食卓が片付けられ、宴席の客は退出するとき時には、混雑を極めていることが、君が女に近づくことを可能にし、その機会を与えてくれるのだ。

Insere te turbae, leviterque admotus eunti   605
 Velle latus digitis, et pede tange pedem.

君はその人混みに紛れ込んで、歩いている彼女にそっとにじり寄って、指で脇腹をつねって、足で彼女の足に触れるがいい。

Conloquii iam tempus adest; fuge rustice longe
 Hinc pudor; audentem Forsque Venusque iuvat.

彼女と言葉を交わす時がようやくやってくるのだ。野暮な恥じらいよ、すっ飛んでしまえ。大胆な者を運命の女神のウェヌスも助けたもうのだ。

Non tua sub nostras veniat facundia leges:
 Fac tantum cupias, sponte disertus eris.   610

この際君の雄弁は私の説く法則に従う必要はない。ただ彼女を得んと望みさえすればいい。さすればおのずと弁舌爽やかになるであろう。

Est tibi agendus amans, imitandaque vulnera verbis;
 Haec tibi quaeratur qualibet arte fides.

君は恋する男を演じ、言葉で傷ついた風を装わねばならぬ。どんな手立てを用いてでも、これが事実だと信じてもらえるよう努めるのだ。

Nec credi labor est: sibi quaeque videtur amanda;
 Pessima sit, nulli non sua forma placet.

信じてもらうことは、さしたる難事ではない。どんな女でも自分は愛されるに値すると思っているからである。どんなに醜くかろうと、自分の器量に自惚れていない女などいない。

Saepe tamen vere coepit simulator amare,   615
 Saepe, quod incipiens finxerat esse, fuit.

だが愛するふりをしていた者が、本当に愛するようになるということがしばしばある。最初のうちは装っていたものが、本物になってしまうことがしばしばあるのだ。

Quo magis, o, faciles imitantibus este, puellae:
 Fiet amor verus, qui modo falsus erat.

さればだ、ご婦人がたよ、愛を装っている男どもにも、もっとなびいてやるがいい。つい今まで偽りだった愛が本物の愛になるであろうから。

Blanditiis animum furtim deprendere nunc sit,
 Ut pendens liquida ripa subestur aqua.   620

さて今度は甘いへつらいの言葉で、密かに相手の心を掴まればならぬ。川面にかかる堤が流れる水に密かに蚕食(さんしょく)されるような具合にだ。

Nec faciem, nec te pigeat laudare capillos
 Et teretes digitos exiguumque pedem:

顔を、髪を、繊細な指を小さな足を褒めちぎる労を惜しんではならぬ。

Delectant etiam castas praeconia formae;
 Virginibus curae grataque forma sua est.

容姿を褒めちぎられると、貞淑な女でも喜ぶものだし、処女は自分の容姿に手をかけ、それに喜びを感じてもいるものだ。

Nam cur in Phrygiis Iunonem et Pallada silvis   625
 Nunc quoque iudicium non tenuisse pudet?

ユノとパラスアテナとがフリュギアの森の中でパリスによる美の審判に勝てなかったことを、今なお恥じているのはなぜだ。

Laudatas ostendit avis Iunonia pinnas:
 Si tacitus spectes, illa recondit opes.

ユノの鳥(孔雀)は褒められると尾羽根を広げて見せるが、黙って見ていると、その豊かな富(尾羽根)を隠してしまうではないか。

Quadrupedes inter rapidi certamina cursus
 Depexaeque iubae plausaque colla iuvant.   630

馬どもでさえも速さを競う競争の合間に、たてがみを梳いてもらい、首を叩いてもらえば喜ぶものなのだ。

Nec timide promitte: trahunt promissa puellas;
 Pollicito testes quoslibet adde deos.

