P. OVIDI NASONIS ARTIS AMATORIAE

ツイート


Ovid: Ars Amatoria I



Siquis in hoc artem populo non novit amandi,
 Hoc legat et lecto carmine doctus amet.

誰にもせよこの民のうちで愛する術を知らぬ者あらば、これを読むがよい。して、この歌を読み、愛する知恵を心得て愛するがよかろう。

Arte citae veloque rates(船) remoque moventur,
 Arte leves currus: arte regendus amor.

技術によって帆と櫂を操ってこそ船は海面を速やかに渡るのであり、技術によって戦車も軽やかに走るのである。技術によって愛もまた支配されねばならない。

Curribus Automedon lentisque erat aptus(>apiscor掴む) habenis(手綱),   5
 Tiphys in Haemonia puppe(船) magister erat:

アウトメドン(アキレスの御者)は戦車と柔軟な手綱を操るのに巧みであった。 ティフスはハエモニア(トラキア、アルゴ号)の舵取りであった 。

Me Venus artificem(名人) tenero(幼い) praefecit(任ずる) Amori(キューピット);
 Tiphys et Automedon dicar Amoris ego.

ヴィーナスがこの私を年若いアモル(キューピッド)の師匠に任じてくださったのである。 私はアモルのティフスでありアウトメドンと言われるだろう。

Ille quidem ferus(粗野な) est et qui mihi saepe repugnet:
 Sed puer est, aetas mollis et apta regi.   10

確かにこの子は乱暴者でしばしば私に逆らったりする。だが所詮は子供でしつけやすく指南を受けるのに適している。

Phillyrides puerum cithara perfecit(完成する) Achillem,
 Atque animos placida contudit(弱める) arte feros.

ピリュラの子(ケイロン)は竪琴の音で少年時代のアキレスを教育し、穏やかなこの技術によってその猛々しい心をなだめたものだ。

Qui totiens socios, totiens exterruit hostes,
 Creditur annosum(年老いた) pertimuisse senem.

幾度となく味方を、また幾度となく敵を震え上がらせたこの者が、かの齢を重ねた老人(ケイロン)をひどく恐れていたものと信じられているのである。

Quas Hector sensurus erat, poscente magistro   15
 Verberibus jussas praebuit ille manus.

ヘクトールが身をもってその強さを感じることになるあの両手を、師匠がそうしろといえば、命じられるがままに差し出して、鞭を受けたのだ。

Aeacidae Chiron, ego sum praeceptor(教師) Amoris:
 Saevus uterque puer, natus uterque dea.

アイアコスの孫(アキレス)の師匠はケイロンだったが、この私はアモルの師匠なのである。両人とも猛々しい子供で、共に女神の子であった。

Sed tamen et tauri cervix(首) oneratur aratro(すき),
 Frenaque(馬勒) magnanimi dente teruntur(歯ぎしり) equi;   20

だが牡牛にしてもその首に犁(すき)を負うのであり、悍馬でさえも轡(くつわ)を噛まされるのだ。

Et mihi cedet Amor, quamvis mea vulneret arcu(弓)
 Pectora, jactatas excutiatque(投げつける) faces.

さればアモルも私の意に従うのだ。弓矢で私の胸を傷つけ、松明を振り回して暴れるにしてもである。

Quo me fixit Amor, quo me violentius ussit(>uro),
 Hoc melior facti vulneris ultor ero:

アモルが私の胸を貫き、手ひどく傷を負わせれば負わせるほど、私も被った手傷に対する報復を行うつもりである。

Non ego, Phoebe, datas a te mihi mentiar artes,   25
 Nec nos aeriae voce monemur avis,

ポイボス(アポロン)よ、私を御身(おんみ)から技法を授かったなどと白々しい嘘をついたりはしないし、空飛ぶ鳥の鳴き声で啓示を受けたわけでもなく

Nec mihi sunt visae Clio Cliusque(属) sorores
 Servanti pecudes vallibus, Ascra, tuis:

アスクラよ、あなたの谷間で羊の番をしていて、クレイオ(ムーサの一人)と、クレイオの姉妹たちの姿を目にしたのでもない。

Usus opus movet hoc: vati parete perito;
 Vera canam: coeptis(企て), mater Amoris, ades!   30

経験がこれを書かしめるのである。されば経験豊かな詩人の言葉に耳傾けるが良い。真実をこそ歌おう。さればアモルの母なる女神ヴィーナスよ、神助を給えかし。

Este procul, vittae(ひも) tenues, insigne(印) pudoris,
 Quaeque tegis(覆う) medios, instita(裾飾り) longa, pedes.

貞淑のしるしなる細紐よ、わが歌う所からさあ退くがいい。足の半ばまで覆い隠している長い衣装もだ。

Nos venerem(情事) tutam concessaque furta(姦通) canemus,
 Inque meo nullum carmine crimen erit.

これから歌うのは法に触れず、ゆるされた範囲内での秘め事である。わが歌には罪を問われるべきところは露ほどもないのだ。

Principio, quod amare velis, reperire labora(命),   35
 Qui nova nunc primum miles in arma venis.

愛の戦場に兵士として初めて打って出ようとする者は、まず第一に愛する対象となる相手を探すべく努めることだ。

Proximus huic labor est placitam(好ましい) exorare puellam:
 Tertius, ut longo tempore duret amor.

次いで、心を砕くべきは、これぞと思う女性を口説き落とすことである。三番目には、その愛が長く続くよう努めること。

Hic modus, haec nostro signabitur(印を付ける) area curru:
 Haec erit admissa(奪) meta(終点) premenda(押す) rota(奪、車輪).   40

これが私が儲けた限界点である。私が駆る戦車もここに沿って轍(わだち)を刻むことになろう。 これこそが全速力で突っ走る私の戦車が突進する標柱である。

Dum licet, et loris(手綱) passim potes ire solutis,
 Elige cui dicas 'tu mihi sola places.'

まだ自由がきくうちに、手綱も解かれていて、どこへなりとも気ままに行けるうちに、「僕の好きなのは君だけなんだ」と言える女性を選びたまえ。

Haec tibi non tenues veniet delapsa per auras:
 Quaerenda est oculis apta puella tuis.

そういうような女性はこまやかな空気を抜けて君のもとへ天下ってくることはない。 君自身が目を凝らして君にふさわしい女性を探し求めねばならない。

Scit bene venator(狩人), cervis(鹿) ubi retia(網) tendat,   45
 Scit bene, qua frendens(歯ぎしり) valle moretur aper;

鹿をとらえるにはどこへ網を張るべきか狩人はよく心得ている。牙をむく猪が谷のどのあたりをうろついているかよく心得ている。

Aucupibus(捕鳥人) noti frutices(低木); qui sustinet hamos(釣針),
 Novit quae multo pisce natentur(泳ぐ) aquae:

鳥刺しは藪の様子をとくと知っている。釣り糸を垂れるも者は川のどのあたりに魚が群れて泳いでいるかを知っている。

Tu quoque, materiam longo qui quaeris amori,
 Ante frequens(群れる) quo sit disce puella loco.   50

長く続く恋の相手を求めている君もまた、どんな所に女たちが群れ集まるのかをまず知ることだ。

Non ego quaerentem vento dare vela jubebo,
 Nec tibi, ut invenias, longa terenda via est.

相手を探している君に、帆を張ってまで乗り出せなどとは私は言わないし、相手を見つけるのに長い道のりをたどれなどとも言いはしない。

Andromedan Perseus nigris portarit(完接) ab Indis,
 Raptaque sit Phrygio Graia puella viro,

アンドロメダはペルセウスが色の黒いインド人たちのもとから連れ去り、ギリシアの乙女(ヘレネ)はフルギアの男(パリス)に奪われはしたが、

Tot tibi tamque dabit formosas Roma puellas,   55
 'Haec habet' ut dicas 'quicquid in orbe fuit.'

ローマは君にとびきり美しい女たちをいかほどでも与えてくれるだろう。まさに君が言うように「ローマには世界中のものがそろっている」のだ。

Gargara quot segetes(穀物), quot habet Methymna racemos(葡萄の房),
 Aequore quot pisces, fronde(葉) teguntur(隠す) aves,

ガルガラ(トロアス)の地で取れる穀物ほども、メテュムナ(レスボス島)に実るブドウの房ほども、水に住む魚ほども、木の葉の陰に潜む小鳥ほども、

Quot caelum stellas(星), tot habet tua Roma puellas:
 Mater in Aeneae(属→) constitit(自) urbe sui.   60

夜空に輝く星の数ほどにも、君の住むローマには数多くの女たちがいるのだ。母なる女神ヴィーナスはわが子アイネアスの都に居を定めたもうた。

Seu caperis primis et adhuc crescentibus(成長) annis,
 Ante oculos veniet vera puella tuos:

君がまだ育ち盛りの初々しい少女に心を奪われるなら、まごうことなき乙女が君の目の前に姿を現すだろう。

Sive cupis juvenem, juvenes tibi mille placebunt.
 Cogeris voti(願望) nescius esse tui:

若い娘が欲しいと言うなら、千人もの娘が君のお眼鏡に叶うだろう。 その挙句どの娘を選ぶべきか分からなくなってしまうだろう。

Seu te forte juvat sera(遅い) et sapientior aetas,   65
 Hoc quoque, crede mihi, plenius agmen erit.

それともひょっとして年増で床上手の手頃の女がお好みとあらば、私の言を信じてもらいたいが、さような女たちもまたもっと多く群なしていることだろう。

Tu modo Pompeia lentus spatiare(散歩する) sub umbra,
 Cum sol Herculei(ヘラクレスの) terga leonis adit:

君はポンペイウスの柱廊が影なしているあたりを、ちょっとのんびりとぶらついてみたまえ、ヘラクレスが殺した獅子座の背に太陽が差し掛かる頃あいにでも(=真夏)。

Aut ubi muneribus nati sua munera mater
 Addidit, externo marmore dives opus.   70

あるいは息子(マルケッルス)が寄贈した建物にその母親(アウグストゥスの妹オクタヴィア)がさらに寄贈を重ねた、異国の大理石で飾られた壮麗な建物のあたりをだ。

Nec tibi vitetur quae, priscis sparsa tabellis,
 Porticus(女) auctoris Livia nomen habet:

古い時代の絵画があちこちにかけられている、建設者リヴィア(アウグストゥスの妃)の名を冠した柱廊も避けたりはせぬように。

Quaque parare(完3複) necem(殺害) miseris patruelibus(父方のいとこ) ausae
 Belides(ベルスの子孫) et stricto stat ferus ense(剣) pater.

ベロスの孫娘(ダナオスの五十人の娘)たちが大胆不敵にも哀れな従兄弟たちの殺害を企て、これに怒り狂った父親(ダナオス)が抜き身の剣を手にして立ちはだかっている柱廊もだ。

Nec te praetereat Veneri ploratus(泣く) Adonis,   75
 Cultaque Judaeo septima sacra Syro(シリアの).

ヴィーナスに悲嘆の涙を流させたアドニスの祭日も、シリアから渡来したユダヤ人たちの聖なる週の七日目のことも忘れてはならない。

Nec fuge linigerae(衣をまとった) Memphitica(エジプトの) templa juvencae(牝牛=イオ):
 Multas illa facit, quod fuit ipsa Jovi.

麻の衣装をまとった牝牛像(イオ)のあるエジプトの(イシス=イオ)神殿も避けてはならない。かの女神は自分がジュピターに犯されたのと同じことを多くの女たちにさせている。

Et fora conveniunt (quis credere possit?) amori:
 Flammaque in arguto(おしゃべりな) saepe reperta foro:   80

法廷でさえもまた(誰がそんな事を信じられようか)愛にふさわしい場所である。 雄弁が飛び交う法廷でもしばしば愛の炎が燃え上がったものだ。

Subdita qua Veneris facto de marmore templo
 Appias(女) expressis aera pulsat aquis,

ヴィーナスを祀った大理石の神殿の下で、ニンフのアッピアス像が噴水を空中に勢いよく放っているところ、

Illo saepe loco capitur consultus(法律家) Amori,
 Quique aliis cavit, non cavet ipse sibi:

そのあたりで、弁護人がしばしば恋心に捉えられるのである。他人に警戒するように指示していた人間が、自分には指示も下せぬ始末なのだ。

Illo saepe loco desunt sua verba diserto(雄弁な人),   85
 Resque novae veniunt, causaque agenda sua est.

そこでは弁の立つ男もしばしば言うべき言葉を失い、新たな事態が起こって、自らの弁護に努めねばならなくなる。

Hunc Venus e templis, quae sunt confinia(隣接する), ridet:
 Qui modo patronus, nunc cupit esse cliens.

かような男を隣にある神殿の中からヴィーナスが笑っておられる。なにせ、つい先頃まで子分のための弁護役だった男が、今度は弁護してもらう子分になりたいというのだから。

Sed tu praecipue curvis(円形の) venare(命、狩をする) theatris:
 Haec loca sunt voto fertiliora(多産な) tuo.   90

だが君は中でも円形劇場を漁(あさ)ってみることだ。この場所なら君が願っていることを一層をたっぷりと叶えてくれよう。

Illic invenies quod ames, quod ludere possis,
 Quodque semel tangas, quodque tenere velis.

ここならば君が愛する相手も、戯れるのにふさわしい相手も、ほんの一度だけちょっかいを出してみる相手も、ずっと自分のものにしておきたい相手も見つけられよう。

Ut redit itque frequens longum formica(蟻) per agmen,
 Granifero(穀物を運ぶ) solitum cum vehit ore cibum(食料),

いつもの食料を口にくわえて運んでいる蟻が長い行列を作ってしきりに往来するほどにも、

Aut ut apes saltusque(谷) suos et olentia(香り) nactae(見つける)   95
 Pascua(目、牧草地) per flores et thyma summa volant,

さてはまた、ミツバチが自分たちの好む山間の地や芳香を放つ牧草地をわがものとして、花々の間を縫ったり、ジャコウソウの上をかすめて飛び回ったりしているほどにも、

Sic ruit ad celebres cultissima femina ludos:
 Copia judicium saepe morata(遅らせる) meum est.

雅(みやび)に洗練された女は、人出で賑わう芝居小屋へ押しかけるものだ。その数の多さに、しばしば私もその鑑定に手間取ってしまう。

Spectatum veniunt, veniunt spectentur ut ipsae:
 Ille locus casti(純潔な) damna pudoris habet.   100

女たちは芝居見物にやってくるのだが、自分たちの姿を人に見られるためにもやってくるのだ。かような場所は貞淑で恥じらいを知る女には害をなすものだ。

Primus sollicitos(混乱した) fecisti, Romule, ludos,
 Cum juvit viduos(未婚の) rapta Sabina viros.

ロムルスよ、芝居を混乱に陥れた最初の人物は貴殿であったな。サビニーの女たちが略奪されて、妻を持たぬローマの男たちを喜ばせたあのおりのことであったが。

Tunc neque marmoreo pendebant vela theatro,
 Nec fuerant liquido(液の) pulpita(舞台) rubra(赤い) croco(サフラン);

その頃にはまだ大理石造りの劇場に帆布の覆いもかかっておらず、舞台がサフランの水で赤く染まるようなこともなかった。

Illic quas tulerant nemorosa(森の多い) Palatia(パラティウム), frondes(葉)   105
 Simpliciter positae, scena sine arte fuit;

芝居小屋は森で覆われたパラティヌスの丘の木の枝で作られ、舞台は装飾を凝らすこともなく簡素にしつらえられていた。

In gradibus sedit populus de caespite(芝生) factis,
 Qualibet(ありあわせの) hirsutas(もじゃもじゃ) fronde tegente comas(目).

見物の人々は芝生の階段に腰を下ろし、ボサボサの髪にありあわせの木の葉を日よけに頭に乗せていたものだ。

Respiciunt(見回す), oculisque notant sibi quisque puellam
 Quam velit, et tacito(無言の) pectore multa movent.   110

ローマの男たちはあたりを見回し、誰もが目を凝らして、ものにしたいと思う女に目星をつけ、口には出さぬものの胸中あれこれと思いを巡らせたのである。

Dumque, rudem praebente modum(調べ) tibicine(笛吹き) Tusco(エトルリア人),
 Ludius(役者) aequatam ter pede pulsat humum,

さてトゥスキ人の笛が奏でる粗野な音に合わせて、役者が平らにならされた土を三度にわたって踏み鳴らす、

In medio plausu(拍手) (plausus tunc arte carebant)
 Rex populo praedae(獲物) signa petita dedit.

拍手喝采がなされているさなかに―その頃は拍手喝采の仕方も技巧を凝らしたものではなかったが―王はその民に獲物を捕らえにかかれとの合図をしたのであった。

Protinus exiliunt, animum clamore fatentes(表す),   115
 Virginibus cupidas iniciuntque(投げる) manus.

すると彼らはどっと飛び出し、喚声をあげて心の内を表し、欲望に燃える手を乙女たちの上に伸ばした。

Ut fugiunt aquilas, timidissima turba(群れ), columbae,
 Ut fugit invisos(嫌われた) agna novella lupos:

ひどく臆病な鳩の群れが鷲から逃げるように、幼い子羊が狼の姿を見て逃げるように、

Sic illae timuere viros sine more ruentes;
 Constitit in nulla qui fuit ante color(顔色).   120

乙女たちは男どもを恐れ、算を乱して逃げ惑った。どの乙女の顔にも、先ほどまでのような生気は宿っていなかった。

Nam timor unus erat, facies non una timoris:
 Pars laniat(引き裂く) crines, pars sine mente sedet;

みんなを襲った恐怖は一様だったが、恐怖の表情は一様ではなかった。髪をかきむしっている者もいれば、茫然としてへたり込んでいる者もいた。

Altera maesta silet, frustra vocat altera matrem:
 Haec queritur, stupet haec; haec manet, illa fugit;

ある者は悲しみに暮れて黙り込み、あるものは虚しく母を呼んでいた。嘆き声をあげている者もいれば、茫然として我を忘れている者もあり、その場に残る者も、逃げ出す者もあった。

Ducuntur raptae, genialis(結婚の) praeda, puellae,   125
 Et potuit multas ipse decere(飾る) timor.

結婚の臥所へといざなうべく、娘たちはさらわれたのであった。そして恐怖に駆られていたことで、多くの娘たちはより美しく見えたほどだった。

Siqua repugnarat nimium comitemque negabat,
 Sublatam(持ち上げる) cupido(熱望する) vir tulit ipse sinu,

あまりにも烈しく抗って、男に随っていくことを拒む娘がいれば、男は欲望に燃える胸にその娘を抱き上げ、

Atque ita 'quid teneros lacrimis corrumpis ocellos?
 Quod matri pater est, hoc tibi' dixit 'ero.'   130

こう声をかけて「なぜそのかわいい目を涙で台無しにするんだね。お前の父さんがお前の母さんにとってそうだったのと同じ関係に、俺とお前はなるんだよ」と言ったものだ。

Romule, militibus scisti dare commoda(報酬) solus:
 Haec mihi si dederis commoda, miles ero.

ロムルスよ、兵士たちにかような恩賞を与える術を心得ていたのは貴殿ひとりあるのみだ。貴殿がかような恩賞を与えてくれるならば私も兵士になろう。

Scilicet ex illo sollemni(伝統の) more theatra
 Nunc quoque formosis insidiosa manent.

いかにも、かくの如き古来の伝統による風習によって、美しい女たちにとって今日なお劇場は相変わらず罠に陥りやすい場所なのである。

Nec te nobilium fugiat certamen equorum;   135
 Multa capax(収容する) populi commoda Circus habet.

優れた血統の馬が足の速さを競うおりをも逃してはならない。多くの人々を収容する競技場は、数々の便宜を提供してくれるものだ。

Nil opus(必要) est digitis, per quos arcana(秘密) loquaris,
 Nec tibi per nutus accipienda nota est:

ここでは秘密の言葉を語る指を使う必要はないし、うなずき返して合図を受け止める必要もない。

Proximus a domina, nullo prohibente, sedeto,
 Junge tuum lateri qua potes usque latus;   140

誰も邪魔立てする者はいないのだから、気に入った女性の隣に座りたまえ。その女の脇腹にできるだけ君の脇腹をくっつけるのだ。

Et bene, quod cogit, si nolis, linea(線) jungi(一つになる),
 Quod tibi tangenda est lege(規則) puella loci.

座席の列の関係で否応なしに寄り添う仕儀となるのはこれは都合が良い。場所の習いで女性の体に触らざるを得ないこともだ。

Hic tibi quaeratur socii sermonis(会話) origo(糸口),
 Et moveant primos publica(月並みな) verba sonos.

さてそこで彼女と近づきになる話の糸口を探るのだ。最初はまずはありふれた言葉を発するのがよかろう。

Cuius equi veniant, facito(ふるまう) studiose(熱心に) requiras:   145
 Nec mora, quisquis erit, cui favet illa, fave.

入ってくるのは誰の馬か、よろしいかね、熱心に聞くことだ。時を移さず、彼女が声援を送っているのはどれだろうと、それに声援を送りたまえ。

At cum pompa(行列) frequens caelestibus(神) ibit eburnis,
 Tu Veneri dominae plaude(拍手する) favente manu;

そして象牙で作られた神々の像が行列をなして入ってきたら、君の女主(おんなあるじ)たるヴィーナスに喝采を送るのだ。

Utque fit, in gremium(ひざ) pulvis(ちり) si forte puellae
 Deciderit(落下), digitis excutiendus(払い落とす) erit:   150

よくあることだが、お目当ての女性の膝に塵が落ちかかるようなことがあったら、指で払いとってやらねばならぬ。

Etsi nullus erit pulvis, tamen excute nullum:
 Quaelibet officio causa sit apta(用意する) tuo.

たとえもし塵など全然が落ちかかってこなくとも、やはりありもせぬ塵を払いとってやりたまえ。なんでもいいから、君が彼女に尽くしてやるのに都合のいい口実を探すのだ。

Pallia(外套) si terra nimium demissa(垂れ下がって) jacebunt,
 Collige(引き止める), et immunda(汚れた) sedulus(せっせと) effer(持ち上げる) humo(地面);

もし外套が長すぎて地面に垂れかかっていたら、その端をつまんで、汚い地面からいそいそとかき揚げてやりたまえ、

Protinus, officii pretium, patiente(許す) puella   155
 Contingent oculis crura(すね) videnda tuis.

すると直ちに君の奉仕の代償として、女性も仕方なく許すがままに、彼女の脚が君の目に入る仕儀となる。

Respice praeterea, post vos quicumque sedebit,
 Ne premat opposito(前に置く) mollia terga genu(奪、ひざ).

それからあたりをぐるりと見回し、誰にもせよ君たちの後ろに座っている奴が、彼女の柔らかい背中に膝を押しつけたりせぬように気を配ることだ。

Parva(些細な) leves capiunt animos: fuit utile multis
 Pulvinum(クッション) facili composuisse(配置する) manu.   160

ほんの些細なことが女の浮気心を捕らえるものなので、気軽に手を動かして敷物を直してやったことが功を奏したことは多くの男たちの経験したところだ。

Profuit et tenui(薄い) ventos movisse tabella,
 Et cava(空ろな) sub tenerum scamna(足台) dedisse pedem.

板などを手にそっと扇いでやるのも、華奢な足の下に中の虚ろな足台をおいてやるのも役に立つ。

Hos aditus(機会) Circusque novo praebebit amori,
 Sparsaque(撒いた) sollicito tristis harena(砂) foro.

競技場も、撒かれた砂が(剣闘士の)凄惨な血に染まる騒然とした広場も、新たな愛が芽生えるこんな糸口を与えてくれるのだ。

Illa saepe puer Veneris pugnavit harena,   165
 Et qui spectavit vulnera, vulnus habet.

あの闘技場ではしばしばヴィーナスの息子アモルが戦ったのだ。剣闘士が負う傷を見物していた者が、傷を負うのである。

Dum loquitur tangitque manum poscitque libellum
 Et quaerit posito pignore(掛け金), vincat uter,

話をしたり、ふと手に触れたり、出し物のプログラムを借り受けたりし、賭けをしてどちらが勝つかなどと聞いているうちに、

Saucius(傷ついた) ingemuit telumque volatile sensit,
 Et pars spectati muneris(見世物) ipse fuit.   170

胸に深手を負ってうめき声を発し、アモルの矢を射込まれたのを感じて、自分自身が見物していた闘技中の一員となってしまうという次第である。

Quid, modo(最近) cum belli navalis imagine(似姿) Caesar
 Persidas(ペルシャの) induxit Cecropias(アテナイの)que rates?

つい最近のこと、カエサルが模擬海戦でその模様を再現して、ペルシャ軍とケクロプスの末裔アテナイ人との軍船を我々に見せてくれたが、あのおりはまあどうだ。

Nempe ab utroque mari juvenes, ab utroque puellae
 Venere, atque ingens orbis in Urbe fuit.

あちこちの海から若者たちが、また若い娘たちがやってきて、広大な全世界がローマ一都の中に収まったかの観があった。

Quis non invenit turba, quod amaret, in illa?   175
 Eheu, quam multos advena(外国の) torsit(苦しめる) amor!

これほどの人々が群れ集まった中で、愛する相手を見つけられぬ者があったろうか。ああ、どれほどの男たちが異国の女性との恋に身を焦がしたことだろう。

Ecce, parat Caesar domito(征服した) quod defuit orbi
 Addere: nunc, oriens(東方) ultime, noster eris.

見よ、カエサルは、まだ世界の征服し残した部分をも、さらに領土に加えようと準備をしているところだ。オリエントの果てなる世界よ、汝も我々のものとなるだろう。

Parthe, dabis poenas: Crassi gaudete sepulti(主、埋葬された),
 Signaque barbaricas non bene passa(被る) manus.   180

パルティアは罰を受けることになろう。墳墓に眠るクラッスス父子よ、喜びたまえ。不運にも蛮族の手に落ちた軍の標章よ、喜ぶがいい 。

Ultor adest, primisque ducem profitetur(名告る) in annis,
 Bellaque non puero(若者) tractat(行なう) agenda puer.

仇を討つ者がやってきたのだ。若者の身(アウグストゥスの孫ガイウス・カエサル)にして既に将たるにふさわしい資質を表し、若い身空には似合わぬほどのいくさぶりを見せている。

Parcite(慎む) natales(生まれ) timidi numerare deorum:
 Caesaribus virtus contigit ante diem.

気の小さい者どもよ、神々(のような人間)の年齢を数えるような真似は止めておけ。カエサルの一門には武人の徳はその年齢よりも早くから備わっているのだ。

Ingenium caeleste(神の) suis velocius annis   185
 Surgit(成長する), et ignavae(無気力な) fert male damna morae.

天から賦与された才が、その年齢よりも早く発揮され、無為のうちにグズグズと時を過ごすような損失に甘んじはしないのである。

Parvus erat, manibusque duos Tirynthius angues
 Pressit, et in cunis(揺り籠) iam Jove dignus erat.

ティリンス生まれの者(ヘラクレス)がその手で二匹の蛇を握りつぶしたのは幼い時のことだったのだ。ゆりかごの中にいた時から既にゼウスの子にふさわしい身であった。

Nunc quoque qui puer es, quantus tum, Bacche, fuisti,
 Cum timuit thyrsos(杖) India victa tuos?   190

今もなお若いが、バッカスよ、インドが征服されて御身(おんみ)の神杖の前に震え上がったのは、おいくつの時だったかな。

Auspiciis(権力) animisque patris, puer, arma movebis,
 Et vinces animis auspiciisque patris:

青年ガイウス・カエサル(アウグストゥスの孫、養子)よ、父君譲りの権威と勇気をもって、御身は軍を動かすだろう。父君譲りの勇気と権威をもって勝利をおさめるだろう。

Tale rudimentum(始まり) tanto sub nomine debes,
 Nunc juvenum princeps, deinde future senum;

かかる偉大な名を背負っているからには赫々たる初陣の功を立てねばならぬ。今は青年たちの長であるが、やがて老年者の長たるべき御身である。

Cum tibi sint fratres, fratres ulciscere laesos:   195
 Cumque pater tibi sit, jura tuere patris.

御身には兄弟がいるのだから、傷つけられた兄弟(パルティアの亡命王子たち)の仇を討ってくれ。御身には父君がいるのだから父君(パルティアの先王フラーテス4世)の権利を守ってくれたまえ。

Induit arma tibi genitor(父) patriaeque tuusque:
 Hostis ab invito regna parente rapit;

祖国の父たる御身の父君は御身に武器を携えしめた。敵(フラーテス5世)は父(フラーテス4世)の意に背いて、その王国を奪ったのだ。

Tu pia tela feres, sceleratas ille sagittas:
 Stabit pro signis jusque piumque tuis.   200

御身が携えるのは孝心の武具だが、彼の者が携えるのは非道の矢なのだ。御身の軍の標章の先頭には、正義と経験とが立って進むだろう。

Vincuntur causa Parthi: vincantur et armis;
 Eoas(東方の) Latio dux meus addat opes(富).

戦いの大義において既にパルティア人は敗れているのだから、干戈を交えても敗北せしめるが良い。わが統領はラティウムの地に東方の富を加えねばならぬ。

Marsque pater Caesarque pater, date numen eunti:
 Nam deus e vobis alter es, alter eris.

父なるマルスよ、父なるカエサルよ、出陣に臨むかの人(ガイウス)に神助を垂れたまえかし。御身らのうち一人は神であり、もう一人はいずれ神となるのだから。

Auguror(予測), en(さあ), vinces; votivaque(奉納の) carmina reddam,   205
 Et magno nobis ore sonandus(賛美する) eris.

良いかな、私は予言するが、御身は勝利をおさめるだろう。して、私は戦勝祈願の詩を奉献するだろう。して、私は声を大にして御身をたたえることになろう。

Consistes, aciemque meis hortabere(未2) verbis;
 O desint animis ne mea verba tuis!

御身はしっかりと足を踏まえて、私の言葉で軍勢を鼓舞してもらいたい。私の言葉が御身の勇気を語るに足るものであってほしいものだ。

Tergaque Parthorum Romanaque pectora dicam,
 Telaque, ab averso quae jacit hostis equo.   210

私は背を向けて逃げるパルティア人と、胸を張って進むローマ軍を、逃げながら敵が後ろ向きに馬上から放つ矢を歌うだろう。

Qui fugis ut vincas, quid victo(tibi 敗者), Parthe, relinquis?
 Parthe, malum iam nunc Mars tuus omen habet.

勝とうとして逃げているのに、パルティア人どもよ、敗者になったら何を残そうというのだ。パルティアよ、汝らの戦運はすでに凶と出ているぞよ。

Ergo erit illa dies, qua tu, pulcherrime rerum(万物),
 Quattuor(→馬) in niveis aureus ibis equis.

されば、万物の中で最も美しき御身ガイウス・カエサルよ、雪のように白い四頭の馬を引く戦車に乗り、金色の衣装をまとって、御身が凱旋する日はやってくるだろう。

Ibunt ante duces onerati colla catenis(鎖),   215
 Ne possint tuti, qua prius(以前), esse fuga.

首に重い鎖を巻きつけられて、敵将どもが、その前を歩むだろう。もはや以前のように、逃げおおせて身の安泰を図ることも出来ぬ身となって。

Spectabunt laeti juvenes mixtaeque puellae,
 Diffundetque(くつろがせる) animos omnibus ista dies.

その様を、喜びに沸く若者たちが女の子たちも交えて見物することだろう。その日は全ての人々の心が喜びに溢れるだろう。

Atque aliqua ex illis cum regum nomina quaeret,
 Quae loca, qui montes, quaeve ferantur aquae,   220

その中の誰か女の子が(敗れた敵の)王たちの名を聞くようなことがあれば、運ばれていく像のあれはどこの土地、どこの山、どこの川を表しているのかと聞かれたら、

Omnia responde, nec tantum siqua rogabit;
 Et quae nescieris(完接), ut bene nota refer.

すべてを答えたまえ。それもただ聞かれたことだけにではなくだ。 たとえ知らないことがあったとしてもよく知っているかのように説明してやるのだ。

Hic est Euphrates, praecinctus(帯びる) harundine(葦) frontem:
 Cui coma dependet caerula(青い), Tigris erit.

そこを行く額に葦を巻きつけたのはユーフラテス川だ、藍色の髪を垂らしているのはティグリス川だろう、

Hos facito Armenios(アルメニア人); haec est Danaeia(ダナエの裔) Persis(ペルシャ):   225
 Urbs in Achaemeniis(ペルシャ) vallibus ista fuit.

この連中はアルメニア人だということにしたまえ。こっちはダナエの後裔のペルシア女だ。あれはアカイメニア人に谷間にあった町だ。

Ille vel ille, duces; et erunt quae nomina dicas,
 Si poteris, vere, si minus, apta tamen.

あれとあれは敵の大将だ、君にも言える名があったら言いたまえ。それが出来なかったら、もっともらしい名をあげておくがいい。

Dant etiam positis aditum convivia(宴会) mensis(料理):
 Est aliquid praeter vina, quod inde petas(求める).   230

食卓の用意が整った宴席もまた愛の口火となるものだ。そこでは酒の他にも君が求めている何かがある。

Saepe illic positi(座った) teneris adducta(引き寄せる) lacertis(腕)
 Purpureus Bacchi(バッカス) cornua pressit Amor:

よくあることだが、そこでは赤い顔をしたアモルがしなやかな腕を回して、酒を食らった酒神の角を押さえつけてしまうのだ。

Vinaque cum bibulas(吸収する) sparsere Cupidinis alas,
 Permanet et capto stat gravis ille loco.

酒がクピドの染み込みやすい翼に浴びせられると、クピドはずっとどまっていて、選んだ場所に重い腰を据えているものだ。

Ille quidem pennas(翼) velociter excutit udas(湿った):   235
 Sed tamen et spargi(主) pectus amore nocet(傷つける).

だがこの神は湿った翼から雫をさっと振り落とすと、人の胸に恋心をふりかけるという悪さをするのである。

Vina parant animos faciuntque caloribus(情熱) aptos:
 Cura fugit multo diluiturque(洗い去る) mero.

酒は勇気をふるい起こさせ、男どもを情熱に燃え立たせる。生の酒をたんまり食らうと憂いはどこかへ吹き飛び、雲散霧消してしまう。

Tunc veniunt risus, tum pauper cornua sumit(勇気を得る),
 Tum dolor et curae rugaque(しわ) frontis abit.   240

すると笑いがやってきて、貧しい者も大胆になる。すると悲しみも心配事も額のシワも消えてなくなる。

Tunc aperit mentes aevo(時代) rarissima nostro
 Simplicitas(素朴), artes excutiente deo.

すると、酒神があれこれの策略を払いのけてくれるので、我々の時代にはごく稀にしか見られぬものだが、素朴さが胸襟を開いてくれるのだ。

Illic saepe animos juvenum rapuere puellae,
 Et Venus in vinis ignis in igne fuit.

かような場では女の子たちがしばしば若者の心を奪ってしまう。酒中のヴィーナスは火の中の火となるからだ。

Hic tu fallaci nimium ne crede lucernae(灯火):   245
 Judicio formae noxque merumque(生の酒) nocent.

かようなおりには、君は目を欺くことの多い灯火をあまり信用しないがいい。夜と深酒とは容姿の判断を狂わせるからだ。

Luce deas caeloque Paris spectavit aperto,
 Cum dixit Veneri 'vincis utramque, Venus.'

パリスがヴィーナスに向かって「ヴィーナスよ、あなたの方がこの二人の女神ヘラとアテナよりも美しさにおいて勝っておられる」と言ったのは、昼間で大空が広がっている下のことだった。

Nocte latent mendae(欠点), vitioque ignoscitur(見逃す) omni,
 Horaque formosam quamlibet illa facit.   250

夜には体の欠陥は隠れ、あらゆる欠点は大目に見られるものなのだ。夜という時はどんな女でも美しくする。

Consule(相談する) de gemmis(宝石), de tincta murice(紫) lana(羊毛),
 Consule de facie corporibusque diem.

宝石を鑑定する時にも、紫色に染めた毛の織物を見極めるのにも、女の顔と体を判定するのも、昼間と相談してやることだ。

Quid tibi femineos coetus(集まり) venatibus(狩猟) aptos
 Enumerem? numero cedet harena meo.

女たちが群れていて女漁りにふさわしい場所を君のために数え上げるまでもあるまい。 浜の真砂も私の数え上げる数には及ばぬほどだ。

Quid referam Baias, praetextaque(縁取る) litora Bais,   255
 Et quae de calido sulpure(硫黄) fumat aqua?

バイアエとバイアエに隣接する海岸を、また熱い硫黄がもうもうと湯気を立てている温泉についても言うには及ぶまい。

Hinc aliquis vulnus(中) referens in pectore dixit
 'Non haec, ut fama est, unda salubris(健全) erat.'

ここからさる人が胸に傷を負って戻ってきて、「ここの湯は噂に聞くほどには健康には良くなかった」と言ったものだ

Ecce suburbanae templum nemorale(森の) Dianae
 Partaque per gladios regna nocente manu:   260

ほら、ローマ近郊にはディアナの森生い茂る神殿もある。剣で人をあやめた手で、その王国は手に入れられた。

Illa, quod est virgo(処女), quod tela Cupidinis odit,
 Multa dedit populo vulnera, multa dabit.

この女神は処女であるから、またクピドの矢を憎み嫌っているから、人々に多くの傷を与えたものだし、これからも与えるだろう。

Hactenus, unde legas(選ぶ) quod ames, ubi retia ponas,
 Praecipit(教える) imparibus(不揃い) vecta Thalea(美の三女神) rotis.

ここまでのところ、愛する相手をどんな場所で選ぶべきか、どこに網を張ったらいいかを、車輪の大きさの異なる戦車(エレギアの詩型)に乗った詩女神(ムーサ)タレイアが教えてくれた。

Nunc tibi, quae placuit, quas sit capienda per artes,   265
 Dicere praecipuae(スペシャルな) molior(努力する) artis opus.

さて今度は気に入った女をどんな手管を駆使してとらえるべきかを語るべく努めよう。これこそがこの作品の主要な点なのだ。

Quisquis ubique, viri, dociles advertite mentes,
 Pollicitisque(約束) favens(支持する), vulgus, adeste meis.

君が誰だろうとも、どこにいようとも、男たちよ、私の言うことに素直に耳を傾けてくれたまえ。私が約束することに素直な気持ちで臨む聞き手であってもらいたい

Prima tuae menti veniat fiducia(自信), cunctas
 Posse capi; capies, tu modo tende plagas(網).   270

まずは君のその心に確信を抱くことだ、 あらゆる女はつかまえられるとの。網を張ってさえいれば捕まえることができるのだ。

Vere prius volucres taceant, aestate cicadae,
 Maenalius(アルカディアの) lepori det sua terga canis,

春に鳥たちが、夏に蝉が歌うことを忘れて沈黙せず、猟犬マイナロス犬がウサギに背を向けて逃げ出さないように、

Femina quam juveni blande(言葉巧みに) temptata repugnet:
 Haec quoque, quam(主) poteris credere nolle(動), volet.

女は若者に甘い言葉で誘惑されたらはねつけることはない。嫌がっていると君が信じているかもしれない女も、その実、望んでいるのだ。

Utque viro furtiva(密かな) venus(秘事), sic grata(好ましい) puellae:   275
 Vir male dissimulat: tectius(秘めた) illa cupit.

こっそりと楽しむ愛が男にとって心をそそるものであるように、女にとってもそうなのだ。男は愛欲を隠すのが下手だが、女はもっと秘め隠した形で愛欲を抱くものだ。

Conveniat(もし決めたら) maribus(男性), ne quam nos ante rogemus,
 Femina jam partes victa(負けて) rogantis agat(接).

我々男どもが申し合わせて、女たちより先に求愛しないことにしたとしよう。女たちは負けて、愛を乞う役割を買って出ることになる。

Mollibus in pratis(草地) admugit(牛が鳴く) femina tauro:
 Femina cornipedi(蹄のある) semper adhinnit(いななく) equo.   280

柔らかい草の生えている牧場では牝牛が牡牛に鳴きかけているし、雌馬は蹄(ひずめ)のある足もつ雄馬に向かって何時でも嘶(いなな)いている

Parcior(控えめな) in nobis nec tam furiosa libido:
 Legitimum finem flamma virilis(男の) habet.

我々男にあっては性欲はさほど狂おしいものではない。男の胸に燃える情炎には、法にかなった限度というものがある。

Byblida(ビュブリス) quid referam, vetito quae fratris amore
 Arsit et est laqueo(縄) fortiter ulta(罰する) nefas(罪)?

兄へのの禁じられた恋に身を焦がし、綱でくびれてきっぱりと己が罪を贖(あがな)ったビュブリスを引き合いに出すまでもあるまい、

Myrrha(ミュッラ) patrem, sed non qua filia debet, amavit,   285
 Et nunc obducto(覆う) cortice(樹皮) pressa(覆われて) latet:

ミュラはその父を、娘がしてはならない形で愛した、それで今は木の皮に押し込められて、身を隠している。

Illius lacrimis, quas arbore fundit odora,
 Unguimur(塗る), et dominae nomina gutta(したたり) tenet.

香り高い木からにじみ出ている彼女の涙は、我々が体に塗っているものだが、その樹液は主(あるじ)の名を留めているではないか、

Forte sub umbrosis(影の多い) nemorosae vallibus Idae(クレタの山)
 Candidus, armenti(家畜) gloria, taurus erat,   290

樹木生い茂るイダ山の陰なす谷間に、たまたま群の中の誉れである真っ白な牡牛がいて、

Signatus(印のある) tenui(小さい) media inter cornua nigro(黒点):
 Una fuit labes(汚れ), cetera lactis(属、乳) erant.

両方の角の真ん中に小さな黒点があった。この黒点がただ一つの汚れで、他は乳白色であった

Illum Cnosiadesque Cydoneaeque juvencae
 Optarunt(望む) tergo sustinuisse suo.

この牡牛を、クノッソスの牝牛もキュドニアの牝牛も、背に乗って欲しいと願っていた。

Pasiphae(主) fieri gaudebat adultera tauri;   295
 Invida(嫉んで) formosas oderat illa boves.

パーシパエーはこの牡牛の情婦になることに喜びを覚え、美しい牝牛たちを憎んでいたものだった。

Nota cano: non hoc, centum quae sustinet urbes,
 Quamvis sit mendax, Creta negare potest.

私が歌うのはよく知られたことだ。百の町を擁するクレタが、たとえどれほど嘘つきの地だろうとも、この事は否定できまい。

Ipsa novas frondes et prata tenerrima tauro
 Fertur(言われる) inassueta subsecuisse(摘む) manu.   300

パーシパエーは若葉やごく柔らかい牧草を、慣れない手つきで牡牛のためにむしってやったと伝えられる。

It comes armentis, nec ituram cura moratur(妨げる)
 Conjugis(夫), et Minos a bove victus erat.

して、牛の群れの仲間になって去って行き、夫のことを思って立ち去るのをためらったりはしなかった。ミノス王が牛に負けたというわけだ。

Quo tibi, Pasiphae, pretiosas sumere(まとう) vestes?
 Ille tuus nullas sentit adulter opes.

パーシパエーよ、なんでお前が高価な衣装をまとうことがあろうか。お前のあの情夫は財貨などは毫も感じない身ではないか。

Quid tibi cum(関係) speculo(鏡), montana armenta petenti?   305
 Quid totiens(それほど頻繁に) positas fingis(整える), inepta(愚かな), comas(頭髪)?

山に住む牛の群れの後を追っていくお前に、鏡などがいるわけもなかろう。馬鹿な女よ、なんだってそう度々髪を整えることがあるのだ。

Crede tamen speculo, quod te negat esse juvencam.
 Quam(副) cuperes(未完接) fronti cornua nata tuae!

もっとも、鏡を信用するがいい。それはお前が牝牛でないことを教えてくれよう。お前の額に角が生えて欲しいと、お前はどれほど願ったことか。

Sive placet Minos, nullus quaeratur(接、求める) adulter(姦夫):
 Sive virum(夫) mavis fallere, falle viro(人間のために)!   310

ミノスを愛しているなら、情夫なんぞ求めたりせぬことだ。亭主を欺きたいのなら人間の男のために欺くがいい。

In nemus(森) et saltus(森) thalamo(夫婦の床) regina relicto
 Fertur(歩く), ut Aonio(ボイオティアの) concita(駆り立てる) Baccha(バッコスの信徒) deo.

この王妃は結婚の臥所を捨てて、森の中の小道をアオニアの神バッコスに憑かれた神女のように歩んでいた。

A, quotiens vaccam(牝牛) vultu spectavit iniquo(敵意ある),
 Et dixit 'domino(主人) cur placet ista meo?

ああ、幾たびか彼女は憎しみを面に浮かべて牝牛を見やってはこういったことだろう。「どうしてあの牝牛めが私の主人(である牡牛)の気に入っているのかしら、

Aspice, ut ante ipsum teneris exultet in herbis:   315
 Nec dubito, quin se stulta decere(自分が相応しい) putet.'

「ごらんなさい、あの牝牛が彼の前で柔らかな草を踏んで跳ね回っている様を。あの馬鹿牝牛は自分がかっこいいと思っているに違いないわ」

Dixit, et ingenti jamdudum(すぐに) de grege duci
 Jussit et immeritam(値しない) sub juga(くびき) curva trahi,

そう言うと、早くも彼女は多数の群の中からその牝牛を引き出すように命じ、そんなことには向いていないその牝牛を、曲がった頸木(くびき)にかけて引いて行けと命じ、

Aut cadere(死ぬ) ante aras commentaque(捏造した) sacra coegit,
 Et tenuit laeta paelicis(恋敵) exta(内蔵) manu.   320

あるい祭儀を装って、祭壇の前で屠らせて、嬉々として恋敵の内臓をその手に掴んだのだった。

Paelicibus quotiens placavit numina caesis,
 Atque ait, exta tenens 'ite, placete(好かれる) meo!'

恋敵の牝牛どもを殺して神意をなだめるたびに、その内臓を手にして「さあ、私の好きなあの人の心をとらえてみるがいい」と言ったものだった。

Et modo se Europen(対) fieri, modo postulat Io(対),
 Altera quod bos est, altera vecta bove.

時にはエウロペになりたいと、また時にはイオになりたいと願ったりもした。一人は牛にされたし、一人は牛の背に乗って連れ去られたからだ。

Hanc tamen implevit(妊娠させる), vacca deceptus acerna(楓で作った),   325
 Dux gregis, et partu(出産) proditus(あばく) auctor(父) erat.

だが、牛の群れの王者たる牡牛はカエデの木で作られた牝牛の姿に騙されて、彼女を孕ませ、生まれてきた子供によってその父親であることが露見してしまったのである。

Cressa(アエロペ、アトレウスの妻) Thyesteo(アトレウスの兄弟テュエステスの) si se abstinuisset amore
 (Et quantum est uno posse carere viro?),

クレタ島の女(アエロペ)もテュエステスへの愛を慎んでさえすれば―一人の男性で満足していろというのは無理な話だが―

Non medium rupisset(中断) iter, curruque retorto
 Auroram(東) versis Phoebus adisset equis.   330

ポイボス(アポロン)が中天でその進行を打ち切って戦車を反転させ、馬どもの向きを転じてアウロラの方へ引き返すこともなかっただろう。

Filia purpureos Niso(ニーソス) furata capillos
 Pube(陰部) premit rabidos(狂暴な) inguinibusque(陰部) canes.

ニソスから紫色の髪を盗んだ娘(スキュラ、ニーソスの娘)は隠し所と両足の間に猛り狂った犬どもはさみつけている

Qui Martem terra, Neptunum effugit in undis,
 Conjugis Atrides(アガメムノン) victima dira fuit.

地上にあってはマルスの手を、海上にあってはネプトゥーヌスの手を逃れおおせたアトレウスの子(アガメムノン)は、無残にもその 妻の犠牲となってしまった。

Cui non defleta(悼む) est Ephyraeae flamma Creusae,   335
 Et nece natorum sanguinolenta(血まみれの) parens?

エピュラ(コリントス)の王女クレウサを包んだ炎を、わが子を殺してその血にまみれた母親(メデイア)を悼まぬものはいようか。

Flevit(泣く) Amyntorides per inania lumina(目) Phoenix:
 Hippolytum pavidi(怯えた) diripuistis(引き裂く) equi.

アミュントルの子ポイニクスは虚ろにくり抜かれた眼を悲しんで泣いたものだ。恐怖に駆られた馬どもよ、お前たちはヒッポリュトスをズタズタにして殺したのだったな。

Quid fodis(刺す) immeritis, Phineu, sua lumina natis?
 Poena reversura est in caput ista tuum.   340

ピネウスよ、何だって罪もない息子たちの目をくりぬいたりしたのだ。その罰は他ならぬ お前自身の頭上に降りかかって来るぞよ。

Omnia feminea(女の) sunt ista libidine mota;
 Acrior est nostra, plusque furoris habet.

これらは全て女の欲情によって生じた出来事である。女の欲情は我々男のそれよりも激しく一層狂乱の様相を帯びている。

Ergo age, ne dubita(命) cunctas sperare puellas;
 Vix erit e multis, quae neget(拒否する), una, tibi.

さればだ、それ、女という女はことごとく望んでいることを、つゆ疑ってはならぬぞよ。あまたの女たちのうちで、君に向かって嫌だと言い放つような女は一人だっていまい。

Quae dant quaeque negant, gaudent tamen esse rogatae:   345
 Ut jam fallaris(失望させる), tuta repulsa(拒否) tua est.

許すにしろ許さぬにせよ、言い寄られることが嬉しいのだ。たとえ肘鉄を食らったとしても、君が撥(は)ねつけられたことは安全圏内のうちでのことだ。

Sed cur fallaris, cum sit nova grata voluptas
 Et capiant animos plus aliena(主、人のもの) suis?

だが、新たに味わう快楽は心楽しいものだし 、自分のものよりも他人の物の方が心を捉えるものだから、どうして君が撥ねつけられるようなことがあろうか。

Fertilior seges(穀物) est alienis semper in agris,
 Vicinumque pecus(家畜) grandius uber habet.   350

他人の畑の穀物はいつだってより豊穣なものだし、隣の家畜はより大きな乳房を持っているものなのだ。

Sed prius ancillam(女中) captandae nosse puellae
 Cura sit: accessus(接近) molliet(和らげる) illa tuos.

だがまず第一に腐心すべきことは、ものにしようと思った女の小間使いを知ることである。かかる女は君が目指す女性へ近づく道の道ならしをしてくれるからだ。

Proxima(近い) consiliis(考え) dominae sit ut illa, videto,
 Neve parum tacitis(秘密の) conscia(共犯者) fida(信頼できる) jocis(戯れ).

小間使いが女主人の身近に侍(はべ)って相談事にあずかるようにさせることだ。彼女を秘かな恋の戯れの十分信頼できる共犯者にしたてるように。

Hanc tu pollicitis(約束), hanc tu corrumpe rogando:   355
 Quod petis, ex facili(容易に), si volet illa, feres.

この小間使いを君は約束事で釣るか、口説き落とすかして丸め込むがいい。君が望んでいることは、彼女がその気になりさえすれば容易に叶うのだ。

Illa leget tempus (medici(医者) quoque tempora servant)
 Quo facilis dominae mens sit et apta capi.

彼女は女主人の心を捉えるのにたやすく、また相応しい時を選んでくれるだろう。医者だって治療の時間を守るではないか。

Mens(心) erit apta capi tum, cum laetissima rerum
 Ut seges in pingui(肥えた) luxuriabit(繁茂する) humo.   360

女が喜びに浸りきっている時こそ、その心はとらえ安い。肥沃な土地に穀物が繁茂するのと同じことだ。

Pectora dum gaudent nec sunt astricta(締める) dolore,
 Ipsa patent, blanda(魅力的な) tum subit(近づく) arte Venus.

心というものは、喜びにあふれ悲嘆に締め付けられていない時にはおのずと開くものである。その時ヴィーナスが心とろかす手を使って密かに忍び寄るのだ。

Tum, cum tristis erat, defensa est Ilios(主) armis:
 Militibus gravidum(満ちた) laeta recepit equum.

悲しみに暮れていた間はイリオン(トロイの別名)は軍勢に守られていたが、歓喜に浸ったおりに兵士を詰め込んだ馬を受け取ってしまった。

Tum quoque temptanda(試す) est, cum paelice laesa dolebit:   365
 Tum facies opera, ne sit inulta(仇をうてない), tua.

女がその旦那の愛人に傷つけられて悲しんでいるような時も、言い寄ってみるべきだ。彼女は仇を討てるよう、君は尽力するがいい。

Hanc matutinos(朝の) pectens(梳る) ancilla capillos
 Incitet(接、扇動する), et velo remigis(属) addat opem,

朝、彼女の髪をすいている小間使いに煽り立てさせて、帆の力にさらに櫂の力を加えるように努めるのだ。

Et secum tenui suspirans(ため息) murmure dicat
 'At, puto, non poteras ipsa referre vicem(報復).'   370

小間使いにため息まじりでそっと独り言をつぶやかせたらよかろう。「奥様ご自身は、あの女に仕返しなどお出来にはならないでしょうね」などと。

Tum de te narret, tum persuadentia verba
 Addat, et insano juret(接、〜だと断言する) amore mori.

そのおりこそ君のことを語り聞かさせ、もっともらしい言葉をさらに言わせて、君が狂ったように恋い焦がれて死なんばかりだ、などと請け合わせるがいい。

Sed propera(急げ), ne vela cadant(たたまれる) auraeque residant(静まる):
 Ut fragilis glacies(氷), interit(消える) ira mora(時間の経過).

だがそれは時を移さずにやりたまえ、さもないとも帆がたるんで、風が落ちてしまうからだ、溶けやすい氷のように、復讐心も時が経つにつれて消えてしまうものである

Quaeris, an(〜かどうか) hanc ipsam prosit(有益) violare(汚す) ministram(下女)?   375
 Talibus admissis(犯罪) alea(冒険) grandis inest.

ところで小間使い自身の体をものにしてしまうのが有利かどうかと君はお尋ねかね。さような罪深い行いには、大きな賭けがひそんでいるぞよ。

Haec a concubitu(性交) fit sedula, tardior illa,
 Haec dominae munus(贈り物) te parat(指名する), illa sibi.

臥所を共にしたことで労を惜しまぬようになる小間使いもいれば、それによってやる気を出さなくなる者もいるからだ。君を女主人に勧めてくれる小間使いもいれば、自分のものにしてしまおうとする者もいるわけだ。

Casus in eventu(成功) est: licet hic(casus) indulgeat(親切にする) ausis(大胆な行動),
 Consilium(忠告) tamen est abstinuisse meum.   380

上手くいくかどうかは運次第だ。こういう場合は大胆な者にはうまくいくことがあるが、まあやめておいたほうがいいというのが私の意見だ。

Non ego per praeceps(絶壁) et acuta cacumina(頂点) vadam,
 Nec juvenum quisquam me duce captus erit.

私は切り立った険しい山道を辿るつもりはない。私の言うとおりにすれば、若者が(犯罪者として)捕まることはない。

Si tamen illa tibi, dum dat recipitque tabellas,
 Corpore, non tantum sedulitate(熱心さ) placet,

小間使いが蝋を塗った書き板のやり取りを取り次いでいるうちに、熱心な働きぶりだけでなくその容姿も君の心を引いたなら、

Fac domina(奪) potiare(獲得する) prius, comes illa sequatur:   385
 Non tibi ab ancilla est incipienda(始める) venus.

まずは女主人をものにして、続いて小間使いをも君のものにするがいい。愛の交わりは小間使いの方から始めてはいけない

Hoc unum moneo, siquid modo creditur arti,
 Nec mea dicta rapax(強奪する) per mare ventus agit:

私が説く技法に信を置いてさえもらえるならば、して、貪欲な風が私の言葉をひっつかんで海の彼方へと吹き飛ばしたりしない限り、この一事だけは忠告しておこう。

Aut non rem temptes aut perfice; tollitur index(密告者),
 Cum semel in partem criminis ipsa venit.   390

小間使いを誘惑するとなれば、全くそれをやらないか、やるとなったら最後までやり抜くということだ。小間使いがひとたび君の罪に関わった時には、密告者はいなくなる。

Non avis utiliter viscatis(鳥もちがついた) effugit alis;
 Non bene de laxis(広げた) cassibus(網) exit aper.

羽を鳥もちでやられた小鳥を逃がすのはうまくない。広げた網から猪を逃がすのはよくない。

Saucius arrepto(捕らえた) piscis teneatur(接) ab hamo(釣針):
 Perprime(強く押す) temptatam, nec nisi victor(勝つまでは) abi.

釣り針を飲んで傷ついた魚は、搦(から)めたままでいろ。口説いた小間使いは最後までしっかりと押さえておいて、ものにするまで離さないようにしたまえ。

Tunc neque te prodet(裏切る) communi noxia(悪事) culpa,   395
 Factaque erunt dominae dictaque nota tibi.

そうなれば共犯になった以上は、小間使いは君を裏切らないだろう。そして、君の愛する女性の言動は、逐一君に知れるにいたるだろう。

Sed bene celetur: bene si celabitur index,
 Notitiae(知ること) suberit semper amica tuae.

だが人に知られないように上手くやりたまえ。密偵とも言うべき女をうまく隠しておけば、君の愛する女性の動きは、いつでも君の知るところとなるだろう。

Tempora qui solis operosa(辛い) colentibus arva,
 Fallitur, et nautis aspicienda(吟味する) putat;   400

時機を伺うのは、辛い畑仕事に従事している者たちや、船乗りだけがするべきことだと思っている者がいるとすれば、それは誤りというものである。

Nec semper credenda ceres(主、穀物) fallacibus(裏切る) arvis,
 Nec semper viridi concava(空ろな) puppis(船) aquae,

畑だって期待を裏切るのだから常に収穫が信用できるわけでもないし、うつろな船も常に緑なす海原を信じてはならないように、

Nec teneras semper tutum captare(誘惑する) puellas:
 Saepe dato melius tempore fiet idem.

優しい女を誘惑すればいつでもうまく行くわけではない。然るべき時を選べばしばしば同じ事でもずっとうまく行く。

Sive dies suberit(未) natalis(誕生日), sive Kalendae,   405
 Quas Venerem Marti continuasse juvat,

(当の女性の)誕生日がやってくる日だの、ヴィーナスがマルスに踵を接するの喜ぶ朔日(ついたち)の日だの、

Sive erit ornatus non ut fuit ante sigillis(彫像),
 Sed regum positas Circus habebit opes(財産),

以前のように小像で飾られることこそなくなったが、競技場に王侯の財宝が陳列される日だのは、

Differ(延期する) opus: tunc tristis hiems, tunc Pliades instant,
 Tunc tener aequorea(海) mergitur Haedus(仔ヤギ) aqua;   410

事に取り掛かるのは延期しておくがよかろう。さような時は陰気な嵐がやってくるし、プレイアデス(=嵐)は近づき迫り、幼い仔羊(星、御者座)は海面にひたされる。

Tunc bene desinitur(中止): tunc siquis creditur alto(深海),
 Vix tenuit lacerae(引き裂かれた) naufraga(難破した) membra ratis(属、船).

そんな時は(船出を)やめることだ。そんなおりに海に身をゆだねたりする者があれば、難破して砕けた船の板切れにさえ捕まることができないだろう。

Tu licet incipias qua flebilis(悲しい) Allia(アリア川) luce(日)
 Vulneribus(傷) Latiis(ラティウムの) sanguinolenta(血まみれの) fluit,

君はかような日に事を始めたらよかろう。悲しみの涙を誘ったアリア川が、ラティウム人の流した血で朱に染まった日とか、

Quaque die redeunt, rebus minus apta gerendis,   415
 Culta(祭られた) Palaestino(パレスティナの) septima(第七) festa(祝日) Syro(シリア人).

パレスチナに住むシリア人によって祭日とされている、七日めに巡ってきて商売事には不向きな日とかだ。

Magna superstitio(畏怖の対象) tibi sit natalis amicae:
 Quaque aliquid dandum est, illa sit atra(不吉な) dies.

愛する女性の誕生日こそは、君がおおいに恐れおののくべき日だ。何か贈り物をしなければならない日、それこそ君にとって災厄の日と言うべきだ。

Cum bene vitaris(完接), tamen auferet(未); invenit artem
 Femina, qua cupidi carpat amantis opes.   420

君がどんなにうまくかわしたとしてもやはり彼女は巻き上げるに決まっている。女というものは、愛を求める男から財貨をかすめ取る術をあみ出すものなのだ。

Institor(行商人) ad dominam veniet(未) discinctus(だらしない) emacem(買いたがる),
 Expediet(用意する) merces teque sedente suas:

だらしなく帯を締めた商人が、買い物好きな君の愛する女性のところへやってきて、君が居合わせている目の前で、持参の商品を並べ立てたりすることがあろう。

Quas illa, inspicias(接、吟味), sapere ut videare(2受), rogabit(求める):
 Oscula deinde dabit; deinde rogabit, emas(接).

彼女はそれを見て欲しいと君に言うだろうが、それも君が目利きであることを見せてやろうとの魂胆だ、それから君に接吻して、買ってくれとねだるだろう。

Hoc fore contentam multos jurabit in annos,   425
 Nunc opus esse sibi, nunc bene dicet emi.

これがあればこの先何年もおねだりしないわと言ったり、今必要なのとか、今が買い時だわ、と言ったりするだろう。

Si non esse domi, quos des, causabere(口実にする) nummos(お金),
 Littera poscetur(未)—ne didicisse juvet(接).

いま家には払ってやるだけの金がないと君が言い訳しても、それなら付け買いの証文を書いてくれと要求されるだろう。で、君は文字を学んだことが嬉しくもないという次第だ。

Quid, quasi natali cum poscit munera libo(菓子),
 Et, quotiens opus est, nascitur illa, sibi?   430

バースデーケーキを見せて贈り物をねだってきたら、それも必要なら何度も誕生日がやってきたら、どうする。

Quid, cum mendaci(偽りの) damno(損害) maestissima(悲しみに沈んだ) plorat(泣く),
 Elapsusque(落ちた) cava(穴のある) fingitur(見せかける) aure lapis(宝石)?

ありもせぬ品をなくしたと言って、よよと泣かれたり、穴の空いた耳たぶから耳飾りの宝石が抜け落ちてしまったと狂言を演じられたりしたら、どうだ。

Multa rogant utenda dari, data reddere nolunt:
 Perdis, et in damno gratia nulla tuo.

あれこれのものを、使うから貸してくれといい、貸したら最後返そうとはしない。君は貸し損ということになり、君の損ということに なっても何の感謝をされるわけでもない。

Non mihi, sacrilegas(罰当たりな) meretricum(娼婦) ut persequar(探求する) artes,   435
 Cum totidem(同数の) linguis(舌) sint satis ora(口) decem.

娼婦たちの罰当たりな手口を数えあげようとしたら、私に十の口に十の舌があってもとても足りはしないだろう。

Cera(蝋) vadum(浅瀬) temptet(接), rasis(削った) infusa(注ぐ) tabellis:
 Cera tuae primum conscia(共犯の) mentis eat(接).

滑らかに削った板に引いた蝋(蝋を塗った書き板)に瀬踏みをやらせてみるがよかろう。君の意を体する蝋板を、まずは遣わすがよい。

Blanditias ferat illa tuas imitataque(真似る) amantem
 Verba; nec exiguas(少なからず), quisquis es, adde preces.   440

その書き板に心とろけるような言葉と、いかにも恋する者のそれらしい言葉とを書き連ねるのだ。君が何様だろうと、熱烈な懇願の言葉も少なからず添えることだ。

Hectora donavit Priamo prece motus Achilles;
 Flectitur iratus voce rogante deus.

プリアモスの懇願に心を動かされて、アキレスはヘクトールの骸(なきがら)を返してやった。怒れる神も懇願の声には折れて出るものだ。

Promittas(接) facito: quid enim promittere laedit(害する)?
 Pollicitis(複奪) dives quilibet(誰でも) esse potest.

すべからく約束をすべし。約束したからといって何の損をすることがあろう。約束を振りまいている限りでなら、誰だって金持ちになれるのだ。

Spes(主女) tenet(持続する) in tempus, semel est si credita, longum:   445
 Illa quidem fallax, sed tamen apta(好都合) dea est.

希望というものは、一旦信じ込むと、長きにわたって消えないものである。希望という女神はなるほど人を欺きやすいが、とはいえなかなかに好都合な女神でもある。

Si dederis(未来完) aliquid, poteris(未) ratione relinqui(見捨てる):
 Praeteritum(過去の) tulerit(未来完、獲得する), perdideritque(未来完) nihil.

君がひとたび何かを与えてしまうと、計算ずくの上で捨てられてしまうことになるやもしれぬ。女性はもらったものはしっかりともらっておいて、何一つ損をするようなことはしない。

At quod non dederis, semper videare daturus:
 Sic dominum(所有者) sterilis(不毛な) saepe fefellit ager:   450

まだ与えてないものは、与えるつもりだという振りを常にしていることだ。地味の痩せた畑が持ち主の期待をしばしば裏切るのも、こういうわけだ。

Sic, ne perdiderit, non cessat perdere lusor(遊技者),
 Et revocat cupidas(複対) alea saepe manus.

これ以上損をしたくないからというので、賭博者は損をし続け、欲張った手をまた骰子(さいころ)に伸ばすことになる。

Hoc opus, hic labor est, primo sine munere jungi(結ばれる);
 Ne dederit(未来完) gratis(ただで) quae dedit, usque(ずっと) dabit.

先に贈り物をしたりをせずに、女といい仲になること、これぞ難行、ここが苦心のしどころというものだ。すでに許してしまったことを、ただでは許したくないばかりに、女はさらに許すだろう。

Ergo eat et blandis peraretur(書き記す) littera verbis,   455
 Exploretque(探る) animos, primaque temptet(試す) iter.

されば手紙を書き送り、それに甘い言葉を書き連ねるがいい。それで女の気持ちを探らせ、最初の手紙で道筋をつけさせるのだ。

Littera Cydippen pomo(果実) perlata(伝えた) fefellit(落とした),
 Insciaque est verbis capta(捕まる) puella suis.

林檎(りんご)に書かれた手紙でキュディッペは落ちたのだ。娘は知らずに自分の言葉の虜になったのだった。

Disce bonas artes, moneo, Romana juventus,
 Non tantum trepidos(恐れて) ut tueare(保護する) reos(被告);   460

ローマの青年たちよ、忠告しておくが、高尚なる学芸を学びたまえ、それはただ不安におののく被告人を弁護するためだけのものではない。

Quam populus judexque gravis lectusque senatus,
 Tam dabit eloquio(雄弁) victa puella manus(降伏する).

民衆も、重々しい裁判官も、民より選ばれた元老院も雄弁には降参するだろうが、女も雄弁には屈して降参するだろう。

Sed lateant vires, nec sis in fronte(見せびらかす) disertus;
 Effugiant(避ける) voces(主、話) verba molesta(気取った) tuae.

だがその効力は隠しておいて、人前で雄弁をひけらかすのはやめておきたまえ。大げさな言い回しは避けることだ。

Quis, nisi mentis(知性) inops(無能な), tenerae declamat(演説する) amicae?   465
 Saepe valens(有力な) odii littera causa fuit.

馬鹿ででもない限り、優しい恋人に向かって 大演説をぶつものはなかろう。しばしば手紙が、書き手が嫌われる有力な原因となったりもする。

Sit tibi credibilis(信用できる) sermo consuetaque verba,
 Blanda tamen, praesens ut videare loqui.

信頼を得られそうな、使い慣れた言葉で書くのだ。ではあるが甘い言葉を、あたかも君がその場にいるような調子で書くことだ。

Si non accipiet scriptum, inlectumque(読まずに) remittet,
 Lecturam spera, propositumque(意図) tene.   470

女が手紙を受け取らず、読まずに送り返してきても、いずれは読んでくれるものと期待したまえ。目論んだことは粘り強くやることだ。

Tempore(次第に) difficiles veniunt ad aratra(犂) juvenci(牡牛),
 Tempore lenta(柔らかい) pati frena docentur equi:

時機が来れば御しにくい牡牛も犂(すき)を負うことになり、時機が来れば馬も柔らかい轡を食まされるよう馴らされるものだ。

Ferreus assiduo(不断の) consumitur anulus usu,
 Interit(消える) assidua vomer(鋤の刃) aduncus(曲がった) humo.

鉄の指輪だってずっと使っていれば磨り減るし、曲がった鋤も始終土を掘り返していれば摩滅する。

Quid magis est saxo(岩) durum, quid mollius unda?   475
 Dura tamen molli saxa cavantur(穴が開く) aqua.

岩よりも硬いものが、水よりも柔らかいものがあろうか。それなのに硬い岩も柔らかい水によって穴を穿たれるのである。

Penelopen ipsam, persta(固執する) modo(ただ), tempore vinces:
 Capta vides sero Pergama(トロイの城壁), capta tamen.

ひたすらに粘りたまえ。時機が来ればペネロペイアでさえも君の意に従わせられよう。君の知る通りトロイの城塞の陥落は遅れはしたが、それでもやはり陥落したのだ。

Legerit(完接), et nolit(接) rescribere? cogere noli:
 Tu modo blanditias fac legat usque(絶えず) tuas.   480

女が手紙を読んで返事をくれないことがあっても、無理を言わないことだ。君はただ甘いへつらいの言葉をひたすら読ませるようにしたまえ。

Quae voluit legisse, volet(未) rescribere lectis:
 Per numeros venient(未) ista gradusque suos.

読む気になってさえくれれば、返事をよこす気にもなるだろう。そこまで来るには多くの回数と段階がいるのだ。

Forsitan et primo veniet(未) tibi littera tristis(きつい),
 Quaeque roget(接), ne se sollicitare(誘惑する) velis(接).

おそらくは、最初にまずは腹を立てた手紙が来て、しつこく言い寄ったりしないでほしいなどと書いてあるかもしれない。

Quod rogat illa, timet; quod non rogat, optat, ut instes(やり続ける);   485
 Insequere(続ける), et voti postmodo(やがて) compos(支配する) eris.

彼女がして欲しいと言っていることは、その実は恐れていることなのだ。彼女がして欲しくないと言っていることを、君がやり続けることを、彼女は願っているのだ。やり続けることだ、さすればやがて願いは成就するだろう。

Interea, sive illa toro(マット) resupina(仰向け) feretur,
 Lecticam(輿) dominae dissimulanter(知らぬふりして) adi,

さてところで、君の意中の女性が長枕に背を持たせかけて、輿で運ばれていくような場合には、君は何気ないふりをして、その輿に近づくのだ。

Neve aliquis verbis odiosas(不愉快な) offerat auris,
 Qua potes ambiguis callidus(抜け目ない) abde(秘密にする) notis(合図).   490

誰かが憎たらしくも君の言葉に耳傾けたりしないように、(君は)狡猾に立ち回って、できるだけ曖昧な言葉で意図を隠すことだ。

Seu pedibus vacuis(暇な) illi(与) spatiosa teretur(通る)
 Porticus(女主、柱廊), hic socias tu quoque junge moras(長居):

その女は暇な足に任せて広々とした柱廊のあたりをぶらついていたら、そこで君も仲間になって散策に付き合うがいい。

Et modo praecedas(接) facito, modo terga sequaris(接),
 Et modo festines(接), et modo lentus eas:

して、時には先に立って歩いたり、時には後からついて行きたまえ。時には足を早め時にはゆっくりと歩くようにするのだ。

Nec tibi de mediis aliquot transire columnas   495
 Sit pudor, aut lateri continuasse(つなぐ) latus;

しばしの間、何本も柱を間にして歩いたり、並んで歩いたりするのを恥ずかしいと思ってはならぬ。

Nec sine te curvo sedeat speciosa(美しい) theatro:
 Quod spectes, umeris afferet illa suis.

彼女が輝くばかりの美しさで円形劇場に座っている時には、君も必ず一緒にいるようにすることだ。君が見るべきものは彼女の肩の上の顔に他ならない。

Illam respicias(接、振り返って見る), illam mirere(接) licebit:
 Multa supercilio, multa loquare(接) notis.   500

彼女の姿をとくと眺めるがよい。それを鑑賞するのもよかろう。眉に多くを語らせ、身ぶりに多くを語らせるのだ。

Et plaudas, aliquam mimo(役者) saltante(踊りで表す) puellam:
 Et faveas(拍手喝采) illi, quisquis agatur(演じる) amans.

ものまね役者が踊って女役を演じたら、拍手したまえ。恋するものを演じている役者には、誰でもいいから声援を送ることだ。

Cum surgit, surges; donec sedet illa, sedebis;
 Arbitrio dominae tempora perde tuae.

彼女が立ち上がったら、君も立ち上がり、 彼女が座っている間は、君も座っているがいい。意中の女の意のままに、君も自分の時間を潰すがよろしい。

Sed tibi nec ferro placeat torquere(巻く) capillos(毛),   505
 Nec tua mordaci(痛い) pumice(軽石) crura(すね) teras(磨く).

だが君は焼きごてを当てて髪を巻き毛にして悦に入ったりしないことだ。ザラザラした軽石ですねをこするのもやめたまえ。

Ista jube faciant, quorum Cybeleia mater
 Concinitur(褒め称える) Phrygiis exululata(呼び掛ける) modis.

さような真似はフリュギア式の声調に声を合わせて、母なるキュベレ女神に祈りを捧げる神官どもにやらせておけばいい。

Forma(外見) viros neglecta decet; Minoida(>Minois) Theseus
 Abstulit, a nulla tempora(こめかみ) comptus(飾る) acu(ヘアピン).    510

無造作な外見が男には似合うのだ。テセウスは ミノス王の娘(アリアドネ)を連れ去ったが、こめかみの所で髪をヘアピン留めにしたりはしていなかった。

Hippolytum Phaedra, nec erat bene cultus(手入れした), amavit;
 Cura(愛人) deae(ヴィーナス) silvis aptus Adonis erat.

パイドラ(テセウスの妻)はヒッポリュトスに恋をしたが、 ヒッポリュトスもめかしこんだりしなかった。女神ヴィーナスの心を捉えたアドニスは、森に住む野生の男だった。

Munditie(清潔さ) placeant, fuscentur(接、黒くする) corpora Campo:
 Sit bene conveniens(ぴったり) et sine labe(汚れ) toga:

体は清潔を心がけ、カンプスで日焼けさせることだ。トーガは体にぴったりのものをまとい、汚れのないようにしておくように。

Lingula(靴の紐) ne rigeat, careant rubigine(錆) dentes,   515
 Nec vagus in laxa pes tibi pelle(革) natet(接、泳ぐ):

サンダルの紐は固すぎず。留金は錆びず、ぶかぶかの靴の中で、君の足がふらふらとおよぎ回ったりしないように。

Nec male deformet(接) rigidos(硬い) tonsura(散髪) capillos:
 Sit coma, sit trita(熟練した) barba(髭) resecta manu.

ごわごわした髪が、まずい刈り方のせいで無様になったりすることのないように、髪にせよ髭にせよ、確かな腕の持ち主に切ってもらうことだ。

Et nihil emineant, et sint sine sordibus ungues(爪):
 Inque cava(鼻の穴) nullus stet tibi nare(鼻) pilus(毛).   520

爪は伸ばしてはならず、爪垢をためてはいけない。鼻の穴の中には鼻毛一本たりとも立てておいてはいけない。

Nec male odorati sit tristis anhelitus(息) oris:
 Nec laedat naris(対) virque(雄) paterque gregis(群れ).

臭い口からむっとするような息を吐いてはならぬ。群れの雄の匂いが鼻をつくようなこともないように。

Cetera lascivae(ふしだらな) faciant, concede, puellae,
 Et siquis male vir(おかま) quaerit(欲する) habere virum.

それ以外のことは淫蕩な女どもか、男を欲しがる半端な男にやらせておくがよかろう。

Ecce, suum vatem(詩人) Liber(バッカス) vocat; hic quoque amantes   525
 Adjuvat, et flammae, qua calet(燃える) ipse, favet.

ほれ、酒神がその僕(しもべ)なる詩人を呼んでいるぞ。この神もまた恋するものに神助を垂れたまい、御自らがそれに燃え立っている恋の炎を嘉(よみ)したもう。

Cnosis(主、クノッソスの) in ignotis amens errabat harenis,
 Qua brevis(小さい) aequoreis(海の) Dia(ナクソス島) feritur(打つ) aquis.

クノッソスの乙女(アリアドネ)は小さなナクソス島が海水で洗われている見知らぬ浜辺を、狂気に駆られて彷徨っていた。

Utque erat e somno tunica(奪) velata(主、まとう) recincta(帯のない),
 Nuda pedem, croceas irreligata(ばらばら) comas,   530

眠りから目覚めたばかりなので、下着ははだけ、裸足で、サフラン色の髪は乱れたままだった。

Thesea crudelem surdas(つんぼの) clamabat ad undas,
 Indigno(罪のない) teneras imbre(雨) rigante(濡らす) genas.

聞く耳持たぬ波に向かって、優しい頬をいわれのない涙の雨で濡らしながら、酷薄なテセウスの名を呼び、

Clamabat, flebatque(泣く) simul, sed utrumque decebat(似合う);
 Non facta est lacrimis turpior(醜い) illa suis.

泣き崩れてもいた、それなのにこの動作のいずれもが、彼女には似合っていたのだ。涙を流していても、それでいつもより醜く見えることはなかった。

Iamque iterum tundens mollissima pectora palmis   535
 'Perfidus(不実な) ille abiit(完); quid mihi fiet?' ait.

ふっくらと柔らかい胸を幾度となく打ちながら「あの方は私を裏切って行ってしまった。私はどうなるのでしょう。

'Quid mihi fiet?' ait: sonuerunt cymbala(シンバル) toto
 Litore(海岸), et attonita(熱狂した) tympana pulsa manu.