おずおずとした態度で約束したりしてはならない。約束事は女の心をひくものだからだ。約束にはどんな神でもいいから神を証人に立てるのがいい。

Iuppiter ex alto periuria ridet amantum,
 Et iubet Aeolios inrita ferre notos.

ユピテルは天の高みから、恋人たちの偽りの誓いを笑っておられ、アイオロス(風神)の息子ノトス(南風)に、果たされなかった約束は持ち去ってしまえとお命じになられる。

Per Styga Iunoni falsum iurare solebat   635
 Iuppiter; exemplo nunc favet ipse suo.

ステュクス(冥府の川)にかけて、ユピテルもユノに偽りの誓いをよく立てていたものなのだ。だから自分の垂範には今でもなお好意を示されるのだ。

Expedit esse deos, et, ut expedit, esse putemus;
 Dentur in antiquos tura merumque focos;

神々が存在するのはなかなか役に立つ。役に立つから神々は存在するものと考えることにしようではないか。古来よりの炉に乳香と酒を捧げておくことだ。

Nec secura quies illos similisque sopori
 Detinet; innocue vivite: numen adest;   640

神々が眠りにも似た安穏な休息のうちに安らぐことはないのだ。潔白な生き方をしたまえ。そうすれば神の加護が得られよう。

Reddite depositum; pietas sua foedera servet:
 Fraus absit; vacuas caedis habete manus.

預かったものはきちんと返すことだ。敬虔さを知るものは、約束を守るがいい。欺瞞は慎むこと。血生臭いことに手を染めてはいけない。

Ludite, si sapitis, solas impune puellas:
 Hac minus est una fraude tuenda fides.

君に知恵があるなら、厄介の種とならない女たちだけを相手に愛のたわむれをするがいい 。この場合にのみ限って、信義を守ることが欺くよりも恥ずべきことなのだ。

Fallite fallentes: ex magna parte profanum   645
 Sunt genus: in laqueos quos posuere, cadant.

こちらを騙そうとする女どもは騙してやりたまえ。この手の女の大部分は、恥知らずの輩だ。罠を仕掛けたものは、自分が仕掛けた罠に陥らせるがよかろう。

Dicitur Aegyptos caruisse iuvantibus arva
 Imbribus, atque annos sicca fuisse novem,

かつてエジプトでは畑地を潤す雨が降らず、 九年にもわたって旱魃(かんばつ)が続いたとのことだ。

Cum Thrasius Busirin adit, monstratque piari
 Hospitis adfuso sanguine posse Iovem.   650

そのおり、トラシオスがブシリスのもとへやってきて、犠牲に捧げて異国の人の血を流せば、ユピテルの神意をなだめることが出来ると進言した。

Illi Busiris 'fies Iovis hostia primus,'
 Inquit 'et Aegypto tu dabis hospes aquam.'

するとブシリスはその男に「そなたがまずユピテルの犠牲となるがいい。異国の人間であるそなたが雨を降らせてくれ」と言ったものだった。

Et Phalaris tauro violenti membra Perilli
 Torruit: infelix inbuit auctor opus.

ファラリスも青銅の牛に入れて、残酷なペリロスの四肢を焼いた。その装置を考案したものが、最初にそれを自分の血で汚すこととなったのである。

Iustus uterque fuit: neque enim lex aequior ulla est,   655
 Quam necis artifices arte perire sua.

ともに正義にかなったことであった。人を死に至らしめることを考案したものが、自分の考えだした方法で命を落とすことにもまさる公正な法はないからだ。

Ergo ut periuras merito periuria fallant,
 Exemplo doleat femina laesa suo.

されば偽誓に対してはこちらも偽誓で欺くのは、当然のことである。そういう女は自分のしでかした行為に傷ついて、苦しむがよかろう。

Et lacrimae prosunt: lacrimis adamanta movebis:
 Fac madidas videat, si potes, illa genas.   660

涙もまた役に立つ、涙でならば鉄石心をも動かすことができよう。できれば意中の女性に 涙で濡れた頬を見せるようにするがいい。

Si lacrimae (neque enim veniunt in tempore semper)
 Deficient, uda lumina tange manu.