「私はどうなるのでしょう」と言ったのだった。すると海岸一帯にシンバルの音が鳴り渡たり、狂ったように熱を帯びた手で太鼓が打ち鳴らされた。

Excidit(気を失った) illa metu, rupitque(と絶える) novissima verba;
 Nullus in exanimi corpore sanguis(血) erat.   540

乙女は恐怖で気を失わんばかりで、今吐いた言葉も途絶えてしまった。魂の抜けた体には 血の気が失せていた。

Ecce Mimallonides(バッコスの信女) sparsis in terga capillis:
 Ecce leves satyri, praevia(先導の) turba dei:

すると見よ、背中に髪をおどろに乱したミマロニスたち(バッコスの信女)がいたのだ。見よ、御神の先払いを務める尻の軽いサテュロスたちもいた。

Ebrius(酔った), ecce, senex pando(曲がった) Silenus asello(ロバ)
 Vix sedet, et pressas(押さえた) continet(握る) ante jubas(たてがみ).

見よ、酔っぱらった老人のシレノスもいて、背の曲がった驢馬になんとか跨って、たてがみをしっかと握って踏ん張っていた。

Dum sequitur Bacchas, Bacchae fugiuntque petuntque   545
 Quadrupedem ferula(むち) dum malus urget eques(騎手),

バッコスの信女たちの後を追っている間、この四足の獣相手に彼女たちがよけたり近づいたりしているうちに、この下手な乗り手が鞭をくれると、

In caput aurito(耳の長い) cecidit delapsus(すべり落ちる) asello:
 Clamarunt satyri 'surge age, surge, pater.'

シレノスは耳の長い驢馬から真っ逆さまに落ちてしまった。そこでサテュロスどもは叫び立てたものだった。「立て、さあ立て、親父よ」 と。

Iam deus in curru, quem summum texerat uvis(ぶどう),
 Tigribus(虎) adjunctis(繋いだ) aurea lora(手綱) dabat(ゆるめた):   550

さてそこへ御神が上部を葡萄の蔓(つる)で飾った戦車に乗って、それを引く虎どもの黄金の手綱を手にやってきた。

Et color et Theseus et vox abiere puellae:
 Terque(三度) fugam petiit, terque retenta metu est.

乙女は顔色も声もなくなりテセウスのことも忘れてしまった。三度彼女は逃げようとしたが、三度とも恐怖に駆られて引き止められてしまった。

Horruit(身震い), ut graciles(細い), agitat(動かす) quas ventus, aristae(穂),
 Ut levis in madida(湿った) canna(葦) palude tremit.

あたかも風が吹いてはゆする、実を結ばなかった穂のように、湿った沼地のか弱い葦が震えるように、彼女は恐怖に震えた。

Cui deus 'en, assum tibi cura(愛人) fidelior' inquit:   555
 'Pone metum: Bacchi, Cnosias, uxor eris.

彼女に向かって御神は「ほらお前の所へやってきたぞ。わしのほうがもっと誠実に心を尽くす相手だぞ」と言ったものだ。「恐れを捨てるがいい。クノッソスの女よ。お前はバッコスの妻になるのだ。

Munus habe caelum; caelo spectabere sidus(星座);
 Saepe reget(未、導く) dubiam Cressa(クレタの) Corona(冠座) ratem.'

「天を贈り物としてやろう。天にあって、お前は星として仰ぎ見られることになろう。しばしばクレタの王冠は、進路に迷った船の導き手となるだろう」

Dixit, et e curru, ne tigres illa timeret,
 Desilit(飛び降りる); imposito cessit harena pede:   560

こう言うと、御神は彼女が虎どもを怖がらないようにと、戦車から飛び降りた。御神が足を降ろすと砂浜が凹んだ。

Implicitamque(包み込む) sinu (neque enim pugnare valebat)
 Abstulit; in facili(容易い) est omnia posse deo.

彼女を胸に抱きとると(彼女にはもうあの抗うだけの力もなかったのだが)連れ去ったのだ。神様には何であれ容易にできるのである。

Pars 'Hymenaee' canunt, pars clamant 'Euhion, euhoe!'
 Sic coeunt(結婚する) sacro nupta deusque toro(寝台).

ヒュメナイエ(祝婚歌)を歌う者もあり、「エウヒオス(バッコス)よ、エウホエ」と叫んでいるものもあった。かようにして花嫁と御神とは聖なる臥所で結ばれたのである。

Ergo ubi contigerint positi tibi munera Bacchi,   565
 Atque erit in socii femina parte tori,

さればバッコスの賜物(酒)が君の前に置かれて、君が共にする寝台(食事の席)に女がいるようなことがあったら、

Nycteliumque patrem nocturnaque sacra precare,
 Ne jubeant capiti vina nocere tuo.

酒に君の頭を損なうように命じたりはせぬようにと、父なる夜の神(バッカス)と夜の祭儀に祈るがいい。

Hic tibi multa licet sermone latentia(秘密の) tecto(秘められた)
 Dicere, quae dici sentiat illa sibi:   570

こういう場では、女がこれは自分に言われているのだと気づくように、言葉のあやに潜ませて多くのことを言うことができる。

Blanditiasque leves tenui perscribere vino,
 Ut dominam(恋人) in mensa se legat illa tuam:

少しばかりの酒を使って、ちょっとした甘い言葉を食卓の上に書きつけることもできる、彼女は君の意中の人だということを読み取ってもらうためだ。

Atque oculos oculis spectare fatentibus(告白する) ignem(炎):
 Saepe tacens vocem verbaque vultus(主) habet.

また燃える思いを込めた目で、彼女の目を見つめることもできる。もの言わぬ顔が声と言葉とを持つのもよくあることだ。

Fac primus rapias(接、奪う) illius tacta(触れた) labellis(唇)   575
 Pocula(盃), quaque bibet(未、将来の話としての未来) parte puella, bibas(接):

みんなに先駆けて、彼女の唇が触れた酒杯をひったくり、女が飲んだところから飲むがいい。

Et quemcumque cibum(食物) digitis(複奪) libaverit(味わう) illa,
 Tu pete, dumque petis, sit tibi tacta manus.

またどんな料理だろうと彼女が指で摘まんだら(フォークはまだなかった)、君もそれに手を出すのだ。そして手を出す際に、君の手が彼女の手に触れるようにするがいい。

Sint etiam tua vota, viro placuisse puellae:
 Utilior vobis factus amicus erit.   580

さらには、君は意中の女性の旦那にも気に入られるように願うがいい。親しい仲になっておくことは、より役に立つだろう。

Huic, si sorte bibes, sortem concede priorem:
 Huic detur(接) capiti missa(脱いだ) corona tuo.

籤(くじ)が当たって君に酒杯を揚げる音頭取りの役が回ってきたら、それを旦那に譲るのだ。君が頭にかぶった花冠を彼に与えたまえ。

Sive erit inferior, seu par, prior omnia sumat(食べる):
 Nec dubites illi verba secunda(味方する) loqui.

その男の地位が君のそれより低かろうが同等だろうが、彼にまず先に料理を取らせることだ。彼の言うことに、ごもっともと賛同することをためらってはならぬ。

Tuta frequensque via est, per amici fallere nomen:   585
 Tuta frequensque licet(〜としても) sit via, crimen habet.

友という名を用いて欺くのは、安全でよく使われる道だ。安全でよく使われる道だが、その罪は深い。

Inde(それゆえ) procurator nimium quoque multa procurat,
 Et sibi mandatis(指令) plura videnda putat.

代理人が度をすぎた代理役をやってしまい、 頼まれたこと以上のことまで面倒を見たくなるのは、かようなわけだ。

Certa tibi a nobis dabitur mensura(基準) bibendi:
 Officium praestent(接、果たす) mensque pedesque suum.   590

君に確かな飲酒の節度というものを教えてしんぜよう。心も足も己の務めを果たせるようにしておくことだ。

Jurgia(けんか) praecipue vino stimulata caveto,
 Et nimium faciles ad fera bella manus.

多くは酒に煽られて生じる喧嘩沙汰と、野蛮な争いにすぐにも走りがちな手に用心せよ。

Occidit(死ぬ) Eurytion(ケンタウロス) stulte data vina bibendo;
 Aptior est dulci mensa merumque joco(ふざけ).

エウリュテイオンは酒を出されて馬鹿な飲み方をしたばかりに殺されたではなかったか。食事と酒によりふさわしいのは、心愉しい気晴らしである。

Si vox est, canta: si mollia brachia, salta:   595
 Et quacumque potes dote(才能) placere, place.

いい声をしているなら歌いたまえ、腕がしなやかならを踊りたまえ。なんであれ持てる才で人々の歓心を買うことができるなら、それをやってみることだ。

Ebrietas ut vera nocet, sic ficta juvabit(役立つ):
 Fac titubet(どもる) blaeso(つかえる) subdola(うその) lingua sono,

酩酊というやつは、それが本物だと害をなすが、偽りの酩酊は助けになるだろう。ずる賢い舌を呂律の回らなくさせて、もごもご言わせればよかろう。

Ut, quicquid facias dicasve protervius(大胆な) aequo(平静よりも),
 Credatur(接) nimium(過渡の) causa(主) fuisse merum(酒).   600

何であれ厚顔無恥にすぎることをやってしまったり、口にしてしまったりした時に、それが度を過ごした深酒のせいだと思わせるためである。

Et bene dic dominae, bene, cum quo dormiat illa;
 Sed, male sit, tacita mente precare(祈る), viro.

「奥様の健康を祈って乾杯」「奥様が一緒にお休みになる人の健康を祈って乾杯」などと言うがいい。だが口には出さぬ心の内では「旦那の不幸を祈って」と言えばよかろう。

At cum discedet mensa conviva remota,
 Ipsa tibi accessus(接近) turba locumque(機会) dabit.

さて食卓が片付けられ、宴席の客は退出するとき時には、混雑を極めていることが、君が女に近づくことを可能にし、その機会を与えてくれるのだ。

Insere(紛れ込む) te turbae, leviterque admotus(近づく) eunti   605
 Velle(命、引っ張る) latus(そで) digitis, et pede tange pedem.

君はその人混みに紛れ込んで、歩いている彼女にそっとにじり寄って、袖を引き、足で彼女の足に触れるがいい。

Colloquii(属、会話) jam tempus adest; fuge(去れ) rustice(呼、田舎の) longe
 Hinc pudor; audentem(大胆な) Forsque Venusque juvat.

彼女と言葉を交わす時がようやくやってくるのだ。野暮な恥じらいよ、すっ飛んでしまえ。大胆な者を運命の女神のヴィーナスも助けたもうのだ。

Non tua sub nostras veniat facundia(能弁) leges:
 Fac tantum cupias, sponte(ひとりでに) disertus eris.   610

この際君の雄弁は私の教えに従う必要はない。ただ彼女を得んと望みさえすればいい。さすればおのずと弁舌爽やかになるだろう。

Est tibi agendus amans, imitandaque vulnera verbis;
 Haec tibi quaeratur qualibet arte fides(正直).

君は恋する男を演じ、言葉で傷ついた風を装わねばならぬ。どんな手立てを用いてでも、これが事実だと信じてもらえるよう努めるのだ。

Nec credi labor est: sibi quaeque videtur amanda;
 Pessima sit, nulli non sua forma placet.

信じてもらうことは、さしたる難事ではない。どんな女でも自分は愛されるに値すると思っているからである。どんなに醜くかろうと、自分の器量に自惚れていない女などいない。

Saepe tamen vere coepit simulator(まねる人) amare,   615
 Saepe, quod incipiens finxerat(過去完) esse, fuit.

だが愛するふりをしていた者が、本当に愛するようになるということがしばしばある。最初のうちは装っていたものが、本物になってしまうことがしばしばあるのだ。

Quo magis, o, faciles(親切な) imitantibus este(命), puellae:
 Fiet(未) amor verus, qui modo(少し前) falsus erat.

さればだ、ご婦人がたよ、愛を装っている男どもにも、もっとなびいてやるがいい。つい今まで偽りだった愛が本物の愛になるだろうから。

Blanditiis animum furtim deprendere(捕まえる) nunc sit,
 Ut pendens(かかる) liquida(流れる) ripa(主、土手) subestur(>edo3単受) aqua.   620

さて今度は甘いへつらいの言葉で、密かに相手の心を掴まればならぬ。川面にかかる堤が流れる水に密かに蚕食(さんしょく)されるような具合にだ。

Nec faciem, nec te pigeat(うんざりする) laudare capillos
 Et teretes(すらり) digitos exiguumque(小さい) pedem:

顔を、髪を、繊細な指を小さな足を褒めちぎる労を惜しんではならぬ。

Delectant etiam castas(貞潔な) praeconia(称賛) formae;
 Virginibus curae(気がかり) grataque forma sua est.

容姿を褒めちぎられると、貞淑な女でも喜ぶものだし、処女は自分の容姿に手をかけ、それに喜びを感じてもいるものだ。

Nam cur in Phrygiis Junonem et Pallada silvis   625
 Nunc quoque judicium non tenuisse(支配する) pudet?

ユノとパラスアテナとがフリュギアの森の中でパリスによる美の審判に勝てなかったことを、今なお恥じているのはなぜだ。

Laudatas ostendit avis Junonia pinnas(羽):
 Si tacitus spectes, illa recondit(元に戻す) opes.

ユノの鳥(孔雀)は褒められると尾羽根を広げて見せるが、黙って見ていると、その豊かな富(尾羽根)を隠してしまうではないか。

Quadrupedes(馬) inter rapidi certamina cursus(属、競争)
 Depexaeque(梳く) jubae(たてがみ) plausaque(叩いた) colla juvant.   630

馬どもでさえも速さを競う競争の合間に、たてがみを梳いてもらい、首を叩いてもらえば喜ぶものなのだ。

Nec timide promitte: trahunt(引き寄せる) promissa puellas;
 Pollicito(約束) testes quoslibet adde deos.

おずおずとした態度で約束したりしてはならない。約束事は女の心をひくものだからだ。約束にはどんな神でもいいから神を証人に立てるのがいい。

Juppiter ex alto perjuria(偽証) ridet amantum,
 Et jubet Aeolios(風の神の) irrita(無効な) ferre Notos(風).

ジュピターは天の高みから、恋人たちの偽りの誓いを笑っておられ、アイオロス(風神)の息子ノトス(南風)に、果たされなかった約束は持ち去ってしまえとお命じになられる。

Per Styga(冥府) Junoni falsum jurare solebat   635
 Juppiter; exemplo(自分の真似) nunc favet ipse suo.

ステュクス(冥府の川)にかけて、ジュピターもユノに偽りの誓いをよく立てていたものなのだ。だから自分を真似る者には今でもなお好意を示されるのだ。

Expedit(役に立つ) esse deos, et, ut expedit, esse putemus;
 Dentur(接) in antiquos tura(香) merumque focos(祭壇);

神々が存在するのはなかなか役に立つ。役に立つから神々は存在するものと考えることにしようではないか。古来よりの祭壇に乳香と酒を捧げておくことだ。

Nec secura(無関心) quies(休息) illos similisque sopori(与、熟睡)
 Detinet(邪魔する); innocue(罪なく) vivite: numen adest;   640

神々は眠りに似た無関心な安穏にとらわれていることはない。潔白な生き方をしたまえ。そうすれば神の加護が得られよう。

Reddite depositum; pietas(信義) sua foedera(契約) servet(接):
 Fraus absit(接); vacuas(欠いた) caedis(属、血) habete manus.

預かったものはきちんと返すことだ。敬虔さを知るものは、約束を守るがいい。欺瞞は慎むこと。血生臭いことに手を染めてはいけない。

Ludite(命), si sapitis, solas impune puellas:
 Hac minus est una fraude tuenda fides.

君が馬鹿でないなら、厄介の種とならないように、若い娘だけを遊びの相手にするがいい 。このたぬらみ以外では、必ず約束は守るべきだ。

Fallite fallentes: ex magna parte profanum(汚れた)   645
 Sunt genus: in laqueos(わな) quos posuere, cadant.

こちらを騙そうとする女どもは騙してやりたまえ。この手の女の大部分は、恥知らずの輩だ。罠を仕掛けたものは、自分が仕掛けた罠に陥らせるがよかろう。

Dicitur Aegyptos caruisse juvantibus arva
 Imbribus(雨), atque annos sicca(乾燥地) fuisse novem,

かつてエジプトでは畑地を潤す雨が降らず、 九年にもわたって旱魃(かんばつ)が続いたとのことだ。

Cum Thrasius Busirin(エジプト王) adit, monstratque piari(宥める)
 Hospitis(外人) affuso sanguine posse Jovem.   650

そのおり、予言者トラシオスがブシリス王のもとへやってきて、犠牲に捧げて異国の人の血を流せば、ジュピターの神意をなだめることが出来ると進言した。

Illi Busiris 'fies Jovis hostia(生贄) primus,'
 Inquit 'et Aegypto tu dabis hospes(外人) aquam.'

するとブシリスはその男に「お前がまずジュピターの犠牲となるがいい。異国の人間であるお前が雨を降らせてくれ」と言ったものだった。

Et Phalaris tauro violenti(奪) membra Perilli
 Torruit(焼く): infelix imbuit(濡らす) auctor opus(作品).

ファラリスも残酷な青銅の牛に入れて、ペリロスの体を焼いた。その装置を考案したものが、最初にそれを自分の血で汚すこととなったのである。

Justus(当然) uterque fuit: neque enim lex aequior ulla est,   655
 Quam necis(人殺し) artifices(製作者) arte perire sua.

ともに正義にかなったことであった。人を死に至らしめることを考案したものが、自分の考えだした方法で命を落とすことにもまさる公正な法はないからだ。

Ergo ut perjuras(嘘つきの) merito perjuria fallant(接),
 Exemplo(見せしめ) doleat femina laesa(傷つける) suo.

されば偽誓に対してはこちらも偽誓で欺くのは、当然のことである。そういう女は自分のしでかした行為に傷ついて、苦しむがよかろう。

Et lacrimae prosunt: lacrimis adamanta(鋼鉄) movebis(感動させる):
 Fac madidas(濡れた) videat, si potes, illa genas.   660

涙もまた役に立つ、涙でならば鉄石心をも動かすことができよう。できれば意中の女性に 涙で濡れた頬を見せるようにするがいい。

Si lacrimae (neque enim veniunt in tempore semper)
 Deficient, uda(濡れた) lumina(目) tange manu.

涙が浮かんでこなかったら—涙というものは都合のいい時にいつでも浮かんでくるわけではないから—濡らした手で目をこすっていたまえ。

Quis sapiens blandis non misceat oscula verbis?
 Illa licet(〜としても) non det, non data sume tamen.

およそ知恵のあるもので、接吻に甘いへつらいの言葉を添えないものがいようか。女が接吻を与えてくれなかったら、与えられないものは、奪ったらよかろう。

Pugnabit(抵抗) primo fortassis(ことによると), et 'improbe' dicet:   665
 Pugnando vinci se tamen illa volet.

初めのうちはきっと抗って「失礼な人だ」と言うだろう。だが抗いながらも女は征服されることを望んでいるのだ。

Tantum ne noceant teneris male rapta(oscula) labellis(唇),
 Neve queri(文句を言う) possit dura fuisse, cave.

ただ、乱暴に接吻を奪って柔らかい唇を傷つけたりしないように、手荒な接吻だったと彼女が文句を言ったりしないようにすることだ。

Oscula qui sumpsit, si non et cetera sumet(未),
 Haec quoque, quae data sunt, perdere dignus(当然だ) erit.   670

接吻を奪っておきながら、他のものも奪おうとしない男がいるとすれば、そんな男は与えられた物もを失って当たり前というものだ。

Quantum defuerat(裏切る) pleno post oscula voto(願望)?
 Ei mihi, rusticitas, non pudor ille fuit.

接吻を奪ってからは、満願成就まで何ほどのこともあろうか。ああ、なんたることぞ。そんなのは慎みではない、不器用というものだ。

Vim licet appelles(向ける): grata est vis ista puellis:
 Quod juvat, invitae saepe dedisse volunt.

力ずくでものにしてもいい。女にはその力ずくというのがありがたいのである。女というものは、与えたがっているものを、しばしば意に沿わぬ形で与えたがるものだ。

Quaecumque est veneris subita violata(暴行され) rapina(強奪),   675
 Gaudet, et improbitas muneris(贈り物) instar(同等のもの) habet.

どんな女であれ、犯されて体を奪われることを喜び、そんな無法な行為を贈り物のように受け取るものだ。

At quae cum posset cogi, non tacta(触れられずに) recessit(離れる),
 Ut simulet vultu gaudia(中複), tristis erit.

ところが、無理強いされるかもしれない時に、手も触れられぬままで男のもとから離れるとなると、顔では嬉しそうに装ってはいても、その実悲しいのである。

Vim passa(受ける) est Phoebe: vis est allata(加える) sorori;
 Et gratus(好ましい) raptae raptor(略奪者) uterque fuit.   680

ポイべ(レウキッポスの娘)は暴力をこうむったし、その妹にも暴力が加えられたが、力ずくで体を奪った男たちは、どちらも奪った女たちに愛される者となった。

Fabula nota quidem, sed non indigna referri(繰り返す),
 Scyrias(形) Haemonio(テッサリアの) juncta puella viro.

これはよく知られた話だが、繰り返し語るに値しないものでもあるまい。スキロス島の女(デイダメイア)はハエモニアの男(アキレス)と結ばれた。

Iam dea laudatae dederat mala praemia(報酬) formae
 Colle sub Idaeo(>Idaeus) vincere digna(値する) duas:

それはイダ山のふもとで他の二人の女神に勝利を収めた女神は、美しさを褒め称えられたお礼として、不吉な贈り物(トロイのヘレン)を与えたあとのこと。

Iam nurus(嫁) ad Priamum diverso venerat orbe,   685
 Graiaque in Iliacis moenibus uxor erat:

また、異国から嫁がプリアモスのもとへやってきて、ギリシア人の女がパリスの妻として、イリオンの城塞におさまったあとのこと。

Jurabant omnes in laesi(傷ついた) verba(忠誠を誓う) mariti:
 Nam dolor unius publica causa fuit.

ギリシアの全将軍は、恥辱を被った夫の意に従うと誓いを立てた。一人の男の悲しみが、全将軍の大義となったのであった。

Turpe, nisi hoc matris precibus tribuisset(重んじる), Achilles
 Veste virum longa dissimulatus(隠す) erat.   690

アキレスは恥ずべきことに—それが母の懇願に負けてのことでなければだが—女の着る長い衣装をまとって、男であることを隠していた。

Quid facis, Aeacide? non sunt tua munera(務め) lanae(羊毛紡ぎ);
 Tu titulos(名誉) alia Palladis arte petas(接).

アイアコスの孫(アキレス)よ、お前は一体何をしているのだ。糸紡ぎなどはお前のすべき仕事ではない。お前はパラス(アテナ)の他の技で栄光を求めるべきだ。

Quid tibi cum calathis(かご)? clipeo(楯) manus apta ferendo est:
 Pensa(羊毛) quid in dextra, qua cadet Hector, habes?

お前は(糸玉を入れる)籠に何の用があるというのだ。その手は楯を持つのにふさわしいではないか。ヘクトルを倒すべき右手に、なんだって毛糸の玉など持っているのだ。

Reice(投げ捨てる) succinctos(巻いた) operoso(面倒な) stamine(縦糸) fusos(紡錘)!   695
 Quassanda(振り回す) est ista Pelias(ペリオンの) hasta manu.

面倒な糸の巻きついた紡錘(つむ)なぞは捨ててしまうがいい。その手はペリオン山の木でできた楯をこそ振るうべきだ。

Forte erat in thalamo(寝室) virgo regalis eodem;
 Haec illum stupro(凌辱) comperit esse virum.

たまたま王の娘(デイダメイア)が同じ臥所を分かっていたが、彼女は辱められて、彼が男であることを知ることとなった。

Viribus illa quidem victa est, ita credere oportet:
 Sed voluit vinci viribus illa tamen.   700

彼女は力で征服されたのだ—そう信じなければならない。だが、彼女はそのように男に力で征服されたいと願っていたのだ。

Saepe 'mane!' dixit, cum jam properaret(急ぐ) Achilles;
 Fortia nam posita sumpserat arma colo(糸巻き棒).

アキレスがもはや出で立とうとはやっていた時、「ここにいてちょうだい」と、彼女は何度も言った。彼が紡錘を捨てて、力強い武具を手にしたからだった。

Vis ubi nunc illa est? Quid blanda voce moraris(引き留める)
 Auctorem stupri, Deidamia, tui?

あの暴力のことは今はどうなったのだ。デイダメイアよ、お前を辱めた男を、なんだって優しい声で引き止めようとするのだ。

Scilicet ut pudor est quaedam coepisse priorem,   705
 Sic alio gratum est incipiente pati.

これはつまりは女の方から先に事を始めるのは恥ずかしいことだが、他人が先手を取ってくれると、その行為をこうむるの嬉しいということなのだ。

A! nimia est juveni propriae(自分の) fiducia formae,
 Expectat(待つ) siquis, dum prior illa roget.

ああ、女の方から言い寄ってくるのを期待しているような男は、そんな若者は自分の容姿に自信を持ちすぎているというものだ。

Vir prior accedat(近づく), vir verba precantia(懇願する) dicat:
 Excipiet(未) blandas comiter illa preces.   710

男がまず先に近づくのだ。男の方から愛を請う言葉を吐くのだ。女は甘いへつらいの言葉を心楽しく聞くだろう。

Ut potiare, roga: tantum cupit illa rogari;
 Da causam voti principiumque tui.

女をものにしたいなら、愛を請いたまえ。女はひたすら愛を請われることを願っている。君は自分が求愛する口実ときっかけを作ればよい。

Juppiter ad veteres supplex heroidas ibat:
 Corrupit(誘惑する) magnum nulla puella Jovem.

ジュピターもむかし美女たちに、哀願する立場で近づいたものだった。美女のうち一人として偉大なるジュピターを誘惑した者はいなかった。

Si tamen a precibus tumidos(思い上がった) accedere(増える) fastus(尊大)   715
 Senseris, incepto(企て) parce(控える) referque pedem(退却する).

ではあるが、もし君の哀願によって女が増長し、お高く止まっているなと感じたら、目論見は捨てて、踵を返したほうがいい。

Quod refugit(逃げる), multae cupiunt: odere quod instat(しつこくする);
 Lenius instando taedia(退屈) tolle tui.

多くの女は自分から逃げる者を欲しがり、しつこく言い寄る者を嫌う。近づくのに時間をかけて、君への飽きがこないようにしたまえ。

Nec semper veneris spes est profitenda(公言する) roganti:
 Intret(接、入り込む) amicitiae nomine tectus amor.    720

愛を求めるときには、愛の交わりを望んでいることを、必ずしも正直に口にしてはならぬ。友情という名に紛らせて愛を忍び込ませるのだ。

Hoc aditu vidi tetricae(与、硬い) data(主) verba(動、騙す) puellae:
 Qui fuerat cultor(ファン), factus amator erat.

このやり口で、恐ろしく身持ちの堅い女たちがコロリと騙されるのは、私が目にしたところだ。彼女たちを崇拝していた男が愛人になってしまったのである。

Candidus(白い) in nauta(水夫) turpis color(顔色), aequoris unda(波)
 Debet et a radiis(光線) sideris(天体) esse niger:

色白なのは、船乗りにあっては恥ずかしいことだ。海の波と照りつける太陽の光で、色が黒くなくてはいけない。

Turpis et agricolae, qui vomere(鋤の先) semper adunco(曲がった)   725
 Et gravibus rastris(鍬) sub Jove(大空) versat humum.

それは農夫にとっても恥ずかしいことだ。常に戸外に出て、曲がった鋤と重い鍬(くわ)とで土地を耕しているのが農夫だからだ。

Et tibi, Palladiae(オリーブの) petitur cui fama coronae,
 Candida si fuerint corpora, turpis eris.

それに、オリーブの冠(オリンピックの冠)を勝ち得ようと願っている者よ、君の体が白かったら、それは恥というものだ。

Palleat omnis amans: hic est color aptus amanti;
 Hoc decet, hoc stulti non valuisse putant.   730

恋する者は全て青ざめていなければならぬ。これこそが恋するものにふさわしい色である。かくあらねばならぬ。愚か者はかようなことも役に立たないと考えるが。

Pallidus in Side(最初の妻) silvis errabat Orion,
 Pallidus in lenta(冷淡な) naide Daphnis erat.

最初の妻シデに恋して森をさまよっていたオリオンは青ざめていた。ナイス(水の精)に冷たくされたダフニスも青ざめていた。

Arguat(示す) et macies(痩せていること) animum: nec turpe putaris(完接)
 Palliolum(頭巾) nitidis imposuisse comis.

やつれたところを見せて、君の心中を知らしめることだ。綺麗な髪に(病人がかぶる)頭巾をかぶるのを、恥ずかしいと思ってはならない。

Attenuant(細くする) juvenum(複属) vigilatae corpora noctes   735
 Curaque et in magno qui fit amore dolor.

眠れぬままに過ごす夜と心労は、恋心がつのって生ずる悲しみは、若者の体を痩せ細らせるものである。

Ut voto potiare(受接) tuo, miserabilis esto,
 Ut qui te videat, dicere possit 'amas.'

君の念願を成就するために、人が君の姿を見て、「恋をしているんだね」と言うほどに惨めな姿をするがいい。

Conquerar(不平をいう), an moneam mixtum fas omne nefasque?
 Nomen amicitia est, nomen inane fides.   740

これを嘆くべきか、それとも君に忠告しておくべきか分からないが、許されていいことと、なしてはならぬこととが、あらゆる点で 混同されている始末だ。友情といっても名ばかりだし、信義も名ばかりのことだ。

Ei mihi, non tutum est, quod ames, laudare sodali(親友);
 Cum tibi laudanti credidit, ipse subit(接近する).

いかにも残念だが、君が愛している者のことを、友人に向かって褒めたてるのは安全ではない。君が褒めているを信じたりすると、奴は君の相手をさらってしまうぞ。

At non Actorides lectum(ベッド) temeravit(汚す) Achillis(属):
 Quantum ad Pirithoum, Phaedra pudica fuit.

「だがアクトールの孫(パトロクロス、アキレスの友)はアキレスの臥所をけがしたりはしなかった 。ペイリトオス(テセウスの友)に関して言えば、パイドラ(テセウスの妻)には手を付けなかった。

Hermionam Pylades quo(同じ様に) Pallada Phoebus, amabat,   745
 Quodque tibi geminus(双子の一人), Tyndari, Castor, erat.

「ピュラデス(オレステスの友)はヘルミオネ(オレステスの妻)を愛していたが、アボロンがアテナを愛していたのと同じ愛し方でだったし、テュンダレウスの娘(ヘレン)よ、双子のカストールのお前に対する愛とも、同じだったではないか」という向きもあろう。

Siquis idem sperat, laturas poma(果実) myricas(御柳)
 Speret, et e medio flumine mella petat.

これと同じことを期待している者がいるとすれば、御柳の木が実を付けるのを期待し、川の真ん中で蜜を探そうと求めるようなものだ。

Nil nisi turpe juvat(喜ばせる): curae sua cuique voluptas:
 Haec quoque ab alterius grata dolore venit.   750

恥ずべきことでなければ何一つ楽しみにはならない。誰にとっても自分の快楽だけが関心事なのだ。これにしても他人の悲しみに由来するものだと心楽しいのである

Heu facinus! non est hostis(主、敵) metuendus amanti;
 Quos credis fidos(忠実な), effuge, tutus eris.

何たる罪深き所業ぞ。恋する者は恋敵を恐れる必要はない。信頼するに足ると信じている連中をこそ避けねばならぬ。さすれば安泰だろう。

Cognatum fratremque cave carumque sodalem:
 Praebebit veros haec tibi turba(群れ) metus.

血縁だの兄弟だの親しい友人だのに用心する がいい。かかる連中こそが君には本当の危惧の種となるのだから。

Finiturus(終える) eram, sed sunt diversa puellis   755
 Pectora: mille animos excipe(捕まえる) mille modis.

ここで終えようとしていたのだが、女心は実に様々である。千の心は千の方法でとらえねばならない。

Nec tellus eadem parit omnia; vitibus illa
 Convenit, haec oleis; hac bene farra(小麦) virent(青々とする).

同じ土地があらゆる作物を産するわけではない。葡萄に適した土地も、オリーブに適した土地も、小麦が豊かに実る土地もある。

Pectoribus mores tot sunt, quot in ore figurae;
 Qui sapit, innumeris moribus aptus erit,   760

心のありようの数の多さは、顔の形の数には劣らない。知恵ある者ならば、無数のそのありように適合していくことだろう。

Utque leves Proteus modo se tenuabit(薄くする) in undas,
 Nunc leo, nunc arbor, nunc erit hirtus aper.

プロテウスのように、時には軽やかな波と化し、さてはまた獅子に、または剛毛の生えた猪になるだろう。

Hi jaculo(投網) pisces, illi capiuntur ab hamis(釣針):
 Hos cava(膨れる) contento(引っ張った) retia(主、網) fune(綱) trahunt.

魚にしても銛(もり)で刺して取るものも、釣り針にかかるものもあり、袋網にかかってピンと張った綱を引っ張る魚もある。

Nec tibi conveniet cunctos modus unus ad annos:   765
 Longius insidias cerva(牝鹿) videbit anus(老いた).

あらゆる年齢の女にただ一つのやり方で対応するのは、よろしくない。年老いた鹿はより遠くから罠を見てとるだろう。

Si doctus(熟練した) videare rudi(未経験), petulansve(好色) pudenti,
 Diffidet miserae protinus illa sibi.

君が未熟な女の目には学者に映り、内気な女には色好みに映ったりすれば、女はたちどころに自信をなくて惨めにものだ。

Inde fit, ut quae se timuit committere honesto,
 Vilis(主、つまらない) ad amplexus inferioris eat.   770

そこからして、立派な男に身を任せることを 恐れた女が、卑しい男のもとへ走って、その胸に抱かれる、ということが起こる次第である。

Pars superat coepti(企て), pars est exhausta laboris.
 Hic teneat(止める) nostras ancora(主、錨) jacta rates(船).

私の企てたことはまだ残っているが、その一部はやり終えた。このあたりで錨(いかり)を投じて、わが船をとどめることにしよう。


Ovid: Ars Amatoria II



Dicite 'io Paean!' et 'io' bis dicite 'Paean!'
 Decidit in casses praeda petita meos;

「万歳、パイアン」と唱えよ、してまた「万歳」といい、再び「パイアン」と唱えよ、狙っていた獲物が罠にかかったのだ。

Laetus amans donat viridi mea carmina palma,
 Praelata Ascraeo Maeonioque seni.

アスクラの老詩人(ヘシオドス)よりも、マイオニアの老詩人(ホメロス)よりも、私の詩をよしとして、恋する男が喜びに溢れて、私の歌に緑なる棕櫚(しゅろ)の枝を贈ってくれた。

Talis ab armiferis Priameius hospes Amyclis   5
 Candida cum rapta conjuge vela dedit;

異国(ギリシア)の客であったプリアモスの息子(パリス)が、戦いを好むアミュクライ(スパルタ)の地から奪った妻を携えて、船出の白い帆を張った時の気持ちはこんなものだったろう。

Talis erat qui te curru victore ferebat,
 Vecta peregrinis Hippodamia rotis.

ヒッポダメイヤよ、異国の車輪を走らせて、 お前を勝利者の戦車に乗せて連れ去った男(ペロプス)も、こんな気持ちだったろう。

Quid properas, juvenis? mediis tua pinus in undis
 Navigat, et longe quem peto portus abest.   10

若者よ、何を急ぐことがあろう。君の船は大海の真ん中を航行していて、私の目指す港はまだまだ遠いのだ。

Non satis est venisse tibi me vate puellam:
 Arte mea capta est, arte tenenda mea est.

詩人たる私の導きによって、君が女をものにしたというだけでは不十分である。わが技術によって捕まえた女はわが技術によって逃がさぬようにしなければならぬ

Nec minor est virtus, quam quaerere, parta tueri:
 Casus inest illic; hoc erit artis opus.

手に入れたものを守り抜くことは、それを求めるにも劣らぬ勇気を要する。求めるに際しては、まぐれが幸いすることがあるが、守るには技術が必要である。

Nunc mihi, siquando, puer et Cytherea, favete,   15
 Nunc Erato, nam tu nomen amoris habes.

息子アモルとその母なるキュテラ女神ヴィーナスよ、いつなりと私に恩顧を賜るならば、今こそ賜りたまえ。今こそエラト(ムーサ)もまた、御身は愛の名を持ちたもうが故に。

Magna paro, quas possit Amor remanere per artes,
 Dicere, tam vasto pervagus orbe puer.

わが企てたるは大いなること。いかなる技術をもってすれば、かくも広大なる世界を自在に飛び回る子供であるアモルをとどめおくことができるか、ということを歌うのがそれである。

Et levis est, et habet geminas, quibus avolet, alas:
 Difficile est illis imposuisse modum.   20

アモルは身軽で、それを振るって飛び去る二つの翼を持っている。その行動を制するのは何とも難しいのだ。

Hospitis effugio praestruxerat omnia Minos:
 Audacem pinnis repperit ille viam.

ミノス王は異国の客人(ダイダロス)が脱出する道を悉く封じておいたが、かの者は翼を用いて大胆な逃げ道を編み出したものだ。

Daedalus ut clausit conceptum crimine matris
 Semibovemque virum semivirumque bovem,

ダイダロスは、母(パーシファエ)の罪深い行為によって生まれた半ば牛である男にして半ばは男である牛を閉じ込めると、こう言ったものだ。

'Sit modus exilio,' dixit 'iustissime Minos:   25
 Accipiat cineres terra paterna meos.

「この上なき正義の人たるミノス王よ、私の亡命生活を終わらせてください。父祖の地に私の骨灰(ほね)を埋めさせてください。

Et quoniam in patria, fatis agitatus iniquis,
 Vivere non potui, da mihi posse mori.

「悪しき運命に翻弄されて祖国で生きることが出来なくなったからには、かの地で死ぬようにだけはしてください。

Da reditum puero, senis est si gratia vilis:
 Si non vis puero parcere, parce seni.'   30

「老いたこの私の功績がつまらぬものだとしても、息子(イカロス)は帰国させてくださいまし。息子にお許しになるのがお嫌ならばこの年寄りにお許しください」

Dixerat haec; sed et haec et multo plura licebat
 Dicere: regressus non dabat ille viro.

こう言った、これだけでなく、もっと多くを言おうと思えば言えた。だが王はこの男の帰国を許さなかった。

Quod simul ut sensit, 'nunc, nunc, o Daedale,' dixit:
 'Materiam, qua sis ingeniosus, habes.

それを感じ取ると「さあ今だぞ、今こそだぞ、ダイダロスよ」と彼は言った。「お前が自分の豊かな才を発揮するのは。

Possidet et terras et possidet aequora Minos:   35
 Nec tellus nostrae nec patet unda fugae.