涙が浮かんでこなかったら—涙というものは都合のいい時にいつでも浮かんでくるわけではないから—濡らした手で目をこすっていたまえ。

Quis sapiens blandis non misceat oscula verbis?
 Illa licet non det, non data sume tamen.

およそ知恵のあるもので、接吻に甘いへつらいの言葉を添えないものがいようか。女が接吻を与えてくれなかったら、与えられないものは、奪ったらよかろう。

Pugnabit primo fortassis, et 'improbe' dicet:   665
 Pugnando vinci se tamen illa volet.

初めのうちはきっと抗って「失礼な人だ」と言うだろう。だが抗いながらも女は征服されることを望んでいるのだ。

Tantum ne noceant teneris male rapta labellis,
 Neve queri possit dura fuisse, cave.

ただ、乱暴に接吻を奪って柔らかい唇を傷つけたりしないように、手荒な接吻だったと彼女が文句を言ったりしないようにすることだ。

Oscula qui sumpsit, si non et cetera sumet,
 Haec quoque, quae data sunt, perdere dignus erit.   670

接吻を奪っておきながら、他のものも奪おうとしない男がいるとすれば、そんな男は与えられた物もを失って当たり前というものだ。

Quantum defuerat pleno post oscula voto?
 Ei mihi, rusticitas, non pudor ille fuit.

接吻を奪ってからは、満願成就まで何ほどのこともあろうか。ああ、なんたることぞ。そんなのは恥じらいではない、野暮というものだ。

Vim licet appelles: grata est vis ista puellis:
 Quod iuvat, invitae saepe dedisse volunt.

力ずくでものにしてもいい。女にはその力ずくというのがありがたいのである。女というものは、与えたがっているものを、しばしば 意に沿わぬい形で与えたがるものだ。

Quaecumque est veneris subita violata rapina,   675
 Gaudet, et inprobitas muneris instar habet.

どんな女であれ、犯されて体を奪われることを喜び、さような無法な行為を贈り物のように受け取るものだ。

At quae cum posset cogi, non tacta recessit,
 Ut simulet vultu gaudia, tristis erit.

ところが、無理強いされるかもしれない時に 手も触れられぬままで男のもとから離れるとなると、顔では嬉しそうに装ってはいても、その実悲しいのである。

Vim passa est Phoebe: vis est allata sorori;
 Et gratus raptae raptor uterque fuit.   680

ポイべ(レウキッポスの娘)は暴力をこうむったし、その妹にも暴力が加えられた。力ずくで体を奪った二人ともが、奪われた女たちの心に叶う者となったのだ。

Fabula nota quidem, sed non indigna referri,
 Scyrias Haemonio iuncta puella viro.

これはよく知られた話だが、繰り返し語るに値しないものでもあるまい。スキュロス島の女(デーイダメイア)はハエモニアの男(アキレウス)と結ばれた。

Iam dea laudatae dederat mala praemia formae
 Colle sub Idaeo vincere digna duas:

既にしてイダ山のふもとで他の二人の女神に勝利を収めた女神は、美しさを褒め称えられたお礼として、不吉な贈り物を与えてしまった。

Iam nurus ad Priamum diverso venerat orbe,   685
 Graiaque in Iliacis moenibus uxor erat:

すでにして異国から嫁がプリアモスのもとへやってきて、ギリシア人の女がパリスの妻として、イリオンの城塞におさまってしまった。

Iurabant omnes in laesi verba mariti:
 Nam dolor unius publica causa fuit.