「ミノスは大地を押さえており、海もまた押さえている、この大地も海原も逃げ出す道を開いてはくれぬ。

Restat iter caeli: caelo temptabimus ire.
 Da veniam coepto, Jupiter alte, meo:

「残るは空の道のみだ。空を行く道を試みることにしよう。高きところにましますジュピターよ。わが企てを許したまえ。

Non ego sidereas affecto tangere sedes:
 Qua fugiam dominum, nulla, nisi ista, via est.   40

「散らばる星々の座を侵そうというのではありませぬ。主人のもとから逃れ出るには、これより他に道がないのです。

Per Styga detur iter, Stygias transnabimus undas;
 Sunt mihi naturae jura novanda meae.'

「冥府の川を渡って行く道があるならば、冥府の川をも渡りましょう。私は持って生まれたこの才に、新たな創意を加えればなりません」

Ingenium mala saepe movent: quis crederet umquam
 Aerias hominem carpere posse vias?

不運というものはしばしば才能を発揮せしめるものだ。人間の身で空を行く道をたどれるなどと、そもそも誰が信じたろう。

Remigium volucrum disponit in ordine pinnas,   45
 Et leve per lini vincula nectit opus,

(ダイダロスは)鳥にとっての櫂と言うべき羽の形に並べ、糸で結び合わせてその軽い細工物を綴り合わせ、

Imaque pars ceris astringitur igne solutis,
 Finitusque novae jam labor artis erat.

その下の部分は溶かした蝋でしっかり固定した。こうして新たな技術を駆使した労作が出来上がったのである。

Tractabat ceramque puer pinnasque renidens,
 Nescius haec umeris arma parata suis.   50

息子はこれが自分の肩につけるために用意された道具だとも知らぬままに喜びに顔を輝かせて、蝋や羽をいじって遊んでいた。

Cui pater 'his' inquit 'patria est adeunda carinis,
 Hac nobis Minos effugiendus ope.

その子に向かって父は言った。「この船で祖国へ行きつかねばならぬ。これを用いてミノスのもとから逃げ出さねばならぬのだ。

Aera non potuit Minos, alia omnia clausit;
 Quem licet, inventis aera rumpe meis.

「ミノスは空こそ閉ざすことはできなかったが、他の道は全て閉ざしてしまったからだ。お前にはそれが出来るのだから、わしが考案したこの道具を用いて空中を突き破っていくがいい。

Sed tibi non virgo Tegeaea comesque Bootae   55
 Ensiger Orion aspiciendus erit:

「だがお前はテゲヤの乙女(おおくま座)の星やボオテス(こぐま座)の仲間である剣を帯びたオリオンを仰ぎ見てはならぬ。

Me pinnis sectare datis; ego praevius ibo:
 Sit tua cura sequi; me duce tutus eris.

「お前に与えた翼の力でわしの後をついてくるのだ。わしについてくることだけを心がけろ。わしが先に立って進む限りお前は安全だ。

Nam sive aetherias vicino sole per auras
 Ibimus, impatiens cera caloris erit:   60

「もし太陽に近い天界の上層を通ったりすれば蝋は熱に耐えられなくなるだろう。

Sive humiles propiore freto iactabimus alas,
 Mobilis aequoreis pinna madescet aquis.

「もし翼を低く垂れて海面をかすれて羽ばたいたりすれば、羽を動かしているおりに海の水で濡れたりもするだろう。

Inter utrumque vola; ventos quoque, nate, timeto,
 Quaque ferent aurae, vela secunda dato.'

「両方の中間を飛ぶのだ。息子よ、風もまた 恐れることだ。風がお前を運んでいく方角へと、それに乗って帆を向けるのだ」

Dum monet, aptat opus puero, monstratque moveri,   65
 Erudit infirmas ut sua mater aves.

こう諭しながらダイダロスは、母鳥がか弱いひなどりに教えるかのように、道具を息子に取り付けてやって、その動かし方をやってみせた。

Inde sibi factas umeris accommodat alas,
 Perque novum timide corpora librat iter.

それから出来上がった翼を自分の肩にも取り付けると、新たな道に乗り出すために、恐る恐る体のバランスをとってみた。

Iamque volaturus parvo dedit oscula nato,
 Nec patriae lacrimas continuere genae.   70

もう飛び立とうとする際に幼いわが子に接吻したが、父の頬は涙をせきあえなかった。

Monte minor collis, campis erat altior aequis:
 Hinc data sunt miserae corpora bina fugae.

山ほど高くはないが平らな平原よりは高い岡があった。ここから二人の体は飛び立って、哀れな逃亡が始まったのであった。

Et movet ipse suas, et nati respicit alas
 Daedalus, et cursus sustinet usque suos.

自分でも翼を動かしながら、ダイダロスは息子の翼を振り返り、自分の進路をずっと保っていた。

Iamque novum delectat iter, positoque timore   75
 Icarus audaci fortius arte volat.

既にこの新たな旅も楽しいものとなったのか 、恐れ心もなくなって、イカロスは大胆な技術を駆使して、より勇敢に飛んだ。

Hos aliquis, tremula dum captat arundine pisces,
 Vidit, et inceptum dextra reliquit opus.

ある人は釣竿をうち振りながら魚を釣っていたが、二人の様子を見るとその右手はお留守になって、やりかかっていた仕事も捨ててしまった。

Iam Samos a laeva (fuerant Naxosque relictae
 Et Paros et Clario Delos amata deo)   80

もうサモス島が左手に—ナクソス島も、パロス島も、クラロスの神アポロンに愛されている デロス島もすでに後にしていたのだった。

Dextra Lebinthos erat silvisque umbrosa Calymne
 Cinctaque piscosis Astypalaea vadis,

右手にはレビントス島、森に覆われ木陰なすカリュムネ島、魚多きアステュバレア島が見えてきた。

Cum puer, incautis nimium temerarius annis,
 Altius egit iter, deseruitque patrem.

すると子供は思慮とぼしき年頃のせいで、向こう見ずにも、一層高い道を取り、父から離れてしまった。

Vincla labant, et cera deo propiore liquescit,   85
 Nec tenues ventos brachia mota tenent.

紐の結び目はゆるみ、太陽神に近づいたため蝋は溶け始め、いくら腕を動かそうとも、薄くなった空気を捕らえられない。

Territus a summo despexit in aequora caelo:
 Nox oculis pavido venit oborta metu.

恐怖に駆られて高い天から海面を見下ろすと、恐怖におののくあまり闇がその両目を被ってしまった。

Tabuerant cerae: nudos quatit ille lacertos,
 Et trepidat nec, quo sustineatur, habet.   90

蝋は溶けてしまった。子供は翼の失せた腕を激しくふり恐怖に震えたが、もはや身を支えてくれるものはなかった。

Decidit, atque cadens 'pater, o pater, auferor!' inquit,
 Clauserunt virides ora loquentis aquae.

落ちて行きながらも「お父さん、ああ、お父さん、僕離れていってしまうよ」と言ったが、そう喚いている彼の口を緑色の海が塞いでしまった。

At pater infelix, nec jam pater, 'Icare!' clamat,
 'Icare,' clamat 'ubi es, quoque sub axe volas?'

不幸な父は、いやもはや父でなくなった身だが、「イカロスよ」と彼は名を呼ぶ。「イカロスよ、天の下のどこを飛んでいるのだ」

'Icare' clamabat, pinnas aspexit in undis.   95
 Ossa tegit tellus: aequora nomen habent.

「イカロスよ」と名を呼んでいるうちに、波間に浮かぶ翼を見つけたのだった。大地がその骨を覆ったが、海はなおその名をとどめている。

Non potuit Minos hominis conpescere pinnas;
 Ipse deum volucrem detinuisse paro.

ミノス王ででさえも人間の作った翼を押さえておくことはできなかったものを、この私は翼の生えた神を引き留めておこうと意図しているのである。

Fallitur, Haemonias siquis decurrit ad artes,
 Datque quod a teneri fronte revellit equi.   100

ハエモニア(トラキア)の魔術にすがろうとしたり、仔馬の額から取ったもの(媚薬)を女に与えたりする者がいるとすれば、それは間違いというものだ。

Non facient, ut vivat amor, Medeides herbae
 Mixtaque cum magicis nenia Marsa sonis.

メディア(ペルシア)の薬草も、魔術の音を交えたマルシー族のまじないの歌も、愛を生かせておくのに効き目はない。

Phasias Aesoniden, Circe tenuisset Ulixem,
 Si modo servari carmine posset amor.

愛がまじないの歌だけで保てるものならば、パシスの女(メデイア)はアイソンの子(イヤソン)を、キルケはオデュッセウスをとどめられたはずだ。

Nec data profuerint pallentia philtra puellis:   105
 Philtra nocent animis, vimque furoris habent.

人を青ざめさせる媚薬を女に与えても効き目はない。媚薬は精神を損なうし、狂気を引き起こす力もあるのだ。

Sit procul omne nefas; ut ameris, amabilis esto:
 Quod tibi non facies solave forma dabit:

神々の掟にもとる行為は何であれ遠ざけよ。 愛されたいのなら愛されるにふさわしい人間になることだ。顔や容姿だけでそうなれるものではない。

Sis licet antiquo Nireus adamatus Homero,
 Naiadumque tener crimine raptus Hylas,   110

たとえ君がそのかみホメロスに熱烈に愛されたニレウス(ギリシア軍の美青年)のごときもの、ナイアデス(水の精)たちが悪さをしてさらったヒュラス(ヘラクレスが愛した美少年)のごとき物だとしても、

Ut dominam teneas, nec te mirere relictum,
 Ingenii dotes corporis adde bonis.

意中の女性を引き止めておくために、また彼女に逃げられて茫然としたりしないためにも、美しい肉体に才気という賜物を加えるがいい。

Forma bonum fragile est, quantumque accedit ad annos
 Fit minor, et spatio carpitur ipsa suo.

美貌などというものは儚い長所であって、年を重ねていくにつれて失われて行き、歳月を経たぶんだけすり減ってしまうものだ。

Nec violae semper nec hiantia lilia florent,   115
 Et riget amissa spina relicta rosa.

薔薇も、花びらを開いた百合の花もいつまでも咲いているわけではない。薔薇にしても散ってしまえば固くなったトゲが残るだけだ

Et tibi jam venient cani, formose, capilli,
 Iam venient rugae, quae tibi corpus arent.

美貌の若者よ、やがて君にも白髪がやってきて、しわも生じ、君の体に畝を立てるだろう。

Iam molire animum, qui duret, et astrue formae:
 Solus ad extremos permanet ille rogos.   120

今こそ長続きする精神を築き上げ、それを美貌に加えるがいい。ひとり精神のみが命果てて火葬に付されるまで持続するのだ。

Nec levis ingenuas pectus coluisse per artes
 Cura sit et linguas edidicisse duas.

自由人にふさわしい学芸によって心を陶冶することを軽んずることなく、(ラテン語とギリシャ語という)二つの言葉を修めることだ。

Non formosus erat, sed erat facundus Ulixes,
 Et tamen aequoreas torsit amore deas.

オデュッセウスは美男ではなかったが弁が立った。それでありながら海の女神たちを恋心でもだえさせたものだ。

A quotiens illum doluit properare Calypso,   125
 Remigioque aptas esse negavit aquas!

ああ、カリュプソは彼が島を立ち去ろうと心せいていることを幾たびか悲しみ、(今は)海原が櫂で渡るには向いていないと言ったことか。

Haec Troiae casus iterumque iterumque rogabat:
 Ille referre aliter saepe solebat idem.

彼女はトロイア落城の様子を聞かせてくれと幾度も幾度もせがみ、オデュッセウスは話し方こそ変えてだが、同じことを度々話し聞かせたものだった。

Litore constiterant: illic quoque pulchra Calypso
 Exigit Odrysii fata cruenta ducis.   130

両人は浜辺に立っていたのだが、そこでもまた美しいカリュプソは、オドリュサイ(トラキア)の大将(レーソス)が血に染まって倒れた様子を聞きたいとせがんだ。

Ille levi virga (virgam nam forte tenebat)
 Quod rogat, in spisso litore pingit opus.

彼は軽い杖で—たまたま杖を手にしていたからだが—カリュプソがせがんだ一件を厚く積もった砂浜の上に描いてみせた。

'Haec' inquit 'Troia est' (muros in litore fecit):
 'Hic tibi sit Simois; haec mea castra puta.

「これが」と彼は言った。「トロイヤだ」—と城壁を砂の上に描いた。「ほれこっちがシモイス川だ。これがわしの陣屋だと思ってくれ。

Campus erat' (campumque facit), 'quem caede Dolonis   135
 Sparsimus, Haemonios dum vigil optat equos.

「ここに野原があってな」—と彼は野原を描いた—「ハエモニアの馬が欲しいばかりに夜も眠らずにいたドローンを討ち取って、我々はこの野原を血潮で染めたものだった。

Illic Sithonii fuerant tentoria Rhesi:
 Hac ego sum captis nocte revectus equis.'

「そっちにはシドン人(レーソス)の天幕があった。わしはその夜ぶんどった馬に乗って戻ってきたのだった」

Pluraque pingebat, subitus cum Pergama fluctus
 Abstulit et Rhesi cum duce castra suo.   140

その他にもあれこれと描いて見せようとしていると、突然大波がやってきてペルガマ(トロイ)とレーソスの陣屋をその将もろともにさらっていってしまった。

Tum dea 'quas' inquit 'fidas tibi credis ituro,
 Perdiderint undae nomina quanta, vides?'

するとカリュプソは言った。「ほらごらんなさい。あなたが船出なさるによいと信じていらっしゃる波は、その名も高い方々のお名前を消し去ってしまいましたよ」

Ergo age, fallaci timide confide figurae,
 Quisquis es, aut aliquid corpore pluris habe.

さればだ、目を欺きがちな容姿というものに信を置くなら、用心深くすることだ。君が何者であるにせよ、肉体以上の何か長所をわが物としておくがいい。

Dextera praecipue capit indulgentia mentes;   145
 Asperitas odium saevaque bella movet.

とりわけ手だれの鷹揚さを見つけて心をとらえたまえ。荒々しい性格は憎しみと苛烈な争い生むだけだ。

Odimus accipitrem, quia vivit semper in armis,
 Et pavidum solitos in pecus ire lupos.

我々が鷹を嫌うのは、常に獲物を襲うのがその生き方だからだし、狼も臆病な羊の群れを襲うその習性ゆえに嫌うのである。

At caret insidiis hominum, quia mitis, hirundo,
 Quasque colat turres, Chaonis ales habet.   150

燕は穏やかな鳥なので人間の罠の犠牲にもならず、カオニスの鳥(鳩)も塔に住まわせてもらっているのだ。

Este procul, lites et amarae proelia linguae:
 Dulcibus est verbis mollis alendus amor.

下がりおろう、争い事と苦々しい口喧嘩よ。優しい愛は甘い言葉で育まねばならぬ。

Lite fugent nuptaeque viros nuptasque mariti,
 Inque vicem credant res sibi semper agi;

夫婦喧嘩は、妻から夫を、夫から妻を遠ざける。二人にはいつも裁判沙汰が起きていると互いに思わせておけ。

Hoc decet uxores; dos est uxoria lites:   155
 Audiat optatos semper amica sonos.

これが人妻にはふさわしいあり方だ。夫婦喧嘩は人妻の持参金である。愛する女性には彼女が待ち望んでいた言葉をいつだって聞かせるがいい。

Non legis jussu lectum venistis in unum:
 Fungitur in vobis munere legis amor.

君たちが臥所を共にするのは法の命ずるところによってではない。アモルが法の役割を果たしてくれるのだ。

Blanditias molles auremque juvantia verba
 Affer, ut adventu laeta sit illa tuo.   160

君がやってくるのを彼女が喜ぶようにするには、優しいお追従と快く耳をくすぐるような言葉とを聞かせてやることだ。

Non ego divitibus venio praeceptor amandi:
 Nil opus est illi, qui dabit, arte mea;

私は金持ち連中のために愛の師匠として参上したわけではない。贈り物ができるような人物には私の技術は全く要らないからだ。

Secum habet ingenium, qui, cum libet, 'accipe' dicit;
 Cedimus: inventis plus placet ille meis.

好きな時に「いいから取っておきなさい」などと言える人物は、それだけでもう才覚が身に備わっているというものだ。当方は引っ込むしかない。さような人物は私が案出した手だてよりももっと女の心を惹くのだ。

Pauperibus vates ego sum, quia pauper amavi;   165
 Cum dare non possem munera, verba dabam.

この私はといえば貧しい人々のための詩人である。人を愛した頃に貧しかったからだ。贈り物ができなかったので、代わりに言葉送ったものだ。

Pauper amet caute: timeat maledicere pauper,
 Multaque divitibus non patienda ferat.

貧乏人は愛するにあたっても、用心しいしいするがいい。貧乏人なるが故に、悪口を言うのにも気を使うようにせねばならぬ。金持ちなら我慢のならぬようなことを、貧乏人は多く耐え忍ばねばならない。

Me memini iratum dominae turbasse capillos:
 Haec mihi quam multos abstulit ira dies!   170

私はかつて逆上して愛する女の髪をぐしゃぐしゃにしてやったことを覚えているが、そんな風に腹を立てたばかりに、なんと多くの日を無駄に過ごしてしまったことか。

Nec puto, nec sensi tunicam laniasse; sed ipsa
 Dixerat, et pretio est illa redempta meo.

女の下着を切り裂いたとは思っていないし、そんなことをした意識もなかったのだが、彼女はそうしたと言ったのである。で、私が金を払って買い替えてやる羽目となった。

At vos, si sapitis, vestri peccata magistri
 Effugite, et culpae damna timete meae.

されば君たちは、ものをわきまえているならば、師匠たる私の過ちを避けたまえ。して、私の失態が招いた損失に用心したまえ。

Proelia cum Parthis, cum culta pax sit amica,   175
 Et jocus, et causas quicquid amoris habet.

戦うなら、パルティア人を相手にやるがよく、垢抜けた女との間では波風を立てないことだ。冗談を飛ばすもよし、なんであれ恋心を掻き立てるようなことをするがよかろう。

Si nec blanda satis, nec erit tibi comis amanti,
 Perfer et obdura: postmodo mitis erit.

女の愛情に細やかさが足りなくとも、君が愛しているのに優しくしてくれなくとも、我慢してしぶとく粘ることだ。いずれはかたくなな態度もやわらぐことだろう。

Flectitur obsequio curvatus ab arbore ramus:
 Frangis, si vires experiere tuas.   180

曲がった枝もそっとはあつかえば、木の幹からたわむものだが、力任せにやれば折ってしまうことになる。

Obsequio tranantur aquae: nec vincere possis
 Flumina, si contra, quam rapit unda, nates.

流れに逆らわなければ川も泳ぎ渡れるが、流れの方向に逆らって泳いだりすれば、川に打ち勝つことはできなかろう。

Obsequium tigresque domat Numidasque leones;
 Rustica paulatim taurus aratra subit.

従順さは虎をもヌミディアの獅子をも馴致せしめる。少しずつやれば牡牛も畑を耕す犂(すき)を背負うものだ。

Quid fuit asperius Nonacrina Atalanta?   185
 Succubuit meritis trux tamen illa viri.

ノナクリス(アルカディア)のアタランテよりも気性の荒い者がいたろうか。それでもやはり、その荒々しい娘も男の持つ価値には身を屈したのだ。

Saepe suos casus nec mitia facta puellae
 Flesse sub arboribus Milaniona ferunt;

伝えられているところでは、メラニオンは木の下でしばしばわが身の不運と乙女(アタランテ)のかたくなな態度をなげいていたという。

Saepe tulit jusso fallacia retia collo,
 Saepe fera torvos cuspide fixit apros:   190

しばしば彼は乙女(アタランテ)の命に従って、獲物を欺く網を肩に担いだものだし、無慈悲な槍を投じて獰猛な猪を仕留めたりもした。

Sensit et Hylaei contentum saucius arcum:
 Sed tamen hoc arcu notior alter erat.

ヒュライオス(恋敵のケンタウロス)のひき絞った弓で傷を負ったりもしたが、もう一つのアモル(キューピッド)の弓の方がもっと骨身にこたえたのだった。

Non te Maenalias armatum scandere silvas,
 Nec jubeo collo retia ferre tuo:

私は君に武具を手にマイナロス(アルカディア)の森の中へ登りに行けとか、肩に網を担げとか命じているわけではない。

Pectora nec missis jubeo praebere sagittis;   195
 Artis erunt cauto mollia jussa meae.

弦(つる)を放たれた矢にその胸をさらせと命じもしない。慎重さを旨とするわが愛の技術の命じるところは、もっと優しいものである。

Cede repugnanti: cedendo victor abibis:
 Fac modo, quas partes illa jubebit, agas.

女が嫌がったら折れて出るがいい。折れて出ることで結局は勝ちを占めることになるのだから、彼女がやれと言う通りの役をとにかくもやるのだ。

Arguet, arguito; quicquid probat illa, probato;
 Quod dicet, dicas; quod negat illa, neges.   200

彼女が難癖をつけたら、君も難癖をつけるがいい。何であれ彼女が褒めたら、君も褒めるのだ。彼女が何を言っても、ごもっともと言い、彼女がダメと言ったらダメだと言うのだ。

Riserit, adride; si flebit, flere memento;
 Imponat leges vultibus illa tuis.

彼女が笑ったら君も笑い、泣いたら君も忘れずに泣くがいい。君が浮かべる表情は彼女が 課する掟に従わせたまえ。

Seu ludet, numerosque manu iactabit eburnos,
 Tu male iactato, tu male iacta dato:

彼女が勝負事を楽しんで、手で象牙の賽をふったりしたら、君は下手くそに賽をふりたまえ。下手くそにやって出た目を自分が損になるようにいじるのだ。

Seu iacies talos, victam ne poena sequatur,   205
 Damnosi facito stent tibi saepe canes:

君は賽を振って彼女が負けても負けた分を払えなどと迫ってはならぬ。損になる犬の目がしばしば自分に出るように細工することだ。

Sive latrocinii sub imagine calculus ibit,
 Fac pereat vitreo miles ab hoste tuus.

「泥棒将棋」の盤の上で駒を動かす時には、君のほうの歩兵が相手方のガラス細工の駒に負けて死ぬようにするのがいい。

Ipse tene distenta suis umbracula virgis,
 Ipse fac in turba, qua venit illa, locum.   210

君は自分から進んで、日傘の骨を開いて彼女にさしかけてやりたまえ。自分から進んで、彼女の行くところ雑踏の中に道を開けてやりたまえ。

Nec dubita tereti scamnum producere lecto,
 Et tenero soleam deme vel adde pedi.

彼女が座ろうとしている優雅な寝椅子にはいそいそと足台を差し出し、上履きを履かせたり脱がせたりするのだ。

Saepe etiam dominae, quamvis horrebis et ipse,
 Algenti manus est calfacienda sinu.

さらには君自身がどれほど寒さに震え上がっていようとも、愛する女性の寒さに凍えた手を懐に入れて温めてやらねばならぬこともよくある。

Nec tibi turpe puta (quamvis sit turpe, placebit),   215
 Ingenua speculum sustinuisse manu.

自由民の身でありながら、その手で鏡を捧げもってやることを恥と思ってはならぬ。恥と言えば恥だが心楽しくもあろう。

Ille, fatigata praebendo monstra noverca
 Qui meruit caelum, quod prior ipse tulit,

以前は自ら支えていた天にその座を得た彼の者(ヘラクレス)は、継母(ユノ)が彼のもとに次々と怪物を送り込むのに疲れ果てたおりには、

Inter Ioniacas calathum tenuisse puellas
 Creditur, et lanas excoluisse rudes.   220

イオニアの乙女たちに立ちまじって籠を手にしたり、加工していない羊毛を紡いだりしていたと信じられているのだ。

Paruit imperio dominae Tirynthius heros:
 I nunc et dubita ferre, quod ille tulit.

このティリンスの英雄(ヘラクレス)も愛する女(オンファレ)の命ずるところに従ったのだ。それ、彼の英雄が耐え忍んだことを君は耐え忍ぶのを躊躇ったりするのかね。

Jussus adesse foro, jussa maturius hora
 Fac semper venias, nec nisi serus abi.

公共広場へ来るように言われたら、いつでも言われた時間よりも早めに駆けつけ、遅くまで立ち去ってはならぬ。

Occurras aliquo, tibi dixerit: omnia differ,   225
 Curre, nec inceptum turba moretur iter.

どこそこに来て欲しいと言われたりしたら、何もかも放り出して駆けつけるがいい。雑踏に阻まれて遅れたりしてはならぬ。

Nocte domum repetens epulis perfuncta redibit:
 Tum quoque pro servo, si vocat illa, veni.

夜分にご馳走に堪能して、女が家路をさして帰ることもあろう。そんな時にも、彼女が呼んだら奴隷の代わりに馳せ参じるのだ。

Rure erit, et dicet 'venias': Amor odit inertes:
 Si rota defuerit, tu pede carpe viam.    230

女が田舎に滞在していて「いらっしゃいな」と言ってくれるやもしれぬ。アモルはぐずぐずしている輩が大嫌いなのだ。車がなかったら歩いてでも行くがいい。

Nec grave te tempus sitiensque Canicula tardet,
 Nec via per iactas candida facta nives.

天気が悪かろうが、物みな乾く天狼星の下だろうが、雪が降り積もって道が真っ白になっていようが、遅れたりしてはならない。

Militiae species amor est; discedite, segnes:
 Non sunt haec timidis signa tuenda viris.

恋愛は戦いの場である。もたもたしているやつは退却しろ。この軍旗は臆病者どもが守るべきものではない。

Nox et hiems longaeque viae saevique dolores   235
 Mollibus his castris et labor omnis inest.

夜も、凍てつく冬も、果てしない行軍も、猛烈な苦痛も、あらゆる労苦がこの甘美な陣営の中に潜んでいるのだ。

Saepe feres imbrem caelesti nube solutum,
 Frigidus et nuda saepe iacebis humo.

雲垂れ込めた空から降り注ぐ雨を耐え忍ぶこともしばしばあろうし、凍えた身でむき出しの地面に横になることもしばしばあろう。

Cynthius Admeti vaccas pavisse Pheraei
 Fertur, et in parva delituisse casa.   240

キュンティオス(アポロン)でさえもフェライのアドメトス王の牛どもに草をはませ、ちっぽけな小屋に寝起きしていたと伝えられているのだ。

Quod Phoebum decuit, quem non decet? exue fastus,
 Curam mansuri quisquis amoris habes.

ポイボス(アポロン)の身にふさわしいことが、誰にふさわしくないことがあろうか。誰にもせよ愛を長続きさせたいと心がけるものは、思い上がりを捨てるがよい。

Si tibi per tutum planumque negabitur ire,
 Atque erit opposita ianua fulta sera,

安全で平坦な通い路が閉ざされていたら、門にかんぬきがかけられていて道が塞がれていたら、

At tu per praeceps tecto delabere aperto:   245
 Det quoque furtivas alta fenestra vias.

屋根の穴から身を逆さまにして忍び込みたまえ。屋根の穴から身を逆さまにして忍び込みたまえ。

Laeta erit, et causam tibi se sciet esse pericli;
 Hoc dominae certi pignus amoris erit.

彼女は喜んでくれるだろうし、そんな危険を冒したのも自分のためだと納得もしよう。これこそが君の意中の女性には確かな愛の証拠となるだろう。

Saepe tua poteras, Leandre, carere puella:
 Transnabas, animum nosset ut illa tuum.   250

レアンドロスよ、愛する女(ヘロ)がそばにいなくともかまわぬ時もしばしばあったのに、心の内を知らせようとて、毎夜君は海峡を泳ぎ渡っていたものであったな。

Nec pudor ancillas, ut quaeque erit ordine prima,
 Nec tibi sit servos demeruisse pudor.

女奴隷たち—それも序列の高さに応じてだが—それと、男奴隷たちの歓心を買っておくことを恥じてはならぬ。

Nomine quemque suo (nulla est iactura) saluta,
 Junge tuis humiles, ambitiose, manus.

それぞれの名を呼んで挨拶しておくことだ。 びた一文損するわけではない。下心があるのだから、彼らの卑しい手を握っておきたたまえ。

Sed tamen et servo (levis est impensa) roganti   255
 Porrige Fortunae munera parva die:

であってもなお、ねだってくるような奴隷には、運命女神の祭日(7月7日)に—出費はわずかなものだ—ちょっとした贈り物をやっておくがいい。

Porrige et ancillae, qua poenas luce pependit
 Lusa maritali Gallica veste manus.

(女奴隷の)結婚衣装にあざむかれたガリア人の手勢が罰を被った(滅んだ)日には、女奴隷にも贈り物をやりたまえ。

Fac plebem, mihi crede, tuam; sit semper in illa
 Ianitor et thalami qui iacet ante fores.   260

信じてもらいたいが、卑しい連中を手なずけておくのだ。門番や寝室の前で寝る奴隷をその数の中に入れておくがいい。

Nec dominam jubeo pretioso munere dones:
 Parva, sed e parvis callidus apta dato.

意中の女性には値の張る贈り物をせよ、などと私は言いはしない。ちょっとしたものでいいのだが、ちょっとした品でこれぞぴたりというものを抜かりなく選んでおくのがいい。

Dum bene dives ager, cum rami pondere nutant,
 Afferat in calatho rustica dona puer.

畑の収穫物が豊かで、たわわに実った果実が枝から垂れている時には、畑でとれた贈り物をかごに入れて奴隷に届けさせたらよかろう。

Rure suburbano poteris tibi dicere missa,   265
 Illa vel in Sacra sint licet empta via.

例えばそれがウィア・サクラで買ったものだとしても、郊外の農園から届けられたものだと言ってのけることもできよう。

Afferat aut uvas, aut quas Amaryllis amabat—
 At nunc castaneas non amat illa nuces.

葡萄だの、アマリリス(田舎娘)が好きだった木の実(栗)だのを—当節のご婦人は栗などはお好きではないが—届けさせたまえ。

Quin etiam turdoque licet missaque columba
 Te memorem dominae testificere tuae.   270

その上さらに鶫(ツグミ)だの花冠だのを送り届けたりすることで、君が意中の女性を忘れずにいるという確かな証拠を見せられるというものだ。

Turpiter his emitur spes mortis et orba senectus.
 A, pereant, per quos munera crimen habent!

かような贈り物によって、他人の死を期待し、子供のいない老人の歓心を買おうとするのは卑しむべきことだ。贈り物に罪ありということにしている輩はくたばるがいい。

Quid tibi praecipiam teneros quoque mittere versus?
 Ei mihi, non multum carmen honoris habet.

優しさあふれる詩をも贈れなどと、どうして私が勧めたりしようか。悲しいかな詩歌は大して敬意を払われはしない。

Carmina laudantur, sed munera magna petuntur:   275
 Dummodo sit dives, barbarus ipse placet.

詩歌は褒められはするが、求められるのは立派な贈り物なのだ。金持ちだというだけで異国の蛮人でさえも女たちに好かれるのだ。

Aurea sunt vere nunc saecula: plurimus auro
 Venit honos: auro conciliatur amor.

まことに当代こそは黄金時代である。黄金のあるところ、名誉もまた多く群がり、愛も黄金で手に入る。

Ipse licet venias Musis comitatus, Homere,
 Si nihil attuleris, ibis, Homere, foras.   280

ホメロスよ、ムーサらにも伴われて御身がやってきたとしても、手ぶらでやってきたならば、外へ追い出されることだろう。

Sunt tamen et doctae, rarissima turba, puellae;
 Altera non doctae turba, sed esse volunt.

もっとも、滅多にはないが、学のある女たちもいることはいる。そうありたいと願っている女たちもいる。

Utraque laudetur per carmina: carmina lector
 Commendet dulci qualiacumque sono;

こういう女たちはどちらも詩歌で褒めあげてやるがいい。出来栄えはどうでもいい。作った詩歌を心とろけるような調子で朗読奴隷に読ませて、その価値を認めさせるのだ。

His ergo aut illis vigilatum carmen in ipsas   285
 Forsitan exigui muneris instar erit.

そうすることで、彼女たちを称えて寝もやらずに書いた詩は、ほんのつまらの贈り物の役目ぐらいを果たすかもしれぬ。

At quod eris per te facturus, et utile credis,
 Id tua te facito semper amica roget.

君がやろうとしていて、それが役立ちそうだと思うことがあったら、君の愛する女性の側からいつでもせがまれるようにするがいい。

Libertas alicui fuerit promissa tuorum:
 Hanc tamen a domina fac petat ille tua:   290

君の奴隷の誰かを自由の身にすると約束してあったとしよう。その奴隷が君の意中の女性の口を通じて自由を請うような具合に持って行きたまえ。

Si poenam servo, si vincula saeva remittis,
 Quod facturus eras, debeat illa tibi:

奴隷に罰を科したり酷い足枷をするのを免じてやるならば、君が自分でやろうとしていたことを彼女の手でやらせて、君への恩義を着せることだ。

Utilitas tua sit, titulus donetur amicae:
 Perde nihil, partes illa potentis agat.

君は実をとって、恩人の名は彼女に取らせたらよかろう。君は何一つ損はするな。力があるのだというところを見せつける役割を、彼女にやらせておけばいいのだ。

Sed te, cuicumque est retinendae cura puellae,   295
 Attonitum forma fac putet esse sua.

だが、君がどんな人物だろうとも、女を引き止めておこうとの心配りがあるのなら、その美貌に身も心も奪われているのだと思い込ませることだ。

Sive erit in Tyriis, Tyrios laudabis amictus:
 Sive erit in Cois, Coa decere puta.

彼女がテュロス染めの衣装を纏ったら、テュロスの着物を褒めるがいい、コス島産の衣装を纏ったら、コス島のものが似合うと考えたたまえ。

Aurata est? ipso tibi sit pretiosior auro;
 Gausapa si sumpsit, gausapa sumpta proba.   300

金糸ずくめで現れたら、君の目には黄金そのものよりも彼女の方が貴重だということにしておくがよい。羅紗を着たら羅紗もまた結構というがいい。

Astiterit tunicata, 'moves incendia' clama,
 Sed timida, caveat frigora, voce roga.

下着姿で君の傍に立ったら、「体中燃え上がらせてくれるねえ」と叫びたまえ。だが、心配げな口調で「風邪をひかないように気をつけてね」などとも言っておくがいい。

Conpositum discrimen erit, discrimina lauda:
 Torserit igne comam, torte capille, place.

髪を結ってニつに分けたら、その分け具合がいいとほめたまえ。髪を鏝(こて)でちぢらせたら、髪のちぢらせた方が素敵だということにするのだ。

Brachia saltantis, vocem mirare canentis,   305
 Et, quod desierit, verba querentis habe.

踊って見せたらその腕の振りに、歌ってみせたらその声に感嘆してやるがよかろう。女がやめてしまったらそれを惜しむ文句をひねり出したまえ。

Ipsos concubitus, ipsum venerere licebit
 Quod juvat, et quae dat gaudia voce notes.

愛の営みそのものについても、それが気持ちよかったと褒め称えてもいいし、夜密かに味わった喜びを褒めてもいい。

Ut fuerit torva violentior illa Medusa,
 Fiet amatori lenis et aequa suo.   310

女が気性を激しく、メデューサよりも猛々しくとも、愛する男の前では優しく穏やかになることだろう。

Tantum, ne pateas verbis simulator in illis,
 Effice, nec vultu destrue dicta tuo.

ただ、こんな具合に言葉を操っているうちに、それが君の本心ではないことがばれないように用心することだ。君が吐いた言葉をその顔つきで台無しにせぬように心したまえ。

Si latet, ars prodest: affert deprensa pudorem,
 Atque adimit merito tempus in omne fidem.

技術は隠れていてこそ役に立つのだ。見破られたら赤恥をかくばかりか、後々までも信用 失うことになっても当然だ。

Saepe sub autumnum, cum formosissimus annus,   315
 Plenaque purpureo subrubet uva mero,

往々あることだが、秋がめぐってきて1年のうち最も季節が美しく、たわわに実った葡萄の房が紫色の果汁でいっぱいになって赤みを帯びる頃、

Cum modo frigoribus premimur, modo solvimur aestu,
 Aere non certo, corpora languor habet.

寒さに縮み上がるかと思えば、暑さにだらけることもあって、気候が不安定で、体が疲れやすかったりするものだ。

Illa quidem valeat; sed si male firma cubarit,
 Et vitium caeli senserit aegra sui,   320

そんなとき女性が健康であればそれでよい。だが体調を崩して床に伏し、気候の悪さが体に障って病がちであったとしよう。

Tunc amor et pietas tua sit manifesta puellae,
 Tum sere, quod plena postmodo falce metas.

そんな時こそ、意中の女性に対する君の愛と誠実さとを存分に見せつけるのだ。そんな時こそ、後に大鎌を振るって刈り取るほどの種をまいておくことだ。

Nec tibi morosi veniant fastidia morbi,
 Perque tuas fiant, quae sinet ipsa, manus.

人を不機嫌にする病のせいで嫌がられたりしないようにするがいい。女がさせてくれることは、君が自ら手を下してやることだ。

Et videat flentem, nec taedeat oscula ferre,   325
 Et sicco lacrimas conbibat ore tuas.

君が泣いているところも見せつけ、あくことなく接吻を与え、君の涙を女の乾いた口に受けて飲ませてやりたまえ。

Multa vove, sed cuncta palam; quotiesque libebit,
 Quae referas illi, somnia laeta vide.

祈祷などは大いにやるがいい。だがどれも女の面前でやるのだ。心楽しい夢は好きなだけ何度でも見て、それを女に話してやるがよかろう。

Et veniat, quae lustret anus lectumque locumque,
 Praeferat et tremula sulpur et ova manu.   330

寝台や居室をお祓いで清める老婆を連れてきて、震えている手で硫黄と卵を差し出させるのだ。

Omnibus his inerunt gratae vestigia curae:
 In tabulas multis haec via fecit iter.

これらすべての行いのうちに、君のありがたい心遣いの証が認められることになろう。多くの人々にとって、この手口は遺言書にありつく道を開いてきた。

Nec tamen officiis odium quaeratur ab aegra:
 Sit suus in blanda sedulitate modus:

ただし世話を焼きすぎて、病んでいる女性に嫌われたりしないように、優しい心遣いを示すのにも、それ相応の節度があるべきだ。

Neve cibo prohibe, nec amari pocula suci   335
 Porrige: rivalis misceat illa tuus.

これこれの食べ物はいけないと言ったり、苦い煎じ薬の入った杯を飲ませようとしてはならない。そんな杯は君の恋敵にでも調合させておくことだ。

Sed non cui dederas a litore carbasa vento,
 Utendum, medio cum potiere freto.

しかしながら、海原の真ん中にまで達したというのに、海岸を離れるとき帆に受けた風の力に、そのまま頼っていてはいけない。

Dum novus errat amor, vires sibi colligat usu:
 Si bene nutrieris, tempore firmus erit.   340

愛というものはまだ初々しくて迷いを生じているうちに、経験によって力を蓄えるようにすべきだ。上手に育んでやりさえすれば、時が経つにつれて愛は揺るぎないものになるのだ。

Quem taurum metuis, vitulum mulcere solebas:
 Sub qua nunc recubas arbore, virga fuit:

君が怖がっている牡牛にしても、仔牛の頃には撫ぜてやったものだ。君がその木陰に横になっている木も以前は若木だったではないか。

Nascitur exiguus, sed opes adquirit eundo,
 Quaque venit, multas accipit amnis aquas.

川も生まれたところでは、ささやかな流れに過ぎないが、下るにつれて水量を増やして行き、流れ行くあちこちで多くの水流を飲み込むのだ。

Fac tibi consuescat: nil assuetudine maius:   345
 Quam tu dum capias, taedia nulla fuge.

女が君に馴染むようにすることだ。慣れ親しんでいることほど力を発揮するものはない。その域に達するまでは、どんな退屈なことでも忌避してはならぬ。

Te semper videat, tibi semper praebeat aures;
 Exhibeat vultus noxque diesque tuos.

絶えず女のいるところへ姿を見せ、絶えず君の言葉に耳を傾けさせることだ。夜となく昼となく彼女の前に顔を出しておくがいい。

Cum tibi maior erit fiducia, posse requiri,
 Cum procul absenti cura futurus eris,   350

自分がいないと女に寂しがられるという確信が深められるようになったら、君が遠くに離れていることが彼女をやきもきさせるようになったら、

Da requiem: requietus ager bene credita reddit,
 Terraque caelestes arida sorbet aquas.

一息つがせてやるがよい。畑にしても、休ませておけばそれに見合う収穫を生むものだ。乾ききった地は天から降り注ぐ雨をよく吸い込むではないか。

Phyllida Demophoon praesens moderatius ussit:
 Exarsit velis acrius illa datis.

デモポン(テセウスの息子)がそばにいる間は、ピュリス(トラキアの王女)もほどほどに胸を焦がしているだけだったが、帆を上げて去ってしまうと、ずっと激しく恋のほむらに身を焼いたものだ。

Penelopen absens sollers torquebat Ulixes;   355
 Phylacides aberat, Laodamia, tuus.

智謀に富むオデッセウスは故郷にいなかったからこそ、ペネロペイア(妻)の心を悲しませた。ラオダメイアよ、お前の夫であるフュラコスの子(プロテシラオス、トロイへ遠征)もまた、故郷(ギリシア)を離れていたのだったな。

Sed mora tuta brevis: lentescunt tempore curae,
 Vanescitque absens et novus intrat amor.

とは言うものの、離れている期間は短くしておくのが安全というものだ。女が不安に思う気持ちも時が経つにつれて鎮まっていくし、恋心も離れていれば薄らいで、新しい恋がそこに滑り込むからだ。

Dum Menelaus abest, Helene, ne sola iaceret,
 Hospitis est tepido nocte recepta sinu.   360

メネラオスが留守にしている間に独り寝を厭うて、ヘレネは夜中に客人パリスの温かい胸に抱かれたのだった。

Quis stupor hic, Menelae, fuit? tu solus abibas,
 Isdem sub tectis hospes et uxor erant.

メネラオスよ、これこそ何ともはや、間の抜けた話ではないか。お前さんは一人で家を後にし、同じ屋根の下に客人とお前さんの妻がいたのだぞ。

Accipitri timidas credis, furiose, columbas?
 Plenum montano credis ovile lupo?

気でも狂ったのか、か弱い鳩を鷹の意に任せるとは。羊でいっぱいの羊小屋を山の狼に預けるとは。

Nil Helene peccat, nihil hic committit adulter:   365
 Quod tu, quod faceret quilibet, ille facit.

ヘレネは少しも過ちを犯してはいないし、この密か男にしても、およそ罪を犯したというような話ではない。お前さん自身だって、また誰だってやったことを、かの男はやらかしたまでのことだ。

Cogis adulterium dando tempusque locumque;
 Quid nisi consilio est usa puella tuo?

好機と場所とを提供してやって姦通してくれと言っているのも同然だ。お前さんの意向を汲んででもなければ、どうしてヘレネにあんな真似が出来たろうか。

Quid faciat? vir abest, et adest non rusticus hospes,
 Et timet in vacuo sola cubare toro.   370

彼女にどうしろというのだ。亭主は留守、しかもおよそ野暮とはいえぬ客人が身近にいて、さらには空閨(くうけい)に一人で寝るのが恐ろしいときては。

Viderit Atrides: Helenen ego crimine solvo:
 Usa est humani commoditate viri.

アトレウスの子(メネラオス)よ、お前さんとて分かるだろう。この私がヘレネに着せられた罪を解いてやるのだ。彼女はご亭主の提供した人間味あふれる便宜を利用したまでの話だ。

Sed neque fulvus aper media tam saevus in ira est,
 Fulmineo rabidos cum rotat ore canes,

それにしても牙をギラギラさせてたけり狂った犬どもを地に転がす褐色のイノシシも、

Nec lea, cum catulis lactentibus ubera praebet,   375
 Nec brevis ignaro vipera laesa pede,

乳飲み子に乳を与えている時の雌獅子も、知らずに足で踏みつけられて傷を負った小さな蛇も、

Femina quam socii deprensa paelice lecti:
 Ardet et in vultu pignora mentis habet.

怒りを爆発させた時の恐ろしさという点では、女が共寝する相手の寝台にいる恋敵の情婦を現場でつかまえて、怒りに燃え上がり、心のうちを面に表すときの恐ろしさには及ばない。

In ferrum flammasque ruit, positoque decore
 Fertur, ut Aonii cornibus icta dei.   380

刃物や火へと一気に走って、謹みもどこへやら、アイオニアの神(バッコス)の角に打たれたかのように走り回るのだ。

Conjugis admissum violataque jura marita est
 Barbara per natos Phasias ulta suos.

ファシス(コルキス)生まれの蛮族の女メデイアも自分の子供たちを殺すことで、夫の悪行と破られた結婚の掟とに対する復讐を遂げたものだ。

Altera dira parens haec est, quam cernis, hirundo:
 Aspice, signatum sanguine pectus habet.

もう一人の残忍な母親(プロクネ)は君も見てわかるこの燕だ。見るがいい、胸に血の跡がついているだろう。

Hoc bene compositos, hoc firmos solvit amores;   385
 Crimina sunt cautis ista timenda viris.

女の嫉妬というこの一事は、しっかりと結ばれた固い愛の絆も解いてしまうのである。用心深い夫は、かかる罪を恐れねばならぬ。

Nec mea vos uni damnat censura puellae:
 Di melius! vix hoc nupta tenere potest.

だからと言って私は風紀取締りの側に回って、諸君にただ一人の女を後生大事に守れなどと言うつもりはない。さようなことは神々も嘉(よみ)せぬところだ。結婚したばかりの新妻でも、そんなことはできそうにない。

Ludite, sed furto celetur culpa modesto:
 Gloria peccati nulla petenda sui est.   390

戯れの愛を楽しむがいい。ただし罪深い行為はうまいこと細工して隠しておくように。自分の犯した過ちをひけらかすような真似は慎まねばならない。

Nec dederis munus, cognosse quod altera possit,
 Nec sint nequitiae tempora certa tuae.

他の女に気づかれるような贈り物もしてはならぬ。浮気する時間をこれと決めておいてもいけない。

Et, ne te capiat latebris sibi femina notis,
 Non uno est omnis convenienda loco;

忍び逢いの場所を探り当てられて、君が女に捕まえられぬよう、ひとつの場所でどの女とも逢引きするなどしないことだ

Et quotiens scribes, totas prius ipse tabellas   395
 Inspice: plus multae, quam sibi missa, legunt.

女に手紙を書くときには、まず最初に自分で書き板を隅々まで見て確かめておきたまえ。多くの女は自分に宛てて書かれた以上のことを、そこから読み取ろうとするものだ。

Laesa Venus justa arma movet, telumque remittit,
 Et, modo quod questa est, ipse querare, facit.

傷つけられたとなると、ヴィーナスでさえも正義の武器を古い槍を投げ返してくる。そしてご自身の嘆きの種となったことを、今度は君にも嘆かせようとするのだ。

Dum fuit Atrides una contentus, et illa
 Casta fuit: vitio est improba facta viri.   400

アトレウスの子(アガメムノン)が一人の妻(クルタイムネストラ)で満足している間は、彼女も貞淑だった。夫が過ちを犯したために彼女は非道な女になったのである。

Audierat laurumque manu vittasque ferentem
 Pro nata Chrysen non valuisse sua:

クリュセスが月桂樹と嘆願用の巻紐を手にしていたにも関わらず、自分の娘(クリュセイス)を救うのに何の役にも立たなかったと、彼女は聞き及んでいた。

Audierat, Lyrnesi, tuos, abducta, dolores,
 Bellaque per turpis longius isse moras.

リュルネソスの町から強奪されてきた女(ブリセイス)よ、お前の悲しみも、また恥ずべき遅滞のせいでトロイヤをめぐる戦いが一層長引いたことも、彼女は聞き及んでいたのだった。

Haec tamen audierat: Priameida viderat ipsa:   405
 Victor erat praedae praeda pudenda suae.

とは言っても、これらのことはただ聞き及んでいただけだったが、プリアモスの娘(カッサンドラ)は自分の目で見ていたのである。勝利者だった男(アガメムノン)が、奪って自分のものにした女に、恥ずべきことに心を奪われてしまったのだ。

Inde Thyestiaden animo thalamoque recepit,
 Et male peccantem Tyndaris ulta virum.

そんなことでテュンダレウスの娘(クリュタイムネストラ)はテュエステスの子(アイギストス)の心の中にも閨の中にもにも受け入れて、忌まわしい過ちを犯した夫に復讐したのだ。

Quae bene celaris, siqua tamen acta patebunt,
 Illa, licet pateant, tu tamen usque nega.   410

うまいこと隠していたことで、何か君の行いがばれてしまったら、たとえそれがばれてしまったとしても、あくまでシラを切り通すことだ。

Tum neque subiectus, solito nec blandior esto:
 Haec animi multum signa nocentis habent:

そんな時は降参してはならないし、普段より甘い態度を見せてもいけない。そんなことをするのは、心にやましいところがあることを、はっきりと見せつけることになる。

Sed lateri ne parce tuo: pax omnis in uno est;
 Concubitu prior est infitianda venus.

だが、君の腰を働かせるのを惜しんではならない。和解は一にかかってこのことのうちにあるのだから、共寝をすることでそれ以前の共寝を帳消しにするのだ。

Sunt, qui praecipiant herbas, satureia, nocentes   415
 Sumere; judiciis ista venena meis;

女たちの中には(催淫剤として)毒性のあるキダチハッカの服用を勧める者もいるが、私の判断ではあれは健康に害がある。

Aut piper urticae mordacis semine miscent,
 Tritaque in annoso flava pyrethra mero;

あるいは胡椒とひりひりするほど辛いイラクサの種を混ぜたものや、すりつぶした黄色いカミツレ草を古酒に混ぜたものを勧めたりもする。

Sed dea non patitur sic ad sua gaudia cogi,
 Colle sub umbroso quam tenet altus Eryx.   420

だが高くそびえるエリュクス山(シケリア)がその麓に祀っている女神ヴィーナスは、そんな無理をしてまで彼女のものであるものである喜びが得られることを、よしとはなさらない。

Candidus, Alcathoi qui mittitur urbe Pelasga,
 Bulbus et, ex horto quae venit, herba salax

ペラスゴイ(ギリシャ人)のアルカトゥス(ペロプスの息子)の町(メガラ)から送られてくる白い玉葱と菜園で取れる催淫性の草と卵を取るがよかろう。

Ovaque sumantur, sumantur Hymettia mella,
 Quasque tulit folio pinus acuta nuces.

ヒュメットス(アフリカ)産の蜂蜜を取るのもいいし、葉の尖った松が付ける実もいい。

Docta, quid ad magicas, Erato, deverteris artes?   425
 Interior curru meta terenda meo est.

学識ある(ムーサ)エラトよ、なんだってまた魔術の方へそれてしまったのか。私の駆る戦車は、もっと内側の標柱に触れて走行しなければならぬ。

Qui modo celabas monitu tua crimina nostro,
 Flecte iter, et monitu detege furta meo.

私の忠告を容(い)れて、ついさっきまで罪ある行いを隠してもらっていたが、ここで方向を転じて、私の忠告のままに隠し事をさらけ出してもらいたい。

Nec levitas culpanda mea est: non semper eodem
 Impositos vento panda carina vehit.   430

私の移り気を咎め立てすることは願い下げだ。舳先(へさき)の曲がった船にしても、いつも同じ風向きの風に乗って船客を運ぶわけではないからだ。

Nam modo Threicio Borea, modo currimus Euro,
 Saepe tument Zephyro lintea, saepe Noto.

ある時はトラキアから吹いてくる北風によって、ある時は 南東風によって走り、帆にしてもしばしば西風をはらみ、南風をはらむこともしばしばあるからだ。

Aspice, ut in curru modo det fluitantia rector
 Lora, modo admissos arte retentet equos.

しっかり見ておくがいい。戦車を駆る御者が時には手綱を緩め、時にはまた疾駆する馬を見事な手綱さばきで制御する様を。

Sunt quibus ingrate timida indulgentia servit,   435
 Et, si nulla subest aemula, languet amor.

腫れ物に触るように優しい心遣いを示してやっても、それをありがたがらず、張り合う相手はいないと愛が萎えてしまう女たちがいるものだ。

Luxuriant animi rebus plerumque secundis,
 Nec facile est aequa commoda mente pati.

たいていの場合、人の心というのは順境にあると驕りを生じるものであって、幸せな境遇をつね変わらぬ心で受け止めるのは容易ではない。

Ut levis absumptis paulatim viribus ignis
 Ipse latet, summo canet in igne cinis,   440

あたかも火が少しずつその勢いを失って弱まり、火そのものは姿を隠してしまって、表面には灰が白く見えるだけなのに、

Sed tamen extinctas admoto sulpure flammas
 Invenit, et lumen, quod fuit ante, redit:

そこに硫黄を載せてやると、消えていた炎がまた燃え上がり、前にあった光が戻ってくるように、

Sic, ubi pigra situ securaque pectora torpent,
 Acribus est stimulis eliciendus amor.

それと同じことで、心というものも安定すると怠惰になり、安心感を得るとだれてしまうものである。愛は強烈な刺激によって呼び覚まさねばならない。

Fac timeat de te, tepidamque recalface mentem:   445
 Palleat indicio criminis illa tui;

女は君のことで不安に駆られるようにするがいい。冷めてしまった心をもう一度熱く燃え上がらせるのだ。君が過ちを犯したことを匂わせて、青ざめさせるのがよかろう。

O quater et quotiens numero conprendere non est
 Felicem, de quo laesa puella dolet:

ああ、その男のせいで女が傷つき悲しむ男こそ、四重にも 、いや数え上げられぬほど幾重にも、幸せ者であることよ。

Quae, simul invitas crimen pervenit ad aures,
 Excidit, et miserae voxque colorque fugit.   450

君の罪深い所業もひとたび聞きたくもない彼女の耳に達すると、彼女は卒倒し、哀れや声も顔色も失ってしまうのだ。

Ille ego sim, cuius laniet furiosa capillos:
 Ille ego sim, teneras cui petat ungue genas,

この私にしても、怒り狂った女に髪をかきむしられる男になってみたいものだ。柔らかい頬に爪を立てられる男になってみたい。

Quem videat lacrimans, quem torvis spectet ocellis,
 Quo sine non possit vivere, posse velit.

涙の溜まった目で見られる男に、ものすごい目で睨みつけられる男に、あなたなしでは生きていけないの、などと—生きていたいと思っているのにだ—言われる男になってみたいものだ。

Si spatium quaeras, breve sit, quo laesa queratur,   455
 Ne lenta vires colligat ira mora;

傷ついた女をどのくらいの期間嘆かせていいかと聞かれたら、短くしておくことだ。だらだら引き延ばしていて、怒りがその力を募らせぬようにするのだ。

Candida jamdudum cingantur colla lacertis,
 Inque tuos flens est accipienda sinus.

すぐにも白いうなじに腕をまわして、泣いている女を君の胸に抱きしめてやらねばならぬ。

Oscula da flenti, Veneris da gaudia flenti,
 Pax erit: hoc uno solvitur ira modo.   460

泣いているさなかに彼女に接吻し、泣いているさなかに愛の営みの喜びを与えてやるがいい。和解が生じるだろう。このやり方でしか怒りは解けるものではない。

Cum bene saevierit, cum certa videbitur hostis,
 Tum pete concubitus foedera, mitis erit.

女に存分に荒れ狂わせておいてから、確かにこれはもう敵だという風に君の目に映るようになったら、その時こそ共寝による和睦を求めるがいい。女も優しくなるだろう。

Illic depositis habitat Concordia telis:
 Illo, crede mihi, Gratia nata loco est.

さような場では武具は打ち捨てられ、和合女神(コンコルディア)が住まいたもうのである。かような場所にこそ、よろしいかな、典雅女神(カリテス)も生まれたもうたのであるぞよ。

Quae modo pugnarunt, jungunt sua rostra columbae,   465
 Quarum blanditias verbaque murmur habet.

つい先ほどまで争っていた鳩たちにしても、くちばしを交わし合っているし、その鳴き声もまた睦言なのだ。

Prima fuit rerum confusa sine ordine moles,
 Unaque erat facies sidera, terra, fretum;

万物の始原は秩序のない混沌とした塊(かたまり)であって、星辰も大地も海原もただ一つの様相を呈していた。

Mox caelum impositum terris, humus aequore cincta est
 Inque suas partes cessit inane chaos;   470

やがて天が地の上に置かれ、陸地は海にとりまかれ、空虚なる大虚(カオス)は己自身の場所へと退いてしまった

Silva feras, volucres aer accepit habendas,
 In liquida, pisces, delituistis aqua.

森は獣たちを、空は鳥を受け入れて棲家とさせ、流れる水には、魚たちよ、お前たちが身を潜めることとなった

Tum genus humanum solis errabat in agris,
 Idque merae vires et rude corpus erat;

その頃には人間は荒涼とした野原をさまよっていて、人間といってもただの腕力と粗野な肉体に過ぎなかった。

Silva domus fuerat, cibus herba, cubilia frondes:   475
 Iamque diu nulli cognitus alter erat.

森が家、草が食べ物で、木の葉がしとねだった。長い間、誰にしても自分以外に知っている者とてなかった。

Blanda truces animos fertur mollisse voluptas:
 Constiterant uno femina virque loco;

伝えられるところでは、甘い官能の喜びが、荒々しい心をやわらげたのだという。ひとつの場で女と男とが一緒になったのだった。

Quid facerent, ipsi nullo didicere magistro:
 Arte Venus nulla dulce peregit opus.   480

誰に教えられなくとも、何をしたらいいのかは、自分たちでちゃんと知ったのだ。ヴィーナスは何の技巧を働かせるまでもなく、楽しい御業を成し遂げられたわけである。

Ales habet, quod amet; cum quo sua gaudia jungat,
 Invenit in media femina piscis aqua;

鳥にだって愛する相手がいるし、雌の魚にしても自分の喜びを共に味わう相手を水の中で見つけるものだ。

Cerva parem sequitur, serpens serpente tenetur,
 Haeret adulterio cum cane nexa canis;

雌鹿は同じ鹿を追い求め、蛇は蛇にまつわり、 雄犬と交尾した雌犬がくっついたままだ。

Laeta salitur ovis: tauro quoque laeta juvenca est:   485
 Sustinet immundum sima capella marem;

羊も喜んで雄を背に飛び乗らせ、牝牛も牡牛を喜んで迎え入れ、平たい鼻をした雌山羊も薄汚れた雄山羊を背に乗せる。

In furias agitantur equae, spatioque remota
 Per loca dividuos amne sequuntur equos.

雌馬も発情して狂うと、遠く離れたところでも、川を隔ててでも雄馬を追いかけるではないか。

Ergo age et iratae medicamina fortia praebe:
 Illa feri requiem sola doloris habent:   490

さればだ、それ、怒っている女にはかような効き目の強い 妙薬を与えてやるがいい。この薬のみが悲しみを癒すのだ。

Illa Machaonios superant medicamina sucos:
 His, ubi peccaris, restituendus eris.

この妙薬はマカオン(アスクレピオスの子、名医)の煎じ薬よりもはるかに効く。過ちを犯してしまったなら、この薬を用いて元の位置に戻るがいい。

Haec ego cum canerem, subito manifestus Apollo
 Movit inauratae pollice fila lyrae.

かようなことを私が歌っていると、アポロンがにわかに姿を現したまい、黄金作りの竪琴の弦を親指でかき鳴らされた。

In manibus laurus, sacris inducta capillis   495
 Laurus erat; vates ille videndus adit.

月桂樹を手にしたもうて、聖なる髪にも月桂樹 を巻きつけておられた。おん神は預言なす伶人(音楽家)のお姿でわがもとへと歩み寄られた。

Is mihi 'Lascivi' dixit 'praeceptor Amoris,
 Duc, age, discipulos ad mea templa tuos,

して、おん神が仰せられるには「淫蕩なるアモルの師匠たる者よ、いざ汝の弟子どもをわが神殿へ連れ来たれ。

Est ubi diversum fama celebrata per orbem
 Littera, cognosci quae sibi quemque jubet.   500

「人それぞれ自らを知れとの、世にあまた知られたる名高き文字の刻まれたる所へと。

Qui sibi notus erit, solus sapienter amabit,
 Atque opus ad vires exiget omne suas.

「己を知ったる者のみが愛の道において聡く、己が力に応じて何事にも全うするを得べし。

Cui faciem natura dedit, spectetur ab illa:
 Cui color est, umero saepe patente cubet:

「天性の美貌を与えられし者は、その観点より眺められるべし。色麗しき肌の持ち主は、肩をあらわにしてしばしば横になるべし。

Qui sermone placet, taciturna silentia vitet:   505
 Qui canit arte, canat; qui bibit arte, bibat.

「弁舌巧みなるものは、押し黙って沈黙するのを避けるがよい。巧みに歌うものは歌うべし。飲むに巧みなる者は飲むべし。

Sed neque declament medio sermone diserti,
 Nec sua non sanus scripta poeta legat!'

「然れども、弁舌さわやかなるものも談話のさなかに演説すべからず。詩人も 正気を失って自作を読み聞かせることあるべからず」

Sic monuit Phoebus: Phoebo parete monenti;
 Certa dei sacro est huius in ore fides.   510

かようにポイボスは戒められたのである。ポイボスの戒めなれば、聴き従うがいい。このおん神が聖なる口から告げられる言葉は信を置くに足るものだ。

Ad propiora vocor. Quisquis sapienter amabit
 Vincet, et e nostra, quod petet, arte feret.

より身近な事に立ち戻るとしよう。誰にもせよ、知恵を働かせて愛する者は、首尾よく勝利し、私が説き聞かせる技術によって、求めているものを克ち得るだろう。

Credita non semper sulci cum faenore reddunt,
 Nec semper dubias adjuvat aura rates;

畝(うね)にしても常に利息をつけて当てにしていた作物を産するとは限らず、風もまた漂う小舟に都合のいいように吹いてくれるとは限らない。

Quod juvat, exiguum, plus est, quod laedat amantes;   515
 Proponant animo multa ferenda suo.

恋する者たちを心楽しませることはほんのわずかで、心を傷つけることの方が多いものだ。多くのことを耐え忍ばねばならぬと覚悟しておくことだ。

Quot lepores in Atho, quot apes pascuntur in Hybla,
 Caerula quot bacas Palladis arbor habet,

アトス(マケドニア)山中の兔の数ほどにも、ヒュブラに群棲する蜜蜂の数ほどにも、パラス(ミネルヴァ)の青黒い木(オリーブ)がつける実の数ほどにも、

Litore quot conchae, tot sunt in amore dolores;
 Quae patimur, multo spicula felle madent.   520

浜辺の貝の数ほどにも、愛のもたらす苦しみは多いのだ。我々が胸に受ける矢は多くの毒で濡れている。

Dicta erit isse foras: intus fortasse videre est:
 Isse foras, et te falsa videre puta.

女が外に出かけていると聞かされたのに、その当人をたまたま見かけることもあるだろう。そんな場合は自分が見たのは彼女ではないと思うことだ。

Clausa tibi fuerit promissa ianua nocte:
 Perfer et immunda ponere corpus humo.

約束したはずの夜に戸口が閉ざされていることもあろう。それをも耐え忍んで、汚い地面に身を横たえているがいい。

Forsitan et vultu mendax ancilla superbo   525
 Dicet 'quid nostras obsidet iste fores?'

たぶん嘘つきの小間使いが横柄な顔つきで「この男の人ったら、何でまたうちの戸口の邪魔をしてるのかしらねえ」などと言うだろう。

Postibus et durae supplex blandire puellae,
 Et capiti demptas in fore pone rosas.

戸口の柱にも、邪険な女にも、ひたすら辞を低くしてお愛想を振りまくがよい。頭から外した薔薇の花冠を戸口に掛けておくのだ。

Cum volet, accedes: cum te vitabit, abibis;
 Dedecet ingenuos taedia ferre sui.   530

女にその気があるのなら、近づきたまえ。君を避けていると見たら、離れるがいい。自由民たる男には、疎まれたりするのは相応しからぬことである。

'Effugere hunc non est' quare tibi possit amica
 Dicere? non omni tempore sensus obest.

意中の女性に「この方からはとても逃げきれないわ」と言って欲しいとでもいうのかね。女の感情というものは、いつも言葉通りとは限らない。

Nec maledicta puta, nec verbera ferre puellae
 Turpe, nec ad teneros oscula ferre pedes.

女に悪口を浴びせられたり、ぶたれたり、柔らかな足に接吻したりするのを恥とすべきではない。

Quid moror in parvis? Animus maioribus instat;   535
 Magna canam: toto pectore, vulgus, ades.

何だとて私は瑣末なことに手間取っているのだろう。私の心はもっと大きなことを説くようにと促している。大いなることを私は歌おう。大衆諸君、全精神を傾注して耳傾けるがよい。

Ardua molimur, sed nulla, nisi ardua, virtus:
 Difficilis nostra poscitur arte labor.

一大難事をなさんと、私は企てているところだ。しかし、困難なくしては如何なる功業もとげられることはない。私の技術には、困難を伴う労苦が求められているのだ。

Rivalem patienter habe, victoria tecum
 Stabit: eris magni victor in arce Jovis.   540

恋敵の存在は、辛抱強く我慢することだ。勝利は君の手に帰するだろう。君は偉大なるジュピターの御業における勝利者となるだろう。

Haec tibi non hominem, sed quercus crede Pelasgas
 Dicere: nil istis ars mea maius habet.

これは人間ではなく、ペラスゴイの樫の木が告げたことだと信じてもらいたい。私の技術にはこれに勝る何かがあるわけではない。

Innuet illa, feras; scribet, ne tange tabellas:
 Unde volet, veniat; quoque libebit, eat.

女が恋敵に目配せしても、じっと耐えるのだ。手紙を書き送っても、その書き板に指一本触れてはならぬ。女がどこから来ようが、どこへ行こうが、意のままにさせておくがいい。

Hoc in legitima praestant uxore mariti,   545
 Cum, tener, ad partes tu quoque, somne, venis.

これは世のご亭主たちが、眠りよ、お前が一役買おうとやってくる時に、正式な妻に許していることなのだ。

Hac ego, confiteor, non sum perfectus in arte;
 Quid faciam? monitis sum minor ipse meis.

正直に言ってしまうが、この技術においては私にしても完璧は期しがたい。はて、どうしたものか、私自身が自分の説き聞かけせている所に及ばないのだ。

Mene palam nostrae det quisquam signa puellae,
 Et patiar, nec me quo libet ira ferat?   550

私の目の前で誰かが私の愛する女に合図を送ったりしたら 、それに耐えられようか。自分で見当もつかない怒りに駆られたりしないだろうか。

Oscula vir dederat, memini, suus: oscula questus
 Sum data; barbaria noster abundat amor.

今でも覚えていることだが、私の愛する女の亭主が彼女に接吻したことがあった。そんなふうになされた接吻を、私は嘆いたものだった。私の愛にしても、たいそう野暮臭かったということだ。

Non semel hoc vitium nocuit mihi: doctior ille,
 Quo veniunt alii conciliante viri.

こんな欠点を抱えていたために、私は一度ならずに憂き目 を見た次第だ。他の男たちが通ってくるのに鷹揚に構えている亭主こそは、私などよりわけ知りというものだ。

Sed melius nescisse fuit: sine furta tegantur,   555
 Ne fugiat ficto fassus ab ore pudor.

とはいえ、知らないで通すほうがずっといい。不貞が顔に出てしまい、恥じらいすらも失せてしまわぬよう、密通は覆い隠させておくことだ。

Quo magis, o juvenes, deprendere parcite vestras:
 Peccent, peccantes verba dedisse putent.

さればなおのこと、おお若者たちよ、愛する女の密通の場を押さえたりしてはならない。過ちはさせておくがいい。して、過ちを犯した女たちに上手く騙し通せたとは思わせておくことだ。

Crescit amor prensis; ubi par fortuna duorum est,
 In causa damni perstat uterque sui.   560

密通の場で捕らえられた者たちの恋心は募るばかりである。同じ運命を背負うことになった二人は自分たちを破滅に追い込んだ事に、一層執着するようになるからだ。

Fabula narratur toto notissima caelo,
 Mulciberis capti Marsque Venusque dolis.

天上界にあまねく知れ渡っている物語がある。ムルキベル(ウルカヌス)の策略によって捕らえられてしまったマルスとヴィーナスの話だ。

Mars pater, insano Veneris turbatus amore,
 De duce terribili factus amator erat.

父なる神マルスはヴィーナスへの恋に狂って心乱れ、恐ろしい神将から、ただの恋する者に成り下がってしまった。

Nec Venus oranti (neque enim dea mollior ulla est)   565
 Rustica Gradivo difficilisque fuit.

ヴィーナスにしても—この女神ほど言いなりになる女神はないが—愛を求めてすり寄ってくるグラディウス(マルス)に対しては野暮でも手強くもなかった。

A, quotiens lasciva pedes risisse mariti
 Dicitur, et duras igne vel arte manus.

ああ、この奔放な女神は夫の足と鍛冶仕事のために固くなってしまった手を、幾たび笑ったと伝えられていることだろう。

Marte palam simul est Vulcanum imitata, decebat,
 Multaque cum forma gratia mixta fuit.   570

同時にまたマルスの目の前でも女神はウルカヌスの真似をしたりもしたが、その様がまた良く似合っていて、溢れんばかりの魅力とその美しい容姿とが混じり合っていたものだった。

Sed bene concubitus primos celare solebant.
 Plena verecundi culpa pudoris erat.

だが最初のうちは共寝をしたことも用心して隠していたもので、この過ちにもそれを恥じるところが大いにあったのだ。

Indicio Solis (quis Solem fallere possit?)
 Cognita Vulcano conjugis acta suae.

太陽神がそれと知らせたおかげで—誰が太陽神の目を欺けよう—妻の所業がウルカヌスに知られてしまった。

Quam mala, Sol, exempla moves! Pete munus ab ipsa   575
 Et tibi, si taceas, quod dare possit, habet.

太陽神よ、なんとまあ悪しき先例を御身は設けなされたことか。女神に口止め料を要求すればいいものを。黙ってさえいれば女神は自分が与えられるものを御身にも与えてくれたろうに。

Mulciber obscuros lectum circaque superque
 Disponit laqueos: lumina fallit opus.

ムルキベルは、寝台の周りにも上にも悟られぬように、罠を仕掛けておいた。この仕掛けは目には見えないようになっていた。

Fingit iter Lemnon; veniunt ad foedus amantes:
 Impliciti laqueis nudus uterque iacent.   580

そこで神はレムノス島へ出かけるふりをする。かねて示し合わせた通り、愛し合う二人がやってくる。そこで二人とも裸のまま横になっているところを罠に絡め取られてしまうというわけだ。

Convocat ille deos; praebent spectacula capti:
 Vix lacrimas Venerem continuisse putant.

そこで、かの神は神々を呼び寄せる。捕らえられた二人は、とんだ見せ場をさらすという次第。ヴィーナスは涙を抑えかねたとのことだ。

Non vultus texisse suos, non denique possunt
 Partibus obscenis opposuisse manus.

二人は顔を覆い隠すことはおろか、隠し所に手を当てることすらもできない始末だ。

Hic aliquis ridens 'in me, fortissime Mavors,   585
 Si tibi sunt oneri, vincula transfer!' ait.

そのおりある神が笑いながら「強きことこの上ないマルスよ、その鎖がお前さんに重い重荷だというのなら、この俺に負わせてくれてもいいんだぜ」と言ったものだ。

Vix precibus, Neptune, tuis captiva resolvit
 Corpora: Mars Thracen occupat, illa Paphon.

ネプトゥーヌスよ、御身が懇願してくれたおかげで、かの神はとらえた二人の体の縛めを解いてやり、マルスはトラキア、ヴィーナスはパフォス(キュプロス島の町)へと赴く。

Hoc tibi pro facto, Vulcane: quod ante tegebant,
 Liberius faciunt, ut pudor omnis abest:   590

こんなことをやらかしてしまったおかげで、 ウルカヌスよ 、以前には隠していた事を、二人は人目も憚らずやるようになったではないか。

Saepe tamen demens stulte fecisse fateris,
 Teque ferunt artis paenituisse tuae.

恥というものがすっかり失せてしまったせいだ。ではあるが、正気を失って馬鹿な真似をしてしまった、と御身もしばしば白状していることだし、御身のものである技術を持っていたことを後悔したとのことではないか。

Hoc vetiti vos este; vetat deprensa Dione
 Insidias illas, quas tulit ipsa, dare.

かような手段は君たちには禁じ手である。捕らえられたディオネ(ヴィーナス)は、みずからがかかったことのある罠を仕掛けることを、禁じておられる。

Nec vos rivali laqueos disponite, nec vos   595
 Excipite arcana verba notata manu.

君たちとしては恋敵に罠を仕掛けてはならぬし、女が密かにその手でしたためた文面をひったくったりすることもならぬ。

Ista viri captent, si jam captanda putabunt,
 Quos faciet justos ignis et unda viros.

それを奪い取らねばならぬと思うような場合があっても、それを奪い取るのは火と水とによって正式な夫となった者がやればいいことだ。

En, iterum testor: nihil hic, nisi lege remissum
 Luditur: in nostris instita nulla jocis.   600

よろしいかな、繰り返し明らかにしておくが、ここでなされているのは、法律で許される範囲内での愛の戯れだけである。私の戯れでは良家の婦人は全く対象外なのだ。

Quis Cereris ritus ausit vulgare profanis,
 Magnaque Threicia sacra reperta Samo?

誰がケレスの祭儀や、サモトラケ島で執り行われる秘儀を 大胆にも俗衆に向かって公にするような真似をしようか。

Exigua est virtus praestare silentia rebus:
 At contra gravis est culpa tacenda loqui.

物事に関して沈黙を守るのはごく小さな美徳である。これに反して、沈黙すべきことを喋り立てるのは罪が重いというものだ。

O bene, quod frustra captatis arbore pomis   605
 Garrulus in media Tantalus aret aqua!

おしゃべり男のタンタロスが木から木の実を取ろうとしても取れぬままに、河水(みず)の真っ只中にいながら渇きに苦しめられているのもまた当然だ。

Praecipue Cytherea jubet sua sacra taceri:
 Admoneo, veniat nequis ad illa loquax.

とりわけキュテラ女神ヴィーナスはその秘儀について黙して語らぬよう命じておられる。口数の多い者はこの秘儀へ近づいてはならぬと、私も戒めておこう。

Condita si non sunt Veneris mysteria cistis,
 Nec cava vesanis ictibus aera sonant,   610

ヴィーナスの秘儀は櫃(ひつ)の中に隠されていることもなく 、虚ろな銅鑼が狂ったように打ち鳴らされて音を響かせることもなく、

At sic inter nos medio versantur in usu,
 Se tamen inter nos ut latuisse velint.

我々の間で習いとして行われているものだが、我々の間で秘め隠しておくことが望ましいのだ。

Ipsa Venus pubem, quotiens velamina ponit,
 Protegitur laeva semireducta manu.

ヴィーナスご自身も着物を脱ぐ時には、いつでも身を屈めて 隠し所を左手で被っておられるではないか。

In medio passimque coit pecus: hoc quoque viso   615
 Avertit vultus nempe puella suos.

家畜などはところ構わず人前でも交尾するが、これを目にすると若い女はしばしば顔を背ける。

Conveniunt thalami furtis et ianua nostris,
 Parsque sub iniecta veste pudenda latet:

秘事をなすのには寝室や戸のある所がふさわしく、恥ずべきところはまとった衣装で隠されているものだ。

Et si non tenebras, ad quiddam nubis opacae
 Quaerimus, atque aliquid luce patente minus.   620

真っ暗闇は求めないまでも、何ほどか薄暗い所や、多少なりとも光の乏しいところへ行こうとするのだ。

Tum quoque, cum solem nondum prohibebat et imbrem
 Tegula, sed quercus tecta cibumque dabat,

まだ屋根というものが日差しや降り注ぐ雨を防いでくれることもなく、樫の木が屋根ともなり食べ物も与えてくれていた頃でも、

In nemore atque antris, non sub Jove, juncta voluptas;
 Tanta rudi populo cura pudoris erat.

愛の喜びは白日のもとではなく、森の中や洞窟で結ばれたものだった。未開な人々にも、それほどの羞恥心からの気遣いはあったのである。

At nunc nocturnis titulos imponimus actis,   625
 Atque emitur magno nil, nisi posse loqui!

しかるに当節では、我々は夜の行いを誇らしげにひけらかし、自慢して口にできるものでなければ、大金をはたいて(愛の交わり)を買わないときている。

Scilicet excuties omnes, ubi quaeque, puellas,
 Cuilibet ut dicas 'haec quoque nostra fuit,'

つまりは、女がいればところ構わず品定めして「あれも俺がものにした女だ」と誰に向かっても言うつもりかね。

Nec desint, quas tu digitis ostendere possis?
 Ut quamque attigeris, fabula turpis erit?   630

君は指さして示すことができる女たちに事欠きたくないばかりに、君が接した女は誰であれ醜聞のたねにしようと言うわけか。

Parva queror: fingunt quidam, quae vera negarent,
 Et nulli non se concubuisse ferunt.

文句を言いたいのはそれだけではない。ある連中に至っては、本当だったら否定するはずの話をでっち上げて、自分と共寝しなかった女は一人もいないなどと言いふらす始末だ。

Corpora si nequeunt, quae possunt, nomina tangunt,
 Famaque non tacto corpore crimen habet.

体の方を思いのままにできないとなると、思いのままになる名前に手をつけ、体には指一本触れられてもいないのに 噂を立てられ罪を着ることになるわけだ。

I nunc, claude fores, custos odiose puellae,   635
 Et centum duris postibus obde seras!

さあ嫌われ者の門番よ、女の戸口をしっかり閉ざすがいい。頑丈な戸口の柱に百本もの閂(かんぬき)をかけておけ。

Quid tuti superest, cum nominis extat adulter,
 Et credi quod non contigit esse, cupit?