ギリシアの全将士は、恥辱を被った夫の意に従うと誓いを立てた。一人の男の悲しみが、 全将士の大義となったのであった。

Turpe, nisi hoc matris precibus tribuisset, Achilles
 Veste virum longa dissimulatus erat.   690

アキレウスは恥ずべきことに—それが母の懇願に負けてのことでなければだが—女の着る長い衣装をまとって、男であることを隠していた。

Quid facis, Aeacide? non sunt tua munera lanae;
 Tu titulos alia Palladis arte petas.

アイアコスの孫(アキレウス)よ、そなたは一体何をしているのだ。糸紡ぎなどはそなたのなすべき仕事ではない。そなたはパラス(アテナ)の他の技で栄光を求めるが良い。

Quid tibi cum calathis? clipeo manus apta ferendo est:
 Pensa quid in dextra, qua cadet Hector, habes?

(糸玉を入れる)籠に何の用があるというのだ。その手は楯を持つのにふさわしいではないか。ヘクトルを倒すべき右手に、なんだって毛糸の玉など持っているのだ。

Reice succinctos operoso stamine fusos!   695
 Quassanda est ista Pelias hasta manu.

面倒な糸の巻きついた紡錘(つむ)なぞは捨ててしまうがいい。その手はペリオン山の木でできた楯をこそ振るうべきだ。

Forte erat in thalamo virgo regalis eodem;
 Haec illum stupro comperit esse virum.

たまたま王の娘(デーイダメイア)が同じ臥所を分かっていたが、彼女は辱められて、彼が男であることを知ることとなった。

Viribus illa quidem victa est, ita credere oportet:
 Sed voluit vinci viribus illa tamen.   700

彼女は力で征服されたのだ—そう信じなければならない。だが、彼女はそのように男に力で征服されたいと願っていたのだ。

Saepe 'mane!' dixit, cum iam properaret Achilles;
 Fortia nam posita sumpserat arma colo.

アキレウスがもはや出で立とうとはやっていた時、「ここにいてちょうだい」と、彼女は何度も言った。彼が紡錘を捨てて、力強い武具を手にしたからであった。

Vis ubi nunc illa est? Quid blanda voce moraris
 Auctorem stupri, Deidamia, tui?

あの暴力は今やどこへ行ったというのだ。デイダメイアよ、そなたを辱めた男を、なんだって優しい声で引き止めようとするのだ。

Scilicet ut pudor est quaedam coepisse priorem,   705
 Sic alio gratum est incipiente pati.

これはつまりは女の方から先に事を始めるのは恥ずかしいことだが、他人が先手を取ってくれると、その行為を被るの嬉しいということなのだ。

A! nimia est iuveni propriae fiducia formae,
 Expectat siquis, dum prior illa roget.

ああ、女の方から言い寄ってくるのを期待しているような男は、そんな若者は、自分の容姿に自信を持ちすぎているというものだ。

Vir prior accedat, vir verba precantia dicat:
 Excipiet blandas comiter illa preces.   710

男がまず先に近づくのだ。男の方から愛を請う言葉を吐くのだ。女に甘いへつらいの言葉を心楽しく聞かせるがいい。

Ut potiare, roga: tantum cupit illa rogari;
 Da causam voti principiumque tui.

女をものにしたいなら、愛を請いたまえ。女はひたすら愛を請われることを願っているのだから、君が愛を求めるようになった動機と、その発端とを説き聞かせるのだ。

Iuppiter ad veteres supplex heroidas ibat:
 Corrupit magnum nulla puella Iovem.

ユピテルもそのかみの名婦たちに、哀願する立場で近づいたものだった。名婦のうち一人として偉大なるユピテルを誘惑した者はいなかった。

Si tamen a precibus tumidos accedere fastus   715
 Senseris, incepto parce referque pedem.

ではあるが、もし君の哀願によって女が増長し、お高く止まっているなと感じたら、目論見は捨てて、踵を返すがよかろう。

Quod refugit, multae cupiunt: odere quod instat;
 Lenius instando taedia tolle tui.