名前だけで密通者と称する者が出てきて、ありもしなかったことをあったと信じ込ませようとするようでは、安泰でいられる者があろうか。

Nos etiam veros parce profitemur amores,
 Tectaque sunt solida mystica furta fide.    640

私にしても、本当にあった色事でさえも滅多なことでは告白しないし、秘めておかねばならぬ密通は、固く信義を守って隠し通しているのだ。

Parcite praecipue vitia exprobrare puellis,
 Utile quae multis dissimulasse fuit.

わけても女の欠点をあげつらうようなことは慎むがいい。欠点などは目に入らぬように装うことが多くの男たちにとって役立ったものである。

Nec suus Andromedae color est obiectus ab illo,
 Mobilis in gemino cui pede pinna fuit.

アンドロメダにしても、その肌の色が、両足に素早く動く翼をつけたもの(ペルセウス)によって難じられたりはしなかった。

Omnibus Andromache visa est spatiosior aequo:   645
 Unus, qui modicam diceret, Hector erat.

アンドロマケは誰が見ても普通の女性よりもはるかに背が高かったが、ヘクトールだけが程よい背丈だと言ったのである。

Quod male fers, assuesce, feres bene; multa vetustus
 Leniet, incipiens omnia sentit amor.

我慢できにくいことでも慣れてしまうことだ。そうすればちゃんと我慢できるものだ。年月を経ることで多くの欠点は緩和される。ところが愛というものは、始まったばかりの頃にはあらゆるものを敏感に感じ取るものなのだ。

Dum novus in viridi coalescit cortice ramus,
 Concutiat tenerum quaelibet aura, cadet:   650

接木された若枝も緑の樹皮の上で成長しているうちだと、か細い枝をほんのわずかな風がゆすっただけで落ちてしまう。

Mox eadem ventis, spatio durata, resistet,
 Firmaque adoptivas arbor habebit opes.

やがてその枝が時の経つにつれて硬くなり、風にもよく耐えてがっしりとした木になって、接ぎ木として実をつけることとなる。

Eximit ipsa dies omnes e corpore mendas,
 Quodque fuit vitium, desinit esse mora.

歳月そのものが体からあらゆる欠点を消し去り、以前には欠点だったものも、時が経つにつれて欠点ではなくなるものだ。

Ferre novae nares taurorum terga recusant:   655
 assiduo domitas tempore fallit odor.

牛の革の匂いは慣れない鼻には耐えられないが、時間が経つと慣らされてしまって、匂いが気にならなくなるものだ。

Nominibus mollire licet mala: fusca vocetur,
 Nigrior Illyrica cui pice sanguis erit:

言い方さえ変えれば、欠点をやわらげることもできる。イリュリアの瀝青(コールタール)よりも血が真っ黒な女は浅黒いと呼ぶことだ。

Si straba, sit Veneri similis: si rava, Minervae:
 Sit gracilis, macie quae male viva sua est;   660

やぶにらみだったらヴィーナスに似ていると、黄褐色の目をしていたらミネルヴァに似ていると、痩せこけていて生き生きとしたところのない女はスラリとしていることにしたらいい。

Dic habilem, quaecumque brevis, quae turgida, plenam,
 Et lateat vitium proximitate boni.

どんな女であれ背が低かったら身のこなしが早いと、太った女は豊満だと言ってよかろう。欠点は最もそれに近い美点で隠してやるがいい。

Nec quotus annus eat, nec quo sit nata, require,
 Consule, quae rigidus munera Censor habet:

何歳だとか、誰が執政官だった年の生まれかなどと聞いたりしないことだ。そんなことは厳格な監察官の務めである。

Praecipue si flore caret, meliusque peractum   665
 Tempus, et albentes jam legit illa comas.

ことにも女が花の盛りを過ぎ、女盛りも終わってしまい、白髪を見つけては抜いているような場合はなおさらのことだ。

Utilis, o juvenes, aut haec, aut serior aetas:
 Iste feret segetes, iste serendus ager.

おお、若者たちよ、この年頃の、あるいはもっと年増の女は身のためになるぞよ。こういう畑こそは実りをもたらす。こういう畑にこそ種をまくにふさわしい。

Dum vires annique sinunt, tolerate labores:
 Iam veniet tacito curva senecta pede.    670

体力と齢が許すうちに(その方面の)労苦に耐えてやり抜くことだ。まもなく背をかがめた老年が足音も立てずに忍び寄ってくるのだ。

Aut mare remigiis, aut vomere findite terras,
 Aut fera belligeras addite in arma manus,

櫂を振るって海に乗り出すもよし、鋤で大地を耕すもよし、戦を好むその手に武器を握るもよし、

Aut latus et vires operamque afferte puellis:
 Hoc quoque militia est, hoc quoque quaerit opes.

さもなくば精力と体力と労力とを女に注ぐもよしだ。これもまた戦であって、力を必要とするものである。

Adde, quod est illis operum prudentia maior,   675
 Solus et artifices qui facit, usus adest:

そればかりではない、この年頃の女はあの方面については一層知恵が長けていて、床上手になるにはもっぱら経験が物を言うのだ。

Illae munditiis annorum damna rependunt,
 Et faciunt cura, ne videantur anus.

彼女たちは歳をとって損している分を、美しく装うことで 埋め合わせ、老けた女に見られないよう気を配っているものだ。

Utque velis, venerem jungunt per mille figuras:
 Invenit plures nulla tabella modos.   680

また君の望むがままに千もの姿態によってヴィーナスの交わりに応じてくれるのだ。その交わり方の多様なことは、どんな秘儀の図にもこれ以上見られないほどのものだ。

Illis sentitur non irritata voluptas:
 Quod juvet, ex aequo femina virque ferant.

こういう女たちはわざわざ興奮させられなくとも、快楽は感じるものである。あれの喜びは男も女も等しく感ずべきものだ。

Odi concubitus, qui non utrumque resolvunt;
 Hoc est, cur pueri tangar amore minus.

男も女もぐったりとなってしまわないような共寝は私は嫌いだ。男の子相手の色事に、さほど私が心動かされないのはこのためだ。

Odi quae praebet, quia sit praebere necesse,   685
 Siccaque de lana cogitat ipsa sua.

身を任せればならないからというので身を任せる女も、自分では羊毛を紡ぐ仕事のことばかり考えているうるおいのない女も嫌いだ。

Quae datur officio, non est mihi grata voluptas:
 Officium faciat nulla puella mihi.

これも務めだからというので与えられる快楽は私にはありがたくない。どんな女にもお務めを果たしてもらいたいとは思わない。

Me voces audire juvat sua gaudia fassas,
 Quaeque morer meme sustineamque rogent.   690

女が自分で味わっている喜びの声を漏らし、私にちょっと待ってとか、もうちょっと我慢してなどという声を聞くのが、私には嬉しいのである。

Aspiciam dominae victos amentis ocellos:
 Langueat, et tangi se vetet illa diu.

愛する女が狂態をさらして、もう駄目というような目をしているのが見たいものだ。ぐったりとさせて当分の間もう触らないで、などと言わせてみたいものだ。

Haec bona non primae tribuit natura juventae,
 Quae cito post septem lustra venire solent.

かような良い点は、年若い娘には自然は与えてくれないもので、普通は三十五を過ぎるとにわかにやってくる。

Qui properant, nova musta bibant: mihi fundat avitum   695
 Consulibus priscis condita testa merum.

せっかちなものは熟成していない新酒を飲むがよかろう。この私には古い昔の執政官の時代に仕込んだ壺から古酒を注いでもらいたい。

Nec platanus, nisi sera, potest obsistere Phoebo,
 Et laedunt nudos prata novella pedes.

プラタナスの木にしても、年を経たものでないと陽光を遮ることはできないし、生えたばかりの牧草地の草は裸足の足を傷つけるではないか 。

Scilicet Hermionen Helenae praeponere posses,
 Et melior Gorge, quam sua mater, erat?   700

では何かね、君はヘレネよりもその娘のヘルミオネの方がいいとでも言うのかね。ゴルゲ(オイネウスの娘)の方がその母(アルタイア)よりも勝っていたというのかね。

At venerem quicumque voles attingere seram,
 Si modo duraris, praemia digna feres.

ともあれ、誰にもせよ年増女との愛の交わりに挑んでみたいと思う男は、ちとこらえさえすれば、それにふさわしい報酬が得られるというものだ。

Conscius, ecce, duos accepit lectus amantes:
 Ad thalami clausas, Musa, resiste fores.

見るがいい、二人の秘密を知る臥所が愛し合う者たちを迎え入れた。ムーサよ、寝室の閉ざされた扉の前でとどまっておられるがよい。

Sponte sua sine te celeberrima verba loquentur,   705
 Nec manus in lecto laeva iacebit iners.

御身の力を借りなくともおのずからあふれるが如く言葉は二人の口をついて出るだろうし、左手もなすこともないままに臥所に横たわっているようなことはなかろう。

Invenient digiti, quod agant in partibus illis,
 In quibus occulte spicula tingit Amor.

二人の指もアモルが矢で射抜いたあの秘密の部分でなすべきことを見出すだろう。

Fecit in Andromache prius hoc fortissimus Hector,
 Nec solum bellis utilis ille fuit.   710

その昔、剛勇無双のヘクトールもアンドロマケにこれをしたものだ。彼はただ戦いにおいてのみ役に立つ男だったわけではない。

Fecit et in capta Lyrneside magnus Achilles,
 Cum premeret mollem lassus ab hoste torum.

偉大なるアキレスも敵を相手にするのに疲れて、柔らかな臥所に身を横たえた時、リュルネソスから来た囚われの女(ブリセイス)にこれをしたのだ。

Illis te manibus tangi, Brisei, sinebas,
 Imbutae Phrygia quae nece semper erant.

ブリセイスよ、お前はフリュギア人を屠った血で染まった手で愛撫されるがままになっていたのだったな。

An fuit hoc ipsum, quod te, lasciva, juvaret,   715
 Ad tua victrices membra venire manus?

淫蕩な女よ、勝利を収めた男(アキレス)の手がお前の手足の上に這い回ることそのものが、お前の喜びではなかったのか。

Crede mihi, non est veneris properanda voluptas,
 Sed sensim tarda prolicienda mora.

よろしいかな、愛の交わりの喜びはこれを求めるに急であってはならぬ。ゆっくりと時間をかけて少しずつ湧いてくるようにしなければならないのである。

Cum loca reppereris, quae tangi femina gaudet,
 Non obstet, tangas quo minus illa, pudor.   720

女が触られて喜ぶ場所を突きとめたら、恥ずかしいからということでそこに触るのを遠慮しないことだ。

Aspicies oculos tremulo fulgore micantes,
 Ut sol a liquida saepe refulget aqua.

そうすることで陽光が流れる水にしばしば煌めき映るように、女の目がかすかに震えながら煌めくのを君は見つめることになるだろう。

Accedent questus, accedet amabile murmur,
 Et dulces gemitus aptaque verba joco.

哀願の声が発せられ、耳をくすぐるささやきが洩らされ、甘い呻き声と愛の戯れにふさわしい言葉が聞かれよう。

Sed neque tu dominam velis maioribus usus   725
 Desere, nec cursus anteat illa tuos;

ではあるが、君はより大きな帆をかけて女の先に突っ走ってはならないし、女を君に先んじて走らせることもならぬ。

Ad metam properate simul: tum plena voluptas,
 Cum pariter victi femina virque iacent.

同時にゴールに到着するよう、ことを進めるのがいい。男も女もともに等しく力つきて身を横たえる時こそ、心ゆくまで喜びを味わえるのだ。

Hic tibi versandus tenor est, cum libera dantur
 Otia, furtivum nec timor urget opus.   730

たっぷりと自由になる時間があって、露顕する恐れが、人目を忍んでなされることを急き立てたてたりしない限りは、かような走法によらねばならない。

Cum mora non tuta est, totis incumbere remis
 Utile, et admisso subdere calcar equo.

ゆっくりと時間をかけたりするのが危ない場合は、全力を挙げて櫂で漕ぎ、疾走する馬を拍車で駆り立てるのが有利である。

Finis adest operi: palmam date, grata juventus,
 Sertaque odoratae myrtea ferte comae.

私の仕事もそろそろ終わりだ。若者たちよ、ありがたいと思うなら棕櫚の枝を捧げてくれよ。香油を塗った私の髪にミルテの花冠をかぶせてくれよ。

Quantus apud Danaos Podalirius arte medendi,   735
 Aeacides dextra, pectore Nestor erat,

ギリシャ人の中でポダレイリオス(アスクレピオスの息子)が医術に秀でていたごとく、アイアコスの孫(アキレス)が膂力(りりょく)に、ネストールが弁舌に優れていたごとく、

Quantus erat Calchas extis, Telamonius armis,
 Automedon curru, tantus amator ego.

カルカスが臓腑占いに、テラモンの小(アイアス)が武勇に優れていたごとく、色恋の道においては私はそれに劣らぬ傑物である。

Me vatem celebrate, viri, mihi dicite laudes,
 Cantetur toto nomen in orbe meum.   740

男たちよ、詩人として私を讃えてくれよ。この私に称賛の言葉を浴びせてくれよ。わが名は全世界にあまねく歌われて欲しいものだ。

Arma dedi vobis: dederat Vulcanus Achilli;
 Vincite muneribus, vicit ut ille, datis.

私は君たちに武器を与えてやった。ウルカヌスはアキレスに武器を与えたものだった。アキレスがそれで勝利したように君たちもこの与えられた武器で勝ちを収めてくれたまえ。

Sed quicumque meo superarit Amazona ferro,
 Inscribat spoliis 'Naso magister erat.'

ではあるが、誰にもせよ、私が与えた武器でアマゾン(女戦士)に打ち勝った者はその戦利品にこう書きつけるがいい、「ナソが師であった」と。

Ecce, rogant tenerae, sibi dem praecepta, puellae:   745
 Vos eritis chartae proxima cura meae!

見るがいい、若い娘たちが私に教えを説いてくれと請うている。わが料紙に私が次に歌おうとしているのは、お前たちのことである。

Ovid: Ars Amatoria III



Arma dedi Danais in Amazonas; arma supersunt,
 Quae tibi dem et turmae, Penthesilea, tuae.

私はダナオス人(ギリシャ人)にアマゾネスに立ち向かう武器を与えたが、ペンテシレイア(アマゾネスの女王)よ、お前とお前の軍勢に与えるべき武器がまだ残っている。

Ite in bella pares; vincant, quibus alma Dione
 Faverit et toto qui volat orbe puer.

さあ、お前たちも肩を並べて戦の庭に打って出るがいい。慈愛溢れるディオネ(ヴィーナス)と世界中をあまねく飛び回る童児アモルに嘉(よみ)せられた者たちは勝利をおさめるがいい。

Non erat armatis aequum concurrere nudas;   5
 Sic etiam vobis vincere turpe, viri.

女たちが裸身で、武装した男たちに立ち向かうというのは公平ではない。男たちよ、そんなふうにして勝利しても、それは恥となるだけだ。

Dixerit e multis aliquis 'quid virus in angues
 Adicis, et rabidae tradis ovile lupae?'

多くの人々の中にはこんなことを言うものもいよう。「なんだってお前さんは蛇にさらに毒を与えたり、猛り狂った雌狼に羊小屋を引き渡すような真似をするのだ」と。

Parcite paucarum diffundere crimen in omnes;
 Spectetur meritis quaeque puella suis.   10

わずかな数の女たちの罪を女全体になすりつけたりするのは差し控えておくがいい。どの女にしてもその長所によって判断することだ。

Si minor Atrides Helenen, Helenesque sororem
 Quo premat Atrides crimine maior habet,

アトレウスの年下の子(メネラウス)がヘレネ に対して、ヘレネの姉(クリュタイムネストラ)に対してアトレウスの長子(アガメムノン)が、その罪を問うべき言われがあるにせよ、

Si scelere Oeclides Talaioniae Eriphylae
 Vivus et in vivis ad Styga venit equis,

またタラオスの娘エリピュレの罪深い所業のせいで、オイクレスの子(アンピアラオス、エリピュレの夫)が生きながら、生きた馬に乗ったまま冥府へ降ったにせよ、

Est pia Penelope lustris errante duobus   15
 Et totidem lustris bella gerente viro.

ペネロペイアは夫が十年もの間流浪し、それと同じ年月の間戦いの日々を送っていたというのに貞節を守り抜いたではないか。

Respice Phylaciden et quae comes isse marito
 Fertur et ante annos occubuisse suos.

フュラコスの孫(プロテシラオス)と、夫に付き添って(トロイヤへ?)おもむき、寿命の尽きる前に死んだと伝えられている妻(ラオダメイア)のことを考えてもみるがいい。

Fata Pheretiadae coniunx Pagasaea redemit:
 Proque viro est uxor funere lata viri.   20

パガサイの妻女(アルケスティス)は身をもってペレスの子(アドメトス)の命をあがない、夫の身代わりとなって夫の葬儀の場へと連れて行かれたのだ。

'Accipe me, Capaneu! cineres miscebimus' inquit
 Iphias, in medios desiluitque rogos.

「カパネウスよ、私を受け入れてください。骨灰となった身をまじり合わせましょう」。こういうなりイフィスの娘(妻エウアドネ)は燃え盛る火葬の薪の中へ身を躍らせたのであった。

Ipsa quoque et cultu est et nomine femina Virtus:
 Non mirum, populo si placet illa suo.

それにまた「美徳」そのものからして、衣装 から言っても名前にしても、女性ではないか。美徳の女神がその同性の者たちの心にかなうとしても不思議ではない。

Nec tamen hae mentes nostra poscuntur ab arte:   25
 Conveniunt cumbae vela minora meae.

もっとも、私の技術はかような気高い心を要するわけではない。私の小船にはもっと小さな帆が似合っている。

Nil nisi lascivi per me discuntur amores;
 Femina praecipiam quo sit amanda modo.

私が教授つかまつるのは浮気心による愛にほかならず、女はいかにして愛されるのがふさわしいかを、説き聞かせようというのである。

Femina nec flammas nec saevos excutit arcus;
 Parcius haec video tela nocere viris.   30

女は松明の炎も残忍な弓も振るったりせず、かような武器が男に傷を負わせることはどちらかといえば稀である。

Saepe viri fallunt: tenerae non saepe puellae,
 Paucaque, si quaeras, crimina fraudis habent.

男はよく女を騙すものだが、若い娘が男を騙すことはあまりない。これを追求したところで、騙した罪は些細なものだ。

Phasida jam matrem fallax dimisit Iason:
 Venit in Aesonios altera nupta sinus.

裏切り者のイアソンは、すでに母の身となっていたファシスの女(メデイア)を捨て、アイソンの子(イアソン)の胸に抱かれようと別の花嫁がやってきたのだった。

Quantum in te, Theseu, volucres Ariadna marinas   35
 Pavit, in ignoto sola relicta loco!

御身について言えば、テセウスよ、見知らぬ地にただ一人置き去りにされたアリアドネは海鳥どもの餌食とされたのであったな。

Quaere, novem cur una viae dicantur, et audi
 Depositis silvas Phyllida flesse comis.

一本の道が「九つの道」と何ゆえに呼ばれているのか、尋ねてみるがいい。森の木の葉をはらはらと落として、(デモポンの妻)ピュリスのために嘆き悲しむ声に耳傾けるがいい(二巻353行参照)。

Et famam pietatis habet, tamen hospes et ensem
 Praebuit et causam mortis, Elissa, tuae.   40

エリッサ(ディド)よ、お前の客人(アイネアス)は敬神の念篤いとの聞こえも高かったが、お前に剣を与えて、お前の死を招く元を成したのだった。

Quid vos perdiderit, dicam? nescistis amare:
 Defuit ars vobis; arte perennat amor.

何がお前たちを破滅させたのか、言うとしようか。愛し方を知らなかったためである。お前たちは技術を欠いていたのだ。愛というものは技術によってこそ長続きするものなのである。

Nunc quoque nescirent: sed me Cytherea docere
 Jussit, et ante oculos constitit ipsa meos.

今でもなおこの女たちは知らないままでいたらよい。しかるにキュテラ女神ヴィーナスがその技術を教えよと私にお命じになり、御自らがが眼前に立たせ給うたのである。

Tum mihi 'Quid miserae' dixit 'meruere puellae?   45
 Traditur armatis vulgus inerme viris.

して、仰せられるには「何の咎あって哀れな女たちがかような目に遭うに至ったのです。武器も持たぬままに、女たちが武装した男たちに引き渡されているではありませんか。

Illos artifices gemini fecere libelli:
 Haec quoque pars monitis erudienda tuis.

「あなたの二巻の書が男たちを手だれにならしめたのです。こちら側もあなたの教えでとくと教え諭さねばなりません。

Probra Therapnaeae qui dixerat ante maritae,
 Mox cecinit laudes prosperiore lyra.   50

「そのかみテラプナエ(スパルタ)生まれの人妻(ヘレネ)をそしった男(ステシコロス)も、ほどなくしてより格調高き竪琴の調べにのせて、彼女を称え歌ったではありませんか。

Si bene te novi (cultas ne laede puellas!)
 Gratia, dum vives, ista petenda tibi est.'

「あなたを見誤っていなければこそですが、みやびを知る女たちを傷つけたりしてはなりませぬ。世にあるうちは、あなたは女たちの好意を求むるがよい」

Dixit, et e myrto (myrto nam vincta capillos
 Constiterat) folium granaque pauca dedit;

こう仰せられると、女神はミルテから—髪にミルテの花冠をかぶって立っておられたからだが—葉と実を少しばかり下賜されたのであった。

Sensimus acceptis numen quoque: purior aether   55
 Fulsit, et e toto pectore cessit onus.

これらを受け取るなり、私は神威がまたみなぎるのを感じたのであった。天は一層澄み渡ってきらめき光り、重苦しさが胸からすっかり消え去ってしまったのである。

Dum facit ingenium, petite hinc praecepta, puellae,
 Quas pudor et leges et sua jura sinunt.

女神が私を詩才豊かなものとなしたもうているうちに、羞恥心と法の定めとおのが権利とがゆるしている女たちよ、ここから教えを汲み取るがいい。

Venturae memores jam nunc estote senectae:
 Sic nullum vobis tempus abibit iners.   60

今から来るべき老いの日々を心にとどめておくことだ。さすれば、お前たちにとって、時がいささかも無為に過ぎ去ることはないだろう。

Dum licet, et vernos etiamnum educitis annos,
 Ludite: eunt anni more fluentis aquae;

それができるうちに、また青春の日々を過ごしているうちに、遊ぶがいい。歳月は、流れる水さながらに去っていくものだから。

Nec quae praeteriit, iterum revocabitur unda,
 Nec quae praeteriit, hora redire potest.

ひとたび流れ去った水は、再び戻ることはなく、過ぎて去った時が、元に戻ることもあり得ない。

Utendum est aetate: cito pede labitur aetas,   65
 Nec bona tam sequitur, quam bona prima fuit.

若い時代を活かさねばならぬ。歳月は早足で滑るがごとく過ぎ去って行き、これに続く良き時代でも、前の時代ほどよくないものだ。

Hos ego, qui canent, frutices violaria vidi:
 Hac mihi de spina grata corona data est.

この白茶けている藪にしても以前は菫(すみれ)の花壇であったのを、この私が見ているのだ。この藪から花を摘んで、花冠を作り楽しんだものであった。

Tempus erit, quo tu, quae nunc excludis amantes,
 Frigida deserta nocte iacebis anus,   70

今は愛を求めて寄ってくる男たちを締め出しているお前さんも、見捨てられて老婆となって、寒さ募る夜に一人寝る日がやって来よう。

Nec tua frangetur nocturna ianua rixa,
 Sparsa nec invenies limina mane rosa.

お前さんの家の戸口が、夜毎の男どもの喧嘩で打ち壊されることもなくなり、朝方、敷居に薔薇の花が撒き散らされているのを目にすることもなくなろう。

Quam cito (me miserum!) laxantur corpora rugis,
 Et perit in nitido qui fuit ore color.

悲しいことだが、なんと早く体には皺ができて、たるんでしまい、つやつやとした顔色も消え失せてしまうことか。

Quasque fuisse tibi canas a virgine juras,   75
 Spargentur subito per caput omne comae.

娘の頃からあったのだとお前が言い張っている白髪も、たちまちに頭全体に広がり尽くすことだろう。

Anguibus exuitur tenui cum pelle vetustas,
 Nec faciunt cervos cornua iacta senes:

蛇ならば老齢は薄皮とともに抜け落ちるし、鹿にしても角が抜け変わるだけで、老いることはない

Nostra sine auxilio fugiunt bona; carpite florem,
 Qui, nisi carptus erit, turpiter ipse cadet.   80

我々人間の美しさは逃げ去ってしまい、これだけは救いようもない。花は摘み取るがいい。摘み取らないとひとりでに醜く枯れてしぼんでしまう。

Adde, quod et partus faciunt breviora juventae
 Tempora: continua messe senescit ager.

その上さらに出産も若い時代を一層早くふけさせる。絶え間なく収穫を上げていれば、畑にしても老いるものだ。

Latmius Endymion non est tibi, Luna, rubori,
 Nec Cephalus roseae praeda pudenda deae.

月の女神よ、ラトモスのエンディミオンゆえに御身が顔を赤らめることもなかったし、ケパロスも薔薇色の女神アウロラには恥とすべき獲物ではなかった。

Ut Veneri, quem luget adhuc, donetur Adonis:   85
 Unde habet Aenean Harmoniamque suos?

ヴィーナスにしても今なおその死を悼み悲しんでいる夫アドニスのことはさておいて、彼女はアイネアスとハルモニアとを、どの男からはらんだのか。

Ite per exemplum, genus o mortale, dearum,
 Gaudia nec cupidis vestra negate viris.

人間の種族よ、女神たちの例に倣うがいい。お前たちがもつ喜びを、愛に飢えた男たちに拒んではならない。

Ut jam decipiant, quid perditis? omnia constant;
 Mille licet sumant, deperit inde nihil.   90

男たちは確かに騙すこともあるだろうが、だからと言って、お前たちがどんな損をするというのだ。何もかもが元通りなのだから、千人もの男がお前の体を貪ったとしても、それで失われるものは何一つない。

Conteritur ferrum, silices tenuantur ab usu:
 Sufficit et damni pars caret illa metu.

鉄だって摩滅するし、火打石も使っているうちにすり減るが、あの部分だけは存分に使うに耐え、摩耗したりすることはない。

Quis vetet adposito lumen de lumine sumi?
 Quisve cavo vastas in mare servet aquas?

目の前に置かれた灯火から明かりを取ってはならないと言う者がいるだろうか。深い海のただ中にいて、汲み取られぬよう防ぎ守るものがいるだろうか。

Et tamen ulla viro mulier 'non expedit' inquit?   95
 Quid, nisi quam sumes, dic mihi, perdis aquam?

それでいながら誰にもせよ男に向かって「そうは問屋が卸さないわよな」どと言う女がいるだろうか。何かね、一つ聞きたいが、お前が汲む水以外に何かを失うものがあるとでもいうのかね。

Nec vos prostituit mea vox, sed vana timere
 Damna vetat: damnis munera vestra carent.

私がこんなことを言うのは、お前たちに春を売らせようというのではない。ただ受けてもいない損失を恐れるな、というだけの話だ。男の望みを叶えてやったからといって、それでお前たちが損をするわけではないのだ。

Sed me flaminibus venti maioris iturum,
 Dum sumus in portu, provehat aura levis.   100

だが私はさらに激しい風に見舞われて航行しようとしているところだ。港にいるうちはそよ風に乗って行くことにしたいものだ。

Ordior a cultu; cultis bene Liber ab uvis
 Provenit, et culto stat seges alta solo.

まずは身だしなみから話を始めよう。十分に手をかけた葡萄から酒神は生まれ、よく耕された土地から高い収穫量が得られるものだ。

Forma dei munus: forma quota quaeque superbit?
 Pars vestrum tali munere magna caret.

美貌というものは神からの賜物である。そもそも美貌を誇りとするような女がどれほどいるというのか。お前たちの大部分は、かような賜物を授かっているわけではない。

Cura dabit faciem; facies neglecta peribit,   105
 Idaliae similis sit licet illa deae.

一心に磨き上げてこそ美しくもなろうというものだ。イダリオンの神ヴィーナスにも似た女であっても、手をかけずに放っておくと美しさは失せてしまうだろう。

Corpora si veteres non sic coluere puellae,
 Nec veteres cultos sic habuere viros;

そのかみの女たちがさほど体の手入れに精出さなかったとしても、それは、そのかみの男たちもまた身だしなみに気を使わなかったからだ。

Si fuit Andromache tunicas induta valentes,
 Quid mirum? duri militis uxor erat.   110

アンドロマケがごわごわした衣装を纏っていたとしても驚くことはない。剛将の妻だったからである。

Scilicet Aiaci coniunx ornata venires,
 Cui tegumen septem terga fuere boum?

七枚張りの大楯を携えていたアイアスの妻のような出で立ちで人前に出ようとでもいうのかね。

Simplicitas rudis ante fuit: nunc aurea Roma est,
 Et domiti magnas possidet orbis opes.

昔は粗野な簡素というものがあった。今のローマは金色に輝き、征服した世界が莫大な富を有している。

Aspice quae nunc sunt Capitolia, quaeque fuerunt:   115
 Alterius dices illa fuisse Jovis.

カピトリウムの今の姿と昔のそれとを比べて見るのがいい。新たなジュピターが出現しての神殿だと見えるかもしれないほどだ。

Curia, concilio quae nunc dignissima tanto,
 De stipula Tatio regna tenente fuit.

今の元老院は重要な審議にふさわしい威容を誇っているが、タティウスが王権を握っていた頃は藁葺きだったものだ。

Quae nunc sub Phoebo ducibusque Palatia fulgent,
 Quid nisi araturis pascua bubus erant?   120

今ではポイボスと重鎮たちの下に輝いているパラティウムの丘も、かつては耕作に向かおうとしている牛どもの牧草地以外の何であったというのか。

Prisca juvent alios: ego me nunc denique natum
 Gratulor: haec aetas moribus apta meis.

他の人たちは昔のことに心惹かれたらよかろう。この私としては今の世に生まれたことをありがたいと思っている。今の世の方が私の気性にかなっているからだ。

Non quia nunc terrae lentum subducitur aurum,
 Lectaque diverso litore concha venit:

今の世は細工しやすい金が地中から採掘されるからでもなく、あちこちの浜辺から採れた貝類がもたらされるからでもなく、

Nec quia decrescunt effosso marmore montes,   125
 Nec quia caeruleae mole fugantur aquae:

大理石が切り出されて山が小さくなるほどだからでもなく、壮麗な建築物が真っ青な海の水を押し戻しているからでもない。

Sed quia cultus adest, nec nostros mansit in annos
 Rusticitas, priscis illa superstes avis.

そういうことではなくて、洗練された雅(みやび)というものが我々のもとにあるからで、往古の父祖たちの頃には名残をとどめていた、あの粗野なところがもはやないからだ。

Vos quoque nec caris aures onerate lapillis,
 Quos legit in viridi decolor Indus aqua,   130

お前たちもまた色の黒いインド人が 紺碧(こんぺき)の海から集めてくる高価な耳飾りをぶら下げるような真似はしないことだ。

Nec prodite graves insuto vestibus auro,
 Per quas nos petitis, saepe fugatis, opes.

金糸を織り込んだ衣装をおもたげにまとってしゃしゃり出たりしてもいけない。かような 財宝で男の心を引こうとしても逃げられるのがおちである。

Munditiis capimur: non sint sine lege capilli:
 Admotae formam dantque negantque manus.

身ぎれいにしていることに男は引かれるものである。髪は乱れたままにしておいてはいけない。手のかけ方いかんで髪は美しくもなれば、美しさが失われもするものだ。

Nec genus ornatus unum est: quod quamque decebit   135
 Eligat, et speculum consulate ante suum.

髪型にしても一つと決まったものではない。それぞれが自分に似合う髪型を選んで、前に据えた鏡と相談するがよかろう。

Longa probat facies capitis discrimina puri:
 Sic erat ornatis Laodamia comis.

面長な顔だったら、飾りなどつけないで頭髪を分けるがいい。ラオダメイアはそういう髪型であった。

Exiguum summa nodum sibi fronte relinqui,
 Ut pateant aures, ora rotunda volunt.    140

丸顔の場合は額の上に小さな髷が残るように、結い上げて耳が出るようにすることが必要だ。

Alterius crines umero iactentur utroque:
 Talis es assumpta, Phoebe canore, lyra.

また、両肩へ髪を垂れさすのがいい女もいる。調べ麗しきポイボスよ、御身はさような髪型で竪琴を手にしておいでだ。

Altera succinctae religetur more Dianae,
 Ut solet, attonitas cum petit illa feras.

ディアナがいつものように衣装をたくし上げ、恐れまどう獣たちを狩る時のように髪を束ねるといい女もある。

Huic decet inflatos laxe iacuisse capillos:   145
 Illa sit astrictis impedienda comis;

豊かに波打つ髪をゆったりと流しているのがいい女もあるし、かたく結い上げるといい女もある。

Hanc placet ornari testudine Cyllenea:
 Sustineat similes fluctibus illa sinus.

キュレネ(アルカディア)の鼈甲で飾るのを好む女がいてもいいし、髪を波形にうねらせたままにしておきたい女もいよう。

Sed neque ramosa numerabis in ilice glandes,
 Nec quot apes Hyblae, nec quot in Alpe ferae,   150

枝の多い樫の木になる実は数えきれるものではないが、ヒュブラの野にミツバチがどれほどいるか、アルプスにすむ獣がどれほどいるか、数えられぬように、

Nec mihi tot positus numero conprendere fas est:
 Adicit ornatus proxima quaeque dies.

髪型の数を把握することは私にはとてもできない。日を追って新しい髪型が増えていく始末だ。

Et neglecta decet multas coma; saepe iacere
 Hesternam credas; illa repexa modo est.

無造作な髪が似合う女たちも多くいる。昨日のままかと思わせる乱れた髪があるかと思えば、今梳いたばかりの髪もある。

Ars casum simulat; sic capta vidit ut urbe   155
 Alcides Iolen, 'hanc ego' dixit 'amo.'

技術は時機に応じて用いねばならぬ。かようにしてアルカイオスの孫(ヘラクレス)は城市を占領したおりにイオレを目にすると「俺が好きなのこの女だ」と言ったものだ。

Talem te Bacchus Satyris clamantibus euhoe
 Sustulit in currus, Cnosi relicta, suos.

置き去りにされたクノッソスの女(アリアドネ)よ、サテュロスたちがエウホエと歓声を上げている中でバッコスの車に乗せられて行った時、お前の髪もそんなふうであったな。

O quantum indulget vestro natura decori,
 Quarum sunt multis damna pianda modis!   160

ああ、お前たちが美しく装うということにおいては、自然はなんと寛大であることか。欠陥を埋め合わせる手立ては様々である。

Nos male detegimur, raptique aetate capilli,
 Ut Borea frondes excutiente, cadunt.

我々男たちの禿げるさまは見苦しい。髪の毛は積もる齢に奪い去られた北風が、木の葉を 吹き散らすように抜け落ちてしまう。

Femina canitiem Germanis inficit herbis,
 Et melior vero quaeritur arte color:

女たちの中には、ゲルマニアで採れる草で白髪を染めるものもあり、この技術によって本物よりも良い色が得られるのだ。

Femina procedit densissima crinibus emptis,   165
 Proque suis alios efficit aere suos.

買った髪をつけ、豊かな髪と見せてのし歩く女もいる。金で買った他人の物を自分のものとしているのだが。

Nec rubor est emisse; palam venire videmus
 Herculis ante oculos virgineumque chorum.

買ったことは恥ではいない。それがヘラクレスの眼前と処女神たちの群像の前で売られているのは、我々も目にするところだ。

Quid de veste loquar? Nec vos, segmenta, requiro
 Nec te, quae Tyrio murice, lana, rubes.   170

着るものについては何を語ったらよかろうか。衣装のひだ飾りなどはいらないし、テュロスの貝で染められた深紅の羊毛よ、お前にもう用はない。

Cum tot prodierint pretio leviore colores,
 Quis furor est census corpore ferre suos!

もっと値の張らない様々な色が出回っているというのに、自分の全財産を身につけて歩くとは何という狂気の沙汰だ。

Aeris, ecce, color, tum cum sine nubibus aer,
 Nec tepidus pluvias concitat auster aquas:

見るがいい、空の色がある。それも雲ひとつなく、生暖かい南風が雨をもたらすこともない時の空だ。

Ecce, tibi similis, quae quondam Phrixon et Hellen   175
 Diceris Inois eripuisse dolis;

そのかみ、フリクソスとヘレとイノの姦計から救ったと言われるもの(金毛の羊)よ、お前に似た色だってある。

Hic undas imitatur, habet quoque nomen ab undis:
 Crediderim nymphas hac ego veste tegi.

海の水に似せた色もあり、その名も水に由来する。水のニンフたちはこの色の着物を着ているものと、私は信じたいくらいである。

Ille crocum simulat: croceo velatur amictu,
 Roscida luciferos cum dea jungit equos:   180

まだサフランに似た色もある—朝露に濡れた女神(アウロラ)が光をもたらす馬どもをつなぐ時は、サフラン色の衣装をまとっているのである—

Hic Paphias myrtos, hic purpureas amethystos,
 Albentesve rosas, Threiciamve gruem;

さてまた、パフォス島のミルテのような色もあれば、紫水晶の色もあり、白く輝く薔薇の色も、トラキアの鶴に似た色もある。

Nec glandes, Amarylli, tuae, nec amygdala desunt;
 Et sua velleribus nomina cera dedit.

アマリリスよ、お前の好きな栗の色も、巴旦杏の色もないわけではない。蝋もまたその名を羊毛に与えている次第だ。

Quot nova terra parit flores, cum vere tepenti   185
 Vitis agit gemmas pigraque fugit hiemps,

暖かな春が巡ってきて、葡萄が芽ぐみ、怠け者の冬が立ち去った時、新たな大地が咲かせる花の数ほどの、

Lana tot aut plures sucos bibit; elige certos:
 Nam non conveniens omnibus omnis erit.

それにもまして多い染料を羊毛は吸い込むものだ。これぞという色を選べばいい。あらゆる色があらゆる人に似合うわけではないからだ。

Pulla decent niveas: briseida pulla decebant:
 Cum rapta est, pulla tum quoque veste fuit.   190

暗い色は雪のような肌には似合うものだ。ブリセイスには暗い色が似合っていた。アガメムノンにさらって来られた時にも、やはり暗い色の着物をまとっていたのだった。

Alba decent fuscas: albis, Cephei, placebas:
 Sic tibi vestitae pressa Seriphos erat.

白い色は浅黒い女に似合う。ケフェオスの娘アンドロメダよ、お前も白い着物を着ていることで美しかった。お前がこの色の衣装を着ていたせいで、セリフォスの島の神々が圧迫を受けたのだ。

Quam paene admonui, ne trux caper iret in alas,
 Neve forent duris aspera crura pilis!

ひどい匂いのする山羊(ワキガ)を脇の下の入り入り込ませないようにとか、ごわごわしたすね毛を足に生やしておかないようにするとかいうことまで忠告しかねないところであった。

Sed non Caucasea doceo de rupe puellas,   195
 Quaeque bibant undas, Myse Caice, tuas.

私が教えているのはカウカソスの岩山から這い出してきた女たちでもなければ、ミュシア のカイクス川よ、お前の流れを汲んで飲んでいるような女たちでもないのだ。

Quid si praecipiam ne fuscet inertia dentes,
 Oraque suscepta mane laventur aqua?

無精のせいで歯を黒ずませてはいけないとか、 朝には水を汲んで顔を洗うようにとか、なんで私が教え諭すことがあろうか。

Scitis et inducta candorem quaerere creta:
 Sanguine quae vero non rubet, arte rubet.   200

おしろいを塗って色を白くすることもお前たちは心得ているところだ。本物の血では頬に赤みのない女は、技術を用いた赤みを出している。

Arte supercilii confinia nuda repletis,
 Parvaque sinceras velat aluta genas.

技術を駆使して眉欠けた端も補正しているし、傷のない両の頬にパッチ(つけぼくろ)を貼ったりもする。

Nec pudor est oculos tenui signare favilla,
 Vel prope te nato, lucide Cydne, croco.

細く削った炭で、さてはまた、きらめき流れるキュンドヌス川よ、お前のほとりに生えているサフランで目の縁取りをするのも恥ではない。

Est mihi, quo dixi vestrae medicamina formae,   205
 Parvus, sed cura grande, libellus, opus;

お前たちを美しく見せるための化粧品について述べた小さな本を私は著(あらわ)している。小さな本ではあるが丹精込めて書いたものだ。

Hinc quoque praesidium laesae petitote figurae;
 Non est pro vestris ars mea rebus iners.

容姿が損なわれたら、それを救う術をこの本にも求めたまえ。お前たちの為ならば、私の技術が効を奏さぬということはない。

Non tamen expositas mensa deprendat amator
 Pyxidas: ars faciem dissimulata juvat.   210

そうではあるが、化粧品の入った箱を机の上に出しっぱなしにしているところを、愛する男に見つからぬようにすることだ。それと分からないようにしてこそ、化粧の術も顔を美しく見せるのだ。

Quem non offendat toto faex illita vultu,
 Cum fluit in tepidos pondere lapsa sinus?

顔一面に厚塗りしたおしろいがその重みで剥げ落ちて胸にたれたりしたら、気分を害さない男はいないだろう。

Oesypa quid redolent? quamvis mittatur Athenis
 Demptus ab immundo vellere sucus ovis.

羊の汚い毛からとった液で、アテナイから送られてくるものであるが、オエシェプム(香油の一種)は何というひどい臭いを立てることだろう。

Nec coram mixtas cervae sumpsisse medullas,   215
 Nec coram dentes defricuisse probem;

鹿の骨髄を混ぜたものを人のいる場でつけることも、人前で歯を磨くことも感心できない。そうすることで美しくはなるが、目にするのは見苦しい。

Ista dabunt formam, sed erunt deformia visu:
 Multaque, dum fiunt, turpia, facta placent;

作られている過程では醜いが、出来上がってしまうと人の心を引くようなものは多くある。

Quae nunc nomen habent operosi signa Myronis
 Pondus iners quondam duraque massa fuit;    220

制作に労を惜しまぬミロンの名が刻まれている彫像も、かつては生気のない重くて硬い石塊だったのだ。

Anulus ut fiat, primo conliditur aurum;
 Quas geritis vestis, sordida lana fuit;

指輪になるためには金もまずは叩きのばされる。お前たちが着ている着物だとて薄汚れた羊毛だったのだ。

Cum fieret, lapis asper erat: nunc, nobile signum,
 Nuda Venus madidas exprimit imbre comas.

作られているうちはゴツゴツと荒い石だったものが、今では裸身のヴィーナスとなって、水に濡れた髪を絞っている次第だ。

Tu quoque dum coleris, nos te dormire putemus;   225
 Aptius a summa conspiciere manu.

お前のことも、化粧する前は、寝ているものと考えておこう。 最後に手を加え終わってから、姿を現した方がいい。

Cur mihi nota tuo causa est candoris in ore?
 Claude forem thalami! quid rude prodis opus?

お前の顔が美しさに輝いている理由を、何で私が知らねばならぬわけがあろうか。女部屋の戸は閉めておくがいい。仕上がってもいない仕事をさらけ出すことはあるまい。

Multa viros nescire decet; pars maxima rerum
 Offendat, si non interiora tegas.   230

男たちは知らないままでいた方がいいことも多い。内幕を隠しておかないと大方のことは男たちの気分を害するものだ。

Aurea quae splendent ornato signa theatro,
 Inspice, contemnes: brattea ligna tegit;

劇場にかけられている黄金の彫像にしても、とくと眺めてみるがいい。何とも薄い金箔が木材を被っているだけではないか。

Sed neque ad illa licet populo, nisi facta, venire,
 Nec nisi summotis forma paranda viris.

だがこの彫像にしても出来上がってからでなければ人々が近づくことは許されない。化粧をするにも、まずは男どもを遠ざけておいてかからねばならない。

At non pectendos coram praebere capillos,   235
 Ut iaceant fusi per tua terga, veto.

人前で髪をすく姿をさらけ出し、解いた髪を背中に垂らしたりすることは、戒めておこう。

Illo praecipue ne sis morosa caveto
 Tempore, nec lapsas saepe resolve comas.

そういう時には、ことにも不機嫌にならぬように用心し、何度も髪を解いて、ざんばら髪にしたりしないようにするがいい。

Tuta sit ornatrix; odi, quae sauciat ora
 Unguibus et rapta brachia figit acu.   240

髪結いの女奴隷に手をあげたりしないことだ。顔に爪を立てて傷つけたり、ピンをひったくって腕に突き刺したりする女を私は憎らしく思う。

Devovet, ut tangit, dominae caput illa, simulque
 Plorat in invisas sanguinolenta comas.

女奴隷は女主人の頭を呪い—でもそれをいじるのだが—同時に血だらけになりながら憎らしい髪の上に涙をこぼすのだ。

Quae male crinita est, custodem in limine ponat,
 Orneturve Bonae semper in aede deae.

髪の生え具合が良くない女は、入り口の戸に見張りを立てておくがいい。さもなくばボナ・デアの神殿ででも髪を整えたらよかろう。

Dictus eram subito cuidam venisse puellae:   245
 Turbida perversas induit illa comas.

私はある女を突然に訪ねて、それを伝えさせたことがあったが、動転した女は後ろ前にかつらをかぶってしまったものだ。

Hostibus eveniat tam foedi causa pudoris,
 Inque nurus Parthas dedecus illud eat.

こんな酷い赤っ恥をかかせる役は、敵どもにやらせておくことだ。こんな恥さらしな行為はパルティアの女どもにやらせておくがいい。

Turpe pecus mutilum, turpis sine gramine campus,
 Et sine fronde frutex, et sine crine caput.    250

角の落ちた家畜は醜いし、草の生えていない 野原も醜い。葉の散ってしまった藪も、髪の毛のない頭も醜いものだ。

Non mihi venistis, Semele Ledeve, docendae,
 Perque fretum falso, Sidoni, vecta bove,

セメレよ、またレダよ、私の教えを受けようとして参集したのはお前たちではない。作り物の牛の背に乗せられて海面を渡っていった シドンの女(エウロペ)よ、お前でもない。

Aut Helene, quam non stulte, Menelae, reposcis,
 Tu quoque non stulte, Troice raptor, habes.

さてはメネラオスよ、貴殿が返してくれと求めたのも理にかなっていたし、トロイアの略奪者(パリス)よ、貴殿がとどめ置いたのもまた理にかなっていたヘレネでもない。

Turba docenda venit, pulchrae turpesque puellae:   255
 Pluraque sunt semper deteriora bonis.

女たちが大挙して教えを受けようとやってくるが、美しい女もいれば醜い女もいる。世の常として劣れる者の方が質の良い者より多い。

Formosae non artis opem praeceptaque quaerunt:
 Est illis sua dos, forma sine arte potens;

美しい女たちは技術の助けも教えも求めたりはしない。そういう女たちは自前の持参金を持っている。美貌は技術などなくとも強力な味方である。

Cum mare compositum est, securus navita cessat:
 Cum tumet, auxiliis assidet ille suis.   260

海が凪いでいるときは、水夫は安堵して休んでいるが、波が高いと助けとなる具(舵)にとりついているものだ。

Rara tamen mendo facies caret: occule mendas,
 Quaque potes vitium corporis abde tui.

ところで、非の打ち所のない美貌などはめったにないものである。欠点は隠すことだ。できるだけお前の体の欠点は隠しておくがいい。

Si brevis es, sedeas, ne stans videare sedere:
 Inque tuo iaceas quantulacumque toro;

背が低かったら、立っているのに座っていると思われたりしないよう、座っていたまえ。お前は小さいのだから臥所に横になっているがいい。

Hic quoque, ne possit fieri mensura cubantis,   265
 Iniecta lateant fac tibi veste pedes.

横になっていて背丈を測られたりしないよう、着物を被せて足を隠すことだ。

Quae nimium gracilis, pleno velamina filo
 Sumat, et ex umeris laxus amictus eat.

痩せぎすの女は厚手の織の衣装を着て、肩から上着をゆったりとかけるといい。

Pallida purpureis spargat sua corpora virgis,
 Nigrior ad Pharii confuge piscis opem.   270

顔の青ざめている女は、深紅の縞模様で体をすっぽりと覆うといいし、浅黒い女はファロスの白い衣装に助けを求めたらよい。

Pes malus in nivea semper celetur aluta:
 Arida nec vinclis crura resolve suis.

無様の足はいつでも真っ白な靴を履いて隠し、骨の浮き出た脛から靴の革ひもを解いたりしないことだ。

Conveniunt tenues scapulis analemptrides altis:
 Angustum circa fascia pectus eat.

怒り肩には薄い肩当を当てておくのが便利である。平べったい胸は乳当てを巻きつけるといい。

Exiguo signet gestu, quodcumque loquetur,   275
 Cui digiti pingues et scaber unguis erit.

指が太くがさつな爪をした女は、何をしゃべるにせよ極力手真似をしないことだ。

Cui gravis oris odor numquam ieiuna loquatur,
 Et semper spatio distet ab ore viri.

口のくさい女は、食事をしないでいるときは決して口をきかないようにし、男の顔から離れているがいい。

Si niger aut ingens aut non erit ordine natus
 Dens tibi, ridendo maxima damna feres.    280

お前の歯が黒ずんでいたり並外れて大きかったり、生まれつき歯並びが悪かったら、笑ったりすると、この上ない大きな損失を被ることになりますぞよ。

Quis credat? discunt etiam ridere puellae,
 Quaeritur aque illis hac quoque parte decor.

これが信じてもらえようか。女たちは笑うことさえも学び、こうした方面でもしとやかさが求められるのである。

Sint modici rictus, parvaeque utrimque lacunae,
 Et summos dentes ima labella tegant.

口は程よい程度に開け、両のえくぼは小さく抑え、上の歯は下唇で隠すようにしたまえ。

Nec sua perpetuo contendant ilia risu,   285
 Sed leve nescio quid femineumque sonent.

止め処なく笑いこけて、横っ腹を引きつらせたりしてはいけない。軽い、なんとはなしに女らしい笑い声を立てるがいい。

Est, quae perverso distorqueat ora cachinno:
 Risu concussa est altera, flere putes.

品のない高笑いをして顔を歪める女もいれば 笑い転げているのに、泣いているのかと思われるような女もいる。

Illa sonat raucum quiddam atque inamabile ridet,
 Ut rudit a scabra turpis asella mola.   290

ざらざらした碾き臼のかたわらで嘶く驢馬のように、何やらしわがれた可愛げのない笑い声を立てる女だっている。

Quo non ars penetrat? discunt lacrimare decenter,
 Quoque volunt plorant tempore, quoque modo.

技術が入り込む余地がないところなどあろうか。女たちはしかるべく泣くことを学んで、いついかなる時でも思うがままに泣いてみせるものである。

Quid, cum legitima fraudatur littera voce,
 Blaesaque fit jusso lingua coacta sono?

文字をわざと正しく読まないとか、舌をもつれさせて無理な発音してみせる、というのはどんなものだろう。

In vitio decor est: quaerunt male reddere verba;   295
 Discunt posse minus, quam potuere, loqui.

ある種の言葉をまずく発音するという、この 欠点にも魅力はあるものだ。女たちは実際にできるのよりも、もっと下手に喋るよう学んだりもするのだ。

Omnibus his, quoniam prosunt, impendite curam:
 Discite femineo corpora ferre gradu.

こういったことはどれも役に立つから心がけておくがいい。女らしい足の運びで体を動かすことも学びたまえ。

Est et in incessu pars non temnenda decoris:
 Allicit ignotos ille fugatque viros.   300

歩き方もまた馬鹿にならぬ魅力の一部をなしているからだ。歩き方いかんで見知らぬ男を惹きつけもすれば逃げ出させもするものだ。

Haec movet arte latus, tunicisque fluentibus auras
 Accipit, expensos fertque superba pedes:

巧みに腰をくねらせて下着をなびかせ、風を受けて意気揚々と足を伸ばして歩く女もいれば、

Illa velut coniunx Umbri rubicunda mariti
 Ambulat, ingentes varica fertque gradus.

ウンブリア人の御亭主のいる赤ら顔のおかみさんよろしく、がに股で、大股歩きする女もいる。

Sed sit, ut in multis, modus hic quoque: rusticus alter   305
 Motus, concesso mollior alter erit.

だが多くの点でそうであるように、ここでもまたほどの良さというものがなければならぬ。後者の動きは野暮ったく、前者の動きはよしとするには気取りが過ぎている。

Pars umeri tamen ima tui, pars summa lacerti
 Nuda sit, a laeva conspicienda manu.

ではあるが、お前の肩の上の部分、腕の上の部分はあらわにしておき、左手からよく見えるようにしておくがいい。

Hoc vos praecipue, niveae, decet: hoc ubi vidi,
 Oscula ferre umero, qua patet usque, libet.    310

雪のような肌をした女たちよ、これはお前たちには特によく似合う。これを目にすると私はむき出しになっている肩のどこにでも接吻したくなるのだ。

Monstra maris Sirenes erant, quae voce canora
 Quamlibet admissas detinuere rates.

セイレーンという女怪がいて、調べ麗しい歌声でどんな船足が速い船でも引き留めてしまうのであった。

His sua Sisyphides auditis paene resolvit
 Corpora, nam sociis illita cera fuit.

あの歌声を耳にしてシシュポスの子(オデッセウス)はもう少しで体をとろけさせてしまうところであった。船の仲間たちが免れたのは 耳に蝋を詰めてあったためだ。麗しい声も魅惑的なものである。

Res est blanda canor: discant cantare puellae:   315
 Pro facie multis vox sua lena fuit.

女たちは歌うこと学ぶがいい。顔ではなく声で男の心を掴んだ女も多い。

Et modo marmoreis referant audita theatris,
 Et modo Niliacis carmina lusa modis.

時には大理石造りの劇場で聞き覚えた歌を 、時にはニルスの河の地(エジプト)の調子で演奏された歌を口ずさむがよかろう。

Nec plectrum dextra, citharam tenuisse sinistra
 Nesciat arbitrio femina docta meo.   320

私に従って学んだ女が、右手にバチを左手に 竪琴を取ることさえできない、などということがないようにしてもらいたい。

Saxa ferasque lyra movit Rhodopeius Orpheus,
 Tartareosque lacus tergeminumque canem.

ロドぺのオルフェウスは竪琴の音で、岩や野獣や地獄の三つ頭の番犬を、それに地獄の 川をもう感動せしめたのだ。

Saxa tuo cantu, vindex justissime matris,
 Fecerunt muros officiosa novos.

母の仇を討った正義この上なき御仁よ(アンピオン)、御身の歌声に反応してその意に従った岩が動き、新たな城壁を築いたのであったな。

Quamvis mutus erat, voci favisse putatur   325
 Piscis, Arioniae fabula nota lyrae.

口こそきけないが、魚もまた声を聞くのを喜んだことは、アリオンの竪琴の物語によって知られているところだ。

Disce etiam duplici genialia nablia palma
 Verrere: conveniunt dulcibus illa jocis.

両手を広げて十弦の竪琴をかき鳴らすことを学ぶがいい。この竪琴は楽しい遊びには似つかわしい。

Sit tibi Callimachi, sit Coi nota poetae,
 Sit quoque vinosi Teia Musa senis;   
お前はカリマコスの詩もコス島の詩人(フィレタス)も、酒好きなテオスの老詩人(アナクレオン)の詩も知っておくように。

Size=2>330

Nota sit et Sappho (quid enim lascivius illa?),
 Cuive pater vafri luditur arte Getae.

サッポーも—彼女ほど奔放な女もあるまいが—知っておかねばならぬし、ゲタエ人の姦策に親父が手玉にとられるという作品の作者(メナンドロス)も知らねばならぬ。

Et teneri possis carmen legisse Properti,
 Sive aliquid Galli, sive, Tibulle, tuum:

繊細なプロペロティウスも、さもなくばガルルスも何程かは、さてはまたティブルスよ、御身の詩も読めなくてはならぬ。

Dictaque Varroni fulvis insignia villis   335
 Vellera, germanae, Phrixe, querenda tuae:

ウァルロによって歌われた金色燦然たる毛の、フリクソスよ、御身の妹を嘆かせることとなったあの羊毛のことも、

Et profugum Aenean, altae primordia Romae,
 Quo nullum Latio clarius extat opus.

高くそびえるローマの草創をなした流浪の人 アイネアスのことも知らねばならぬ。ラティウムの地にはこれよりも名高い作はない。

Forsitan et nostrum nomen miscebitur istis,
 Nec mea Lethaeis scripta dabuntur aquis:   340

おそらく私の名もこれらの詩人たちのうちに数えられるだろうし、私の著作が忘却の川に投げ込まれることもないだろう。

Atque aliquis dicet 'nostri lege culta magistri
 Carmina, quis partes instruit ille duas:

して、こんなことを言ってくれる者もいよう。「われらが師のみやびな詩をまあ読んでみたまえ。師は男と女の双方を教えさとしておられる。

Deve tribus libris, titulus quos signat Amorum,
 Elige, quod docili molliter ore legas:

「師が『愛の詩集』と題された3巻の詩書のうちから選んで、詩によく合う口付きで、ものやわらかに読んで見たらいい。

Vel tibi composita cantetur Epistola voce:   345
 Ignotum hoc aliis ille novavit opus.'

「それとも、書簡詩を落ち着いた声で朗読して見たまえ。詩はこれまで他の詩人たちが知らなかったこの作品を、新たに創始なさったのだ」と。

O ita, Phoebe, velis! ita vos, pia numina vatum,
 Insignis cornu Bacche, novemque deae!

おお、ポイボスよ、御心によりかくあらしめんことを。詩人たちの敬虔の魂よ、角ひいでたるバッコスと九柱の詩女神(ムーサ)よ、御身たちもかくあらしめたまえ。

Quis dubitet, quin scire velim saltare puellam,
 Ut moveat posito brachia jussa mero?   350

酒が出されて、命じられたら腕を動かせるよう、女は踊り方を心得ていて欲しいものだと 私が思ったとしても、別段怪しむには当たるまい。

Artifices lateris, scenae spectacula, amantur:
 Tantum mobilitas illa decoris habet.

舞台の上での呼び物である巧みに腰をくねらせる女は、贔屓されるものだ。その動きのしなやかさが大いに魅力的なのである。

Parva monere pudet, talorum dicere iactus
 Ut sciat, et vires, tessera missa, tuas:

取るに足らぬことを教え諭すのは気恥ずかしいが、賽の投げ方と自分の骰子(さいころ)が投じられた時のその働きをも心得ていてもらいたい。

Et modo tres iactet numeros, modo cogitet, apte   355
 Quam subeat partem callida, quamque vocet.

時には賽を三つ投げたり、時にはずるい手を使って、どこまで相手の側にもぐり込めるか、どの程度相手をそそのかして乗って来させるか、じっくりと考えることだ。

Cautaque non stulte latronum proelia ludat,
 Unus cum gemino calculus hoste perit,

「泥棒将棋」を指すにしても、慎重を期して 馬鹿な一手でへまをしないようにするがいい。一つの駒が敵方の二つの駒によって死ぬとか、

Bellatorque sua prensus sine compare bellat,
 Aemulus et coeptum saepe recurrit iter.   360

王将たる駒が女王の駒なしに戦って追い詰められたり、また敵の駒が進んできた道を退却し始める、というようなことがよくあるものだ。

Reticuloque pilae leves fundantur aperto,
 Nec, nisi quam tolles, ulla movenda pila est.

すべすべした玉を開いている網の中へ放り込み、自分が取り出す玉のほか一つも動かしてはいけない。

Est genus, in totidem tenui ratione redactum
 Scriptula, quot menses lubricus annus habet:

速やかにを移ろってゆく年の数(12)と同じ数だけ細やかに盤の上に線を引いた勝負事もある。

Parva tabella capit ternos utrimque lapillos,   365
 In qua vicisse est continuasse suos.

小さな板の両側に石が三つずつ置かれていて その石が続くように並べると勝ちというものもある。

Mille facesse jocos; turpe est nescire puellam
 Ludere: ludendo saepe paratur amor.

遊び事は数を尽くしてやるがいい。女が遊び事を知らないというのはみっともないことである。遊びの最中に愛が転がり込んでくるということがよくあるものだ。

Sed minimus labor est sapienter iactibus uti:
 Maius opus mores composuisse suos.   370

投げた賽を知恵を働かせて利用するのは労苦というほどのことはない。 それより大事なのは落ち着きを失わないことである。

Tum sumus incauti, studioque aperimur in ipso,
 Nudaque per lusus pectora nostra patent;

勝負事に臨むと我々は警戒心を失って夢中になるあまり、つい地が出てしまい、遊び事によって胸の内をさらけ出したりするものだ。

Ira subit, deforme malum, lucrique cupido,
 Jurgiaque et rixae sollicitusque dolor:

醜態というほかはないが、怒りが湧いてきたり、儲けてやろうとの欲が出たり、口論や喧嘩になったり、心乱れて悲しんだりするものだ。

Crimina dicuntur, resonat clamoribus aether,   375
 Invocat iratos et sibi quisque deos:

互いに相手の非を言いたて、その罵声で空気も振動する始末だ。誰もがわが身の為とて怒れる神々を呼び出すのである。

Nulla fides, tabulaeque novae per vota petuntur;
 Et lacrimis vidi saepe madere genas.

勝負事の卓は全く信用できないというわけだ。誓いの言葉となれば、とんでもないことまで口に出る。頬は涙で濡れているのも、私はよく目にしたものだ。

Juppiter a vobis tam turpia crimina pellat,
 In quibus est ulli cura placere viro.   380

男に気に入られたいと心にかけているお前たちは、かような醜態はジュピターに取り除いてもらうがよかろう。

Hos ignava jocos tribuit natura puellis;
 Materia ludunt uberiore viri.

女はその体質からして不活発なものだから、こういう遊び事をすることになっている。男の遊び事はもっと材料が豊かである。

Sunt illis celeresque pilae iaculumque trochique
 Armaque et in gyros ire coactus equus.

男たちのためには、速く転がる球や、投げ槍や、輪回しや、武具や、馬具や、馬場を駆け巡る馬といった遊びがある。

Nec vos Campus habet, nec vos gelidissima Virgo,   385
 Nec Tuscus placida devehit amnis aqua.

お前たちはカンプス(マルティウスの 運動場)に出ることもないし、「処女水道」も、流れの穏やかなトゥスクス川(テヴェレ川)の水も、お前たちを浮かべて流れることはない。

At licet et prodest Pompeias ire per umbras,
 Virginis aetheriis cum caput ardet equis;

だが乙女座の天上界の馬どもに頭をジリジリと焼かれる頃に、ポンペイウスの柱廊を歩いてもういいし、それはまた身のためになる。

Visite laurigero sacrata Palatia Phoebo:
 Ille Paraetonicas mersit in alta rates;   390

月桂樹の冠をかぶったポイボスの神域を訪れてみるといい。かのお方(アウグストス)がパラエトリウム(エジプト)の軍船を海中の藻屑としたのだ。

Quaeque soror coniunxque ducis monimenta pararunt,
 Navalique gener cinctus honore caput;

それと統領の姫君(オクタヴィア)が建て、また婦人(リウィア)が建てた記念物、海戦の栄誉として花冠を頭に頂いた婿君(アグリッパ)が建てた記念物をもだ。

Visite turicremas vaccae Memphitidos aras,
 Visite conspicuis terna theatra locis;

メンフィスの牝牛に捧げられた香りくゆり立つ祭壇をも訪れるがいいし、一段と目を引く場所に立っている三つの劇場も訪れてみたまえ。

Spectentur tepido maculosae sanguine harenae,   395
 Metaque ferventi circueunda rota.

生暖かい血で染まった闘技場の砂も、白熱した戦車の車輪が標柱をめぐって疾駆する様も 見に行くがいい。

Quod latet, ignotum est: ignoti nulla cupido:
 Fructus abest, facies cum bona teste caret.

隠れたままのものは知られないままである。知られないものを欲しがる者はいない。美貌もそれを見て認める人がいなければ益するところはない。

Tu licet et Thamyram superes et Amoebea cantu,
 Non erit ignotae gratia magna lyrae.   400

たとえお前が歌の道においてタミュリスやアモイベウスを凌ぐほどであっても、知られざる竪琴の音が人の心を喜ばせるということはなかろう。

Si Venerem Cous nusquam posuisset Apelles,
 Mersa sub aequoreis illa lateret aquis.

もしもコス島のアペレスがヴィーナスを描くということを全くしなかったら、かの女神は海水の下に沈んだまま姿を潜めていたことだろう。

Quid petitur sacris, nisi tantum fama, poetis?
 Hoc votum nostri summa laboris habet.

ひとえに名声を得ることのほかに聖なる詩人の求めるものがあろうか。われら(詩人) が 労苦の限りを尽くすのも、この念願あってのことである。

Cura deum fuerant olim regumque poetae:   405
 Praemiaque antiqui magna tulere chori.

そのかみ、詩人たちは神々や王侯に寵愛されていたものだ。往古の合唱隊は大きな報酬を得ていたし、

Sanctaque maiestas et erat venerabile nomen
 Vatibus, et largae saepe dabantur opes.

伶人(音楽家)たちには聖なる威厳と尊敬すべき名が認められていて、しばしば惜しみなく 富が与えられていたものである。

Ennius emeruit, Calabris in montibus ortus,
 Contiguus poni, Scipio magne, tibi.   410

カラブリアの山間の地の出であるエンニウスも、偉大なるスキピオよ、その詩才によって御身の傍らに葬られるまでになったのだ。

Nunc ederae sine honore iacent, operataque doctis
 Cura vigil Musis nomen inertis habet.

それが今では木蔦(きづた)の冠は名誉も得られず打ち捨てられ、学識豊かな詩のための夜を徹しての腐心さえもが、怠惰の名をもって呼ばれている始末だ。

Sed famae vigilare juvat: quis nosset Homerum,
 Ilias aeternum si latuisset opus?

とはいえ、名誉のためならば夜を徹するのもまた心楽しいことである。もしも不朽の作品であるイリアスが世に隠れていたならば、誰がホメロスを知るだろうか。

Quis Danaen nosset, si semper clusa fuisset,   415
 Inque sua turri perlatuisset anus?

もしも ダナエが閉じ込められたままで、彼女の塔の中にずっと隠れていて老婆の身となったならば、誰が彼女を知るだろうか。

Utilis est vobis, formosae, turba, puellae.
 Saepe vagos ultra limina ferte pedes.

美しい女たちよ、人々の群れがお前たちには益するところがあるのだ。敷居を踏み越えてしばしばあちこちぶらつくがいい。

Ad multas lupa tendit oves, praedetur ut unam,
 Et Jovis in multas devolat ales aves.   420

狼は多くの羊を狙いはするが獲物にするのは一匹だけだ。ジュピターの鳥(鷲)も鳥たちが群がるところへと飛びかかるではないか。

Se quoque det populo mulier speciosa videndam:
 Quem trahat, e multis forsitan unus erit.

美貌で目を引く女は人なかに出るがいい。大勢の中には惹きつけられてしまう男がおそらく一人はいるだろう。

Omnibus illa locis maneat studiosa placendi,
 Et curam tota mente decoris agat.

男の心をつかみたい女は、あらゆる場所に腰を据え、全身全霊を傾けて魅力的に見えるよう心がけねばならぬ。

Casus ubique valet; semper tibi pendeat hamus:   425
 Quo minime credas gurgite, piscis erit.

機会というものはどんな場所でも物を言うものだ。釣り針はとりあえず垂らしておくがいい。こんなところにまさかと思う淵にも魚はいるだろう。

Saepe canes frustra nemorosis montibus errant,
 Inque plagam nullo cervus agente venit.

森に覆われた山を猟犬どもが駆け回っても無駄だということもよくあるが、誰が駆り立てたわけでもないのに、鹿が網にかかることもあるものだ。

Quid minus Andromedae fuerat sperare revinctae,
 Quam lacrimas ulli posse placere suas?   430

縛り付けられたアンドロメダには涙を流して 誰かの心を捉えることのほかに、どんな望みがあったというのか。

Funere saepe viri vir quaeritur; ire solutis
 Crinibus et fletus non tenuisse decet.

夫の葬式の際に新たな夫が求められるということがよくあるものだ。髪を振り乱しこらえきれずに泣く姿が良く映るのだ。

Sed vitate viros cultum formamque professos,
 Quique suas ponunt in statione comas.

だが伊達男ぶりと美貌に得々としている男や 髪をきちんとなでつけているような男は避けることだ。

Quae vobis dicunt, dixerunt mille puellis:   435
 Errat et in nulla sede moratur amor.

こういう男がお前に向かって言う言葉は、もう千人にも言った言葉で、その愛ときたら移り気で、一つところにとどまることはないのだ。

Femina quid faciat, cum sit vir levior ipsa,
 Forsitan et plures possit habere viros?

男が女よりもなよなよしていて、ひょっとして女よりも多くの男を作るようなことがあるとすれば、女はどうすればいいのだ。

Vix mihi credetis, sed credite: Troia maneret,
 Praeceptis Priamo si foret usa satae.   440

私の言うことは信じてもらえそうもないが、信じてくれたまえ。プリアモス王の戒めに従っていたならば、トロイは昔のままだったかもしれないのだ。

Sunt qui mendaci specie grassentur amoris,
 Perque aditus talis lucra pudenda petant.

うわべは愛を装ってすり寄り、そんな近づき方をして恥ずべき儲けを企む輩もいる。

Nec coma vos fallat liquido nitidissima nardo,
 Nec brevis in rugas lingula pressa suas:

甘松の香油でてかてか光らせた髪だの、皺ができるほど固くしめつけた靴の革紐だのに、お前たちは騙されてはいけない。

Nec toga decipiat filo tenuissima, nec si   445
 Anulus in digitis alter et alter erit.

非常に織のこまかいトーガや、指の一本一本にはめている指輪などにも騙されてはいけない。

Forsitan ex horum numero cultissimus ille
 Fur sit, et uratur vestis amore tuae.

ひょっとしてこの類の輩のうち一番の伊達男が泥棒で、お前の着物欲しさに身を焦がしているかもしれないのだ。

'Redde meum!' clamant spoliatae saepe puellae,
 'Redde meum!' toto voce boante foro.   450

「私のを返して」と衣装を剥ぎ取られた女たちがしばしば叫んでいるではないか。「私のを返して」と叫ぶ声がフォーラムいっぱいに 轟き渡ったりする。

Has, Venus, e templis multo radiantibus auro
 Lenta vides lites Appiadesque tuae.

こうした争いをヴィーナスよ、御身はふんだんに黄金で飾られて燦然たる神殿の中から、乗り気のしない様子でご覧になっている。その傍らのアッピアスたちの像もそれは同じだ。

Sunt quoque non dubia quaedam mala nomina fama:
 Deceptae multi crimen amantis habent.

さらには隠れもなき悪名を馳せている男どももいるが、騙された女たちもそんな輩の愛人だったということで、多くの人から罪ありとされたりもする。

Discite ab alterius vestras timuisse querellis;   455
 Ianua fallaci ne sit aperta viro.

他の女が嘆く姿を見て、自分のために恐れることを学びたまえ。騙しにかかるような男には扉を開けたりしてはおいてはならぬ。

Parcite, Cecropides, juranti credere Theseo:
 Quos faciet testes, fecit et ante, deos.

ケクロプスの末裔たるアテナイの女たちよ テセウスが誓いを立てても信用するのはやめておくがいい。彼が証人に立てたる神々は、以前にも同じことをした神々なのだから。

Et tibi, Demophoon, Thesei criminis heres,
 Phyllide decepta nulla relicta fides.   460

テセウスの罪を引き継いだデモポンよ、ピュリスを騙したからには、御身を信頼するいわれも全くない。

Si bene promittent, totidem promittite verbis:
 Si dederint, et vos gaudia pacta date.

男たちがうまいことを言って約束したならば 、お前たちも同じだけ口数を揃えて約束するがいい。男たちが約束を果たしたら、お前たちも約束した喜びを与えてやればいい。

Illa potest vigiles flammas extinguere Vestae,
 Et rapere e templis, Inachi, sacra tuis,

昼夜を問わず燃え続けているウェスタ神殿の火を消してしまうことも、イナコスの娘(イオ)よ、御身の神殿から宝物を強奪することも、

Et dare mixta viro tritis aconita cicutis,   465
 Accepto venerem munere siqua negat.

すりつぶした毒人参にトリカブトを混ぜて男に飲ませることもやってのけるだろう、誰にもせよ、贈り物だけは受け取っておきながら愛の交わりをするのは断るというような女は。

Fert animus propius consistere: supprime habenas,
 Musa, nec admissis excutiare rotis.

もっと本題に近いところに立つようにとは、わが心の促すところだ。ムーサよ、手綱を引き締めたまえ。全速力で疾走する戦車から放り出されるようになさるがよい。

Verba vadum temptent abiegnis scripta tabellis:
 Accipiat missas apta ministra notas.   470

樅の木の書き板に書かれた言葉に瀬踏みをさせるのがよかろう。手紙が送られてきたら、その役目にふさわしい小間使いに受け取らせるのだ。

Inspice: quodque leges, ex ipsis collige verbis,
 Fingat, an ex animo sollicitusque roget.

どんな文を読むにしても、とくと見極め、言葉そのものから、相手の真意が見せかけのものか、それとも心の底から悩み抜いて愛を求めているのかを読み取るのだ。

Postque brevem rescribe moram: mora semper amantes
 Incitat, exiguum si modo tempus habet.

しばらくたってから返事を書いたらいい。焦らされるといつも恋人は気を揉むものだ。ただそれもほんのちょっとの間にしておくことだ。

Sed neque te facilem juveni promitte roganti,   475
 Nec tamen e duro quod petit ille nega.

若い男に強く迫られても、たやすく体を許すようなことを言ってはいけない。と言っても、男が強く求めるものを、にべもなく拒んだりしてもいけない。

Fac timeat speretque simul, quotiensque remittes,
 Spesque magis veniat certa minorque metus.

男に不安と希望を同時に抱かせるように仕向け、返書を出すたびごとに希望が不安を上回って確実なものとなるようにするといい。

Munda, sed e medio consuetaque verba, puellae,
 Scribite: sermonis publica forma placet;   480

女たちよ、優美な、だが普通一般に使われている言葉を書くことだ。ごく普通の話し言葉が歓迎されるものなのだ。

A! quotiens dubius scriptis exarsit amator,
 Et nocuit formae barbara lingua bonae!

ああ、恋に不安を抱く男が手紙をもらって身を焦がす例も、野蛮な言葉遣いが美しい容姿損ってしまった例も何と数あることか。

Sed quoniam, quamvis vittae careatis honore,
 Est vobis vestros fallere cura viros,

しかしながら髪紐を巻くという名誉ある地位は持たないにせよ、旦那に隠れて不貞を働いてみたいとの願いを胸に抱いているからには、

Ancillae puerique manu perarate tabellas,   485
 Pignora nec juveni credite vestra novo.

小間使いや奴隷の不器用な筆付きで手紙を書かせ、心の証となるものを不慣れな奴隷に託するようなことはしてはならぬ。

Perfidus ille quidem, qui talia pignora servat,   489
 Sed tamen Aetnaei fulminis instar habent.

そんな心の証を後生大事に取っておくような男は信が置けない男だが、とはいうもののやはりゼウスが持つアエトナ山の雷霆(らいてい稲妻)のようなものを手中にしてはいるのだ。

Vidi ego pallentes isto terrore puellas   487
 Servitium miseras tempus in omne pati.

女たちが哀れにもそんな恐怖に青ざめて、いつまでも男の意のままにされているのを、この私は目にしたことがある。

Judice me fraus est concessa repellere fraudem,   491
 Armaque in armatos sumere jura sinunt.

私に言わせれば、騙しにかかってくる手会いには、騙しで反撃することが許される。武器 を帯びたものに対して武器を取ることは法も 認めているところだ。

Ducere consuescat multas manus una figuras,
 (A! pereant, per quos ista monenda mihi)

手は一つでも、多くの筆跡をこなせるようにならしておくがいい。ああ、そいつらのおかげで私がこんなことまで忠告しなくてはならない仕儀となった男どもはくたばるがいい。

Nec nisi deletis tutum rescribere ceris,   495
 Ne teneat geminas una tabella manus.

返書を書くには書き板の蝋をきれいに消しておいてからでないと安全ではない。一枚の書き板に二つの筆跡が見られるということのないようにすることだ。

Femina dicatur scribenti semper amator:
 Illa sit in vestris, qui fuit ille, notis.

愛する男に手紙を書くときには、必ず女の名前で呼ぶようにするのがいい。「あの方」だった人を手紙の中では「あの女」ということにしておくことだ。

Si licet a parvis animum ad maiora referre,
 Plenaque curvato pandere vela sinu,   500

小さなことからより大きなことへと心を向け 、波立つ海面に帆をいっぱいに張ることが許されるならば、

Pertinet ad faciem rabidos compescere mores:
 Candida pax homines, trux decet ira feras.

怒りに沸き立つ気性を抑えることが、美貌の女性には肝要なことである。晴れやかな平和こそが人間には相応しいもので、猛々しい怒りは野獣の性である。

Ora tument ira: nigrescunt sanguine venae:
 Lumina Gorgoneo saevius igne micant.

怒ると顔は膨れ上がり、血管も血で黒ずみ、目はゴルゴンの目に燃える火よりも残忍にギラギラ光る。

'I procul hinc,' dixit 'non es mihi, tibia, tanti,'   505
 Ut vidit vultus Pallas in amne suos.

「笛よ、ここから立ち去ってしまえ。持っている値打ちもないものめ」と小川に映った自分の歪んだ顔を見るなりパラス(アテナ)は仰せられたものだ。

Vos quoque si media speculum spectetis in ira,
 Cognoscat faciem vix satis ulla suam.