逃れ去る者を多くの女は欲しがり、身近な者を嫌うものである。近づくのに時間をかけて、君への飽きがこないようにしたまえ。

Nec semper veneris spes est profitenda roganti:
 Intret amicitiae nomine tectus amor.    720

愛を求めるときには、愛の交わりを望んでいることを、必ずしも正直に口にしてはならぬ。友情という名に紛らせて愛を忍び込ませるのだ。

Hoc aditu vidi tetricae data verba puellae:
 Qui fuerat cultor, factus amator erat.

こんなやり口で、恐ろしく身持ちの堅い女たちがコロリと騙されるのは、私が目にしたところだ。彼女たちを崇めていた男が愛人になってしまったのである。

Candidus in nauta turpis color, aequoris unda
 Debet et a radiis sideris esse niger:

色白なのは、船乗りにあっては恥ずかしいことだ。海の波と照りつける太陽の光で、色が黒くなくてはいけない。

Turpis et agricolae, qui vomere semper adunco   725
 Et gravibus rastris sub Iove versat humum.

それは農夫にとっても恥ずかしいことだ。常に戸外に出て、曲がった鋤と重い鍬(くわ)とで土地を耕しているのが農夫だからだ。

Et tibi, Palladiae petitur cui fama coronae,
 Candida si fuerint corpora, turpis eris.

それに、パラスの月桂冠を勝ち得ようと願っている者よ、君の体が白かったら、それは恥というものだ。

Palleat omnis amans: hic est color aptus amanti;
 Hoc decet, hoc multi non valuisse putant.   730

恋する者は全て青ざめていなければならぬ。これこそが恋するものにふさわしい色である。かくあらねばならぬ。かようなことも役に立たないと考える向きが多いようではあるが。

Pallidus in Side silvis errabat Orion,
 Pallidus in lenta naide Daphnis erat.

シデに恋して森をさまよっていたオリオンは青ざめていた。ナイス(水の精)に冷たくされたダフニスも青ざめていた。

Arguat et macies animum: nec turpe putaris
 Palliolum nitidis inposuisse comis.

やつれたところを見せて、君の心中を知らしめることだ。綺麗な髪に(病人がかぶる)頭巾をかぶるのを、恥ずかしいと思ってはならない。

Attenuant iuvenum vigilatae corpora noctes   735
 Curaque et in magno qui fit amore dolor.

眠れぬままに過ごす夜と心労は、恋心がつのって生ずる悲しみは、若者の体を痩せ細らせるものである。

Ut voto potiare tuo, miserabilis esto,
 Ut qui te videat, dicere possit 'amas.'

君の念願を成就するために、人が君の姿を見て、「恋をしているんだね」と言うほどに惨めな姿をするがいい。

Conquerar, an moneam mixtum fas omne nefasque?
 Nomen amicitia est, nomen inane fides.   740

これを嘆くべきか、それとも君に忠告しておくべきか分からないが、許されていいことと、なしてはならぬこととが、あらゆる点で 混同されている始末だ。友情といっても名ばかりだし、信義も名ばかりのことだ。

Ei mihi, non tutum est, quod ames, laudare sodali;
 Cum tibi laudanti credidit, ipse subit.

いかにも残念だが、君が愛している者のことを、友人に向かって褒めたてるのは安全ではない。君が褒めているを信じたりすると、奴は君の相手をさらってしまうぞ。

At non Actorides lectum temeravit Achillis:
 Quantum ad Pirithoum, Phaedra pudica fuit.

「だがアクトールの孫(パトロクロス、アキレウスの友)はアキレウスの臥所をけがしたりはしなかった 。ペイリトオス(テセウスの友)に関する限り、パイドラは純潔だったではないか。

Hermionam Pylades quo Pallada Phoebus, amabat,   745
 Quodque tibi geminus, Tyndari, Castor, erat.

「ピュラデス(オレステスの友)はヘルミオネ(オレステスの妻)を愛していたが、ポイボスがパラスを愛していたのと同じ愛し方でだったし、双子のカストールのテュンダレオスの娘(クリュタイムネストラ)に対するのも、同じ関係だったではないか」という向きもあろう。

Siquis idem sperat, laturas poma myricas
 Speret, et e medio flumine mella petat.

これと同じことを期待している者がいるとすれば、御柳の木が林檎を実らせることを期待し、川の真ん中で蜜を探そうと求めるようなものだ。

Nil nisi turpe iuvat: curae sua cuique voluptas:
 Haec quoque ab alterius grata dolore venit.   750

恥ずべきことでなければ何一つ楽しみにはならない。誰にとっても自分の快楽だけが関心事なのだ。これにしても他人の悲しみに由来するものだと心楽しいのである

Heu facinus! non est hostis metuendus amanti;
 Quos credis fidos, effuge, tutus eris.

何たる罪深き所業ぞ。恋する者は恋敵を恐れる必要はない。信頼するに足ると信じている連中をこそ避けねばならぬ。さすれば安泰であろう。

Cognatum fratremque cave carumque sodalem:
 Praebebit veros haec tibi turba metus.

血縁だの兄弟だの親しい友人だのに用心する がいい。かかる連中こそが君には本当の危惧の種となるのだから。

Finiturus eram, sed sunt diversa puellis   755
 Pectora: mille animos excipe mille modis.

ここで終えようとしていたのだが、女心は実に様々である。千の心は千の方法でとらえねばならない。

Nec tellus eadem parit omnia; vitibus illa
 Convenit, haec oleis; hac bene farra virent.

同じ土地があらゆる作物を産するわけではない。葡萄に適した土地も、オリーブに適した土地も、小麦が豊かに実る土地もある。

Pectoribus mores tot sunt, quot in orbe figurae;
 Qui sapit, innumeris moribus aptus erit,   760

心のありようの数の多さは、世界中にあるもろもろの物の形の数には劣らない。知恵ある者ならば、無数のそのありように適合していくことだろう。

Utque leves Proteus modo se tenuabit in undas,
 Nunc leo, nunc arbor, nunc erit hirtus aper.

プロテウスのように、時には軽やかな波と化し、さてはまた獅子に、または剛毛の生えた猪になるだろう。

Hi iaculo pisces, illi capiuntur ab hamis:
 Hos cava contento retia fune trahunt.

魚にしても銛(もり)で刺して取るものも、釣り針にかかるものもあり、袋網にかかってピンと張った綱を引っ張る魚もある。

Nec tibi conveniet cunctos modus unus ad annos:   765
 Longius insidias cerva videbit anus.

あらゆる女にただ一つのやり方で対応するのは、よろしくない。年老いた鹿はより遠くから罠を見てとるだろう。

Si doctus videare rudi, petulansve pudenti,
 Diffidet miserae protinus illa sibi.

君が粗野な女の目には学ある者に映り、内気な女には厚かましく映ったりすれば、女はたちどころに不信感を抱いて、身の不幸を覚えるものだ。

Inde fit, ut quae se timuit committere honesto,
 Vilis ad amplexus inferioris eat.   770

そこからして、立派な男に身を任せることを 恐れた女が、卑しい男のもとへ走って、その胸に抱かれる、ということが起こる次第である。

Pars superat coepti, pars est exhausta laboris.
 Hic teneat nostras ancora iacta rates.

私の企てたことはまだ残っているが、その一部はやり終えた。このあたりで錨(いかり)を投じて、わが船をとどめることにしよう。

これはLatinLibraryのテキストをもとに岩波文庫版オヴィディウス作『恋愛指南』の日本語訳と対訳形式にしたものである。音声入力のため必ずしも原本とおりではない。また、対訳とするために、日本語の順序を変えたり、筑摩書房『世界文学大系』の訳から補ったところがある。


2018.7.19 Tomokazu Hanafusa