お前たちとて怒り狂っている最中に鏡で自分の顔を見たら、それが自分の顔だとわかるものは一人とてあるまい。

Nec minus in vultu damnosa superbia vestro:
 Comibus est oculis alliciendus amor.   510

高慢もまたこれに劣らず顔つきを損なうものである。男の愛は愛想のいい眼差しで育むべきものだ。

Odimus immodicos (experto credite) fastus:
 Saepe tacens odii semina vultus habet.

度の過ぎたうぬぼれは—わけ知りの言うことを信じるがいい—私の嫌うところだ。黙りこくった顔が憎しみを生む種になることもしばしばである。

Spectantem specta, ridenti mollia ride:
 Innuet, acceptas tu quoque redde notas.

見つめられたら見つめ返し、笑いかけられたら優しく笑いを返すがいい。男が頷いたら分かった印の合図をするのだ。

Sic ubi prolusit, rudibus puer ille relictis   515
 Spicula de pharetra promit acuta sua.

こんな具合に序幕を演じ終わると、かの少年(アモル)は木刀を捨ておいて、自分の背負う箙(えびら)から鋭い矢を抜き出すのである。

Odimus et maestas: Tecmessam diligat Aiax;
 Nos hilarem populum femina laeta capit.

しめっぽい顔をした女たちも私の嫌うところだ。アイアスはテクメッサを愛していたらよかろう。快活の民である我々は陽気な女に心惹かれるのだ。

Numquam ego te, Andromache, nec te, Tecmessa, rogarem,
 Ut mea de vobis altera amica foret.   520

この私が、アンドロマケよ、お前に、テクメッサよ、またお前にも、二人のうちのどちらにも恋人になってくれと頼み込むようなことは絶えてなかろう。

Credere vix videor, cum cogar credere partu,
 Vos ego cum vestris concubuisse viris.

子供を産んでいるからには嫌でも信じろと言われても、お前たちが夫と寝たことがあるなどとは私にはとても信じられそうにもない。

Scilicet Aiaci mulier maestissima dixit
 'Lux mea' quaeque solent verba juvare viros?

そういうわけで、陰気なことこの上ない女が アイアスに「私のいとしい方」だの、世の男を喜ばせるのによく使われている言葉を吐いたのだろうか。

Quis vetat a magnis ad res exempla minores   525
 Sumere, nec nomen pertimuisse ducis?

小さなことから大きなことの例を引いたり、指揮官の名を聞いて恐れおののいたりしてはならぬ、などという者はなかろう。

Dux bonus huic centum commisit vite regendos,
 Huic equites, illi signa tuenda dedit:

良き指揮官は、ある者には葡萄の枝を振って百人を指揮させ、またある者には軍旗を守る任務を与える。

Vos quoque, de nobis quem quisque erit aptus ad usum,
 Inspicite, et certo ponite quemque loco.   530

お前たちも、我々男のうち誰がどんな任に適しているかをしかと見届け、それぞれをこれぞという部署に配置したまえ。

Munera det dives: jus qui profitebitur, assit:
 Facundus causam saepe clientis agat:

金持ちには贈り物をさせるのがいいし、 法律に詳しい男には弁護の役をさせ、弁の立つ男には庇護している子分の訴訟事に幾度となく関わらせるがいい。

Carmina qui facimus, mittamus carmina tantum:
 Hic chorus ante alios aptus amare sumus.

詩を作っている我々はただ詩だけを贈っておくとしよう。詩人というこの我々の一団は愛することにかけては他の誰よりもふさわしい者たちである。

Nos facimus placitae late praeconia formae:   535
 Nomen habet Nemesis, Cynthia nomen habet:

我々こそが心に適う美貌の女性たちの名を天下に広く称え伝えるのである。(ティブルスの恋人)ネメシスは名を知られ、(プロペルティウスの恋人)キュンティアも名を知られ、

Vesper et Eoae novere Lycorida terrae:
 Et multi, quae sit nostra Corinna, rogant.

西方の地も東方の地も(ガルルスの恋人)リュコリスを知っている。私の歌のコリンナとは 誰のことかと聞く人も多い。

Adde, quod insidiae sacris a vatibus absunt,
 Et facit ad mores ars quoque nostra suos.   540

加えて聖なる伶人たちは奸策を弄する心なく、我々のものなる技芸も品性も涵養するのだ。

Nec nos ambitio, nec amor nos tangit habendi:
 Contempto colitur lectus et umbra foro.

われらは野心を燃やすこともなく所有欲もなくフォーラムを低く見て、臥所と緑陰に心を 養うものである。

Sed facile haeremus, validoque perurimur aestu,
 Et nimium certa scimus amare fide.

ではあるが、我々もいともたやすく恋着し、激しい恋情に身を焼き尽くし、過度なまでに誠実に愛することを知っている。

Scilicet ingenium placida mollitur ab arte,   545
 Et studio mores convenienter eunt.

疑いもなく天性の質もこの穏やかな技芸によって温和なものとなり、品性はまたこの道(詩)に身を入れるにふさわしいものとなりもて行くのである。

Vatibus Aoniis faciles estote, puellae:
 Numen inest illis, Pieridesque favent.

女たちよ、アオニア(ボイオティア)の伶人たちには愛想よくしたまえ。彼らは神意を宿すものであり、ピエリアのムーサたちもこれを嘉しておられるのだから、

Est deus in nobis, et sunt commercia caeli:
 Sedibus aetheriis spiritus ille venit.   550

われら詩人のうちには神がましまして、天上界との交感がある。天上界の高御座から霊感が天下ってくるのだ。

A doctis pretium scelus est sperare poetis;
 Me miserum! scelus hoc nulla puella timet.

学識ある詩人たちから金品を得ようと望むのは罪深いことである。悲しいかな、この罪深い所業を恐れる女が一人もいないとは。

Dissimulate tamen, nec prima fronte rapaces
 Este: novus viso casse resistet amans.

とはいえ、お前たちは本心を隠して男からむしり取ってやろうというような気持ちを顔に出してはならない。愛の道に初心(うぶ)な男は網を目にすると近づこうとはしないだろう。

Sed neque vector equum, qui nuper sensit habenas,   555
 Comparibus frenis artificemque reget,

だが馬に乗る者は手綱を知ったばかりの馬と老練な馬とを同じ手綱さばきで御するようなことはしないものだ。

Nec stabiles animos annis viridemque juventam
 Ut capias, idem limes agendus erit.

お前にしても、落ち着き払った熟年の男と うら若い青年の心を捉えるのに同じ手管によるべきではない。

Hic rudis et castris nunc primum notus Amoris,
 Qui tetigit thalamos praeda novella tuos,   560

後者のように、まだ初心で愛の陣営に初めて馳せ参じた者、新しくかかった獲物としてお前の寝室に迷い込んだ者には、女と言えばお前しか知らぬようにし

Te solam norit, tibi semper inhaereat uni:
 Cingenda est altis saepibus ista seges.

お前にだけ恋着させ、そういう畑は高い垣根で囲い込まれはならぬ。

Effuge rivalem: vinces, dum sola tenebis;
 Non bene cum sociis regna Venusque manent.

恋敵は遠ざけておくことだ。男を独り占めしている限りお前が勝つだろう。仲間がいても王権も愛もいつまでも安泰というわけにはいかないものだ。

Ille vetus miles sensim et sapienter amabit,   565
 Multaque tironi non patienda feret:

先にあげた歴戦の戦士だと、じっくりと分別のある愛を仕掛けてきて、新参者には耐えられないような多くのことも耐え忍ぶだろう。

Nec franget postes, nec saevis ignibus uret,
 Nec dominae teneras adpetet ungue genas,

戸口をうち壊すようなこともないし、情炎に身を焼いたりもしないだろう。愛する女の柔らかな頬に爪を立てることもなく、

Nec scindet tunicasve suas tunicasve puellae,
 Nec raptus flendi causa capillus erit.   570

自分の下着や女の下着を引き裂くこともなく、髪を引きむしって女を泣かすこともないだろう(二巻169以下参照)。

Ista decent pueros aetate et amore calentes;
 Hic fera composita vulnera mente feret.

さようなことは恋心に燃え上がった年若い者がすることで、歴戦の兵士は胸裂く痛みをも落ち着いて耐えるものである。

Ignibus heu lentis uretur, ut umida faena,
 Ut modo montanis silva recisa jugis.

この者も、ああ、湿った干し草のように山から切り出したばかりの木のようにじわじわと弱火で身を焼かれるのだ。

Certior hic amor est: brevis et fecundior ille;   575
 Quae fugiunt, celeri carpite poma manu.

こういう愛の方が信用できる。前者のような愛は束の間のものだが豊かでもある。たちどころに手許から失せてしまう果実は素早く手を伸ばして掴み取るがいい。

Omnia tradantur: portas reseravimus hosti;
 Et sit in infida proditione fides.

手の内をそっくり明かしてしまうとしよう。敵に城門を開いてしまったからには、不実の裏切りに遭っても、こちら側は誠意を尽くすことにしたいものだ。

Quod datur ex facili, longum male nutrit amorem:
 Miscenda est laetis rara repulsa jocis.   580

あっさり体を許してしまうと、長続きする愛が育まれにくいものだ。楽しいお遊びに交えて、たまにはピシャリと撥ねつけねばならない。

Ante fores iaceat, 'crudelis ianua!' dicat,
 Multaque summisse, multa minanter agat.

男を戸口の前で寝かせ、「無情な扉だ」との言葉を吐かせるのがいい。大いに辞を低くさせ、大いに脅しにかかるような態度を取らせればいい。

Dulcia non ferimus: suco renovemur amaro;
 Saepe perit ventis obruta cumba suis;

我々は甘ったるいものには我慢がならない。苦い汁を飲んで気分を一新しようではないか。船にしても順風を食らって沈没することがよくあるものだ。

Hoc est, uxores quod non patiatur amari:   585
 Conveniunt illas, cum voluere, viri;

妻たるものが愛されなくなるということがあるのはまさにこれだ。しかし、夫はしたくなったら妻のもとに行くだろう。

Adde forem, et duro dicat tibi ianitor ore
 'Non potes,' exclusum te quoque tanget amor.

そこで、戸を立てて締め出し、門番に容赦なく「入れませんよ」と言わせたらいい。締め出しをくらえば、夫よ、君にも恋しい気持ちが募るだろう。

Ponite jam gladios hebetes: pugnetur acutis;
 Nec dubito, telis quin petar ipse meis.   590

なまくら刀は打ち捨てて、真剣で戦うのだ。(私にしても間違いなく自分が授けた武器で狙われることになろう)。

Dum cadit in laqueos captus quoque nuper amator,
 Solum se thalamos speret habere tuos.

捕まえたばかりの愛を求める男が罠に嵌り込んでいるうちに、お前の寝室を思いのままにできるのは自分だけだろうと信じさせるがいい。

Postmodo rivalem partitaque foedera lecti
 Sentiat: has artes tolle, senescet amor.

恋敵がいることや、臥所を分かつ約束が他の男ともできていることなどは、後になって感づかせるのだ。こういう手立てを駆使しないでいると、愛もまた老いさらばえてしまうものだ。

Tum bene fortis equus reserato carcere currit,   595
 Cum quos praetereat quosque sequatur habet.

悍馬も追い抜いたり後を追ったりする馬がいる時には、出発前の囲いを外すと勢いよく走り出すものだ。

Quamlibet extinctos injuria suscitat ignes:
 En, ego (confiteor!) non nisi laesus amo.

消えてしまった恋の炎も、無茶な仕打ちに遭うとまた燃え上がるではないか。ほれ、白状するが、この私にしてからが痛い目に遭わないと愛する気が起きない。

Causa tamen nimium non sit manifesta doloris,
 Pluraque sollicitus, quam sciet, esse putet.   600

とはいうものの、男を悲しませる原因をあまりあからさまにしてはいけない。男に彼が知っている以上のことがあるのだと思い込ませて気を揉ませるだけでいい。

Incitat et ficti tristis custodia servi,
 Et nimium duri cura molesta viri.

奴隷にひどく用心深い態度を装わせたり、あまりに厳格な旦那が心配してうるさいのと言ったりすれば、男の恋の炎を煽り立てるだろう。

Quae venit ex tuto, minus est accepta voluptas:
 Ut sis liberior Thaide, finge metus.

安全に得られる快楽というものは、得られたところでそれだけ楽しみが少ない。たとえお前が遊女タイスよりも自由な身であっても、(夫にばれないかと)心配しているふうを装うがいい。

Cum melius foribus possis, admitte fenestra,   605
 Inque tuo vultu signa timentis habe.

戸口から楽々入れるような場合でも、窓から忍び込ませるといいし、お前の顔に不安な表情を浮かべるのもいい。

Callida prosiliat dicatque ancilla 'perimus!'
 Tu juvenem trepidum quolibet abde loco.

機転の利く小間使いにあたふたと駆け込ませて、「(旦那がお帰りです)もう駄目ですわ」などと言わせ、泡を食った若者をどこへでもいいから隠してやるのもいい。

Admiscenda tamen venus est secura timori,
 Ne tanti noctes non putet esse tuas.   610

しかしながら、不安なだけでなくたまには気をもまずに共寝することも必要だ。お前と過ごす夜は危険を冒すほどの価値がないと思われてはいけないからである。

Qua vafer eludi possit ratione maritus,
 Quaque vigil custos, praeteriturus eram.

どんな知恵を働かせて抜け目ない亭主を、また寝もやらずに見張っている奴めの目を盗むことができるかということは、言わないでおくところであった。

Nupta virum timeat: rata sit custodia nuptae;
 Hoc decet, hoc leges duxque pudorque jubent.

亭主持ちの女は亭主を恐れるがいいし、しかと監視しておくべきは亭主持ちの女だ。これは当然そうあるべきで法も統領も廉恥心もこのように命じているのだ。

Te quoque servari, modo quam vindicta redemit,   615
 Quis ferat? Ut fallas, ad mea sacra veni!

法務官の権杖によって自由の身になったばかりの解放奴隷のお前までもが監視のもとに置かれるとあっては、誰が我慢できようか。旦那を裏切るつもりがあるなら、私の儀式に参ずるが良かろう。

Tot licet observent (assit modo certa voluntas),
 Quot fuerant Argo lumina, verba dabis.

アルゴスが持っていたのと同じほどの目が見張っていたとしても、やってのけようという意志さえしっかりあれば裏をかくことはできよう。

Scilicet obstabit custos, ne scribere possis,
 Sumendae detur cum tibi tempus aquae?   620

まったくのところ、入浴する時間がお前に与えられさえするならば、見張り番とて、お前に手紙を書かせぬようにと、邪魔だてできようか。

Conscia cum possit scriptas portare tabellas,
 Quas tegat in tepido fascia lata sinu?

お前と示し合わせている小間使いが、書き終えた手紙を生温かい懐に入れ、幅広の帯でそれを押さえて持ち出すこともできるとしたら、

Cum possit sura chartas celare ligatas,
 Et vincto blandas sub pede ferre notas?

ふくらはぎに紙辺をくくりつけて隠すことができるとしたら、また、甘い言葉を連ねた手紙を足の裏に貼り付けて運べるとしたらどうだろう。

Caverit haec custos, pro charta conscia tergum   625
 Praebeat, inque suo corpore verba ferat.

こんなことにまで見張番の用心が及んだとしよう。それなら紙の代わりに腹心の小間使いに背中を貸せと言って、その体に書き込んだ言葉を持って行かせるがよかろう。

Tuta quoque est fallitque oculos e lacte recenti
 Littera: carbonis pulvere tange, leges.

新鮮な牛乳で書いた手紙も安全だし目を欺ける。粉にした炭をふってみるといい。ちゃんと読めるものだ。

Fallet et umiduli quae fiet acumine lini,
 Ut ferat occultas pura tabella notas.   630

湿り気を帯びた麻の茎を尖らせて書いたものも目を欺けるし、何も書かれていない書き板でも隠された合図は伝えられよう。

Affuit Acrisio servandae cura puellae:
 Hunc tamen illa suo crimine fecit avum.

アクリシオスは娘(ダナエ)に男を近づけまいと気を配ったが、娘は自分で罪を犯して彼を祖父(孫を産んで)にしてしまったではないか。

Quid faciat custos, cum sint tot in urbe theatra,
 Cum spectet junctos illa libenter equos,

ローマの都にはこれほどにも多くの劇場がある以上は、見張り番に何ができるというのだ。女が戦車に繋がれた馬を見物するのを喜び、

Cum sedeat Phariae sistris operata juvencae,   635
 Quoque sui comites ire vetantur, eat,

シストルムという楽器を打ち振って行われるパロス(エジプト)の牡牛の祭儀(イシス)に詣でると言うからには、また男がそこへ入り込むことが禁じられているところのボナ・デアの神殿へ行くと言うからには、

Cum fuget a templis oculos Bona Diva virorum,
 Praeterquam siquos illa venire jubet?

ボナ・デアはそこへ入り来たれと命じたもう男以外の目に触れることを避けておられる。

Cum, custode foris tunicas servante puellae,
 Celent furtivos balnea multa jocos,   640

見張り番が外で女のトゥニカの番をしていようが、あまたある浴場が密かな楽しみにふけるのを隠してくれるからには、

Cum, quotiens opus est, fallax aegrotet amica,
 Et cedat lecto quamlibet aegra suo,

それに、必要とあらばいつでも女友達を病人に仕立て上げ、彼女がどれほど重病だろうともその寝台を空けさせることができるからには、

Nomine cum doceat, quid agamus, adultera clavis,
 Quasque petas non det ianua sola vias?

また合鍵はその名(adultera clavis)の起こりからして、我々がどうしたらいいのか教えてくれているし、忍び込もうと思っている通路へは、戸口だけから通じているわけではないからには、

Fallitur et multo custodis cura Lyaeo,   645
 Illa vel Hispano lecta sit uva jugo;

見張り番の用心などは、たらふく酒を飲ませれば容易にごまかせるし、ヒスパニアの山の背で採れた葡萄のものでいいのだ。

Sunt quoque, quae faciant altos medicamina somnos,
 Victaque Lethaea lumina nocte premant;

そのほかにも、人を深い眠りに陥らせ忘却の川のような闇で目を覆ってしまう薬だってある。

Nec male deliciis odiosum conscia tardis
 Detinet, et longa jungitur ipsa mora.   650

虫の好かない見張り番を相手に腹心の小間使いをぐずぐずといちゃつかせて引き止め、その男に長いこと張り付けておく、というのも悪くない手である。

Quid juvat ambages praeceptaque parva movere,
 Cum minimo custos munere possit emi?

見張り番などというものは、ほんの心ばかりの贈り物で丸め込めるのだから、いちいち細かいことまで教え諭して道草を食わせても仕方あるまい。

Munera, crede mihi, capiunt hominesque deosque:
 Placatur donis Juppiter ipse datis.

信じてもらいたいが、贈り物は人間をも神々をもとらえるものなのだ。ジュピター御自らして、贈り物を捧げらると怒りを鎮められるではないか。

Quid sapiens faciet, stultus cum munere gaudet?   655
 Ipse quoque accepto munere mutus erit.

愚か者は贈り物をもらうとすぐ喜ぶものだが、賢者たちならどうするだろう。賢者たちでさえ贈り物もらえば、口をつぐむものである。

Sed semel est custos longum redimendus in aevum:
 Saepe dabit, dederit quas semel ille manus.

しかし番人という奴は、一度買収したら長いことその鼻薬の効能をもたせねばならぬ。こういう輩は一度手を差し出したら何度でも差し出すだろうから。

Questus eram, memini, metuendos esse sodales:
 Non tangit solos ista querella viros.   660

覚えているが、私は先にも、親しい友人をも恐れねばならないとこぼしたものだった。あの慨嘆はただ男の場合に 限ったことではないのだ。

Credula si fueris, aliae tua gaudia carpent,
 Et lepus hic aliis exagitatus erit.

お前がお人好しだったりすると、他の女たちがお前の喜びとしているものをかっさらってしまい、この兎は他の女たちに狩られ仕留められてしまうだろう。

Haec quoque, quae praebet lectum studiosa locumque
 Crede mihi, mecum non semel illa fuit.

寝台と部屋をいそいそとお前に提供してくれるような女友達もが、私の言うことを信じてもらいたいが、この私と一再ならず臥所を共にしたことがあるのだ。

Nec nimium vobis formosa ancilla ministret:   665
 Saepe vicem dominae praebuit illa mihi.

美人すぎる小間使いに奉仕させたりもしないことだ。そういう女が私のために主人に代わってその役を務めてくれたこともよくあったものだ。

Quo feror insanus? quid aperto pectore in hostem
 Mittor, et indicio prodor ab ipse meo?

頭でもおかしくなったのか。どこまでこんな調子で続けようというのだ。なんだって胸襟を開いて敵の懐に飛び込み、自分をそれと指し示して敵の手に落ちようとするのか。

Non avis aucupibus monstrat, qua parte petatur:
 Non docet infestos currere cerva canes.   670

鳥だって鳥刺しにどのあたりから狙ったらいいか見せつけるようなことはしないし、鹿だって厄介な猟犬に走ることを教えたりはしないものだ。

Viderit utilitas: ego coepta fideliter edam:
 Lemniasin gladios in mea fata dabo.

私の利害なんかはどうでもいい。私としては始めてしまったことを忠実にやり抜くだけだ。私は自分の命を絶たれるために、レムノス島の女たちにも剣を与えることにしよう。

Efficite (et facile est), ut nos credamus amari:
 Prona venit cupidis in sua vota fides.

我々男たちが愛されているのだと思い込むようにしたまえ—たやすいことではないか—念願成就に逸(はや)り立っている者たちは、あっさりと信じがちなものだ。

Spectet amabilius juvenem, suspiret ab imo   675
 Femina, tam sero cur veniatque roget:

女はもっと愛らしい眼差しで若者を見つめ、胸の奥底からため息を漏らし、どうして来るのがこんなに遅れたの、などと聞くがいい。

Accedant lacrimae, dolor et de paelice fictus,
 Et laniet digitis illius ora suis:

それだけでなく涙も流し、「他に好きな女の人ができたのね」と怒って見せるのもよし、男の顔に爪を立てるのもいい。

Iamdudum persuasus erit; miserebitur ultro,
 Et dicet 'cura carpitur ista mei.'   680

たちどころに男は信じ込んで、向こうの方からかわいそうにという気持ちを見せて、「この女は俺にぞっこんだ」などと言うことだろう。

Praecipue si cultus erit speculoque placebit,
 Posse suo tangi credet amore deas.

とりわけ男が粋な奴で鏡を覗き込んで悦に入っているような男だと、女神たちでも自分への恋に胸を焦がすかもしれないと思い込みかねない。

Sed te, quaecumque est, moderate injuria turbet,
 Nec sis audita paelice mentis inops.

しかしながら、なんであれひどい仕打ちを受けても、騒ぎ立てるのは控えめにしておくことだ。恋敵のことを聞かされても気落ちしてはいけない。

Nec cito credideris: quantum cito credere laedat,   685
 Exemplum vobis non leve Procris erit.

慌てて思い込んだりもしないことだ。慌てて思い込んだりすることがどれほど事を損なうかは、プロクリスがお前たちの身には、軽からぬ意味を持つ先例となるだろう。

Est prope purpureos colles florentis Hymetti
 Fons sacer et viridi caespite mollis humus:

花咲き乱れるヒュメットス山の深紅の岡に程近いところに、緑の芝生の生えた柔らかな大地がある。

Silva nemus non alta facit; tegit arbutus herbam,
 Ros maris et lauri nigraque myrtus olent:   690

高くない木々が森をなしていて、山桃が草地を覆い、マンネンロウや月桂樹やかぐろいミルテがかおっている。

Nec densum foliis buxum fragilesque myricae,
 Nec tenues cytisi cultaque pinus abest.

葉の茂った黄楊(つげ)も繊細な御柳も、ほっそりしたウマゴヤシも、手をかけて育てた松もないわけではない。

Lenibus impulsae zephyris auraque salubri
 Tot generum frondes herbaque summa tremit.

穏やかな西風と体を健やかにするそよ風に吹かれて、こんなにも色々な種類の木の葉と草の葉先がそよいでいるのだ。

Grata quies Cephalo: famulis canibusque relictis   695
 Lassus in hac juvenis saepe resedit humo,

ここはケパロスには嬉しい憩いの場であった。疲れを覚えると、この若者は奴隷たちや猟犬どもを残しおいてこの地に来て憩うのだった。

'Quae' que 'meos releves aestus,' cantare solebat
 'Accipienda sinu, mobilis aura, veni.'

「俺のこの暑さをやわらげてくれるそよ風(アウラ)よ」—と彼はいつも歌うのだった—「浮気なそよ風よ、俺の胸に抱き取ってやろう。さあこい」

Conjugis ad timidas aliquis male sedulus aures
 Auditos memori detulit ore sonos;   700

あるおせっかいな男がこの歌を聴き覚え、物におびえやすい彼の妻(プロクリス)の耳にそれを喋って伝えてしまった。

Procris ut accepit nomen, quasi paelicis, Aurae,
 Excidit, et subito muta dolore fuit;

プロクリスは「そよ風(アウラ)」という名を恋敵の女のように受け取って、倒れこむと突然襲ってきた悲嘆のあまり口も聞けなくなってしまった。

Palluit, ut serae lectis de vite racemis
 Pallescunt frondes, quas nova laesit hiemps,

さっと青ざめたが、その様と言ったら葡萄を摘み取った後の遅れ葉が、初冬の厳しさに痛めつけられて青ざめるのにも、

Quaeque suos curvant matura cydonia ramos,   705
 Cornaque adhuc nostris non satis apta cibis.

さてはまた、熟れきって枝をたわめているキュドニアのマルメロか、まだ我々が食するほどにまで熟れていない山茱萸(さんしゅゆ)にも似ていた。

Ut rediit animus, tenues a pectore vestes
 Rumpit, et indignas sauciat ungue genas;

われに返ると胸から薄い着物を引き裂いて、何の咎もない頬をかきむしって傷つけた。

Nec mora, per medias passis furibunda capillis
 Evolat, ut thyrso concita Baccha, vias.   710

たちまちに、バッコスの神杖に打たれて激しく興奮した信女のように、怒りに胸をたぎらせ、髪振り乱して、通りを 一目散に駆け抜けて行った。

Ut prope perventum, comites in valle relinquit,
 Ipsa nemus tacito clam pede fortis init.

例の場所の近くまでやってくると、仲間の者たちをその場に残して足音を忍ばせながら、勇を鼓して一人森の中へと 入って行った。

Quid tibi mentis erat, cum sic male sana lateres,
 Procri? quis attoniti pectoris ardor erat?

プロクリスよ、こんなにも狂奔して身を潜めていた時のお前の心はどんなだったのだ。茫然としたその胸中に燃えていた思いはどんなだったのだろう。

Iam jam venturam, quaecumque erat Aura, putabas   715
 Scilicet, atque oculis probra videnda tuis.

アウラ(そよ風)がどんな女であるにせよ、もうすぐにやってくる。その目で恥知らずな行為をしかと見届けねば、とお前は考えたのだ。

Nunc venisse piget (neque enim deprendere velles),
 Nunc juvat: incertus pectora versat amor.

やってきたことを悔やむかと思えば—現場を押さえたくはなかったからだが—これでいいのだと思ったりもした。それと確かめたい愛が、彼女の胸を千々にかき乱すのだ。

Credere quae jubeant, locus est et nomen et index,
 Et quia mens semper quod timet, esse putat.   720

場所も名前も見て告げた男もいるからには、信じるだけの証拠はある。それにまた、人の心というものは案じていることが本当にあるのだと思うのが常だからである。

Vidit ut oppressa vestigia corporis herba,
 Pulsantur trepidi corde micante sinus.

草が押しつぶされて人の体の跡があるのを目にすると、心臓の鼓動は高まり、胸は不安に打ち震えた。

Iamque dies medius tenues contraxerat umbras,
 Inque pari spatio vesper et ortus erant:

すでに日は正午となって物の影も短くなり、宵と日の出との間隔は等しくなっていた。

Ecce, redit Cephalus silvis, Cyllenia proles,   725
 Oraque fontana fervida pulsat aqua.

すると見よ、キュレネの神(メルクリウス)の子のケパロスが帰ってきて、火照った顔に泉の水をかけているところだ。

Anxia, Procri, lates: solitas iacet ille per herbas,
 Et 'zephyri molles auraque' dixit 'ades!'

不安に駆られてお前は身を潜めていた。夫はいつもの草に身を横たえると「優しい西風よ、そよ風よ、さあ俺のところやって来い」と言ったのであった。

Ut patuit miserae jucundus nominis error,
 Et mens et rediit verus in ora color.   730

名前が聞き違いであったことが哀れな女に明らかになった時、心は正気に帰り、顔色も元通りのものとなった。

Surgit, et oppositas agitato corpore frondes
 Movit, in amplexus uxor itura viri:

彼女は身を起こすと夫の胸に抱かれようと、目の前を遮る 草を体でざわざわと押し分けて夫の方へ向かってきた。

Ille feram movisse ratus, juvenaliter artus
 Corripit, in dextra tela fuere manu.

夫は獣の姿を見たものと思い込み、若者らしく弓を掴むと 右手には矢を握った。

Quid facis, infelix? non est fera, supprime tela!   735
 Me miserum! iaculo fixa puella tuo est.

不幸な男よ、何をするつもりなのだ。獣ではないのだ。弓矢を捨てるのだ。ああ、哀れなことだ。御身の放った矢に彼女は射抜かれてしまったではないか。

'Ei mihi!' conclamat 'fixisti pectus amicum.
 Hic locus a Cephalo vulnera semper habet.

「ああ」と彼女は叫んだ。「あなたを恋い慕うこの胸を射てしまったのね。ケパロスにつけられたこの傷はいついつまでも消えることはありません。

Ante diem morior, sed nulla paelice laesa:
 Hoc faciet positae te mihi, terra, levem.   740

「私は寿命の尽きる前に死んで行きます。でもそれは恋敵 の女に傷を負わされてではありません。このことはこの地に眠る私を覆う土を軽いものにしてくれるでしょう。

Nomine suspectas jam spiritus exit in auras:
 Labor, eo, cara lumina conde manu!'

「私の呼気はもう私がその名を疑ったそよ風の中へと抜けて行きます。ああ、もう息絶えます。そのいとしい手で私の目を塞いでください」

Ille sinu dominae morientia corpora maesto
 Sustinet, et lacrimis vulnera saeva lavat:

夫は悲しみ溢れる胸に死にゆく妻の体を抱いて、痛々しい傷口に涙をそそいで洗ってやった。

Exit, et incauto paulatim pectore lapsus   745
 Excipitur miseri spiritus ore viri.

彼女の息は、もはや意識を失った体から少しずつ抜けて行き、不幸な夫の口に吸い込まれるのだった。

Sed repetamus opus: mihi nudis rebus eundum est,
 Ut tangat portus fessa carina suos.

だが、ここでまた仕事にかかるとしよう。疲れきった船を港に着けさせるためには、私はあからさまな形で事を語らねばならない。

Sollicite expectas, dum te in convivia ducam,
 Et quaeris monitus hac quoque parte meos.   750

お前は私に宴席へ連れて行ってもらいたくて、やきもきしているところだ。そしてこの方面で私に教え諭されたいと願っている。

Sera veni, positaque decens incede lucerna:
 Grata mora venies; maxima lena mora est.

宴席には遅れて、灯がともされてから、しずしずと入ってくることだ。遅めにやってくること自体がありがたみを増すというものだ。遅れてくるということが、男と女を近づけるこの上ない取り持ち役を果たすのだ。

Etsi turpis eris, formosa videbere potis,
 Et latebras vitiis nox dabit ipsa tuis.

たとえ醜女であっても、酔った者たちには美人に見えるだろうし、夜そのものがお前の欠点をうまく隠してくれよう。

Carpe cibos digitis: est quiddam gestus edendi:   755
 Ora nec immunda tota perungue manu.

食べ物は指でつまむがいい—食べるしぐさも、なにほどかは物を言うものだ。汚れた手で顔中をベタベタにしたりしてはならないし、

Neve domi praesume dapes, sed desine citra
 Quam capis; es paulo quam potes esse minus;

家でごちそうを先に食べておくのもよくない。だが、たらふく食べたりしないように、腹八分目に押さえておくことだ。

Priamides Helenen avide si spectet edentem,
 Oderit, et dicat 'stulta rapina mea est.'   760

プリアモスの子(パリス)にしても、ヘレネがガツガツと貪り食っている姿を見たとしたら、嫌になって「俺がさらってきた女は馬鹿か」と言っただろう。

Aptius est, deceatque magis potare puellas:
 Cum Veneris puero non male, Bacche, facis.

バッコスよ、御身はヴィーナスの子(アモル)と結構仲良くやっているのだから、女は酒を飲む方がよりふさわしいし、もっとそれに似つかわしくすべきだろう。

Hoc quoque, qua patiens caput est, animusque pedesque
 Constant: nec, quae sunt singula, bina vide.

この点に関してだが、頭の方がしっかりしている限りは、心持ちも足取りもしっかりとさせておくことだ。一つの物が二重に見えたりすることがないようにせねばならぬ。

Turpe iacens mulier multo madefacta Lyaeo:   765
 Digna est concubitus quoslibet illa pati.

女が深酒を食らってべろべろに酔っているのは見苦しい。そんな女はどんな風に男に犯されようと仕方がない。

Nec somnis posita tutum succumbere mensa:
 Per somnos fieri multa pudenda solent.

食卓が片付けられた後で、眠りこけてしまうのも安全ではない。眠っている間に恥ずべきことが多く行われるのが世の常だから。

Ulteriora pudet docuisse: sed alma Dione
 'Praecipue nostrum est, quod pudet' inquit 'opus.'   770

ここから先は教えるのが恥ずかしい。だが慈悲深きディオーネ(ヴィーナス)は、「恥ずかしい事こそがとりわけ私たちの仕事である」と仰せだ。

Nota sibi sit quaeque: modos a corpore certos
 Sumite: non omnes una figura decet.

女たるもの、それぞれが己を知らなくてはならぬ。姿態は体つきに応じて確かなものを取るがいい。一つの姿態がすべての女に合ってるとは限らない。

Quae facie praesignis erit, resupina iaceto:
 Spectentur tergo, quis sua terga placent.

美貌が目に立つ女は、仰向けに寝るがよかろう。背中に自信がある女は後ろから見てもらうがいい。

Milanion umeris Atalantes crura ferebat:   775
 Si bona sunt, hoc sunt accipienda modo.

メラニオンはアタランテの足を肩に担いでいたものだったが、足が綺麗なら、こういう姿勢で足を見せねばならない。

Parva vehatur equo: quod erat longissima, numquam
 Thebais Hectoreo nupta resedit equo.

小柄な女は馬乗りになるといい。テーバイ生まれの嫁(アンドロマケ)はひどく背が高かったので、ヘクトルの上に馬乗りになることはついぞなかった。

Strata premat genibus, paulum cervice reflexa,
 Femina per longum conspicienda latus.   780

すらりと伸びた腰が見栄えのする女はうなじを少しばかり後ろに傾けて敷布団に両膝をしっかりと立てるがいい。

Cui femur est juvenale, carent quoque pectora menda,
 Stet vir, in obliquo fusa sit ipsa toro.

腿が若々しく胸にも難点一つない女は、男を立たせ、自分は斜めに寝台に横たわるがいい。

Nec tibi turpe puta crinem, ut Phylleia mater,
 Solvere, et effusis colla reflecte comis.

ピュロス人の母(ラオダメイア)のように、髪を解くことを見苦しいなどと思うことなく、髪を乱したまま垂らして、うなじを後ろに反らせるといい。

Tu quoque, cui rugis uterum Lucina notavit,   785
 Ut celer aversis utere Parthus equis.

ルキナ(お産の女神)がお腹に皺を刻みつけてしまった女よ、お前もまた素早く馬を駆るパルティア人よろしく、馬を返して背を向けることだ。

Mille modi veneris; simplex minimique laboris,
 Cum iacet in dextrum semisupina latus.

ヴィーナスの楽しみ方は千もある。簡単でしかも疲れないのは、右腹を下にして中ば仰向けに横になることだ。

Sed neque Phoebei tripodes nec corniger Ammon
 Vera magis vobis, quam mea Musa, canet:   790

だがポイボスの(神託を告げる)三脚台も、角の生えた神アンモンも、私のムーサに勝る真実を告げることはないだろう。

Siqua fides arti, quam longo fecimus usu,
 Credite: praestabunt carmina nostra fidem.

長い経験から私が編み上げた技術に何ほどかの信が置けるなら信じてくれたまえ。私の歌はその信頼に応えるだろう。

Sentiat ex imis venerem resoluta medullis
 Femina, et ex aequo res juvet illa duos.

女は骨の髄から溶けてしまうほどヴィーナスの喜びを感じるがよい。あのことは両者が共に等しく喜びを味わうべきである。

Nec blandae voces jucundaque murmura cessent,   795
 Nec taceant mediis improba verba jocis.

耳をくすぐる甘い声、喜びを漏らす囁きも止めてはならぬし、愛の楽しみの最中に淫らな言葉を吐かないのもよくない。

Tu quoque, cui veneris sensum natura negavit,
 Dulcia mendaci gaudia finge sono.

生まれつき不感症の女も、偽りの言葉を吐いて甘い喜びを装うがいい。

Infelix, cui torpet hebes locus ille, puella,
 Quo pariter debent femina virque frui.   800

男も女も等しく楽しめるはずのあの場所の感覚が鈍く、それと感じない女は不幸である。

Tantum, cum finges, ne sis manifesta, caveto:
 Effice per motum luminaque ipsa fidem.

ただし、お前が装ってだけいる場合は、ばれないようにひたすら用心することだ(第二巻311行参照)、体の動きと目つきそのもので、それと信じ込ませるがいい。

Quam juvet, et voces et anhelitus arguat oris;
 A! pudet, arcanas pars habet ista notas.

どんなに楽しい思いをしているか、口から声と息とで見せつけてやれ。ああ、恥ずかしい。あそこが誰にも言えない徴候を見せている。

Gaudia post Veneris quae poscet munus amantem,   805
 Illa suas nolet pondus habere preces.

愛の交わりの喜びの後で、愛する男に贈り物をせがむような女は、自分の願いが重みを持つことを願わない女だ。

Nec lucem in thalamos totis admitte fenestris;
 Aptius in vestro corpore multa latent.

あらゆる窓から寝室に光を入れてはならぬ。お前の体の多くの部分が隠れているほうがより相応しい。

Lusus habet finem: cygnis descendere tempus,
 Duxerunt collo qui juga nostra suo.   810

戯れも終わりだ。我々の乗った車をそのうなじで引いてきてくれた白鳥たちから降りる時が来た。

Ut quondam juvenes, ita nunc, mea turba, puellae
 Inscribant spoliis 'Naso magister erat.'

前に若者たちに頼んだように、今度また私のもとに参集した女たちよ、戦利品の上にこう書きつけるがいい。「ナソが師であった」と。


これはLatinLibraryのテキストをもとに岩波文庫版オヴィディウス作『恋愛指南』の日本語訳と対訳形式にしたものである。音声入力のため必ずしも原本とおりではない。また、対訳とするために、日本語の順序を変えたり、筑摩書房『世界文学全集』の訳から補ったところがある。